第十二回東方SSこんぺ(嘘)

続・竹取物語

2013/10/27 23:59:51
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◆序章:出会い
 
 
「待て輝夜! ちゃんと私に殺されろ!」
 薄暗い迷いの竹林に、静寂を破る大きな声が響いた。不死の薬を飲んで蓬莱人となった藤原妹紅だった。
「嫌よ、もう十分でしょう? これ以上つきまとわないでよ!」
 前を行くのは、同じく蓬莱人である蓬莱山輝夜だった。竹林で散歩をしていたところ、たまたま妹紅に出会ってしまい、それからずっと追い回されているのだ。
「黙れ、言い訳なんかするな。お前は私に殺される義務があるんだ」
「知らないわよ義務なんて。あなたが勝手に言っているだけでしょう!」
「そう言っていつまでも逃げられると思うなよ。これはお前の罰なんだ!」
 二人はしばらく竹林を駆け回る。しかしそれも長くは続かない。妹紅はしつこかったが、頭に血が上っている分、あしらうのは難しくなかった。
 やがて妹紅の方が輝夜を見失ってしまった。
「ふう、もう追ってこないわね。まったく妹紅ったら会う度に殺す殺すって……」
 輝夜は近くにあった大岩に腰をかけた。思い切り走ったから息は上がっている。呼吸を整えるのに数分を要した。
 落ち着いてきたので立ち上がる。
「さて、今はどのあたりかしら。迷いの竹林は静かなのはいいけど迷ったら誰も……ん?」
 輝夜は視線の先に奇妙なものを見つけた。何かが光っているようだ。近づいてみると、長い竹の一本から光が出ていることがわかった。
「何かしら。不思議な光……」
 それに懐かしい感じがする、と輝夜は思った。
 導かれるままに近づいていく。危険かもとは考えていなかった。自分はそうするべきなのだと、漠然とした確信のみがあった。
 輝夜はその光に手を伸ばした。
 
 
 
 
◆一章:竹子
 
 
 永遠亭の調理場では鈴仙・優曇華院・イナバが薬草の調合をしていた。鉢をに入れた薬草をすり潰しながら、額に汗を浮かべている。気温が高いのではなく、非常に焦っているからであった。
 その彼女を訪ねる者がいた。
「あれ、まだ終わっていなかったの鈴仙」
 調理場に入って来たのは因幡てゐであった。
 彼女は咎めるように鈴仙に言う。
「早くしないとみんなに怒られるよ。もうすぐ持っていかなきゃいけないんでしょ、それ」
「違うよう。今日は珍しく姫さまが手伝ってくれるって言ったのに、ほったらかして逃げちゃったんだもん」
「姫サマをあてにした自分の自業自得だね。やれやれ、これだから半人前は……」
 鈴仙は恨みがましい目でてゐをみた。だが効果はないので作業に戻った。
 彼女が作っているのは、午後から人里に持っていく予定の薬剤だった。調合が簡単な薬なので、半分を輝夜に回して自分は他の仕事をしていた。それが帰ってきたら手つかずで、慌てて調合を始めているのだった。
「永琳サマは鈴仙に「後は頼んだわね」って言ってたのに。お師匠サマの信頼に応えられないとは情けない」
「そんなこと言ったって、お師匠さまは自分の留守の間にはこれをしなさいとか、あれをしなさいとか、無茶ばっかり言うんだもん」
 今、八意永琳は永遠亭を留守にしていた。その結果、留守の雑事や里に置いてくる薬の調合、里人の定期検診や急病患者の対応など、様々な仕事が鈴仙に任されていた。
 てゐが訊く。
「永琳サマはいつ帰って来るの」
「三ケ月は帰らないって。せっかくの機会だからたくさん採って帰るって言ってたよ」
「まあ、妖怪の山は普段なかなか入れないしね」
「うん。ここまでこぎつけるのに苦労したって。でも、あそこには貴重な薬草がたくさんあるらしいから……」
 妖怪の山には、そこにしかない貴重な薬草が豊富にあった。そのため、以前から永琳も目を付けていたのだが、山の妖怪は排他的で、永琳や鈴仙の入山を拒んでいたのだ。
 しかし長い交渉の末、今月の頭にようやく許可を貰うことができた。なので、今は採れるだけの薬草を採ろうと山の中にいるのだ。
 ちなみに期間が長いのは、彼女の時間間隔のずれによるものと、次に許可が下りるのがいつになるかわからない、という危機感のせいだ。
 ともあれ、その間は鈴仙に苦労がのしかかる。
「たっだいま~~」
 玄関から物音がして、暢気な声が調理場に届いた。
「あ、姫サマだ」
「やっと帰ってきたわ」
 とてとてと足音が近づいてくる。こちらに向かっているようだ。次に調理場の扉が開けられた。
「やっほ。イナバたち」
「おかえりなさい。ていうか今までどこに行ってたんですか。せっかくお任せしたのに」
「まあまあ。ちょっと散歩に行ってただけだよ。怒んないでよ」
 輝夜は手をひらひらとさせるだけだった。悪びれる様子はない。言いたいことが山ほどあったが、鈴仙は立場をわきまえて口を噤んだ。
 輝夜は続ける。
「それよりさ、林の中で妹紅のやつに会ったんだけど、また殺し合いを挑まれちゃって。『お前は私に殺される義務があるんだ!』なんてて言われちゃった。酷いと思わない?」
「まあ、彼女にも彼女なりの事情があるわけですから」
「そんなの私には関係ないでしょう。あったとしてももう時効よ。付き合ってらんないわ」
 輝夜は不満そうに唇を尖らせた。
 彼女と妹紅の父との間には、浅からぬ因縁があった。それは妹紅の人生を狂わせるほどのものだったが、当の輝夜はすでに過去のものとしていた。
「まあ、妹紅も頑固なところがあるのは確かですけどね。……というか、姫さまそれナニ?」
 てゐの指摘で、輝夜は自分が抱えているもののことを思い出した。
 二匹のイナバたちの前に突き出す。
「これが竹林に落ちていたの。人間の赤ちゃんみたいなんだけど、持って帰っちゃった」
「へえ。可愛い顔していますね。というか姫さまの蒐集癖もいい加減に――……なんですと!?」
 あまりに平然と言われたので、鈴仙は驚くのが遅れた。
 やっと理解が追いつき、もう一度輝夜が抱えているものを覗き込む。すると、確かに赤子に違いないようだ。布にくるまれすやすやと眠っている。
「え……本当に赤ちゃんが……」
「嘘じゃないもの。結構カワイイでしょう?」
 ねー? と輝夜は眠っている赤子に同意を求める。それは母が赤子にするような戯れだった。
 鈴仙は自分がするべきことに気づいた。
「えええええええええええええええ!!!!???」
 
 ○
 
 しばらく経ってようやく落ち着いた鈴仙は、輝夜から詳しい事情を聞いていた。
 赤子はまだ眠ったままで、いま彼女の腕の中に収まっている。
「それでその光る竹の中からこの子が出てきたってことですか」
「そうよ。さっきからそう言っているじゃない」
「すみません。姫さまが誘拐に走ったのではないかと心配になって」
「……」
 輝夜は無言で鈴仙を睨みつけた。鈴仙は反省しつつも、疑われても無理もないではないか、と主君の日ごろの態度を心の中だけで責めた。
「じゃあこの子に親はいないってことでしょうか」
「竹が親じゃないならそういうことになるわね」
「しかしだからと言って拾ってこられても――いえ、見捨ててしまえば良かったという意味じゃないですけど――いやいや、だからと言って……」
「あはは。鈴仙、困ってる」
 てゐがからかうように煽った。初めから傍観者のつもりらしかった。
「というかこの子は本当に人間なんでしょうか。竹の中から生まれるなんて普通じゃありません。なんというかまるで……」
 ――竹取物語。
 いま自分の目の前におられる輝夜姫のようではないか、鈴仙はそう思った。
「でもどうすんですか、この子。人間であろうとなかろうと放っておく訳にはいかないでしょ。姫サマが面倒みるんですか?」
「そんなわけないじゃない。私はあなた達に預けたんだから、後はあなた達の仕事よ」
 そう言って輝夜はてゐを見た。てゐは隣の鈴仙を見た。鈴仙は腕の中の赤子を見た。
 てゐがからかうように言う。
「頼んだゾ。鈴仙くん」
「いやいや待って下さい、私だって困りますよ! 私はお師匠さまの下で仕事がありますし、永遠亭の家事も任されているんですから。姫さまが拾って来たんだから姫さまが世話してくださいよ」
「ええー。やだー。めんどくさーい」
「なんなんですか、もうっ」
 その時、鈴仙の腕の中でもごもごと赤子が動いた。大声で何度も叫ばれたので、眠りから覚めてしまったらしい。鈴仙の顔をみて途端にぐずりはじめる。
「あーあ、鈴仙が泣かしたー」
「や、待って。これ私のせい?」
 言い訳しながらも鈴仙は赤子をあやす。根が真面目で、そのため損をする性分であった。
「よーし、よーし。泣きやんでくださーい」
「赤ちゃんにも舐められてるね、鈴仙」
「それでこそ私が見込んだイナバよ」
「二人とも私にばっかりやらせないで手伝ってくださいよう……っていうか何か臭くありません?」
 そうして輝夜は首を傾げる。てゐも同じ動作をした。
「うーん? 言われてみれば確かにそうかも」
「あ、泣きやんだ」
 さっきまでぐずっていた赤子は急に泣きやんでしまった。何かをやり遂げたような顔をしている。
「すっきりしたのね」
「へ?」
 赤子の体温とは違う、生温かいものを腕の中で感じた。臭いはそこから発生しているようだった。
 鈴仙は臭いの原因に気づいた。
「うそおおおおおおおおおおおおお!!!???」
 鈴仙は本日何度目かの絶叫をした。
 
 ○
 
「あんたってば、本当にやかましいわね。赤ちゃんが怖がっているじゃない」
「いや、だって……」
「ねー? このおねーさん怖いわよねー?」
 輝夜は鈴仙に抱かれた赤子に話しかけた。赤子はきゃっきゃっと笑って手足を動かした。
 足は鈴仙のわき腹に直撃した。
「うぐっ……何この子けっこう強い……」
「馬鹿やってないでさっさと処理しなさい。臭うじゃないの」
 仕方がないので、まずは例のモノの処理をすることにした。はじめに巻いていた布は処分し、おむつの代替えのようなものを作る。鈴仙はそれを代えようとした。
「うわあああああああああんん」
「えっ、何で? 何で泣いちゃうんですか!?」
 しかし赤子は烈火のごとく泣き出してしまった。
 鈴仙はどうしていいかわからず、思わずてゐを見る。
「あー、たぶん鈴仙嫌われちゃったんじゃないかな。泣かしたから」
「じゃあ、誰がやれば」
「私は嫌よ」
 輝夜は自分にお鉢が回ってきそうなのを悟り、先手を打った。冗談ではないと思った。
「てゐ、あなたがやりなさい」
「うわあああああああああんん」
 てゐの名前を出されると、赤子はさらに強く泣き出してた。
 彼女は嬉しそうに言った。
「私も駄目みたいです」
「なんでよっ、もっと頑張りなさいよ!」
「いや、きっと妖怪が駄目なんじゃないですかね」
「じゃあどうするのよ! 私は絶対に嫌よ!」
 輝夜は強く抵抗するが、赤子はその大声には泣き出さない。
 やはりと鈴仙が切りだす。
「このままじゃ泣き止んでくれそうもないし、一度試してもらえませんか」
「嫌よ、だって臭いじゃない」
「でもこのままじゃ、ずっと臭いままですよ」
「……」
 結局、折れたのは輝夜だった。文句を言いつつも鈴仙の指導でおむつを代えてみた。目論見通り、彼女の前では不思議と赤子は泣きやんだ。
 輝夜は自分の腕の中で眠る赤子に悪態をついた。
「こいつ、私にこんな事をしてもらえるなんて……親の顔が見てみたいわ」
「というか女の子だったんですね」
「女の子ならもっと淑やかであるべきよ」
 輝夜は唇を曲げて言った。赤子には難しい相談だった。
 それを見ていたてゐが言った。
「姫サマ。この子の名前をつけたらどうですか」
「えっ」
「それはいい提案ね。つけてみましょうよ、姫さま」
 鈴仙はてゐの提案に乗ってみることにした。輝夜が見つけてきたのだから、それが相応しいように思った。
 仕方なしに彼女もしばらく考え込む。
 やがて言った。
「じゃあ、竹子(たけこ)」
「ええー? もっと可愛い名前にしましょうよ」
「何よ、あんた達が私につけろって言ったんじゃない! この子はもう竹子! 決定!」
 赤子の名前は竹子で押し通した。途中で考えるのが面倒臭くなって、適当につけた名前だったが、他人に否定されるのは腹が立った。
 そして輝夜は眠っている赤子に言った。
「……竹子、か」
 竹子、竹子、と何度かその名前を口にしてみた。
 案外、呼びやすいような気がした。
 
 
 
 
◆二章:声
 
 
「うわあああああああああんん」
 声がした。
 赤子の泣き声だ。
 それがどこから聞こえてくるのか分からず、輝夜は真っ暗な空間をひたすら走っていた。
「うわあああああああああんん」
 声はどんどん大きくなってくる。
 ――どこ?
 どこにいるの?
 なんで泣いているの?
 必死で尋ねるが、泣き声は大きくなるばかりだった。
(もう嫌だ。何でこんなことをしなきゃいけないんだ)
 言いたいことがあるならはっきり言え、やりたいことがあるなら言葉で言え。泣いてばかりじゃなくて、ちゃんと伝えてくれ。
(あなたばっかり泣かないでよ。私だって、私だって……)
 続きを言おうとした時、暗闇がかき消えた。
「……夢?」
 そこは自分の部屋の中だった。身体の半分は布団にあり、眠っていたのだとわかった。
 隣を見ると、鈴仙が作った赤子用の寝台がある。中にいる竹子は、すやすやと眠っているようだ。
 その姿を見て、輝夜は昨夜のことを思い出した。
(……昨日の夜は竹子の夜泣きがひどかった。いくら鈴仙があやしても泣きやまないから、私が一晩中つきあったんだ)
 あの夢はそのせいだろう。夢の中まで夜泣きに侵されるなんて、と憤った。
 外はまだ暗かった。時計がないのでどのくらい眠ったのかは知らないが、きっとそれほど長い時間ではないだろう。少しでも身体を休めたいと思ったが、どうせまた起こされるなら、起きていた方がましではないか、とも思った。
 ふと見れば竹子は目を開けており、またぐずりだしそうな兆候があった。
 直後にそれは現実のものとなる。
「うわあああああああああんん」
 輝夜は慌ててあやしに行った。足はもつれかけ、寄りかかるように寝台にしがみ付く。
(こんなの、いつまで続くんだろう……)
 竹子を拾ってからもう一週間が経った。
 輝夜は限界に近づいていた。
 
 ○
 
「姫サマ、昼ごはんなのに来ないね」
 てゐは二杯目の白米を頬張りつつ言った。
「昨日の夜は竹子の夜泣きがひどかったの。それに今朝早くからまた泣いていたし。今は自分の部屋で休んでるわ」
 鈴仙は寝台ごと運んできた竹子を見る。輝夜を休ませるためにこの部屋に持ってきたのだ。
 てゐは意外そうな顔をする。
「結局姫サマが面倒みてるんだ」
「そうなの。やっぱり妖怪が駄目みたいで、姫さま以外にはぜんぜん懐かないの。姫さまじゃないとミルクも飲まないし、いくらあやしても泣きやんでくれない。だからいつまた泣き出すかと思うと冷や冷やするよ」
 そうなればまた輝夜を呼んで来なければならない。彼女が疲れ切っていることは知っているので、それはしたくなかった。
「で、この子は人間なの?」
「これがどういうわけか人間らしいのよ。ほら、私って相手の波長を読みとれるじゃない? この子のも見てみたんだけど」
 生き物はみな、その者特有の波長を発しているという。妖怪には妖怪の、人間には人間の類する波長があり、鈴仙はその波長を見ることが出来た。結果、竹子は間違いなく人間であるらしいことがわかった。
「でも少し成長が早いような気がするのよね……」
「人間なんてそんなもんじゃない?」
「うーん、私も人間の成長に詳しいわけじゃないからなあ」
 彼女たちは基本的に人外だ。そのため人間の事情には疎かった。
「まー、とにかく人間な訳だ。ってことは捨て子かな。人里で聞いてみたら?」
「この前上白沢先生に聞いてみたけど心当たりは無いって。この郷の人間は人里に住んでいるから、先生が知らないとなると……」
 半人半妖である上白沢慧音は、里の守護者を自称している。人里のことには誰よりも詳しく、里の中のことで知らないことは何も無いという。
 その慧音が知らないとなると、もうわからない。
「ううん、じゃあ何者なんだろう。普通じゃないのは間違いないんだけど」
「竹から出てきたらしいからね。一体どういうことなんだろう?」
 そんなことを話していると、廊下から引きずるような足音が聞こえてきた。足音は鈴仙達のいる部屋のまで止まる。
「……おはよう」
「あ、姫さま。おはようございます」
 襖を開けて入ってきたのは輝夜だった。ひどく低い声。目つきも鋭く髪は乱れている。
 輝夜はちらりと竹子を見み、そしててゐと鈴仙のふたりに言った。
「いいご身分ね、あなた達。私は明け方近くまでこいつの夜泣きにつき合わされたって言うのに」
「すみません……。あ、お昼ご飯食べますか。姫さまの分ももう準備してますんで」
「あとで。先に顔を洗ってくる」
 そう言って輝夜は襖を開けたまま、また引きずるような足取りで遠ざかっていった。
 てゐが肩をすくめた。
「こりゃあ大変だ」
「そうなの。だから私も竹子の世話をしてやりたいのは山々なんだけど……」
「人の子はひとりでは育てられないからね。でも鈴仙には懐かない」
 それに、とてゐは続ける。
「鈴仙は永琳サマがいない分、しっかり永遠亭を回していかなきゃいけないからね」
「うん。だからやることがいっぱいあって……」
「永琳サマは、この留守で鈴仙を鍛えたいみたいだし。どうしたものかねえ」
 永琳はこの留守を弟子の修行の場と位置づけていた。そのため日常の雑務や薬の調合、急患の対応などの他に、宿題を山ほど出している。彼女は寝る間を惜しんでそれらをこなしていた。
「というかてゐ、あなたも少しは手伝ってよ。昼間はイナバたちと竹林のほうに行っているみたいだし、昨日の夜も帰って来なかったでしょ」
「はて、なんのことかな?」
「もうっ」
 ばんと机を叩いてみるが、てゐは苦笑するのみだった。この件には関わるつもりがないらしい。
 それにしてもと鈴仙は頭を捻る。
「何か対策を考えないと……」
 輝夜が昼食を食べに来たのは、それからしばらく経ってからだった。

 ○
 
 遅い昼食を済ませ、輝夜はまた竹子の前にいた。今度は竹子の食事が必要だったからだ。
 彼女はひどく苛立ちながら思った。
(もうっ、何なのよこいつ! こいつのせいで私の永遠亭が滅茶苦茶だわ!)
 輝夜は永遠亭の静かなところが気に入っていた。
 永遠の静寂、それこそが自分にふさわしいと思っていた。
 しかし、竹子はそれをぶち壊す。
「うわあああああああああんん」
「わかってるって言ってるでしょう!?」
 輝夜は消毒した哺乳瓶にミルクを入れると、それをすぐに竹子へ与えた。彼女は夢中で飲みはじめた。
(竹子が来て、永遠亭は変わってしまった……)
 毎日毎日、赤子の泣き声が響きわたり、自分はそれに振り回される。大好きな永遠の静寂が、跡形もなく壊されていく。
(蓬莱人は変化を拒絶した者。たかが赤子ひとりにかき回されるなんて……)
 そう思うと酷く不快だった。
「あの、姫さま」
「何よ!」
 声がしたので振り向いた。そこには大きな鞄を背負った鈴仙がいた。今から出かけるのだという。
 聞けば人里で事故があり、要救護者が多数出ているらしい。里の素人医師では数も腕も足りないので、鈴仙に応援を頼んだとのこと。
 輝夜はぎろりと鈴仙を睨む。
「ふざけないでよ。竹子の世話はどするの、私ひとりに押しつける気?」
「す、すみません。ですが緊急なんです。何でも毒キノコを食べてしまったとかで。食中毒者が出ているそうです……」
 宴会で出された汁物に毒キノコが入っていたのだ。集団で食べたので何人もが毒に冒されている。
「知らないわよ、そんなの。放っておきなさい」
「いや、そういうわけにも……」
「じゃあ何。私のことは放っておいても平気と言うのね?」
 それは……、と鈴仙が言い詰まる。輝夜が彼女の両肩を掴んだ。
「私はね、もうこんなのうんざり。私は変化なんか望んでいないし、変わりたいとも思わない」
 肩を掴む手にぐっと力がこもる。
「返してよ。私の永遠亭を。ずっと静寂なままが良かったのに。変わらないままがよ良かったかのに……」
「すみません……」
 と、言うしかなかった。
 輝夜が鈴仙から離れていく。
「ふん、まあいいわ。どうせあなたがいたって泣き止みはしないんだし。さっさと行ってくれば?」
「……本当に申し訳ありません」
 鈴仙はその背に一礼をした。気が引けるが行かねばならない。
 そこに、
「うわあああああああああんん」
「もうっ、今度は何なのよ!」
 輝夜は文句を言いながら竹子に向かっていった。その輝夜の方が泣きだしそうではないか、と鈴仙は思った。
「……ごめんなさい。姫さま」
 後ろ髪引かれる思いでその場を後にした。 
 
 ○
 
 夜、てゐは迷いの竹林の中にいた。周りには彼女の部下であるイナバたちが集まっている。
 その中の真面目そうな顔の一匹が言った。
「てゐサマ。こちら方面には見あたりませんでした」
「そう。他の班も駄目だったからまた全滅か」
「これでも八方手を尽くして探しているのですが」
「いいよ。そんな簡単に見つかるとは思ってないし」
 てゐは片手を振りながら苦笑いをした。空振りは初めてではない。
「もっと数を増やしてみましょうか。正直、範囲が広すぎます」
「あまりこっちに手を割きすぎると、永遠亭周りの警戒網が緩くなるしなあ。野良妖怪の進入でも許したら姫サマに何を言われるか……」
 イナバ達の仕事のひとつに、永遠亭にそのような輩を近づけない、というものがある。もっとも、これは輝夜や永琳のためではなく、襲って返り討ちに合う野良妖怪のためのものだ。
「ま、今日はこれでお終いにしよう。働かせ過ぎて潰れてもらっても困るからね。お疲れ」
「はいっ、お疲れさまでした!」
 てゐはイナバたちを解散させた。彼らはすぐに見えなくなる。それを見届けると、自分も永遠亭に帰ることにした。
「とはいっても、帰ったら帰ったでまた竹子と姫サマが騒いでるんだろうなあ」
 ぼやきながらも足を進める。彼女にとって迷いの竹林は庭のようなものだ。目で見ずとも軽快に進むことができる。
 しかし、そんな自分でも見つけられないものがある。
 そんなことを考えていると、視界の隅に白髪の女を見つけた。
「……あれ? 藤原サン?」
「てゐか。やめてくれよ、そんな呼び方」
 そこにいたのは藤原妹紅だった。慣れない上の名で呼ばれて困り顔だ。知らない仲でもあるまいし、と思う。
 そんな妹紅が尋ねた。
「なあ。最近輝夜を見ないんだけど、何かあったのか?」
「うーん。今、永琳サマが留守にしてるんですよ。それでどたばたしていて、姫サマも大人しくしている感じですね」
 てゐは竹子のことを伏せて答えた。彼女と輝夜は千年来の因縁を持っている。両者を下手に刺激することは、今の永遠亭に面倒事を増やす結果になりかねない。
「へえ。そうなんだ。結構長いのか?」
「鈴仙は三カ月って言ってましたよ。だから最近はすごく忙しくて、私も今まで駆け回っていました」
「そっか。じゃあ、しばらく輝夜に勝負を挑むのは止めておくか」
 妹紅は唇を曲げて言った。実際、不満そうだった。
「でもよく飽きませんねえ。三百年でしたっけ、ずっと姫サマと殺し合いをしてたんですか?」
「そんなに長くはないよ。たしかに始めたのは三百年前だけど、それは最初だけで、輝夜はすぐに飽きてしまったから」
 もう百年以上は勝負を逃げられていると妹紅はいう。今は妹紅の方が熱心なだけだ。
「藤原サンは飽きないんですか。決着つかないじゃないですか」
「私のは飽きるとかそういうものじゃない。輝夜を許せない理由があるんだ」
 彼女の眉間にしわが寄っていく。憎らしい、忌々しい、そのような感情が透けて見えた。
「どんな理由なんです?」
「嘘だよ。輝夜は許されない嘘をついた」
「嘘?」
「それ以上は聞かないでくれ。誰にも言いたくない」
 そうして妹紅は背を向けて帰っていった。どうやら聞いてはいけないことを聞いたらしい。
 てゐは彼女の後ろ姿を見ながら呟いた。
「なーんかワケありっぽいね。こりゃあ下手に首を突っ込めば大ヤケドしそう」
 妹紅の父親は輝夜に酷い恥をかかされたという。だが、それ以外にも何か理由があるように思えた。
 だが自ら藪蛇をつつくことはない。
「さて。そろそろ私も帰ろうか」
 てゐは背伸びをして、また歩き出す。今日はどうやって鈴仙をいじろうかと思った。
 だがその後、「帰らなければよかった」と思うことになる。
 
 ○
 
 鈴仙は永遠亭まで走っていた。疲労困憊で気力も残り少ない。だが、竹子の世話を輝夜ひとりに押しつけてしまったと思うと、一休みする気にはなれなかった。
(こんなに時間がかかるとは思わなかった。まさかあんな騒ぎになるとは……)
 食中毒者への治療は全て終わった。みな無事で死傷者はひとりもいない――というより、元から大したことはなかったのだ。時間がかかったのは鈴仙そのものに原因がある。
『よ、妖怪だ! 妖怪が里に入って来たぞ!』
 と誰かが言った。すると周りも呼応して、鈴仙を「人食い妖怪だ」と糾弾し始めたのだ。
 鈴仙はもともと人見知りをする質で、永琳の言いつけで人里に薬を置きに行くときも、用事が済んだら逃げるように帰っていた。そのせいで里人に顔を覚えられていなかったのである。
 結局、応援を頼んだ慧音の説明で誤解は解けたが、帰りは夜になってしまった。
(でも、姫さまも頑張っていたはずなんだ。早く帰って代わってあげないと……)
 鈴仙は輝夜のためにひた走る。
 しかし彼女の善意は真逆の結果に繋がってしまった。
「はあ? 今さら帰ってきて何を言ってるのよ。ずっと私に押しつけていたくせに。終わりになってちょっと見れば許されるとでも思ってるの?」
 輝夜が世話を代わろうと申し出た鈴仙にいった。
「ひ、姫さま……?」
「それにあなたに何が出きるって言うの。夜泣きひとつ止められないくせに」
「そ、それはそうですが……」
「私はね、ずーっとこいつの世話に振り回されてきたわ。もうおむつだって代えられるし、ミルクだって飲ませられる、お風呂にだって入れられるわ。あなたにそれが出来るの?」
 輝夜に迫られて鈴仙は身を縮めるばかりだった。確かにどれも得意とは言えない。
 続けて言う。
「言っておくけどね、永琳がいたら私にこんな苦労はさせなかったわ。全部ちゃんとやってくれるもの」
「……すみません」
「はあ、永琳はやく帰ってこないかしら? あなたじゃなくて」
 ふんと鼻を鳴らして、部屋の襖は閉められてしまう。追い返される形となった鈴仙は、直立したままうなだれた。
 すぐに竹子の泣き声が聞こえてくる。
「あの、鈴仙? そんなに気にしない方がいいよ?」
 声をかけてきたのは、少し前に帰っていたてゐだった。彼女は修羅場に居合わせて焦っていた。
「なに? いつからいたの」
「さっきから。いや、そうじゃなくて。鈴仙も鈴仙なりにちゃんとやってるって話だよ。そりゃあ永琳サマに比べたら――」
「てゐ」
 名前を呼ばれて口を閉ざす。
「うるさい」
 その後、鈴仙はすぐに自分の部屋に帰った。本棚から分厚い専門書を取り出す。今日の毒キノコの詳しい情報や、その解毒剤の作り方などを復習しようと思った。
「……」
 だが本は重く、ページをめくる手も進みが悪い。それは専門書の難しさのせいだけではないと思った。
 ぽつりと呟く。
「お師匠さま……早く帰ってきてください……」
 そうして夜は更けていった。
 
 ○
 
 翌日は朝から雨が降っていた。まとわりつくような湿気が気持ち悪い。鈴仙は輝夜の部屋を訪れていた。今からまた人里に下りる旨を伝えに来ていたのだ。
「それでは姫さま。私は行ってきますね」
「うん。昨日はごめんね。少し言い過ぎた」
「いえ、私も悪かったですから」
 昨日とは打って変わり、今日の輝夜は憔悴しきっているようだ。感情の起伏が激しく、精神的に不安定になっている。
 部屋の中の寝台を見れば、竹子がぐっすりと眠っているようだった。もっとも、またいつ泣きだすかはわからないが。
「あの、姫さま。あまり思い詰めないでくださいね」
「大丈夫よ。ひとりでも出来るわ」
「いえ……本当にすみません。出来るだけ早く戻りますから」
 一礼して、輝夜の部屋から退室した。
 鈴仙は薬草を詰めた鞄を背負った。昨日の食中毒の件で、例の毒キノコには後遺症が残る可能性があるとわかったのだ。今日はまた新しい薬を配っておこうと思った。
「姫さま、何もなければいいけれど……」
 妙な胸騒ぎを感じつつも鈴仙は永遠亭を後にした。
 残された輝夜は、お湯を沸かして哺乳瓶の消毒をしていた。すっかり慣れたもので、恐ろしく手際がいい。しかも、作業をしながら替えのおむつを準備することまでやった。
「はあ、まるで自分を竹子に乗っ取られてしまったみたい……」
 自由はなく、すべてが竹子中心になっている。
 それを思うと、自然と目つきが険しくなった。
「あ――」
 考え事をしながら作業をしていたら、ぱりんと嫌な音がした。見れば鍋の中の哺乳瓶が割れてしまっている。底に穴が開いてしまったので、もう使えそうになかった。
 仕方がないので替えの哺乳瓶を探す。どこに置いているのか忘れてしまったので、近くの棚を手当たり次第に開けていった。
 目当ての物はなかなか見つからない。
「もうっ、鈴仙! どこに隠したのよ!」
 怒鳴りながら彼女は留守にしていることを思い出す。何でこんな時にとますます苛立った。
 時間的にもうすぐ竹子が腹を空かす頃合いだ。竹子が目を覚ます前に見つける必要があった。
 だが、
「うわあああああああああんん」
「ちっ」
 竹子はそれを待たずに泣き出してしまった。
 慌てて輝夜があやす。
「もう勘弁してよ。お願いだから泣きやんで……」
 試しに空の哺乳瓶を見せたが彼女は興味を持たなかった。おむつでもなかったし、顔色を見れば、具合が悪くなったということもなさそうだ。
 泣いている理由がわからない。
(何なのよ、何で私がこんなことを……!)
 何もかもうまくいかない。何故自分がこのような苦労をしなければならないのかと腹が立つ。
 そしてそれは、全部竹子のせいに違いなかった。
(そうよ、こいつは元々死ぬはずだったんだから……)
 ――魔が差した、とはこういうことを言うのだろう。
 輝夜は泣きわめく竹子の首に手を伸ばしていた。
「もう、死んじゃえ……」
 まだ据わりきっていない首に手をかける。ぐっと力を込めると、驚くほど簡単に黙らせることができた。
 そのまま竹子の首を絞る。
 だがそのとき、
「姫サマ?」
 声をかけたのはてゐだった。
 
 ○
 
「あれ、やめちゃうんですか?」
 てゐは不思議そうな顔をした。
 彼女の姿に驚いた輝夜は、竹子の首にかけていた手を放す。慌てて見てみると、少し苦しそうだが息はしているようだった。
 それも直に落ち着く。
「ちょっと手が滑っただけよ。別に殺したりなんか……」
「でも殺してしまえば面倒から解放されるのに」
「それは嫌味のつもり?」
「いいえ。ひとつの手段として有効だと思っていますよ。だいたいそれは姫サマの子じゃない。嘘の子、嘘の親だ。義務も責任もありはしない」
 そう言っててゐはふっと笑って見せる。
「もっと早くに殺すと思っていました」
「何でそんなこと思うのよ」
 てゐはにこにこと笑っている。輝夜にはそれが不気味に映った。
「私は最初から竹子に関わろうとしませんでしたよね。なんでだかわかりますか?」
「知らない。面倒臭かったんでしょ」
「いいえ。姫サマがすぐに殺してしまうだろうと思ったからです。少しでも関わってしまえば情が沸くでしょう? それを姫サマの都合で振りまわされちゃ堪らない」
 てゐは含みのある笑みを浮かべていた。輝夜に預ければそうなるのが当たり前、とでもいうような言い方だった。
 輝夜は射殺さんばかりにてゐを睨みつける。何か言い返してやりたいと思ったが、悔しいが返す言葉が見つからなかった。
 やがててゐが肩をすくめた。
「嘘ですよ。そんなこと思うわけないです」
「……それが嘘でしょ」
「いえいえ。姫サマが頑張っていたことは私もよく知っているつもりです」
 ふっと、張り詰めていた場の空気が和らいでいった。互強張っていた身体の力が抜けていく。
 輝夜は弱々しく言った。
「あなたは、竹子をどうしたらいいと思う?」
「私に聞くんですか」
「もう自分じゃわからない」
 そうして力なく首を振る。不安そうなその顔が、幼い少女のようにも見えた。
「……鈴仙が、上白沢先生に頼んで里親になってくれる人を探してもらっています」
「鈴仙が?」
「鈴仙も鈴仙なりに気を病んでいたって事です。姫サマがもう限界なのは鈴仙も知っていましたから」
 彼女は竹子のことを慧音に相談していた。その流れで里親の話も出ていたのだ。以降、会うたびに里親探しについて意見交換をしていた。
「鈴仙、そんなことぜんぜん言ってなかった」
「言ってしまえば、却ってむきになると思ったのかもしれません」
「私が? どうして」
 輝夜は不思議そうな顔をして尋ねるが、なぜ昨日の晩に鈴仙と言い争ったのかと訊かれると、ああそうかと納得した。
「竹子、いなくなるんだ……」
「いいじゃないですか。育てるのも嫌、殺すのも嫌ならそれもアリですよ」
「それが一番いいのかな?」
「決めるのは姫サマです」
 よく考えてから決めてくださいね、と言っててゐは廊下の奥に消えていった。
 残された輝夜はぽつりと呟く。
「そうか。竹子いなくなるんだ」
 いなくなるんだ――、ともう一度繰り返す。
 何度繰り返しても実感の湧かない言葉だった。
 
 ○
 
 それからしばらく経った。鈴仙は積極的に里親候補を探しているようだった。輝夜が里親探しのことを知ったと聞き、事前に相談しなかったことを詫びに来たが、彼女は好きにしろとだけ言った。
 そのやる気のなさを育児の疲労によるものと判断した鈴仙は、ますます候補の募集に奔走した。
「今日も上白沢先生のところに行ってみたのですが、里親を名乗り出る人間はあまり多くはいないそうです。金銭的な面もありますが、やはり素性がわからないのが怖いみたいで」
「そう」
「それでも何人かの有志が集まっています。先生の紹介ですから間違いないとは思いますけど、今度ひとりひとり会ってみるつもりです。おそらく来週の頭頃には姫さまにも紹介できるかと」
「そう」
 輝夜は短い返事だけを繰り返す。日に日に彼女の気力が衰えていっている気がする。早く里親をみつけてやらなければと鈴仙は改めて思った。
 鈴仙と別れた輝夜は、竹子にミルクをやっていた。飲み終わると眠くなったようで、今度は寝台に寝かせてやる。
 眠っている彼女の頭をそっと撫でた。
「もうすぐこの生活も終わる……」
 鈴仙が里親を見つけてくれれば、輝夜は竹子の育児から完全に解放される。永遠亭に静寂が戻り、変化を拒絶した日常が返ってくる。
 それを一番望んでいたのは自分のはずだった。
(少し経験したと思えばいい。永遠の静寂を完全なものにするために、少しばかりの喧騒を添えたと思えばいい)
 思えば、これほどまでに苦労した経験は、自分の生涯であまり無かったように思う。ひょっとすると初めての経験かもしれない。
 おむつを替えるとき、その臭いに鼻が曲がりそうになった。
 なかなかミルクを飲んでくれなくて苛立ったこともあった。
 異物を飲み込んだ時は、慌てて鈴仙のところまで走った。
 そして、毎夜繰り返される夜泣きには度々泣かされた。
 過去の「思い出」としてしまえば、いい経験をしたということで済む話なのかもしれない。
 なにも未来を背負う義務はないのだ。全て過去のことにしてしまえば、これ以上苦しむことはない。
 自分に母親になる覚悟はない、なる気もない。もう十分だと思った。
 なのに、
 なのになぜ心の静寂は戻って来ないのだろうか。 
「――?」
 気配を感じて寝台を覗き込んだ。見ると竹子がもぞもぞと口を動かしている。また泣きだすのではないかと慌てた。
「ひ……ひ…………」
「ん?」
 もしかして何か言ったのだろうか。
 輝夜は音を立てないように気をつけながら慎重に耳を澄ます。
「ひ……ひめ……ひめっ!」
 ひめ。
 姫。
 自分のことを呼んでいるのだとわかった。
「あっ……」
 馬鹿みたいだと思った。
 なんて単純なのだろうと思った。
 ただそれだけで、その一声だけで、世界が一転してしまったのだから。
 育児の疲労も、殺したいほどの憎さも、もう霧散してしまった。
 抱きしめたくて堪らなかった。
 馬鹿みたいだと思った。
「……ばーか。「さま」をつけなさいよ」
 ――鈴仙には里親の件を保留にしてもらえないか頼んでみよう。
 未来を背負う覚悟なんてない。まだ何も決められていない。でもこのまま別れるのは嫌だった。もう少し時間がほしいと思った。
「ひめ、ひめ!」
 竹子が自分に向かって手を伸ばした。
 輝夜はその手をしっかりと掴み取った。
 
 
 
 
◆三章:衝突
 
 
 竹子を預かってから一カ月が経った。彼女はこの一カ月で驚異的な成長を遂げていた。危なげなく立って歩き、文法立った言葉も話すことも出来た。
 彼女は今は、本を読んでほしいと輝夜の部屋まで自分の足で来ている。見ているのは植物図鑑だった。
「姫さま、これが“竹の花”というの?」
「そうよ。私も昔に一度見ただけでよくは知らないのだけど」
「姫さまでもわからないの?」
「何十年だか何百年だかに一度しか咲かない貴重な花だからね。いつかまた見てみたいわ」
 輝夜がその花を見たのは、はるか千年以上前、月から地上に落とされてすぐのことだった。世話になった老夫婦に連れられて、その花を見た。とても小さく、そうと説明されなければ花には見えないようなものだった。
「ねえ竹子。竹の花はね、私の名前の由来でもあるのよ?」
「ええっ、そうなのっ!?」
「私のおばあさんから聞いたの。確か……あら、何と言っていたかしら? 急には思い出せないわ」
 きっと自分の名前に関係があったと思うのだが、うまく思い出せない。
 だが竹子は、輝夜が思い出すまで待ってはくれないようだった。
「ねえ姫さま。お手玉しよう」
「なによ、もう飽きちゃったの」
「お手玉、お手玉」
 竹子は最近この遊びに夢中だった。まだ上手く操れないので適当に放るだけなのだが、それでも楽しそうに興じていた。輝夜もそれにつき合い、時には竹子以上に熱中することもあった。
 輝夜は得意げにこつを教えてやる。
「歌を歌いながらやるといいわ。拍子をとって……こうっ」
「わあ、姫さま上手!」
 輝夜はぽんぽんぽんと軽快にお手玉を回していく。竹子にこう言ってもらえるのは、悪い気分ではなかった。
 
 ○
 
 鈴仙は調理場で薬剤の精製をしていた。永琳に言われた難しい調合の練習をしているのだ。竹子がある程度落ちついたので、安心して自分の作業に没頭できるようになった。
「でもおかしいのよね。竹子はもう身体的には五歳児くらいになっている。普通の人間がこんなに早く成長するわけないんだけど……」
「鈴仙の診断が間違ってたんじゃないの。見つかった場所からして異常だし、もしかして人間じゃないのかも」
 てゐは机の隅に置いていたニンジンにかじりつきながら言った。それは鈴仙が休憩時に食べようと置いていたものだった。
「こら、てゐ! それ私の!」
「調合用の材料に手を出さなかったことを褒めてほしいな。まあそれはいいとして、本当に人間だと言えるの?」
「……医学的、というか生物学的には人間で間違いないよ。成長速度が少し早いだけで」
「どうして言い切れるの」
「前に言った波長のこともあるし、博麗の巫女に見てもらっても、邪気や妖気の類は感じないって」
「ふうん、やっぱり人間なんだ」
 妙だねえと言うものの、てゐをはじめ鈴仙も輝夜もその事をあまり気にかけてはいなかった。彼女たちはみな長寿な人外であるので、人外と比べて人間の成長速度に驚きはするものの、人間の中で成長速度が早いと言われてもぴんとこないのだ。
 彼女たちの基準は、あくまで人外でしかなかった。
「それより、そろそろ姫サマが爆発しなきゃいいけどね」
「どういうこと?」
「成長すれば自我が芽生えるでしょ。今までは自然現象、災害の一種と見ることも出来ていた苦労が意思によって生み出される、ということになる」
「つまり生意気に感じるようになるってこと?」
「自分で腹を痛めて産んだ子ならまだいい。でも竹子は拾い子、赤の他人だよ。今まで我慢出来ていたものが出来なくなったとしても不思議はないね」
 輝夜は竹子のことを気に入って入るらしいが、彼女の親になる覚悟までは持っていなかった。責任と義務を負う覚悟もなく、一個の人格としての彼女と向きあえるのか、てゐには疑問だった。
「それでもあんなに苦労して育てたんだから、すぐに投げ出したりはしないんじゃない?」
「そうかもね。まあなるようになるさ。……それより」
 てゐは廊下の方を指差した。顔を向けると血で濡れた人間の足が見えた。
「急患だって。さっき藤原サンが持ってきた」
「早く言いなさいよ!」
 鈴仙は怒鳴りながら患者に向かった。
 
 ○
 
 竹子はお手玉に夢中なので、輝夜はひとり、部屋の前にある庭に出た。久しぶりに盆栽いじりをしようと思ったのだ。
 この盆栽は「優曇華の枝」というものである。少し前から彼女が育てているもので、今では数ある月の宝以上に大切にしていた。ちなみに妖怪がこれを喰えば妖力を増すという伝説もあるので、管理には気を配らなければならない。
 とはいえ、永遠亭のまわりはイナバたちが警戒網を張っているので、そうそう野良妖怪が侵入してくることなど無いのだが。
「ふう、やっぱりこれを弄っていると落ちつくわ。今までずっと忙しかったからかしら」
 今までは竹子の世話に追われて、とても盆栽にまでは気が回らなかった。しかしこれを弄れるということは、ある程度心に余裕が出てきたという証拠でもある。輝夜はそのことに、一種の安心と満足を感じていた。
「……それにしても本当に頑固な枝ねえ。もう直せそうもないし、どうしようかしら」
 輝夜は鉢の前で一時間以上も頭を捻っていた。変な方向に曲がってしまって見栄えが悪い。かと言って切り落としてしまうと、左右の釣り合いが崩れて倒れてしまいそうだ。
 生き物だからそうそう思い通りにはいかない。それが憎らしく、また愛らしくもある。
「そういえば頑固といえば竹子もそうね。一丁前に自我が目覚めたのか、面倒臭くなっちゃって」
 ちらりと部屋の中の竹子を見る。今は遊び疲れたのか昼寝に入っているようだ。寝るときは布団を使えと言っても「なぜ? どうして?」と言うことを聞かない。
 輝夜はやれやれと呟くと、近寄って布団をかけてやった。
 彼女の寝顔が目に入る。
「月にいた頃、私もこうやって世話をされていたのかしら……」
 きっとそうなのだろう。自分も誰かに世話をされて育ったはずだ。この地上に落とされたとき、あの優しい老夫婦がそうしてくれたように。
 ふと、視界の隅で駆けていく鈴仙が見えた。何やら急いでいるようで、脇には薬品やらが入った箱を抱えている。
「どうしたの? 何かあったの?」
「急患です! 崖から落ちて大怪我をしていて、すぐに手術をしなければいけません!」
 鈴仙は走りながら言った。ならばあの箱に入っているのは麻酔か消毒液かだろう。
 彼女が手術を出来ることに驚いたが、そういえば元は軍人だと言っていたから、内科より外科の方が慣れているのかもしれない。
「手伝おっか」
「姫さまがですか?」
「一応、永琳と千年以上一緒にいたんだから、少しくらい知識はあるわ」
 応急処置程度だけど、とは小声でのみ言った。自分でもこんな提案をしたことに驚いたが、きっと久しぶりに盆栽をいじれて気分がいいせいだろうと思った。
 鈴仙は少し悩んだが、手も時間も足りないのは事実だった。
「ではお願いします。後に付いて来てください」
「そうこなくっちゃ」
 そう言って輝夜は鈴仙に付いていく。竹子のことが少し気にかかったが、ぐっすり寝ているようだし、そのまま残して行くことにした。
 
 ○
 
「ふう、終わった……」
 思った以上に役に立たなかった輝夜に辟易しながらも、手術は無事に成功した。永琳なら傷跡も残さず治したかもしれないが、命を繋げられただけ良しと思ってほしい。
 患者にはしばらく留まってもらわなければならないが、妹紅にはその旨を伝えているので、里の人達にも安心してもらえるだろう。
「あれなら後遺症もなく、すぐに退院できそうよね……」
 鈴仙は一息ついてお茶を飲む。どたばたしていたのでその時は実感がなかったが、思えば自分ひとりで人間の手術をしたのは初めてのことだった。初めての手術を無事に成功させたのだと思うと、何ともいえない達成感に満たされた。
「きっとお師匠さまも、私なら出来ると信じていたから留守を任せてくれたんですね」
 尊敬する師匠に信頼されていたのだと思えば、知らず知らずの内に頬が緩む。
 もっとも永琳は「失敗したとしても、それもまた経験」と割り切っていただけなのだが。
「姫さまも以前よりずっと積極的になられたし……」
 以前の輝夜ならきっと手伝いを申し出ることはなかっただろう。役に立たなかったとはいえ、その気持ちはありがたかった。
 そしてその輝夜は、手術が終わるとすぐに竹子のもとに帰っていった。
 少しでも離れていたのが不安だったのかもしれない。
「きっと竹子のおかげですね、姫さまが変わられたのも。口では悪く言うけど、竹子のことが大好――」
「聞いてるの竹子っ! 何とか言ってみなさいよ!!」
 庭の方で輝夜の怒鳴り声がした。
 驚いた鈴仙は、声のする方に走っていった。
 
 ○
 
「……この鉢はね、私がとっても大切にしていたものなの。あなただって知ってたでしょう?」
 輝夜は顔を真っ赤にして竹子に迫る。あまりの剣幕に竹子は黙り込んでしまった。下を向いて唇を尖らせる。
 それがますます気に入らない。
「なに黙ってるのよ! 黙っていれば許されるとでも思ってるの!? ごめんなさいくらい言いなさいよ!!」
「ま、待ってください、姫さま! いったい何があったんですか!?」
 さらに責めようとする輝夜を鈴仙が止めた。彼女は忌々しそうに、下に落ちている陶器の破片を指した。
「竹子が……」
「これは「優曇華の枝」ですか? 姫さまが世話をしていた」
「そうよ。ちょっと目を離している隙に竹子が割ってしまったの」
 棚から落ちてしまったのか、盆栽の鉢は粉々に砕けていた。優曇華自体も枝が折れてしまっており、無残な姿で横たわっている。
 近くにお手玉が落ちていたので、それが当たってしまったのだろう。普通に投げて鉢を落とすほどの威力が得られるとは思えないが、当たり所が悪くてバランスを崩してしまったのかもしれない。もともと枝ひとつ落とすだけで倒れてしまいそうな盆栽ではあった。
「そうだったんですか……。ほら竹子、悪いことしたんだから謝りなさい?」
 鈴仙は竹子に諭すように言った。だが彼女は下を向いたまま何も言わない。
「謝れって言ってるの!! 何で黙るのよ!!」
「姫さま! そんなに言ったら竹子も言い辛いでしょうし……」
「うえええええええんんん!!!」
 鈴仙は竹子を庇うが、竹子はついに泣き出してしまった。
 最近はあまり聞かれなくなった彼女の泣き声が、再び永遠亭に響き渡る。
「うえええええええんんん、うえええええええんんん!!!」
「何よ、泣けばいいとでも思ってるわけ? 生憎だけど私はあんたの泣き顔なんか慣れっこなのよ!」
「ま、まあまあ。今は何を言っても無駄でしょうから、お互い時間を置いてみましょうよ」
「冗談じゃないわ! この子を謝らせるまでは絶対に引かないんだから!!」
「きっと竹子も悪気があったわけじゃありませんよ。落ちついて話せば謝ってくれますし、理由も話してくれますよ」
 もう言葉が通じない赤子ではないんですから、と鈴仙は言う。しかし、まるで自分もあやされているような調子が輝夜には気に入らなかった。
「……なによ、あなたさっきから随分竹子の肩を持つじゃない」
「えっ、えっと姫さま?」
「竹子は私が育てたのに。ずっと押し付けてきたのに。今さらあなたに何がわかるっていうのよ」
 輝夜は鈴仙を睨みつけた。今や怒りの矛先は完全に彼女の方を向いていた。
「えっと……私はそんなつもりでは……」
「私は姫なのよ? この屋敷で一番偉いの。それなのに……」
 輝夜はそう言って二人に背中を向けてしまう。もう自分自身でも止め方がわからなかった。
「もういいわ。そこまで言うなら竹子はあなたが面倒みなさい。私はもう知らないから」
 そう吐き捨てると彼女は自室に帰ってしまった。
 後には泣きじゃくる竹子と、困惑顔の鈴仙だけが残された。
 
 ○
 
「へえ、そんなことがあったんだ」
 てゐはまた鈴仙のいる調理場にきていた。彼女から事件の概要を聞いている。
「本当に大変だったんだから」
「あの盆栽大事にしてたもんね。姫サマ」
「でもあんなに怒るとは思わなかったよ……」
 鈴仙はその時のことを思い出しながら首を振った。
 どちらかというと輝夜は彼女にとって親しみやすい存在だった。もちろん遥かに目上ではあったが、気楽に接してくれるので、ある意味師匠である永琳よりも身近に感じていた。
 竹子相手にあそこまで怒り散らすとは思わなかった。
「まあ、人の心の中まで量ることなんて出来やしないからね」
「そうかもね……。姫さまにとってあの盆栽は譲れない一線だったのかもしれない」
「でも竹子はどうするの? 押し付けられたんでしょ」
「うーん。それなんだよなあ……」
 今、竹子は空き部屋のひとつにいてもらっている。薬の調合をしている鈴仙のまわりには、危険な薬品もたくさんある。とても近くには置いておけなかった。
「出来るだけ面倒みるつもりだけど、ずっと一緒にいるわけにはいかないよ。それにやっぱり姫さまの側にいたいみたいだし」
「竹子はまだ謝ろうとしないの?」
「うん。なんか意固地になっちゃって。でも姫さまは、どちらかというと私の方が気に入らないみたい」
 輝夜と竹子はそれでもまだ会話がある。竹子が謝らないのに腹を立てているのは確かだが、まったく口を利かないというほどではなかった。
 しかし鈴仙と輝夜は、あの事件より後は一切会話がなかった。
 不審に思ったてゐが訊く。
「なんで? 別に鈴仙が盆栽割ったわけじゃないでしょ」
「そうなんだけど、確かに盆栽の件も怒っているんだけど、私に余計な口出しをされたことの方が気に入らないみたいなの」
「つまり……どういうこと?」
「姫さまずっとひとりで竹子を育ててきたでしょ。だから竹子をどう育てるかは全部自分が決めたいらしくて、それを私に邪魔されたから怒っているようなの」
 ずっと押し付けてきたくせに今さら知った風な口を利くな、そこまで言うならお前が育ててみろ、ということらしい。要は教育方針をめぐる対立である。
「なんだかなあ。すっかり思考が母親染みてる気がするよ」
「私も。これでもう少し素直になってくれればなあ」
 そうすぐには変われないのが輝夜という個性であった。千年かけて曲がってしまったので、なかなか真っ直ぐにはならない。
 てゐは何だか阿呆らしくなって、そろそろ帰ろうかと思った。
 だが、腰を上げて扉に向かおうとした時、その扉が勢いよく開いた。
 入って来たのは息を切らせた輝夜だった。
「大変! 竹子が竹林に入ってしまったみたいなの!」
 
 ○
 
「はあ……」
 鈴仙は重い両足を引きずりながら永遠亭に帰ってきた。帰ってきたのは自分だけである。輝夜になんて言えばいいかわからなかった。
(結局、いくら探し回っても、竹子を見つけることは出来なかった……)
 戻ってくる可能性を考えて輝夜には残ってもらったが、竹林は「迷いの竹林」と呼ばれるだけあり、不慣れな彼女では脱出は無理だろう。
 竹林には人を襲う妖怪も棲んでいる。最悪の可能性も考えなくてはならない。
(姫さまは竹子のことを心配していた……)
 彼女がいなくなったことを初めに気付いたのは輝夜だった。彼女がいたはずの部屋を訪れたが誰もおらず、探していると、竹林で彼女の草履が落ちているのを見つけたという。それで慌てて自分のもとにやって来たのだ。
(当たり前だ。どんなに喧嘩をしていたって、突然いなくなれば悲しいに決まっている)
 そう思えばますます足取りは重くなる。額には暑さからとは違う汗が浮かんでいた。
 しかし、その悲痛な気持ちは裏切られることになる。
「れいせん……」
 出迎えに来たのは竹子だった。妙に沈んで見えるが、怪我などはなさそうである。
「無事、だったの? 帰って来られたの?」
「ううん、違うの。あのね……」
 竹子は力なく首を振った。困惑する彼女にまた別の声がかかった。
「おかえりイナバ。どうしたの、泥だらけよ?」
 輝夜は鈴仙の姿をみてくすくすと笑いながら言った。
「えっ、姫さま? 竹子、どうしたんですか。ひとりで帰ってこられたんですか」
「さあ。直接訊いてみれば」
 鈴仙はまだ状況が見えていなかった。助けを求めるように竹子へ顔を向ける。
「竹子、あなた竹林に入ったんじゃないの?」
「違うの。私は姫さまと一緒に少し出ただけで、その後は姫さまの部屋にいたの。だから……」
「そんな、一体どういうことなの……?」
 鈴仙は竹子の足元をみた。自分が編んでやった草履を履いている。それは輝夜が竹林に落ちていたと言ったもので、そのくせ草履にも足にも汚れは一切なかった。
 鈴仙はようやくからくりに気付いた。
「……姫さま。これはどういうことですか。私を騙したんですか」
「なにが。私は竹子が竹林に入ったって言っただけよ。……二、三歩だけど」
「竹子が部屋にいないって、草履が落ちてたって言ったじゃないですか!」
「そうだったかしら」
 輝夜はにやにやと笑いながら首を傾げている。悪びれる様子もなく無邪気に楽しんでいる。
 鈴仙の堪忍袋の緒が切れた。
「私がっ、どれだけ心配したと思ってるんですか!! 探して探して、でも見つからなくて、姫さまに申し訳ないとどれほど……っ」
 おそらく先の件の当て付けだ。嘘で自分を困らせてやろうと思ったのだろう。
 動機はわからなくはない。しかし、この嘘は許せなかった。
「私が気に入らないから嫌がらせをするのならいい! でも竹子をだしに使うなんて!」
「なによ、ちょっとからかわれたくらいで」
「姫さまならどういう気持ちになるか考えてください! もう見つからないかと、死んでしまったんじゃないかと思ったんですよ!?」
 そのときの悲しさといったらない。もちろん竹子を不憫と思う気持ちはあったが、それ以上に輝夜がどれだけ悲しむだろうと考え、胸が張り裂けそうになった。
 それが、なんてことだ。
「本当に、本当に心配したのに……」
「な、何よ。私はあなたは無用心だから警告してあげただけよ。竹子ひとりを放っておいて」
「……っ、それはありがとうございます、以後気を付けますっ!!」
 鈴仙は奥歯を噛みしめながら頭を下げた。竹子は心配そうに彼女を見上げている。
「行きましょう、竹子。そろそろ夕飯を作らないと」
 鈴仙は竹子の手を取って調理場に向かう。もうこの場に留まりたくなかった。
 竹子は一度だけ振り返って輝夜をみた。
「姫さま……」
「ふんっ」
 輝夜はそんな竹子に背を向けてしまう。その顔は渋かった。
 ――なによ、気に入らない。
 嘘は成功し、悪戯はうまくいったのに、なぜか心は晴れなかった。
 
 ○
 
「何よあのイナバのやつ! ちょっと悪戯しただけなのに!」
 翌日、輝夜は苛立たしげに言った。場所は彼女の自室。側には憂さ晴らしに付き合わされているてゐがいた。
「偉そうにお説教なんかしちゃってさ、私の方が何倍も長生きなののよ!?」
「そうですね」
「だいたい生意気なのよ。あれは駄目、これも駄目、あーしなさい、こーしなさい、あんたは私のお母さんかっての!」
「そうですね」
 だが、そういうものは本人に直接言ってもらいたい。
 はあ、とてゐはため息をついた。
「でも姫サマだって、竹子がいなくなったって言われたら心配するんじゃないですか?」
「そんなことないわよ」
「顔はそう言ってないです。鈴仙だってすごく心配したんだから怒るのも無理ないと思いますよ」
「ふんだ。勝手に心配させとけばいいんだわ……」
 とは言いつつも語尾が萎んでいく輝夜だった。もし本当に竹子がいなくなってしまったら、そんなことを考えているのかもしれない。
「……とりあえず竹子と鈴仙に会ってやったらどうですか」
「あの子たちが謝りに来たらね」
「姫サマだって寂しいんじゃないですか」
「私から行くなんて絶対に嫌!」
 ふむ。なかなか手強い。てゐは今日手に入れたばかりの切り札を切る。
「なんで竹子はすぐに謝らなかったんでしょうね」
「知らないわよ」
「そうですか。――ところでうちのイナバたちに聞いたんですが、あの日は警戒網を潜って野ねずみ妖怪が近くまで来ていたそうです。おそらく例の急患などがあって警戒が緩んでしまったのでしょう」
「……?」
 何が言いたいの、と輝夜が凄んだ。てゐはニヤリと笑って続けた。
「壊れた盆栽の側にねずみの死骸がありました。これは妖力で動いていた尖兵で、近くには本体の妖怪がいたはずです」
「つまり、盆栽を壊したのはその妖怪だって言うの?」
「その可能性はあります。優曇華は妖力を上げる効果があるそうですから」
 それを狙って忍び込んだのではないか、とてゐは締めくくった。
 最後まで聞くと輝夜はおもむろに立ち上がる。
「……ちょっと、散歩に行ってくる」
「はい。ご健闘をお祈りしています」
「うるさいっ」
 悪態をつきながらも輝夜は部屋を出ていった。きっと竹子のいる部屋に向かうのだろう。
 足音とはどんどん遠ざかっていく。
「ふう、疲れた」
 ようやく解放されたてゐは仰向けに寝っころがる。一仕事終えたような気分だった。
 うまくいけばいいがと思う。
 だが、
「なによ、これ!? どういうこと!!?」
 遠くから輝夜の声がした。まだ仕事は終わっていない様だった。
 
 ○
 
 鈴仙は沈んだ顔で診療録をめくっていた。これは先日運ばれてきた患者のものだ。しかし浮かない顔は、状態が悪化したなどということではなかった。
(姫さま……まだ怒ってるかな)
 あの悪戯は許せない。それに怒る気持ちはあるが、輝夜に対して無神経過ぎはしなかったかと思うのだ。
 人の子はひとりでは育てられない。
 いつかてゐはそう忠告した。しかし忙しさにかまけて結局輝夜ひとりに押し付けてしまった。彼女が意固地になってしまう原因に、自分の薄情があるような気がしてならない。
(姫さまが怒るのも当然だ。私に口出しする権利なんかない。結局私は、竹子を空き部屋に押し込めることしか出来ないんだから……)
 結局、竹子は変わらず空き部屋にいる。「部屋から出ては駄目」と言って閉じ込めている。昨日管理の甘さを指摘された鈴仙だったが、まだ有効な打開策を思い付けずにいた。
 そんな体たらくの自分に、偉そうなこと言う資格があるのだろうか……?
 鈴仙は謝りに行こうと思って顔を上げる。勢いを付けて立ち上がった。
 すると、開けようと思っていた扉がひとりでに開いた。
「大変よ、鈴仙! 竹子が本当にいなくなってしまったの!」
 現れたのは輝夜だった。前と同じように肩で息をしている。
「姫さま、今なんと……?」
「野ねずみの妖怪に襲われたのよ。きっと竹林に逃げて行ったわ。あの子がいた部屋に野ねずみの死骸があったの」
 輝夜は慌てて状況を説明してみせる。鼠の死骸。部屋が荒らされていたこと。屋敷の中はイナバたちを使って全て探したこと。そして竹林の中で竹子の持っていたお手玉が見つかったこと。自分の知るすべての情報を、身ぶり手ぶりまで使って鈴仙に伝えた。
 だが彼女には、その姿がひどく滑稽なものに見えた。
「へえ。そうなんですか」
「なっ、そうなんですかって何よ! 竹子が危ないのよ? 何とも思わないの!?」
「思っています。悲しいです。心配です」
 何より――、悔しいです。
 鈴仙の顔がその悔しさに歪んでいった。
「……どうして、そんな嘘ばかりつくんですか」
「えっ」
「それもまた嘘なんでしょう? どうしてそんなに酷い嘘をつけるんですか」
 鈴仙は淡々と責めた。悔しさと悲しさで、涙が出てきそうだった。
 ――違う。自分は輝夜が優しい人だと知っている。本当は心の温かい人だと知っている。だから謝りたかった。今まで以上に手を貸したいと思ったし、共に苦労を理解したかったのに。
 ……こんなのって、ない。
「この、大嘘つきっ!!」
「違う! 今度は本当なの! 本当にいなくなったのよ!?」
「わかりましたわかりましたっ! 後で探しておきますから邪魔しないでください!!」
 そうして輝夜は、半ば追い返されるような形で部屋から出されてしまう。
「鈴仙! 信じて! 本当なのよ!!」
 輝夜は扉の外から悔しげに叫んだ。だが鈴仙はその声に耳を塞いでしまった。
 彼女が「イナバ」ではなく「鈴仙」と自分を呼んだことさえ、その時は気付けなかった。
 
 ○
 
「何よ、何よ! 本当だって言っているのに! なんで信じてくれないのよ!」
 輝夜はまた自室に引き返していた。同じ場所をぐるぐる回りながら、似たような恨み事を繰り返している。
 てゐは宥めるように言った。
「まあまあ。落ちついてください、姫サマ。今イナバたちが全力で竹子を探していますから」
「そもそもあんた達が仕事してないからこんなことになったんじゃない! 何をやっていたのよ!!」
「いやあ……返す言葉もありません。でも、あの部屋には死体も血痕も無かったので、まだ生きているのは間違いないはずです。おそらく現れた野ねずみ妖怪に驚いて竹林に逃げていったのでしょう」
「そこまでわかっているなら早く見つけてきなさいよ!」
 ふん、と輝夜は苛立たしげに鼻を鳴らした。
 てゐはこれ以上ここにいても仕方ないと思い、自分もイナバたちと一緒に竹子の捜索に加わろうと考える。
 そしてふと首を傾げた。
「あれ。姫サマは行かれないのですか?」
「は? どこによ?」
「竹子を。探しに。竹林に。私もこれから行こうと思っているんですが、姫サマも一緒に来られますか」
 どうせ行くのなら一緒に出ても構わない。それにイナバたちと情報を共有すれば、捜索の効率も上がる。
 だが輝夜はうんとは言わなかった。
「あのイナバが行くでしょうよ。竹子の世話はあのイナバに任せたんだから。あんなに偉そうなことを言って、だったら手本を見せてみろっていうのよ」
「えぇ~、本当にそれでいいんですか?」
「いいも何も私は関係ないし……」
「鈴仙、来ないかもしれませんよ」
「知るもんですか」
 輝夜はつい顔を背けてしまう。
 それを見て処置なしと判断したてゐは、一礼して部屋を出ていった。「幸運」の能力を使うと、竹林に向かって走っていく。
 残された輝夜は、やはり同じ場所をぐるぐると回っていた。
(そうよ、そもそも何で私が竹子の世話をしなきゃいけないのよ。私とあの子は赤の他人なんだから)
 いつかてゐもそう言っていた。竹子は嘘の子、自分は嘘の親だ。義務も責任もありはしない。
(だからこんなに気を揉むことなんてないんだから)
 相変わらず動きを止めない自分の足に向かってそう言った。だが足はなおも動き続ける。本人以上に正直だった。
 苛立ち紛れにぐるりと部屋の中を見渡した。優曇華の枝が視界に入る。自分の腕と同じくらいの太さの枝が、無惨にも折れ曲がっている。野ねずみ妖怪が食い破った跡らしいが、これだけの力で襲われたら、竹子などひとたまりもないだろうと思う。
 でも、だったら――?
 もしその力で腕を噛まれたらどうなるのだろう?
 もしその力で足を噛まれたらどうなるのだろう?
 もしその力で腹を抉られたら、一体どうなってしまうのだろう?
(何を考えているのよ。そんなことにはならないし、なったからってどうだというのよ)
 だが人間は弱い生き物だ。まして竹子は幼い子供である。
 もしその野ねずみ妖怪に襲われたとして、果して無事でいられるのだろうか。
 ……いや、例えそうならなかったとしてもだ。迷いの竹林はただそれだけで危険でいっぱいだ。崖だってあるし、川だって流れているし、ふいにある些細な段差でさえ命取りだ。
 怪我をしても誰も助けに来ない。
 助けを呼んでも誰にも届かない。
 放っておけば、間違いなく死んでしまうだろう。
 そう、死んでしまうのだ。
 竹子が。
 竹子が。
 あの竹子がっ!
「ええい、もう!!」
 そうして輝夜は自分の部屋から飛び出した。
 
 ○
 
 輝夜は竹林の中を走っていた。当てがある訳ではない。だが思うよりも先に体が動いていた。
(なんなのよ! なんで私がこんなことをしなきゃいけないのよ!)
 竹子のことは鈴仙に任せたのだから、自分が必死になる必要はない。理屈ではわかっていた。頭ではわかっていた。それでも輝夜の体は止まらなかった。
(みんな竹子が悪いんだわ! だから見つけて叱ってやるんだから!)
 今はそういうことにした。見つけてどうしたうかは、見つけた時に決めればいい。
 ともかく見つけなければはじまらない。
 だが迷いの竹林は広かった。輝夜でさえ全てを把握している訳ではなく、それが出来るのはてゐくらいだった。そんな彼女でさえ、この竹林の中から子ども一人を見つけるのは難しい。
(とはいっても子どもの足よ。そう遠くまでは言っていないはず……)
 しかしそれは、根拠のない仮説の話だった。竹子がいつ竹林に入ったのかわからないのなら、彼女がどこまで行っているのかもわからない。
 何より竹子は、野ねずみ妖怪に追われていた可能性が高い。もうどこかで食い殺されているかもしれないのだ。
 輝夜の中で焦りが濃くなった。
(もし竹子に何かしたら、私が食い殺してやるんだから!!)
 心の中で叫んで、また走り出した。
 それからずっと輝夜は竹子を探し続けた。鳥が羽ばたく音を聞けば、近くに竹子がいるんじゃないかと首を回した。同じく彼女を探しているイナバを見ると、野ねずみ妖怪を間違えて成敗しそうになった。竹の葉の中に土の赤が見えると、竹子の血じゃないかとぞっとした。
 だがいくら探しても竹子を見つけられなかった。
(もう、どこにいるのよ。お願いだから出てきて……)
 早く、早く、もっと早く。早く見つけないと手遅れになってしまう。
 輝夜は頭の中で繰り返す。
(竹子っ、竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子竹子!!!)
 口をついて出た。
「竹子!!」
「母さま!!」
 驚いて声のする方を向いた。すると、竹によじ登ってこちらを見下ろしている竹子が見えた。
 とりあえず大きな怪我はしていないようでほっとする。
「よかった……。あんたいったい……」
「母さま、下!」
 言われて彼女のいる下を見ると、そこには大きなねずみがいた。大きさは人間の子ども大。これが例の野ねずみ妖怪だろう。彼女はこれに追われて竹を登ったらしかった。
「あんたっ、竹子をいじめる奴は許さないんだから!!」
 輝夜はとっさに弾幕を繰り出そうとする。だが、下手に撃ちまくれば竹子も巻き込みかねないことに気づいた。
 迷っていると上空から団子が落ちてくる。
「これを使って!」
 竹子からだ。団子の正体はお手玉で、これを使って倒せと言っているのだとわかった。
 輝夜は手に取って頷く。
「とおりゃあああああああ!!」
 ぽふ、と音がした。野ねずみ妖怪は少し怯んだが、当然こんなもので倒せるわけがない。馬鹿にするなというような顔で睨み返してくる。
 そのとき、急に竹子が飛び降りた。
「あ、馬鹿……っ!」
 しかし竹子の落下先には動きを止めた野ねずみ妖怪がいた。彼女は落下の勢いのまま彼に飛び乗った。軽い彼女の身体といえど、高さを武器にした一撃に彼は気絶してしまった。
 輝夜は呆然と竹子をみた。
「あんた……」
「カタキ、とった」
 そう言って竹子が拳を握る。確かに盆栽を壊したのはこの野ねずみだった。そのせいで輝夜は悲しみ、自分はあらぬ疑いをかくられた。ついでに鈴仙はとばっちりだ。
 その恨みつらみを晴らすべく、彼女は行動したのだった。
 竹子は野ねずみに追われて竹林に来たのではない。野ねずみを追って竹林に来たのだ。
「馬鹿っ! なんて危ないことをするのよ!」
「……? 怪我してないよ?」
「そういう問題じゃないでしょ! 私がどれだけ――、」
 どれだけ心配したと思ってるんですか。
 それを言ったのは鈴仙だった。輝夜は自分がどれだけ酷い嘘をついたのか知った。
「母さま?」
「お願いだから不安にさせないでよ……」
「ごめんなさい」
「無事でよかった」
 輝夜は竹子を抱きしめた。それでようやく彼女の無事を実感できた。そのせいか今になってどっと疲れが出てきた。
 そんな輝夜に竹子が片手をつき出す。あのね、と続けた。
「これ。途中で見つけたの」
 彼女の手には小さな花のようなものが握られていた。輝夜はその花に覚えがある。何と言っても少し前に図鑑で見たばかりだ。
 竹の花に間違いなかった。
「母さま、いつか見たいって言ってたから」
「私にくれるの?」
「うん。これで許してくれる?」
 竹子は不安そうに輝夜を見上げる。仕方ないわねえ、と輝夜は笑った。
 その花をそっと竹子にも分けてやる。
「許してあげる。もうこんなことしちゃ駄目よ」
「わあ、私のお花だぁ」
 竹子はもらった竹の花を目の前で透かしてみた。それは輝夜からはじめてもらったプレゼントだった。
「私もごめんなさいね。あなたを疑ってしまって……」
「ふふん。許してあげるっ」
「あーら、それはどうもありがとう」
 輝夜は竹子の手を握った。仲良く並んで家まで帰る。
 竹子が不安そうに言った。
「れいせんも許してくれるかな。言い付け破って来ちゃった……」
「一緒に謝りましょう。きっと許してくれるわよ」
 この後、真っ先に謝ってきたのは鈴仙の方だった。
 
 
 
 
◆四章:藤原妹紅
 
 
 妹紅は夢を見ていた。遠い昔の日の夢。彼女はまだ蓬莱の薬を飲んでいなくて、家族はまだばらばらになっていなくて、誰かをまだ純粋に信じることができていた、幼い日の夢だ。
 その中で妹紅は大きな屋敷の中にいた。中は薄暗く、人気がなくて心細い。だが自分には、ここでやるべき使命があるのもわかっていた。
(父上は、この先にいる女性に会ってこいと言った……)
 彼女の父親は大きな権力を持った大貴族のひとりだった。この世に出来ないものはほとんどなく、望めば大体のもは手に入る。そういう人間だった。
 しかしただひとり、どうしても手に入らない人がいた。
(父上は子どもの私を利用しているだけだ)
 彼女はそのこともわかっていた。自分自身は警戒されて会ってくれないので、まずは娘を送って距離を縮めようと思っているのだ。
 浅ましいことだと思った。小賢しいことだとも思った。だが例えどんな理由であれ、父親に逆らうことなど出来るはずもなかった。
 彼女には母親がいなかった。病で死んだと聞いている。そんな自分が父親に見捨てられればどうなるか、考えるのも恐ろしかった。
 部屋の奥には御簾がかけられていた。普段は何人も立ち入れないそれに、彼女は近づいていく。
(あの向こうに父上の想い人がいる……)
 子どものことだから、ものを知らないのは仕方ない。
 間違えて入ってしまうこともあるだろう。
 それが彼女の父親の策だった。故意の事故で娘を近づけ会話の糸口となれば――、そのように考えていた。
 浅ましいことだ、もう一度そう思った。
 ふいに御簾の向こうで人影が動いた。
 どきりと心臓が跳ねあがる。恐れて動けないでいると、中から信じられないくらい白い手が現れた。それは自分に向かって手招きをはじめる。
 彼女はその手に導かれるまま、閉ざされていた御簾の向こうに歩を進めた。
 ――行くな、と今の妹紅は叫んだ。
 その女に近づくな。その女に心を許すな。その女に期待なんかするな。
 裏切りは期待から生まれる。期待なんかしなければ、ここまで人生を狂わせることもなかったのだ。
 だが夢の中の彼女は足を止めることはなかった。吸い寄せられるように御簾の奥へ踏み入っていく。
 ……もしかしたら寂しかっただけなのかもしれない。
 ……もしかしたら人恋しかっただけなのかもしれない。
 でも、そこにいた女性があまりに穏やかに微笑んでいるから、あまりに優しく囁くから、彼女は欠けていたもうひとりを想ってしまったのだ。
 ――その呼び方をするな、今の妹紅は声の限り叫んだ。
『母上』
 がばりと妹紅は起き上がった。
 ひどく汗をかいている。昔の夢を見るなんて老人みたいだと思ったが、事実老人といって差し支えないことに気づき、笑った。
「……ちっ」
 気分が悪い。
 気晴らしに人里まで下りてみようかと思った。
 
 ○
 
 竹子を拾ってから二カ月以上が経過した。彼女は肉体的には十歳児くらいになっていた。また、自分が拾われ子であり、輝夜が義理で育ててくれたこともよく承知していた。そのため、恩に報いようと永遠亭の仕事も手伝うようになっていた。
 今は鈴仙のいる調理場で薬の調合を手伝っている。
「本当に早いわねえ。あっという間に大きくなったわ」
 輝夜がしみじみと言った。
「そうですね。私たち人外よりも早く成長することは知っていましたけど」
「これでもやっぱり人間なんだ?」
「人間をどう定義するかにもよりますけど、DNA的にも人間で間違いないそうです」
「どうやって調べたのよ、それ」
 永琳の部屋には秘密の機械が多数ある。そのひとつを使った。
「かあ……、姫さま。薬の混ぜ方はこのくらいでいいでしょうか」
 竹子が輝夜に問いかけた。当然わからないので鈴仙に振る。
「イナバ。どうなの」
「もう少し細かく混ぜてもらえると助かります」
「もう少し細かくしなさい」
「はい。わかりました。か、姫さま」
 このごろ輝夜はますます母親風を吹かせていた。そもそも竹子が手伝うなどと言わなければ絶対に手を貸そうとしなかったのだが、やるとなれば積極的に動くし、場を仕切りたがった。
 竹子の前ではいい格好をしたいらしい。
「姫さまも竹子には弱いですねえ」
「そんなことないわよ」
「恥ずかしがることはないですよ」
 出来ました、と竹子が言った。出来上がったものを嬉しそうに輝夜に見せる。輝夜もまた仕方ないわねえなどと言って受け取る。
 鈴仙はなにか胸が温かくなるのを感じた。
 ふと卓上の暦が目に入る。
「そういえばお師匠さまもそろそろ戻られるはずですね。……竹子のことも相談しないといけませんね。このまま成長すればすぐに大人になってしまいますし、そうなれば里に下ろすかどうかの選択も……」
「永琳に任せるわ」
「えっ、でも竹子の母親は姫さまなんですから、ご自分でお決めになった方が……」
「永琳はいつだって正しいのよ。それに……」
 輝夜はふいに目を伏せた。それはなぜか寂しそうに見えた。
「あなたは何か勘違いしているみたいだけど、私はこの子の母親じゃないわ。なる気もないの」
「え――?」
「おししょうさま? えいりん?」
 竹子が口を挟んだ。輝夜はすぐに朗らかな顔になる。
「この屋敷のもう一人の住人よ。もうすぐ帰ってくるの」
「ウサギさんですかっ?」
「違うわよ。ホント、竹子はウサギが好きねえ」
 そう言って彼女の頭を撫でる。その様子はどう見ても仲の良い母子にしか見えない。
 だが輝夜が、「母さま」と呼びそうになる竹子に「姫さま」と呼ぶよう指示していることも、鈴仙は知っている。
「姫さま……?」
 鈴仙は輝夜の意図がわからず首を捻った。
 
 ○
 
 その日の午後、鈴仙は人里に下りてきていた。
「優曇華院さん。昨夜にお酒を飲み過ぎて頭が痛いのですが」
「優曇華院さん。うちの子が最近下痢気味なのですが、何かいい薬はありますか」
「はい。頭痛の方はこの薬を。くれぐれも飲みすぎには注意してくださいね。それと下痢にはこの薬が効きます。それでも治らないようなら一度診察してみましょう」
 鈴仙はてきぱきと薬を処方していった。初めの頃は薬を置くと逃げるように去っていたのだが、今は里人との会話も増え、互いに良好な関係を築けている。もう勘違いで人食い妖怪だと思われることも無くなった。
 いざという時に永琳がいないという事実は、彼女に自主性や責任感を養う方向で働いているらしい。
 ちなみに「優曇華院さん」というのは、この里での鈴仙の呼び名である。なんだか立派で高尚そうで、その名前で呼ばれると、実際に立派で高尚な人物になったような気がしてくる。
「優曇華院さん。この薬、便秘薬って書いてますけど」
 とはいえ、一人前になるのはまだまだ先になりそうだった。
 しばらく里人に薬を処方していた鈴仙だったが、それも一通り終わり、何か腹に入れてから帰ろうかと軽食屋を探していた。
 ふらふらと歩いていると、目の前に知った人物を見かける。
「藤原さん」
「……鈴仙か。やめてくれよ、その呼び方」
 そこにいたのは藤原妹紅だった。彼女は慣れない呼び方に苦笑いをする。
「今日もお仕事?」
「はい。必要な薬を置いてきました」
「精が出るね。それに最近少し明るくなった」
「えへへ。そうですかね?」
 鈴仙は照れたように俯いた。自覚はあったが、実際に他人から言われるとこそばゆい。
「それより何か探していたようだけど?」
「あ、家に帰る前に何か軽く食べておこうかなって。お店を探していたんです」
「そうか。それはちょうど良かった」
 妹紅はぽんと両手を打った。ぐぐいと鈴仙の顔に迫る。
「今から美味しいお団子屋さんに行こうと思ってるんだけど、一緒に行くかい?」
 そうしてふたりは共に団子屋へ行くことにした。 
 
 ○
 
「……それでてゐったら酷いんですよ? 何度も何度も私を騙して」
「まあまあ。それくらいなら可愛い嘘じゃないか。世の中にはもっと酷い嘘もあるんだから」
「それはそうかもしれないですけど……」
 鈴仙と妹紅は団子屋の一角を陣取り歓談に花を咲かせていた。思った以上に妹紅が親しみやすくて、鈴仙も気張らずに話すことができた。
「嘘と一口に言ってもいろいろあるからね。例えばこれ」
 妹紅は自分の皿に乗っていた、ひとつだけ色の違う団子を指した。それを鈴仙に近づける。
「な、何ですか」
「食べてみな?」
 ほらほら、と妹紅は急かした。どう考えても怪しいし、胡散臭いし、食べたくないのだが、ここで断りきれないのが鈴仙だった。
 恐る恐る口に入れる。
「あれ? すごく美味しい……」
「不味いとか、辛いとか、渋いとか思っただろう。でも違った」
「たしかに。これも嘘と言えるかもしれませんね」
 鈴仙はその団子は絶対に不味いと信じた。ある意味では信頼したと言っていい。だが結果、裏切られて美味しい団子を口にできた。信頼を裏切ったのだから嘘ではあるのだろう。
「……私はね、嘘は全部駄目とは思わないんだ。慧音は歴史を食って嘘にしてしまうことが出来るけど、それを使うときはいつだって誰かのためだった」
「そういえば、先生の能力は歴史改竄でしたっけ?」
「うん。そして私が知る限りでは、慧音はその力で他人を傷つけたことはなかった。きっと自分のために嘘にしたことなんか無いんじゃないかな」
 もちろん嘘にされてしまえば気付けない、というだけの話かもしれない。だが私利私欲で力を使うには、彼女はあまりに不器用に見えた。
「まあ、私みたいに存在そのものが嘘っぽい奴が言っても説得力はないか」
 そう言って妹紅は苦笑いをした。
「そういえばうちにも嘘みたいなのに嘘じゃない人間がいるんですよ。いま永遠亭で世話している竹子っていう女の子なんですけど、人間ではありえない早さで成長しているんです」
「へえ、初耳だな。どのくらい早いんだ?」
「ほんの二カ月前は赤ちゃんだったのに、今はもう十歳児相当と言っていいです。知能もそれに合わせて高度になっていて、今朝も私が薬を作るのを手伝ってくれたんです」
「それはすごいな。間違いなく人間なのか?」
 妹紅は素直に驚いていた。むしろ、それを人間だと言い張ることの方が難しいように思う。
 だが鈴仙は、波長や博麗の診断、DNAのことを話して納得させた。
「姫さまは竹子が可愛いくて仕方ないのか、すっかりお母さんお母さんしてますよ」
「えっ、輝夜が?」
「あれ、言ってませんでしたっけ。竹子は姫さまが拾って来たんですよ。赤ちゃんの時から育てていて……」
 鈴仙は経緯をざっと話して聞かせた。すべて聞き終わると妹紅は唇を曲げて言った。
「ふん、輝夜がね。あいつにそんなことが出来たんだ」
「でも姫さまは変なことを言っていました。自分は竹子の母親になるつもりはないって。竹子は姫さまを「母さま」と呼びたいみたいですけど……」
「きっと自信がないんだろ。初めてのことだろうしな」
「そうかもしれませんね……」
 そして鈴仙はここで結構な時間を過ごしていることに気づく。名残惜しいがお暇させてもらうことにした。
 今日はありがとうございました、と言って彼女は帰っていく。しっかり二人分の勘定を置いていくあたり、らしいなと思う。
 残された妹紅が漏らす。
「……やっぱり、里に下りてくるんじゃなかったな」
 ちっと舌打ちをすると、彼女はひとり、見慣れた掘っ立て小屋まで帰ることにした。
 
 ○
 

「輝夜さまっ。また落としてしまわれたのですねっ」
 それは幼い声だった。千年前の妹紅の声。その隣にはやはり千年前の輝夜がいた。
「これ、難しいわよぉ」
「次は私の番です」
 輝夜は落としてしまった石を拾い上げて妹紅に渡した。彼女はそれを片手で放る。
 石なご、というお手玉の元祖のようなものである。片手で小石をぽんぽんと放りながら、床にばらまかれた小石をもう片方の手で拾っていく。放る方の石を落としたら交代となり、最終的に拾った小石が多い方が勝ちとなるのだ。
「あなたは上手ねえ。どうしたらそう続けられるのかしら?」
「こつがあるのですよ。歌をお歌いになるといいです。拍子をとって……こうっ」
「わあ、上手」
「輝夜様が下手くそなだけでございます」
 そしてまた小石を拾う。自分の順番はなかなか回って来なかった。
 気に入らなかった輝夜が言う。
「ねえ、そんなお上手なあなたに問題を出してあげます。これから私が小石を握るから、どちらの手にあるか当ててごらんなさい」
 輝夜は悪戯を思いついたような顔をして、床に並べてあった小石を右手で拾った。そして両方の手を妹紅に差し出す。彼女は不思議そうな顔をした。
「なにを仰っているのですか。石があるのは右手に決まっています」
「さあ、どうかしら。本当に右手にあるか確かめてみましょう」
 輝夜は妹紅の前で自分の右手を開いた。ところがそこに小石はなく、石は次に開いた左手の中で見つかった。
 妹紅は目を丸くする。
「えっ、どうしてですか? 確かに右手で拾われたのに……」
「拾ったのは右手よ? でもあなたが気づかない間に左右を入れ替えたの」
 須臾(しゅゆ)という。認識できないほどわずかな時間のことだ。輝夜はこの須臾を集めて自分の時間として使うことが出来る。その時間は認識できない一瞬の集合なので、他の人間にはやはり認識でない一瞬でしかない。
 つまり輝夜は、妹紅が認識できない時間を作りだして、その間に小石を入れ替えたのだ。
 話を聞いた妹紅が声を上げる。
「そ、それはイカサマではありませんかっ」
「私の力だもん。すごいでしょう?」
「すごくありませんっ、謝ってください!」
「そうねえ……、また『母上』と呼んでくれたら謝ってあげる」
「あ、あれは間違えて言ってしまっただけですっ、もう忘れてくださいませ!」
 このような戯れも、ふたりにとっては心安らぐ時間だった。
 それからもふたりは石なごをやり続け、気が付けば外はもう陽が傾きかけていた。
「輝夜さま、私はそろそろお暇させていただきたく思います」
「ええ。また来てね」
「……はい」
 いつもより返事が暗かったことに輝夜は疑問を持った。
 訳を聞くと、妹紅は余計に思い詰めたような顔になる。
 しばらくして言った。
「輝夜さま。父上はあなたを妻にしたいと考えています」
「そうでしょうね。よく文がくるわ」
「私は父上の娘です。輝夜さまも存じていらっしゃるように、私は父上の命でここに来ています」
「ええ。初めに聞いたわ」
「ですが、父上はもう……諦めてしまわれるかもしれません」
 輝夜は驚かなかった。いつかそうなるだろうと思っていた。別に妹紅の父が嫌いなわけではない。だがすでに月での記憶が戻っている彼女には、地上の人間ということで一歩引いてしまうのだ。
「私はもう……ここには来れないかもしれません」
 妹紅は思う。初めは自分の指示であったとしても、娘が自分を袖にした女の元にいつまでも通うのは体裁が悪い。父がそのようなことを許してくれるとは思えなかった。
「でも、輝夜さまが父上の妻となれば、輝夜さまは私の母となります」
「あなたは母親がほしいの」
「私は母なし子です。母の温もりを知りません。ですが、輝夜さまは私にそれを下さいました」
 だからどうか私の母になってください、と妹紅は頭を下げた。
 輝夜はそんな彼女にゆっくりと頷いた。
「わかりました。あなたの母になりましょう」
「本当ですか、輝夜さま」
「ええ、ですから――」
 輝夜は石なごに使っていた小石をひとつ取った。そして手の平を見せる。石は右手に乗っていた。
「選んでください。私を嘘つきと思うのなら左手を、そうでないと思うのなら右手を。見事当てることが出来れば、あなたの望みを叶えましょう」
 右手を握り拳を作る。左手の拳も前に出した。
 石は右の拳にあるはずだが、輝夜は須臾の力を使って入れ替えることが出来る。
 だが妹紅に迷いはなかった。
「私は輝夜さまを信じております。決して疑ったりはしません」
 妹紅の手は輝夜の右手に触れた。
 手の平を開くと、確かに小石は右手にあった。
 輝夜はほっとしたように息をついた。
「輝夜さま」
「……私はこの地で母の温もりを知りました。心温かな時間を知りました。ならば私も、誰かにそれを教えてやるべきなのかもしれません」
 そして輝夜は妹紅の前で三つ指を付いた。次に深く頭を下げる。
 凛と、静かな声で言った。
「不束者ではありますが、どうぞよろしくお願い致します」
 その数カ月後、妹紅の父親は輝夜に袖にされた。

 ○
 
 妹紅と鈴仙が団子屋で話したその翌日。輝夜は竹子を連れて竹林の中を歩いていた。鈴仙が調合するための薬草を採ってあげているのだ。
 その鈴仙は、今日は永遠亭の蔵にこもって医学書を読み漁っている。
「姫さま! あの薬草はどうでしょう! 綺麗な色をしています!」
「そうね。持って帰りましょう」
「ああっ、待ってください姫さま! こちらの薬草も不思議な色をしています! ……鈴仙さま、これでどんな薬を作ってくれるのでしょうか!」
「楽しみね」
 ちなみにどちらもただの雑草だ。毒にも薬にもならない、つまり役に立たない。だがふたりは楽しそうだった。竹子の言った薬草らしきものを輝夜が刈り取っていく。
 鎌を持って刈り取るのは輝夜の役目だった。鎌そのものが危ないというのもあるが、薬草と思ったものが実は毒草である可能性もある。竹子が怪我をするのを厭った輝夜が、自主的に請け負っているのだ。
「鈴仙さまのお師匠さまとはどんな人なんでしょう?」
「んー、永琳? とても頭がよくてね、何でも知っているのよ」
「はあ、すごい方なんですね」
「そうよ。永琳はすごいんだから」
 ふたりは話しながら竹林を歩く。もう十分に採れたので、永遠亭に帰ろうかと思った。
 その時だった。
 くいと袖が引っ張られる。竹子が竹林の奥を指差した。
「姫さま……。あの人、なんかこっちを見ています」
「え?」
 竹子に言われた方を見る。すると、こちらをじっと睨んでいる妹紅をみつけてしまった。
 げっ、と思わず声が出る。
「姫さま。知り合い?」
「違うわ、ぜんぜん知らない人。さ、早く帰りましょう」
「待てよ、輝夜」
 背を向ける輝夜を妹紅が呼びとめた。恐ろしく低い声だった。
「鈴仙から聞いたよ。竹子っていうそうだな」
「そうよ。この子は人間なんだから、今から戦おうなんて言わないでよ」
「言わないさ。私は忠告に来ただけだから」
 忠告? と輝夜が聞けば、妹紅は黙って首を振った。
 そして竹子に視線を合わせる。
「竹子。悪いことは言わない。こいつに気を許すな。いつか裏切られるぞ」
「な、何言ってるのよ妹紅! この子に変なこと吹き込まないで!」
「本当のことだ。お前はかつて自分の親も、子どもも、捨ててきたじゃないか」
「……くっ」
 輝夜は上手く言い返すことが出来ない。苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている。
 その隙に妹紅が竹子に近づいた。
「なあ、お前には母親がいないんだろ。赤子のときに竹林で拾われて、誰から産まれたとも知れない」
「そうですけど……」
 竹子は恐る恐る頷く。知らない人間にそんなことを言われて困惑していた。
「親がわからないのは辛いだろう。母がいないのは寂しいだろう。その気持ちはわかる。でも間違っても輝夜を親だとは思うな。こいつは母親になる気なんてないんだ」
「でも姫さまは私を……」
「信じるな。こいつは嘘つきだ。振りまわされるのが嫌なら信用するな」
 そのとき、どん、と輝夜が地面を踏み鳴らした。竹子と妹紅の間に割って入る。
「さっきから聞いていれば何なのよあんたは! これは私と竹子の問題でしょう? 勝手に口を挟まないで!」
「私はこの子のために言っているんだ」
「だからそれが余計なお世話だって言ってるの! 私は竹子を裏切ったりしないわ!」
 輝夜は庇うように竹子を抱き寄せると、妹紅を思いきり睨みつけた。
 しかし、彼女も平然と睨み返す。
「……行きましょう、竹子。こんなのと関わっていたらろくなことがないわ」
「でも」
「いいから! イナバもきっと私たちを待って――」
「輝夜!」
 妹紅が大声で呼んだ。ものすごい剣幕で掴みかかった。
「じゃあ何で私は捨てたんだ! 何でひとりで逃げた? 父上が嫌なだけなら、何で私を連れて行ってくれなかったんだ!」
「それは……っ」
「月は私に連れていけないから? 違うよな、お前は月に帰ってなんかいなかったんだから!」
 輝夜は月に帰ってなどいなかった。皆を欺き、振りまわし、のうのうと地上に残っていた。
「最初から嘘だったんだ。最初から騙すつもりで私を御簾の中に招き入れたんだ」
「違う……そうじゃないの。本当に、あの時の私は――」
「何が違うというんだ。 ……なあ、おもしろかったか? 騙されているとも知らないで、あまつさえ『母上』とまで呼んでしまった私は滑稽だったか!?」
 妹紅は歯を食いしばりながら、今すぐ輝夜に殴りかかりたいという衝動を抑えていた。殴れば竹子が泣いてしまう。それだけが気掛かりだった。
「永遠に生きる者は変わらない。今の輝夜は過去の輝夜だ。お前は永遠に嘘つきだ」
「違う、私は……っ」
「私はお前を許さない。絶対に、永遠に許さない……!」
 そうして妹紅はようやく輝夜を解放した。一度、ちっと舌打ちすると、踵を返して竹林の奥へ進んでいく。その姿はすぐに見えなくなった。
 竹子が不安そうに輝夜を見上げていた。
「姫さま……」
 だが輝夜は、そんな彼女をうまく見返すことができなかった。
 そうしてふたりは、また永遠亭に向かって歩きはじめる。輝夜は黙り込んでしまい、竹子も口を出すのは憚られた。
 しばらくのあいだ沈黙だけが続く。輝夜は妹紅に言われた言葉を思い返していた。
 しかし、不意にその沈黙を破る声がする。
「姫さま! 大変です!」
 顔を上げると知った顔が見えた。鈴仙が手を振りながら駆けくる。
 彼女は声を張りながらさらに続けた。
「お師匠さまが、帰ってきました!」
 輝夜ははっとして竹子の顔をみた。
 
 
 
 
◆五章:蓬莱山輝夜
 
 
 三カ月ぶりの永遠亭だった。八意永琳は久しぶりにその門をくぐる。長く空けていたはずだが、蓬莱人の時間感覚の違いのせいか、思った以上に感慨が無かった。
 しかし収穫はあった。一番の目的であった薬草採りも順調に終わった。採り過ぎるとまた揉めるので制限をかけたが、それでも十分な量を確保できた。満足出来る成果と言える。
 それにもうひとつの収穫の方も期待している。弟子の鈴仙は留守の間もしっかり仕事をこなしていたらしい。この三カ月の拠点とさせてもらっていた守矢神社の娘からは、足に大怪我を負った里人を彼女が手術したという話を聞いた。今はもう患者も里に戻っているとのことで、手術は無事に成功したのだろう。自分が守矢神社にいると教えると甘えが出るので伏せていたが、留守の間にどれだけ成長したのか聞くのも楽しみだった。
 とはいえ、まずは主君に挨拶をするのが先なので、まっすぐ輝夜の自室を目指した。
 すると、後ろから声をかけられる。
「おかえりなさい。永琳サマ」
「あら、てゐ。ただいま。変わりなかった?」
「私は特に。それより姫サマは今いませんよ。竹林へ散歩に出かけています」
「そう。残念ね」
 永琳はそれほど残念ではなさそうに言った。どうせすぐに帰って来るのだから焦る必要はない。
 てゐが続けた。
「でもちょうど良かった」
「どういうこと?」
「最初は姫サマ抜きで話をしたかったんです」
 てゐは内緒話をするように手で口元を隠した。
 そして言う。
「永琳サマ。少しご報告したいことがあります」
 嫌な予感がする、と彼女は思った。
 
 ○
 
 輝夜は竹子を抱えて永遠亭の廊下を走っていた。急がなくてはならないと、妙な胸騒ぎがしたからだ。
 調理場で人の気配がしたので勢いよく扉を開ける。探し人はそこにいた。
「永琳!」
「……あら、姫さま。お久しぶりです。ただいま戻りました」
「え? う、うん。おかえり」
 しかし、あまりに普通の対応を取られてしまい、輝夜は首を傾げてしまう。というかなぜ永琳が帰ってきたから大変なのか、鈴仙に聞いていなかった。
 その鈴仙は気まずそうに下を向いて、初めからこの部屋にいたらしいてゐを睨んでいる。
 てゐの側には一本の竹があった。
「ど、どうだったの。薬草はたくさん採れた?」
「ええ。おかげさまで十分な量を確保できました。姫さまには不便をさせてしまいましたけど……」
 どうにも調子が狂う。普通に話をしているだけなのに、何かがおかしい気がした。
 そして気付く。自分は永琳とは初対面のはずの竹子を抱えていることに。
 輝夜はおずおずと切り出した。
「あのね、永琳。この子、竹子っていってね、私が竹林で拾ってきたの。それで……」
「存じていますよ。てゐからおおよその事情は聞きましたから。私が知りたいのはその子をどうしたいのかです」
「どうって……」
 そんなことを言われても困ってしまう。自分だってどうしたいかわかっていないのだ。
 二の句を継げないでいると、永琳はてゐに目配せをした。
 てゐは自分の横に置いてある竹を叩く。
「姫サマ。これは私たちイナバが竹林で見つけたものです。いやあ、姫サマの話だけでは場所が特定出来なかったので、見つけるのに苦労しましたよ」
 三ケ月もかかってしまいました、と彼女は言う。
「その竹、もしかして竹子が入っていたものなの?」
「はい。私たちは姫サマが竹子を拾ってきてから、話にあった竹をずっと探していました。おかげでイナバたちの警戒網が甘くなって、野ねずみの進入を許してしまったんですけどね。でも、どうしても竹子の素性を調べる必要がありました」
「素性って……」
「ただの人間は竹の中から産まれたりしないんですよ。どう考えても裏で糸を引いていた者がいる」
 ぽん、とまた竹を叩いた。それはなぜか金属を叩いたような音がした。
「……だからその竹を見つけてきて永琳に告げ口するような真似をしたの」
「結果的にはそうです。でも私は間違ったことをしたとは思っていません。最悪の可能性を想定し、潰していく。これは立場ある者の責任です」
「だから何なのよ、最悪の可能性って!」
「竹子が月の都から来ている可能性です」
 言葉を引き継いだのは永琳だった。輝夜は彼女に視線を移す。
「この竹はただの竹ではありません。姫さまもよくご存じでしょう? 竹を模したロケットです」
 永琳は竹の一端を指し示した。噴出口のような機構がみえた。
 竹ロケットという。輝夜が地上に落とされたときに使ったロケットだ。ロケットは狭いスペースを有効に使うため、中に入ろうとすると身体が縮小・退化していく機能がある。すべて自動制御で動くため、搭乗者は操縦間を握る必要がないためだ。
「私はてゐにこれを見せてもらい、まずはロケットの通信記録を確認してみました。記録には三ケ月前、おそらく宇宙航行中と思われますが、月の都からの電波を受信した跡が残っていました」
「そんな、じゃあ竹子は――」
「月から我々を探しにきたスパイである可能性が高いです。今は退化の影響で何も覚えていないようですが、いずれスパイとしての仕事を始めるでしょう」
 おそらく自分たちの目を欺くため地球人をスパイとして育成して送ったのだろう、と永琳は続けた。
 輝夜は奥歯を強く噛んでてゐを睨みつける。
「何でそんなことを調べたのよ! ロケットなんて見つけてこなくてよかったのに!」
「そうはいきませんよ、姫サマ。月の使者が来ればここだってただじゃ済まない。私にはこの竹林とイナバたちを守る責任があります」
「だからって……!」
「調べた結果、本当にただの捨て子だったのならいい。でもそうでない可能性あるのなら、確認しない訳にはいきません。そして確認するのが頭領の義務です。責任と義務を負うと決めたから私は頭領なんです」
 誰かを信じるのは容易い。だが信じた結果、裏切られることもあるのだ。それが嘘だった場合どんな被害を被るのか、頭にいる者はよく考えなければならない。
 輝夜は、てゐの瞳に見えた覚悟に怯みかかっていた。
「それでどうするのですか? 姫さま」
 永琳は平坦に言った。
「どうするって……」
「竹子の処遇です。殺すのか、生かすのか。姫さまがお決めください」
 殺す――、あまりに自然に出された選択肢に輝夜は慄然とした。しかし自分がそれを選べば、永琳は迷いなく実行するだろう。
 自分の決断が竹子の命を左右する……。
「嫌よ、そんなの」
「生かすのですか? では姫さまにスパイかもしれないこの娘をかくまう覚悟はありますか? みなを危険にさらすことになるかもしれないのに、そうまでする義理はありますか?」
 永琳はちらりとてゐを見た。本当にスパイであれば彼女たちの命も危うくなる。竹子にそこまで情をかける理由は何か。
 何となくでは、赤の他人では済ませられない。
「嫌よ。そんなの、嫌よ……!」
「ではどうされるのですか。いずれにせよどちらかを選ばなくてはなりません」
「そんなの私にはわかんないわよ……永琳が決めてよ!」
「私に判断を任せる、ということで?」
 永琳は確認をするように尋ねた。その顔に変化は見られない。
「ええ……、あとは永琳が全部やって。私もう知らないからっ」
 輝夜はまくし立てるように言った。言って後悔した。竹子が自分を見つめているの気付いたからだ。
「姫さま……」
「知らない……私のせいじゃないんだからっ」
 その瞳に耐えられなくなった輝夜は、逃げるように駆けだした。鈴仙の側を通り抜けて調理場から飛び出す。
「姫さまっ!?」
 鈴仙はそんな彼女を追いかけたが、竹子はじっとしたまま動こうとはしなかった。
 
 ○
 
 長い長い廊下を駆ける。永遠亭の内部は広く大勢で過ごすのには都合がいいが、今はこの広さが憎らしかった。
 鈴仙は出来うる限り急いで輝夜を追った。彼女の背中が見える。
「姫さま!」
 大声で呼んだ。輝夜は面倒くさそうに振り返った。 
「なによ」
「なによじゃありませんっ、なんであんなことを言ったんですか!」
「仕方ないでしょう? あの子がスパイだったなんて知らなかったんだし」
「まだ決まった訳じゃありません! もしかしたら私みたいに逃げてきただけなのかも……」
「そうだとしても、私には責任がとれないわ」
 輝夜はそう言って首を横に振る。鈴仙はなおも食い下がった。
「お師匠さまは竹子を殺すつもりです。あんなに可愛がっていたのに、それでいいんですか」
「可愛がることと、責任を負うことは違う。今あの子を助けたら、私があの子の親にならなければならない」
「じゃあ、なってください」
「なれるわけないわ」
「どうして!」
 鈴仙は輝夜の手を取った。そうして自分の胸に引き寄せる。
「姫さま、覚えていらっしゃいますか。私がここに逃げてきたときのことを」
「……覚えているわ」
「お師匠さまはその時も私を殺そうとしましたよね。月からきたスパイかもしれないって。でもそんな私を姫さまは助けて下さいました。「可哀想じゃない」ってそう言って下さいました」
 所詮、何も知らない王族の気まぐれだと鈴仙は思った。
 はるか高みにいる者の、くそったれな憐憫だと思った。
 でも、どうしてか涙が止まらなかった。
「竹子も一緒です。あの子も姫さまの言葉を待っているはずです」
「あなたの時とは違うわ。ただの人間が月から来るなんてあり得ないもの。竹子は送り込まれたのよ」
「そうだとしても、あのロケットさえ押さえてしまえば交信は出来ないんでしょう? 例え記憶が戻っても姫さまが説得すればきっと――、」
「鈴仙」
 輝夜にそう呼ばれて、鈴仙は口を噤んだ。「イナバ」ではない。そしてその名前で呼ぶとき彼女は決して嘘をつかないのだと知っていた。
「私は一度子を捨てたことがあるの。私は竹子の母親にはふさわしくない」
 そう言い捨てると、輝夜は自室に籠もってしまった。鈴仙はそんな彼女を呼び止めることが出来ない。
「子を捨てた」
 そう言ったときの輝夜の瞳には、とても自分が踏み入ってはいけないような寂しげな色があった。
 
 ○
 
「まあ、おばあさん。これが竹の花というのですか?」
 それは幼い日の輝夜の声だった。地上に降りたばかり、月での記憶が戻っておらず、この老夫婦が自分の本当の親なのだと信じていた頃。
「それはまた別の花です。竹の花はこれ。とても珍しい花なんですよ」
「ええっ、どこにあるのですか!? 小さな輝夜では見えませんっ」
 彼女は懸命に背を伸ばして、おばあさんの言うそれを探しはじめる。いくら探しても見つからない。
 おばあさんはふふと微笑むと輝夜を抱いて持ち上げた。
「はい。これが竹の花ですよ」
「……はあ、なんだか思っていたより地味でございます」
「まあ、そう言わないでくださいな。あの花は輝夜の名前の由来にもなっているのですよ?」
「私の名前の由来?」
「ええ。なよ――――」
 ああ、そういえばこの後、おばあさんは何と言っていたんだろう。
 今の輝夜はうまく思い出すことが出来なかった。
 でもその後のことは覚えている。
「でもね、竹の花が咲く時は、その実を食べに野ねずみの大群が現れるそうです。私たちにとってはあまり嬉しくないことでもありますが」
 名前の由来にあまり嬉しくないと思うものを入れていることが意外だった。
 自分はおばあさんとおじいさんが大好きで、どうせなら彼らが喜ぶようなものの方が良かったと思った。
「おばあさん。その野ねずみが来たら、きっと私が追い払ってあげるわ。私がおじいさんとおばあさんを守ってあげるの。だからいつまでも一緒にいてね?」
 輝夜はまだ、いつまでも彼らと一緒にいることができると無邪気に信じていた。
 
 
 それから少し時が経った。輝夜は妹紅の母となり、彼女と共に過ごす決意をした。
 都から遠く離れた地にいた彼女の父親は、妹紅から文をもらって事の次第を知った。今は天にも昇る気持ちで都を目指しているという。だがおよそ一カ月はかかるとのことだ。
 輝夜の側に座っていた妹紅が言った。
「今のお方にも随分な無茶をお言いになられましたね。『燕の産んだ子安貝』などと……」
「あらなあに。私はあなたのお父上の求婚を受けたのですから。それとも受けてしまってもいいの?」
「いえっ、それは困ります!」
 妹紅は急に不安そうな顔になった。輝夜が父の求婚を受けたことがまだ信じられないのだ。。
 彼女の気持ちを悟った輝夜はゆったりと笑う。
「大丈夫よ。そんなことはしないわ。あなたが泣いてしまったら困るもの」
「な、泣いたりなどしませんっ」
「どうかしら? あなたは寂しがり屋さんだから」
 そう言って輝夜は妹紅の頭を撫でた。彼女は不服そうしていたが、満更でもないのは頬の赤みでわかった。
「さ。今日はもうお帰りなさい。暗くなっては大変だわ」
 父親が不在のため、まだ正式には母子になっていない。そのため妹紅は名残惜しそうに帰っていく。しかし本当に名残惜しいと思っていたのは、手を振っていた輝夜自身だった。
 それから数日後。また妹紅は御簾の中に来ていた。
「輝夜さま。それはお歌でございますか?」
 輝夜は文机に向かって何やら認めていた。彼女がそんなことをしているのは珍しいことだった。
「ああ、これね。この前に子安貝を取ってるよう言った人がいたでしょ。その人がね、病気になっちゃったみたいなの」
「それは大変ではございませんか!」
 妹紅は驚いて大きな声を出してしまう。声に輝夜の方が驚いた。
「だ、大丈夫よ。病なんてすぐに治るものなんだから。……それよりどう、この歌」
 妹紅は文を手に取る。声に出して読んでみる。
「……まつかひもない?」
「待つ貝もなし。待っている甲斐もなし。おもしろいでしょ」
「それは……貰ったお方も悲しまれるのではないですか」
「どうして?」
 輝夜は首を傾げた。
「輝夜さまに頼まれて子安貝を取ってこようとしているのに、病に伏せてそのようなお歌をもらってしまっては……」
「そうかしら? 私はかえって元気になると思うわ。なにくそーって。私がそうだから」
「そういえば、輝夜さまは石なごでもよくむきになっておられますね」
 なにを――っ、と輝夜はじゃれるように抱きついて笑った。この少女といると自然と頬が緩むのを自覚していた。いつまでもこの幸せが続くと思っていた。
 しかしその報らせはやってきた。
「大変でございます、輝夜さま! 中納言さまがお亡くなりになられました!」
 屋敷の使用人から盗み聞きした話を持って、妹紅は輝夜の御簾に駆け込んだ。
 中納言とは前に彼女が子安貝をねだった中納言石上麻呂のことだ。
「嘘……。死んでしまったの? どうして?」
「どうしてって、病に伏せっておられたではありませんか」
「そんな、どうして薬を飲まなかったの。薬を飲めば病なんて……」
 妹紅が黙って首を振る。この国での事実を告げた。
「輝夜さま。薬を飲めばどんな病も治るわけではありません。まして唐国の薬は簡単には手に入りません」
「そんな……」
 輝夜はただただ驚くばかりだった。
 妹紅はその姿に不審を感じながらも、陽が沈む前に帰っていった。
 輝夜は彼女の後ろ姿にいつも通り手を振る。だが心は別のことでいっぱいだった。
 震えながらつぶやく。
 ――知らなかった。
 ――いや、忘れていた。
 人は死ぬのだ。こんなにも簡単に。こんなにも早くに。
 病などすぐに治るものと思っていた。月にいた頃、周りに病で亡くなった者などひとりもいなかったから。八意永琳の作った薬を飲めば、すぐに治ってしまったのだから。
 だから、こんな風に死んでしまうとは思ってもいなかった。
 そして輝夜は気付いてしまう。自分を愛してくれる老夫婦も、自分が愛している幼い少女も、いつかは死んでしまう人間だということを。
 自分は蓬莱の薬を飲んでいる。置いていくのは彼らの方だ。置いていかれるのは自分の方だ。遠くない未来、彼らは確実に自分を置いて死んでしまうのだ。
 ――そう思ったら怖くなった。
 ――そう思ったら気が遠くなった。
 老夫婦の言葉に笑って返せなくなった。妹紅の頭を撫でてやれなくなった。
 目の前が真っ白になった。
 
 ○
 
 がばりと起きあがる。どうやら眠っていたようだ。輝夜はゆっくりと動き出して、自室の窓を開けてみる。月があったので夜であることがわかった。
「もう、終わっているかな……」
 永琳に竹子を預けてしばらくの時間が過ぎた。彼女はもう竹子を処分した後かもしれない。そう思うと吐き気を催した。
 外に出ようと扉に手を伸ばそうとする。ついには目眩を起こして倒れてしまった。
(……なにやってるのよ。たかが人間の娘ひとりに)
 そう思おうとした。
 そう思って、竹子もまた置いていってしまおうと思った。
 かつて老夫婦と妹紅にそうしたように。
 輝夜は月に帰る気もないのに、老夫婦や妹紅には帰ると伝えた。彼らは寂しがったが仕方のないことだった。これ以上一緒にいると、耐えられなくなると思ったからだ。
 置いていかれてしまうことに。
 とても耐えられないと思った。
 月にいた頃は輝夜は置いていく側だった。母親や永琳を置いて地上に逃げてきた。だから自分が置いていかれるなど初めてのことだった。今まで一度も経験したことは無かったし、これからも経験したいとは思えなかった。
 だからまた置いていくことにしたのだ。かつて月でそうしたように。地上で老夫婦と妹紅を置いて逃げてしまった。
 そして今の妹紅は言う。
「永遠に生きる者は変わらない。今の輝夜は過去の輝夜だ。お前は永遠に嘘つきだ」
 その通りだと思った。
 自分は変われない。彼女を捨てたときのまま、勇気が持てない。
 このまま竹子のことも嘘にしてしまおうと思った。
 ……ふと、輝夜は机の上に置いてあった小さな花に目が留まる。竹子が見つけてくれた竹の花だ。あの時一緒に分けて、共に押し花のしおりとして持っている。
(そういえば、どうして私は竹子を好きになったんだろう?)
 意外にも答えはすぐに出なかった。もちろん竹子は好きだ。そうでなければこれほど苦しんではいない。自覚は持っている。だがどうやって好きになったのだろうか。
 そして、そのことを考えていて輝夜は気づいた。
(私は竹子を好きに「なった」のだ。自分が変われないのなら、竹子を好きになったこの気持ちは何なのだろうか)
 初めは竹子を疎んじていた。あまつさえ殺そうともした。しかし、いつの間にか竹子のことばかり考えている。
 なぜだ?
「今の輝夜は過去の輝夜だ。お前は永遠に嘘つきだ」
 違う。
 過去の自分のまま変えられないのなら、竹子を好きになることはなかった。永遠に疎んじ、殺そうとしていたはずだ。
 ――嘘にしてしまおう?
 それは、嘘にしてしまわないことも出来る言い方だった。
「ヒメ、ヒメ」
 竹子が初めて自分を呼んだときのことは、今でもはっきり覚えている。
 
 ○
 
 診察室の寝台には竹子が横になっていた。静かに眠っているようで、息はしているが、このまま永遠に目が覚めないのではないかとさえ思える。
 永琳は彼女の側で刃物を研いでいる。薄暗くて表情は見えなかった。
「悪く思わないでね」
 申し訳程度にそう言った。恐らく竹子には聞こえてなどいまい。永琳はそれでいいと思った。
 刃物の切っ先を彼女の喉元に合わせる。
 一突きだ。たった一突きで、竹子の三カ月程度の人生は終わる。でもそれは仕方のないことだった。
 輝夜は永琳に竹子のことを任せると命じた。そして永琳は彼女の処刑を決めた。ならばこれは輝夜の命令でそうしているに過ぎないのだ。
 ぐっ、と刃物の柄を握る手に力を込めた。
 そうして今まさに振り下ろされようとした時だった。
「待って! 永琳!」
 診察室の扉が乱暴に開かれた。慌てて入ってきたのは輝夜だった。
 永琳は顔色ひとつ変えなかった。冷静な声で諭す。
「どうしたんです、姫さま。もう夜も遅いというのに大きな声を出して」
「竹子っ、竹子は!?」
「見ての通り今から処分を始めるところです。あまり気持ちのいいものではありませんから、ご覧にならない方がいいですよ」
「違うっ、違うの!」
 輝夜は激しく首を振った。永琳の両手を取って迫る。
「竹子を殺さないでほしいの! 」
「なぜ? この者は月からきたスパイである可能性が高いのですよ? 生かしておけば姫さまを危険にさらします」
「でも駄目なの! この子は私の“子ども”なの! 殺すなんて出来ないの!」
 私の子どもだから――、
 もう決めたのだから――、
 だが永琳は首を傾げた。
「なぜ子どもを殺すことが出来ないのですか」
「えっ」
「あなたはかつてご自分の子どもを捨ててきたではありませんか。御簾の中に入ってきたあの子を。姫さまが追い出してくれと命じたのですよ?」
 なぜ今になって迷うのですか――、と永琳は目線で言った。
 月に帰る少し前、妹紅は隙を付いて御簾に戻って来たのだ。お願いだから自分も月に連れて行ってくれと願い出た彼女を、輝夜はにべもなく振り払った。
「私は姫さまが妹紅を捨てたお気持ちもわかっているつもりです。ただの人と蓬莱人は違う。竹子もあなたを残して死ぬのですよ?」
「……確かに、私はかつて妹紅を捨てた」
 輝夜は永琳の問いにゆっくりと頷いた。だが次に首を左右に振る。
「でも今の私は今ここにいる私なの。過去はもう過ぎ去ってしまったけれど、今はまだここにある。だから」
 今度は嘘にしたくない。輝夜は本心からそう思った。
「……それはご命令ですか」
「命令です。竹子を守って」
 すると、永琳は突然腰をかがめて片膝をついた。そのまま頭を下げる。
「主君の願いは従者の願い。姫さまがそうご命じなさるなら、この八意永琳、全力でそれを真っ当致します」
「永琳……?」
「何人たりとも姫さまやそのお子に手出しはさせません。例え月の使者が来ようとも、私が追い返して見せましょう」
 それが永琳の矜持であった。主が、輝夜が一言とそう言えば、どんな命令でも必ず実行するのだ。ただ一言「竹子を守れ」と命じさえすれば、彼女は全力で守り抜く。
 ようやくその言葉が聞けた、と彼女は笑った。
「……姫さま?」
 竹子の声だった。横になっていた身体を起こし、自分の方をじっと見つめている。
 輝夜は思わず抱きついた。
「ごめんね、待たせて。もう私が母さまだから。もうなるって決めたから……」
「母さま……?」
「ええ。あなたは私の大切な子どもよ」
 母さま――、と竹子が言った。
 泣き出したのは永琳の方だった。
 
 
 
 
◆六章:嘘
 
 
 輝夜が竹子の母となって三年が経過した。竹ロケットの通信機能をすぐに破壊したのが功を奏したのか、今のところ月からの使者は来ていなかった。永遠亭もイナバたちも平常通りに過ごしており、中にはスパイ騒動などすっかり忘れている者も多かった。
 竹子は相変わらず驚くべき早さで成長を続けていた。今では外見は輝夜よりも少し年上に見え、ふたりが並んでいると、親子というよりは姉妹のようにも見えた。
 彼女の成長ぶりを一番に喜んでいたのは、もちろん輝夜だった。日に日に背が伸び、胸を膨らませる彼女を見て、やれいつか里一番の男と結婚させるだのと息巻いている。
 しかし同時に寂しくもあった。竹子の成長はいずれ老いという形に変わっていく。永遠を生きる自分とずっと一緒にいることなど出来ない。いずれ来る別れのことを思うと、憂鬱になる日もあった。
 とはいえ、それはまだまだ先のことだと輝夜は思っていた。
「……そしたらね、鈴仙ったらむきになって怒りだして。「私のニンジン返せ~」って追いかけて来たのよ。おもしろかったわぁ」
 その日、輝夜は永琳の診察室を訪れていた。もちろん蓬莱人に診察は必要ないので、遊んでいるだけなのだが。
 永琳は鬱陶しそうにしていたが、かと言って邪険にも出来ず、黙々とカルテに目を通していった。
 ふと、診察室の扉を叩く音があった。
「永琳さま。例のお薬をもらいにきました」
 入って来たのは竹子だった。永琳は「ああ、そういえば」と呟くと、彼女に薬を包んだ袋を渡した。
「今度から一錠増えましたから。忘れずに飲んでくださいね」
「はい。ありがとうございます。……母さまもあまり永琳さまのお邪魔をなさらないでくださいね」
 竹子は一礼して診察室から出ていった。輝夜が永琳に訊く。
「なに、その薬。あの子そんなもの飲んでたの?」
「月の物ですよ。人間特有のものです。ご心配なさらずに」
「……ふうん、やっぱり子ども産めるんだ」
 輝夜は不思議そうに呟いた。そうなのだろうとは思っていたが、実際に見せつけられるとまた感慨が湧いた。
「どんどん成長していくわ」
「それが人というものです。竹子の場合は少し特殊ではありますが……」
「少し前まではこーんなに小さかったのよ? それが今ではすっかり大人で、子どもも産めるなんて」
 赤子の時は夜泣きが酷かった。ひとりで竹林に行ってしまった時は心配で駆けだした。他にも数えきれないほどたくさんの思い出がある。
 輝夜はひとつひとつ、はっきりと覚えている。
「竹子ね、人里に下ろそうかと考えているの。信頼できる家に嫁いでもらうのが一番なんだけど、あの子は事情が事情だし。まず里に慣れてもらうのが先かなって」
 そのために薬を置きに行く鈴仙について、度々人里に下りてもらっている。いつかは里の住人として、人間として生きていくだろう。
「寂しくなりますね……」
「いいのよ。里に下りて幸せになれるなら、それを喜ぶのが母親でしょう?」
 その覚悟はできている。短い間だったが、そう思えるだけのもの竹子からもらったのだ。
「私が恐れているのはひとつだけ。いつかあの子は私を置いていってしまうこと。竹子は永遠には生きられない。ただそれだけが恐ろしい……」
 つい想像しそうになって輝夜は頭を振った。今はまだ考えるべきではない。
 だが永琳は、
「いえ、生きれますよ」
 と、全く表情を変えずに言った。
「蓬莱の薬を飲めば永遠に生きることができます」
「それは……」
「薬もここにあります。竹子に飲ませれば、姫さまが恐れる死別は無くなります」
 永琳は立ち上がって寝台横の棚まで歩いた。一番下の段には鍵のかかった引き出しがある。また別の引き出しから鍵を取り出して開けると、中には小さな壺があった。
 それが蓬莱の薬だ。飲めば蓬莱人となり、永遠を生きることができる。いや、永遠に死ぬことができなくなる。
「竹子が受け入れるかはともかく、選択肢のひとつとして蓬莱の薬があることは確かです。姫さまが望まれれば――、」
「やめてっ」
 輝夜は思い切り首を振って永琳の言葉を遮った。
「永遠は心ある者が背負うには重すぎるわ。これは罪なのよ」
「そうでしょうか」
「当たり前じゃない! 私はいつだって後悔しているわ! 私だけじゃない、あなたを巻き込んだことだって!」
「……姫さまの口からそのような言葉が出るとは」
 輝夜は顔を真っ赤にして永琳を睨みつけた。自分を責めているのだと思った。だが意外なことに、彼女はとても穏やかな顔をしていた。
「そう仰って下さると思っていました。あなたはもう、稚気でそれを使えるようなお方ではありません」
「永琳……?」
「試すような事を言って申し訳ありません。ですが、確認せねばならないことでした」
 竹子に死期が迫った時、焦りから短慮に走ってしまう可能性がある、と永琳は言った。それは必ず後悔を招くことだった。
「人はいずれ死にます。ですが蓬莱の薬は使うべきでないと思います。姫さまの言うとおり、これは罪です」
「そうよね……。じゃあ、私が間違えそうになったらちゃんと止めてね」
「はい。私がそうだった場合もお願いします」
 輝夜は目を丸くして永琳の顔を見た。ふたりは顔を合わせてくすくすと笑いあった。
 しばらく診察室に留まっていたが、やがて輝夜も立ち上がった。
「じゃあ私はもう帰るわね。永琳の邪魔するなって子どもに言われちゃったし」
「素直なことは良いことです。いつもそうであればなお良い」
「なによう」
 などと言いながら輝夜は出入り口の扉を開ける。今度は鈴仙の邪魔をしに行こうなどと思っていた。
 だが、扉を開けた側に人影があって、一瞬顔が強張った。
「た、竹子? どうしたの、こんなところで」
「いえ。何でもありません、ちょうど通りかかっただけで」
「ふうん……」
 それでは、と言って竹子は去っていく。輝夜は首を傾げたが、やがて気にしても仕方ないと自分も部屋を出ていくことにした。
 彼女がちらりと寝台横の棚を見たことは、誰も気がつかなかった。
 
 ○
 
 また月日が流れた。竹子も少し成長して今では二十代後半といった風だった。姿だけなら永遠亭の中で一番年長に見えるのが、輝夜には少しおかしかった。その実、彼女が永遠亭の誰よりも若いことをよく知っていたからだ。
 輝夜はその竹子の部屋を訪ねていた。
「竹子、入るわよ」
 返事を待たずに中に入る。竹子は机の上で何か作業をしていたが、輝夜が来たので急いで中断した。
「なにそれ? 粘土遊び? まだまだ若いわねえ」
「……母さま。一応、返事を待ってから開けてください」
「まあまあ。それより今度ね、あなたのお見合いを開こうかと思っているのだけど……」
 輝夜は竹子に一枚の絵を見せた。快活そうな男性が描かれている。慧音に興信所の真似ごとまでさせて選んだ優良物件だった。
「いえ。私はまだそのようなことは……」
「何を言っているのよ。あなたもいい年なんだからそろそろ嫁ぎ先を決めないと」
「母さまもかつては散々ごねたと聞いておりますが」
 うっと輝夜がひるむ。自分のことを言われては立つ瀬がない。今日はあまり機嫌がよくないと悟って、紹介は日を改めることにした。
「……これって竹ロケットよね。あなたが持っていたの?」
 輝夜は竹子の部屋に置いてあったロケットを見つけた。そういえば誰が持っているのだろうと思っていたが、彼女が保管していたらしい。
「もう通信機能も壊れていますし、燃料がないのでロケットとしても使えません。ですが、これが私と母さまの出会いとなったのです。とても捨てるに捨てられず……」
「そうね。このロケットがあったから私たちは出会ったんだし」
 しみじみと思い返す。あの時この光る竹に導かれなければ、自分たちは親子になることはなかった。
 運命などという言葉を使うつもりはないが、不思議な縁だと思った。
 ふと輝夜が尋ねた。
「記憶は戻ったの?」
「……例え記憶が戻ったとしても、私は母さまの味方です」
「そう」
 そのことを疑ってはいない。ただ記憶が戻ったとき、竹子がひとりで悩んでしまわないかが不安だった。
 その数日後、竹子は鈴仙と人里に薬を置きにいっていた。今はその帰り道である。
「竹子もだいぶ人里に慣れたね。うまくやっていけそう?」
 背中に薬の入った籠を背負う鈴仙がいった。竹子は首を横に振る。
「里の人たちはみないい人です。でも私はあそこに住むつもりはありません」
「そっか。まあどうするかは竹子の自由だからね」
 永遠亭に到着した。鈴仙は門をくぐると鈴仙が言う。
「じゃあ、私はお師匠さまの部屋に行ってくるね。今日は直々に薬学を教えて下さるそうなの」
「そうですか。なら晩ごはんは私が作っておきましょう」
「うん。お願いね。それじゃあまた」
 鈴仙はぺこりと頭を下げると、永琳の部屋に向かっていった。その部屋は診察室とは反対方向にあった。
 竹子はひとり呟く。
「……今なら診察室には誰もいない」
 そっと胸元から一枚のしおりを取り出した。それはかつて輝夜を分けた竹の花を押したもので、竹子の大切な宝物だった。
(申し訳ありません母さま。でも、もう時間がないのです……)
 そうして竹子は調理場でない方に向かって歩きだした。そこに目当ての物があるはずだった。
 診察室の扉には鍵がかかっている。
(粘土で作ったこの合い鍵が合えばいいのだけど……)
 しかし、あっさりとその扉は開いた。すぐに外の様子もうかがって、誰も近づいていないことを確かめる。そうして寝台横の棚に向かった。
 竹子は一番下の段の引き出しに触れる。やはり施錠されているようだ。すると、いつか永琳がそうしたようにまた別の引き出しから鍵を取り出した。そうして錠を解いて中を覗く。不思議な色をした壺があった。
「それは蓬莱の薬ではありませんよ」
 竹子が驚いて振りかえると、そこには永琳と輝夜がいた。さらに後ろには鈴仙が小さくなっている。
 輝夜はそれを見咎めていった。
「イナバを責めちゃ駄目よ。全部私が命令したんだから」
 もっとも策を考えたのは永琳だけどね、とつけ加える。その永琳が一歩進み出た。
「勝手に診察室の合い鍵を作っていたのはわかっていました。だからあなたが蓬莱の薬に近づこうとしているのもわかっていました。ですが……、この件は皆でよく話し合うべきだと思います」
「私は薬を使うのは反対よ。それは私だってあなたと別れるのは辛い。でも、永遠はあなたが思うほど甘いものじゃないの」
 その甘くない永遠に手を出してしまった者が何を言うのか、と思われるかもしれない。だが手を出してしまったがゆえに言えるのだ。
 経験者は語る。蓬莱の薬は罪だ。
 しかし竹子は意外なことを言った。
「私は薬を服用するつもりはありません」
「……? じゃあどうするつもりだったのよ。何で薬を盗ろうと思ったの」
「それは……、私の記憶が戻ってしまったからです」
 輝夜は目を見開いて息を飲んだ。ついに来てしまったのか、と思った。
「そう……。でもあなたはもう私の子どもよ。スパイなんかしなくても……」
「私は初めからスパイなどではありません。あなたを捕まえに来たのではないのです」
「それでは何だというの。あなたは竹ロケットで来たんじゃない。ただの人間が月から来られるわけがないでしょう」
 竹子が月から来たのは間違いのないことだった。彼女の急成長は竹ロケットを使用した副作用だし、例の通信記録のこともある。
 彼女は首を横に振った。
「確かに私は月から竹ロケットを使ってきました。でも私はもともと地上に人間だったのです」
「その地上の人間を捕まえてスパイとして育てたんじゃないの」
「いいえ。私は自分の意思で月に向かい、自分の意思で地上に戻って来たのです」
「……意味が分からない。あなたは何を言おうとしているの? あなたは一体何者なの?」
「私は、あなたのよく知っている者です」
 竹子は大きく息を吸った。そして困惑する輝夜の顔を見て、ふっと懐かしむように微笑んだ。
「久しぶりですね、輝夜。――あなたの“おばあさん”ですよ」
 
 ○
 
「それで、どういうことなの」
 輝夜は、いまだ信じられないという表情を浮かべたまま竹子に訊いた。
 場所はそのまま診察室。話が長くなるかもと気を利かせた鈴仙が、みなにお茶を配っていた。
「言ったとおりです。千年前、私は地上に落とされたあなたを拾い、育てました」 
 竹子は静かに繰り返す。すかさず輝夜が食ってかかった。
「ありえない。千年前から来たというの?」
「はい。そうです」
「嘘よ! だってあなたは月から来たのでしょう、あの竹ロケットに乗って」
「そうです。千年前に月へ飛び立ち、そしてまた地上に戻って来たのです」
「どうやって! 千年前に月に行くロケットなんか無いじゃない!」
 竹子は静かに首を振る。
「いいえ。ありましたよ。あなたがそうして来たんじゃないですか、母さま」
「どういう……」
 そうして輝夜は、は――と息を飲んだ。それが可能なものがひとつだけあったことを思い出したのだ。
「まさか……私が使った竹ロケットで?」
「はい」
「でもあれは片道分の燃料しか無かったはずよ。もともと帰りは迎えが来るようになっていたのだから」
「ええ。そのことに関しては私も困り果てていました。だから使ったのです」
 そうして竹子は寝台横の棚に視線を送った。一番下の引き出しには輝夜もよく知っている薬がある。
「まさか、蓬莱の薬を使って?」
「……当時、ロケットに使えるような燃料を確保することはほとんど不可能でした。だからあなたが残したその薬に賭けてみたんです」
 なんとか賭けには勝つことができましたが、と竹子は笑う。
「ですが蓬莱の薬は強力で速度が出過ぎてしまった」
「速度?」
「ええ。秒速三十万キロメートルです」
 永琳は飲みかけていたお茶を吹き出した。
「光速!?」
「はい。正確には限りなくそれに近い速度ですが……」
 蓬莱の薬は強力で、竹ロケットの燃料にはなったが異常な速度を出してしまった。そのせいで一度は月を通り越してしまい、燃料を落ちつかせるために宇宙空間をしばらく飛び続けていたらしい。
「なるほど、ウラシマ効果ね……。それで千年前から来ることができたのか」
「どういうこと、永琳?」
「光速に限りなく近い速度で進む物体は相対的に時間の進み方が遅くなる、ということです。竹子のロケットは光速に限りなく近づいてしまったため、中にいる竹子と外にいる私たちとでは時間の進み方にずれが生じてしまった。そのため竹ロケットで月に向かうわずかな時間で、私たちは千年の時が経過してしまったのです」
 輝夜は怪訝そうに目を細める。言っていることが信じられなかった。
「それ、本当なの?」
「これは特殊相対性理論と呼ばれる、現代物理学のひとつの柱とされる理論、それからもたらされる科学的事実です」
 一九○五年、アルベルト・アインシュタインが発表したその理論によれば、光速はいかなる慣性系においても一定であるとされている。これを光速不変の原理と呼ぶが、この原理を真実とするならば、物体の速度が光速に近づくにつれ、その物体に流れる時間は他の慣性系から見て遅くなる、という科学的解釈が可能になるのだ。
 竹子は竹ロケットで限りなく光速に近づいてしまったため、千年の時を超えてしまった。
「でもなんで? あなたがおばあさんだとして、どうして月まで行こうと思ったの」
「私たち夫婦は、あなたが蓬莱の薬を飲んで不老不死になっていることを知りました。だからどうしても会いたかった。独りぼっちになっていないか、寂しい思いをしていないか、そう思ったらいても立ってもいられなくなりました。後のことなど考えずに飛び出してしまったのです……」
 自分たちも蓬莱の薬を飲む、という発想も出来なかった。もしかしたら、そうしていた方が確実に輝夜に会うことが出来たかもしれない。だが彼らはそれを考えられなかった。そんな余裕はなかった。
 ただ会いたい。ただただ会いたい。
 その想いで彼らは竹ロケットに乗った。
 秒速三十万キロメートルで会いに来たのだ。
「しかし月に辿り着いたとき、あなたがまだ地上にいる事を知りました。ですから、私たちは母さまに会うためにまた竹ロケットに乗ることにしました。今度は千年もかけないよう、月の技術や知識を習得したのです」
「待って。それをあなたたちだけでやったの? 地上人が月の都に入ったなんてそれだけでも大事件だと思うけど」
「もちろん私たちだけでは不可能でした。ですが私たちには協力者がいたのです」
「それは誰?」
 輝夜が訊いた。すると竹子はまた懐かしむような微笑みを見せた。
「女王陛下。あなたの――母さまのお母さまです」
 輝夜は思わず両目を見開いた。
「嘘、母さまが……?」
「ええ。陛下は後悔しておられました。もっとあなたのことをよく見てやれば良かったと。もっとあなたを愛してやれば良かったと。そうすれば、蓬莱の薬などを使って罪人になることはなかったのではないかと。だから、私たちが地上に戻ると聞いたとき、協力を申し出て下さったのです」
 竹子たちが月にやって来たとき、彼女らは不審者として捕えられてしまった。竹ロケットを使用したため退化しており、成長するまでは事情も訊けないと独房に入れられ育てられた。しかし彼女たちが成長したとき、「輝夜に会いたい」と言っているらしいことが女王の耳に届いた。
 不思議に思った女王は、竹子たちにお忍びで会いに行き、以後も秘密裏に交流を深めていった。
「陛下はあなたのことをとても心配していました。元気でいてくれればいいが、といつも仰っていました」
 地上に降りる手段に竹ロケットを使ったのは、月の者たちに警戒されないように考えてのことだった。竹ロケットは人が乗るには余りに小さいので、それを飛ばしたとしても宇宙空間にごみ――デブリを投棄したくらいに捉えてくれるのだ。
 しかし竹ロケットは、使用の際にいちいち退化と成長を必要とするので、その不便さから技術はすでに廃れてしまっていた。女王の協力がなければ、とても損傷したロケットを再び飛ばすことなど出来なかっただろう。
 そもそも、都で不法侵入の犯罪者扱いをされていた竹子たちを救ったのも女王だ。
「でも地上に降りたのはあなただけなのね。おじいさんはまだ月にいるのかしら。いつか地上に呼ぶつもりなのですか?」
「……いいえ。あの人はここには来ません」
「それはなぜ」
「あの人は……もう亡くなってしまいました。月にたどり着いてしばらく経って、陛下の協力を得られた矢先のことでした」
 自分の母が竹子たちに協力したということに驚いていた輝夜は、次の真実にもうどうしていいかわからなくなる。
「嘘……おじいさんが? なんで……」
「つきましては姫さまにお願いがあります」
 そして竹子は輝夜に向き直って姿勢を正す。いつの間にか呼び名が「母さま」でも「輝夜」でもなく「姫さま」に戻っていた。
「どうか私を……月まで送り返しては頂けませんか」
 
 ○
 
「月まで送り返す……? どういうことでしょうか」
 あまりの衝撃に輝夜が返答できないようなので、永琳が代わりに訊いた。
「私はあの人を、おじいさんを残して地上に来てしまいました。出来るならおじいさんと同じ墓の下で眠りたいと思っています」
「それで蓬莱の薬を盗もうとしたのね。また竹ロケットを使おうとして。でも月から迎えは来ないのですか」
「迎えの船は来ることができません。もともと月の都では、落とされた姫さまが今どこにいるのか、はっきりと掴めていません。そのため私たちも、おおよその見当は付いていたものの、運任せで地上に戻ってきたようなものです。姫さまにお会いできたのは本当に幸運としか言いようがなかった」
 もし見つけることが出来なかったら、この渡航は無意味なものになっていただろう。それどころか誰も竹ロケットに気づかず、そのまま果てていた可能性もあるのだ。
 だが、どんな危険性よりも輝夜に会える可能性に賭けたかった。
「ではどうやって帰るつもりだったのですか」
「竹ロケットはある操作すると特殊な電波が発生するようになっていました。その電波を受け取って場所を特定し、私を回収する手はずになっていたのです」
 しかし月の都にいる上層部に露見すれば輝夜は罪人として連れて行かれてしまう。だから時期を決めて一度だけ電波を発信し、上層部にばれないようこっそりと回収するはずだった。
 永琳は続けて尋ねる。
「もうできないのですか? 今からでも通信機能を直して電波を発信すれば交信はできるのでは?」
「いいえ。回収は月から地上に向かう調査団に紛れて行なうことになっていました。調査団は三十年に一度定期的に組織されるものなのですが、地上の科学技術の進行具合を確認していると言われています。他の手段を使えばどうしても目立ってしまうので、隠れて行うにはそれ以外ありませんでした。しかしそれが来たのがちょうど三年前、私が月から来た者だと皆さまに伝わってしまった時のことだったのです」
 ちょうど永琳が薬草採りから帰ってきたその日に、竹ロケットから電波を発信するつもりだったのだという。しかし事態は急激に変わり、それは出来なくなってしまった。
「なるほど。その時には竹ロケットの通信機能は破壊されて電波を発信出来なかった。時機を逃してしまったのですね」
「はい。また調査団が地上にやって来るのは二十七年後になります。私はそこまで待つことができません」
「なぜですか」
 永琳が問うた。しかしこれは輝夜に言って聞かせるための問いだった。
 予想通りの答えが返ってくる。
「……私はもともと七十過ぎのおばあさんなのですよ。そして月での準備に二十年以上かかっています。もうとっくに寿命です」
 今は竹ロケットの退化の影響で若い姿を保っているが、もう限界だろうと竹子はいった。おそらくあと三カ月も生きられれば良い方だとも。そしてそれは、定期的に竹子の身体を診断していた永琳が最もよくわかっていたことだった。
「私はその前におじいさんの元に帰りたい……」
 すると、今までずっと黙っていた輝夜が口を開いた。
「待ちなさい、竹子。あなた三年前に月と連絡をとるはずだったと言ったわね」
「はい、姫さま」
「ということはその時からもう記憶は戻っていたというの?」
「はい。永琳さまが私を処分すると決めた時、私は睡眠薬で眠らされました。その眠っている間に記憶は戻っていきました」
「じゃあ、嘘をついていたってことなのね?」
「……はい。姫さまに申し伝えるのが苦しくて、ずっと黙っていました」
 竹子は済まなそうに顔を伏せた。
 ――永琳が帰ってきたその日の夜。輝夜は竹子の母親になると決心をした。だがその時にはもう竹子の記憶は戻っていたというのだ。
 この三年間、輝夜はずっと竹子の母親だと思っていた。
 自分のこの気持ちはどうなる?
 彼女は自分の頭に血が昇っていくのがわかった。
「……認めない」
「え?」
「認めないって言ってるの。何よそれ、結局私を騙していたっていうの? そんなの絶対に認めないわ」
 輝夜は竹子の襟に掴みかかった。そしてそのまま引き寄せる。
「あなたは私の子でしょう!? 私が育てたの! 変なことばっかり言わないで!!」
「ですが、すべて真実です」
「だったら証拠を見せてよ。あなたがおばあさんだっていう証拠を。何かあるって言うの?」
「はい。あります」
「じゃあ見せてみなさいよ!」
 そう言うと輝夜は竹子を解放した。彼女は身なりを整えると胸元からしおりを取り出す。
 竹の花だった。
「なよ竹の輝夜姫、竹は細くしなやかな方が花を咲かせると言います。あなたもいつか美しい花を咲かせてくれればと――」
「……!!」
 輝夜はまだ竹子が幼かった時にした会話を思い出した。
『ねえ竹子。竹の花はね、私の名前の由来でもあるのよ?』
『ええっ、そうなのっ!?』
『私のおばあさんから聞いたの。確か……あら、何と言っていたかしら? 急には思い出せないわ』
 あの時、竹子に教えてやれなかった由来を竹子から教えられてしまった。そしてそれを初めて教えてくれたのは、間違いなくあのおばあさんだった。
 本当に、
 本当にこの人は千年前の……、
「な、なによ! じゃあもう勝手にしなさいよっ!!」
 しかし、それでも輝夜は認めたくなかった。皆を残して部屋から飛び出してしまった。
 
 
 
 
◆七章:竹の花
 
 
 話し合いの末、竹子は月に返すことが決まった。以降、永遠亭ではロケットの製作が続けられている。竹ロケットを使用するという案も出たが、もともと人間用ではないので負荷がかかり過ぎると永琳に却下された。胎児化と急成長は月人だからこそ考案された仕組みである。
 今は竹ロケットに代わる新しいロケットを作っていた。竹子は共にエンジンを作っている永琳に言う。
「本当にありがとうございます。これほどよくしていただいて」
「いいえ。あなたは主君のお子でありますから。あなたが望むのであれば我々はそれに従うまでです。……姫さまの許可も下りたことですし」
「あれは下りたというよりも……」
 輝夜は自分の正体を明かして以降、一切会ってくれない。部屋に引きこもったきり出てこないのだ。
 しかし時間はそれでも押し迫り、竹子はどんどん老けていく。「勝手にしなさい」を肯定と判断した永琳が、自主的にロケット制作を進めている状況だった。
「しかし変わったエンジンですね。一目ではそうと見えない」
 竹子が言った。目の前のエンジンは間違えた芸術作品のようにみえた。
「普通のエンジンでは月の警備隊どころか地球の軍事衛星にでも見つかるのが落ちです。なので、音も熱も光も出さないまま地球の脱出速度に到達し、かつ月の都まで辿りつけるだけの推力装置が必要になります。これは私が新しく設計したエンジンなのですよ」
 月に都の者たちが地上に降りるために使っているエンジンに改良を加えたものだ。もっとも完全な遮断は不可能で情報は微弱ながら漏れているのだが、それでも高い完成度を誇っている。
 天才だからできた。
「お師匠さま。燃料用の薬草の調合が終わりました。見て頂けますか」
 鈴仙が胸に抱えて持つほどの大きな壺を持って現れた。ちゃんと指示された通りに配合したんですけど、と彼女は不安げに言う。
 永琳はその中の粉末を一口舐めると言った。
「……上出来ね、あなた腕を上げたじゃない。良い感じよ」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあ、これと同じものをあと一万個くらい作っておいて」
「……」
 鈴仙がしょんぼり抱えているこれは、妖怪の山の薬草から作ったロケットの燃料だ。さすがに蓬莱の薬を使う訳にもいかず、新しく燃料を精製しているのだ。ついでにロケットがレーダーに反応しないように、本体に塗るレーダー吸収塗料も同時に精製している。
 天才だからできた。
「永琳サマ。頼まれていた例のブツ、守矢神社からもらってきました」
 てゐが複数のイナバたちを引き連れて現れた。彼女たちは太い丸太のようなものを運んでいる。それを地面に降ろしながら訊いた。
「これ、なんなんですか。つやつやしてますけど」
「ロケットの表面に使う特殊な素材よ。知り合いの河童に頼んで作ってもらった物でね、電流を流すと透明になるの。守矢神社に預けてくれるように言っておいたのよ」
 その河童とは三カ月の薬草採りの時に親しくなった。高い技術力を持っている逸材だった。この素材を表面に使えば内部もまるごと透明になる。これで目視による発見も困難になるだろう。
 変態だからできた。
 永琳はぱんと手を叩いて自分に注意を向けた。
「みんな、よく聞いて。地上の空軍でも月の警備隊でも、飛んでいるロケットが見つかれば即撃墜されるわ。作業には絶対に手を抜かないで!」
 出来るだけの対策は打っている。だが、それでも危険は付きまとう。ロケット発射とはそういうものだった。
 はい、と皆は一斉に唱和した。
「それでてゐ、ロケットの発射場所のことなんだけど……」
 永琳はてゐを呼びつけて訊いた。それだけがまだだった。
「わかっています。イナバたちが竹林に空き地を見つけていますので、そこを使えるよう整備しています。もうすぐ準備は完了すると思いますよ」
「そう。でもそんな場所がよく見つかったわね」
「三年前、姫サマと竹子が竹の花を見つけています。竹は花を付けると枯れてしまう。そしてここの竹は地下茎を共有する種のものです。だからその場所は三年前から空き地だったんですよ」
 てゐは笑って言った。
 そんな中、鈴仙は燃料の精製のために調理場に向かっていた。少し離れたところから見ると、作業は順調に進んでいるように見える。
 だが、それゆえに不安を覚えた。
「姫さま……」
 輝夜は一体どうしたいのだろうか。
 
 ○
 
 その日、鈴仙は永遠亭の廊下を足音を鳴らしながら歩いていた。目指すのは輝夜の部屋。どうしても納得できないことがあった。
「鈴仙・優曇華院・イナバです。入らせて頂きます」
 彼女は返事を待たず襖を開けた。待てば追い返されると思ったからだ。そのまま中に入る。
 輝夜は鬱陶しそうに顔を向けた。
「何よ、勝手に入ってきて」
「姫さまにお聞きしたいことがあります」
 後ろ手で襖を閉めて正座をする。顔を上げると言った。
「姫さま。本当にこれでいいんですか? ロケットの製作は順調に進んでいます。お師匠さまが指揮を執っていますから当然です。このままでは竹子はすぐに月に帰ってしまうんですよ?」
「それがどうしたというの。本人がそうしたいと言ったんだから別にいいじゃない」
「いいえ。私が心配しているのは姫さまです」
 鈴仙は眉尻を下げて首を左右に振った。
「姫さまは竹子の母親になったんじゃないんですか? あの子を最後まで見届ける覚悟をなさったんじゃないんですか?」
 どうして今になって逃げるんですか、と彼女はつめ寄った。輝夜が唇を尖らせる。
「逃げてないわよ」
「逃げています」
「逃げてない!」
 そしてふたりの視線がぶつかった。目に映った鈴仙の顔は、真面目に答えないと許さないと言っているように見える。輝夜は詰まらなそうに言った。
「私だって竹子が月に帰るんならちゃんと見送るわよ。でも、もう竹子はいなくなってしまった」
「あの人は竹子です。姫さまの子どもじゃないですか」
「違うわよ。もう違うの。私の竹子は死んでしまったの」
 輝夜はそっと首を振った。そして言う。
「もう竹子には会えない」
「なっ、姫さまが会ってやらないんじゃないですか! 竹子はずっと、今日だって姫さまの部屋を訪ねて来たじゃないですか!」
「違う、あれは竹子じゃない」
「竹子です!」
 鈴仙は、輝夜が何に躊躇っているのかようやく気づいた。だからこそ違うんだと言う。
「姫さまの言いたいこと、まったくわからない訳じゃありません。自分の子どもだと思っていた竹子が、かつての親だったと知って、置いていかれた気持ちになるのも無理はないと思います」
 ですが、と鈴仙は続ける。
「竹子は竹子です。あの人は確かに姫さまの子どもの竹子です。姫さまが育てて、姫さまが怒鳴って、姫さまが笑いあった竹子なんです。それが……本当にいなくなってしまうんですよ?」
 竹子は竹子である。例え正体が昔の親だったとしても、今までの思い出も気持ちもなくならない。それを全部嘘にしてもいいのだろうかと思った。
 だが輝夜はもう諦めてしまっているようだった。
「知らない。私のことは放っておいて。もういいの」
 そんなの全然いいわけないじゃないですか――、鈴仙は何度も説得したが、結局部屋を追い出されてしまった。
 
 ○
 
 三カ月が経った。竹子はもうおばあさんといって差し支えのない見た目になっていた。
 ロケットの制作は順調に行われていた。竹ロケット改と名付けられ、整備された発射場に設置してある。もういつでも発射は可能な状態で、あとは天候を見て最適な日取り決めようという段階だった。
(……立派なものね。私が乗った竹ロケットとは比べ物にならない)
 輝夜は遠くから竹林の発射場を眺めていた。ロケットの全長はおよそ十メートル弱、幅は三メートル。竹子が直接搭乗するので旧竹ロケットに比べれば大型化してしまったが、遠目に見れば旧竹ロケットと全く同じ形のようだ。この中に月まで行けるエンジンと燃料と竹子の操縦席が入っているのだから、永琳の技術力は大したものと言える。
 その周りではイナバたちが忙しなく作業を続けていた。
「すごいもんだな。これがロケットか」
「あんたは……」
 ふいに隣から声がした。そこにいたのは妹紅だった。自分と同じように竹ロケット改を見上げている。
 輝夜が尋ねた。
「どうしたの。千年も生きていればロケットなんて珍しくもないでしょうに」
「いや、初めてだよ。ロケットもロケットの発射も……お前のそんな間抜けな顔もな」
 そうして輝夜に向き直ると、妹紅は嘲笑うように口の端を吊りあげた。
「イナバたちが話しているのを聞いたよ。竹子、あの時のおばあさんだったんだな」
「ええ。……そして私の竹子はいなくなってしまった」
「いい気味だ」
 ふん、と彼女は鼻を鳴らした。そしてまた口を開く。
「竹子と私は同じだよ。かつてお前に置いていかれた人間たち。それが千年かけてお前を追いかけてきたんだ」
「どういう……」
「私も竹子も蓬莱の薬を使ってお前を追いかけた。私は蓬莱人となることで、竹子は月に行くことで。お前に裏切られた怒りを胸に、時空を超えて追ってきたんだ」
 輝夜ははっとして妹紅を見る。
「ち、違うの! 私は怖くなっただけなの! 本当は嘘にするつもりなんか無くて、でも人間はみんな死んでしまうから、私は置いていかれるのが怖くて、それで……」
「それで置いていかれる痛みを他人に擦りつけたんだろ。自分が傷つくのが嫌だから。代わりに他人を傷つけたんだ」
 輝夜は死を見届けるのが怖くて逃げだした。しかし、逃げられた相手にとっては彼女の方が死んだのと同じだろう。痛みを自分以外に押し付けるため、相手を傷つける嘘をついたのだ。
「竹子を責めるのはお門違いだ。全部お前の自業自得、お前の嘘が今になって返ってきただけだ」
 過去からは逃げられない、と妹紅はいう。
「蓬莱人は変わらないよ。変わるなんて許されないんだ。今さらお前ひとりだけ変わろうなんて、そんなことが許されると思うな」
 彼女の顔が目の前に迫る。輝夜はそれだけで怯みかけていた。
「今のお前は過去のお前だ。お前は永遠に嘘つきだ。それでいいんだよ」
 それだけ言うと、妹紅はまた去っていった。輝夜は呆然とその背中を見送った。
 ――自分は変われない。
 ――変わることなんて許されない。
 それを知らしめるために竹子は来たのだろうか。置いていった罪が罰となって返ってきたのだろうか。
 輝夜はそっと胸元からしおりを取り出す。押し花にした竹の花。花とは子だ。植物は子孫を残すために花を咲かせる。しかし竹は、花を咲かせると自らは枯れてしまうという。
 それだけではない。竹の花が咲く時は、その実を食べに野ねずみが大量発生するらしい。彼らは農作物を荒らし、時には飢餓の原因となることもある。そのため竹の花は「不吉の前兆」と言われることもあるのだ。
 花を咲かせる時、自らは死、また周りに死を撒き散らす。
 竹子の言葉が蘇った。
『なよ竹の輝夜姫、竹は細くしなやかな方が花を咲かせると言います。あなたもいつか美しい花を咲かせてくれればと――』
 咲いては駄目なのだ。
 自分は花を咲かせてはいけなかったのだ。
 花を咲かせたいなど、そんなことを思ってはいけなかったのだ。
「ああ、そうか。私は許されないんだ……」
 罪は重かった。
 千年経っても時効などこなかった。
 永遠に許されず、罰にこの身を焼かなければいけないのだ。
 目眩がしそうだった。その場に立ち崩れる。いっそ殺してほしかった。
 だがそんな輝夜のもとに鈴仙が現れた。彼女は肩で息をしながら言う。
「姫さま、ロケットが完成しました」
「そう。いつ飛ぶの」
 彼女は顔をしかめながらいう。今は一人にしてほしかった。
 しかし、鈴仙の次の言葉に驚愕することになる。
「明日です。発射は明日の早朝に行なわれます」
 
 ○
 
 夜の永遠亭、輝夜の好きだった静寂で満たされたそこに竹子の足音がかすかに聞こえる。彼女は目当ての部屋の前に来ると、襖越しに声をかけた。
「夜分遅くに申し訳ありません。竹子でございます」
「竹子さま? どうぞお入りください」
「失礼します」
 竹子は一礼して部屋の中に入った。永琳が不思議そうに尋ねる。
「どうかしましたか」
「いえ、いよいよ明日出立ということで最後にご挨拶に伺いに来ました。……八意永琳さま、どうもありがとうございました」
「主君の願いは従者の願い、そのお子の願いも然りです。お気になさいませぬよう。それより姫さまとにはお会いになられましたか」
 その問いかけに竹子の顔が曇った。力なく首を振る。
「あの告白から今日まで何度も部屋を訪ねたのですが、お顔を見せてはくれません」
「突然のことで驚いているのでしょう。ですが明日が本当に最後の日、せめて見送りにくらいは来ていただければ良いのですが」
「……来ていただけなくても仕方のないことかもしれません。私は姫さまに嘘をついていたのですから」
 思い出せば今でも胸が痛む。自分がかつての育ての親だと告白したとき、輝夜は血の気の引いたような顔をしていた。
「あの子を、姫さまを傷つけたくなかったんです。ですが却って傷つける結果になってしまい……」
「嘘とは難しいものですね」
「いえ。傷つけたくなかったのは私自身なのかもしれません。私は自分の代わりに姫さまを傷つけた。本当に申し訳ないことをしたと思っています」
 竹子はそう言って顔を俯けた。しばらくそうしていたが、やがてこの部屋に来た本当の目的を思い出す。改まって永琳に顔を向けた。
「八意永琳さま。お願いがあります」
「はい。なんでしょうか」
「どうか姫さまをこれからも支えてくださいませ。永遠を生きる姫さまを支えられるのはあなたしかいません。今後とも姫さまの良き理解者であってください」
 それだけが心配だった。そもそも月までロケットまで使って飛んできたのは、それが気掛かりだったからだ。独りぼっちになっていないか、寂しい思いをしていないか、それが心配なのだ。
 永琳が口を開く。
「私は姫さまの従者です。蓬莱人ゆえ命こそ賭けられませんが、その覚悟を持ってお仕えさせていただいています。私だけは何がっても姫さまの側に控えましょう」
「ありがとうございます。あなたがいて下さって本当に良かった。他には永遠を歩める者などいませんから……」
 ありがとうございます、と竹子は深く再度礼をした。
 永琳はそんな彼女に訊く。
「それにしても、随分私を信用なさるのですね。一度はあなたのことも殺そうとしたのに。私はそれほど心温かな人間ではありませんよ?」
「いいえ。あなたは優しいお方です。それに姫さまのことをよくわかっていらっしゃる。――私を処分しようとした夜も、あの子が来なければ翌朝まで待つお積りだったのでしょう。あの包丁は何本目だったんですか?」
 竹子の問いに永琳は目を丸くした。だがその質問には答えない。ただ一言、
「まあ、長い付き合いですから」
 とだけ言った。
 それに、と永琳が続ける。
「姫さまと共に永遠を歩めるのは私ひとりではありませんよ」
「まだどなたかいらっしゃるのですか?」
「はい、もうひとりだけ。今はまだすれ違っていますが、いつか共に歩めるのではないかと思っています」
「できますでしょうか」
「できますよ。おそらく彼女は寂しがっているだけだと思いますから」
 それに、と永琳は言う。
「私たちには永遠の猶予があるのですから」
 彼女は、永遠などは恐るるに足りずという風に笑った。
 この者ならば母と我が子を永遠に預けられると竹子は思った。
 
 ○
 
 夜は更ける。輝夜はまだ横になっていなかった。ロケットの発射を明日に控え、どうしても眠れずにいる。窓の外に見える月をぼんやりと眺めていた。
「……はあ」
「こんなに綺麗なお月サマに溜息ですか」
 後ろから声がした。振りかえると、襖の合間からてゐの顔が覗いていた。
「人の部屋に入るときは声をかけなきゃ駄目じゃない」
「声をかけながら入りました」
「返事がなかったら入っちゃいけないのよ。見たら駄目なものだってあるんだから」
「例えば姫サマの泣き顔とかですか?」
 彼女は面白そうに問いかけた。輝夜はむっとして顔を背ける。 
「明日で最後みたいですよ」
「でも、どうしようもないわ」
「でも、本当にそれでいいんですか」
 輝夜は力なく首を振る。駄目よ、と言った。
「おばあさんはきっと私を憎んでいる。月に帰ると言って、そのくせ地上に留まって、私はみんなを振りまわした」
「でも反省しているじゃないですか。ごめんなさいくらい言えないのって、姫サマが竹子を叱った言葉ですよ」
「私はごめんなさいじゃ済まないだけのことをした。もう永遠に許されないの」
 蓬莱人は変わらない、と妹紅は言った。蓬莱人は変わらないし変われない、変わっては駄目なのだと言った。
「だからと言って拗ねてるだけじゃどうしようもないでしょう」
「だからと言ってどうしたらいいかわからない」
 輝夜は縋るような顔でてゐを見た。それはいつか見た、幼い少女のような顔だった。
 千年を生きる少女はぽつりと零す。
「私はどうしたらいいのかな……」
「どうしたいんです?」
「もう自分じゃわからない」
「だから、私に聞くんですか」
 それはいつかもあったような台詞の応酬だった。赤子の竹子を殺そうとした時、もうどうしていいか分からなかった時、輝夜とてゐはそんな会話をした。だから次にくるてゐ言葉も予想がついた。
「決めるのは姫サマですよ」
「やっぱりそうなのね……」
「当たり前です。自分のことは自分で決めなくちゃ。姫サマはもう、ただ泣いて欲しがるだけの赤ん坊じゃないんですから」
 でも――、と彼女は言う。
「私は嘘つきですから。簡単に人を信用しませんし、人が嘘を付いているときは大体分かるんです。だから言います。姫サマは嘘をついている」
「私にはもう嘘にできるようなものは無いわ。みんな失ってしまったんだから」
「そうでしょうか。それが嘘なんじゃないですか。自分に嘘をついているんじゃないですか」
 てゐはまっすぐ自分を見ているだけだった。特別何も変わらない。
「あなたは蓬莱人です。永遠の時を生きる。今ついた嘘は永遠に付きまとうんですよ。未来永劫抱えていくつもりですか」
 未来永劫――、輝夜はその言葉にはっとした。過去に自分が今の自分を苦しめるように、今の自分が未来の自分を苦しめるかもしれないのだ。
 てゐは続ける。
「本当に後悔はしないんですか。その気持ち、嘘にしてしまっていいんですか」
「……」
 輝夜はおもむろに立ち上がる。向かわなければいけない場所があった。
「どちらに?」
「……ちょっと散歩してくる」
「ご健闘をお祈りしています」
「うるさいっ」
 悪態をつきながらも輝夜は部屋を出ていった。きっと竹子のいる部屋に向かうのだろう。
 足音とはどんどん遠ざかっていく。
「ふう、疲れた」
 そう言っててゐは仰向けに寝っころがる。一仕事終えたような気分だった。
 うまくいけばいいがと思う。
 きっと、うまくいけばいいがと思う。

 ○
 
 翌朝、永遠亭の面々はロケット発射場に集まっていた。竹子、永琳、鈴仙、てゐ、イナバたち、そして輝夜もだ。まだ薄暗い中、地面を這いまわるケーブル類を踏まぬよう、発射台の前に立ち並ぶ。
 永琳が皆に向かって言った。
「総員注目! これより状況を開始するッ!!」
 皆が一斉に彼女をみる。人が変わったかのような口調に戸惑っていた。
 永琳はロケットのロマンを理解出来る人間だった。
「諸君、いよいよロケット発射当日だ! これより三時間後にこの竹ロケット改の発射を敢行する! 決して最終確認を怠らないようッ!!」
「はい、お師匠さま質問です」
 鈴仙が手を上げた。何かね、と永琳が尋ねる。
「何で朝に発射を行なうんですか。せっかく隠密に進めているんだから夜とかの方がいいんじゃ……、」
「馬鹿者ォ!!」
 怒声が飛んだ。
「この作戦が隠密行動であるが故となぜわからない!? 花火を夜に上げる理由を考えろ!!」
 光は夜に目立つ。永琳の設計により機体もエンジンも完全ステルスに近い状態だが、発射の瞬間は微妙に光るのだそうだ。夜では余計に目立つ。
「というか、完全ステルスだと月面に着陸しても誰も気づかないんじゃないですか? もし体勢が崩れたりハッチが開かなかったりすると大変なことになるんじゃ……」
「良い質問だ。だが貴官は本作戦を完全には理解していない。作戦の目的は竹ロケット改の月面着陸ではない。月の衛星軌道に到達させることだ。そこでは母艦が待機しており、竹ロケット改は母艦によって回収、竹子さまはその後、月の都へ移送する手筈になっている」
「母艦? 手筈って……?」
「私は事前に女王陛下と量子暗号による文書のやり取りをしている。陛下も協力を惜しまないと仰り、陛下の密命を受けた竹子さま回収チームがすでに待機しているのだ」
「じょ、女王陛下も動いているんですか!?」
 永琳は、非常時に限り王室内ネットワークにアクセスする権限を持っている。使った。
「だが、この回収も完全ステルスがネックとなる、ステルスのままだと母艦がロケットの場所を特定できず、回収の瞬間はステルスを解除しなくてはならない。そのためもうひとつの作戦が計画された」
「何だかすごく嫌な予感がします」
「現在、月の衛星軌道上では軍事演習が行なわれている。しかしそこで軽巡洋艦の一隻が不幸な事故により大破してしまうのだ。なに、無人艦だから心配はいらない。だがその結果、宇宙空間に大量のデブリが放出されることになる。このデブリは軍事機密の塊だ。当然回収を行なう。それを待ってステルスを解除、デブリに紛れてロケットを回収する、という段取りになのだよ」
 どうやら竹子回収のために軍艦一隻を犠牲にするらしい。元軍人の鈴仙は複雑な感情を抱き、そして忘れることにした。
 永琳はぱんと手を叩いて自分に注意を向けた。口調を戻して言う。
「とにかくこれで最後の仕事です。みな最善を尽くしてロケット発射を成功させましょう!!」
 永琳の無駄に長い説明が終わると、面々はロケットの最終確認のために動き始めた。てゐはイナバたちを率いて発射台の整備を、鈴仙は竹子に着せる宇宙服のチェックをしている。
 その竹子は体力を温存する為に椅子に座って休んでいる。その横には輝夜もいたが、お互いに会話はないようだ。
(姫さま……もう最後だというのに、本当にそれでいいのかしら?)
 鈴仙は怪訝に思った。てゐによれば、輝夜は昨夜のうちに竹子に会いに行ったらしい。それが今日はまるで会話がない。話し合いは失敗したのかもしれなかった。
「……んん?」
 そんなことを考えていると足元に妙な引っかかりを感じた。鈴仙は立ち止まって確かめる。それは植物の芽のようだった。よく見てみるが何の芽かはわからない。ニンジンでないことだけはわかって、がっかりした。
 へえ、と感心するような声が聞こえた。
「これは竹の芽だね」
「てゐ。これが竹の芽なの?」
「うん。姫サマたちが竹の花をみつけて、この辺りの竹はみんな枯れた。それから三年経って新しい芽が出てきたんだ」
「そっか。ちゃんと命を繋いでいるんだ……」
 鈴仙は発射場を見渡す。よく見ればそこかしこに同じ様な芽が見える。ここも直に元のような竹林に戻るのだろう。
 そして彼女は、その芽の中にケーブルの下敷きになっているものを見つけた。可哀想だと思って退かそうとする。細くて頼りなさそうなケーブルだと思った。
「こらッ、そこで何をしている!!」
 再び永琳の怒声が飛んだ。
「これを何だと思っているの。地底の核融合施設から勝手に引っ張ってきた電源ケーブルよ? もし断線してしまったらどうするの!」
「す、すみませんっ」
 電源ケーブルは発射台の加速装置に使用される。ケーブルが断線すれば加速装置が働かず、出力不足によってロケットが飛べなくなってしまうのだ。
「これはこのロケットの生命線です。発射を成功させたいのなら、このケーブルにだけは気を付けなさい」
「すみませんっ、すみませんっ、すみませんっ」
 必要以上に謝って鈴仙は作業に戻る。
 ロケット発射三十分前になった。機器は正常に動いており、竹子の体調も万全だ。
 皆は彼女と最後の別れを交していった。みなそれぞれに思い出があり、鈴仙などは途中で泣き出してしまった。彼女は終始微笑んでおり、残りわずかな生を安らかに過ごせているようだった。
 輝夜だけは、先程の椅子に座ったまま顔を伏せている。
「姫さま。あとお別れを言っていないのは姫さまだけですよ?」
 鈴仙が声をかけると、輝夜は渋々立ち上がった。ゆっくりと時間をかけて歩いていく。もしかしてこのロケットの発射は反対なのかもしれなかった。
(姫さま……寂しいのはみんな同じなんです。でも……)
 鈴仙はその続きを思い浮かべることが出来なかった。
 だがそのとき、
 歩いていた輝夜の片足が何かに引っかかった。彼女は均衡を崩して前のめりに倒れ込む。それは永琳があれほど注意した電源ケーブルだった。
 バチィッ、と思わず目を瞑るほどの閃光が走る。
 普通の人間なら感電死する量の電流が流れるが、蓬莱人の輝夜はしばらくして何事もなかったかのように起き上がった。
 そして言った。
「あ。切れた」
 
 ○
 
 ロケット発射予定日の前夜、てゐと別れた輝夜は、竹子の部屋を目指して縁側の廊下を歩いていた。迷いがないとはとても言えない。言うべき言葉もちゃんと用意していない。本人の前で言える勇気があるかどうかも不安だった。
「姫さま」
 後ろから声がした。振り返ると竹子が縁側に腰をかけていた。すでに老体となり、長い廊下の途中で休んでいたのだという。
 輝夜が言った。
「今、あなたのところに行こうとしていたのに」
「申し訳ありません。私は永琳さまのところに寄っていたところです」
「そう。今からいいかしら?」
「ええ。私も最後に姫さまとお話したいと思っていました」
 最後――、竹子から直接その言葉を聞くと途端に胸が苦しくなる。
 だがここで逃げてはならないと思った。ここで逃げればもう後がないのも知っていた。
 輝夜は深く頭を下げた。
「ごめんなさい。おばあさん」
 竹子はそんな彼女をじっと見ている。輝夜は震えだしそうなのを堪えて続けた。
「私はあなたを捨てて逃げてしまった。月に帰るなんて嘘をついて。だからおじいさんも月なんかで亡くなってしまった。……私を恨んでいるのでしょう?」
 もし自分が逃げさえしなければ、千年もの時を超えてくる必要はなかった。自分のいない月の都まで飛んでいく必要などなかった。まだ地上にいると知り、竹ロケットで戻ってくる必要などなかった。おばあさんとおじいさんは、何の問題も無く墓を同じに出来たのだ。
 竹子がしおりを見ながら言った。
「なよ竹の輝夜姫――」
「それ……」
「お嫌でしたか」
「ううん。よくわからないの。どうしてその花を私の名前に送ったのかが。……それは死をもたらす花でしょう?」
 あるいは最初から自分のことを、災厄を呼ぶ危険な存在と認識していたのだろうか。竹の花が見えないと背伸びした自分を彼女は抱きかかえてくれた。だがその時にはもう、輝夜がこれから災いを起こす者なのだと知っていたのだろうか。
 しかし竹子は微笑みながら首を振った。
「確かに竹の花は野ねずみなどの被害をもたらしますが、しかし、その野ねずみを食べようという他の獣も集まってくるのですよ。そしてその獣を食べようと言うまた別の獣も集まってきます」
「たしか、食物連鎖ね」
「ええ。――大騒ぎですよ。上を下への大騒ぎ。あなたが来てくれて、私たち夫婦の毎日は一変したのです」
 その時、彼らは気付いたそうだ。世界は変わるものなのだと。変わっていくことが世界なのだと。それこそが『生きる』ということなのだと。
「あなたが初めて声を発した時は、馬鹿みたいに喜び合いました。あなたが森で迷子になった時は、心配で気が狂いそうになりました。野ねずみから私たちを守るとあなたが言ってくれた時は、もうとっくに出なくなっていたはずの涙が溢れてきました」
 そしてあなたが求婚に無理難題をふっかけた時は、どうしたものかとほとほと困りましたと竹子は笑う。
「まるで竹の花。この世界でただ一輪咲いた竹の花。とても大変でしたけど、私たちは嘘みたいに幸せでした」
「……」
 竹子の話を聞きながら輝夜は気付いた。彼女が語った内容にとても近いものを、自分も胸に持っているのだということに。おそらく誰もが似たような話を持っている、平凡でありふれた日常でしかないのだろう。
 ――それなのにこの騒ぎだ。
 ――それなのにこの変化だ。
 誰にも劣らないこの革命を、誰もが胸に持っているのだ。
「姫さま、ごめんさいをするのは私の方です。この三年間、あなたを騙してきて本当に悪い事をしたと思っています」
「いいえ。私はただ寂しかっただけなの。竹子が急にどこかに行ってしまって、ただ寂しかっただけなの」
 でも、ここにいる。
 寂しがる必要など初めからなかったのだ。
「明日は出立です。無事にいければいいのですが……」
 竹子は心配そうに夜空を見上げた。月は綺麗に浮かんでいる。しかし、その完全さは不完全な者に不安を与える。てゐにからかわれたさっきの輝夜がそうだったように。
「大丈夫よ。私がいるもの」
 だから輝夜は言った。
 言ったら約束になった。嘘にする訳にはいかなくなった。
「問題ないわ。必ず私が送ってあげるから」
 
 ○
 
「ひ、姫さま! 何てことをしてくれたんですか!!」 
「だって躓いちゃったんだもの」
「あれだけお師匠さまが気をつけろと言っていたのに! 発射台が使えないとロケットは飛ぶことが出来ない、竹子は月に帰れないんですよ!?」
「こんなところにあるのが悪いんだわ」
 輝夜は袖の泥を叩いて落とす。感電よりも服の汚れの方を気にしているようだ。
 悪びれない態度に鈴仙は師匠を頼る。
「お、お師匠さまぁ、これじゃあロケットが……」
「このロケットは本体のエンジンと発射台の力で飛び上がるわ。隠密に徹したからエンジンの出力に問題があるの。まあ、本体は無事だから後は代替えとなる発射台さえ用意すればいいのだけど……」
 永琳は切れたケーブルを改めると今度は本体周辺をぐるりと回った。どこにも以上は認められず、やはり問題は発射台だけのようだ。
 彼女は鈴仙の方を向いて言う。
「無理ね」
「えええええええええ!!??」
「見なさい、急に電源が落ちちゃったものだから発射台のプログラムが飛んじゃったわ。直すのに一週間はかかります」
「天才なのに!?」
「天才だからよ」
 永琳は真顔で言った。本来は地上人が何百年経っても手に入れられないほど高度な技術なのだと言う。
 それを聞いて鈴仙は肩を落とした。
「まあ、悩んで立って仕方ないわね。陽が昇りきってしまえばどのみち発射は出来ないんだし、今日のところは発射を見送って日を改めましょう。あなたたちは先に永遠停に戻って朝食の準備をやってくれるかしら。私もそろそろお腹が空いたわ」
「……はい。お師匠さま」
「お願いね」
「……はい」
 鈴仙は永琳の指示により、一度永遠亭に戻ることにした。悔しいが自分の師匠がそう言うのなら、それが一番良いと知っていたからだ。
 発射場を後にする彼女は困惑顔で輝夜を見る。
「姫さま……」
「大丈夫よ。次があるわ」
 輝夜は胸を叩いてそう言った。何の根拠があるのか知らないが、言い争っても仕方ないので鈴仙はそれに頷いた。
 鈴仙に続き、てゐやイナバたちも次々に去っていく。せっかくの晴れ舞台を台無しにされた憤りはあるが、輝夜なら仕方ないかという妙な納得も感じていた。
 発射場には竹子と輝夜、それと永琳の三人だけが残された。
 輝夜が永琳を見た。
「ありがとうね。永琳」
「うどんげには後でちゃんと謝ってあげてくださいね。あの子だって今日の発射に備えてずっと準備をしてきたんですから」
「うん。わかってる」
「てゐにも。彼女はもうわかっている節がありますけど、筋は通してください」
「それが責任と義務だもんね。大丈夫、もう逃げたりしないわ」
 そうして輝夜は悪戯っぽく笑う。ついでに訊いてみる。
「本当はどのくらいで直るの」
「十五分で直せます。では姫さま、しっかり見送ってあげて下さいね」
 輝夜が頷くと永琳も帰っていった。後に残るのは輝夜と竹子だけだ。
 宇宙服に着替え終わった竹子が言った。
「うまくやってしまわれましたね」
「だって、こうでもしなきゃ何にもしないまま終わっちゃうんだもん、私」
「でもそれを押し通すとは思いませんでした。わがままな母に育って竹子は呆れています」
「なによう、せっかく送ってあげるって言ってるんだから喜びなさよ」
 輝夜は唇を尖らせた。竹子といると老婆と孫娘のように見える。その実、どちらに老婆の役割を振っても間違いではない。
「あなたは私の大切な子どもで、私の大好きなおばあさんよ。何も恩返しできないまま『さよなら』するのは嫌だったの」
 輝夜はロケット制作にまったく関与しなかった。永琳たちが作業を進めているのを遠くから眺めていただけだった。置いていかれたと拗ねていた。いじけていた。引きこもった。でも、それで終わりは嫌だった。
 それに、と輝夜は続けた。
「私は姫なのよ? 永遠亭で一番偉いの。……泣き顔なんて見せられないんだから」
 輝夜は竹子に抱きついた。もうこうやって抱きつくことは二度とないのだとわかっていた。
 そして彼女は、竹子の最後の不安を取り除いてやることにした。
「もう一度、母さまと呼んで」
「……はい。母さま」
「もっと」
「母さま」
「もっと!!」
「母さま、母さま、母さま!!」
 ――またね、とは言えない。元気でね、とも言えない。
 彼女は死ににいくのだから。これは今生の別れで、二度とやり直せない出立なのだ。
 だから輝夜は別の言葉を送る。
「私の力、見せてあげる」
「はい。母さまはどうかお元気で」
 そして竹子はロケットの中に入っていった。ハッチがゆっくり閉まっていく。最後にみえた顔はとても穏やかだった。
 そして発射場には輝夜ひとりだけとなった。
 大きく息を吸って吐く。全神経を集中させると、すっと両腕を突き出した。
 ――永遠の反対は須臾だ。
 須臾とはすなわち隙間であり、他の存在が認識できないほどの一瞬のことだ。輝夜はこの一瞬を必要なだけ集めて、自分の時間として使うことが出来る。だがこの須臾をまだ芽が出たばかりの竹に使うとどうなるだろうか。
 発射場には若い竹の芽があちこちに生えていた。それはロケットの噴出口にも数本生えており、永琳の計算によれば、この数本で事足りるとのことだった。
 竹の幹は三カ月で二十メートルまで伸びるという。しかし、この三カ月を須臾の中で過ごさせたらどうなるだろうか。
 成体になった竹は須臾を解いた瞬間、この世界に干渉を始める。ロケットの下に生えていた竹の芽は一瞬で二十メートルに成長する。その速度はほぼ無限大である。
 竹が一瞬で伸びるその力を使ってロケットを空に飛ばす。これが輝夜の見送り方だった。
(今、須臾の影響下にあるのは、私とこの辺りにある竹の芽だけ。現実の一瞬で、私はこの竹たちと三カ月を過ごす)
 輝夜は感覚を鈍化させ、主観的な時間の流れを排除した。まわりの竹の芽だけがどんどん成長していく。噴出口下にあった芽はロケットと重なり合い、やがてロケットの高さを超える。しかし須臾に入れない現実の世界では、まだ芽は芽のまま何も変わっていない。
 輝夜のいる須臾の中だけで変化が起こっている。やがて解かれるその時まで、可能性のまま重なり合う。
 ありえないことだ。不可能なことだ。そんな現象はこの世界では観測されないはずだ。でも、だからどうしたというのだ。
 ――世界を騙せ!
 ――物理法則を欺け!
 ――観測されるはずのなかった嘘を見せつけてやれ!!
「竹子……」
 ふいに輝夜は、このまま竹子とずっと一緒にいたいと思った。この須臾を永遠に集めれば、彼女と永遠にいることが出来る。何者にも観測されない世界で、永遠を生きることが出来る。
 自分はそうしたいのだと思った。
『今のお前は過去のお前だ。お前は永遠に嘘つきだ。それでいいんだよ』
 でも、駄目だった。
 まだ駄目だった。
 やるべきことが、ちゃんと受け止めてやらなければいけない相手がいるのだった。過去に縛られたまま変わることが出来ずにいる相手がいるのだった。
「ふっ……!」
 そして須臾は解かれた。その瞬間、竹の芽たちが抑圧されていた三カ月を一気に解放した。発射場だった空き地に一瞬で竹林が現れ、蓬莱人でなければとても耐えられないようなる暴虐的なエネルギーが一帯を蹂躙した。
 その中で輝夜は爆発を見た。とても小さく、そうと説明されなければ爆発には見えないようなもの。永琳が設計し、極限まで隠密化した竹ロケット改の燃料噴射。
 花だ。まるで竹の花。
『ええっ、どこにあるのですか!? 小さな輝夜では見えませんっ』
 幼い頃のあの日、輝夜はおばあさんとその花をみた。とても小さく、そうと説明されなければ花には見えないようなものだった。
 今の輝夜は懸命に背を伸ばして、その爆発をもっとよく見ようとした。自分にはもう、見えやすいように抱いて持ち上げてくれる人はいないのだとわかっていた。それが別れなのだとわかっていた。
「ありがとう……!」
 ――ありがとう、竹子。
 ――ありがとう、おじいさん。おばあさん。
 ――ありがとう、みんな。
 ありがとう、ありがとう、ありがとう……、輝夜は繰り返し呟いた。もう幼い少女のような迷いはなかった。別れを受け入れる覚悟はできていた。それが責任と義務なのだと知っていた。
「さよなら」
 そしてロケットは見えなくなった。
 
 
 
 
◆終章:続・竹取物語
 
 
 ロケット発射からしばらく経った。永琳が女王陛下より賜った文書によれば、竹子は無事に月の都にたどり着いたそうだ。その後、彼女は少しのあいだ都で生活していたそうだが、やがて天寿を全うし、希望通りおじいさんのお墓に埋葬されたらしい。
 鈴仙は永琳から事情を聞いて輝夜と和解し、今まで通り良好な関係を続けている。共に竹子と深く関わった者だけに、彼女がいなくなってからは、よく二人で竹子の話をしているところが見られた。
「イナバ、この薬草は使えるかしら」
「はい、大丈夫ですよ。腹痛なんかに使える便利な薬草です」
 今、彼女は鈴仙と迷いの竹林で薬草採りをしていた。永遠亭にいても退屈なので付いて来たのだ。竹子がいなくなってからは、日常の空白をやけに味気なく思うようになった。
「はい。これも使える薬草じゃない?」
 手を出して、と輝夜は言う。信じ切っていた鈴仙は言うとおりにした。
「って、これ蛇じゃないですかっ! 騙しましたね!?」
「やーい、引っかかってやんの」
「もうっ、本当に姫さまは姫さまなんだからっ!」
 そのとき、輝夜の視線が竹林の奥に向いた。釣られて鈴仙もその方向を見る。白髪の女が木陰で休んでいるのが見えた。
 見つかるとまた揉めそうなので、鈴仙は輝夜を連れてその場を離れようと思った。
「妹紅!」
 だが名前を呼んだのは輝夜の方だった。急に声をかけられたので、あちらも目を丸くして驚いていた。やがて苦々しげに目を細める。
「ごめんなさい。今日はもうあなたを手伝えそうもないわ」
「えっ」
 鈴仙はぽかんと口を開けた。どういう意味かわかってしまったからだ。
「また今度埋め合わせをするから、今日は許してね」
「それは構いませんけど、姫さま……」
 輝夜はもう妹紅に向かって歩き始めていた。瞳に迷いは感じられないし、歩みはしっかりとしていた。むしろ楽しそうな気さえした。
 だから、もう大丈夫なのだと鈴仙は思った。
「もう、仕方ないですね。それじゃあ薬草採りは私ひとりでやりますから」
 ちゃんと夕ご飯までには帰ってきて下さいね、と小さく続ける。
 心配があるとすれば、それだけで十分な気がした。
「今日は逃げないんだな」
「うん。もう逃げるのは止めたの」
「そうか……。じゃあ、たっぷり殺してやるから覚悟しろ」
 妹紅は両手に炎を出した。それで焼かれれば蓬莱人だって熱いし、痛いし、死んでしまう。
 だけど彼女の心に燻っているものは、そうやって表に出さないと内側を焼きはじめてしまうのだろう。輝夜はそれがわかったし、受け止めてやることも必要だと感じた。
 もっとも、こちらが手を出してはいけないという法はないが。
「ねえ、妹紅。私ね、お手玉うまくなったのよ?」
「はあ? 何を言ってるんだお前」
「ううん。なんでもない」
 輝夜は首を振る。妹紅に向かって笑ってみせた。
 ぎりっ、と彼女が剥き出しの殺意を向けてくる。両手の炎が大きくなった。
 仕方がないので輝夜も蓬莱の玉の枝を取り出す。
(でも大丈夫。心配はいらない。永琳いわく永遠の猶予があるんだから……)
 千年かけてこじれたものは、千年かけて戻せばいいのだ。
 その気になりさえすれば、向きあう気になりさえすれば、いつだってそれは出来るのだ。
 だって千年前には一度出来たのだから。
 そう、だから気楽に――、
(歌でも歌いながら……)
 そして彼女たちの物語は続いていく。
 これから先もずっと、永遠に続いていく。 
 
 
 
 

読了ありがとうございました。
みすゞ
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コメント



0.簡易評価なし
1.7ばかのひ削除
素晴らしい 起承転結もしっかりしていて文章も味があり展開も文句つけ難いです
ただ、引きと前半が素晴らしすぎたために中盤の説明がすこし退屈に感じてしまいました。
(おばあさんなのは衝撃的でしたが)
なんにせよとても面白く読めました
2.9こだま削除
輝夜を軸とした様々な親子の形、堪能しました。
3.9無名削除
様々な材料を散りばめながらも、それぞれが上手く活かされながら物語を編んでいく様に感動を覚えました。
てっきり「親心」が中心になるかと思ったらその実重要なのは「変化」であって、しかし後半に異なる形でしっかり「親心」も関わってくるという……その巧さに恐れ入りました。
二転三転する展開の中に存在感を放つ安定の天才ぶりも個人的にツボでした。
4.7あらつき削除
途中、ギャグに逃げてしまった印象がありました。
付随して竹子の正体が分かった辺りのドタバタが、なんだか大長編ドラえもんの話の展開っぽい。
5.8mayuladyz削除
偉そうな事を言うけどごめんちゃい
アイディアは面白かった
でも途中から飽き気味になった(´・ω・`)
それは私が飽きっぽい性格だからかもしれぬ

ここからは感性の違いによるものなので参考程度にしてくれ

まず気になったのは冒頭
「待て輝夜!……」
でも少々インパクトが薄いと思った
輝夜と妹紅の特性や関係を知らない読者ならインパクトは十分だと思うが
二人を知っているとインパクトにならないと思う

それから構成(読者に情報を提供する順序)を
変えると良かったかもしれない
竹子の衝撃の事実発覚までは
私は飽き気味で何度かさじを投げそうになった(´・ω・`)
読者が先を読みたくなる(興味を抱く)
工夫が必要だと思ったが、具体例を出せなくてすまぬ

そして説明や描写が多いような気がした
悪い事ではないが、シーンによっては
心情は語らず風景で代弁したり
沈黙(情報を記載しない)してもよかったかもしれない
沈黙は金という言葉があるからね

最後に永琳がロケットのロマンを理解して面白かった(´・ω・`)V
6.4名無削除
本筋の話は意外性があって楽しめたのに、ロケットのあたりから違和感があって、クラシックを聴いている途中にメタルが流れてきたような気分でした。
7.9PNS削除
 若干説明的な文が多いとも感じましたが、真相が明らかになってからは前のめりになりました。
 オリキャラの正体、ウラシマ効果などはまさしく斬新で予想外。全部わかった後のタイトルにも納得でした。

 以下、これは脱字かと思われるのでお知らせいたします。
 >>足音は鈴仙達のいる部屋のまで止まる。→足音は鈴仙達のいる部屋の前で止まる?
8.8ナルスフ削除
いやあ、面白かったです。
序盤の輝夜の言動の無茶苦茶っぷりと妖怪で騒ぐ里人あたりでくじけそうになりましたが(人里に妖怪がいるのは別に珍しくもない)、中盤以降の話の展開はかなり魅力的。
竹子を中心としたいがみ合いやそれを乗り越えた絆を見て、竹子の正体にびっくりして、妹紅のエピソードもお話にうまく絡んできていて。終わり方も綺麗。
親であり子であるという稀有な状況なんですから、もうちょっと親としての竹子の姿も見たかったかも。
永琳がいまだに月の女王と繋がりを持ってるのはさすがにどうなんだろうと思いましたが、まぁ天才なら仕方ないか・・・。
竹子とおばあちゃんにそれぞれ謝りに行くのを決意するシーンの描写が同じだった演出は、なかなかにくいと思いましたね。
てゐさんはホントいぶし銀やで・・・。
ともあれ、ごちそうさまでした。
9.7道端削除
 これは……評価に迷うなあ。
 前半と後半、もっと言うならラスト以外の部分とラストで印象が大きく変わる作品でした。
 
 前半はつらかった。なんといってもこの輝夜のキャラが好きになれない。
 我がままで自分勝手で適当で、本当にイライラしてしまうキャラ。輝夜の成長譚でもある作品なんだろうな、とは早い段階で認識したものの、それでも彼女のようなキャラが主人公の話を、100kb以上も読むと考えると読む気があんまりしなかった。
 でも、終盤の展開は、そんなイライラを吹き飛ばすくらい好きでした。特に、輝夜の能力を使ってロケットを飛ばすシーン。成長した輝夜が、自分の力で、竹子を宇宙へ飛ばす。あのシーンに、この作品の要素がぎゅっと凝縮している気がしました。そして、そこまで来ると輝夜が好きになっている。
10.7生煮え削除
前半は輝夜が感情的すぎてちょっと好きになれそうにない話かもなと思っていましたが、話が展開していくにつれ竹子と輝夜のやりとりに心温まるものを感じて、ああ悪くないかもと思った矢先に急転直下でSFになったり果てはギャグが挿入されたりと、目まぐるしくてどう評価したらいいか戸惑いました。でも強引なまでのギャグが入れられたおかげで、湿っぽいはずの別れが爽やかで幸せなことのように思えて、もしそこまで計算されていたのだとしたら驚くほかありません。
全編を通して淡々とした雰囲気なのは悪くないのですが少しテンポが速いように思え、終盤のトリガーで前半の思い出に誘因する段になっても、少ししんみりはするのだけれど意外と心に響く度が浅かったので、そのへんがちょっと残念です。そのあたりのバランスは難しいものですが、溜めるべきだったシーンが軽快すぎたのかもしれません。
11.5きみたか削除
竹ロケットで胎児まで戻っても人間の寿命は変わらない、というのが面白い設定だと思いました。輝夜の母とその言葉がいい位置にあります。読みごたえはありましたが、冷静に考えると輝夜は姫と言っても従者一人なので、そこまでわがままにふるまえるかなあ、と。
この話にはロケットのロマンはいらなかった。
12.6がま口削除
あの輝夜さんが育児ノイローゼに罹ったシーンでは、この先どーなるんだ……とヒヤヒヤしましたが、まさかのキャスティングとラストに度肝を抜かれました。
普段はのほほんとしているようで、過去に色々あった人達なんだよなぁ、と再確認しました。
13.5エーリング削除
時間切れ。申し訳ないです、詳しい感想は後で書きます
14.6K.M削除
気の長い、長い話で。
15.8時間が足りない!削除
時間が足りないので、感想は後日に。申し訳ないです