第十二回東方SSこんぺ(嘘)

3つの嘘

2013/10/27 20:12:06
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スランプになった、と気付いているうちは、それはまだ本当の行き詰まりなんかじゃない。
辿れば必ずそれには原因があって、直す方法も順に追っていけばいずれ見つかる物だからだ。
困ったのは、そもそも自分がそんな状態だと気づいていない時の方。原因もわからなければ治し方もわからない。
そういう意味では──私、射命丸文は、絶賛スランプ中だった。




『怪奇!? 天狗の間で連続行方不明事件勃発!! 
被害者は昨日で既に3名! 現代に蘇った神隠しか!?』


──いかにも安っぽい大見出しでかかれたゴシップ記事。
流石にもうちょっとマシな文句はなかったのか?と呆れつつ、その新聞を自室のテーブルの上に投げ出すと、突然の来客で飲みかけになっていた食後の
コーヒーに再び口につける。

「珍しく他人の新聞なんて持ってくるから、何かと思えば……。これ、花果子念報(はたての新聞)じゃない。相変わらず煽り文句のセンスはイマイチな
上に、記事だって写真1枚も載ってないし」
「でも、いま山の上の方ではこの記事が書かれてから、その話で持ちきりなんですよ」

ちょっと困ったような顔で苦笑しながら、その来客──犬走椛が几帳面に投げ出された新聞を折りたたむ。

「大体3人ってのがねえ。微妙な数すぎるわよ。それこそ7人や10人っていうならともかく。
どうせ事件でも何でもなくて、素行不良の輩がどっか遊びにいったまま帰ってこないだけじゃないの?」
「そう言われれば否定はし辛いですけど」

苦笑の度を深めながらも、新聞のついでに散らかったテーブルの上を片付けながら椛は言葉を続けた。

「でも、文さんみたいなどこにでも飛び出していくような人だけじゃなく、普段病弱で滅多に外に出ない方までその被害者の中に入ってるらしくて。
ただの素行不良や、連絡つかずの物とは少し毛色が違う様なんです」
「ふーん……。って、文さんみたいって何よ」
「い、いえ。他意はありませんよ」

軽く睨んで見せると慌ててぶんぶんと手を振って見せる椛。その生真面目な様子に可笑しさを感じつつも、今もたらされた情報に考えを向けてみる。
その話自体は初耳だった。もっとも、天狗の警備隊リーダーである大天狗直属の白狼天狗──椛と、よくいえばフリーランサー、悪く言えば独立独歩の
風来坊である文との間では、入手できる情報も違ってくる。特に治安に関する物などについては、自分の既存の情報網に入る前に椛が得る物もあるだろう。

そんな取り留めのないことを思い浮かべていると、ふと、虚をつかれたような椛の顔が目の前にあった。
「あれ、意外ですね。文さんだったら『これはスクープだ!』って飛び出して行くかと思ったのに」
「あー……」

言われて見ればその通りなのだが、正直、なんだか気が乗らない。
ガシガシと頭をかきながら、上手く言葉にできないモヤモヤを何とか収まりのつく形にしようと試みる。

「最初から自分で掴んだネタならそうなんだろうけどさ。うーん……。あのはたてに先に記事にされちゃってるのがね。
今更後追い記事っていうのも格好悪いじゃない」
「そんなものでしょうか……。でも、一般の天狗ばかり狙ってどうしようっていうんでしょうね。有力者とか重要人物とかいうならわかりますけど、
被害者だってみんな普通の若い女の子ばかりなんですよ」
「若い子ばかり狙って攫うっていうなら、アレじゃないの。口では言えないあーんな事やこーんな事目的とか」
「? なんですか。あんな事って」
「ふっふー。椛にはまだちょっと早かったかな。ちょい耳貸してごらん」

完全にハテナ顔のまま素直に近づいた椛の耳元に口を寄せ、二、三、呟いてやる。
きょとんとしていた顔が、一気に真っ青になり、次いで同じぐらいの速度で真っ赤になった。

「あ、あああ文さんっ!?」
「冗談よ。冗談。よくある噂じゃない。幻想郷のどこかにある闇市場、密かに行われる人体取引──」
「じょ、冗談でもそういうこと言うのはやめてくださいっ!?」

ひとしきり狼狽する椛の姿を堪能した後、改めて先の新聞を広げてみる。

「大体さあ、個人差はあるだろうけど一応皆、腐っても山の妖怪。天狗の一員なわけでしょ?
それがどいつも、簡単に誘拐とか拉致されるものかなぁ。いくら並の人間が意表をついたところで、猛反撃されて返り討ちに会うのが関の山でしょう」
「うーん、天狗の力を上回るような妖怪の線もありますけど……。逆にそういう方達は何か目的があるなら、わざわざ個人を狙うような周りくどいことは
しないと思いますし。やるとすれば、まだ「天狗を攫う」コト自体が目的となる人間や下級妖怪の方じゃないでしょうか。
力が劣る彼らが取る手段として考えられるとするならば──そうですね。余程、魅力的な提案を出して、むしろ本人の了承を得てしまうか……」
「……【反抗出来ないほどその心を折るか】、か。そっちの方は同じぐらい難しそうだけどね」

というより、そっちの方がよっぽど難しいと思う。

「それで、ですね。実は……この件で、大天狗様から呼び出しです。文さんに」
「げ」

椛の上司である大天狗──警備隊のリーダー格に当たる人物で、いつぞや守矢の神々にケンカ売りに来た霊夢・魔理沙の妖怪の山侵入における時のように、文とは少なからず面識のある相手である。
とはいえ、特別親しい間柄と言うわけでもない。そのくせ実際には結構な縦社会の天狗の世界では、例え文のような立場の者と言えども好き勝手に使われることも多々ある。今回だって素直に呼び出しに応じ、のこのこと顔を出せば厄介事を押し付けられるのがオチだろう。

「面倒くさい……。病気だったんで家から出れません、って伝えておいて」
「そんな嘘、あれぐらいの方には通用するとは思えませんけれど……」
「いいの、いいの。上だって嘘だと承知しても何も言ってこないわよ。どうせ上辺的なモノなんだから、突っぱねたって別に構わないって」

気乗りがしないのは事実だった。
調査しろ、という要請だったとしても結局一番記事は、はたてにすっぱ抜かれているし他人の記事に乗っかって騒ぎ立てるのは、なんとなくイヤなものが
あった。
やっぱり新鮮なネタは自分で仕入れたものでないと。
こっちが記事に出来ない物をいくら調べても時間の無駄、という気持ちがあったのは確かだったのだ。

「わかりました……。それじゃ私はそろそろ戻ります。
……でも、さっきのああいう冗談は止めたほうがいいと思いますよ。悪い言葉は、悪い結果を引き寄せますから」
「はいはい。ホント生真面目ねー」


おそらく上司に報告に向かったのであろう椛を送り出した後、ふとテーブルの上にそのままになっていたはたての新聞が目に留まった。
さっきは気にしなかったがよく見ると新聞の記事の下段に、枠で囲った特別スペースがある。

「……何コレ、広告? あいつ、新聞が売れないからってスポンサーでもつけたのかな。……って
ただの運送屋みたいだけど」




  『どんな所でも配達いたします! ブラック運送!!
   お客様の個人情報、プライバシーは完全秘守! どんな物でもお客様のご注文通り
   我が社の社員が責任を持って迅速、確実、何時であってもキッチリとお届けするのがモットーです!
   ご連絡はこちらまで────』




───────────────────────────────────────────────────────────────────

日付も変わらぬその夜。

「聞いてよ、文!! これは大スクープ間違いなしだわ!! ……ってなんだ。
向こうにあるの私の新聞じゃない。アレ? アンタ私の新聞購読してたっけ」
「……お節介なヤツが置いてったのよ」

突然の来客のノックに、厭々、家のドアを開けてみれば──立っていたのは、にこやかな顔でやってきた商売敵(自称)の新聞屋。──姫海棠はたて。

「ふふん。文はいつも私のことをダメ新聞だの売れないゴミだのと言ってくれてたけど、今回のスクープで完全逆転ね!! 
まあ、どうしても教えて欲しいって言うなら特別にこの裏話を教えてあげても────痛い痛い痛い!
潰れる! 爪先潰れちゃうから! 全力でドア閉めるのやめて!」

半分以上本気でドアを締めて鍵かけようとしたところを、寸前に間に足を差し込まれて止められる。
ふん。こういうところだけ一丁前の新聞屋らしくなりやがって。

「何よー。やけにテンション低いじゃない」
「んで、こんな夜に奇声上げてテンションダダ上がりのアンタは何の用よ」
「うん、まあスクープし損ねて落ち込んでる文に自慢しにこようかって──って痛い痛い痛い!!
だから閉めるなってば!?」

そのやり取りを知ってるということは、情報源はおそらく椛本人か。実際のところは何となく気分が乗らないだけだったのだが、そこを深読みでもしたのか余計に気を回してこの能天気バカを直接差し向けることで丁々発止でもさせているうちに元気付けようとでもしたのだろう。
……まったく。

「はいはい。で、そのスクープがどうしたって? 今日のは一応読んで見たけど、中身は大したこと書いてなかったじゃない。よしんば本当の事件だったとして、まさか犯人や行方不明者とやらのその後もつきとめないで、アレで大スクープっていうつもり?」
「いたたた……。ま、まあ今日のはね。でも、遂に私はその真相への手がかりを突き止めたのよ!! 詳しくはまだ言えないけど、連続行方不明事件の大体のからくりもわかったわ。今度の私の新聞は、幻想郷を轟かすようなスクープになること間違いなしよ。
最後の裏を取ったら即記事にするから、楽しみにしてなさい」
「……それはいいけど。そんな大スクープのヒントを簡単に私に話しちゃっていいの? ネタは新聞記者の命なのに。
それを横から盗まれたらどうしようとか思わなかったわけ?」
「え、だってネタに関してはしつこいけど、そういう汚いことはしないでしょ。文は」

……まあ。平然とした顔でそういう信頼をしてくれるのは確かに有り難いのだけれども。
このお嬢さん、もうちょい世間ずれというか荒波に揉まれた方がいいような気がしないでもない。

「元々アンタに回される予定だった調査依頼がこっちに来たせいで、色々と調べもスムーズに行ったんだけどさ。ある意味アンタのおかげでもあるし。
連絡義務だとか報告義務だとかメンドイ事も増えてるけどね」
「なるほど、ね……御苦労様」

それで、こういう変わった筋の通し方をしてきたわけか。それじゃ尚更、記事の横取りはできないなあ。
ぼんやりとそんな事を考えていると、得意満面の笑みを作っていたはたての顔が若干、素に戻ったように見えた。

「なんだ。椛から聞いてたのだともっと重症だと思ったけど、案外元気じゃない。態々損したかなあ、コレ」
「損したって何がよ」
「い!? や、やあ違うって! うん、その、来たのは気が向いたからタマタマよ!タマタマ!
それじゃあ、私はこれで帰るけど、アンタも早く寝なさいよね!いつまでも起きてると、こっわーい誘拐犯にさらわれるわよ!」
「こんな夜半に一人で出かけてくるようなヤツに言われたくはないけどね……。気をつけて帰りなさいよ」

妙にあたふたし始めたはたてを、追い出すように送り出す。闖入者が帰って行ったことで喧騒が収まり、また一人静かな夜が到来する。
後になって思えば──この時、もう少しはたてを引き止めてでも、もっと詳しい話を聞いておくべきだっただろう。そうすれば──そうしていれば。
もしかしたらあんな事には、繋がらなかった、かもしれないのに。






         その夜。それを最後に姫海棠はたての消息は途絶えた。
         調査依頼元から課されていた定時連絡がなくなったことに気付いて出動した白狼天狗達も捜索に加わったが
         翌日を過ぎても、ついにその足取りを掴むことはできなかった。






そして消失から2日目──。椛ではない、別の白狼天狗の冷たい声で、文の家の戸が叩かれた。

「……射命丸、文さん。大天狗様からの出頭命令です」

要請、ではなく命令。
ここに到って、文に否やを言える筈もなかった。





────白狼天狗・本部────

天狗の山の自警団組織とも言える白狼天狗。大半は哨戒・警備にあたる実働隊が占めているが、やはり組織である以上統括する者は存在する。
その執務室が妖怪の山最上層の、とある館の一角にあった。
扉を開けると、木製の重厚な基調の机の向こうから、入室した文へ声がかけられる。

「来たか、射命丸。病身と聞いていたが、体調の方は良いようだな」
「ええ……お蔭様で」

どこまで本気ともわからない淡々とした声に、そう返しながら書類に隠れた目の前の人物を見る。
大天狗の一人、白狼天狗のリーダーを務めているその人とは、いくつかの小事を依頼されたつてで、いささか面識がないわけでもない。
実直、冷静さを具現化したような、女なのか男なのかわからない中性的な顔立ち。どちらとも判別しかねるが、面と向かって聞くには遅く今更過ぎて
聞けないまま今に至っている。

「話は聞いていると思うが、行方不明事件に関して秘密裏に調査・探索に関わらせていた姫海棠が失踪した。
行方不明事件については──事実だ。現に探索していた姫海棠が消息を絶ったことで、何らかの計画的な犯罪性があることも考えられる。
足取りは未だ掴めていない。が、彼女が最後に会いに向かったのが君だというのは、複数の証言が得られている」

そこまでは予想された範囲。身内に近い者が消えた、その実感が沸かないせいもあってどこか人事のように聞いていた耳に、直後冷水を浴びせるような声が響いた。

「考えにくい事ではあるが、上層部の中には君がその事件に直接関わっているかもしれない、という声も上がっている」
「な────」

唐突。
それは本当に。一瞬で頭を覚醒させるのに充分な一言だった。次いで言いえぬ理不尽さに顔が赤くなる。

「私が、はたてと最後に会ったからですか!? そんな弱い理由で!? 私が誘拐事件を企んだ犯人だと仰るんですか!?
拙劣、拙速にも程があります!! いくらなんでも!」
「考えにくい事だ、と言ったろう。だがな、射命丸」

激するこちらに応じることなく、冷静な口調、態度を崩さずに、それでいて斬り込み方は白狼天狗の長に相応しい鋭さで、言葉が紡がれる。

「出頭要請があった時に、お前────犬走に『嘘をつくように依頼した』な」
「…………ッ!!」

あンの、馬鹿正直者……ッ! 何でそこまで生真面目なのよ……!
思わず歯噛みしそうになるが、なんとか無様な真似を堪えて、代わりに苦笑いを取り繕う。

「あはは……やっぱり、嘘だってばれちゃいましたか」
「誰が見てもわかるような嘘は嘘とは言わん。しかし、そのおかげで、印象の悪化は避けられなくなった。
私も君が犯人だとは思っていない。単純に考えれば、君が裏の犯罪にでも手を染めてない限り、見識もない他の天狗を拉致するなどという行動に
何ら意味も無く利益もないからな。だが、その理屈では反証としては弱い。ただでさえ手がかりが何も無い状態なのだ。
上層部の中には君を拘留し、厳しい尋問をしようという動きもある」
「そん、な」

あっけなく偽強気の殻も破れ、展開に絶句する文に追い打つような言葉が浴びせられた。

「確たる証拠もないのに犯人扱いはできない。かといって今、無罪放免というわけにもいかない。よって我々としては更なる調査、捜索が進むまでの間、
重要参考人扱いで君の能力・行動を制限し謹慎させることで、強引論を唱える者に先手を打った当面の措置としたい考えだ。
どちらにするかは君が決めろ」
「……具体的な制限、というのは」
「君の持つ飛行能力・風を起こす能力の封印だ。そのための施術者は待機させてある。あとスペルカードも預からせてもらう」

ふうっ、と一つ息を吐く。何もかも、決まった上で、というわけだ。しかもそれが悔しいことに、この理不尽の中で一番マシと思えることが。

「わかりました。その封印の措置で受け入れます」
「それでいいんだな?」
「ええ。他に選択肢もないようですし」
「では隣室へ向かってくれ」

最後に皮肉を思いっきり込めてみたが、当然の如く鉄面皮で何も無かったように受け流され、そのまま共に隣室へと向かう。
おそらくはまだ自分よりも一回り若い、と思われる天狗の術師が成り行きに怯えたような顔で待っていた。
施術自体はその子の力量もあるのだろう。一瞬で終わり、左下腕にすうっと入れ墨のような奇妙な紋様が浮かび上がった。これが封印、という事か。

「後は我々、白狼天狗が総力を持って真相の解明にあたる。しばらくはそれで辛抱していてくれ」

今更のようにこちらを気遣うような言葉。だがそれは何故か遠く、白々しいように聞こえる。

「自宅に食糧等の備蓄はあるか?なければ後で届けさせるが──」
「結構ですっっ!!」


反射的に大声で拒絶して、部屋を後にする。
ようやく。皮肉にもここへ来て初めて自分の意思をはっきりとすることができた気がした。




道中の護衛という名の2名の監視を連れて家へ帰宅した後、任務を果たし終えた彼等の気配が消えたとみるや、ひとしきり罪の無い部屋のクッションと枕に今の思いの丈をぶつけ、数十通りもの聞くに堪えない高評価を頭の固い上層部とやらに並べ終わった後──文は、脱力したようにベッドにうつ伏せになった。

最悪な一日だった。誰の味方もなく、形だけの擁護だけで。このままでは見るもの全てが敵だと思ってしまいそう。
そもそも何が原因だったというのか。あんな、小さな嘘一つで。歯車に齟齬が産まれたと感じる前に、知らない所からバラバラにされていく感覚。
ごろりと、仰向けに寝返りを打って静かに目を閉じる。
風呂に火の御札でも放り込めば即興で沸かして入ることもできたが、そんな手間すら億劫だった。
身体よりも心が休息を必要としていた。



───────────────────────────────────────────────────────────────────


「……ん、んう」

翌朝。目を覚ましたときは既に太陽が昇りかけていた。雨戸も閉めずに寝たせいで、窓からは寝起きには辛い陽の光が差し込んでくる。
昨日意識を手放した時はまだそれほど遅い時間ではなかったのだが、それだけ見えぬ疲労が溜まっていたということだろう。
はっきりしない頭のまま、ベッドから景気付けによっと一気に立ち上がり、勢いのつきすぎた反動を背中の羽で小さく抑制しようとして──

「──え?」

バランスを崩して、床に倒れこんだ。
一瞬、何が起きたのかわからなかったが、冷たい床の感触を頬に感じるうちに──段々と事実が脳に浸透してくる。
起き上がろうと手を伸ばした、そこに見える幾何学模様のような黒い紋様。

これが。能力を失うという事。
何の力も持たず、外敵に対抗手段すら持たない──ただの女の子になった、という事。

それは思いの他、強烈な衝撃だった。その衝撃の強さは昨日のあの一幕を上回るかもしれない。
元々、文は自らの腕と強さに少なからず自負を持っていた。ソロの突撃ブン屋などというリスクの高い仕事をしていられたのも、無茶な事をしても
事件に巻き込まれても、自分ならば大丈夫、切り抜けられるという自信があったからに他ならない。

正直、外出禁止の謹慎令を出されていたが、律儀にそれを守る気もさらさらなかった。流石に居を移すのには問題があるが、何か必要な物があれば
そのぐらい、その都度買いに求めにいけばいい、ぐらいの軽い気持ちでいたのも確かだ。
だが──今の自分は、風も起こせず、空も飛べず、多少の体術の心得はあっても大の男の腕力には遙かに及ばない、ただの普通の、細腕の少女の身。


それに私は知っている。私だけは確実に知っている。
そうなのだ。この連続誘拐事件の犯人は──まだ捕まってはいない。
どこかで、無防備な獲物がふらつくのを待って、品定めをするようにその眼を光らせている────

「……やだ」

身体の奥底から本格的な震えが起こって来る。理屈ではない、本能としての恐怖。
なまじ「強さ」を持っていた分、その落差はどうしようもない不安を伴って襲ってくる。
部屋の窓や家のドアにきちんと鍵がかかっているのを眼で確認すると、身体の痛みも忘れてずるずると膝を抱え込み、転がり落ちたベッドの縁に背を預けて足の谷間に顔を伏せる。

力がないというのはこんなにも心細いものだったのか。怖ろしい物だったのか。
懸念された通り数日分の食糧の用意すらないほど、部屋に備蓄などはなかったが──既に外出する気などはとうに失せていた。
周り全てが、敵に見えていた。




そして──そのまま一日が過ぎ、更に夕方になった。ロクに食事も喉を通らず、気力だけが散逸していく中、不意に家のドアを叩く来客の音で顔を上げる。
有象無象の輩ならば無視を決め込んで座ったままでいようと思ったが、幸か不幸かその声には間違えようの無い聞き覚えがあった。

「文さん」

心配そうにトーンの落ちた声。実直で、融通が利かなくて、だがそれ故に今は唯一信じられそうな声。
椛の声だった。

のろのろと近づいたドアの向こう側で、声は続く。

「前にお邪魔した時、そんなに食べ物も残ってないようだったので──シチューを作ってきたんです。もしかしたら、何も口にしてないんじゃないかって。
心配したんですよ。これなら量もありますし」

その声に偽りは感じられない。安堵のあまりについドアの鍵を外そうとして──そこで、昨夜から蝕む悪意に掴まれた。

「椛……?」
「文さん? 良かった、そこにいるんですね」
「…………」
「怒って話もしてくれないかとも覚悟はしてたんです。こんな事態になったのは、私のせいでもありますから……。
でも待とうって。会って必ず謝ろうって。そう思って来たんです。お願いです、ここを開けてもらえませんか」

本当は涙が出るほど嬉しかった。こんな心細い時に、自分を気遣ってくれる人がいたこと。誰もが敵の中で、唯一味方だと思える声をかけてくれたこと。
でも、心とは裏腹に、蝕まれた悪意が思考とは外れた言葉をつむぐ。

「……そんな事言って。どうせ、ついでに大天狗様に様子を見て来いと命令されたんでしょう? 私が大人しくしているかどうか」

腐った気持ちから出た心ない言葉。甘えが産み出した、取るに足らない愚痴。そんな馬鹿なことを、と笑い飛ばして安心させて欲しかった。
なのに。


「……はい」
「────ッ」


だというのに。
返って来たのは今、一番聞きたくない答えだった。
制御できない感情が怒りに変換され、簡単な出口を求めた。

「この…………馬鹿正直者ッッ!!」
「ひっ」

ドオン、と力任せに玄関のドアを内側から殴りつける。
反対側で突然の大音に椛がすくむ気配がしたが、口は止まらず、理不尽な悪意をぶつけ続ける。

「そうやって、私を虚仮にしにきたわけ!? どれだけ嘘をつけば気が済むのよ!」
「本当です! 確かに、大天狗様に命令されたのも本当ですけど……私が文さんを心配したっていうのも本当なんです!」
「じゃあ、どうして! そんな言わなくていい事まで言うのよ! 元はといえばアンタが──」

嘘の一つでも、つければ良かったのに。

尻すぼみに消えたその言葉を最後に、沈黙が続く。
信じられると思ったのに。信じてもいいと思ったのに。
期待は裏切られ、その度に心が傷ついていく。
齟齬をきたした歯車の音が、今や盛大に鳴り響いているのに、最早それをどうにかする気力も沸かない。

「……もう放っておいて。私のことなんかどうだっていいでしょう」
「…………」
「命令は済んだんだから帰りなさいよ。そして、もう来ないで」

自暴自棄と諦念が混ぜられた言葉を投げつけられ、立ちすくむ様子がドアのこちら側からでも想像できる。
罪悪感がないわけではなかったが、これ以上ここにいるのも限界だった。
これで話は終わり、と鈍い動作で部屋に戻ろうとした時──背後から、低い、だが強い意志の言葉が投げかけられた。

「……嫌です」

きっと思いつめたような顔で。それでも顔は上げて正面の動かぬドアを見つめたままで。あの子は前を向いているのだろう。

「私は帰りません。ここで文さんがドアを開けてくれるのを待ちます。声を聞いただけでもわかるのに、このまま文さんがこのまま体調を崩していくのを
黙って見ているだけなんて、承服も納得なんかもできません」

「……何で」
「文さん……」
「何でそこまでしてくれるのよ。私なんかのために」
「私は────」

口ごもる気配。だか意を決したように。決して大きくはない声が響く。




「私は、文さんが好きです!」



その一言は。
思いがけぬ言葉に、思考がすべて停止する。

「どう、して」
「好きになるのに理由が必要ですか!?」

最早、会話になっていない。ただの感情のぶつけ合いだ。

「私は嫌です。こんな形で文さんに嫌われるのも、私の気持ちを伝えられないでいるのも、全部全部嫌です。
確かに私は馬鹿です。不器用者です。でも、だからといって、こんな形でお別れなんて絶対に絶対に嫌です!!」

理屈になどなっていない。ただ、思いの丈をぶつけているだけ。それだけに、その声は真摯で、強い。
だが。それでも。


「──嘘、だ」



心を覆った冷たい鎧を突き通す事はできなかった。
限界を超えた体が、ドアの向こうの椛を背に勝手に部屋へと向く。
ベッドに辿りつくと身体を投げ出すように倒れこむ。
あの日は、こんな最悪な日はないと思っていたが間違いだった。今日こそが本当に最悪の日だ。
自己嫌悪とない混ぜになった黒い感情に包まれたまま、意識は闇に落ちた。







気が付くと、辺りは既に暗くなっていた。
何をする気もないが、せめてカーテンだけでも閉めようかと窓に眼をやると

「雨……」

いつから降り始めたのか、暗い空に幾線もの雨の筋が走り、建物にぶつかって雨音を立てている。
既にかなり大きな音になっていたが、それまで気付かなかったというのも憔悴している証拠だった。
もっとも。あそこまで気にかけてくれた彼女に、あんな酷い事をしでかして何も感じないというのであれば──

「……へくちっ」

と。そこで沈んだ場に似合わぬ小さな音がした、気がした。
部屋の時計を見ると既に、あれから5時間は経過している。まさか、この冷たい雨空の下、あのまま本当に待っているわけはあるまいが──
こっそりと玄関を望める別窓に移動して外を伺い見ると、はたして、そこに小さな人影があった。
僅かな庇(ひさし)の下で、大きな鍋を抱え込むようにして立つ小柄な姿。どれだけ長いことそうしていたのか、跳ね返りや、吹き込んだ雨で
身体の半分以上が濡れているようにも見える。思わず漏れたくしゃみに自分で驚いて、苦笑している、ようだった。

それがトドメだった。
回らない頭と、力の入らない足を叱咤し、玄関までの僅かな距離を駆け抜けると、震える手で急いでドアの鍵を外す。
あれだけ先前は躊躇していたくせに、心を決めるとあっけなく錠が回り、
そこには。


「……シチュー、冷めちゃいました」

少し困ったような顔で。自分は雨に濡れながらも、そんなの全く気にしてないという風で。
僅かに微笑む椛の姿があった。

鼻の奥にツン、と込み上げてくる何かを払うように、玄関先で立ったままの椛を追い立てる。

「文さん、私は──」
「ああもう馬鹿……ッ! 何やってるのよ、こんなに冷たくなってまで……!
いいから中に入りなさい……! 本ッ当に馬鹿なんだから……!!」

顔を下に向けたまま、背中を押すようにして椛を迎え入れた玄関のドアを閉め、鍵をかけなおす。
そうでもしていなければ。上を向いたら、涙がこぼれそうだった。



───────────────────────────────────────────────────────────────────

大急ぎで水を張った風呂に惜しみなく火弾の御札を放り込んで即興の湯を沸かすと、遠慮する椛を叩き込んだ後
その間に椛の持ってきた大鍋のシチューを温めなおす。夕飯というには遅い時間帯だが、どちらも何も食べていないので問題はない。

椛が替えの自分の服を着て風呂から上がってきたのを見計らって、温めなおしたシチューをそれぞれ深皿に移しテーブルに向かい合うようにして座り──
二人同時に頭を下げる。

「ごめんなさい、椛」
「ごめんなさい、文さん」

同じ動作が重なり、両者共にきょとん、とするがやがてどちらからともなく、噴出した。

「やあねえ、椛が謝ることなんてないのに」
「私が悪いんですから、文さんだって謝ることなんかありませんよ」

そうしてまた、ひとしきり笑う。

「はい、じゃあ改めて……。変な意地を張って、悪い事ばかり言ってごめんなさい」
「こちらこそ、文さんの気持ちを考えずに動いてばかりで……、自分の言いたい事ばかり言ってごめんなさい」

両者共に頭を下げ終わった所で、手打ち。
しばらくはひとしきりシチューを食する音だけが響く。会話はないが、それでいてゆったりとした雰囲気が流れる。
久しぶりに訪れた優しい時間を味わいながら、どちらも深皿を空にした頃。時計を見上げて、先ほどから考えていた事を切り出した。

「今日は遅いし……今夜は、家に泊まっていきなさい」
「ええっ? 私明日から調査組ですし、一旦集合する朝もかなり早いので……」
「合鍵を渡すわ。外から閉めてくれればいいから」
「でも……」
「……お願いよ」

今日だけは、せめて二人でいたいと。
そう重ねて懇願すると、こちらの気持ちが通じたのか。
小さく、はい、と椛は頷いた。





──勿論、そのまま同衾するなどという展開はあるわけもなく。
ここにきて尚、遠慮して渋る椛をお詫びの代わりにと自分のベッドに強引に寝かせ、自分は床に布団を敷いて横になる。
「えへへ、文さんの布団だ」
いざ床に着くと渋っていた割には嬉しそうな声に、こちらの心のささくれも取れていくような気がする。
照明を消し、しばらくした頃──

「文さん……起きてますか」
「……ええ、起きてるわよ」

むしろ、眠れていたら逆に凄いこの状況で、案の定、椛が声をかけてきた。もし、声をかけられなければ自分からと思っていたので
否応などあるわけがない。

「やっぱり、もう一度ちゃんと文さんに謝っておこうと思って。今回は本当にすいません。私が不器用だったのが全部の原因ですから」
「そんな事……。それはさっきもういいって言ったじゃない」
「でも、どうしても落ち着かなくて……」

それは別の理由だと嬉しいかな、と密かに思ったが、仕立てた張本人でもある自分からは切り出すこともできず、逆にその話に乗ってみる。

「真面目なのも椛の魅力だとは思うけど……。そうね。確かに嘘の一つぐらいは言える融通があってもいいかもしれない、かな」
「嘘、ですか……。私はそういうのが全然上手くないので……。いざ馴れない嘘をつくとなると、逆に人が思いつかないような突拍子もないことを
言っちゃうんじゃないか、とか考えてしまってどうにも……」

申し訳なさそうに身を縮める椛の寝姿に、ふと微笑する。思い返せば、自分はこの椛の嘘のない性格に救われたのだ。

「ううん、ゴメン。変なこと言って。そうね。やっぱり椛は今のままが一番いいと思うわ」


それからは色々な事を話した。新聞の事、白狼天狗内のこと、最近のこと──
最後に、やはり今回の事件のことに話が移る。

「文さん。私、絶対にこの事件の犯人をつきとめて、文さんの濡れ衣を晴らしてみせます。そうしたら──二人でパーティをしましょう。
ケーキも頼んで、お酒を開けて。犯人扱いした人に、ざまあ見ろっていってやるんです」
「それはいいなあ。凄く素敵かな。二人でビックリした趣向も用意して、ね」
「ビックリ、ですか。はは……自信はないけれど頑張ってみます」

そうこうしているうちに段々と声が遠くなる。流石に睡魔が首をもたげてきたのだろう。

「ええ、きっと。きっとですよ──」

自分ではない、でも安心できる声を聞きながら。その日は久方ぶりに穏やかな眠りにつくことができた。





翌朝。目を覚ますと既に椛の姿はなかった。
自分を起こさないようにそっと出て行ったのだろう。そんな気遣い一つで心が温かくなる。

椛は言の通り早朝から一日中調査にでかけているのだろう。幻想郷を飛びまわり、必死になって。ほかでもない自分のために。
外出は出来ない身でもあるし、朝食を作り、部屋の掃除をし、普段怠っている原稿の整理などをしながら時は流れてゆく。
いつしか、近頃抱いていた日頃の違和感のような物は溶けて消えていた。
状況は変わらないし、束縛されているのものは多いけれど。明日が来るのが楽しみな気分になってくる。
すべきことを一通り終え、手持ち無沙汰になったとき、ふと、昨日椛と夜食を囲んだテーブルに目がいった。

──今日は、きてくれないのかな。

そんなことを思い浮かび、次いで今何を考えていたのかに気付いて、思わず真っ赤になって近くの枕へと顔と身体をダイブさせた。

やだもう。
これじゃ、まるで恋する乙女じゃないの。









そして──健気に頑張る椛の奮闘努力が実ったのか。
文が大天狗の使いから「犯人が特定できた」という知らせが届いたのは2日後のことだった。
しかも本当にどうしようもない理由つきで。







       「──外に、海を見に行った?」


呼び出された大天狗の執務室でもたらされたその内容に、文は呆れた声を上げるしかなかった。

「ああ、そうだ。椛が掴んだ話ではな。どうにもこうにも、あのスキマ妖怪の仕業だ、ということだ。
連続行方不明というのも何のことはない、好き者を集めて1週間の臨海学校とやらをやっていた、とぬけぬけと白状した。
最初に話題に昇っていた、現代に蘇る神隠しという表現はある意味正鵠を得ていた事になる。むしろある程度掴んでいたからこその内容だったのかもしれん」
「はあ……」

あれだけ散々に引っ掻き回しておいて蓋を開けてみれば現実はこんなもの。
大騒ぎした上での結末がこれともなれば、文じゃなくてもげんなりするというものだ。

「どいつもコイツも1日2日どころか数週間いなくなっても問題ないような奴ばかりで企画されていたというが、本来最後の一人──どういうツテで
知り合ったのかは分らんが、天狗の病弱娘がアヤツに海を見たい、といったのが切っ掛けだそうだ。気まぐれか何か思う所でもあったのだろうな。
聞き入れることにはしたのだが、きちんと身内には話をしておけ、と忠告されたのを、箱入りで育てられすぎたために突然家族にそんな話をしたら心配して
止められる、とでも思ったのだろう。誰にも伝えなかったために逆に大事になり飛び火をした、という形だ」
「最後の一人って、はたてはどうしたんです? 一応、アイツが最後の被害者でしょう」
「ミイラ取りがミイラになった。名目上は調査対象ということでくっついていけば問題ない、と思っていたらしい。
本人にその気はなかったが、向こうにいったら連絡手段が途切れたと言っている」
「ああ、それは……」

救いがたいアホだ。

「馬鹿ですね」
「馬鹿だな。まだ現地から帰ってきてはいないようだが、正規の任務を受けての連絡義務違反、報告義務違反。その他全部諸々ひっくるめて
建前を差し引いた上でも白狼天狗名物再教育コース~Lunatic~に叩き込むことに決めた。辛いぞ、アレは」

百戦錬磨で知られた白狼天狗が、送られて以降揃って口を噤むという評判の特訓コースの名を聞いていささか溜飲が下がる。
帰ってきたら言ってやりたいことはいくらでもあるが、それは後の楽しみにとっておこう。

「ともかく、だ。君にかけられた嫌疑は完全に晴れた。今日は急で都合がつかなかったが、明日には、かけた能力の封印を解く術者を待機させておくから
もう一度来てくれ」
「わかりました」

呼んだからには全部整っているのかと思ったが、とりあえず今日は状況説明だけ、ということらしい。
ゴネても何も得はないし、犯人扱いされた皮肉をいっても無駄なのは分っているので、大人しく下がることにする。

「ああ、それとな」

退出しかけたところで声がかけられ、早く帰りたいところではあったが、半ば儀礼で振り返る。

「この件は犬走の奮闘の賜物だ。アイツが一両日休みなしで幻想郷を駆けずり回り、最後にはどういう手を使ったのか博麗の巫女を引っ張り出したおかげで
八雲紫の所在を捕まえることができた。そうでなければ、こんなに早く解決を見ることはできなかっただろう」
「椛が」

頑張ってくれているのは知っているつもりだったが、こう他人の評価を通じて知らされると、改めて嬉しいのと同時に、自分のことでもないというのに
何やら誇らしい気持ちになる。

「いい友人を、持ったな」
「はい」

返答をする時に笑みを浮かべてしまったのは、責められる事ではないだろう。




その後、ちょっとしたプレゼントと料理の食材を買い込んで家に戻る。
椛と、約束の事件解決のパーティだ。
プレゼントだけというのも芸がないかな、とは思ったが良く考えれば慶事のお祝い事というわけでもない。ましてや自分はとばっちり側だ。
大皿を出し、柄にもなく色々張り切って作った物を盛り合わせていって、相方の訪問を待つ。それは長いようで短い時間ではあったが、とても楽しい時間のように文には感じられた。
やがて夕方を過ぎて夜になり、約束の時刻を少し過ぎた辺りで扉が叩かれる。
この所慣れ親しんだ声に、扉を開けた所には仕事を終えてやってきた椛の姿があった。

「──ゴメンなさい、遅くなりました。色々準備していたら時間がかかっちゃって」
「いいわよ。用意はできているから早く上がって」

待ちかねていた素振りが出ていないか自制しつつ、なんだかニヤニヤする顔を抑えながら、ポケットの中のプレゼントの小箱を確かめる。
大して値の張る物ではないが、その代わりに色々と感謝やその他の思いを込めた品だ。
椛が席に着いた所で、食器棚から二人分のグラスを取り出し、仕入れてきた白ワインを注いで乾杯する。

「事件解決、おめでとうございます。文さん」
「ありがとう。全部、椛のおかげ」

本当に。
少し前まではここで誰かと一緒の食卓を囲む図なんて想像できなかった。
それが、今では一人では寂しいと感じるぐらいになってしまっている。
弱くなった、のかもしれない。でもそれが心地よい甘さのようにも感じられた。

グラスを傾けたところで、プレゼントを渡そうと声をかける。

「あのね、椛。これ」
「──実はですね。文さんに、サプライズを用意したんですよ」
「え?」

唐突に遮られる形になったが、別に順番が逆になったところで何も問題はない。
小箱にかけていた指を離して、続きの言葉を待つ。

「ちょっと驚かせたいので──そのまま、座ったままで目を閉じていてくれませんか」
「うん……それは別に、いいけど」

言われたとおりに、太腿の上で手を組み、目を閉じる。何をするつもりなのかは分らないが、準備と言っていたからには何か仕掛けでもあるのだろう。
しばらくそうしていたが──当の椛も部屋を出て行ってしまったのか、音沙汰がない。目を開けて確認しようかとも思ったが、言を信じて待つことにする。
そうするうちに、椛の物と思われる足音が戻ってきた。



──複数の男の気配を連れて。


「こちらで宜しかったですか」
「ええ。すっごく『高かった』んですからね。大事に運んでください。ぶつけたりしないようにお願いしますよ」
「お任せください。我々もプロですから」

部屋に上がりこむ複数の人間の足音に、流石に黙っていられずうっすらと目を開ける。そこには──何人もの黒服。目をサングラスで隠し、フォーマルともいえる黒スーツに身を固めた男達が、細長い大きな箱を運び入れているところだった。

それこそ、人一人はいれるような。

頭の中が真っ白になる。
何で、こんな荒事に慣れたような男達が夜分に自分の家へやってきているのか。
何で、椛がその男達とにこやかに会話をしているのか。
わからない。何が何がどうして──


「何、これ──」
「ああ、やだなあ。目を閉じてて下さいってお願いしたのに。仕方ないですね。出来ればこれは使いたくなかったんですけど」

震える声で問いただしたのにも関わらず、にこやかに椛が取り出したのは、目を覆うアイマスクだった。
そこには邪気もなければ敵意もない。いつもの椛そのままの姿。
だが。本当にそうだろうか。椛は、こんな何かを企むような顔をしていたことがあっただろうか──?


凍り付いていく感情を嘲笑うかのように、どこか違う所から声が聞こえてくる気がする。
──よく考えろ。そもそも出来すぎた話だったとは思わないのか。それまでひた隠しにされていた行方不明の話が明るみにでるや、自分が犯人の身代わりにされ、唐突に現れたスキマ妖怪の解決話。成程、辻褄は合う。だが、そんな都合のいい展開がそうそう転がっているか?
消えた行方不明者の姿を確認した者はいるか? いない。それを知っているというのは唯一人──そう、椛だけだ。

頭を振る。そんなことはない。そんなことをしても大天狗様をいつまでも騙しとおせる筈もない。
──だから馬鹿だというのだ。何故、呼び出した当日には封印の施術者を用意していたというのに、今日呼び出したときには解呪の用意をしていなかった?
本来ならすぐ元に戻れたというのに。そのせいで、今夜のお前はまだ、何の力も持たない唯の弱者のままでここにいる。
そもそも。嘘をついているのが一人だけとは限らない。アイツも、大天狗も、施術者も、皆グルだとしたらどうなるのだ?

思考が飛ぶ。考えが定まらない。椛を信用したいという気持ちと、置かれている現在の状況、蝕んでくる悪意の感情。何を信じればいいのか。
わからない、わからない、わからない──
はたての新聞に載っていた広告。冗談にも程があると一顧だにしなかった噂話。点と点でしかなかったものの間に線ができていく。
──もう本当は分っているはずだ。見ないフリはやめろ。
無意識で指先で探っていた小箱が床に落ちる。
今夜、椛に渡すはずだったプレゼントが転がっていく。

いつかのとりとめのない、会話が思い出される。天狗の誘拐話を最初に聞いたときの話だ。
天狗を誘拐するなんて至難の業、現実的ではないと一笑に付していたところで交わされた話。

(……そうですね。余程、魅力的な提案を出して、むしろ本人の了承を得てしまうか……)

そして。
自分はその時、心を──いったい、なんと答えたのだったか。

「ねえ、文さん。私、前に、文さんのこと好きだっていいましたよね」

呆然と見上げる自分の側へ、椛がアイマスクを片手に近づいてくる。
あの日と。あの夜と。変わらぬ声で、穏やかに笑いながら椛が語りかけてくる。
あの時と、同じように。



「あれ、全部ウソです」

腕から力が抜ける。
抵抗しなくなった、と見たのか、椛が難なく両目にアイマスクをかけてくる。
何やら男達が箱を開ける様子がしていたが、そんなのはもうどうでもいい事だ。
だが、折られて折られて廃材になった心の奥底に、ようやくここで、ふつふつと込み上げてくる物があった。
それは自分の置かれた状況に対する理不尽への怒り。なんで。どうして。自分がこんな目に会わなければならないのか。
半信半疑だった頃には抑えていたそれが、熱量として覚醒する。
おそらく、どうやっても今の自分では状況を覆すことはできないだろう。だが、何もできないというわけではない。
最後に。連れ出されるというその時になったら本気で暴れてやる。目隠しだけして、拘束をしてないというのは本来あるまじき失態だ。
どうせ機会は一瞬。その時を待つ──

だが「その時」はなかなかやってこなかった。やがて男達の足音も消え、静寂が戻る。
訝しさを感じてきた頃、椛からようやく声がかかる。
「はい、もう目隠しを取っても大丈夫ですよ」
緩慢な動作で両目に被さる覆いに手を伸ばす。これを取った時が最後だ。後は──
(本当に、それでいいの?)
未練にも似た思いに頭を振って覆いを外す。身体は残った最後の熱で、いつでも動けるようにして、ゆっくりと目を開ける。そこに現れたのは──

等身大の、ケーキだった。

救ったのは数瞬の迷い。無差別に暴れようとした寸前で固まった身体に、照れくさそうな椛の声が届く。
「結構高かったんですよ、これ。運送屋さんも特別な人達を使わなきゃいけませんでしたし。でも、せっかくのお祝いですから奮発しちゃいました。
後は文さんに頼まれたビックリですけど、どうにも思いつかなくて……。どうしたら驚いてくれるかなっていろいろ考えてみたんですけど。
やっぱり意表を突くいいアイデアが、嘘をつくぐらいしか浮かばなくて」
そこで、伺うような目でこちらを見上げる。
「……びっくり、しましたか?」

びっくりした。なんてものじゃなかった。
誰だよ。こいつに嘘をつけるようになったほうがいい、なんて言ったのは。
安堵のあまり、思わず力が抜けて崩れるように床に座り込む。目には涙すら浮かんでくる。
──良かった。本当に良かった。この身体に、最後までこの子を信じる心が残っていて。
自分の思い込みで暴れて、この子の心を台無しにしてしまような真似をせずにすんで。

黙ったままの自分に恐る恐る近づいてきた椛に、泣き出すのを堪えるように飛びつくようにしてしがみつく。
「椛の馬鹿……ッ! 本当に、本当に怖かったんだから……! 心臓、止まるかと思ったんだから……!」
「あはは、やだなぁ。私が文さんにそんな酷い事するわけないじゃないですか」
その身体をあやすように優しく抱きとめながら、その耳元で、椛がゆっくりとささやく。
 


「まあ、それもウソなんですけどね」
 
ぱるー
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コメント



0.簡易評価なし
1.無評価ぱるー削除
ケーキは、後でスタッフが美味しく頂きました。ちょっぴり涙の塩味がしたそうです。

ここまでお読みいただきありがとうございます。作者のぱるーと申します。
この話は「何を嘘と取るか」「誰が嘘をついているのか」「どこからどこまでが嘘なのか」によって
見方が変わってくるようになっています。特に「すぐばれる嘘を嘘とはいわん」という言葉をどう捉えるかで
深読みへの道も開いています。嘘の正体がわからなくなる、そういった酩酊感を感じていただければ冥利につきますです。
もしかしたらこの題名自体が嘘かもしれません。フフフ……(破綻した時の逃げ道)

これを書くに当たって考えていたのは2点、上記の酩酊感を醸し出すように努める事と、もう一つありまして
巷で見られるカッコカワイイ文ちゃんや策士の文ちゃん像は私が思いつくのより断然素晴らしい物で溢れておりますので
ここは一つ趣味100%で乙女の文ちゃんを書いてみたかった、というのがあります。……なんだか失敗したような気もしますが。
今、この場所にコレを書いているのは感想期間中ですので、皆さんのコメはまだ見ることができません。あやもみのイチャラブ物だと思って安心して読み進めていたら、よくもこんな鬱話読ませやがってどうしてくれる、とかただでさえ読みにくいのを我慢していったらオチで読後感最悪だわ死ねよ、などとガシガシ0点評価つけられているんじゃないかとgkbrしておりますが────はい。ご安心を。
勿論、額面どおりのラストと捉える事もできますが、視点を変えてみてみると……?
ヒントは、全体で見た嘘の回数、この作品のタイトル、椛の嘘は怒られていいレベル、です。
2.6あらつき削除
展開を揺さぶり過ぎだと感じました。進め方が早過ぎる。
話自体はかなり好きな部類だったので、もっとじっくり読める長さがあれば良かったと思います。
3.9mayuladyz削除
文書もよかったし構成も良かった
読んだ後に少しもやもやが残るけど
これはこれで良いと思うよ

ただ
注文をつけるとしてら
椛が文への「好き」だと言うシーンまでに
溜めが欲しかった
例えば、椛が文を意識する描写や
何日も文の元へ通う椛などがあれば良かったと思う

く、く…くるか?
キタ――(゚∀゚)――!!
の「くる」の溜めが欲しかった

そしてここから感性の問題なので参考程度に

タイトルにインパクトが少々欠けていると感じたよ
タイトルは作者のセンスをアピールする
最初の場だと思うから
少しもったいないと思った

悩んだ末のタイトルだと思うが
テーマの「嘘」を入れると
他の作品と被るので
読者の目に留まりにくいと思う

もちろん作品にもよるが
私がタイトルをつける場合は
読者が ?(´・ω・`) こんな顔や
( ゚д゚ )! こんな顔になるようして
興味を引いてもらえるように
心掛けているよ

もし私が「嘘」の文字を使うのなら
『嘘 嘘! 嘘?』
としたかもしれない

【嘘】 何でもないの嘘(仮病の嘘)
【嘘!】 マジか!ってなる嘘(椛の告白)
【嘘?】 嘘だよね?(椛の衝撃告白)
このタイトルの三つの嘘の違いは何だろう?
と思わせるのは狙いだよ

まあ、何が言いたいかというと
面白くてわくわくしたぜってことだべー(´・ω・‘)V
4.10名無削除
書かれていた2つの嘘から推測できる3つめの嘘は、椛がウブなネンネだってことですね。分かります。
続きをwktkしながら待ってます!
5.3エーリング削除
二段オチかあ。椛は半オリキャラ的立ち位置、彼女がどうして二段目のオチの行動に出たのか、それとなしにも匂わせておいてくれれば(たとえば天狗間の無意識的な差別意識とか)狙いどころがもっとはっきりしたのではと思います。
6.6がま口削除
え……ちょ、ええー!?
何だよぉ、皆でよってたかって、文さんのこと嫌いなんですか(泣)
物語がサクサク進むので読みやすかったのですが、オチが無い様に感じました。
結局のところ椛がこんな行動をとった動機が曖昧ですし、はたてや他の方々はいずこへ?
題名の3つの嘘の真意も気になるし……想像が膨らみますね。
7.10名前が無い程度の能力削除
何時になく黒い椛に、読者を裏切る黒い嘘。「何だ、結局あやもみか」と思った私は闇市場行きですねぇ…
8.5みすゞ削除
ウソがゲシュタルト崩壊していく・・・
9.8PNS削除
ほんわかあやもみ、と思いきや、畳みかけるような嘘の連続に吹っ飛ばされましたw
10.7ナルスフ削除
こえーよ!(涙
本当にラストはゾクっとしましたわ。椛ってところがまた。
11.5道端削除
 黒い、と思ったら黒くなくて、と思ったら黒い。コワイ!
 ハラハラしたりどきどきしたりの面白いSSでした。

 ただ、オチをちょっと捻りすぎかなーという気がする。
 あまりにこだわりすぎたせいでよく分からなくなってしまっているというか。
 椛が嘘を吐いていた、というのは結構衝撃的で面白い展開ではあるのだけど、結局椛が犯人オチにするんだったら、ケーキのくだりは何の意味があったんだよ、とか。
 行方不明事件にしても、天狗の上層部がグルっていうのならこんなちまちました誘拐事件を何故起こしたのかがよく分からなくなってしまう。上層部が絡むのならもっとスマートに誘拐できそうなものを、なぜこんなに回りくどいやり方を?
 というか、結局この事件って何が目的だったの? というのは説明されずじまいだし。文の冗談の中に出てきた人体取引?
12.3生煮え削除
全体的に納得できないわけじゃないけど、どうにも腑に落ちない、そんな感じの話でした。明確に言葉にするなら射命丸というキャラクターに釣り合わないような安っぽい結末に、なんだか段階的に落とし込まれたような。キャラクター観というのも人それぞれですので、まぁ飽くまでも僕はそう感じたというだけの話になってしまいますが。
能力を封印する事、力を失って絶望する事、疑心暗鬼になる事、心細さから椛に縋ってしまう事。そのひとつひとつは、ああなんかちょっと射命丸らしくない気もするけど、まぁそういうもんかなと納得はできるのですが、それらが積み重なって最後に人攫いのオチになった時点で、納得できない明確な齟齬となってしまった感じです。
平凡な女子大生が主人公の都市伝説風ホラーを書いて、登場人物の名前だけ東方のキャラに差し替えるとこんな感じになるかなぁと、そんな印象です。
13.4きみたか削除
おおぅ…嘘は本当に3つだったのか? というかどれとどれとどれで3つなんだろうか?
だんだん規模と手口が大きくなっていく嘘。お題を活かしたなかなかのホラー作品でした。
創想話でも時々見かけるのですが、後書きで本編を追加する形は無意味未満だと思うので減点対象。
14.3名前が無い程度の能力削除
最後の辺りの椛の豹変にはゾッとしましたよ
主人公である文がほとんど何もしないうちに事件が解決して話が終わってしまう展開には少し違和感を覚えました
椛の告白が突然だったりと、心の動きや行動も気にかかりました
15.6時間が足りない!削除
うわー、なんだこれー!?
最初はミステリかと思ったら、途中から文もみに変わって、最後はホラーだった。椛怖い!
16.7K.M削除
弱ってる且つ疑心暗鬼の女の子とは嗜虐心をそそるものですね。