第十二回東方SSこんぺ(嘘)

虚実幻想~Veritas mendacium

2013/10/27 08:51:09
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 私は何かを欺いているのか?
 ありうるはずのない迷いを抱いて、私は相棒を見やった。
 相棒はただ、『そんなことはない、本当だよ』と無機質に返した。
 なぜだかその後に、『嘘だけど』と付け加えられたような気がした。
 私は、何かに欺かれているのか?


『虚実幻想~Veritas mendacium』



「あやー、あーやっややっや、あやー」
 ネタを探し過ぎて変なところまで来ちまったなあ、と天狗の新聞記者、射命丸文は独りごちた。独り言なんだから、別に他に伝わらなくたって問題ないのだ。
 先ほどまで晴れ渡った青空の下、賑やかだった中有の道を通り越し、気づけば霧が出て夜も昼もない殺風景な荒野と、遥かに流れる河。
「あーやー、あーやっややや、あーややー」
 あー、ついつい三途の川まで出てきちゃったかー、さすがにこんな所にはネタは転がってないなぁ、と天狗の新聞記者、射命丸文はまた独りごちた。
 どちらにせよ、寿命があるうちは渡れない。死神にからかわれる前にさっさと帰ろうと身をひるがえそうとした瞬間、遠く視界の端に、人影が映った気がした。
「あやや?」
 文はそれが気になって、その人影の方へと飛んだ。
 果たしてそこには、ボロをまとって三途の川に釣り糸を垂らす何者かがいた。
 これはまた酔狂な、と思いながら、文は自分の中の言語体系を独り言用から記者用へと組み替える。
「こんにちは。こんなところで釣りとは珍しいですね。釣れますか?」
「いえ、これがまったく釣れはしませんね」
 帰ってきた声は予想外に高い女性のもの。ますます文の記者としての好奇心が掻き立てられる。
「それはそうでしょうねえ。この川には魚の幽霊しか住んでいませんから、釣れるわけがありませんよ」
「……存じています。ただ、何もするべきことが思い浮かばないので、こうして釣り糸を垂れているのですよ」
「それはそれは、何やら重苦しい事情がおありのようで。しかし釣り糸を垂れるなら近場の小川でよいではありませんか。なぜわざわざ三途の川で釣り糸を垂れるのです?」
「……だって、ここが一番の近場なのですから」
 そう言って振り向いたその顔を見て、文は目をひん剥いて口から心臓を発射した。
「ちょ、ちょ、ちょっと、何やってるんですか!?」
 心臓をあるべき場所に戻してしばし落ち着かせると、文は当然の疑問をぶつける。目の前の人物――
「――閻魔様!?」
 四季映姫・ヤマザナドゥへ。
「……いえ、今やその呼称は正確ではないでしょう」
 文の問いに、映姫はつい、と視線を明後日の方向に向け、言った。
「私、閻魔クビになっちゃったんですよ」
 再び、三途の河原に心臓の発射音が響いた。


「ええ、クビになったというのはさすがに言い過ぎました。が、私は今一時的に是非曲直庁より追放された身ということに間違いはないのです」
「一体なんでまたそんなことに。至極真面目で説教くさい、閻魔の鑑だった映姫様が」
 文の言葉に、映姫は苦笑を浮かべた。
「そのあなたの映姫評は本当のことなのか……はたまた嘘であるのか……私には分かりませんが、あなたの言うことですから、嘘なのかもしれませんね」
「いやいやいや……ん?」
 さすがにそこで嘘をつく意味はないでしょう、私をなんだと思ってるんですか――と言いかけて、文はふと強烈な違和感に気づく。
 映姫も察したようで、なぜだか申し訳なさそうな照れ笑いを浮かべながら、先の質問の答えを口にした。
「浄玻璃の鏡、なくしちゃったんです。あれを見つけるまで、私は是非曲直庁に帰れません」
 浄玻璃の鏡。どんな嘘をも貫いて、暗い真実を照らし出す、閻魔の誇るチートアイテム。
 あれがある限り、閻魔である映姫には見抜けない嘘などない、はずだった。
「なくしちゃったって、そんな。再支給とかしてもらえないんです?」
「無理でしょう。閻魔一人につき、鏡は一つ。なくしてしまえばもう、私に閻魔を名乗る資格はありません。むしろ、閻魔の秘宝をいずこかへ流出させてしまった罪人に他ならないのです」
「道理で、三途の川で独りなわけですか」
 文は得心する。話を聞くに三途の川で困り果てていたであろう映姫に、小野塚小町など映姫の部下だった死神たちがまったく近づいていないのが気になっていた。彼女らも是非曲直庁に所属する者として、そこを追われた罪人に手を貸すことが出来なかったのだ。
「しかし、川のこちら側にいるということは、本格的に彼岸から追い出されたので?」
「私の鏡は家宅捜索などを通じ、彼岸には存在しないことが確認されました。ならば此岸にて落っことしたのが道理。此岸をひっくり返してでも探し出せ、鏡を見つけるまで帰ってくるな、と、まぁそういったわけでして」
「いやぁ、天狗社会も厳しいと思っていましたが、是非曲直庁には負けますねえ」
 リアルに人生終わりそうな映姫の話に、文はどう返していいかわからず、なんだかのんきな台詞を返してしまう。
 だが、そんな適当な台詞に、映姫は思わぬ反応を返してきた。
「本当にそう思っていますか? そう思う根拠は?」
「ゑ?」
 その適当な台詞の真贋に妙にこだわる映姫に、文は頓狂な声を上げてしまう。
「……あ、ああ、すみません文さん。今までどんな会話も鏡頼りでしたので……なんというか、誰のどんな言葉も本当に信じられるのかどうかがわからず……その……不安なのです」
 文の声に萎縮して、映姫はしゅんとして、顔の前で人差し指をもじもじと突き合わせつつ、不安を吐露した。
「なにこれかわいい」
「はい?」
「いえ、こちらの話です」
 いつもの気高く説教くさい『閻魔様』のイメージとはまるで違う、見た目相応の可憐な少女の姿に、なんだか文のハートがぐわしとつかまれたような気がした。
(あーやややや、あーややぁぁ)
 これが俗に言うギャップ萌えってやつなんでしょうかねえ、と心の中で想いながら、ごほんと咳払いをして、文は自分の調子を整える。
「まぁ、ともかく浄玻璃の鏡を探さないことには話が進みませんねえ。何か心当たり――があったら、こんなところで釣りなんかしてませんか」
 文の言葉に映姫がこくりと頷く。
「ええ、まあ。というか、なくしたのならいつ、どこでなくしたかには見当がつくはずなんですが、コレガワカラナイ」
「なんで急に片言になったんですか……」
「閻魔たるもの、鏡の管理には一番気を使います。私も、ただ何もなしに鏡をなくしたとは思えません。誰かに盗まれたのか……しかし少なくとも彼岸側では皆浄玻璃の鏡を使用して潔白は証明されています」
 糸口のない映姫の言葉を聞き流しながら、文は人差し指を立てた。
「とりあえず、まずは探し物が得意な方に聞いてみるべきでしょうねえ」


「ふぅん? なくした手鏡ねえ。ま、報酬さえちゃんとくれるなら、探すけどね」
 無縁塚の掘っ立て小屋で、ダウジング生活をしているネズミたちの首魁、ナズーリン。
 面倒な探し物といえば、とりあえずこの妖怪に話を通しておいて問題ない。
 ただ、今回はモノがモノなので、文の判断で詳細は伏せ、鏡の見た目の情報を提供するだけに留めた。
「どれくらい時間がかかりそうです?」
「そんなものはわからないよ。見つかればすぐだし、見つからなければ永遠さ。本当にソレが落ちているのかどうかもわからないしね」
 時間を尋ねる文に、ナズーリンはやれやれ、とシニカルに笑って肩をすくめる。
「いえいえ、期待しておりますよ。以前も見事にお宝を探し当てていたではありませんか。探し物にナズーリンありと謳われた探し物のオーソリティーに不可能はないって言うか、マジパネエのミッションインポッシブルっつーかコングラチュレイションのビューティのおうどん食べたい」
「ふっふっふ、後半なんだかもうよく分からないけど、そこまで言われちゃ仕方ないね。とりあえず三日だ。三日間で何らかの成果を出してみようじゃないか」
「ちょろいわー」
「何か言ったかね?」
「いえ、ただおんちょろちょろネズミが一匹出てこられ候、と」
「何故そこでネズミ経!?」


「文さん、やはり嘘をつくのはダメだと思うんですよ」
「ほう映姫さん、私が嘘をついている、と?」
 ナズーリンの小屋を後にしてしばらく、二人並んで無縁塚を歩く。
 そうして、ふ、と映姫は先ほどの文の言動に苦言を呈し、文はとぼけた。
「ええ、嘘をつかずにちゃんと浄玻璃の鏡であることを話したほうが、失敗する確率も減るはずです」
「私は嘘などついていませんよ。ただ情報を出し惜しんだだけです」
 言って、文はちっちっと指を振ってみせる。
「それに、浄玻璃の鏡をなくしたことがわかれば、楽園の閻魔が力を失っていることが露呈してしまいます。何か良からぬことをたくらむ輩がいるかもしれませんよ?」
「彼女はあれでも格の高い妖怪です。そのような不義理を働くとは思えませんが。……それに、私は幻想郷きってのジャーナリストに漏らしてしまっている時点で、お察しと思っています」
「あややや、私が映姫さんが弱っていることを記事にするとでも? まぁしますけど」
 文のご無体な言葉に、映姫は勢いよくツッコ……むかと思いきや、なぜかほっとしたように胸を撫で下ろしたのだ。
「文さんがするっていうことはしないってことですね。安心しました」
「あややぁ!? なんですその歪んだ信頼感!? 映姫さんの中で私は一体どういう存在になってるんですか!?」
 びっくりしたポーズをとる文に、映姫はきょとんと首を傾げて答える。
「だってあなた、嘘つきなのでしょう?」
「なぁにを言っているのですか! 記事は遍く真実を映す! この清く正しい射命丸を捕まえて、嘘つきなどと!」
 大仰にポーズをとりながら、文は否定する。
 普段の四季映姫相手ならば下手なことは言えないのだが、嘘の見抜けない今の四季映姫なら言いたい放題である。
「しかし、文々。新聞は嘘だらけと評判ですよ? それに先ほども、ナズーリンさんを事実以上に持ち上げているように感じました」
「あややや、嘘と誇張は似て非なるものですよ、映姫さん。事実を拡大しただけならば、それはすなわち大きいだけの事実ではありませんか。私は事実が人の目に留まりやすいように大きくしているだけ。根も葉もない嘘とは違うのですよ。嘘とは!」
「ふむ、そういうものなのですか」
 弾幕のように息つかせる暇もない文の言葉に、映姫は気圧されたか、納得したように頷く。
「しかし最後のおんちょろちょろは、明らかに言ってなかったですよね」
「すいませーン、ワタシウソついてマーシタ……」
「なんで急に片言になったんですか……」
 拍子抜けするほどにあっさりと嘘を認めた文だが――それがすなわち彼女の敗北宣言になるわけでは決してない。
「いやいや映姫さん、嘘にも良い嘘と悪い嘘があります。嘘全体が黒いわけではなく、白い嘘と黒い嘘があるわけです」
 文自身、これは嘘を言っているつもりはなかった。嘘とは恐るべき怪物であると同時に、良き隣人でもあるのだと。
「知りたくもない事実を覆い隠し、皆が幸せに暮らすための強い味方が良い嘘なのです。知らぬが仏というではありませんか。実際浄玻璃の鑑を持っていた映姫さんは、そのあたりどうだったのです?」
 ダイレクトに話の矛先を変更する文の質問に、映姫は少し遠い目をして、空を見上げる。
「……言われてみれば、私自身の個人的な交友関係は、あまり実りあるものではなかったかもしれません。閻魔時代はもちろん、地蔵時代もわざわざ地蔵に嘘をつく人間などいませんでしたし……何にも頼らずに言外を読むということが、こうも難しいことだとは」
 映姫の答えに文は満足げに頷く。
「これはいい機会だと思いませんか、映姫さん」
「いい機会、といいますと?」
 首をかしげる映姫に、文はびしぃ、と指先を突きつける。
「あなたは嘘というものが何なのか知らなすぎる。浄玻璃の鏡が使えなくなった今ならば、否応なく嘘というものに触れることができましょう。そしてそれを理解したとき、あなたは今まで以上の閻魔になれるはずです!」
 鏡のほうは、恐らく下手に動くよりもナズーリンに任せておくのが一番だろう。
 それよりも、克服しなければいけない問題は別にある。
「そしてそれがなされた時、私は記事を書くことにするのですよ」
「文さん……」
 文の言葉に、映姫はしばし目を輝かせ聞き入っていた……が、すぐにしゅんと沈んだ顔になる。
「でも、あなたが言うということは、それは嘘なんですよね……」
「あーた私を天邪鬼か何かと勘違いしてませんか!?」


「結局のところナズーリンの探索結果が出るのにはおだててもみっかかかることですし、それまでの生活をどうにかせねばなりませんか。……それはそうと、ツッコミそびれていましたが、何だってそんな格好をしてるんですか?」
 この後の展望について考えをめぐらせていた文は、ふと今更の事象に触れた。
 今日最初に会ったときから、ずっとボロをまとっている浮浪者風味の元閻魔。いくらなんだってあんまりな格好である。
 映姫はああ、と軽く腕を上げ、自分の姿を再確認しながら説明を始めた。
「外行きの服は、例の法服が一張羅だったもので……。あれを取り上げられてしまっては、あとは部屋着しかなかったんですよ」
「あーた部屋でそんな格好してんですの!?」
 自室で浮浪者スタイルで料理や読書を嗜む閻魔を想像し、文は思わず吹き出した。
「あ、えと、すみません言葉足らずでした! さすがにこれが部屋着なわけではありませんよ! さすがに部屋着で外に出るのは憚られたので、これを借りたんです」
「そんなカッコするくらいなら部屋着の方がマシじゃないですか!」
 文のツッコミに、映姫は困惑したような顔をして自身の姿を省みる。
 そうして、どうにも得心がいかない風をしながら、彼女はおずおずと尋ねた。
「ええ……この格好って全裸より恥ずかしいんです……?」
「まさかの裸族かよ!?」


「仕方がありません。全裸より恥ずかしいというならばこれを脱がざるをえません」
「ちょっ、待っ! あーたもしやその下……いやどっちにしろダメだー! ってか何でこういうときに限って疑わないんですかー!!」
 映姫様が自宅では何も着ない主義だったというあまり知りたくもなかった現実に打ちのめされ、恥ずかしいなら仕方ないとボロを脱ぎ捨てそうになる彼女をなんとか押しとどめて、これ以上罪を重ねさせることを防いだ勇敢なる烏天狗、射命丸文は苦悩した。
(あーやー……あーやーやーやー……)
 なんだってこんな人が今までボロを出さずにやってこられたんだろう。
 というボヤキもさることながら、話せば話すほどにこの駄閻魔を放っておけなくなっている現状にも苦悩した。
(あやや? あーやややややや……)
 乗りかかった船である。それに、全てが終わったその時に記事を書くと言った。それを成すためならば、これもまた致し方ないか、と文は腹をくくる。
「あやや……映姫さん、あなた生活のアテはありますか? あなただって食べたり寝たりはさすがに必要でしょう? 三日間凌ぐのはきついのではないかと予想しますが」
 文の指摘に、映姫はこくりと頷いて肯定した。
「ええ、しかしなんとか森で木の実を取ったりして三日間くらいは……」
「その格好でそれやられるとマジで野生に返りかねないのでやめてください」
 書くべき記事のタイトルが『発見!野生のオオカミ閻魔!』とかになってしまいかねないので、それはやめさせることにする。それはそれで面白いといえば面白いのだが。
「仕方がありません。とりあえず三日目まで、私の家に泊まっていいですよ」
 文の申し出に、映姫は戸惑いの表情を見せる。
「え……それはありがたいのですが、鏡探しの手配までしていただいて、またお手数をおかけするわけには……」
 ナズーリンに支払う報酬は映姫が閻魔に戻った後に返してもらうという前提で、文が立て替えることになっている。元々ほぼ成功報酬なので、今はわずかな前金を渡しただけだが。
「いえいえ、はっきり申しまして、今のあなたはどうにも放っておけませんので。いいから黙って世話を焼かせてくださいよ」
「文さん……」
 再び映姫はしばし感動に目を潤ませていたが、やっぱりすぐに困惑した顔になる。
「しかし、通りすがっただけのあなたがどうしてここまでしてくれるのです? ハッ、もしや、私の体が目当てとか!?」
「どうしてそうなるんですか……。それにそもそも、ただの通りすがり以外の誰があなたを助けられるというんです?」
 いい加減突っ込み疲れてきた文は、ひとつまじめに映姫を説き伏せることにする。
「それに、私も一応女なのですから、いくらなんでも体目当てはないでしょう。私の行動原理はただひとつ、新聞のネタですよ。今はあなたという独占素材がいるのですから、囲い込んでおきたいと思うのが当然でしょう? それが私のメリットであり、お互いに利益の一致するところだと思いますが」
「言われてみればそうですね」
 何だかんだいって、今の四季映姫は交渉ごとに弱い。
 真実の一片を突きつけることで、彼女は納得したように頷いた。
「一つの真実を明らかにすることで、他方の真実を守る……。これも嘘のテクニックなのですね」
「あーた実は上級者でしょ!?」


「お邪魔いたします」
 『裁判官』とは歴史に照らすならば、『平等な審判者』などではない。基本的に古来より『疑う側の存在』である。
 閻魔は結局浄玻璃の鏡の存在により、疑う以前の段階で判断をつけてしまえるわけだが、それをなくしてしまうとやはり猜疑心の強い存在、という本性があるのだろう。
 いまいち信頼感のない烏天狗の新聞記者、射命丸文はそう思って自分を慰めることにした。性的な意味ではなく。
「ほぉう、ここが烏天狗の新聞記者の家ですか」
(あやややーあ……あややぁ……)
 時刻も既に日が落ちた後。
 憔悴しながらもなんとか映姫を信頼させることができた文は、なんで自分こんなにムキになってるんだろう……と胸中複雑な思いを抱えながら、彼女を家に招きいれた。
 山の住人でもない客人を招くのは、あまりいい顔はされないと思うのであくまでこっそりと、だが。
「意外と片付いていますね」
 一人暮らしらしくあまり広くはないが、多目的な居間から台所、 トイレ、風呂など生活に必要な場所に接続しているコンパクトで機能的な家である。
「まだネタ集めの段階で、原稿を書く段階まで入っていませんからね」
 ネタ集めのときは家でいるよりも幻想郷を周っているときのほうが多いので、あまり散らかる暇がない。原稿を書くときは紙くずやなんやで埋まるのだが。
「散らかっていたら説教しようかと思ってましたが、杞憂に終わって何よりです。まぁ、今の私に説教する権利などないのでしょうが」
 自虐的発言ながら、おどけたようにぺろっと舌を出す映姫に、文は再び彼女を愛玩的な視線で見てしまう。
(あーや、あやややや……あやややぁ)
 半ばやけっぱちではあるだろうし、また何だかんだで閻魔という重責から逃れた解放感もあるのだろう。
 それに、今まで浄玻璃の鏡に頼り切ってきた分、やはり人間的に隙がでかいのがまた卑怯なところである。
 などという文の苦悩もどこ吹く風で。
「しかし家の中に入れたので、やっと罪にならずにこのボロが脱げますね!」
「ちょっ!? 家入っていきなり!?」
 忘れていたかった四季映姫の家での慣習。
 文がいることになんの遠慮もなくすぱーんと一糸纏わぬ姿になってしまうのはどうしたことだろう。つーかやっぱ何も着てなかった。
「やはり飾らない本当の自分に戻るのは、解放感があって気分がよいですね」
「なんか露出狂っぽいことゆってる!」
 もう撮ってもいいかなァ、自分……などと思いながら、文がカメラに伸びそうになる腕と水面下で格闘を繰り広げる中、露出狂という言葉に少々むっとした映姫が口を開いた。全裸で。
「服を着るというのはなんだか本当の自分を包み隠してしまうようで嫌なのです。だからせめて家の中にいるときくらいは真実の自分でいたいのですよ」
 確かに生まれたままの状態が純度100%の自分ではあろうが、それを他人に見せるのは一般的には犯罪と呼ばれてしまうのだが。
「着飾るのが偽り――嘘と。私はそうは思いませんねえ。先ほども申し上げたでしょう。嘘と誇張は似て非なるものだと」
「ふむ?」
 映姫が文の台詞を思い返して唸る。
「変装をしたり、身分に合わない格好をしたりするのは、それは確かに言外に嘘をついていることになるでしょう。しかし、普通に服を着るという行為は、自分を拡張するというだけの話です。服を選ぶセンスだって、偽りようもない自分そのものではありませんか。そうやって人は、自分らしさを追い求めてゆくのですよ」
 とりあえず思いつくままに理屈を並べ立て、映姫を煙に巻いてから、文は一番言いたかったことをトドメに述べる。
「だから服を着てください」
「やです」
 だが、四季映姫はすげなく拒否した。
「ここは私の家ですよ!」
「服を着ないというのも立派な服のセンスではありませんかー!」
 二人が不毛な言い争いをしながらごろごろと取っ組み合っていると、不意に射命丸宅の玄関が開け放たれた。
「文さーん、帰ってるんですかってうわあああああああああ!?」
「ぎゃああああああああああああ!?」
 ああ、射命丸宅が悲鳴で満ちる。
 扉を開けたのは哨戒部隊の白狼天狗、犬走椛であった。そして彼女の見た光景は、射命丸文が自室で裸の少女を押し倒しているというアダルティ極まりないものである。
「文さん……あんた……ついに超えてはいけない一線を……!?」
「違うんですよ椛! これには深いワケが!」
 わなわなと震える椛に、文が慌てて弁解しようと試みているところに、映姫がむくりと起き上がって、文にフォローを加えた。
「見られてしまったものは仕方がありませんし、ここは我々の関係をしっかりとわかってもらうべきでは?」
「あーもうあーたは黙っとれぃ!」
 案の定フォローではない何かを吐き出した元閻魔を幻想郷最速ではたくも、やっぱり椛は遠い目で二人を見る。
「なんと合意の上でしたか……文さん、あんたは私たちの知らない世界に行っちまったんですね……。どうかお幸せに……」
「だから違げえええええええ!!」
 どうしたらこの事態を収拾させることができるのかを文が試行錯誤しているうちに――椛がふとあることに気がついてしまったようだった。
「ん、あれ、その人、どっかで見たような……」
(あやぁ!?)
 四季映姫は幻想郷にもちょくちょく顔を出すため、結構広く知られている存在。
 しかし今はいつもの法服ではなく、あろうことか全裸なので、さすがに気づく確率は低いと思われていたが。
 いくらなんでも『射命丸文が四季映姫を家に連れ込んで裸に剥いていた』とかいう謎すぎる状況であると、現状を認識されるのはまずい。
 混乱の中直感でそう感じ取った文は、とにもかくにも口を開く。
「この人は、その……リグルさんですよ!」
「ええ!?」
 結果、割と何の解決にもならない誤魔化しが口から飛び出した。確かに見た感じなんとなく似てるけれども。
「しょ、触覚はどうしたんですか!?」
 突然のリグルに不意討たれた椛も、なんか絶妙にそこじゃないツッコミを入れる。
「す、スタッフにおいしくいただかれたんですよ……」
「スタッフって何!?」
 混迷の度合いを深める天狗二人の掛け合いを見かねて、四季映姫はこの場をどうにかするべくすっくと立ち上がった。
「誤解があるようなので申し上げておきますが、私はリグルさんではありません。それどころか、今の私は何者でもないのです。そこを文さんに拾っていただいた。それだけの話ですよ」
 映姫の言葉に椛は目を瞬かせて、尋ねる。
「よくわかりませんが……それではなぜあなたは裸でいるんですか?」
「趣味です」
「……」
 椛は四季映姫(全裸)をしばしまじまじと眺めていたが、ふとやさしい表情になって言った。
「わかりました。全て察しましたとも。どうやらお邪魔だったようですねっ! それでは夜は長いですからごゆっくりっ!」
 そうして身を翻して扉を閉めること風の如く、きっと幻想郷第二位くらいの速度だったに違いない。
「ああああ! 関わるだけ面倒だと判断して逃げやがりました! ある意味助かったけど誤解とけてねえ!」
 今の状況がいいのか悪いのか判断つきかね、追うべきか追わざるべきかの瀬戸際に身をおく文の肩に、ぽん、と手が置かれた。
 文が振り返ると、映姫(全裸)が「どや?」とでも言いたそうな表情で自分を見ていた。
 殴った。
「何をするんですか! 私の活躍で椛さんを無事追い返せたんですよ!」
「うるせー! 無事でも何でもねーしそもそもあーたがさっさと服を着とれば問題自体が起きてなかったんですよ!」
 それはとっさの嘘。映姫が自室に存在していて、椛が家を訪れるという時点で、何らかの問題は発生していただろうから。
「むぅぅ……大体、私は手持ちの服がこのボロしかないのですよ。あなた貸してくれるんですか? 寸法が合うのか知りませんが」
 もちろん、映姫はそんな些細なツッコミ所になど気づかず、現実的な話題を振る。
「他人の自室を全裸で闊歩しておいて今更の遠慮ですね……。まぁここらへんに仕舞ってある、寝る用の肌着や寝間着なら着られるでしょう。多少私のほうがデカいとはいえ、そこまで体格差があるわけでもありませんし……」
「そうですねえ……」
「背の話ですよ」
 露骨に胸を見比べる映姫に冷ややかな言葉を送りながらタンスの一角を開けると、映姫はてこてこと寄ってきて、屈みこみながらふむふむと物珍しそうに眺め始める。全裸で。
 現実に戻されると余計に倒錯的な光景にくらくらしながら、文はとりあえずやるべきことをやる。
「そこのトコなら適当に物色してていいですよ。とりあえず簡単に晩ご飯を準備しますから」
「ああ、なら私もお手伝いを」
「服着ろや」


「さて、どんな具合ですかね」
 晩ご飯を作る間、割と静かだった映姫が気になって、文は少しドキドキしながらご飯をお盆に載せて居間に戻る。
「おや、出来たのですか」
 ちょっとブカっとしたパジャマを着てぺたりと座り込んでいる映姫がいた。
「ナイトキャップ被せてえ」
「え?」
「ZUN帽じゃなくてサンタ帽の方をだ」
「え?」
 よくわからないことを言いながら、文はお盆をちゃぶ台に置く。
 メニューは白ご飯と野菜炒め、そしてきのこスープ。
「とりあえず適当にやっつけましたよ。大したもんじゃないですけど、まぁおあがりください」
「十分手間がかかっているじゃないですか。おいしそうですよ。いただきますね」
 正座して手を合わせ、四季映姫は食事を始めた。
 思えば文無しなのだろうから、相当に腹は減っていたのだろう。
 しかしそれにしてもうまそうに笑顔ではくはくと食う。
 四季映姫の食事シーンといえば、気難しそうな表情で、作法のなってないガキがいようものなら「今晩は食事抜きです!」とか言ってそうなものじゃあないか。
 文は自分もご飯を口に運びながら、今日一日の出来事を思い返し、四季映姫という存在へのイメージががらがらと崩れていくのを実感した。
 それが、仮に役目から解き放たれた真実の彼女だというのならば。
(あや、あややややや、あややぁ……)
 結局、閻魔・四季映姫ヤマザナドゥは嘘をつき続けていたことになる。
『――せめて家の中にいるときくらいは、真実の自分でいたいのですよ』
 彼女自身ですら、そう言っていたのだから。
 閻魔であるために嘘を許さず、閻魔になるために自分に嘘をつき、嘘のつき方も知らない閻魔だった彼女は――

 ――ん? どこで、破綻していた?



 窓から差し込む光がまぶたを撫ぜる。光にくすぐられて目を開けて。
 ああ、気づけば、朝だった。
 射命丸文は身を起こし、あくびをしながら伸びをする。
(あやややぁ、あややや、あややぁん……)
 結局どうなったのだったか。ご飯を食べて、雑談をして、客用の布団を敷いて――
 と回想に耽っていると、ふと食べ物の匂いが漂ってくるのに気づいた。
 なぜ気づかなかったのか、無意識的に無視してしまったのか。障子を隔てた台所で、誰かが動いている姿が見える。もちろん隣に敷いた客用の布団はしっかりと畳まれていて彼奴の姿はない。
 それの何が問題かというと、きっちりと畳まれた布団の上に、彼奴が着ていたはずのパジャマがやはりきっちりと畳まれて載っているのが問題なのであって。
 なんだか猛烈に嫌な予感がして、射命丸文はカサカサと幻想郷最速で布団から這い出て、問題の台所へと向かう。そこには。
「おや文さん、おはようございます」
 裸ワイシャツエプロンだった。
 素肌の上にワイシャツを羽織って、その上にエプロンを装着した服装のような何かだった。
「なんだその悪魔合体は!?」
 なんかこう、萌えるとかそういうのよりも、ツッコミ所の塊としか見れない。
 こんな閻魔見たことあるやつ他にいるのだろうか。いや、ない。
「布団を畳んだときについつい着ていたパジャマも一緒に畳んでしまったので、とりあえずワイシャツをお借りしたんですが、ふと昨日の夕食を作っていただいたので、お返しに朝食をお作りしようと台所を借りることにしました。その際に当然のごとくエプロンを着用して今に至ります」
 映姫が懇切丁寧に今の姿になった理由を教えてくれたが、さっぱりわからなかった。
「畳んだパジャマを着ろよ! なんでわざわざワイシャツ引っ張り出して来るんだよ!!」
「?」
「不思議そうな顔すんな!!」


「というわけで、こちらも簡素なもので申し訳ありませんが、白ごはんと鮭の塩焼きと大根のお味噌汁、ほうれん草のおひたしです」
「格好とは裏腹に実に常識的なメニューですね……」
 とりあえず映姫にはもう一度パジャマを着せて、文は彼女の作った料理を検める。
「個人的には卵かけご飯が鉄板だったのですが、やはり鳥類である文さんの前ではよしたほうがいいかと……そもそも卵ありませんでしたし」
「や、ないものはないですが別に気にしませんけどね。そもそもカラスは他の鳥の卵食べますし、つーか共食いだってしますし。鶏の奴に至っては、自分の卵すら食べやがりますからね」
「知らなきゃよかった……飯がまずい……。ハッ、でも、嘘という可能性も」
「ところがどっこい、現実です」
「飯がまずい……」
 映姫が自分で作った料理の味を落としたりしつつ、二人ともひょいひょいと食物を口に運んでいく。
 文が食べながらふと映姫の方を向くと、その都度にこっと微笑んでくるのがなんだかよくわからないけど面はゆい。なんだこの男殺しは。
「さて、今日はどうしましょうか」
 どうにか状況を打開しようと、文は現実的な話を始める。
「どう、と言われましても。とりあえず私は浄玻璃の鏡を探す以外には目的がないわけで。……とりあえず、我々でも独自に鏡を探してみましょうか?」
 映姫の提案に、しかし文は首を振る。
「いえいえ、探し物のプロであるナズーリンさんに委託してあるのです。手がかりもない以上、下手な手出しはするべきではありません。今は鏡のことは忘れるべきです」
「ふむ、ではどうしろと?」
 映姫の問いかけに、文は口角を上げてにやりと笑う。
「ここはもうせっかくの機会と割り切って、エンジョイするべきでしょう」


 先の会話から二時間ほど後、文と映姫は人里へと降り立った。
 映姫の衣服はどうしたかというと、文のお古を着せてやった。パッと見、ただの新米天狗っぽく見えないこともないだろう。
「どうですかね、私の服を着て人里に降り立ってみた感想は」
「……私の知ってる人里と違う」
「ま、そうでしょうね」
 閻魔時代もたまに幻想郷を説教行脚してた映姫だが、当然一張羅の法服で出歩くことになるため、すぐに閻魔が来たと知れる。
 今はとにかく立場が違う。
 閻魔でもないし、浄玻璃の鏡もない。誰も身構えたりしないし、誰の心も覗きうることもない。
「その足で立っているだけでわかるでしょう。嘘というものがどういう不可解な生き物であるのか」
 四季映姫が嘘を許さぬ法服でいる限り、人里は本当の姿を彼女に見せることはなかったのだ。
「私が本当の姿である限り、この町は私に嘘をつく。そして私が嘘をつけば、この町は嘘をつくことをやめる。ままならぬものですね」
「さぁ、胸を張って行きましょう映姫さん。嘘をつくまでもなく、今のあなたは何者でもないのですから」
「ソ、ソウデスネー」
「なんで急に片言になるんですか……」



 嘘とは、罪ではなかっただろうか。
 嘘とは信頼を裏切る行動に他ならぬ。古来より嘘つきは泥棒の始まりなどと言い習わされ、少なくとも悪徳ではあるはずだ。
 だが結局、どんな聖人であっても、嘘をつかない人間などいないのだという。
 嘘とは見たとおり変幻自在の生物であるならば、美徳ともなり得る瞬間があるというのか。
 仮に嘘を告げることが美徳である瞬間が訪れた場合。
 本当を告げることが悪徳となるのだろうか。
 嘘とは何ぞ。
 ……いささかに、嘘を許さぬ相棒と、長く共に在りすぎた結果だというのか。
 は――『白黒はっきりつける能力』が、聞いて呆れる。
 本当の私は迷いだらけで、もう嘘の色も見えなくなってしまった。
 ああ、結局――私も嘘つきだったんじゃあないか。



「この世のあらゆることは、『時と場合による』で片付きますよ。法律だってそういうファジーなものじゃないんですか。情状酌量とか、正当防衛とか」
 結局、手持ち無沙汰に甘味処に入った二人は、草もちをつつきながら雑談に興じていた。
 そんな中飛び出した文の問いかけに、映姫は困ったような顔で答える。
「さぁ……法律には詳しくないもので」
「あやっ!? あーた裁判官でしょ!?」
 驚く文に、映姫は苦笑する。
「そりゃ、閻魔は法律で霊魂を裁くわけじゃありませんからね」
「あやや、では一体何を基準に」
「金です」
「えっ」
 満面の笑みで答えた映姫に、文は素の声で驚いた。
「地獄の沙汰も金次第、と言うでしょう? 浄玻璃の鏡で人となりを見て、善行と悪行を把握した後は、その霊魂が差し出したお金の量を鑑みて、裁きを決定します」
「マジですか?」
「マジです」
 割とドン引きでちらちら自分の財布を気にする文に、映姫はくすっと笑って補足する。
「もちろん、現世で稼いだ金を彼岸に持ち込むことはできません。彼岸での金とは、『生前に親しくしていた者が、本人のために使ったお金の合計』です。わかりやすく噛み砕くなら、生前に集めた信頼の量とでも言いましょうか。それは三途の川の渡し賃として死神に支払われるのですが、その額が閻魔の判断材料となるのです」
「な、なるほど、ファジーな部分は生前の信頼の量を数値化して計っているわけですか」
 話を聞いて、そういうことか、と文はほっと胸を撫で下ろす。
「閻魔の裁判は、事件ひとつの好悪を決めるものではありませんからね。厳密な法律なんかは必要ないのですよ」
 言って、映姫はずずっとお茶をすすった。
 文は、今の映姫の話でひとつ合点がいった気がした。
 裁判とはいっても、霊魂が喋るわけでもない。ただ浄玻璃の鏡で一方的に人となりを総覧し、目立った事跡だけを抜き出し、後は信頼を数値化して補足するだけ。
 単なる流れ作業である。
 それならば、嘘の真髄を、知りようもないのではないか。

『ねえ、この前のアレは何なの!? 本当に私のこと愛してるの!?』
『本当本当! 愛してる愛してる!』

「聞こえますか、映姫さん。痴話喧嘩ですよ」
 甘味処のどこかから聞こえる男女の言い争いの声に、文が口の端を上げる。
「痴話喧嘩ですね。文さん、なんでそんなにうれしそうなんですか」
「いえ、ゴシップなども取り扱っておりますと、どうもね。それに他人の色恋沙汰が嫌いな女子なんていませんよ」
「そういうものですか。よくわかりませんが」
 私は本当は女子ではないのかもしれない、と謎の苦悩を頭に浮かべ始めた映姫に、文はニヤニヤ笑ったまま話しかける。
「で、映姫さん。あの男は、本当に女性を愛していると思いますか?」
「え? 本当だと言っているし、本当なのでは」
「クスッ、いえいえ」
 映姫の答えに微笑ましさを隠せないまま、否定を口にする。
「世の中、大事なことは二回言いますが、本当のことは一回しか言わないという風潮がありまして」
「ほう」
「あの男にとって、大事なことは『自分はあなたを愛している』ということを女性に信じてもらって、とりあえずこの場を切り抜けること。本当はもう、愛情は萎えているのかもしれませんのに」
「ひどい嘘ですね」
「ひどい嘘です。地獄に落ちてしまえばいいと思いますよ」
 文はひどい決めつけで言いながら、映姫の様子を見る。あるいは義憤に駆られて席を立つかとも思ったが、複雑な顔をして座っている。
 自分が今説教をできる立場にないと思っているのか。まぁどの道、部外者が口を挟む問題でもない。

『母ちゃーん、さんたくろーすって人、僕んところにも来てくれるかなあ』
『ちゃーんといい子にしてたら、来てくれるわよ』

 そうこうしているうちに今度は別の方向から別の会話が聞こえる。親子連れのようだった。
「映姫さん、サンタクロースって知ってます?」
 文の質問に、映姫はこくりと神妙に頷く。
「ええ、噂くらいは。なんでも師走の二十四~二十五日にかけて、角の生えた獣に異形の乗り物を引かせた真紅の老人が、人家に侵入して未確認物体を子供の靴下に押し込んで消え去る、という……」
「なんでホラーエピソードになってんですか! 子供に望みのプレゼントをくれるという微笑ましい謎の怪人ですよ」
「結局怪人呼ばわりなんですね」
「ええ、ま、数年前に入ってきた噂で、一般的には空想上の産物と言われてます。幻想郷なんだからもしかしたらどっかにはいるのかもしれませんが、今のところ目撃情報はありませんねえ」
 文の説明を聞いて、映姫はまた微妙な表情になる。
「つまり、あの母親は、子供に嘘を教えている、と?」
「そうですね。ただ、それはひとえに子供の夢を壊さないがため。子供のうちくらいは夢を見ておかないと、つまらない大人になってしまいますからね」
 文の言葉に、映姫は困惑の表情を深める。
「つまり、その嘘は、美徳である、と?」
「本当のことを教えて夢を壊しちゃうほうが、責められる風潮にはなってますねえ。夢と言うものは非常に繊細ですから、嘘というオブラートがないことには、どうにも」
「真実が悪徳である、と?」
「さて、この世のあらゆることは、『時と場合による』で片付きますゆえ。昨日も言ったでしょう。嘘にも良い嘘と悪い嘘がある、と」
「うーむ、嘘とは一体……うごごご」

『ねえ、あんたちょっと顔色悪いけど、大丈夫?』
『え? う、うん、大丈夫だよ。心配しないで』

 再び別の方向から会話が聞こえる。
 恐らく友人同士の、若い女性二人の会話。
「ちなみにアレも嘘ですよ、映姫さん」
「そ、そうなのですか?」
 映姫的には、どこに嘘が介在するのかさっぱりわからなかったというのに。
「大丈夫と言ったほうの女性、きっと多少なりとも具合が悪いのでしょう。しかし、せっかく遊びに来たのに、興を削いでは申し訳ない、という気遣いが生んだ優しい嘘でしょう」
「つまり、良い嘘、ということですか?」
 映姫が何とか意味を飲み込もうとしているところに、文は容赦なく答える。
「さぁ? わかりませんね」
「わからない、とは? 嘘の伝道師であるあなたが?」
「勝手に変な称号つけないでください。……ま、たいていの場合は良い嘘で通るとは思いますが、下手な気遣いをせずに素直に相手を頼ったほうが好感がもたれるかもしれませんし、嘘をついて無理をしたばかりに取り返しのつかないことになる可能性も、ないでもありません」
「……難しい、ですね」
 一休さんよろしく頭に指を当てて考え込んでいた映姫だが、ふと手を下ろして、呟く。
「世の中には良い嘘、悪い嘘、楽しい嘘、悲しい嘘、優しい嘘、ひどい嘘、バレバレな嘘。いろいろな嘘がありますよ。一日で理解しようとするほうが無理です」
 文は優しく微笑んで言った。
「今日は町を練り歩いて、もっと色々な嘘を聞きましょう。そしてまた、あなた自身嘘をついてみれば、また印象も変わってくるんじゃないですかね」


(あややややーや、あやややややぁ……)
 なーにやってるんだろうなあ、私。
 布団の中、射命丸文は胸中独りごちる。
 結局この一日は宣言どおり人里を練り歩いて終了し、家に帰って寝ているのである。昼と夜は外食だったので、今回は誰もメシを作っていない。
 映姫は文無しなので、とりあえず自分が立て替える形になっている。もちろん、映姫が本来の立場に戻った後に返済してもらう前提ではあるが、なぜそこまでしているのだろう。
 ただ、通りがかっただけの存在に。
 なぜ自分は張り切って四季映姫に嘘の真髄なぞを教え込もうとしているのか。
(あややややややややややややややややややややや)
 どうにも考えがまとまらない。
 とりあえずは暇だし、閻魔と連れ立つなどそう機会のあるものではないし、なんかのネタになるかもしれないし。
(あやややや、あやややぁん)
 もっと他にやるべきことはなかったか。
 ――右を見る、カメラがある。
 今日、人里をちょこちょこと写したくらいだ。画像としては大したネタは仕入れていない。
 これでいいのか射命丸文。もうちょっとこう、遠慮なく隣のアイツでも写すべきなのではないか。でも基本的に碌な格好をしてないから、困る。
 ――左を見る、アイツの寝顔がある。
 結局サンタの話題が出たからって買ってきた、サンタタイプのナイトキャップを被せてみたアイツの。
 なぜだか満足そうな顔で、すやすやと眠っている。たまに鼻ちょうちんとか出る。
(あやややややや、あややややややややぁ)
 何だコイツは、なんなんだコイツは。
 威厳ある閻魔のイメージを返せ。人が悩んでる時にお気楽極まりない顔で寝やがって。本当に閻魔かコイツ。
 そこまで思って、文の背筋に冷たいものが走る。

 ――本当に、四季映姫か? こいつ

 思えば、当然ながら閻魔の証などというものは持っていない。四季映姫を本当に本人だと確認する手立てなんぞ、彼岸にでも行かない限り、ない。
 こんなの、化け狸か何かの悪戯だと考えたほうが、まだ納得が行くというものだ。

 ――そしてまた、あなた自身嘘をついてみれば――

 そこまで思って、文は幻想郷最速でカメラに手を伸ばす。
(あやっあややややっ、あやややややぁ!)
 写真とは読んで字の如く真を写すもの。あらゆる偽りを喝破する我が宝具。これが私の浄玻璃の鏡だこのやろう。
 心の中でそう叫び、四季映姫の寝顔をぱしゃりと写す。
 そうして出来上がった写真には――やっぱり気の抜けた四季映姫の寝顔しか写っていなかった。



 言われるまでもなく、私は嘘つきだ。罪人だ。裁かれるべきだ。
 本当に、そうか?
 ――己の中にあったはずの、絶対的な善悪の基準。
 それがゆらゆらと揺らいでいく。
 何者にも影響されることなどない、と、私は頑なに信じていた。
 だが、誰が保証してくれたというのか。私の基準は、何かが間違っていたのではないのか。
 こうして私は私すら、保証できないでいるというのに。
 相棒はやはり無機質に『そんなことはない、本当だよ』と呟く。



 起きねば。
 風立ちぬとばかりに文を立ち上がらせたのは、強靭なるその四文字の意思である。
 起きねば。
 奴が起きてパジャマごと常識を畳んでしまう前に。
 射命丸文は幻想郷最速で目を開け、幻想郷最速で身を起こした。
 そして彼女が見たものは、パジャマごと畳まれた常識だった。
 幻想郷最速の起床ならず、射命丸文は幻想郷最速で枕を濡らした。
 濡らしっぱなしでもしょうがないので、文は仕方なくキッチンの扉の向こうにある現実を見に行こうと、カサカサと幻想郷最速で移動してキッチンへと顔を出す。
「おや、お早いですね、文さん」
 スク水エプロンのアイツがいた。
 閉めた。
 のそのそと布団のある場所へと戻り、布団を引っかぶってころんと丸くなる。
 逃げねば。厳しい現実から。


(あややっやあややっやあやや……)
 やっぱり現実からは逃げれなかったよ……と即落ちっぷりを発揮しながら、朝食は昨日に同じなので割愛し、また外へと出かける段になった。
「今日はどこへ行きましょう。どんな嘘が見れるでしょうね」
 すっかり嘘ウォッチングにハマったのか、割とウキウキな映姫を見て、文は満足げな笑みを浮かべながら、今日の予定を考える。
「嘘で有名な奴といえば、永遠亭のウサギとか、逆さ城にいた天邪鬼とか。でもあいつらは碌な嘘をつかないから、やっぱり人里に行きましょう」
 やっぱり人間のつく嘘が、一番のバリエーション。


 ……と思って人里を歩いていた文と映姫だが、ふと人間ではない不思議な二人組を見かけた。
「おや、あれは……」
 里を流れる小川のほとりにたなびく柳の木。
 その根元を挟んで、二人の妖怪が対峙していた。
 一人は、人里で暮らす孤高のろくろ首、赤蛮奇。
 もう一人は、少し前に人里で流行った決闘の中心にいた面霊気、秦こころ。
「あやや、不思議な組み合わせですねえ」
「私たちが言えた義理ではありませんけどねえ」
「まったくその通りですねえ」
 などと文と映姫がのんびりと眺めていると、蛮奇とこころはお互いにざっと後ずさり、一定の距離をとる。
 そしてこころがどこからともなく多種多様な面を取り出して、空中で円を描くように回し始めた。そして本人はその下で扇子を持って無表情で踊り狂っている。
 それを見て蛮奇も首を浮かび上がらせ、更に頭部のコピーを作り出すと、こころの面に対抗するように空中で回し始める。そして胴体はその下で、ある意味無表情でどじょう掬いしている。
 しばらくその奇妙な光景が続いた後、二人の体がビシッとお互いを指すと、こころの面と蛮奇の首がぶつかり合い、結果として蛮奇の首にこころの面が被さる。
 そして面がゆっくりと外れてこころの手元に戻り、後はこころの面に対応した百面相状態の蛮奇の首たちが残された。
 それもまた一つの頭に収束し、幾多の感情が混ざり合ったひどい表情の顔になると、再び何事もなかったかのように、蛮奇の胴体にパイルダーオンする。
 そして蛮奇が呟いた。
「……くっ、私の負けか……」
「勝ったー、いぇーい」
 悔しげに膝をつく赤蛮奇と、楽しげに無表情で三段ガッツポーズを決めるこころ。
「勝負、だったんだ……」
「ルールが分かりません……」
 そして、完全においてきぼられた天狗と元閻魔が目をぱちくりさせていた。
「まぁ、面白い光景は撮れましたけどね……」
 文はカメラを握り締める。面と妖怪の戦いはまさしく面妖であろう。
「くっ、こころちゃん。なんでよ、なんであんなことを言ったの!?」
「言ったはずだ。全ては運命の書に記された宿命に従ったまで」
 なぜかボロボロの蛮奇が、必死にこころに呼びかけるが、こころの方は狐面で凄むのみ。
「嘘よ! だってこころちゃんの日記、毎日小傘ちゃんのオッドアイがたまに逆になってないかって観察してるだけじゃない!」
「え、ちょ、勝手に見ないでくださいよ。いやん恥ずかしい」
 蛮奇の必死の指摘に、こころはびっくりお面で照れながら体をくねらせる。
「小傘ちゃんなんてショックで別のところが逆になっちゃって、傘の方が人型をさして歩くようになっちゃったんだよ!?」
「えっなにそれこわい」
 蛮奇とこころの意味不明な会話の応酬に、文と映姫はただ呆然とそれを見守るしかできなかった。
 ただとりあえず、彼女らの間に何かしらのトラブルがあったことだけは窺い知れた。
「とにかく! 私はもう小傘には会わねえんだ! どうかほっといてやってくださいよ。じゃーねー♪」
「待ってよこころちゃん! こころちゃーーーーん!!」
 どこかに飛び去っていったこころを、赤蛮奇はなぜか飛んで追う元気も残っていないらしく、悔しげに後姿を見送っていた。
「……あの、一体何があったんですか?」
 その後ろから、映姫がおずおずと声をかける。
「え、映姫さん話しかけちゃったよ……」
 できればスルーしたかったが、おせっかいな映姫を止めるのも骨だし、事情も気になるっちゃ気になるので、文も仕方なしに映姫の後ろについた。
「あんたは一体……?」
 赤蛮奇は見慣れない人物を見て首をかしげた。かしげすぎて落ちたが。
「大丈夫ですか? 私はただの通りすがりのエイキです。何か問題が起こっていたようですので、何かお手伝いできればと思って声をかけさせていただきました」
 残念駄閻魔ではあるが、それでも元閻魔の威厳。赤蛮奇もなんとなく何かしらのオーラを感じ取ったようで、頭を拾いながら向き直った。
「……私は赤蛮奇。そしてさっきの子は秦こころっていうの。私たちは最近友人になったのだけれど……」
「そのこころという子が何かしたのですか?」
 映姫の質問に、蛮奇がしばし唸る。説明して良いかどうかではなく、どう説明するべきか悩んでいるのだろう、と文は予想した。
「ええと、もう一人、ここにはいないけど、多々良小傘って子がいるの。柳の下でふと出会ってから、なんだかお互いが気に入らなくてさっきみたいな勝負を繰り広げてばかりだった私とこころを、仲良くさせてくれた子なんだ」
「小傘さんが? これまた不思議な縁ですね。友人になるのに一体どういういきさつがあったのですか」
 文が首を傾げて問うた。先ほどの言い争いにも少し名前は出ていたが、こころ、蛮奇、小傘の三名が友人関係にあるというのが意外すぎる。
「勝負してる私とこころの間に『ケンカはだめだよ!』って言いながら割り込んできて、私の頭とこころのお面を一緒に傘回しし始めたんだ。あれは三人の心がひとつになった瞬間だったね」
「やっぱりさっぱりわかんねえ」
 聞かなきゃよくわからなかったが聞いてもよくわからなかった。
「先ほどの言い争いからすると、こころさんと小傘さんの間に何かトラブルが?」
 そんな状況でも、映姫は冷静だった。
(あやややぁ)
 まぁ今の映姫自身よくわからない人物だし、波長は合うのかもね。と文は胸中ほくそ笑む。
「うん、私たちはまだ付き合いが短いながらも仲良くやってた。……でも、今日小傘に会いに行ったら、傘が人型をさしてぴょんぴょん跳ね回ってて、完全に錯乱してて、なんとか聞き出せたのが、こころにこう言われたってこと」


『――小傘ちゃんの顔、もう見たくない』



 そう、もうあなたの顔なんて見たくない。
 私はただ、仮面が欲しい。
 罪を覆い隠す、仮面が。



「さぁて、何があったんでしょうねえ……」
 事のあらましを聞いた文が、面倒くさそうに伸びをする。まったく記事になりそうもない面倒ごとだ。
「何か思い当たることは?」
 一方、映姫はやっぱりやる気満々だった。
「ないよ。二人ともとっても仲が良かったはずだし、私が見る限り仲が悪くなるような事件も起こってない。小傘だってそんなこと言われると思ってなかったから、あんなになっちゃったんじゃないかな」
 蛮奇はそう答えて、手に持った首を傾けた。
「やはりこころさん本人から聞き出すかしなければ、材料が少なすぎますねえ」
 渋い顔で言う文に、蛮奇はしゅんとなった。
「でもこころはあのとおりなの。ああ見えて頑固な奴だから、闇雲に問い詰めても何も言ってくれないと思う……」
「では、時間が解決するのを待つほかはないんじゃないですか」
 どうしようもない、と文は一番現実的でやるせない解決策を述べる。
「ううう……なんでこんなことになっちゃったのよう。こころはあんなこという子じゃないわ。きっと嘘よ……」
 よよよと首を転がしながらしなだれる蛮奇を見て、映姫はふと頭によぎる。
「嘘……か。嘘と言う可能性はありませんか? 我らが嘘マイスター、射命丸文さん」
 言って映姫がきらりと目を輝かせて振り返ると、我らが嘘マイスターは渋い顔をした。
「勝手に変な称号つけないでください。……そうですねえ。一番ありうるのは小傘さんが知らずにこころさんを傷つけていた可能性ですが、そうでないならば嘘……というかこころさんが何かをごまかすために出た言葉という可能性もありますね」
 そうして我らが嘘マイスターはあごに手を当て、一応の分析を返す。
「こころが一体何をごまかすって言うのよ」
 蛮奇の疑問に、文は首を振る。
「そんなもんは知りませんよ。ただ、その言葉が本心ではないとするならば、きっとどこかでボロが出ているはずです。息をするように嘘をつける奴は、息をするように本当のことが言えない奴だけです」
「ボロ、ねえ……」
 蛮奇と映姫もあごに手を当てて考え始める。
 もっとも、さっきチラッとしかこころを見てない映姫と文には、考えるだけ意味のないことであろうが。
「あっ、ちょっといいですか文さん」
「はい?」
 が、予想外に手を上げたのは四季映姫。
「さっきの写真、現像できますか?」
「ええまぁ、河童の超技術で即現像可能なすぐれものですし」
「じゃあ、ちょっと見せてください。写真とは読んで字の如く真を写すもの。何かしらの手がかりが残されているはずです」
(……あや!!)


 文が手渡した数枚の写真。そこには先ほどのこころと蛮奇の戦いが記録されていた。
「へー、傍から見るとこんな風になってたんだ」
 蛮奇が感心して覗き込むのを横目に、文は懐疑的な姿勢を崩さない。
「……何の変哲もない、と思うんですがねえ。そもそも我々は普段のこころさんを知りません。何がおかしいかなんてあってもわかりませんよ」
「……いえ、ちょっとここを見てください」
 文のネガティブな意見を押しやり、映姫は一枚の写真のある場所を指差す。
「うわ、希望の面だ。キモッ」
「そこじゃないです。その下です。ひとつだけ仮面が頭にはまっていないんです」
 間の抜けた神子の面の下に隠れて見づらかったが、確かにひとつだけ対応する仮面がなく、蛮奇の素面が見える頭があった。
「蛮奇さん、いつもこころさんはひとつ足りない面を繰り出していたんですか?」
 映姫の問いに、蛮奇はまじまじと頭を写真に手動で近づけながら、答える。
「いや、私が分身できる頭の限界は、今は九つ。こころもそれはよくわかっているから、絶対に同じ数の面を展開するはずよ」
 蛮奇の答えに映姫は頷き、次の質問をぶつける。
「では、こころさんの展開するお面は、いつも同じ種類ですか?」
「こころは普段からなるべく決まった面しか使わないわ」
「では、このときに欠けていた面が、何を示す面かはわかりますか?」
「うーん……」
 三つ目の映姫の質問に、蛮奇は頭を三つに分身させ、ジャグリングして頭をいい感じに揺らしながら記憶を揺り起こす。
 そしてとある一つを放り投げ、本体に勢いよくパイルダーオンさせた。
「そうだ。あの感触が今回はなかったよ。あの面を被るとね、すっごい甘酸っぱい気持ちになってね、胸がきゅーんとすんの。何でもできる気持ちになったり、逆に怖くなって何もできなかったりするわ」
 蛮奇は頭を胸に抱き込んだり、放り投げてくるくる回ったりしながら、最終的にぴん、と指を立てて言葉を結んだ。
「えーと……何だと思います文さん?」
「……恋じゃないですかね」
 素で振ってきた映姫に呆れて文は投げやり気味に答えたが、まぁあの感情をもてあまし気味の面霊気ならば、ある種不思議でもないな、とは思う。
「いいでしょう。仮定、秦こころが心のうちに仕舞い込んでしまった感情は恋である、としましょう。思えば、日記でもずっと小傘さんのことを見ているような記述もあったそうじゃないですか」
 文の返答を受けて、合点がいったとばかりに映姫が話をまとめ始めた。
「こ、こころが……小傘に……?」
 赤面する赤蛮奇にかまわず、映姫はとうとうと語る。
「人里の面霊気と言えば有名ですから、私も以前より気にかけていました。自らの感情をモノにするために修行をしている身でしたね。ならば恋とはかなり扱いにくい部類の感情と聞き及びます。多々良小傘にソレを抱いてしまった彼女は、感情が扱いきれずに怖くなってしまったのかもしれません。そうして恋心の面をその身の奥にしまいこんでしまった彼女は、以前は常に見ていた小傘さんの顔も、もう見れなくなってしまった。そうして、ついにあんなことを言って決別する、という暴挙にまで打って出たのではないでしょうか」
 映姫の推論に、文がふむ、と唸った。
「……なるほど、いい推理ですね」
「でしょ? もっと褒めて良いんですよ」
 どや!と胸を張って締めた映姫の頭を撫でながら、文はうんうんと頷いた。
「それで、その真実にたどり着いたあなたは、一体どうするつもりなんです」
「どう、とは」
 撫でられてご満悦だった映姫は、きょとんと首をかしげる。
「いきなりこころさんのところに行って、『恋を逃げるな青少年!』とでも言うつもりですか。そこに嘘があるということは、隠したい本当があるか、あるいは隠すべき本当がある。嘘を暴くというのなら、まずそれが正しいのかを考えなさいませ」
「隠すべき、本当……」
 その、極めて不条理ながらも決して不思議な言葉ではない。けれどもやっぱり不思議な言葉。
「映姫さん。こころさんが誰に対して嘘をついているか、理解していますか?」
「それは……小傘さんに……」
 本当はもっと顔を見たいのに、もう顔を見たくないと嘘をついて、傷つけた。
 それがこの小さな事件の発端であるはず。
「真実を突きつけて小傘さんへの嘘を撤回させ、元に返すことが正しいはずでしょう」
 正しいはずだ、映姫がそう信じて言った言葉を、文はばっさりと切る。
「ばか、はずれです。こころさんは小傘さんに嘘なんかついてません」
「なん……ですって……?」
 文の断言に、映姫は愕然となった。
「それも理解せずに動くことは、嘘マイスターとして許しませんよ。嘘を暴くにも責任がある。嘘を暴くにも覚悟がいる」
 そうして文は、映姫に指を突きつけた。
「嘘だってね、重いんですよ」
 そう言い捨てて映姫に背を向け、文はもう一人愕然としている人物に声をかける。
「こころが……小傘に……」
 友人同士の愛憎劇が発覚してしまった、赤蛮奇さんである。
「えーと、蛮奇さん……色々と心中お察ししますが、どうか元気を」
「想像だけでご飯三杯はいけるわね……」
「前言撤回。腐ってやがる」



 これ以上嘘をつきたくないから、私は嘘をつく。
 でも、私は誰に、嘘をついたの?



「こころさんは、小傘さんに嘘をついていない……だけど、嘘を暴く覚悟を問うならば、嘘自体は厳然とそこにあるはず……むむむ……」
 時は既に昼下がり。昼食を終えた段になってもなお映姫は文に言われた意味がわからず、唸りながらそこらを徘徊していた。
「なにがむむむだー」
「おおう、蛮奇さんではありませんか」
 ひょい、と視界の横から首が差し出されて、映姫が大いに驚いて、またなさけない気持ちになる。
 蛮奇の方がよっぽど当事者であるのに、自分のせいでどん詰まりになっているこの現状に、映姫は憤った。
「申し訳ありません……。蛮奇さんは、この件について一体どうすべきだと思いますか?」
 救いを求めたつもりではない。
 決定権があるとするならば、自分より蛮奇が優先すると思ったがゆえに、意思を確認したのである。
「もちろん、こころと小傘は幸せにくっついて、日々の性生活を私に覗き見られるべきだと思うわ!」
「ヒイイ! こいつ業ふけえ!?」
 さすがの映姫様もドン引いた。
 これは文が決定権を映姫に投げたのも納得である。
「というか、二人だけでくっついちゃったら、蛮奇さんさみしくありません? 覗き見でいいんですか?」
「別に二人がくっついたからって友達じゃなくなるわけでもないし。それに私は自分でやるより、この頭をいかしてマルチなアングルからこっそり見るのが大好きだし! 幻想郷の性生活は全て私のものだよ!」
「ダメだこいつ……早く何とかしないと」
 色々と残念だった……が、やはり蛮奇の望みも二人の幸せなのだ。
 今は決して誰も幸せではないはず。このまま放っていくのが正しいわけがない。
 しかし、考えは煮詰まって何も進展せず、映姫は苛立ちを隠せない。
「こうなったら……いや、こんなところで諦められません。……くぅー!何もはじき出せない自分に激おこぷんぷん丸ですよー!」
「やめてよー、自分に怒ったって不毛だよー」
 ぽかぽかと自分の頭を叩く映姫を、慌てて蛮奇がとめに入る。
「いえこの自分が、自分に、自分……自分!?」
 映姫は、雷に打たれたように仰け反って天を仰いだ。
 秦こころは多々良小傘に嘘をついていない。そして赤蛮奇に嘘をついたって意味がない。だとすると、秦こころが嘘をつける相手は一人しかいない。
 思えば単純なことだった。
 ただ、映姫にはその発想が今までなかったというだけの話。
「そうか……秦こころは、自分に嘘をついていたのですね」
 こころが小傘に言った一言は、きっとそのときのこころにとっては本心だったのだ。
 ただ感情を押し込めて、自分自身に嘘をつき、自分自身を騙して放った一言だったのだ。
 嘘は、そこにあった。
 自分には、思ってもみなかった形で。
「偶然の助け舟があったとはいえ、意外と早く理解したじゃないですか、映姫さん」
 文がどこからともなくあらわれ、映姫の肩をぽんと叩く。
「ええ、まさか自分に嘘をつくという概念があるとは、目から鱗でした。一目で看破するとはさすが嘘マイスター」
 目を輝かせながら文の手を握る映姫に、文は苦笑する。
「いえまぁ、一応一般的な概念のはずなんですけどね……まぁ、それで、どうします。嘘を暴く覚悟はできましたか?」
 文の問いに、映姫は力強く頷いた。
「もちろんです。このままにしてはおけません。こころさんの嘘を暴き、再び、本当の自分と向き合ってもらいます。それは隠すべき本当なんかでは、ありませんから」
 映姫の答えに、文も満面の笑みで返す。
「いいでしょう。蛮奇さん、こころさんの居場所に心当たりはありますか?」
 文の問いに蛮奇は少し考えて、答えた。
「あいつが悩んで行くとこっていったら、うーん、そうね、小傘は今別の拠点にいるし……たぶん、命蓮寺じゃないかしら」


「恋を逃げるな青少年!!!」
「マジで言いやがったー!?」
 命蓮寺の修行場の片隅で小さくなっていたこころに、映姫はいきなり近づいて肩をつかみ、結局あのセリフをマジで言った。
 しばらくは無表情ながら目を白黒させていたこころだが、映姫が喋り倒すうちに理解をしたらしく、胸の内より恋の面を取り出し、神妙な顔で心情を吐露しはじめた。
「そう、私は小傘のことが好き。だけど、このままの想いだと、私は小傘を殺してしまう」
「なぜそうなるのですか?」
 映姫の問いに、こころはぎゅ、と恋の面を抱きしめる。
「私は小傘と一つになりたいと思い始めた。小傘の顔を見るたびに……小傘の顔を引き剥がして、私のお面の一つに、してあげたいって」
「なんという壮絶なヤンデレ」
 あまりに恐ろしいこころの愛情表現に、文も思わず背筋が寒くなる。
「だけど、そんなことしてしまったら、もう二度と大好きな小傘の笑顔が見れない。だから、どうせ見えなくなるのなら、私の恋心を捨てて、小傘は別のところで生きていた方が……そっちの方が、きっと幸せだから……」
 こころの無感情な目の端から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。
 それを見て、映姫も感極まった。
「こころさん! あなたは立派ですよ! そんな立派な人が不幸なまま終わってよいはずがありません!」
 映姫の言葉に、蛮奇も続く。
「そうだよこころちゃん! それに、そんなお面になんかならなくてもな……一つにはなれんだよ! なあ、そうでしょ文ッ!」
「あんたもう黙ってなさい」
 卑猥なジェスチャーをしながら文を顧みる蛮奇の額にチョップを入れる文。
 ……まぁ、この場合卑猥なのが選択肢としてあながち間違いでもないのが癪に障るが。
 そんな時だった。
「話は聞かせてもらいました!」
 ババァーンと効果音でもなりそうな勢いでポーズを決めながら、何者かが登場。そうして映姫一行の視線を集めたのは、命蓮寺住職・聖白蓮その人だった。
「小傘ちゃんとの恋路、私は全面的に応援いたします! だから、修行しましょう、こころちゃん!」
 保護者オーラ全開の白蓮は、こころに歩み寄ってその手を強く握り、言った。
「……修行?」
「ええ、愛する人を血肉として取り込んでしまいたい、という欲求は人間でもままあること。しかしそれを問題だと感じているのならば、修行によってその認識を別方向に昇華させることは可能です」
「……本当?」
(あやややややぁ……)
 希望が見えてきたことに反応するのはわかるが、いちいち希望の面が浮き上がるのはどうにかならないだろうか。
「ええ、やりましょう。こころちゃん。小傘ちゃんのために!」
「私がんばるよ! 小傘のために!」
 希望の面大乱舞。
(あややや……あややや……!)
 そしてそんな状況でも映姫と蛮奇が涙を流している状況に文が必死に笑いをこらえる中、白蓮がこころの首に飾りをかけた。
「で、とりあえずはこの護符をあげましょう。それで多少は本能の衝動が抑えられるはずです。それで、修行の前にきっちり説明して、ちゃんと誤解を解いてきなさい」
「うん! ありがとう聖!!」
「わー、待ってこころちゃん私も行くー!」
 こころは大喜びで修行場を飛び出していき、蛮奇もそれに続いていった。
 これで、大変なことになっている小傘も復活することだろう。
 一件落着、といったところではある。
「ありがとうございました」
 こころを見送った白蓮が、礼を言いながら映姫たちの元に歩み寄ってきた。
「修行場にくるなり沈み込んで、わけを聞いてもぜんぜん話してくれないので、どうしようかと思っていたんですよ。本当に助かりました」
「いえいえ、困っている人を助けるのは当然のことですよ」
 映姫と白蓮の聖人トークに、困っている人に追い討ちすることが多々ある新聞記者が所在なさげに立っていた。
「……しかし、先ほどから気にはなっていたんですけれど、あなたはまさか……」
「あ、その……!」
 白蓮の疑問に、文が慌てた。
 思えば閻魔は仏教存在であるし、幻想郷の寺である命蓮寺と映姫はそれなりに縁深い。人里の通行人たちならいざ知らず、聖白蓮が四季映姫を見抜けないわけがない。
 迂闊だった、と悔いながらなんとか場を取り繕おうと口を開きかけた文を、映姫が制して言った。
「私はこの嘘マイスター、射命丸文様の弟子です。今はそれ以上でもそれ以下でもありません」
「う、嘘マイスター?」
「ええと、いろいろあったんですよ。あまり気にしないでください」
 困惑する白蓮に、文が力なくフォローを入れる。
「……フフ、そうですか。色々あったなら仕方ありません。他人の空似のようですね。失礼いたしました」
 ぺこりと白蓮は頭を下げて、慌てて映姫も頭を下げる。
「それにしても、『嘘』ですか。嘘とはあなたにとって、実りあるものでしたか?」
 ふと、白蓮が問う。
 映姫は目をぱちくりとして、そしていい笑顔になって答えた。
「ええ、嘘が有らばこそ、本当が輝く。師匠と彼女たちには、本当に……大切なことを、教わりました」



 それでも私はあがいて、本当だけを求め続けた。
 自分の本当の姿を見せ合える人がいたならば、なんと素晴らしいことだろう。



「いやー! やっと服が脱げますね!!」
 文の家に帰るなり、玄関先から既にスポーンとマッパ一直線。
「ああもう、今日は結構いい話な雰囲気だったのにこの駄閻魔は!」
 慌てて扉を閉めながら、文はため息をつく。
「というか、そんなんでよく今まで不祥事起きてませんでしたね」
「や、私の家ではちゃんとほどほどにしてるんですけど、文さんの家だとどうにもテンションが上がってついやっちゃうんですよ」
「人の家を何だと思ってるんですか!」
 文の突っ込みに、映姫はきょとんとして答えた。
「とても安らげる場所だと思っていますが」
「……そ、そうですか」
 どう反応すれば良いのか悩む文を尻目に、映姫はいそいそと風呂の用意を始める。
「便利ですねコレ。自動でお湯張れるし、薪とかもいらないんです?」
「河童ぱねえですよ」
 妖怪の山の生活水準は、人里や彼岸に比べても結構上のようだ。
「というわけで、お風呂に入るんですから、文さんも脱ぎ脱ぎしましょう」
「やですよ! なんでいつの間にか巻き込まれてるんですか!」
「お風呂に入らないんですか?」
 こいつは何をびっくりしたような顔をしているんだろう、と文は唸った。
「入りますけど後で入りますよ! 何が悲しくてあーたと一緒に裸にならねばならんのですか!」
「いいじゃないですか。一度裸の付き合いって奴をしてみたいんですよ」
「言っときますけど裸の付き合いって『互いの本音を言い合えるような関係』って意味ですからね! 物理的に裸なわけじゃないですからね!」
「そうだったのですか」
 衝撃の事実に、映姫は衝撃を受ける。
「では、私と文さんは既に全裸を晒しあっているも同然と」
「どうしてそうなるんですか!」
「割と本音トークじゃないですか。今現在」
「ただのボケとツッコミですよ!」
 ツッコミ疲れて、文はぜえはあと肩で息をした。
「映姫さん、なんだってそんなに今夜はボケが激しいんですか」
「そりゃ、だって。明日にはナズーリンさんの調査結果が出るんでしょう」
 その一言で、文は我に帰る。
 そりゃそうだ。映姫は明日にはここに用がなくなる。いわば彼女にとって旅行の最後の夜みたいなもんなわけで、そりゃはしゃぐに決まっている。
(――あや。あやややぁ)
 たった二日のことだと言うのに、なぜ。
 なぜ自分は、当然のように明日があると思っていたのだろう。
 一日も早く追い出したいと思ってしかるべきではないか。
 そりゃあかわいい少女が家にいると考えりゃ悪くもないが、ひどい裸族な駄閻魔だというのに。
「そういうわけで、思い出作りと思って一緒にお風呂入りましょうよう」
「……最後だと言うならまぁいいでしょう。でもちょびっとだけしか入りませんからね!」
 最後なのならちょっとくらいデレてやるか。そんな心持ちでオーケーしてやると、映姫は手を合わせて笑顔を見せた。
「わーい文さんの全裸が見れる」
「その喜び方やめてください!」


「せめぇー! 無理に入ろうとしないでくださいよ映姫さん!」
「だってだってなんだもん」
「真顔で何言ってんですかアンタ」
 文の自宅の風呂なのだから、当然一人が入れるようにしか出来ていない。
 予想できたとはいえ、女二人ぎゅうぎゅうづめの実に気持ちの悪い状況になってしまっていた。
「……文さん」
「なんですか映姫さん」
 せめて背を向けようと、浴槽で体育座りみたいになっている文の背中から、映姫が言葉をかける。
「私は、こうして裸を晒しあっていると、実に安心します」
「特殊な性癖ですね」
 映姫の告白に、文はにべなく返した。
「いえ性癖ではなく。先ほど言ったじゃありませんか、裸の付き合いとは、互いの本音を言い合えるような関係なのだと」
「だから、それは物理的に裸になることじゃないって言ったじゃありませんか」
 映姫にとって心地良いのか知らないが、文にとっては実に気持ちの悪い距離感だった。
 何を偽り隠すものもなく、肌と肌で密着する、逃げようのない距離感。
「同じことですよ」
「何が」
「本音で話すことを、裸で接すると例えるならば。その逆もまたある。裸で接することによって、本音で話した気分になるというのも、ありえる話だと思いませんか」
「……やっぱり特殊な性癖ですよ」
「やっぱりそうなんですかね」
 どうにか自分の身を守りたくて、映姫の言葉をいつも以上に辛辣に切り捨てる文に、映姫は苦笑をもらした。
「小町さんたちは知ってんですか、その性癖」
「さぁ、知らないと思いますけど」
 なぜ小町を引き合いに出した。文は自分でも良くわからない。どうにも混乱している。
「あんまり心配させるようなことしてちゃあ、いけませんよ」
「……心配、してますかね?」
「してるでしょう、浄玻璃の鏡をなくした挙句に彼岸を追放だなんて」
「アハハー、ソリャシンパイスルッテモンネー」
「なんで片言になったんですか……」
 急なおどけた声に気勢を削がれながらも、文は言葉を続ける。
「ですから、明日、浄玻璃の鏡が見つかったら、こんなとこで見せてた駄閻魔なんかじゃなくて、ちゃんとした閻魔に戻って、安心させてあげなさいよ。もう、こんなとこ来るんじゃないですよ」
(あややや、あや……)
 つらつらと出る言葉に、自分は本当にそんなことが言いたいのかと心の中で問う。
 当然、答える声もない。
 しばしの静寂の後、
「……ねえ、文さん」
 文の視界の両端から、映姫の腕が伸びる。
「私は――」
 その両腕が、自分を抱きすくめようとしていると理解したとき、文は何かを耐えかねて、幻想郷最速で立ち上がった。
「レッツ、カラスの行水ー!!」
 などと意味不明の供述をしながら風呂から上がっていく姿は、まごう事なき幻想郷最速であった。
 それをなすすべなく見送った映姫は、やり場のない手を下ろして、しばし湯船に沈んだ。


 ――そしてまた、あなた自身嘘をついてみれば――


 まどろみの中で、夢が手招く。
 夢の中に沈む間際、文の頭の中に、映姫の言葉が反響した。

 ――本音で話した気分になるというのも、ありえる話だと思いませんか

(あやー、あやややや……?)
 四季映姫は――何か、本音を、明かしていない……のか……?
 文の意識は疑問を抱えたまま、夢に融けてゆく。



 探しにいこう。私の知らない何かを。
 探しにいこう。私に足りない何かを。
 白と黒の世界を取り戻すために、私は灰色の海を漂おう。
 だから相棒、さようならだ。
 これから私は、私の意志で――



「おはようございます」
 映姫にささやきかけられて、文は飛び起きた。
 反射的に身を起こして、恐る恐る声のした左側を向いたが、意外にも映姫は頓狂な格好はしていなかった。
 外行き用に貸した服に身を包んで、ちゃぶ台に朝ごはんを並べ、きちっと正座をしてアイツはそこにいる。
「おはよう……ございます。今日は、おふざけはなしですか」
「おや、まさか期待してくれていたとは」
「馬鹿を抜かしやがれです」
 いつの間に、こんな軽口を叩き合う仲に成り果ててしまったのか。
 文は微妙に自己嫌悪しながら、映姫謹製のいつもの朝ごはんを食べる。
 さぁ、最後の一日だ。
 ナズーリンから浄玻璃の鏡を受け取り、全てが終わる。
(あややや、あやややぁ……)
 終わりには、なんだかんだで寂しさが付きまとうものですよ。
 誰にともなく、心の中で言い訳をした。


「見つからなかったよ」
「はい?」
 無縁塚のナズーリンの小屋を訪ねた文たちは、予想外の返答をもらうことになった。
「見つからなかったんだよ。私は探し屋のプライドをかけて探したんだ。誰かに拾われた、妖精なんかに持ち去られた、破損してしまった、仙人の領域などの特殊な空間に紛れ込んだ――その全てを想定して、全てが空ぶったんだ」
 ナズーリンには、不甲斐ない、という感情は一切見えない。
 ただ、毅然として断言する。
「この幻想郷には、お探しの手鏡は存在しない。それが、答えだ」


 無縁塚をあてどもなく歩く。まさに縁のない話。
「どうしましょう、文さん。あれがないと、私は帰れません」
 映姫が心細げに言うのを背中で聞いて、文は頭をがりがりと掻いた。
「どうしましょうったって、私が聞きたいですよ! 幻想郷には存在しないとまで断言されたんですよ! 映姫さん、本当に幻想郷でなくしたんでしょうね!?」
「わ、ワカリマセン。ただ、彼岸にはなかったんです。彼岸にないのならば、幻想郷にあるとしか考えられません」
 彼岸にわたれない以上、彼岸での真偽を確認することはできない。
 しかしナズーリンでは幻想郷で浄玻璃の鏡を探せなかった。浄玻璃の鏡であると言うことは伝えていないが、『似た外観の拾われ物の手鏡』すら見つけられなかったのならば、浄玻璃の鏡だと伝えても意味はないだろう。
「妖精や仙人も想定したとは言ってましたが、なにせモノがモノですからね……。力のある誰かが厳重に保管しているとなれば、いくらナズーリンさんでも探し当てられないかもしれません。こうなったらいけ好かないですが椛にも協力を仰いで――」
「文さん」
 方策を練る文の背後から、映姫が声をかける。
「私、また、文さんの家に泊まらせてもらっても、いいですか……?」
 こんな時に何をのんきに、と一瞬思うが、一応彼女にとっては死活問題だ。
 が。
「ヤですよ。今度は自分で住むところ見つけてください」
 ぴしゃりと映姫の要望をはねつける。
「な、なぜですか文さん」
「短期間と日数が決まっているならともかく、展望がないんじゃもう受け入れられませんよ。同居人なんて気ィ使う存在、本当はまっぴらごめんなんです」
 どこか鏡が見つからなかったことにほっとしている自分が怖かった。これ以上映姫と一緒に暮らしていたりなんかしたら、頭がおかしくなる。
 だから文は、息をするように嘘をついた。
「嘘ですね」
 だが、背後から帰ってきたのはまさかの怜悧なる断言。
 心臓を打ち貫かれたような錯覚を覚えながら、努めて冷静に返す。
「なんで、そんな風に思うんですか」
 慌てるな。どうにかツッコミをネジ込んで、自分が泊まれる方向に持っていきたいだけだ。奴の策にはまるな。
「嘘だからですよ」
 だが、文のそんな心構えとは裏腹に、映姫からかけられるのはなんの論理性もない繰り返しの言葉。
「理由になっていませんが」
 そう、順当に答えを返すと、
「なっていますよ」
 と、またわけのわからないことを言う。
 業を煮やした文が、映姫にビシッと言ってやろうと振り向いた瞬間――文の背筋が凍りついた。
「だから、嘘なんですよ」
 映姫がその手に持って、こちらを映し出しているものは。
 ここになかったはずの、あるはずのない、あってはいけない。
「全部、嘘なんです」
 浄玻璃の、鏡。


 ――いつ、どこでなくしたかには見当がつくはずなんですが、コレガワカラナイ

 今にして思えば、映姫が片言になるときは、彼岸のことを誤魔化す時だった。

 ――本音で話した気分になるというのも、ありえる話だと思いませんか

 やたら裸になりたがったのは、嘘をつき続けている自分への、代替行為だった。

 ――そしてまた、あなた自身嘘をついてみれば――

 アイツは、とっくに嘘をついていたのだ。
 自分と、出会う前から。

「あ……あ……あ……」
 くゎん、くゎんと意識が回る錯覚。
 騙していたのか? 閻魔が? 何のために?
 しかし、そうして去来する幾多の疑問を押しつぶす、唯一つの現実。

 ――映してしまったのか。その鏡で、私を。

「あ、あやややぁああああああああ!!!」
「!?」
「あやあやあやあやあやあやあや!! あやあやあやあやあやあやあやあや!!!」
「ちょ、文さん!?」
「あやああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 文は心の声を変換することが、もう出来なくなっていた。
 彼女にできたのは、ただ心のままに意味不明な言葉を並べ立て、そこから逃げるように――否、一目散に逃げ去ることだけ。
 大嘘つきの閻魔は、ただ彼女の逃走を見送るしかなかった。
「本音ですら解読が必要だなんて……。本当に、筋金入りの嘘マイスターなんですね。――師匠」
 そう言って、へたり込む。
「なぁ、そう思わないか、相棒――」
 映姫は、泣きそうな顔で鏡を見て。
 鏡は、ただ無機質に涙のあふれた顔を映した。



 だから相棒、さようならだ。
 これから私は、私の意志で――

 ――嘘をつく。



 どれほど飛んだろうか。
 高く飛ぼうと思えど低くしか飛べず、人の少ないほうへと飛ぼうとしても、いつの間にか人里近くまで来てしまう。
 自分の体にすら、嘘をつかれているというのか。
 文はもう飛び疲れて、人里へ続く道から少し離れた大岩を見つけ、その上に降り立って羽を休めた。
「あの、駄閻魔」
 とりあえず悪態が口に出る。
 ガラじゃないのに気の毒だからと世話焼いてやってたら、それが全部嘘っぱちだったんだっていうのだから、やりきれない。
(あっややややややー、あっやややややややややー)
 大体なんであんな嘘ついたんだ閻魔のクセに。そういえば何で嘘ついたのかも聞かなかったな。あんな調子で逃げてきちゃって、もうどういう顔して戻っていいかわかんないよ。
 とりとめもなく心の独り言。
 そんなにも心を乱しているのは。
(ああや、あややや、あややぁ……)
 きっとあの自分にもよくわからない心の中を、きっとガン見されたよね。
 自分は映姫のことをどう思っていいかわからない。
 最初は今までとのギャップで、なんだかかわいくて守ってあげたくなる印象だった。それは嘘だったんだろうけど。
 でも家に招くとすぐに裸族駄閻魔と成り果てて、ときめきもどっかに行って、いつの間にかもう何の遠慮もなく軽口叩き合うようになってて。
 ……それも、嘘だったのかもしれないけれど。
「……ふぅー」
 なんだかふと、秦こころの顔が頭をよぎって『YOU恋しちゃってんじゃね?』とか語りかけてくるのだが、これはちょっと、恋ではない気がする。
 よくわからなくなって、岩の上に思い切り仰向けにねっころがる。
 若干痛いけど、痛いくらいでちょうどいい。
「……ん?」
 仰向けになって目を開けると、なんかが視界に飛び込んできた。
(あ、あや!?)
 く、黒!?
 思わず固まってしまった文に、その何者かは恥ずかしそうにスカートを抑えて、一歩引いた。
「……びっくりしました? おごちそうさまです。コンニチハ、射命丸文さん」
 傘の下で輝くはにかんだ笑顔に、特徴的なオッドアイ。こいつは、昨日名前は出てきてたけど、実際には会わなかった……。
「いえ、こちらこそ……多々良小傘、さん……」
「ハイ、今日はお礼を言いに来ました」
 よっ、と掛け声をあげて、文は身を起こす。
 この様子だと、こころはちゃんと仲直りできたらしい。恋人にまでなれたかは知らないけれど。
「お礼って、昨日の件ですか。なら、私よりももう一人のほうに言うべきことです。私は何もしていませんよ」
 チラつく駄閻魔の顔に顔をしかめながら、文はぶっきらぼうに返す。
「そんなことはないです。文さんがいなければ、お弟子さんがこころの心を動かすことはできなかったろうって、蛮奇ちゃん言ってました」
(あややぁ)
 何賢しい考察してんのあのろくろ首。見る目あるじゃない。
「それに、文さんなんだか、すっごく悩んでるように見えます。まるで昨日までの私のよう。何か力になれたらいいなって思って、来ました」
「あややや……それはどうも……」
 文は苦笑する。気の毒にと他人事のように思っていた昨日から一転、その当人から慰められるとは夢にも思わなかった。
「何が、あったんですか?」
 そっと小傘は、文の隣に座った。
「……嘘をつかれたんですよ。超弩級の奴を」
 文は歯噛みしながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。
 悩みを人に話すということは、人にわかるように悩みを変換する作業が伴う。
 自分の中の悩みを、整理してゆく。
「私が今まで見ていたあの人は、全部偽りの姿だったんです」
 ……結局、それが一番やるせなかったのか?
 それとも、それが一番伝えやすかっただけ?
「そうですか。じゃあ、私と一緒ですね」
「違いますよ。こころさんはあなたに嘘なんてついてない。自分に嘘を、ついていただけじゃないですか」
 否定する文の言葉に、小傘はにっこりと笑った。
「だから、私と一緒じゃないですか」
「……ん?」
 文が怪訝な顔で、小傘を見返す。
「こころとしては私に嘘をついていなくても、私に伝えられた言葉そのものは嘘。私の顔なんて見たくないって言われたとき、今まで友達だと信じていたものは、友達じゃなかったんだって、とても不安になりました」
 あの蛮奇が手を焼くほど錯乱していたと言うのだから、相当なものだったのだろう。
 今の文ならわかる気がした。
「でも、本当は違った。こころはやっぱり私の友達で――ううん、もっと、素敵な存在だったんです」
 そう言ってはにかむ小傘を見て、あ、告白成功したのかな――なんて、余計なことを考えてしまう。
「私は、文さんたちが助けてくれたから、今、こうして笑っていられます。でも、文さんたちがいなかったら――私は、現実から逃げたままだった。私は、悲しみにくれてないで、こころと向かい合うべきだったのに」
「逃げ……る……」
 小傘の言葉に、文は胸が痛んだ。
 まさに、今文がとっていた行動ではないか。
「文さん。今度は私が力になる番ですよ」
 小傘はすぅ、と息を吸い、文への発破を口にした。

『さあ、本当を暴く覚悟は、ありますか――?』



 私は本当は、本当から目を背けていたのだ。
 相棒の無機質な言葉が信じられなかったわけじゃない。
 相棒に映し出される、本当の自分を直視するのが怖かった。
 ああ、幻想に成り果ててしまえれば、どれほど楽なことだろう。
 だけどもこれは、私にとっての現実。
 向き合わなければならない、現実だったのに。



「つーれーてーきーたーよー」
「あ、文さんっ!」
 人里の柳の木の下で、こころと蛮奇に連れられて、アイツは申し訳なさげに立っていた。
「映姫さん……先ほどは取り乱しました、申し訳ありません」
「い、いえ、こちらが謝るべきことですよ。嘘ついて申し訳ありません」
 ぺこぺこと、二人して頭を下げあうさまを、小傘たちが笑って見ている。
 それに気づいて文はバツが悪そうに頭を掻いて、そして、思い切って口にした。
「なんでこんな嘘ついて私に世話焼かせたんですか。本当を知る権利はあるはずです……覚悟はしました」
 文の真剣な目を見て、映姫は本当に申し訳なさそうに目を伏せる。
「もちろんお話します。その前に……まず、浄玻璃の鏡をなくしたことと、彼岸を追われたというのは真っ赤な嘘です。今はただの長めの休暇で、帰ろうと思えばいつでも帰れました。あ、法服以外の服がなかったのは本当です。そして、今日までは鏡を封印して一度も使っていなかったのも、確かです。ナズーリンが見つけられなかったのは、恐らくその封印のせいでしょう」
 映姫はどこまでが嘘だったのかを前置きしながら、話し始めた。
「私は、嘘をつかないし許さない、という姿勢で、長く生きてきました。今にして思えば、嘘と言うものをまったく理解していなかったのです。しかし、時が経つにつれ、その姿勢に言いようのない矛盾を感じるようになりました」
 人里に降り立ったときに感じたような違和感。嘘を許さねば嘘で返し、嘘を纏えば本当で返すという不可思議な現象。
「そして、嘘を許さないはずなのに自ら嘘をついているような感覚。閻魔と言う威厳ある立場――ヤマザナドゥと、ただの四季映姫との違和感も高じて、あなたが特殊性癖と断じたような行動も取るようになりました。このままの生き方でいたら、きっと私がおかしくなってしまう」
 かくて、閻魔は嘘をつく。
「私は、嘘が知りたかった。嘘を知らねばならなかった。本当だけでは語りきれない、切っても切れない理の裏側を! だから――私は嘘をついたのです。嘘の仮面を被り、閻魔ではない何者かになって、私の知らない嘘を学びに行くために!」
 映姫は、潤んだ目で文を見上げる。
「そして、あなたに出会った。あなたは、私の知りたかったことを全て教えてくれた。嘘の楽しさを、嘘のぬくもりを――嘘の重さを! そして私は思い知った。一体なんというとんでもない嘘をついてしまったのだと」
 映姫は懺悔でもするように、震えながら両手を組む。
「三日間のタイムリミット。きっとナズーリンが、私の嘘を看破する。私が嘘をついていたと知られる日が来る。怖かった。私の罪が照らされることが。怖かった。そしてそれを、あなたに見られることになるのが。怖かった。楽しい時間が終わりを告げるのが、あなたに絶望され、見限られてしまうことが!」
 二日目の夜、あんなにハシャいでいたのは。アイツもアイツで、いっぱいいっぱいだったんだ。
 そう思うと、文の力もなんだか抜けてきた。
「でも、時間は平等です。ナズーリンに完膚なきまでに私の嘘を否定され、私も覚悟を決めて、嘘を明かしました。でも、やっぱり怖くって仕方なくって、あんな形の告白になってしまってっ……」
 映姫は目から涙をこぼしながら、がっくりと膝をつく。
「……このとおりです! ごめんなさい、ごめんなさい、文さん。どうか許してください。嫌いにならないでください!」
 経緯を話し終えるや否や、映姫は涙目でぺこぺこと土下座し始めた。
「ちょっ、映姫さん……!」
(あややぁ……)
 まったく、好かれてたつもりでいるのかよ、おめでたい奴だな、なんて胸中軽口を叩きながら。あぁ、それもそうか、と思い直す。
「映姫さん!」
「文、さん……」
 映姫の腕を引っつかんで、強引に立たせる。
「映姫さん、一つだけ言わせてください」
「な、何でしょう」
 手を握られて、映姫はドギマギしながら文の言葉を待つ。
 文は、映姫の目を見つめると、思い切り息を吸い込んでから、言った。
「ばぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っか!!!!」
「ふぇえ!?」
「あーた、さっき鏡で私の心を覗かなかったんですか?」
「えと、その……覗きました、けど……」
「じゃあ私がどう思ってるかなんてわかってんじゃないんですか?」
 映姫はしどろもどろになりながら、消えいりそうな声で答える。
「あの、その……こんがらがってて、よく、わからなくて……、だから、余計に、不安で……」
 はぁー、と文は自分にため息をついた。
 浄玻璃の鏡に映してもよくわかんないほどこんがらがってたのかよ、と。
「それは失礼しました。ではもう一度言いましょう。ばぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っか!!!!」
「な、なんで二回言うんですか!?」
 二度もバカと言われて、映姫が涙目で抗議する。
「大事なことであって、本当のことじゃないからですよ!」
「え、えっ……」
 その答えに目を白黒させながらうろたえる映姫に、文は険しい表情のまま語り掛ける。
「まったく、とんでもないお馬鹿ですよこの駄閻魔は。自分の都合で人を巻き込んで、いいように使ってくれやがりまして」
「た、確かに私は自分の都合であなたを騙しました。で、でも、いいように使うだなんて、そんなことは……!」
「何が違うんですか!」
「ぴぃ!」
 文が映姫の肩を強く掴むと、映姫は小動物のようにビクッと体を震わせて悲鳴を漏らした。
「あなたが来てからこちとらめちゃくちゃなんですよ! 世話焼かせるわ、振り回されるわ、服きねーわ! こっちの苦労考えたことあるんですか!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! なんだかんだで親身にしてくれたことがうれしくて! つい調子に乗ってしまいました!」
「いるんですよねそーゆー人! ちょっと優しくしたからって、ずいずい距離縮めてくる人! ま、別にそれはいいんですよ! あなたに親しくされるのは悪い気しませんでしたし!」
「あ、その……う」
 文は、矢継ぎ早に映姫に言葉をぶつけ続ける。歯止めが、かからない。
「で、それがいきなり全部嘘でしたーって、どういうことやねんと思いましたよ! 今まで信じていたあなたは何だったのか! 本当に、本当にっ…………私のこの気持ちをどうしていいのか! もう全部わかんなくなっちゃいました!」
「文……さん」
 息をするように嘘をついてしまったら、息をするように本当のことが言えなくなってしまう。自分でそう言った、はずだのに。
「……おかげで、逃げちゃいましたよ。私ともあろうものが。もう完全に迷子になっちまってましたよ。……でもね、小傘さんがここまで連れてきてくださいました」
「小傘さんが……」
 ちらりと小傘を見ると、小傘はにこっと微笑んだ。元は文から巡り巡って、もらった勇気を返すとばかりに。
 きっとこころと蛮奇も、そうして映姫をここに連れてきてくれたに違いないから。
「あなたが救った小傘さんが、私を救ってくださいました。私に教えてくださいました。あなたがあなたを騙して放った嘘の意味。その裏に隠れた本当の意味」
 そうだ、もう、自分には嘘をつかない。
「私が共に暮らしたあなたこそが、本当のあなたなんだって。そして、私は、『私が思っている以上に、あなたを素敵だと思っている』という『本当』に、気づくのが、怖かったんだって!」
 本音をぶつけ合った。裸を晒し合った。
 もう、本当から逃げない。
「いいですか、私もいまだに心の中であなたをどうカテゴライズすべきか悩みに悩んでおりますが――」
 本当の重さから――逃げない!!
「とりあえず好きか嫌いかで言えば、大好きなので! もう家に何晩でも泊めちゃえるくらい超大好きなので、安心してくれて良いですよ!!」
「あ、文さん……」
 不安と悲哀に溢れていた映姫の表情が、見る見るうちに安堵と喜びの――幸福のそれに変わっていく。
(あやや、あややややぁ……)
 ああ、勇気を出して言った甲斐があった、『本当』に、向き合ってよかった――
 心の底からそう思い、慈愛に満ちようとするその顔を、しかし文はもう一つ食いしばる。
「とりあえず事情はしっかり聞いた! 覚悟して聞いた! その上で許す! 微笑ましい嘘だったから許す! 私と出会ってくれたから、超許す!!」
「あ、あや……さぁんっ……!」
 そう、すべてを許す。嘘をつかれた自分が許したのだから、誰もあなたの嘘を咎めだてたりはしない。
 迷える閻魔の、一世一代の大嘘を。
「……あと、映姫さん。どうカテゴライズしていいかわかりませんと言いましたが、とりあえずあーたの師匠として、一言」
「は、はいっ」
 グッと親指を立てて、感極まって顔ぐっしゃぐしゃの映姫に突きつける。
「免許皆伝ですよ、この、バカ弟子が!!」
「ありがとうございます、師匠ぉ!!!」
 照れ隠しか何か、なんだか最後に熱いノリになってしまった二人に、すべてを見届けた小傘たちが、笑顔でぱちぱちと心からの祝福を送った。
「仲直り、おめでとうございます」



 相棒。
 やっと、やっと私が誰に嘘をついていたのか分かったよ。
 どういう嘘をついていたのか、分かったよ。
 嘘って何なのか、分かったよ。
 私の世界は、もう灰色でも白黒でもない。
 世界はこんなにも、色鮮やかだったんだ。



「そういえば、結局、私が通りすがったのって偶然だったわけじゃないですか。別の人が通りかかったら、別の人のところについていくつもりだったんです?」
 休暇も元々三日くらいだったらしく、映姫は明日には彼岸に帰るらしい。
 なのでとりあえず今日は泊めてやる。泊まっていってください、と言って二人で帰る道すがら、ふと、いじわるとも言える問いを、文は投げかけた。
 しかし、映姫はまじめにうーん、と当時を回想しながら、言葉を紡ぎ出す。
「割と勢いだけの行動だったので、どうなっていたかはわかりません。でも、文さんとは以前花の異変でお会いしたとき、私にはないものを持っているって、ずっと思ってたんです。だから、三途の川で会えたときは、本当に運命だと思いました。あなたが来てくれて、本当に良かった」
「そ、そうですか。それはどういたしましてというか」
 満面の笑顔で返されて、文も照れくさそうに鼻を掻く。
「そういえば、文さん、結局私のことをどう分類していいかわからないんですよね?」
「なんて呼ぶのがしっくりくるか、わかんなくて」
 文としては、いまだにはっきりとしてないみたいで、ばつが悪い。
「それじゃあ、とりあえずお友達からはじめませんか?」
「お友達、ですか」
 確かに、思えば悪くない分類ではある。
「以前にも話したとおり、今までほんと気を許せる友達がいなくて……。でも、自分への違和感が『閻魔としての自分に拘りすぎて、結局自分に嘘をついていたから』だって分かった今、良い嘘が許せるようになった今、私はやっと友達を作れるんです」
 嘘というもののあり方を知って、四季映姫と言う存在は、やっと自由に生きていける。
 映姫はにこりと笑って、文に手を差し出した。
「だから、どうか私とお友達になってください。本当の自分になれる『裸の付き合い』の文さんがお友達になってくれたら、私とっても幸せです!」
「裸の付き合いできるんならとっくに親友レベルって気がしなくもないですが……まぁいいでしょう! 私でよろしければ、喜んでお友達になりましょう」
 文も笑って、その手を握り返す。
「末永く、よろしくお願いしますね!」
 映姫の咲くような笑顔に、文は言いようのない幸せを感じていた――



 そしてこの、玄関開けたら即マッパである。
「おかえりなさい文さん! 休みなので遊びに来ちゃいましたよ」
「人の留守中に合鍵で入り込んで全裸ライフ満喫してんじゃねーですよこの駄閻魔!!」
「えへへ、ごめんなさい」
 テヘッと舌を出しながら頭をこつんとする映姫。キモいと断じきれないのがまたムカつく。
「まったく、結局あーたのことは記事にしようがなかったから、こちとらカツカツなんですよ! 大体なんでもうあーたの悩みは解決したっていうのに、いまだに裸になる必要があるっていうんですか」
 とりあえずジト目で睨みながらツッコむ文に、映姫は頭をかきながら悪びれない笑顔で答えた。
「いやぁ、なんかもう脱ぐのがクセになってしまってまして。開放感気持ちいいですよね」
「完全に露出狂じゃねーですか」
「露出狂と一緒にしないでください! 部屋の中でやる分には白ですよ白!」
「部屋の前に『自分の』を付ける必要があるんですがねえ……」
 頬を膨らませて抗議する映姫を冷ややかな目で見つつ、文はため息をついた。
「いいじゃないですか。私にとって文さんの部屋は、自分の部屋以上にくつろげる場所なんですよ」
 ある意味傲慢な物言いではあるのだが、そんなに照れ照れした笑顔で言われると、文としても何も言い返せない。
「それに、私が裸を見せるのは、文さんだけなんですからね!」
「……いや、さすがにそれはキモいですよ映姫さん」
「えぇ!?」
 キメ顔で言った台詞を一蹴されてショックを受ける映姫を横目に、文は愚痴りながら、調達してきた原稿用紙をドサッと机に置く。
「やれやれ、あたしゃなんでこんなのとお友達になっちゃったんでしょうかねえ……」
「あれ、私と友達になったこと、後悔してます?」
 その後ろからひょいと文の肩に手をかけ、映姫が顔を覗き込む。
「ええ、もちろん後悔していますとも」
 つーんとそれから顔を背けて、文はすげなく言い放つ。
「本当に?」
 映姫はまた前から回り込んで、首をかしげながら尋ねる。
「本当ですよ」
 文がそう念押してから――二人顔を見合わせて、ニッと笑いあった。

『嘘だけど!!』


 ”虚実幻想~Veritas mendacium”――fin
 相棒、私に友人ができたんだ。
 君が引き合わせてくれた、素敵な友人だよ。
 ……ごめんよ相棒、そして、ありがとう。
 私、今度はしっかり、君と向き合ってゆくよ。
 嘘も本当も、もう、全部噛み分けられるから。

 そう思って相棒を見ると、『本当だね』と微笑んだような気がした。

◆◇






このSSは、射命丸文と、ご覧のスッポンポンの提供でお送りいたしました。

四季映姫・ヤマザナドゥ
ナルスフ
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コメント



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1.8あらつき削除
面白かった。文句無し。そのままの貴方でいて欲しい
強いて言うなら、合間合間に入る映姫の独白に、散漫な印象を覚えた。
2.4mayuladyz削除
ひと言で感想を言うと
(´・ω・`)

閻魔が鏡をなくすアイディアは面白かった
ただ、テーマに対してドストライク過ぎて飽き気味だったよ
というのも、このようなコンペの場合
テーマの真ん中を通ると
読者は「またこれか…」ってなるよ

作者の作品が最初に読まれたら
読者はそうは思わないが
テーマに対してのアプローチが
正直すぎると他の作品と被っているように
そう、二番煎じに見えるよ

なので
テーマを拡大解釈するくらいで
私は良いと思っているよ

そしてここから私の感性の問題なので参考程度に

私の持つ文のイメージと作者の持つイメージが
違い過ぎてついて行けなかった
(あっややややややー、あっやややややややややー)
DJのスクラッチみたいに
頻繁にあややを連呼するとは思えなくて
見る度に(´・ω・`) 

それから
作者のユーモアも理解できず
(´・ω・`) 
唯一くすってなったのは
サンタの説明の下りだけだった

この作品は活字より
映像に向いていたような気がする

そして
読みない漢字や
意味が分からない言葉の
多さに(´・ω・`)
おれ、レベル低すぎ

なんか(´・ω・`)
ばっかりですまぬ
3.10名無削除
三途の川に行けば映姫様と裸の付き合いができるのか!ちょっと逝ってきます。
4.7名前が無い程度の能力削除
軽いノリのお陰で分量の割にはサクサク読めました。
5.8がま口削除
これは新しいですね! いいですね。
最初は何かくどいと言うか、勢いだけのギャグなのか……といった印象でしたが、オチまで読んでその印象は撤回させていただきました。
嘘マイスターでも初心な心情を曝してしまった文さんと、様々な嘘と恋のエッセンスを加味する経験を経た新生映季様とのからみがほほえましすぎてたまりません。
何度も読み返してみたくなる作品だと思いました。
6.2エーリング削除
あやややぁ、あやややややあやや、あややややぁぁやあやややあやややあやややあやや。あやややあああやああやややややあやや。(四季映姫というキャラクターを考えたときに、彼女がこれほど精神的に幼いというのは受け入れることが出来ませんでした。
話自体はギャグを織り交ぜたテンポの良い展開で読みやすかったです、でも文があやあや心の中で言いまくるのは正直不快、意味が解らないし)
7.10みすゞ削除
【良い点】
映姫さんのローマの休日的な物語が好きです。文章も軽快でテンポよく進むので読んでいて楽しかったです。あと「あーやややや、あーややぁぁ」とか何か動物の鳴き声みたいになってるのがツボでした。
【悪い点】
おおよそ予想通りの展開で先が読めてしまうのが少し気になりました。とはいえ映姫さん自体が突拍子もない行動を繰り返すので、バランス的にはこれで良かったと思います。
8.9PNS削除
薀蓄とギャグとメタな会話が混在する飽きない味の作品……もしや貴方か、ナ○○〇さん!?
「大事なことであって、本当のことじゃないからですよ!」がとても印象に残りました。
9.10道端削除
 あー笑った笑った。
 途中までシリアスを読んでいるつもりでいたものの、これは認めざるを得ない。この容赦ないネタの放り込み方。これギャグだ。しかもジャブでこっちの出方をうかがうこともなく思いっきり顔面に右ストレートを決めようとしてきやがる。ええ、笑いましたとも。

 しかし、通常の場面でギャグを盛り込んでぐいぐい読者を引っ張って行きながら、しかしとんでもない方向へ話を引っ張っていくのではなく、その裏で、嘘の持つ意味、善悪を超えた嘘の重さ、というものをきちんと話の上に盛り込んでいく。そして、感動のラストへ。
 ただのギャグかと思ったのに、こんなに巧くシリアスに持っていくなんて。

 ◇がにわかに色づく演出は、やられた、と思った。こういう演出はSSならではだなあ。紙面上じゃなかなか出来ない。

 そしてもうひとつ上手いのはやはり、映姫の嘘。他の細かい嘘たちを読者に提示しておきながら、実はもっとでっかい嘘がもう登場してあったという。巧いなあ。
10.8生煮え削除
ギャグというほど強いわけじゃないけどやっぱり変なノリで、爆笑という感じじゃ無くて微笑な感じでしたがそれが凄く居心地がよくて、存分に楽しめました。しっかりとした文章構成とストーリーで土台に安定感があったので、その居心地の良さが安心して愉しめたのだと思います。珍しいキャラの組み合わせも好感触でした。この話の世界ならもっと読んでいたいなぁと思ってしまうほど、愉しかったです。
11.3きみたか削除
浄玻璃の鏡をなくすやら裸族やら各種の美味しい設定に対して笑いの勢いにムラがあるというか文の鳴き声が気になるからやめれ。ああでもこころちゃんの隠れた趣味がわかったから許そうかなこれ。続編作ったらきっとカオスに。
12.8名前が無い程度の能力削除
なんか色々駄目だったりする四季様が可愛い過ぎるんですが…
文と四季様のコント同然のやり取りやら所狭しと並ぶお下品なネタなど、大いにツボにはまってしまいました
あーた、こういうノリは大好きですよ、ホント
ただ、ちょっと文章が読みにくいなと感じました
何はともあれお話自体はとても楽しませていただきましたし、こころや赤蛮奇たちにも笑わせていただきました
とにかく裸族の四季様バンザイ!
13.3時間が足りない!削除
う~ん、ちょっとストーリーに置いてけぼりにされた印象。
所々にちりばめられたネタは、私には合いませんでした。
作者様が楽しんで書いているなー、と伝わってきたのは良かったのですが。
14.8K.M削除
どいつもこいつもなんてフリーダムなんだ、と終始ニヤニヤしっぱなしでした。蛮奇さんダメだ腐ってるw