第十二回東方SSこんぺ(嘘)

閃光少女

2013/10/26 20:49:50
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初夏の日差しのような、淡い金色の髪を揺らして、私の前を駆けていく。
小さな、小さな足で駆けていく。
私に追いつかれないようにと、がむしゃらに。
けれどいくら必死に駆けたところで、私はすぐに追いついてしまう。
私たちの一歩の大きさは、あまりにも違いすぎるのだ。

彼女は悔しそうに唇を尖らせると、今度こそ追いつかれるものか、と再び駆け出す。
己の限界も知らず滅茶苦茶に駆けるものだから、その幼い足はすぐにもつれて、転ぶ。
転んでは立ち上がり、駆け出してまた転ぶ。
転んでは立ち上がり、駆け出してまた転ぶ。
やがて、立ち上がるのをやめる。

私はすぐに地に伏せている彼女に追いついて、手を差しのべる。
「そうやって、滅茶苦茶に走るから転ぶのよ。」
彼女は私の手をふりはらい、よろりと自ら立ち上がる。彼女の黒いワンピースは砂埃ですっかりくすんでしまい、白い肌のあちこちにできた擦り傷から赤いものが滲んでいる。
小さな少女は手をぎゅっと握りしめ、眉を噛み締めてている。
私は仕方ないな、とハンケチを取り出して傷にあてがう。
「あーあ、痛いでしょう。もう帰りましょう。」
「いたくななんかないんだぜ。」
そういう彼女の声は震えて、上擦っている。

泣かないように、泣かないようにと、鼻水を垂らしながら、少女は嘘を吐く。
本当は痛いくせに。
本当は泣きたいくせに。




『閃光少女』




私たちは、夜空に浮かんでいる。
半分に欠けた月が、低く煌々と輝いている。
こんな夜を過ごすのは、今日で何度目だろう。
わたしはふと、そう思う。

「よそ見してると墜ちちゃうぜ。」

途端、光が私の視界を高速でかすめる。
光る弾を撃った主は、箒に乗った黒いワンピースの少女。
くそ、外したぜ、と彼女は舌打ちをした。

「この程度の弾幕、目をつむっていても避けられる。あなたの弾幕は火力ばかりでコントロールはまるでなっていない。そんなものでは、いつまでたっても私に当てることはできないわよ。」
「ふん、減らず口を。弾幕はパワーだぜ。」

そう言うや否や、黒いワンピースの少女――霧雨魔理沙は手を振りかざして、めたらやたらに魔法を炸裂させた。
数多の眩しい光が夜空を明るく染める。
秩序も、美しさもないつまらない弾幕だ。
魔法の込められた弾が、縦横無尽に飛び交い私を落と堕とそうとする。
人間にしては、まあ、よくやっていると言ってもいいだろう。
けれどいくら工夫したところで、所詮は人間程度の能力、小手先の魔法。
私は本物魔法使いだもの。
私には、その弾の行く先が見える。
だから当たらない。

「ねえ、こんなに美しい月夜。どうしてあなたはいつも台無しにするの。今夜は静かにすごそうと思っていたのに。」

私の指に操られて、数十体もの人形が宵闇に飛び出す。
可愛いお洋服を着た私のお人形は、かかとをクロスして可愛らしくおじぎをした。
今夜はこんなに美しい月の下にお越しいただき、ありがとうございます。
最高のショーをお見せしますわ。

「足軽『スーサイドスクワッド』」

途端、少女人形たちは炎に包まれる。
美しいシルクの髪は焦げ、ビスクの顔は音をたててひび割れていく。
己を焦がす炎の中で、少女人形たちは均質な微笑をうかべている。

「な、なんだこいつら……自分で自分の身体に…うわっ」

彼女の言葉を待たずして、少女人形達は進撃する。
紅く燃えた身体は、死にゆく彗星のように宵闇を切り裂いて、一直線に敵に向かっていく。

「おっと………うおっ………あっぶねえ!」

魔理沙は巧みに箒を操り、寸での所でそれを躱す。
人形の一体が掠めたのだろうか、彼女の帽子の端が焦げて燻っていた。
体勢を立て直した彼女は、冷や汗を流しながらもにやりと笑う。

「お前の言葉を借りるぜ、アリス。この程度の弾幕、目をつむっていても避けられる。そんなのじゃ、いつまでたっても私に当てることはできないんだぜ!」
新たなスペルカードを発動させようと、彼女は手を高く振り上げた。

「可愛い私のお人形。あの子達にかけられたのは無情な運命という名の魔法。あの子達はたとえその身が燃え尽きようと、飛び続けるわ。あなたを堕とすまで突撃をやめない……」
「なに言ってるか、全然聞こえないんだぜ!」
「………。」
「ははーん、魔理沙様の魔力に恐れをなしたか!命乞いなら聞いてやるぜ!」
「そう、じゃあ、よく聞きなさい。」
見上げた月は、すっかり雲に覆われてしまっていた。
まったくもう、今夜の月はもうおしまいね。
私は深くため息をつく。

「……ゲームオーバーよ、魔理沙。さよなら。」

「え」
魔理沙の背中に、とん、と何かが優しく触れる。
振り返ると、真っ黒く焼け爛れ、グラスアイを剥き出しにした――かつて人形だった何かが笑みを浮かべて私に抱きついていた。
「ははは、うそだろ…」

閃光

爆発音

烈風

黒いワンピースの少女は、暗い森の底へと堕ちていった。
 
 ■

森の中は暗い。
鬱蒼とした木々が月光を拒むように、夜空に蓋をしている。
あまねく物の輪郭すら溶けてしまうような、完璧な闇。
自身の実在すら疑いたくなるような闇。
その闇の中で、森は確かに息づいているのを感じる。
粘つくような強い生命力を持って、私たちが闇に溶けてしまうのを今か今かと待ちわびている。

森に飲み込まれてしまう前に、と私は指を弾く。
乾いた音と共に小さな青い焔が浮かび上がり、辺を弱々しく照らした。
あの子が堕ちていった辺に来たはずだが、その姿は見えない。

「おーい。魔理沙、生きてる?」
返事はない。
聞こえない。
虫の声がうるさくて、私の声すらかき消してしまう。
目をつむり、魔法の力を借りながら、耳を澄ます。
森の中に満ちている虫たちの囁き声、木ノ葉のざわめき、風の唸り声。
その中にたった一つだけ混ざっている、弱い弱い人間の呼吸。
私は糸を手繰り寄せるように、その音を辿る。
黒く染まった木陰の中にに、少女は隠れるようにしてしゃがみこんでいた。

「あら、てっきり死んでしまったものかと。」
魔理沙は荒く息を吐きながら、睨みつけるように私を見上げた。
「…ふん。私ほどの人間になれば、これしき痛くも痒くもないんだぜ。」
震えをこらえるような声で言う。
この子は、また嘘をついている。
本当は痛いくせに。
本当は泣きたいくせに。
「そうなの、知らなかったわ。」
彼女と目線を合わせるようにしゃがみ、灯りを近づける。
私たちの白い肌も、金色の髪も、同じような青に染まった。
彼女の服も皮膚も、あちこちが破けて、血が流れている。
軽い怪我ではない。
「酷い怪我じゃない。痛いなら痛いと言いなさいよ、馬鹿。」
「痛くないって言っているだろ!」
「ふーん、そう。」
そう言って、私は一際ひどく腫れている彼女の足首を指でつつく。
「――っ!」
ビクリと体を跳ねて、彼女は顔を顰めた。
額に汗が浮かんでいる。
私はもう一度彼女の足首に、優しく包み込むように触れた。
魔理沙はそれを振り払う。
「よ、よせよ!そんな事しなくたって、全然大丈夫なんだぜ。」
「強がるのはもう止めて、見苦しいの。歩けないんでしょう。この程度の怪我なんて、私の魔法なら簡単に治せるわ。」
「うるさい。痛くない。飛んで帰るから大丈夫だ。」
嘘、嘘。

あれから、いくつもの季節が廻り魔理沙はずいぶん大きくなった。
まるで人形みたいに小さかったのに、今や背丈は私を越そうとしている。
人の一生なんて、私の中ではほんの刹那にすぎない。
今まで何度も見てきたから知っている。
私の髪が伸びる前に、彼女は老いて朽ちて消えていくのだ。
「……ねえ魔理沙、今夜の月を見た?こんなことばかりしていないで、あなたもゆっくり月を楽しむ情緒くらい持ったらどうかしら。」
「くだらないぜ、月なんて。満ちて欠けて、時間が進む。それだけだ。」
「人間て本当に脆い。あなた、きっと直ぐに死んでしまうわね。」
「……。」
「たかが人間のくせに、こっちの世界に足を突っ込んで。それならいっその事人間なんて辞めてしまえばいいのに。そうすれば、痛みなんてなくなる。いくら魔法を使ったって、もう簡単に死んだりしないわ。」
「うるさい。」
「馬鹿よ、あなた、愚かだわ。どうしてそうやって死に急ぐのよ。人間なら人間らしく必死になって、一分一秒でも長く生にしがみついているべきだわ。」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
魔理沙はそう叫ぶと、痛む足を庇いながら立ち上がる。
私を睨みつける瞳から、こらえきれずに溢れた涙が一筋頬を伝った。
薄汚れているけど、綺麗な顔だ。彼女は本当に大きくなった。
「お前には何もわからないよ、馬鹿。わかるわけがない。」
手の甲で乱暴に涙を拭い、箒を手に取る。
「今に見ていろ。二度とそんなこと言えないようにしてやる。」
そう言い残して、魔理沙は箒にまたがり浮き上がる。
青い灯は弱く、彼女の姿はすぐに闇の中へ吸い込まれていった。

何も無い森に、私と静寂だけがとり残された。



今宵の月は、特別だ。
博麗神社では、幻想中からあらゆる者共が集い、騒がしく宴会が開ている。
もちろん招いたつもりなどないが、奴らはいつも勝手にやって来る。
種族も境遇も色々な奴ばかりだ、あちこちで直ぐに喧嘩が始まる。
そのたびに仲裁するのは私なので、たまったものではない。
…と、言っているそばから、鬼と天狗が一騎打ちをはじめようとしたので、一回休みにしてやった。
よりによって桁外れの力を持ったあいつらに暴れられたら、この古い神社はひとたまりもないだろう。
けれど気ままな彼女たちは、そんなことを気に留めない。
永い命を持った彼女たちは、未来のことなど考えたりしないないのだ。
たった今、この刹那の享楽を求めて生きている。

「まったく。」
呆れてため息が溢れる。
この喧騒の中では、せっかくの月も台無しだ。

静寂を求めて境内の裏へと隠れるように逃げ込む。
そこはろくに手入れもされていない雑木林が余計な音や光を吸い込んでしまっているかのように暗く静かであった。
雑木の間から、ぽっかりと月が浮かんでいるのが見える。
「霊夢。」
声の主は木陰の縁石にひっそりと腰掛けていた。
傍らの添水に写り込んだ月が揺れて、彼女の蒼い瞳が一瞬煌めく。
「アリス。来ていたの、珍しいわね。」
「ええ、あの子が来ていないかと思って来てみたのだけれど……どうにも煩い夜ね。」
アリスは呆れたように笑い、杯の酒を僅かに舐める。
「あの子…?」
私はアリスの隣に腰掛ける。
縁石は少し冷たい。
「魔理沙よ。あの子、今日も来ていないのね。」
「ああ、そういえば見かけないわ。…というか、もうしばらくあの子の姿見ていないかもしれない。」
最後に会ったのはいつだったか。
まだ桜の咲ききらない頃だったようにも思うし、すでに日差しの強い季節だったようにも思える。
「ああ、霊夢。こんなところにいたのね。」
またもや誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。
私たちの直ぐ近くに、いつの間にか咲夜が立っている。
近づく気配すらしなかったので、少し驚いた。
「ああ、咲夜。ねえ、今夜…というか最近、魔理沙の姿を見かけた?」
「魔理沙?今夜は来ていないみたいだけれど。…そういえば、ひと月以上前にうちの図書館へ来たわね。珍しく正門から入ってきて、パチュリー様にとある魔道書を貸してくれと頼みこんでいたわ。なんだかいつもと違って、真剣な顔つきをしていたものだから印象に残っている。」
「魔道書…?」
アリスが問う。
「ええ。どういった魔道書かは私も知らないのだけれど、何かとても強大な魔法について書かれたものだとパチュリー様が。」
「ふーん。また新しい弾幕でも開発しようっていうのかしら、面倒くさい。」
アリスは何も答えず、杯に写る月を見つめていた。

「ああ、そうそう。霊夢、お嬢様が探しているわよ。弾幕勝負しましょう、って。」
「げ、私嫌よ。そんなことの為に宴会開いたわけじゃないのに、あいつら勝手すぎるのよ。」
「ふふ、確かにいつも月見だ花見だとこじつけて、ほんとはただ騒ぎたいだけかもしれないわね。」
アリスは弱く笑い、杯の酒が揺れた。
「冗談じゃないわ。私は純粋に今日の……何とかとかいうフシギな月を楽しみたいのに。」
「皆既月食よ。私たちの星が太陽と月の間に挟まって、月が欠けて見える。」
「咲夜、あなた見たことあるの?」
「ないわ。お嬢様に聞いたので仕組みは知っているけれど、この月は数十年に一度しか見られないらしいの。」
「数十年。それではこの前の月食からもうそんなに時間が経ったのね。なるほど、あなたたちもまだ生まれていなかった。」
アリスは月を見上げて言った。
私達もつられて夜空を仰ぐ。
「ふふ・・・あなたたちにとっては数十年前であっても「この前」なのね。」
咲夜は苦笑した。
私は彼女たちの生きる永い時に思いを巡らそうとして、止める。
それはあまりにも途方がなく、面倒なものだ。
見上げた月は、少しずつ欠け始めていた。
「かわいそうな人間。あなたたちはその命を月で計られてしまう。だから月を楽しむこともできないのね。こんなに美しいのに。」
アリスは目を伏せて、私たちを見下すように言う。
そういう物言いしかできないから友達が少ないのよ、と咲夜が笑う。
私はもういちど、彼女たちの永い命を想像する。
長い、長い、長い、長い命。
たぐっても、たぐっても、終わりの見えない糸。
いつの間にかがんじがらめになって、身動きができなくなる。
「可哀想なのはあなたよ、アリス。」
アリスは伏せていた目を、私に向ける。
月の陰が広がって宵闇が深まる中、彼女の蒼い瞳だけが猫のように輝いている。
「命は、永ければ永いほど良いの?あんた、本当はもう月なんて見飽きているのでしょう。あんただけじゃない、表のあいつらもそうよ。本当は何も楽しくないの。だってもう、数え切れないほど月を見送ってきたから。もはや特別なことなんて何もないのでしょう。孤独で、すがりたくて、人間を見下すことでどうにか自分を保っている。」
彼女は何も言わずに、じっと射抜くような視線を私に注いでいる。
私は続ける。
「あなたにとっては瞬くほどの時。その中で私たちは生きて、死んでいくでしょうね。この月だってあと数度しか見られない。いや、もう二度と見られないかもしれない。だけど、だからこそ価値があって、美しいのよ。あなたの見る月よりも、私が見る月のほうがずっと美しくて、重いの。」
アリスは眉をひそめる。
てっきり怒るものかと思ったが、彼女の顔に浮かぶのは怒りというよりむしろ、苦しみ。
なんだか調子が狂う。

「あ。」
咲夜が間抜けた声を上げる。
それと同時に、境内からどっと歓声が沸きあがる。
見上げれば、赤い月。


月が金色に戻る頃、アリス・マーガトロイドは消えていた。



魔理沙の家の明かりは消えていた。
煙突は息を潜め、扉は固くしまっている。
まるで彼女の家自体が深く眠ってしまっているような、そんな静けさに支配されていた。

本当は、あの夜以来何度もここへ来ている。
訪れては、声もかけずに引き返した。
いつだって家は暗く、静まり返っていた。
でも、たぶん魔理沙はここにいる、何故か私はそう確信していた。

私は意を決し、戸を叩いた。
返事はない。
もう一度叩く。
乾いた音だけが虚しく響き、森の中に消えていく。

「魔理沙…魔理沙、月は見た?皆既月食。」
私は戸に向かい語りかける。

「今夜、博麗神社の境内で宴会が開かれているの。私はそこで見たわ。」

「すごく綺麗だったわよ。真っ赤な月。」

「…………魔理沙は見ていないの?もったいないわ、数十年に一度しか見られないらしいわよ。」

家の中からは物音すらしない。

「次の月食が来る頃、もうあなたはいないかもしれないのに。」

いくら待っても返事は聞こえない。
それでも私は、戸の向うにいる彼女に届くように語りかける。

「…あなた、パチュリーの図書館で魔道書を借りたそうね。何か強力な魔法について書かれているとか。」
「……まさか、とはおもうけれど…あなた人を辞めるつもり?」
「……」

返事はない。
しばしの沈黙が訪れた。
私は次に何を言うべきか、言葉を探すが、見当たらない。
たぐっても、たぐっても、たどり着かない。
糸が絡まっている。

さきほどの霊無の言葉が、頭の中でリフレインした。
悪魔に魂を売ったあの日から、もうどれだけの月日が流れたのだろう。
私は強大な魔力と、永い命を手に入れた。
それと引き替えに何を失ったのだろうか。
いつの日か、私は後ろを振り返ることをやめた。
そして、前をみることもしなくなった。

永い命を持つ妖怪や魔法使い達はただ、今この瞬間の享楽だけを求めて生きている。
それは死という恐怖から自由になったからではない。
私たちは、孤独なのだ。
余りにも長すぎて見えない未来と、霞んでいく過去の中、私たちの「今」は暗闇の底にある。
恐ろしくて、一歩も動き出せず、足下を見つめることしかできない。
私たちは永い命と引き替えに、刹那の煌めきを失った。

ドアノブが回る。
戸が薄く開かれ、白い顔がのぞいた。
数ヶ月ぶりに見る魔理沙の顔は、幾分痩せているように見えた。
痩せているというより、やつれている。
目の下には痛々しく隈が浮かび、髪も乾き乱れていた。
かつてのうっとおしいほどの活力は、もはやどこにも見いだせない。

私は息を飲む。
「・・・魔理沙。」
「アリス、来ると思ってたぜ。」
彼女はは表情を変えずに言う。
声も弱々しく、聞き取りづらい。
私は、彼女のあまりの変わり様に動揺した。
咲夜の言葉を聞いた時ふと抱いた嫌な予感は、どうやら当たってしまったのかもしれない。

「魔理沙、魔理沙、あなた、まさか本当に・・・!」
すっかり頼りなくなってしまった彼女の肩を抱いて、揺さぶる。
伸びた前髪の間から、鋭い視線がのぞく。
「だから、何だってんだ。私がどうなろうがおまえには関係ないだろ。」
「・・・っ!」
「私は永い命がほしい。そして強い強い魔法使いになるんだ。お前なんかよりずっと強い魔法使いに。」
低く唸るようにそう言った魔理沙は、帽子を深く被り、箒を構える。
「魔理沙、まって魔理沙。」
不意にそう言った私の声が、まるで請い縋るようなものであったことに気づき、はっとする。
喉がふるえた。
魔理沙は私を一瞥し、森の奥に続く闇の中へ消えていった。




気がつくと、私は走り出していた。
身体が勝手に動き出す。
灯りをともすことすらせず、飲み込まれそうな闇に支配された森の中をがむしゃらに走った。
木の根に躓いて、何度も転ぶ。
傷はすぐに直る。
転んでは立ち上がり、駆け出してまた転ぶ。
転んでは立ち上がり、駆け出してまた転ぶ。
何度転んでも走り続けた。
多分、今、私は魔理沙を追っている。
けど、何故?
どうして追う必要があるの?
彼女の言うとおり、あの子がどうしようが私には関係ないのに。
暗闇の底のように、何も見えないのに、どうしてこの足は勝手に動くの?
魔法使いになってしまえと言ったのは私自身なのに、何故こんなにほど胸が苦しいのだろう。
体中の血管が震えるのはどうして?
なぜこんなにも、泣きたい気持ちになるの?

答えは見つからない。
私はわけもわからず駆け続けた。



やがて森を抜け、見晴らしの良い草原に出る。
すっかり金色に戻った月が、空にぽっかりあいた穴のように煌々とかがやいている。
その中央に浮かぶ、ひとつの人影。

「魔理沙・・・!」
大きな月を背負った彼女の顔は影にかくれて見えない。

「息を切らせて、ずいぶん必死だな、アリス。」
影が、私に語りかける。
「私はお前と同族になろうとしてるんだぜ。止める理由なんてないだろう。」
「そう、そうよね…。だけど魔理沙、私は何故か恐ろしいの。あなた暗闇に消えてしまう事が、怖くてしかたないの。」
「………。」

人影がわずかに動き、彼女の右手にひとつの灯りがともる。
橙色の、暖かそうな灯。
私は襲い来るであろう弾幕に備えて、咄嗟にスペルカードに手を伸ばす。

「動くと撃つぜ。間違えた、撃つと動くぜ今すぐ動く。」

いつか聞いた、懐かしい言葉。
私は動きを止め、彼女の出方をうかがう。

「10、9、8・・・」
「な、何?」
唐突に始まるカウントダウン。

「7、6、5・・・」
「答えなさいよ、魔理沙。」

数え終わった先に、何があるというのか。
世界が終わってしまうような、漠然とした不安に襲われた。
人影は何も答えない。
ただじっと私を見下ろし、数え続ける。

「4、3、2・・・」



「いち」





瞬間、スパーク、閃いて。
刹那、視界を支配する。

思わず目を瞑る。
瞑っているのに、眩しい。
破裂音が聞こえる。
それも、ひとつじゃない。
数え切れない何かが弾ける音。

目を開く。


夜空に浮かぶ幾千の星々。
宇宙中の星が今、この空に集まったかのように充ちて、宵闇を明るく染める。
私の髪も、瞳も、肌も、世界中を染める。


違う、これは弾幕だ。
魔理沙の放った弾幕。
かつてのそれとは違う、調和と生命を抱いた弾幕だ。
この弾は全て、生きている。

星々は閃光を放ちながら瞬いた。

「ハッピーバースデー、アリス!」

夜空の中心に浮かぶ彼女が叫ぶ。
星の光に照らされた魔理沙は――――笑っていた。
ああ、いつものあの無鉄砲な笑み。

「な、何言っているの。私、誕生日なんてもうとっくに忘れてしまったわ。」
「ふん、365分の1という高確率で、今日がお前の誕生日なんだぜ、アリス!」

驚いたり、呆れたり、感情が渦を巻いて、言葉が出てこない。
混乱している。
何が起こっているのか、彼女が何を言っているのか理解するので精一杯だ。

魔理沙は手を高く掲げ、何かを呟く。
その途端、瞬いていた数多の星々は一際強く閃き、そして尾を引いて墜ちていった。
轟々と、地が揺れるほどの音をたてて堕ちていく。
私の目の前を、耳元を掠めて墜ちて、消えて、また墜ちて。
墜ちては新しい星が生まれ、瞬いて、目にも止まらぬ速さで墜ちていく。
死んでいく為だけにに生まれた星たち。

私は太古に生きて滅びていった生き物達の事を想う。
彼らは、こんなに美しい最期の光景を見つめながら死んでいったのだろうか。
世界の終わりが、これほど美しいなんて。
私は何故か、そんな彼らがうらやましくてたまらなかった。

そして、私はようやく気づいた。
彼女はあの夜からずっと、この日の為の準備をしていたのだ。
魔理沙の手から血が吹き出し、滴り落ちて服を紅く染めている。
私たち魔法使いでも使いこなせないような魔法。
人の肉を糧とし、やがて食い尽くすような強い強い魔法。
それでも彼女は笑って、私をみつめている。

「アリス、私は2つ嘘をついた!」

魔理沙は、楽しくてたまらないとでもいうように弾んだ声で叫ぶ。

「ひとーつ!!私は魔法使いになんかならないんだぜ、バーカ!まんまと騙されてるお前の姿を見て、笑いを堪えるのが大変だったぜ!」

彼女は声をあげて笑い、続ける。

「もうひとつ!私はいつもお前に言ったていたよな、痛くないって!だけどあれも嘘だ!本当はすごく痛い!今だって、痛くて痛くてたまらない!」

「なら、どうして!」

轟音にかき消されないように、私も声を張り上げる。

「痛みは、刻印なんだぜ、アリス!
痛い思いをする度に、私は人間だと感じる!そして私はお前のことを想う!絶対に強くなってやろうと思う!
私は人間だ!人間のまま生きて、お前を倒す!
人間だって魔法使いに勝てるって証明してやるんだぜ!」


もう、月なんて見えない。
私たちに降り注ぐ星々と、魔理沙の輝く瞳だけが、今の私の全てだった。

「最期にひとつ。私はどこにも消えたりしない!アリス、お前は一人じゃないぜ!
ハッピーバスデー!」

幼い頃、怖いものなんてないんだと笑ってみせた、あの時と変わらない笑顔。
彼女はいつも、眩しく輝いている。
暗闇の底で見えない糸にがんじがらめにされて身動きも取れない、そんな私の人生で、あなただけが私の灯火だったんだね。

焼き付いたよ、魔理沙。
私はこの先に続く途方もなく永い命、この一瞬を絶対に忘れない。
幻想郷中に、星の雨が降り注いだこの夜を。
あなたの嘘と、笑顔を。

今日、私は生まれた。
この日が来る度に私は思い出すだろう。
あなたがいなくなっても。
この一瞬が私の過去になり、私はこの過去とともに生きていこう。

あなたの星が、私を未来へ導いていく。









魔理沙は涙をこらえて駆けていく姿が似合うと思いながら書きました。

里吉芙蓉
taijiyotaijiyonazeodoru@hotmail.co.jp
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コメント



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1.6mayuladyz削除
感性の違いによる見解の相違だと前置きして

詩のような美しい言葉が並びとても素敵だ
情景や心理描写もお見事だ

普段はどのような作風なのか分からないが
今回の作品は感情移入が出来なかった。
それは私がこのような作風に慣れていないからかもしれない

綺麗だけど他人行儀というか
完璧で美しい盛り付けの料理で、もったいなくて食べられず
結局、味はわからないまま…(´・ω・`)
そんな感じだった。

しかしこれも作者の個性だと思う
私には絶対真似できない
これはこれで良いと素人ながらに思ったよ
2.3あらつき削除
きれいなお話でした。もっと文章量があった方が良かったかな。
シンプルに短く、という形式でもなかったようなので。
3.101006削除
描写が多過ぎずくど過ぎず、でもしっかりと映像を想像することができるので読んでいて惹きこまれました。髪と月と時間の表現が好きです。
特に「私の髪が伸びる前にあなたの命は尽きてしまう」というアリスの言葉が魔法使いと人間の生きる時間の違いの切なさを際立たせてると思いました。
2人の嘘と意地の張り合いの追いかけっこの果てのラストシーンもぞくぞくしました。
悲しいけれども明るさに満ちた終わり方で、読み終わった後もどこか爽快感がありました。
4.4がま口削除
初めはちょっと魔理沙が意固地過ぎやしないかと感じましたが、痛みも刻印と思う所が魔理沙らしいなと思い直しました。
ただ中盤辺りにあった霊無(霊夢)の誤字がやや残念。あと、「」で括る文章の最後の行は読点を付けない方がいいです。
5.2エーリング削除
>永い命を持つ妖怪や魔法使い達はただ、今この瞬間の享楽だけを求めて生きている。
>私たちは永い命と引き替えに、刹那の煌めきを失った。
瞬間の享楽を求めるのに刹那の煌めきは失うのですか?良く解らない、良く解らないと言えば誕生日も知らないのにハッピーバースデーと言いながら命を燃やす魔法を唱えてガチで死にかけてる魔理沙の気持ちが素で解らなくて「……キチガイ?」としか思えないのですが、
アリスの心情の半分くらいでいいから魔理沙の心情を描写するのに割いてあげてください、この話の彼女、作者さんが想定している以上に何考えてるんだかさっぱり
6.2安倍川削除
なんか違和感だらけで受け付けなかった
7.5みすゞ削除
アリス誕生日おめでとう!
8.2ナルスフ削除
うーん、ありありと伝わってくるキャラクターが物語に動かされてます感。
何かしら持ち上げてあげたいんですけど、本当に魔理沙とアリスの関係がいまいち不明なので何も言えません。
魔理沙が子供のころから知り合い→平気で重傷を負わせる→言い争う→突如心配しはじめる→突如祝われる
このストーリーラインから、本当にこの二人がどういう関係なのか類推することすら困難なのでは。アリスの一人称からは何も伝わってきませんし。せめて重傷がなければまだ想像できないこともなかったんですが。
途中で霊夢の一人称に変わった意味は何だったんですかね。アリスの一人称というスタイルを崩してまで描写する意味はなかったように思いますが。むしろアリスの一人称を貫いて、霊夢の言葉によってのアリスの心情の変化を描写した方がよかったのでは。
ストーリーラインに最低限の肉付けを施したっていう感じで、理解の助けになる情報がもっと欲しかったですね。二人が今に至るエピソードとか。
アリスの心情変化かなり強引ですし。魔理沙に至っては見えてる情報だけじゃ本当に意味不明。残念。

(元々アリスの方がちっちゃかったんだよなぁ・・・ってのは旧作ネタだから別にいいか)

>最期にひとつ。私はどこにも消えたりしない!
『最期』じゃ消えちゃうんですがそれは・・・
9.5道端削除
 魔理沙カッコいいなあ。特に台詞回しにしびれる。私にはない言語センスだ。

 >「ふん、365分の1という高確率で、今日がお前の誕生日なんだぜ、アリス!」

 とかカッコいいわ。濡れる。私男だけど。

 ただ、魔理沙がだぜだぜ言いすぎなのが気になる。無理やりに言わせてる台詞が多すぎて、シリアスなシーンなのに萎えてしまう。
 それと、ラストのハッピーバースデーの流れはちょっと強引すぎる気が。
 あそこまでズタボロにして見下されて、その瞬間に思いついたのがハッピーバースデー、というのは、話の流れがよく分からない。散々な目に合された魔理沙の心境を考えると、普段が「あれ」なこのアリスを祝おうという気はなかなか起らないのでは。
10.4生煮え削除
全体的に作者さんの描いた物語をしっかり伝えきれていないという印象を受けました。原作のキャラクター像はひとまず措いておくとして、作中の魔理沙やアリスがどんな性格でどんな考えを持っていて作中でなにを思ったのか、それらが勿論書かれてはいるのですけど、ちょっと不足していたのかなぁという感じです。
ですのでキャラクターが行動を起こして物語を動かすたびに、こいつは何でこんなことするんだろう? という僅かな違和感というかひっかかりを覚えてしまって、その所為でクライマックスまで読んでもいまいち盛り上がれなかった感じです。
11.1きみたか削除
魔理沙の意気込みがもはやヤンデレかストーカーかという感じと、それをいい話にまとめてしまっている著者に悪い意味での狂気を感じる。
12.4名前が無い程度の能力削除
がむしゃらに走っている女の子って格好良いし素敵ですよね
一部一人称が誰のものか分からないシーンがありました
13.2時間が足りない!削除
うーん、どういうストーリーだったのか、ちょっとよくわかりませんでした。
魔理沙の口調も若干気になりました。
もう少し説明が欲しかったなあと思います。
14.5K.M削除
最後まで読んでホッとした。そうだよねそこが嘘だよね、と。  足軽が爆発する部分の人称で少し違和感を覚えた。