第十二回東方SSこんぺ(嘘)

つぶらな瞳と地中の心

2013/10/27 23:52:06
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 土竜は地中を嗅ぎ分け進むというけど、私たちは街灯の点いた道を歩いて進む。
 蜥蜴は餌を探して一日を終えるけど、私たちにはそれなりの娯楽がある。
 鯢は土の外に顔を出すのにリスクが伴うが、私たちには管理された街並みがあり、地底の管理人もいる。
 その地底の管理こそが私、古明地さとりの仕事。


「サンショウウオ、ねえ」
「はい、魚辺に兒と書いて“さんしょううお”、と読みます」
 私の言葉に、目の前の客人は「やれやれ」といった顔をする。
「魚辺はいいとして、まず“げい”の書き方を教えてくれないかしら」
 ウェーブのかかった金髪を後ろ手でくしゃりとやるのは、同じ地底の住民、水橋パルスィ。閉じた目を開くと、長く整った睫毛の間から緑色の瞳が覗く。
 地底の娯楽はあくまでそれなりなので、暇が積もれば友人の所へ邪魔したりもする。つまり恥ずかしい言い方を避けないのであれば、彼女、パルスィは、私、古明地さとりの友人ということになります。同じ忌み嫌われた妖怪とはいえ、よりによってさとりの妖怪の友人とは勇気がいることね。
 そんな彼女に、テーブルに指で書いて漢字を説明してやる。こうこうこう、こうこう、こうでこうよ。
 文字は把握したようだが、向かいのパルスィはまだ納得がいかないようだ。
「でも、サンショウウオって、山椒の魚と書いて“山椒魚”とも読むじゃない。どうしてそっちの読めない字なのよ?」
「それは私が山椒が好きでないからです」
「あ、そう」
 そんな理由か。そう続けそうなトーンで言葉を漏らすと、パルスィは目線を手元に戻す。親指で手の上の生物を可愛がるように撫で、語りかける。
「残念ね、あなたこれから会う人に毎回名前の書き方を尋ねられるのよ」
「ここで名前を気にするのはごく少数ですよ。さあ、鯢を籠に入れますからこちらに」
 そこでパルスィは大事に抱えた鯢を私に手渡す。体長15センチから20センチくらいの彼女、もしくは彼をプラスチックのケースに入れ、ぱこん、と蓋を閉じてやる。
 手のひらと指先の可愛がりから解放され新しい環境に入った鯢は、籠の中をぐるりと歩き回る。土を掻きながら歩き、水の存在を確認する。
「よく見ると随分ぐりっとした目してるのね。まるでボタンみたい。瞼とかあるのかしら?」
 たまたま現場に居合わせたからだろうが、珍しく興味を示したパルスィが籠の中を覗き込んで言う。
「たぶんあると思いますよ。水ならまだしも土には潜りづらいでしょうし」
「なるほどね」
 私も肘をつき、籠を側面から覗き込んでみる。テーブルの真ん中に置かれた籠を互いに覗き込むため、パルスィの顔が少し屈折して見える。
 なるほど、確かにくりっとした目には、一見瞼があるかどうかは分かりづらい。
 しかし。
「ぐりん、というより、つぶらと言いませんか。まるで可愛いげがないような言い方です」
「黒目だけに見えるから、少し怖いわ」
 鯢が落ち着くまで、一通り眺める。初めは透明な壁をべたべたやったり顔を擦り付けていたが、どうやらこの中は外敵のいない快適な空間だと理解したようだ。鯢は土の上に体を横たえ、大人しくなった。
「大人しくなったわね」
「そうですね」
 テーブルに乗り出していた身を起こし、満足げなパルスィと目が合う。居住まいを正して、口を開こうとして。
「あれ」
「えっと」
 お互い話す内容を忘れてしまった。なんだか随分と脱線してしまったような気がする。
 もう一度鯢に目をやり、思い返す。


  ◇  ◆  ◇


 これは、違う。これも。
 ないわね。
 ないわ、ここにもない。
 なさそう。こっちは、んっと、なさそうね。
「ちょっと、真面目に探してるの」
「探してるわよ。むしろ、探してあげてるわ」
 地上に繋がる洞窟の奥、地底の奥に立つ地霊殿の、もう少し奥。一見するとただの廃墟の中に、少女の影が二つ。
 外観に比べれば遥かにきれいな一部屋の隅で、二人の少女は金属の箱の中を漁り、中身を出しては違う違うとため息をつき合っていた。
「これも、ただの板。これは、般若の面。もう持ってる」
 真面目に箱の中を覗く少女は、肩まで伸びる桃色の髪を揺らしていた。小さくスリットの入ったロングスカートは土にまみれた廃墟に少し不釣り合いだったが、不思議と土汚れはない。
「あなたが一緒に探してくれと頼んだのに。注文の多いお面屋さんね」
 もう一人の少女は瞬きもせず、一見真面目に探しているようにも見える。しかし手元はざっくばらんに箱の中を触っているだけで、鍔の広い帽子を揺らしながら、時おり鼻歌すら歌っている。
「この箱は、うん、軽い。きっと無い。パス」
「中身も見ずにどうして分かるのよ」
「第六感よ。シックスセンスってやつ」
 それでもどこの宝箱にしまったのか、それは覚えてないのね。
 桃の髪の少女はぼやきながら、ここもだめ、と鉄の箱を閉めた。
「これで三ヶ所目よ。あなたの宝の隠し場所はいくつあるの?」
 そそくさと部屋を出る帽子の少女は、窓から岩肌が剥き出しの地底を眺め、指折りながら考える。
「あと行ってないのは、地霊殿の近くに一ヶ所のはずよ」
「はずって、どういうこと」
 少女は開け放った二階の窓から飛び降り、たんっ、と手を広げて綺麗に着地を決める。
「10点。それがね、地殻変動で廃墟ごと消えてたりするのよ」
「ちょっと、それは困るわ」
 目の前で消えちゃう前に、早く行こ行こ。と、窓の前に立つ少女に手をぶんぶん振って呼び掛ける。
 焦ったような無表情で、桃色の髪の少女は窓枠を蹴った。


  ◇  ◆  ◇


 ああ、そうだ。
 元はといえば、私が来訪して、やつの手元に興味を示してしまったからだ。だからこんな話になったんだっけ。
 記憶を取り戻して、一人納得する。
 昼下がり。といってもここは地底なので、正確な時刻の実感は無いのだが、とにかく今は午後のティータイム。私の目の前に座るさとりが出してくれた紅茶を一口いただく。
「美味しい」
「それは良かったわ」
 表情からして、さとりも事の発端を思い出したようだ。
 かつて人々に忌み嫌われた妖怪が封印された地底。またの名を、旧地獄跡。そんな吹き溜まりのような地も今では一つの街として栄えるようになり、地底世界と呼ばれちゃんと機能している。
 その地底を納め、ここ地霊殿の主でもある、私の目の前に座る古明地さとり。体躯は平均より少し小さめ、薄紫の癖っ毛をカチューシャで留め、胸元にはパッチリと開いた、赤い第三の目が下がっている。
 種族としてのサトリ。他者の心を見透かし手玉にとるとされ、人に嫌われるばかりか、同じ妖怪達からも嫌われた一族。目の前に座る、少し抜けた感じもする彼女もまた“心を読む程度の能力”を持つ。
 そして対する私は、“嫉妬を操る程度の能力”を持つ橋姫。
 人間が見たら引っくり返るような、嫌われ者の会合。
 それを紛らすのは、地霊殿で放し飼いにされた動物達。主に犬、猫、鳥類。今もラウンジでは、猫が我が物顔で闊歩している。広大な敷地には虎が放ってあるとの噂もあり、これでは一部から動物園扱いされるのも無理はない。
「何か言いたげですね」
「ん」
 目線を戻すと、さとりは紅茶のカップを置いてじっとこちらを見ていた。その目つきは心を読むときの目ではなく、相手の返答を待つときの目だ。
 おや、そういえば。
「最近、心を読まないわね」
 さとりはカップを口に運び、目と眉だけで先に返事を返す。
「ああ、その事ですか」
 二三度小さく頷くと、自分を納得させるように、少し恥ずかしそうに話し始めた。
「確かにそうですね、気を付けるようにしています。柄でもないのですが、私も少しぐらい変わった方がいいのかななどと思いまして」
 へえ、自分から変わると言い出すなんて珍しい。
「簡単に言えば、イメージの払拭です。サトリとは、前に立っただけで心を全て読まれるものだと思ってる人もいるそうで」
「まあ、年食った大物になればそうと言うわね」
「知っての通り私は違うのですが、現状ですら、少し離れた妖怪になるともう外交が成り立ちません。まずは誤解を解くためにも、むやみに力を使わないサトリに向け、努力を始めようかと」
「それはそれは。素敵な心がけなんじゃないかしら」
 残念ながら、心がける機会もあまり無いのですが。とさとりが溢す。
 それから、とりとめの無い話をした。山椒の話、料理の話、鬼の話、最近起こった地上の騒動の話。
 ふと、思い出した。地上の騒動について聞きたかったことがあったのだ。さとりの妹の話をしてみる。
「そういえば、こいしは最近どうしてる?」
「こいしですか。そうですね、良くも悪くも普段通りです。一時期ほどではないですが、どこにいるのか分からないことの方が多くて」
 古明地こいし。サトリの妖怪でありながら、その力を自ら閉ざした古明地さとりの妹。
 力の象徴である第三の目を閉ざした事で、その能力を自らの有意識ごと無くした妖怪の少女。そして無意識のみになった彼女は、端的に言って、非常に認識しづらい存在となってしまった。私が認識し、交流できるようになったのもついこの間だ。
「あの子がどうかしたんですか?」
「この間、地上の騒動を纏めた新聞をたまたま読んでたら、そこの写真にこいしがいたのよ」
「まあ、それは」
 天狗の発行する新聞は基本的に半分ぐらいしか信用ならないが、そこで話を盛るためにこいしを使うとも思えない。黙って地上に行くこともあると聞くし、動機はさておき、本当に騒動に関与していたかもしれない。
「知らなかったわ。あの子、写真機にうつったのね」
「そこから?」
 物理的に消える能力なんて無いし、それはうつると思うけど。
「いえ、そもそも、写真なんて撮ったことがないので」
「それは、あなたが写真嫌いだから?」
「はい」
 ああ、そう。
 古い人間は『写真に撮られると魂が抜かれる』とか、仕組みも知らず嫌ったそうだが。
 理由を問いただす気にもなれず、黙っておく。代わりに紅茶の味を楽しんでいると、おもむろにさとりが口を開いた。
「いえ、魂が取られるなんて思ってませんよ。仕組みも分かってますし古い人間でもありません」
 久しぶりの感覚で、危うくむせるところだった。
「パルスィは私をそんな風に思っていたんですか。心外です」
「ちょっと、さっきの努力の話はどうしたのよ」
「ごめんなさいね、本質的に心配性なの」
 このサトリ妖怪、反省する素振りも見せない。
 外交を好転させる気はあるのか。
 私の目線をよそに、俯いたさとりは少しだけ口元を緩める。
「でもまあ、確かに外に出ていたらしいのは本当ですね。最近も『河童の友達ができた』とか、『新しいお友達ができた』と聞きますし」
 さとりが椅子から離れ、部屋の隅で鳴いていた子猫の所に歩み寄る。片手をしゃがみ込んだ膝にやり、右手を出して子猫と遊んでいる。
「それは心配もしますが、あの子が嬉々として色んな話をしてくれるのは、姉として嬉しいものです」
 姉として、ねぇ。
 再び動物に集中し、話が途絶えた頃。ノックと共にドアが開かれた。


「さとり様、いらっしゃいますか」
 さとりはしゃがみこんだまま、猫を撫でる手を止めずに首だけで振り返る。
 鈴の鳴るような声で現れたのは、真っ赤な髪色をした妖怪の少女。さとりのペットのうちの一匹であり、火焔猫燐。周囲からはお燐と呼ばれ、さとりからも同じペット達からも信頼が厚い。真っ赤な猫耳とスカートから覗く二股の尻尾が特徴のように、化け猫の種である。
「あらパルスィさん、いらしてたんです、か」
 目線が一度席のパルスィに移った後、さとりの様子に気づいたお燐は動きを止める。
「何かあったのお燐、またお客様?」
 さとりは動かす右手はそのままに、お燐の用件を問う。
「あ、いえ、その。こいし様がですね」
 お燐は平静を保っているが、目線が逸れ、尻尾がうずうずし出す。明らかに目線は、中空とさとりの手元を行き来している。
 もう一度言うと、猫である。
「こいし? こいしがどうかしたの?」
「お燐、何か物欲しそうな顔ね、こっちに来て一緒に撫でたら?」
「はい、パルスィさんでも喜んで、じゃなくて、えっと」
 パルスィが肘をついたままお燐をからかう。お燐は一度本音を出しながらも、“こいしが帰宅して友達を連れてきた”という旨を、なんとか伝えることに成功した。
「あらあらこいしがお友達を。それは珍しいわね」
「探し物があるから、倉庫の錠を開けてほしいと」
「倉庫を? なんでまた」
 へぇ、こいしでも探し物をすることもあるのね。
 いいえ、こんなこと珍しいわ。
「ついこの間大掃除したじゃないですか。たぶんそれですよ」
「あの子の部屋は元から物が少なかったけど」
 なにかしらね。とさとりは猫を撫でながら呟く。すぐに見つかればいいのだけど。
「ふうん、何やらさとり様は忙しくなりそうね」
 二人の会話を聞きながらパルスィが伸びをし、さてと、と立ち上がる。
「早いうちから長居しちゃったし、そろそろ私は帰るかね」
「あら、どうせお仕事は特にないし、もっとゆっくりしていっても良いのに」
 私、片付けと物の整理はそんなに好きじゃなくてね。
「紅茶、美味しかったわ。またお邪魔するわね」
「ええ、片付けを終えてお待ちしてるわ」
 パルスィは帰り際、お燐の頭を二三度撫でてやった。目を細めるお燐を見てから、パルスィは背中を丸めるさとりに手を振り、ラウンジを後にした。


 さてと、いきますか。
 子猫に別れを告げ、しゃがんで固まった膝を伸ばす。
「こいしは今どこにいるのかしら?」
 振り返ると、お燐はドアの前で満足げな顔をしていた。こちらに向き直るも、少し口元が緩んでいる。
「倉庫を開けるにもすぐではないので、とりあえずこいし様にはお友達と一緒に自室に居てもらってます」
「朝から外に行ってたの?」
「みたいですね。こいし様は元気溌剌でしたが」
 ふむ、お昼を用意しましょうか。サンドイッチ位の軽食でも。
 お燐に、こいし達を応接間に呼ぶよう伝えた。それから食器を下げるのも兼ねてキッチンに向かい、妹の遅い昼食を考えた。
 あの子は気がつけば何でも食べてしまっているけど、お友達の分はどうすればいいか分からないわね。
 迷った末、ハムとレタスを挟んだ物と、卵メインのサンドを簡単に作り、切り分けられるよう大皿に乗せて、応接間へ向かった。
 途中すれ違ったお燐に、紅茶の用意とおやつのクッキーをお願いした。合点承知と承ったお燐は、紅茶を淹れるのはいまいちだがクッキーを焼く事に関しては中々上手い。
 いつも張り切って多めに作るものだから、私の分も少しあるだろうという算段も、ちょっとだけある。
 応接間に繋がるドアを開け、まずは立ち止まって入口からゆっくりと室内を見渡す。ぱっと目につく人影が一つあるが、恐らくそれは友達の方だ。見落とさないようゆっくり視界を右に動かしていく。
 こいしは有意識を閉ざしたことで、極めて認識がしづらくなっている。ふいと首を動かしただけでは、姉である自分でも見落としてしまうかもしれない。
 首をほぼ真横に動かした辺りで、自分のかなり近くに鍔の広い帽子があることに気づいた。この黒い帽子は、こいしが普段身に付けているものだ。ということは、この鍔の下に見えるのは。
「こいし、帰ったのね」
「ただいま、お姉ちゃん!」
 少しだけ曲がった短い銀髪が翻り、ぱっちりと開いた両目がこちらにぐいと向く。吸い込まれそうな両目と対称的に、固く閉ざされた第三の瞳がぴょこぴょこ跳ねる体に従って揺れる。
「少し遅いけどお昼ご飯を用意したわ。お燐がクッキーも焼いてくれるから」
「ほんと? やったねこころ!」
 お皿をテーブルに置き、ナイフで二等分に切ってやる。
 こいしに席につくよう促し、自分は向かいの席を引く。
「そちらがこいしのお友達の?」
 こいしの隣に立つ、桃色の髪をした少女がぺこりと頭を下げる。
「初めまして、秦こころといいます」


「こころは付喪神でね、地上でこの間の騒動を起こした子よ」
 そんな紹介の仕方しないでよ。こころが髪を小さく揺らして呟く。
 私と二人の前には、空になったお皿と、お燐が用意した紅茶とクッキー。出掛けから帰ったばかりであるのに探し物をするというので、話を聞くためにも一休みさせることにした。
 大人しそうに座るこころという少女は、緊張してるか疲れているのか、全く表情を変えない。常に笑顔のこいしと並ぶと、それがよりクローズアップされて私の目に映る。
 ああ、心を読んで確認したい。凄く確認したい。でも我慢しましょう。
「私がこころの落とし物を拾ってね、お友達になったの。こころはお面がくるくるしてて凄いのよ」
 面がくるくる? 凄い?
 頭に疑問符を浮かべていると、カタカタという音と共に、こころの周りに数枚のお面が現れた。岡目の面、火男、獅子、般若の面等々。
 それらはこころを囲むように、顔あたりの高さをくるくると回る。
「この通り、私はお面の付喪神です。まだ表情が上手く作れないので、面で表したほうが早いのです」
 成る程、それは納得ね。
 こころは続ける。
「付喪神は何かを依り代にすることで姿を保ちます。私の場合、このような六十六の面で構成されていました。しかしあの時は、そのうちの一つを私の不注意で紛失してしまったことで、付喪神としての力を制御できなくなってしまったのです」
「それはまあ、大変でしたね」
 無表情のまま淡々と語るので、何か取り返しのつかないことを起こしたような、大変重い話に聞こえてしまう。
 そういう子だから、仕方ないのだろうけど。
「ですが事件が解決し、こうして平静を保っているということは、その面とやらは見つかったのでしょう?」
「ええ、まあ紆余曲折あって、手元に戻ったんですが……」
 こころの面が静かに回り、姥の面を正面にして止まる。気のせいか、微かに頭が俯いたようにも見える。
「そこで大ニュース、ビッグ情報だよお姉ちゃん!」
 こいしがテーブルに手をつき、身を乗り出す。
「なんとその希望の面が、今再びこころの手元から無くなってしまったのよ!」
「こいし、分かったからあまり声を張り上げないで」
 こころさんに合わせて耳を澄ませていたから、鼓膜がびっくりしてる。
「えっと、つまりは、その希望の面が無くなって、それをこいしと探していたと」
「はい、恥ずかしながら」
 そう言葉を紡ぐも本人は一切の無表情なので、恥ずかしそうにする様子は表層からは読み取れない。
 まあそういう子なのだから、仕方無いのだろうけれど。
 ただ、一つ気になることがある。
「いいかしら?」
「はい、なんでしょう」
 紅茶が珍しいのか、こころさんはまじまじと香りを嗅いでいる。首を傾けてこちらを見つめ、質問に答える準備をする。
「さっきお面が欠けると制御ができないと聞いたけど、今のあなたは大変落ち着いているように見えるわ。それは何故?」
 紅茶を口にし、こころさんは「んうう」と声を漏らした。
「それが、私にも確信はありません」
 先程の声は紅茶の味に対しての物だったようだ。口に合わなかったのか、彼女は無表情のまま素早くクッキーを摘まんだ。
「先程紆余曲折と言いましたが、その帰ってきた面というのは、本物ではないのです」
 本物ではない。ただ、そこらの面を宛がったというわけではないのでしょうね。
 こころの面が火男の面に代わる。
「ええ、そうですね。その一件で関わった宗教家の方にご協力していただき、希望を詰めた面を。新しい希望の面を作ったのです」
 そこでこころさんは、頭をもたげる。
「名前はたしか、『みみ』、『みこ』、えっと、あれ……?」
 耳? 巫女?
「ああ、だめだわ、お面のインパクトしか……」
 どれだけ凝ったお面だったのかしら。
 というか口ぶりから察するに、その方は自分を模したお面を作ったのね。なんと勇気のある方。
「まあいいや。とにかく、短期間でも私は本来の物でない、レプリカの面で過ごした。そのお陰で少しくらいならお面がないことに、なんというか、慣れたというか」
「依存しなくなった?」
「そう、それ」
 言い方は悪いかもしれないけど、その表現で彼女は納得したようだ。
 なるほどね。
 話が一段落したところで、いつの間にか席を立っていたこいしが、椅子ごと背後から抱きついてきた。
「あの時はほんと必死になって、巫女とか僧侶とか、いろんな人に大人しくさせられてたのよ」
 勿論私も含めてね。
 もう、こいしは繰り返して。
「でねでね、こころは普段、命蓮寺にいることにしたんだって。命蓮寺。お姉ちゃんも知ってるでしょう?」
 確かに、命蓮寺は知っている。魔界に封印されていた僧、聖白蓮が開いた寺で、わりと良質な宗教と知名度は高い。
 彼女らが拠点とする空飛ぶ船、星蓮船は、過去に地底に封印されていたものだ。たしかうちのペットが暴走した騒動の延長で、旧地獄の封印から解放されたのだっけ。
「あ、面がなくても大丈夫な理由、もう一つあるかも」
 思い出したようなこころの声が、こいしと私に届く。
「命蓮寺でお世話になって、そこで話されたの。『お面が無くても大丈夫のように、自分の意思を持ちなさい』って」
 こころの面は、気持ちが高ぶったようにぐるりと一周回り、再び火男の面を見せた。こころはもう一度、紅茶の入ったカップに手をかける。
「それについて、言われるままいろいろ修行もしたわ。そのお陰も、あるのかも。うん」
 カップを口に運ぶ際、彼女は少し笑ったように見えた。
 しかし伏せた目と長い前髪に、その表情は確認できない。
「でもそれは良かったじゃない。教えが実ったと言うところかしら」
 私の言葉を聞いてから、こころは一度小さく口をつぐんで、再びクッキーに指を伸ばす。上げた顔は再びの無表情だが、初めに会ったときに比べれば随分柔らかくなったようにも見える。
 こころはクッキーを美味しく頂き、ナプキンで口元を拭きながら。
「こういうの何て言うのかしら。棚からぼたもち? 嘘から出た真?」
「ああ、そう」
 どうやらあまり信じてはいなかったようだ。
 表層だけ真面目に取り組んでいたとは、さすがポーカーフェイス。
 ていうか、案外言う子ねこの子。
 そんなことを思いながら、ポットの残りを確認していたとき、ノックもなくドアが開かれた。
「さとり様、侵入者です!」
 思いがけない言葉と共に、お燐が息を荒げて応接間に入ってくる。普段聞き慣れない単語とお燐の興奮した様子に、思わず反応が遅れた。
「侵入者? ここに?」
 地霊殿に来る侵入者とは、なんて珍しいものか。それにしても今日はお客様の多い日ね。
 ちょっと待っててね、と二人に告げて席を立つ。
 こころとこいしは変わらぬ表情のまま、疑問符を浮かべて見つめ合う。
「それで、侵入者とやらは一人なのですか?」
「はい、一名ですが何とか捕らえました。とりあえずそこまで連れてきてますが、どうしますか」
 ふむ、どうやら物騒な連中ではなさそうだ。それなら適当に返せばいいか。
 後ろから興味本意で、こいしとこころも着いてくる。
「とりあえずその酔狂な客に会ってみないと分からないわ。ご苦労様、お燐」
「いえ、むしろ誉めてほしいのはやり過ぎなかった事というか、こらえた事というか」
 なにやらまだ落ち着かない様子のお燐は、自分を落ち着かせるように言葉を並べる
「なにせ、侵入者が鼠だったもので」


  ◇  ◆  ◇



 廊下にいたのは、予想よりも遥かに大きい鼠だった。具体的に言えば、さとりと同じ程度の、少女ぐらいの背丈。後ろ手に軽く縛られ床に座る傍らには、武器とは思えないが、二本のロッドが取り上げられている。
 反抗的な表情と己を恥じる表情がごっちゃになった侵入者は、先頭を歩くさとりに目線を向ける。
「これはこれは、随分かわいらしい鼠だことで」
 目線は正面のさとりから、その隣で殺気立つお燐、それからもう一度、さとりの胸元の第三の目へと移る。
「サトリか。これは厳しいかな」
 慣れたリアクションに、さとりはため息一つ。しかし一応冷静な侵入者に一目置いてから、語りかける。
「ご安心を。私も思うところがあって、力を使うつもりはありません。普通に質問をします」
 侵入者はきょとんとしてから、脱出までに僅かな希望を見出だした目をする。
「ただし適当なことを言ったことが判明した時は、籠の中でお燐とたっぷり戯れてもらいますので」
「いや、それは困る。鼠に誓おう」
 お燐がそそくさと爪を研ぎ始めるので、囚われの鼠は見るからに血の気が引く。先程捕らえられた経験が甦ったようだ。
 珍しく狩りの目を見せるお燐に、後ろからこころが訪ねる。
「地底の館でも侵入者なんているのね、お燐さん?」
「いいえ、久方ぶりですね。それがまさか鼠とは。ふふふ、爪がなりますね」
 こころがお燐とさとりの間から、その侵入者とやらを覗き込む。体の隙間から相手を見つけて、背伸びをして確認し。
「あれ、あなたは」
「……おや、君はたしか」
 野次馬感覚で覗いたこころが、その外見に思わず声を漏らす。一方、小さい外見に似合わない尊大な口調でこころを呼んだのは侵入者の方。
「こころ、知り合い?」
 さとりの隣、最前列に立つのに認知されないこいしが、さとりの前に立ってこころの真似をするように顔を出す。
 黒い髪に鼠の耳。服装を落ち着いたグレーに纏め、胸元には下げた青いペンデュラム。
 こころは会ったばかりの人を順に照らし合わせ、どこで出会ったのか思い出そうとした。
「命蓮寺の、ダウザーさん?」
 よくぞ証言してくれた。そう言わんばかりにうんと大きく頷き。
「いかにも。君はたしか聖が連れてきた子だね。こころといったか」
 確かに、ここの二人は面識があるようだ。
 知り合いのようだが、どうするか。意見を求めるように、自然とさとりに視線が集まる。
 こんなところに知った顔が居たことで少し気が緩んだか、ダウザーは一度立ち上がろうとして、その不自由さから手が縛られている状況を思い出したようだ。
「あー、疑わしい真似をしたことは謝ろう。怪しい者ではないから、この縄をほどいてくれないかな。このままでは立ちづらいのと、何より」
 鼠の妖怪はそこで一度言葉を切った。
「何より、新しい家族の前でこんなみっともない姿を晒していたくない」
 解放された手で頬を掻く侵入者は、ナズーリンと名乗った。


「やれやれ、地上ならまだしも、まさか地底に進んで猫と出会う日が来るとは思っても見なかった」
 久しぶりに命の危機を感じたよ、と溢すナズーリン。その姿は大変リラックスしたもので、椅子にかけて紅茶を美味しくいただいている。私とは大違いだな、とこころは思う。
「大方の事情は分かったわ」
 入口から一番手前、ナズーリンと向かいの席に座るさとりが口を開く。
 いつまでも廊下で話す訳にもいかないので、さとりに抱えられたお燐を除き、応接間の椅子に全員座っている状態だ。
「あなたの言う宝物の反応がこの近辺にあったこと、そしてその弾みで敷地内に入ったということ。まあ悪意はないみたいだし、あなたの不注意として今回は不問にしましょう」
「おお。お姉ちゃん太っ腹!」
 こいしが万歳をし、声を上げる。
 別に実害が出たわけでもないから構わないのかな。
「一応聞くけど、その宝とやらは見つかったのかしら?」
 そう尋ねるさとりは、胸元に猫の姿のお燐を抱いている。人の姿より、この姿の方が少々暴れても押さえつけやすいからだろう。
 ナズーリンは信用しきっているのか高をくくっているのか、気にも止めずに紅茶を飲んで話す。
「ああ、それなら先程見つけたよ。ただ普段来ない地だからと、そこから少々欲張りすぎたら君に見つかり、この様だ」
 ふにゃあう。
 唸るお燐の声に、ナズーリンはぴくりと跳ね上がった。二三度肌をさするようにして、落ち着いてから話し続ける。
「そのレアアイテムが手の届かないような、岩の切れ目にあったものでね。同胞に回収するよう指示してあったから、もうじき到着する頃だと思う。それこそ、ここの猫たちによって数が減ってなければね」
「どんなものだった?」
 こいしが興味を示すも、向かいの席の一つ隣、対角線上に座る位置からは、ナズーリンはこいしの事を関知できないようだ。代わりにナズーリンの隣、そしてこいしの正面に座るこころが引き継いで質問する。
「見つけたものは、どんなものだったの?」
「白い、たぶん仮面だったな。まだ手元で見てはいないから分からないが、何か意思のような、ただならぬ物を感じたんだ」
「面?」
 こころが訝しげにしていると、ああ、来た来た。とナズーリン。
 開けっぱなしにされたドアから、ナズーリンの同胞、子鼠が五匹やってきた。五匹は力を合わせ、背中に真っ白な面乗せている。
「あら、本当に真っ白」
「だろう。ただの面じゃない。何がしかの不思議な力がかかっているように思えるんだ」
 さとりがお燐をしっかり抱き止めながら、入口から入ってきた鼠たちを見送る。
「まさか、それって」
 ナズーリンの足元へ懸命に進む鼠たちにを見つめ、こころが抑揚のない声と共に勢いよく立ち上がる。
「む、何か知っているのかい?」
 こころは鼠たちの側にしゃがみこみ、変わらない表情で、その面を穴が開くほど見つめた。
「知ってるもなにも、これは希望の面。私が落とした、最初の希望の面よ」


 ◇  ◆  ◇


 晴れて、こころの探していた面は見つかった。見つかった後も「やっぱり無くしてたんじゃない」「無くした訳じゃないわ。きっと建物ごと切れ目に入ってたのよ」「場所は覚えてるって言ってたじゃない、嘘つき」「わたしは嘘がつけない子だもん」などと一悶着あったりもした。が、まあ丸く収まった。
 こころは探し物が終わったので帰ることになり、ナズーリンは子鼠の数を慎重に点呼すると、簡単な挨拶をし、そそくさと掘った道を帰っていった。
 いくら妖怪、付喪神といえど、慣れない地底道は危険だ。こいしが地上まで送り届ける事となり、さとりとお燐は玄関先で見送った。
 無事に六十六面揃ったこころが、気持ち上機嫌に、こいしと帰路を歩く。
「こっちなのね? お願いだから適当に案内しないでよ」
 こころの少し前、岩を飛び移りながら、こいしが順路を指し示す。それに従い、こころが斜面を歩いて、時おり飛行して地上へ進んでいく。
「でも結局見つかってよかったわ。それも元の希望の面が」
「ねえ、もしかして気に入らなくてわざと無くしたりした?」
「さすがにそんな事はしないわよ」
 わたしだったらそうしちゃうかもなぁ、とこいしが岩肌を歩きながら振り返る。我慢できないし。
 その姿は、少女二人が仲良く帰る様にしか見えない。
「ねえこいし」
「なに?」
 今日幾度となく呼んだ名前を、こころはもう一度呼ぶ。
「今日長いこと一緒で分かったわ。あなたが羨ましい訳」
 へえ、羨ましかったの。言われないと分かんないわ。
 こいしが順路に向き直り、あんまりな言葉を投げる。
 少し歩いてから、こころが続ける。
「あなたはいつも笑顔で、自分の感情に正直で。内側でしか笑えない私から見たら、羨ましい。どうしたらあなたのようになれるかしら」
 こいしが立ち止まる。んん、と悩ましげに唇に手をやり、言葉を見つけたところで再び歩き出す。
「わたしは正直なんかじゃないわ。わたしはとんでもない嘘つきよ」
 鼻の伸びる人形なんかよりもよっぽど童話に出れるレベルよ。と。
「わたし、昔はサトリの能力があったのよ。お姉ちゃんとお揃いの、開いた瞳が。それはそれは優秀なサトリで、あんなことやこんなことも読み取れたわ」
 ただ歩くのにも飽き、スキップから身を翻し、くるりと踊るように歩き続ける。
「でもその頃はまだ煙たがられてねえ。お燐たちペットもいなかったし、忌み嫌われるのが当たり前だった。誰を責める訳じゃないけれど、わたしはわたしなりにこの能力を恨んだ。そして小さいながらに恨みという感情を覚えた儚い少女は、姉に比べてまだまだ子供で、身勝手で我儘で卑怯だったのよ」
 くるくると回りながら、こいしは独白する。
「わたしは自分に嘘を吐いたの。自分はサトリではない。サトリでないならこんな能力いらないって。もし神様が間違って能力を授けたなら、そんな能力は眠らせておくべき。そう、あなたは少し眠るだけ、と」
 でもね。と続ける。
「本能かしら? それとも無意識に抵抗したのかしら? わたしの瞳はなかなか閉じなかった。それでも瞼が開きそうになるのも構わず、延々と繰り返した。少し眠るだけよ、寝てる間に神様に確認を取ってくるから、なんて」
 延々と嘘を吐き続けたのよ。
「やがて諦めたように、ゆっくりと瞳が閉じたわ。わたしの嘘を信じたように、もしくは嘘つきを見限ったように。誰から信じられなくなることもなく、鼻が伸びることもなく、わたしの嘘はある種の大成功を納めたのよ」
 はい大団円。とこいしはピタリと着地をし、こころの前で手を大の字に広げて拍手を募った。
「こころはわたしのこと、素直って言ってくれたわよね。その健気で可憐な乙女の素直な性格は、無意識の副産物といったところかしら」
「……副産物」
 辛うじて、こころがぽつりと呟く。
 どの面を被るべきなのか、面は思考するように周囲をぐるぐると回る。回り続けたまま、こころはどの面も構えない。
「“副産物なんて言葉で片付けていいの?”」
 こころより早く、こいしが口を開く。回転していた面が少し戻って、獅子の面で止まる。
「あ、驚いた面だ」
 便利でいいなぁ。とこいしが溢す。
「でも、それくらい今の私にでも分かるよ。無意識なりに考えてるんだから」
 再び進行方向に向き直り、こいしは歩き始める。
「いいの?」
「いいのって、まあ、いいんじゃないの? 考えてもいい言葉なんて見つかりそうにないし、そんなこと考えるのはもう飽きちゃったし」
 鼻歌を歌いながら、こいしは土を踏みしめ進む。
「感情に関しては、わたしよりお姉ちゃんの方が説明できるわ。よくそんな内容の本読んでるしね」
 こころは自分がさとりの元へ行き、教えを乞う姿を想像する。
「でもさとりさん、心読まないことにしてるんでしょ? 教えてくれない気がするわ」
「お姉ちゃんは案外飽きっぽいから、そのうち普通に見るようになると思うわ」
 でも『私はカウンセラーじゃないわ』とか言われそうな気がする。
 確かに言うかもね。わたしと同じくらいひねくれ者なんだから。
 斜面が急になってきた。足元に目をやり、踏みやすい足場を選んで歩く。
「それで、どうするの?」
 ん。とこころは伏せていた目線を上に戻し、明るくなり始めた視界の中で、こいしを探す。
「修行に我慢できるまで、表情ができるまでは命蓮寺で考えて、それで、たまに二人の所に遊びに行くわ。いろんな話を聞かせてちょうだい」
 なに、結局現状維持じゃない。
 お面がほんとに揃ったんだから、ここからが本当の私よ。
「今度も廃墟巡りしてたら時間が勿体ないわ。もう無くさないようにね」
 地上の眩しさに、こころは無表情のまま目を伏せる。たぶん、傍らにいるこいしに向かって。
「また来るね、こいし」


 私は鯢を撫でながら、さとりの話を聞く。
「よかったじゃない、そのお友達は良い子で」
「そうですね。少し表情が固い子でしたが」
 手元の鯢をまじまじと見て、瞼を探そうとしてみる。私の目が悪いのか勘違いしているのか、それらしいものは見つからない。
 しかし、確かに日をおいて見ると、この目玉はこれはこれでかわいいかも。
「ね、その子はかわいい子でしょう」
「ちょっと、もう努力やめたの?」
 驚いて、少し大きな声が出た。
「いえ、こころさんと会ってから、心を読まずに相手の気持ちを考える事に自信がなくなってしまって」
「それはその子が特例だっただけでしょう」
 一度思ったならちゃんと続けるべきよ。
 そうですよね。
 とりあえず今日ぐらい我慢しなさいよ。
 そんな言葉も、さとりは聞いているのか聞いていないのか。
「あれからちょくちょく、命蓮寺の方にも遊びに行ってるそうなの。外の話を楽しそうにするわ」
 さとりは猫の頭を撫でてやりながら、
「こいし、どんどん外出機会が増えてないかしら。心配って言ってたけど、大丈夫なの?」
「確かにそうね」
 そうなのよね。とさとりは繰り返す。
「私は地底の管理人と銘打って、地霊殿で座っているだけの生活ですから。逆に、あの子にはちょっとぐらい脱走して、外の世界を感じてほしいと思うのです」
 その一方で、あの子には私から離れてほしくない、地霊殿に、手の届く範囲にいてほしいとも思います。
 わがままな姉でしょうか、と。
 さとりの伸ばした指先にもう一匹、どこからか黒猫が寄ってくる。
「わがままだなんて思わないわ。家族なんてそんなものよ」
 それに加えて、あなたが心配性なだけ。
 前言もすぐに撤回して、すぐに確認してしまうくらいに、臆病なだけ。
 我慢するつもりなのか、気が回らないのか。今のところ心は読まれていない。
「私が初めて来たときより、あなたの動物好きが加速した気がするわ。」
「私も動物好きのつもりはなかったのですがね」
 思い返すように、さとりは目線を宙に投げる。
「ただ、妖怪よりも動物の方が接しやすいからというだけだったのですが、一途に慕われるのも悪くないものだなと」
「それが犬猫に始まり烏や鷲、サンショウウオも拾い上げるほどにと」
 鯢をケースに戻す。やっと解放されたとも、もう飽きたのか、とも受け取れる目線を、プラスチック越しに寄越す。
 目線を振り切って席を立ち、さとりの隣にしゃがみこむ。黒猫の前でちょいちょいとやって興味を引き、喉元を撫でてやる。
 そう言うあなたも。とさとりは声色を変える。
「あなたもよく動物を撫でに来るじゃない。あなたは、なぜ?」
 私?
 私は。
 心を操り、絆を引き裂く力を持つ私は。
「……動物は人や妖怪に比べて嫉妬の感情が少ないから。警戒も懐疑もしない」
 元より無理なら、彼女の前でぐらい、全てを話そう。
 ぱっちりとした、正直つぶらとは言えない、第三の瞳を横目で見ながら。
「あらあら、あなたも同じようなものじゃない」
「そう、ね」
 そんな事を、二人でごろごろしてやりながら話す。嫌われ者の会、恒例行事。
「そういえばこの間、こいしが言ってたわ」
 この間、友達を連れてきた時のことね。
「『わたしは嘘がつけない子だもの』、なんて言って。あんなに軽快に話すこいし、初めて見たわ」
 横を見ると、さとりの口許が微かに笑っている。
「確かにあの子は間違えることはあれど、意図的に嘘をついたことはないわ」
「無意識に傷つけるほど、ひねくれてないってことよ。やっぱり優しい子なのよ、あの子は」
「そう、ね。ありがとうパルスィ」
 なんで、嫌われ者の会で私が礼を言われてるのよ。
 でもまあ、いいか。
「私も、あなたに対して嘘はつけないもの」
 くすくすとさとりが笑う。
「改まってどうしたの。それはそうよ、あなたは心を閉ざしてないし、私はサトリだもの」
 できるだけ目の前の黒猫に集中し、ぐしぐしと撫でてやる。少し不満そうな顔をされたが、知るものか。
「そうね、あなたはさとりだからね」
 我慢してるのか、猫の相手に集中してるのか。私の心は読まれない。
 どうしてこうも、地底には面倒なやつしかいないのか。
 猫を撫でながら、私も素直に表情を作るべきか。検討をする。
サンショウウオかわいいよサンショウウオ
くろさわ
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コメント



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1.1mayuladyz削除
厳しいと思うけど
感想は疲れました(´・ω・`)

小説というより
文字情報を一本調子に
並べただけのような感じでした

まず物語に緩急というか
抑揚をつけましょう

読者に伝えたい情報を
どのような手段で伝えれば
一番効果的かを考えましょう

セリフか? それとも地の文にするのか?
セリフにするなら、誰に言わせるのか?
そして地の文なら描写にするのか?
はたまた、説明文にするのか?
それとも、あえて記述しないか?

本などを読んで色々と研究しましょう

次に構成(読者に情報を伝える順序)
も良く考えましょう

基本的に作者が伝えたい情報は
物語が完結して全て伝わります
(もちろん例外もありますよ)

そして読者が最後まで読んで貰うには
飽きさせない工夫が必要です
続きが気になる様に(興味を抱いてもらう様に)
作者は読者に提供する情報の順序を決めます

一例として、アニメの冒頭で
思わせぶりなシーンの次にOPが流すやつも
読者に興味をひいてもらう工夫の一つです

それから
物語に必要なシーンと不要なシーンを
整理し、不要なシーンはカットしましょう
私が思うに、最初のサンショウウオのシーンは
物語に必要だったかどうか疑問です
もしかしたら、作者の意図を私が汲みとれなかったかもしれませんが
最後まで読んでも、サンショウウオの必要性を感じませんでした

最後に素人くせにいきがってすまぬ(´・ω・`)
2.5あらつき削除
のんびりした雰囲気で悪くない。ただ主題がよく見えなかった。
3.7名前が無い程度の能力削除
Good!
4.10がま口削除
すっきりと話がまとまっており、文体も優しげで大好きな作品でした。
こころさんとこいしちゃんのやりとりが微笑ましかったです。
あとサンショウウオと聞いて、地元に生息するといわれるオオサンショウウオを探す遠足で影も形も見つからずに泣く泣く撤退したことを思い出しました。
会いたかった……
5.5みすゞ削除
サンショウウオ・・・つぶらな瞳かあ。
そういう見かたをした事はなかったです。
6.4ナルスフ削除
×辺 ○偏
最初一人称だったのに途中から何事もなかったかのように三人称にシフトしてた。ナンデ?
かなり遠回りした割に、言いたいことは最後のこいしとこころの掛け合いで全部言ってしまった感じ。
お話が全然展開してない。
ナズーリンの存在意義を問う。
7.6道端削除
うごご。
 見た感じセンスある文章で、この作者さんは相当な手練れだなという感じはひしひしと感じるんですが……全体的に良く分からない。
 よう分からん。
 オオサンショウウオが何の暗喩なのかとか、それ以外の小道具の意図は何なのかとか、こんなにこまめに人称と視点をころころ変える必要があったのかとか。そこらへんがよく分からなくて、読んだのに読めた気が全然しない。
 雰囲気はとても好きなんですが。
8.9生煮え削除
これといってなにか事件が起きているわけでもないのに読ませられてしまう、読み進めるのがとても愉しい、不思議な作品ですね。鯢を筆頭とした、物語に重要な役割を果たさない背景のような描写が積み重なって、静かでしっとりとした心地良い雰囲気になっていると感じました。ナズが空気だったことだけが少し残念です。
9.6きみたか削除
魚『偏』の誤字が痛い。こころが太子の名前を出せないのも微妙な感じ。
お題の使い方は少しひねりがあって面白かったです。嫌われ者の会で礼を言われるぱるぱるかわいい。
10.5名前が無い程度の能力削除
まったりとした空気の中で進む物語が何とも言えず良いですねぇ
あと、飼い主のおかげで襲ってこない猫の前でふんぞり返るナズーリン可愛いよナズーリン
しかし、希望の面がこころの手元に戻ってしまうと、面のおかげで感情が芽生え始めていたこいしはどうなってしまうのでしょうか?
11.1エーリング削除
これはさとりの覚り能力がオートじゃない描写をする人みんなに聞いてみたいんですけど、あれオートじゃなかったら何でこいしって心を閉じる必要があったんですか?能力使わなきゃいいだけじゃないですか?
12.5時間が足りない!削除
ちょっとテーマがはっきりしなかったかなー、という印象。
13.6K.M削除
おかめって岡目でいいんでしたっけ?