第十三回東方SSこんぺ(アメリカ)

Xon Ahuiyacan(たのしいこと)

2014/03/09 23:54:09
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 Nehuatl nictlazotla in centzontototl icuicauh
 nehuatl nictlazotla in chalchihuitl Itlapaliz
 ihuan in ahuiacmeh xochimeh
 zan oc cenca noicniuhtzin in tlacatl
 Nehuatl nictlazotla 

 マネシツグミの歌を愛す
 それは、四百の声を持つ小鳥
 翡翠の輝きを愛し
 花々の芳香も、また
 だが、私は、それ以上に人を愛す――我が兄弟を

 ――ネサワルコヨトルの詩から
 
 ◆ ◆ ◆

 彼の傍らには、八人の僕が控えており、彼の後ろに、美しき四人の妻が控えており、数多の貴族が、彼を取り囲んでいた。
 貴金属や羽根飾りに飾られた貴族たちは、庭園を見やりながら、喝采を送っていた。庭園には、豹柄の衣服を纏いし戦士たち。戦士たちが、勇猛な剣の舞を踊っていた。
 
 月は、トシュカトル。彼ら――アステカの民の言葉では「乾燥」を意味する。後世において「メソアメリカ」と呼ばれる地の、乾期の終わりを告げる月であった。
 三日の後、祭りが行われる。貴族が揃い、戦士が舞う、この壮麗な祭りも、比にならぬ宴、「テスカトリポカの祭祀」が。

 僕と妻を従えた男。名は、ハナーブと言った。
 彼は、祭りの主賓。この盛大な宴は、彼のためのもの。
 彼は、異国の民だ。一年前には、彼は無数にいる虜囚に過ぎなかった。
 アステカの滅ぼした国々など、数え切れようか? 大国、コアツァコアルコスを破り、属国から強大な帝国に至るまで――滅ぼした国々、もたらされた繁栄。到底、数え切れはしまい。
 それであっても、今日のハナーブから見れば、アステカの全ては彼のものと言っていいだろう。偉大なるアステカ、壮大な帝都、テノチティタラン。
 
 ――水の流れはヴェネチアより美しく、壮大な建造物は、コンスタンティノポリスすら霞ませる――テノチティタランより偉大な都市を、我は知らぬ。

 ……後に、アステカを征服した民は、述べたものだ。

 壮麗な宮殿では、盛大な宴。頭上には、燦々、とした太陽が照りつけている。赤く、赤く、目映く輝いている。
 ハナーブに、貴族がショコラトルを薦めた。カカオ豆――この国の通貨で作られた飲料。ハナーブにとっては、もはや水程度の価値しかない。贅の限りを尽くした料理が、眼前に並んでいる。それもまた、見飽きたものだ。

「ニャンニャン……」

 口の中で、ハナーブは呟く。宴の喝采に飲み込まれ、誰の耳にも、届くことはなかった。
 朧な気分で、ショコラトルを口に運ぶ。美味とも、不味いとも、感じ無かった。
 元来、美食などには興味がなかった。
 彼は戦士であり、戦場での名誉こそが全てだった。敵を屠り、いずれ屠られる。それだけが、全てだった。それ以上の事など、考える事はなかった。争いの意味、富……無縁だった。美食もまた、同様に。
 彼はあと三日で死ぬ。彼は、祭りの主賓だからだ。
 それを前にしても、美食には、やはり興味は抱けない。

 貴族が、何かを話しかけてきた。礼を逸することはなく、さりとて下手に出るわけでもなく。ハナーブは答えた。何を答えたのかは、彼自身にもわからなかった。答えた直後に、頭から消え失せていた。
 ショコラトルを一口、庭園に、足を進める。遍く世界を照らす、太陽を見上げる。
 この地に住まう民の全ては、太陽を崇める。その神を、アステカの民、メシーカ族は「ウィツィロポチトリ」と呼んだ。
 太陽神の名は、無数にある。異なった民族は、異なった名で、太陽を崇めた。
 だが、いかな神話も、民族も、太陽を崇めることは変わらない。そして、もう一つ、変わらないことはあった。
 この世界では、太陽は永遠ではないのだ。赤く、赤く、太陽のような赤を持った心臓を捧げる事によってのみ、太陽は滅びから逃れられるのだ。
 心臓は、ウィツィロポチトリに力を与える。黒き創造神、アステカで最も偉大な神、テスカトリポカを破る力を。
 ならば、贄は最大の栄誉だ。虜囚の中で、最も偉大な者が、テスカトリポカの化身とされ、その心臓を、太陽神に捧げる。その者は、神に最も近い存在として、贅の全てと、名誉の全てを与えられる。

 だが……だが……。
 ハナーブは、思う。太陽、名誉、それに何の意味があるのだろう?
 彼女を見て以来、太陽ですら、卑小な物に思えていた。 
 ほんの数日前に表れた化け物……その、何よりも美しい姿。
 それ以外に、何一つとして、意味を感じられない。
 名誉、太陽、永遠に繁栄するはずの、世界。
 その全てに。
 ふっと、昨日の事を思い出す。平凡で、高貴さも名誉も何も無い時間が……頭から離れない。

 ◆ ◆ ◆

 彼は、見たことの無い男の風体を帯びていて、女は――青娥娘々と名乗っていた女は、褐色の肌と、黒い肌を帯びていた。
 ゆっくりと、運河の畔を歩いて行く。運河には、無数の屋台船が浮かんでいた。原色に彩られた船は、鮮やかだった。船に限らず、世界の全ては美しかった。
 そこは、ソチミルコ、と言う名を持っていた。彼らの言葉では「花の野の土地」の意味。テノチティタランの中心部より南に位置する土地だ。
 その名に違わぬ美しさが、この地には溢れている。運河に囲まれた人工島。そこに咲き誇る瑞々しい草木、美しい花々。

 しかし、ハナーブにとっては、それすら興味を抱けぬものであった。
 ……姿を変え、空を飛び、ソチミルコに訪れた事にすら関心を抱けなかったならば、当然だろうか。
 青娥の背が、目に映る。それだけが、ハナーブの頭に。
 彼女は振り向き、二つの杯と共に、歩んでくる。プルケ酒が、並々と注がれていた。

「お酒は、お嫌い?」
「飲むことは、殆どありません」

 男の返事に、くすくす、と。それから、片方の杯を手渡す。半ば、押しつけるように。
 その姿だけは、何処までも興味をひいてやまなかった。
 青娥の姿は、見慣れた――といえど、数回程度しか見ていないが――色を帯びてはいなかった。この国の色に、染められていた。
 「仙術」という力によってだと、青娥は言っていた。ハナーブには、理解できない。彼の理解を超える者であった事だけは、間違いない。
 世界は丸く、彼女は世界という世界を巡ってきた。空を飛び、海を越え。石造りの壁を抜け、ハナーブの下に。「お友達に、なりませんか?」と。
 千年を超える時を生きてきた。そうも言っていた。

「嫌いでも、好きでなくても、そこは否定しなきゃ」

 青娥は言った。少し、口を尖らせるようにして。その仕草からは千年の時は感じられなかった。
 ハナーブは、少しだけ釈然としない気分を覚えた。問いに対し、正直に答えただけなのにと。
 しかし、青娥の目を見ていれば、些細な事だった。その肌と髪は染められていて、初めて見たときの、白い肌や青い髪は、何処にも無い。
 それでも、瞳は同じだった。深く、深く、携えられた青。この国では「シウ」と呼ばれる宝玉のように、美しかった。
 青娥の国では「青翡翠」と呼ばれる輝石。だが、いかな青翡翠も、その瞳の美しさには叶うまい。――青娥のいた大陸と、ハナーブの住む世界全てを捜しても、比するものが見つかることはあるまい。
 
「美味しい」

 満足そうに呟いた声は軽く、シウの輝きには、少し不釣り合いだったかもしれないが。

「でも、お酒だけというのも、さもしいわね……嫌いなものはある?」
「ありません」
「お勉強できたわね」

 青娥は、ハナーブに杯を手渡して、屋台に目を泳がせる。彼に背を向けて、歩んでいく。
 ハナーブは、青娥を見やりながら、酒を一口。口には、清涼な甘さが広がっていく。鼻には、若々しい、植物の匂い。そして、喉を刺激が通り抜けていく。……生まれて初めて、何かを美味と思ったかもしれない。

「今の貴方には口に合うかしら」

 青娥は、二つの皿を受け取って、更に足を進めた。ハナーブは、二つの杯を持ったまま、その後を追っていく。
 少し歩いて、青娥は腰を下ろした。地べたの上に。周囲は草むらになっていて、なだらかな丘になっていた。人の数が多かった。屋台で買い求めた品を脇に、草むらの上で談笑をする人々。
 まるで、見ず知らずの世界に訪れたような気分を、ハナーブは覚えた。
 ソチミルコには平穏が溢れていた。水と、花の美しさが、満ちていた。戦場など、まるで別世界のように。誇りとしきたりに満ちた、貴族の世界ともまた。

 名誉と力を纏い、生きてきた。壮麗な服と勇猛な武具を纏い、生きてきた。そんな彼には、別世界だった。別世界と言えば、酒もだろう。
 丘には、少なくない酔客がいた。この国では、泥酔は重罰とされている。彼のような戦士であれば、命すら奪われてもおかしくはない。だが、屋台船の並ぶ世界を見ていれば、建前に過ぎぬと理解できた。少なくとも、酒を飲み、陽気に語らう平民には。
 恐らくは苦笑と呼ばれる顔のままに、ハナーブは酒をもう一口。

「芋虫はわかるけれど、これは何かしら?」
「チャチラン――豚皮の、揚げ物ですよ。しかし、何かもわからず、買ったのですか」

 ハナーブは、微笑みながら答えた。チャチランをつまみ、酒を飲んでいく。

「揚げ物って事くらいはわかりますよ」

 チャチランの油を酒で流し込み、芋虫を口へ。囓れば、芳醇な甘みが口に広がっていく。美味だった。
 感じながら、空になった杯を見やる。青娥はそれを見て、

「あら、もう空っぽ。私もだけどね」

 立ち上がり、丘を下っていく。「私も行きましょう」と言って、ハナーブは後を追っていった。
 自分の人生で、女の後を追ったことなど有っただろうか? ふと、思った。
 あるまい、と思った。逃げる敵以外を追った事すら、恐らくはあるまい。

 プルケ酒を、買い求めてきた。今度は、瓢箪ごとに、買い求めてきた。
 ハナーブは、注いで、酒をもう一口。それから、草むらに身を投げ出す。ぼんやりと周囲を見やる。
 酔客は多かったが、真に泥酔している者は見なかった。目こぼしをされる程度には、節制しているのだろうと理解できた。
 庶民の知恵か、と一瞬は微笑ましく思い、同時に、どの世界でもやはり超えられぬ建前はあるのだとも思った。
 ふと、ハナーブは問いかけた。

「貴方には主があると言っていました。いかなる方なのでしょう?」

 初めて出会った時に、青娥は言っていた。己は、世界を飛んで、旅する暇人だと。
 空より訪れ、壁を抜けた女……その女の言葉は、全て記憶していられた。

「誰よりも賢く、強い方よ」

 青娥は、答えた。賛辞の言葉を、笑みと共に。
 それでいて、誇らしさは、顔に浮かんではいなかった。友人を語るときのような、親しげな笑みだった。ハナーブに投げかけるのと変わらぬ、笑みの色だった。

「貴方に相応しい」
「相応しい、はどうなのかしらね。とても、偉い人だったから。ああ、いなくなったわけじゃ無いわよ。まだいます」
「貴方に似合う者ならば、皇帝程度しか考えられませんよ」
「皇帝くらいは、権力を持ってはいたわね」

 一瞬だけ、青娥のいた国は、いかなる国なのだろう? と思った。だが、余り大きな関心は抱けなかった。あまり、考えたくはなかったのだろうか。「主」という響き。何処か、下卑た想像をしてしまった。
 覆い隠すように、話を変える。
 
「もう、宴は始まっているのでしょうね」

 そう、祭祀の前の宴は、一週間に渡って繰り広げられるのが習わしだ。本日も、テノチティタランでは、盛大な宴が行われているだろう。たった一人の、生贄のために。

「貴方がいなくても大丈夫なようにしてあるから、気にすることは無いわ」
「ええ」

 ハナーブは頷く。青娥が言うならば、そうなのだろう。彼女の仙術ならば、何事も能うのだろう。ハナーブは思い、草の上に、身を預け続ける。

「このような時間を、日常と呼ぶのでしょうか」

 このような時間を送っていること、それ自体がなんとも不思議だった。あと四日の後、彼の胸には、黒曜石の刃が立てられる。鼓動する心臓を、神に捧げる。今と同じような、姿勢で。
 最大の名誉だと思えば、恐れは無かった。元来、死に場所を捜していたのだ。そうも思えていた。命に従っていれば、何事も意味など考える必要は無かった。
 それだけで、何よりも充足した日々が待っていた。

 今の時間は、かけ離れている。死とも、戦とも、名誉とも。
 酒を飲み、寝そべり、世界は安息に包まれている。
 それでも、太陽が目映いことは、変わらなかったが。

「どうかしら」
「少なくとも、私には初めてです。この一年間、あらゆる贅の類は尽くしてきた。あらゆる名誉と崇敬は私の物だった。しかし、酒を飲み、横たわる時間は無かった。戦士で有った頃も、メシーカ族との戦に全てを賭してきた頃も、こんな時間は無かった」

 くすり、と青娥は笑い。

「もし日常だとしても、これは駄目な人間の日常ね」

 違いない、とハナーブも笑みを溢した。太陽の光の下で、酒を飲み、芋虫をつまみ、眼前には、青娥の笑み。 
 日常。それがどんなものかは、よくわからない。理解するための時間も、彼にはないだろう。
 それでも、彼は心底から愉快に思えた。

「ニャンニャン、貴方は、今、ここにいる。それだけで、なんと世界が美しくなることか」
「あらあら、真っ昼間に素っ頓狂なことをいっちゃって」

 太陽は、輝いている。いずれ、この瞬間は終わる。太陽は沈み、夜が訪れる。

「私は基本的に真面目だから……まずは、お友達からよ、何事も」

 それでも、この瞬間には、青娥がいる。太陽が輝いている。
 
「未だ、友人ではないと?」
「まだ、親交を深める時間はあるわよ」

 青娥は、くすり、と笑った。 

「ええ。まったくです」

 今は、まだ明日を信じていられる。あと四日後に、ピラミッドへ昇るまでは。その次は、訪れない。永遠に、訪れない。
 ハナーブは、笑みを浮かべていた。何処までも平穏で、穏やかなソチミルコの中で、ぞくりとするような寒気を覚えた。

 その次は、ない。
 その事実に。
 死は、未だ微塵も恐れてはいないが……。

 ◆ ◆ ◆

 この国の宴は、夜明けまで続けられるのが習わしだ。彼が、宴より戻れば、外は明るい。
 窓から、テノチティタランの朝を見下ろす。静かだった。周囲には、二階建て、三階建ての建物が建ち並ぶ。一目で、貴人の地だと、理解できる。
 空に向けて重ねられた屋敷。この国では、貴人と戦士のみが、住むことを許される。
 
 窓からは朝日が差し込んでいて、壁を、照らし出していた。
 流石に、疲弊していた。今日も、宴だ。恐らくは、眠るべきなのだろう。あと二日の命で有ったとはしても。
 とはいえ、幸いにも、彼の体は逞しく、彼は未だ若い身だ。酒を飲みながら、起き続け、考える事が許される体で、考える。

 酒を、一息に開ける。僕を呼び出し、酒を運ばせる。
 流石に、奇矯な顔を投げられた。そう、この国の戦士は、酒を好まないのだから、彼らが飲むのは、高貴なるショコラトルのはずだから。
 とはいえ、拒絶されるわけもない。酒自体、前もって山のように買わせておいた。祭りの主賓の命に、逆らう僕がいるはずもない。

 ――逃げ出したとしたら。

 ハナーブは思う。僕は、僕であると共に、見張りでもある。いずれも、武に覚えのある兵ではある。
 それが八人、己は、酔った身。

 壁を見やる。壁には、黒曜石の剣と、戦士の衣服が掲げられている。二度と振るわれることのない武具――名誉の象徴。
 アステカの民は、ハナーブの傍らに、武具を置くことを許した。それは、戦士に対しての礼儀であった。
 僕も、決して厳重な見張りは行わない。その信頼もまた、戦士への礼儀であった。

 テスカトリポカの化身は、選ばれ続ける。祭祀が終わった瞬間……虜囚の中で最も勇猛な者が、化身とされる。
 そのほぼ全ては名誉と共に、太陽と、アステカの、そして……太陽を持つ全ての国の、礎となった。
 とはいえ、逃亡者が皆無だったわけではない。ごく僅かだが、死を恐れ、名誉を拒んだ者もいた。
 その際には、僕が代わりの贄となるのが習わしだ。

 逃亡となれば、僕は追うだろう、必死に、追うだろう。
 勝てるか? 問いかけ、即座に可能だと判断する。
 それは「考える」事ではなかった。戦士としての経験が、考えるまでもなく判断させただけだ。腕に覚えのある者とは言え、自分の技量なら、容易に下せると理解できていた。

 ならば、逃げた後にはどうか?。
 軍事に優れていたのみで、アステカが偉大なる帝国になったわけではない。ただの戦士にも、それは理解できていた。
 アステカの政は、属国に富をもたらした。整備された道、進んだ農業。それらが、飢えのない世界と富を各地にもたらしたからこそ、人心を掴んだからこそ、アステカは今日の繁栄を向かえたのだと。

 そして、太陽に心臓を捧げるのは、この世界の民の習わしだ。
 名誉を捨てた逃亡者を受け入れる国は、何処にもあるまい。それが、例えアステカの敵国であってもだ。
 これもまた、考える事ではなかった。何一つ、悩むことはない、ただの、経験に導かれる判断だ。

 しかし……と思う。青娥がいれば、仙術があれば。
 青娥が助けを行うかはさておき、ならば叶うのだろうと思う。
 青娥からは、様々な話を聞いてきた。空を飛ぶ化け物……旅人は、言っていた。世界は丸いと、海の遙か向こうには、異国があると。青娥の住んでいた国、あるいは、青娥の生まれた土地、その他無数が。
 何もかも実感は出きなかった。荒唐無稽な妄想と切り捨ててもよかった。真実そうだと思うことも出来た。
 もし、真実だとすれば。……思う。
 名誉を捨て、青娥娘々と共に生きる人生。
 これは……考える事だった。言い換えれば悩み、決めかねることだった。
 
 無意味だ。
 しかし、ハナーブは結論を出す。いずれ、自分は死ぬ……。 
 青娥は、言っていた。千年を超える時を生きてきたと。真偽はさておき……いや、真偽も無意味な事ではあった。

 やはり、虚しいのだ。
 死にたくないわけではない。自分の死が問題では無い。いかな形であろうが、青娥を目の当たりに出来ないことが怖いのだ。青娥と共に有る瞬間が消えることが、恐ろしいのだ。
 アステカから逃げることが可能であっても、死の定めからは逃げられない、死よりは、喪失と言った方がいいのかもしれないが。
 
 いずれにしても、何が出来るわけでもない。無意味に、彼は思い悩む。プルケ酒を飲み、忘れようとする。しかし、彼の体は、余程酒に強いようだった。名誉を思いつつ、酒を飲み続ける。
 テオナナカトルを、貰ってくるべきだったと思った。「神の肉」の意を持つ、催眠作用を持つ茸。テオナナカトルにより、幻――いや、神の声を聞くことを最後に、この国の宴は終わる。

 今日の宴も、それで終わった。あの時は気軽だった。余計な考えも、消えていた。
 だが、それも無意味だと思う。結局、青娥は側にいないのだから……。
 そして、次の瞬間。心臓が止まるような感覚を覚えた。

「ニャンニャン!」

 叫ぶ。その姿を見たかった。白い肌を感じ、シウの瞳を、見ていたかった。そして、

「あら、おはようございます」

 瞬間、計ったように、青娥の姿が見えたのだから。いや、計ったのかもしれなかった。
 だが、それがどうしたと言うのだろう?
 いかな手段で、この屋敷に訪れたのか、朝の光の下、二階の壁を抜け……。

「ニャンニャン! 会いたかった! 会いたかった!」

 力の限りに叫ぶ。僕は、聞いているだろうか? 階下に控える、四人の妻も……
 どうしたというのだろう? 目の前には、青娥がいる。この瞬間は、傍らにいる。
 それ以上、何も考える必要はない。

「それは嬉しいこと。でも、おねむそう」

 呟き、微笑みかけた。

「とても考えていて、眠そうだから、また改めることにしますね」

 そして、口を開き、ハナーブはぞくりとする。青娥が、眼前から消えることが。それは、太陽が消え去る程に、恐ろしかった。太陽が消えることと、同義だった。

「眠気など何になろうか? 考える事も、意味などない。ニャンニャン、貴方を見ていれば――」

 叫ぶハナーブの口を、細い指で青娥は抑えた。

「考える事は、いい事よ。辛いけれど、多分、素敵な事」

 すっと、浮かび上がり、

「大丈夫、あと一日と、一回は、貴方といることにするわ。貴方が、考えられる内に」

 窓へ、簪を指に、そして壁に当て、青い瞳は男を捉えたまま。

「また、明日会いましょ?」

 その姿は、消え失せた。
 幻覚とも思えた。青娥娘々……その存在全てが、夢幻、あるいは妄想だとも思えていた。
 私は気狂いだ。自覚し、それもまた、考える必要も無いことだった。
 青娥に、心底から魅了され、未だ、自分の心臓は鼓動している。
 あと一日と、一回は、感じられる。瞳を、見つめられる。
 それ以上、何を思う必要があるのだろう?
 せめてが、考える事だった。考える事は、青娥娘々。それだけでいい。
 考える時間は、心臓のある内、それだけでいい。

 ◆ ◆ ◆

 そうして、日は沈み、今一度上り、再び沈み。
 ここは、太陽の消えた世界。
 ならば、彼の見る最後の夜だ。傍らには、シウの瞳を持った女。横になって座るのは二人だけ。四人の妻も、宴も、無視した。最後の晩、その程度は勿論許される。
 ハナーブは、窓を見やりながら、穏やかに呟いた。

「ずっと、思っていました。死など恐れるまでもない。これまでに生まれた全ての者は死んできた。ならば、可能な限り上手くやり遂げようと思っていました。だが、今は恐れ、虚しさを感じてしまう」

 目を瞑る。全てが消えて、暗い闇。
 その中で、彼は青娥の手を掴んでいた。暖かな感覚が、柔らかな掌から伝わってくる。
 この瞬間は、この瞬間だけは、確かに彼女が側にいる。
 じっと、剣を見つめる、傍らには、空を飛び、人には理解できぬ力を操る、異国の女、白い肌。

「ほんの僅かな時間だけですが、逃亡を考えました。貴方は、あるいはそれを成し遂げさせてくれるのかもしれない――」

 ハナーブは、大きく首を振った。

「――しかし、逃げることに意味があるとは思えない。名誉を捨て、隠れ住む逃亡生活。それは性には合わない……だが、それが本質ではない。仮に、逃げれば、貴方が手を貸してくれれば、数十年の間、共に生きていくことが出来ましょう」
「そう、ね。私がそうすれば」
「だが、私は死ぬ。いずれは死ぬ。ならば、明日死すも、百年先でも、変わりはない」
「諸行無常」

 静かに、青娥は呟いた。男に、しな垂れかかるような仕草で。

「と、私の主が説いていた教えにはあるわね。全ては儚く消えてしまう。なんとも虚しいものだって」
「理解できるように、思えます」

 目を閉じ、ハナーブは炎のゆらめきを見つめる。揺れる炎が、闇に瞬いている。やがて、燃え尽きる炎。炎が照らす青娥。青い瞳。

「ニャンニャン……とても、失礼な言い方になるでしょう。しかし、私の紛れもない本音でもあるのです」
「どんなことかしら」
「貴方を知ることも、理解することも、恐らく私は望んでいないのです。だから、貴方と長い時間を過ごしたとしても、何も変わらない」

 くすり、と青娥は笑う。

「本当に酷い言い方。こういう時はね、嘘でも内面を褒め称えたりするのが、女心にはいいのに」
「承知しています……ですが、これは紛れもない本音なのです。私にとって、貴方は出会った瞬間が全てだ。その、シウのような瞳で見つめられたときが、全てだ。それが、いつまでもあって欲しい、それだけでいい。それを失うことは、もっとも恐ろしい」

 青娥の笑みは、一層愉快そうに。

「正直な人は好きよ。そこまで褒めるのも悪くはないわ……五割くらいの評価は、あげてもいいのかしら」

 そして、男の黒い瞳を見つめる。ハナーブとの背丈の差を思えば、座っていても、少し見上げるような仕草になった。

「……私には、瞬間が全てです。ニャンニャン、貴方を見たときから、それだけが全てです。……元来、考えるのは不得手です。戦士で有った頃は、敵を屠るのが全てでした。眼前に有るそれをこなすだけだった。しかし、私は敗れた。そして、最大の名誉を与えられた。死を与えられることになった」

 ハナーブは叫ぶ。青娥は、静かに瞳を見据えている。

「死を、恐れることも、悩むことも必要なかった。戦士は死と名誉のために生きると、私は感じていました。古老に、聞いたように、他の戦士の、話すように」

 視線はそのままに、青娥は、口を開く。

「……私は、死ぬのが本当に恐ろしいわ。私の人生は、死なないためにある。少なくとも、半分以上は。その為にはどんな努力も惜しまない、何をしてでも、死に抗っている。私の持っている力の殆どは、死なないための力の、おまけよ」

 その顔は笑みのまま。それでいて、先刻とは違った色を帯びた笑み。 

「ねえ、ハナーブさん」

 儚さと、悲しさを、抱いた笑み。ハナーブにすら――心の機敏などには最も遠い戦士――ですら、理解できる程に。

「でもね、本当に、不思議なんだけれど、世の中には死にたがっている人が山ほどいるの。貴方も、そうでしょう?」
「私は……」
「あるいは、そうであった」

 己は、死すために生きてきた。思い続けていたはずだ。
 なのに、即答できなかった。

「……」

 無言のままに、青娥を見つめる。見上げるよう顔が、顔だけが、視界に、頭に。

「……」

 死は常に目前にあった。眼前に意識してきた。
 それは間違いない。名誉を思えば、死などさしたる事ではない。この国の神話が伝えるように、死すれば太陽の国に行くのならば、それでよかった。
 よしんば、死の先に何も無いとしても、構わなかった。何も無いなら、恐れも何もがないのだから。

「私は敵国の虜囚であり、心臓を奪われる身。しかし、アステカの民は、私に十全にも程のある敬意を払ってくれました。一年と少し前、殺し、殺された戦士達。彼らは、私に、敵意の一つも見せなかった」
「お偉いさんに気を使っているんではなくて」
「この国では、戦士こそもっとも気高く、崇敬される存在。皇帝もまた、偉大なる戦士で有るが故に、畏敬の念を集めている――いえ、そんな言葉などいりません。私は戦士だ、殺し、殺されるために生きてきた身だ。戦士なら、戦士を理解できます。我らは……死を望まない、死は、すぐ側にあるもの。望む望まずにかかわらず、受け入れるだけのもの――」
「とても気取った、男の人らしい理屈」

 呟いて、青娥は、立ち上がる。座ったハナーブを、見下ろすようにして。

「――思っていました。名誉は、死を忘れさせてくれた、しかし、貴方は名誉を……」

 笑って、先刻の儚さは消え去った笑みで、何処か茶化すような色合いで「嫌いではないわ」と。

「私にはとても大切な人がいてね……心配しないで、男の人ではないわ」

 青娥は、窓へ向けて足を進める。ハナーブに、背を向けたまま。笑みを浮かべたままなのだろうか、座り、その背を見つめる彼にはわからない。

「芳香、と言うのだけれど。とても後ろ向きでね、悲観的で、泣き言ばかり言っていたの。彼女が笑った姿、何回見たかしら。両手が有れば足りるわね。ねえ、ハナーブさん、貴方、詩はお好き?」
「あまり、詳しくはありません」
「詩を理解するには、考えないといけないからね。貴方は苦手そう」

 笑い声を投げかけ、青娥は星を見やる。頭を、窓から出しながら。

「この土地の星は、私の国とは全く違う。当たり前だけど……でも、人は何処に行っても同じね、見た目も文化も何もかも違うけれど、少なくとも詩が好きな人間は後ろ向きで弱くてどんよりした人間ばかり」

 偏見は百も承知だけど、呟き、青娥は振り向いた。貼り付けたような笑みを浮かべていた。

「私は、強い人が好き。主は強い人だし、これまで好意を抱いて、親しくなろうとした人は、みんなそうよ……一人を除けば。私はそんなに強い方じゃないから。好きになるのかしらね」

 そっと、男に歩み寄る。

「芳香がね、死ぬ前に言ってたわ。『もう、何も考えたくない』って」
 
 ハナーブは、一瞬、ぞくりとするような気分を覚えた。青娥の口から漏れた声音。その、沈んだ色。青娥の口からそんな声音が出るなど、想像も出来なかった。

「そう言って、自分で自分を殺した。最低の人生だったんでしょうね。当人に取っては。何不自由ない生活が出来る家に生まれて、詩の才もあって――まあ、他人から見ればそんなに悪くも思えなかったのに」

 でもね、と続け、青娥は、ハナーブの頬に手を当てる。両手で、包むように。

「私は、芳香が好きだったわ。他の誰よりも、大切で、愛おしい。不思議ね。私の好きな人間とはまるっきり逆の、弱い存在だったのに」

 翡翠の瞳で、黒の瞳を見つめる。

「ハナーブさん。貴方は、人に話したくないような、大切な思い出って有る?」
「……いえ」

 短く、ハナーブは呟いた。即答だった。考えるまでもないことだ。直感で思えた。

「そうでしょうね。名誉に溢れた戦士様だもの。私には、あるけれど。少なくとも、芳香との間だけには。主や他の人との間には……たぶん、ないわね」

 言いながら、青娥は頬をさすった。いかに高貴な布よりも柔らかく、いかに高貴な羽毛よりも暖かな手触り。

「あるいは、考えたことがないのかもしれません。私にとって、全ては眼前にあることで――受け入れるか、砕くか、それしかなかった」

 ああ、そうなのだろう。ハナーブは思った。万事が、そうなのだ。考える事など、彼には必要なかった。彼は強く、逞しい。思い悩む必要など、元来存在しなかったのだと思えた。

「聞いた話だけれど、貴方たちが――生贄の向かう天国は、東にあるそうね、トナチウヒカン。あらゆる悲しみも、苦しみも存在しない、太陽の国が。貴方は、信じている?」

 一瞬だけ考え。結論はそれだけだ。

「わかりません。死ねばわかるのでしょう。そうであれば、いいと思っていました。そうであればと、望んでいました。しかし、それもまた、考えずの考え……生きている間の事も考えられなかった身が……どうして、死の先を考えられましょう」
「未知生、焉知死」

 青娥は言った。聞いたことのない響き、抑揚。ハナーブには、意味が掴めない。言葉なのだろう。とは思えた。恐らくは、異国の――遙か西でも、東でもある、国の言葉なのだろうと。

「意味はね、貴方と言ったことと同じ。未だ生を知らぬのに、どうして死がわかろうか。まったく、その通りだと思うわ。……本当に、生きていることはわからない。死んだ人は、あんなにも愉快に笑っているのに、何故私は死にたくないんでしょう」

 続けた言葉も、意味が掴めない。だが、それがどうしたと言うのだろう? 目の前には、心を捉えて離さない瞳が有って、頬には、体温を感じられて、この瞬間には、青娥が目の前にいる。

「ちょっとはわかったこともあるわ。世界は丸いの、西にずっと行けば、東の果てに出るの。この国には、西にも天国があるんでしょう? 戦で死んだ人や、子を産んだために死んだ人は、同じような楽園に向かう。西の天国に、向かう。私の国も同じ。東の果てには蓬莱国があって、西の果てには西方浄土がある」

 まったく、と呟き、青娥は頬から手を離す。ハナーブの傍らに、座り込む。

「ずっと遠くの世界に、みんな、憧れるのかしら。芳香みたいに。誰にも手が出せない遠くなら、何も考えずに愉快に暮らせると思ったのかしら。そう言う人は、美しいわね。私や主みたいに、死を恐れる人とは違って」

 呟いた言葉は、一人ごつように。

「私は、鳥の声も、翡翠の輝きも、花の香りも、世界の大体が美しいという物は、ちっとも興味がないの。私が好きなのは、人間だけ。だから、旅をしてきたわ。沢山のお友達が欲しいから。芳香のお友達が、私のお友達が。ねえ、ハナーブ」

 不躾にも聞こえる響きで、青娥はハナーブの名を呼んだ。恐らくは、親しさを込めて、名前だけを、何も付けずに。

「どうしてなんでしょうね。私が好きな物は、どうしてこうも儚いのかしら? どうして、それしか好きになれないのかしら? ねえ、ハナーブ。貴方は、明日死ぬわ。今更言うことでもないけれど」
「ええ」

 ハナーブは、笑う。笑う以外、どのような表情を浮かべればいいのだろう? 少なくとも、この瞬間の彼は愉快だったのだ。傍らに青娥がいる。それだけで、何も考える必要など無かった。

「私は、貴方とあと一回だけ会うつもりよ。どうやってでも、明日、貴方に会うわ。その時に、返事を聞かせて欲しいの。……友達になってくれるかを」
「最後の晩を過ごす相手が、友人ではないのですか?」

 あるいは、愛人。言いかけたが、口に出さなかった。

「もっと、末永い付き合いになるわ。永遠と呼んでもいいくらいの長い時間。遙か東方の果てで、私たちは愉快に暮らすの。悩むのは私だけでいいから。貴方たちは、何も考えずに、幸福に暮らすの。貴方みたいなお友達は一杯いて、みんな、主の住む廟の下で、今は眠ってる。芳香みたいに」

 青娥は、立ち上がる。

「何も……」

 何も。そうなのだ。

「何も、実感は出来ません。それでも、何も変わらない。これまでの私と、変わらない」

 何も考える必要など無い。傍らに、青娥が居る。それだけでいい。
 ハナーブは、笑った。心底から、愉快そうに笑った。

「何も考えない生き方は、幸福よ、嫌ね、考えない方が幸福なのに、考える方が、きっといいことなんだから」

 青娥は、そっとため息。それを見て、ハナーブは笑い続ける。

「一つだけ残念なのは、貴方が、私だけのものでは無いことだ」
「そういう付き合いは、もう卒業してしまいました。仮にも未亡人ですからね」
「初耳だ」

 それもまた、考える必要の無いことであった。青娥は、眼前にいる。この先も、側にいる。ならば、それ以上何が必要なのだろう。

「しかし、最後に願いがあります。貴方の仙術を持ってすれば、容易でしょう? ニャンニャン」

 自分は、何も考える必要など無いのだから。
 それでも、僅かに願いを伝えたのは、彼がまだ生きている証なのだろうか。考えられる証なのだろうか。
 こくり、と青娥は頷く。ハナーブは、心底から満足そうに、頷きを返した。

  ◆ ◆ ◆
 
 故に、その時であっても、同様に、笑っていた。笑っていられた。

 太陽は眩しい。赤く、赤く、燃えている。人々を、照らしている。
 ピラミッドの頂上に、彼はいた。己の足で、上り上げた。ピラミッドを囲む人の数は、如何ほどなのだろう? 
 到底、数えきれたものでは無い。その全てが、永遠を信じている。アステカと、太陽の永遠を。
 そして、永遠のために、捧げられた赤が、ピラミッドを染めている。残すは、最後の一人。
 
 ――永遠など、存在しない。今暫しの後、アステカは滅ぶ。その文化も、神話も、民も、そして、世界で最も壮麗な都も、破壊し尽くされる。海の果てより訪れし、白き肌の征服者によって。
 神々が与えし文化も、そのほぼ全てが、燃やし尽くされ、永遠に消え去った。後に「フランシスコ」と呼ばれる男が――日出ずる国の民が、この地に降り立った頃には、茶色の肌の人。その教えが、この地を支配していた。白き肌の神の子。その絵が、掲げられていた。「ヌエバ・エスパーニャ」と呼ばれる地では、アステカの神々など、とうに消え去っていた。

 神ですら予期できなかった未来。運命は、神さえも殺す。今ではメキシコシティと呼ばれる地に住む民も、やがて死ぬだろう。太陽も、数十億年後には滅ぶだろう。その時に、血を捧ぐ人など残るものか。

 それでも、この瞬間には、太陽が瞬いている。この瞬間には、彼の前には青娥の姿が有る。
 眼前にいたのは、神官の衣服を纏った男――それでも、ハナーブには、はっきり理解できる。それが、何者かを。シウの瞳が、青い輝きが、そこに有ったから。
 ならば、考える事など不要だ。この瞬間を感じ、瞳を感じるだけでいい。

 ハナーブの四肢が、ピラミッドに押し当てられた。何一つ。考える必要など無い。
 神官が、黒曜石の刃を上げた。一瞬が、永遠となる。人には、永遠と感じられる時間が始まる。
 胸に、刃が当てられた。赤い血が、天に向けて吹き上げられる。最後の瞬間、彼は見た。それは、声だったのだろうか、口の動きだったのだろうか。視覚も聴覚も既に無く、幻想だったのだろうか。
 それでも、彼は満足だった。

 ――素敵な墓場で暮らしましょ。

 最後、そう、見えたか、聞こえたか、感じたか。もはや、わからない。
 それでも、彼は笑っていた。心底からの笑みで、彼は返事を返した。
 彼の体から抜き出された心臓は、赤く赤く輝いていた。彼の頭は、二度と考える必要は無い。最後に浮かべた笑み。それは、いつまでも浮かんでいるだろう。
この作品に登場するアステカ、時代考証、青娥などはフィクションで有り、青娥は作者の横で寝ています

(以下追加あとがき)

An nochipa tlalticpac
zan achica ye nican
Tel ca chalchihuitl no xamani
no teocuitlatl in tlapani
no quetzalli poztequi
An nochipa tlalticpac
zan achica ye nican

地上に永遠は無く
ただつかの間のこと
翡翠も砕け
黄金も溶け
ケツァルの羽根も散りゆく
地上に永遠は無く
ただつかの間のこと

――ネサワルコヨトルの詩から。
Pumpkin
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コメント



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1.8リペヤー削除
雰囲気がいいお話でした。
最後に「素敵な墓場で暮らしましょ」を持ってくるとは御見事。

そしてあとがきコラwwww

なにはともあれ、面白かったです。
2.6アメリカ探索者削除
古代アステカと青蛾の一時をかんじました。
3.7削除
まさに青娥、という妖しい魅力に溢れていました。
4.7烏口泣鳴削除
青蛾の妖女っぷり。
異文化の描写が詰め込まれていて楽しい。
5.10エーリング削除
野辺の花でも摘むように気軽に、他者の精神を揺るがして弄ぶことにまるで躊躇が無い。その癖心のありようには矛盾を抱え、脆く儚げでもある。この青娥は、実に素晴らしい霍青娥ですね。芳香のエピソードが特に好きです。この物語を読めたことを作者さんに感謝します。
6.6がま口削除
濃厚で雄大な歴史ロマンですなぁ。
ニャンニャンはこの時代からいたるところに出没しては、こうやって幾人もの人間を虜にしてきたのですかね。
よく作り込まれた文体や台詞回しと相まって、そんなニャンニャンの身勝手だけど切ないキャラクターが強調されていたと思います。
7.2みすゞ【5点満点】削除
ちょっと文章が読みにくかったです。読点がくどく感じたのと、聞き慣れない名称が多すぎたせいかもしれません。でもアステカを舞台にした東方というのは新鮮でした。雰囲気も好みです。
8.10ししとう削除
アメリカをそうとらえたか、と目から鱗でした。
話はシンプルなのに、ぐいぐいと引き込まれました。
9.6百円玉削除
とても哲学的?ちょっと、難しい。 
『アメリカ』というお題をこういうふうに扱うのにはなるほどと思いました。青娥娘々のやり口を垣間見れました。
10.8みく削除
中央・南アメリカネタはやってみたいと思いつつ断念したので、よくぞやってくれたという感じです。二人の死生観の対比も素晴らしかったです。
読んでいて、あまりに関係が自然すぎるかなと思うところがありました。青娥はどこに行こうと馴染みそうなので構わないのですが、ハナーブたちアステカの人間が青娥という異物を簡単に受容しすぎているなと。
アステカ人と異国人の間の文化差、細かなズレを思わせるちょっとしたやりとりを交ぜて欲しかったというか。

以下はそれに関する一例ですが、自己満足な面があるので読み飛ばしてもらって構いません
最初「ん?」と思ったのはハナーブが「ニャンニャン」と言った場面でした。アステカ人って小さい「ゃゅょ」を発音するのかなと疑問に思ったのです。
詳しくないので軽く調べた限りの話ではありますが、アステカの公用語だったナワトル語に[ny][my]といった音韻を含む単語は見つかりませんでした([ch]はあるので「ゃゅょ」はありました)。なので、ハナーブが「ニャンニャン」と言えるようになるのはけっこう苦労したのではないでしょうか。
もちろん私は言語についてはド素人ですし、綿密に調べたわけでもないので、考証自体はどうでもいい話です(点数評価にも含めていません)。ただあくまで私の勝手な一案ですが、最初の方でハナーブが「ニャンニャン」を言い損じて青娥に訂正されるみたいなシーンに、活かせたんじゃないかなと。
11.8あらつき削除
とてもしっかりしていて、良い物語。

主人公の気持ちは移ろうのだが、終始一定調子の印象を文章から受ける。良いとも悪いとも思えるけれど、悪いという風に捉えました。主人公の熱が伝わってくるべき物語だと思いましたので。
12.5deso削除
できれば、青娥との出逢いから描いて欲しかったと思います。
主人公と青娥が最初からフレンドリーで、読んでて置いてけぼりだったので。
雰囲気は良かった。この題材を選んだチャレンジャー精神も◎。
13.8ナルスフ削除
なるほど、アメリカ合衆国ではなくアステカ帝国を題材にするとは。
アステカの人身御供に青娥を絡めてこの独特な雰囲気の作品を作り上げたのはお見事。
ハナーブさんの考え方の推移、青娥への傾倒ぶりが生々しく伝わってきてグッドでした。
――そしてこのあとがきである。
14.9文鎮削除
南アメリカ!アステカ!そして青娥という組み合わせ。もう脱帽です。
偉大なる文明やそこに暮らす人々の想いが丁寧に描写されていて、歴史書の中の存在でしかなかったアステカがすっと馴染み深くなりました。
話の中で芳香の名前が出た時、ゾクッとしましたよ。
青娥は芳香のお友達を探すために世界中を旅していたんですねぇ…
偏見なのですが、娘々って悪意は持っていないのに「罪な女」という言葉が似合う女性だと思うんですよ。
15.5あめの削除
ファンタジーのような雰囲気は好みでした。
青娥ならどの時代のどこにいてもあまり違和感がありませんね。
ただし、作者の横だけは絶対に
16.4めるめるめるめ削除
アステカ文明に馴染みがないこともあって、いまいち風景が見えてこないもどかしさがありました。
アステカ文明ならではの要素は織り込んであるけど、らしい雰囲気は感じられなかったような、そんなもどかしさでした。
17.4ito削除
ハナーブがいいキャラクターでよかった。無骨で不器用な人物ですね。
「主」という言葉に下卑た想像をするところとか可愛い。男だけど。私のイメージは土方歳三かな。
で、気になったのは、青娥がハナーブは詩が苦手そうと言うところ。
ハナーブは絶対、詩人の才能がある人ですよ。
未知生、焉知死に通じる考えを素で言い、異性に心を奪われ空想にふける。
夢を夢見るロマンチストが詩が苦手なわけはないと思うんですよ。
また、ハナーブが逃亡を考えつつも、生贄となることを選んだのはなぜだったのか。この点には、しっかりした動機付けをして頂きたかったと思います。
18.4がいすと削除
インディアに行ってもにゃんにゃんはにゃんにゃんであった。

え?にゃんにゃんが横で寝てる?え?作者よしかちゃん!?
よしかちゃんなのか!?!???!?!?!?!?!?!?!?!?!?
19.8白衣削除
南アメリカもアメリカ。良いアメリ感でした。
20.10名前無し削除
取り急ぎ、点数のみで失礼します。
21.7K.M削除
アメリカ、でアステカが来るとは思わなかったが言われれば納得。そして最後で台無しだw