第十二回東方SSこんぺ(嘘)

Little Prayer

2013/10/27 23:19:37
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 ――――ねぇ、もう泣かないで。

 ――――大丈夫、私がなんとかするから。

 ――――だからもう泣かないで。

 ――本当?

 ――――うん、本当だよ。

 ――――だから、信じて。

 ――――信じればきっと、何もかもうまく行くんだから。

 ――うん。








 前略、姫海棠 はたて様。

 突然のお手紙に大変驚かれたことかと思います。
 以前に姫海棠様の新聞、花果子念報を私の幻想郷縁起に取りあげさせて頂きたいとお便り致しましたが、それ以来、結局お目にかかる機会はつくれず仕舞いで今日まで過ごしてしまいました。
 お陰様でというか、幻想郷縁起もその最終巻を無事に書き上げることができました。あとは刷り上がって本の形になるのを待ち侘びるばかりです。
 最終巻完成の暁には姫海棠様にも是非取材をして頂きたいと考えています。その時に会える事を、心より楽しみにしております。

 閑話休題。
 まだ一度もお会いしたことのない貴方へこのような手紙を送ることに、なんて厚かましい奴だと貴方は気を悪くされるかもしれません。
 礼を失した恥知らずな行いであることは、私も重々承知しています。
 それでもやはり、私は貴方に頼るしか無いのだと、諦めにも似た心地でこの手紙をしたためています。

 勿体付けるような言い草ばかり並べてしまい御免なさい。いざとなると言いにくいものですね。
 それというのもこの手紙が、姫海棠様に折り入ったお願いをするための便りであるためなのです。

 お願い事を頼むほど親しい間柄でないのは勿論わかっています。ですがそれは姫海棠様を見込んでのことと、寛大な心で容赦して頂けたらと思います。
 また言い訳ばかりだと、いい加減、姫海棠様に呆れられてしまいますね。御免なさい。

 折り入ったお願いというのは、私を殺したのは一体誰なのか、その犯人を姫海棠様に捜し当てて欲しいと、そういった事なのです。

 なお、甚だ勝手ではありますが、この手紙の内容はどうか誰にも打ち明けることの無きよう、よろしくお願いいたします。

草々 


稗田 阿求 






 どうしよう……。
 思いっきり不審な手紙を貰ってしまった。

 差出人はあの幻想郷縁起で有名な、九代目阿礼乙女こと稗田 阿求。もちろん幻想郷で知らぬ者はいない有名人である。
 その有名人からの手紙だけれど、まず書かれていたのは、どうやら幻想郷縁起の最終巻が間もなく完成するので、取材などいかがでしょうかということらしい。
 幻想郷縁起の最終巻というのは、当代編纂の縁起の決定版ということで、つまりもうこれ以上は加筆修正の必要が無いと阿求自身が請け負うということであり、同時にそれは御阿礼の子としての仕事を収めるということも意味する。つまり、これにて引退なわけだ。
 もちろんそんな最終版なのだから、それが完成というのは所謂一つの事件である。毎回多くの新聞記者たちが取材を申し込むわけだけど、それでも実際に取材させてもらえるのはごく一部の天狗だけで、要はコネが物を言うわけだ。
 長い事引き籠もっていたこともあって、悔しいけれど私はこういう面で、文に大きく遅れをとっている。だから稗田 阿求直々に取材にいらしてくださいだなんて、天に昇ってしまいそうなほど嬉しいお誘いである。いままでの努力が報われたのか、それとも運がよかったのか、いまいちよくわからないけど。
 ……そこまではいい。手紙がそこで終わっていれば、きっと私は幸せな夢見心地で居られたのだろう。
 問題は、その後に続く、どうやらお願い事らしい文章だ。




 ――――私を殺したのは一体誰なのか、その犯人を姫海棠様に捜し当てて欲しい。




 私はなにかの見間違いかと読み直し、目をこすり、もう一度読み、深呼吸して、それで再確認してもどうやら読み間違いではないとわかったので、大きく首を傾げた。
 まず思ったのは、稗田阿求が殺されたなんて話は、まだ聞いていないということ。
 つまり、私がまだ知らないだけで、耳聡い人たちはその報せを受けて悲嘆に暮れているのかもしれない、ということ。
 あの稗田 阿求が殺されただなんて大事件である。私もこうしちゃ居られない。すぐに取材に……とそこまで考えて、自分の間抜けさに気付いた。
 考えそのものは間違っていない。もし本当に阿求が殺されたのだとすれば、私の取るべき行動はそれで正解だろう。でも、この手紙の問題はそこじゃ無い。
 問題は、どうやら犯人を捜して欲しいと私にお願いしているのは、殺された阿求当人らしい、ということ。
 いや、らしいなんて曖昧なもんじゃない。何度読み返してもそれ以外の意味が通らない。
 つまり、えっと、稗田 阿求は何者かに既に殺されていて、殺されているにもかかわらず憎き犯人を捜して欲しいと私にお願いするために、この手紙を書いたと。
 うわぁー、ものすごく不審だぁー。死者からの手紙だぁー。
 正直理解に苦しむんだけど、でもなんとか理解しようと頑張ってみよう。つまり阿求は幽霊なんだきっと。そんで幽霊だけど手紙を書いたと。うん有り得……るだろうか? いやきっと有り得る。そうだそうしよう。
 でも阿求が幽霊だとしたら幻想郷縁起完成の話はどうなってしまうのだろう。折角取材のお誘いを受けたのに、阿求本人が幽霊じゃあ、それどころじゃないよね。なんだ糠喜び……。

「お手紙、なにが書かれてました?」
「えっ!?」

 突然声を掛けられて驚いていると、声の主、本居 小鈴がぐいっと顔を近づけてきた。
 ああ、そうだった。そもそも私は新聞のネタ探しに鈴奈庵に来てたんだった。
 外来本をヒントにと、ここしばらく通い詰めてるわけなんだけど、なかなか成果は芳しくなく、でも気さくで人懐っこい店番とはずいぶん仲良くなれた。
 それで今日「阿求からの預かり物です」と小鈴に渡されたのが、この不審な手紙だった。

「あ、あぁ手紙ね。えぇと」

 はたと最後の文面を思い返す。そういえば手紙の内容は誰にも言うなって、お願いされているんだった。

「幻想郷縁起の最終版が完成しそうだから、よかったら取材しますか? っていうお誘い」

 不審な部分には触れていないし、このくらいなら問題無かろう。
 私の苦し紛れの誤魔化しを聞いた小鈴が、途端に目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。

「そうそう、そうなんですよ! 加筆に加筆を重ねて、ふと気付けば阿求の縁起もこれで十七巻目。その幻想郷縁起の最新巻にして最終巻がやっと、ようやっと完成したのです。いやぁ、長かったぁ」
「長かったぁって、なんかその台詞、小鈴ちゃんには似合わないよ」
「え、そうですか」

 まだ二十年も生きていなさそうな子供には、やっぱりどこか不釣りあいな気がする。

「そんなわけで、今日はお店が終わったら出来たてほやほやの試し刷りを阿求に届けて、正真正銘の最終チェックなのです」
「へぇ、もうそこまで話が進んでるんだ」
「あ、そうだ! もしお暇でしたら、はたてさんも一緒に行きませんか? 無事に最終チェックが終わったらちょっとだけお祝いもしちゃおうって事になってるんですよ」
「私なんかが付いていったら、邪魔になっちゃわないかなぁ」
「平気ですよ。それにお祝い事は賑やかなほうが愉しいですし」

 もちろんこの誘いはとても魅力的なもの。縁起完成の瞬間に立ち会うだなんて新聞のネタとして極上なわけだし、たとえ新聞にするのを控えたとしても、やはり歴史的瞬間に立ち会えるのは興味深く、わざわざ断る理由がない。

「じゃあ、ついて行っちゃおうかな」
「行きましょう行きましょう。すぐにお店を片付けますから、ちょっとだけ待っててくださいね」

 そう言いながら、小鈴はぱたぱたと閉店準備にかかろうとする。

「あ、ちょっと」
「はい?」

 私はどうしても気がかりで、そんな小鈴に声を掛けた。

「この手紙なんだけど、これって阿求さん本人から預かったものなの?」
「え、その手紙ですか」

 小鈴は立ち止まって、目を瞬かせる。

「ええ、阿求が直接持ってきました」
「その時、なにか様子が変だったりしなかった? ほら、妙に陰が薄かったり、なんだか生気が感じられないとか、壁をすり抜けたりとか」
「うん? いつも通りでしたけど」

 訝しげに首を傾げて。

「はたてさんも可笑しなこと聞きますね」

 くすりと笑って、小鈴はまた閉店にとりかかった。
 どうやら手紙を小鈴に預けた時には阿求はまだ殺されていなかったみたいだし、幽霊でもなかったみたいだ。
 うーん、謎は深まるばかり。これはでも、だとしたら本人に直接どういう意味なのか訊くのが手っ取り早いか。
 手紙の意味を訊かなきゃわからないなんて、手紙の意味が無いんじゃないかとも思うけど。
 でも、もし。……私は嫌な想像をしてしまった。もしこの手紙を届けに来たときは生きていたけど、私たちが縁起を持って尋ねて行ったら殺されていたりとか?
 いや、まさかそんなことは無いだろうけど。
 それでもこの不審な手紙を眺めていると、なんだか不吉な予感ばかりが拡がっていくようで。
 ……一応、何かあるといけないから黒曜石を呼んでおこうかな。




     ◆




 ゆったりとした客間に、ページを捲る音だけが響く。
 小鈴の手渡した幻想郷縁起の試し刷りを、阿求が真剣な表情で見定めていた。
 ページの一項、文字の一文字にも誤りが無いかと仔細に確かめるその様子に、自然と部屋の空気も真剣なものとなってくる。
 やがて阿求は本をそっと閉じると、ふう、と長い溜息を漏らした。

「内容に間違いはありません、これでお願いします」
「はい畏まりました」

 小鈴がうやうやしく頭を下げ、それに阿求も頭を下げて答える。
 再び顔を上げた小鈴は、満面の笑顔を浮かべていた。

「やっと、やっと完成ね、阿求!」
「ええ、やっと」
「きゃー!」

 抱きついて喜びを表現する小鈴に、抱きつかれた阿求も満更で無い表情を浮かべている。
 結論としては私の心配はどうやら杞憂だったようで。阿求が殺されていることは無かったし勿論幽霊でも無かった。
 じゃああの手紙はどういう意味なのか疑問ではあったけど、そのあたりは後で訊けばいいかな。手紙の内容が内緒なのだから阿求と二人っきりじゃないと訊けないわけだし。

「とりあえず内々ではありますが完成を祝いたいかと。はたてさんもお付き合い願えますか」
「はい? ええ、それはもう。ではお言葉に甘えて」
「美園さん、お願いします」

 美園と呼ばれた女中は阿求の声に答え、お酒とちょっとしたお摘みを運んできた。
 座卓の上に酒宴の準備が整っていく。

「今日は目出度い日です。小鈴もはたてさんも、そして美園さんも一緒に、私の成就を祝ってください」
「堅い事は抜きにして、まずは乾杯ね」
「そうですね、じゃあ乾杯」

 注がれた杯を口に運ぶ。爽やかな口当たりの後に、芳しい薫りが口の中にふわっと広がった。え、ちょっと待って、これ相当いいお酒だ。こんなの天狗の酒宴でも滅多にお目にかかれない。
 隣を見ると、小鈴がきゃっきゃと嬌声を上げて、阿求にじゃれついていた。絡まれる阿求も、穏やかだけれど嬉しそうに笑顔を零している。
 手紙のやり取りはあったものの、阿求と直接会うのは今日が初めてだ。実際に会ってみて感じたのは、ああ本当にお嬢様だなぁという印象。
 幻想郷の誰しもが知っている幻想郷縁起。その編纂をすることが生まれた時からすでに決まっていたわけで、きっと今まで大切に育てられてきたんだろう。
 そして本人もそれに応えられるようにと、そういう生き方をしてきたんだろうなと思う。それはちょっと重荷を背負うようで窮屈な生き方なのかもしれないけど、阿求からはそんな悲壮な感じを受ける事はない。
 だけど目の前で小鈴と戯れている阿求の顔からはそんな阿礼乙女の面持ちは見られず、年相応の屈託の無い笑顔を浮かべている。本当に仲がいいんだろうな。

「小鈴さんがいてくれて良かったです」

 静かにお酒を呑んでいた女中の美園さんが、そう呟いた。きっと私と同じ事を思っているんだろう。

「お嬢様がまだ赤子の頃からお世話させて頂いているのですが、あのような笑顔を見せるのは小鈴さんといる時だけです。お嬢様は本当に良い友達に恵まれました」

 しみじみと語る美園さん。まだ四十にも満たない、年寄りというにはまだ早い年頃に見えるけど、それでも稗田 阿求という人の生まれてからの人生を今まで見守ってきた、その感慨はきっと深いものなんだろう。

「美園さん、今日は湿っぽい話は無しにしましょう」
「そうですね、お目出度い日ですからね。済みませんお嬢様」
「そうだ、折角はたてさんがいらしているのですから、なにか新聞のお役に立てるお話しをしましょうか」

 花が咲いたかのように阿求が切り出した。ああそういえば私、新聞記者だった。うっかり忘れるところだった。

「ええと、そうですね。では幻想郷縁起の編纂を無事に終えられて、今のお気持ちは?」

 新聞記者らしくメモの用意をして、新聞記者らしい質問を向けてみた。
 阿求はしばらく頭の中で考えを巡らせている様子だったけど、やがて小さく頷いた。

「完成した縁起を今日見直したわけですが、ページを繰るたび、文章を目で追うたび、それらの妖怪に話を伺った時の事が鮮明に思い浮かんできました。勿論苦労したこともありますが、私にとって妖怪の話を訊くということは、どうやら愉しい思い出であったようなのです。この縁起は里の皆さんにとっては妖怪の対処法の書かれた実用的な物。しかし私にとっては、思い出の沢山詰まった、私の分身と言っても差し支えが無いような、そんな本なのだと思います」

 穏やかな笑顔で言葉を閉める阿求。
 新聞の記事には正にうってつけの話だけど、場の空気はやっぱりしんみりとしてしまった。

「御免なさい、湿っぽい話は無しにと言っておきながら、上手くいかなかったようですね」
「そうそう、お祝いなんだからもっと賑やかにいかなきゃ」

 歌うように言いながら、小鈴は阿求の杯にお酒を注ぐ。

「ありがとう小鈴」

 そう言おうとした阿求は、激しく咳き込んだ。
 美園さんが素早く駆け寄り、阿求を介抱する。

「お嬢様、お水を」
「大丈夫ですか?」

 苦しそうに咳き込んでいた阿求だったけど、美園の介抱のおかげか、次第に落ち着きを取り戻していった。

「少し熱があるようですね。ここのところ縁起のお仕事で無理をなされていましたから。今日の所は早めにお休みになられたほうがいいです」
「でも……」

 阿求は名残惜しそうに、私たちの顔を眺めた。
 折角のお祝いなのに自分だけ退席しなければならない。きっとそれが悔しいのだろう。

「ねえ阿求、じゃあこうしようよ。私たち今晩は泊めて貰う。阿求がしっかり休んで目が覚めたとき、すぐに会えるようにね。それで阿求が起きて元気になったら、お祝いの続きをしましょう」

 私たち、ということは私も含まれるのだろうか?
 いや特に予定とか無かったから別に構わないんだけど、でもそんな勝手に……。

「だから今日のところは、ゆっくり体を休めて」
「うん、わかった」

 小鈴の説得に応じ、美園さんに連れられて阿求は床に就くことになった。
 美園さんが客間の障子を開くと、だいぶ涼しさを増した秋の風が部屋に入り込む。
 空は厚い雲に被われていて、秋らしい名月を眺めることは叶わない。
 美園さんには気にせず続けてくれと言い残したけど、なんだか興が冷めてしまった。

「うーん、残念ながら月見酒とはいかないみたい」
「龍神様の報せでは晴れの予報だったんですけどね。月が見えないのなら仕方ないです」

 小鈴はそう微笑んだが、あまり残念そうではない。
 さて、とりあえず、と。
 手紙の真意は訊く事ができなかったけど、今のところ阿求は健在のよう。
 内容を口外するなと書かれているのだから、手紙の事を訊くには阿求と二人っきりにならないといけない。今から阿求の寝床に行けばそのチャンスはあるけど、流石に体調の悪そうな阿求を叩き起こすのは可哀想。
 成り行きで泊まっていくことになったのなら、明日にでもそのチャンスはあるだろう、うん。




     ◆




 程なくして美園さんが帰ってきた。

「やはりお疲れだったのでしょう。床に就きますとすぐお眠りになられました」

 美園さんは私たちにお酒のお代わりを持ってきて、改めて席に着くと居住まいを正す。
 どのくらいの時間だろうか。言いようのない沈黙が、部屋に残る私たちを静かに支配していた。
 遠くに鹿威しの響く音が聞こえる。

「とうとう……完成してしまったのですね」

 美園さんが、そうしみじみと呟いた。
 縁起の完成祝いだというのに今日の場があまり盛り上がらないのも、しごく当たり前のことだった。
 縁起の完成と言う事は御阿礼の子の仕事が終わったことを意味する。縁起の編纂を終えた御阿礼の子は、次代の転生のための準備に取り掛かることになる。
 縁起が完成する。それは、阿求の生涯が間もなく終わろうとしている、そのことを意味していた。
 しばらくは縁起完成の報に人里も沸き立ち、阿求も忙しく立ち回ることになるだろう。でも、その喧騒が過ぎたその後には、ただ間近の死を待つばかりの阿礼乙女だけが独り残されることになる。

「もちろん私たちも覚悟はしております。お嬢様が早くに亡くなられることは決まっていることですから。でも、いざこうやって縁起が完成してしまうと、やるせないですね」
「うん……」

 美園さんも小鈴も、それをわかってはいながらも、受け入れる事ができていなかった。

「幻想郷縁起なんて完成しなけりゃいいのにって、私もそう思ったことがある。家の手伝いで縁起を印刷しながら、ああ阿求とのお別れが近づいているんだって、凄く悲しくなったこともある。でも、当の阿求は本当に真剣で、まっすぐ縁起のことばかり見ていて。そうしたら私も、完成しなきゃいいだなって思っちゃいけないよね。阿求と一緒に喜んであげなきゃいけないよねって」

 泣きそうな顔で呟く小鈴の言葉を、美園さんが継ぐ。

「お嬢様はよく頑張りました。まだほんの乳飲み子だった頃から今日まで、直向きに縁起に取り組んでいました。阿礼乙女というのは本当に縁起を編纂するためだけの生涯なのです。見ている事しかできなかった私ですが、お嬢様を不憫に思ったことも一度や二度のことではありません」

 美園さんは縁起にそっと手を掛けた。

「でも、お嬢様の仰ったとおりですね。縁起は、お嬢様が生涯を賭けて形にしたもの。これは、お嬢様なのです。立派に成し遂げたのですから、喜ばないわけにはいきませんよ」

 その言葉に小鈴も頷く。
 阿求と初めて会った私にはわからないけど、きっと二人には阿求と過ごした掛け替えのない時間がある。それはあまりにも大切で、だからあまりにも重く、この先の阿求の居ない時間を受け入れがたくする。……わからなくても、そのくらい私にも想像できる。
 共有すべき阿求の喜びと、それに続くはずの悲しみと喪失感。
 小鈴と美園さん、二人の間に言葉は無く。
 しみじみとした沈黙が長く続いた。

「きゃああああああ」

 その沈黙をぶち壊すかのよう、か細い悲鳴が聞こえてきた。
 私たちは顔を見合わせる。

「今の、阿求!?」

 なにかが起こっている。それに気付いて、障子を開けて廊下に飛び出す。
 廊下は暗く、目的地はおろか目の前すら見通せない。
 いや、初めてここに来る私にはどのみち行き先はわからないんだけど。
 とにかく、阿求とおぼしき悲鳴はもう聞こえなかった。
 美園さんの用意した行灯を、小鈴が掲げる。

「こっちです」

 逸る気持ちを抑えて、行灯の仄かな灯りに照らされた廊下を、私たちは慎重に歩く。




     ◆




 廊下は途中で直角に折れた。
 微かに水の音が聞こえる。池だろうか? するとこの廊下は橋ということか。
 間もなく、阿求のいる離れに辿り着く。離れといっても、人里のちょっとした家とそう変わらない大きさだった。

「阿求、大丈夫?」

 障子越しに小鈴が声を掛ける。しばらく待ったが返事は無い。

「入ってみましょう」
「うん」

 障子を開き、小鈴を先頭にして離れに立ち入る。
 恐らく阿求の寝室なのだろう。行灯の明かりに畳が映る。
 注意深く進む小鈴の掲げた行灯は、やがて寝間着姿の小柄な人影を照らし出す。
 布団は撥ねのけられていた。
 最初私は、それが赤い寝間着なのかと思った。
 しかしそれは、真っ赤な血に染まった白い長襦袢だった。
 そして、私もすぐそれに気付いた。
 その寝間着姿には……頭がなかった。

「あ、あああぁぁぁっ!!」

 小鈴が力の限り、悲鳴をあげる。
 行灯を取り落としそうになり、へたり込む。
 咄嗟に支えようとしたけれど、小鈴は何かに躓いてしまう。
 行灯にそれが照らされる。
 小鈴が躓いたのは、驚きの表情を浮かべた阿求の……頭だった。

「ああっ、あきゅ、阿求。ああああああぁぁぁ!」
「ひ、人を呼んできます!」

 美園さんの上擦った声と、廊下を走り去る音が聞こえた。
 小鈴は取り乱し、悲鳴と啜り泣きを繰り返している。
 床に落ちた行灯の火は消えておらず、それだけだ不幸中の幸いだった。
 私は腰の小刀をいつでも抜けるように用意し、行灯を手に取る。
 客間からこの離れまでは目と鼻の先だ。私たちは阿求の悲鳴を聞きつけてすぐここに来たのだから、阿求を殺した何者かはまだここに居る可能性がある。
 慎重に、行灯で部屋を照らしていく。見たところ寝室に人が隠れられそうなところは無さそうだ。奥の部屋に続くのと、押し入れと、二方向に襖がある。
 開け放たれたままの障子の向こうに、美園さんを先頭にした人だかりができていた。

「お嬢様、いかがなされた!」
「こ、こりゃ大変だ!!」
「誰か、誰か医者を」
「阿呆、医者なんか呼んでも助からねぇ!!」

 部屋に入ってきた稗田の家の者は阿求の惨状を見て、一気に混乱に陥った。

「静かに!!」

 たまらず私は声を荒げる。

「まだ犯人がすぐ近くにいるかもしれない。男の人、二人はその押し入れを調べて! 返り討ちにあわないようよく注意して。あと一人、こっち来て私を手伝って!」

 指示を聞いた若い男を襖に付かせる。

「合図したら襖を一気に開けて、開けたあとは陰に隠れて」

 小刀の柄をしっかり握りしめる。

「いい? 三…… 二…… 一…… 今よ!」

 襖を一息に開け放ち物陰に隠れる。出会い頭の攻撃は無し。一呼吸置いてから行灯で中を照らす。
 寝室から続くその部屋は阿求の書斎だった。十畳ほどの部屋で、壁は本棚に占有されている。それらの本棚に収められていたと思われる本が床に散乱しており、足の踏み場も無い。
 人が隠れていないことも、何者かにひどく荒らされたことも、一目で把握できた。

「こっちの部屋には誰もいないわ」
「押し入れにも誰も居なかった」

 私の声に答えるように押し入れを調べていた人から声がかかる。
 そしてその意味が理解できると、寝室に動揺が走った。

「待てよ、じゃあお嬢様をこんなんにしちまった奴は、どこに逃げたんだ?」
「寝室にも書斎にも押し入れにもいないんだから、廊下?」
「廊下は行き止まりだ」
「じゃあ、母屋の方に逃げたんでしょ」
「そんなはずは無ぇ。俺たちはお嬢様の悲鳴を聞いてすぐに来たんだが、途中怪しい奴とはすれ違わなかった。母屋に逃げたってんならどこかで鉢合わせになるはずだ!」

 その男の言う事は尤もだった。
 母屋の端は私たちのいた客間で、そこから離れまではたぶん一本道だ。左右は恐らく池だろう。そちらに逃げれば水音を誰かが聞いているはず。
 そして離れのどこにも犯人がいないとなれば、犯人は消えてしまったことになる。……空を飛んで逃げたんじゃなければ。
 私は廊下に出て、鋭く口笛を吹く。
 それに応じて、空から一羽の烏が降りてきた。

「この黒曜石は私が雛から育てた使い魔で、闇に慣れさせているから夜目も利きます。……ちょっといろいろとあって、空から見張らせていました」
「客人、あんた天狗様だったのか」

 驚いた男に頷いて、私は続ける。

「もし阿求のいる離れに何者かが出入りしたのなら黒曜石がそれを目撃しているはず。空を飛べばあなたたちとすれ違わなかったでしょうけど、この烏に見られていたということ」
「ソウイウコトダナ」

 突然しゃべり出した黒曜石に、周囲は驚きの反応を示す。

「ナンダヨ、天狗ノ使イ魔ナンダカラ喋レタッテ可笑シク無エダロウガ」
「それはいいから。で黒曜石、この離れに誰か出入りしたか、何者か逃げ出したりしなかったか、あなたは見てたのよね、どう!?」
「アア見テタゼ。コノ小サイ家ニハ誰モ入ラナカッタシ誰モ出ナカッタ。空カラハナ」

 念のためと私に呼ばれ、稗田の家を空から見張っていた黒曜石。
 何者かが空から来襲することを警戒してのことだけれど、その黒曜石は、空からの出入りは無かったと告げている。
 つまり、阿求を殺した何者かは。
 部屋に隠れたわけでも無く、廊下から逃げたわけでも無く、池に逃げたわけでも無く、空に逃げたわけでも無い。
 そして姿を見せることも無く、なのに阿求を確実に殺して、どこかに消えてしまったということになる。




 ――――私を殺したのは一体誰なのか、その犯人を姫海棠様に捜し当てて欲しい。




 阿求に貰った手紙の内容を思い出してしまい、口の中に苦い物が広がっていくような気がした。




     ◆




 人里は阿求が殺されたらしいという噂で持ちきりになった。
 私はその場に居合わせた訳なんだから新聞記事として絶好のネタを掴んではいるんだけど、流石にそんな気分にはなれない。
 葬式は稗田の縁者のみでひっそりと行われたらしい。私は参列しなかった。
 小鈴は塞ぎ込んでるみたいで、鈴奈庵も休業中だ。
 無二の親友のあんな無残な最後を見てしまったのだから、それも仕方が無い。
 首の無い阿求の亡骸を思い出してしまい、いたたまれない気持ちになる。
 今日も、鈴奈庵の暖簾は下りたままだ。

「おお、こんな所に居たのか」

 不意に声を掛けられて振り向くと、そこには着物姿の眼鏡女が立っていた。
 古狸の二ッ岩 マミゾウ、知らない顔じゃ無かった。
 人を化かしてからかったり強引に酒に付き合わされたりするが、根は悪い奴じゃない。

「さぁ、グズグズしとる暇は無い、行くぞい」
「えっ、な、何!?」

 マミゾウは私の手を引っ張ると、暖簾の掛かっていない鈴奈庵の引き戸を無造作に開け、無遠慮に中に入っていく。
 入り口の鈴がチリンと鳴った事に、小鈴が何事かと顔を見せる。

「あ、マミゾウさん……」
「はたてを連れて来たぞい」

 小鈴にいつもの跳ねるような元気は無く、泣きはらしたのか目の周りが赤い。私はどんな言葉を掛けるべきかわからず、会釈だけで目を逸らしてしまう。小鈴も力なく項垂れる。

「ほれ、お前さんら、もっとシャンとせんかい! 落ち込んどる暇があったら頭を働かせるんじゃ。やることをやった後で、気が済むまで落ち込めばいい」

 そう言ってマミゾウは私の背中を小突いた。
 なにがしたいのか知らないけど、この狸はデリカシーが無さ過ぎる。
 私はマミゾウを無言で睨み付けた。

「お前さんら、むざむざ阿求を殺されて、このまま黙って引き下がるつもりなのかい? それで悔しくは無いのか?」

 小鈴は、黙って俯いたまま。私は、なんだかちょっと腹が立ってきた。
 でもそれは目の前の狸に対してじゃない。

「……どうしろって言うのよ」
「決まっておろう! 阿求を殺した不届き者を捕まえるんじゃ。儂らでな!」




     ◆




 私だって勿論、黙ってるつもりなんて無かった。
 すぐ近くにいながら阿求をあんな殺され方をして、しかも犯人がいつどうやって来てどう逃げたのかも不明なまま。こんな上等決められて黙ってるほど私はお人好しじゃ無い。
 それに不可解だけど、阿求の手紙の事もある。こんな状況になって、あれを無視するだなんてこと出来る筈が無い。
 鈴奈庵のソファーに座り、三人でテーブルを囲む。
 マミゾウに押し切られる形にはなるけど、私にとってはいい機会でもあった。

「粗方の状況は事前に調べてあるがの、やはり当事者の意見も重要じゃて」

 マミゾウは一人で大袈裟に頷く。

「はたてよ、率直に訊くが犯人は誰じゃと思う?」

 私は無言で、鞄から取り出した紙束をテーブルに置く。そこには阿求を殺すことが可能でありそうな妖怪のことが纏められている。
 あの夜以来、何事にも手が付かなかった私は、幻想郷中の妖怪を調べることに没頭していた。あの状況、つまり、一本道の廊下で稗田の人間の誰ともすれ違わずに、更に空からの監視にも見つからずに阿求を殺して逃げる。そんな事が可能なのは妖怪に限られる。
 壁抜けの仙人に瞬間移動の妖精にと、候補はいろいろ挙がったもののいまいち絞りきれないのが現状ではあったけど。
 その私の資料をざっと見たマミゾウは、ふむと小さく頷く。

「よく調べられておる、感心じゃ」
「まぁ、これでも新聞やってるしね」
「それで、こいつらがそういう不可思議な犯行方法を選んだ、その理由はあるのかいの?」

 マミゾウの言葉の意味するところが直ぐにはわからなかった。阿求を殺した動機のことだろうか?

「つまりな、ただ阿求を殺すだけならばどうとでも出来る。じゃが犯人は稗田の人間からも空の烏からも見咎められないように、わざわざ手間のかかる殺し方をとっておるわけじゃ。それに理由はあるのかと訊いておる」
「そりゃ誰にも見つからずに殺すためでしょ?」

 後先を考えないのなら確かにどうとでも方法はとれるだろう。しかし殺害後も普通に生活を送りたいのなら、つまり自身が犯人だとバレたくないのなら、誰にも見つからずに殺して逃げることは必要条件になるだろう。

「ふむ、もう少しよく考えてみるんじゃ。稗田の人間に見つからないように、これは当然じゃな、それはいい。しかし空を飛ぶお前さんの烏、これはどうじゃ? 今からこっそりと阿求を殺そうとする。人間達の動きの少ない夜中じゃ。幸いな事に月の明かりも届かない。空には烏が一匹飛んでおる。さて、……犯人はこの烏を警戒するかの?」
「警戒、しないでしょうね」

 マミゾウの言いたい事がようやく理解できた。
 私は当然だけど、黒曜石が阿求を見張っていたと知っている。私が見張っていたのだから。でも犯人からすれば、闇夜に烏が飛んでいるだけのこと。それを見張りだと警戒するだなんて……いや普通は警戒しないだろう。烏なんて珍しいものじゃないんだし。
 つまり、マミゾウがこれから何を言い出すのか、私には予想できてしまった。

「空に烏が飛んでいたとしても儂なら無視するわな。烏を無視するのなら誰も見張りはおらんってことになる。廊下を歩くのはいささか危険かもしれんが、空を飛んで離れに行くのは問題なかろう。わざわざ能力を使う必要が無い」

 そう、マミゾウの言う事を正しいとするのなら、犯人はわざわざ使う必要の無い能力を使っているということになる。
 なにかその能力を使う事に他の理由があるのなら筋は通るものの、今までの状況で、その理由を断定できそうに無い。
 しかし、恐らくマミゾウも気付いているだろう。ひとつの可能性に。

「実はな、儂には犯人の目星が粗方付いておるんじゃ。空を飛ぶはたての烏を無視するのなら犯人が空を飛んでこなかった事への説明がつかない。じゃが、はたての烏を無視しなかったとしたら? 言い換えれば、あの烏を空からの見張りじゃと看破できていたとしたら? それなら筋は通るわな」
「つまり、犯人は何かしらの方法で、私の烏が天狗の使い魔だと見破ったと」
「わざわざ話を混ぜっ返さんでもよかろう。無造作に飛ぶ烏を見て天狗の使い魔だと見破るなんて、烏天狗にしかできんじゃろて」
「あんた、阿求を殺した犯人は烏天狗だって言いたいの」
「うむ、そうじゃな」

 信じたくは無いけれど、マミゾウの推測には説得力があった。
 空の見張りをかい潜るには、それが空の見張りだと気付いていなければならない。烏天狗ならば、烏を見て使い魔だと判別することも可能、いや烏天狗以外には無理だろう。

「わかったわ、じゃあ犯人は烏天狗だったとしましょう。でも私たちは瞬間移動も壁抜けもできない。烏を使い魔だと見破ってもその先が無いわ。不可能よ」

 見張りがあれば空を飛んで逃げることもできず、空を飛べなければ稗田の人間とすれ違わずに逃げることもできない。烏天狗には無理な犯行だ。
 マミゾウは僅かに笑みを浮かべた。

「阿求はたしか首を落とされて死んでおったそうじゃが、それに間違いは無いな」
「ええ確かよ」

 小鈴が膝に置いた手をぎゅっと握りしめる。

「犯人は使い魔に見張られておることに気付いた。空を飛んで離れに侵入することは叶わん。そこで犯人は鎌鼬を遣うことにした。自分は見つからない安全なところにいながら使い魔を忍び込ませる。鎌鼬なら人間の首を刎ねるなんぞ雑作も無いことじゃろうて」

 烏天狗の中には鎌鼬を使役している者も、確かにいる。犯行が可能かと言われれば、恐らくは可能だろう。鎌鼬は神出鬼没な使い魔だ。用が済んだら消えてしまえばいい。
 でも、鎌鼬を遣う烏天狗……私は一人の天狗を思い浮かべた。それはあまり信じたくない想像だった。

「それに加えて人里の地理、もっと絞れば稗田の屋敷の間取りに精通した者で無ければ犯行は難しいじゃろうな。当てずっぽうで鎌鼬が動いておったのなら、もっと大騒ぎになっていたじゃろうて」

 阿求がどこで寝ているのか知っていなければ、誰にも見つからずに犯行を成し遂げることは難しいだろう。
 阿求の家に詳しく、鎌鼬を遣う、烏天狗。その条件を充たす人物を、私は一人しか知らない。

「……文が阿求を殺したって、そう言いたいの?」
「そうなるな」

 その言葉に、小鈴がびくっと身を震わせる。
 私は自分を抑えることができなかった。テーブルに手を叩き付け、立ち上がる。

「ふざけないでよ! 何で文が阿求を殺さなきゃいけないのよ!! そんなことする理由が文にあるわけないじゃない!」
「ふぉっふぉっ。お前さんのそれは感情論じゃ」
「だったら、文が阿求を殺す理由を、文の動機を説明してみなさいよ!」
「無理じゃ」

 マミゾウの言葉は短く、鋭かった。

「射命丸がなんで阿求を殺す必要があったかなんて、そんなの調べんとわからんぞい。本人に訊けば簡単だろうが、捕まらんじゃろうな」
「そんないい加減な憶測で捕まえるだなんて無法もいいとこよ!」
「……お前さん」

 マミゾウは、挑むような目付きで私を見上げた。

「もし射命丸に、阿求を殺す理由があったんなら、あ奴が犯人だと受け入れられるか?」
「そりゃ……」

 狡い答えだけど、その時になってみないとわからない。
 躊躇する私に、マミゾウが暢気な笑いを向ける。

「真相がどうなのかは儂にも保証できんが、お前さんが射命丸を信じてやりたいのなら、お前さん自身で射命丸に阿求を殺す理由が無かったと証明してやればいい」
「そんな簡単に言うけどさ!」

 どうやって証明しろと。

「阿求の書斎は何者かに荒らされておったな。恐らく阿求を殺した犯人が、なにかを探していたんじゃろう。その探していたものが何なのかわかれば、それが動機にはならんかの?」

 書斎を荒らした犯人と阿求を殺した犯人が別人だとは考えにくい。二つの犯行が偶然同時に行われただなんて、まず有り得ないだろう。
 だとしたら犯人の目的は書斎にあったと考えるのが自然だけど。

「だけど犯人は書斎を探して、目的を達成してるかもしれないじゃない。そうなったら書斎を探すのは無駄だわ」
「犯人は目的を達成しとらんと、儂は考えておるんじゃがの」

 私の顔を伺うように、マミゾウは言葉を続けた。

「これは想像の域を出んのじゃが、もし犯人の目的が阿求を殺す事では無く、書斎にある何かを入手することにあったとしたなら、こんな想像が成り立たんかの。犯人は阿求の書斎に忍び込んで目的の物を探しておった。しかし探し物は見つからず阿求に見咎められてしまう。阿求に悲鳴をあげられて、やむなく犯人は姿を見られた阿求を殺して逃げた、と」

 マミゾウの言う想像が当たっていれば、確かに犯人は目的の物をまだ見つけていないことになる。
 これは、信憑性のありそうな話だろうか? 私は慎重に考えて、そして結論を出した。

「阿求の書斎を、調べてみるわ」
「うむ、儂は射命丸の身辺を調べてみるわい。お前さんが探ったのでは警戒されてしまうからの」
「あの……」

 それまで黙っていた小鈴が、おずおずと口を開く。

「私も阿求の書斎に行きます。いえ、連れてってください」
「小鈴ちゃん……」
「私、阿求をあんな目に遭わせた人を許せない。犯人がわかってそれでどうするか私にもわからないけど、でも、じっとしていられないんです」

 小鈴の言葉は、痛々しく私に届いた。

「わかった、じゃあ行こうか」
「はい!」

 私たちは休業中の鈴奈庵を後にした。




     ◆




 あんなことがあったというのもあり、阿求の家は物々しい空気に包まれていた。
 人里の名家で殺人事件、しかもうら若き令嬢が殺されたとあっては、平和な日常に戻るのは難しいのだろう。
 私たちは美園さんを頼って阿求の離れまで案内してもらうことにした。
 夜の印象とは違い、板張りの廊下から見える庭園は荘厳ながらもどこか落ち着いた風情があり、こんな用件じゃ無ければきっと穏やかな気持ちで楽しめたことだろう。
 離れへと続く廊下はやはり橋となっており、真下の池では色鮮やかな錦鯉が悠然と泳いでいる。
 美園さんが静かに障子を開ける。
 阿求の寝室は流石にあのままとはいかず、綺麗に掃除して整えられていた。
 妙にがらんとした印象に不気味さを感じてしまうのは、あんなことがあったからだろうか?
 続く書斎は手懸かりになると判断されたのか、あの夜のままの状態が保たれていた。
 本棚にあるべき書物が散乱して床を埋め尽くしていて、足の踏み場も無い。

「犯人はなにかを探していて、それが何かを探り当てるだなんて、一体どうすればいいのかしらね」

 私たち自身がなにか目的があって、それを書斎から探すのならわかる。手間暇を惜しまなければ、まぁ見つかることだろう。
 しかし、何を探していたのかを当てるだなんて、およそ無理難題のような気がしてきた。

「うーん、犯人が見つけられなかった何かを、私たちが見つければいいんでしょうか」

 それにしたって、何を探しているのかが不明では相当難しいんじゃないかと思う。

「とりあえず少しでも目星を付けましょうか。まず犯人は書斎を探した。ということは犯人の探しているものは書斎にあるものだ」
「すると、本でしょうかね」
「本は有力でしょうね」

 無造作に床に散らばっている本の山を眺める。
 さすが幻想郷縁起の編纂者といったところだろうか。古今東西の伝承や妖怪に纏わる本、風俗、民族史、言語学、四方山な雑学など、種類も量も非常に多岐に亘る。

「次に、ここが阿求の書斎だということを考えてみる。阿求、つまり阿礼乙女の書斎に、犯人は用があったんじゃないかしら」
「阿礼乙女というと、幻想郷縁起ですか?」
「そうなるわね」

 阿礼乙女の著作は幻想郷縁起に限るわけでは無いけど、既刊については考慮に入れる必要は無いだろう。

「今の時期をもし狙ったのなら、幻想郷縁起の最終巻が犯人の目的なのかも」
「そうでしょうか?」

 小鈴は不思議そうに首を捻る。

「縁起が目的だとしたら、狙うのは阿求じゃなくて私の家になりませんかね。だって阿求が縁起を脱稿したというのは新聞でも報じられていますし」
「じゃあ、没になった原稿が狙いだったとか」
「それもどうでしょう。没原稿を手に入れたとしても、もう縁起は家に入稿された後ですからね。あまり価値があるとは思えません」

 どうやら幻想郷縁起を足掛かりにするのは上手くいかなさそうな様子。
 なにかヒントは落ちていないかと私はもう一度、本の山に視線を走らせる。
 順に眺めるうち、視界の端に奇妙な違和感を覚えた。

「これは、手紙?」

 部屋の一画に、手紙が折り重なって散らばっていた。抽斗に収められていた手紙を、犯人がぶちまけて探した跡なのだろう。

「それ!」
「ん?」
「それですよはたてさん! 犯人の探していたものは手紙だったんですよ!!」

 成る程、言われてみれば。
 犯人が本を探しているのなら、抽斗の手紙になんて興味を示さないはず。でも抽斗の手紙を調べているということは、犯人がなにかしらの手紙を探していた可能性は高い。
 そして本棚の本を乱暴に捜索しているのも、本に挟まっているかもしれない手紙を探していたのだとすれば、筋が通る。
 犯人の探していた手紙……もしかして。

「私が阿求にもらった手紙?」
「それは違うと思いますけど。縁起の完成を報せる内容だったんですよね」

 内容を口外するなと書かれた不審な手紙だったけど。でも思い返してみても、犯人の興味を引きそうな内容じゃないな。

「でも、うん、その可能性もあるかな」
「なに、なに?」

 考え込んで勝手になにか納得している小鈴に、思わず詰め寄る。

「いえ、犯人の探している手紙がこの書斎に無い可能性です。あの日、阿求がはたてさん宛ての手紙を私に預けた。それと同じように手紙が書斎以外の場所に移されていたとしても不思議は無いですよね」
「書斎以外って」

 探し物の手紙は書斎の外に移された。それを移したのは阿求自身だと仮定する。もし他の誰かだったらお手上げだ。
 ならば、あの日の阿求の行動を追えば、手紙の所在も明らかになる、のか?

「実は、ひとつだけ心当たりがあるんですよ」
「本当!? 小鈴ちゃん!」
「はい。当たってるかどうかは、わかりませんけど」

 小鈴はにこやかな笑顔を作った。




     ◆




「あの日阿求が持ってきたのは、はたてさん宛ての手紙だけじゃなかったんです。というか、家に本を返すついでに手紙を持ってきた、そう思ってました」

 小鈴の心当たりに、私たちは鈴奈庵に帰ってきていた。
 阿求は手紙と一緒に鈴奈庵に本を返している。それ以外の行動は不明だけれど。
 もし阿求が私たちになにかを伝えたいのなら、返却した本になにかを遺しているかもしれない。それが小鈴の思いついたことだった。
 返された時のまま未整理の本を、小鈴はぱらぱらと調べる。やがてそのうちの一冊で手を止めた。

「どうやら当たりのようです。手紙ですね」

 桜色の封筒に収められた手紙、それが返却された本に挟まっていた。

「開けますよ」
「うん」

 書かれていた内容は簡素なものだった。




 ――――私になにかあった時は、慧音さんを尋ねてください。探し物の件と言えば伝わります。




「慧音さんって、あの寺小屋の先生だっけ」

 何気なく隣を見る。
 小鈴は手紙を見詰め、目に涙を溜めて肩を震わせていた。

「これ……阿求の…………遺書、ですよね」
「……うん、そうだね」

 震える肩にそっと手を置いた。
 小鈴は私に身を預けると、静かに嗚咽を漏らした。




     ◆




「落ち着いた?」
「大分楽になりました。……ごめんなさい」
「ん、大丈夫。じゃあ行こうか」
「はい」

 小鈴と共に鈴奈庵を出る。
 人里の往来はいつもと変わらず、どことなくのどかな風情を感じさせてくれた。
 慧音の営む寺子屋までは二十分ほどの道のりで、今から行けば丁度授業が終わる頃に辿り着けるだろうと、小鈴が説明してくれた。
 のんびりと歩きながら私は考える。
 慧音と直接会ったことは無いけど、幻想郷縁起や文の新聞などでどんな人物なのかはおおよそ知っている。
 人里で殆ど慈善事業のような寺小屋を開いていること。幻想郷の歴史を編纂していること。里の自警団にも積極的に協力していること。満月の夜に姿を変える半人半妖であること。阿求との交流も盛んであったこと。
 人里の名士である彼女が阿求の相談相手として打って付けだったことは、想像に難くない。
 しかし、それらの書物から得られる情報では、慧音の人柄まではわからない。

「ねぇ、慧音さんってどんな人なの」
「どんな人かというと、うーんそうですねぇ」

 小鈴は顎に手を添えて考え込む。

「礼儀作法や躾には厳しい人ですね。寺子屋の宿題を忘れたりすると厳しいお仕置きが待っていました。でも、根はとても優しい人ですよ」
「ふーん、小鈴ちゃんも寺子屋に行ってるの?」
「いえ今は流石に行ってませんが、小さい頃は通ってましたよ。慧音先生にも大変お世話になりました」

 寺子屋を卒業した小鈴が未だに慧音先生と呼ぶくらいなのだから、子供達に慕われているんだろうな。

「凄く小さい頃は、慧音先生みたいになりたいって憧れてたことも……」

 不意に、空気の切り裂かれる音が聞こえた。
 いや、それは音といえるほどはっきりしたものじゃなく、きっと私が天狗だから感じ取れただけの、そんな僅かな違和感。
 でも私はその違和感に覚えがあった。

「危ない、伏せて!」
「えっ!?」

 言うと同時に私は小鈴を突き倒す。驚いた表情の小鈴と私が絡まるように地面に倒れた直後、往来の脇に積み立てられていた桶が音を立てて切り倒された。
 丁度、小鈴の首があった位置だ。

「え、なっ、何!?」

 小鈴は状況が呑み込めないのか、尻餅をついたまま動こうとしない。説明してる暇は無さそう。
 私は小鈴を抱きかかえると、できる限りの速度で低く飛んだ。
 人の通りの少ないところを選んで飛ぶものの、私たちが通り過ぎるたびに往来の人たちは驚いて何事かと騒ぎ出す。
 後ろを振り返ると、やっぱり付いてきてる。
 不意打ちで小鈴の首を狙った、鎌鼬。
 しかもあれは文の遣ってる鎌鼬だ。名前は確か鬼斬丸。見覚えがあった。

「はたてさん、私たちあの妖怪に追われているんですね」
「ええそう。追いつかれたら命が無いわ」

 文の鎌鼬が私たちを狙っているということは、やっぱりマミゾウの言うとおりに文が犯人だってことだろうか? 阿求を殺したのは、文? 信じたくは無いけど。
 私は腰の鞄から手探りで携帯カメラを取り出した。相手が鎌鼬なら、撮影して消してしまえば暫くの時間稼ぎになる。
 速度を落とさず背面で飛んで携帯を構える。
 鎌鼬は射線を避けるよう急な動きで回避を繰り返す。
 だめだ、動きが速すぎてファインダーに収まってくれない。

「くそぅ」
「あの、私は大丈夫ですから上に逃げてください」
「それは駄目」

 さっきから狭い人里の往来で人を避けながら飛んでいるけど、それも考えがあってのこと。

「空に出たら文から直接襲われる。小鈴ちゃんを庇いながらじゃ文には敵わない。あいつは私たちを空に燻り出すために追ってるのよ」

 勿論、小鈴を措いて逃げるなんてできない。
 さてどうしたものか……。

「あ、慧音先生」

 鮮やかな青色の服を着た女の人のとすれ違った。
 相手も私たちの事に気付いたのか、何か私たちに言っている様子。

「右に曲がれ!」

 不意に耳に届いたその言葉に、私は考えるより先に体を動かした。
 目の前の十字路で一気に方向転換。右の路地に滑り込む。
 曲がった路地の先に頑丈そうな白い塀が見えた。

「行き止まり!?」

 どうしよう、もう引き返す余裕も無い。万事休す。
 もう上に逃げるしか……。
 後ろを振り返ると、さっき曲がった十字路を鎌鼬が、何事も無かったかのように真っ直ぐ通り過ぎていくところだった。まるで、私たちのことが見えないかのように。

「え、どういうこと」
「わかりません」

 思わず小鈴と顔を見合わせる。
 私たちが曲がったことは鎌鼬にも見えていた筈だ。そのくらい距離は詰まっていた。
 しかし鎌鼬は私たちを追う事無く素通りしていった。

「おーい、大丈夫か」

 慧音が十字路を曲がりながら私たちに声を掛けた。

「咄嗟のことなので心配だったが、どうやら大丈夫なようだな」

 この人が何かをしたから、鎌鼬が素通りしたのだろうか。

「貴女たちが右に曲がったという歴史を消させてもらった。あの追っ手の妖怪には、貴女たちが煙のように消えてしまったように見えることだろうな」

 そう言って慧音は、私に微笑みかけた。




     ◆




 招かれた慧音の家は、主の性格を表すかのように清潔で居心地のよさそうな家だった。
 楚々とした仕草でお茶を出されてしまうと、こちらまで背筋が伸びる思いだ。
 静かすぎる部屋に、私と小鈴がお茶を啜る音だけが響いていた。

「なにやら物騒なものに追われている様子だったので、思わず助けてしまったが」
「はい、おかげで助かりました」

 小鈴が晴れやかな笑顔を見て、慧音が安堵の表情を浮かべた。

「迷惑でないのなら良かった。ところで、そちらの貴方は確か私とは初対面だったかな」

 ああ、そういえば挨拶がまだだったっけ。

「姫海棠 はたてです。新聞記者をやっています、初めまして」
「姫海棠、ああ花果子念報の」
「え、知ってるんですか!?」

 私の新聞を知っているなんて人、初めて見た! 思わず驚きの声を上げてしまい、我ながら情けなくなってくる。
 慧音は、少し険しい表情で。

「阿求から聞いていてな」

 と続けた。
 気まずい沈黙が下りる。

「実は、その阿求のことで今日は先生を尋ねてきました」
「阿求のことで、私を?」

 小鈴はいままでの経緯を掻い摘んで説明し、阿求の遺した手紙を慧音に見せた。
 慧音は阿求の手紙を真剣な面持ちで見詰めると、小さく溜息を吐く。

「折角尋ねて来たところ悪いが、私にはさっぱり心当たりが無い」
「そんな!?」
「済まんな、力になれなくて」

 慧音のそれは全く想定外の反応だった。
 阿求の遺した手紙から、慧音に会えさえすれば謎が綺麗に解かれるものと期待していただけに、失望も大きい。
 勿論、私たちが勝手に期待していただけなのだし、慧音に非は無いのだけれど。
 小鈴が縋るような目で私を見詰める。そんな目で見られたところで、私にもどうしたらいいのかなんて判らない。

「知らないんなら仕方ないよ。小鈴、行きましょう」
「でも……」
「あ、悪いが小鈴、少し待ってくれ」

 慧音に呼び止められ、小鈴はきょとんとした顔をする。

「使い走りのようで悪いが、お前の店で借りた本をついでに返しておいて欲しい。直ぐに用意するからしばらく待っていてくれ」
「はぁ、それは構いませんけど」

 部屋を後にした慧音は間もなく帰ってきて、不思議そうな顔をする小鈴に一冊の本を預けた。
 何か実用書の類いだろうか。さほど大きくも厚くも無く、どこにでも有り触れていそうな本。小鈴はその本をぱらぱらと捲り検品すると、納得したのか小さく頷く。

「確かに承りました。またのご利用を心よりお待ちしています、ありがとうございました」
「うん、がんばれよ」
「はい!」

 小鈴の返事は不自然なほど明るかった。




     ◆




 頼りにしていた慧音が空振りに終わって、私たちは途方に暮れて人里をとぼとぼと歩いていた。
 文に狙われているのだからこんな所で無防備を晒している場合じゃないんだけど、それより手懸かりが潰えてしまった失望感のほうが私には大きかった。
 これからどうしたものか。あてもなく歩いていると、後ろで小鈴がふと足を止めた。

「はたてさんはたてさん、私、餡蜜が食べたいです」

 小鈴が指差すのはこぢんまりとした甘味処。この状況で言うに事欠いて餡蜜が食べたいですかこの鈴娘は。

「あのね、今そんなことしてる状況じゃないでしょ!」
「じゃあどんなことしてる状況なんですか?」
「どんなって、そりゃ……」
「はたてさんは今からどこに向かうんですか?」

 どこに向かうか判らないから困ってるんじゃない。と言ったら負けのような気がした。

「まぁまぁ、いいからいいから」

 小鈴に手を引かれ私たちは甘味処に入る。強引に押し切られる形で。
 テーブルに着き「餡蜜二つ」と注文すると、小鈴はおもむろに顔を近づけてきた。

「このへんで状況を整理しておきましょう」

 なんだ、やる気はあるんだ。

「まず、私たちは射命丸さんに命を狙われています。狙われているのが私かはたてさんかは不明ですが」
「うん」

 鬼斬丸の一撃は小鈴の首を狙っていた。私が咄嗟に突き倒さなければ、小鈴の首は胴体と離ればなれになっていたはずだ。
 文が私たちを狙っているというのも正直私にはショックだった。それはまるで、文が阿求を殺した犯人だということを裏付けてしまうかのようで。

「命を狙われている。果たして、そうでしょうか?」
「え!?」
「射命丸さんは私たちの命を狙っている、果たしてそうでしょうか? 私はそうじゃないと思います」
「って、あの攻撃見たでしょ。明らかに殺そうとしてるじゃない」
「でも、私には殺される理由が無いですもん」

 そう小鈴はにこりと微笑んだ。ちょっと呆れそうになる。

「そして射命丸さんにも私を殺す理由が無いですから」
「殺す理由はあるでしょ。そう例えば」
「例えば?」
「例えば……」

 あれ、文が小鈴を殺す理由……無いじゃん。

「では射命丸さんは私たちの命を狙っていないとします。だったら何故私たちを襲うのか? その理由を考えるには、別の観点から考えてみないといけません」
「別の観点っていうと?」
「射命丸さんの目的は何か? ということです」

 文の目的。阿求を殺す事? いや違う。そもそも文が阿求を殺した動機を私たちは探っているんだ。
 そうすると、最初に立ち返ると……荒らされた阿求の書斎……。

「文は、なにかを探している」
「そうです、それです!」

 小鈴はテーブルに身を乗り出して。

「射命丸さんは、なにかを探しているんです。そして、それがなにかは知っているけど、それが何処にあるかは知らない」
「そりゃ、何処にあるか知ってるんなら探してないわよ」
「いえ、これは重要です。射命丸さんはそれが何処にあるか知らない。恐らく手懸かりも無いんでしょう。そして私たちには、それを探す手懸かりがある!」
「ああ、成る程」

 文の探している何かは、阿求の遺した物だ。そしてその何かの手懸かりを私たちは阿求から得た。少なくとも文はそう思っている。

「そう考えれば射命丸さんが私たちを襲うのも納得がいきます」
「つまり、手懸かりを渡せと?」
「ですね。手懸かりが欲しいのだから殺すのは駄目でしょう。私たちが降参すれば話は早いんですけど、きっと腕の一本か二本斬り飛ばせば大人しく言う事を聞くだろうくらいに考えてるのかも知れませんね」

 小鈴が他人事のように、にっこり物騒な発言をしていると、女給さんが餡蜜を運んできた。

「では次に、射命丸さんが今どこにいるのか? ですね。ここで重要なのが、慧音先生の機転のお陰で射命丸さんが私たちのことを見失っているということです」

 喋りながら小鈴は餡子を掬って口に放り込む。

「おいひい!」

 そして満面の笑み。ころころと忙しない娘だ。
 私も餡子を掬う。見た目に反してあっさりと後を引かない甘さで、うん、これは当たり。

「とにかく、射命丸さんは私たちがどこに居るのかわからない状態です。おまけに手懸かりが無いのですからどこに向かっているかもわからない。でしたら何処に行くんでしょう?」
「うーん、里を虱潰しに探すとか?」
「射命丸さんは単独で動いていますから、あてもなく片っ端にというのは難しいんじゃないでしょうか。はたてさんならどうしますか?」
「私なら……」

 小鈴の言いたい事がなんとなくわかってきた。つまり文は私たちが行きそうなところにヤマを張っているはず。

「鈴奈庵、それと阿求の家」
「正解です!」

 ぱちぱちと拍手をする小鈴。いや、ちょっと、そんな大袈裟。

「私の家に行くのは危険です。きっと待ち構えた射命丸さんにコテンパンにされてしまいますよ。それと阿求の家。あんなことがあった後なので射命丸さんが尋ねても門前払いでしょうけど、きっとここも見張られているでしょう」
「ああ、それで鈴奈庵に帰らずここで話し合いを」
「いえ、餡蜜が食べたかったのも本当ですけど」

 そうですか餡蜜が食べたかったんですか……。
 まぁ気を取り直して。

「そこまではわかったけど。でも私たちも手懸かりが無いのは同じなのよね」

 慧音が何も知らなかったのだから仕方が無い。阿求の計算違いなのか何なのか。
 失望が顔に出たのか、小鈴がニヤニヤと含みのある笑顔を浮かべる。

「慧音先生はちゃーんと私たちに手懸かりをくれましたよ」
「んあ?」
「これです」

 テーブルの上に一冊の本を置く小鈴。ええと、たしか鈴奈庵に返してくれと慧音に頼まれた本だったはず。

「慧音先生はよく家を利用してくれるのですけど、今月は本を借りていないんです。それに几帳面でいつも返却期間が来る前に返してくれますから、期間を過ぎて貸しっぱなしの本もありません。だから慧音先生が家に返さなきゃいけない本なんて、無いはずなんです」
「じゃ、それって!」
「だからこの中に……あ、ありました、これです!」

 小鈴は無造作にページを繰ると、紙片の挟まったページで手を止めた。
 その紙片には繊細な文字で。




 ――――阿求の書斎、文机の下、一枚だけ色違いの床板がある。その下にお前達の探し物はある。




 と、それだけが書かれていた。

「大当たりですね」

 言葉とは裏腹に小鈴は一瞬、ひどく寂しそうな表情を見せる。

「どうしたの?」
「いえ、阿求は慧音先生に託したんだなって」

 小鈴の言いたい事が私にも判った。
 探し物の在処を伝えるだけならば、鈴奈庵に返した本の手紙で事足りるはずだった。しかし阿求は、それが文に奪われる危険性までも考えていたのだろう。
 だから、教えるべきかどうかの判断を慧音に託した。
 そこまで、阿求は追い詰められていたということ。

「しかし、阿求の書斎、か」

 元々の起点であり、文によって荒らされていた、阿求の書斎。
 文の探している物、それが何かはまだわからないけれど。……結局、終点は振りだしだったってことだろうか。

「ということで今日のまとめ!」

 小鈴が無理のある明るい振る舞いで言った。

「射命丸さんに見つからないように阿求の家に辿り着ければ、私たちの勝ちっ!」
「いや、そう気楽に言うけどさぁ。文の目を欺くのはなかなか難し……」

 そう言いかけた私は、咄嗟に名案を閃いた。
 いや、うん、案外何とかなるかも!




     ◆




 幻想郷の交通、その主流となるのは徒歩である。
 外来本によれば外の世界では自動車だとか二輪車だとか、はたまた電車だとか、とにかく様々な乗り物が発達しているらしいけど、幻想郷にそれらの発展する様子は今の所無い。
 自動車や二輪車は河童の実験などで見た事もあるが、電車なんてお目にかかったことすら無い。
 それらの乗り物が活躍するには幻想郷は手狭だろうし、妖怪や下手すると一部の人間まで平気で空を飛んでしまうから、特に不便を感じないというのもあるのだろう。
 話を人里に限定しよう。
 人里に住むのは主に人間であり、もちろんそんなに広くは無い。そんなに広くは無い場所に必要なものが集まっている。
 つまりなにかの用事でどこかに行きたくても徒歩で十分なのである。
 では乗り物は不要なのか? となると、これが答えは否だったりする。
 単に人間が移動するだけならば乗り物はいらない。でも乗り物には楽に速く移動するというだけでなく、沢山の物を楽に運搬するという役割もある。これ重要。
 例えば大工が沢山の木材を一度に運んだりする時、ある種の乗り物は大変重宝するわけだ。
 別の例え。農家のおじさんが収穫した作物を市場に売りに行く。もちろん市場に並べるのだから積める量は多いに越した事は無い。徒歩では話にならないので荷台に積んで馬に牽かせる。つまり馬車だ。
 一日が経ち日が傾きかける頃、朝には荷台に満載だった作物も粗方売りさばいて、店を畳んで帰路に就く頃には荷台に隙間が出来る。小柄な女の子と小柄な天狗ぐらいなら収まりそうな隙間が。
 そして好都合なことに、荷台には雨が降ってきた時のために幌が被せられている。女の子と天狗がこの下に潜り込めば、たとえばどこかの烏が空を飛んでいたとしても、女の子と天狗の姿を見つけることはできない。
 もちろん農家のおじさんは親切なので、女の子達を荷台に乗せるのを嫌がったりしないし、帰り道にちょっと遠回りして稗田のお屋敷に寄り道することも、笑顔で引き受けてくれる。
 文は鈴奈庵と稗田家に手一杯で、里の外れの市場の様子なんて全く窺い知れない。

「お嬢さん達、稗田さんのお屋敷に着いたよ」
「え、本当!?」

 幌の隙間から顔を出すと、仰々しい門がすぐ目の前にあった。掛かっている表札は、稗田。当たり前だけど。

「おじさんありがとう!」
「なに、お安い御用さ」

 小鈴の手を取り荷台から下ろすと、二人して農家のおじさんに心からのお礼を言う。おじさんは気持ちのいい笑顔を残して馬車を立ち去らせた。
 さて、と。

「ここまでは見つからずに来れましたけど。……きっともう見つかっちゃってますよね」

 小鈴はきょろきょろと空を見上げる。

「ま、一手稼いだだけってとこかな」

 恐らく無策で阿求の家に向かっていたら、ここまで辿り着く前に文の迎撃を受けていたことだろう。だとすれば、この一手は勝負を左右する一手だ。とにかく、ぐずぐずしてる暇は無い。
 目の前に悠然と立ちはだかる門。
 強引に突破する必要なんて無い。素直に招き入れて貰えばいい。

「ごめんくださーい」
「どちら様……ああ、あんた達か!」

 私の声に応じて顔を出したのは、見覚えのある男だった。
 阿求が殺された夜、真っ先に駆けつけ、私の指示で書斎の襖を開いた若い男だ。普段は屋敷の警護でもしているのだろうか? 腰に長物をぶら下げている。
 それとも、あんな事があったからなのかもしれない。

「お嬢様を殺めた奴は……見つかったのか?」
「まだよ!」
「今日はその事で来たんです」

 小鈴に選手交代。この男と私の組み合わせではどうにも空気が殺伐としてしまう。

「阿求の書斎をもう一度、調べさせてください!」
「書斎か……ふむ」

 男は顎に手を添えてしばらく考え込む。やがて力強く頷くと。

「貴方たちはお嬢様の友達だ、通さないわけにはいかんな。案内しよう」
「ありがとうございます」

 小鈴の元気な声が響いた。
 空にはまだ、異変は無い。




     ◆




 男の案内で離れへと続く廊下を歩く。
 此処を歩くのももう三度目なので本当は案内なんて必要無いのだけれど、客人が好き勝手歩くのも不作法なので素直に従う。
 このまま何事も無く書斎まで辿り着ければ手間が無いのだが、勿論そんなわけにはいかなかった。
 長く続く板張りの廊下の先、私たちの行く手を阻むように、鎌鼬が一匹浮いていた。
 鬼斬丸は私たちを見つけると、嬉しそうに鎌を打ち鳴らす。
 やれやれ、やっぱそうなるか。私は右手で鞄を漁りながら左手で小鈴を背中に隠した。

「なぁ、あいつはお嬢様を殺めた奴と関係ありそうか?」
「ええ、多分ね」
「そうか、じゃあ放っておくわけにはいかねぇな」

 男は一歩前に進み出ると、刀をゆっくりと抜いて構える。
 流派はわからないけど、相当な手練れだろう。構えに一分の隙も見られない。
 抜刀に呼応するかのように鬼斬丸が動きを止めた。瞬間、男が踏み込む。

「だりゃぁぁぁぁ」

 硬質の音を響かせて、男の一撃を鎌が受ける。妖怪と男の鍔迫り合いは膠着状態に見えた。
 しかしそれも一時の事。鬼斬丸は甲高く吠え声をあげると姿勢を低くして、突き上げるよう男に体当たりした。男は体勢を崩し、床に叩き付けられる。
 妖怪と人間の差は確かにあるだろうけど、この男だってそれなりに腕は立つはず。それを一瞬で叩き伏せるだなんて、流石は文の使い魔なだけはある。
 でもさ、あんたちょっと生意気だよ。
 鍔迫り合いに力比べ。確かにほんの僅かな時間だけど。
 でもそんな僅かな時間でも、止まっていた、のがあんたの敗因。
 そんな僅かな時間でも、こっそり距離を詰めた私のファインダーに捉えるには、十分すぎる時間だもの。
 何かを察したのか鬼斬丸は間抜けな面を私に一瞬向ける。でもそんなの構うものか。
 既に携帯カメラを構え終えていた私は、シャッターに乗せた親指を無造作に押し込む。
 カシャという効果音が鳴ると同時に、何かが炸裂するような音を残して、鎌鼬は煙となって消えた。

「ねぇ大丈夫?」
「ああ、ちょっと擦りむいただけだ」

 男に駆け寄り、手を貸して助け起こす。

「天狗様の力か、凄いな」
「まぁね」

 正しくは天狗と河童の力、だろうか。

「しかし、終わってみれば呆気ないものだな」

 鎌鼬が煙と消えた場所を男は唖然として眺めていた。そう……呆気ない、呆気なさすぎた。それが私の油断を誘ったのかもしれない。
 背中に響く炸裂音。それに気付いたときは手遅れだった。

「ひっ!」

 小鈴が息を呑む声が聞こえた。
 そのすぐ間近、煙の中から鬼斬丸が姿を現す所だった。

「んな馬鹿な!」

 さっきの写真を表示している携帯の画面には、誰も居ない廊下が写っていた。
 私がシャッターを切る直前に、鬼斬丸は自分から姿を消したってこと!?
 状況がわかったところで、どうすることもできない。私は小鈴と離れすぎていた。
 ファインダーの届く距離まで一気に飛んだとしても……きっと鎌鼬が小鈴を捉えるほうが先だろう。
 鎌鼬は自分の優位を味わうようにゆっくりと小鈴に躙り寄る。小鈴は恐怖のあまりその場を動く事ができない。
 次の瞬間には……私は小鈴が鬼斬丸に切り裂かれる場面を想像していた。
 だから一瞬、目の前でなにが起こったのか、わからなくなってしまった。
 廊下が突然煙に包まれたかと思うと、その、大きくて白くて四角い何かが、唐突に現れた。
 それが何なのか理解するよりも速く、それは小鈴に襲いかかる鎌鼬に覆い被さり……潰した。

「ふぉっふぉっふぉ。危ないとこじゃったの、小鈴よ」
「ま、マミゾウさんっ!!」

 床にだらしなく横たわる塗り壁の上で、マミゾウは機嫌良く笑った。

「感動の再会といきたいところじゃが、お前さんらには、まだやることが残っとるじゃろ。こいつの相手は儂に任せて、早う行け」

 塗り壁に押し潰されたように見えた鬼斬丸だったが、またも素早く逃げ延びていた。

「そこの侍はしばらく休憩しとれ。お前さんが居ても邪魔にしかならんからの」

 鬼斬丸はそれでも小鈴に襲いかかろうとするが、行く手を阻むようにマミゾウが立ち塞がる。

「鼬よ、この二ッ岩が相手をしてやる。末代まで語り継いでもいいぞい!」

 ニタリと嗤うマミゾウの周りを、鳥獣戯画から抜け出した兎や蛙が一重二重と取り囲んで跳ねる。

「いくよ小鈴」
「はい!」

 私は小鈴の手を取り阿求の離れへと急いだ。




     ◆




 さっきまでの騒ぎがまるで嘘のように、阿求の書斎は静まりかえっていた。
 家の者が片付けたのだろうか。散乱していた本は書棚に収められ、主が健在だった頃の様子を取り戻していた。
 阿求が死の直前まで愛用したであろう文机を退かすと、慧音のくれた手懸かりにあった通り、床板に色の違う部分を見つけた。

「こりゃ言われないと、わかんないわ」

 色の差は微妙で遠目には区別できない。私は床に顔を近づけ床板を調べる。

「寄せ木細工みたいなもんかな?」
「開けられそうですか」
「ん、やってみる」

 色の違う床板を慎重にスライドさせる。案外あっさりと床板は外れた。
 床板の下には僅かな空間があり、桐の箱が収められていた。

「これが……」

 これが、この中にあるものが、阿求の命を奪ってまでして文の探していた物。
 緊張で喉が渇いてきた。

「開けるよ」
「はい」

 箱の中に入っていたのは一巻の巻物だった。
 いつ頃の物かはわからないけど、相当古い物のように見える。
 注意深く巻物を開くと、そこには訳の分からない記号のような文字が書かれていた。……いや、これ私、見覚えある。

「古代天狗文字!?」
「ですね。はたてさん読めます?」
「駄目、ぜんぜん読めない」

 古文は私の苦手な物のうちのひとつだ。というか、今時の天狗でこんな文字を読めるような奴、そうそう居るもんじゃないって!

「じゃあ私が読みますね」
「えっ!?」

 小鈴が巻物に手をかざすと、巻物に書かれた文字が淡く光り出した……ような気がした。

「これは阿求の先代、稗田 阿弥さんの書かれた手稿のようですね」
「ちょ、小鈴、読めるのこれ?」
「はい読めます」
「あ、あんた何者!?」
「貸本屋の娘ですが」

 最近の貸本屋は、古代天狗文字まで読めないと務まらないんだろうか。
 目を白黒させる私の様子が可笑しかったのか、小鈴がくすりと笑う。

「霊夢さんや魔理沙さんが空を飛べたり魔法が使えたりするように、私は普通の人が読めないような文字が読める。これが私の能力……としか説明できません。読めてしまうのだから仕方が無い」
「なるほど」

 まぁ幻想郷なのだから、そんな奴がいても不思議は無いか。
 稗田 阿弥の遺した手稿。そこに書かれた文字を目で追っていく小鈴だったけど、次第にその表情が険しいものになっていった。

「これは……」
「なにかわかったの?」
「これ、大変なことが書かれてます! もしここに書かれていることが本当なら……」
「本当なら?」
「射命丸さんは、実在しない妖怪なのかもしれません」




     ◆




 小鈴の言葉は私の常識からあまりにも逸脱していて、その、正直なにを言っているのか、わからなかった。
 文が阿求を殺したのかもしれない。だから文の目的、つまり文の探している物を見つけるという話だったのに、いざそれが見つかったら今度は文が実在しないときた。
 じゃあ阿求は実在しない物に殺されたとでも言うのだろうか?

「どういうこと? さっぱりわかんないんだけど……」
「説明します」

 小鈴の表情は真剣で、冗談をいっている風では無かった。

「先代の、稗田 阿弥さんの時代です。この頃まだ幻想郷は結界に囲われる前でしたが、徐々に人間の力が台頭してきて天狗や河童などとの接触の機会も増えていたそうなんです。それまでは天狗は天狗、人間は人間と干渉せずに生きてきたんですが、そうも言ってられなくなってきた。そこで天狗の皆さんは人間達と交流しましょうとなったそうなんですが、その交流の橋渡しになる役目の天狗が居なかったんです。みんな嫌がったそうで」
「いや、そんなの初耳なんだけど」

 確かに結界が出来る前、私はまだ小さかったから記憶が曖昧ではあるんだけど。
 でも……そんなんだったっけなぁ?

「そこで天狗は稗田 阿弥さんに、ある依頼をすることにしました。人間との橋渡しになる天狗がいないのなら、作ってしまおうと。つまり、そういう都合の良い天狗の存在を幻想郷縁起に書いて欲しいと」
「え、いない天狗を縁起に書くってこと?」
「そうです」
「そんなことして……どうなるのよ」

 少しずつ、心の中に嫌な感じが拡がってきた。

「縁起は人間達の間に広まり、そこに書かれた本当はいない筈の天狗は居る事となりました。人間達の間では、ね。ここが上手いところです。妖怪というのは本来人間の想像を源として生まれるものですから、人間たちの中で居るとなった妖怪は居る事になってしまうのです。少なくとも幻想郷では」
「それが、文だってこと?」
「はい」

 なるほど、はいそうですか。と素直に納得できるような話じゃ無かった。
 仕組みは理解できなくもないけど、文が本来は実在していなかっただなんて、事実だとしても受け入れられない。
 なんだかそれは、私と文が過ごした時間すら嘘になってしまうようで……。

「待って、その話おかしいよ!」
「おかしいですか?」
「うん。だって射命丸 文っていったら天狗の中でも相当な古株なのよ。でも先代の縁起っていったら多く見積もっても精々百五十年前でしょ? 文は確実にそれより前から生きてるんだから、それじゃ辻褄が合わないのよ」
「ええ、だからそれも縁起に書かれていたんですよ」
「……え、なにそれ!?」

 それも、縁起に書かれていた?

「縁起の発行された年と射命丸さんの年齢が一緒では、あんまりにも露骨すぎますよね。だからきっと昔からいることにして、そう書いたんでしょう」
「そう書いたんでしょうって、だって物凄く昔から文を知ってる天狗もいるのよ。古い記録に文の名前も残ってるし。それに、そう、文の新聞だって百五十年以上前から発行されてたはずだし。それなのに、そんなの説明がつかないじゃない!」

 文がいつ頃から新聞を発行してるのか、正直私も知らない。
 でも、私は百五十年以上前のバックナンバーを読んだ事がある。百五十年よりも古い歴史があることだけは確実だった。

「縁起に書かれただけで実在しなかった妖怪が実在することになってしまうんです。実在しなかった記録や記憶が実在することになったとしても、特に不思議じゃ無いと思いますよ。勿論、新聞もですね」

 実在しなかった記録や記憶が……実在することになる? そんなのって……。
 じゃ、じゃあ、文と私が過ごした時間も、文とみんなの記憶も、文自身の思い出も……どこまでが本当で……どこからが嘘なの?
 文は……私の知ってる射命丸 文は……嘘なの?

「それ……」
「はい?」
「それに書かれてること、嘘よね?」

 小鈴は俯き、小さく首を振る。

「これが嘘だとしたら、射命丸さんがあんなに執着する意味がわかりません。阿求を殺してまでこれを必要とした意味がわかりません」

 小鈴の言うとおりだ。
 許されない罪を犯してまで文はそれを欲した。それは、それが本当だという証。

「これは、ここに書かれているんじゃなくて私の想像になってしまうんですけど。もしこの手稿の内容が公になってしまったら……きっと、射命丸さんは消えてしまうんじゃないかと思うんです」
「文が消える?」

 寂しそうに、小鈴は頷いた。

「だって、縁起に書かれたから存在するだなんてこと知ったら、みんな射命丸さんが存在するって信じなくなっちゃいますもん。だから射命丸さんは、阿求を殺してでも、これを手に入れたかったんじゃないかな」

 小鈴は笑おうとしたけど、うまく笑えていなかった。
 文には、阿求を殺す動機が……あった。




     ◆




 阿求の離れを出ると、男が独りで空を見上げて立ち尽くしていた。

「ねぇ、マミゾウは?」
「あの狸なら、鎌鼬を追ってどっか行っちまったよ」
「……そう」

 すれ違いざま声を掛けられた。

「なぁ、お嬢様を殺した奴は見つかったのか」
「……これから話してくる、そいつと」




     ◆




 夕日が沈み始める頃、妖怪の山に着いた。
 さんざん通い慣れた道を飛び文の家に急ぐ。
 しかし辿り着いたそこに、見慣れた風景は無かった。

「なに、これ!?」

 しんと静まりかえったそこには、がらんどうの家だけが残っていた。
 入り口にはなんの感情も込められていない、空き家という張り紙。
 文が収まりきらないほど溜め込んで積み重ねた資料も、文の少し無頓着な生活を表す居間も、何もかもがそこにあった痕跡すら残さずに消え去っていた。

「文、どこ? どこに居るの?」

 返事がかえってくる筈はなくても私はそう呟いていた。
 不意に、背中で物音が聞こえた。

「文!?」
「……姫海棠か」

 そこに立っていたのは文では無く、白狼天狗の犬走 椛だった。

「射命丸殿は自ら山を下りた。あなたがここに居ていい理由は無い。さっさと帰るんだ」
「山を下りたって……それ、何?」
「あなたも知らないわけでは無いでしょう、天狗が自ら山を下りるということの意味を」

 天狗が自ら山を下りるということは、問題の責任をとったということを意味する。
 山を下りた天狗は山の天狗とは一切関わりが無い。だからその天狗の起こした問題も山とは関わりが無い。
 故に、問題の追及も天狗の捜索も、してはならない。

「そんな、そんなことで納得できるはず無いでしょ! 私は文と話をしなきゃならないのよ!!」
「聞き分けのない人だ。法を守らないというのなら、あなたも山に不要な天狗。あまり我が侭を言うのなら斬り捨ててもいいのですよ」
「あんた、文は山を下りました後は無関係です知りません。あんたはそんなんで平気なの?」

 目の前の白狼天狗は険しい表情を私に向ける。

「射命丸殿のことを思うのなら後を追うべきではない。無念を感じながら自ら山を下りた潔さを汲んでやるべきだ」
「なにそれ? そんなの全然わかんない。そんな時代錯誤な考え、莫迦みたい」

 ここでこいつと言い争っていても時間の無駄だ。私は椛の脇を抜けて夕暮れの空に飛び出した。




     ◆




 心当たりを当たって一晩中探したけれど、文の行方はさっぱり掴めなかった。
 私は精根尽き果てて、人里の茶屋で一休みしていた。

「もう、どこ行っちゃったのよあの莫迦は」

 ほうじ茶で流し込む草餅は苦くて、朝日は目に痛かった。

「……ん!?」

 不意に、聞き馴染みのある烏の声が聞こえた気がして、私は空を見上げた。
 眩しい太陽を背にして一匹の烏が旋回している。あれは確か、文の使い魔の大黑天。
 空に黒い弧を描きながら私を見据えた大黑天は、その足に下げた物を放り投げた。
 ゆるやかな放物線で、それは私の膝に綺麗に収まる。陰陽を象った球だ。

「やっほー。はーたん、おひさー。元気だったー?」
「ちょ、あ、文!?」

 陰陽玉から聞こえてきた文の声に、私はまわりを見回す。

「……あんた、いま何処にいるのよ」
「うんん? 軽薄そうなノリは駄目でしたかー」

 誰が聞いている訳でも無いけど、思わず小声になってしまった。

「何処にいるのかだなんて勿論言えません。潔く退場しようとしてるのに付きまとわれたら鬱陶しいだけですし。いやー、しかしあんたに負ける日が来ようとは、私も焼きが回りましたかね」
「ねぇ文、正直に答えて! 阿求を殺したのがあんただなんて嘘よね。なにかの間違いよね!?」
「本当ですよ」

 文は、やけにあっさりとした口調で。

「殺したのは私ですよ。間違いじゃないです」
「何で、何でそんなことを!」
「いや、今更何でといわれても、はたてもあの手稿を読んだんじゃないんですか?」

 小鈴に聞かされた手稿の内容。じゃあつまり、あの内容が本当だったということだろうか。

「そりゃ、そんなこと知ったら文もショックかもしれないけど、でも阿求を殺すだなんてそんなの短絡的すぎるよ。話し合うなり何なり、他に手もあるじゃない」
「うーん? やっぱりなにかおかしいですね。刺し殺したはずの阿求が首を切られて死んでたり、どうもこの事件は不可解なことが起こっているようで」
「刺し殺したはず!?」

 文が何を言っているのか、よくわからない。
 阿求は確かに首を落とされていた。私がこの目で見た。
 刺し殺されてなんか、なかった。

「私は阿求の首なんて落としてないんですけどね。何故か見つかった死体は首を撥ねられていたそうで、困ったものです」
「そんな、おかしいよ。文が鬼斬丸を遣って首を落とした、そうじゃないの?」
「はぁ、そうなんですか?」

 まるっきり恍けた文の口調。
 でも、阿求を殺したのが鎌鼬でないとすると、文が誰にも見つからなかったことに説明がつかない。

「うちの鬼斬丸じゃあ書斎を家捜しするのは無理なんですけど、それでもいいんでしょうかね」
「あ……」

 確かに文の言うとおりだった。阿求の殺害と書斎の捜索は同じ犯人によるもの。鎌鼬に阿求の殺害はできる。
 しかし、鎌鼬に書斎の捜索は……できない。

「それにどうやら手稿の内容も食い違うようで……はたての読んだ手稿ってどんな内容だったんですか」
「え、どんな内容って」

 それを私の口から言わせるのだろうか。

「文が、元々は実在していなくて、その天狗の都合で縁起に書かれたから生まれたって。でも、文がどう生まれようが私にとってそんなの関係無いし、いままで通り……」
「……ぷふっ、あはっ、あははははははっ!」

 陰陽玉の向こうで笑いを噛み殺していた文が、盛大に噴き出した。

「な、なにが可笑しいのよ!」
「いやいや、ごめんごめん。でも、私は縁起から生まれたんですか。それは気付きませんでしたよ驚きです。いやいや、あははははは」
「ちょっと待って、本当に知らなかったっていうの?」
「初耳ですね」

 文は自分が縁起から生まれたと知らなかった。
 それはつまり。
 文には、阿求を殺す動機が無かった?
 じゃあ文は、なんで阿求を殺したの?

「……どういうこと?」
「どういうことでしょうね。でも、知らなくてもいいことなんじゃないんですかね」
「知らなくてもいいだなんて言われても、こっちは……」
「好奇心は、猫を殺す、っと」

 私の言葉を遮った文の呟きは、ひどく冷たかった。

「私もあんたも、ここいらで身を引くべきです。これ以上を探れば藪から蛇を出す事になるでしょうしね」
「あ、文……」

 蛮勇なまでに好奇心を優先していたはずの文からそんな言葉が出るだなんて、想像したことすら無かった。

「刺し殺したはずの阿求が首を切られて死んでるなんて、明らかにおかしいとは思っていましたけど……まぁいいでしょう。変に拘って逃げ遅れたら大変です」
「ねぇ、文」
「なんです?」
「文は、阿求を殺したかったの?」

 長い沈黙が続いた後、文の小さな、聞き取れなさそうなほど小さな呟きが聞こえた。

「……あんないい子を殺したいだなんて、思うはず無いじゃない」

 冷め切った文の言葉に、私はなにも返す事ができなくなった。

「それじゃあ私はこれで尻尾を巻いて逃げます。しばしのお別れです、また会いましょう!」
「うわっ!」

 ぎこちないほど元気な声とともに、陰陽玉が音をたてて爆ぜた。
 まるでそれが合図だったかのように。
 西の空から何十、何百という烏が押し寄せて、瞬く間に青空を黒く被った。
 烏の群れは通り抜けざまに、白い紙を落としていく。
 無数の羽音と鳴き声を響かせて、そして空には黒い影と白い紙吹雪。
 ひらひらと舞う紙吹雪、それは、新聞だった。




 ――――文々。新聞 号外

 異変か!? 妖怪の山を襲う狂瀾の狸囃子!

 十月二十六日未明、妖怪の山が大量の狸に囲まれるという珍事が起きた。
 もともと狸というのは幻想郷中に広く分布し日常的に見かけることのできる親しみやすい動物ではあるのだが、この日は無数の狸たちが日没と同時に妖怪の山へと大移動を開始し、数刻のうちに山を取り囲むように集結するという極めて異例の事態となった。
 突然の集結に天狗や河童など山に住む住人は一時緊張状態に陥ったが、やがて狸たちが腹太鼓で祭り囃子を奏で始めると緊急的な実害は無いと判断され、そのままなし崩し的に狸を交えた酒宴が各所で発生することとなった。
 この狂瀾の狸囃子は夜更け過ぎまで行われたが、やがて狸たちは集結した時と同じように突如として散開を始めた。
 集結した狸たちの目的が何であったのかは依然として謎のままだが、ある白狼天狗はこの珍事に「煩くて眠れなかった。刀の錆にしてやろうかと思った」と憤りを露わにしている。




 ――――文々。新聞、休刊のお知らせ。

 永らくご愛顧いただきました文々。新聞でありますが編集記者の私情のため、しばらくの間休刊することが決まりました。
 いままでの御支持に心より感謝するとともに、再開の暁には今と変わらぬご愛顧を承りたく切に願い、休刊のお知らせとさせて頂きたいと思います。

射命丸 文 






     ◆




「ちょっと、マミゾウいる!?」

 チリンと鳴らす間もない勢いで鈴奈庵の暖簾を潜った。
 これじゃまるで殴り込みだ。

「あ、はたてさん! マミゾウさん見ませんでしたか!?」

 小鈴は机に両手をつき、肩を怒らせて狸の所在を訊いてきた。
 マミゾウを探す両者がにらめっこすることになる。

「あんたもマミゾウ探してるって、あのクソ狸、何しでかしたのよ」
「それが、あの天狗の手稿を持ってどこかに消えてしまったんです。儂はしばらく旅に出る。もう話はついたからお前さんらは早く忘れろ、とか言い出して。一体なにがどう話がついたんだか、さっぱりわかりませんよ」

 情けない顔でへたり込む小鈴だったが、ふと顔をあげて私に尋ねる。

「それで、はたてさんは何でマミゾウさんを探してるんです?」
「これよ、これ」

 文の残した新聞を、小鈴に手渡す。

「ふむ、狸が山を囲ったですか。でもこれじゃさっぱりわかりませんね」
「さっぱりわからないから探してるのよ!」

 マミゾウが何をしたかったのか、何をしたのか、さっぱりわからない。
 でもこれがマミゾウの企みだってことは言われなくてもわかる。
 いや……これだけじゃないのかも。一体どこからどこまでが狸の企みなのやら。

「まぁ居ないのならいいわ。なにか情報掴んだら教えてよね」
「はい。はたてさんも、マミゾウさん見つけたら家に連れてきてください!」
「ん、わかった」

 私は来た時と同じくらいの勢いで鈴奈庵を後にした。




     ◆




 はたてを見送った小鈴は静かに腰を下ろし、何事も無かったかのように読書を再開した。
 傍らで鳴る蓄音機の音楽に合わせて小鈴の鼻歌が鈴奈庵に響く。
 とても上機嫌な鼻歌が、愉快に響く。












     ◆












 暦の上ではもう秋だというのに、けたたましく鳴く時季外れの蝉の音がやけに煩い。
 私は命蓮寺の参道をとぼとぼと歩いていた。
 連れだって歩くのは古狸の二ッ岩 マミゾウ。のらりくらりと、鼻歌でも奏でだしそうな暢気な風情だ。
 墓参りだなんて私の柄じゃ無いんだけど、マミゾウに強引に誘われたのだから仕方がない、そういうことにしておこう。長いこと行方をくらませていたこの狸には、訊きたいことが山ほどあるのだし。
 狭い参道の向こう側から小柄な老婆が歩いてきた。おばあちゃんという呼び方が似合いそうな、どこか愛くるしさの感じられる老婆だった。
 先を行くマミゾウと老婆はすれ違い、丁寧な会釈を交わした。そして私に向き直った老婆は静かに足を止め、深々とお辞儀をする。
 お辞儀をされる心当たりの無い私は急なことに取り乱してしまい、えらく不格好なお辞儀を返すことになった。何なんだろ一体。

「知り合いかい?」
「いや、知らない……たぶん」

 しっかりとした足取りで通り過ぎる小柄な老婆、見たところ人間だろうか。人間の老婆の知り合いなんて、たしか私にはいなかった。
 でも、気になる。老人にしては背筋の伸びた小さな背中を見ていると、なぜだか微かな既視感のようなものに囚われてしまうのだった。

「ほれ、はたて、呆けているのなら置いていくぞい」
「ん、待ってよ」

 つかつかと先に行ってしまう狸に小走りで追いつく。人の気の無い古びた墓地を並んで歩き、墓地の外れの開けたところで歩みを止める。
 他の墓石とは離れた一画で、溢れるほど沢山の花やお供えに囲まれて。
 小さな墓石が二つ、並んでいた。




     ◆




 小さなお墓に花を供え、線香をあげて手を合わせる。二つ並んだ小鈴と、そして阿求の墓。
 天寿を全うした小鈴はともかく、偶々といえども非業の死を目の当たりにしてしまった阿求には、私もいろいろ思うところがある。

「お前さん、新聞記者辞めてしまったそうじゃな。噂で聞いたぞい」
「向いてなかったのよ」

 それでも三十年くらいは自分なりに頑張ってはいた。でも結果が伴わないんでは張り合いも無い。
 気付かない振りをして自分を騙していたけど、私は未だあの事件に囚われている。それを認めたら気持ちが楽になった。もう新聞に未練は無い。

「きっぱりと辞めて服飾関係に転向したら、これが思いの外好評で、人里に店を出そうかって話も持ち上がるくらい」
「そりゃ良かった。じゃったら今度、儂にもお洒落でイカすマフラーを仕立ててくれんかの」
「葉っぱじゃ無いお金をちゃんと払ってくれるんなら、いつでも請け負うわ」
「ははっ、信用されてないんじゃな」

 カラカラと笑いながら、マミゾウは懐から煙管を取り出して刻み煙草を詰めていく。
 言葉が一瞬途絶えて、蝉の音が響く。

「小鈴のやつも、よう生きた。七十過ぎまで元気にしとったんだから立派な大往生じゃろう」
「……うん」

 あの事件の後も、私は小鈴の元を頻繁に訪れていた。むしろあんなことがあったからこそ、お互い相手に特別な感情を抱いていたのかもしれない。
 でも月日が経ち、小鈴にも家庭ができやがて年老いていくと、私の足は次第に彼女から遠のいていった。幾重にも言い訳を重ねて彼女から目を背ける日々が、長く続いた。
 小鈴は人間で私は天狗なのだから早々に別れが訪れるのは当然のこと。その当然のことを、私は受け入れたくなかったのかもしれない。
 死に目には会えず、葬式にも出なかった。

「子供たちも立派に育ち、沢山の孫にも恵まれて、楽しい人生だったと言っておったぞ」
「……そう」

 鈴奈庵も今では息子夫婦が継いでいる。何度か尋ねようかと思いはしたけれど、結局足が向くことはなかった。

「ただな、小鈴はひとつだけ心残りがあったそうじゃ。死ぬ前にお前さんに一言、謝りたかったってな」
「……私に?」

 私が謝るのならともかく、小鈴が私に謝ることだなんて心当たりが無い。
 困惑する私に構わず、マミゾウは美味そうに煙管を噴かし、静かに言葉を続けた。

「阿求が死んだ夜のこと、覚えておるか」
「あ、当たり前じゃない。これでも亡骸を見てるんだから」
「そうか。もうずいぶん経つな。五十年くらいか」

 確かにそのくらい経っているのかもしれない。天狗の私には実感が湧かないけれど、まだ少女だった小鈴が家庭を築き、年老いて生涯を閉じる、それだけの時間は経っているわけだ。

「あれな、あの阿求が死んだってのな………………ありゃ嘘じゃ」
「…………はぁ!?」

 目の前の古狸はニヤニヤと嗤いを浮かべながら、阿求が死んだのは嘘だと言いやがった。一方の私は困惑を一層深める。嘘って、一体なにが?

「なにが言いたいのよ」
「おお、血の巡りが悪いのか? あの夜、阿求が殺されて、お前さんはその亡骸を見た、そうじゃな」
「まぁ、そうだけど……」
「それが嘘じゃ、と言っておる」
「えっ、じゃあ」

 阿求が殺されたのが嘘、私が阿求の亡骸を見たのも嘘、でもそれって。

「じゃあ……阿求は殺されていない!?」
「まぁ、そうなるな」

 目に嗤いを浮かべたまま、マミゾウは可笑しそうに頷いた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。阿求が殺されていないって、そんなの有り得ない。それに小鈴が私に謝りたいって、それとどう関係するのよ!」

 あの夜、阿求は首を断ち切られて死んでいた。あんな状態になって生きている人間なんて居るはずが無い。そして、阿求を殺した犯人は。

「それに……そうよ。阿求を殺した犯人はどうやって逃げたのよ! ちゃんと説明が付くんでしょうね!?」

 阿求の首を断ち切って殺した犯人は、私たちの前から忽然と姿を消してしまった。
 マミゾウは鎌鼬を遣っただなんて推理してたけど、あの夜の出来事はそんなのじゃとても説明がつかない。
 人里に明るく鎌鼬を遣う天狗、それは文のことを指し示している。阿求を殺したのは文だって、本人もそれを認めた。それを十分に承知していても、それでも私は心の中で文が犯人だと認めたくなかった。
 そう、それに私がどう思おうとも、文は阿求を殺したと確かに言っている。文が殺したと言っているのに阿求は殺されていないだなんて、そんな可笑しな話が通るわけがない。

「そんな一遍に言わんでもわかっとるわい。順に話していくから少し落ち着け」

 マミゾウはやれやれと肩を竦めて、阿求の墓前に座り込んで。

「五十年越しの謎解きじゃからの。少しは勿体ぶらせてもらうぞ」

 私に向けて、不敵な笑みを零した。




     ◆




「まぁ、まずは最初からだな。鈴奈庵に足繁く通っていたお前さんは、ある日小鈴から手紙を手渡される。阿求がお前さんに宛てたその手紙、内容は憶えておるかの」
「手紙の内容? えぇと……」

 なにかの手懸かりなのではと何度も読み返した手紙だ。時間は経っていても内容は憶えていた。

「確か、縁起が完成したという報せと、それと誰が阿求を殺すのか私に探り当てて欲しい。手紙の内容は口外無用」




 ――――私を殺したのは一体誰なのか、その犯人を姫海棠様に捜し当てて欲しい。




 思い返しても、奇妙な手紙だ。
 手紙の中の阿求は自身が殺されることを前提としているかのようで、私に助けを請うのではなく誰が殺したのかを探って欲しいと書いている。
 もし本人の自白したとおり文が阿求を殺したのだとしても、手紙はまた別の意味で不可解な内容だとなってしまう。
 縁起に書かれたことにより実在できている文には、阿求を殺す明確な動機がある。それを阿求も知っているのだから、誰に殺されるのかを私に探って欲しいというのは意味の無いことだ。
 阿求が殺されたとしたのなら犯人が文以外だということは有り得ない。

「ふむ、よく憶えておったな」
「当たり前よ、年寄りじゃないんだから」
「じゃがその手紙な、それも嘘じゃ」
「はぁ!?」

 よほど間抜けな顔を私はしていたのだろうか、マミゾウは堪らずに含み笑いを零す。

「あの時の阿求は命を狙われてはいなかった。誰が殺したか探して欲しいとは意味深な書き方じゃが、種を明かせば阿求にはなんにも命の危険なんて無かったんじゃよ。あの時はな」
「命を狙われて無いって、でも阿求は現に殺されているじゃない」
「それは、お前さんが来たからだよ」

 私が来たから? 私が来たから阿求は殺された?
 なにが何だか、まるでわからない。

「お前さんは阿求に請われて、のこのこと稗田の屋敷に出向いた。しかもわざわざ使い魔の烏に見張りまでさせてな。これを犯人……まぁ射命丸だが、あいつの立場から見たらどう見える?」
「え、取材とか」
「お前は阿呆か」

 マミゾウは煙管で私の頭を叩こうと腕を伸ばす。
 まぁこんなの余裕で避けられるのだけれど。

「古代天狗語で書かれた手稿のことは、お前も知っておるな。つまり射命丸は、誰にも知られてはならない秘密を阿求に握られていた、そうはならんか?」

 確かに、文にしてみればあの手稿の存在は、まさに死活問題となっていたはずだ。

「そんな中、阿求がお前さんのような新聞記者に接触したとしたら、どうじゃ。秘密を暴露しようとしているように見えんか?」
「あっ……確かに」

 それまで縁もゆかりも無かった私を、突然のように阿求が屋敷に招く。それは姫海棠 はたてとしてでは無く、新聞を発行している天狗として招かれたと、そういう意味にも取ることができる。
 絶対に知られたくない秘密を抱えた文にしてみれば、危機感を覚える状況だったことも理解できる。
 でも……。

「秘密を暴露されるのなら、その前に口封じと考えるのもおかしくは無いだろうて」
「ちょっと待って、でもそれって阿求には秘密を暴露する理由が無いじゃない」

 そうだ。阿求は確かに文の秘密を握っていた。しかし彼女には、その秘密を公に明かしたところで、何一つ得をすることが無いんじゃないか。いや、むしろ損をするだろう。
 ましてや自身の命が危険に晒されるかもしれないのだとしたら、ますます秘密を明かす理由が無いということになってくるんじゃ。
 マミゾウは「ふむ」としばらく考え込んで、再び口を開いた。

「阿求には秘密を暴露する理由があった。いや、秘密を暴露するかもしれないと射命丸に思わせる、その理由があったという所じゃな」
「どんな?」
「詳しくは後々話すが、阿求はどのみち射命丸に殺されることが決まっておったんじゃ。いつか、そのうち、近いうちに殺される……これでは困るんじゃよ。だからいつ殺されるのか、その時期を阿求の側から指定させてもらった。お前さんに手紙を宛てることでな」

 流石に頭が混乱してきた。
 阿求が文に殺されることが決まっていただなんて、そんなの初めて聞く話だ。
 でも、混乱してはいるけど、ひとつだけ理解できたこともある。

「つまり……私は文をおびき寄せるための餌に使われたってことね」
「うむ、その通りじゃ」

 悪びれる様子も無く、古狸は愉快そうに嗤った。




     ◆




「話を進めようかの」

 マミゾウは煙管の葉を替え、静かに煙を吸い込む。

「手紙を見たお前さんは、縁起の最終稿の試し刷りを届けるという小鈴と共に阿求を訪れた。試し刷りのチェックを終えた時点で、稗田の屋敷の居間にいたのはお前さんと小鈴、そして阿求と、女中の美園で間違いないな」
「ええ、間違いないわ」

 命を狙われているという阿求の訴えを聞いて、事前に烏を飛ばして空から見張らせていたわけだけど、これはマミゾウも承知していることだろう。

「ちなみにその時いた女中の美園じゃがな、実は儂じゃ」
「……はい?」
「儂が化けておったんじゃ。気付かんかったじゃろう?」

 そりゃまぁ気付かなかったけど、気付いたらどうだというものでも無いような。

「お前さんの居るところで阿求が襲われたらご破算だったからの。それはさておき、しばらくすると阿求が体調を崩して先に床に就くと言い出す。勿論これも芝居じゃが、とにかく美園と共に寝室へと引っ込むわけじゃな」
「そうね、確かそう」
「これで儂と阿求が寝室に移動できたわけじゃな。誰にも疑われずに」
「あ……」

 美園さんの正体がマミゾウだとすれば、確かにそういうことになる。
 阿求の寝室にいるのは阿求本人とマミゾウだということに。

「寝室では予め本物の美園が待っておったのでな、お前さんに疑われないよう居間へと帰ってもらった。勿論儂の代わりにだ。一方の儂と阿求は寝室に留まり、射命丸を待つことになる。お前さんを餌にしてあるから来るだろうと信じてな」

 一息吐いて、軽く煙管を噴かす。

「奴も焦っていたのか、お前さんを関わらせたくなかったのか、そう待たずに寝室までやって来たよ」
「やって来たって、待ってよ。文は鎌鼬を遣ったって、あんたがそう言ったんじゃない」
「あんなのは嘘じゃ。奴は寝室に直接来た」
「じゃ、じゃあどうやって」

 空からは黒曜石が見張っていたはずだ。夜目の利く私の烏が文を見落とす筈が無い。

「烏が見張ってたと言いたいんじゃろ、射命丸も勿論それには気付いておった。だから奴は玄関から堂々と入ってきて、お前らのいる居間の前を素知らぬ顔で通り過ぎて来たんじゃ」
「そんな……」

 空から見張る黒曜石には、屋根の下になる廊下は死角となる。確かに盲点ではあった。
 しかし廊下を平然と歩いてきて、何故誰も気付かなかったのだろう。

「奴も用心して月だけは隠したようだな。風を操れる天狗ならば雲で月明かりを遮ることくらい雑作も無いだろうて。あとは廊下を用心しながら飛んできたと。足音に注意していても無駄なことじゃ」
「なるほど」
「納得したか?」
「納得はできないけど、でもひとつ質問させて。もしかして小鈴も美園さんも、文が来ることは知ってたの?」
「ああ、知っておったよ」

 なんだ、じゃあもし二人のうちのどちらかが廊下を通る文に気付いたとしても、知らんぷりしてたかもしれないわけだ。
 それどころか私が文に気付かないように、誤魔化していたのかもしれない。私一人が無駄に気を揉んでいたみたいで、なんだか馬鹿らしい。

「続けるぞい。とにかく射命丸は寝室へやってきた。もちろん阿求を口封じで殺すつもりじゃ。だからな、ちと化かしてやったんじゃ。古株の烏天狗に儂の術が通じるかは正直賭けだったんじゃが、きれいに嵌まってくれたよ。布団にくるまって静かに寝息をたてるそれを、奴は本物の阿求だと信じ切っておった。……本当は儂が河原で拾った流木なんじゃがな。まぁとにかく、奴は儂のこしらえた偽の阿求の、その心臓を小刀で一突き。もしあれが本物の阿求だとしたら苦しむ間もなく命を落としたことだろうて、実に慈悲深い手際じゃった」
「心臓を一突きって、私の見た亡骸と違うんだけど」

 その食い違いは、文自身も言っていた。あの時の予想通りマミゾウの仕業だったわけだけど。

「まぁ今にわかるわ。とにかく阿求を殺した射命丸は隣の書斎に行き、なにやら物色しておったが、程なくして用は済んだとばかり立ち去った。探し物は遺書の類いじゃ。阿求が秘密を漏らすようなことを書き残してないか警戒したんじゃろうな。射命丸が立ち去ったのなら儂もぐずぐずしてはおれん。心臓を貫かれた偽の阿求を消すと、新たに首を断ち切られた阿求をこしらえて、一時退散じゃ。これで寝室にいるのは阿求一人。残された阿求は頃合いを見計らって、力の限りの悲鳴をあげるわけだ。無論、お前らを寝室に呼び寄せるためにな」
「ええと、つまり」

 つまり、……どういうことになるのだろう。

「私たちが阿求の悲鳴を聞いた頃には、もう文はとっくの昔に逃げ去った後ってこと?」
「まぁ、そうなるな」

 道理で。
 急いで部屋に駆けつけても阿求を殺した犯人が見つからなかった、それも当然のこと。
 私たちは悲鳴を聞いて、阿求が殺されたのは悲鳴の後だと当然のように思い込んでしまった。
 殺された人間が悲鳴をあげるわけが無いのだから、そう考えるのが当たり前だ。
 しかし実際は悲鳴の前に阿求は既に殺されていて、しかも犯人がなんの警戒もされずに逃げ去った後で、そこではじめて阿求の悲鳴が聞こえたということ。
 忽然と姿を消したかのように見えた犯人、種を明かせばなんの不思議も無いことだった。
 でも、犯人が消えた絡繰りはわかったものの、それで謎が全て解消されたわけじゃない。むしろ新たな謎が浮上してきたと言うべき。
 悲鳴を聞いて私たちが寝室に着いた時、そこには死んだ阿求しか居なかった。じゃあ生きている阿求は何処に?

「ここまで来れば、あと一息じゃ。阿求の悲鳴を聞いてお前らは寝室へと急ぐ。射命丸が月を隠したせいであたりは暗闇じゃったな。すかさず小鈴が行灯を支度して、行灯を掲げた小鈴が先頭、お前はその後ろ、最後に美園が付いてきた、そうだったな」
「まぁ、そうだけど」
「程なく寝室に着いたお前らは、障子を開けて中に入る。行灯を持った小鈴は一息に寝床まで行き、その灯りで首の断ち切られた阿求の亡骸を照らすわけだ。……この時な、阿求はまだ部屋の隅の暗がりにおったんじゃよ。だがお前がそれに気付くことは無理だっただろうな。唯一の灯りとなる行灯は小鈴が持っておる。小鈴は絶対に阿求の居る部屋の隅だけは照らさない。加えて目の前には首を切られた阿求の亡骸。どうしてもそちらに目が行くだろうて」
「その、さっき文は心臓を貫いて殺したって言ったじゃない。じゃあ何で私に見せたのは首を落とされた亡骸だったわけ?」
「別に難しい理由じゃないぞ。首が切り落とされておれば、一目で死んでると判るじゃろ。だったら亡骸を調べる必要も無い。お前さんを化かすなんて訳ないが、用心に越したことは無いからな。阿求じゃなくて流木だとバレたらここまでの苦労が水の泡じゃて」

 確かに、首を落とされた阿求を見て、私は瞬時にもう助からないと判断していた。
 阿求は人間なのだから、それも当然のこと。

「後ろから付いてきただけの美園じゃが、実は阿求を逃がすための重要な役目じゃった。あいつは阿求の亡骸を見ると、即座に人を呼んでくると言い寝室を離れたな。実はあの時、寝室を離れたのは美園ではなく阿求だったんじゃよ。美園は阿求が走り去った後で、足音を立てないようにゆっくりと寝室を離れたわけじゃ」




 ――――ひ、人を呼んできます!

 ――――美園さんの上擦った声と、廊下を走り去る音が聞こえた。




 目の前には行灯の淡い光で照らされた、首の無い阿求。その横で半狂乱の小鈴。美園さんが人を呼んでくると出て行ったのは覚えているけど、私はその時、上の空だったのかもしれない。
 廊下を走り去る足音が美園さんのものか、それとも目の前で死んでいる筈の阿求のものかだなんて……混乱した私に見破れる筈が無い。

「美園が連れてきたのと阿求の悲鳴を聞きつけたので、稗田の人間が寝室に集まってくる。その途中、誰も不審な人物とはすれ違わなんだ。だがな、不審な人物とはすれ違っていなくとも、稗田 阿求とは皆、すれ違っておったのよ。……こいつらもみんなグルじゃ」




 ――――皆様、いままで本当にお世話になりました。

 ――俺たち、なにもお力になれず面目ないです。

 ――――いえ、皆様にはどれほど感謝しても足りません。それでは、どうかお元気で。

 ――ああ、お嬢様もお元気で。

 ――――はい。




 なるほど、稗田の人間はみんな力を合わせていたわけか、私一人を騙すために。

「小鈴が行灯を取り落とし、それを拾ったお前さんが寝室を調べて、ようやく寝室の状況が窺えるようになるが、その頃には阿求はもう逃げた後じゃな。お前さんは荒らされた書斎を熱心に調べておったようだが、儂らとしてはあの部屋の役目はもう終わっておったわけじゃ」
「成る程ねぇ……」

 マミゾウの話をここまで聞いて、私自身ある程度納得のいくものがあった。首の断たれた阿求の亡骸だけを残して忽然と消え去ったように思えた犯人も、種明かしを聞けば何のことは無い。つまりはみんなして私一人を騙して、あたかも犯人が消えたかのように見せかけていただけ、それだけのことだった。
 しかしある程度の納得がいくものの、同時に納得できない部分もある。

「じゃあここまでで質問なんだけど」
「ん、何じゃ?」
「質問その一、これって要するにみんなで私一人を騙してたってわけでしょ? じゃあそもそも何で、何の目的があって、私なんかを騙そうとしたのよ」
「ふむ、尤もな疑問だわな」
「質問その二、阿求が殺されたのが嘘で実は逃げ延びてましたってのはわかったわ。じゃあその逃げ延びた阿求は、どこで何してるのよ」
「なるほど、まぁその辺のあたりも順に説明してやるから、そう焦るんじゃない」

 マミゾウは飄々とした態度で私に嗤いを向ける。
 別に焦ってる訳じゃ無いし、私はこれでも冷静なつもりなんだけど。




     ◆




「何の目的でお前さんを騙したか、だったな」

 煙管に詰められた刻み煙草が、静かに赤く燃える。

「儂らがお前さんに期待した役割は三つあった。一つは阿求と会って、射命丸をおびき寄せるという役割。一つは阿求の亡骸を見て、阿求は殺されたと認める役割。あとの一つは……まだ今は内緒じゃ」
「阿求が殺されたと認める役割?」
「そうじゃ。わざわざこんな面倒なことをしたのも、世間的に阿求は殺されたということにしたかった、それが目的じゃ。もし稗田の家の者だけで阿求が殺されたとしていたら、どうじゃ? 本当は阿求は殺されていないんじゃないか、実は生きているんじゃないかと疑う者が現れるじゃろうて。しかしもし、たまたま居合わせた天狗が「阿求は確かに殺された」と言い出したとしたら、信憑性が随分変わってくると思わんか」

 なるほど……つまり私は、阿求が殺されたということを世間に信じさせるための広告塔にされていたという訳か。少なくとも、ここでの役割としては。

「しかもお誂え向きに、たまたま居合わせた天狗は新聞記者だと来ている。実に好都合」

 可笑しそうに含み笑いを零すマミゾウ。
 確かに、阿求の死を記事にしようと一瞬でも思いはした。新聞の記事としてはこれ以上無いほど衝撃的な事件だし、それに私は当事者として事件に関わっているのだから、記事にしない手は無い。
 でも散々迷った挙げ句、私は記事にしないことを選んだ。阿求の死を記事にすることは、私の中の阿求や小鈴への思いを裏切ることになる、そんな気がしたから。

「新聞に取り上げてくれたら手っ取り早かったんだが、まぁそれが無くとも結果に大差は無かったわな。阿求の葬式は無事に執り行われ、里の人間は阿求が殺されたことを噂しだす。そしてその夜に阿求と会っていたお前さんも小鈴も、それを否定せんかった。結果として阿求は、何者かに首を断たれて殺されたらしいと、世間ではそう認識されたわけだ」

 計画通りに、阿求が殺されたことにしたかった、という目的は達せられたわけか。
 実際の阿求は生きている、でも世間では阿求は殺されたことにしたかった。……事件の概要がだんだん見えてきたような気がする。

「マミゾウは阿求を殺されたことにしたかった。じゃあ、それは何故? 殺されたことにしたかった理由は?」
「……ふむ」

 ゆっくりと頷いて、マミゾウは口を開く。

「あやつを……阿求を外の世界に逃がすためじゃ」

 阿求を外の世界に逃がす、か。なるほど、これがきっとこの事件の核心なのだろう。

「さっきも言ったように、阿求はどのみち射命丸に殺される運命にあった。具体的に言ってしまえば、幻想郷縁起を書き終えた後に、頃合いを見計らって殺されることになっておった。無論、阿求はそのことを知らない筈だった。なにも知らずに、ある日ふっ、と生涯を終える、その筈だったんじゃ。……だが阿求は、己が殺される運命にあることを知ってしまった」
「何それ、どういうこと?」

 阿求が文に殺される運命にあった。そんなこと初耳だし、文がそんなことする理由も……。

「あぁ……ひょっとしてあの手稿?」
「やっと気付いたか」
「でも、そんなの阿求が黙っておけばいいだけじゃない。そりゃ文にしてみれば厄介な問題だけど、殺される理由としては納得できない」

 これじゃあさっきのやり取りの繰り返しだ。マミゾウの話では阿求が文の秘密を漏らす漏らさない関わらず、阿求は殺される予定だったと、そう受け取れる。
 何かが食い違っている。まだ何か私の知らないことがあるんだろうか?

「お前さん、確か古代天狗文字は読めないんじゃったな」
「ま、まぁ自慢にならないけど少しも読めないわ。こう見えても私、若いから」
「半人前のひよっ子なんじゃな」
「うるさい莫迦狸!」
「天狗なのに古代天狗文字は読めんとな。ならばあの手稿の内容は小鈴に読んで聞かされたわけじゃな。どんな内容だと聞いておるかの」
「どんな内容って」

 あの日、小鈴の読み上げた内容を私は思い出す。
 俄には信じられない、いや信じたくない、驚愕に値するその手稿の内容を。

「あれに書かれていたのは、文が元々実在する妖怪じゃなくて、縁起に書かれたから生まれた妖怪だってこと。文を縁起に書いたのは天狗から稗田 阿弥へ依頼が来たからで、目的は人間の集落との交流……ちょっと、なに笑ってんのよ!」

 気付くと、マミゾウは必死に笑いを噛み殺していた。

「いやいや失敬失敬。小鈴のやつ、お前さんにそんなこと聞かせておったのか」
「……そうだけど」

 文が元々は実在しないこと。私の中の文に関する記憶も、縁起に書かれたから発生したということ。私の中では結構ショックだったんだけど、それをこの狸は、なんで嗤うかなぁ。

「それな、その小鈴の聞かせた内容な、ぜーんぶ嘘じゃ」
「は、……はぁぁ!? ぜんぶ嘘ぉ?」
「小鈴のやつも、なかなか愉快なことを吹き込んだもんじゃわい。射命丸は実在してなくて縁起に書かれたから生まれたか、こりゃ傑作だわ」
「待って待って、待ってよ、ちょっと嘘って、それどういうこと?」
「お前さんもおかしいと思わなかったんかい。天狗からの依頼だか何だか知らんが、じゃあ何でそれをわざわざ古代天狗語なんかで書くんじゃ?」
「何でって、そりゃ天狗の制式な書類だったとか」
「天狗の世界じゃ制式な書類は古代天狗語で書くのかぇ? じゃあお前さんは天狗なのに何で読めんのじゃ」
「いや、今はそういうの無いけど、その当時はそうだったんじゃ?」
「それにじゃ、訊いた話によると射命丸は天狗の中でも相当な古株なんじゃろ? それこそ何千年前から居るのかすらもわからんような。それに比べて稗田 阿弥の縁起が書かれたのはせいぜい百五十年前か二百年前か。どう考えても計算が合わんじゃろうが」

 それは私も疑問に思ったことだけれど、たしか小鈴に綺麗に返された、ような。

「それは、古くから居るということまで踏まえて縁起に書かれていたから、記憶も記録もその通りに書き換えられたんじゃ」
「無いわ!」

 えっ何それ、じゃあ私の勘違い? 取り越し苦労だってこと?

「詳しく説明してやろう。妖怪なんてもんはどんな奴であれ、人間の想像と認識から生まれるもんじゃ。それは例外なきこと。どこかで人間が不可解な死を遂げる、それはこれこれこういう奴の仕業だと誰かが吹聴する、その話が人間達に広まる、それで生まれるのが妖怪じゃ。そこまではわかるな」
「……うん」
「じゃあその誰かが吹聴する代わりに里の専門家が書物で広める。勿論その内容は人間達に広まるな。専門家という信頼と書物という効率で、より効果的にな。じゃからその書物の内容が実情と異なる捏造、創作だったとしても、人々に広まりそれは真となり妖怪に影響を与えるんじゃ」

 だとしたら、やっぱり小鈴の言った内容は正しいとなるんじゃ?
 実在しない射命丸 文という天狗が大昔から居たと書いて広めれば、それは真実となってしまうということなんじゃ?

「記憶にも影響を与えるじゃろうな。だがな、記録はどうじゃ? 射命丸は新聞を発行しておるが、それはどうじゃ?」
「記憶も記録も同じじゃないの?」
「言い方を変えよう。縁起は確かに妖怪に影響を与える。じゃが、妖怪の新聞は果たして妖怪か?」

 妖怪の新聞は妖怪じゃ無い。
 妖怪の新聞は、ただの新聞だ。

「妖怪でも何でも無い新聞なんざ只の紙じゃ。縁起に書かれたからどこからとも無く沸いて出るなんて、どう考えても可笑しいじゃろ」

 尤もな話だ。
 小鈴の嘘は、縁起が妖怪に影響を与えるという事実を過大解釈して、記録にまでも影響を及ぼすと錯覚させていた。それも作為的に。

「それに、そんな内容の手稿をもし公にしたら、困るのは阿求自身であろうな。幻想郷縁起は信じるに値しない書物だと公言するようなもんじゃろうて……まぁ、小鈴の考えた出鱈目の話はここでこれ以上語る必要もあるまい」
「わかった。小鈴の言った内容が嘘だってのはもうわかった。けど……じゃあ、あの手稿には何が書かれていたのよ?」

 マミゾウの話を信じるのなら、それは文が阿求を殺してまで伏せておきたかった内容だということ。そして、それが例え公にならなかったとしても、いずれ文は阿求を殺す事になる。そこに書かれていたのはそんな内容だという事になる。
 マミゾウは煙管を大きく噴かすと、長い煙を吐いた。

「ある意味ここからが本題じゃな。あの古代天狗語で書かれた手稿にはな、ここまで打ち明けてきた儂や小鈴の嘘なんぞ霞んで消し飛ぶくらいの大法螺が書かれておったんじゃよ」

 にやりと嗤う古狸の目は鋭く輝き、私を射竦めるかのようだった。




     ◆




「核心に触れる前にひとつ問うてみようか、その方がわかりやすかろう。はたてや、お前さんは幻想郷縁起という書物、誰が何のために書いたと思っておるかの」

 長い事引き籠もっていた私でも一応は新聞記者の端くれ、嗜みとして幻想郷縁起くらいは目を通している。

「何のためにってのは各巻の序文に書いてあるわね。人間達が妖怪を知り、妖怪への対応法を学ぶため、またはそれを広めるため。誰がというのは訊くまでもないわ。御阿礼の子と呼ばれる稗田の血縁でも特別な力を持つ者たち。もちろん阿求もそれに含まれる」

 こんなのは幻想郷ではごく当たり前な知識だ。それをわざわざ問い質すというのが引っ掛かる。
 目の前の古狸の意味深な視線に、心の中がざわついていく感じがした。

「まぁ模範的な答えだな。では重ねて問うが、幻想郷縁起が言われたとおりの書物だと、お前さんは信じ切れているのかぇ」
「信じ切れているのかって……それ、どういうことよ?」
「つまりじゃな、こうは考えられんか。幻想郷縁起が人間達に広まる、その事で本当に得をするのは、他ならぬ妖怪自身だと」
「え、それって……」
「小鈴の出鱈目な、あれを思い返してみればよかろうて。縁起に射命丸が書かれたから射命丸は生まれた、それ自体はもちろん嘘だが、縁起の特性、縁起と人間、そして妖怪の関係性をよく表しておる」

 つまり、縁起にこれこれこういう妖怪だと記されて人間達に広まる事で、妖怪はその力を持ち得る、マミゾウの言いたいのはそういう事だろうか?

「妖怪は人間達にそういう存在だと認識されなければ存在を保つ事はできん。ならば、己の存在を人間達に広めてくれる幻想郷縁起は、正に妖怪のための書物だと言えるのではないかの?」
「待ってよ、そりゃ妖怪が得するって、そういう面もあるかもしれないけど、そんなの仮説でしか無いじゃない。それに縁起で妖怪が得をするって言うんなら、なんで阿求たちはわざわざ生涯を賭けて縁起を編纂してるのよ。彼女たちに利が無いじゃない!」

 思いつくままに反論を試みるものの、私の声は力の無いものだった。
 自分の主張する反論にまるで自信が持てない。いや、マミゾウの言う主張こそが真実であると、私自身、どこか納得しかかっている。

「ふむ、なぜ御阿礼の子たちは縁起を編纂しているのか。自分たち人間に得が無いのに。尤もな疑問だわな……じゃが、もし御阿礼の子が幻想郷縁起を編纂していなかったとしたら、どうする?」
「はぁ? 編纂してないって、どういうこと!?」
「つまり、幻想郷縁起は歴々の御阿礼の子が編纂している。これが嘘だったとしたら、どうするということじゃ!」

 墓地を包む蝉の音が急に勢いを増したように、私には感じられた。
 目の前に座る古狸は、私を舐るように、弄ぶように、じっと見詰めている。
 マミゾウのそれは、最早問いかけではなかった。
 御阿礼の子が縁起を編纂していない。その事実を私に突きつけている、それだけだった。

「じゃ……じゃあ」

 喉が渇いて、上手く声にならない。
 唇が震える。

「じゃあ……誰が?」

 縁起を編纂しているのが御阿礼の子では無いのなら、一体誰が?

「縁起を編纂しているのはな、射命丸じゃよ」




     ◆




 マミゾウの言葉を、私は聞き間違いではないかと思った。

「もう一度言ってやろうかの。幻想郷縁起を編纂しているのは、射命丸 文じゃ」

 でも聞き間違いなんかじゃ無かった。

「そんな……そんな馬鹿な話が」
「そんな馬鹿な話があるんじゃから仕方が無かろう」

 袂に視線を落とし、煙管の灰を、とんと落とす。

「あの手稿はな、稗田 阿礼と天魔の間で交わされた密約を書き記した物じゃ。そこにはっきりと、縁起の執筆は天狗が行う事と書かれておる。ついでに執筆者として射命丸の名もな」

 文が縁起の執筆者。そんな事が有り得るんだろうか?
 新聞記者として幻想郷中を飛びまわり、数多くの妖怪に取材をしている文。考えてみれば縁起の執筆者として打って付けじゃないか。
 それに古くからいる天狗だというのに、いつまでも現場の記者として出世をしないのも、縁起の執筆という大役があるからだと考えれば納得がいく。
 でも、理屈ではわかっていても、感情が受け入れられない。

「て、天狗が縁起を執筆する理由は?」
「そんなの決まっておろう、縁起を天狗に有利な内容とするためじゃ。人間の手で書かれたとされ、人間達の間で広まる書物。それに書かれた内容が天狗に利することだったとすれば、どうじゃ。わざわざ策を弄する価値もあろうて。なにしろ人間達の間で広まったことは、妖怪達からすれば動かさざる事実となるんじゃからの」
「はっ、馬鹿みたい。縁起が天狗に都合良く書かれているだなんて、それこそ嘘っぱちじゃない! 私だって縁起に目を通しているんだから、舐めないで欲しいわ」

 精一杯の虚勢は、しかし言葉とは裏腹に弱々しく響いた。

「嘘っぱちか。ならば問うが、かつて天狗の山は鬼達が支配しており、お前らは鬼に遣われておったらしいな。じゃあその鬼は何故、山から去ったのじゃ?」
「何故って……確か平和な幻想郷が気に入らなくて、だったんじゃ」
「縁起にはそう書かれておるな。じゃがお前さんは、それを事実だと自信を持てるか? 我が物顔に山に居座り天狗を支配していた鬼達が不自然なほど潔く山を明け渡した、その理由として納得ができるか? 一方的に天狗が利する、その理由として納得ができるか?」
「じゃ、じゃあ鬼が山を下りた理由は何だってのよ!」
「決まっておろう、鬼は山から去ったと、縁起にそう書かれたからじゃ」

 縁起に書かれたから山を下りた?
 鬼が山から去ったから、その事が縁起に書かれたんじゃなくて、縁起に書かれたから鬼は山から去ったってこと?
 それじゃあ順序が逆じゃない。

「そんなの、そんなの出鱈目じゃない。それこそ納得できないわよ!」
「それは可笑しいのぉ、お前さん小鈴の出鱈目は信じたでないかい。あれもこれも同じことじゃ無いのかの」
「あ、あれは……」

 縁起に書かれたから文が生まれた。縁起に書かれたから鬼が山を去った。
 言ってることはどちらも同じ。つまり縁起に書かれたことは妖怪にとって真実となる。
 そして、まるでそれらを裏付けるかのように、文が縁起を編纂しているということを証明するかのように。文は阿求を……殺した。

「……わかったわ、縁起は文が編纂していて、天狗に有利になる内容だった。事実として受け入れるわ」
「まぁ、俄には信じがたい事ではあるがな」
「それで、阿求が殺されなきゃならない理由は?」
「うむ」

 マミゾウはゆっくりと煙管を噴かす。

「儂らにしてみれば別に誰が幻想郷縁起を書こうがどうでもいいことじゃ。だが天狗たちにとっては違う。あくまでも公には、縁起は人間が書いた物で無ければならん。でなければ人間達は信用せず、縁起はその役目を果たせないとなってしまうからの」

 表向き縁起は人間が妖怪に対抗するために書かれたとなっている。おそらくこれも幻想郷縁起という絡繰りの一部なのだろう。

「そこで仮初めの編者として、御阿礼の子が充てがわれたわけじゃ。人間の有力者の書いた本ならば人間達も信用するからの。見返りとして稗田には使い切れないほどの富と、限定的ながらも安全を与えられたらしい」
「安全?」
「稗田の住む集落では妖怪が人を襲わないと約束されたわけじゃ。お前さんも聞いた事あるじゃろう。妖怪は人里では妄りに人間を襲わない事とな。力の無い人間達からすればひどく魅力的な約束じゃろうて。見返りに人間の子の人生を差し出したとしても、十分お釣りが来るくらいにな」

 集落を守るために御阿礼の子はその生涯を捧げる。それは、実のところ文字通りの意味だったというわけか。

「ここまで言えば分かるじゃろうが、御阿礼の子には特別な力なんぞ無いんじゃ。歴代の記憶を受け継ぐだったり、見た物聞いた物を忘れないだったり、転生するだったり寿命が短いだったり、全て嘘っぱちじゃ。阿求の書斎にずいぶん沢山の書物が収められているのをお前さんも見ただろう。見た物を忘れないのなら、あんなもの必要ありゃあせんわな」

 言われるまでは気付かなかったけど、確かに阿求の能力を考えれば、あの書斎の様相は少し不自然にも思える。

「記憶や転生なんぞはどうとでも誤魔化しが効くから問題にはならんのじゃが、御阿礼の子は寿命が短い、これがちと厄介での。……実際に御阿礼の子は、全員若くして亡くなっておる。一人の例外も無くな」
「じゃあ、その寿命だけは本当だったってことに?」
「違う! 全員殺されておるんじゃよ。一人の例外も無く」
「全員……殺された!?」

 歴代の御阿礼の子は全員殺されている。阿求も文によって殺されるところだった。
 いままで見えてなかった線が、徐々に見えてきたような気がする。

「幻想郷縁起は実際は天狗が書き、御阿礼の子は只の飾りでしかない。これは天狗にしてみれば誰にも知られてはならん事じゃ。御阿礼の子という幻想を人間が信じることで、始めて縁起が効力を発揮するのじゃからな。では無事に縁起の編纂が終わり、その代の御阿礼の子に用が無くなったらどうするか? 縁起の真実を知っておるのは当の天狗とその御阿礼の子だけなのだから、当然の流れとして天狗は御阿礼の子から真実が漏れるのを恐れる。そして合理的な解決として、天狗は口封じに思い至る……つまり用が済んだら殺してしまえというわけじゃな」
「そんな乱暴な!?」
「乱暴だわな。じゃがな、初代の稗田 阿礼はどうやらこの条件を呑んだみたいじゃぞい。手稿にはしっかりと書かれておる、口封じのこともな」

 天狗のための隠れ蓑としてだけ存在し、要らなくなったら人知れず処分される。
 そんな非道なことがまかり通っていいわけがない!

「待って、今までの御阿礼の子は全員殺されたんでしょ? そんなの不審すぎるじゃない。誰も異常だって気付かなかったの!?」
「御阿礼の子は転生に百数十年を要する、と縁起にはあるな。百数十年といえば、とても人間が生き存える時間じゃない。つまり新しい御阿礼の子が生まれる頃には、前の御阿礼の子がどう死んだのか知るものはおらんわけじゃ。加えて寿命が短いだの転生だのと言う偽の情報に惑わされて、人間達は誰も異常な状況と気付かなかったわけじゃ」
「でも、そりゃ人間にとっては百数十年生きるのは無理でしょうけど、妖怪だったら……」
「お前さん、まさか知らんわけじゃあるまい。儂ら妖怪が六十年ごとに記憶を無くすことを」

 ああ、俗に言う花の異変というやつだ。
 六十年毎に幻想郷に花が咲き乱れ、それと同時に妖怪は記憶を無くす。
 いや、でもだとすると。

「じゃあ文が縁起を編纂してたってのも、おかしくない? 文も天狗なのだから六十年経てば記憶を無くすんでしょ。でも縁起を書くには、歴代の御阿礼の子の記憶を継承してる必要があるんじゃないかしら」
「確かに記憶を充てにすることは出来ん、じゃからあ奴は、記憶では無く記録を残すことにしたんじゃ。残念ながらお前さんが向かった時は引き払った後だったそうだが、射命丸の寝床には稗田 阿礼の時代から積み上げてきた膨大な記録が残っておったそうじゃ」

 最初から記憶を充てにせず、記録に頼っていたというわけか。
 六十年の花の異変ごとに記録を辿り、再び記憶する。つまりそれは、御阿礼の子が歴代の記憶を継承するのと、実質的に同じ事となるだろう。

「話を戻すぞ」

 マミゾウは呟いた。

「縁起の編纂が終われば口封じに始末される、この事は御阿礼の子自身には勿論知らされておらぬ。阿求も己が殺される運命にあるだなんて露も知らず、短命であり転生が約束されていると信じ込んでおった。なにも起きなければそのまま口を封じられて終わっていた筈じゃった」
「でも、そうならなかった」
「うむ。どういう経緯かは知らんが、あの手稿は鈴奈庵に収められておった。ひょっとしたら真実に気付いた何者かが鈴奈庵に持ち出したのかもしれんが、恐らく稗田にあったら天狗に処分されておったじゃろうな。まぁ答えの出ない推測はともかく……古代天狗文字で書かれたものじゃから誰も読める者はおらん。きっと長い事、謎の文書として本棚の肥やしになっておったんじゃろう。しかしどういう訳か、小鈴にはそれが読めた。草臥れた手稿を軽い気持ちで読んだ小鈴は、そりゃ驚いたことじゃろうて。なにしろ其処に書かれておる事が本当なら、阿求が間もなく殺されることになるのだからの」




 ――――ねぇ、もう泣かないで。

 ――――大丈夫、私がなんとかするから。

 ――――だからもう泣かないで。

 ――本当?

 ――――うん、本当だよ。

 ――――私が阿求を、助けてあげる。

 ――――だから、信じて。

 ――――信じればきっと、何もかもうまく行くんだから。

 ――うん。




 偶然に偶然が重なって、阿求は真実に辿り着いた、というわけか。

「幻想郷縁起の真相を知った小鈴はどうしたか? もう分かってはおるだろうが、あいつは阿求を助けようとした。阿求自身にも当然真実を告げたわけじゃが、儂も小鈴に相談されてな。…………なんの力も持たない人間の小娘が天狗たちを相手に化かし合いを仕掛けるだなんて、実に儂好みの話じゃろ」
「確かに、あんたの好きそうな話だわ」
「まぁ、そういう訳でお前さんをちょいと利用させて貰った。小鈴は最後まで気に病んでおったがの、別にお前さんは気にしとらんじゃろ?」

 それは私が決めることで、マミゾウに決めつけられても困るんだけど。
 でも、私も真相を知っていたら、もし知っていたとしたら、きっと迷わず阿求を助けただろうと思う。

「まぁ、仕方ないからそういう事にしといてくれてもいいけど……あ、ところでさっき、私に期待してた役割は三つあるって言ってたじゃない。あとの一つがまだなんだけど」
「おお、そうじゃそうじゃ忘れておったわい。最後の仕上げの話を、お前さんにも聞かせてやらんとな」




     ◆




「三つ目の役割はじゃな、お前さんが最初に阿求に貰った手紙、あれに書いてあるとおりじゃ。つまり、阿求を殺した犯人を捜し当てるということじゃな」
「犯人を捜し当てるって、でもそんなの文が犯人だってわかってたんでしょ?」
「まぁ、そうじゃがの」

 阿求の寝室に来た文を化かしたというのなら、マミゾウも、そして恐らく阿求自身も寝室に居たということだ。だったら文が偽の阿求を殺す瞬間を見ているはず。わざわざ私が探さなくても、文が犯人だっていうのは確定している情報のはず。

「肝要なのは、お前さん自身が射命丸を犯人だと確信することだったんじゃ。儂や小鈴でなく、お前さん自身がな。そのためにわざわざ探偵の真似事までしてやったんじゃぞい」

 つまりマミゾウは、事件を推理する振りをして、文が犯人だという方向へ私の思考を誘導していたってわけか。

「なるほどね、でも鎌鼬は大外れだったじゃない」
「本当のことを言う訳にはいかんかったのじゃから仕方なかろうて」
「まぁいいけど。それで、どうして私に文が犯人だって確信してほしかったのよ」
「うむ、つまりじゃな、殺されたフリをして阿求を幻想郷の外に逃がしましためでたしめでたし、ではどう考えても落ちが付かんじゃろ。そもそも射命丸は秘密が漏らされるのを恐れて阿求を殺しに来たんじゃから、ならば次はどうする? 阿求と接触したお前さん、そして小鈴を始末しようとするんじゃないかの?」
「そりゃ、実際に襲われたしね」

 それは当然のことだろう。もし私が文の立場だったとしても、きっと同じ事をしたと思う。

「この際、お前さんは放っておいても自分でどうにかするじゃろうが、小鈴はそうもいかん。人間の子供なんて逆立ちしても天狗に敵うわけがない。どう足掻いてもじきに殺される事じゃろうて。それだけじゃないぞ。なにしろ天狗のことだからの。外に逃がした阿求を追って、殺してしまわんとも限らない。さて、どうしたらいいと思う?」
「うーん、ああそっか。文が阿求を殺した犯人として捕まれば小鈴も阿求も助かる、そういうわけね」
「大外れじゃ!」

 私を見るマミゾウの視線が冷たい。

「御阿礼の子を殺したのが天狗だと知れてみろ。お前ら天狗の立場は地に堕ちるぞ。違うか!?」
「そりゃ、まぁ……」

 御阿礼の子といえば幻想郷に住む人間の代表のようなものだ。それを天狗が殺したとなれば、下手をすれば幻想郷中を巻き込む争いになるかもしれない。

「だからな、射命丸が阿求を殺したという事実は、交渉の材料と成り得る、そうは思わんか?」
「交渉……って、誰と?」
「決まっておろう。天狗の頭領、天魔じゃよ!」




     ◆




 荒事となれば小鈴やお前さんじゃあ頼りにならん。この二ッ岩の出番じゃわい。
 天狗の山に狸が集まった珍事はお前さんも知っておるな? 言うまでも無くあれは儂の差し金じゃ。幻想郷中の狸を掻き集めて山を囲ませてもらった。
 天魔と会わすまで一晩中でも狸囃子を続けるつもりじゃったが、案外早くに向こうさんは折れよったわ。まぁ心当たりもあっただろうしの。
 交渉の席に着くのは無論、儂一人でよかったんじゃが、用心するに越したことは無いのでの。立会人として八雲 紫にご足労願った。決して臆病風に吹かれたわけじゃないぞい。

 下っ端天狗の案内で連れて行かれた部屋は天狗に似付かわしくない洋風の部屋じゃった。カーペットにシャンデリアにソファーにテーブル。まぁお前らの西洋かぶれに文句を垂れるつもりは無いが、部屋が薄暗いのだけは文句を言いたくもなったわい。

「ようこそお越しになられました。私は天魔様の補佐を務める崇徳院 あまねと申します」

 儂らを出迎えたのは年の頃十もいかないであろう、色の白いとても一人前とは思えぬ小娘じゃった。濡れ羽色の髪に墨染めの頭巾を載せておるから何とか天狗と判ろうものの、天狗の頭領と身構えておった儂からすれば、拍子抜けじゃったわい。

「申し訳無き事ですが天魔様はあなた方とはお会いになりませぬ。山の外より来たりし者は天魔様と会う事叶いませぬ。されど私は天魔様の代理人であります。私の目は天魔様の目に等しき、私の耳は天魔様の耳に等しき。私の言葉は天魔様の言葉と受け止めて頂ければよいかと」
「うむ、佐渡の二ッ岩じゃ、よろしゅう。こっちは立会人の八雲 紫殿じゃ」
「お初にお目に掛かります」

 代理人とやらは臆する事無く、儂に向かって天魔とは会わせんと抜かしおったわ。まぁ天魔だろうが代理人だろうが言う事さえ聞いてくれれば、どちらでも構わんが。

「それで天魔様に話があるとは、いかなる用件で?」
「ああ実はな、今日は天魔と交渉しにやって来た」
「交渉ですか……一体どのような」
「稗田 阿礼と天魔の間で交わされた、幻想郷縁起に関する密約書の件じゃ。お前さんも天魔の小間使いなら知っておろう。いや、知らぬとは言わせんぞ!」

 密約書の話をすると、あまねとやらは着物の袖で口元を隠して、なにやら驚いた振りをしておったわ。
 ずいぶん下手な演技じゃ。

「そのような密約があったことは私も伺っております。そしてあなた方がそれを所有しているということも聞き及んでおります。ですが、あなた方はなにを根拠として、その密約書に書かれている事が真実であると仰るのでしょうか? その密約書は全くの偽物なのかもしれない。その密約書に書かれた内容は根も葉もない出鱈目なのかもしれない。もしその密約書の内容が真実でないのなら、あなたがここに来たことは間違いだということになりませんか?」
「お前さんのところの烏天狗が御阿礼の子を殺めた! 密約書が出鱈目であれば阿求を殺めたりはぜんわい! 射命丸が阿求を殺した、それこそ密約書が真実である証であろうが!!」

 向こうも阿求が本当は生きておることは掴んでおるだろうがな。
 しかし暖簾に腕押しというか、儂が啖呵を切っても何処吹く風で、のらりくらりと妙に手応えの無い奴じゃったわ。

「証拠はあるのですか? 烏天狗が御阿礼の子を殺めたという証拠は?」
「証拠なんぞ不要じゃわい。お前さんらも知っておるじゃろう? 姫海棠 はたてが稗田 阿求殺しの犯人を射命丸 文だと断定した。つまり、その気になれば新聞として広める事ができるということじゃ。新聞を読んだ人間は証拠を求めるか? いや、証拠を求めたりなんぞせんわな。烏天狗の新聞で烏天狗が告発される、誰もそれを疑いはせんわ。そしてそれが広まれば、じきに真実となるわな」
「そんな新聞の発行が許されるとお思いで?」
「そんな新聞の発行が許されないと何故思う? お前らは殊更偉そうに新聞を扱うが、儂からすればあんな物、ただインキを刷り付けただけの紙じゃわい。そんなもの何処でだって作れる。そうさな、幻想郷縁起御用達の鈴奈庵なんてどうじゃ? 姫海棠の奴、お前らとは金輪際縁を切ってでも新聞を発行したいと息巻いておるぞ」

 それでも儂の腕押しが少しは効いたのか、あ奴は目を瞑ってしばらく考えておった。

「……それで。その交渉材料に対する、あなた方の望みは?」
「勘違いするなよ。儂は交渉に来たんであって、お前らを脅しに来たわけじゃ無い。儂らの交渉条件は、お前らからすれば雑作も無いことじゃ」
「どうぞ仰ってください」
「然るべき時期が来るまで、稗田 阿求および本居 小鈴、ならびに姫海棠 はたてに対し、一切の干渉をしないこと。勿論、天狗以外の者を使っての干渉も駄目じゃ。その条件を約束してくれたなら、見返りとして儂らは然るべき時期まで、稗田 阿礼と天魔の密約書の事、および射命丸 文による稗田 阿求殺しの事を一切口外しないと約束する。……どうじゃ?」

 あいつらには何も損が無いのじゃから、これ以上無い条件だわな。
 即答すればいいものの、またここで何事か思案し始める。

「……天魔様に伺って参りますので、しばしお待ちを」

 その果てにこれじゃ。一々が芝居がかっておるわ。
 あ奴が席を外したんで、儂は隣の八雲と時間を潰すことになった。

「なぁ八雲や。あ奴は代理人じゃと抜かしておったが、儂の勘はあいつが天魔じゃと、そう言っておるぞい」
「子供の遊びに付き合ってあげるのが立派な大人の態度ですわ。あの方が代理人だと仰るのなら、話を合わせてあげればいいじゃないですか」
「ははっ、天狗とは誠に面倒臭い連中よのう」

 ものの五分とかからずに天魔の代理人は帰ってきおった。
 化粧でも直しておったのかのぉ。

「天魔様は、あなた方との交渉を結んでも良いと仰いました。但し、一つだけ条件を加えさせて頂きます。私どもに探られて痛い腹など無いのですが、よもやまかり間違って火の粉が掛かるのも愉快なことでは御座いません。つまり、稗田阿求が何者かに殺された。これが事実だというのが都合悪い。ですから稗田阿求には病死して頂きたいのです」
「加える条件はその一つだけ。それで異存は無いのじゃな」
「ええ、ありません」

 儂らの条件は概ね通るわけじゃし、こちらとしても勿論異存は無かった。

「聞いたか八雲?」

 黙って聞いてた八雲は、音を立てて扇子を仕舞って、妙に胡散臭い笑顔を浮かべて。

「この度の会談、両者合意に至ったと、この八雲 紫がしかと見届けました。くれぐれも反故になさらぬよう」

 まぁ、そんなわけで天魔とは仲良く和解したというわけじゃ。
 絶対に必要だった小鈴と阿求の安全が確保されたのだから、あとは正直どうでもよかったんじゃがの。




     ◆




「それからのことはお前さんも察しておるじゃろう。天狗の条件を充たすよう慧音に歴史を弄ってもらった。阿求は肺炎を拗らせて死んだことになっておる。当事者である儂やお前さんにまでは影響は無かったようじゃがの。まぁとにかく、めでたしめでたしじゃ」
「めでたしめでたしって、冗談じゃ無いわよ。なにしれっと人の進退を左右しそうな出鱈目吐いてるのよ! しかもよりによって、あまね様の前で!」
「なんじゃ、なにを怒っておる?」
「そりゃ怒るわよ! 天魔様と縁を切りたいだなんて、私そんなこと言った? 言ってないわよね? 思ってすら無いもん!」

 そういえば五十年ほど前に、賞与の査定が極端に渋くなったことがあったような……。あれはこいつの所為だったのか! おのれ、この迷惑狸め!

「口を封じられることを思えば、まだマシじゃろうが」
「不要に人の評判落とすことも無いでしょうが!」

 のらりくらりと減らず口ばかり叩いて、全く、なに考えてるんだか。
 大体、縁起のことも阿求のことも口外しないって、天魔様と約束じたんじゃ無かったの!?

「五十年越しの謎解きだか何だか知らないけど、あんたそんなベラベラと喋っちゃって、いいの?」
「なんじゃ、聞きたく無かったのかの?」
「聞きたくないってわけじゃ無いけど、ほら、天魔様と約束したって言ったじゃない。それ思いっきり反故にしてるんですけど!」

 残らず聞いた今では、聞かなきゃよかったと思わなくも無い。

「何じゃ、そんな心配しておったのか。儂は確かに言ったぞい、然るべき時期が来るまでとな」
「然るべき時期?」
「お前さんは相変わらず察しが悪いの」

 愉しそうに呟いて、マミゾウは煙管で頭上を指した。
 私もつられて、そっちを見る。
 マミゾウが煙管で指した先、そこにあったのは桜の木の枝。
 暦の上では晩秋だというのに、その桜は今にも開きそうな蕾を鈴なりに並べ、満開の花を咲かせるのを待ちわびているのだった。

 はらりと、何処かから。
 秋風に乗って、薄桃色の花片が舞い降りてきた。

「もうすぐ花の異変が起きるんじゃ。幻想郷中が狂い咲きの花に包まれ、儂ら妖怪は記憶を失う。五十年前の事件も、今聞いたことも、ぜんぶ忘れちまうんじゃ。なにを遠慮する必要がある」
「じゃ、じゃあひょっとして」

 教えても全て忘れてしまう。だから今になって秘密を明かした。だから今まで秘密を明かさなかった。

「お前さんには、阿求が殺されていないと知ってほしかった。阿求が幸せだったと知ってほしかった。忘れても構わん。ただ一瞬でも、知ってくれればいいんじゃ」
「待ってよ、忘れてもいいだなんて、そんな……それじゃ駄目だよ。そりゃ阿求は助かった、幸せだった。それは勿論嬉しいんだけど、じゃあ次の御阿礼の子はどうなるのよ? その次は? なにも知らないで転生の準備して、それでまた文に殺されるの? それに文だって殺したくて殺してるんじゃないのよ。そういうルールだからって、そう割り切って、どうすることも出来なくて、それで仕方なく殺すのよ。それじゃ文も、次の御阿礼の子も、可哀想だよ!」

 私の体がまるで私じゃないみたいで。
 一度吐き出した言葉は止まってくれなくて、感情を残らず晒すしかなかった。

「射命丸にな、会ってきたんじゃ」

 マミゾウは目を瞑って、確かめるように少しずつ呟きだした。

「地底で羽根を伸ばしておったよ。此処の暮らしも慣れれば悪くはないですね、って。妙にさっぱりした顔しておってな。幻想郷縁起は御阿礼の子にとっては重荷でしかないが、同じように、あ奴にとっても重荷となっとったんじゃ。射命丸はな、阿求にも、阿求以外のこれまでの御阿礼の子にも、申し訳がたたないと嘆いておった。そして射命丸はな、もうこんな事をしている時代じゃ無い。もう変わるべきだと、そう言っておったよ」

 そしてマミゾウは、どこか寂しそうに。

「じゃが、儂らは忘れてしまうんじゃろうな……」

 と呟いた。
 私は、忘れたくない。
 マミゾウが忘れても、文が忘れても。
 私は忘れたくない。
 腰から小刀をそっと抜くと、私は阿求の墓に、誰も眠っていない阿求の墓に、私の想いを刻み込んだ。

「ふむ、最後の御阿礼の子、此処に眠る……か」
「花の異変が起きて全部忘れたら、私はまたここに来る。そして、今度こそ忘れない」

 マミゾウは静かに笑うと、煙管を懐に仕舞って立ち上がった。

「久しぶりに呑みたくなった。酒場に行くぞい、お前さんも付き合え」
「付き合えってことは、奢ってくれるんでしょうね」
「奢りたいのは山々なんじゃが、生憎と今は葉っぱのお金しか持ち合わせておらぬのでな」
「なにそれ、元から私に払わす気だったっての!? 信じられない、この最低狸!」

 時季外れの蝉の音が墓場に響いていた。
 もうすぐ花の季節がやって来る。








     了








 追伸

 狸と天狗の喧騒が去った命蓮寺の墓地。
 外れに佇む阿求の墓の、それに寄り添う小さな墓石。
 本居小鈴の眠る、小さな墓石。
 その墓前には、一体誰が供えたのやら。
 薄桃色の椿を模した髪飾りが。
 そっと、供えられていた。

  
にゃんぱすー
めるめるめるめ
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コメント



0.簡易評価なし
1.7あらつき削除
面白かったです。物語として特に文句無し。
推理物として楽しめなかったのは、ミスリードにしろヒントにしろ、そういった要素をあまり感じられなかったからかも知れません
2.10名無削除
どうしたら思い付くのかってくらいのオリ設定にも関わらず、スラスラと話が進んでいく様はお見事
3.8名前が無い程度の能力削除
もう一ひねりが欲しかった…
4.5ばかのひ削除
すごく展開が早い!
もう少しじっくりねっとりねぶってほしかったなあ 大きな話なので少し物足りなさを感じました
5.6がま口削除
なるほど! 新しい設定解釈の筋が通り、ミステリ調の語り口が心地よかったです。
ただ、要所の説明や地の文があっさりし過ぎているため、読者を置いてずんずん話を進めている印象を受けました。
せっかく素晴らしい構想をお持ちなので、もっと文章に重厚感があるといいなぁ、と思いました。
6.9絶望を司る程度の能力削除
嘘だらけですな…
7.9ナルスフ削除
にゃんぱすー
ぬおおおお、してやられたあああああ
テーマ的に嘘で前半を全てひっくり返すような作品が絶対に出てくると思ってた。しかしここまでの規模の大嘘とは予想外。
いきなり出てきたマミゾウの怪しさとか、鎌鼬が物色なんてできるわけないっていう違和感には気づいたけれども。どうしようもなかったですねえ。
インパクトのある冒頭から、怪しさ抜群の中盤、ひっくり返される終盤と実に楽しんで読ませてもらいました。
しかし設定の網目をよくぞこうまで縫い付けたものですわ。幻想郷自体が嘘に動かされていたとは。
んー、でも冷静に読み返すと御阿礼の子の仕組みが若干意味わかんないですね。
『縁起の真実を知っておるのは当の天狗とその御阿礼の子だけ』ってことは御阿礼の子以外の稗田家の家人は知らないってことですよね。
でも密約書は御阿礼の子自身にも読めなかったし、記憶の引継ぎもない。御阿礼の子はどうやって真実を知るのでしょうか。
それを天狗がいちいち説明しにくるにしても、さすがに一緒に暮らしてる家人が『御阿礼の子は実際には縁起を編纂していない』と勘付けないわけがないと思うんですが。
稗田家がグルならまだわかるんですが、その場合は御阿礼の子だけを口封じする意味がありませんしね・・・。
自分が読解しきれてないだけでしょうか?
まぁ、細かいところはともかく、ストーリーライン自体は楽しませていただいたので、この点数で。
8.8PNS削除
わーい、首切りミステリ仲間だー(゚∀゚)人(゚∀゚)
幻想郷縁起を天狗が書いていたというのがとても面白い発想でした。
言われてみればありそうな感じです。いい具合に狡猾w


9.10道端削除
 いや、僕きんモザ民なんで…(困惑)

 阿求たちの一世一代の大ぼら話をここまで鮮やかに、ダイナミックに描き切って見せた手腕に脱帽。犯人捜しやその手段を探す段にいたってはミステリを読んでいるがごときハラハラ感。そして最後の謎解きでは、今までの情報を上手いことひっくり返して綺麗に話が繋がるというカタルシス。素晴らしい。
 いや、素直に楽しかったです。これにどうオチをつけるのか、というのにも注目していたのだけど、テーマである嘘を根幹にそれまでの納得のいかないような燻る気持ちを一気にひっくり返していただきました。お見事。
10.8みすゞ削除
【良い点】
にゃんぱすー。冒頭からぐいぐい引き込まれます。殺された阿求、容疑者の文、「この先どうなるのだろう」とわくわくしながら読めました。後半に明かされる大胆な独自設定も好きです。
【悪い点】
ラストのネタばらしがマミゾウさんの独壇場となっていたのが少し気になりました。もう少し主人公のはたてを動かしてもよかったと思います。
11.9きみたか削除
壮大な嘘!最後の種明かしまでいろいろと完成度の高いすごいお話でした。それだけに、惜しい!とても惜しい!!
稗田阿礼は暗記の人。『子』の初代は阿礼ではなく阿一。そうでないと阿求が九代目になりません。
コンペでなければ、コンペでなければスルーして読み替えちゃうところですが!ここは強烈な減点対象です。
12.7名前が無い程度の能力削除
冒頭の阿求からの謎めいた手紙からマミゾウが消えるまでは、まさに謎が謎を呼ぶ展開で夢中になって読んでいました
その次の場面で数十年の時がたって小鈴が墓の中にいることが分かった時は、驚きのあまり思わず声が出てしまいました
ただ、時がたっているだけならともかく、犯人であるマミゾウが全てを語り始めたのは、ちょっと首を傾げざるをえなかったです
主人公のはたてが探偵役として動き回っていたのに、真の犯人たちを探し当てる訳でも、自分から真実にたどり着く訳でもなく、後になってただ犯人から真実を聞かされる展開には少々納得がいきませんでした
かなり我儘な意見ですが、どうせならはたてが自分で真実に気づき、真実を知った上でどう行動するか見てみたかったです
幻想郷縁起は実は天狗が書いていたことや、阿求を逃がすための謎自体はとても面白かっただけにもったいなかったです
13.2エーリング削除
トリックに納得がいかない点が多かったです。
マミゾウの説明が長すぎました。
組織の話なのに姫海棠が組織から自由すぎると思いました。
14.10智弘削除
今回の話の中で特に好き。
15.9時間が足りない!削除
御阿礼の子の設定は嘘で、実はこうだったんだよ! という新しい視点が素晴らしい。
面白くて一気に読んでしまいました。
良くこんなミステリが思いついたと感心すると言うか、嫉妬するというか。
難点は少し話がややこしかったかな、という所ですが、それでも充分に面白かったです
16.8K.M削除
組み合わせの妙を感じました。