第十三回東方SSこんぺ(アメリカ)

偽マリアンヌの朝食

2014/03/09 23:43:58
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 彼女はいつもひとりで朝食をとっていた。
 いつからそうなのかは知らない。
 ただ私に限れば、彼女が朝食をとっている姿は見たことがない。
 偶然かもしれないと訊いてみたことがあるが、意識してひとりで食べるようにしているらしい。
 食べる物にもこだわりがあるそうだ。
 とにかく他人の手が加わるのが嫌で、自分の物は必ず自分の手で作りたいらしい。
 何を食べるのかは気にしないし、味だってそれほど求めないが、そのこだわりだけは譲る気がないという。
 気紛れに何故そうなのかも聞いた。
 いわく誰にも邪魔をされたくないのだそうだ。
「私はね妹紅。誰からも何からも自由なの。たとえ神様だって私を囲うことなんてできないわ」
 宿敵である月の姫はそんな風に言っていた。
 ずいぶん傲慢だなと思ったし、奇妙なこだわりだと不思議にも思ったが、彼女らしい考えだなとも思った。
 実際彼女は自由だった。
 奔放で気ままで飾り気なく、思うままに周りを振りまわす。
 春風に舞う蒲公英の綿毛のように掴みどころなく、追いかけても誰も捕まえることはできない。
 強く気高く、媚びることなく孤高であり――、そして危うかった。
 その危うさは、妖しい魅力を持った危うさだ。
 ひとはその魅力に惑わされて彼女を求め、靡き、狂わされていく。
 彼女を手に入れたくて、彼女を囲いたくて、それでも彼女は籠の中の鳥ではいてくれない。
 昔からそうだった。
 月の囲いから飛び出して、五人の貴族たちを振りまわして、私の父を、私の人生を滅茶苦茶にして。
 そうして自由だと言って笑うのだ。
 だけど、自由を誇る彼女の澄ました横顔が、余りに眩しくて、余りに輝いて見えるから。
 きっと私は、心のどこかで彼女に憧れていたのだ。



 昼前。待ち合わせの場所に、やはり輝夜は遅れて現れた。
 厳格に時刻を決めていた訳ではないが、里の外れの松の木の下で、辛抱強く待っていた私は、のんびり歩くその姿に眉間にしわを寄せていく。
 それでも彼女は悪びれずに言った。
「ねえ妹紅。私やっぱり嫌だわ。帰ってもいいかしら?」
 はあ、と私は心からの溜息をつく。いくらなんでもあんまりだった。
「いい加減にしろよ。私だって嫌々来ているのに」
「けーね先生、でしょう? 妹紅が何とかしてよ。私朝ごはんもまだなのよ」
「ふざけるな。お前にだって責任の一端はあるだろうが」
 互いに不毛な言い合いを続ける。この応酬こそが私と輝夜の関係だった。
 私たちというのは、言うまでもなく仲が悪かった。
 私はずっと輝夜を恨んでいたし、向こうも面倒なやつとでも思っているだろう。
 どちらも相手のことを避け、疎み、間違ってもこんな風に待ち合わせをする間柄ではなかった。
 だから待ち合わせには当然理由があった。
 発端は一週間前のことだ。
 その日、私は慧音に用があって人里を歩いていた。もっとも用自体はすでに終えており、さっさと自宅に帰ろうと思っていた。
 そこで運悪く輝夜に出くわしてしまったのだ。なんでも薬売りに来ていた永琳の弟子にちょっかいを出していたらしい。
 事情はどうあれ出会ったのなら殺さなくてはならない。私はやむを得ず輝夜と死闘を演じた。
 結果、民家の納屋が燃えた。
 それはもう盛大に燃えた。
 持ち主はどうせ処分するつもりだったからと寛大さをみせてくれたが、それを聞いた慧音は許さなかった。
 何か罰を与えないと示しがつかない、などと言う。
 そうして私たちは、奇妙な仕事を押し付けられたのだった。
「ねえ妹紅。それなあに。まさかそれがお祝いの品?」
「ああ。今朝捕ってきた鴨だ。というか慧音が何か持ってこいって言ってただろ。何で手ぶらなんだ」
「私はそんな約束してないもの」
「屁理屈を言うな。祝いの席に何も持たずに行ってどうする」
 私は咎めるように輝夜をみる。
 あっけらかんとして、悪いとは少しも思っていないようだ。
 この輝夜という奴は、本人が乗り気でなければ絶対に約束なんて交わさなかった。
 今日だって時間を決めなかったのは、そんなものに縛られたくないと輝夜が駄々をこねたからだ。
 自由奔放はいいが、それで迷惑する人間がいるとは思わないのだろうか。
「まあまあ、行けば何とかなるわよ。……それにしても慶事のお祝いに捌いてもない鴨なんて。しかも何羽も」
「何だっていいだろうが。私は鴨を捕るのが得意なんだよ」
「ねえねえ、触らせてよ。私、調理される前の鴨なんて初めて」
「少し黙ってろ。あんまり煩いと鴨の前にお前から焼くぞ」
 輝夜の戯言にはもう耳を貸さないことにして、私は里の中を急ぎ足で歩く。
 だがそこまで広くないこの里だ。目当ての民家はすぐに見えてくる。
 それは立派な屋敷だった。塀で囲んで門までついている。
 豪邸といえるかどうかはわからないが、この郷では上等な部類だろう。
 しかも今日という空気のせいか、心なしか建物そのものも華やいでみえる。
 中からはその華やかさに負けない賑やかな笑い声が聞こえてきた。
「どうしたの? 早く入りなさいよ」
「うるさい、いちいち指図するな。こういう空気は苦手なんだよ」
 また不毛な争いが始まろうとする。だがその時、がたんと門の方から音がした。
 私たちは驚いて同時に振り向く。
 古めかしいな門が勝手に開いて、中から現れたのは顔を赤くした慧音だった。
 彼女は少しだけ酒臭い息でいう。
「何だ。やっと来たのか」
「悪い。輝夜が遅刻した」
「いいよ。そんなところだろうと思っていた。さあもう宴は始まってるから、中に入りなさい」
 慧音は手招きしながら屋敷の中に入っていく。
 仕方なく私たちもその後ろに続いていった。



 中に入ると、場はすっかり出来上がっていた。
 狭い幻想郷だが、親戚一同を集めるとそれなりの数になるらしい。年齢もばらばらの男女が十数人、飲んで食べて笑い合っていた。
 その座敷の奥で、今日の主役が揺りかごの中で眠っている。
 ようやく生まれた待望の第一子、と慧音には聞いた。
 燃えた納屋の主人はそれはそれは喜んだそうだ。だからこの初節句に親戚を招いて宴を開いたのだという。
 私たちが慧音に言いつかったのは、この宴の席に向かい、要は彼らに酌をしてやれということだった。
 今日は桃の節句、玄関の前には雛段飾りがある。
 輝夜がそれに触りながら言った。
「女の子だったのね。綺麗な雛飾り。私、雛人形って好きよ」
「勝手に触るな。というか女の子なのは慧音が先に言ってたろ。ちゃんと聞いてろよ」
「雛人形の顔って独特よね。ほら、こんな風に死んだような目をして」
「お前……。そういうこと家の人の前では言うなよ」
「あ、首が取れた。妹紅どうしよう」
 戯れもほどほどにして、私と輝夜は宴の主役たちに挨拶するため座敷に上がった。
 持ってきた鴨は一時慧音に預けている。
 私たちの存在に気付くと、盛り上がっていた座は一瞬で静まり返った。
 思わず現れた珍客に、しかもそれが噂の輝夜姫だったことに驚いているのだ。
 輝夜はそんな中をするすると通り抜け、あっという間に最奥まで辿りついた。すっかり酒の入った主人に言う。
「再びお目にかかります。輝夜でございます。先日の非礼の詫びに――いえ、此度の慶事のお祝いにと、急ながら伺わせて頂きました」
「い、いえ。こちらこそ身内事に巻き込んでしまい申し訳ありません。どうぞ祝いの席ですので、お寛ぎになってください」
 主人はどこか緊張しているような様子で言った。顔の赤みがますます増したのは、酒のせいばかりではないかもしれない。
 私はすっかり気圧されてしまい、小さくよろしくお願いしますとだけ言った。
 輝夜が揺りかごの中に視線を送る。
「失礼ですがお子の名前はなんと仰ったでしょうか。きっとこの春の華やぎのように美しい名なのでしょう?」
「いやいや。ありふれた名でございますよ――」
 そうして輝夜が主人に酌をする。
 他愛もない会話をしながら、そつなく宴の場に馴染んでいく。しかもその所作は隅々まで気が行き届いて、何より美しい。
 完全に宴の主導権が輝夜に移ってしまったのがわかった。
 つまらなく思って慧音を頼ると、呆気にとられて苦笑いをする彼女が目に入った。
 同じ思いだったと知り、安心した。
「輝夜様。この子を抱いてやって下さいますか。姫様に抱いて頂ければいい記念になります」
「それは……遠慮しておきましょう。私ではまだ縁が浅すぎます。彼女がもう少し大きくなった時に、改めて」
「そうですか。いえ、無理を申しました。なにせようやく産まれた初子なので、可愛くて」
「……あ、あの。お酒を入れます」
 私は輝夜と主人の会話に何とか入って、任せられた仕事をこなそうとした。
 だが出てくるのは朴訥な言葉で、しかも手が震えて杯から酒を溢してしまった。
 くすり、と輝夜ばかりか主人にも笑われた気がした。
「申し訳ありません。彼女は純な子で、このような場には慣れていないのです」
「いえ、来て頂けただけで光栄ですよ。所詮は身内事ですから――」
 輝夜と主人の会話は、弾んでいるように見える。遠巻きに眺めていた他の親族たちにも話題を振って、ますます輝夜の独壇場となる。
 私もしばらく残っていたが、結局馴染めず裏方に引っ込んだ。



「さすがだな。堂に入っている」
 私が持ってきた鴨の解体を始めていると、慧音も宴の場から抜けて台所にやってきた。
 酔い覚ましだ、と本人は言っている。
「輝夜のことか? 猫かぶりだよ。本心じゃない」
「おつきあい、というのはそういうものだろう。妹紅も昔はやってたんじゃないか」
「そうかもな。でも昔のことだ」
 二羽目の鴨の首を落とす。
 血を抜かれた彼らは、羽を毟るため煮えた湯の中に放り込まれる。
 三羽目もすぐに首を落とした。
「慣れているんだな、それ」
「まあな。おべっか使うよりは得意だ」
「でもさっきのは酷かったぞ。うちにいる今の教え子たちだってもっと上手に酌をする」
「酒はひとりで呑む方がいい。宴会はあまり好きじゃない」
 もっともひとりでも余り呑まないが、という本音は言わないでおいた。
 慧音は苦笑いをする。
「まあ、酌のことは別にして、もう少し人間には慣れた方がいいんじゃないか。実は今日の件もそう思ってのことだったんだが」
「そんな気はしていたよ。でも余計なお世話だ。人間と話せなくても困ることはない」
「だけど里に下りる時とか不便じゃないか。妹紅だって買いものくらいするだろう」
「どうかな。不便ならずっと鴨を捕っていればいいさ」
 首を落とした三羽目を鍋の中に放った。
 ぐつぐつと、鴨の身体が熱湯で茹でられていく。
 私は――、と顔を背けながら言った。
「私は今までひとりで生きてきた。ずっと人間に疎まれて。簡単に慣れる訳がないよ」
「……そうだよな。済まなかった。たしかに余計なお世話だった」
「でも私だって、もっとちゃんとした人間でいられたらって、そう思うことはあるんだ」
 ぐつぐつと、熱湯が鴨を茹でていく。
 熱い蒸気が立ち上り、熱し過ぎた水が鍋の容量を超えて溢れだす。
「輝夜さえ、あいつさえ居なければこんなことにはならなかった。私は普通の人間で、今頃ちゃんと死ねていたはずなんだ」
「妹紅……?」
「全部あいつが悪いんだ。自由だなんだと言って周りを振りまわして、だから私は、あいつのせいで――」
 妹紅、と慧音の声が聞こえた。
 私は慌てて火を弱める。零れた熱湯が手の甲にかかり、小さな火傷の跡になっていった。
 それもしばらくすると消えていく。
「……ここはひとりで大丈夫だから。慧音は戻れよ」
「いいのか? 何か手伝うことは――」
「集まってる人たちも慧音に酌をしてもらった方が喜ぶだろ。だから」
 私がそう言うと、慧音は意図を察してくれようで「わかった」と素直に頷いた。
 少し頭を冷やしたい。でも慧音まで巻きこんでしまうのは気が引けた。
 一方慧音は、果して本当に喜ぶかな、と冗談交じりに肩を竦める。
「何しろ彼らはみな元教え子だ。却って疎まれるかもしれない。それに相手をしているのはあの輝夜姫だ」
「取られたなら取り返せばいいさ」
「輝夜から彼らをか? 難しそうだな」
「大丈夫。慧音ならできるよ」
 そんなことを言うと、慧音はぷっと吹き出してしまった。腹を抱えて笑って「じゃあ頑張ってみるよ」などと言っている。
 寺子屋で子供を諭す時に使う文句と似ていたそうだ。
 そんなことは知らない。
 唇を尖らせながら顔を背けると、また来るよと言って慧音は座敷の方に向かっていった。
 そして私はひとりになる。
 もともとひとりで全部やるつもりだったので問題はない。羽を毟って肉を捌いて、やるべきことを頭の中で整理する。
 この鴨肉を使って鍋でも出せば、少しは仕事をしたことになるだろうかと考えた。
 だが、鍋の中から熱せられた鴨を取り出した時だった。ついさっき出ていったはずの慧音が戻ってきたのだ。
「なあ妹紅。ちょっと聞きたいんだが」
「どうした。鴨はまだ時間かかるけど」
「いや。そうじゃないんだ」
 慧音は怪訝そうな顔をしながら台所を見回した。
 要領を得ないので続きを促すと、輝夜――、と彼女は言う。
「輝夜、来なかったよな? 座敷にいないんだが……」



 結局、輝夜は宴の場から逃げ出していた。
 追いかけて訳を尋ねた慧音によると、「やっぱり嫌になった」というのが彼女の弁らしい。
 あまりに勝手な振る舞いだったが、主人やその親族たちは特に気を悪くはしていなかった。むしろ来てくれてありがとうなどと言っている。
 輝夜は自然に退く術に関してもそつがなかったようだ。
 全部終わって帰路に就きながら、私は八つ当たりのように慧音に言った。
「まったく、何だっていうんだ。こんなことが許されていいのか」
「まあまあ。向こうも構わないと言っているんだから」
「でも、お陰で私が相手をすることになった。美人だからって甘やかし過ぎなんだよ」
 輝夜が放り出した宴の場には私が代わりに向かった。
 無理にしなくても構わないと遠慮されたが、たとえ不格好でも私が相手をすると自ら願い出たのだ。
 苦手なのは間違いないが、それ以上に輝夜の勝手が許せなかった。
「輝夜にはあの後、寺子屋の子供たちの相手をするように言っておいたよ。妹紅が怒っていると言ったら渋々承知してくれた」
「当たり前だ。もっときつい仕事を与えても良かったんだ」
 恨み事のように吐き捨てると、慧音はそれくらいでいいじゃないかと諭すように言った。
 子供扱いされているようで腹が立ったが、いずれにせよ文句を言うべきは目の前の慧音ではない。
 私はこれ以上引きずるのを止めた。
 里の外れまで来ると、とにかく、と慧音が改めて言った。
「とにかく今日は助かったよ妹紅。付き合ってくれてありがとう」
「出来るなら今度はもっと違う仕事にしてくれ。こういうの性に合わない」
「じゃあもう納屋は燃やさないよう気を付けてくれよ。木造ばかりのこの集落だ。火が出ればすぐに広がってしまう」
 わかってるよ、と私は不貞腐れて言った。
 そうして慧音と別れると、私は竹林の奥にあるあばら家に引き上げることにした。
 空を見るともう夕方で、田植え前の田園に、郷を囲う山々の影が徐々に伸びていくところだった。
 輝夜も永遠亭に引き上げている頃だろうなと、私は何となく思った。
 するとその時、後ろ頭に何かが当たった感触がした。手を当ててみると泥の塊のようだ。
 後ろを振り返ってみると、そこに立っていたのは輝夜だった。
 何故か着物を泥だらけにして、にやにやと楽しそうに笑っている。
「お前、今日は何で逃げたんだよ。というかその着物は何だ。寺子屋の子供たちに何かしたんじゃないだろうな」
「ねえ妹紅。これ肥溜っていうんですって。人間の糞尿を肥料にするらしいわ」
「おい、話を聞いているのか」
 輝夜は私の話を無視して、そんなとんでもないことを事も無げに話す。
 ということは、彼女の着物の泥はただの泥ではなく、肥溜の糞尿が付いたものらしい。私はますます子供たちの安否が気になった。
 だが輝夜は「大丈夫よ」とあっけらかんに言う。
「子供たちならみんな逃げちゃったわ。だから泥だらけなの」
「は? どういう――」
「でね、どうせ泥だらけだからって飛びこんでみたら、これが肥溜だったんですもの。もう鼻が曲がりそう」
 あははは、と輝夜は声を上げて笑った。
 それは楽しそうに、可笑しくて可笑しくて仕方がないとでもいうように。
 ……私には、何が楽しいのかまるでわからない。
 不可解で、不気味で、気でも触れているんじゃないかと思った。
「ねえ妹紅。地上は楽しいわ。私の知らないものが沢山あるんですもの」
 輝夜は夕暮れの空を見上げて言った。
 漆黒の髪も透き通るような白肌も、何もかも汚れてしまっているのに、無条件に引き付けられてしまう魅力があった。
「私は自由よ。たとえ神様だって私を囲うことは出来ない。とても幸せだわ」
 輝夜は空を見上げたまま両腕を広げる。
 鳥が羽ばたいているみたいだと私は思った。
 そうしてそのまま、誰も手の届かない所まで飛んで行ってしまうのではないかと、そんな風に思った。



 朝の永遠亭はいつも以上に静かだった。本当に時間が止まっているのではないかと思える。
 私はその長い廊下を、つまらない思いで歩いていた。
 別に来たくて来たのではない。慧音に急患を頼まれて仕方なく訪ねただけだ。
 患者は出迎えた永琳によって引き取られた。そのまま治療室に運ばれる。
 息は荒いが外傷はなかったので薬で何とかするのだろう。月の頭脳、天才八意永琳ならこの程度は朝飯前かもしれない。
 だが患者を運ぶ傍らで、彼女は嫌な頼みを押し付けたのだ。
 長い長い廊下を渡りきると、離れの小屋に辿りついた。
 引き戸の扉を開ければ、あら妹紅、と輝夜が驚いた顔で出迎える。
「どうしたの。ここに来ることはあっても私を訪ねて来ることなんてなかったのに」
「永琳に頼まれた。きっと輝夜は用があるはずだって」
「用? ……ああ、これのことね。永琳ったら何でもお見通しなんだから」
 輝夜は「これ」と言って、自分が今作っていたものを指差した。
 まな板の上に葉っぱの乗った餅がいくつか置いてある。桜餅というのだそうだ。
「これを寺子屋まで持って行ってほしいのよ。この前おどかしてしまったから」
「寺子屋の? そういえばあの初節句の時は何をやらかしたんだ」
 私は汚物にまみれた輝夜の姿を思い出す。語気を強めて訊ねれば、彼女は渋々語りはじめた。
 猫の死骸を見つけてね、という。 
 いわく慧音に頼まれて子供たちの相手をしていると、そのひとりが猫の死骸を見つけてしまったらしい。
 子供たちはまだ幼く、死という死を知らなかった彼らは、興味深そうにその死骸を眺めた。だがそうしていると、誰ともなくこんな疑問を口にしたそうだ。
 やはり人間も死ぬのだろうか――、と。
「だから私が実際に死んでみせたのよ。そしたらみんな逃げてしまって」
「お前……そんなことをやったのか」
「しかも自殺だから上手く死ねなくてね。首の骨を折るつもりが中途半端に生き長らえて、土の上を転がり回ってしまったわ」
 そんな風に怖がらせた侘びにと、この桜餅を拵えたのだそうだ。
 だが原因が原因なだけに、直接会って渡すとまた怖がらせてしまうかもしれない。
 妹紅の来訪はまさに渡りに船だったらしい。
「どうせ寺子屋には寄るんでしょう。けーね先生に急患の件の報告をしなきゃいけないし」
「別に。預け終わったらそのまま帰るつもりだったけど」
「よくないわね。引き受けた仕事は最後までやらないと」
 お前がそれを言うのかと私は思ったが、あの日のことは客観的にみて輝夜の方が役に立っていた。
 それに侘びの品を届けるくらいなら突っぱねる必要もないだろう。私は仕方なく承諾する。
 少し待ってと言って、輝夜は残りの餅を作りはじめた。
「私ね、ずっと昔から朝食は自分で作っているのよ。これだけは誰にもやらせてあげないんだから」
「前にも聞いたけど。何なんだそのこだわり」
「食材を触っていると心が落ち着くの。だってみんな死んでいるのだから」
 また気味の悪いことを言い出して……、と私はぼやく。
 微笑みながらそんな事をいう輝夜は、やはりどこかいかれているのかもしれない。
 待っている間、手持無沙汰になって部屋の中を見渡してみた。
 すると、隅の方にあの日汚物にまみれた着物を見つけた。今は新品のように綺麗で、聞けば自分で洗って解れも繕ったらしい。
 案外器用なようだ。
 だが私は、その着物の側にある野草を見てぎょっと目を見開いた。
「なあ輝夜、それってまさか……」
 なあに、と彼女は声だけ返した。あなたも食べたくなったの、などと続ける。
 その様子に不自然はない。いつも通りの蓬莱山輝夜だ。
 だけど私には、着物の側にある野草が、トリカブトに見えて仕方がなかった。



 永遠亭を訪ねた日から数日後。
 私が朝食用に鴨を一羽捕まえていると、狙いすましたかのように輝夜がやってきた。
 場所は迷いの竹林に所々ある池のひとつ。別に輝夜が現れてもおかしくない所ではあったが、見たくもない顔に私は舌打ちする。
 聞こえていないように輝夜はいった。
「妹紅。また鴨捕っていたの?」
「うるさいな。今から焼くんだからどこか行けよ」
 本心で言えばここで焼くつもりはなかった。
 つい先日納屋を燃やしたばかりだ。火の扱いには神経質になっており、燃えやすそうな竹が多いここで調理するつもりはなかった。
 ただ輝夜を追い返したかっただけ。しかし彼女は不快そうに言った。
「嫌よ。今日はここで朝食にするって決めたんだから。妹紅の方がどこか行ってよ」
「何言ってるんだ。最初にここに来ていたのは私だぞ」
「そっちこそ何を言ってるのよ。朝はひとりでなきゃ駄目なのよ? 私がここで食べるって決めたんだから一緒にいちゃ駄目よ」
 輝夜は相変わらず自分勝手なことを言っている。こうまで言われるとますます退き難くなるのが普通だ。
 それに私は、先の件で彼女に不信感を募らせていた。
「……なあ、あの餅はどういうつもりだったんだよ?」
「餅? ああ寺子屋の。喜んでくれたかしら」
「全部捨てたよ。あんな怪しいもの食べさせられるか」
 私がそう言うと、輝夜はえっと顔を曇らせた。でも私だって意地悪で捨てた訳じゃない。
 気になるのはやはりトリカブトだった。桜餅に入れられている可能性があったので、とても子供たちになんてやれなかったのだ。
 そのことを話してやると、酷いわと言って唇を尖らせた。
「濡れ衣よ。確かにトリカブトはあったかもしれないけれど、でも毒なんて……」
「信用出来ないね。そもそも何で毒草なんて持ってたんだ」
「それは……。でも気になるのなら妹紅が味見すれば良かったじゃない」
「お前が作ったものなんて食べられるか」
 私はそう吐き捨てて輝夜を睨む。言いたいことは山ほどあった。
「なあ輝夜。本当はどうする気だったんだ。子供たちを全員殺す気だったのか。それをお得意の自由で済ますつもりだったのか」
「そんなわけないじゃない。私は自分で責任のとれないことはやらないわ」
「はっ、何が。お前はお前の自由のせいでまわりが迷惑しているとは考えないのか」
「迷惑って何よ。誰が迷惑しているっていうのよ」
 輝夜は心底面倒くさそうな顔をした。それがますます私の神経を逆撫でる。
「この前の初節句だって勝手に帰っただろ」
「ちゃんと断ったわ。それに代わりの仕事も与えられた」
「それだって逃げられただろうが。しかもその子供たちを殺そうとした」
 だから誤解よ、と輝夜は言った。
 しかしもう私の頭には入ってこない。感情に流されるまま続ける。
「お前はいつだってそうだ。自分のことしか考えていない。振り回してばかりで振り回される方なんて見てもいない。だから父上は、私だって――、」
 そこから先は、言葉にはならなかった。
 冷水をかけられたように血の気が引いていく。怒りの熱は急激に下がり、ただ気まずさだけが残った。
 輝夜が不服そうにいう。
「……わかったわよ。そこまで言うなら場所を変えるわ。それでいいんでしょう?」
「いや、私は帰る。使いたいなら好きにしろ」
「何よそれ。じゃあ好きにさせてもらうわよ」
 そうして輝夜は私を追い払うように手を振った。
 反対の手に柏の葉のようなものが見えたから、今日の朝食は柏餅なのかもしれない。
 私は背を向けて、輝夜の元から逃げるように去った。
 だが、竹林をしばらく歩いた頃……。
「ちっ、輝夜のところに忘れてきたか……」
 私ははたと立ち止まる。何のことはない。捕まえた鴨を忘れてしまったのだ。
 仕方なく今来た道を引き返す。どうにも間抜けていたが、後になって輝夜に笑われるのも癪だった。
 元の場所まで戻ると輝夜は地面に寝転んでいた。いい気なもので、食べた後にそのまま眠ってしまったのだろう。
 しかしその方が都合がいい。私は関わらないように忍び足で鴨を探す。用があるのは鴨だけなのだ。
 だが。
 つんと鼻の奥を刺激する嫌なにおいがした。
 私は改めて輝夜の方に視線を向ける。すると、彼女の着物の袖に吐瀉物と思われる汚れがあるのを見つけた。
 不審に思って駆け寄る。よく見れば顔が青白く変色していた。呼吸は止まり、死んでいるのがわかる。
 そしてその時。
「あなたも、知ってしまったのですね……」
 突然後ろから第三者の声がした。
 驚いて振り返ると、そこには八意永琳が立っている。
 とても哀しそうな目で輝夜を見ていた。
「永琳。これはどういうことなんだ」
「少し手伝ってもらえますか。姫を永遠亭まで運びます。そのままにしておいても直に蘇るでしょうが、でも――」
 それは私が耐えられません、永琳はそう言って倒れている輝夜の背中を起こした。
 気が付くと私も言われたままに手を貸している。永琳とは反対側を支えていた。そういえば輝夜の身体に直に触れたのは、これが初めてだったかもしれない。
 そうして私たちは、彼女を抱えて永遠亭に向かった。



 永遠亭に着くと、すぐに輝夜を寝台の上に寝かせた。
 毒は全部消化し切らないと抜けてくれない。蘇生には時間がかかるので私たちは別室に移動した。
 応接用の和室に入る。私は座卓を挟んで永琳と向かい合わせに座る。
 まず永琳が口を開いた。
「姫はいつも朝食に毒を入れています」
「さっきのはそれか。でもなぜそんなことを?」
「毎日一度は死なないと気が済まないと言っています。ですが――」
 全ては私のせいなのです、永琳は苦しそうにそう言った。
 私にはまだどういうことなのかわからない。
 そのまま続きを促す。
「姫は死に、穢れに惹かれ、逆に生なる者を苦手としています。あなたにも多少の心当たりがあると思います」
「確かに。死んだ鴨に触りたがったり、死んだ目をした雛人形を好きだと言ったり。その後も生まれを祝う初節句からは逃げだした」
「それらは全て私の教育によるものです。私はそうなるように幼い姫を――そう、洗脳してしまったのです」
 洗脳、という単語に思わずぎょっとする。
 だが、そういえば永琳は、かつて輝夜の教育係であったらしいことを思い出した。
 そしてその教育係は、輝夜にこんなことを吹き込んだらしい。
 いわく、穢れなき姫は穢れの中でこそ輝く、と。
 月が夜の闇でこそ輝くように、輝夜は死と穢れの中でこそ輝くべきなのだと、そう説いた。
 幼い輝夜は、それを至上の智慧として吸収してしまったのだ。
「地上が死と穢れに満ちていること。蓬莱の薬を使えばそこに落とされること。私がその薬を作る術をもっていること。みな姫に教えました」
「じゃあ、輝夜が蓬莱人になったのは……」
「私の想定通り……。あの頃の私は、もっと自分の可能性を試してみたかったのです」
 まったく自分勝手な振る舞いでした、永琳はそう続けた。
 彼女がまだ月にいた頃、八意永琳という賢人は己の才に限りない自信があった。
 天狗になっていたと今の彼女は自嘲するが、実際その能力は類いまれなるものだった。
 でも、だからこそ思ったのだという。
 果たしてこの才はどこまで可能なのだろうかと。
 きっと他人を、しかも月人の人格さえ思うように弄べるのではないかと。
 そう思ってしまったのだそうだ。
 幼い輝夜の教育係を任された時、永琳はチャンスだと思った。
 何とも都合のいいシチュエーションだとほくそ笑んだ。
 そうして教育を騙って輝夜を洗脳し、やがて自分の操り人形のようにしてしまった。
 罪人として地上に落とされた時でさえ、あっけないなと、ただそれだけ思ったという。
「ですが、やはり私はやり過ぎでした。姫が地上に残りたいと言い出した時、ようやく目が覚めたのです」
「輝夜は月に帰りたくないから使者を殺してもらったと言っていたけど……」
「――恐ろしかったですよ。いえ、そうなるであろうことは初めからわかっていました。でも実際に姫から命令されて、使者たちの返り血を浴びて、自分はとんでもないことをしてしまったのだと気付いたのです」
 その後、使者殺しの罪を償うように輝夜は何百年も自室に篭もってしまう。朝食に毒を入れ始めたのはその頃だという。
 死を求め、穢れを求め、籠の中の鳥は自ら毒を飲む――、その姿に永琳は悔恨の念を募らせていった。
 今も、とても正視に耐えないそうだ。
「私はこれからも姫の側に控えるつもりです。姫を間違った方向に導いてしまったのなら正しい方向に導き直します。それが私の責任です」
 ですから――、と永琳は続ける。
 懇願するような声音だった。
「どうかこれだけは誤解なさらないでください。姫に罪などありません。あるのは私ひとり、恨まれるべきは私ひとりのはずなのです」
 そして永琳は私の前で深く頭を下げた。
 彼女のこんな姿は初めてみた。
 私はどうしたらいいかわからず、気の済むまでそれをさせてしまう。
 ただ、永琳にもちゃんと弱さはあったのだなと、そんなことを思っていた。
 その後も、私は輝夜が目覚めるまで永遠亭に留まった。
 そうして蘇生した輝夜がふらふらと何処かに行ってしまうと、私もそろそろと永琳に申し出る。
 彼女は見送りますと言って門前まで一緒に来てくれた。
 別れ際、永琳は自責のこもった声で漏らした。
「先ほど、私は責任と申しました。ですがこうも思うのです。私はそうやって、これから先もずっと姫を支配していたいだけなのではないか、と」
「……あなたは、それを望んでいるのか?」
「わかりません。ですが答えがどうであれ、私は姫の側に居続けるのだと思います」
 今日はありがとうございました、永琳は静かにそう言った。
 私も軽く会釈を返す。
 そうして背を向けると、辺りはもう昼の頃合いになっていた。



 翌朝も輝夜はひとりで朝食をとりにきた。
 場所は昨日と同じ竹林奥の池。そのほとりに座ると、昨日とはまた違う菓子を取り出した。
 彼女はそれが、自分の意思によるものだと信じ込んでいるようだ。
 私は木陰から身を現して、そんな輝夜に声をかけた。
「あら妹紅、また邪魔するつもり?」
「別に。たまたま通りかかっただけだ」
 それは嘘だった。
 昨日と同じこの池で待っていれば、輝夜は同じように来るのではないかと、そんな気がしていた。
 だが正直には言わず、私は用意していた誤魔化しを使う。朝食を捕っていたと、片手に持っていた鴨を掲げた。
 またそれなの、と輝夜は笑う。
 だから私も言ってやった。
 お前こそとまた毒入りなのか――、と。
「それ、どういう……」
「もう知ってるよ。その朝飯、毒が入っているんだろ」
 私が確認するように言うと、輝夜は目を丸くして驚いた。次いで「永琳ね……」と渋い顔を作る。
 仕方がなさそうに肩を竦めた。
「いつから知っていたの」
「昨日初めて知ったよ。入っているのはトリカブトか」
「そうよ。これでわかったでしょう? あのお餅に毒なんて入ってなかったわ」
 結構傷ついたんだから、と輝夜はおどける。
 私が黙ったままでいると、その理由も語りはじめた。
「私はね、ひとが最も輝けるのは死の瞬間だと思っているのよ。だから毎朝死んで、私はいつまでも輝いていたいの」
「それは……本当に自分の意思だと思っているのか?」
「何よ妹紅。いつも言っているでしょう? 私は自由よ。誰の指図も受けない」
 当たり前でしょと、輝夜はそう言いたげに笑う。
 ……その姿があまりに哀れに見えたから、私は真実を告げてやることにした。
 別に口止めされていたわけでもない。
 永琳から聞いたよ、と切り出した。
「お前のその習慣はお前の意思じゃない。永琳に仕込まれたものだ」
「えっ?」
「お前は永琳の操り人形だったんだよ。自由なんて無かったんだ」
 蓬莱山輝夜という人格は、永琳の手で勝手に作り上げられた代物だった。
 毎朝毒を飲むのも死に焦がれるよう洗脳された結果だし、この奔放な姿でさえ他人に操られた偽物の産物に過ぎないのだ。
 輝夜に自由など存在していなかった――、私はその全てを包み隠さずに伝える。
 自由を愛する彼女には、残酷な事実であるはずだった。
 しかし、意外なことに彼女は驚かなかった。
 それどころか、なあんだ知ってたのと事も無げに言ったのだ。
「知ってたのって、じゃあお前は……」
「当然知ってるわよ。でもそれがどうしたっていうの。私が自由であることには代わりないわ」
「だけど、お前は永琳のせいで……!」
「永琳がそう言ったの? だから私のことを恨まないでとでも頼まれたのかしら」
 くすくす、と輝夜はからかうように笑う。
 全然違うわと言った。
「私が地上に来たのは私が行きたいと思ったから。蓬莱人になったのも私の意思だし、責任も私のものよ。誰かに恨まれたってちゃんと受け入れるわ」
 そう言って輝夜は両腕を広げてみせる。
 私はそれを、鳥のように羽ばたいているのだと思っていた。
 でも違うのだ。
 羽ばたかせる為ではない。掴み取ろうとしているのだ。
 もっと自由であるように。
 真に自由であるように……。
「自由はね、誰かに与えられるものではないの。奪うことの出来るものでもない。いつだってそこにある。自由であろうとする者の中に、それはあるのよ」
 そう言って輝夜が頭を左右に振った。漆黒の黒髪が流れるように広がる。髪の間からは透き通るような白い肌が見える。
 その姿は艶やかにして繊細で、ともすれば弱々しくも見えるのに、何物にも侵されない力強さがあった。
 ……輝夜が本当に自由なのかはわからない。
 その心だってきっと永琳に作られたものだし、客観的には支配されたままに見える。
 だけど、自由を誇る彼女の澄ました横顔だけは、伝え聞く自由の女神・マリアンヌのように美しいと、そう思った。
 そろそろ朝食にするからと輝夜が言ったから、私はその場を後にした。
 竹林を歩きながら、せっかく捕ったので鴨使った朝食を作ろうと思った。鴨は簡単に捕まえられる上、自由自在に調理できるので重宝していた。
 私は自由勝手に鴨を操れる――、思い出したのは永琳との会話だった。
 永琳は、自由勝手に輝夜を作り上げたと言った。
 だから自分の永遠を彼女に奉げると言った。
 それがまた彼女を支配していくことになるのだと、そう言った。
 でも私には、永琳こそが輝夜に支配されているような気がしてならない。
 彼女は自らを罪人にして、贖罪を鎖にして、ただ繋がっていたいだけではないだろうか。
 ただ単に、輝夜に惹かれているだけではないだろうか。
 ――でも。
 だとしたら私は……?
 私は、自分の自由は輝夜に奪われたのだと思っていた。
 彼女のせいで家族はバラバラになり、それは蓬莱の薬に手を伸ばすという行動に繋がった。
 不死の身体は死んでいく自由さえ奪い、いつしか人間に疎まれるようになる。
 だから私は、輝夜に全部の責任を擦り付けたのだ。
 被害者面をして、振りまわされているふりをして、恨む自由だけならあるはずだと信じ込ませた。
 本当は自分の自由でこの身体になっているのに、責任は自分にしかないのに、罪は彼女に負わせている。
 だとすれば私も、輝夜に支配されているだけではないだろうか。
 彼女を罪人にして、憎しみを鎖にして、ただ繋がっていたいだけではないだろうか。
 私の信じていた自由は、偽物だったのではないだろうか……。
 ふいに、捕まえていた鴨が暴れ始めた。死んだものと思っていた私は掴んでいた手を離してしまう。
 その隙に鴨は空高くに飛び上がった。
 上空には待ち構えていたかのように彼の仲間たちが旋回をしている。
 運んでくれてご苦労さんとでも言っているようで。
 自由はこうやって手に入れるのだとでも言っているようで。
 その姿はまるで、どこにも進むことが出来ない私を嘲笑っているかのようだった。

アメリカ → 自由の女神 → マリアンヌ から。
マリアンヌそのものはフランスらしいですけど、まあタイトル通りということで。
あと全体のモチーフはアメリカ文学より『ティファニーで朝食を』です。

みすゞ
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コメント



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1.6アメリカ探索者削除
かぐもこに、自由テイストが乗っかっている印象的でした。
奔放や自由は、よく表現されていると思います。
2.5削除
>私は自分で責任のとれないことはやらないわ
この台詞を、自由と無法を勘違いしている世の中の馬鹿たちに聞かせてやりたいものです。
3.7百円玉削除
輝夜の、根底に関わるものを読ませていただけた感じ。傷ついた木に空いた虚を覗いたような、とても痛々しい暗さ。触れたこちらの指が火傷しそうな燻り。でもそこに虚しさよりも先に震えるなにかを見つけた気がします。 
輝夜の掘り下げに宴会のシーンを持ってきたのはスゴイなと思いました。世間知らずな印象が濃い輝夜の新たな一面を見るとともに、それを難なく受け入れられる説得力は、お上手です。 
また、自由→アメリカと、本文を読むだけで至るには多少難しかったように思われます。アプローチの仕方としてはシンプルな連想形式のようですし、道順とシーンを増やせば、もっと分かりやすかったのかも?容量制限、ありますものね。 
「私は慌てて火を弱める。零れた熱湯が手の甲にかかり、小さな火傷の跡になっていった。それもしばらくすると消えていく」の部分が好きです。火傷が、妹紅の鎮まりゆく怒りの暗喩となっていて、思わず唸りました。
4.7烏口泣鳴削除
輝夜のキャラクターが大変良かったのですが、妹紅に救いが無くてあまりにも可哀想。
5.6がま口削除
おお、不死を得た人独特の狂気というか、業の深さがにじみ出ていますね。
輝夜姫様は、自らの手で死を引き寄せている時だけ、自由を感じているのでしょうか……
しかし惜しむらくは鴨。これが雄鶏だったらテーマに一本筋が通っていたかも。
マリアンヌと同様、雄鶏もフランスの象徴ですから……ってテーマはアメリカか(汗)
6.6エーリング削除
退廃的な雰囲気が好みでした。誰からどんな教育を施されようが、それで精神の自由を失ってしまうほど人は軟ではないと信じたいものです
7.5がいすと削除
微妙に〆が間に合ってない感といいますか、落とし所がちょっと足らぬ気がしなくもないかなぁと。
絶妙にアメリカテーマからは外れる内容なのも若干惜しいというか、もっと面白くなりそうな要素が多くて。
8.4みく削除
全員の考えが提示されて、いよいよこれからというところで終わってしまったような読後感がありました。
こういう輝夜は個人的に好きです。反面永琳がちょっと素直というか、あんな率直に悩みを語るキャラかなという引っかかりを覚えました。
9.6あらつき削除
物語はすっきりしていて好みです。
ただ、妹紅の態度が全体を通してふわっとした印象。主人公のようなのに、狂言回しの役で終わっているのが、腑に落ちない感じ。
10.4deso削除
なんかお題の絡め方が無理矢理っぽい感じが。
細かいこと考えなければベタでも良い話だったんですが。
11.7ナルスフ削除
スペックは明らかに永琳の方が上。でも輝夜は誰もが認める彼女の主。
どこまでも自らの自由を信じ、信じさせていく輝夜の底知れなさが感じられる作品でした。
ただマリアンヌの名だけが少々唐突に思えます。
12.7文鎮削除
姫様、姫様!目の前で人の首が折れたら怖がるどころの話じゃありません!
ですが、輝夜としては子どもたちに自分が最も輝く瞬間を見せたということなんですよねぇ…
保護者役による支配というか洗脳というか、こういうものはあまり他人事ではいられない気がします。
苦い後味の残るお話ですが、コーヒーのように深みのある苦味でした。
13.8あめの削除
これはうまい。とても丁寧に作られていると感じました。
一つ一つのエピソードがすごく面白いし、自由というテーマに沿って話がスムーズに進んで行っている印象です。終わり方も素敵でした。
14.5めるめるめるめ削除
物語にあるような永琳の業の深さを描くには30kbは少なすぎるのでとても難しいと思います。
この作品でも永琳の葛藤が不必要にシンプルでわかりやすくなってしまっているようで、ひどく軽いものに見えてしまいました。
15.4ito削除
生と死のメタファーを組み込みながら話が展開している作品と読みました。
「神様だって私を囲うことなんてできない」という台詞は、輝夜がキリスト教的な「天国」から自由であることを暗示、
「鴨」と「人形」は死、「赤ん坊」と「肥溜」はどちらも生のメタファー。
ただ、作品の最後の部分はかなりもやもやしました。 
輝夜は、自分の考えは永琳に植え付けられたものだとしても自分は自由、と言います。
この姿勢は潔いと思うのですが、彼女の行動はかなり病的です。
もちろん、彼女が自ら死ぬ理由については作中で説明されていますが、輝夜が「私は自由」と言った後の妹紅の考え方が気にかかりました。
妹紅は輝夜を羨みます。しかし、輝夜が実際にしていたことには驚いているようにも見受けられます。彼女が穢れを受け入れ死に続けることに対して、ただ自分と輝夜の違いを考えるだけで話が終わっていいのだろうか、もう少しこの後に続けるべき話があるんじゃないか、と思いました。
16.7名前無し削除
取り急ぎ、点数のみで失礼します。
17.6K.M削除
最後の直前でようやく納得、そういうことか、と。
18.8完熟オレンジ削除
最後の物語の締め方が好きです。