第十二回東方SSこんぺ(嘘)

流星、夜を切り裂いて

2013/10/27 20:30:32
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 博麗霊夢は鈍っていた。

「はぁ、そんなことがあったのねぇ……」

 もう何度目かのとぼけた言葉を聞いて、思わず、お前なぁ、と呆れた声を漏らした。

「神社ではなにも起こらなかったのかよ。こっちは八卦炉が勝手に動いて大変だったんだぞ」
「ん。そういえば、お祓い棒が変な動きをしてたかも」

 これである。
 道具が動き出すという奇妙な異変があって、それを自分が解決したのはほんの数日前のこと。ついでに異変の余波で調子に乗った和楽器たちを先ほど軽く捻って、さてこれにて一件落着だ、と思ったところで、はたと我に返って気づいたのだった。
 霊夢がいない。異変だというのに。
 魔法使いは探求者である。疑問を抱いたならば何故かと質さねばならない、と帰りの足で神社に寄って、事の顛末を説明するなりの先の反応だ。やはり、霊夢はどうにも腑抜けている。

「咲夜のヤツも言ってたぜ。霊夢はまたお休みなの、って」

 そう。それも、また、なのだった。月から帰って来てからこっち、地底から怨霊が噴き出したり、船が飛び出して寺ができたり、おとぼけ聖人が復活したりと様々な出来事があったというのに、このグータラ巫女はそのことごとくを見逃し見過ごしてきていた。
 さすがに不良天人によって神社が破壊された時は、余程頭に来たのかカッカと動いていた。が、つい最近起こった面霊気による異変などは、解決にあたって商売敵である僧侶と道士の協力を仰ぐ体たらくであった。挙句、今回のこの有様だ。これはもう、鈍っているとしか言いようがあるまい。

「お前ホント、どうしちゃったんだよ」
「そんなこと言われてもね」

 ぽりぽりと頭を掻いて、霊夢が口をへの字に曲げた。この惨状には、巫女の直感をして全容を悟らせないような、深い原因があるのだろうか。いや、今はその肝心の直感が鈍っているという話だったか。

「私はいつも通りよ。見て分かるでしょ?」

 しかし、霊夢は事も無げにそう言ってのけた。ううむ、とは唸るしかない。実際、こうして話していても、具合が悪そうな気配は感じられないのが困り物だった。

「そうそう。いつも通りついでに」

 首を捻るこちらを他所に、霊夢は立ち上がると背を向けた。そして、箪笥から真新しいエプロンを取り出して身に着けながら、顔だけ振り向き、当たり前のような調子で言う。

「今日も夕飯、食べていくでしょ?」
「……ああ」
「ん。良かった」

 釈然としない顔ながらも頷くのを確認して、霊夢は台所へと消えて行った。話はもう終わりである。すぐに響き出した上機嫌の鼻歌を聴いて、小さく溜息を吐いた。

「あんたも手伝ってよねー、二人分だと手間なんだから」
「分かってるよ」

 歌に混じった言葉へ答えつつ、渋々立ち上がった。こういう流れになることは分かっていたから、愛用のエプロンをいつでも呼び出せるように魔法でショートカット登録してあった。自分に手をかざして小さく呪文を唱えれば、ほらこの通り。ぼふ、と小さく煙が上がって、装着完了。召還魔法のちょっとした応用である。

「まったく」

 こんな感じで、結局いつも話は有耶無耶となってしまうのだった。でも霊夢と食べるご飯は、なんだかんだでいつだって美味しいから。

「しょうがないヤツだな」

 だから、まあ、いいか。そう思って、苦笑を浮かべつつも、台所へと歩みを進めるのだった。



     ※




 ――――今思えば、そんな風に考えていたことが間違いだったのだろう。

 霊夢がおかしくなった原因を、もっと真面目に考えるべきだったのだ。お前は巫女なのに、博麗の巫女なのにそんな有様でいいのかと。異変を解決しなくていいのかと、お説教でもするべきだったのだろう。
 兆候はあった。なのに、自分はそのなにもかもを見逃してしまっていた。心地よさに甘えて、目が曇っていたのかもしれない。もっと早く気づいていれば。いや、せめてこの時にでも気づいていれば、もう少しなにか手の打ちようもあっただろうに。
 しかし。
 時間は巻き戻らない。
 後悔は先に立たずで。
 なにもかも後の祭りで。
 もはや、すべては動き出してしまっていた。
 〝そのこと″に魔理沙が気づいたのは、それからさらに数日が経ってから。事態の進行が、とうに取り返しのつかないレベルにまで至ってからだった。



      ※



 いつものように博麗神社を訪れると、霊夢は珍しく商売道具の手入れをしていた。庭に面した部屋の床中に退魔の針、封魔の札、陰陽玉、お祓い棒が並べられている。霊夢はその真ん中に座って、具合を確かめるように道具の一つ一つを手に取っては眺めたりしているのだった。

「どうしたんだ、いきなり」
「妖怪退治」

 簡潔にすぎる霊夢の答え。それじゃ分からん、と縁側に腰掛けながら告げると、億劫そうに霊夢は追加で言葉を継いだ。
 曰く、里人から妖怪退治の依頼があったのだとか。
 特段、説明を面倒がるような内容でもなかろうに。どこまでグータラなのだこの巫女は。認識を新たにするまでもなく、そんな奴だったなあ、と納得顔で頷いた。
 ところが。

「魔理沙、お茶淹れてきてよ」

 すぐに訂正が必要になった。自分の知るそんな奴以上のグータラに、霊夢は今、進化した。

「私がか?」
「貴方以外の魔理沙は知らない」
「私もドッペルゲンガーはまだ見たくないな」

 死ぬには早い。じゃなくて。ついにこいつは、唯一の好物と言っていい緑茶さえも淹れるのを面倒がる領域に堕したのか、と戦慄した。

「いいのか、私が淹れても?」
「悪かったら頼まないわよ」
「出涸らしじゃなくて、新しい茶葉を使うぞ」
「今日はまだ淹れてないから構わないわ」
「えええええ!?」

 槍でも降るのか。緑茶依存症の霊夢が、昼下がりまで茶を淹れてないとは。鳩がマスタースパーク受けたような顔で硬直していると、心中を察したか、霊夢が不愉快そうに顔を歪めて言った。

「見ての通り、忙しかったのよ。久々だから、勘を取り戻さないといけなくて」
「あー、なるほど」

 得心がいった。つまり、この部屋の惨状は手入れではなく、感触を思い出すためだということで。霊夢はどうやら、本気で妖怪退治をやるつもりらしい。久しぶりに巫女のようなことをやっていて感心である。

「仕方ないな。他ならぬ霊夢の頼みだ。魔理沙さんがとっておきの茶を淹れてしんぜよう」

 霊夢が真面目に働くのはいいことだし、なにより頼られて悪い気はしない。腕組みをして頷くと、立ち上がって台所へと向かった。期待してるわ、という霊夢の言葉が背中を押した。

「お茶っ葉、場所分かるわよね?」
「抜かりはないぜ。ついでに秘蔵のお茶菓子の場所もな」
「食べたら返してもらうわよ。死んでからでも」
「なんだそれ。怖い」

 火車じゃあるまいし、と軽口を叩きながら、水瓶の蓋を開けて中身を確認する。空だった。本当に朝からずっと、ああやって退魔道具と睨めっこ状態のようだ。

「反動かな。今度は真面目すぎるぜ」

 でも、張り合い甲斐があって、これはこれで良い。負けじと桶を持って井戸へと向かった。
 空には抜けるように高い青空が広がっていた。秋だ。やや肌寒くなってきたとはいえ、まだまだ太陽は頑張っている。外で水を扱うのに苦痛な季節ではない。

「よっこらせ、っと」

 ガラガラと釣瓶を落とす。どぼん、という音がしたのを確認して、滑車から伸びる縄へと手をかけた。力を込めて縄を引きながら、そういえば地霊殿へ向かう途中には釣瓶落としがいたな、と思い出す。ついでだ。水だけでなくその姿も意識の表層に浮かべてやろうと試みた。が、どうにも上手くいかない。印象が薄いのだろう。戻ったら霊夢に訊いてみようか、と一瞬考え、あの時から霊夢は異変を解決していないのだったと気づいて、顔を歪めた。

「…………まあ、いいさ」

 それも今日までだ。せっかくこうしてやる気を出しているのだし、次からはまた黒幕求めて競争することになるはずだ。なってくれるはずだ。なってくれよ。
 唇をきゅっと結んで最後の一引き。暗く揺れる水面が、井戸の中から姿を現した。ほっ、と気合の声を入れつつ、桶に水を移す。幸いにもその一度で、持ってきた桶はたっぷりと満たされた。と来れば、次はこれを運ばなくてはならないのだが、あいにく自分はか弱い乙女である。こんな重い物を持っては、柔肌に傷がついてしまう。
 というわけで、少しズルをすることにする。

「ひらけごま」

 テキトーな呪文を唱えて、こんこん、と軽く桶の持ち手を叩くと、水を満載した桶がふわりと地面から浮き上がった。

「っとと」

 そのままバランスを崩して桶がひっくり返りそうになるのを、手を添えて固定する。なんてことはない。普段、自分が空を飛ぶのに使っている魔法の応用。つまりは、作用点を変化させただけである。

「弾幕はパワーだが、魔法はブレインだな」

 このようにちょっとした小道具として魔法を活用すると、いかにも魔法使いらしい感じがする。自分はそういう、何々らしさ、というものを大事にして生きたいと常日頃から考えていたし、そうして生きるべきだとも思っていた。それは自分でも他人でもだ。もちろん、巫女でもである。

「…………」

 自然と早足になって台所へ戻っていた。いや、別に霊夢にはお茶と湯呑みが似合うから少しでも早く淹れてやろう、とかそんなことは思っていない。いないけれども、着くなり、甕に水を移すより先に薬缶の方に水を入れて、やや強めの火力にセットした愛用の八卦炉の上へとそれを載せた。火を起こすよりこちらの方が早いからだ。
 これは私が飲みたいからだぜ、と心中で念仏のように唱えながら、戸棚から茶葉を取り出して、ついでに急須も手に取る。茶菓子は放っておいた。死後の魂の使い道は、契約悪魔でも呼び出した時のためにフリーにしておきたい。
 いくらかの茶葉を急須に入れると同時、しゅうしゅうと薬缶が鳴き出した。いいタイミングである。八卦炉を大人しくさせ、水温が少し下がるのを待つ。緑茶は紅茶と違って、摂氏七〇~八〇度が最適温度とされている。沸騰してすぐに淹れるのはよろしくない。その間に、桶から掬った水で手拭を濡らす。火傷を防ぐための知恵。身を守るのもブレインである。

「よしよし。いい頃合だろ」

 作りたての水の盾を構えて、薬缶を持ち上げた。そして、急須の中で待ち受ける緑の芽へ向けて熱々のお湯を降らせる。たちまち、ジュウウ、という蒸気のざわめきに混じって、少しずつ香しい匂いが立ち上ってきた。

「こうでなくちゃな」

 緑色の水と萌葱色のお茶は別の飲み物だ。この魔理沙さんが淹れるからには、出涸らしなどは許さない。満足げに頷いて、薬缶を置いた。

「おっといかん」

 淹れる方にばかり気が向いて、湯呑みを出し忘れていた。慌てて戸棚に向かうと、霊夢が愛用する湯呑みと自分の湯呑みを取り出した。何故ここに自分用の湯呑みがあるのかといえば、それだけ入り浸って茶をせびっているからである。いつ置いたものだったかは、すでに覚えていない。
 そう考えると、覚えていないこともあるぐらい、霊夢との付き合いは長いのだ。そして、出会った時からあいつは巫女で、今までだってずっと巫女だった。途切れることはなく。ずっと。
 なら、これからだって巫女でいるべきだし、いて欲しいと思う。だって霧雨魔理沙の知る博麗霊夢は、いつだって巫女だったから。

「よっし」

 盆の上に湯呑み二つと急須を載せて。これにて準備は完了。それを両手で持ち上げると、慣れた調子で居間へと向かった。
 居間では、相変わらず霊夢が仏頂面で道具を弄っていた。陰陽玉が、主の刺すような視線を受けて居心地悪そうに宙に浮いている。

「可哀想に」

 卓袱台に盆を置きつつ言うと、その瞬間、陰陽玉が支えを失って床に転がった。霊夢がこちらをじろりと睨む。

「どういう意味よ?」
「主がすっごい顔してたからな。今にも逃げ出したくて浮いてるんじゃないかと思って」
「失礼な」

 集中してたのよ、なんて言いながら、霊夢はお茶に引き寄せられてきた。集中とは、また随分と似合わないことをしていたものだ。霊夢には無縁の言葉だと思っていた。

「いただきます」
「おう。味わえ」

 ずずず、と霊夢の一啜り。熱くはなかったかな。上手く淹れられただろうか。出涸らしばかりのくせに緑茶にはうるさいからなあ、とやや緊張しながら見守る。そんな心中を知る由もない霊夢は、口元から湯呑みを離すと。

「悪くはない」

 と、涼しい顔でそう言った。霊夢らしい物言いだった。つっけんどんで、掴みどころがなくて。そうか、とだけ答えて、魔理沙は自分の湯呑みを取った。同じく一口。適温だ。ほどよい渋みと甘みが口中に広がる。

「うむ。確かに美味い」
「また飲んでもいい味だわ」
「偉そうに。いや、お前の茶だけど」
「また淹れに来てもいいってこと」
「偉そうだな!」

 とはいえ、霊夢に褒められて悪い気はしないので、また気が向いた時にでも茶を淹れてやろうかと思う。自分で淹れれば、少なくとも出涸らしを飲まされることはないだろう。自分は、家では紅茶派である。緑茶は神社に来た時ぐらいしか嗜まないが、毎度毎度、緑水を飲まされるよりはそちらの方がマシだ。仕方ないヤツだな、と笑って、会話はそれで終わった。
 二人無言のまま、茶を啜る音だけが居間に響く。しかしそれは決して不快な沈黙ではなくて。意味もなく、広げられた退魔道具を見て笑みを漏らした。凪のように穏やかな、くつろいだ空気が流れた。
 と。

「飲み終わったら、出掛ける」

 そこに、霊夢の不可思議な言葉が一つ、投げ込まれた。

「突然だな。夜を待たないのか?」

 妖怪の活動時間は、基本的に夜である。退治を依頼されるような相手というと、それは恐らく弾幕ごっこのイロハも知らないような、生まれたてで自我が希薄な妖怪であろう。そういう連中ほど基本に忠実で、昼間はどことも分からぬ寝床にこもって動かないもののはず。

「ちょっと、ね」

 霊夢の答えは、何故か歯切れが悪かった。湯呑みを覗き込むようにしながら、こちらと目を合わせずに言う。

「聞いた話だと、特別凶暴らしいから。それなりの準備をしようかと思って」
「準備、だと?」

 なんの冗談だそれは。めんどくさがりでグータラで、傍若無人を絵に描いたような傲慢さで敵を蹴散らす霊夢が、準備をするだなんて。一体、なにと戦うというのだ。幻想郷全部の妖怪とでも戦うつもりか。

「あのねえ」

 ふざけた思考がさすがに顔に出ていたか、霊夢が口角をひくつかせながら湯呑みを置いて、立ち上がった。少し前までのいつもの流れだと、このまま弾幕勝負で白黒つけることが多かった。故に気圧されつつも、これまた湯呑みを置いて、ニヤリと笑ってみせた。

「お、やるか?やるのか久々に?」
「そうよ。久々だからよ」

 霊夢はこちらに目もくれず、退魔道具の片づけを始めた。袖口に札を仕込み、陰陽玉を拾い、お払い棒を持ち上げる。しかし、どうにもこれから闘うという雰囲気ではない。溜息混じりで、動きから覇気が感じられない。ある意味でそれは博麗霊夢という人物のニュートラルだし、見慣れたもののはずなのに。

「久々すぎるから、準備をしないと……」

 どうしてか、続く言葉から。

「いけない、のよ」
「……霊夢?」

 言い知れぬ奇妙な違和感を覚えて、霊夢の名を呼んだ。
 なにかが。
 まだ、なにかがおかしい、のか。
 いや、ひょっとして、最初から戻ってなど。

「ほら、早く飲みなさいよ。あんたも行くんだから」

 俄かに漂い始めた不穏な空気を蹴散らすように、霊夢がぴしゃりと言った。

「退治できなかった方が、今日の夕飯係よ」
「いきなりだな!」

 いつの間にか、ついていくことになっていた。いや、最初からそのつもりだったし、手柄を横取りしてやろうとも思っていたが。なんといっても自分は泥棒であるし、霊夢の持ち物は割となんでも欲しいけど。
 じゃなくて。

「そこで白黒つけようってわけか」
「そういうこと。だから気合入れて準備しないと、ってね」

 どんだけ夕飯を作りたくないのだ。本当にグータラなヤツめ。

「フン。なまくら巫女に負けるこの私じゃない。せいぜい小細工するんだな」

 でも、そう来なくては。¥残った茶を飲み干すと、帽子を被って不敵に笑いながら。

「私はそれを、正面からぶち抜いてやるぜ」

 待ってましたとばかりに、立ち上がった。
 久々なのは自分も同じで、舞い上がっていた。霊夢の溜息の理由にも気づかず、能天気に全てが元通りになると信じていた。信じようと思っていた。
 すでにこの時、終わりの足音は響いていたのに、気づかないフリをしていた。



      ※



 とある森。名もなく、特徴もなく、目印もなく。妖怪の山の自然からただ木々が連続するだけのそこが、今回の仕事場のようだった。

「居場所の見当はついてるのか?」

 地面に降り立つなり、うっかりそう訊ねてしまってから、愚問にも程があったと反省する。勘の良い霊夢のことだ。降りようと決めた位置からして、目標の間近であるに違いなかった。

「いや、まったく」

 霊夢は、口ではいつもこう答える。だが、その動きにはいつも迷いなんてなくて。気づいたら黒幕に近づいて異変を解決しているのもまた、霊夢なのだった。案の定今も、ふむ、なんて軽く頷いたと思ったら、ずかずかと森の中に分け入って行く。慌てて後を追うと、どうやら霊夢はわずかに開けた下草の間、つまりは獣道を目ざとく見つけて、そこを進んでいるようである。まさしく獣じみた鋭さだった。

「いつもの霊夢だなあ」
「なによ、いつものって」

 いかん。声に出ていた。

「いやいや。褒めてるんだって」
「とてもそうは聞こえなかったけどね」

 まあいいけど、と多くは追求せずに、霊夢はずんどこ進んでいく。枝に、草に、葉に。行く手を阻む自然の檻に捕まりそうになりながらも、霊夢は鮮やかに身を操り、そのことごとくを避けていた。
 まるでそれは、羽ばたく紅白の蝶のようでもあって。
 見失わぬようにと、必死に二色の背を追った。自分とて森は歩き慣れた身である。置いていかれたとあっては、なんとも情けない。
 と。
 その背中が、急に止まった。進むのに集中していたために、危うくぶつかりそうになりつつ、歩みを止める。

「うわっと。危ないな、なんだよ?」
「ここかも」

 スッ、と霊夢が右手で前方を指し示す。指先を辿るように目をやれば、森の中にぽっかりと開いた空間が存在した。

「ありゃあ、なんだ」

 しかしなにより目を引いたのは、空間の中央に存在する巨木の切り株であった。切り株といっても、高さは自分や霊夢のゆうに数倍はあり、太さもそんじょそこらの木とは比べ物にならないぐらい太い。そしてその幹には、中が見通せぬほどに深い穴が、ぐわりと口を開けているのだった。

「怪しいわね」
「確かにな」

 一目見ただけで、普通ではないと分かる。霊夢ほど動物じみていなくたって、だ。瘴気や魔力の気配はないが、本能が告げていた。

 なにかがいる、と。

「じゃ、準備しましょうか」

 霊夢は普段と変わらぬ調子で言って、慄くことも臆することもなく空間に立ち入った。袖から束で封魔の札を取り出し、すぐにでも攻撃を始める――――
 と、思ったのだが。

「…………?」

 霊夢は意外な行動を取った。続くはずの退魔針による容赦ない雨も、陰陽玉による慈悲のない圧もなく。もそり、と緩慢な動作で切り株の周りを回りながら、地面に札を撒き始めたのだった。

「なに、やってんだよ……」
「見て分かるでしょ。罠よ」
「いや、罠って……」

 そんなもの、必要ないだろう。必要ないはずだろう。いつもならお前は。博麗霊夢は、戦いの端から陰陽玉で切り株ごと叩き潰すとか。穴の中に退魔針をぶちこむとか。札を使うにしたって、こんな後ろ向きの動きじゃなくて、針に混ぜて穴に叩き込むような、そんな非道外道だったはずだろう。

「追い込み漁よ」

 動きを止めずに、静かな声で霊夢が言った。

「あらかじめ罠を張っておけば、ねぐらから飛び出てきたところを引っ掛けられるじゃない?凶暴らしいから、慎重に行かないとね」

 表情は、今の位置からでは分からない。霊夢は少しずつ遠ざかっていっていた。でも、見えなくたって、おかしいことぐらいは分かる。
 霊夢らしくないのは、分かる。

「慎重って、お前。いくらなんでも、らしくないぜ」
「らしいってなによ」
「らしいはらしいだ。お前らしいだよ」
「私らしさってなによ」
「さっきからなんなんだよ!」

 どうして伝わらない。奇妙な苛立ちを覚えて、霊夢が敷いた札の区切りを跨ぐと、肩を怒らせながら切り株に近づいた。途中、エプロンの隠しポケットから八卦炉を取り出し、切り株の至近まで近づいたところで仁王立ちとなって、構えた。

「ちょっと、邪魔しないでよ」

 うるさい。お前は。

「お前なら、私の邪魔なんて関係なしに、全部上手くやるだろ!」

 そう、いつもの博麗霊夢なら。
 戻ったのなら。

「小細工なんてのは、私の十八番だろうが!」

 こんな風に、真正面からなんでも叩き潰していくべきだ。
 怒りに任せて魔力を注ぐ。八卦炉が輝く。色は、灼熱。緋緋色金の名を示す、紅交じりの黄金。

「なにやってんのよ、魔理沙!」
「いつも言ってるだろ!弾幕はパワーだぜ!」

 その、内から。
 白熱の閃光を、解き放つ。
 マスタースパーク。
 スペルカード戦用ではない、ただ純粋な破壊の力。これこそが、霧雨魔理沙の憧れる力の象徴である。轟、と大気を、大地を揺らしながら、魔力流が妖魔の寝床へ向かう。
 めきり、みしり、と破砕音が響く。
 切り株が抉られ、削られ、穿たれ、中にいるだろう妖魔ごと光の流れの中へ溶けていく。これで依頼達成だ。これで終わりだ。霊夢がやらないから、自分がやった。精々、悔しがれ。帰ったら夕飯を作ってもらおう。
 そう、これで。

 ――――そう、これで、私の勝ちなんだ。

 脳裏に浮かんだ考えに、我知らず唇を噛んだ。勝ったのに、気は晴れない。むしろ悪化している。
 それでも破壊は続き。
 勝利を確信した、まさに、その刹那だった。
 影が。
 一つの影が、木々の狭間から飛び出してくるのが見えた。
 場所は霊夢の向こう。こちらの動きに気を取られた彼女は、背後から迫る何者かに気づいておらず、完全な無防備であった。

「霊夢!」

 慌てて叫びつつ、八卦炉への魔力注入をやめる。しかし、魔力の奔流はすぐには止まらない。消し炭になっていく切り株を横目に、霊夢に近づく影を傍観することしかできない。
 とはいえ、霊夢とて博麗の巫女である。

「こっち!?」

 焦ったこちらの様子から瞬時に状況を察し、身を翻して札を放った。四枚。それらは霊夢の前に平面を作るように展開し、輝きを増して即席の盾となる。警醒陣。相手の接近を封じつつ距離を取るには、最適の選択だと言えた。そのはずだった。
 甲高い音が響く。
 硝子の割れたような、嫌な音。

「え……」

 呆然とした霊夢の声。自分も同じような声を発していたかもしれない。
 その盾は。
 影の突進をいささかも妨げることなく。
 まるで、砂糖菓子のような脆さで、一瞬で砕け散っていた。
なにが起こったのか理解できなかったのであろう。霊夢の動きが、ギシリ、と止まった。自分だってそうだ。グレイズするならともかく、砕く、だなんて。それこそ、鬼相手でも見たことのない怪奇現象だ。

「霊夢ッ!」

再び名を呼ぶ。ともかく、結果として退治すべき相手は未だ動いているのだ。次の手を繰り出すなり逃げるなりしなくては、やられる。

「チッ……!」

霊夢の選択は、後者。軽く横に身を捻り、妖魔の突進を間一髪のところで避ける。反応が遅れたのが吉と出た。相手は急に進路上から逸れた霊夢を追跡できず、明後日の方向へ大きく突出した。そして、そこには。

「かかったわね!」

霊夢が先程敷設していた札の結界が、あった。地に手を当てて霊夢が念じればそれらは一斉に輝きを増して、龍すらくびり殺す檻となる。
八方龍殺陣。
立ち昇る光が、妖魔を今度こそ捉え、飲み込んだ。

「はっ……なんだよ、まったく……」

ついに魔力放出を終えた八卦炉を下ろして、安堵の吐息を漏らした。なんだ、ちゃんとしてるじゃないか。巫女は健在だ。一見無意味な行動だってきちんと繋がる。なにもかもが巧く転がる。そうだ、自分のよく知る、いつも通りの。
元通りの、博麗霊夢。

「――――魔理沙っ」

 霊夢がこちらを振り向いた。勝ったわよ、とその顔が告げていた。笑みを返す。悔しさよりも、嬉しさが勝っていた。
 二人、笑い合う。いつもの日常が、その笑みで戻ってきたと感じた。
瞬間。
 雄叫びが、響いた。
 檻が砕ける。
 光の破片が舞う。

「え……?」
「なに……?」

 二人そろって、間抜けな声を上げていた。霊夢も予想外だったろう。自分だってそうだ。
 だって相手は、ただの獣が変じつつあった、自我すらもない妖魔で。
 鬼どころか、龍ですらなくて。
 なら、龍をも殺す檻が殺せない道理など、この世には存在しないから。
 けれど。
「バカ!霊夢!」

 我に返ったのはこちらの方が早かった。動きを止めた霊夢に、三度、声をかける。完全に勝負がついたと思っていた彼女は、今、無防備な背中を相手に向けている。転げても倒れてもいい。とにかく、迫り来る獣の爪を避けろ。そういう思いの叫びだった。
 霊夢は、すべてを察した、のだと思う。

「…………」

 無言のままに、手を広げ。
 その動きは多分、いつもの動き。
 宙に浮いて、すべてから離れる。なにもかもから自由になる、博麗の巫女の動き。
 転がりもせず。ましてや、倒れもせず。
 史書に語られる通りの能力で以って、空を飛んで、ケダモノの牙からも爪からも浮き上がろうとして。

「――――うそ、だ、ろ」

 紅い色が、舞った。
 白の混ざらぬ、赤い色のみが、鮮やかに宙に舞った。

「くっ、う、うぅぅ」

 地上から、嗚咽が響いた。地べたで、痛みに耐える声が響いた。今まで、聞いたことのない声が響いた。
 なにが起こったのか、理解できなかった。
 でも、動かなくては。
 そうしなければ。
 霊夢が。

「ふざけるなよ!!」

 脳裏に浮かんだ不吉な想像を振り払って、右手をかざす。たちまち掌に魔力の光が生まれ、一閃。空を走る。光の速度はこの世で最も速い。両者の間の距離を刹那の間に駆けて、今まさに触れんとしていた野生の力を貫いた。
 きゃうん、という犬だか狼じみた悲鳴が上がった。矮躯が衝撃で吹き飛ぶ。が、そんなことで活動を停止するほど、妖怪が軟でないことぐらい承知している。

「まだまだ!」

 光に遅れて駆け出しつつ、ポケットから取り出した薬瓶を、追い打ちに投げつけた。瓶の中には、爆発性の薬物を満載している。霊夢が近くにいて若干危険だが、四の五の言っている場合ではない。
一刻も早く妖怪退治を終えなければ。
 霊夢が。

「やめろっ」

 自身に言い聞かせて、八卦炉にも力を込める。攻撃の手は緩めない。マスタースパークで、今度こそ灰にしてやる。
 薬瓶が炸裂する。耳障りな獣の声が響く。効いている。霊夢には当たっていない。けれど、動きもしない。瞬時に状況を確認して、もう一度、魔力光の狭間にいる妖魔を見る。
 生きている。蠢いている。
 なら、トドメがいる。

 ――――その時に。私は多分、初めて、憎しみから魔法を使った。

 断末魔の声がした。けれど、それもすぐに光の奔流に飲み込まれて、聞こえなくなった。
 今度こそ、終わり。
 勝ったのだ。

「霊夢!」

 だからどうした。勝ち負けなんてどうでもいい。霊夢、霊夢だ。早く霊夢を助けなくては。

「おい、大丈夫か、霊夢!」

 駆け寄って、抱き起こす。背中に添えた手がべったりと汚れた。どす黒い色。見慣れたものとは違う、汚れた紅。

「なあ、返事しろよ!」
「う……る、さい……」

 か細く弱々しい声で、霊夢が答えた。薄く目が開く。覗き込んだ先の光は確かだ。しかし、背中から流れ続ける鮮血は。溢れる傍から汚れた色に変じていく命の量は、看過するには多すぎるように思えた。

「なんて、顔……」

 腕の中で、霊夢が笑った。力のない、見たこともない笑み。儚くて、消え入りそうな笑み。見たくもない、情けない笑み。

「うるさい、黙れよ。喋るな」

泣き出しそうなのを抑えて、次にどうすればいいかを必死に考える。霊夢を助けなければ。そういう思考だけは嫌というほど頭の中で渦巻いているのに、どうすればいいかがまるで思い浮かばない。

「泣き虫……」

霊夢が右手を上げた。ふらふらとした頼りない動き。その指が、こちらの目尻に触れる。
 濡れた感触。
 いつの間にか浮かんでた涙を、拭われたのだった。

「こんな時にっ」

 どうしてお前は。強がりはやめろ。自分の十八番だろう、そういうのは。一周回って怒りが湧いてきて、焦りがすっと引いていった。思考が晴れる。助けたいなら、医者だ。永遠亭に行かねば。あそこには自分の知る限り、幻想郷で一番の名医がいる。だが。

「……待て」

 その前に、やることがある。手を濡らす命の温かさ。これが流れ出るのを止めなくては。エプロンの内をまさぐり、数多の隠しポケットの中から応急手当用の薬剤を探し当てる。

「霊夢、死ぬなよ」
「死ぬか、馬鹿」

 口の減らないヤツだ。こりゃ大丈夫だろう。無理矢理に笑顔を作って、処置を始めた。なにが起こったのかを考えないように、なるべく作業に没頭しようと思った。
 すでになにもかもが終わっていたと気づくのは、もう少し後のことだった。



      ※



 処変わって、永遠亭である。空から敷地内に突入して、挨拶もそこそこに霊夢を担ぎ込んでから、すでに時計の長針が二回りする程度の時間が流れていた。

「…………」

 何度目か、懐中時計の文字盤へ落としていた視線を持ち上げる。霖之助の言によれば、この期間を外の世界では二時間と呼ぶらしい。一時間は一日を二十四等分したものでしかない。となればその二倍ぐらい、誰かと共にいれば大した時間ではない。
 けれど、今は。

「無事、だよな……?」

 弱気な声が漏れる。時計を握り締めた手は、ずっと前から汗だくだった。意味もなく螺子を巻いたりなどする。なにかをしていないと、辺りの沈黙に誘われて、このうるさい心臓が止まってしまいそうだった。

「待たせたわね」

 がらり、と扉が開いた。中から青赤二色の派手な医者が姿を現す。八意永琳。永遠亭に住まう宇宙人にして、稀代の名医。本職は薬師であるらしいが、今はそんなことはどうでもいい。

「助かったのか!?」
「もちろんよ。危なかったけれどね」

 突進するようなこちらの勢いにも顔色を変えず、涼しい声音で永琳は答えた。憎いぐらいに落ち着き払った態度だったが、ひとまずは安心といったところか。安堵の吐息を漏らす。それでも、どうしても直接姿を見たくて。

「入ってもいいか?」
「どうぞ」

気を悪くした様子もなく、永琳は身を引いて部屋の中を示した。感謝も述べずに、急いて飛び込む。奥のベッドよ、という声に押されて向かえば、そこには。

「こいつめ……」

呆れるほどに呑気な顔で布団に包まり、身体を丸めて寝息を漏らす霊夢の姿があった。心配させやがって、なんだその顔。頬でもつねってやろうか、と手を伸ばしかけて、やめた。

「傷は深かったけれどね。応急処置が的確だったのが幸いしたわ」

部屋の入り口に佇んだままの永琳の声が告げた。感心を孕んだそれは、疑問へと続く。

「貴方がやったの?」
「まあな」
「よければ、どうやったのか教えてくれないかしら」
「構わんが」

隠しポケットから同種の瓶を取り出す。永琳はこちらに来て瓶を受け取ると、興味深そうに眺めた。

「医術を齧っているの?」
「まさか」

 古来より、魔法使いというのは医療も行っていた。薬草などを使った治療。つまりは薬師としてである。これが発展すると魔力によって回復を促すヒーリングへと至るようだが、あいにく自分にはまだそこまでの技量はない。故に、昔ながらの手法で作ったこうした薬剤を用いているのだった。

「なるほど。魔法というのも興味深いわね」

 こちらの説明に、ふむ、と頷いて、永琳は瓶の蓋を開けた。匂いを嗅いで、さらに頷く。

「よくできている。効能も申し分ないし、微かに魔力の気配がある。ウチで使いたいぐらいだわ」
「そりゃ無理だな。企業秘密だ」

 なにより、月の頭脳さんには必要あるまい。手を差し出して、返せ、と催促すると、永琳は渋々ながら瓶を戻した。

「霊夢はいつ目覚める?」
「いつかしら。麻酔はもう抜けているはずだけど」

 本人次第ね、と告げると、永琳は踵を返して部屋の出入り口へと向かう。途中、事務的に連絡事項が告げられた。

「なにかあったら呼んでちょうだい。ないならそれでいいし、彼女の目が覚めたらウドンゲにでも声をかけて、帰っても大丈夫よ」
「放任だな」
「博麗の巫女でしょう?なら、平気なはずだわ」

 その、言葉に。

「――――――――」

 思わず息を呑んで、絶句した。永琳は去って行った。気づかれなかったようで、そこは幸いだった。
 瞬間。

「――――博麗の巫女なら、ね」

 ベッドの上から響いた声に、心臓が飛び出るかと思った。

「起きてたのか……」

 いつからだ、という問いに、あんたが手を伸ばした時にね、と霊夢は答えた。薄く笑みを浮かべながら続ける言葉は。

「心配した?」
「あ……当たり前だろうがッ!」

 激昂して、叫んでいた。あまりにもあまりな問いだった。自分はそんな薄情な奴だと思われていたのか、と少し傷つきもした。
 けれど。

「そう、そうなの。良かった。嬉しい」

 らしくもない霊夢の言葉が、毒気を抜いてしまった。どういうことだ、それ。

「お前、本当、どうしちゃったんだよ……?」
「本当ね。どうしちゃったのかしらね」

 自嘲気味な霊夢の笑み。いつもの。いや、いつもだった、根拠のない自信が抜け落ちてしまった笑み。その笑顔を見ていると、心が締め付けられるようで。魔理沙は言葉を失って、黙り込んだ。
 時が流れる。居心地の悪い、淀んだ時が。粘性の時流は両者に纏わりつくようにして、嫌な空気を押し留めた。吐きそうだった。

「……帰りましょうか」

 ぽつりと。霊夢の言葉が、沈黙を破った。晩御飯、私が作るから。そんな言葉が、えらく空虚に聞こえた。無言で頷いて、立ち上がる霊夢を支えた。
 その身体は、今まで感じたこともないぐらいに、重かった。



      ※



 永琳に言われた通りにウドンゲに声をかけ、永遠亭を後にして。今は箒に二人乗りで、空を飛んでいる。霊夢は自身で飛ばず、後ろに座って、こちらの腰にしがみつくようにしていた。

「なにが食べたい?」
「なんでも」

 腑抜けた質問を寄越す霊夢に、見えないのをいいことに仏頂面で答える。箒を握る手に我知らず力がこもっていて、軽い溜め息と共に弛緩させる。

「怒ってる、のよね」
「そう思うんなら、そうなんだろうな」

 怒っている。確かにそうなのかもしれない。けれど、なにか得体の知れないマズイことが起きていて、それが霊夢を狂わせていて。なのに、正体は皆目掴めない。この状況にこそ自分は怒りを覚えていて、きっと霊夢自体に怒っているわけではないはずだ。

「なにがあったんだよ、あの時?」

 山の向こうへ沈み始めた陽の朱に照らされながら、核心を訊ねた。こんなの、自分だって訊きたくないし、聞きたくないことだ。

「――――――――」

 霊夢が息を呑んだ気配があった。嫌なことを訊いたのだと思った。けれども。どこかで、いつかは、知らなくてはならないことだった。
 もう、このまま元に戻るだなんて思えるほど、楽観的にはなれなかった。

「……少し」

 こつ、と。背中に感触があった。額だろう。小さく触れる部分を通して、身体の重さが圧し掛かる。感じたことのない、霊夢の重さだ。寄りかかる霊夢の存在を感じながら、続く言葉を待つ。

「少し、待って。神社に着いたら、話すから……」
「ここまで来てまだ隠すのかよ!」

 声に苛立ちの響きが混じるのを、抑えきれなかった。あんなことがあって、明らかにおかしいのが分かっているのに。間近で見ていたのに。それなのに。

 ――――私にも、言えないことなのか。

 喉まで出かかった言葉をなんとか飲み下して、ぎり、と奥歯を噛んだ。霊夢の抱えるものを、結局、自分はどうにもできやしないのだと。今更ながらに思い知らされたようで、悔しかった。
 そこに。

「どうしても、知りたい?」

 見透かしたような言葉が、届いた。耳を撫でる吐息。ぞくりとするような色香。なんだ、これは。こんな声は。こんな霊夢は、知らない。自分の知る博麗霊夢じゃない。
 博麗の巫女じゃ、ない。

「必ず、受け止めてね」
「え、お前、なに言って……?」

 と振り返るのと。視界の中で、ぐらり、と紅白がたなびいたのは、まったくの同時だった。美しい、烏の濡れ羽色をした髪が、尾を引いて。

「霊夢ッ!?」

 霊夢は。箒の上から、暮れなずむ緋色の空へと、身を投げ出していた。笑顔が。落ちていく霊夢の顔には、笑顔が浮かんでいた。妖艶で、美しい。それはきっと、女の笑み。

「おいっ!」

 何故だか、手を伸ばした。霊夢は空を飛べて、放っておいても平気なはずなのに。反射によって、思考を介さず。いわば本能的に、伸ばしていた。
 しかし、わずかに遅い。掌は宙を掻き、指は空を切り。霊夢の身体は、空に向かって、落ちていった。
 落ちて?

「なんで……いや、なにやってる、霊夢!?」

 答えはない。ごう、という気流の音がやけに大きく聞こえる。紅白の蝶は飛び上がることはなく。真っ逆さまに、底へ。鎖に引かれるように、落ちていく。
 必ず、受け止めて。
その言葉の意味を。
その言葉に込められた、どうしようもない真実を。
遅れて、今更のように、理解した。

「バカ霊夢っ!」

 悪態を吐いて、全速力で下降する。空ではなく地面に向かって飛ぶ逆さまの蝶を捕まえようと、追いかける。
 いや。
 飛んでなどいなかった。
 それはただ、落ちているだけだ。
 力などない。
 ただ、宇宙を支配する法則に引かれるだけで。
 何者からも、何物からも自由で、縛られないはずの博麗の巫女が。
 霊夢が。
 今はただ、為す術もなく、重力の井戸の底へと、落ちていっていたのだった。
 その速度は、遅く。空を飛ぶ力を持った普通の魔法使いよりも、何倍も遅く。
 いつでも追いつけなかったはずの紅白の身体は、数呼吸の間に再び手の届く範囲に捉えられて。

「こんの、馬鹿!」

 ついには追い越し、両手で霊夢の全身を受け止めて、真っ先に出たのがそんな言葉だった。

「うん、知ってる」

 返ってきたのは、やけに素直な言葉。嬉しげな感情の色をその内に感じて、怒りが湧く。こいつ、試したのか。

「なに考えてるんだよ!?」
「あんたなら、受け止めてくれると思ったから」
「なんで私にそんなことさせる!?そんなことしなくったって、お前は――――」

 飛べる、だろう。
 まだ、どこかできっと諦めきれていなくて。
 まだ、どこかで戻ってくれればいいと思っていて。
 まだ、どこかに自分の知る博麗霊夢がいるのだと信じたくて。
 叫ぼうとした、浅はかで、薄っぺらで、情けなくて、無力な言葉は。

「もう、ダメみたい」

 泣き出しそうな霊夢の言葉で、音になる前にバラバラに砕かれた。

「ダメって、なにが……?」

 分かりきったことを訊く。納得したくない。自分から認識すれば、自分から言葉にすれば、それは真実になって、逃れられなくなってしまう。

「分かってるでしょう。あんたなら」

 けれど霊夢は、突きつけるのだ。容赦のない、残酷な現実を。身を挺して示した、新たなこの世の理を。
 否。
 実はそれは、最初から決まっていた理かもしれない。

「私、もう、飛べないみたい」

 暗くなりつつあった空に、霊夢の言葉が満ちた。
 暮れゆく世界で。
 博麗霊夢は。
 博麗の巫女ではなく、ただの霊夢になった。



      ※



 博麗神社に着いてまず取りかかったのは、頑なな怪我人を台所から追い出すことだった。

「私が負けたんだから、私が作る」

 霊夢がそう言って譲らなかったのだ。しかし、あれだけ血を流している姿を見た後で、当人に炊事を任せられるものか。そんなのは信義にもとる。
 だから少し、汚い手段を使った。

「次にお前が勝った時に、お前が作ればいいだろ。それで相子だ」

 我ながら酷い言葉だった。笑いながら、なるべく軽い口調で言おうとして、失敗していた。霊夢はなにかを言いかけて、こちらの顔を見て。そして、ぐっと唇を噛んで、それを飲み込んでいた。自分がどんな顔をしていたのか、想像もしたくなかった。
 そうまでして、台所で夕飯を作っていたのに。

「しょっぱ……」

 おまけとばかりに今、味噌汁の味付けを失敗していた。踏んだり蹴ったりだ。涙が出る。薄まるどころか余計に塩気が増した。飲めたものじゃない。

「もう、飛べない、か」

 なんでこうなったのか。今更ながらに真剣に考えた。しかし、考えども考えども答えは出ない。
 そもそも、霊夢がおかしくなり始めたのはいつからだ。月へ行った頃などは、慣れない修行なんてして、力はむしろ増していたはず。神様だって使役していたぐらいである。なのに、それ以降の異変にはほとんど顔を出さなかった。考えられるとしたら、月でなにかされて帰って来た可能性だが。

「……多分、違うな」

 神社が壊れた時には、きちんと天界まで行って黒幕を叩きのめしていた。力は残っていた。その後しばらく続いた気質を利用した弾幕ごっこにも、霊夢は特に文句も言わず、おかしな素振りも見せず、嬉々として興じていた覚えがある。
 となれば、前提が違うのだ。霊夢はきっと、昨日今日にいきなりおかしくなったのではない。少しずつおかしくなっていって、たまたま今日限界が来て、飛べなくなったのだ。異変の黒幕は、毎日の日常の中でほんの少しずつ蝶の羽に重石を載せて、本人さえも気づかぬ内に、その羽を奪ったのだ。

「大異変だ、これは」

 早く黒幕を見つけなくては、幻想郷が危ない。調停者たる博麗の巫女を失ったとなれば、人妖のバランスが崩れる。境界が崩れる。それは非常によろしくないことだ。

「霊夢がああなんだから――――」
「私がどうにかしなきゃ、って?」
「!?」

 驚きのあまり、味見用の小皿を取り落としてしまった。そこに、ごう、と割り込む長物。小さな音を立てて小皿が着地するは、月を模した刃。見覚えのある武器と、聞き覚えのある声だった。台所から外へと続く扉。お勝手の方へ振り向けば、そこには。

「魅魔様!」
「そうさ。私さ」

 久遠の夢に運命を任せる精神。博麗神社に祟る怨霊にして、魔理沙の師でもある存在。久方ぶりに姿を現した、魅魔であった。

「どうしたんですか、いきなり?」
「つれないねえ。可愛い弟子に会いに来たら、この言い様だよ」
「どの口が……」

 最近、めっきり姿を見せなくなって。それで、突然現れたかと思ったらこれだ。怨霊も亡霊も、とかく霊的な連中というのはふわふわしてていけない。

「ほれ。落し物だよ」

 つい、と魅魔の得物が持ち上がり、小皿が差し出される。本人にその意図があるのかは不明だが、ちょうど刃が首筋の位置にきていて、非常に物騒だった。無言で皿を受け取る。

「よろしい」

 満足げに頷いて、魅魔は滑るような動きで中へ入って来た。幽霊らしく、足はない。行灯のゆらめきの中で動く姿は、立派なホラーだった。

「まだ丑三つ時には早いぜ」
「足をご所望かい?なんなら生やすが」
「別にいりません」

 そうかい、とからから笑って、魅魔はこちらの手からお玉と小皿を奪い取った。代わりに押し付けられたステッキを抱えて、目を瞬かせていると。

「味を見てやるよ」
「ちょうど失敗したとこですけど」
「そっちのがよく分かる」

 なにが、と訊ねようとしたのを遮るようにして、魅魔は続けた。

「あんたの今の心がさ」
「……けっ」

 馬鹿馬鹿しい。魔法使いの師らしからぬ戯言だ。こんなの、ただの出汁と味噌が作り出す化学的刺激でしかなくて。心の中なんて、映すわけがない。
 ずず、と魅魔が失敗作を啜る。美味しくないと分かっているものを他人に飲ませるのは。そして、それを傍らで見るのは、どうにも精神に宜しくない。

「しょっぱいねえ」
「だから言ったじゃないですか……」
「あんた、まだ分かってないんだね」
「だからなにがだよ!?」

 思わず声を荒げていた。余裕綽々といった表情の魅魔が笑う。腹立たしい。こっちはそんな気分じゃないっていうのに。

「さっきの質問に答えようか」

 甕から取って水を足しながら、魅魔はこちらの問いをことごとく無視して話す。もはや食ってかかるのも面倒になって。仏頂面のままで待った、続く言葉は。

「霊夢が、飛べなくなったんだろう?」
「――――ッ」

 息が止まった。心臓も止まるかと思った。頭は真っ白になって、開いたままの口から言葉がなにも出てこない。どこで知った。誰から聞いた。そもそも自分は誰かに喋ったか。いやもっと前。あの時、誰かに見られていたか。ぐるぐると形にならない疑問が回って、意識が飛びそうだった。
 けれど。

「……魅魔様」

 このことを、誰かに。自分以外の誰かに知られてはならない。そう思って。

「なんて顔してんだい。今にも人でも殺しそうな顔だよ」

 まあ私は死んでるけどね。魅魔はケタケタと笑って、首元に突きつけられた月の刃を摘まむと、ひょいと外した。その動きを追いながら、自分のしたことを悟る。まったくの反射的な行動だった。
 その、反射的な行動で。
 自分でも知らない内に、誰かを傷つけようとしていた。

「やっぱり分かってないじゃないか」
「……そう、なのかな」
「こんな頭で平気を装うなんて、あんたも立派な病人さ」
「……そうかもしれない」

 予想外に堪えている自分がいた。霊夢が飛べなくなった、という事実に。二人でいたから。霊夢がいたから辛うじて堪えられていたものが、魅魔に会って、ぼろぼろと崩れていくような気がした。

「どうすればいい?」
「おや。それもまた、分かってないってことか」
「なんだよ。分かってない分かってないって。じゃあ魅魔様には分かってるのかよ?」
「甘えるなよ、魔理沙」

 返ってきたのは、予想外に鋭い言葉。射抜くような魅魔の眼光に、うっ、とたじろぐ。

「甘えるな」

 魅魔はもう一度そう繰り返して、鍋をお玉でかき混ぜながら続けた。

「私には分かっている。お前がなにをしたのかも。お前がなにを分かっていないのかも。霊夢になにが起きているのかも。だが、私が分かっていることだけが真実ではない」
「なにを言って――――」
「いいか魔理沙」

 こちらの言葉を強い口調で遮って、魅魔は言う。

「これは異変だ。確かに異変だ。幻想郷を揺るがす異変で、放っておけば取り返しのつかなくなる異変で、巫女には解決できない異変だ。だから、解決する者が要る」
「誰だよ、それは!?」
「それを探すんだよ、魔理沙。私の答えを否定する者を。システムを破壊する者を。境界を越える者を。そうしなければ、この異変は解決できない」

 ワケが分からなかった。初めて受けた魔法の手ほどき以上に意味不明だった。一体、魅魔はなんの話をしていて、自分になにをさせたいのか。すべてが分からない。

「私が言えるのはここまでだ。これ以上の介入は、チャンスを潰すことになる。だが、最後に一つだけ」

 と、魅魔が差し出したのは、小皿。中には掬いたてで湯気を立ち上らせる、少量の味噌汁。怪訝な顔で固まっていると、飲め、とばかりに突き出された。仕方ない。小皿を受け取り、口に含む。味は。

「美味しい……?」

 酷いしょっぱさが消えていた。水が足されて薄まって、いい塩梅になっていた。顔を上げると、そうだ、と言って魅魔が強く頷いた。

「元に戻すことはできなくても、変えることはできる。少しのきっかけがあれば、別の変化でいい方向に持っていける。それだけは忘れないことだ」

 分かったようで、分からない話だった。結局のところ、自分はなにをすればいいのか。もう一度訊ねようと思ったが、どうやら魅魔にこれ以上話す気はないらしい。小皿を置き、お玉を置き。預けたステッキを受け取ると。魅魔は来た時と同じく、行灯のゆらめきを背負って、お勝手へ向かっていった。
 しかし、最後に。

「ただ、急がなくてはならないよ」

 こちらを振り返って。

「時間は無限ではない。こうしている間にも、巫女が羽を失った余波は広がっていく」

 だから、と。厳かに、魅魔は警鐘を鳴らす。

「境界の守り人が感知するまでがタイムリミットだ。それまでに、答えを出せ」
「それって――――」

 いつだよ。そう訊ねようとした時には、もう、魅魔の姿は消えていた。怨霊にしては潔く、未練の欠片もないような退場だった。

「魔理沙。誰か来ていたの?」

 霊夢の声が聞こえた。近づいてくる気配もあった。魅魔は共通の知人である。久方ぶりの出会いを告げても良かった。
なのに。

「いや、なんでもないぜ」

どうしてだか、はぐらかしていた。隠していた。この邂逅を報せてはならないと。会話を教えてはならないと。

「もうすぐできるから、怪我人は黙って待ってろ」

何故だか強くそう思って。霊夢を押し留め、すべてを秘密とすることに決めた。

「それでいい。結界の守護者は繋がっている」

最後に、どこからか。

「時間はないぞ。健闘を祈る、私の可愛い弟子よ」

励ますような魅魔の言葉が、聞こえた気がした。



      ※



一夜が明けて。

「あー……どこだここ」

 目覚めて視界に飛び込んできたのは、見慣れぬ天井だった。木目が波打つ古びた板張り。純和風の様相。寝ぼけ眼で天井のシミを数えつつ、思う。はて。我が家はこんな作りだっただろうかと。そうしている内に段々と目が覚めてきて、ようやく気付く。

「――――って、違う。そうか、ここは」

 身を起こして、確認して、納得する。そうだ。ここは博麗神社だ。昨夜は魔法の森の我が家に帰らず、神社に泊まったのだった。

「うぅん……」

 横から響くのは、悩ましげな吐息。布団を並べたそこには、神社の主がスヤスヤと寝息を立てている。不安などなさそうな、この世の幸せのすべてを噛みしめたような寝顔をして。

「こんにゃろ」

 誰のせいでこんなことになっているのかと、少し思うところがないわけではない。とはいえ、霊夢だって好きでこんな状況になったわけではないはずで。結局、頬をつねろうとした手を引っ込めざるを得なかった。力を失った博麗の巫女。そんな格好の妖怪の餌を放置して帰れるほど、自分は薄情ではなかった。ただそれだけの話だ。お人好しがいて助かったな、などと考えて溜め息を吐く。

「しかし困ったぞ」

 今日は魅魔の助言に従い、自分なりに動いてみようと思っている。つまり昼の間、神社を留守にしなければならない。いくら昼は妖怪の時間ではないといっても、一人置いていくには不安が募った。

「……まあ、いいか。茶でも淹れてから考えよう」

 頭をぽりぽりと掻いて、布団を出た。眠気覚ましが必要な気配だ。まだ頭が本調子じゃない。襖を開けて廊下に出て、台所までの道を歩く。朝はすでに、やや冷えるようになっていた。足裏の冷たさが脳に回って、少しずつ覚醒していく気がする。とかなんとか、こういう余計なことを考え出したのが、目が覚めてきた証拠か。そうしてちょっとずつ脳の回転数を上げて、寝起きの歩みがしっかりした歩みに変わってきて。道行が、ちょうど居間の前にまでさしかかった、その時だった。

「おはようございます。良い朝ですね」

 突然、居間の中から声をかけられて、一気に目が覚めた。がばりと振り向いた先。そこには。

「なにやってんだ、泥棒仙人」
「失敬ですね。勝手に上がってはいますが、なにも盗んではいません。青娥と一緒にしないでください」

 いけしゃあしゃあとそう言ってのける、豊聡耳神子の姿があった。卓袱台の上に勝手に茶支度など整えて、くつろぎきっている。どこから入ったのか、というのは訊ねなくても分かる。仙界とやらから、お得意の空間移動で直接侵入したのだろう。

「しかし無用心ですね、魔理沙さん」
「どの口が言うんだよ。戸締り無効のくせに」
「それにしたって、対策がされていませんでしたから。魔法で妨害をする手もあっただろうに」
「そりゃ霊夢の仕事で――――」

 私の管轄じゃない。と続けようとしたのを遮る、神子の言葉。

「彼女にできないから、やるのだ。今、あの子を守れる者が、他にいるとでも?」

 戦慄した。知られている。知られてしまっている。霊夢の身に起こったことを、この仙人は知っている。そうと気づいて真っ先に浮かんだのは、昨日の警鐘だった。

『時間は無限ではない』

 もう、なのか。まだ一晩。されど一晩。眠っている間に、タイムリミットは来てしまっていたと。そういうことなのか。衝撃で眠気は吹き飛んだ。が、代わりに余波で思考が止まった。硬直する。それを見た神子は、微笑を浮かべて首を振った。

「いいえ。まだです。その点は安心しなさい」

 まるで心を読んだかのような言葉だった。
 否。
 まるで、ではない。そう、こいつは。

「お前――――」
「そう。これ、ですよ」

 と神子は、ヘッドホンに覆われた自らの耳を指差して見せた。

「少々、聞こえすぎてしまいますからね。特に、今の貴方のような乱れた心は、うるさいぐらいに響いてくる」
「勝手に聴いておいてえらい言い草だな」

 十の欲の声を聞き、人の心を読む。豊聡耳の名は伊達ではなかった。軽口を叩きながら、思う。これはいかにもマズイと。知られたからには帰すわけにはいかない。幸い、夜中の暖房代わりにしていたので八卦炉は手元にある。問題は、はたして自分で抑えられるだろうかということだ。この、音に聞こえた聖人を。

「早まるな、魔法使いよ」

 戦闘態勢に入ったこちらを牽制するように、神子の鋭い言葉が飛ぶ。

「お前は勘違いをしている。誤解なきように言っておく。私は敵ではない」
「信用しろってのか」
「せずとも良い。ただ、力を貸させろと言いたいのですよ」
「は?」

 なんだその、なんだ。救済の押し売りか。途端、目の前の聖人が胡散臭く見えてきて、つい胡乱な目を向けてしまう。さすがに気に障ったか、神子は苦い顔で声を上げた。

「この期に及んで、自分ひとりの力ですべてを解決できるなどと思い上がっているのかい?少なくとも、今日だけでも手は借りておくべきだと思うが」
「…………」

 こいつ。どこまで読んで、どこまで知っているんだ。心中で鎌首をもたげてくるのは、助けられることへの抵抗などではなく。むしろ、助けられるが故の疑問。だって、こんなのは。
 あまりにも、都合が良すぎる。

「久遠の夢に運命を任せる精神」
「――――っ!」

 神子の口から出てきた言葉に、思わず息を飲んだ。と同時に、そういうことかと納得もする。

「どういう繋がりなんだ、魅魔様とは?」
「運命とはアカシックレコードだ。私は復活の折、幻想の地の歴史と未来を知った。そこには、彼女の見る夢もあったということだよ」
「説明する気はない、と」

 魅魔もそうだが、意図的にはぐらかしているのか。まったく要領を得ないことばかり言ってくれる。

「できないんだよ。説明は」

 できない、とはどういうことか。神子はこちらの考えを先回りして、疑問に答える。

「この幻想郷には、網目がある。蜘蛛の巣のように張り巡らされたそれを掻い潜るには、タブーを越えないようにしなくてはならない。時間の問題、というのを、タイムリミットにまで進めない工夫が必要なのだ」
「言いたいことは分かる。意味は分からんが」
「分からなくていいよ。ただ、運命とは可変だ。こと、ここにおいては」

 だから、動けばいい。未来を変えるために。神子は最後にそう言うと、もうこれ以上は語ることなどない、というように、こちらから視線をそらして茶を飲み始めた。見れば、卓袱台の上にはいくつもの竹簡が置かれ、ここに長居する気であるようだった。
 つまり。
 ここは、霊夢は自分に任せて、好きに動けと。

「そういうことなら、甘えさせてもらうぜ」
「そういうことですから、甘えなさい」

 言ってろ、と笑い返し。魔法で服を呼び出して、早着替えを完了させる。出発の準備はこれでお終いだ。顔は、そう、井戸ででも洗っていこう。がらりと雨戸を開けて、庭先に出ようとする。

「最後に一つだけ」

 背中に、声がかかった。振り向けば、神子が竹間から視線を上げず、独り言のように呟いて返す。

「時間稼ぎはしています。力の変化を悟られないよう、檻を作っています。ですが、あまり強固にしてしまうと逆に怪しまれます。ですから、余裕はないものと思って行動しなさい」
「元より、そのつもりだぜ」

 靴を呼び出して、縁側から飛び出した。開け放たれた雨戸はそのままにしておく。閉めも開けもしない。起きてきた霊夢の仕事を残しておいてやるのだ。

「健闘を」

 また魅魔みたいなことを言って。苦笑いを浮かべつつ、昨日も使った井戸へ向かう。釣瓶を落として、引き上げ、清涼な水で顔を清める。ざばり、ざばりと。二度三度。頭を覚まし、冷やし、冴え渡らせる。滴る水は服の前掛けで拭く。お行儀が悪いと方々から散々な評判だが、これは魔女の作業着だ。こういう使い方でいい。後は、同じく魔女に欠かせないアイテムである帽子を被り、箒を呼び出し。そして最後に、ぴしゃりと頬を叩き、気合を入れて。

「――――よしっ!」

 ついに、黒白の魔女の異変解決が始まるのだった。



      ※



まず最初に向かったのは、霧の湖に浮かぶ孤島だった。そこには吸血鬼の住む赤より紅い洋館が建っている。何度となく押し入った勝手知ったる館に、しかし今日は正規の手順で訪問を試みた。

「よう、門番さん。中に入りたいんだが」

八卦炉を構えて、交渉が決裂したらすぐさま普段通りの方法に移行できるように、と準備をしていたのだが。

「あ、ホントに来た」

門番たる紅美鈴の反応は完全に予想外であった。拒絶の意思を示すどころではない。

「あのー、魔理沙を連れて来ました」

門番の声に、テラスにいた三人が振り向くのが見える。美鈴は今こうして、館の主達の居場所まで案内してくれたのであった。

「来たな」

得意げに言うのは、ミレニアムの半分の吸血鬼。紅魔館の主、レミリア・スカーレット。

「お前に会いに来たわけじゃないんだけどな」
「知ってるよ。パチェでないのも」

な、とニマニマ笑いながら、レミリアは対面に座る不健康そうな読書家に声を掛けた。

「そうね。私にできることはなにもないし」

答えるは齢百程度の魔女。紅魔館大図書館に住む本の虫、パチュリー・ノーレッジである。門番とこの二人の態度。なにか嫌な気配を感じた。
 そして。

「お茶はいかが?」

 この場の最後の一人。テーブルの脇に佇むメイドが口を開く。彼女こそが、今回の訪問の目的。超常の力を持ち、〝異変を解決する〟人間。十六夜咲夜だった。

「時間がないらしい。お茶会は遠慮したいんだがな」
「そう言うなよ。状況を聞かせろ。手出しはできんが、助言ぐらいならできるかもしれんぞ」

 くわ、と牙を剥き出してレミリアが言った。笑みの色が変わった。獰猛な、恫喝するようなものへと。拒否という選択肢はない。許さない。そう告げていた。
そこで気づく。嫌な気配の正体に。
 この状況は、快く迎えられたのではなかった。ケダモノの住む檻へと、誘い込まれたのだった。そして性質の悪いことに、そのケダモノは知性を持っていて、ある程度の前情報まで握っているようだ。こうやって、どことも知れぬ場所から異変を嗅ぎつけてきたのは、魅魔、神子に続いて三人目だった。

「仕方ない。人間用のを頼むぜ」

 心に数字を刻みつつ、空いた椅子に座る。話がある程度通じているなら、手っ取り早い。いっそ余計な話をせずに済むというもの。紅茶を待たず、咲夜に訊ねる。

「単刀直入に言う。咲夜、お前は治せるのか?」
「おいおい。主の言葉を無視して従者に構うというのは感心しないな」
「うるさい。お前は知ってるんだろう、なにもかも。だったら、説明できない、って分かるだろうが」
「ふむ。少しは理解しているらしいな」

 この態度。魅魔や神子と同じだ。試されているみたいで腹が立つ。

「だが私だって、なんでもは知らない。見えたのは朧な運命だけだからな」
「運命だのアカシックレコードだの、ワケが分からない。大体お前は、そういうのを操れるんだろう。だったらその運命とやらを変えてくれ。そうすれば――――」
「私が動かなくて済む、なんて言ってくれるなよ。首を刎ねるぞ?」

 ぐ、と言葉を慌てて飲み込む。ろくろ首にもデュラハンにもなりたくはなかった。よろしい、と頷いて、レミリアは続けた。

「まあ、ちょうど今やってるのさ。だからお前に協力しようとしてる。分からせようとしてる。頼りになる者が誰かを、教えようとしてる」
「そりゃありがたいこったな」

 何様だ。吸血鬼様か。気に食わない。だが、この言い方は良くない感じだ。

「つまり、ここには求める者はいないって言いたいのか?咲夜じゃ、役者不足だと」
「――――お茶が入りましたわ」

 かた、と。湯気を立てるティーカップが置かれた。咲夜を見る。涼しい顔をして、我関せずという感じ。話はレミリアから聞け、そう言っているかのようだった。

「勘違いだな。咲夜は優秀だ。けれども、今回の解法は優秀だから出せるってものじゃない」
「じゃあ、誰なら出せるって言うんだよ?」
「それを探すのが、お前の役割だろう」
「くそったれが!」

さすがに我慢の限界だった。爆発した。結局、なにも答える気なんてなくて、なにも説明する気だってなくて。はぐらかして弄んで、人が困ってるのを見て面白がっているんだろう。時間の無駄だった。ここには異変を解決する者なんていやしない。ただの悪魔の言いなりの犬っころしかいないんだ。と、ありったけをぶちまけようとした。
ところが。

「もごっ!?」

突如口の中に出現した固形物によって、遮られた。ボソボソした食感。芳ばしい香りとビターな甘みが襲って来て、準備のできていない口は言葉を失う。

「お口が苦いわね」

咲夜の笑い声。スッ、と持ち上げられたその手には、キツネ色の茶菓子。それで理解した。これは咲夜の、種無し手品の仕業だった。静止した時間の中で放り込まれたクッキーは、きっとお手製だろう。悔しいが美味しい。好みの味だ。

「これで甘くなりましたか?」
「お陰様で……」

ごくりと飲み込んで、仏頂面で答える。それを聞いた咲夜はいかにもな作り笑いを浮かべると、まだ誰も口をつけていないティーカップに角砂糖を二つ落とす。

「甘いもの大好きだものね」
「なんかムカつく言い方だな」
「気の回らないメイドですまんな」

 クカカカ、とレミリアの笑い声が響いた。教育しとけよ、とでも言ってやろうかと思ったが、やめた。最近は丸くなったとはいえ、吸血鬼でも飼い慣らすのに苦労する狂犬なのはよく知っている。フン、と鼻を鳴らして、カップを手に取った。もう大した温度じゃない。

「自分で飲める?」
「馬鹿にしてんのか」
「そうよね。貴方は、なんでも自分でやってきたものね」
「ああそうだよ!紅茶飲みだって達人級だ!」

 ここまでコケにされて、味わってなどやるものか。せめてもの抵抗に一気飲みをしてやる。甘い。甘すぎる。脳にまで回って溶けるぐらい。

「あっまい……」
「入れすぎかしら」
「いいや。ちょうどいいだろう。魔理沙らしい」

 なんでお前が答えるんだよ。レミリアを睨むが、ニヤニヤと笑って返されるだけだった。なんだこの館は。主もメイドも失礼なヤツらしかいない。

「脳は栄養として糖分しか受け付けないわ」

 今まで黙っていたパチュリーが、唐突に口を開いた。皆の注目を集めながらも、読んでいる本からは決して目を上げず、続ける。

「今ので貴方の頭は冴える。この先の道程において、それは欠かせぬものだったと知ることでしょう」
「大げさな」

 たかがこんなもので、と。馬鹿にして笑おうとした。しかし。

「―――――――――」

 魔女の深い瞳と目が合う。本から離れたガラスのような美しさが、こちらを射抜く。なにか、はっきりとは分からないが。受け取っておけ、と。そう言われているような気がした。

「……魔女様が言うなら、そうなのかもな」

 カップを置いて、立ち上がる。箒を呼び出す。

「行くのか?」
「これ以上ここにいても、なにも得るものなんてなさそうだしな」
「ふむ。確かに、渡せるものは渡したかな」

 なにが、と嘲ろうとして、飲み込んだ。相変わらずワケは分からないし、気に食わないし、苛立ちもしたが。この高慢な吸血鬼のことだ。意味のない、相手を不快にさせるようなことだけは、しないだろう。その、プライドにかけて。

「吸血鬼の加護が得られたことを祈ってるぜ」
「はは、報われないなあ、なあパチェよ?」
「…………」

 魔女は黙して語らず。再び本に落とされた視線がこちらを向くことはなかった。話は終わりだ。なら、こちらもここに用はない。ぎゅ、と帽子を深く被り直して、テラスの欄干に手をかけた。

「玄関から帰らないのかい?咲夜に送らせるが」
「いらん。こっちのが早い。それに――――」

 力を込め、欄干を乗り越えて、片足で一踏み。空に踊り出す。落ちるのは刹那。箒に跨り、強く想えば身体は浮き上がる。

「ここから這いずって出てくなんて、私の性に合わないんだよ!」

 空に舞う。願えば、飛べる。魔女は飛べるのだ。じゃあな、と後ろを振り返らず一方的に告げて、全速力で紅魔館を後にした。



      ※



「フラれたな?」
「これでいいんですよ。だから、あの子は霧雨魔理沙なんです。ね、パチュリー様?」
「そうね。飛び方を忘れないって、大事なことよ」

 残った三者の声が、小さな魔女の去った館に溶けて、消えた。
 網が軌跡を追う。



      ※



 視界を覆う白の渦。全身に纏わりつく、霰と滴の中間のような水粒。八卦炉を内燃に切り替えて寒さを凌ぎながら、代わり映えのしない景色の中をただひたすらに飛ぶ。進路をコンパスで確認。右に十度修正。身体もそろそろ慣れてきた頃だ。箒を握り直し、速度と高度を上げた。

「――――ぷはっ!」

 目の前が開ける。刺すような日差しが飛び込んでくる。少しだけ近くなった陽光で、全身の水粒がキラキラと輝く。雲の上に出たのだった。ごうごうと響いていた風の音が止んでいた。シンとして音がない。妙に静かだ。眼下に広がる一面の白の中、たまにポツポツと青色が覗いている。視界の中に、動くものの姿はない。以前、同じように異変の最中ここを飛んでいた時は、浮かれた連中に大層な歓迎を受けたものだったが。

「まあ、春じゃないからな」

 そういうこともあるのだろう、と。深くは考えずに、水平飛行に移る。目指す先はもうすぐそこに見えていた。天空に浮かぶ巨大な門。現世と幽世を分ける境。すなわち、冥界の入り口である。大分前に引き直されて結界は戻っているものの、上を乗り越えていける杜撰さは相変わらずだ。もっとも破壊しなくても通れるというのは、心が傷まなくてよいが。

「おじゃましまーす、っと」

誰にともなく断りを入れて、幽明の境を越える。すると見えてくるのは、長く長く続く石段だ。先は見えない。朱や黄に染まる葉のカーテンが、行くべき道を隠していた。
しかし、目的地はこの果てにある。見えずとも、自分はそれを知っていた。
「行きますか」

速度を増して、冥界の空を突き進む。もちろん生身で、である。この幻想の地では、生と死の境界がもうずっと曖昧だった。そして、死の世界に入ったとて、生者のなにが特別変わるわけでもない。身体は変わらず重さを持ったままで、幽霊のように浮き上がったりはしない。
それは、つまり。

「…………」

ここに連れて来たって、きっと、霊夢は飛べるようにはならない。そういうことだ。いやそもそも、霊夢がああなったのは、重さのせいではなかった。どちらかというと食は足りてなかったはずで、むしろ少しは重くなった方がいいぐらいだ。終わったら、里になにか甘味でも食べに行こうか。とりとめのない思考を巡らせつつ、なにげなく視線を動かした。
その先で。
 影が。
金色の影が、木々の隙間から、見えた気がした。

「なんだ?」

急制動をかけた。どうしてか、その姿が無性に気になって。目をこらして一帯を探る。朱、黄、茶、橙。金などどこにもない。どころか、辺りに動くものは一切なく。音を発さない、死んだ自然がただ広がっているだけだった。

「気のせいか。そうだよな。うん、そうだ」

 無理矢理に自分を納得させて、動きを再開した。胸の内に生まれた微かな不安を拭うように、速度を上げる。今は立ち止まる時ではない。なにより、自分は後ろを振り向かない主義だ。前を向いて、一直線に目的地へ飛ぶ。ほどなくして。視界を埋めるカラフルな絨毯に切れ目が見えてきた。石段の終点。そこに、木々に埋もれるようにして広がるのは、巨大な屋敷。
 白玉楼。
 冥界の主が住まう館。
 ついに辿り着いたゴールへ向けて、高度を落とす。どこから入ろうか。以前ここに来た時は、直接、裏にある妖怪桜の下へ向かったから。と思案していると、恐らく正門であろう場所に人影を認めた。

「よう、妖夢」
「は?え?あ……魔理沙?」

 右、左、後ろ、と来て、最後に上を見て。白玉楼の庭師、魂魄妖夢はようやくこちらの姿に気づいたようだ。反応が鈍い。剣士にしては警戒が甘すぎやしないだろうか。

「半人前だな」
「ち、違うわよ。ちょっと考え事をしていたから」

 なにが、と言わずとも通じる辺り、今のはまずったと本人も思っているようだった。分かっているなら言わなくていい。これでも自分より年上だったような、と。脳裏を過ぎった記憶を忘れようと努める。知らぬが仏で、言わぬが吉である。

「冥界だけにな」
 なんの話、と首を捻る妖夢を無視して、着地する。途中、周囲をざっと確認する。門は開いていた。妖夢は素手だ。今は秋だが、地面には落ち葉を集めた跡などもない。つまり妖夢は掃除などをしていたわけではないと見える。では、一体。

「お前、こんなとこで突っ立ってなにしてたんだ?」
「不躾ね。客人を見送っていたのよ」

 真っ先に頭に浮かんだのは、先程見た影。冥界に不似合いな金色。しかし、心当たりはあって。もし、その予想が正しいならば。以前にもこの地で見たものならば。

「ひょっとして、まずい、のか?」

 はっきりとは分からないが、よくないことであるような気がする。散々急かされたからか、漠然とした焦燥が生まれつつあった。急がなければ、と改めて思い直す。そうして一人で唸っていると、今度は私の番よ、とばかりに妖夢が訊ねてきた。

「そういうあんたはなにしにここへ来たの?」
「ああ。お前に会いに来たんだよ」

 四の五の言っている余裕もなくなりつつある、のかもしれない。間を吹き飛ばして本題に入る。すると。

「ひぇ!?」

 などと奇妙な泣き声を上げつつ、妖夢が茹蛸のように真っ赤に染まった。人間も秋には染まるのだな。いや、半人半霊だったか。変わった種族だな、などとぼんやり考えて、そうではない、と首を振る。

「誤解するな。そういう意味じゃない」
「え、あ、そ、そうよね。うん。あはあは」
「あら、妖夢も色を知るお年頃?」

 そこに割り込んでくる、ほわほわと軽い声。げ、と思わず声を上げてしまった。面倒なヤツが出てきた。

「でもね。いきなり同性相手というのは、少々冒険をしすぎじゃないかしら」
「ゆ、幽々子様!なに言ってるんですか!?」
「こういうことはね、正道とされるものを知っていてこそ、より燃えて輝くのよ。だから、オススメはしません」
「だから!そうじゃなくて!」
「なにより、ね。相手の同意というのも大事だから。それを確認せずに想いだけを募らせると、とても苦労するの」
「話聞いてくださいよ!」
「ねえ、魔理沙?」
「そうだな。話聞けよ」

 溜め息を吐いて、妖夢に助け舟を出してやった。

「あら、話を聞いていて?意外と大事なことを言ったわよ、今」

 試みは成功した。矛先が代わりにこちらへ向いたが。うんざりとしながら視線を動かした先。そこに浮かぶは、亡霊の姫。冥界の統治者たる、西行寺幽々子であった。

「同性愛について従者と語らうのは、別の機会にしてくれ。私は急いでるんだ」
「妖夢に用があるんですって?でも残念ね。これから私はお茶が飲みたくなるから、そこの庭師を呼びつけなくてはならないの」

 これである。魅魔、神子、レミリアと。異変が始まってから散々に要領を得ない連中と話してきたが、この幽々子の場合、普段から意味不明だ。一応は同じ言語で話しているはずだが、わざと他人に伝わらない言い方を選ぶ嫌な傾向があった。まだ図書館の魔女やら人形遣いやらの明らかに同郷じゃない連中の方が、上手く話せている気さえするぐらいだ。

「お茶なら後でいくらでも飲めるだろ。こっちは一刻を争ってるんだ」
「そうね。つまりお茶を飲みながら話せば、すべては解決ということね。さあ、行くわよ妖夢」
「え、でも――――」
「あのなぁ!」

 と声を上げようとした、眼前に。

「しーっ」

 ぴしり、と。折り畳まれた扇子が突きつけられた。言葉が押し留められ、行き場を失くし、飲み込まれる。幽々子は黙ったこちらに近づいてくると、耳元に唇を近づけて、囁いた。

「ここはダメよ。今帰るのもダメ。まだ、あの子がうろついているわ」
「あの子?」
「言う通りに。止まるところよ、ここは」
「だから、どういうことだよ?」
「妖夢、行くわよ」

 幽々子は答えない。またこのパターンか、と嘆息しつつも、これで一つ分かったことがある。
 幽々子もまた、知っているのだ。
 霊夢に起きた、異変を。

「そういうことか」
「どういうことかしらね。妖夢、分かる?」
「いえ、まったく意味が分かりませんけど」
「なら、問題ないわ」

 そう言い放つと。幽々子は、これ以上ここにいるつもりはない、というように踵を返して、さっさと門の中へ消えて行った。妖夢はこちらの顔と幽々子の背を困ったように交互に見て、結局、それに続く。自分だけ残っても仕方ないので、自分も歩き出す。
 しかし同時に、感じてもいた。この妖夢の様子から察するに、ここも恐らくはハズレであろうと。それでもついて行ったのは、きっと。
 幽々子を通して。
 あの、金色の影を通して。
 自分でも気づかぬ内に、その向こうに、見ていたからだろう。
 己が対峙しなければならないものの正体を。

「では、私はお茶を淹れてまいります」
「お客人に、秘蔵のお茶菓子もお出しして」
「お構いなくだぜ。いや、ホントに」

 応接間であろう場所に通された。妖夢が去った後、幽々子と対する。沈黙が満ちた。幽々子は扇子を弄びながら、こちらがなにか言うのを待っているようだった。ただでさえ、この亡霊との会話は意味が分からないのだ。ならばせめて、話の発端ぐらいは自分から作り出して、なにを話しているのかだけは明確にしておきたい。好意に甘えることにして、口を開く。

「どこまで知ってる?」
「貴方の欲しいものまで」
「ほう。そりゃ話が早いな」

 全部、か。なら問題は、レミリアより役に立つのかということだ。余計なことは省く。ちょうどいないのをいいことに、思い切り無礼に訊く。

「妖夢は役に立ってくれるのか?」
「ある意味では。けれど、大した意味はないわね」
「分かるように話して欲しいぜ」
「貴方の迷いぐらいなら断てるけれどね。今の貴方に必要かしら?」

 どうだろうか。なにをしたらいいのかは、分からないではいるが。己の行動に、という意味なら確かに不要かもしれない。霊夢を助けるという一点においては、間違いなく曇りないのだから。

「だから私が、貴方が気づく、手助けをしましょう」

 幽々子は、これまでに会った三人と同じように、語る。

「解決する者を人間や、それに順ずる者に求める。そこは悪くない。正解よ」
「その先の条件が分かってないんだ。咲夜もダメだった。で、妖夢もだろう?じゃあ、なにが必要だってんだ」
「視野がまだ狭いわ。見えていないものがある。いえ、見えないものを見なくてはいけない」
「うへ、こりゃ難儀だな」

 レミリア以上に意味が分からない。はぐらかしている、とは思わない。むしろ、それなりに親身なのではないかとさえ感じる。けれど、例の話せない条件に抵触するからか、致命的に分かり合う意思が欠けていた。

「そうね。もう少し、分かりやすくしましょうか。ちょうど良く、役者が帰って来たわ」
「失礼します」

 幽々子の言葉と共に襖が開いて、盆を持った妖夢が現れた。盆には湯気を立てる湯呑みが三つと、羊羹を載せた皿が三枚。そのまま茶仕度が始まる様を、また甘味だ、などと思いながらぼんやり眺める。羊羹の皿が、まずこちらの前に配られた。音はない。慣れた流麗な動作である。次に、幽々子へと妖夢の手が伸びたと同時。

「ねえ、妖夢」

 その手を見つめながら、幽々子が扇子を開いた。そして、口元を覆い、表情を隠すようにしながら。

「もしも、私がもう一度、桜を咲かせようとしたなら――――」

 唄うように、訊ねる。

「貴方は、どうする?」
「――――」

 手の動きが乱れた。ごと、と。卓袱台に皿を置く音が、先程とは違い大きく響く。それでも表情を乱さなかったのはさすが武人と言ったところか。
 僅かの逡巡の後。

「……お止め致します」

 妖夢が居住まいを正して、凛然と答えた。さらに繰り返す。

「きっと。私が、いの一番にお止め致します」
「そう。貴方が、止めてくれるのね」

 ぱしり、と扇子が閉じられる。その下に浮かんでいたのは、満足げな笑みだった。どうやら、理想的な回答だったようである。しかし、聞かされたこちらはちんぷんかんぷんだ。

「真っ先に出てきたものを、真っ先に否定している。そして、真っ先に浮かぶべきものに、気づいていない。罪深い者は、己に無自覚な者よ」
「私のこと言ってるのか、それ」

 さすがにムッと来て、身を乗り出した。どいつもこいつも、肝心なことは言いやしないくせに、こちらを責めてばかりくる。被害妄想と片付けるには、あまりに露骨な態度すぎた。

「少し、話過ぎたわね。危ない危ない」

 幽々子はこちらの怒気を、亡霊らしく涼しい顔で受け流すと、羊羹に手を伸ばした。話は終わり。またこのパターンだった。舌打ちをして、楊枝を羊羹に突き刺す。さっさと自分で食べてやる。時間を止めて口に甘味を放り込んでくるメイドはこの場にいないが、代わりに速さで自分と肩を並べる半端者が同席している。苛立ちのままに主に食ってかかれば、その忠犬に同じことをされかねないと思ってのことである。

「一口だなんて、勿体ない」
「私はせっかちなんだよ」
「本当のせっかちなら、もっと早く片付いているわ。貴方は意外と小さなことが好きで、だから視界が狭い」
「お説教は結構だ」

 今度は湯呑みに手をかける。触った感じ、大して熱くもなさそうだ。これまた一気に飲み干す。刹那、舌を掠めた渋みと甘みは、神社で飲んだどの茶よりも美味しかった。が、自分は死人共の飲むお茶などに興味はない。
 いつもの、味の薄いお茶。
 いつもの、色の薄いお茶。
 いつもの、霊夢の淹れた出涸らしのそんなお茶こそ、自分が飲みたいものだった。
 だから、ここにはもう用はない。

「帰るぜ」

 立ち上がる。死の世界から生の世界へ戻るべく。霊夢のいる世界へと戻るべく、歩き出す。その背に。

「魔理沙」

 幽々子の声がかかる。まだなにかあるのか、と不機嫌そうな顔を作って振り返った眼前には。
 蝶。
 きらきらと輝く、透き通った羽根を持った蝶が、浮いていた。

「受け取りなさい」

 幽々子の言葉で蝶が弾ける。光の粒子が飛び散り、しかしまたすぐに集まって、それらは別の形を取った。浮力を失って手の平に落ちた物体を見つめて、その名を呟く。

「扇子……?」
「お守りよ。死の世界からの」
「不吉だな」

 拡げてみる。やはり扇子だ。幽々子がさっきまで持っていたものとは違うが、大仰な登場の割にはなんの変哲もない普通の扇子だった。
 ただ、一つだけ。
 扇絵に描かれている、猫と狐の姿からは、あるものが想起された。式と。式の式。と、そこまで考えて、気づく。そうか。あの時、見かけたのは。

「呼んではいけない」
「――――っ!」

 慌てて口を噤む。理解した。言ってはいけない。言えない。と口々に皆が言うのは、つまり。なにを警戒しているのだろうと思っていたが、つまりは、そういうことなのか。

「なるほど。道理で見覚えがあったはずだ」
「けれど、そろそろ安全なはず。次の場所へ行きなさい」
「そうだな。そうさせてもらうぜ」

 多くは語らない。語れない。だから短く答えて、襖を開け放った。死の世界でも変わらぬ陽光が降り注ぐ玉砂利の庭へと降りる。箒を呼び出し、跨って、飛び立つ準備を整える。

「一応、礼は言っておく。助かったんだろうからな」
「あ、え。もう用事は済んだんですか?」

 残された空の湯呑みや皿とこちらを見比べて、妖夢が呆けたように漏らした。咲夜とは違い、こちらは最後まで意味が分かっていなかったらしい。やはり半人前。

「精進しろよ。主が泣いてるぜ」
「大丈夫よ。涙なんて枯れ果てたわ」
「ちょ、なんですか二人して!」

 憤慨する妖夢を笑い飛ばして、宙に舞った。この主の相手をしていれば、いつか一人前になる頃には、咲夜以上の凶刃に育っていることだろう。それを生きている内に拝めることを祈りつつ、白玉楼を後にした。



      ※



「なんだったんですか。いきなり来て、いきなり帰って」
「時間がないのよ。あの二人にはね」
「あの方が来たのと、なにか関係があるのでしょうか?」
「そうね。貴方には時間がたんまりあるから、少し自分で考えてみましょうか」
「ええー」

 妖夢の悲鳴と幽々子の笑い声が、魔女が去って音の消えた冥界に響いた。
網が魔女の軌跡を追う。が、遅れたため捕捉はならず。次なる場所に舞台は移る。



      ※



 頂上からもうもうと煙たなびく妖怪の山を行きながら、乾いた唇を舐める。無論、徒歩ではない。箒に乗って空からである。一面に広がる紅葉は冥界と違い生の香りに満ちており、なかなかの風情であった。こんな時でもなければ、感動のあまり足を止めていたかもしれない。が、生憎とそんな余裕はない。焦っていた。候補の内、二か所が駄目だったのだ。残るは一か所しかない。そこが駄目となれば、いよいよ後がないのだ。
とはいえ、これから向かう場所は最も可能性が高いといえるかもしれなかった。数年前にこの山に現れた、幻想郷二つ目の神社。守矢神社。そこには、霊夢とは別の意味で特別な巫女がいる。
東風谷早苗。
 奇跡を操る風祝が、いるのだった。
 守矢の風祝は現人神でもあるらしい。巫女を救うのに神頼みというのは、手順としては間違っていないように思われた。それにしたって、本来ならばまず博麗神社の祭神に助けを乞うのが筋かもしれないが、あそこの神様は万年行方不明である。守矢は分社を出してもいるし、バチが当たるということもあるまい。そう自分を納得させて、こうして山を登っていた。
 煌々とした木々の道に導かれ。水煙を上げる滝を遡上し。立ち塞がる尾根を越える。すると見えてきたのは、天頂より傾き始めたばかりの日差しで輝く水面の姿。湖であった。しかし、それ以上に目を引くのが、辺りに無数に突き立つ柱の群れだった。御柱と呼ばれるそれらは、守矢の信仰の象徴だったもの。外の世界の残滓たちである。これらが見えてきたということは、目指す所は近い。ここはすでに神域。神々の住まう場所だ。

「まあ、神様なんてその辺にいくらでも転がってるがな」

 野良神様なんてのは、妖怪の一種と変わらない。捕まえてご利益を賜るぐらいがちょうどいいのかもしれない。こうなったら実力行使。もとい、弾幕ごっこによって協力を得るような、そういう図々しさもあっていい。なんて、役立てる算段を立て始める程度には、奇跡の力に期待していた。
 奇跡なんて。
 あるかどうかも分からない、あやふやなものに縋りたい。
 そんな己の心の弱さから目を逸らして、いよいよ近づいてきた社に向けて、減速と降下を始めた。
 と。

「…………なんじゃありゃ」

 視界の中で大きくなってくる鳥居。いよいよな神前の証の向こう側。お参りをする拝殿の屋根の上に。
 なにか。
 奇妙なものが、いた。

「ふっふっふっ」

 腕を組み。風に髪を靡かせて。

「ついに来ましたね、魔理沙さん」

 こちらを見上げながら怪しげに笑うは、深い青と白の人影。

「早苗、お前。こんなとこに上って、一体、なにを……?」

 守矢神社に住まう件の現人神は、こちらの呆れきった視線も声もものともせず。
「決まっています!」

 びしり、と手に持った大幣でこちらを指し示すと。

「さあ、私を霊夢さんの元へ連れて行きなさい!奇跡の力で、すべてを直してあげましょう!」

 自信と希望に溢れた憎たらしいほどの笑顔で、そう言ったのだった。
 この展開は予想していなかった。今までが今までだっただけに、まさか向こうから協力を申し出てくるとは。いや。紅い悪魔も亡霊も、一応は協力してくれていたのだろう。効果も結果も分からなかっただけで。

「ふむ?」

 考える。これはどうしたものかと。ここに来て、頼むどころか、探りを入れる前から協力的な態度で接されるのは不快ではない。急いた気持ちが少し落ち着く。ワケが分からないのに、はぐらかされるのも、もったいぶられるのも、もうたくさんだった。

「さあ!」

 問題となるのは、果たして本当に役に立ってくれるのかということ。奇跡の力、といっても、全容は判然としない。どういう作用なのかも、きちんと元に戻るのかも分からない。

「さあさあ!」

 要するに、効かなければ意味がないのだ。どんな奇跡も、神のご加護も、結局は結果次第。
 つまりは、霊夢が飛べなくては、意味がないのだ。

「ねえ!聞いてます、魔理沙さん!?」

 やかましい。こちらは色々考えているのだ。積極的にすぎるのも考えものだ。そう思いつつも、邪険にするのは悪い気がして。渋々ながら、聞いている、と答えようとした。
 瞬間。

「そんなところにいると、危ないですよー!」

 風が。
 一陣の風が、局所を狙いすまして、吹き荒んだ。主に、目の前に立つ早苗の腰の辺りで。
 はためく。捲れる。紺碧が、空に溶けて。
 露になるのは、緑のストライプ。そこへ。

「いただきです!」

 パシャリと響く、シャッター音。そして横切る黒い影。誰だ、などと考えるまでもない。こんなふざけたことをするのは、一人しかいない。

「ぎゃああああ!?なにするんですか文さん!?」
「はははは!油断大敵!清く正しい新聞屋はどこにでも潜んでいるのです!さらば!」

 明日の朝刊は決まりね、などと叫びながら遠ざかっていくのは、射命丸文だった。妖怪の山に棲む烏天狗の一人で、新聞屋。幻想郷最速を名乗るだけあって、悔しいが凄まじい速度だった。怒る早苗にも追いついてどうにかしようという考えはないらしく、ぐぬぬぬ、と今更ながらに裾を押さえて唸るしかない。
 が、この神社には、当然のことながら神が住んでいる。

「ウチの子になにしてくれとんじゃワレェ!」

 上空から降り注ぐ御柱が、天狗を打ち抜く。現人神に代わって荒ぶる神霊の鉄槌は、速度などものともしない正確さで以って、不届きな盗撮犯を地面に縫い付けていた。

「フン。さあ、ネガを渡してもらおうか」

 潰れた蛙のようにへばりつく文に近づいて、傲然と言い放つのは、守矢の一柱。軍神、八坂神奈子であった。無理だろ、と石畳が砕けた惨状を見て呆れていると、もう一柱、社の中から出てくる影が。

「だーから言ったのに。早苗は本当に高い所が好きだよね。昔っからさ」

 奇怪な帽子を揺らしながら、ぴょこりと文に近づいて、カメラをもぎ取る。守矢のもう一柱。土着神を束ねる忘れられた神、洩矢諏訪子だった。
 早苗、神奈子、諏訪子。これでここには、守矢が誇る三柱の神が揃ったということである。あと、ついでに余計な新聞屋。

「あん?そこにいるのは魔理沙じゃないか」

 諏訪子が取り出したフィルムを引き千切りながら、神奈子がこちらを見上げた。

「なるほど。それでか。早苗が騒いでたのは」

 ぽんぽん、と御柱を叩いて大地に返しながら、諏訪子もこちらを見る。
 この様子。
 早苗だけではない。やはりこの二人も、霊夢に起きたことを知っているようであった。一体、どこが出所で情報が回っているのか。魅魔や神子、レミリアは運命を見たのだろう。幽々子は恐らく、藍が現れて告げたのだろう。しかし、守矢神社は。

「あ。魔理沙さんもいたんですね。今、気づきました」

 むくりと起き上がって、服についた土や石片を払って。文がこちらに向き直る。そして、次に告げられた言葉に。

「答えは見つかりましたか?」

 弛緩した心が、凍りつくのを感じた。身体が勝手に動く。落ちるように突き進んで、箒を振りかぶり、地に立つ文へと叩きつける。

「――――っとぉ、危ない」

 呆気なく受け止められた。手が痺れる。相手は腐っても天狗だ。魔力を込めたならまだしも、感情に任せたただの打撃でどうにかなるわけもなかった。けれど、そんなことはどうでもいい。箒を挟んで対峙する顔を睨みながら、訊ねる。

「お前か」
「違います」

 心外な、というような顔をする文。

「じゃあ、なんで守矢まで知っている」
「守矢?いえ、もうあらゆる者が知っているでしょう」

 固まる。そんな馬鹿な。

「知らないのなんて、呑気な人里の民ぐらいさ。それも明日には広まるだろうがね」

 追い討ちをかけるように神奈子が言った。ちなみに、と諏訪子がそれを補足する。

「ブン屋の言葉は真実だよ。私達は別で知ったのさ」
「別、って……」

 霊夢が飛べなくなった、などと。自分は誰にも話してないし、そうなってからまだ一日と経っていないというのに。文が犯人ではないとしたら、誰が広めた。どうして広めた。どうやって知った。どこから漏れた。

「もう、ここまで広まったなら、伏せる必要だってないか」
「だろうねぇ」

 二柱の神が、嘆息と共に言う。この二人は、もはや警戒をしていない。聞かれることに、頓着しない。
 そう、ここまで広まっている。妖怪の山にまで広まっている、ということは。

「「すべては、妖怪の賢者からのお達しだ」」

 神々の声が告げた。妖怪の賢者。すなわち。

「紫……」

 八雲紫。妖怪の賢者にして、幻想郷の結界を統べる者。魅魔は言っていた。結界と結界は繋がっていると。幽々子は示していた。賢者の式の存在を。幻想郷中に張り巡らされた監視の目。八雲紫の蜘蛛の巣。それ逃れるために、皆は揃いも揃って、要領を得ない言葉で。意味のあると分からない言葉で、語っていたのだった。そして、その必要がなくなった、ということは、きっと。
 タイムリミットが。時間切れが、来たのだった。
 早すぎる。素直にそう思った。だって、まだなにも分かっていない。紫が監視してるとか、そんなのは枝葉末節であって。肝心のことがなにも分かっていない。

 ――――私はまだ、霊夢が飛ぶための方法を、見つけていない。

 きっと、無意識の内に縋るような視線でも送っていたのだろう。

「もう気づいていると思うから、言わせてもらう」

 神奈子が目を逸らして、言いづらそうに口を開いた。歩調を合わせて、諏訪子も続ける。

「そうなんだよね。私たちでは、霊夢を助けることはできないんだよ」
「そんなこと、やってみないと分からないじゃないですかッ!」

 叫んだのは、自分ではない。早苗だった。

「私は奇跡を操る風祝なんです!やらない内から諦めるなんて、そんなことしたくありません!」

 まだ、屋根上に立ったままの早苗が。

「霊夢さんがもう飛べないなんてこと、絶対にないって。私の奇跡で、それを証明してみせます!」

 まるで、我が事のように怒って。神々の言葉に、逆らっていた。

「残念ながら」

 ふわり、と。いつのまに飛んでいたのか、早苗の隣に文が降り立つ。

「これは、奇跡でもどうしようもないことですよ。風を操っても。天地を創造しても。神々の英知でもどうにもならない。そういうことなんですよ
「そんな、じゃあ……」

 と言って、涙さえ浮かべながら早苗が言ったのは。自分の無力のことでも。神々の理不尽さのことでも、なかった。

「じゃあ、魔理沙さんはどうすればいいんですか!」

 ここに来た。ここまでハズレを引いてきた、この身と心を労って、怒っているのだった。

「…………」

 言葉を失う。これでは、話すことがなくなってしまう。ああ、こいつはきっと。自分が言うべきだった。いや、言ってしまったかもしれない言葉を、言ってくれているのだった。諦めの心を吸って。折れそうになる心を支えて、言ってくれているのだった。
 風の社に凪が訪れていた。音のない世界に、早苗の嗚咽だけが響いていた。烏の羽がそっと寄り添う。こうなることが分かっていて、文はきっと横に立ったのだと思った。

「早苗、泣くなよ」

 上を。上だけを見ながら、呼びかけた。下を向いたら、なにかが雫れてしまいそうだったから。

「お前が、私の代わりに泣くなよ……」

 だって、そんなことをされたら。自分が、泣けなくなってしまうじゃないか。諦めることが、できなくなってしまうじゃないか。
 下を向いて、立ち止まることが、できなくなってしまうじゃないか。
 けれど、おかげで。
 頭は、冷えていた。恐ろしいほどに、冴えていた。
 溢れ出る感情を受け止める先が他にいてくれて、理性だけがすべてを支配していた。
 待ちかねたぞ、と。声が聞こえた。

「魔理沙よ」

 軍神が告げる。

「お前の戦いは、まだ終わっていない」
「分かってる」

 目尻を拭って、答える。風がないのに埃が入ったのだ。
 よろしい、と。声が聞こえた。

「魔理沙」

 土着神の頂点が告げる。

「異変を解決するために対峙すべき者が、お前にはもう一人だけいるだろう?」
「分かってる」

 頷く。足らない言葉は、しかしもはや隠すためではない。語る要を持たぬが故に。
 まだ、一人。
 ただ、一人だけ。
 最初から示唆されていて、自分が出会っていない者がいる。
 この異変に出てくる筈で、まだ舞台に登っていない者がいる。
 そいつこそが、すべてを見ていて。そして、答えを持っている者に違いないから。

「私は行くぜ」

 短くそれだけを言って、踵を返す。ここもハズレだった。だが、代わりに心を受け止めてくれた。ひょっとしたら今までも、なにか、助けられていたのかもしれない。

「待ちなさいな」

 背にかけられる諏訪子の声。またこのパターンか、と振り返る。

「早苗、渡してやりな」

 神奈子の言葉に目を移すと、文に背中を押された早苗がこちらへふらふらと飛んでくるのが見えた。まだぐすぐすと嗚咽を引きずって近づく姿を、せめてもの感謝として急かさず待つ。
 皆に見守られる中、早苗はこちらの前に降り立つと。美しく真っ直ぐな己の翠髪に手をやり。

「……これを」

 と、二つの品を差し出した。蛙と蛇を象ったそれらは、初めて出会った時から、彼女が身につけていた髪飾りだった。

「お前、これは……」

 受け取れない、と言おうとしたのを遮るように、早苗はこちらの手に髪飾りを握らせる。弱った。こうまでされて突き返すのは、それはそれで失礼だと思える。

「奇跡のお裾分けです」
「そりゃ、縁起が良さそうだな」

 仕方ない、と。苦笑して受け取ることにした。すべてが無事に解決したなら、きっとこれのおかげだろう。

「じゃあ、今度こそ私は行くな」
「武運を祈る」
「軍神は祈る側じゃなくて、祈られる側だろうが」
「神様だって祈るさ。幸せをね」

 からからと諏訪子が笑うのにつられて、そりゃありがたいね、とこちらも笑った。
 箒に跨がり、準備を整えて。

「必ず返すよ」

 最後にもう一度、早苗を振り返って、言葉を投げた。

「はい。絶対、絶対ですよ!」

 そう返す早苗に頷いて、大地を蹴った。空に舞う。追い風を受けたように、身は軽かった。

「絶対、次は、霊夢さんと返しに来てくださいね!約束ですよ!」

 その言葉には、答えられなかった。



      ※



「行ったか」
「行きましたねえ」
「大丈夫、ですよね?」
「だと思いなさい。神の祈りは力になるよ」

 天狗も崇められ奉られることがある。四柱の神が並び立ち、それと知らず、いよいよ決戦に赴く魔女を見送る。
 もはや、すべては明らかであった。蜘蛛の巣は魔女の姿を捕らえ、逃さない。待ち受ける。
 昼と夜の境界が、曖昧になろうとしていた。



      ※



 確たる解決法も見つからないまま、神社に帰ってきた。夕刻を告げる鐘が遠くで鳴っているのが聞こえる。辺りはすでに白から朱に変わり始めている。一日が、そろそろ終わりに入ろうとしていた。
 あえて直接境内に降りることはせず、石段の下に降りた。ゆっくり、ゆっくりと。一段一段昇りながら、どうしたものか、とこの先のことを考える。答えは出ていない。ヒントはいくつも与えられている気がするのに、結局分かったのは、紫が裏で動いてるらしい、ということだけだ。
 頂点が近づくにつれて、足が重くなるのを感じた。神子に会って、どう言い訳すればいい。今日一日、霊夢の世話を任せておいて、なにも成果が出せなかったのをどうすればいい。

「いや、違うな……」

 本当に気になっているのは、そんなことではなくて。
 霊夢に、どう言えばいいのか。
 きっと訊かれるだろう。留守にしてどこに行っていたのか、と。そうなったら、きっと自分は答えるしかない。霊夢は飛べなくなっても、変わらず霊夢であるところがあって。そんな霊夢相手に、自分が隠し通せるとは思えなかった。

「終点か……」

 うだうだと考えている内に、着いてしまった。最後の一段を昇り、鳥居による区切りを跨げば、ついに博麗神社だ。後には引けない。 

「ただいま、っと」

 覚悟を決めて。挨拶をして、境内に入る。誰も聞いてなどいまい。そう思っての言葉であったのだが。

「いつからここが、貴方の家になったのかしら?」

 予想外の返事があって、驚いた。声の方を向くと、そこには。
 大陸風の意匠を施された衣服を纏い。
 雨でもないのに傘を差して。
 黄金に煌めく髪をなびかせ佇む。
 妖怪の賢者の姿が、あった。

「紫、か……」

 幻想の境界、八雲紫。ついに来るべき者が来た、と息を呑む。

「いいえ。来たのは私ではない。私はいつもここにいたもの。来たのは貴方よ」

 対して紫は、こちらの思考を読んだように告げた。冷たい声。妙に刺々しかった。

「お前はどう思ってるんだ?」

 前置きなしで、訊ねる。これまで散々、その姿を示唆されてきたのだ。事情を知らぬわけはなく、説明する必要はない。

「貴方はどう思っているの?」

 紫は質問に答えない。どころか、逆に同じ質問を返してきた。こんなのにはもう慣れっこだ。とりあえずは、訊かれたことに答える。

「分からない。どうして、こうなったのか。どうやったら、解決できるのか」

 隠さずに。今の自分の状況を答える。原因が分からなければ、解法も分からない。相手は賢者とも呼ばれる存在だ。素直に力を借りることですべてが解決するなら、借りない手はないと思ったのである。
 ところが。

「分からない、ですって?」

 紫の反応は予想外に厳しかった。ぱさり、と閉じられた傘の下から覗いた、その顔が。いつも涼しげで余裕を漂わせた、その顔が。

「――――!?」

 まるで、千年来の敵でも見つけたかのような、強烈な憤怒に染まっていた。傘を握る手に力がこもり、みしりと音を立てるのが聞こえた。

「今日一日、猶予を上げたというのに。貴方は、幻想郷を無意味にうろうろしていただけで、なに一つ分からなかったというの!?」
「そう……そうだよ」

 帽子を深く被って、答えた。自分でも情けないと分かっていた。故に言い返すこともできない。

「霊夢を一人にして、その結果がこれだというわけ?」
「神子がいる。あいつが守ってる」
「私が言っているのはそういうことではない」

 ずど、と。石畳に、振り下ろされた傘の先端がめり込む。

「己の罪も、それに対する贖罪もできなかったのか、と訊いているのよ」
「罪、だと?」

 どういうことだ、それは。今の言い方からすると、紫は。

「ま、待ってくれ。お前はなににそこまで怒ってるんだよ?」

 最初は、力を失った霊夢を置いて出かけたことに怒りを滾らせているのだと思っていた。その意味を分かっているのか、と。だが、どうやら違う気配であった。紫は、ひょっとして。

「なんだ、そんなことも分かっていなかったの」

 スゥ、と。傘の先端が持ち上がった。それは、あまりに自然で。当然のように、また、それを差すのだろうと思わせるような動きで。
 光った。

「うおっ!?」

 回避できたのは、正直、奇跡だった。無意識に横に転がりながら、視線だけで頬を掠めたなにかを追う。一筋の光線が、夕闇が迫りつつあった空に消えていくのが見えた。撃たれたのだ。宣言もなく。その事実に気づいて、慌てて立ち上がった。

「いきなりなんだよ!?」
「しぶといわね。ゴキブリみたいだわ」

 紫は問いに答えず、謝罪もしない。傘の切っ先は、まだこちらを向いていて。射るような視線が、こちらを貫いていて。立ち上るような怒気を背負って立ちながら、八雲紫はこちらに対峙していた。

「…………本気かよ」

 先程の攻撃が、冗談でも酔狂でもないと悟る。頬に感じる生命の熱さを拭って、真っ向から視線を受け止めた。

「どういうことか、聞かせてくれないか」
「冥土の土産、ということなら考えなくもありません」
「内容次第だな。私には、やることがある」
「いいえ。ないわ」

 にべもない。当然のことながら、紫はすべてを知っていて。多分、今まで出会ってきた者たちと同じか、それ以上にすべてを理解していて。その上で。

 ――――私を、殺そうとしている。

「……んな馬鹿な」

 頭に浮かんだ発想を、首を振って吹き飛ばす。なにも知らず。なにも分からず。なにも解決できず。なにも変えられず。ただ翻弄されて、そのままに終わるなど。
 自分は、御免だ。
 進む火はまだ消えていない。
 進む意思はまだ朽ちていない。
 ならば。
 ここで、引くわけになど、いかない。

「残念だが。私は、お前の言うことを聞くつもりはない」
「…………」

 紫の眉が、ぴくりと動く。殺気が増した。
 さすがの大妖だった。立っているだけで身体が震える。本能が警鐘を鳴らす。生物として勝てないと警告する。逃げ出せたらどんなに楽だろう。きっと死は一瞬で。息をする間もなく、自分はこの世から消えて。平安と安寧だけが支配する世界へと、堕ちていくことだろう。

「へっ……」

 だが、屈しない。退きもしない。因果をねじ伏せ。摂理に抗い。世界を己がままに改変する者こそ、魔法使いである。我侭を通す者こそ、魔法使いである。

「私は、お前がなんと言おうと。お前がなにをしようと――――」

 ならば、妖怪の賢者の裁定でも。

「霊夢を助ける。それは、絶対だ」

 蹴飛ばして、吹き飛ばして、己の望みを叶えてみせる。それが魔女である、霧雨魔理沙の生き方だった。

「……霊夢を助ける、ですって」

 傘が下ろされた。それに伴って、殺気が嘘のように消え失せる。
 辺りから音が消えた。あらゆるざわめきが消えた。耳に痛いほどの沈黙が満ちる。俯いた紫の表情は窺えない。けれど。この奇妙な静けさが、決して友好的なものでないことぐらいは、分かる。

「――――はは」

 声が聞こえた。地獄の底から響くような、怨嗟を含んだ声が。それはすぐさま、笑いの音となって。

「はははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」

 幻想郷すべてを揺らすほどの哄笑が、境内を埋め尽くした。思わず耳を塞ぎたくなるほどの強烈な感情の波が、奔流のように撒き散らされる。その想いは、空を駆け。地を走り。幻想の大地を埋めて。

「やはり、お前はなにも分かっていない!」

 紫が、天を仰いだ。

「どの口が言うの、霊夢を助けるだなんて」

 手を添え、顔を隠して。

「どの口が言うの、絶対だなんて」

 嘆くように。悼むように。

「どの口が言うの、ただいまだなんて」

 それは、どこか、悲しみに耐えるようでもあって。

「すべて。そう、すべては、貴方のせいだというのに!」
「……………………え?」

 間抜けな声が漏れた。
 なにを。
 紫は、なにを言っている?
 なにが。
 どれが。
 誰のせいだというのだ。

「もういい。気づかないままに死ねればいいと思ったけれど、我慢がならない」

 つい、と。ずらされた指の隙間から、妖の目が覗いた。怒りを超えた、憎悪に満ちていた。紫はその憎しみのままに、畳み掛ける。

「霊夢は、なにか特別なことがあって、ああなったのではない。貴方がここに来る度に、霊夢は苦しんでいたわ。貴方がここに来る度に、霊夢は羽を失っていったわ。それがずっとずっと蓄積して、たまたま昨日、限界を迎えただけ。つまり、貴方がここに来たことで、霊夢は――――」
「そんな馬鹿なことがあるかよ!」

 叫んでいた。最後まで聞きたくなくて、紫の言葉を遮っていた。

「なに言ってるんだよお前は!?意味が分からん!どうして私のせいだと分かる!?霊夢がそう言ったのかよ!?」
「本当に、分からないのね」

 可哀想な子だ、と。紫は哀れみのこもった声で呟いて、こちらに背を向けた。

「昔話をしましょう」

 きりり、と傘が開かれて、視界から紫の姿が消える。そして、声が。

「博麗霊夢になるはずの娘は、最初から、とても優秀だった」

 声だけが、朗々と響いた。

「今までの誰よりも優秀で。だから、大成し、将来は最高の調停者となることを誰もが疑わなかった」

 懐かしさを孕んだ言葉が、夕闇の中に流れる。

「けれど、あの子は、とても怠け者だったから。甘えん坊でもあったし、独り立ちできるかだけは不安要素であり続けた」

 いつまで経っても、空も飛べなくてねえ、と。紫は、ふいに優しげな声を漏らした。鈍感な自分にだって分かるぐらいの、深い情愛がこもった声だった。それで、強烈な怒りの理由を、おぼろげながら理解する。
 と。

「そこで、困り果てた私たちは、一計を案じることにした」

 声の質が、がらりと変わった。傘の動きが止まる。

「飛べない巫女を飛ばせるために。名もなき子を真に博麗霊夢とするために、当て馬を用意することにした」

 ドクリ、と。どうしてか判らないままに、心臓の鼓動が、一際大きく鳴った。なんだ。自分は一体、なにを考えている。

「幸い、彼女には便利な駒がいた。一人の同じ年頃の家出少女に、魔法を教えていた」

 紫は先程、私たち、と言った。相手が誰なのか、明言はされていない。でも、なんとなく気づいていた。

「……誰だか、分かるわよね?」

 紫の身がこちらを向いた。傘の衝立が取り去られ、賢者の姿が露となる。まず目に付いたのは、扇子だった。顔の上半分を覆い隠している。その下には、笑みの形をとった唇が覗く。

「…………」

 答えられなかった。認めたら、なにかが折れる気がした。こちらの様子が見えているのか、いないのか。

「まあ、いい」

 と紫は笑みを消して、目を隠したまま、続けた。

「その娘は、大した才能はなかった。家は特殊な道具を使う店を開いていたけれど、本人に特段の素質なんてなかった。ただ、一つだけ。本当にたった一つだけ、優れているものがあった」

 それは。

「空への、星への、強い憧れ」

 つまりは、飛ぶことへの、激しい渇望。

「同じぐらいの年頃で、一人で自由に飛び、星を作り、空で輝く小さな魔女。それは、少女を巫女にするために良い作用をすると考えられた」

 思い出す。今でこそ当たり前のようにあちこち飛び回っている霊夢が、最初は情けなくも亀の上に乗って移動していたことを。初めて出会って、戦い、そして負けた後も、霊夢は相変わらず飛べやしなくて。自分はそれを散々バカにして、修行なんて称して、からかったりしてやったものだった。

「結果は、大当たりだった。見事に少女は飛べるようになった。今では誰も疑わない、空を飛ぶ程度の能力を身につけた」

 そうして、少女は、博麗霊夢になった。

「そこで終わっていれば、良かったのにね。全部が上手く行って、なにも変わらず、永遠の楽園が続いていれば」

 けれど、そうはならなかった、と。紫は悔やむように言った。

「博麗神社の祟り神は、過ちを犯した」

 祟り神。紫と組んで、魔女を巫女となるべき少女へ当てた者。それは、久遠の夢に運命を任せる精神、魅魔のこと。

「心に刻まれたたった一人の存在は、いつだって巫女の中にいて。出会う度、話す度、共に異変に出向く度、少しずつ大きくなって、巫女を蝕んでいった」
「蝕む、って……」

 どういうことだ。自分が霊夢より先にいたのは、あの頃だけ。そう、出会った頃だけで。あれから自分はどんな時も、霊夢の後ろを追って、背を追って、そうして生きてきたのに。

「最初は良かった。後ろから追う存在によって、霊夢はさらに前に進み続けていたから」

 紫の言葉に、行き詰ったのはいつからだったか、と。無意識にそう考えていて、慌てて打ち消した。

「歯車の狂いが隠せなくなったのは、月から戻ってきた辺りだった」

 事実は、打ち消せなかった。自分の思っていた通りの時期から、霊夢はおかしくなり始めていたのだ。

「異変解決に霊夢は出かけなくなった。勘も鈍り始めた。あの子は、そんなことをしなくても。ただ、ある一人といるだけで、いいとさえ思うようになっていた」

 なんのことだ、なんて、言えなかった。薄々気づいていたのに、心地良さから目を逸らしていたもの。それと今、対峙させられていた。

「博麗の巫女は、ニュートラルでなければならない」

 パチ、と。扇が音を立てて閉じられる。下から現れた目は、怒りではなく。むしろ、極低温まで下がり切った冷たさを宿していた。

「誰にも寄り添わず。誰をも特別とせず。すべてから浮き上がり、幻想郷を調停する」

 空を飛ぶ程度の能力。博麗の巫女が持ち、霊夢が持っていた能力。

「その力は、誰かに、どこかに寄ったならば消滅する。特別を持った少女は、もはや巫女でなどいられない」

 紫の左手が持ち上がる。握られた扇子が、ゆっくりと動いて。

「幻想郷という籠の中で飛ぶ、紅白の羽を持った蝶」

 ぴた、と。こちらを指して止まった。紫が、断罪するように、口を開く。

「その羽に、お前が重石をつけたのよ。巫女の足枷となっているのは、他の誰でもない――――」

 やめろ。その先を言うな。心はそう叫んでいたのに、今回は、遮ることができなかった。言葉が出なかった。

「霧雨魔理沙。お前こそが、霊夢が飛べなくなった、今回の異変の元凶だ」
「そんな……」

 馬鹿な、と笑いたかった。ありえない、と否定したかった。なのに、思い当たることが多すぎて、できなかった。
 月から、帰ってきてから。
 霊夢の態度が、自分が訪ねると妙にそわそわしていたのも。
 霊夢の態度が、自分が訪ねると妙に嬉しそうだったのも。
 霊夢の態度が、自分が訪ねると妙に積極的だったのも。
 魅力的だったのも。美しかったのも。色気があったのも。全部全部、気づいていた。けれど、見ないふりばかりをしていた。
 見て、なにかが変わるのが怖かった。見て、受け入れてもいいものかと悩むのが怖かった。見て、治るのかどうかと考えるのが怖かった。
 見て、霊夢が霊夢じゃなくなるのが、一番怖かった。

「巫女は恋をして、女になって、飛べなくなった」

 無情な言葉が貫いた。賢者の論理は、一切の矛盾なく責め立てて、自分という存在を咎人にした。そして。

「元に戻す方法が分からない、と言ったわね?」

 刺した言葉で抉るように。

「簡単なことよ。お前が死ねば、霊夢は解放されるじゃない」

 残酷な言葉を、紫は告げた。

「嘘、だろ……」

 がく、と。膝が折れそうになった。自分を今まで動かしていたものがぼろぼろと崩れ落ちて、倒れそうだった。霊夢を助けるんだと張り切って、異変解決と息巻いて。その顛末がこれか。なにもかも徒労で、自分が死ねば、すべて解決するんだったと。

「はは……」

 変な笑いが零れた。滑稽だ。まるで道化じゃないか。

「覚悟はできた?」

 紫の声がする。答える気力もない。できてない、って言ったところで。じゃあどうすると訊かれたら、なんと答えればいい。代替のない否定は感情でしかない。理を曲げることなど、感情にできるはずもない。
 だから。
 自分に、できることなど、なにも――――
 と諦め、屈し、砕けようとした瞬間。

「開いた!」

 そんな言葉が、境内に響き渡った。そして。
 空が、砕けた。

「な、なんだ!?」

 唖然として見上げると、一筋、空に伸びる光柱が突き立っていた。根元を辿れば、どうやら境内から発されているらしい、と。その袂に視線を移す。すると、そこには。

「感心しませんね」

 右手に、今もなお輝く、抜き放たれた刃を持ち。

「当事者の内、片方だけを結界の中に閉じ込めて」

 境界の主の名と同じ色をした、外套を余波にはためかせて。

「もう一人の知らぬ間に、そちらだけを狙い撃ちして、諦めさせる。そんなやり方はフェアではない」

 こちらを見ながら正道を諭すは、伝説に謳われし聖人。

「妖怪の賢者が、幻想郷の命運をかけてやるようなことではないと思いますが?」

 豊聡耳神子。聖徳道士が、これをやってのけたようであった。
 世界は今、夕闇と昼の狭間に位置していた。上空から地面まで。切れ目を持たず、綺麗に半分になった世界が広がっていた。ようやく気づく。妙に時間の経過が早いとは思っていたが、自分は知らぬ間に、紫の手によって暮れなずむ結界の中の世界へと閉じ込められていた。そして、神子はそれを救出すべく、外部から強引に叩き切ってこじ開けたのだった。
 現実世界へのアクセスを回復した。ならば、必然。

「魔理沙、無事!?無事よね!?ねえ!?」

 聞こえてくる声があった。今、最も聞きたくて、最も聞きたくない声。霊夢が、狭間の世界に飛び込んできた。

「ああ、まだ。なんとか、な」

 あんなことを言われた後だったが、なにも言わずにいるわけにもいかず、言葉を搾り出す。霊夢は、良かった、とこちらの無事を無邪気に喜んで、思い切り抱きついてきた。

「お、お前、なんだよいきなり」
「話は分かっているんでしょう?私だって分かっているわ」

 わざと紫に見せ付けるように身を寄せて、霊夢が囁いた。こういうところだけは、いつもの霊夢だ。無駄に鋭い。けれど、その鋭さが今は本当に悪い方向へ働いていた。

「どきなさい、霊夢。私は魔理沙を殺すわ」
「させると思っているの?許さないわよ」

 幻想郷の両天秤が睨み合う。本当ならば、いい勝負にもなるだろう。だが、今では分が悪すぎる。

「私が本気を出せば、貴方だけを生かして魔理沙を殺せる。そうさせたいのなら、付き合うけれど」
「そんなことしてみなさい。私が貴方を殺すわ」
「できるようになってから言うのね。今の貴方の言葉は、すべて空虚で無意味。なにを言っても、私を止められはしない」
「だったら来なさいよ。まだ、地上でなら少し戦うぐらいはできる」
「……ねえ、霊夢。お願いだから」

 紫が目に見えて焦りと苛立ちを募らせているのが分かった。これを放っておけば、いよいよもって取り返しのつかないことになるのが見えていた。
 なのに、なにもできなかった。どちらの言い分が正論なのか。そんなこと、考えなくたって分かっていた。霊夢のは利己的な欲求だ。より幻想郷の未来を考えているのは紫の方で、正しいことを言っているのだって紫だ。そして何より。
 自分は、霊夢に元に戻って欲しいと思っていて。
 ならば、正解は。

『魔理沙』

 不穏な思考を断ち切る声が、頭の中に木霊した。耳鳴りのような、音ではない言葉。源はどこか。すぐに分かった。

「――――――――」

 神子がこちらを見ていた。口は動いていない。にも関わらず、なにを言わんとしているのか。それだけは、直接頭の中に響いてきていた。

『欲の声です。私の欲を貴方に聞かせている』

 理屈は分からない。だが、そういうものなのだろうと思った。あるいは、一時期仙界で修行していたことが作用しているのかもしれなかった。

『諦めてはいけない。思い出しなさい。今まで聞いた言葉を』

 神子がこちらを導くように告げる。
 異変が起きてから、聞いた言葉。

『それを探すんだよ、魔理沙。私の答えを否定する者を。システムを破壊する者を。境界を越える者を。そうしなければ、この異変は解決できない』

 魅魔の言葉が思い出された。紫と共に発端に関わった魅魔は、きっと、こうなることを知っていたに違いない。出ていた答えを否定する者を、彼女は求めていて。けれど、自分は見つけられなかった。

『勘違いだな。咲夜は優秀だ。けれども、今回の解法は優秀だから出せるってものじゃない』

 レミリアの言葉が思い出された。運命を操るレミリアは、こうなることを知っていたに違いない。優秀でなくとも解法を導ける者を、彼女は求めていて。けれど、自分は見つけられなかった。

「真っ先に出てきたものを、真っ先に否定している。そして、真っ先に浮かぶべきものに、気づいていない。罪深い者は、己に無自覚な者よ」

 幽々子の言葉が思い出された。紫と通じている幽々子は、こうなることを知っていたに違いない。真っ先に浮かぶべき者、とやらを彼女は求めていて。けれど、自分は見つけられなかった。

『異変を解決するために対峙すべき者が、お前にはもう一人だけいるだろう?』

 諏訪子の言葉が思い出された。神である諏訪子は神奈子と共に、こうなることを見通していたに違いない。異変を解決するために紫と対峙し、解決できる者を彼女は求めていて――――

「???」

 なにかが、おかしかった。そうだ、諏訪子は、あの時。
 他の誰かを探せ、と言わず。
 確かに。

 ――――私に向けて、言っていた?

 なにかに気付きつつあった。
 それは、考え方が根本的に間違っていたのかもしれない、ということ。

『そうよね。貴方は、なんでも自分でやってきたものね』

 咲夜の声が。

『きっと。私が、いの一番にお止め致します』

 妖夢の声が。

『霊夢さんがもう飛べないなんてこと、絶対にないって。私の奇跡で、それを証明してみせます!』
 
 早苗の声が、脳裏を過ぎる。
 自分で。
 私が。
 証明して見せます。
 言葉が、すべて、繋がった。

「そうか、そういうことだったのか」
『気付きましたね』

 視界の中で、神子が笑うのが見えた。つられて笑みを浮かべる。

「なにを笑っているの?」

 それを見咎めた紫が、不機嫌そうに訊ねてくる。霊夢との、いわば痴情の縺れを笑われたとでも思ったのだろうか。

「いや、簡単なことだったと思ってな」

 霊夢の身を離して前に出ながら、笑みを消さずに答えてやる。

「覚悟ができたの?」
「ああ、できたぜ。ただし、死ぬ覚悟じゃあないが」

 そうだ。すべては、簡単なことだったのだ。悩む必要なんてないほどに。最初から答えは出ていて、いつの間にかそれを忘れていただけだった。

「紫。お前は、霊夢がこのままだと飛べないと言ったな。それが私のせいだとも」
「そうよ。お前は博麗を殺したも同然。そんな者は普通の魔法使いではない。ただの幻想郷の敵だ」
「ちょっと――――」

 と口を挟もうとする霊夢を、手を伸ばして制止する。今は霊夢は端役だ。死んだ巫女に、この舞台での台詞はない。

「いやはや、我ながららしくないことをしていたもんだ。どいつもこいつも、ヒントと見せかけてこっちの意識をかき乱してくれたから、きっとそのせいだな。魅魔様があそこで出てこなけりゃ、最初からそうしていたってのに」

 まったく。師が弟子を惑わせてどうするというのだ。突然現れてこれとは、いよいよさっさと独り立ちして良かったと言わざるを得ない。

「なに、なにを言っているの貴方は?」

 いきなりの豹変に、紫は狼狽していた。普段、ワケ知り顔で講釈を垂れるその顔が困惑で歪むのは、なかなかに珍しいものだった。このチャンスを逃がす手はない。

「だから、簡単なことだったんだよ。今さっき、自分でも言っていたことじゃないか」

 ピッ、と指を突きつけて、言ってやる。

「霊夢が飛べないなら、また、私が飛べるようにしてやればいいんだろ。そうすりゃ、異変は解決じゃないか」
「は?」

 ぽかん、と間抜けな顔で紫が固まった。怒り、殺意、悲しみ、困惑、呆れ。まるで百面相だ。今日は、これまで見たことのない姿をよく見られるものである。反論がないのをいいことに、こちらの考えを述べ続ける。

「異変は人間が解決する、って条件にだって合致してるだろ?なに、少し時間が撒き戻るだけだ。なんなら、裏の池から玄爺を引きずって来たっていい。霊夢の手に余る異変は私が解決すればいいし、合間で空の飛び方を教えればいい。ほら、なにも問題はないじゃないか」
「なるほど」

 ようやく硬直の解けた紫が、小さく頷いた。そして。

「そうね――――」

 と言いざま、再び傘の切っ先をこちらに向いて。

「なんて、言うとでも思うか!!」
「だろうな!」

 怒声と共に放たれた光線を、今度は避けるのではなく迎え撃つ。進路を逸らせばいいのだ。マスタースパーク程の火力はいらない。手の平から放たれるのは、魔法で編んだ弾頭だ。
 マジックミサイル。
 飛翔する弾頭は光線に触れるなり、大きく炸裂して衝撃を撒き散らし。見事、行く先をずらして、主の身を守っていた。

「なにを考えているの?そんなこと、できはしない」
「誰が決めた」
「私が導いた答えよ。間違いなどありえない」

 賢者の言葉は、重い。隠そうともしない殺意が吹き荒ぶ。

「だから私は、お前を殺すわ」
「なるほど。お前がそのつもりなら、それもいいだろう」

 だけどな、と肌を刺す妖威に立ち向かいながら、言い募る。

「私だって、ただで殺されてやるわけにはいかないんだよ。もう、気付いてしまったから。自分のやれること。やるべきことに」
「やれることなどないと言った。第一、仮に受け入れたとて、できるかどうかも分からない夢物語で、幻想郷を危険に晒せるわけがない」
「それぐらい我慢しろ!大体な!たった一人の人間が少し休んだだけでどうにかなるってんなら、そんな世界は滅びちまえばいい!霊夢はすぐに飛ぶ!夢物語なんかじゃない!それを私が証明するって言ってるんだよ!」
「証明など必要ない!すでにそれは不可能だと、私の頭脳が解を導いているのよ!」

 悲痛な声だった。これは、楽園を守るために仕方ない選択なのだと。他に道などないのだと、己に解を強いているように見えた。賢者の頭脳は回りすぎるのだろう。だから、そうして自分の出した答えにさえ苦しむことになる。

「元に戻すことはできなくても、変えることはできる。少しのきっかけがあれば、別の変化でいい方向に持っていける」

 それは、昨夜。最後に、師に諭された言葉。

「お前のやろうとしていることは、今から目を逸らすだけの行為だろう。零れた水はコップに戻らない。私が死んだって、霊夢はもう元通りになんかならない。お前の知っていた、私の知っていた博麗霊夢になんて、戻りやしない」

 賢者の答えを否定しろ。
 博麗のシステムを破壊しろ。

「だから、新しく霊夢を飛ばせなけりゃあ、なにも解決しやしないんだよ!」
「うるさい!」

 紫が扇子を振り抜く。スゥ、と。空間に射線が走った。
 まずい。慌てて霊夢を突き飛ばし、空に舞い上がる。
 刹那。
 眼下を、超高速で飛行する物体が貫いていった。わずかに遅れていたら、身体が食い破られていた。

「もうこれ以上の問答は必要ない。話が平行線なら、私は無理矢理にでも貴方を殺すわ」
「ちょうどいいな。私も分からず屋に頭に来てたところだ。コテンパンにして、無理矢理にでも我を通す」
「ま、魔理沙!?あんた、本気なの!?」

 霊夢がこちらを見上げて、狼狽した声を上げた。なんだ、突然そんな心配そうに。自分は力を失いかけながら、平気で紫に食ってかかっていたくせに。

「冗談でこんなことするか」
「じゃあ分かるでしょう!?紫は本気なのよ!?あんたなんかが勝てるわけが――――」
「そうだな!確かに、計算上は勝てないだろうな!」

 先回りして、言葉を奪う。言ってくれる。まったく、そんなことぐらい、自分にだって分かっていた。
 けれど。
 そこで、諦めるものか。
 そこで、立ち止まるものか。
 自分はいつだって、目の前に立つ紅白の背を見つめて、追いかけて、追い越そうとして、それでも敵わずに生きてきたんだ。
 こつこつとスペルカードや新しい魔法を作って。霊夢の動きを研究して。季節や天気ごとの癖まで調べたりして。それはもう、恋する乙女みたいに、年中霊夢のことだけを考えてきたのだ。
 今更、普通なら勝てない相手に挑むことに、抵抗なんてない。臆することもしない。
 だって。

「数式で示された理を捻じ曲げるのが、魔法ってものだからな!」

 先程のお返しだ、と紫に向けてマジックミサイルを放つ。数は三つ。一直線に突き進む。

「いい度胸ね」

 飛来する弾頭を、紫はふわりと浮き上がって避けた。素直な軌道は、それだけでは牽制にもならないが、これでいい。今のは開戦の狼煙代わりだ。
 この戦いには、スペルカード宣言も、決闘開始の合図もない。
 何故ならこれは、命を懸けた戦いだから。
 普通に戦えば、自分は死ぬだろう。それは決まったこと。自然の摂理。
 しかし。
 先も言った通り、死、という結果をも捻じ曲げなくては、魔法使いではない。
 道理も摂理も乗り越えて、己の望む結果を手に入れるために。
 今こそ、人と妖怪の境界を、超えろ!

「行くぜ、紫!頭でっかちを叩いて直してやる!」
「いいでしょう。ただし、お前の頭と交換よ。思いっきり苦しめて、殺してあげる」

 獰猛な、殺意と戦意を混ぜた笑みを交わして、二人で高度を上げた。

「ま、待って、待ってよ二人とも!違う、そんなこと、私はして欲しくない!」

 下方で霊夢が叫んでいた。紫の表情が、一瞬、曇るのが見えた。結局、霊夢には弱いのだろう。過保護にも程がある。
 自分は違う。もう今更、霊夢の言葉に心など動かされない。お前がして欲しくないとか、知ったことじゃない。そんなに気に入らないなら。そんなに止めたいなら。

 ――――自分で空を飛んで、私たちを叩きのめしに来るんだな!

 以前までの博麗霊夢なら、きっとそうしていたはずだから。

「先に行くぜ!本気なら、存分にやれる場所の方がいいだろう!?」

 僅かに速度を落とした紫を置いて、加速する。目指すは、さらなる高空。周りのどこにも被害が出ない、幻想郷の大空だ。

「魔理沙の馬鹿!」

 なにか霊夢が叫んでいたが、気にしない。愚痴も悪態も後でたっぷり聞いてやる、と。もはや聞く耳は持たなかった。



      ※



 綺麗に二等分された空。
 夕闇と陽光の共存した奇妙な空に、星が瞬く。
 それを、幻想郷のいたるところから、見守る者たちがいた。

「ついに始まったか」
「伝わっていたようですね」
「後は、どこまで活かせるか、ね」

 紅い館のテラスで、吸血鬼とメイドと魔女が。

「こうなると知ってて、放っておいたのですか?」
「そうよ。あの阿呆は、一度痛い目を見るといいのよ」
「それって、どっちのことですか?」
「な・い・しょ」

 幽世と現世の狭間で、亡霊と半人半霊が。

「やれるだけのことはやったさ」
「どこまでご利益が効いてるか、分かんないけどね」
「大丈夫です。奇跡の力がついてますから」
「それはそれは。せいぜい、ハッピーなニュースになることを期待してますよ」

 妖怪の山で、神々と天狗が。
 そして。

「行くのですか」
「放っておけって言うの!?」
「いいえ。欲のままに行動するといい。それこそが、今の貴方に必要なものですから」
「ワケわかんないこと言って。もう帰りなさいよ。今度勝手に入ってたら承知しないから!」

 博麗神社からは、石段を駆け下りていく元巫女と、聖人が。
 それぞれ、思いを乗せた魔法使いの大舞台を、見つめていた。



      ※



 昼と夜の境界が失われた幻想の空に舞う。右に夕闇、左に陽光。人間は昼が本分である。けれど、魔女は夜が本分。霧雨魔理沙は、半分ずつだ。故に今、その身体を綺麗に等分ずつ、朱と白に染められながら、どちらもを彩るように星を浮かべていく。

「行くぜ!」

 最初に展開されるのは、六つの巨大な星だ。魔女を中心に回転するそれらは、自らも回転を持ち、一回りごとに小さな星を吐き出す。

 オーレリーズソーラシステム。

 太陽系の惑星運行を象った、使い魔使役機構である。ぐるぐるぐるぐると。魔女を太陽に見立て、使い魔たちが公転する。生まれくる小さな星々が空を埋め尽くし、四方八方から迫り来る。

「密度が薄い」

 紫は星屑の津波を前にしても、顔色一つ変えない。傘を引っ提げて、つまらなそうに足を組んで、そのまま虚空に座り込む。背後に空間の裂け目が見えた。スキマと呼ばれるそれは、境界を操る権能の象徴。つぅ、と。空間を撫でるように指が動く。
 刹那。
 周囲に幾条もの光が走り、そして。
 絡めとられたように、星の動きが制止した。

「なに!?」

 と驚くのも束の間。疾駆する閃光が、こちらの周囲にまで到達した。なにをすればいいか。考えている時間はない。下へ。反射の動きで向かう。
 ぷち、と。髪が数本、背後に引かれて抜け落ちた。金糸のごとき煌めきが、虚空で止まっていた。動かない。へばりついたように、微動だにしない。捕まればきっと、自分もああなるのだろう。
 そこまで考えて。

「そういうことか!」

 気づく。撃ち出すものをすぐさま切り替える。動きの遅い星では駄目だ。これを壊すには。
 焼き付くす、光がいる!
 飛び出したのはレーザーだ。出力を固定。保持。完了。次なる動きで灼熱の刃と化した光条を操り、絡め取ったものを制止させるなにかを両断する。
 ぶつり、という、なにかを断ち切る感触があった。刃の通り過ぎた場所で、燃え盛りながら消えていくものが見えた。
 それは、同じく光で構成された、糸。
 直接、対峙したことはないが、話には聞いていた。八雲紫が作る糸により構成された、領域内のものを縛る檻。

 その名を、八雲の巣。

「貴方が星を従えるなら、私は幻想郷を従える。ここが私の世界。私の檻。私の巣」

 境界の賢者が高らかに告げる。己こそが幻想郷だと。だが、それを言うならば。

「私の知る幻想郷は、誰も縛りやしない。いつも縁側で茶をしばいてるババ臭い奴だよ!」

 叫んで、使い魔の構成を再調整。箒を手に持ち、魔力を乗せて。灼熱の刃を三つ。星を生み出す源を三つ。用意ができたなら、刃を伴い、星をまき散らしながら、回りだす。
 回る回る。一回転ごとに早さを増し、切れ味を増し、密度を増し、それでも回る。高速に自転する。

 ミリ秒パルサー。

 ミリ秒の間に数百回転する高速天体、パルサー。それを模した、星により意味づけられた数ある技の一つ。そして、自分のスペルカードでもあるもの。
 突進する。高速回転する天体になりきり、境界を越えて、分け入る。蜘蛛の巣を刃で切断し、星で絡めて引きちぎり、賢者の領域を外側から少しずつ食らいつくしていく。
 端から見れば、スペルカード戦と変わらぬ攻防。きっと遙か下方の人里からは、酒の肴とでも見えていることだろう。
 しかし、当事者たる自分は最初と同じく、宣言はしない。先程の紫もそうだった。
 だってこれは、命名決闘法による弾幕戦ではないから。醜い闘争であるから。ただ相手を攻略し、無力とし、最終的には命さえ奪う。そういう醜い戦いであるのだから、宣言なんてしてはいけない。美しさなど介在する余地はない。
 なのに、まだ戦えていた。こちらは人間で、相手は妖怪。本気で殺すことだけ考えていれば、最初から勝負にもならないはず。つまり紫も、こちらと同じく、スペルカードに通じる意味付けを持った技を用いて、戦っていた。
 何故なら、きっと。
 それが、それこそが、意地であるから。ここで、この場で通したい、我であるから。
 信念や誇りを捨てて得られる勝利など、どちらも欲してはいないのだった。己の内面の発露たる力を以って、自分の正しさを証明したい。
 そうとも。

 ――――霊夢を助けるのは、この私だ!

 どちらもが、心の底からそう思って、戦っていた。

「図々しいわね!」

 紫が感情を乗せた声を走らせた。肌を刺すのは怒気だ。己の内面に踏み込む魔女への怒りを隠さず、境界の大妖が腕を振るった。扇子が踊る。空間に裂け目が走る。
 そして、光を漏らす外次元の内より出ずる影。
 無数の光り輝く羽ばたきが、腹を空かせて躍り出る。星をも喰い散らかさんと襲い来る。
 見たことがある。闘ったこともある。

 飛光虫ネスト。

 幻想の中にのみ潜む美しき凶虫が、蜘蛛の巣を中から食い破るようにして飛び出してきたのだった。
 星の衣が剥がされる。ばりがりと音を立てて、小さな天体が食われていく。意趣返し、という言葉が頭に浮かんだ。今度食われるのはおまえだと。紫の視線が告げているようだった。

「ならこれだ!」

 もはや星を産むことに意味はない。早々に見切りをつけて、レーザーにすべてを傾ける。本数が増えた。三つから六つ。惑星の限界数まで。
 否。
 それで終わらない。レーザーはさらに惑星一つより二本・三本と放出され、乱舞する白熱刃が輝く虫を飲み込んでいく。

 ノンディクショナルレーザー。

 そう名付けられた、とある魔女からの借り物。しかし明らかに今まで自分が使っていたものより調子がいい。良すぎる。
 そして、気づく。回転運動で視線が疎かになっていたが。

「え?」

 今、振り向いた自分の背後には。
 大きく空に羽ばたく、純白の巨大な翼が、生えていた。

「それは……」

 ぼとぼとと焼け焦げた異界の虫が落ちる中、呆然と紫が息を呑んだ。予想外なのはこちらも同じだ。こんな闘い方、自分は知らない。
 ぞくり、と。魔力の気配を感じた。それは、身体の中から湧き上がって来て、けれど普段の自分からは決して出ないはずの力で。

「くっ、そうか。そういうことか、紅い悪魔め!」

 紫が悔しげな声を上げた。紅い悪魔。レミリア。該当する名前に関する記憶の中で、最新の情報を引き出して。

「はっ、そうか。そういうことか、パチュリー!」

 次の瞬間、カラクリを理解していた。普段出せない力が出ているなら、答えは簡単だった。別の物によって補強されているのだ。そして、それを導いたのは、きっと。
 あの時飲まされた紅茶に入っていた、妙に甘かった角砂糖。あれになにか細工がされていたんだろう。渡せる物は渡した。レミリアの言葉は、こういうことだったのだ。

「余計な真似を……」

 遙かな眼下。霧に沈む湖を見やり、紫が恨みのこもった声を上げた。

「どうやら幻想郷のすべてが、お前の味方ではないらしいな」

 ぱさぱさ、と意志通りに動く羽をはためかせて、揶揄するように言ってやる。

「自分の正しさの証明とでも言うつもり?」
「そこまで傲慢じゃないさ。霊夢は事実、まだ飛べていないし」

 けれど、それでも、分かったことがある。

「私と同じように、霊夢に飛んで欲しいと思ってくれている奴がいる。そいつが手を貸してくれている。そういう事実があるだけで、私は闘う意味がある」
「そんなもの、認めないわ!」

 叫びに呼応して、空間に新たな亀裂が生まれた。

「来なさい!藍!橙!」

 号令に従い現れるは、八雲の式と、式の式。

 そう、八雲紫だって一人ではない。賢者の手札には、音に聞こえし大妖怪が常にいる。九尾の狐。妖獣最高クラスの化け物を、彼女は飼っているのだった。

「加減はいらない。殺しなさい」
「ご命令とあらば」
「いつかのお返ししなきゃね」

 式神は主の命令に従い動く限り、主と同等の力を発揮するという。つまりこれは、紫が三人になったにも等しい。

「おいおい。勘弁してくれよ……」

 苦笑いを浮かべて、瞬きをした。
 刹那。
 視界の中から、藍の姿が消えて、橙の姿が消えて。

「――――殺った、と思ったか?」

 箒を持ち上げていた。柄の中央を持ち、水平に。その柄の先端と、箒の先端に向けて。不敵な笑みを浮かべて、目をやった。

「くっ!」
「嘘!?」

 そこには、藍と橙の爪が突き立っていた。魔力で強化した箒は、妖獣の力にも耐えて無傷。もっとも、二人が驚いているのは受け止められた事実にではない。反応できるはずのない速度であったからだ。実際、普段なら確実に死んでいたと思う。けれど、今の自分は。

「見えてるんだよ!ばっちりな!」

 どういう作用か仕組みか。パチュリー特性の角砂糖は、身体能力全般を向上させていた。思い切り箒を振り抜いて、式神二人を吹き飛ばす。惑星の公転が早さを増し、再び白光の刃を形成する。こちらが強化されているとはいえ、相手は紫の式だ。焼き尽くすぐらいで行かなければ勝てはしない。

「妖怪だから身体は丈夫だろ!」

 踊りかかる。数を増して上下左右から、囲むように刃を差し向ける。死角は一点。向かう標的の背後のみ。

「橙、退くぞ!」
「は、はい」

 案の定、二人は背後に飛び退った。それ以外の選択は、あえて前に飛び込み攻撃するぐらいしかないが、どれほどに強化されているか分からない敵相手にそれは自殺行為でしかない。だから。
 そう、だから、あらかじめ罠を張っていた。

「かかったな!」
 パチン、と指を鳴らす。合図に応えて、刃の先が揺らめいた。そして現れるのは、魔法で耐熱を施された複数の瓶。刃の中を通して輸送していたそれらを、藍と橙を背後から囲む位置へと射出する。

「ここは地面が遠いから、名前詐欺は勘弁だぜ!」

 アースライトレイ。

 本来、空中に地面という概念は存在しない。が、今は擬似設定された仮想地面を基点として、瓶から光が立ち昇った。天に立つ者を射ぬかんと上下左右縦横無尽に光の網目が作り出される。空であるが故に可能となった、まさに全方位空間攻撃。

「侮るなよ!」

 藍が扇状に広がる尾を逆立てて身構えた。真正面から受けて立つ決意と見える。もっとも、それ以外に方策がないのも確かで。
 光の檻の中、二匹の妖獣が舞う。上に下に右に左に。身体を捻り、くねらせ、回らせ、転がし。時に毛を焦がし、身体を掠める熱に顔を歪めながら、動きを止めることなく踊り狂う。まるで猛獣ショーだ。

「でも残念だったな。そこから出るってことは、脱走ってことだぜ」

 ノンディクショナルレーザーはまだ破られていない。檻から顔出したが最後。白熱の刃がその身を焼く。逃げ場などない。これで二人の八雲紫は完全に詰みだ。
 と。

「最後の一人を忘れているのではなくて?」

 耳元で響く声。急上昇をかける。瞬間移動。そうだ。境界と結界を操る妖怪は、霊夢と同じくゼロ軸転移が可能なのだった。直接首を狙いに来なかったのは、紫なりの慈悲か。それとも嬲るための手心か。
 どうやら後者であるようだった。高度を上げる我が身の回りに、複数の瞬きが灯った。輝きを増していく光点から打ち出されるのは、緋色の閃光。

 光と闇の網目。

行く手を阻むように現れる光線を、羽を使った強引な軌道で避けながら進む。色違いの檻。これでは自分も紫に囚われた見世物小屋の珍獣だ。いくらたまたま変な恰好をしているとはいえ、心外だった。

「抜けたぞ!」

 下方から勝利の声が響く。藍と橙がこちらの作った檻を抜けたらしい。元々が出てきたところを叩くための舞台装置であったから、さもありなん。しかし。

「追いなさい!」
「御意に!」

 今度、同じ立場にいるのはこちらだった。二匹の獣が主の命に従い、網目の出口へ向かう。中に横道はない。ただ、進路を強いられる形で導かれ、ついには式と式の式が待つ果てへと辿り着き。

「覚悟ッ!」
「同じくっ!」
「誰がッ!」

 妖獣の爪と魔力の刃が、交錯した。
 きゃうん、と。ふぎゃあ、と。動物じみた悲鳴が二つ上がった。赤い花が空に咲く。下を見れば、二つの影が落ちていくのが見えた。今度こそ勝利である。

「ぐぅっ」

 もっとも、こちらとて無傷ではなかった。身体こそ、直前で羽を利用して防御したから無事ではあった。が、さすがは最強の妖獣と謳われるだけのことはある。使い魔は一瞬の内にすべてが砕かれていた。そして、百年物の魔女が力の一片を注いだ魔術の結晶も、その片方が中頃から引き裂かれて消滅していた。高速移動から安定を失ったきりもみ状態を、なんとか自身の力だけで制御する。

「貴方の羽も、これでもげたわね」

 楽しげな、本当に楽しげな笑いを含んだ声が響いた。ああくそ、と宙に浮かぶ不気味な笑みを睨み返す。

「あの二人は充分に働いた。貴方の妖の羽を奪ったのだから」

 だから、と紫の笑みが酷薄なものへと変わり。

「今度こそ、貴方の命を奪いましょう」

嗜虐と暴虐の色を含んだ声音で、紫は宣言すると。

「貴方に越えられる?」

 ついに究極の選択肢を、目の前に提示した。

 生と死の境界。

 魔女の助けを失い、ほぼ丸裸とされたところで。
 自らの、命の天秤の傾く先を、試される。
 最初は、一筋の光だった。いくつかの弾が塊となって織り成す光が、一つだけ、ゆっくりと飛来する。孤独で単純な攻撃。難なく避ける。クリアする。

 ――――最初は、一人で飛んでいた。

 次は、空を裂く光に寄り添うように、蝶が舞った。光と蝶。先行する光を追うように蝶は飛ぶ。二つは時に重なり、時に離れながら、まるで螺旋のように絡まって飛来する。二つになったけれど未熟な攻撃。危なげなく避ける。クリアする。

 ――――出会ったばかりの頃は、まだ私が上で、情けないお前は後ろを飛んでいた。

 三度飛来するのは、光と蝶に加えて、紅の大玉。間に分け入る大玉の周りを光と蝶が飛ぶ。さながら月下に浮かぶ紅を追い落とすように、光と蝶が舞い踊る。三つの影が織り成す紅霧異変の象徴。懐かしみながら避ける。クリアする。

 ――――一緒に異変を解決するようになってからは、いつもが競争だった。

 四度。加わるは、墨染めの花弁。深蒼の花弁が舞い散る中を、紅の下僕と光と蝶が飛ぶ。三者は並び立って舞いながら、花弁の袂を目指す。四つの姿が形作る春雪異変の象徴。道程で出会った者達へ苦笑を浮かべながら避ける。いよいよ厳しくなりつつあったが、なんとかクリアする。

 ――――たまに他のヤツが入って来た時は、競争だってそれは盛り上がったものだった。

 五度目。浮かび上がるは、真円の月。否。真の円と見えて僅かに欠けた月が張り付く空を、紅が、花弁が、蝶が、光が我先にと動く。四者がぶつかり合い、せめぎ合い、間を埋めあいながら、欠けた月を追う。五つの人妖が入り乱れる永夜異変の象徴。出会わなかった者達を思いながら避ける。密度が濃い。残った羽ももげた。けれどクリアする。

 ――――久しぶりの本気の闘いは、お前の圧勝だったよな。

 そして、最後。吹き荒ぶは、翠の風。外より吹き込んだ奇跡の風が荒れ狂う空を、異変の残滓と共に光と蝶が舞う。すべてが混ざり合い、幻想の地に現れた神威に対峙する。あれがきっと、あいつが巫女として動いた最後の出来事。今の幻想郷の状況の象徴。道がない。抜けられない。越える先が分からない。
 いや、違う。
 答えがまだ出ていなかった。がむしゃらに闘ってここまで来て、命を計られる段になってなお、なにも方策がなかった。
 これで、ここを越えて。
 勝って、認められたところで。

 ――――私は、どうやって霊夢を飛ばせればいい?

 心のどこかで、疑問を抱いてしまった。刹那の不安だった。誰でも持つだろう、僅かの意識の乱れ。けれどそれは、ここの一瞬においては確実に致命的だった。
 目の前まで弾が来ていた。右も左も埋め尽くされていた。上も下も埋め尽くされていた。逃げる場所などどこにもなかった。たった一発が目の前に立ち塞がる。この一発は紫が殺す気で撃ってきている一発だ。当たれば自分は粉々になるだろう。
 死が、そこにあった。
 生と死を分かつもの。幽明の境を、今度こそ真の意味で跨ごうとしていた。
 その時だった。
 ぽろり、と。エプロンの底から、自然と零れ落ちた物があった。
 扇子。冥界で幽々子より貰った、あの蝶が変じた扇子だった。その扇子が、今。キィンと甲高い音を立てて弾け、再び蝶へと戻る。
 すると。

「道が!」

 蝶の向かう先。飛翔の軌跡に沿って波が割れる。風祝の使う海割りのごとく、死線が断たれ、生への道ができる。

「これは……そう、今度は貴方なの、幽々子ッ!」

 紫の苦々しげな声が、姿見えずとも聞こえた。

「こいつは……そうか、これはお前の仕業か、幽々子!」

 悟る。亡霊の姫が持つのは、死を操る程度の能力。彼の力によって形作られた蝶は、断片化された力の結晶。霧雨魔理沙に迫りつつあった死を操り、今、この場に限り、遠ざけていたのだった。

「これを逃す手はないぜ!」

 取って置きの魔法を使う。ガイドは出来ていた。道ができたなら、そこをなぞるように撃てばいい。
 八卦炉を取り出す。力を込める。発光を押さえ込むように中で凝縮する。荒れ狂う魔力を限界まで高める。

「どうして邪魔をするの!?」

 紫はまだ、自らの撃った弾と幽々子の行為への動揺で、こちらの動きに気付いていない。ならば、今こそ解き放つ。

「マスタァァァスパァァァァク!!!」

 弾幕はパワー。虹色の星屑を撒き散らし、魔力の余波を辺りに撒き散らし、周囲の弾の奔流を吹き飛ばしながら。
 ごうと渦巻く白色の魔力流が、空を貫いて発射された。
 すべてが飲み込まれる。天秤が砕かれる。生も死も関係ない。境界ごと蹴散らして、魔砲は紫の方へ向かう。幽々子のガイドは完璧だった。境界が曖昧となった幻想の空は、微妙に位相がずれている。直線では決して届かないカーブの先。一見、真っ直ぐとしか見えないカーブの先へと、魔力が導かれていく。

「くっ!」

 迷路が砕ける。紫の顔が見えた。さすがに驚いているようだった。その鼻っ面へと。

「喰らえええええ!」

 鬱憤のすべてを込めて、魔砲を叩きつける。

「ちぃ……」

 濃密な弾幕を展開しすぎていたのが災いした。すでに避けるのは間に合わない。紫は、この闘いが始まってから初めてスキマから腰を上げると、右手をズと差し出して結界を展開した。
 よく知った技。次元の異なる重層世界を重ね合わせる、攻防一体の紫の代名詞。

 四重結界。

 これを貫けば、紫の元へ。
 紫の信念の元へ、ついに辿り着ける。
 確信めいた閃きがあった。己の直感を疑わず、持てる全力を注ぎ込む。
 イメージする。砕く様を。

「馬鹿な!?」

 バリ、と音を立てて。一枚、結界が砕けた。
 イメージする。突き抜ける様を。

「どこから、こんな力!?」

 ガシャ、と音を立てて。また一枚、結界が砕けた。

「図に乗るな!」

 結界が輝きを増す。ぼうという光は、蒼から薄紅へと変じる。

「くっそ、さすがに紫だなッ」

 手ごたえが明らかに変わったのが分かった。硬さが増した。ビクともしなくなる。
 マスタースパークは確かに強い。フラワーマスターより盗んだこれは、単純な力の放出になにより向いていて、カバーできる範囲も前面全体と広い。射程だって長い。けれどその代償として、一点の突破力にはどうしても欠けていた。
 なんて。
 そんなことで。

「諦めるわけが、ないだろうが!」

 一旦、魔力の奔流を止める。手はまだあった。いや、むしろ。これこそが、到達するための最後の切り札。

「…………」

 紫は黙して語らず、結界を保持したままで、こちらの出方を窺っていた。来るがいい、と。目が告げているのが分かった。
 望むところ、と。
 沈黙した八卦炉に、再び火を灯す。緋緋色金製の炉の中で、荒れ狂う魔力が増大し、とぐろを巻いた。
 まだ溜める。
 まだ。
 まだまだ。
 溜めて、溜めて、溜め抜いて。自分の今の実力で扱える限界まで、ありったけの魔力を練り込む。

「あと二枚」
 紫が口を開く。

「この二枚が、決して貫けぬ、跨げぬ、人間と妖怪の境界」
「ぶち抜いてみせるさ」
「無理ね。境界で隔てられた博麗の檻は、誰にも開けられない」

 誰にも開けられない、と紫は言った。そこには誰も含まれていなくて、ならば当然のように、自分だって含まれていないんだろう。
 なんだ、それは。
 つまり。
 一番諦めているのは。

「はん。くっだらないな!」

 笑い飛ばす。馬鹿馬鹿しい。くだらない。結局、単純な話だったんじゃないか。
 紫はずっと遠慮をしていて。
 そこに自分が入り込んだのが気に入らなくて。
 だからこんなことをして。
 まったく。開けるとか開けないとか。そんなお行儀の良いことをやろうとしているから、殺すだの殺さないだのなんて物騒な話になるのだ。極端が極端に振れるのだ。

「開かないなら壊せばいいだろ。鍵なんてもの、誰も最初から持っちゃいないんだからな」
「――――っ!?」

 紫の目が驚愕に見開かれた。
 同時。
 魔力の充填も、終わった。
「さあ、これが最後だ」
 箒の先端へ、八卦炉をはめ込む。がちり、と音を立てて内部と結合する。河童協力の最新技術だ。これだって人と妖の境界を超えた武器みたいなものだろう。境界は超えられる。簡単に。できないなんてのはただの諦めだ。

 ――――だから、私は、その諦めを貫く。

 箒に跨る。狙いを定める。紫はもはや避けないだろう。受け止め、その上で防ぎきらなくては、己の正しさを証明など出来ないのだから。だったら、簡単だ。
 飛んで、突っ込んで、ぶち抜けばいい。

「いっくぜぇ」

 ぐ、と柄を握り締めて、飛び上がる。これはまだ助走。八卦炉の力を一切使わない、己のみの単独飛行。距離を取る。加速力を乗せる場を用意する。外の世界では空を飛ぶ機械にそれを行う場を、滑走路というらしい。ならばこれは、自分にとっての滑走路。空に引かれた道を辿って、速度を上げて向かうのは、霧雨魔理沙のもう一つの代名詞。

「ブレイジングゥゥスタァァァァァ!!!」

 解放する。
 弾かれたように。いや、まさに吹き飛ばされたように前進する。
 身体を低く。限界まで低く。箒と己を一体化させるように低くする。
 向かう。一直線に向かう。
 早すぎて音さえ追いつけない世界の中、ただ薄紅を構えた幻想の境界の姿だけが、確かに見えていて。
 正面から、直撃する。
 衝撃はない。結界は現象を保留とするものだ。結果として出力された時に、すべての因果がのしかかる。つまり、破壊に成功しなかった場合にこそ、今ぶつかった時に生じたであろう衝撃が一気にのしかかってくるということだ。
 しかし止まらない。ギジジと嫌な音を立てる結界を間近に見ながら、さらなる魔力を充填する。八卦炉を吹かす。後のことなんて知ったことじゃない。ここで勝てばいい。貫けばいい。小細工なんて余分はいらない。ただ真っ向から、先へ行くことだけを目指して前に進む。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 一枚に、ヒビが入るのが見えた。

「くっ」

 苦痛に紫の顔が歪むのが見えた。行ける。割れる。確信を持つ。持って、飛べば。
 バリィン、と一際大きな音を立てて、結界がまた一枚、砕け散った。

「あと――――」
「一枚ィィ!!」

 紫の言葉を奪って、歯を食いしばる。ついにここまで来た。これで最後。これで終わり。全部を終わらせるために、もう一回、今度はありったけの魔力を八卦炉に送ろうとして。
 瞬間。

「――――え?」

 力を失って、崩れ落ちていた。なにが起こったのか。理解が追いつかない。
 シン、と。
 辺りが静まり返っていた。
 ごうごうという風の音も、ぶしゅうという八卦炉が魔力を噴き出す音も、なにも聞こえない。これは、ひょっとして。

「魔力切れ、ね」

 淡々とした声音で、紫が漏らした。

「そうね。こうなることを想定するべきだったわね」
「な、なに言って――――」
「貴方はやはり、所詮はヒトの身でしかなかったということよ」

 紫の顔は見えなかった。結界が受け止めた因果が内部で波打ち、表面は不規則に揺らめいて、紫の表情を隠していた。

「よく頑張りました」

 紫が告げる。

「多くの者の助けを得て、私の計算に抗い、あと僅かというところまで追い詰めました」

 待て。待ってくれ。なんだその言い方。

「賞賛に値する。貴方ほどの人間を見たのは、何百年ぶりだろう。素直に感心します」

 それじゃあ、まるで。

「けれど、貴方は壁を越えられなかった。燃え尽きて地に堕ちるだけの流星では、届かない」

 考えたくなかった言葉が。

「そう、貴方は失敗したのです」

 容赦なく宣告された。

「覚悟はできましたか?」
「――――――――」

 首を振ろうとしたのに、動かなかった。全身から力が抜けるようで、動けなかった。

「せめてもの敬意を表し、苦しめて殺すという、最初の言葉は撤回しましょう」

 結界の揺らめきがざわめく。結果の出力が世界で確定されて、因果の波が解放される。ぐわ、と。音を立ててたわんだ結界が、身体を吹き飛ばした。
 そうして。
 いよいよ陽が暮れて、夕闇一色となり始めた空を眺めながら。

「だから、美しく残酷に、この大地から往ね」

 紫の言葉が流れるのを、聞いていた。
 辺りにポツポツと、自分のものでない星が瞬くのが見えた。紫の作り出した、物語を終わらせるという願いを託された星屑達だった。
 どうにかしたかった。
 けれど、身体が動かなかった。

「――――――――」

 万策尽きた。諦めて目を閉じた。
 最後に、一言だけ。

 ――――ごめんな、霊夢。

 謝罪の言葉だけは、直接伝えたかったと思った。

「魔理沙ぁ!!」

 霊夢が名を呼ぶ声が、どこからか聞こえた気がした。



      ※



 ――――ずっと、貴方を見ていた。

 時は、少し前に遡る。
 神社を飛び出した博麗霊夢は、昼と夕に綺麗に二分された世界の中、上空の戦いを追いかけていた。もちろん、自らの足で、である。飛べなくなった自分には、これ以外に二人についていく術がない。
 ぱっ、ぱっ、ぱっ、と。何度も何度も空で光が瞬く。夕闇の空だけならばともなく、それに隣接して昼の空がある状態で星が輝くのは、なんとも奇妙な光景だった。

「っはぁ、きっついわねぇ……」

 奇妙といえば、なによりも慣れないのは、こうして下から両者の弾幕を見上げることである。走り続けて息が切れた。苦しい。つらい。
 おそらく両者は命名決闘は行っていないだろう。命を奪うのだと豪語していたのだから。けれども、両者共に見たことのある攻撃ばかりを繰り出していて、一つ、また一つと闘いの局面が変わるたびに、放たれる弾幕の冠した意味がすぐに頭の中に浮かんだ。
 魔理沙の作る星の海。紫の作る弾の海。
 いつもなら只中で泳いでいたはずのものを、蚊帳の外で地面から眺める。誰よりもこの件の当事者であるのに、共に嘆くことも、共に怒ることもできない。
 共に、飛ぶこともできない。
 それは、とても歪なことのように思えた。
 幻想郷の空には、ひと時ひと時ごとに、様々なものが生まれた。
 太陽系の惑星運行が再現された。
 蜘蛛の巣が張られた。
 高速自転する天体が出現した。
 幻の虫の群れが通りかかった。
 白熱の刃が乱舞した。
 妖獣達が大立ち回りを演じた。
 色違いの光と闇の網目が空を縫いつけた。
 そして。
 生と死。

「あれ、って……」

 以前見たものと構成も流れも同じであるはずなのに、そこに込められた意味だけが違った。
 一人で飛び。出会い。競い。色々を巻き込んで競い。思いっきり闘って。
 最後。
 飛べなくなって、只中で止まった。
 再現されているのは、人の一生ではない。
 あれは。

 ――――私と魔理沙の、出会いから今まで。

 魔理沙は自分を省みずに、好き勝手にあちこち飛び回って、なんにでも首を突っ込む。危なっかしくて見ていられない。一瞬、目を離した隙にどこかで野垂れ死んでいるんじゃないかと思うことがある。
 ほら、今だってそうだ。
 現在の自分達の局面となり、飲み込まれていた。
 魔理沙の煌めきが、押し寄せる波に隠れて、見えなくなっていた。中でなにをしているのか。ちゃんと避けられているのか。まったくもって知る術がない。

 ――――いつからだろう。並んでいるだけじゃ足りなくなって、ずっと手の中に持っていたいと思い始めたのは。

 一緒に月旅行に出かけた時だろうか。いや、もう少し前。異変らしい異変が起こらなくなった中で、外の世界から巫女もどきがやって来た時だった。
 現人神はどこまでも普通の子で。
 空を飛べるだの、ちょっと弾幕ができるだのを特別だと思っているような変な子で。
 星を使って。
 あの頃は、よく魔理沙と話していた。きっと、星を模した弾幕を使う者同士、通ずるものがあったのだろう。そのこと自体は、奇妙な新参者を幻想郷に馴染ませる行為として、なんら否定されるものではなかった。むしろ、賞賛されることだろう。
 けれど。
 早苗と話す魔理沙を見ていると。
 どうしてか、心が傷んだ。
 胸を押さえる。息苦しさじゃない、なにかもっと別の内なるものに押し潰されそうだった。正体不明の恐怖に怯えた。

「なんて、ね」

 苦笑する。いや、ずっと分かっていた。不調を覚え始めた時から、原因は明らかだったのだ。分からなくなんてない。紫だって分かっていたのだ。分かっていないのは、どこかの鈍感なヤツだけで。

 ――――魔理沙。

 と見上げた空の中に。
 巨大な、魔力光が出現した。

「マスタースパーク!」

 それは、霧雨魔理沙の代名詞。弾幕はパワー。彼女の哲学をなによりも反映した力の象徴が、押し寄せて押し潰そうとしていた苦難をなぎ払っていた。

「ふふ、まったく、単細胞なんだから」

 本当に、魔理沙らしいやり方だった。面倒事には頓着せず、なにもかも蹴散らして進む。
 でも、本当に大丈夫?
 そんな、借り物の力で。
 かつて、神社の辺りで最強を誇った妖怪がいた。傍若無人で暴れまわって、それはそれは手を焼いたものだった。
 けれどその妖怪は、今ではもう、ほとんど動かずにいる。
 単純な力押しは、どこかで限界を迎える。もっと言えば、勝手に限界が来て、歩みを止める。一箇所に留まって、動かなくなる。
 魔理沙はきっと理解していない。
 恋の魔砲は、この状況を打破し得ない。

 ――――だって、私は恋なんてとっくにしていて。

 それこそが、この身を縛って、飛べなくしているのだから。
 なにかが砕ける感覚があった。どれだけ離れていても、どれだけ力を失いつつあっても、本能とも言うべきものによってそれは感知できた。
 四重に束ねられた多元世界の檻。四重結界。一枚。二枚と。その外側を、魔砲が打ち砕いたのだった。
 よくやっている方だとは思う。だが、案の定、快進撃はそこで止まる。
 紫が結界を強化した。理想が付加された重層世界が、人々に与える魅力という幻想で強固な檻となる。
 ただ一人の感情と力では、八雲の檻は破れない。

 ――――私が、飛べなくなったように。

 恋などでは、世界の理は破壊できない。幻想という檻を抜け出せない。境界は超えられない。
 それでも、魔理沙は諦めることはしなかった。
 すでに朱一色に染まり始めた空に、煌めきが灯る。それは陽光が力を失い始めた中で、月光がまだ力を持たない中で、己の存在を誇示するように輝きを増していく。
 天津甕星。西洋では、神々に抗した最初の悪魔と同一視される、反逆の象徴。魔理沙はまだ、幻想郷の理への挑戦を諦めてなどいなかった。これはその証だ。

「魔理沙!」

 叫んだ。声が聞こえずとも、叫ばずにはいられなくて、その名を呼んだ。
 刹那。
 星が、流れた。
 落ちつつあった夜の帳の中を、輝き煌めく星が行く。ただ一直線に。微塵もブレることなく、突き進む。
 初めて飛んだ時を思い出す。
 あの時も魔理沙は、こうして自分だけ空に浮いていて。
 亀に乗っているせいで大した高さまでは上がれない自分を、遥かな高みから見下ろしていて。
 星々の瞬きを背負い。
 自らも星となって動きながら。
 ずるい、と見上げる自分に、こう、言ったのだ。

『はっ、だったら捕まえてみろよ!』

 あの時。
 自分は、なんと答えたのだったか。
 そう。
 確か。

「言われなくても、そうするわよ!」

 手を伸ばす。大地を蹴る。身体が跳び上がる。けれど、浮きはしない。ただ、跳んだだけ。

「まだ、まだ!」

 次は助走をつけて、思いっきり。先程より少し高く、身体が跳び上がる。けれど、浮きはしない。ただ、跳んだだけ。
 何度も。
 何度も何度も繰り返す。
 空の輝きを掴もうと。この手にしようと。
 願いさえ込めて、跳び上がる。
 それは小さい頃に聞いた、根拠のない迷信のようで。

『流れ星が堕ちるまでの間に、三回願い事を唱えられたなら、その願いは叶う』

 三回どころじゃない。何度だって唱えてみせる。
 だって、魔理沙は堕ちないから。
 最初に飛んで、横に並んで、鬱憤をぶつけるようにボコボコにしてやった後。

『フン。所詮、貴方は流れ星。いつかはこうして堕ちる運命にあったのよ』

 と、勝ち誇って言ったなら、こう答えたのだから。

『知らないのか?流星は闇に堕ちていくんじゃない。夜を切り裂いて飛んでいるんだよ』

 思えば、その瞬間にもう、自分は恋に落ちていたのだろう。
 あの時、確かに感じた想いを、燃え上がらせる。
  大地を蹴った。また、蹴った。
 なにも考えなかった。失敗するかもだとか、また落ちたらどうしようだとか、心になにも浮かばなかった。
 ただ、一つだけ。

 ――――私は、夜を切り裂く流星が、この手に欲しい!

 とだけ強く念じて、あまりにも自然に、重力からの解放を願って。

『お手伝いします』

 耳元で聞き覚えのある声が響いた。それに呼応して、どこからともなく風が吹いた。木々がざわめく。森がざわめく。烈風が、大地を揺らすように到来する。
 そして。
 また一つ、結界が割れる感覚があった。
 同時。
 夜空であれほど存在感を誇示していた流星の姿が消え。

「魔理沙ぁぁぁ!!」

 叫び声が、夜空に響いて。
 この身体は、空に、浮き上がった。



      ※



 見ていた。
 幻想郷のあらゆる場所から、あらゆる者達が、見ていた。
 紅白の蝶が、再び舞い上がるのを。
 夜空を切り裂く流星の元へ行かんと、一直線に飛んでいくのを、見ていた。
 紅い悪魔が。その忠犬が。
 亡霊の姫が。その庭師が。
 守矢の神々が。その風祝が。
 神社に居座る聖人が。
 久遠の夢に運命を任せる精神が。
 見て、そして、同時に呟いた。

「なんだ――――」



      ※



 身体が攫われる感覚があった。空にいるのに奇妙な話だが、浮遊感があった。世界と世界の連続性が突如失われたかのような。それでいて、どこでも繋がっているのだというような。そういう、気持ちの悪い感覚があった。
 だが、覚えはあった。以前にも味わったと。では、どこで味わったのだったか。考えて、気付く。ああ、そうだ。これは、紫にスキマに落とされた時に襲ってくる感覚だ。じゃあ自分は、きっと紫に飲み込まれて、どことも知れない世界に放逐されたのだろうか。この大地から往ね、というのは、つまり命だけは助けてやると言う慈悲か。
 と。

「ん?」

 温もりがあった。すぐ近くに、自分を抱く人肌の温かさがあった。
 感触が伝わってくる。柔らかい。けれど、どうやら結構無理をしているようで、恐らく自分を抱えているだろう腕が、ぷるぷると震えているのが分かった。
 匂いを感じた。透き通るような、若草の匂い。お茶の匂い。嗅ぎ慣れた匂い。
 ゆっくりと目を開けた。
 視界に入ってきたのは、すでに山の稜線に沈み行く夕陽と、朱から黒に変じる途上に浮かぶ妖怪の賢者。
 その目が、驚愕に見開かれていた。
 気持ちは分かる。無理もない。だって、自分達はまだなにもやってなくて。どうやるかを馬鹿みたいに喧嘩していたところだっていうのに。
 この、はた迷惑なグータラは。

「なんだ、飛べるんじゃないか。この嘘つきめ」
「違うわ。今、嘘つきになったのよ」

 だってそうしないと、と笑って答える。

「貴方と、また遊べないじゃない」

 なんだそれ。意味が分からない。最後の最後で、お前までそういうことを言うんだな。と苦笑が漏れた。
 だけど、これが。これこそが、きっと。

 ――――私達の知る、博麗霊夢。

「霊夢……貴方……」

 唇を震わせて、紫がこちらを指差す。
 そう。
 霊夢が、空を飛んでいた。
 紫の背後。おそらく自分がいたであろう場所には、標的に殺到し、存在空間をゼロとした後に放散する弾幕の残滓があった。先程の浮遊感は、霊夢が、あのインチキワープで自分を救い出したことによるものだったのだろう。

「飛べたわ、紫。魔理沙の勝ちよ」

 飄々と霊夢が答える。こちらの身を離さずに、勝者だ、とか言うのは、その、情けなくて恥ずかしいのでやめてほしい。
 紫はすぐには答えなかった。泣き笑いのような左右非対称の表情を浮かべて、何度か口を開きかけて、でもなにも言わずに閉じたりなどしていた。色々と思うところがあるだろうに、それらが上手く消化されない、というような感じだった。
 誰も答えを急かさなかった。静まり返った空で、陽が少しずつ暮れていく。激動の一日が終わりを告げ、本当の夜が降りてこようとしていた。
 長い長い沈黙の時が流れた。
 その間、突然身体が落下を始めたりもした。何事か、と思う前に魔力で身体を支える。空を飛ぶ不思議な巫女に重さをゼロとされていただけで、今までは自分が飛んでいたわけではなかったのだ。
 ずいぶんと回り道をした気がする。
 けれど、これで。

 ――――私と霊夢は、ついに、同じ空に並んだのだった。

 そうして並び立って浮かびながら、心底思う。まったく、戻ったら戻ったで、霊夢は霊夢すぎた。普通、離すから自分で飛べ、ぐらい言うものではないのか。そりゃあ、この高さなら地面に激突するまでには気付くに決まっているが、それにしたって。
 言葉には出さず、心中でだけ不平を漏らす。言いたいことは山ほどあった。神社に戻ったら、今度こそ晩御飯だって作らせて、一晩中星を見ながら愚痴を聞かせてやる。
 そんなことを考えている間に時は流れていた。
 やがて、太陽の明るさが完全に隠れ、辺りが夜の闇に包まれた頃。

「…………そう」

 とだけ、紫は短く答えた。すべてを受け止めるのに、かなりの時間を要したとみえた。

「じゃあ、これでいいのよね?」

 霊夢が問う。すべてお終い。それはつまり、なにもかもを許すということ。自分の想い人が殺されそうになってすら、その行為を行おうとした者はどうでもいいということ。
 ある意味。
 この巫女のニュートラルさは、他のなによりも残酷であった。
 だから、だろう。紫は静かに首を振り。

「いいえ。まだ終わっていないわ」

 頑なな調子でそう答えた。扇子が拡げられる。

「これ以上、なにをやるって言うの?」
「簡単なことだわ。巫女のお仕事をするの」

 扇を顔に。

「ここにはね。人間を襲う悪い妖怪がいるのよ。なら、それを退治するのが、博麗の巫女たる貴方の務め」
 でしょう、という紫がどんな表情でいるのか、もはやそれは分からなかった。声は感情を含まず、いたって平坦。なのにどこか泣いているように聞こえたのは、錯覚だろうか。

「貴方がそう望むなら、そういうことにしてもいい」

 どう思ったのかは知らない。けれど霊夢は溜め息を吐いて、確かに紫のために頷いた。ツイ、と扇が僅かに上がる。露になった口元に浮かぶのは、不気味な微笑。
 その、唇が。

「ありがとう」

 と言葉を紡いで。

 紫奥義「弾幕結界」

 宣言があった。そして。

「さあ、遊んでちょうだい」

 巫女と賢者の間で交わされる、最後の弾幕ごっこが、始まった。
 語られるにたる意味を持った、紫の奥義。
 攻撃と遊びの境界。弾幕結界。
 第一波は、すでに避けていた。ただの攻撃として。故に行われるのは、その続き。遊びとなった奥義に挑む。
 第二の波。それは、空間に生まれた点が弾を吐き、紫と青の檻を作るはずであった。しかし生み出されたのは、紅白と白黒、二色と二色による弾列。
 八雲の檻。
 霊夢の紅白。魔理沙の白黒。新たな意味を付加された弾幕が、内の二人を再び閉じ込めんと配される。律儀に待ちはしない。攻略法は知っている。後はいかに実践するかだ。

「武器持って来てない」
「いいじゃないか。こりゃ耐久だぜ」

 霊夢と軽口を飛ばしあいながら、檻の外へ。しかし最遠には、逃げられないようにと、ループする弾列による封印がなされている。それに背中を預けるようにしながら。

「始めましょう」

 収束と拡散をする結界を、避ける。
 中央。真なる檻の中には、標的はすでにいない。ならば必然、両者を狙い来るのは拡散を始めた余波である。さながらそれは、逃げ出そうとする者を許さぬ追跡者のごとく。迫り来る追っ手に対し、取る手段は一つ。拡散すれば隙間が生まれる。引き付け、限界まで引き付けて、開いた綻びへと高速で身を躍らせる。呆気なく抜ける。霊夢は服の裾が引っかかっていた。

「鈍ってるな、霊夢!」
「怪我してるのよ!知ってるでしょ!?」

 よく言う。料理しようとしていたくせに。こういう時だけ吐く泣き言なんて、ただの言い訳だ。悔しかったら次はもっと上手く避けてみればいい。
 次なる波。三の波。
 細かく切れ切れの、紅白白黒一セットの弾列が射出される。それらは一見すると隙間だらけで、このまま中にいても避けられると思わせる視覚効果があった。けれど気付くだろう。すべてが埋まったその時にこそ、断片すべてが空間を埋め、中にいる者を閉じ込める円を描いていることを。欠片でも密度濃く集まれば、それはもはや線と同じ。生み出された微細な檻は、中の者を捻り潰すだろう。
 完成を待ってはいけない。先程以上に。
 だが、細かく動く欠片は外へ向かうものを束縛し、移動を妨げる。やるなら途中。円の完成を見ず、さりとて欠片の新たな射出が行われぬ一瞬のみがチャンス。ここだ、という刹那を見極め、身を翻す。勘を取り戻してきたか、霊夢は無傷で外に踊り出る。今度はこちらが帽子をひっかけた。

「最速が聞いて呆れるわね」
「やかましい!魔力切れてるんだよ!」

 憎まれ口を叩き合って、最後、放散した弾の残滓を軽く避ける。まだ飛べているのが不思議なぐらいの状態なのに、疲れなんて忘れていた。ただ一緒に飛ぶのが楽しかった。
 ともあれ、これで折り返し。残りは二つ。
 初波は除外し、ここまで連続して外と外。それこそが八雲の罠であった。
 新たに並び始めた四つ目の波。
 欠片はより細かく、密度もより濃く。今までのように中間で待機することすら困難な弾の雨。そこに立つのは下策。外へ出るのはもっと下策。迷う間に逃げ場はなくなり、逃げ出そうとした愚か者は檻の中へと連れ戻される。
 ところが。
 こちらには、巫女がいるのだった。

「見えているわよ!」

 叫び、霊夢は中央へ向かう。薄く掠れたように、空間に貼り付く紫の肖像。位相のずれた次元にいる彼女の袂へ、飛んでいく。後を追う。背後から弾が迫る。閉じる円は外への力を許さず、すべてを内部に飲み込んで隙間を残さない。
 ただ、一点。
 賢者が外を見るための、針の穴を除いて。
 霊夢がこちらの手を取った。身を任せる。自分には見えない。けれど霊夢には見えている。同化するそうして生まれた、一瞬の世界の狭間の中で。通り過ぎていく、視界を埋め尽くす紅白を見た。横で同じく見つめる霊夢は、きっと黒白を見ているのだろう。根拠もないのにそう思った。

「……さすがね。本当に、元通りだわ」

 五つの内、四つ。もはや後がないというのに、紫はむしろ嬉しげに言った。

「元通り?違うわ」

 霊夢は汗を拭って、首を振る。こちらを見やり、握ったままの手をさらに強く、痛いほどに握り締めて。

「また、飛べただけよ」

 突き放すように、そう言った。紫はなにも答えなかった。顔は隠れたままで。笑みも貼り付いたように浮かべたままで。スゥ、と。手だけを上げて。
 無言のままに、最終幕が、始まった。
 最後の波。
 微細な。あまりに微細な粒が空間に並ぶ。一つ一つは針の穴ほどの大きさの弾。しかしそれが合わさり極至近で隣り合えば、それは一つの線となる。螺旋を描く軌跡が連なり重なり、どこまでも、それこそ無限遠まで続く弾幕の結界を作り出す。
 途切れ目のない囲いが、世界を包む。
 否。
 囲いが包むのは、世界〝から″だ。
 ここはすべての幻想が切り離された土地。現実に駆逐され、忘れられた者が辿り着く最後の理想郷。
 死せる者達の楽園。

「さあ、避けてみて」

 唄うように、眼前に立つ異相の紫が告げた。霊夢は無言のままに頷く。見えたかは分からない。けれど紫は、ふふ、と声を漏らして。
 収束が開始する。
 四方八方どころではない。空間すべてを埋め尽くして、弾が迫る。混ざり合い溶け合った赤と黒が、白だけを残して視界を埋める。隙間などない。針の一本どころか、糸一筋ほども存在しない。避けられない。
 誰もがそう思うだろう。事実そうだ。幻想の中にいる者は、誰もこれを避けられない。理に縛られている者は、誰も逃れられない。
 八雲紫の作った檻からは、出られない。
 もっとも、霊夢は最初から違った。
 空を飛ぶ程度の能力。
 夢想天生。
 名は数あれど、どれも霊夢を表すには足りない。が、強いて言うなら、霊夢である、という一言だけで事足りるような、そういう不思議な巫女の能力を持っていた。霊夢は最初から助かることが決まっていた。
 今までは一人だけだった。助かる時だって一人で、解決する時だって一人で、本当は誰も追いつけなかった。一人で飛ぶ霊夢は、落ちていく時だって一人だった。
 けれど。

「魔理沙」
「なんだ?」
「死にたくないわよね?」
「もちろん。お前一人残していくなんて、ごめんだね」

 檻の底に落ちて、再度飛び上がった霊夢は、もはや一人じゃない。横に並ぶ者がいる。並んで手を繋ぐ者がいる。
 なら、きっと。
 
 ――――私達二人は、この世界で誰よりも自由で。
 
 すべてから浮き上がり、無敵となる。
 弾が、身体を貫いた。感触はない。抵抗もない。見えているのに、あるのに、自分達二人はこの世界に存在していない。過ぎ去る弾をもはや省みることもせず、ただ、目の前にいる紫だけを見つめていた。

「よくやったわ」

 パチ、と。扇子を閉じて、紫が言った。その下の目は最初から閉じられていて、口元からも表情が消えていて、抱く感情は読み取れない。

「元通りなんてとんでもない。なにか、別のモノになっていたのね」
「でも、飛べたわ」
「そう、そうね。飛べた。魔法使いと巫女は、二人で並んで空を飛ぶ」

 スキマが開いた。紫の姿が霞みのように消える。まだなにかあるのか、と警戒するが、横の霊夢は微動だにしない。

「さて。後始末が残っているわ」

 少し離れたところから、声だけが響いてきた。ふう、と霊夢が溜め息を吐くと、姿も現れる。別位相から幻想郷へ。きっと、今ので二人は戻って来たのだろう。結界を操れない自分には、その辺りの感覚はどうにも分からない。

「そうね。妖怪退治は、まだ終わってない」
「ん?」

 霊夢が、握り合った手を持ち上げた。困惑するこちらを向いて、諭すように言う。

「暴れる妖怪を打ち負かして、初めて妖怪退治は終わる。弾幕ごっこも終わる。でも、私は武器を持って来ていないから、これ以上できることがない」
「いや、そんなこと言われてもな。私だって、これしか……」

 と持ち上げた箒は、いつの間にか柄の上の部分が吹き飛んで、わずかな先端しか残っていなかった。慌てて取り付けっぱなしだった八卦炉を取り外す。飛んでいたのが逆側だったら、危うくなくしていたところだった。

「いいものがあるじゃないの」
「あのな。私は魔力が切れてるんだよ。もう星の一発だって撃てやしない」
「大丈夫よ。近くに活力溢れてるのがいるから」
「意味が分からん!」

 もう、しょうがないわね。と霊夢は頭を掻いて、こちらの八卦炉を指差してみせた。

「あんたは武器を持っていて、エネルギーがない。私はエネルギーを持ってて、武器がない。だったら、やることは一つしかないじゃない」
「え」

 それって、まさか。

「そのまさかよ」

 と頷くなり、霊夢は八卦炉を奪い取って、繋いだ手の間に挟みこんだ。そんなことできるのか、なんて聞く暇もなく、八卦炉は発光を始める。

「う、動くのかよ」
「霖之助さん、さすがよね」

 呆れるほどに便利な道具だ。香霖のヤツ、ひょっとして天才なんじゃないだろうか。

「宣言がいるわ。とっておきの魔法をお見舞いするために」

 真横の霊夢が言った。こちらを向いて、笑顔を見せる。

「宣言がいるわ。弾幕ごっこを終わらせるために」

 彼方の紫が言った。表情は相変わらず見えない。

「そうか……これは、私の魔法ってことなのか」

 異変を起こしたのは、霧雨魔理沙。そして、異変を解決するのも霧雨魔理沙。自らが宣言した通りに、八雲紫の計算を超えた。博麗のシステムを破壊した。人と妖怪の境界を超えた。残るは一つ。幕を引くだけ。

「これしかないな」

 引き抜いたのは、やはり霧雨魔理沙の代名詞。
 光が増す。八卦炉が昂ぶる。注がれる霊力を増幅していく。八卦炉の制御自体は使い手である魔理沙の仕事だ。霊夢の力はやはり強い。渦巻く魔力が暴れ狂って、今にも飛び出していきそうで、ちゃんと撃てるのか不安になるぐらいだった。
 でも。
 一人ならできないことでも、二人ならできた。
 ならば、今度もまた、二人ならできるだろう。

「行くぜ、霊夢」
「いいわよ、魔理沙」

 互いに声を掛け合って。そうして放つのは、一人じゃ知ることなどできない、本当の恋の魔法。

 恋府「マスタースパーク」

 夜空に、閃光が走った。今まで撃ったどの技よりも強く感じた。
 その果てで。

「よくやりました」

 キラ、と輝く水滴を風に流しながら。

「おめでとう」

 紫が、悲しげに笑っていた。



      ※



 いつからだったろう。
 その姿を特別と感じていたのは。
 最初、外の世界から連れてこられた少女を見た時は、ただの優秀な駒としか思っていなかったと思う。今までにはない素質は感じていた。けれど、それだけだった。
 今、思えば。
 そういう優秀さこそが、間違いを生んだ元凶だったのだろう。
 人の世が隆盛を極めてすでに数百年。徐々に妖怪に張り合う者はいなくなって、物足りなく感じていたのかもしれない。長い生の中での、一時の暇つぶしのつもりで。
 私は、少女を、自ら育てようと思ったのだった。
 知識はあった。人間らしい生活を外で擬態することもあったから、育てることに支障はなかった。
 けれど。
 そうして接していく内に。
 いつしか、特別な感情を抱くようになっていた。
 恋、ではなかった。
 どちらかと言えばそれは、愛に属する感情であるはずだった。はずだった、というのは、いざ自分のこととなると、冷静に分析することができないからであった。式神使いの恥である。
 家族愛とか、そういうものを抱いて暮らすのは、存外に悪いものではなかった。朝起きて挨拶をし、一緒に洗濯や料理をして、巫女としての修業をつけてやり、隣り合った布団で寝る。人間の親子であるならば当たり前の生活をして、不思議と満たされていた。
 それが良くないことなのは分かっていた。博麗の巫女のシステムを作った者として、許されないことなのも分かっていた。
 この幻想郷は、外の世界で居場所を失った者が流れ着く場所。つまり、もう他に行き場所のない者が流れ着く、最後の砦なのだ。壊れることなど、あってはならなかった。僅かなエラーの芽すら摘み取っておかねばならない。楽園の調停者は何者にも属さず、予断を持たず、あらゆるものから浮き上がって生きねばならない。
 だから私は、一度、霊夢の記憶を奪った。
 八雲紫が、母であったという記憶を奪った。共に過ごした時間を奪った。ここに来る前の時間を奪った。
 自らの手で乱しそうになった秩序を、守ってみせたのだった。巫女に選ばれるのは皆、類稀な才能を持つ者であるのは確かだったが、そういう手合いがいつも都合よく見つかるわけはない。一度手に入れた者をみすみす駄目にして、新しい者を見つけてくるという選択肢はなかった。
 そういう意味で、幻想郷が隔離されているという事実は、この場所が一度見つけた巫女を閉じ込めておくための巨大な檻である、ということも意味していた。
 妖怪は精神の生き物だ。強く才能のある精神は、なにものよりも美しい宝と見える。当然、霊夢はとても美しく見えて。誰もが内心、その美しい蝶を手元に置きたいと思っていた。
 誰も蝶に触れてはいけない。
 誰も蝶を乱してはいけない。
 幻想郷には、そういう暗黙のルールがあった。
 だってその羽は繊細で、誰かと寄り添えば壊れてしまうから。
 
 ――――いや、本当は違う。

 巫女は元来、浮き上がるものだ。それを自らの手元に置いておこうと思ったなら、地上から空に舞う蝶に憧れる者達は。
 どうしても、羽を千切らなくてはならない。
 そうしなければ、自らの元に繋ぎ止めてはおけなかったから。そして、そうなった者は、もはや博麗霊夢とは言えなくなることも知っていたから。
 だから、みんな諦めて。
 巫女に深く接することも、巫女が深く接することも、禁じていた。それが正解だと思っていた。
 なのに。
 霧雨魔理沙は違った。深く接して、一度、羽をもいでしまったのに。そのはずなのに、霊夢はまた飛び上がった。夜を切り裂いて飛ぶ流星に追いついて捕まえるには、自分も空に行かなくてはいけないから。飛ばなくてはならないから、霊夢は飛んだのだった。
 底から見ているだけの者には、決して分からなかった答え。身を引くことで解決とした者には、決して出せなかった答え。
 並んで飛んで。
 上を飛んで。
 引き上げる。
 ひょっとしたらそれは、愛ではなくて、恋だったからこそできたことかもしれない。在りしの幼き少女は、巫女になって、恋をしてただの女になって、そして空を飛ぶ人間になった。秩序をそのままに、相変わらず巫女でいて。しかし、心だけ鮮やかに、いつだって変わらず紅白に。
 反対に自分は落ちていく。
 幻想郷の底へ。
 今や蝶が飛び立って、空っぽとなってしまった檻の底へ。
 自分の居場所は、きっとここにしかないのだろう。汚泥のような、死に絶えるはずだった者達の寄り添う檻の底。
 手の中にいたはずの蝶は、いつの間にか自分を置いて、飛んでいってしまった。けれど、ずっと。ずっとずっと、愛している。

 ――――霊夢。私の、可愛い娘。

「なに悟りきった顔してんのよッ!」

 そんな声と共に強く頭が殴られたのは、まさに、そんなことを考えていた時だった。



      ※



 掴んだ手の先にある重みを確認して、深く溜め息を吐いた。場所は、地面まであと僅かといった低高度。本当にギリギリ。間一髪であった。

「は?え?れい、む?っていうか、ちょ、いたた、なにこれ!?」

 目を白黒させて、辺りを見て、最後に数多を押さえて、紫が呻く。なんだこの情けない姿は。先程までの威厳など皆無である。

「これだよこれ」

 横の魔理沙が指差すのは、こちらの手の中に握られた八卦炉だ。武器がなかったので、これの角で思いっきり殴ってやったのだった。

「ど、どういうこと?」
「どういうもこういうもない!」

 首を傾げる紫の手を離して、地面に落とす。きゃあ、なんて年甲斐のない悲鳴を上げつつ、紫がちゃんと着地したのを確認して、地上に降りる。

「まったく。あの高さから落ちたら、いくら妖怪でもヤバイんじゃないの?」
「え、ええ……それは、そうね……というか、だから――――」

 落ちたんじゃない、と言おうとしたのを、八卦炉を持ち上げる無言の圧力で制止した。そんな話聞きたくない。胸糞悪い。

「なんであんな真似したのよ」
「なんでって、私は負けたから」
「誰があんたの命なんて欲しいって言ったのよ!?」
「え?」

 紫が間抜けな声を上げて、魔理沙を見た。しかし魔理沙だって、肩を竦めて呆れた声を上げる。

「私は言ってないだろ。お前の命なんてもらっても仕方ないし。大体、最初から命がどうこうって騒いでたのはお前だけだろ」

 主に私のな、と捨て台詞を吐いて、拗ねたように唇を尖らせる魔理沙。可愛いヤツ、と心の底から思うが、そんなこと今は関係ない。

「死んで、それで終わりにするつもりだったわけ?」
「……ええ、そう。そうよ」
「そんなんで終わりになると思ってたわけ?」
「それでも足りないって言うのね」

 残酷だわ、と紫は項垂れた。いつもの威厳、というか、胡散臭さが皆無だった。

「当たり前でしょ。こんなんで逃げるなんて、私は絶対に許さないから」

 これ幸いと追い討ちをかける。こんな機会滅多にないのだ。言いたいことを全部言わせて貰う。

「勝手に死んだって、そうよ。三途の川越えて捕まえに行くわ」
「大したしつこさだな。ストーカーか」

 魔理沙が茶々を入れるが、無視する。すると、紫はいよいよ観念したという様子で、顔を上げた。

「じゃあ、私にどうすればいいって言うのよ……」

 その顔に浮かんでいたのは、予想外に深刻な表情であった。隠すことなく両の目からは涙が流れていて、唇を噛み締めて。感情を抑えたいのに抑えられない、というような。そういう感じの表情であった。

「な、なんで泣いてるのよ」

 逆にたじろぐ。そんな重い雰囲気出されても、なんだ、その、困る。だって、これから頼もうとしていたのは。

「わ、私はただ、今晩のおかずを作ってもらおうと思っただけで――――」
「………………は?」

 ぽかり、と。紫の口が開いた。先程にも増して間抜けな表情。これは珍しい。長い付き合いだけど、一度だって見たことがない。天狗がいれば、記念に写真に収めておいて欲しいぐらいだ。
 そんなことを考えていると。

「はああああああああああああああ!!!!?????」

 吸った息をすべて使ったような、強烈な疑問の声が紫の口から漏れた。
「あによ」
「いや、唐突すぎるんだよお前」

 魔理沙にツッコミを入れられるが、意味が分からない。

「弾幕ごっこに負けたら夕飯作るって、私達じゃ当たり前のことじゃない」
「あ、あれを弾幕ごっこと言い張る精神には、さすがに私も首を捻るぞ」
「本当よ!なにを言っているのよ霊夢!?」

 困惑した紫が齧りつくように霊夢に訊ねた。

「私は魔理沙を殺そうとしたのよ?貴方が飛べなくなったのに逆上して、それでチャンスを与えもせずに。あの時だって、貴方が来なければ、きっと――――」
「だから、それがなんだって言うのよ」

 ぺこ、と。手刀を紫の頭に叩き込んで、言葉を遮る。

「魔理沙は死んでないし。おかげさまで、私も飛べたし。だったら、これでいいじゃないの」
「なんでよ!?おかしいわよ、そんなので納得するなんて」

 おかしいと来たか。この分からず屋め。仕方ない。こうなったら。

「じゃあ、なに。あんたは私に――――」

 と腕を組んで、思いっきり紫の姿を睨みながら、言ってやる。

「目の前で死んでいこうとしてるのを、黙って見ていろ、って言うの?」
「……そ、それは」

 さすがに直接言うのは憚られるのか、紫はばつが悪そうに目を逸らした。追い討ちする。

「私は少なくとも、目の前で知ってるヤツに死なれるなんて寝覚めが悪いから嫌よ。あんたがそれでもどうしても死にたいって言うなら、止めはしないけど」
「で、でも」

 と今度は魔理沙の方へ視線をやる。魔理沙はもうずっと浮かべたままの呆れ顔で、答える。

「私は最初から、命がどうこうなんて話はしてないって言ってるだろ。助かったし、あれぐらいの怪我は日常茶飯事だ。心配するならむしろ、たかが私みたいなんを殺しきれなかった自分を心配しろ」
「あ、あれは貴方がズルをしていたからでしょう!」

 さすがにムッときたのか、紫が苦い顔で抗弁する。

「魔女だの幽々子だのの力を借りたりして」
「それを言うなら、私だって飛ぶ時に、一瞬早苗の力を借りたわ」
「へ?そうなのか?」

 魔理沙が変な声を上げて、ポケットの中からなにかを取り出した。よく見ればそれは、噂の早苗がいつもつけていた髪飾りだった。

「なるほど。あいつはあいつで、助けてくれてたんだな」
「モテるのねぇ、魔理沙さんは」
「おいやめろよそういうの。早苗のヤツは、お前と二人で返しに来い、って言ってくれたんだぞ」
「むぅ」

 それは、また。素直にありがたい。仕方ないから、後で珍しく菓子折りでも持って行ってやろうかと思う。

「まあ、そういうわけだからさ」

 魔理沙が髪飾りを仕舞って、晴れやかな笑顔で言った。

「霊夢の言う通りにすればいいんだよ。お前だって知ってるだろ?こいつの言うことは大体正しいってこと」
「それは、そう、だけど……」
「そんなに不満なら、今日と言わずに毎日作りに来てくれてもいいわよ。冬の間も冬眠せずに。その方が姿が見えて――――」

 とそこまでいいかけて、慌てて口を噤む。紫が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「見えて?」
「な、なんでもないわよ!とにかく、今晩のおかずは作ること!いいわね!」

 それだけ言い終えて、大地を蹴った。この場にいると、どんどん余計な発言を引き出されてしまう気がした。
 身体が浮き上がる。飛ぶ。
 今までと変わらず。
 けれどどこか身軽になった身体で飛ぶ。



      ※



「早くしなさいよ!もう、久々に闘ったりしてお腹空いてるんだから!」
「はは、よく言うぜ。昨日だって負けただけでやってただろうに」

 理不尽なことを言いながら飛び去る霊夢を見送って、横の紫を見る。同じことを思っていたのか、呆れ顔を浮かべていた。その横顔に向けて。

「納得いかないか?」

 と声をかける。

「いくわけがないわ。こんな情けない姿」
「だよなあ」

 鼻の頭を掻く。同じ立場に自分がなったら、無理矢理にでも死のうとしていたかもしれない。けれど、きっと霊夢はそこにだって来て、同じように頭を殴って言うだろう。

「やかましい!それがなんだって言うのよ、ってな」
「本当、なんであんな風になったのかしら」
「教育の賜物だろ。しっかり面倒見ろよ」

 そう言ってやると、紫は珍しく本気で嫌そうな顔でこちらを見た。こいつめ。霊夢が可愛いのか可愛くないのかどっちなんだ。

「でも、そういうのが、あいつなんだよ」

 歩き出しながら、言う。

「ちょっとおかしくなって、また飛べるようになったけど。あいつがああいうヤツなのはずっと変わらなくてさ。それでいいんだよ。そういう霊夢だから、私はあいつのために頑張ったんだから」
「それは、そうよ。私だって同じ」

 ついてきながら、紫がポツリと漏らす。そう。結局のところ、どっちも同じだったのだ。
 要は、霊夢が大事だった。ただそれだけだ。

「だから私は、お前を恨まない。むしろ感謝だってしてる」
「感謝?」
「そうさ。ああやって、いつものように闘うだけで、霊夢が飛べるようになってくれたんだから。分かってるんだぜ?手加減してたことぐらい」

 でなければ、勝負になんてなっていなかったはずだ。最初だけじゃない。ずっとずっと、紫は手加減をし続けていた。宣言をしないだけで、スペルカードルールを大きく逸脱しない闘い方をしていたのが、そのなによりの証明だ。

「――――――――嫌な子ね」
「家出娘なんでね。行儀が悪いのさ」

 へっ、と笑って、穂先と短い柄だけになった箒を構える。こんなものでも、ないよりマシ。魔法というのは、つまるところ、できる、という思い込みだ。飛べる、と思い込むためには、必要なのだ。

「これから、どうするの?」

 紫が訊ねて来た。愚問だ。これからどうするって、そんなの決まっている。

「明日からの、何事もない一日を過ごしていくさ」

 だって、ここは。

「変わらぬ者達の、理想郷だろ?」
「――――!」

 紫が息を飲んだ。これで話はお終いだ。歪な箒で、空に舞い上がる。
 今日は色々なことがあった。お世辞にも平穏とは言えなかった。けれど、異変があることですら、この幻想郷では当たり前だ。
 自分はこれからも普通の魔法使いとして生きていくだろう。
 霊夢も楽園の素敵な巫女として生きていく。
 想いが通じても。
 それで、なにが変わるわけでもない。
 明日になればきっと。
 今日も何事も無い一日だった、とか言っていて。
 明日も何事もない事が約束されている、とか思っていて。
 人も神も妖怪もごちゃ混ぜになった世界で、人間と妖怪の境界が曖昧になった世界で、二人はきっと生きていく。
 ここは、幻想郷。
 空飛ぶ巫女と普通の魔法使いが、不思議な毎日を過ごす、ネクロファンタジア。
ありがとうございました。

http://twitter.com/sakakiyukino
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コメント



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1.8片隅削除
これはいいレイマリ。
戦闘描写も素敵でした。
2.8あらつき削除
面白かったです。
ただ、物語の強さに負けてお題が陰に隠れてしまったかなあという印象を受けました。
しかしその強さが魅力でもありました。
3.10削除
禁断を犯しても、二人で手を取り合っていく。
恋をして変わってしまった霊夢も、それに気づかず一人悶えていた魔理沙も、互いに幸せな結末になれたのではないかと思います。
原作をなぞらえたストーリーはかなり好みでした。
最高です。
4.10名前が無い程度の能力削除
紫さんがただの噛ませかと思いきや、あの作品を読んだ人にはガッチリくるものがありますね。親心というのは恋心並みに複雑なものなのかもしれません…
激しく華麗な弾幕の描写もお見事。躊躇い無く満点を入れられます。
5.9名無削除
面白いだけに、嘘の要素が薄いのがもったいないなと思います。
6.1エーリング削除
東方劇場版って感じですね。でも、劇場版ドラえもんのジャイアンは嫌いなんです(最近はアニメ版も丸くなったけど)
7.9がま口削除
おおお! 話に引き込まれる! 戦闘が熱い! そして霊夢、魔理沙、紫の想いが的確で素晴らしい!
前半は全くつかめない会話に ? だったのですが、後半パズルのピースがかちりとはまるように伏線が回収された時に驚きと感動がありました。
恋愛は人生を鍛える金床とも言うそうですが、各々恋の形を完成させ、一回り成長する様に清々しい読了感を覚えました。
それにしても、霊夢のこととなると紫さん、かなり直情的になるんですよね……変にちょっかい出して怒らせるのはやめとこう(震)
8.無評価mayuladyz削除
すまぬ途中で投げ出した(´・ω・`)
最後まで読んで無いが気になった事を記載しておく

まず文書が小刻みで体言止めが多いような気がした
私が慣れていないだけかもしれないが、読みにくかった
物語と言うより箇条書きにされた報告書を読んでいる感じだった

それから
物語に抑揚と言うか、緩急をつけた方が良いと思った
一本調子に感じて読んでいて疲れた。
最後まで読めなかった原因はこれだと思っている

要は地の文でさらっと説明して流す場面と
描写する場面をはっきりさせてメリハリをつけた方が良いと思った

例えば
序盤に魔理沙がお茶を入れるシーン
最後まで読んでいないので分からないが
魔理沙が水を汲んでお茶を出すまでの情報は
描写しなければいけなかったのかな?

『魔理沙は色々考えながらお茶をいれた』
みたいな感じの説明文ではダメだったのかな?

最後まで読んでいないので
もしかしたら伏線とかあったかもしれないが
八卦炉で湯を沸かしたとか、お茶の最適温度が何度とかは
読者に提供しなければならない情報だったのかな?
少し疑問思ったよ

まあ偉そうな事を言っているけど
私のレベルが低いだけかもしれない
最後まで読まなくてごめんな(´・ω・`)
9.7みすゞ削除
【良い点】
まさか魅魔さまがご出演なさるとは。いきなりビックリです。飛べなくなって無力になった霊夢というのも良い感じですね。その原因もロマンティックで素敵。紫と対決するときの男前な魔理沙も良です。
【悪い点】
序盤から魔理沙がタライ回しにされる部分で少し苛立ちました。魔理沙に感情移入できるという点ではプラスなんですが、それが面白いとは思えなかったのでマイナス点にします。あとラストのまとめ部分が強引というか、ごちゃごちゃしている印象を受けました。
10.7ナルスフ削除
うん、勢いに任せてドキドキしながら楽しんで読めました。
伏線の回収は丁寧だったし、スペルカード戦の組み立ても、若干急ぎで読んでしまったのであまり頭に入ってきませんでしたが、丁寧な描写と組立てだったと思います。
解決のカギは魔理沙なんだろうなあ、とは序盤から思っていましたが、当て馬として見られていた存在が、結局最後のトリックスターになるのはやっぱりカタルシスありますよね。
旧作からの因縁を丁寧に絡めているのも好印象です。
ただ、改めて見返してみると、結構残念な点があるのも確かです。
例えば、紫も唯一認めた魔理沙の才能、『空への、星への、強い憧れ』。これ、もうちょっとお話に絡められたらなぁ、と思いました。上手くすれば魔理沙のあり方や、霊夢への思いに一層深みが出たのでは。(そうして博麗のシステムを破るトリックスターになったのだから・・・ってこのスターは星のスターじゃないか)
紫にしても、月のあたりで気づいてたんなら、なぜこんなになるまで放っておいたんだ、と。霊夢が力を失ってから動き始めてるのは明らかに遅い気がします。そして、最後にほんとなんで死のうとした。ゆかりん死んだら幻想郷ヤバイと思うので、紫が自ら死ぬ選択肢を選ぶのはないと思うんですが。それ以前にそもそも死のうとした理由が私にはよくわかりませんでした。
そして、諏訪子が「対峙すべき者が、お前にはもう一人だけいるだろう?」って言った後に魔理沙が「分かってる」って答えて、そのあと地の文でもわかってる感全開だったのに、その後何事もなく普通に神社に帰ってきて、しかも『他の誰かを探せ、と言わず。私に向けて、言っていた?』って。お前最初の「分かってる」は何がわかってたんだよ。
あと、霊夢がごく自然に魔理沙に恋心を抱いているのも、なぜ友情でなく女として惚れてしまったんだと。ラブロマンスメインならそこまで気にならなかったかもしれませんが、このストーリーだともうちょっと納得いくよう掘り下げてほしかったかもですね。
最後のあたりの視点変更が結構激しくて一瞬わかりづらかったのも細かい点。そんでもって、お題消化の投げやり感。
うん、惜しい、惜しい作品だと思いました。
11.8道端削除
 熱いぜ熱いぜ、熱くて死ぬぜー。
 王道、というか、これでもかというほどまっすぐな熱い展開に惹き込まれました。
 霊夢が空を飛べなくなる、というよくある系のSSだけれど、奇をてらうこともなくそれを正面から描き切って見せる作者さんの手腕に脱帽。
 
 ラスボスが分かりやすすぎたり、神子やパチュリー達が、全面的に魔理沙のバックアップに回ってくれるという展開もちょっと疑問だったり。
12.5匿名削除
時間制限があって、焦燥感を煽ってくる書き方に惹きこまれました。
飛べなくなった理由にも納得できて、すとんと落ちたので楽しめはしました。
ただ、冗長にならないところを気にしているのか、短めな感情が目立ちました。もちろんそれにぐっときた場面もありましたが、個人的に多く感じられて、くどい印象の方が強く残りました。
それと章が移るあいだに入る訪問された人達の会話文ですが、あれもくどさを覚える原因にもなりました。
タイムリミットが迫りつつ魔理沙の不安がどんどん伝わってきて「どうなるんだろう」と惹きこまれていたところを、すっと現実に戻されてしまい、何度も冷めました。
頭に入りやすい物語だったのですが、以上のことを踏まえると、「楽しめる部分はあったけど面白いと感じられなかった」という評価に落ち着きました。
13.1生煮え削除
全体に丁寧な描写なのは良い面もあったのですが、反面で何が重要な伝えたいことなのか焦点が絞れていなくてわかり辛くなってしまっているように感じました。
中盤の魔理沙がいろいろな所を廻る展開は謎かけみたいで愉しかったのですが、さんざん思わせぶりに引っぱって期待感が相当大きくなったところにあの真相では、期待感に対して真相が絶対的に負けてしまいます。それだけなら少なくともマイナスとはならないのですが、わざわざ杜撰なミスリードを仕掛けているのは完全に失敗だと思います。
霊夢が飛べなくなった原因が魔理沙にあるんだろうなというのは予想できるわけですが、ヒントを与えるキャラクターたちはあたかも魔理沙以外に事件を解決できる人物がいるかのように振る舞っています。それで実は魔理沙でした。となってしまうと、じゃあ魅魔たちは何の理由があって、居るはずの無い人物を探せと魔理沙をけしかけたのか? 結果だけを見ると悪戯に状況を混乱させただけではないか? と読者としては納得がいかないわけです(言うまでもないことですが作者さん自身が納得していても意味が無いです。少なくとも僕は作中に納得のいく理由を見つける事ができませんでした)こういう雑なミスリードを仕掛けてしまうと、読者の気持ちは簡単に離れてしまうものです。読者に興味を失わせるほどのリスクを背負うよりは、いっそのこと謎とせずに早々に答えを提示してしまったほうが物語的には良くなったんじゃないかと思います。魔理沙に原因があることを謎にして伏せることがこの物語に絶対必要な要素だとは思えませんしね。
後半の戦闘シーンは、大雑把に捉えるとスペルの名前と説明描写を交互に繰り返しているだけの単調なシーンに見えて、ちょっと楽しめませんでした。特にかなりの分量で仔細に描かれた情景描写というか説明が、読んでいて異常に疲れるうえに絵が想像しづらくて文字を目で追っているだけの状態になってしまいました。作者さん自身の中で、この戦闘シーンの面白いところが何処なのか、それを伝えるためには何に力点を置いて描写すればいいのか、整理されていないような気がします。的が絞れてないのに量だけ沢山書いてしまうと伝えたい事が埋もれてよくわかんなくなっちゃいますから。
14.7きみたか削除
罠を仕掛けるしょぼくれ霊夢がなんか笑えてしまいました。まるっきり少年漫画のような展開ですが、幻想郷だからそうなのかもと思わせる。ちょっとおもしろい佳作。
15.6名前が無い程度の能力削除
愛する人のために全力で駆けずり回って戦い、最後は石破ラブラブ天驚拳。実に青春マンガ的で熱いです
ただ、ちょっと登場人物たちが熱くなり過ぎて空回りしているというか、事を大げさにしているというか
冗長なシーンも多く、どうも壮大というよりは安っぽさが鼻についていた気がします
ちょっと頭を冷やしてから皆で話し合って解決策を見つけたら?と言いたくなってしまいました
魅魔様が出てきたり、魔理沙が西方での羽魔理沙になったりと、ニヤリとさせられる展開は良かったです
16.無評価削除
嘘のお題には少々苦しさを感じますが、東方愛がすごい伝わってきました
設定やその解釈、原作資料を何度も見返したんだろうなと想像出来ます。
読みやすいし、とても面白かったです。
17.4時間が足りない!削除
最初はすごく良い感じで、お、これは面白そう、と思ったのですが、魔理沙が色々なキャラからアドバイスを受ける辺りから、ちょっと、ん? となってしまいました。とにかく魔理沙へのアドバイスが抽象的で何を言っているのかまったく理解できないので、少し退屈でした。
それからこのお話は、霊夢が飛べなくなった原因というものが、結構なポイントだと思うのですが、そこが私にとってすごく納得できなくて、どうしてもストーリーに乗り切れませんでした。もう少し説明が欲しいなと思います。
18.7K.M削除
序盤のもどかしい感じ、振り回される感じ、いいですね。