第十二回東方SSこんぺ(嘘)

彼方へ届け ~Melody for My dearest sister

2013/10/27 20:25:02
最終更新
サイズ
94.52KB
ページ数
1
閲覧数
61
評価数
16/16
POINT
110
Rate
1.59
「テコ入れが必要なのよ!」

 バァン、と勢いよくテーブルを叩きながら私は立ち上がる。

「……朝っぱらから五月蝿くしないの」
「もー、メル姉うるっさーい」

 けれど、起き抜けで鈍っている姉と妹の反応は投げやりなものだった。
 なんで、どうしてそんなに呑気なのよ!

「真面目に聞いてよ! いい? 事態は火急なのよ!」
「うるさいなもう……何がどう火急なのよ」
「説明も無しにそんなこと言われても困るってば」

 駄目だ全く分かっちゃいない。二人ともちょっと呑気すぎるわ。
 私はよぉく見えるように大袈裟な仕草で肩を竦めてみせた。

「ナウなヤングにバカウケの鳥獣妓楽! 新進気鋭の九十九神三人集! 幻想郷の音楽シーンはまさに群雄割拠の戦国時代! ここまで言ってもまだ分かんないかしら!?」
「ナウなヤングて……」
「それ死語だよメル姉」
「シャラアァァァップ!!! 死んでいるのは貴様らのソウルだ!」
「元から生きてないし」
「既に魂だけみたいなもんじゃん私達」

 うんざりした顔で耳を塞ぎながら、二人揃って鬱陶しそうな声で口答えしてくる。
 あのさぁ、そんな返しが即興で思い付くならいい加減この事態のヤバさを察してくれないかしら?
 わっかんないかなぁ、わかんないだろうなぁ。わかってもらわなきゃ困るんだけどさ。

「……まぁ、確かにそういう連中に私達のファンが流れていたりするのも確かね」
「そう言われるとそうかも。そこまで慌てる必要はないと思うけど、テコ入れが必要ってのは間違って無いかもね」

 そうそう、やっと分かってくれたのね!
 私は声を張って更に畳み掛ける。

「そう! 私達の地位は今や磐石には程遠い! この波乱を乗り切るには、今まで通りの私達ではダメなのよ!」

 決まった、我ながら名演説だわ。流石私。
 二人も納得したのか、ようやく真面目な顔になった。
 うんうん、そういうのでいいのよそういうので。

「でもテコ入れって具体的に何をするのよ」
「そうそう、ここまで言って何も考えてないとか言わないよね?」
「よくぞ聞いてくれました!」

 この瞬間を待っていたのよ!
 私はあらかじめ用意しておいた黒板を部屋から呼び出し、テーブルの前に置く。
 溜まっていたチョークの粉が舞い、姉さんがちょっと嫌そうな顔をしたけどそんなことはどうでもいい。
 大事なのはテコ入れの方だ。
 さぁ、今こそ夜を徹して考え抜いた私のテコ入れ案が火を吹くわ!

「まず、第一に! 新メンバーを加入させるわ!」
「えー、そんなことしなくても三人のままで大丈夫だって」

 途端、リリカが口を尖らせてそんな事を抜かす。
 ダメだダメだ、この子はまるでわかっちゃいない。

「おだまリリカ! そんなんだからあんたはいつまでたっても要らない子とか言われんのよ!」
「てめっ……」

 リリカが殺気立ち、なんかぶつぶつ言い出した。
 はっきりとは聞き取れないけど、時々舌打ちと一緒に「……殺す」という単語が聞こえる気がする。
 おほほ、元気な妹だこと。

「いい? これまで通りやってきてるからこんな状況になってるの。精神的に向上心の無いやつは好きな人を親友に取られた挙げ句に自殺に追い込まれるのよ!」
「また間違ってないような間違ってるような微妙な事を……」

 姉さんがなんか言ってるけど気にしない。
 ともかく、今の私達に必要なのは、これまで以上の向上心なのだ。
 新しい風に対抗するには、これまで培ってきた安定感だけではダメだ。
 これまでの私達の良さを残しつつ、なおかつ新たな要素を出していかなければならないのよ。
 だからこそ、これまでの私達に囚われない新たなメンバーが必要なの。

「わかった。でもそんなのどうやって見つけるのよ」
「ここでオーディションを開くのよ。新しい連中も増えたし、元々あれだけ色んなやつがいるんだもの、新メンバーの一人や二人すぐに見つかるわ」

 最近は宗教戦争とか小人の反逆とか色々やってたからね。
 私達には関係ないっていうかむしろ争いなんてくだらないから私達の曲を聞けって感じだったんだけど。
 なにはともあれ、次よ次。

「そして第二に! 私達各自でそれぞれ新曲を作る!」
「それって今までとあまり変わらないんじゃないの?」

 今度は姉さんから反論があがった。
 ちなみにリリカはまだなんかぶつぶつ言っている。ハッピーね。

「まぁそうなんだけど。いつもは各自で作った曲はソロで発表することが多いじゃん? だからさ、今回はそういう新曲や、既存のソロ曲を全員で演奏するの」

 私達は三人とも得意とする楽器が違う。
 姉さんがヴァイオリン、私がトランペット、リリカがキーボード……とまぁ、見事なまでにバラバラなわけで。
 そして、基本的に各自で作った曲はその作った本人だけが演奏することが多い。
 それを全員でやれば、当然音色もその曲の雰囲気も違ってくる。
 それだけで一味違った私達になると思うのよ。

「成る程。それはおもしろいかもね」
「でしょー? で、最後だけど……」

 私は黒板に書いていた二つの案を消し、最後のプランをでかでかと書きなぐる。
 これがこの企画の肝である、先の二つのプランの集大成なのだ。

「一ヶ月半後の月末、10月31日にハロウィンライブを開くのよ!」
「ハロウィン?」
「ライブぅ?」

 姉さんと正気に戻ったらしいリリカが同時に変な声をあげた。
 それもそうか、今までそんなのやったことないもんね。
 けど、だからこそやる価値があるのよ。

「ねぇ、私達と他のミュージシャン連中との最大の違いってなんだと思う?」
「違い? うーん……一辺に演奏できる楽器の数?」
「年季かしら?」
「ブッブー。どっちも不正解。答えはね……」

 演奏できる楽器の数? いいえ、楽器が少なくたって音が出れば演奏はできる。
 重ねてきた年季? それもそうだけど、それだけでは奴等に対抗できないわ。
 だけど、私達には奴等には真似のしようのない決定的なアドバンテージがあるのよ。
 それは……

「私達が、『洋モノ』だってことよ!!!」
「な、なんだってー!?」

 あ、姉さん以外とノリがいいのね。新発見。
 まぁ、それはさておき。

「そう、私達は幻想郷には珍しい洋モノだってこと。他にこの属性を持っているのは、それっぽい名前の連中を抜けば森の人形遣いとご近所の吸血鬼連中くらい! これは立派なアドバンテージだわ!」
「とりあえずその洋モノって呼び方やめてよ」

 リリカはノリが悪い。知ってたけど。
 ともかく、私達が西洋的な存在なのは確かなのだ。これを活かさない手はない。
 私達が西洋的なイベントを開くことでファンの皆に私達が幻想郷に唯一無二の西洋式楽団であることを再確認させ、ひいてはそれが他にはない魅力であることを知らしめるのだ。

「以上が、私の考えたテコ入れ案よ」

 一通り語り終えた私は椅子に座り込み、姉さんが淹れてくれたコーヒーを一息で飲み干す。
 熱く語りすぎてちょっと疲れちゃった。
 けれど、一方の二人はなにやら難しい顔をしていた。
 何か不満な点でもあるのかしら?

「どしたの二人とも。なんか気になることでもあった?」
「いや、案は悪くないんだけどね。どうも時間が足りないわ」
「お金もねー」
「え、どういうこと?」

 リリカが投げやりな様子でメモらしきものを投げ寄越してくる。
 そこにはいつの間に計算したのだろう、費用の概算らしいものが書いてあった。

「オーディションするって言うなら、ビラでも撒かないと流石に人があつまんないでしょ? それから一ヶ月半後にライブを開くのにステージ代とその宣伝費がいるってなると、とてもじゃないけど首が回んないわ」

 リリカが金銭的な問題点を淡々と指摘してくる。……なるほど、言われてみればそうかもしれない。

「それに、新メンバーが見つかったとしても一ヶ月半くらいじゃ私達に付いてこれないでしょ。余程の天才でも見つけない限り間に合わないわ」
「うぐっ」
「それに、新メンバーの練習時間がないのに新曲まで発表はキツいわね」

 さらに、今度は姉さんが技術面での指摘で追い討ちを仕掛けてくる。畜生ぐうの音も出ねえ。

「プランの一つ一つはそこまで悪いものではないけど、一辺にまとめてやるとなると厳しいっていうか正直無理ね」
「むむむ……」

 参ったわ、何も思い浮かばない。私は思わず頭を抱えた。

「……まぁ、新メンバー集めはハロウィンライブの後にやれば問題ないんじゃない? 新曲の方は私らだけならやれないこともないし、ライブで発表してさ」
「うぇぇー? でーもー」

 リリカが折衷案を出してくれるが、どうにも満足できない。
 どうせやるなら、一辺にド派手にやった方がハッピーじゃん?

「でもこう、インパクトはやっぱり大きい方がいいでしょ? 小出しなんてつまんないじゃん」
「無理なものは無理」
「現実見なさい」

 食い下がってみたが、二人揃って取りつく島もない。
 わーん姉妹が氷河のように冷たくてメルメルちょー悲しい。
 っていうか姉さん、幻想郷こんなところで現実見ろって滅多なこと言うんじゃないわよ。

「あーあ、なんか上手い方法はないかなー」
「だから何かを後に回せばなんとかなるって言ってるじゃん。っていうか、そんなに焦らなくても大丈夫だって」

 けらけらと笑いながら呑気に言うリリカ。なんであれだけ言ったのにまだそんな事が言えるのよ。
 あぁもう、この間抜けな笑顔が今は憎たらしいわ、これはちょっと脅かしてでも思い知らせなきゃいけないわね。

「あまーい! 私達を脅かす産業スパイの魔の手はすぐそこに迫っているのよ! ほら見て、あぁ! 窓に! 窓に!」
「え?」
「そんなわけ……」

 勢いよく立ち上がりながら向かい側の窓を指差す。
 私の迫真の演技が効を奏したのか、二人は後ろを振り返った
 勿論、適当に言っただけの嘘だ。そんなもんいるわけが……

『なっ、バレた!?』
「お?」

 ……窓を見てみると、本当に何かいた。
 赤い小さな頭巾を乗せた濡れ羽色のショートヘアーに、眼前に構えたカメラ。
 間違いない、あの烏天狗だ。

「うわ、ホントになんかいた」
「あの格好……天狗ね」
『ど、どーもー、毎度お馴染み、文々。新聞でーす。お邪魔しましたー』

 見つかったと察するや否や、窓越しにお茶を濁してそのまま退散しようとする天狗。
 どこの手の者か知らないけど、きっと産業スパイに違いないわ! 生かして帰さん!
 
「姉さん、リリカ! 捕まえるわよ!」
「合点!」
「まぁ、そのまま帰してもろくなことにはならないだろうしね」
『ふっ、甘いわね。家の中にいるあなた達が外にいるこの私を捕まえることなど――』
「「「遅い!!!」」」
『なっ、ぐわーっ!』

 一致団結したときの私達の行動は速い。
 そもそもこの私達の屋敷にのこのこやってきたのが運の尽きだわ。
 なぜなら私達は騒霊、すなわちポルターガイストなんだから。
 そんな私達の住むこの屋敷が、侵入者に対して大人しくしている理由があるだろうか?
 答えは否だ。
 案の定、私達の力で音速を越えて開かれた窓枠が側頭部に直撃し、曲者は地に沈んだ。


♪♪♪


「おらおらー、何処の組のもんだてめー、吐けよおらー」

 姉さんが亀甲縛りにした天狗の頬を指揮棒でつつきながら、私は詰問する。
 産業スパイ(暫定)である以上生かして帰すわけにはいかないが、その前になるべく敵の情報は仕入れておきたい。
 それに一辺やってみたかったのよねこういうの。

「なんの話ですか! っていうかなんでそんな棒読みなんです!?」
「口答えとは余裕ねぇ。余程このカメラにおさめられた自分の恥ずかしい写真をみんなに見てもらいたいのかしら?」

 中々口を割らない天狗に対し、リリカは天狗から奪ってその痴態を撮りまくったカメラをちらつかせる。
 まったく良く出来た妹だこと。末恐ろしいわ。もう百歳越えてるけど。

「そ、それだけはーって、だからなんの話なんですかー!」
「強情な奴ね……」

 しかし、あくまでもしらを切るつもりなのか、天狗は口を割らない。
 まったく、何処のどいつか知らないけど、一体幾らこいつに積んだのかしら?

「本当に覚えがないのね?」
「だから、なんの話かさっぱりですって」

 ……もしかして、本当に何も知らないのかしら。
 流石の私も戸惑わずにはいられなかった。

「じゃああんた一体何しに来たのよ」
「そりゃあもう、人里で大人気のお三方の起き抜けの姿を撮って記事に……あいたっ!」

 姉さんの問いに楽しそうに答え、しばかれる天狗。
 どうやら本当に産業スパイとは無関係だったらしい。
 もっとも、どっちにしても逃がすわけにはいかないけど。

「リリカ、こいつの写真だけ現像して後はカメラごと燃やしちゃいなさい」
「りょーかーい」
「あぁ待って! 後生! 後生だから!」

 無情なる姉さんの言葉に従ってカメラをどこかへ持っていこうとするリリカを必死に引き止める天狗。
 ここまでくると少し哀れにも見えるけれど、自業自得である。
 慈悲はない、因果応報ね。

「待ってください! お願いだから! ね、取引しませんか! せめて話だけでも!」
「取引だって?」
「そう! 取引です! 絶対損はさせませんから!」

 ……この状況で取引? 一体何を持ちかけるつもりだろう。
 正直、私達がその取引とやらを応じるメリットはこちらには薄い。
 普通に考えて、こんなのに耳なんて貸さずに二度とパパラッチ出来ないよう身もカメラを粉砕してやった方が世のため人のためなんだもの。
 でも、少しだけ興味が湧いた。

「まぁ、話だけは聞いてやってもいいわ」
「ひゃんっ……ホ、ホントですか?」

 ただの時間稼ぎだった場合にそなえて、天狗を縛る縄をキツくする。
 姉さんの縛り方がアレなせいかそれともこいつがそういう性分なのか変な声を上げたが、生憎私にそんな趣味はない。

「変な声あげないでよ気色悪い。で、取引ってなに? ふざけた内容だったらあんたを鳥挽きにするよ」

 私の気持ちを代弁しながら、リリカが凄む。最後のは取引と鳥挽きをかけた小粋なジョークってやつね、80点。
 しかし一体どこでそんな言葉を覚えてくるんだこのおてんばシスターは。
 あんまり乱暴な言葉遣いばっかりしてるとお姉ちゃん達泣いちゃうぞ。

「先程メルランさんが言っていたプランの宣伝部分を私が請け負います。広告費は格安……いや、無料でも構いません!」
「へぇ?」

 なるほど、どうやらバッチリ聞かれてたみたいね。ここでその話を持ち出してくるとは。
 でも、確かに悪い条件じゃあないわね。横にいる姉さん達を見ても、私と似たような顔をしていた。

「勿論、宣伝はオーディションとライブの両方ともやらせて頂きます。どうです、悪い話ではないと思いますが?」

 私達の反応に手応えを感じたのか、天狗は更に押してくる。流石と言うかなんと言うか頭と口はよく回るわね。
 けど、悪い話じゃないのも確かだ。
 このまま口車に乗るのもあまりいい気はしないけど、私の計画が実現に近づくのは間違いない。
 どうしようかしら……。

「よし。じゃあ、こうしましょう」

 と、今の今まで沈黙を保っていた姉さんが口を開く。
 っていうか居たんだ。あまりにも喋らないからお手洗いにでもいったのかと思ったわ。
 騒霊はお手洗い必要ないけど。

「あなたの条件を飲むわ」
「ホントですか! じゃあカメラを」
「ただし」

 色めき立ってカメラの返還を要求する天狗の鼻を人差し指で軽く小突きながら、姉さんは微笑む。
 あー、姉さん最高に悪い顔してるわー。絶対なんか企んでるわー。
 っていうかなんでリリカも似たような顔してんのかなー、わかんないなー。
 姉妹揃って腹黒でメルメルちょーこわーい。

「リリカ、カメラ持ってきて。うちのやつ」
「こんなこともあろうかともう用意してあるわ」

 そう言うなり、リリカはカメラを取り出して今の天狗の痴態を撮り始めた。
 あーなるほど、そういうことか。

「ちょっと、何撮ってるんですか! 反則ですよ!」

 散々人の事隠し撮りしといてどの口が抜かすんだこの天狗。
 勿論姉さん達はそんなことなんてお構いなしに写真を撮り続ける。
 まぁ自業自得よね。じっちゃも言ってたわ、撮っていいのは撮られる覚悟のあるやつだけだって。
 私達じっちゃなんていないけど。

「いいよー、その表情! ちょっとアイスなめてみようか!」
「やめてくださっ、やめ……」

 二人とも完全に玩具扱いしてるわこれ。姉さんもニヤニヤしっぱなしだし。
 その内キッツいしっぺ返しが来ても私知らないからね?
 っていうかなんでこんな時だけノリノリなのよリリカは。私のボケにも乗れよ。メルメル泣いちゃうぞ。

「……さて、この辺にしておこうかしら」
「な、何が目的なんですか……」
「人質、いやこの場合は物質ものじちかしら? つまりそういうことよ」
「物質……?」
「貴方は油断ならないから、保険よ。今日撮った私達の写真の廃棄とライブの宣伝を確認したら、今リリカが撮った写真は貴方にあげるわ」
「ぐっ……」

 ニヤニヤしたまま、姉さんは条件を突きつける。
 勿論、天狗に拒否するなんてカードは用意されちゃいない。これを飲むしかないってわけ。

「お、覚えてろー!」

 カメラを受け取るなり、天狗は捨て台詞を吐いて出ていった。

「さて、これで宣伝費の心配無くなったわね」
「ラッキーラッキー」

 うわ、二人ともすっげぇいい顔してるわ。ほんと敵に回すと厄介なんだから。
 ともあれ、たくましい家族をもって私はハッピーです、まる。


♪♪♪


「はーい、参加者の人は一列にならんでね! 番号札渡すから!」

 天狗との取引から三日後。
 私達の家には結構な数の応募者が来ていた。
 列に向けて番号札を飛ばしながら数えてみる。ざっと十人くらいかな?
 ここは霧のせいで普段あんまり人が来ないし、これだけ集まれば出来すぎなくらいよね。
 いやー、この中から有望なのが見つかるかもって思ったらわくわくしてきた。
 景気付けに軽く一曲キメちゃおうかなー。
 ……と思ったけど私今番号札しか持ってないや。後にしよう。とにかくさっさと配って審査しないとね!





「じゃあ、一番の方どうぞー」

 準備が終わり、リリカが合図をだす。
 待ちに待った審査タイム。どんなのが来るかなー。

「失礼します」

 柔らかそうな物腰の声と共に、一番の人がドアを開ける。
 入ってきたのは、露出少ないのになんかやけにエロく見える服を来た、紫のグラデがかかった金髪美人さんだった。
 しかも巨乳。ビジュアル面は間違いなく合格ね。

「聖白蓮と申します。命蓮寺というお寺の住職をしています」
「ルナサです」
「メルランでーす!」
「リリカです」

 ふーん、尼さんなのね。ロン毛なのに。
 まぁ職業も経歴も関係無いわ。腕が立てばね。
 見れば、三味線を背負っている。和楽器かー。欲を言えば洋楽器を使える方がいいんだけど、贅沢は言えないか。

「えーっと、三味線をお引きになるんですか?」
「えぇ。たしなむ程度ですが」
「成る程。ところで、今回のオーディションに応募してくださった理由は?」

 姉さんが率直に切り出した。お、なんかそれっぽいじゃん。

「はい。率直に言わせて頂きますと、迷える魂達を鎮めてあげられるような曲を引けるようになりたいのです」

 ほうほう。どうやら熱意もなかなかあるっぽい。

「と、言いますと?」
「えぇ、私は仏の道を志すものですから、その道を行く上で出会う霊達も共に救いたいと思いまして。聞けば、あなた方は魂を揺さぶるような音を奏でるとか。ですから、学ぶならあなた方からしかないと思い……」
「ふむ」

 なんか変な方向に話が向かってる気がするんだけど?
 でも、姉さんも白蓮さんも真面目な顔して話し込んでるもんだから中々突っ込めない。どうしようこれ。
 隣のリリカを突っついてみたけど、無言で首を横に振られた。だよねー、止めらんないよねこれー。

「百聞は一見に如かず。弾いてみな」
「はい。では早速……」

 お、話纏まったっぽい?
 姉さんの言葉に応え、白蓮さんが三味線を掻き鳴らし始めた。
 そうそう、こういうのを待ってたのよ。
 さて、どれ程の腕前かしら? お手並み拝見と行こうじゃないの。

「おー……」
 
 思わず、私はうなった。
 白蓮さんは一心不乱にバチを操り、ベンベンと激しい三味線の音が部屋中に響く。
 柔らかな物腰とは裏腹に、とても力強くて腹の底に響くような旋律だった。
 悪くない、悪くないよ! むしろいいよ!
 一番目からして金の卵見つけちゃったかも!

「ふぅ……どうでしょうか?」

 ベベベン、と演奏を締めくくり、白蓮さんは聞いてくる。
 私としては合格点だ。リリカもうんうんと満足げに頷いている。
 後は姉さんだけど……

「……合格」

 短くそれだけ言って、姉さんは立ち上がって白蓮さんに歩み寄る。

「教えることはないわ。もっと自信を持って。あなたの三味線は、きっと霊達を救える筈よ」

 そう言った姉さんは、白蓮さんをひし、と抱き締める。
 え、なんかキャラ変わってない? 姉さんってこんな熱いこと言うような性格じゃなかったよね?

「……師匠せんせい!」



 対する白蓮さんも姉さんに熱い抱擁を返す。まるで青春ドラマのワンシーンみたい。
 っていうかあんたら何やってんの?

「……次はステージで会おう。その時は、敵同士よ」
「……はい!」

 そう言って物凄く満たされた顔のまま、二人は堅い握手を交わす。
 ステージってなによ。ヴァイオリンと三味線で異種格闘技でもすんの?
 でも、私の心の突っ込みなんて知るよしもない姉さんは席に戻り、白蓮さんは部屋から出ていった。
 結局、私とリリカは完全においてけぼりのままに一人目の審査が終わってしまった。

「……メル姉、私突っ込みきれそうにないわ」

 リリカがそんなことを耳打ちしてくる。安心しろマイシスター、私も同じよ。

「……まさか、あれほど熱い魂を持った弦楽器使いに巡り会うことができるなんてね」

 感嘆の声を上げて、姉さんが小さくガッツポーズする。あーらかわいい。

「私は幸せ者だわ……」

 そうかい、そりゃよかったわね。お陰で折角の金の卵をみすみす逃す羽目になった私とリリカは超アンハッピーだけどな。
 ……ともかく、次だ。後九人もいるんだから過ぎたものをいつまでも惜しんでいる時間はない。
 前を向かなければ先には進めないのよ。


「二番の方どうぞー」
「はーい」

 私の声に応え、次の人が入ってくる。
 今度は全身を青系の服で統一した清楚な雰囲気のする女の人だった。
 稚児髷っていうのかしら? 鋏の持ち手みたいな形してる特徴的な髪型を除けばまともっぽい。
 これまた美人で、ビジュアル面はさっきの白蓮さんと比べても遜色ない。

「霍青娥と申します。よろしくお願い致しますわ」
「よろしくお願いします」

 青娥さんは何やら真っ黒なケースを背負っていた。
 大きさからしてコントラバスか何かかしら?

「えーっと、そちらの荷物は?」
「これですか? オルガンですわ」
「オルガン……?」
「それが?」

 姉さん達が戸惑った声を上げる。私も耳を疑った。
 オルガンだって? オルガンにしてはいくらなんでも幅もサイズも小さすぎないかしら。魔法か何かで圧縮してるのかな?

「試しに何か演奏して頂けますか?」
「勿論ですわ。その為に用意したんですもの」

 リリカの要求を聞き、青娥さんはケースを床に下ろす。
 あれこれ良く見たらなんか棺桶っぽくない? なんかすんごい嫌な予感がするんですけど。

「では、試しに一曲……」

 棺桶、もといケースを開け、青娥さんはごそごそと中身を取り出す。
 そこから出てきたのは、

「おはよう!」

 喋る人間の死体だった。

「えっ」「えっ」「えっ」

 まさかの展開に私達は三人同時に同じ反応をしてしまう。
 あまりにも息がぴったり過ぎて私思わず家族の絆を感じちゃったよ、やべぇ。

「えーと、青娥さん? もう一回聞いていいですか? それ、なんです?」
「ですから、オルガンですわ」

 なに涼しい顔で言ってんのこの人。

「死体にしか見えないんですけど」
「腐ってて可愛いでしょ?」

 あ、死体なのは認めるのね。

「やっぱりオルガンじゃないですよね?」
「いえいえ、歴としたオルガンですわ。人間オルガン仕様のミュージックキョンシー、芳香ちゃん改」

 キョンシーてやっぱり死体じゃねぇか。

「ふざけてんの?」
「何をおっしゃるのですか。ちゃあんと演奏出来ますわよ? ほら、お腹を開いて……」
「やめろ!」「それは!」「マジでヤバい!」

 思わず三人同時に身を乗り出して、強引にお引き取り願った。
 このとんでも鋏頭は最後まで不満そうな表情で道教だかなんだかに私達を勧誘してたけど、あんな奴がドハマリしてるような宗教になんて誰が入るか。

「まだ八人もいるのよね? 私すんごい不安なんだけど」

 鋏頭を追い払った後、リリカがゲッソリした顔で私と姉さんに言った。
 安心しろ、私達も不安だ。

「三番の方どうぞー」

 けれど、集まってもらった以上は審査するしかない。私は次の人を呼ぶ。

「はい」

 今度は長い黒髪に桃色のドレス、赤いスカートを身に纏った少女だった。
 これまた美人と来ている。もう嫌な予感しかしないんだけど。

「蓬莱山輝夜。竹林の永遠亭に住んでるわ」

 永遠亭……あの病院か。
 騒霊の私達には縁がないけど、腕がよくて値段も良心的と評判なのは聞いたことはある。名前を聞くに彼女はそこのお姫様なんだろう。
 けど、なんだってそんな身分の人がここに?

「琵琶の腕を磨こうと思って」

 こいつもそんな理由かい。
 なんなの? 『オーディション』は幻想郷語では『楽しい音楽教室』とでも訳されてるの? 誤訳怖い!
 ……ともかく、聞いてみないことには始まらない。

「とりあえず、試しに弾いてみて貰えるかしら?」

 もし白蓮さんみたいに腕が立つなら、姉さんの暴走さえ上手く止められれば希望はある。
 それにやんごとなき身分ならこの手のたしなみだってきっとこなしてるはず。そこまで酷くはないはずよね?

「では、一曲――」

 そうして輝夜が構えた撥が琵琶に触れた瞬間、私は死ぬほど後悔しながら虚空へと意識を飛ばした。







 目が覚めると、赤と青のキカイダーみたいなカッコした銀髪女医が姉さんにしきりに頭を下げていた。
 どうやら彼女が輝夜の保護者で、私達は輝夜の破壊的な演奏の前に打ち倒されてしまっていたらしい。
 ちなみにリリカはまだ伸びている。いとあはれ。
 三人連続でこれとかもうダメなんじゃないかな。流石のメルメルもまいっちんぐだわ。
 けれど、まだまだ応募者はいる。私達が休むことは許されない。

「もう嫌ぁぁぁぁぁ!」

 耐えきれなくなったのか、リリカが気がつくなり泣き崩れた。
 泣き虫リリカめ、泣きたいのは私達も同じだっての。
 私はトランペットを吹いて強引にリリカのテンションを上げ、元通りに座らせる。
 我らが三姉妹、死ぬときは一緒よ。つーか抜け駆けなんてさせるか。
 でも気持ちはわかるよ。私もマジで泣きそうだもん。
 楽しみだった筈のオーディションは、既に拷問に変わっていた。



「えーっと、今回はこの全自動ドラム叩き機を――」
「「「こちとら遊びじゃねえんだよ!」」」
「ひゅいっ!?」

「私ルナサさんのファンなんです! サイン下さい!」
「……嬉しいけどライブの時に言ってね」

「取り出したるは独りでに鳴り続ける不思議な太鼓――」
「とんちじゃないのよ! 帰れ!」
「ひえぇー!」

「俺ルナサさんのファンなんです! 踏んでください!」
「やだ」

「楽器は無理ですけどボイスパーカッションとラップなら自信ありますよ! 外の世界で鍛えてたので!」
「趣旨が違うんでいいです」

「私ルナサお姉さまのファンなんです! 罵ってください!」
「失せろ雌豚」

「この天人様の華麗なるカスタネット捌きとフラメンコを――」
「天界でやれ」

 ……結局、こんな感じでろくでもない連中ばかりのまま、オーディションは続いた。
 なにこれ、私達呪われてんの?
 つーかなんで姉さんばっかなのよ。


「もうやだ! おうちかえる!」
「落ち着いてリリカ、ここが私達のハウスよ」
「後一人! 後一人だから!」

 クソ、リリカめまた幼児退行しやがった。
 あの現人神が去り際にイカしたラップ口調でディスってきてからずっとこの調子だ。
 一応私達の躁鬱の音で宥めてはいるが応急処置でしかない。
 早いとこリリカ自身の音で平静を保たないと腹黒幼女からただの幼女になっちゃう。
 それはなんとしても防が……そっちの方が良いかもしれない。

「メルラン、片付けるよ」
「あーうん、そうね、はやく片付けちゃおうか」

 おっとと。そうだった、そんなことを考えてる場合じゃなかった。
 もうさっさと片付けちゃおう。

「最後の方どうぞー」

 ともかく、これさえ終われば救われるのよ。
 もうなんか趣旨が狂いきってる気がするけどもういいの、とにかく解放されたい。

「おー」

 間抜けな声と共に、見覚えのある奴が入ってきた。
 真っ青な外見と水晶の様な形の羽でわかる。チルノだ。
 楽器は持ってない。かわりになんか紙を持ってる。
 楽しそうだから来たとかなんだろうな。適当にお菓子でも渡して帰らせよう。
 というか、よく順番守ってたわね。

「姉さん、リリカのこと頼んでいい?」
「分かった」

 相手がチルノなら三人で応対しなくてもいいか。
 私はぐずっているリリカを姉さんに任せ、チルノに向き直る。

「えーと、一応聞くけど、オーディションを受けに来た訳じゃないよね?」
「オーディション? なにそれ?」

 だよねー。分かってたよ。
 でも正直その方がありがたい。うん。まったくもってありがたいわ。

「それじゃ、どうしてここに?」
「えーっと……そう! これを渡してって頼まれたのよ!」

 そう言うと、チルノは手に持っていた紙切れを突き出してくる。
 これは……手紙かしら?

「あら、そりゃどうもありがと。誰に頼まれたの?」
「人魚よ人魚! ほら、あの……かささぎとかなんとかいう」

 かささぎ? あー、言われてみれば湖にそんなのも居た気がする。
 正確な名前は確か……そう。

「わかさぎ姫?」
「そう! そいつ! そいつに頼まれたのよ! じゃ、ちゃんと渡したからね! 失くしてもあたいは知らないよ!」
「無くさないわよ、あんたじゃあるまいし」

 はしゃぐチルノは相変わらず生意気だけど、さっきまで相手にしてた連中に比べればかわいいもんね。むしろ癒しだわ。
 お駄賃代わりとしてその辺にあった茶菓子をありったけ渡してチルノを帰らせ、私はわかさぎ姫からの手紙を開ける。


プリズムリバー三姉妹様
 突然このような手紙を送る無礼をお許し下さい。
 覚えておいででしょうか。私は湖に住むわかさぎ姫と申します。
 今度楽団の新しいメンバーを募集されるという話を聞き、貴方達に是非とも紹介させて頂きたい方がいるのです。
 ですが、私は自力で陸に上がることが出来ず、またその方も事情により直接そちらに向かうことができないため、このような形を取らせて頂きました。
 もし、まだ新しいメンバーが決まっていなければ今夜の酉の刻の頃にお屋敷の近くの畔まで来ていただけないでしょうか。
 お待ちしております。



「紹介したい方がいる、ねぇ」

 文章を読む限り、このわかさぎ姫って人魚は悪い奴ではなさそうだった。
 そんな人魚が紹介したいというのだから、少なくともさっきの連中みたいなぶっ飛んだ連中でもないんじゃないかしら。
 ……単なるミーハーの可能性もあるけど。

「どうしたもんかなー」

 幸か不幸かメンバーは集まってないし、ここに来なかった理由も動けないっていうんなら仕方ないことなんでしょう。
 でも、そうやって今日だけで散々地雷を踏みまくってきたもんだから、流石の私も少しは慎重になるってもんよね。
 ……それにしても、なーんかひっかかるなぁ。
 まずあのわかさぎ姫って名前。聞き覚えがあるけどどこで聞いたんだろ。
 それから手紙にある『覚えておいででしょうか』って言葉。
 覚えてるもなにも、多分ろくに顔も合わせたことがないと思うんだけどなぁ。
 ……とりあえず、姉さん達に相談してみるか。
 まだ二人とも一緒にいるかな。私はリリカの部屋に向かった。


♪♪♪



「ううっ……私今をときめくミュージシャン、お前自機から外れた双葉ピーマン、巫女のねーちゃん、見込みねーじゃん……イェア……」

 部屋に行くと、リリカはうなされながら寝言でヘッタクソなラップを歌って例の風祝をディスっていた。
 この調子ならほっときゃすぐに治るわね。
 流石マイシスター、鉄のメンタル。それ見てハッピー、姉のメルメル。チェケラ。

「……で、手紙だって?」
「あーうん、ほら、わかさぎ姫っていう、湖に住んでる人魚から。紹介したい人が居るってさ」

 本題に戻ろう。
 私が渡した例の手紙にざっと目を通して、ふむ、姉さんは小さく息をついた。

「どうする?」
「どうするもなにも、新メンバーに関する責任はあんたが持つって約束でしょ? あんたが決めなさい」

 姉さんは投げやりな口調で私に手紙を突き返し、疲れたから寝るって言って自分の部屋に帰っていった。
 見かけそんな風に見えないけどやっぱ姉さんも参ってたのね。無理もないけど。
 ……にしても、私が決めろ、か。いやそうなんだけどさ。
 天狗に広告をうたせることで資金面の問題は解決したけど、時間的な問題まではどうしようもなかった。
 そこで、新メンバーを採用したら私が責任を持ってハロウィンライブまでに鍛えるという約束をすることで、姉さん達はやっと首を縦に振ってくれたのだ。

「むーん……」

 私はもう一度手紙とにらめっこする。
 わかさぎ姫の字や文章からは、結構な誠実さが伝わってくる。
 これを無下にするのは少し酷くないかしら。

「…………………」

 ……あーもう! 考えてても仕方無いわ!
 大体ぐだぐだ考えるのなんて性に合わないのよ! 行こう!
 新メンバーにするかはともかく、とにかく会って確かめよう。
 私はそう心に決めて、夜の約束の為にちょっと寝ることにした。



♪♪♪



 そして、約束の時間になった。
 どうせまたハズレなんだからやめとけと渋るリリカを説き伏せ、私達は家から程近い湖の畔に立つ。
 昼間より随分と霧が薄れた夜の湖には、鋭く輝く曲刀の刃のような三日月が映されていた。

「あなた達は!」

 前の方から声が聞こえ、次いでざぶんと水が跳ねる音がする。
 見ると、水面から女の子が顔を出していた。

「あぁよかった、来てくれたんですね!」

 そんな事を言いながら、その子はこっちに近付いてくる。
 暗いので良くわからないけど、普通なら彼女の足があるはずの位置には大きな魚の半身の影が映っていた。
 多分、この子が例のわかさぎ姫で間違いない。

「貴方が、わかさぎ姫さん?」
「えぇ、そうです。ごめんなさい、急にあんな手紙を送ったりして」

 丁寧な口調で謝りながら、わかさぎ姫は頭を下げる。
 礼儀正しいわね。今日のあれのせいでそれだけじゃ全く安心できないのが悲しいけど。

「いえいえ、とんでもない。それで、紹介したい人っていうのはどこにいるの?」
「はい、少し待っていて下さい」

 姉さんに訊ねられたわかさぎ姫はそう言って水中に潜り、凄まじい速さで白波を立てながらどこかへ泳いで行った。
 やっべぇちょー速い。河童でも追い付けないんじゃないかなあれ。
 そしてすぐに、白波がこっち側に向かってくる。
 うわ、もう戻ってきたよ。
 戻ってくるわかさぎ姫は誰か――身長からしてリリカより少し小さいくらいかしら――を背負っていた。
 多分その子を溺れさせない為なのか、彼女は水面ギリギリの所を泳いでいた。
 すっげー器用。さすがは人魚。メルメル感動しちゃった。

「すみません、お待たせしちゃいました」
「……いや、全然待ってないから平気よ」

 その間、約11秒フラット。
 人を乗せる時間込みでこれとか速すぎるわ。化け物か。
 いや、化け物妖 怪だったか。
 でも、何気にあのスピードに振り落とされない背中の子もかなりスゴくない?
 それにしてもすっごいもん見れたわ。
 もうこれだけでここに来た価値があるんじゃないかしら?

「さ、岸に上がって」
「……うん」

 そして、わかさぎ姫の背中に乗っていた子が岸に上がってくる。
 緩いウェーブのかかった緑色のロングヘアを揺らすその子は、銀色の笛を持っていた。
 見たところ、亡霊かしら? 姿ははっきりしてるけど生気が感じられない。
 ちょっと妙な違和感を感じるけど……
 まぁ、私達の同類みたいなもんなのには変わんないしいいか。
 
「えーっと……はじめまして。メリルって言います」

 メリル、と名乗ったその子は白いワンピースの裾を摘まんで会釈する。可愛らしい。
 色合い的にも映えるし、ビジュアル面は相性よさそう。

「はじめまして。私はルナサ」
「メルランよ! よろしく!」
「リリカ。はじめまして、メリル」
「……はい! よろしくお願いしますね!」

 私達が口々に挨拶すると、メリルは少し間を置いて返事をする。
 どこか具合でも悪いのかしら?
 それに良く見るとどこか落ち着きがない。ホントに大丈夫かなこの子。
 落ち着きないのは私も人の事言えないけどさ。

「メリル、緊張しないで。ごめんなさい、この子貴方達の大ファンなんです。きっと興奮しちゃってるんだわ」
「えへへ……」

 わかさぎ姫のフォローが入り、メリルは照れ臭そうに笑った。仲良いわね二人とも。
 でも、あがり症なのかー。ステージに上がるにはちょっとキツいかも?
 まぁ、実力さえあれば後は私達の音でサポートすればなんとでもなるし、問題ないか。

「じゃあ、一曲お願いしてみてもいいかしら? 楽器はその笛でいいのよね?」
「はい。じゃあ……」

 そう言うと、メリルは横笛を構える。
 良く見るとこの横笛、かなり古い物みたいで、所々特徴的な模様が刻まれている。
 それに相当使い込んでるみたいで、かなりの年季が入ってるみたい。
 でも、ボロボロってわけでもなくてちゃんと手入れもされている。
 こんな風に楽器をちゃんと扱っているなら期待できるかも?

「始めます」

 その言葉を合図に、静かな湖畔に横笛の音が響く。
 演奏しているのは私達の合奏曲、『プリズムコンチェルト』の管楽器の独奏パート。
 普段は私がトランペットで演奏する部分なんだけど、横笛でも演奏できないことはない。
 けど、私は笛でそれを演奏したこなんて一度もない。ぐるぐるの無い楽器は普段使わないからね。
 でもこの子は楽譜も何もないのにそれをほぼ完璧に再現してて、私は驚かされた。
 姉さん達も目を丸くしている。驚いてないのはメリル本人とわかさぎ姫だけだった。
 そして更に驚くべきことに、メリルの奏でる笛の音はどこか不思議な魅力があった。
 メリルの演奏技術が特別素晴らしいという訳じゃない。
 指使いも息使いも所々たどたどしい部分はあるし、どう甘く見積もったって上手な素人、くらいのレベル。
 それでも、その音にはどこか心の奥底から惹かれるような、昂るような……鬱でも躁でも幻想でもない、綺麗な音色だ。
 気が付けば私達はそれぞれ自分の楽器を手にメリルの音に合わせて演奏していた。

 夜の湖畔に、即興の四重奏が響き渡る。
 
「わぁ……!」

 わかさぎ姫の小さな嘆息が聞こえて、ふと私は周りを見る。
 湖は、いつの間にか数えきれないほどの霊で一杯になっていた。
 それも、普段私達が演奏するときよりも更に多く、今までに見たことがないくらいの数が。
 ……そうか。
 それを見て、私はメリルが出す不思議な音の正体が分かった気がした。
 この音は、他の音の力をより強く引き出すんだ。
 メリルの笛の音で、私達の音の力が最大限に引き出されているに違いない。
 姉さんもそれに気がついたらしく、目で合図を送ってきて、私とリリカは強く頷いた。
 この子だ。この子こそが私達の待ち望んでいた新メンバーだ。

「……どうで、うわっ!」
「最高! 最高よメリル!」

 演奏が終わるなり、霊達が空へと還っていく。
 それを見たあと、私は演奏が終わって一息ついているメリルに飛び付いた。

「合格なんてもんじゃないわ、是非ウチに来て! 最高! ありがとう!」

 わかさぎ姫にも飛び付いて、私はびちゃびちゃのもみくちゃになりながら手当たり次第にハグしまくった。
 行ける。この子となら絶対ハロウィンライブに間に合う、いや、大成功間違いなしだわ……!


♪♪♪


「ここが姉さんの部屋で、その隣がリリカの部屋よ。それで、リリカの向かいが私の部屋。ほかは大体空き部屋だから、好きな部屋を使ってね」

 姉さん達がご飯の準備をしてる間にメリルの部屋を決めるため、私はメリルと洋館の廊下を歩いていた。
 あの後事情を聞けば、メリルは元々湖に住んでいた地縛霊で、わかさぎ姫と仲がいいのはその縁。
 前から時々聞こえてくる私達の音楽(というか、性質的に多分私の音)の力で段々と湖の底から動けるようになって、湖の周りくらいは歩けていたらしい。
 で、さっきの演奏で私達の音を直接聞いてついに完璧に自由に動けるようになったんだって。
 そんな訳で湖から毎日通わせるのも不便だし、いっそ私達の家に一緒に住んでもらうことにしたのだ。
 幸い私達の家であるこの古い洋館は、昔はお金持ちかなんかの家だったのかやけに大きくて部屋も多い。
 メリル一人が暮らすくらいの部屋ならいくらでもあるって訳。

「はい! ありがとうございます!」

 相変わらずバカ丁寧な反応を返すメリル。
 お堅いなぁ。まだファン気質が抜けてないのかしら。
 もうファンじゃなくて立派な楽団のメンバーなんだから、もっと砕けてもらわないとこっちが困るわ。

「そんなにかしこまんなくてもいいって。もっとハッピーに行きましょ! 普段わかさぎ姫と喋るときみたいにさ」
「は、はい……うん!」
「そうそう、そんな感じで!」
「えへへ」

 白い歯を見せてメリルは笑う。そうそう、やればできるじゃないの。
 ほんと、リリカみたいに生意気なのもいいけど、この子みたいに素直な妹が欲しかったわ。むしろホントに妹分にしちゃおうか。
 その場合はリリカとメリルのどっちが姉さんになるんだろ?
 身長的にやっぱりリリカ? いやその理屈だと私が姉さんより姉さんになっちゃ……あ、そうだ。
 姉さんで思い出した。教えておかないといけないことがあったんだった。

「あー、メリル?」
「?」
「姉さんに入っちゃいけないって言われてる部屋があるのよ。一応教えとくね」

 この洋館には所謂『開かずの部屋』ってやつがある。
 それも二つ。どっちも普段から近付かないし忘れてたわ。

「まずはここから二部屋向こうの部屋。まぁ元から開かないんだけど」

 まずは、二階の一番端に位置する部屋。
 外から見る限り窓が二つもあって日当たりがめっちゃよさそうな部屋なんだけど、カーテンが閉まってて中身は見えたことがない。
 と言っても、立て付けが悪くなってるのかドアが開かなくて入れないんだけど。

「それから、一階の広間にある地下の入り口。こっちも開かないけどね」

 一階のホールの隅の方に、やけに大きな地下室の入り口がある。
 そっちも蝶番か鍵が錆びたのか開かなくて入れなくなっているけど、とにかく入るなというのが姉さんのお達しだった。

「開かないから間違って入るような心配ないと思うけど、なんか近付くだけで姉さん凄く怒るから気を付けてね」
「わ、分かった」

 姉さんが怒る、と聞いて怖くなったのか、メリルが強ばった顔で頷く。
 ありゃ、姉さんの怖さを知ってるのかしら?

「姉さんああ見えて怒ると怖いからねー。まぁでも、近づかなきゃ平気だって」

 ほんと、姉さんってば普段大人しいのに怒るとちょー怖いのよね。

「姉さんって真面目だから日記とかつけてるんだけどさ、むかーし私とリリカがそれを覗こうとした時はそりゃもう無茶苦茶に怒られたのよねぇ。そりゃもう恐くってさー……」

 あの時はほんとヤバかったなー。
 姉さんの剣幕にリリカは泣き出すし、私も寿命が縮まるかと思ったわ。
 私達元から生きてないけど。

「……………」

 ちょっと脅かしすぎたかな?
 メリルはじっと、目に焼き付けるようにその開かずの間を見つめていた。
 でも、そんなにガン見しなきゃいけないほど難しい配置かなぁ?

「メリル、メーリールー」
「…………」
「えい」
「わっ!」

 あんまり黙りこくってるもんだから思わず床とか天井でラップ音出しちゃった。
 構うメルメル、構わぬメリル、構ってよメリル、泣くぞメルメル、オゥイエー。
 ってそっちのラップじゃないわよ。

「部屋なんか見てないで私を見ろー!」
「わわっ、ちょっ、やめっ……!」
「ほらほらー、私を構わない方が怖いぞー!」

 勢いよくメリルに抱きついて、その長い髪をもみくちゃにしてやる。
 なんだか、懐かしい香りがした。

「あはは、ごめんごめん……」

 笑いながら謝ってくるメリル。かわいい。

「ほら、さっさと自分の部屋を決めないと私の部屋に同棲させちゃうぞ? 添い寝しちゃうぞ?」
「え? えーっと……」

 私がそう言うと、メリルが急にもじもじしだした。
 おいおいなによこの満更でもなさそうな反応は。
 誘ってんの? メルメル新しい自分に目覚めちゃうぞー。

「と、とりあえずここで!」

 でも思い止まったのか、メリルは姉さんの部屋の向かい、つまり私の部屋の隣を指差した。ちょっと残念。

「おっけー。荷物は明日にでも運ぼっか?」
「あ……その、持ってるのはこれだけだから……」

 そう言って、メリルは横笛を示してくる。
 それもそうか。湖に沈んでた亡霊なんだし、生きてた頃の物なんてそうそう残ってない、よね。
 なんか悪いこと聞いちゃったな。

「えーっと、ごめん」
「え? あぁ、いいのいいの!」

 慌てて笑顔を作るメリル。
 やっぱり悪いこと聞いちゃったかな。
 その笑顔はさっきまでとは違って、酷く痛ましく見えた。

「と、とにかく、部屋に入ろ! 掃除もしなきゃだしさ」

 変になっちゃった空気を戻すために、私はメリルの背中を押して部屋に入る。
 ずっと使ってなかったからか、部屋の中は埃だらけだった。
 でも、ちょうどいいや。ここを使って楽しませてあげよう。

「ちょっと待ってね。今片付けるから」

 私は魔力を使って家中の掃除道具を呼び出す。
 箒にバケツにモップにハタキ、あるもの全部だ。
 私は楽器を演奏する要領で道具を操り、何年分ともしれない埃を片っ端から落としていく。

「すごいすごい! こんなの出来るんだ!」
「ポルターガイストのたしなみですわ」

 あらら、メリルったらすっかりはしゃいじゃって。
 私もなんだかノって来ちゃって、部屋の掃除は五分もしない内に終わった。
 後は予備の枕とシーツをベッドに被せて完成。

「はい、お待たせ!」

 なんということでしょう、埃だらけだった部屋が私の手によって新品同様のメリルの部屋に生まれ変わりました、ってね。

「ありがとう!」
「ふふ、朝飯前よ」
「うわー、ふかふかー! ベッドだなんてもう何年ぶりかしら!」

 綺麗になったベッドに飛び付いてはしゃぎ回るメリルを見て、私もハッピーになった。
 こんだけ喜んでくれたら頑張ったかいがあるってもんよね。

「……わかさぎ姫にも見せてあげたいなぁ」

 枕を抱き締めながら、メリルは小さくそう言った。
 わかさぎ姫かー。でもあの子人魚だしなぁ。
 水槽かなんかに入ってもらえばうちに入れないことも無いだろうけど、流石に水槽は嫌がると思うな。

「メルラン、メリル、ご飯だぞー」
「早くこないと食べちゃうわよー」

 と、一階から姉さんとリリカの声が聴こえる。
 どうやら準備ができたみたいだ。

「だってさ。じゃ、行こっか?」
「うん!」

 私とメリルは一緒にダイニングに向かう。
 今日だけで色々あったけど、無事記念すべき新生幽霊楽団の始まりの日になった。
 色々大変だけど、頑張らなきゃね!


♪♪♪


「もっと魂を籠めて! 全身から音を出す感じよ!」
「はい!!」

 それから、三週間が過ぎた。
 あの夜の翌日から始まったメリルと私の猛特訓は、驚くほどスムーズに進んでいった。
 元々才能もあったのか、メリルは乾いたスポンジみたいに私のアバウトな教えもガンガン吸収してメキメキ上達していくもんだから三人揃って驚いたわ。
 これでもまだまだ伸びしろがありそうな感じだし、これからが楽しみ過ぎてメルメルもう大興奮よ。

「よし、次は――」
「メル姉、入るよー」

 次の練習に入ろうと私がトランペットを構えたその瞬間、リリカが入ってきた。
 えー、今いいとこなのにー。

「あ、メリルもいたのね。ちょうどいいわ、姉さんが今からみんなで音合わせるから来てってさ」
「はーい」
「はいはい、今行くわー」

 メリルが真っ先に階段を降りていった。元気ねー。
 もしかして私よりも元気? こりゃ負けてらんないわね。

「調子はどう?」

 そんなメリルを見送ってから、リリカがそんな事を聞いてくる。
 はっはっは、愚問だぞマイシスター?

「絶好調よ。あの子ホントに天才なんじゃないかしら」

 きっとあの子が死んだ頃の音楽界は大損こいてるわね。
 だからこそ今こうして私達が一緒に演奏できるんだけど。

「そりゃよかった。……それにしてもさ、メリルは凄いわよねー。可愛いし、演奏うまいし、可愛いし……あと可愛い」

 どうした、ほとんど同じことしか言ってないぞマイシスター。
 いやまぁ、実際可愛いけどね。
 最近はすっかりリリカもお姉さんぶって、詰めかけてきたファンのあしらい方なんかを指導したりしてるのをよく見る。
 その時のリリカと来たら最高に生き生きしてやがんの。
 まぁ、末っ子だからそういうのに飢えてんのかもね。
 姉さんもそんな感じ。
 いつもは結構クールにポーカーフェイスを決めてるんだけど、メリルといるときは心なしか緩んだ顔をしていることが多い。
 なんというか……そう、まるで……
「もう一人妹が出来たみたいよねー」
「そうそう、そんな感じ。……でもさ、たまに変なこと考えちゃうのよねー」
「変なこと?」
「うん、馬鹿馬鹿しいとは思うんだけどさ」

 そう言うと、リリカは少し真面目な顔になった。
 なに考えてんだろ? まさか変な趣味に目覚めたとか言い出さないよね?

「……なに考えてんのか知らないけど、真面目な話よ」

 おおう、見抜かれた。
 読心術かしら? メルメルちょー怖い。
 目をぐるぐるさせていると、リリカにめっちゃ睨まれた。
 ……流石にこの辺にして真面目に聞こうかな。

「昔も誰かに、メリルに接する時のようなことをしてたような……というか、妹? みたいなのが居たような、そんな気がするの」
「妹だって?」

 元々リリカの下にもう一人妹が居たって?
 ないない。だったら逆に今居ない方がおかしいじゃん。

「まっさかー。私達は昔から三姉妹でしょ? 流石に無いって」

 私達は生き物じゃなくて、騒霊だ。
 ひとりでに物を動かし、家を鳴らし、
あり得ない所から音を出す、本来はそれだけの存在だ。
 そんな私達に、もう一人妹が居たって?
 本当に妹がいたのなら、それは私達と同じ騒霊の筈だ。
 なら、どうして死んでも生きてもいない騒霊姉妹が一人だけ離れ離れになるというんだろう?

「そう、かしら。……でもさ、なんとなくそう思っちゃうのよね。ほら、覚えてない? 前に説教たれ女に言われたこと」

 説教たれ女?
 ……あぁ、前にリリカが一人でほっつき歩いてるのをこっそり追いかけてた時に会った、あの不思議な変人の事かしら。
 何か言ってたっけ?

「ごめん、忘れたわ」
「もー……あれよ、私達の拠り所はもう居ない人間だーとかなんとか言ってたやつよ」

 あー、そんなことも言ってたっけ。

「あれか。拠り所が人間ってどういう意味だったのかしら?」
「さぁ? でもさ、もしかしたら――」
「いつまでそこで駄弁ってるつもり?」
「うひゃあ!」
「ね、姉さん!」

 何かを言おうとしたリリカの後ろから、姉さんがぬっと顔を出してきた。
 いきなり出てこないでよ! びびるから!

「ったく……いつまでも降りてこないと思ったら。早く来な。メリルが待ちくたびれてるわ」
「は、はーい」
「了解了解」

 姉さんの鶴の一声のせいでリリカの言葉を聞きそびれてしまった。
 リリカは一体何を言うつもりだったんだろう?
 ……それにしても、もう一人妹が居たかも、か。
 無いとは思うけど、ひっかかるなぁ。
 なんだかもやもやしたまま、私はトランペットを持って一階に降りた。



♪♪♪



「メルラン、また音が外れてるわ」
「え、ホント!? ごめん!」
「もー、メル姉だけで一体何回目よ」
「ま、また頑張ろ? ね?」

 多分、十回目くらいかしら。
 またも姉さんに音ズレを指摘され、演奏が止まる。
 おまけにリリカにまで怒られた挙げ句メリルにフォローされる始末ときたら流石に落ち込む。
 ……でも、どうにもさっきの話が気になって演奏に身が入らない。
 普段はそんなの気にしないのに……私、どうしちゃったんだろう。

「……メルラン、今日はもういいから休みなさい。この後のメリルの練習には私が付き合うから」
「えぇっ! だ、だいじょぶだって! 私めっちゃ元気だし!」

 姉さんの突然の宣告に私は必死に元気っぷりをアピールしてみたけど、

「いいから。そんな浮わついた状態で居られても邪魔にしかならない」
「ぐっ……」

 姉さんは容赦なかった。
 それを言われたら私は退くしかない。

「そんな言い方……」
「メリルは黙ってなさい」
「わ、分かった! じゃあ私は休ませてもらおっかな! みんな頑張ってね!」

 メリルが援護しようとしてくれるが、それも姉さんに止められる。
 これ以上私のせいで空気を悪くしても仕方ないし、今日のところは部屋に引き返すことにした。




「……………」

 一階からは、姉さん達の合奏が途切れることなく聞こえてくる。
 ことあるごとに止まっていたさっきまでとは大違いだ。
 どうやら、さっきまでの私は本当にみんなのお荷物でしかなかったらしい。
 ……本当に、どうしちゃったんだろう。
 流石の私もハイテンションのままじゃ居られないけど、かと言って大人しく休む気にもなれなかった。

「だぁーっもう! 作曲しよう作曲!」

 悩んでても仕方ない。
 私は書きかけの楽譜に飛び付いて作曲を始める。
 とにかく、何かをしてなきゃ落ち着かなかった。

「むむむ……」

 けど、うまくいかないときは何やってもうまくいかないもんなのよね。
 元々もう殆どは出来てるんだけど、最後の二小節くらいが全く思い付かない。
 ここを失敗しちゃうと、全部台無しになっちゃうんだけど、どうにもねー。
 というか、最高にハッピーになる曲作ってんのにこんな状態で作れる訳ないか。
 ……スランプってやつなのかなぁ。

「……どうすりゃいいのかなぁ」

 とりあえず気分転換でもしよう。
そう思って窓を開けたとき、『それ』は私の耳に飛び込んできた。

 ……しの……語……
 ……る……湖に……

 ここからじゃ途切れ途切れにしか聞こえないけど、一定のリズムで紡がれているらしいそれは、どうやら歌のようだった。
 こんな時間に誰が歌ってるんだろう?

 ……は……かな……
 ……かに……なく……

 ダメだ。遠すぎてほとんどど聞き取れやしない。
 でも、とても綺麗な声だった。
 まるで鈴を転がすような、僅かな濁りさえない程に澄んだ水のような、本当に美しい声。
 気がつけば、下の三人の合奏も終わっていた。 私の耳には、幽かな歌と、その歌を縁取る様に響く幽かな音が聞こえるだけだった。
 何物にも邪魔されることのない静けさの中に唯一聞こえるその歌に、私は魅了されていた。
 もっと、もっとはっきりとその歌を聞きたい。
 私は窓から外に飛び出ようとする。
 でも、それは出来なかった。

「っ……?」

 強烈な眠気が、私を襲う。
 私はそれに抗うことができず、床に崩れ落ちてしまった。



 ―――――――ギィ。



 完全に眠ってしまうその直前、私はそんな、何かが軋むような音を聞いた気がした。



♪♪♪



 ……静かな世界に、子守唄の様な優しい歌声が聞こえる。
 その歌声は、眠る前に聞いたそれによく似ていた。
 そんな世界の中で、私は誰かを水に沈める。
 

『誰か』はゆっくりと、静かな水底みなそこの向こうへと、沈んでゆく。


 そうして沈んでゆく『誰か』は、まるで私を呼ぶかのように手を差しのべながら、たゆたう水面の向こうへと消えていった。
 どうして、私はこんなことをしているんだろう?
 あれは、誰なんだろう?
 私はそれを思い出そうとする。
 けれど、ついさっきまで沈んでゆく姿を見ていたはずのそれの記憶は黒く塗り潰されていて、差しのべられた手の他には思い出せなかった。
 私は、誰を沈めてしまったのだろう?
 何も、何一つとしてわからなかったけれど。
 何故だか、ひどく、哀しい気持ちになった。


♪♪♪


「……メル姉、メル姉ってば!」
「……ん?」

 目を開けると、そこにはリリカがいた。

「もう、いつまで寝てんのよ。朝ごはん冷めちゃうでしょ?」

 ……あぁ、そうだった。
 あの不思議な歌を聞いて、私は眠ってしまったんだった。

「いやー、ごめんごめん。昨日不思議な歌を聴いちゃってさ。お陰でぐっすり寝ちゃったみたいだわ。あはは……」
「歌ぁ? なによそれ。なんでもいいけど、早いとこご飯片付けちゃってよ。私これから新曲に使う音を集めに行かなきゃなんないんだから」

 リリカは昨日聞かなかったのかしら?
 あーでも、窓を開けないと分かんないくらい小さな声だったしなぁ。無理はないか。
 窓は開けっ放しだから夢ではないと思うんだけど、一体誰の、何の歌だったのかしら?

「ほら、さっさと起きる!」

 リリカに急かされるままに朝ごはんを食べながら、私は考え込んでいた。
 昨日リリカと喋った時から、ずっとこの調子だ。本当に私らしくもない。
 歌は確か、湖の方から聞こえていた筈。
 なら、もしかしたら湖に行けば何か分かるかもしれない。
 少し、確かめに行こう。


♪♪♪


「うっひゃー、すごい霧。なんも見えないわ」

 朝ごはんを食べ終えてすぐのこと。
 私は霧が立ち込める朝の湖の周りを歩いていた。
 『霧の湖』という名前だけあって、朝のここは本当に霧がひどい。
 自分の足元どころか手元さえよく見えないくらいだ。
 そして、霧が立ち込めてるということは気温も低いということ。
 まだ秋に入ったばかりだと言うのに刺すような冷たさの空気を霧と一緒に吸い込むと、嫌が上でも目がしゃっきりする。
 ……まぁ、霊体の私には吸い込む喉も肺も無い筈だから、気分的なもんだけど。
 そんな真っ白の中を歩きながら、私は色々と考えていた。
 新曲に対する行き詰まりを解消する方法ついて。
 リリカが言う、もう一人の『いたかもしれない』妹について。
 そして、昨日の不思議な『歌』について。
 冷たい空気のお陰で少しクリアになった頭でそれを考えてみるけど、頭がスッキリしたくらいで答えが出るなら最初から悩んじゃいないのは自分でも分かってる。
 とりあえず、一つずつ考えてみるしかないか。

「私達に本当にもう一人の『妹』がいたのなら、普通忘れるわけがない。それに、一人だけはぐれてちゃう騒霊なんて……ん?」

 ばしゃん、と霧の向こうから聞こえた水音に私の思考は中断させられた。
 寝ぼけた妖精でも湖に落っこちたのかしら?
 霧の向こうに目を凝らしてみると、なにかに座っている人影の様なものが見えた。
 多分、わかさぎ姫だ。
 もしかしたら、昨日の歌について何か知っているかもしれない。
 そう思って、私はその影に向けて飛んだ。

「おーい!」

 霧を掻き分けながら叫ぶ。
 すると、わかさぎ姫らしき影は私に気がついたのか岩から降りてゆっくりとこっちに近づいてきた。
 お互いに近づくにつれて、段々と姿がはっきり見えてくる。
 やっぱり、わかさぎ姫だった。

「あら、メルランさんじゃないですか。おはようございます」
「おはよう! いやー、すごい霧ねぇ。殆ど何も見えないもんだからびっくりしちゃった」
「あはは、そうですね。ここはお昼くらいまでいつもこんな感じですから」

 他愛もない話をしながら、わかさぎ姫はころころと笑う。
 その声は、思わず聞き惚れてしまうような綺麗な声だった。

「メリルの調子はどうですか? 元気にしていますか?」
「もう元気も元気。あの子ったら凄いのよ。私達の教えることをなんでもすぐに吸収しちゃってさー」
「そうですか! それはよかった……」

 パン、と手を叩きながらわかさぎ姫は嬉しそうに言った。
 ここのところずっと缶詰めで特訓してたもんだから、随分心配させちゃったみたいだ。

「ごめんね、中々会わせてあげられなくって。そろそろ余裕も出来てきたし、今度連れてくるわね」
「はい! よろしくお願いします!」
「もうすっごい上達してるからさ、きっとびっくりしちゃうわよ?」
「ふふ、楽しみにしてますね」

 今日……は昨日のかわりに音を合わせなきゃ駄目だから無理だけど、明日にでも連れていこう。
 本当にメリルは上達してるから、きっと驚くだろうな。
 ところで……

「あのさ、一つ聞いてもいいかしら?」
「なんでしょう?」
「昨日の夜のことなんだけど――」
「あやややや! 相変わらずすごい霧だわー!」

 けど、私が本題に入ろうとしたまさにそのとき。
 風で霧を吹き散らしながら、天狗がすっ飛んできた。

「お! メルランさんじゃないですか! ちょうどいいところに!」

 天狗は目ざとく私達を見つけ、こっちに向かってくる。
 全然ちょうどよくないっての。絶妙なタイミングで邪魔しに来やがって。

「どーも、おはようございます! おや? なかなか珍しい組み合わせですねー。お話の途中ですか?」

 天狗はずけずけと私達の間に割って入ってくる。めんどくさい。
 あーあ、厄介なのが来ちゃったなーもう。

「で、何の用よ」
「そう邪険にしないでくださいよー。今度のライブの件でお聞きしたいことがあるんです」
「ライブ?」
「はい、そろそろ宣伝していかないといけない時期でしょう? どこでやるとか、何時からするとか……」
「あー……」

 言われてみればそうだった。
 普段は私達を呼んだ以来主がそういうことをやるんだけど、今回は私達が主催も兼ねてるからそういうこともやらないと駄目だったんだっけ。
 すっかり忘れてたわー。

「わかった。まだ決まってないからさ、うちについてきてよ。これから決めるわ」
「あやや、適当ですねぇ」
「うっさい。……ごめんねわかさぎ姫、そういう訳だからまた今度ね!」
「えぇ。ライブ、頑張って下さいね!」

 わかさぎ姫に見送られながら、私と天狗は岸に向かう。
 帰りは天狗が風で霧をぶっ飛ばしていくもんだから特に迷うこともなく帰ることができた。

「ところで、さっきはなにを話してらっしゃったんですか?」
「ただの世間話よ。ネタになるようなもんじゃないわ」
「そうですか。いや、てっきり人魚をボーカルにしたのかなー、と」
「ボーカル? どうして?」

 家に向かって歩く間、天狗がそんなことを言い出した。
 歌について考えていた私は、その歌い手ボーカルという単語に思わず反応してしまう。
 一体どういう意味かしら?

「おや、ご存じないんですか? 人魚っていうのは歌好きな種族で、結構な歌唱力の持ち主が多かったりするんですよ?」
「そうなの?」

 初耳だった。

「えぇ、それにその歌声は色んな魔力を持ってたりもするらしいですよ。山の方の巫女から聞いた話ですが」
「不思議な魔力を……」

 まさか、昨日聞いたあの歌の正体は……?

「ねぇ、わかさぎ姫もそういう歌を歌うのかしら?」
「さっきの人魚ですか? ……どうでしょう、前に一度歌ってるのを聞いたことがありますけど、特に何も感じませんでしたねぇ。妖精にすら影響してませんでしたし」
「そう……」
「元々、あの人魚は大した力も持ってないみたいですからね。歌声自体はなかなかのものでしたが」

 期待が外れたせいか、私は肩透かしを喰らったような気分になった。
 昨日私が急に眠ってしまったのは多分、いや間違いなくあの歌のせいに違いない。
 でも、妖精にすら効かないような歌では私に影響を与えられるとは到底思えなかった。
 やっぱり、わかさぎ姫に昨日の事を聞く必要があるわね。
 私はそんなことを考えながら、近づいてきた我が家をぼんやりと見上げる。
 ……そして、違和感に気がついた。

「あれ……?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない、と思うんだけど……」

 違和感を感じたのは二階の隅の部屋――記憶違いがなければ、例の『開かずの部屋』の窓。
 あそこって、カーテン開いてたかしら……?

「そうですか。じゃあ、早くいきましょう! ライブのことを決めてしまわないと写真返してもらえな……宣伝が出来ませんからね!」

 でも、天狗に急かされて思考を打ち切られ、私は仕方なく家に戻ることにした。


♪♪♪


「……では、場所は霧の湖、時間は夜の戌亥の刻から、でよろしいですか」
「えぇ、問題ないわ」

 それからしばらくして決まったライブの日時を確認しながら、天狗はメモを取る。
 どこで開くかについて人里や博麗神社でやる案も出たのだけど、結局わかさぎ姫にも聞かせてあげたいというメリルの意見を聞き、場所は湖にきまった。

「了解です。いやー、それにしても随分可愛らしい新メンバーさんですねぇ」
「そ、そうかな? えへへ」
「いやはや、本当に可愛らしい……」

 照れ笑いを浮かべるメリル。
 それを見る天狗の目は、少し怪しかった。
 メリルは私達のもんだ、やらんぞ。

「是非一枚」
「おーっとストップ、写真はNGよ。記事に名前を出すのも厳禁。メリルの加入はライブのサプライズで発表するんだから」

 カメラを構える天狗にリリカストップが入る。
 勿論、弱味を握られている天狗は逆らえない。

「えー! えー! そんなの生殺しじゃないですかー!」
「代わりにオーディションの内容教えてあげるから、それで我慢しな」
「もう、わかりましたよー……」

 強く言い出せないのもあってか、天狗は渋々承諾する。

「で、どんな人が募集しに来たんです?」
「えーっと、三味線和尚にスプラッタ仙人、ラッパー風祝にフラメンコ天人だっけ? 里の人間や河童や蛍もいたけど、そいつらはミーハーなだけのひやかしか変な道具の売りこみだったわ」
「随分奇妙な面子ですね……」
「あれは酷かったわね。リリカは幼児退行してしまうし」
「ルナ姉もなんか暴走してたじゃん」
「ほうほう……詳しくお願いします」

 取材、長くなりそうだなぁ。
 オーディションの話をしながらお互いのアラを出しあう姉さんとリリカをぼんやりと眺めながら、私は相変わらずさっきのことを考えていた。
 どうでもいいけど、私は特にボロ出さなかったわね。いやそれでいいんだけど。
 と、私は誰かに突っつかれた。
 見ると、メリルがこっちを見ている。どうしたのかしら?

「どうしたのメリル?」

 三人に聞こえないように小声でそう聞くと、メリルは少し申し訳なさそうな顔で耳打ちしてきた。

「あのね、わかさぎ姫に会いたいんだけど……」


♪♪♪


 そんな訳で、私はメリルを連れて再び湖へやって来ていた。
 さっきよりは霧も随分ましになっていて、そのお陰でわかさぎ姫は思いの外簡単に見つかった。

「久しぶりね、メリル!」
「うん! 久しぶり、わかさぎ姫」

 三週間ぶりの再会に、二人は抱き合う。
 本当に仲良いわねこの二人。

「どうだった? 三人に迷惑とかかけてない?」
「大丈夫だよ。もー、わかさぎ姫ったら心配性なんだから」

 ちょっと頬を膨らませるメリルの頭を撫でながら、わかさぎ姫は本当に嬉しそうに微笑んでいた。
 完全にメリルのお姉ちゃんしてるなー、いいなー、私もメリルの頭撫でたいなー。
 でも、折角の久々の再会なんだから邪魔するのも悪いか。
 そう思い、私は考え事もかねて暫くその辺をぶらつくことにした。
 けど、あんまり私を置いてベタベタしてるとメルメル嫉妬しちゃうぞ? パルパルしちゃうぞ? 丑の刻参っちゃうぞ?
 ……まぁ、冗談はさておき。
 私には考えなくちゃならないことが沢山あるんだ。
 答えなんて一つも出てやしないけど、とにかく考えなくては答えも出ない。
 私は新しく増えた謎――何故か開いていた『開かずの部屋』のカーテンについて考える。
 ……誰かが、あそこに入って開けたのだろうか?
 でも、誰が? あそこは扉が開かなくて入れない筈だ。
 あそこの扉と地下室への入り口は、本当に開けることができない。
 ……まだ、姉さんに入るなと言われる前のことだったかしら。
 どっちも一度興味本意でこじ開けて入ろうとしたことがあるんだけど、どれだけ引っ張ったり押したりしても扉はびくともしなかった。
 それどころか、騒霊としての魔力を使っても、動きすらしなかったのだ。
 そんな扉を、一体誰がどうやって開けられるというんだろう?

「……ん?」

 びくともしない・ ・ ・ ・ ・ ・ ・……?
 そうだ、あの部屋の扉も、地下室への扉も、『魔力を使っても』動きすらしなかった。
 ただ立て付けが悪いとか錆びて動かないというだけならそれはあり得ない筈だ。
 だって、騒霊としての力を使えば普通に動くことのない扉であってもそれを強引に破壊して引き剥がすことが出来る筈だから。
 でも、それは出来なかった。
 つまりあの扉も地下室の扉も、物理的な問題で開かないのではなく、魔法的な力で押さえつけられている――つまり、誰かの手で『封印』されているんじゃないだろうか?
 でも、誰が?
 一番怪しいのは何かを知っている風な姉さんだ。でも、それをする理由は?
 リリカか? いや、リリカなら姉さんが入ることを禁止する理由は無いはずだし、あの子があの部屋に向かうところなんて見たことがない。
 勿論私じゃないし、メリルは論外だ。
 じゃあ、誰が? 誰が何のためにあの部屋と地下室を封じている?
 気になってしまったらもう止まらない。
 私は例の部屋の窓へと飛ぶ。
 カーテンは開いていた。
 けど、中は薄暗くてよく見えない。
 窓には、鍵がかかっている。

「…………」

 私は窓のガラスに手を当てて魔力を探知する。
 特に魔力の類いは感じ取れなかった。
 なら、一か八かだ。

「開け!」

 私は、騒霊の魔力を使って窓の鍵に命令する。


 ――――ガチャリ。


「!!」

 開いた。驚くほど簡単に、その鍵は開いた。
 あまりにも拍子抜けで少し呆けてしまったくらい簡単に、窓の鍵は開いた。
 けど、私は気を取り直して窓も開け、中に滑り込んだ。


「普通の部屋、ね」

 埃に足跡を着けないよう、私は浮きながら部屋を観察する。
 もしかしたら姉さんが今のように入って確認するかもしれないからだ。
 部屋の中身は、至って普通のものだった。
 と言っても、長い間封じられていたせいかボロボロの上に汚れきっていたけれど。
 カビたベッドに、木材が少し腐り始めている小さな机。
 古ぼけた絵本の類が何冊か雑に入れられている本棚。埃まみれの薄汚れた人形やぬいぐるみ。
 床には埃が雪のように積もっていて、壁は黒い黴でもとの色がわからないくらい真っ黒。
 奇妙な物も置いていなければ、不可思議な魔法陣なんかが書かれている訳でもない、本当に至って普通のボロ部屋だ。
 一応、扉にも触れて探知してみる。
 やっぱり、こっちからは強い魔力を感じた。
 でも、他は何も感じない。
 ここで封印がかけられているのは、扉だけだということになる。
 つまり、扉だけ馬鹿みたいにしっかり封印しているのに、窓は鍵をかけるだけで何もしていない、あまりにもお粗末な封印だということになる。
 まるで子供がやったような封印。
 でも、子供がやったにしてはあまりにも強力な魔力で封印されているという、よく分からない状況だった。

「それで、誰がどうやってここに入ったのかしら?」

 私はぐるりと辺りを見回しながら、推理する。
 埃に足跡はついていないから、入ったやつは私みたいに浮きながら部屋に入ったんだろう。
 外側から窓をこじ開け、浮きながら中に入る。
 この幻想郷なら大抵のやつに出来る芸当だけど、この部屋にあるのはどう見てもありふれた、これと言って価値のないものばかりだ。

「価値があるとすれば、精々この本棚の本くらいかしら……?」

 私はそういうのに疎いから知らないけど、魔導書の類なんかはその道のものにとってはとんでもない価値があるものだったりするからね。
 念の為に本棚を見て、私は気がついた。
 本棚の本は、雑に押し込まれていた訳じゃなかった。
 何冊かが抜き取られたせいで崩れていたのだ。
 その証拠に、本棚に積もった埃に、かなり新しい小さな手形がはっきりと残っていた。
 まさか、と思い、私は机を確かめる。

「あった……!」

 案の定、机についている引き出しにも、同じような手形が残っていた。
 これで、確信した。
 この部屋は確かに誰かが、何かを探すために入っている。
 それも、つい最近だ。
 それは一体だれか? そこまでは分からないけど、候補は何人か思い付いた。
 まずは、天狗。
 あいつは今私達に弱味を握られているから、ほとぼりが冷めた頃に復讐しようとあら探しをしているかもしれない。
 でも、そんなことをするくらいなら私達の妙な写真を隠し撮りしたり悪い噂を流す方が早い筈。
 それに、外から鍵を開け閉め出来るような術を使うようにも見えない。
 次に、霧雨魔理沙。
 ほとんど関わりはないけど、同じく湖の近くにある紅魔館の本はよく盗まれていると聞くし、ふらっと立ち寄って持っていった可能性もある。
 けど、あいつの性格的に考えるなら窓の開け閉めなんてしないで強引に吹き飛ばすだろう。
 チルノ他、妖精達。
 無理だ。それこそ窓を破壊する筈だし。
 思い付くがままに考え、候補を消していく。
 結局、残ったのは三人になった。
 姉さん。
 一番怪しいけど、理由が特に思い浮かばない。
 後で隙を見て部屋を覗いてもいいけど……
 リリカ。
 こっちも、特に理由は浮かばない。
 姉さんに隠す必要がある分、全くないとは言い切れないけど。
 そして……メリル。
 理由は無いし考えたくない。けど、この子も可能性はある。
 問題は亡霊でしかないあの子がどうやって入ったかだけど……

「メル姉ー、メリルー、どこ行ったのよー?」

 と、小さな足音と共にリリカの声が聞こえてくる。
 まずい。
 扉は開かないから入ってこられる心配はないけど、怪しまれて窓から回り込まれてバレたら疑われるのは私だ。
 私は窓から飛び出て、そのまま窓とその鍵、そしてカーテンを閉めた。
 これで、多分バレることは無いはず。
 誰かが外に出てくる気配はない。
 私はひとまず胸を撫で下ろし、メリルを迎えに行く為に湖に向かった。


♪♪♪


 夜になった。
 どうやら私が開かずの部屋を探っている内に色々と話が決まったらしい。
 姉さん達からライブの取材はあの天狗に独占取材させるとか、メリルからわかさぎ姫を招待したとか、色んな話を聞いた。
 でも、正直殆ど私の頭には入ってこなかった。
 それから今日は軽い前祝いをした後、私はベッドに寝転んで一人考えていた。
 そもそも、近くの部屋で寝ている私達の誰一人として気づけなかったのはどうしてなんだろう?
 いくら宙に浮いていようが、物音を立てないように注意していようが、全くの無音というわけにはいかない。
 それに私達は職業柄、音には敏感だ。
 特に幻想の音を集めるのが趣味なリリカなんか、100m離れた所から針を落としても感付くくらい敏感。
 なのに誰も気がつかないなんて、そんなことがあるものかしら?
 それこそ、何が起きても覚めないくらい深く眠ってでもいない限り……

「眠り、眠りか」

 眠り、という単語が出ると、連鎖的にあの歌の事を思い出してしまう。
 誰の歌か知らないけど、あの歌には間違いなく相手を眠らせる力があった。

「ということは、もしかして」

 あの『開かずの部屋』に入った誰かは、その歌を歌っていたのだろうか。
 それにしては、あまりにも遠かったけれど。

「……でも、そうとしか思えない」

 ふと、私は窓を開けてみる。
 昨日歌が聞こえたのも、確かこのくらいの時間だった。
 昨日と同じく、外は静かだ。
 姉さんもリリカもメリルも眠っているのか、家からは何も聞こえない。
 今はただ、湖にさざめく波の音だけが――



 ……しの……語……
 ……る……湖に……

 歌が、聞こえる。
 間違いない。あの、歌だ。

 ……は……かな……
 ……かに……なく……

 そして、昨日と同じように、幽かな歌の後ろに、更に幽かな音が聞こえた。
 昨日は眠ってしまったせいで確認出来なかったけれど、今なら分かる。
 それは、姉さんの奏でる鬱の音に良く似ていた。
 そうか、この二つの音で、私は眠らされたのか。

 ……の歌……らに……
 ……く……した……

 勿論、今回も強烈な眠気に私は襲われる。
 けど、ここで眠る訳にはいかない。
 私は眠気にぐらつく頭を押さえながら
 部屋中の楽器に魔力を伝わらせる。

 ……かな……に……

 そして、私はありったけの魔力を使って楽器を吹き鳴らし、躁の音を奏でる。
 眠るものか、私は確かめるんだ。

 ……に……は……

 段々と、歌声が遠退いてゆき、意識がはっきりとしてくる。
 けれど、鬱の音のような音はまだ響いていた。

 ……の……と……


 もともと幽かだった歌声はもう、ほんの僅かにしか聞こえなくなっていた。
 まだだ、もう少し、もう少しできっと、その正体に―――



 ―――――――ガタン!



「やめろ!」

 不意に、階下から大きな物音が響き、同時に姉さんの怒鳴り声が聞こえた。
 鬱の音も止み、私も演奏を止めて部屋を出る。
 廊下には、同じく物音を聞いたらしいリリカが居た。
 私とリリカは頷き合い、物音と姉さんの声が聞こえた階下へと降りた。



♪♪♪



 どういう状況なのか、最初は理解出来なかった。
 私達が物音のした一階のホールに向かうと、やっぱり姉さんがそこに立っていた。
 暗がりの中にいるその顔は険しく、何かを睨み付けている。
 一体何を見ているのか、と姉さんの視線の先に目を凝らすと、

 そこには、座り込んだメリルがいた。

「ちょっと、なにしてんのよルナ姉!」

 リリカが叫び、庇うように姉さんとメリルの間に割って入る。

「後ろを見てみな」

 けれど、姉さんは険しい顔のまま、メリルの背後を指差す。
 私はランプを呼び出して、その指の先を照らした。
 すると、どういうことだろう。

 開かない筈の地下室への扉が、その大きな口を一杯に開いていた。

「え、嘘、これって、開かない筈じゃあ……」

 リリカが困惑の声を上げる。
 私も同じような気持ちだったけど、姉さんとメリルの様子を見て、なんとなく分かってしまった。

「そう、ここは本来開かない筈の場所。ここと二階の一番奥の部屋は、強力な魔法で封印されているからね」

 いくらか落ち着いたのか、姉さんがいつもの淡々とした口調で説明する。
 やっぱり、封印されていたのか。

「姉さんが封印していたの?」

 私はがそう聞くと、姉さんは首を横に振った。

「封印していたのは、私じゃない。そして、封印を解けるのは、この封印をした『人間』だけよ」

 人間という言葉をやけに強調して、姉さんは再びメリルに視線を移す。
 その目はどこか、悲しげだった。

「そうでしょう、メリル――いや、レイラ?」
「レイ、ラ……?」

 その名前を聞いた瞬間、私の中に狂おしいほどの懐かしさと愛おしさが駆け巡る。
 レイラ、レイラ、レイラ、レイラ。
 誰の名前かは分からなかった。
 けれど、その名前は、私に酷く重たく響いてきた。

「ルナ姉何言ってんのよ! この子はメリルでしょ? レイラなんて名前、じゃあ……」

 リリカも私と同じような気持ちになったのか、泣きそうな顔になっていた。
 分からない、分からないのだ。
 とても大切な名前の筈なのに、分からないのが悲しくて仕方ない。

「答えなさい、レイラ」
「…………」

 黙ったままのメリルを、姉さんはもう一度その名前で呼んだ。
 姉さんの顔もまた、険しいものから悲しんでいるような、愛おしいものを見るような顔に変わっていた。

「……いつから、気がついていたの?」

 メリル――いや、レイラが、ポツリと疑問の言葉を口にした。

「いつからかしら。私にもわからないわ」

 答えになっていないような答えを、姉さんは返す。
 でも、ふざけている訳じゃなくて、本当にそうなんだろう。

「待ってよ。そもそも、レイラって誰? 私にも教えてよ!」

 リリカが叫ぶ。
 そうだ、酷く懐かしく思っても、それが誰なのかわからない。
 私達も、その名前が何なのか知る権利があるはずだ。

「レイラ。レイラ・プリズムリバー。……私達の、一番下の妹の名前よ」
「妹……?」

 リリカが絶句する。
 そうだ、これはまさしくリリカが言っていた事を裏付ける言葉だった。
 私達の、四人目の姉妹。
 でも、私の疑問はまだ解決していない。

「待ってよ姉さん、メリル……レイラは亡霊よ? 私達の妹なら、騒霊じゃないとおかしいじゃない」
「レイラは人間だった」
「え?」

 人間だった? 姉さんは何を言っている?

「私達は、レイラに生み出された嘘の――偽物のレイラの姉達なのよ」

 偽者? 嘘? 私達が?
 一体どういう意味なの?

「待って。ここからは、私が話すから」

 と、レイラが姉さんを止める。
 覚悟したような目をしていた。
 姉さんは無言で頷き、レイラは語り始めた。



 レイラは、昔のある伯爵の娘だった。
 レイラはお父さんと三人の姉――つまり、『本物』の姉さんと私とリリカのこと――と一緒に暮らしていた。
 けれどある日、レイラのお父さんはこの国であるマジックアイテムを手に入れてしまい、それが原因でレイラ達は離れ離れになってしまった。
 お父さんは死に、レイラは『本物』の私達とも離れ離れになって、一人ぼっちになってしまった。
 そして、レイラがその寂しさをまぎらわすためにマジックアイテムを使って私達を生み出した……というのが、おおよそのレイラの話だった。

「でも、それだけじゃなかった。マジックアイテムを使った『レイラ』は、それにかけられた呪いを受けて、死んでしまった」

 生前の自分のことを『私』ではなく、『レイラ』と呼んで、レイラは続ける。

「そうして何百年も過ぎた、ある日だった。目が覚めた私は、湖の中に居た……」

 これで全部、と言ってレイラは口を閉じる。
 そうか、だから私達は姉妹で、レイラも人間の身でありながら私達の妹だったのか。
 リリカが感じたことも、生前のレイラとの日々を少し思い出したから。
 でも、まだ疑問は残っている。

「じゃあ、どうして貴方はわざわざ嘘の名前を名乗って私達に会いに来たの? そんなことしなくたって、普通に名乗ればよかったじゃない」

 わざわざ嘘なんてつかなくても、ちゃんと言ってくれればよかったのに。
 どうして、こんなことを?

「……分からないの。自分のことが」

 レイラは、泣きそうな顔になってそう言った。

「私は――『レイラ』は、マジックアイテムの呪いで死んだ。マジックアイテムに――この『笛』に、魂を食べられちゃったの。だから、あの世に行けないまま、湖の中にずっといた」

 そう言って、レイラはあの銀の笛を私達に見せてくる。
 その笛はつまり、『レイラ』の魂そのものだったのだ。

「長い長い、気が遠くなりそうな時間を湖の底で過ごす内に、私はだんだんと自分が分からなくなってしまった。自分が本当に『レイラ』なのかどうかさえ、分からなかった。記憶が、殆ど無くなってしまった。この姿だけが、唯一ちゃんと残ってる『レイラ』の記憶から作った姿。……でも、その記憶が本当に正しいのかは、わからない」

 段々と記憶が磨り減って、自分が分からなくなってゆく。
 それはきっと、本当に恐ろしいことに違いなかった。

「だから、怖かったんだ。もし、私が『レイラ』じゃなくて『レイラ』の魂を借りただけの笛の化け物だったらって、姉さん達と会ったときに、お前はレイラなんかじゃないって言われてしまうんじゃないかって……この、たった一つはっきりと覚えていて、私が私だと証明できる筈の姿でさえ、偽者だったら……そう思うと、怖くて堪らないの」

 自分が自分でなかったとしたら。
 本当の自分なんてもう、どこにもいないとしたら。
 この子は、何処にもいけなくなってしまう。

「だから、姉さん達の名前から一文字ずつ貰って『メリル』って嘘の名前を自分に付けた……もし、私が『レイラ』じゃなかったとしても。『メリル』としてなら姉さん達の側に居られると、そう思ったの」

 レイラが涙を流しながら語る。
 メルラン、リリカ、ルナサ。その頭の文字を一つずつとって、メリル。
 そうか、そうだったのね。
 それほどまでに、この子は私達の事を思っていたのか。
 それなのに、思い出してあげられない自分が、堪らなく悔しくなった。

「でも、私はどうしても自分が本当に『レイラ』なのか確かめたかった。『レイラ』がこの笛で封印した『レイラ』の部屋と、沢山の『レイラ』の思い出が詰まったこの地下室。そこにならきっと、答えがあるはずだから」

 笛の魔法を使ってつけた封印は、笛の魔法によってしか解くことが出来ない。

「姉さん達を騙すようなことをして、本当にごめんなさい。でも、確かめさせてほしいの。私が本当は何なのか……」
「駄目よ!」

 けれど、レイラの願いは姉さんの声で遮られる。
 姉さんは今にも泣きだしそうな顔で、レイラを見つめていた。

「姉さん……」
「そんなことをしたって、何の意味もない! レイラはレイラよ! それ以外のどの事実が必要なの?」

 堰を切ったように姉さんは語り続ける。

「レイラは私達が偽者であることを忘れるように、気付かないようにと、そこを封印した。あの子が自分の部屋さえも封印したのもそう。あの子は、偽者の私達を本物にしようとしてくれていた。真実本物偽者の差に意味なんてない! 私達もあなたも本物よ! それでいいじゃない!」



 こんなに取り乱した姉さんを見るのは、初めてだった。
 どうしてかは分からないけど、姉さんは、一人だけ真実を知っていた。
 一人で、全部抱えていたのだ。
 自分が偽者だと知って喜ぶものなんていやしない。
 だから、嘘をついてでもその真実を隠そうとしていたのだ。

「私は認めない。絶対に確認なんかさせるものか!」

 姉さんが魔力を使って強引に地下室への戸を閉じる。
 凄まじい音を立てて閉じたそれを、姉さんは自分の魔法で何重にも封じてしまった。
 リリカは、何も言わずに泣いていた。
 レイラも、泣き顔のまま何も言わなかった。



♪♪♪




 少し落ち着いてから、私達はそれぞれの部屋へと戻った。
 他に、出来ることなんてなかったからだ。
 私達は偽者で、レイラもレイラじゃないかもしれない。
 頭がどうにかなりそうだった。
 何も分からない私は、一体どうしたらいい?
 ベッドに寝転んで、考える。
 私は、レイラに関する事を何も覚えてはいない。
 リリカも、姉さんも、他ならぬレイラでさえ、そうなのだ。
 どうして、私は、私達はレイラのことを忘れてしまったのだろう?
 それは、私が偽者だからなのだろうか。
 何か一つでも、何か一つでも覚えていれば……

 ――“覚えておいででしょうか”
 不意に、そんな言葉が私の頭を過った。

「そうだ!!」

 一人、いるじゃないか。
 レイラと長く関わってきた者が。

 もし、レイラをレイラと保証できるような答えじゃなかったとしても、きっと何かが掴めるはずだ。
 私はベッドから跳ね起き、窓から外へと飛び出した。
 恐らくただ一人の、レイラを知る者に会うために。



♪♪♪



 夜の湖は霧も消え、その美しい姿を月光に彩られていた。
 私は湖の上を飛び、彼女を探す。
 きっと、彼女なら何かを知っているはずだからだ。
 何処だ、一体何処に……


 ――――ばしゃん。

 水の跳ねる音がする。
 もう随分と聞き慣れたような気がするその音は、今の私が狂おしいほどに求める音だった。
 音の方向に目を向ける。
 ……いた。

 彼女――わかさぎ姫が、湖上の岩に腰かけて、月を見上げていた。

「ねぇ、わかさぎ姫――」

 声をかけようとして、私はわかさぎ姫が歌を歌おうとしていることに気がついた。
 私は思わず口をつぐんで、その様を見つめる。
 そして、月光に照らされて儚く輝く湖上の歌姫が、静かにその喉を震わせた。



 むかしむかしの 物語
 霧立ち上る 湖に
 歌好き人魚が おりました
 そこは静かな 湖で
 他に音出す ものはなく
 人魚の歌が ひたすらに
 ただただ響く だけでした

 静かな静かな 湖に
 小さなお屋敷 たちました
 そこに住むのは にぎやかで
 仲睦まじい 四姉妹
 静かな静かな 湖は
 少しだけれど にぎやかに

 そんなある日の ことでした
 四人姉妹の 末っ子と
 人魚がばったり 会いました
 末っ子娘は 笛を吹き
 人魚も負けじと 歌います
 そうして二人は 仲良くなって
 たびたび会うよに なりました

 四人姉妹の 末っ子の
 自慢の銀の 横笛は 
 ひとたび吹けば 魔法をかけて
 ふたたび吹けば 奇跡を起こし
 みたび吹いたら 願いが叶う
 不思議な不思議な 笛でした



 わかさぎ姫の澄んだ歌声が、湖に満ちてゆく。
 あぁ、そうか。やっぱり、この歌だったんだ。
 わかさぎ姫が歌い、レイラの笛がその魔力を高める。
 そうすることで、私たちを眠らせてレイラを助けていたんだ。


 ある時人魚は たずねます
 「どうして貴方は ちがうのかしら?」
 人魚が疑問に 思うのは
 お屋敷にすむ 姉三人

 四人姉妹の ひとりめは
 静かで優しい 真面目な子
 四人姉妹の ふたりめは
 いつも賑やか 元気な子
 四人姉妹の さんにんめ
 いたずら好きな 賢い子
 その三人は 幽霊で
 末っ子だけは 人でした

 それもそのはず 三人は
 笛が作った 嘘でした
 一人ぼっちの 末っ子の
 たった一つの その願い
 叶えた銀の 横笛の
 優しい優しい 嘘でした

 けれども銀の 横笛は
 魔女が作った 呪い笛
 願い叶える そのかわり
 魂喰らう 呪い笛
 願い叶えた 末っ子は
 静かな眠りに つきました

 眠りにつきゆく 末っ子が
 最後に言った その願い
 「人魚の様に 眠りたい」
 それを叶えた 三姉妹
 願い通りに 末っ子は
 自慢の銀の 笛を持ち
 優しくたゆたう 湖の
 静かな静かな 水底で
 今でも覚めぬ 永き眠りを
 覚めることなき 永き眠りを――


「永き、眠りを……」

 歌い終えたわかさぎ姫は、呆然としていた私をまっすぐに見つめてきた。
 彼女は泣いていた。涙を流しているわけでも、嗚咽を漏らしているわけでもないけれど、何故だか、そう思った。

「その後は、どうなったの?」

 何かに突き動かされるように、私はそんな言葉を口にしていた。
 あの歌は、間違いなくレイラと私達の歌だ。
 わかさぎ姫は、レイラのことを、私達の事を知っている。
 それならば。
 聞かなきゃならない。レイラの為に。
 知らなきゃならない。私の、私達の為に。

「知りたいですか?」

 彼女は岩から降り、膝まで水に浸かった私へと近付いて来る。

「知りたい……いや、知らなきゃいけないの!」

 私の返事に目を細め、わかさぎ姫はその手を私の頬に添える。
 ぞっとするほど冷たい感触だった。

「きっと、後悔しますよ?」
「聞かない方が後悔するわ」

 レイラは何故、私達のもとへやって来ることができたのか。
 私達は何故、レイラのことを忘れてしまったのか。
 私は、それを知る必要があるのだ。

「……分かりました」

 わかさぎ姫は諦めた様な顔でそう言って、語り始めた。

 銀の呪い笛、つまりは魂を代償に願いを叶えるマジックアイテムによって私達は生まれ、その後暫くして、レイラは死んだ。
 そしてレイラは死の間際、自分の魂を喰らった笛と共に自分を水葬にするように言って、私達はその願いを叶えた。
 ここまでは、さっきの歌の通り。
 わかさぎ姫の話は、ここから始まる。

「レイラがこの湖の底で眠りについた翌年辺りからでしょうか。貴方達は毎日の様にレイラに向けて楽器を演奏するようになりした。確か……そう。レイラがいつも吹いていた曲を、ずっと」

 私達が楽器を演奏するようになったのは、レイラが死んでからのことだとわかさぎ姫は言った。
 レイラの曲を演奏していたのは多分、他の曲なんて知らなかったからなんだろう。

「でも、時が経つ内にそれも少なくなり、いつしか貴方達はレイラを忘れました」
「どうして?」

 レイラを想って演奏をし続けていて、どうしてレイラを忘れるの?
 そんなの、変よ。

「……仕方の無い事なんです。私達妖怪は、60年ごとにその記憶の殆どを失ってしまう。レイラが死んで、もう120年程過ぎたでしょうか。私達の記憶は、もう二度も上書きされている」

 ……そう、なのか。だから、私達はレイラを忘れたのか。
 60周期の記憶の循環。そのふざけた摂理で、私達はレイラの記憶を失ったのか。
 ……ん?

「待って。じゃあ、貴方はどうしてレイラの事を覚えているの?」

 わかさぎ姫の言うことが本当なら、わかさぎ姫もレイラの事を忘れている筈だ。
 それに、姉さんも。
 完璧ではないにしろ、姉さんもレイラの事を覚えていた。
 そして、わかさぎ姫もまたこうして覚えている。
 それは、どうして?

「さっきの歌です。記憶を記録として残しておけば、それを確認することで思い出すことが出来るようになる。私はレイラの記憶を歌にすることで、レイラの記憶を残しました」

 そうか、そうだったのか。
 残せない記憶を歌にして、歌い続けることで、わかさぎ姫は記憶を残したんだ。
 そして、湖の底でその歌を聞くことで笛の中にいたレイラも記憶をわずかながら取り戻したんだろう。
 姉さんもそう。姉さんはずっと日記をつけている。
 多分偶然なんだろうけど、それを見ることで姉さんもレイラのことを思い出したんだ。
 でも、私とリリカは何も残していなかった。
 だから、違和感を感じても思い出すことが出来なかったんだ。

「それから、今年は異変が二つあったことを覚えていますか?」

 わかさぎ姫は、話を続ける。
 今度はきっと、今の『レイラ』のことなんだろう。

「……うん」

 感情が暴走する異変と、宗教戦争。
 小人達の反逆と、新しい九十九神の誕生。
 その二つの異変が、何か関係しているのだろうか。

「これは、私の推測ですが……レイラの魂は、あの銀の笛の中にいました。それが、感情が暴走する異変の影響で感情が暴走する異変の影響で目覚めたんだと、思うんです」

 霊とは気質、つまり感情の塊のようなもの。
 それが異変の影響で暴走して、笛に封じられていたレイラの魂が目を覚ました……か。
 それから、とわかさぎ姫は続ける。

「あの小人の異変。小人の使った打出の小槌の影響で、沢山の道具が付喪神になったと聞きました。ちょうど、レイラが目覚めたのもその頃。もしかしたら、レイラの笛も……」
「ってことは、まさか……」

 思わず、息を飲んだ。
 レイラが「自分は笛の化け物かもしれない」と言った理由。
 元々レイラの魂が宿っていたことで、笛そのものには魂が宿っていなかったとしたら。
 そして、それが小人の異変で笛の方に付喪神の魂が生まれ、感情の異変でレイラの魂が笛の付喪神を乗っ取る形でこの世に現れた亡霊なのだとしたら。
 打出の小槌の力で生まれた付喪神達は、一部の連中を除けばみんな元の道具へと戻りつつある。
 それはつまり……

 勿論、全部仮定に過ぎない。
 本当に付喪神の様な亡霊として現れたレイラの可能性もあるし、レイラの記憶を半端に受け継いだだけの付喪神なのかもしれない。
 でも、どっちにしたとしても。
 


 ……多分、もうすぐ今の『レイラ』は消える。



「……私が知っているのは、ここまでです」

 わかさぎ姫そう言って、静かに目を伏せた。
 多分、この子もそれを理解しているんだろう。

「最後に一つ、聞かせてほしい。貴方は……貴方は、レイラの本当の姿を知ってるの?」

 私は、最後にそう確認する。
 レイラの拠り所であるその姿が本物だという証拠があれば、あの子はきっとレイラでいられる筈だから。

「……いいえ。私が残せたのは、この歌だけです。だから、容姿の事は」
「そう……」

 けれど、駄目だった。
 レイラの姿を証明できるものは、誰もいない。

「私は……」

 私は、どうしたらいい?
 どんなことをレイラにしてあげられるだろうか?

「私は、これからもこの歌を歌い続けようと思います。またいつかレイラに会えたときに、私が覚えていられるように」

 わかさぎ姫は、そう言って悲しく笑った。
 レイラを、覚えていられるように。
 ……そうだ!

「ありがとう、わかさぎ姫。私、自分がどうしたらいいか分かった気がする」

 私は笑って、わかさぎ姫にお礼を言った。
 私達が忘れてしまった、私達の妹を覚えていてくれたことを。そして、妹をこれからも覚え続けていると言ってくれたことを。
 わかさぎ姫と別れて、私は家へと戻る。
 私は、私がやれることをやるしかないのだ。


♪♪♪


 それから、更に時間が過ぎて、ついに10月31日――つまり、ハロウィンライブの日になった。
 窓から外を見てみると、既に湖の周りには沢山の観客が詰めかけていた。
 しかも、多分今までで一番多い。

「ついにこの日が来たわね!」
「す、すごい数の人……」
「ど、どしたのレイラ、緊張しちゃった? 大丈夫だって、いつも通りにやればいいのよ」
「そういうリリカも足が震えてるわよ。レイラの方がまだ落ち着いてるわ」
「こ、これは武者震いよ! ルナ姉は余計なこと言わないの!」
「ふふふっ」
「おっ、レイラが笑った」
「そうそう、なんでも笑っていけば緊張なんて吹っ飛ぶのよ! さ、ハッピーに行きましょ!」

 あの夜少しぎくしゃくしてしまった関係をなんとか元に戻し、私達は今までのように並んでいた。

「行くよ」
「おー!」「りょーかい!」「うん!」

 姉さんの合図と共に、私達レイラを隠すような立ち位置で湖の中心に降り立つ。
 その瞬間、湖畔からは歓声が上がった。


「よくぞ集まってくれました! 今宵は我ら幽霊楽団の新しいメンバーのデビューライブ! どうか最後までお楽しみ下さい!」

 私がマイクで口上を述べると、湖畔から更に歓声が上がる。

「今宵はハロウィン。死者の霊が悪霊達と共に帰ってくる一夜。陰気な死者すら躍り狂うような旋律の宴、どうか最後までお楽しみ下さい」

 次に、姉さんが普段とは少し違った口上を述べた。
 その時初めて、私はハロウィンの祭りの意味を知った。
 死者すら躍り狂う旋律の宴、か。
 きっと、そんな一夜にしてみせよう。

「ストラディヴァリウスも裸足で逃げ出す名器を演奏するにふさわしい美人ヴァイオリニスト、ルナサ・プリズムリバー! 多くのジャズペッターの生き血を吸ってきた恐怖のトランペットを自在に操る魅惑のトランペッター、メルラン・プリズムリバー! 幻と消えた不遇のシンセサイザーを使いこなすこの私、リリカ・プリズムリバー! そして――」

 リリカがいつもの口上をまとめて述べ、大きく溜める。
 
「伝説の魔笛をも手懐ける美少女奏者にして我等が幽霊楽団の新メンバー、レイラ・プリズムリバー!」

 リリカの口上と同時に私達は散開し、レイラ一人が光に照らされる。
 会場から、爆発的な歓声が上がった。

「一夜限りのスーパーライブ、皆さん楽しんで行って下さいね!」

 その爆発的な歓声を一身に受け、少し緊張しながらレイラが口上を締め括り、私達も配置に戻る。

「頑張って!」

 歓声の中、わかさぎ姫の声が聞こえた。
 見ると、彼女は少し離れた水面から手を振っていてくれていた。
 レイラが、力強く頷く。
 その顔にはもう、緊張の色は無かった。
 さぁ、始めよう。
 私達の、私達だけの、一夜限りの晴れ舞台を。

 姉さんの『グァルネリ・デル・ジェス』に始まり、私の『ヒノファンタズム』、リリカの『ファツィオーリ冥奏』と各自のソロ曲を順番に合奏してゆく。
 姉さんの鬱の音が過剰なまでの熱気を和らげ、私の躁の音がその反動を使って更に熱気を跳ね上げ、リリカの音が行きすぎないようにそれらを整え、そしてレイラの音が私達の音を更にもう一段上へと昇華する。
 まだライブは半分だと言うのに、既に観客達は沸き上がり、躍り狂っていた。
 そうだ、それでいい。
 今だけは全てを忘れ、この熱狂に身を任せよう。
 会場の熱気は最高潮。演奏する姉さんも、リリカも、レイラも、そして私も、皆笑ってここにいる。
 今は、他のことを考える必要なんてない。
 ただ、一心不乱に楽しもう。

 そして、『ライブポルターガイスト』、『二度目の風葬』を終え、ライブは最終幕へと加速する。

「さぁ次は、私の新曲!『魔笛に捧ぐ幻想曲』よ!」

 新曲の曲名を宣言し、私とレイラは最初のトランペットとフルートの二重奏を吹きならす。


 わかさぎ姫と話した後、私は二つの曲を作った。
 心を決めた私は、今まで行き詰まっていたのがまるで嘘のように曲を書くことが出来た。
 そうして完成した曲の一つが、この曲だ。
 この曲はトランペットとフルートの二重奏に始まり、キーボードとトランペット、ヴァイオリンとフルート、キーボードとヴァイオリン、キーボードとフルート、ヴァイオリンとトランペットの二重奏を経て、最後は全員での四重奏へとつながっていく。
 レイラの全てを奪い、レイラの願いを叶え、レイラを再び私達と巡り合わせた、呪わしくも愛おしい、銀色の魔笛。
 その魔笛と、それを演奏するレイラに捧ぐ私の想い。
 そんな幻想曲を、今宵私達は演奏する。
 もっと、もっと! もっと盛り上がって!
 浮かれ果てた湖畔の幽霊達が空へと昇り、草木に取り憑き、あの異変のようにありえない花を咲かせる。
 同じく浮かれた生者達もまた、弾幕を飛ばしたり、踊ったりして熱狂していた。
 まだまだ、もっと!
 この程度では終わらない。
 私達の想いはこの程度ではまだ足りない。
 だからもっと、もっと!
 旋律の宴に更に花は咲き狂い、人々は舞い踊る。
 死者は湖畔の木々だけでなく幻想郷中の花が咲き狂わせ、生者の放つ弾幕に照らされてその美しさを競いあう。
 たった一夜の、たった一夜だけの、花の異変。
 私達はまさに、その中心にいた。
 あぁ、なんて楽しいんだろう!
 ずっと、この時が続けばいいのに……!
 私達が、レイラにできること。
 それは、レイラを精一杯、力の限り楽しませることだ。
 私には願いを叶える力も、奇跡を起こす力もない。
 でも、私にはみんなを昂らせる音を出す力がある。
 これは、私にしかできないことだ。
 だから、願いは叶えられずとも、せめてこの力でレイラを幸せにしてあげよう。
 そう思ったから、私はここにいる。
 さぁ、もっと!
 もっと、ずっと―――――!











 リリカの伴奏の余韻が響き、曲が終わる。
 未だ人々は躍り狂い、幽霊達も咲き狂っていた。
 一先ずの演目を終え、私達は息をつく。

「レイラ!」

 私は、一番前で岸の喧騒を眺めているレイラの名を呼ぶ。
 振り向いたレイラはにっこりと、最高の笑顔を浮かべて。











 そのまま、糸が切れたように崩れ落ちた。










「「「「レイラ!」」」」

 水面に倒れたレイラに、私達は駆け寄った。
 わかさぎ姫に支えられるレイラの顔は青ざめ、ひゅうひゅうと喉を鳴らす。
 レイラは、力尽きようとしていた。
 そんな状態でも決して銀の笛だけは手放さないのは、やっぱりそれがレイラの魂そのものだからか。
 沸き立っていた観客達も私達の異変に気がついたのか、さっきまでとは違ったざわめきを起こしていた。

「レイラ、しっかりしてよ、レイラ!」

 リリカが呼び掛けるが、レイラはひゅうひゅうと声にならない言葉を返すだけ。
 会場のざわつきもどんどんと大きくなってゆく。

「……メルラン、レイラを連れて家まで行きなさい」

 そんな中、姉さんがはっきりとした声でそう言った。

「リリカ、次の曲を準備して。レイラのライブを失敗に終わらせるわけにはいかない」
「……! 分かった。メル姉、お願い!」
「私からもお願いします!」

 二人が次の曲を準備するまでの間を持たせるために、わかさぎ姫が歌い始める。
 レイラと私の離脱について姉さん達は一切何も説明せず、ハプニングはサプライズに変わる。
 そうして再び盛り上がる湖畔の喧騒を越え、私はレイラと共に廃洋館へと戻った。

♪♪♪




 私はレイラを背負い、洋館の中を歩く。
 自然と、私の足はあの地下室の入り口に向かっていた。

「……メルラン、姉さん」

 少し落ち着いたのか、レイラが掠れた声で私に話しかけてくる。

「お願いが、あるの」
「分かってる。一緒に、探しに行きましょう」

 これで、最後だから。
 もう、レイラは限界だ。
 その身から魔力は感じとれず、気配も薄くなり始めている。
 レイラの魂も、魔笛の呪いも、この世から消えかけているのだ。

「私ね、ずっと、湖の底で姉さん達の音を聞いてた。それで、一回でもいいから姉さん達と一緒に演奏がしたいって、思ってたの」

 そして、その願いは、今日叶った。
 レイラの望みは、叶ってしまった。
 もう、亡霊としての未練も、残ってはいないのだ。

「……楽しかった?」
「……うん」
「よかった。私達も、楽しかったわ」
「うん、うん……!」

 弱々しい声で、強く、強く肯定するレイラ。
 そんないじらしい様が、堪らなく愛おしかった。



 ……やがて、私は地下室の入り口に辿り着く。
 姉さんのかけた封印は、もう残っていなかった。
 きっと姉さんが解いてしまったんだ。
 わかさぎ姫に聞いた話は誰にもしていなかったけど、多分、姉さんもこんな時がくるのが分かってたんだと思う。
 私はランプを呼び出してから魔法でその扉を開き、中を覗く。
 ぽっかりと大きな口を開けたその扉の下に、真っ暗な闇に続く階段が伸びていた。

「一つだけ……はっきりと覚えてることがあるの。絵が……絵が、あるはずなんだ。私と、姉さん達が書かれた、大きな絵」

 ぼんやりとした、レイラの記憶。
 そこから再現したという、今のレイラの姿。
 その絵がちゃんと存在して、今のレイラの姿と一致していれば。
 それは、レイラがレイラであるという証明になるはずだ。
 何としてでも、見つけ出さなきゃ。

「行くよ、レイラ」

 私はレイラを背負ったまま、ゆっくりと屋敷の地下への階段を降りていく。
 レイラの言う、私達四人の姉妹が描かれた絵を、レイラがレイラである証明を探す為に。
 もう殆ど力が入らないのか、ぐったりとしたレイラの体はずしりと背中にのし掛かってくる。
 けれど、それがレイラがまだちゃんと此処にいることを証明してくれているみたいで、むしろ嬉しかった。
 地下へと続く薄暗い階段を、私達は黙々と降り続ける。喋るだけでもレイラを消耗させてしまいそうで、怖かったのだ。
 どれくらい降り続けただろうか。私達はようやく地下室へと辿り着いた。
 百年以上もの間誰も訪れることのなかったここは、埃や黴の臭いが噎せ返りそうな程に立ち込めている上に、よくわからないガラクタ――『本物』の私達の持ち物やマジックアイテムの類だろうか――で一杯だった。

「この辺り?」
「……うん、ここをまっすぐ行って……三つめの、棚の後ろ……」

 掠れた声で答えるレイラの言葉通りに、私はガラクタの山の中を進む。
 きっと思い出深い品物ばかりの筈なのに、何一つとして思い出せない自分が少し哀しくなった。
 やがて、私はレイラの言った場所へと辿り着く。

「……絵、ある……? 暗くて、よく見えないの……」

 本当に、もう何も見えてはいないのだろう。レイラは消え入りそうな声で私に訊ねてくる。
 本当に不安なのだろう。縋るような声だった。
 あぁ、なんていじらしく、愛おしい子なのだろう……。
 小さなランプの灯火だけが頼りの暗闇の中で、私はそれを確かめる。
 何度も何度も、確かめる。

「ある……?」
「…………あるよ。ちゃんと、ここにある。みんな最高にハッピーな笑顔で映ってるわ。レイラの絵も、今の姿と全く同じ。レイラは、しっかりとレイラだったわ。大切な、私達の妹だった」
「そっか、そうだよね……ありがとう……」

 私は、嘘をついた。絵なんて、切れっ端さえありはしない。
 ここにあるのは、他と全く同じように埃と黴で黒く塗りたくられた壁だけだ。
 けれど、そんな真実にどれほどの価値があるのだろう?
 そんな哀しい真実なんて、必要ないじゃない。ハッピーな嘘の方が、比べ物にならないくらい価値が上じゃないか。
 誰にも、レイラの姿はわからない。
 ならば、私がここで嘘をつけば、それはレイラにとっての真実になる。
 だから、私は嘘をついた。
 最愛の『妹』を、悲しませないために。

「あ……」

 『レイラ』の小さな声が聞こえ、ついで背中が少し軽くなる。
 ……ついに、その時が来た。来てしまった。

「ごめんね、時間みたい……姉さん達の曲、もっと聞きたかったな……」
「何言ってるのよ、いつでも聞かせてあげるわよ。……そうそう、もう一曲、新曲があるの。明日の夜、レイラのいるところまで届くように演奏するわ」
「ほんとに? ……やった、嬉しい……」
「勿論よ。楽しみにしてなさい」

 うん、うんと小さく返事をして、レイラはその消え入りそうな声で私に囁く。

「ねぇ、また……姉さん達と、会える、かな……」

 レイラの頬からこぼれ落ちたのだろうか、それとも私のものなのだろうか。あたたかな雫が、私を濡らす。
 ……あぁ、本当に、あたたかい。

「会えるわよ。当たり前じゃない。姉さんもいってたでしょ? 今日は――ハロウィンは、一年に一度、魂が地上に帰ってこれる日なんだから……いや、お盆もあるから、二回かな。会える機会なんて、何回だってあるわ」

 そうだ、魔笛の呪いは解け、レイラの魂は本来の、あるべき所に逝く。
 だからきっと、また会える。
 そうに、決まっている。

「いつまでだって待ってるから、いつでも会いに来なさいよ」
「うん……約束、ね……」

 ぎゅう、とほんの僅かに力を強めて、
レイラの手が私を抱き締める。
 その手に触れても、もう温もりを感じることは出来なかった。

「きっと……いつか、きっと――」







 ――また、会おうね。






 ただ一つ残った銀の魔笛が転がる、軽い音が響く。
 背中から完全に重みが消えて、私は膝をついた。
 動く気にもなれなくて、私は何もない壁の前でうつむく。

「メルラン」
「メル姉」

 後ろから声が聞こえる。振り向くと、ライブを終わらせたらしい姉さんとリリカがそこにいた。

「レイラは……」
「……逝っちゃった。でも、『またね』って、約束したわ」

 二人の問いに、私は無理矢理笑顔を作って答えてみせる。
 湿っぽいのなんて、私には似合わないもの。

「そう……」

 姉さんは小さく震えた声でそう言って、それ以上は何も言わなかった。

「レイラ……」

 それに対して、リリカは泣きそうな声で呟き、床にうずくまる。
 もう、リリカは泣き虫なんだから。

「なーに泣きそうな顔してるのよ、そんなんじゃレイラが心配しちゃうでしょ? ほら、二人とも思いっきり笑って! 約束したんだもの、また会えるわよ!」

 精一杯の元気で私は笑って見せる。
 泣くもんか。こんなときこそ、私が元気出して皆をハッピーにしてあげないと。
 そうでしょう、レイラ?

「さぁ、次のライブに向けて特訓特訓! レイラに笑われないように、もっと音を磨くわよ!」

 二人の背中を押して、私達は地下室を後にする。
 私達の真実が存在しないここに留まる理由なんてないんだもの。
 私達の存在も、あのレイラも、本物の姿や記憶を真似ただけの、紛い物の嘘っぱちなのかもしれない。
 けれど、それがなんだ。
 私達が過ごした日々は、抱いた感情は、想いは、紛うことなき本物だ。純然たる真実なのだ。
 それは誰にも否定できない。させるものか。
 今の私達はただの『プリズムリバー四姉妹』なんかじゃない。
 私達は幻想郷最高の楽団姉妹、『プリズムリバー四姉妹』なんだから。



♪♪♪




 それから、また夜が来た。
 私達はレイラとの約束通りに、楽譜と自分が持っているありったけの楽器と共に霧の湖の湖畔に立っていた。
 霊達を呼ぶためにトランペットを吹き鳴らしながら、私は持ってきた楽譜と楽器達を空一杯に広げる。
 姉さん達も同じく、自分の楽器を広げた。
 わかさぎ姫にも視線を送ると、いつでも大丈夫です、という合図を返してくる。
 準備は整った。

 ――さぁ、始めよう!

「さぁ! 今日は昨日できなかった新曲を発表するわよ! みんな、ハッピー!?」

 私が高らかに口上を述べると、湖に集まった霊達が沸き立った。そうこなくちゃね。
 折角の演奏だもの、レイラ以外の皆にも聞かせてあげる方がハッピーってもんよね。

「さぁ、始めるわよ! タイトルは――――」

 そして、私はレイラを忘れない為に作ったもう一つの新曲のタイトルを告げる。




 
 私達の奏でる音色が、 わかさぎ姫の澄んだ歌声が、澄み渡る秋空の幻想郷に響き渡る。
 旋律と歌声は、どこまでもどこまでも轟き続ける。
 陽光に煌めく霧の湖を越え、遙に聳える妖怪の山を越え、海のような雲を越え、どこまでも冴え渡る秋空さえも越え、冥界への結界よりも高く、高くへ。
 もっと、もっと! もっと高く、遠く! もっと果てまで! レイラに届くように!
 私達は奏で続け、わかさぎ姫は歌い続ける。
 いつまでも、どこまでも、きっと届くと信じて。あらんかぎりの想いを込めて。
 いつかきっと、また会おう。
 そしてその時は、五人で一緒にこの曲を奏でよう。
 それまで私は、私達は、ちゃんと此処にいるから。此処で待っているから。
 今度は、貴方がちゃんと貴方であれるように、会えなくても私達はちゃんと覚えているから。


 だから、今は、今だけは。



 この音色よ、この歌よ、彼方レイラへ届け――――!





<了>
真実のような優しい嘘。
嘘のような残酷な真実。
最期に聞くなら、どちらがいいのでしょうか。
付喪神と亡霊、レイラがどっちだったのかは考えていません。
でも、どっちだったとしても多分また再会できると思います。
色々と拙いところばかりでしたが、読んで頂き、本当にありがとうございました。
翠鷹
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.7あらつき削除
面白かったです。いきおいがあって。
2.10名前が無い程度の能力削除
とにかく、満点!
3.9名無削除
良い姉妹愛でした。
4.2エーリング削除
まあレイラネタだろうなあと思ったらレイラネタでレイラオチな話でした。テンプレ万歳。でもどうにかしてわかさぎ姫を捻じ込みたいという気持ちだけは伝わってきました。所で60年で記憶が一巡するって紫香花初出でOKです?
5.9がま口削除
ブラボー! 少し悲しいけど素敵な音楽でした。
レイラの設定に関しては様々ありますが、この優しく残酷な設定は心にきました。
しかし、音楽による記録でレイラを記憶に留めておくという方法が、いかにも3姉妹らしいなと感じ入りました。
また、わかさぎ姫や3姉妹との再会を願っています。
6.4mayuladyz削除
後半は良かったけど、前半のハチャメチャの感じがついて行けなかった(´・ω・`)
それから時々、このセリフは誰だ? ってなったのも
ついていけなかった要因だと思った
三姉妹の会話が入り乱れる場合
セリフの判別の仕方に工夫が必要だと思った

私はこのような文書に慣れていないので
どうこうは言えないけど、何か物足りないような気がした。

足りないのが構成なのか、描写なのかは
分からないが、からし無しのおでんみたいな物足りなさ
特に感想やアドバイスらしきものができなくてすまぬ(´・ω・`)
7.8PNS削除
物凄く真っ直ぐ
そして、真っ直ぐの良さがよくわかる作品でした!
8.9ナルスフ削除
なんというか、素晴らしい読後感。
しっかりとメルランに感情移入して楽しむことが出来ました。こういう感情移入が出来る作品って、東方二次じゃ珍しい気がします。
それでもって、結構珍しいプリバ三姉妹のお話。彼女らのシリアス要素と言えばレイラですよねやっぱり。そこにわかさぎ姫を絡めてくるのがなかなか面白いじゃないですか。
マジックアイテムが『笛』という解釈や、わかさぎ姫の語った過去話も、新しいプリズムリバーの物語を感じさせてくれました。
唯一齟齬と言える点は、『レイラは三姉妹に助けられて生き、天寿を全うした』と公式で明言されている点ですかね。
もう一つ残念だった点は、レイラの正体が割れた時からライブまでの姉妹関係修復を一行の説明で済まされた点。そこをどう仲直りするかが一番のキモになりうる箇所だと思うのですが・・・。
レイラとメルラン、二人が付いた嘘。
レイラとの悲しい別離からの、彼女に捧げるラストライブは心が震えましたね。
実に私好みのまっすぐなお話。ありがとうございました。

とりあえず、最初に容姿の説明をされた時点で『レイラだこれー!?(ガビーン』ってなったので、レイラにゃんはもうちょっと容姿に自信持つべき。
9.7道端削除
 レイラ可愛いなあ。

 「嘘」のテーマの扱い方が好き。
 騒霊という存在や、レイラ自身のことを嘘と絡めて上手くストーリーに昇華していると感じました。
 しかし、何か物足りなさもあるようなないような。
 メリルの正体、名前の由来ともに早々に見当がついちゃったことも含めて、ストーリーが少し見えてきてしまったのが残念。
 そして、一人称のメルランのテンションとノリにちょっとついていきそびれて、置いていかれたような感じもする。うーん。
10.8みすゞ削除
【良い点】
「テコ入れが必要なのよ!」の一言からもう夢中でした。ノリとテンポが良くて読みやすかったです。メル姉最高。あと場面切り替えのときの「♪♪♪」がセンスいいなと思いました。
【悪い点】
悪いというより期待が大き過ぎただけかもしれませんが、最後にもうひとひねり展開があるとより面白かったと思います。
11.5生煮え削除
ストーリーは綺麗で切なくて、起伏もあり大変良かったと思います。ただ全体的に掘り下げ不足なのか描写が薄味で駆け足気味に話が進んでいってしまい、その所為で受ける印象も薄味になってしまい、ストーリーの良さほどの感動には至らなかったです。描写が薄味なためにキャラクターの印象も薄く思えて、それも残念でした。中盤に差し掛かるあたりの面接のシーンまでは三姉妹のキャラがいまいち区別できませんでしたし、主人公のはずのメルランは終盤あたりまで個性が薄い印象に思えました。これはほぼオリキャラであるレイラも同様で、どんな子なのかわかるようなわからないような、曖昧な印象です。わかさぎ姫だけは例外のようにいい味を出していましたけどね。
あとこの作品を読んで思ったのですが、プリズムリバーが創想話であまり書かれないのは、音楽を文章で表現するということの難しさが原因なのかもと気付きました。この作品は音楽を表現する難しさに意欲的に挑戦して頑張ってるように思え好印象ではあるのですが、その表現に巧さや凄さまでは感じられませんでした。実際、音楽を表現するなんて難しすぎて、どうしたらいいのかさっぱりわからないんですけどね。
12.7名前が無い程度の能力削除
六十年ごとの妖怪の記憶や、メルランやリリカがもしかしたらレイラのことを忘れているのでは、等の設定が上手く生かされていたと思いました
ただ、やはり彼女たちにとって最も大切と言っても過言ではないレイラの記憶を忘れてしまうことがあるのだろうか、という疑問が残ります
また、メリルの正体がバレてからライブまでの間の描写がまるまる抜けていたのは非常に物足りなく感じました
物語全体に広がるメルランの陽気な気質や三姉妹の日常生活などは面白かったです
最後の嘘の場面も好きです
13.7きみたか削除
ギャグ話かとおもいきやまさかのシリアス展開。
本家近作の内容と花映塚・プリズムリバー姉妹をつなぐ構成は見事でした。
前半と後半で三姉妹が別人に見えるので最後にもう一段弾けて欲しかったところです。
14.4時間が足りない!削除
面白いのですが、ストーリーに入り切れませんでした。
メリルに感情移入しきれないのが原因でしょうか。もう少しメリルとのやり取りを描いた方が良かったかなと思います。
15.8K.M削除
コメディと思いきや……姫がいいキャラをしておられる。オークションのくだりのテンポ良さは好きです。
16.6智弘削除
今回の話の中でわりと好き。