第十二回東方SSこんぺ(嘘)

悩まなければいけない

2013/10/18 16:00:08
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「ねえ、お化け柳の下にはお宝があるんだよ」
「知ってる? 西の橋の近くの土手で遊んでいると怪人が出るって話」
「人間の里にある西城家って家には近づかない方がいいよ。そこの母親が鬼だって噂なんだから」
「覚えておいて、夕方頃に東の森のあたりを飛んでいると霊夢に出くわすから」
 あたいはこんな話をいろんなところから見つけるんだ。だからあたいは他の友だちの妖精にも教えてあげるんだ。けどそういうのは大抵本当じゃない。本当はお化け柳の下にはろくろ首が突っ立っているだけだし、西の橋の近くの土手は子供があそんでいるだけだし、西城家なんてどこにもない。霊夢は東の森どころか幻想郷ならどこにだって出てきて、あたいでもどんな妖怪でも喧嘩していく。
 あたいはこんな話が大好き。話せばみんな興味しんしん。耳をかたむけて注目してくれる。たまんないね。他の妖精も似たような話をいっぱい持っているけど、あたいのは質ってもんがちがう。
 みんな笑ってくれる。だからあたいはいつも話をたくわえておく。今日だって新しい話をしているところだ。いつものように霧の湖のほとりで、水面の上を飛び跳ねながら、ね。
「そういえばさ、面白い話しってんだよ。妖怪の山に大きな滝があるでしょ。実はあの裏には河童の秘密基地があって」
「もーまたチルノ嘘つくんだ」
 正面にいた妖精がけらけら笑う。あたいもつられて笑う。
「嘘じゃないって。河童の秘密基地には発電施設っていうのがあって、電気っていうのを作っているんだって」
「チルノちゃん、泥棒になっちゃうよ」
「え……」
 他の妖精がそんなことを言ってきた。泥棒なんてひどい言葉、ちょっと言葉がつまっちゃうよ。
「なにそれ、どういうこと」
「知らないの? うそつきは泥棒のはじまりなんだって。人間はみんな知ってることわざだよ」
「なんで嘘をつくと泥棒になるの」
「だってそう言ってるんだもん。じゃあ、そうなんでしょ」
 嘘をつくと泥棒になる。なんだかとんでもない。怖くなってくる。けど腑に落ちない。色々と聞き返してみたけど、その妖精はそういう言葉があるってことしか知らなかった。
 せっかくみんなで遊ぼうと思ってたのにしらけちゃったから、あたいは一人で帰ることにした。湖をぐるっと回ってとある深い茂みに入り、ゆっくりできる場所にもどる。切り株に座って、あたいは友だちが言ったことを考えてみた。
 それにしたって、あんまりひどいことを言われた。人を泥棒呼ばわりするなんて! しかもあたいは嘘つきじゃない。嘘をついたことなんてない、はず。けどそう言われるってことは、やっぱり嘘をついているのかな。嘘ってなんだ。他人をだますことかな。本当じゃないことを口にすることかな。あ、じゃあ、あたいも嘘をついていることになるのかな。怖いなあ。本当じゃないこと、今までに何回口にしたっけ。覚えてないや。
 嘘って悪いことでしょ。けどあたいが口にしてきたことは悪いことじゃないよ。みんな笑ってくれてるもん。悪いことなら、みんな嫌な顔をするはずだもん。けど、悪いことって、後から悪いことなんだって気付くこともある。もしかしてみんな、あたいの嘘を聞いたその後に、嫌な顔をしてるのかな。今さっき別れたみんなも、お化け柳や東の森の話のせいで、嫌な顔をしているのかな。
 思い返してみると、あたいはもしかしたら嘘をついているのかもしれない。たしか前に、友だちを怒らしちゃったっけ。人づてに聞いた、烏天狗にバレずに尾行する方法、これを教えてあげた友だちが、翌日にやってきてチルノの言ったこと間違ってたじゃんって。言われた通りにやってもすぐにバレて追い払われたそうだ。謝ったらすぐにゆるしてくれたけど、あれはあたいが嘘をついたから怒ってたのかな。烏天狗を尾行することなんてデキやしないのに、あたいはできると口にしちゃったから。じゃあきっと、あたいの口にしていることは嘘なんだ。嘘っていうのは本当じゃないことと思っていいんだ。あたい、嘘つきなのかもしれない。
 嫌だなあ。あたい泥棒なのかなあ。何かを盗んだことなんてないんだけどなあ。うそつきは泥棒のはじまり。じゃあ、これから盗みたくなってくるのかも。けど、本当に泥棒になるのか分からないわ。もしかしたら、友だちのほうが泥棒になるなんて嘘をついてるかもしれないじゃん。ちょっとこれは調べないといけないわね。
 あたいほど人間の知り合いがいる妖精もそんなにいないはず。あたいはいろんな人間を知ってるんだから。中にはあからさまに悪い奴だっている。魔理沙ってやつよ。あいつは悪い。底抜けに悪い。力任せの痛い弾幕をぶっつけてくるし、新聞にのるほどの悪さもしてる。本を盗んでいるんだっけ。つまり泥棒ね。魔理沙に聞けばうそつきが泥棒のはじまりかどうか分かる。




 魔法の森は陰気なところ。カビ臭いし湿っぽいし、悪者と気味悪い人形使いがひそんでいる。けどあたいは怖くない。だってそいつらと戦ったことがあるし、大したことないって思ったもん。勝ったことはないけど、恐れるに足らずってやつね。家の居場所もきちんと覚えているんだから。魔理沙の家は魔法の森の浅いところ。ちょっと飛んでいけばすぐに辿り着ける。
 一階建の切妻屋根は苔が生えほうだいで夏場は虫がやっかいになりそう。玄関のノッカーは手垢でべとべとしてるから、あたいは絶対にさわらない。扉をじかに叩いて声をかける。
「おーい、おい。魔理沙、魔理沙、出てこい。お客だよ、出てこい」
 ちょっと待たされてから、やっと扉がひらいて魔理沙が出てきた。あたいというお客様がありながらしかめっ面で、話しかけてくる声は小さい。
「チルノかよ。何の用」
 服はいつものエプロンドレスだけど、皺だらけでぐっちゃり。ダサいわね。まさに泥棒にうってつけ。こいつからなら嘘つきと泥棒の関係を聞き出せそう。あたいはまっすぐに言ってやった。
「魔理沙って嘘ついてる?」
「はあ?」
「どうなの」
 帽子をかぶっていない魔理沙は、飛び出る癖っ毛を気にしながら口をもごもごさせて、眠たそうに喋った。
「嘘ついてるぜ」
「そうか、本当に嘘ついてるんだ」
「ああ、私は嘘つきだ。嘘は誰だってつくもんだぜ」
 なに? いまなんていったの? 嘘は誰だってつくなんて、そんな馬鹿な話があるわけないでしょ。それじゃあ人間も妖怪も妖精もみんな泥棒になっちゃうじゃない。まさかそんなことが、まさか。
「本当にみんな嘘をつくの?」
「ああ。えっと、なんでそんな顔をしてんだ」
 魔理沙がかがみこんで、あたいの顔を覗きこんでくる。なんでって決まってるじゃない。魔理沙の言うことが真実なら、この世には悪人しかいないことになる。それにはあたいも入ってる。悪人だらけの世の中。考えてみると怖さが増してきたから、あたいは何か言いたそうな魔理沙を無視して空に飛び立った。
 霧の湖はいいところ。いつも涼しくて変な妖怪もいない。湖の岸辺にある枯れ木のうろは特に大好き。あたいはいつもここにいる。寝る時も、モノを考えるときも、このうろは文句なし。
 あたいはうろの中で考えてみた。
 思い返してみると、たしかにみんな嘘つきの泥棒かもしれない。友だちの妖精が人間の持ち物を盗んでよろこんでいたことがあったっけ。人間の里でも、ちらほら泥棒騒ぎが起きて、逮捕劇の話題が尽きない。あたいも泥棒と里の自警団が追いかけっこをしていたところを見たことがある。妖怪だって、それぞれに盗んだの盗んでないだのトラブルを起こしていることがある。魔理沙の言うことは真実かも。
 そうしてみると、自分のことを見つめ直さないといけない。今までに何回の嘘をついてきたか思い出してみると、どんどん不安になってきた。友だちの妖精にはたくさんの噂話を聞かせてきたけど、あれも考えてみると法螺話だったわね。いたずらをしすぎて人間に捕まったときも嘘をついた気がする。そうしないと怖かったからなんだけど、これもあらためて考えると危険だわ。捕まったから言いわけに嘘をつくなんて、泥棒の手口じゃない。これじゃ、今スグにでも泥棒になってしまうかもしれない。
 泥棒になんてなりたくない。あたいは泥棒なんてしないもの。高いものも安いものも盗まない。あんまり不安だからクッションがわりの座布団をぎゅっと抱きかかえてみる。そうするとますます不安になってきた。この座布団、落ちていたものを拾ってきたものだけど、もしかしたら誰かの持ち物だったのかもしれない。あたいは知らず知らずのうちに泥棒していたのかしら。なんてこと、もうあたいは泥棒になりかけているみたい。何とかしないと、けど、どうすれば?
 嘘つきが泥棒のはじまりだというのなら、嘘をつかなければいい。簡単ね。いや、難しいかも。大丈夫、あたいならできるわ。そうよ、嘘をつかないなんて、楽勝に決まってるわ。




 みんなで集まって、噂話を話し合う妖精の会合がある。いつ開かれるのかは決まってないけど、妖精なら口づてに開催時期が分かるものよ。あたいは大妖精といっしょに開催場所のとある林にむかった。
 ここが用心のしどころ。あたいはこの数日間、嘘をつかないようにしたし、今日だってそうするつもり。みんな我先にと証拠のない与太話を交わすんだろうけど、あたいは違う。あたいは一歩引いた大人の態度で正直に生きるの。
「知ってる? 命蓮寺の聖白蓮は男の子をつかまえて監禁してるんだって」
「天狗が新聞の取材中に川に落っこちた話があるんだけど、聞く?」
「そういえばさあ、ろくろ首の頭が峠を転がっていたことがあったんだって」
「霊夢が女の子とキスしてたらしいよー」
「あの里のお店がつぶれた理由ね、東風谷早苗がクレームつけたからだよ。奇跡の力でつぶしたんだって」
 どこから湧いて出てきたか分からない眉唾な話ばっかりね。あたいは口を閉じてじっと我慢していた。本当はこの日のために用意していた話があるんだけど、それを口に出すと正直者でいられない。
 大妖精はいつのまにかみんなに混じって楽しくしている。笑顔で噂話に相槌している大妖精をみていると、ムカムカしてきた。あたいのほうがもっと面白い話を知っていて、もっと大妖精を笑わせることができるのに。けど、今は我慢よ。
 あたいが黙っていると、友だちが近づいてきた。へらへら笑いながら話しかけてくる。
「どうしたのチルノ、変な顔してるけど。おなか痛いとか」
「違うわよ。あたいは正直者だから」
「しょうじきもの?」
 あたいのやり取りを見つけて、他の妖精もぽつぽつと近づいてきた。赤い服の妖精が面白そうに口を挟んでくる。
「チルノって正直者だったの」
「そうよ。あたいは正直者として生きていくの。だからもう嘘はつかない」
「嘘なんてついてたっけ? おかしなこと言ってるよ」
「おかしくない。嘘つきになりかけていたんだから。だからこれからは正直になり続けるの」
「おかしいよ、嘘つきでもないのに」
 みんながウンウンとうなづく。あたいはカッとなった。
「ここでみんなが話しているような話が、嘘の塊なんだからね!」
 あたいの周りに集まっていた妖精たちは一瞬口をとじると、鋭い目をして口ぐちに反撃をはじめる。
「私たちの話は噂話だよ。嘘とは違うよ」
「違わない。本当じゃない話はみんな嘘だ。嘘つきだ」
「おかしいよチルノ。本当かどうか分からない話なんていっぱいあるじゃん。それだとぜんぶ嘘になっちゃうじゃん」
「そうよ。だから口にしちゃいけないの。嘘つきは泥棒になる。あんたらこのままだと泥棒になっちゃうわよ」
「ならないよ。喋ってるだけで泥棒になるわけないじゃん」
「なるの!」
 みんな分からずや! 嘘をつくとどうなるか分からないの。みんな悪党になっても知らないわよ。
 ずっと戦い続けた。気がついたら汚い言葉しか使っていなかった。三四人の妖精とメタクソに言い合っている間に、他の妖精たちが囲んで不安げに眺めていた。それでも言い合っていると、言い合いしていた妖精のほうが呆れた顔で離れていった。呆れたいのはあたいも同じだ。やつらの背中も見たくなかったし、周りのやつらが邪魔くさい。こんな会合、いるだけ無駄ね。
 林を抜けて野道に出たところで大妖精のことを思い出した。どうしよう、一人で帰ると大妖精にわるいけど、また林に戻ったらあいつらと顔を合わせることになる。ちょっと悩んだけど、ここが妖精たちが横切る帰り道であることを思い出した。ここで待っていれば大妖精にも会えるわね。
 一人でいることは嫌いじゃない。退屈でもない。けど今日は喧嘩をしたばかりだし、ずっと嫌な気持ちが引っかかっていて面白くなかった。道端にある岩に座って太陽の傾いているのを見ている間、分からずやの顔を思い出してはむしゃくしゃした。会合が妙に長引いていることもイライラさせられた。
 とうとう夕暮れになった。あたいは昼寝を我慢していたからもう眠たくて仕方がない。早く大妖精にきてほしい。と、林のほうから騒がしい声が盛り上がってくる。みんなが楽しそうな声といっしょに林から出てくると、あたいの頭上を飛び交っていく。いつ大妖精が通ってもいいように用意した。けど、先に顔が見えたのは言い争いをした妖精たちだ。あいつらはあたいを見つけると耳を寄せ合い囁き合い、息を合わせると、こう言ってきた。
「チルノのばーか。ばか正直」
「噂と嘘も見分けられない」
「ばか正直のばかチルノ」
「嘘つきは泥棒になるんだよー」
「えーそうなんだーあたい知らなかったー」
「ばか正直のチルノは泥棒にならないねー」
「アハハハハハハハハ」
 何回かそんな歌を繰り返すと、あいつらは笑いながら空の彼方に消えていった。あたいはじっとこらえて口を閉じていた。下らないことに怒るわけにいかない。それなのに、となりで見ていた見ず知らずの妖精たちまで面白がって歌を繰り返してきた。
「チルノのばーか。ばか正直」
「なんだと!」
「わあ、怒った」
 飛び上がって氷を撃ち放ってやったら、妖精たちはちりぢりばらばらに逃げていった。みんな霊夢や魔理沙に追いかけられて慣れているから、逃げるのだけはいっちょ前で、弾幕の届きづらい茂みに隠れてしまう。まだ怒りがおさまらなかったから、当たらないと分かっていても茂みにむかって氷を撃ち続けた。ちっとも手ごたえがない。とんでもなく歯がゆい。
 ふいに後ろから気配がした。キッと睨みつけながら振り返ってみると、困った顔の大妖精。あたいはびっくりして、何とか笑顔をつくった。
「やっと見つけた。待ってたのよ。一緒に帰ろう」
「うん、それはいいけど」
「どうしたの?」
 大妖精は目をうろうろさせていたけど、意を決した様子で言葉を続けた。
「チルノちゃん、あんまり喧嘩はよくないよ」
「分かってるよ。けどあいつらが分からずやだから」
「何で喧嘩してるの」
「嘘をついちゃいけないってことを分からないやつらだから。大妖精も気をつけないとね、嘘つきは悪い人の証だよ」
「嘘はつかないよ。けど、喧嘩になるくらいだったら少しは嘘をついてもいいんじゃないかな」
 大妖精がそう言ったのを聞いたとたんに、あたいはまたカッと熱くなった。大妖精が、真面目でしっかり者だと思っていた大妖精が、嘘をついてもいいと口にするなんて、信じられない。
「何がなんでも嘘はついちゃダメなの!」
「喧嘩するくらいなら、ついていい嘘もあると思うんだけど」
 大妖精の言葉がどんどん腹立たしく感じられてくる。あたいはどう言い返せばいいか分からなくなってきて、また汚い言葉に頼ってしまうようになった。そうしたら大妖精は、とても哀しそうな顔になって、小さく別れの挨拶をすると逃げるように飛び去っていった。勝ったような気がしてしばらく清々としていたけど、少しすると、大妖精に愛想をつかされたのではないかと思えて不安になってきた。でも正直者でいるためには大妖精の言うことを認めるわけにはいかない。おかしいわ。正しくしているのに、どうして友だちと喧嘩しなくちゃいけないのよ。
 もう今日は帰ろう。まだあたいが正直者というものに慣れてないから、変な目に会っているだけなんだ。明日あさってと日を重ねていけば、あたいも正直者が板についてきて、みんなから褒め立てられるような妖精になっているはずなんだ。
 ふらふらと空に上がって、うろこ雲がやんわりと広がる茜空の下を飛んでいった。それを見ながら、妖怪の雲山がうろこ雲みたいに小さく細かくなったら面白いだろうなと思った。
 まっすぐに霧の湖を目指すつもりでいたけど、その道すがら、正面からゆっくりと人影が近づいてきたじゃない。シルエットに羽根が見当たらないから妖精ではなさそう。せいぜい、逢魔が時の迷い人をとって食おうっていう妖怪ね。
 あたいは通り過ぎるつもりでいたけど、相手の姿がクッキリみえるところまで近づいたとき、相手はあたいに迫り寄って来た。するりと正面をとられたので面食らう。大きな赤いマフラーをなびかせるその人はやはり、みるからに妖怪の気配がする。機嫌がわるそうに目元を細めて、あたいに話しかけてきた。
「ここで妖精の会合があったそうね」
「あったけど、それがどうかしたの」
「チルノって妖精は参加してたのかい。柳の木の下に宝があるとかいう噂を流していたそうだけど」
 あたいは内心でハッとしたわ。チルノはまさしくあたいのことだし、お化け柳の下に宝が眠っているという話を、数週間前にみんなに言いふらしたのもよく覚えている。この噂も今考えてみると根拠のない与太話だったわね。自分が嘘をついていた事実が嫌になってくるわ。
 あたいはあともう少しでチルノは自分だと言いそうになった。けどそこで口が動かなくなった。このマフラー妖怪の正体を思い出したのよ。こいつこそが赤蛮奇で、いつも柳の木のあたりをうろついているろくろ首だったはず。なんであたいを探しているのか、よく分かる。きっとあたいの話を鵜呑みにした妖精の誰かが、柳の木にちょっかいをかけにいったんだ。それでこいつ迷惑したんだ。そうでなかったとしても、あからさまに不機嫌な目をしているし、正体を言えば間違いなく攻撃される。
 前までのあたいなら、知らないと言いきったでしょうね。本当はそうしたいけど、ダメよ。嘘をついちゃダメ。あたいは正直に生きるんだから。泥棒や悪者になんかなりたくないもの。何が起きるとしても、嘘はつかない。
 あたいが黙っていると、赤蛮奇は余計に眼をするどくさせてマフラー越しの言葉をよこしてくる。あたいは覚悟を決めた。
「言いたくないなら、別にいいけど」
「あたいがチルノよ」
「へえ、あそう。それ本当に?」
「あんた知らないのに探してたの。とんだ馬鹿ね。チルノは水色、きれいな結晶の羽根、覚えておきなさい、ろくろっ首」
「分かったわ。それでチルノ、下らない噂を流したのは自分だってこと自覚してるんでしょうね。そのせいで妖精がわらわら集まって来たことも。迷惑したのよ、覚悟しなさい」
 やっぱりね。




 赤蛮奇、普段は話題にのぼらない三下妖怪。けど妖怪には違いない。こいつと弾幕ごっこをしてみると、大したことないなって感じたけど、負けちゃった。弾に何度もかすって当たって、はじきとばされたところは林の裏手よ。枝にひっかかってもがいていると上から赤蛮奇が見下ろしてきた。
「口は災いのもとよ。覚えておきなさい」
 ちぇっ、マフラーが破けているくせに良い気なもんね。赤蛮奇は紫色の空の向こうに消えていった。あたいはちょっと疲れたから枝の上で動かず、どんどん暗くなっていく空を見上げていた。
 なんで正直にしているのに痛い目に会わなきゃいけないのよ。赤蛮奇が怒っていたのはあたいが噂を流したからだけど、あたいが正直に自分の正体を言わなければこんなことにはならなかった。正直なほうが嫌なことばっかりじゃない。信じられない。もしかして嘘をつかないままでいると、友だちと罵り合ったり、しなくていい喧嘩をする羽目になったり、ずっとそんな生活が続くのかしら。あたいそんなの嫌なんだけど。大妖精と仲直りできないかもしれない。
 どうすればいいんだろう。少しくらいなら嘘をついてもいいのかな。泥棒にならない限界のところまでなら嘘をついても平気なのかな。そんな虫のいい話、あるわけない。自分のやることに、どこどこまでなら許されるなんてないでしょ。あたいはカエルを氷漬けにしては溶かす遊びで、何匹か殺してしまったことがあるけど、そんなカエルは一匹だって生き返ることはなかった。親玉のカエルは一匹目を凍らせたときから真っ赤な顔をしていて、謝っても許してくれることはなかった。嘘だってきっと同じよ。ついたその場で、火傷の跡みたいに自分に残り続けるはずなのよ。正直者でいるためには、徹底的でないといけないはず。
 けど、本当に、本当にそうなのかしら。
 あたいはいてもたってもいられなくなった。霧の湖にはいかず、魔法の森にむかった。辿り着いた頃にはあたりはすっかり暗闇で、森の木と暗闇の区別もつかない。けどうっすらと魔理沙の家だけは漏れ出る明かりでぼんやり見分けられた。玄関にはランタンが吊られていて分かりやすい。扉を叩いて名前を呼ぶと、けだるい声で応えながら魔理沙で出てきてくれた。それで魔理沙はあたいを見ると目を丸くした。
「なんだボロボロだな。それにこんな夜中にどうした」
 今のあたいってそんなにボロボロなのかしら。そんなことはどうでもいいのよ。今は聞かなきゃいけないことがある。
「魔理沙は今までに何回の嘘をついてきたの」
「はあ?」
「教えてよ。魔理沙は泥棒だけど、泥棒になる前はどのくらいの嘘をついてきたの。何回目の嘘をついたときに、泥棒になっちゃったの」
 魔理沙は、あたいが泥棒と口にしたとき赤蛮奇のように厳しい顔つきをした。あたいはそれで少し怖くなったけど、怖気づかずに聞きたいことを聞いた。
「魔理沙は泥棒だけど楽しそうだよね。けど泥棒ってことは嘘もいっぱいついていて正直者じゃないってことでしょ。正直者じゃないほうが人生が楽しいのかな。嘘をつかないと楽しく生きられないって気がしてきたんだけど」
「お前、なんだか嘘に執着してるな。どうしたんだ」
「嘘をつくと泥棒になるのよ! だから嘘はつきたくないの。けど正直にしているのは難しい」
「嘘、どろぼう……」
 魔理沙はそう言うと、もっと目を細めてあたいを睨みつけてくる。なんだかまた喧嘩になりそうで、あたいはまた失敗したかもしれないと気が気でなかった。けど、魔理沙は顔をゆるめると、笑顔をつくって口を開いた。
「霊夢を知ってるか。お前なら知ってるよな。私な、幼い頃にあいつとよく遊んでいたんだ。今も遊んでいるけどな。今よりずっと遊んでいたんだ。ある日、私は霊夢と喧嘩をして、数日は顔も合わせなかった。お互いにかなり怒ってたんだよ。けど数日もすれば、そろそろ仲直りしたいなあと思えてきた。けど霊夢はずいぶんお冠だったし、ちょっとやそっとじゃ許してくれないだろうなって思ってた。
 それで私はどうしたか。あまり褒められた話じゃないけどな、嘘をついた。前から霊夢が欲しいと言っていたとあるお店のブローチ、私はそれに良く似ていて、それよりずっと安いものを別のお店で知っていた。今になって思い出してみると、一目で紛い物だって分かる程度だけどな。私はそれをなけなしのお小遣いで買って、仲直りの元にしようとしたんだ。おかしいよな。私もそう思うぜ。けどその時の私は本気だったんだ。これで何とかしてやるって。
 結果を言うとな、嘘はバレた。
 私はブローチをもって恐る恐る神社にいった。霊夢に話しかけるのは踏み切れなかったけど、当時の私はなんとか頑張ってくれたぜ。数日ぶりに出会うと霊夢は何でもなさそうな顔してたけど、私はビクビクだ。それでブローチを渡しながら謝った。霊夢は最初ビックリしていたけど、すぐに顔をくもらせてこう言った。これ、どこで買ったの? 私はもちろんあのお店で買ったと嘘をついたが、霊夢はすぐに切り返した。これ違うやつよって。私は買うお店を間違えたんだとか何とか嘘を重ねたけど霊夢は騙されなかった。ことごとく嘘を暴かれて私はもう人生が真っ暗になった気分だった。けど、霊夢はブローチを私の手から取ると、胸元に留めたんだ。これでもいっか、そう言ってくれたんだ。ありがとう魔理沙って」
 玄関の前で、魔理沙は静々と話してそこで区切りをつけた。頭上のランタンに羽虫が集まっていた。あたいは魔理沙がまだ話しきっていないと思って続きをうながした。
「それで、どうなったの」
「別に、これで終わり。霊夢は私を許してくれた」
「なんで?」
「さあ。嘘だろうと何だろうと、私が歩み寄ったからじゃないかな」
「けど、嘘をついたのよ」
「こういう嘘もあるってことだよ。世の中にはいろんな嘘があるんだ。ついていい嘘、つかなくちゃいけない嘘、ついちゃダメな嘘」
「うーん……」
「どうせ大抵の嘘なんて深いものじゃないだから、深く考えなくていい。時間の無駄だぜ。お前は泥棒になるのが怖くて嘘をつきたくないんだな。泥棒の引き金になる嘘なんて、きっと少ないさ」
 あたいは納得できなかったから魔理沙を睨みつけた。そしたら魔理沙は困った顔をして、とりあえず中に上がれと言った。もっといろんな話をしてやると。あたいは納得したかったから言う通りにした。
 魔理沙はどんな話をしたと思う? 魔理沙は自分がついてきた嘘のことばかり話してくれた。その半分くらいは面白くってお腹の痛くなる話だった。泥棒なんて後ろめたいものとはまるで遠のいた話ばかりだった。中にはまるで嘘のような話もあった。あたいはそれで気付いたの。例えばこれが、ついていい嘘なんだって。
 あたいは魔理沙が作ったコーヒーを飲みながらずっと話を聞いた。あたいが魔理沙の家を離れたのは、だいぶん夜中になってからだった。




「知ってる? 雲山は秋と冬にはとても小さくなるんだって」
「嘘だ―」
「あたい見たことあるもん。うろこ雲みたいな雲山を。何もかも小っちゃくなって、風に流されて困っているの」
「アハ、想像したら変なの」
 今日も受けはバッチリ。友だちはあたいの話を聞いて笑ってくれた。他の友だちもつられて変な話をはじめる。やっぱりこういう話をし合うのはたまんないわね。
 話をする番がまたあたいに回ってきそうだったので、会合のときに話せなかった特別なやつを口の中で転がしているところだった。そうしていると私たちの輪の中にそっと入ってくる影があった。大妖精だった。
「面白そうだから私も混ぜて」
 大妖精はいつものように控えめな笑顔を見せていたけど、あたいは大妖精を見た途端に緊張しちゃった。会合のとき以来、喧嘩別れになっていたから、こんなに平気に近づいてくるとは思ってもみなかったもの。あたいは驚いて、横にいる大妖精をちらちら盗み見た。そうしていると目が合って、笑顔を返された。
「チルノ、今は本当の話をしてるの?」
「い、いや、本当かどうか分かんない」
「嘘ついたらダメなんじゃなかったっけ」
 そうだ、あたいは前はそう言い張って大妖精とぶつかったんだ。なんだかそんな質問をしてくる大妖精が妙に恐ろしく見えてきた。このままだと怒られてしまいそうな気がする。あたいは頭を振り絞って思いついた言いわけを口にした。
「偉い人はこう言った。嘘にはついていい嘘と、悪い嘘がある。あたいはその嘘を見分けられるようになったのよ」
「それって、前に私がいったことじゃなかったっけ」
 アッと私は思った。魔理沙の言葉を借りたつもりだったけど、そういえば大妖精も前の別れ際に似たような話をしていた。あたいは何とか場をつなごうと適当な話を考えはじめた。そのとき大妖精があたいよりも先に口を開いた。
「私はその偉い人と同じってことかな。やったね、ふふ」
 大妖精はそこで眼をそらすと、噂話をとなりの友だちに話しはじめた。あたいはしばらくキョトンとして、大妖精から目を離せなかった。けど、大妖精はさっきまでの出来事が人ごとだったみたいにしている。あたいはなんて言葉をかければいいか迷っていたけど、あの夜に魔理沙から聞いたことを思い出して、深く考えないことにした。
 大妖精の話に耳を傾けていると、頭上から声が聞こえてきた。あの喧嘩した妖精たちの声で、あのヘンテコな歌をあたいにむけて歌っている。通りがかりにあたいを見つけたから、からかっているんだ。けど、あたいはもう何とも思わなかった。
チルノ視点の一人称は難しいですね
幼さを出そうとするのが難儀です
人間性を捧げたよ
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コメント



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1.3あらつき削除
感情の動きを子供らしくもっと大げさで唐突で簡潔に書くと良かったかも。
話はまとまっていて好きです。
2.10名無削除
コーヒー飲んでるチルノが想像できなかったw ほっこりするいいお話でした。
3.4がま口削除
いかにもチルノっぽい白黒思考が味を出していました。
確かに嘘は良くないけど、時折灰色でよしとすることを徐々に学んでいくのが、大人になることなんですよね。
4.7mayuladyz削除
チルノ視点は難しかったと
思うがよく書けていた
ただ、物語として少々物足りさを感じた

まず冒頭の掴みが弱かった
極端に言えば冒頭の三行は
見せ場や落ちよりも大事だと思う

冒頭で読者に興味を持ってもらえないと
最後に歴史に残るどんでん返しを用意しても
読者が冒頭で呆れてしまうと
それ以降読んでもらえないから

作者が書いた文の中で冒頭に相応しいと思ったのは
「魔理沙の言うことが真実なら、この世には悪人しかいないことになる」
が良いと思った
この一行なら読者が複数の疑問が浮かべ
どれか一つでも興味を持ってもらえると思う
 主軸:魔理沙は何と言ったのか?
  ・なぜ魔理沙なのか? 或いは魔理沙でなければいけないのか?
  ・そもそも魔理沙の言う事は事実なのか?

感性による違いもあるだろうが
「ねえ、お化け柳の下にはお宝があるんだよ」
この冒頭一行で浮かんだ疑問は
 主軸:お宝とは何か?
  ・お化けとは誰か?
の二つが浮かんだが、興味はお宝しか湧かなかった
私が言わずとも心得てはいると思うが気になったので…

それから途中から少し物語に飽き気味なった
読者を飽きさせない工夫が必要だと思った
しかしこれに関して言えば
私が飽きっぽい性格の影響も多分にある思う

例えば見せ方(読者に情報を提示する順序)
を変更し、随所に読者に対して疑問
(できれば印象に残る様な文)を提示すれば
読者は飽きずに読めると思う

と素人が知った風な口きいて
ごめんな(´・ω・`)
5.4ななし削除
いくらチルノでもこんな風に悩むかなー、と最後まで違和感が取れなかった
レイマリのエピソードはいかにもありそうで微笑ましい感じでした
6.5エーリング削除
チルノの思考の流れにも不可解に感じる所は無かったし、良い読後感でした
7.5みすゞ削除
頑固なチルノが歯痒くて好きです。
8.9名前が無い程度の能力削除
Good!
9.6ナルスフ削除
実にお題に対してストレートに向き合った作品。
なんでもない一つの気づきではあるけれど、チルノが成長できたなら微笑ましいことです。
気になった点と言えば、最初の妖精たちはうわさ話に対して『嘘』と断じていたのに、そのあとの会合の妖精たちは皆『うわさ話は嘘とは違うよ』と言っていた点。
なんでこんなに認識が隔たってるんですかね? そこがなんか理不尽な感じでした。子供なんて元々理不尽ものなのかもしれませんが。
ヘンテコ歌の妖精が、結局うわさ話に復帰してきたチルノに対して特段のリアクションもなく依然歌を歌っている件や、結局最初に嘘つきは泥棒の始まりって言ってた妖精たちがそのままフェードアウトしっぱなしな件が少し残念な点かもしれません。
大妖精と和解して終わりじゃなく、ここらへんにチルノとしっかり向き合ってもらった方が、もう少し納得のいく終わりになったんじゃないかなと思います。
10.7道端削除
 「嘘」というテーマに真正面からぶち当たっていくスタンスは、いっそすがすがしい。
 めんどくせえなあこいつ、と感じさせられながらも微笑ましい子供なチルノ、何だかんだで面倒見がいい魔理沙、チルノの扱いに慣れてそうな優しい大妖精、と素敵なキャラが多いのも魅力的でした。
11.3匿名削除
幼さを前面に出そうとするあまりか、少し冗長に感じました。
12.5生煮え削除
丁寧に書かれていてよかったのですが、魔理沙の提示するオチが納得はできるけど満足はできない感じでした。もっと思わず膝を打つような、しっくり来るオチが欲しいところですが、こういう系統の話はやっぱり難しいものですね。
13.3きみたか削除
あとがきを見るに苦労されたようですが、全体の一貫性はとれています。
妖精は確かに子供のような考え・行動を取るとされていますが、無理に「人間の」幼さを押し込めた感があります。
嘘は泥棒の始まり、嘘は方便という二つのことわざの中で揺れて最後に落ち着く流れはきれいですが、全体的に道徳の教科書を思わせる作品となってしまい、力の入れ方を誤った印象。次に期待。
14.6名前が無い程度の能力削除
嘘に固執するチルノや周りの妖精たちに子どもっぽさ、妖精っぽさが良く出ていたと思いました
子どもからストレートに嘘つきは泥棒の始まりなの?と聞かれるとなかなか答えにくいですよね
15.6時間が足りない!削除
子供っぽいチルノの思考が何とも微笑ましい。
後半の魔理沙がチルノに昔の話を聞かせる場面が結構好きです。
16.6K.M削除
嘘をつかずに居続ける事の難しさよ。