第十三回東方SSこんぺ(アメリカ)

アカい悪魔と呼ばれて

2014/03/09 21:45:49
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 その日もレミリア・スカーレットは良きアメリカ人として床から起きた。すっきりとした目覚めだった。大きなベッドに連れ合いの影は既に無く、代わりに微かな体温とシーツの皺が残されている。レミリアはベッドサイドのスリッパを突っかけベッドから降りた。部屋を出るなりフランと出会し挨拶を交わす。
「おはよう、フラン」
「おはよう」
 板目を軋ませる音を引き連れ階段を下りリビングへ出た。朝食の良い匂いがした。パンの焼ける匂い、スクランブルエッグはバターがたっぷり、それとベーコン。アメリカの朝食だ。パチュリーと使用人の美鈴が台所で働いていた。最後の一品がテーブルに上るまでの間、レミリアは新聞を読む。今日も新聞はソ連の核実験とアメリカ国内に潜んだ共産党員の話題でいっぱいだ。良くない事だ。今はアメリカ全土が共産主義者の脅威の内にある。レミリアは善良なアメリカ人としてそうした状況を恐ろしく思った。フランはテレビのアニメ番組をじっと見ている。その様子を見てレミリアは新聞をたたみ微かに微笑んだ。そうしている間に最後の一品が出来上がった。レミリアは一度立ち上がりテレビを消すとまた食卓に着く。フランは少し不服そうだがレミリアは気にしない。食事中はテレビを付けないとレミリアは決めていたのだ。全員が食卓につくとレミリアは簡単なお祈りをする。最後に「アーメン」の声が重なるのを確認してからそれぞれが食べ始めた。
「フラン、勉強はどうだ?」
 ベーコンを切りながらレミリアが尋ねる。
「ちゃんとやってる」
「そうだろうとも、でも勉強だけじゃなくて他の事もしなくちゃいけないな」
 レミリアはフランドールを見つめる。フランドールはレミリアから視線を外しながら言った。
「フットボールとか?」
「その通り」
「レミィ、フランはやりたくないと言ってるのよ」
「パチェが口を出すことじゃないだろう、アメリカ人であるからにはフットボールをしなくちゃ嘘だよ。体を鍛えるんだ、引きこもってばかりは体に良くない」
 俯くフランドールにレミリアは更に視線を送った。
「決まりだ。今度の日曜日、道具を揃えに行く、フランも来なさい。大丈夫、これでも私はフットボールが上手だったんだしお前もきっと良い選手になるさ」
 レミリアが言い終えぬ間にフランドールとパチュリーは密かに視線を交わすがレミリアは気がつかなかった。パチュリーは今回もこの話をうやむやにしてしまうつもりだ。レミリアは今、棚に飾られたトロフィーや盾を指さし、過ぎし日のフットボールの思い出を三割ぐらい盛って話していた。美鈴はそうしたいざこざには関わらないことに決めている。かつてこの問題に意見を求められたとき美鈴は言葉を忘れたふりをした。彼女は今、黙々と食べている。これでも普段は陽気なたちなのだが。
 レミリアは自分の思い出を語りながら鼻の奥がツンとするのを感じた。レミリアがフットボールをやっていたのは随分前の話だ。もはや帰らぬ人となった当時の仲間を思い出しレミリアは話すのをやめ、また食べ始めた。
 朝食を平らげ、食後の紅茶を飲みながらレミリアは今の生活へ思いを馳せた。かつて、斧を振り回す大統領が南部の吸血鬼をあらかた殺し、当時の仲間のほとんどが死んだ。およそ100年前の話だ。生き残った者はヨーロッパやロシア、東洋へと逃れもう会うことはないだろう。その後、斧を振り回す大統領が西部のインディアンに目を向けている間、私は北部へ紛れ込む事が出来た。苦難の日々だった。テキサス生まれの吸血鬼が北部の人間に紛れ込みのは並大抵の事ではない。慣れない都会の暮らしに最初は随分戸惑ったものだ。職探しに伴う苦労は思い出したくもない。だが今はこうして一戸建てに暮らし、使用人がいる生活を享受している。全てとはいかないが多くの事が丸く収まった。ときどきだがテキサスにいた頃のように血を吸いたくなる。あの頃は牛の血をよく飲んだものだ。だが、よしておこう。今の生活に引き替えられるものなどありはしないのだから。
 レミリアは再びトロフィーや集合写真に目を向ける。レミリアは悲しい思い出を打ち消すために楽しい事を想像しようと努め、フランドールがフットボールに興じる様を思い浮かべた。レミリアは微かに微笑んだ。不意に背中から声が掛かり驚いたレミリアは熱いコーヒーの澱まで飲んでしまった。
「時間はいいの?」
 パチュリーに言われてレミリアは身支度を始めた。歯を磨き、顔を洗って髪型を整える。シャツに袖を通しズボンをはいてジャケットを羽織り後は帽子を被るばかりだ。羽を隠すのを忘れていた。これは吸血鬼が今のアメリカで生きるには必須の技能で念入りにやらなければならない。
「フラン、私はもう出るよ」
 玄関まで来てレミリアが声を上げる。すかさずパチュリーとフランドールが駆け寄ってきて頬に口付けを落とし、フランドールの手が帽子を渡した。
「それじゃあ行ってくる」
 「行ってらっしゃい」の声を背にレミリアがドアを閉じ、ソフト帽の位置を直す。庭では美鈴が芝生を切りそろえているところだった。美鈴はレミリアを認めるとニコニコとしながら「行ってらっしゃいませ」の言葉を掛ける。レミリアは声に応えながら芝生の目を見つめ、土曜日に家で催すバーベキューパーティーについて考えていた。
 ガレージでレミリアはフォードのボンネットを愛おしげに撫で、それから乗り込んだ。かれこれ10年近く乗っている。エンジンの音に異音が混じるのが最近目に付き、その度レミリアは憂鬱になる。買い換える余裕はあるのだが。古くなった革張りのソファーが柔らかくレミリアを抱き留める。レミリアは微かに身を乗り出しラジオのスイッチを入れる。ミラーから吊した赤いコウモリのストラップに軽く触れる。幸運のおまもりだ。
 R&F商会のオフィスは車で10分ほどの場所にある。レミリアは10分程の道のりを朝の渋滞の中、30分掛け進んだ。ようやく辿り着いたビルの脇に車を止め階段を上る。煉瓦の壁を手で触れながらレミリアはコーヒーの匂いを嗅いだ。ドアを開け、オフィスに入ると秘書の咲夜が一礼する。デスクの上でコーヒーカップが湯気を立てていた。レミリアは「ありがとう」と応え無数の書類から一つ選び出しにらめっこを始めた。R&F商会の主な取引先は主に日本や朝鮮、中国といった東洋の国だ。特需の折には咲夜の日本語が大活躍した。在庫の確認をしていたレミリアは咲夜が下がるのを確認すると引き出しからコーヒーミルクに砂糖を取り出したっぷりコーヒーへ加えた。レミリアはコーヒーが苦手だ。なんとはなしの見栄が邪魔をして咲夜には言い出せずにいるが。たっぷりのミルクと砂糖が入った熱いコーヒーを一口啜り、レミリアは出先で起きた間違いを思い出し、それから濡れた唇に触れた時の興奮を胸の内に蘇らせる。口元が緩んだレミリアは熱いコーヒーで舌をやけどしシャツをコーヒーで汚した。
「クソッタレ!」
すかさず咲夜が現れてシャツを濡れたふきんで拭いコーヒーミルク二つとスティックシュガー五本の殻をゴミ箱に捨てる。コーヒーミルクとスティックシュガーの殻が捨てられるのを見ながらなんとはなしにレミリアは赤面し、咲夜はレミリアの見栄を察して笑いそうになった。咲夜が紅茶を淹れるようになるのはまだ先の話だ。
 その日、一日の業務が終わりレミリアは帰途についた。いつもどおり、お祈りをしてから夕食を食べ、他愛のない話をした。パチュリーの提案で日曜日は久しぶりに教会へ行くことになり、その頃にはレミリアはフランドールの使うフットボールの道具を買いに行く話を忘れていた。それからフランドールがレミリアにおやすみのキスをして床に着くとレミリアはバーボンのグラスを傾けながら夜のニュース番組を見て政治に文句を言い、それからパチュリーにフランドールが家で本ばかり読んでいることを心配する旨を喋り、なだめられてから二人で寝支度をし、寝室に入り、三十分ばかりそれぞれ本を読んでからおやすみのキスを交わしてランプを消した。土曜日のバーベキューパーティーまでおおむね同じような穏やかな日々が続いた。
 土曜日のパーティーもおおよそはいつもと同じだった。フランドールはレミリアの周りを付いて離れず、レミリアはその度よその子と遊んでくるよう言い、背中をポンポンと叩くが結局また戻ってきた。パチュリーと咲夜が顔を合わす度ヒヤヒヤしていたのもレミリアにとってはいつも通りだ。二人とも鍔の広い婦人帽を被って互いに何事かを喋り、笑い合っている。
 ハーンとレイムが現れたのは正午を回り、招待客とその家族が一通りそろって挨拶を終えた頃の事だった。二人はまったく突然にレミリアの目の前に現れた。
 片方はレミリアの正面に来ると軽く帽子に手を触れ、持ち上げる。豊かな金髪が帽子の下からこぼれ落ちた。ジャケットが揺れ、日射しを受けて淡い縞模様が露わになる。
「レミリア・スカーレットさんですか?」
「その通りですが、どちら様でしょう」
 二人はまったく同じタイミングで胸ポケットに手をやり、まったく同じ物を取り出した。
「連邦捜査官のハーンです、こっちは相棒の」
 金髪の方が先に口を開く。もう片方が帽子を持ち上げて挨拶し引き継いだ。
「レイム捜査官」
 レイム捜査官は赤いジャケットを来ていた。レミリアは良い趣味だと思った。レイム捜査官が帽子を被り直し、黒い髪を帽子の下に隠す間、ハーン捜査官はレミリアに握手を求めレミリアは躊躇いがちに応じた。レイム捜査官はその様をポケットに手を突っ込んだまま冷ややかに眺め、レミリアは冷たい視線にさらされながらレイム捜査官に対して時空を超えてまで妖怪を殺しに来そうな奴だ、などと状況にそぐわない奇妙な第一印象を持ち、この家の者のほとんどが人にあらざる物であることを思い出して震え上がった。しかし、ハーン捜査官の人当たりが良くもあり胡散臭くもある笑顔を見るとどうしても警戒を持続させることができない。レミリアは危機に対して第六感のような物を持っているがレミリア自身はその事を知らなかった。
「タイミングがよろしくないかとも考えたのですが、なにぶん重要なお話でしたので」
 ハーンが口を開く。レミリアは辺りを伺うように一回、首を巡らせる。
「人目もありますのでとりあえず中へどうぞ」
 家へ入るとレミリアは二人の捜査官をソファーに座らせ台所に立った。
「コーヒー、紅茶、ウィスキーどれにしますか?」
「ウィスキーを」
 二人の捜査官は声を揃えた。レミリアとしては半分冗談で勧めたのだが。レミリアは少しムッとしながらグラスに氷を入れ、ウィスキーを注いだ。
「して、どのようなご用件でしょう?」
 グラス越しに向かい合いながらレミリアは口を開く。
「あなたが善良なアメリカ人と確信して申し上げるのですが」
「そうした前置きは結構」
「共産党員だという告発が」
「共産党員? 私が?」
 ハーン捜査官は一度躊躇うように目線を切ってから肯いた。その隣でレイム捜査官は両手でグラスを持ち、ウィスキーを噛んでいる。二人ともソフト帽の庇から除く目に油断はない。
「なんと」
 レミリアは慄然とした。捜査官達は動じない。
「一体誰がそんな戯れ言を?」
「お答えしかねますね」
 激昂するレミリアをレイム捜査官が睨み据える。ハーン捜査官はグラスを持ってソファーを立ち窓の外を眺める。ハーン捜査官の視線の先にはパーティーの中、忙しく立ち働く美鈴がいた。
「お宅は中国人の使用人を使っているようですね」
 レミリアの目の奥で怒りが閃く。
「それがどうした。私は人種で妖……人間を差別したりはしない主義なんだ」
「中国共産党の支持者かも」
「そんなはずは無い、そんな事は私がよく知っている。彼女はアメリカ人だ。アメリカは移民の国だろう。アメリカはどこから来た人間であろうと平等にチャンスを与える自由の国の筈だ。彼女にこれ以上いわれのない非難をするなら私には考えがあるぞ」
 レミリアが詰め寄るとハーン捜査官は眉をつり上げレミリアを見た。それからレイム捜査官を見た。ハーンの左手がレイムを制していた。咳払いをしたハーンが人差し指を立て言う。
「平等、ですか」
 レミリアは何も言わずハーン捜査官を見ていた。
「最後に書斎を拝見しても?」
 レミリアが好きにしろ、というふうに階段に向け手を振ると捜査官達は階段を上がり、レミリアの書斎を見つけ簡単に本棚を検めた後、またレミリアの元に戻ってきた。
「それではレミリアさん、今度はマティーニ・ランチでも」
 ハーンは去り際に握手を求めたがレミリアは応じなかった。二人が去った後レミリアは自分のグラスに残ったウィスキーを呷り、ソファーに座り込むとこめかみを強く揉む。ハーンとレイムの事をパチュリーに説明するのは気が重かった。
 レミリアがオフィスのあるビルの近くで殴り倒され、拉致されるのはそれから三日後の出来事だった。

 窓のない、灰色の部屋でレミリアは目を覚ました。酷く頭が痛く髪の毛に少し濡れた感じがあって血が出ているのだと解った。傷に触れようと試みて自分が椅子に縛り付けられていることに気がつく。
「目は覚めましたか? レミリアさん」
 光芒の向こうにソフト帽を被ったシルエットが二つ現れた。目が眩み顔を背けると大きい方の影が回り込んでくる。ハーン捜査官だ。
「貴様」
 ハーン捜査官の逆の方からレイム捜査官が回り込んできた。
「こんなことが許されると」
 レイムの拳が飛ぶ。ハーン捜査官はどこからか椅子を持ってきてレミリアの向かいに腰掛けた。レイムがもう一度殴ろうとするのを腰掛けたままたしなめる。顔には薄い笑み。
「どうして私がこんな目に」
「ですから、告発があったのですよ」
 ハーン捜査官は顔色も変えずに言った。
「一体、誰がそんなことを」
「みんな言ってる。レミィはコミィだと」
「ふざけるなよ」
「ふざけているのは貴様だ」
 ハーンが不意に笑顔を消し立ち上がった。
「もしも、おまえが」
 ハーン捜査官はレミリアを指さす。
「もしもおまえが狼男、フランケンシュタイン、吸血鬼だろうが知った事じゃあない。ステイツは全てを受け入れる」
 レミリアの肩がピクリと震える。ハーン捜査官はそれに気付かぬままレミリアを中心に円を描くように歩く。咳払いを挟み声の調子を整える。再びレミリアの前に回り込んだハーン捜査官はレミリアの肩を掴み言った。
「だがアカはダメだ」
 ハーン捜査官はレミリアの肩を離すと相棒の肩を叩き部屋から退出した。去り際にハーンは振り返りレミリアに声を掛ける。
「レイムはイェールでボクシングをやってたんだ。早いとこ喋ったほうがいい。殺されかねない」 
 部屋に残されたレミリアとレイムはしばし見つめ合った。レミリアは椅子の上からレイムを睨みレイムは掌を拳で打ちながらレミリアに笑いかける。
「ハーンはああ言ったけど」
 レイム捜査官は掌を拳で打ち続ける。威嚇するように、道具を手入れするように。
「何のことだ」
「いや、まあ関係のない話なんだけど。狼男でも、フランケンでもって話」
 不意にレイムの顔に残忍な笑みが浮かぶ。レミリアの肩がピクリと震えた。
「妖怪は殺すべきだと思うね」
 も一度ピクリとする前に拳がレミリアを打ち据える。
 容赦のない暴力だった。顔面への乱打。からかうような左のジャブに右のフック、そこでレイムの革靴に覆われた踵が床の上に小さな円を描く。左のストレート。レイムはサウスポーだ。顔を殴り飽きたレイムは目標を変える。右手でレミリアの首を抱えてから掬い挙げるようなレバーブロー、レバーブロー、レバーブロー。小柄なレミリアの体が椅子ごと浮いた。マジックミラー越しの惨状にハーンが顔を顰た。派手な音を立ててレミリアが椅子ごと転がる。椅子に縛られ息を喘がすレミリアの腹にレイムの革靴が沈む。爪先に力を込めた。レミリアの息が束の間止まり涎の糸が口の端から落ちる。レイムはレミリアの頭を掴むと顔を近づけ囁く。
「喋るつもりになったか?」
「クソヤロー」
 レミリアは浅く長い呼吸を繰り返しながら血の混じった唾を吐いた。レイムを睨む目には十分な闘志が宿っている。レイムは袖で顔を拭うとレミリアを立たせ、レミリアのシャツの襟をつまみ上げた。
「良いシャツだ」
 レイムはシャツから手を抱けるとジャケットから黒と白の二色の珠を取り出し、拳に握り込む。
「今から汚してやる」
 それでもってこめかみを殴られた時、レミリアは頭の中をパチンと電気が弾けたように感じ、それからレイムが三人いることに気がつき、一人しかいないことに気がついた。結局の所レイムの数は二人で落ち着き先のようにレバーブローを貰うと滝の様に反吐を吐いた。ドアがバンと開け放たれハーンが入ってくる。レイムがジャケットから取り出した物を見て慌てて隣室を飛び出したのだった。ハーンは入ってすぐ反吐の饐えた、酸っぱい臭いを嗅いだ。
「殺してしまうぞ」
「それもいい。私は妖……アカが嫌いだ」
「道具を変えるんだ」
「それもいい」
「いつかお前に殺されそうだ」
 部屋を去るハーンの背中にレイムは言葉を掛ける。「それもいい」無意識の言葉だった。ともかくレイムは黒と白の珠をジャケットにしまいレミリアに向き直る。
「ハーンが道具を変えろとさ。喋る気になったか?」
 俯いていたレミリアが顔を上げ、言葉を発するまでレイムはレイムにしてはずいぶん長い時間を待った。人間は短命だというのに。もっとも今日死ねば寿命など関係ないのだが。返事次第でレミリアは今日死ぬ事になる。
「やめてくれ。私は、違うんだ」
 レミリアは挑発しなかった、挑発しなかった事によりレミリアは生存の可能性を得た。コルテスの時代から続く紅い歴史は続くかも知れなかった。続かないかも知れないが。とにかく、掠れた、弱々しく間延びした声はレミリアの生存への第一歩なのだ。レミリアの弱々しい声にレイムはようやく仕事をする気になり針の用意を始めた。レミリアはその様子を恐怖に目を見開き見つめている。恐怖をこらえきれずレミリアは聞いた。
「それは一体?」
「これは針だ、見ての通り。私は東洋の秘術も使うんだ。殴るばかりの蛮人と思って貰っては困るね。さあ、始めよう。従順になるまでやるからな」
 レイムはレミリアの縛られた手を押さえると親指の隙間に針を差し込む。悲鳴が上がった。実際には針の刺さる前からレミリアは悲鳴を上げていたので隣室のハーンはいつレミリアの爪の隙間に針が入り込んだのか知らなかった。
「あああああ! 痛い痛い痛い! 痛いんだよ! 誰か! 誰か助けて! アカだ、私はアカだ! アカで良い! やめてくれアカだから! アカだからやめてくれ! やめてくれ! なんでもしますから!」
 レイムはレミリアの自白を前にしてなお拷問を続けようとするがハーンがやめさせた。
「認めたな」
 レミリアは肯いた。視線が上向いて体が震えていた。浅い呼吸を早く繰り返している。神経への過剰な負荷がレミリアの態度を従順にしていた。
「それでおまえは一体何をしたんだ?」
 ハーンが身をかがめレミリアに視線を合わせる。レミリアはとっさに視線を外し、慌てて視線を戻して嘘を考えるが何も思いつきはしなかった。レイムはレミリアを殴った。レイムはさりげなくレミリアの方へ歩み寄るとそのまま上体を捻りパンチを放った。何の道具も使わなかったが衰弱しきったレミリアを失神させるには充分でレミリアは伸びてしまった。殴った拍子にゴキリと首が鳴りハーンがレイムを見る。レイムは両手を肩の高さに挙げ鳴ったのは自分の手だと主張した。椅子に縛られ、うな垂れるレミリアを光量の強い室内灯が照らしている。
「殺したんじゃなかろうな?」
「心配ないさ」
「起こしてやれ」
 レイムが平手打ちを食らわせるとレミリアはひどく混乱した様子で視線を泳がせた。目を合わせることは無理そうだった。口が開いた拍子に舌が出てそれから血の混じった涎が重力に引かれ落ちる。ハーンが席を立った。
「どれ待ってろ」
 ハーンはバケツを手に戻ってきた。ハーンが歩く度、水の音がしてレミリアは目蓋を震わせる。冷たい水の予感が一気にレミリアの意識を覚醒させ「よせ!」叫ぶ。
 遅かった。レミリアはバケツの中身が自分に襲いかかるのを見た。再びレミリアは絶叫し椅子ごと転げ回る。その様を見てハーンとレイムは目を丸くした。唸り、すすり泣き、床を転がるレミリアの背に一対のコウモリの羽が生えていた。
「こいつは驚いた。アカの上に吸血鬼とは」
 ハーンの言葉にレミリアが恐怖の視線を向ける。
「殺そう」
 ハーンは何も言わずレイムから一歩距離を置いてからレイムをたしなめた。レミリアの表情は人知れず絶望的な物になって行く。
「さて、話の続きをしよう」
「認める。認める」
「おまえはアカの上に吸血鬼か」
 レミリアは首をガクガク縦に振る。首が千切れんばかりの勢いだった。
「違うんだ。私の家族は」
「言っただろう?」
 ハーンの紫の瞳がレミリアを覗き込む。
「吸血鬼だろうと狼男だろうと構わん。ステイツは全てを受け入れる」
 レミリアの両目から涙が零れるのをレイムが冷ややかな目で見ていた。
「それでお前はアカなんだな?」
 レミリアは黙って肯く。
「その話を聞かせてくれ」
「ステイツは神の国だ。ハーン。吸血鬼にも狼男にも占めるべき位置はない」
 レイムが口を挟む。部屋の隅でポケットに手を突っ込みハーンを睨んでた。口元には日の付いてない煙草が。
「貴様は身内に甘すぎる」
「それでどうする? 私も殺すか?」
 ハーンは両手の平を上に差し向け問うた。レイムはジャケットかジッポのライターを取り出し火を付ける。煙草の葉の焦げる音。ライターには「In God.I trust」の文字。二人の間を煙が帯になって流れる。
「早死にするぞ」
「喉の薬になる」
「外で吸ってくれ。煙がこもって敵わん」
「言われなくともそうするさ」
 レイムの去った方へ首だけ向けたハーンが呟く。
「殺し屋め、何の神を信じているのやら」
 向き直ったハーンにレミリアが聞く。
「あいつは本当にキリスト教徒なのか?」
「日曜に教会に来たのを見たことがない。ホントに何の神を信じているのやら。さて、まずは本当の生年月日と生まれを言って貰おう」
「1503年、テキサス生まれ。テキサスがアメリカの一部になるまでメキシコ人だった」
「つまりアカで吸血鬼でメキシコ人だったのか」
「そうなる」
「もう完璧、ロイヤルストレートフラッシュだ。吸血鬼なのは生まれつきか?」
「生粋の吸血鬼だ」
「この国では何を」
「1862年まで農場の経営を」
「儲かってたか?」
「エイブが来るまでは」
「スカーレットっていう名前はいつから名乗ってる?」
「南部が崩壊した時に名前を変えた。それから今までスカーレットだ」
「由来はあるか?」
「南部にいた頃、紅い悪魔って渾名で呼ばれてたんでそれにちなんだ」
「その頃からアカだったのか?」
「ああ」
 レミリアはめんどくさくなって適当に返した。しかし、ハーンは真顔になり。
「疑わしい話だな。南北戦争の終結が1965年。資本論が出たのが1967年だぞ」
「おいおい」
「だが、マルクス誕生以前から貴様がアカだった可能性は充分存在する。確かめてみるに値することだ。決めた。自白剤を使おう」
「冗談だろ」
 ハーンはジャケットの内ポケットから自白剤の注射器を一つ取り出しレミリアに突き刺した。アウチ! とレミリア。注射器を突き刺されるのは痛いには痛いがレイムの苛烈な拷問の後では文字通り蚊に刺されたような物だ。ときにこの自白剤、後にLSDという名前で呼ばれることになる代物。
「こいつは加減が難しいんだ。使う相手が吸血鬼ならなおさらだ。さあ、どんどん行くぞ」
 ハーンは追加で次々と注射器を突き刺して行く。その度レミリアがアウチと叫ぶ。
「お前は1800年代、あるいはその以前からアメリカ南部で共産主義活動に従事していた。間違いないな」
「そんな訳ないだろ」
 レミリアが身を捩る。身を捩った拍子に手元が狂いハーンは自分に自白剤を打ってしまった。
「何てこった」
「心配するなよ、ハーン君。私はさっきので16本目だ。しんぱいないさ」
「で、実際のこと、お前はアカなのか」
「いんや」
「そんな気がしてたよ、ははは」
「ははは」
 突然ハーンが、ハッとしてレミリアを見る。
「何てこった。レミリア君。おべべが汚れているぞ」
 レミリアが自分のゲロで汚れたシャツを見て目を丸くする。
「何てことだ」
「着替えを探さないと」
 二人で着替えを探し求め、部屋をうろうろしているところでレイムが戻ってきた。二人で部屋をちょうど五周まわった頃だった。
「なんの騒ぎだ。ハーン?」
「レミリア君の着替えを探しているんだ」
 レイムはハーンを見ていたがハーンはレイムを見てはいなかった。ハーンは遙か東の国の妖怪の楽園を見てしきりにうなずいていた。
「おまえを殺す決心がついたよ。ハーン」
 ハーンが壁を突き破り逃げた。レイムは壁に開いた穴へ走り、それからハーンの逃げた先とレミリアを交互に見つめ、レミリアの髪を掴むと再びハーンを追いかけ始めた。レミリアは引きずられながら家族と喋っていた。そのうちレミリアは意識を失った。

 目が覚めるとレミリアは車の中にいた。傷ついた体をソファーに横たえ、これまで眠っていたのだった。日は既に落ちていて窓の外は暗くなっている。車の揺れる音に混じり夜の生き物の声がした。とっさに頭に手を遣る。禿げてはいないようだった。
「気がついたか。やつから生きて逃げられるなんて運が良い」
「アンタは誰だ?」
「私はナズーリン。寒い国から来たと言う人もいるし。フロリダにある夢の国から来たと言う人もいる。ハハッ」
 少し甲高い声でナズーリンは笑った。灰色の髪が揺れ、隙間に鼠の耳が見え隠れする。
「ここは?」
「オクラホマ州境から大体50キロ。今夜はモーテルに泊まる」
 レミリアの頭の中はぐちゃぐちゃだった。やがてレミリアは少し体を起こすと首を左のドアにもたせかけ、過ぎゆくアスファルトを見つめ始めた。
「寝ていた方が良い」
 ナズーリンが車の進む先を見ながら言う。
「考えていたいんだ」
 ナズーリンはミラー越しにこちらを見た。ナズーリンは紅い瞳をしていた。
「なら止めはしない」
 コヨーテの目が時折光る平原を二人は走っていた。しばらくは車の立てる音以外なんの音もしなかった。
「家族は無事か」
 レミリアは思い出したように口を開く。
「おそらくは」
「ならいい」
 気休めかもしれないと思ったがそれで気が休まってしまったのも事実だった。どっと疲れが押し寄せレミリアは体から力を抜いた。そのまま眠るつもりだった。まどろみのなかでナズーリンがロシア語で罵り、悲鳴を上げた。レミリアが片目を開け前の方を見たときナズーリンはダッシュボードの銃に手を伸ばしていた。車の進む先にはレイムがいた。ハーンを片手で引きずって歩いていた。ナズーリンは両手でハンドルを掴むと腰まで使ってアクセルを踏む。レミリアの体が加速を感じる。エンジンが唸る。ナズーリンがソ連の進軍歌を歌っていた。レミリアの意識が闇に沈む。ガラスの割れる音と銃声と悲鳴が聞こえた。
ゆるして
3/31追記
コメディなんだからみんなもっと笑おうぜ。スマイル、スマイル(ほんとにゆるして)
スパゲッチー
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コメント



0.簡易評価なし
1.6百円玉削除
ゆるしたw
どこかで幻想郷に戻ってくるのではと思っていたのに、最後まで冷戦下の米国が舞台でしたw 突き抜け方は良かったと思うのですが、いかんせん、これからというところで終わっちゃった。
レイムの正体やナズーリンの行動など、気になる謎が多かっただけにちょと残念。
2.6ばかのひ削除
今まで読んだアメリカの中で1番のアメリカだ!
だからこそ少し惜しい
3.3がま口削除
ええ~……感想が難しいですねぇ。
タイトルで共産主義の話が出てくるもんだと予想はしていましたが、もっとこう、ギャグテイストというかアメリカンジョーク的な軽いものを想像していました。
ところが内容はちょっと共感できない代物だったので、この点数で。
でも当時のアメリカってこうだったのかな、と想像すると空恐ろしいものがありますね。
4.1削除
キャラ崩壊と暴力描写が許容範囲を越えていて、読んでいて苦痛しか感じられなかった。最後のオチからもどんな盛り上がりをすればよいのか良く分からない。
5.4烏口泣鳴削除
フランとの件のアメリカっぽさが良かったのですが、後半の元ネタが分からなくて楽しめなかった。
6.5エーリング削除
ううむ……何とも。文章は素晴らしく好みです。レミィが捕まって拷問を受ける描写も生々しく、恐ろしいものでした。ただ、東方の2次創作という前提を置くとこれはどうか、という点で大いに評価に悩みました。
7.4みすゞ【5点満点】削除
超許します(笑) これはギャグなのでしょうか、アメリカを存分に堪能させて頂きました。レミィはコミィには大爆笑。ただ雰囲気はあれど文章にぎこちなさも感じました。誰が話しているのか、誰について語っているのか、わかりづらい部分が多々見られます。
8.2がいすと削除
なんか良くわからなかったのです。
よくわからなかったのですがもしかしてパロディなのかしら?
9.2矮鶏花削除
シュールなユーモアなのだろうとは思いつつ、掴みかねる感が先行してしまいました。事物への描写の細かさに対し、背景や世界が捉えられないのも、面白みを感じたり雰囲気を生むと言うよりは取っつきにくい感が。
10.7ito削除
なんだこれは。おもしろいじゃないか。(歓喜)
まず冒頭の一文がすごい。「良きアメリカ人として床から起きた」、読者に有無を言わせない良い入りだと思います。
そして、およそ幻想郷らしくないスカーレット家の朝の食卓の様子、その後の「フラン、勉強はどうだ?」とパパのような台詞に爆笑。
どう読んでもレミリアではない。
作者さんがどういう意図で書いたのか分かりませんが、私はこの作品はコメディだと思います。
読み進めていって、そうか、これがいわゆる「シリアスな笑い」というものかと納得。
「ステイツは全てを受け入れる」「だがアカはダメだ」の謎の理屈。「妖怪は殺すべき」と言いながら、なぜか妖怪と組むレイム。読んでいてすごく楽しい。
暴力的なシーンも、軽妙な掛け合いや「アウチ!」とかで暗くなりすぎないように書かれているな、と思いました。
純度百パーセントのホラ話を、夢落ちとかたとえ話とかありがちな落ちで終わらせず、行けるところまで突き進んだ手腕に感服します。
11.5みく削除
状況が意味不明だけどなんかコレ面白いぞという感じで期待して読み進めていたので、投げっぱなしのような終わり方をしたのが残念でした。冒頭、「アーメン」と祈るレミリアは笑えました。
12.3あらつき削除
すまない。いまいち分からなかった。
文章は巧い。
13.4deso削除
筒井康隆テイストは好きなのだけど、東方キャラと配役が合ってない気がします。
みんなオッサンでレイムがマッチョならいいんですが。
14.2ナルスフ削除
なんなのだこれは。一体どうすればいいのだ。
とりあえず途中から東方キャラで再生するのに限界を感じて、もう適当なアメリカ人のオッサンに置き換えて再生してました。
しかし東方という存在から切り離して考えてみても、途中から色んな意味でトんでて意味が分からない。
何これ、なにか元ネタでもあるんですか?
それともアカい悪魔と同志ナズーリンというオチがやりたかっただけなのか・・・?
15.4文鎮削除
斧を振り回す大統領って例の映画のヴァンパイアハンターな大統領のことでしょうか?
吸血鬼が唯物論を基礎とする社会主義の信奉者だと密告されたあげく、ソ連のスパイに助けられるなんてとんでもない皮肉ですね。
16.2めるめるめるめ削除
アメリカ映画風という着眼点はいいと思うんですけど、後半の暴力シーンが嵩を取りすぎで、しかも話の主題に対して強い必要性があるわけでもなく、話の面白さを増すわけでも無く。
17.6このはずし削除
うーむこの内容は許すべきかどうか……(冗談です)。もう少し続きが読んでみたくもなりました。
とりあえず一つ年号ミスを見つけましたので、お知らせいたします。
>>「疑わしい話だな。南北戦争の終結が1965年。資本論が出たのが1967年だぞ」
 それぞれ1865年と1867年でしょうか。
18.6白衣削除
よいアメリ感でした。が、私のアメリ感はハリウッド映画(翻訳)に基づいているので、本当にアメリカっぽいのかちょっと自信がありませんが。
19.6名前無し削除
取り急ぎ、点数のみで失礼します。
20.6K.M削除
最後、やはり来たかナズーリン。