第十三回東方SSこんぺ(アメリカ)

ハグの国

2014/03/08 22:06:21
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『告
 幻想郷におけるあらゆる挨拶の代替として、ハグを奨励する
                                    八雲 紫』


 これが、後の幻想郷の習慣をまるっと変更し、同時に様々なドラマを生み出した触書きの原文である。

 触書きは突如、あらゆる所に設置された。
 人里は勿論、主要な街道沿い、魔法の森入り口、迷いの竹林、妖怪の山山門、博麗神社前、無明の丘にその周辺。
 郷の住人も野山の住人および住妖も、あまねくその触書きを読み、内容を確認した。
 だが、理解には至らない。難しい所はここだ。

「……ハグって、何だ?」

 郷の住人はカタカナ語に疎い者が多い。そのへんをふらふらしている妖怪達は言わずもがな。
 だが触書きには妖怪の大賢者かつ権力者の署名。しかも事は毎日の挨拶に関わる事らしい。
 触書きの意図は不明だが、挨拶を変えろと言っているのは分かった。
 そこで住人達は行動を起こした。
 幻想郷にも、一般人になじみ深い知識人は多い。寺子屋の戸を叩き、貸本屋に詰めかけ、一部の人間は稗田邸へ質問状を送った。
 曰く「ハグとは何ですか。新しい挨拶なのですか」と。

 慧音は、辞書を引いて「ええっ!?」と目を丸くした。
 小鈴は外来本からハグの意味を知っており、理解しがたい習慣であるという心境を前置きに本の写真を交えて説明した。
 阿求は懇切丁寧な返事をしたためたが、その頬は熟れたほおずきの様に真っ赤であった。
 そして、ハグなる行為の意味がようやく住民に浸透した。



「つまりあれだろ。出会い頭に人に抱きつけ、ってことだよな」

 そう魔理沙は興味深げに、最近の話題を述べる。
 内容はもちろん、ハグのことだ。魔理沙が湯飲みを取り上げてずずずとお茶をいただくと、その背後に来た霊夢は、はぁ、と呆れたため息をつく。

「まったく。紫の頭ん中は度し難い。そんなこっ恥ずかしい挨拶が定着するはずないじゃない」

 そう郷の大多数が思っていることを代弁して、霊夢は縁側に座り込む。手には海苔煎餅のおかわりがあった。
 ハグとは、すなわち抱擁のことであった。それを挨拶代わりということは、魔理沙の言った様に「こんにちは」と言いながら日常的に誰とでも抱き合うことを意味する。
 人前で手をつなぐのも気恥ずかしいと感じる日本人の奥ゆかしい国民性で、しかもお触れは『命令』ではなく『奨励』だ。
 現に人里民の反応もおおむね霊夢の言った通りで、触書きが公表されて数日たった今でも、特に挨拶の変化は見られない。
 このあまりの無意味な所業に、魔理沙は疑問だらけだった。

「そうだな。なんで紫はこんなお触れを出したんだろう。ただの暇つぶしか?」
「その可能性が大だけど、あれの行動が完璧に理解できれば苦労はしないわ」
「はは、その通りだぜ」

 魔理沙は苦笑し煎餅に手を伸ばすが、霊夢に睨まれた。誰のおかげでおかわりを持って来る羽目になったんだ、という自重を促す視線だった。
 魔理沙が手を引っ込めると、霊夢が口を出した。

「というか、ハグが挨拶ってそもそも何なの? 別にお辞儀でいいじゃない」

 霊夢のもっともな意見に、魔理沙が返答をする。

「ああ、何でも外界のアメリカって国じゃあ、この挨拶がお辞儀並に当たり前なんだってさ。
 ただの知り合いだろうが人目があろうが構わず抱きつき合って、特に親しい間柄だとキスまでするらしいぞ」
「……世界は広いわね」

 さすがに好奇心旺盛な研究者肌だけあって、魔理沙の情報網は足が速い。
 その情報に、霊夢は奇矯な異文化に触れた文化人的な感想を述べた。

「まぁ、そのうち風化してお触れの事すら忘れ去られるだろ」

 魔理沙の現実的な予想に、霊夢も「そうね」とあっさり流してお茶を飲む。



 だが、事態は予想と違う方向に転がり出す。
 このお触れに対し、興味を示す一団が現れたのだ。

 一つは紅魔館。
 吸血鬼が住まうこの館は、幻想郷でも珍しい洋館。当然家族、使用人を含めた全員が洋風の生活スタイルを貫いている。
 そしてこの館の主ことレミリアは、無類の新しいもの好き。貴族は退屈しているという常識を自ら破ることに余念がない。
 そんな一派がこの触書きに、文字通り触発されるのにそう時間はかからなかった。

 まず数多いる妖精メイド達に、メイド長たる咲夜が代弁するレミリアの言葉が命じられた。
 これからは抱っこで挨拶しなさい、と。
 この命令はすんなり受け入れられた。元々人目を気にしなく、妖精同士のスキンシップは当たり前の種族だ。
 メイド妖精の皆は会釈の様に気取らなくてよい、おおらかで優しいこの挨拶方式をいたく気に入った。

 大多数がやり始めると、不思議と気恥ずかしさも薄れていく。
 思ったより好評だったので、レミリアは自分でもやってみることにした。
 朝起きて、咲夜にぎゅー。
 パチュリーはベタベタがあまり好きではないので、軽くぎゅっ。
 紅魔異変以来、館内を出歩く様になったフランドールにも当然ぎゅーっとしてやる。

 するとどうだ。館の空気が見違えるほど良くなった。
 メイド妖精達にはくつろいだ笑顔に溢れ、職場の風通しが良くなり、誰も仕事を大雑把に済ませなくなった。
 中々輪に馴染めない妖精もいたのだが、すんなり仲間に溶け込んだくらいだ。
 これには、メイド教育に手こずることもあった咲夜もニコニコだ。

 咲夜といえば、毎朝主から頂けるおはようハグが、最早人生の生きがいとなっている節が見られた。
 むにゃむにゃと上半身をベッドから起こすレミリアが、両手をすっと前に出す。咲夜がベッドサイドから身を乗り出し、背中に手を回してぎゅっと抱き合う。
 するとレミリアは咲夜の耳元でこう呟くのだ。「咲夜、おはよう。ぎゅー」と。
「今朝お嬢様の部屋から出てすぐの廊下で、咲夜さんが鼻血を噴いていたのを見た」というメイド妖精の目撃証言も頷けるだろう。

 他にも良い効果は高まる。
 パチュリーの表情が、何となく柔和になった気がする。小悪魔もハグをしてもらったらしく、生き生きと働いていた。
 フランドールの情緒が安定してきた。日に何度もハグを求め、その間はとても穏やかな表情で目を閉じているのだ。
 もちろん、門番の美鈴と咲夜も同僚だから挨拶をする。
 ただ、一回ハグを始めると一分以上は抱き合っている。そこには、挨拶にかこつけた機微が見え隠れしていた。
 ともかく、ハグは紅魔館にとてもいい変化をもたらした。

 意外な所では、命蓮寺の庵主 聖もまたこのハグ条例に食いついた。
 命蓮寺は人間の住む人里に本拠を構えているが、妖怪の入信も積極的に行っている。
 聖は妖怪と人間が互いに理解し合い、種族の垣根を越えて手を取り合う世界を理想として活動している。
 そんな聖がまず実践していることは、とにかく他者と打ち解ける事だ。文字通り博愛の精神で、人妖関係なく交流を結んでいる。

 そんな交流を始めるきっかけとして、ハグはまさに画期的な挨拶であった。
 まず両手を見せて武器や敵意が無いことをアピールし、体を密着させることで攻撃の間合いを取らないことを宣言することは、怯えや疑いを持った相手に有効な態度である。
 何より便利なことは、実は抱擁という行為は妖怪にも共通した意味合い、すなわち親密や安らぎ、愛情を示す行為であり、言葉を介さなくても想いが伝わるという点である。
 聖はその辺の効能や理想を寺の同志に説き、「まずは私達から実行すべきです」と提案した。
 その提案に初めは皆難色を示したものの、とりあえず修行だと思って身内から……ということで実践を始めた。

「おはようございます!」
「はい。おはようございます。響子ちゃんは今日も元気ね」
「お……はよう、ございます」
「おはようございます。一輪、動きが固いですねぇ」

 天真爛漫な響子は何も臆することなく聖に抱きつく。しかし奥手の一輪にはハードルが高いようだった。
 その横では、村紗と星がやぁやぁと背中を叩き合いながら挨拶している。

 命蓮寺の日常は、和洋が折衷するいささか珍妙なものに変わった。
 始めは聖人である聖のお体に触れるなんて、と緊張気味だった寺の一員も、今やすっかり慣れた。
 元々家族同然の付き合いをしてきたのだ。一輪もその内うっとりと聖と抱き合う様になっていった。

 この姿を、当然信者や人里の住人は目撃している。
 その目にあるのは、見ているこっちが恥ずかしいけど、何だか幸せそうだなという概ね肯定的な心象だった。
 すると里の子供たちが、あの人は抱きついていい人だと学習したらしく、遠慮なく聖に飛びつくようになった。
 そうすると聖は母親の様な笑みを浮かべて抱っこし返し、そのままありがたいお話を聞かせてやる。

 そんな微笑ましい様子を、ぬえは物陰からつまらなそうに眺めていた。

(なんだいなんだい。人間とべたべたしちゃってさー。聖は妖怪の味方じゃなかったの……)

 ぬえは聖が楽しげな子供たちに取られたと思って、面白くないのだ。
 不機嫌にため息を吐いてその場を離れようとしたその時、聖に姿を見とめられた。

「あ、ぬえ。こっちにいらっしゃい」

 そして呼ばれた。ぬえはげぇ、と思う。
 よりによってあの仲良しこよしな集団の真ん中に近寄らなくてはいけないと思うと、ぬえはげんなりした。
 しかし呼ばれて行かないのも感じが悪い。ぬえは渋々日陰から陽の当たるそちら側に歩いて行った。
 聖はにこにこしていたが、子供たちは知らない妖怪のぬえに人見知り全開で聖にしがみついていた。
 明らかにぬえのことを警戒している。

(ほらこれだよ。だから行くのは嫌だったんだ)

 ぬえは心中で悪態をつくが、実はずきんと心に小さな傷が発生していた。
 すると、聖はこんなことを周りの子供たちに言う。

「この子はぬえと言います。皆、挨拶してあげて」

 そう聖が言うと、聖の顔を見上げていた一人の女の子がぬえに近づき、おずおずとハグの体勢を作って挨拶する。

「こ、こんにちは」

 ぬえは驚いた。正体不明でおどろおどろしい化け物の自分に矢を射かけるのではなく、こうやって接してくる人間は初めてだったのだ。
 戸惑いつつも、ぬえは女の子以上に緊張してハグしてやる。子供の体は華奢でとても小柄だったが、熱の塊の様に温かかった。

「……こんにちは」

 ハグの挨拶は初めてだった。立案された当初から意地を張って、死んでもやるもんかと思っていたのだが、何故かすんなりとできた。
 すると子供たちはわっと集まって、代わるがわるぬえに抱きつき始めた。

「わっわっ!?」
「こんにちは! すごい、きれいな羽」
「お姉ちゃん空飛べるの?」
「え、まぁ一応」
「うわっ! 蛇だ。ねーちゃん蛇の妖怪なの?」
「違う! 私は鵺。この蛇みたいなのは正体不明の種。これで私はありとあらゆる姿になれるのよ」
「変身できるの!? すっげー!」
「見せて見せて!」

 屈託なく質問攻めにする子供たちに、ぬえも得意げに能力の紹介をする。
 もうすっかり打ち解け、ぬえの人間や仲の良い集団に対するコンプレックスが薄れていた。
 ぬえの様な大妖と人間の子供達が気も置けなく遊ぶこの姿こそ、まさに聖の理想と合致していたのだった。



 紅魔館に命蓮寺。妖怪側と人間側の二大勢力がハグを推進し、しかもいい結果を出している。
 必然的に、この習慣がだんだんと大多数の民に降りてきた。

 大妖精とチルノが抱き合って挨拶していると、妖精と親交のある小さな妖怪、具体的にはリグルやルーミアが真似しだす。
 吸血鬼の姫がやっている習慣にあやかろうと、そこそこの力を持つ妖怪が自身のコミュニティの中でハグを挨拶にする。
 人里では言わずもがな。命蓮寺から子供たち、その親御から親戚・友人とハグの輪はじわじわと広がって行った。

 そして、これが現在。

 ちりりん、と鈴奈庵の玄関鈴が鳴る。

「はーい、いらっしゃい」
「はい、今月の返却分」

 小鈴はお店の挨拶をしながら、阿求は本をどさどさと置きながら、自然とハグをする。
 ぽんぽんと二、三度背中を叩いてから体を離し、いつもの様に阿求はソファに腰掛けて妖怪談義に花を咲かせ始めた。
 するともう一人、店内に客がやってきた。

「邪魔するぞい」
「あっ、お客さん!」

 長髪に木の葉の髪飾り。丸眼鏡が似合う和服姿のその客は、小鈴憧れの客であった。
 その正体は化け狸のマミゾウなのだが、小鈴は黄色い声を上げてマミゾウにハグを求める。
 マミゾウも「おー、久しぶりじゃの」と大人の余裕を醸しながら、抱きついてきた小鈴の勢いを利用して一回転して受け止める。
 そんな様子を、阿求は苦笑いで見つめていた。

 少し離れた所では、真っ赤な顔の慧音と妹紅が壊れかけのカラクリ人形の様に大変ぎこちなくハグの挨拶をしていた。
 人里の住人もさすがに出会う人全てにハグしている訳ではないが、友人の紹介で知り合ったばかりの間柄でも、ハグする人は平気でしている。
 里の外れでは湖畔に屈んだ影狼と、湖に半分浸かったわかさぎ姫が抱き合うというやや組体操の様にひねった体勢で挨拶し合う。

 永遠亭の薬師である永琳は、輝夜とハグすると心拍が落ち着き、気持ちが穏やかになると気付いた。
 そこで邸内に数多いる兎たちにハグをさせ、その健康状態をつぶさに記録。
 結果、ハグは兎、そして人間の健康に良いと論文をまとめ、人里の医者を大いに沸かせた。
 そしてその発表を耳にしたこころは、ハグは気持ちいい感情を学ぶのに最適だと解釈し、そこらじゅうの人にハグを求めて神子をやきもきさせた。

 妖怪の山では河童が盟友の習慣をしっかり河童淵で浸透させてから、もっぱらハグは議論対象と新聞のネタになっていた。
 天狗社会では風紀がどうこう伝統が云々と賛否があったが、休みの日に個人的にハグする分には別にどうということはなく、仲の良い天狗同士はハグするのが流行りとなった。
 ちなみに、その流行りを作った仕掛け人の一人でもある文は、椛に挨拶と称して大接近。頭やら首筋やらお腹やらを撫でまくって椛を腰砕け状態にしたという。
 守矢神社では、早苗が神奈子と諏訪子、三人同時にハグする手法を考案して神の疑問符をかっさらったりもした。
 何故三人同時に? その問いに対して、早苗はこう答えた。

「御二柱どちらから先にハグするかの順番を決めるなんて、私にはできません。
 どちらも私にとって大切な神様です。三位一体の守矢神社だからこそ、同時にハグをしたいじゃないですか」

 その答えを聞いた神奈子と諏訪子は、早苗を間に挟み込む形でぎゅうぎゅう抱きしめながら頭を撫でまわしたという。

 そして花の妖怪から古道具屋の店主までハグの挨拶が当たり前になった昨今、ついにあの二人も異文化と触れ合うこととなる。

「……おう」
「……うん」

 いつもの神社にいつもの二人。
 霊夢は箒を片手に魔理沙を見つめる。対する魔理沙は照れ隠しの様に帽子に手を当て、深くかぶり直す。
 そのまま、しばし無言の時間が流れる。
 でも、このままじっとこうしている訳にもいかない。友人同士が挨拶しないのは不自然だ。

 魔理沙から、意を決したようにそろりと近づき、ゆっくりと手を伸ばす。
 壊れ物の彫像を扱う様にそっと霊夢の腰元に両腕を回して、背中を抱きとめる。
 霊夢も、箒を片手に持ちながらであるが、魔理沙と同じように丁寧に抱擁し返す。
 そのまま、魔理沙はそっと霊夢の耳元に呟く。

「は、はーい。はうあー、ゆー?」
「……何それ」
「こ、これが正しい作法なんだよ!」

 魔理沙はぱっと霊夢から離れると、わたわたと変な言い訳をする。
 どうやら霊夢と密着しているという状況に耐えられなかったらしく、変なタイミングで自ら茶々を入れてしまったらしい。
 霊夢は「今の呪文みたいなのが?」と不思議そうに返しながら、おかしかったのかフフフと笑みを浮かべる。
 その反応に魔理沙の胸がトクンと小さく弾け、これが挨拶の魔法なのか、と一人悶々としてしまうのだった。



 ここにきて、ようやく郷の住人はお触れの真意をこう分析した。
 あのお触れは、郷の人間や人外、あるいはその両方との結束を強めるためのものだったのではないか、と。
 昔の住人には、他人に対する一種の垣根があった。この垣根は己を危険から隠すには最適だったが、その分周りを見て見ぬふりをして過ごしてきた。
 だが、ハグの登場でその垣根に間口ができた。
 眼を開いてよく観察して、手を開いて受け入れて、心を開いて会話する。
 直近の異変で幻想郷があやうくひっくり返りかけたが、その時対抗できるのは、こうした住人の繋がりなのではないだろうか。
 そんな繋がりを再確認させ、あまつさえ再構築させてしまうなんて、なんて先見の明を持ったお触れだったのだろう。

 さすが妖怪の大賢者殿だ。このお触れは歴史に残る大革命だ。

 そう里の知識人や聡い妖怪たちは一様に脱帽し、今日も開かれた挨拶で繋がりの輪を広げるのだった――









「――紫様。ハグの件についてですが、認知度および実施率が9割を超えました。
 最早、普通の挨拶として定着しているものとみて間違いないかと」

 そう紫の式神、九尾狐の藍が書類を確かめながら統計結果を報告する。
 八雲邸の座敷にて差向いに座る紫は、その内容に満足げに頷いた。

「補足ですが、里では一部の知識層が、これは革命だ! なんという労わりと友愛じゃ! と紫様を賛美する声もあがっております」
「あらあら。仰々しいのは結構だけど、危険思考にならないといいわねぇ」

 まるで他人事の様に語る紫。自分の政策に対する評価は全く気にならないらしい。
 そんな素っ気ない紫に、藍はついにあの質問をぶつける。

「紫様。どうしてハグを挨拶にしようとお考えになったのですか?」

 そう、当初から語られていたもっともな疑問を藍は解消しようとする。
 すると、紫は妖艶な笑みを浮かべてそろりとスキマを開く。
 そのスキマは紫の下半身を飲み込み、紫が紫たるお決まりの姿へと変貌する。

「どうして、ですって? ふふ、藍だって予想ついているでしょう」

 かぱぁ、と開かれた口から、少し糸切り歯が覗いた。だが藍は平然と正座している。
 その落ち着きに業を煮やした様に、紫の体がスキマに沈んだ。
 瞬間、スキマは藍の背後に出現し、そこから生えた紫の腕が藍の両肩を捕える。

「はっきりさせたいなら、教えてあげる。それはね」

 紫の手が肩から首、さらには頬へとつたう。紫の顔面が藍の背から耳元に近づき、吐息を感じられるほどの距離に縮まった。
 そして


「それはね……藍とこうしたかったから」


 そう恋人と二人きりの様に甘い猫なで声をあげて、藍に寄り添う紫。
 正確には藍の肩越しに藍の胸を抱いて、自らの上半身をぴったりと密着させる姿勢となる。
 藍はそんな紫の豹変に微塵も狼狽せず、くつくつと喉を鳴らして紫の手をこちょこちょとくすぐってやる。
 紫は「んふふ~」としまりのないご満悦な表情だ。

「紫様、まだ諦めていなかったのですね。私と人前で睦み合いたいという願望を」
「だって、ねぇ。見せつけたいじゃない」

 そう陶然と目を閉じて体重を藍に預ける紫。藍はやれやれと小さく肩をすくめる。

 紫は藍に首ったけで、当然いつでもどこでも手をつないだり腕を組んだり、抱っこしたりされたりしたいのだ。
 でも藍は郷の住人の前で、そういう行為をされるのを嫌がっていた。
 紫様が嫌いなわけではない。ただそんな浮ついた姿は、紫様の威厳を落とす可能性があるからして欲しくない、というのが藍の弁だ。
 しかし、そんな理由で納得する紫ではなかった。

「ハグの挨拶がうまく浸透したお陰で、人里でもどこでもハグしていたって目立たないでしょ。
 ただの挨拶、お辞儀にしか見えないからね」

 そう、全ては紫の思った通りの展開に持って行くためだったのだ。
 ハグを挨拶にすれば公然といちゃつけて、なおかつ威厳は落ちないという単純で大胆な策だったのだ。
 これには藍も負けた。主の欲望を受け入れるしかない。

「郷の住人、特に紫様を偉大な指導者だと思っている人には、とても真実を伝えられませんね」
「いいの。結果的に様々な所で絆が深まったみたいだし、これは藍と私だけの秘密ってことで」

 藍が呆れたように紫の利己的な行動を皮肉るも、イタズラっ子の様に語調を弾ませて二人だけの秘密とのたまうのだから、紫には敵わない。
 かくいう藍も、自分の為に人々の習慣まで変えさせてしまった紫の愛情に、一種の悦びを感じていた。
 自分も紫様に毒されてきたのか、それとも傾城とまで謳われた九尾時代からの性なのか。
 ともかく、満更でもなかったのだ。

 すると、紫が引っ付いたままこう藍に話しかける。

「さて、行きましょうか」
「? どちらへ」
「決まっているでしょ。人里にデートよ、デート」

 おお、と藍はたじろぐ。もう本懐を遂げようとやる気満々らしい。
 でも、そういう自分の意志に対して全力で忠実なところも含めて、藍はお慕い申し上げているのだ。
 藍は口角を上げて、紫を喜ばせる言葉を紡ぐ。

「そうですね。ちょうど梅花の見ごろですし、お茶屋さんにも寄りたいですね」
「うんうん。それから」
「今日は……いえ、今日からハグくらいは、人前でもしていいですよ」
「んー! 藍、好き」
「ちょ、あっ! それ以上は駄目ですからね!」

 唇をむちゅうと尖らせて濃厚なスキンシップに移行しようとする紫に、藍は本気で自重して欲しいと懇願する。
 藍はこれから紫と過ごす日々を想像して、げっぷが出そうな程甘い蜜の生活をリアルに想像してしまうのだった。



 ここは幻想郷。
 アメリカ大陸の様に何でも受け入れる、とある権力者が作り上げた新天地。
 そして、各人が貪欲に開拓することで成長を続ける夢の郷。

 今日も幻想郷は姿を変え、進化し続ける。
 誰かが面白いと思った方向に向かって、ゆっくりと、ゆっくりと――


          【Fin】
男女のハグ  :今や普通。仲良さそう。爆発しろパルパル!
女同士のハグ:まぁ、いいんじゃね。仲良さそう。女子ってそういうスキンシップ結構やるよね。
男同士のハグ:うわぁ……。仲深そう。ただしイケメン同士は別の需よ(ry
 ↑ここの意識が変わらぬ限り、日本にハグ文化が浸透するのは難しいかも……

ここまでのご精読、ありがとうございました。
がま口
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コメント



0.簡易評価なし
1.10リペヤー削除
すんげえ和みましたw
レイマリ! めーさく! 色々いっぱいハグで幸せそうです。
文句なしに満点を!

そして紫さまww
2.6完熟オレンジ削除
流石は紫様ですね。あと、レイマリハグご馳走さまです……。
3.6百円玉削除
なんだか思考実験のようでした。
最初、ハグなんて挨拶がどう広まるんだろうと訝っていたのですが、紅魔館の辺りですでにニヤニヤしてしまい(レミリアお嬢様の寝ぼけハグは可愛すぎる!)、守矢神社の神様サンドでもはや何故現実ではこう上手くいかないのかと真面目に考えてしまう始末。本当になんでだろう。
読み進めているうちに、読んでいるこちらもだんだんと打ち解けられるようなお話しでした。
紫様の身勝手だとは思ってましたが、なかなかやはり、身勝手フロンティアを裸足で闊歩されていらっしゃる。仲が良いのは、素敵なことですね。
4.9ばかのひ削除
これはうまい
いいお題の使い方と王道なオチ 素晴らしい
5.5名無し削除
タイトルが一瞬、「ハゲの国」に見えた私は全力で作者さんに謝罪のハグをしたい。
6.5烏口泣鳴削除
里全体の様子を書いてあったのは良かったけれど、最後があまりに恋愛に傾倒しすぎてちょっと。個人的にハグ文化で嫌な思いをしたばかりなのもあって。
7.10ヨハネ削除
とても心温まるお話でした。続きも書いてくれればとてもうれしいです。
8.5エーリング削除
ゆからんというオチとはちょっと驚きました。実に甘々な幻想郷、堪能させていただきました。ボディタッチに癒しの効果があるのは確かですが、男同士は憚られますねえ
9.3みすゞ【5点満点】削除
少々物足りなさはあったものの、きれいにまとまっていたと思います。面白かったです。
10.4がいすと削除
あ、ほのぼのだこれー。
何かもっと奇妙奇天烈摩訶不思議なことが起こるのかと思って読んでしまった・・・・・・
あとがきにあるとおり、そんなに珍しい光景に思えないというのがインパクトに欠けてしまうかも?
キスぐらいしまくって欲しかった感じかも。
11.4ito削除
ハグに対して抵抗感を持っていた幻想郷の住人が、次第に他文化を受け入れていく様子がほほえましくて良かった。
ハグが各々の陣営で受け入れられていく流れは、ちょっと変わった自己啓発本の「こうすれば必ず上手くいく!」みたいな感じにも似ていて楽しかったです。
紫がハグを奨励する理由に深いわけがないのも紫らしい感じだと思いました。
12.4あらつき削除
かわいい
13.6みく削除
みんなかわいくて良かったです。
魔理沙は案外ノリで真っ先にやりそうな気もしました。
14.8ナルスフ削除
ほっこりする話だった。みんなかわいくて幸せ。
やっぱりスキンシップって大切だなぁ。
わかっちゃいるんだけど、ああ日本人・・・。
15.8deso削除
面白かった。
各者各様可愛いですw
16.7文鎮削除
紫様は本当に頭の良いお方…
それはともかく、ハグって良いですね。挨拶だけでなく、悲しい時などもハグをすると心が安らいでいきます。
女性同士のハグはけっこう見かける気がするので、後はあとがきで述べられているように男性の意識の問題でしょうか。
つまり、女性キャラクターが多い東方の世界ではこのお話のようにもっとハグが一般的になるべきですねっ!
17.8あめの削除
みんな可愛い。特に霊夢と魔理沙、この二人のやり取りだけでご飯三杯はいけます。
話の筋もわかりやすいし、とても面白かったです。
18.9右の人('A` )削除
段々と幻想郷にハグは浸透する様が暖かく優しく描かれていて、読んでいて嬉しくなりました。特に魔理沙と霊夢が、可愛くてしょうがありません。
紫様は本当に賢いお方……。
ところで、これ、御題がロシアだったら……、どうなっていたでしょうか。>男同士のハグ
19.8めるめるめるめ削除
なんだろう、なぜか不思議なほど幸せな気分になれる作品でした。
紫の動機がすこし拍子抜けで残念でしたけど。
20.8このはずし削除
まさかのゆからんオチ! 全体を通して、まとまってて凄い。
あと照れる霊夢と魔理沙が特に可愛かったです!
21.5名前無し削除
取り急ぎ、点数のみで失礼します。
22.2白衣削除
日本人は公衆の前面では基本、保守的っぽいですからね。
23.6K.M削除
なんという独善的な理由だw