第十三回東方SSこんぺ(アメリカ)

たんぽぽの君

2014/03/09 23:58:47
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 すみれ、たんぽぽ、れんげそう。花壇で愛でる花々とは比べるべくもない雑草類だけど、庭にぽつりぽつりと色をつける、その小さな花も愛らしいので、あえて私は放っておいた。
 すると、どうだろう。おとなしい少年が、人が変わったように「わあっ」と喚き、猛然とそれらをむしり始めたのであった。
「ダメなんだ。花が勝手に生えて、庭を汚すの」
 庭を汚す? 花の何が汚いのか。その感覚が私には理解できなかった。
「一面の緑の芝がないと。紳士は立派な庭を持ってるんだ。綺麗な芝生の庭を」
 爪の間に小石や黒土がいっぱいに入っても、手指の皮がボロボロに傷ついても、少年は驚くべき執念をもって、なお土を掘り返し、根と花茎を素手でむしり続けていた。
 思わず「やめなさい」と制止するが、その手に弾かれるように少年はしがみついた。怯えきったように、すがるように。
「緑の……芝が、パパは一番好きなんだ……幽香さんの髪みたいに、綺麗な緑の芝が」
 彼は泣きじゃくりながら、そう呟いた。
「この花はダメなんだ。あっちゃいけないんだ。パパが、パパが……帰ってこなくなっちゃうから」



  1

 盛夏の折に、今を盛りと咲き誇るひまわりの花を何輪か摘んで帰る最中だった。
「あの、お姉さん、道を教えてください」
 やにわに声をかけてきたのは、歳の頃は十かそこらの奇妙な少年だった。奇妙と言えば語弊があるかもしれないが、郷の子供たちとは似ても似つかず、人間にしては、とにかく綺麗すぎて現実離れした、花の妖精と見紛うばかりの、上品で可憐な少年だった。
 未だ大輪の花ではないが、路地に咲く花のような朗らかさがあった。
 いささか塵埃にまみれてはいたが、身にしたものは上等な洋装。やわらかな金の毛髪、宝石みたいに碧い目。透き通るような白い肌。少年らしい爽やかな、人懐っこい笑み。
 道を失って彷徨い続けたのだろうか、ひどく憔悴していたが、彼の心身に備わった気品は、それによって損なわれるものではなかった。
「教えてあげてもいいけども、あなたのお家にはもう、帰れないでしょうね」
 迷い子なんて無視しても差し障りはなかったのだけど、気まぐれな心が囁いた。思いがけず野辺に咲く花を見つけ、私は上機嫌だった。少しの意地悪と、少しの親切をしてみたくなったのだ。
「あの、ここは……」
「ここは、幻想郷。外界で忘れられ、幻想となった物が流れ込む場所よ」
「げんそう?」
「まぼろし、うそ、気のせいってこと」
「気のせいって、僕が?」
 少年は、困惑の眼差しを見せた。
「確かに僕は、ここにいるんだけど?」
「世の中にとっては、いないのも同じっていう意味。つまりは捨てられて、忘れられたってことじゃない?」
 きっぱりと私はそう言った。
 それに対して、彼はひるまず「ああ、そうなんだ」と納得したように、ひとりごちて寂しげに笑った。
「パパもママも、いなくなっちゃったんだから、しょうがないな」
 何もかもを、少年は自らの運命として認めるように、私にさっぱりした微笑みを再び見せた。
「お姉さん、僕はこれからどうなるんでしょう?」
 その仕草は私の心にひどく引っかかった。
「私じゃないのよ……それを決めるのは」
 郷に迷い込んだ外界の者の処遇は、管理者たる八雲の領分である。
「だから……」
 次の瞬間、自分でも信じられないことに、私は彼に手を差し伸べていた。
「だから、おいで。坊やの処遇が決まるまで、置いてあげるわ」
 表面上、にこやかに付き合ってはいても、その実、花々に集る羽虫ほどにも関心を抱くこともない人間の面倒を、私が自ら引き受けるつもりになったのは、ほんの気まぐれついでだが、珍花の標本のように、手元に置いて観察したいという気持ちがあったからだ。
 外との縁を切られて幻想郷へ迷い込む者なんて、ほとんどが、戦や病や貧困で身寄りを失ったか、口減らしに捨てられた子供であると聞いたのだが、彼の身なりからは、そのような状況は思いもつかなかった。その際立った顔立ちも、上品なたたずまいも、仕立てのいい洋装や、「パパ」だの「ママ」だのハイカラな名前で親を呼ぶその仕草も、人里はおろか、外界でもこの時代には、そうそうお目にかかれまい。
 のみならず、ひとりきりで幻想郷に迷いこんでも、まるで他人事みたいな素振りで、泣き言、不安、困惑を漏らすこともない、超然とした彼の振る舞いは、単に気丈というのもあろうが、歳に似合わず悟ったような賢さが垣間見えた。
 それだけに、なおのこと解せないでいた。
 眉目は秀麗で、良家の出、それでいて利発で早熟。妖怪の私でも気を惹かれるほどの少年が、あらゆる他人に見捨てられ、忘れられ、そしてひとり彷徨っていなければならない運命を背負ったことが。
 たとえ名もなき花であろうとも、私の感じた美しさが、誰にも認められないことを、四季の花の妖怪である私は何よりも許せなかったのだ。
 



  2

「ふうん? 裕福な家庭が何の前触れもなく、離散してしまった。そんなことが起こり得るとしたら……」
 矢車菊の香りを施した紅茶を啜りながら、賓客はそう私の問いに答えた。
「おそらく、原因は戦争なのでしょうね」
 誰あろう、幻想郷の主・八雲紫であった。
「戦争って……?」
 ピンと来ない私に、彼女は続けてこう言った。
「外の世界では現在、日本は英米と戦争を始めようとしているのです」
「へえ、知らなかった」
 窓の外に、彼女の式の式たる橙と、花畑で遊んでいる少年の姿が映った。
 慈母のような眼差しでその光景を眺めながら、紫は扇を広げ、つんと澄ました顔で「知らないのも、当然ですわね」と言った。
「外界の人間同士のいくさなんて愚かしいこと、幻想郷の住民が知る必要は一切ありませんもの」
 紫はそう呟いた。
 それは、きっと結界の管理者たる彼女の矜持が言わせた言葉なのだろう。
「あなたらしい言い方ね……でも、多少は知らないと話が通じないんだけど?」
「そうでしょうね。なら、かいつまんで、話しましょう」
 紫は答え、おもむろに経緯を語りだした。
 私の理解したところでは、おおよそ彼女の発言の趣旨はこういうことだ。
 少年が生まれた十年ほど前はまだ、敵国である英米との関係は良好で、交流が途絶えてはいなかった。
 だが、日本が大陸に勢力を広げ、欧州の枢軸国と手を結ぶことで、ここ何年かで急激に戦争の機運が高まってきた。
 英米側に属する彼の父親は、家族を捨て、本国に引き上げたのだろう。
 残された母子はどうなるか。離縁されたとしても、敵国人の妻と子がそこにいるのだとしたら、周囲の人間は見過ごすわけがない。何しろ少年は異国の血を偽りようがない、あまりに際立った容貌の持ち主なのだ。元より良家の子女であったとすれば、貧民に身をやつすことも容易ではなく、母親はおそらく、失意のうちにこの世を去ったか、あるいは逃げるように少年を置き去りにしたのだろう。
「その結果、彼は外界からの縁をすべて失い、幻想郷に流れ着いた……と、そんなところでしょうね」
 もちろん、状況からの推測も入っている紫の分析は鵜呑みにはできない。
 が、私のように外界のことを知らない者にとっては、少年から根掘り葉掘り話を聞く方がよほど大変だから、紫の話を予備知識として押さえておく必要があった。
「にしても、珍しいこと」
 真剣な場の空気を茶化すように、紫はくすりと笑ってそう言った。
「何が?」
「改まって私の意見を聞いてくるとは……たかだか迷子一人のことで、幽香らしくもない」
「どういう意味よ。管理者に判断を仰ぐのは当然のことじゃない?」
「そう? それはそれは、殊勝な心がけ。褒めて差し上げましょう」
「からかわないで。話を進めて」
「何の話を?」
「あの子の処遇の話よ。まさかずっとここに置いておくわけにもいかないじゃない」
 私は憮然として先を促した。
 紫は扇の下の微笑みを崩さず、「あなたがそうしたいのなら」と言った。
「どういう意味?」
「どうもこうもありません。あなたに一任します。あなたがその子を好きなようにして結構、ということですわ」
 八雲紫の持つ、幻想郷の管理者として大きな役割のひとつは「神隠しの主犯」──外界の人間を、妖怪たちの食糧として供給するために、幻想郷にさらってくる仕事であった。
 だが、基本的には自分から郷に迷いこんできた人間は「管轄外」であるらしい。
「あなたと出逢ったのも、彼の天運のうち。迷い人たちに関しては、私は運を天に任せることにしているのです」
「あら、それは管理放棄ってこと?」
「放棄とは違います。前向きな放任主義です」
「どう違うの?」
「古人曰く、『奇貨、居くべし』」
 紫は私の茶化した言葉を受け止めて、自説を展開し始めた。
「あなたは、何も持たずに外界から迷い込んだ無力な人間が、妖の群れの中に放り込まれ、そう容易く生き延びることができると思って?」
 そうは思わない。
 幻想郷では妖怪、霊、魑魅魍魎が跳梁跋扈する。当然、彼らは理性を持って人語を解する者ばかりではない。基本的には、化け物ばかりだ。管理者たる紫の敷いた律を遵守することができるとは到底思えない。
「そう、理性のない人外の群れの中で生き残るには、相当な運と知恵、あるいは何か特別な能力が必要でしょう。そういった人間が、何かの相互作用を及ぼしあった場合、郷に大きな影響を生むと思っています。それが奇貨。私は、そう考えています」
 面白い、と私は思った。
 特別な能力を持った人間が、妖怪に肩を並べるなんてことに、本当になるのだろうか?
 もし本気でそんなタマが出てきたら、私もきっと本気で遊んであげたくなってしまうだろう。
「もっとも、それは私の考え方。あなたに強制するものではありません。判断は第一発見者である、あなたに委ねることにしましょう。そう、煮るなり焼くなり人に渡すなり、お気に召すまま。あるいは別の愉しみに興じるのもアリかと」
 紫は扇を閉じて、棒状になったそれを指でさすりさすり、舌を出して妖艶な表情を浮かべた。
「別の愉しみ……?」
「あら、異国の美少年を、愛玩動物として飼い馴らすなら、それはもう愉しみ方はいくらでも」
 私は無言で紫を家からつまみ出し、花畑の遥か彼方へと放り投げると、慌てふためいた橙が彼女の落下予測地点へと走り去っていった。



  3

 八雲紫の訪問では、最後にちょっとしたケチがついたものの、少年の出自についてはおおよそ察しがついた。
 それを踏まえて、私は少年との生活の中で、少しずつ彼の身の上話を聞き出そうとしたのだが。
「うん、幽香さんには、お世話になってるから、僕のこと話さなきゃって……思ってました」
 ひとたび彼の出自に水を向けると、彼は私の気持ちを察し、先回りした。
 最初に、自分が幻想郷に来てしまった理由を、私の説明から類推して話してくれた。
 少年は冷静に、自分の周辺の状況を把握していた。
 両親の国が、抜き差しならない状況に突入し、開戦が間近であったこと。父親が、日本にはもう戻らないだろうこと。彼らをちやほやしていた人間が身の回りから一人、また一人と、姿を消していったこと。使用人が家の蓄えを持って姿を消したこと。頼りにした親類縁者からはことごとく爪弾きにされたこと。そして、母親が家を手放し、ついには人目をはばかるように彼を置いて逃げたこと。
 そのような親の事情については、ある程度は理解していた。悪く思ってはいないと言うと言い過ぎで、恨みつらみ、わだかまりはある様子だったが、仕方のないことだと認識していた。
 彼の父親はアメリカの事業家で、母親は外国と通商をする商売人の娘であった。父親の持ち込んだ欧米式の生活を基本としていて、前庭に立派な芝を敷き詰めていた。父親はそれをこよなく愛し、自ら手をかけていたので、子供が庭を荒らすと普段の様子から想像できないくらいきつく叱った。
 芝生の起源は、英国貴族の庭園にある。芝生は飼っている羊の餌でもあったのだが、アメリカへの入植者はそれを新大陸でも再現しようとした。羊なんて飼っていないのに。
 何の役にも立たない芝草を、せっせと水をやって綺麗に育てた先から、次々に短く刈り揃えていくのだから、何の生産性もない、途方もない浪費であって、だからこそ、資産家の象徴のようなものだと言える。
 自然をねじ伏せ大陸を開拓し、ついには飼い馴らしたと自負する彼らにとって、庭全体をまるで盆栽のひと枝のように短く整えるというのは、何よりもその能力を示す恰好の印なのだと言える。
 したがって、点々と花を咲かせ、その統一された庭の色を侵食する雑草類は、怨敵であると認識されていた。特に繁殖力が強く、深く根を張るたんぽぽが嫌われていた。
 彼らにとって庭に咲く花は見つけ次第、根こそぎ、むしり取るものなのだ。
 四季の花々を愛する私にとっては、それは愚かしい示威行為であり、自慰行為であると感じた。
「だから、僕も、庭にたんぽぽが生えているのが許せなくて……パパに今でも怒られるような気がして……」
 と彼は悲しそうに語った。
 最後に彼の父親は「庭を綺麗にして待っていてくれ」と言い残して去ったという。
 その言葉は単なる方便だ。
 彼は、十分それを知っていたのだが、彼の中でとてつもない呪縛になって深く根を張っていた。
 庭の雑草を見ると、取り憑かれたように抜こうとする奇癖が、彼にはあった。
 それは、とりわけ彼と会った最初の夏から秋の間、ずっと収まらなかった。
「パパが帰ってきたら悲しむから、怒るから、庭を綺麗にしなくちゃ!」
 言葉にすれば、そんな思いが。
 最初の頃こそ何が起こったか理解できず、私もかなり心配したが、それを何回も繰り返すものだから次第に当惑が呆れに変わり、ついには「ああ、またか。面倒くさい」と思うようになってしまった。
「ここは幻想郷だから、あなたの父親は来ないし……そもそも、この庭は私の庭なんだけど?」
 という正論を吐き捨てたが、聞き届けられるような状態ではなかった。
 どれだけ聡明であっても、やはり子供であった。
 父親は彼の元には決して帰らない。彼はそれを重々理解しているはずだった。
 そもそもここは幻想郷であり、彼自身が元の世界には戻れない。戻れたとしても彼の居場所はもはや存在しない。彼はそれを痛いほど理解していたはずだった。
 その心は、だが、別の力に引き裂かれ、突き動かされていた。
 これが人間の心か……?
 厄介なものだと私は思った。
 幸い私は四季の花々を操る能力を持っている。草花を目につかないようにすることくらいは造作もないことだった。
 にしても、配慮を常に怠ってはならないなどと思うと、疲れてしまう。溜息が漏れるばかりだった。
 私は、変な仏心を出したことを度々後悔した。
 仏心? ……いや、違う。これは慈悲や優しさではない。本当にそれだけなら、紫に頼んで余裕のある里人にでも預けてしまえば良かったのだ。私自身の欲求があった。強い関心があった。
 正直に言えば、彼に魅力を感じていたのだろう。
 姿かたちはもちろんだが、そればかりではなく私はあのか弱い少年の何かに惹かれ、守り、育てたいと思った。可能性を見出そうとした。
 喩えるなら、しおれた草花に手をかけ、肥料をやり、水をやるような──いつかもっと、深く根を張り、大きな花を咲かせ、大きな果実を実らせるように、と──そんな気持ちだった。
 その果てに何が得られるのか、私自身が明確に説明できない。説明のつかない、あやふやなものだった。
 その気持ちを何と言うのか、私は知らない。
 けれども、気付けば、私はとても彼を大切に思うようになっていたのだ。



  3

「どう思う?」
「どうと言われても……気を遣いすぎですわ」
 嘆息混じりに、紫は答えた。
「人は傷を癒やすのに時間がかかるもの。子供は特に傷つきやすい。しかし、子供だからこそ傷の癒えるのも早いものでしょう。何の心配も要りません」
 少女のように清らかに、しかし歳経た老女のような貫禄をもって、妖怪の賢者は私の懸念を笑い飛ばした。
 一週間ほどの間に二度も呼び出したことに対しては、何も言わず、彼女はただ笑っているばかりだった。
「あなたが大事にしてあげれば、きっと大丈夫。花は風雪にさらされて傷んでも、根がしっかりしていれば次の花が咲くでしょう。同じよ。『案ずるより産むが易し』と言いますわ。心配しないで、幽香」
 優しくそう囁きながら、「育児相談料」としてたくさんの香り付き紅茶をふんだくって行ったのが、あいつらしいところであった。
「心配するな……か」
 確かに。
「迷惑かけてばかりで……ごめんなさい」
 奇癖が落ち着いた後で彼は行儀よく謝った。
 知っていた。ふざけていたり、わざとやっている行動ではないというのは。ただ、父親の影響が心の奥底に刷り込まれていて、止められないのだ。
 謝らなければならない。迷惑だ。そう知っているなら、本当に悪いと思うなら、止めればいいのに、止められないから、迷惑だと知っていてもやってしまう奇癖だったのだろう。
 だけど、私はその弱さを黙って許す気も、受け入れる気もなかった。
「いいわ、今はね……『我慢』しておいてあげる」
 私は彼の謝罪を聞きたいわけではなかった。しおらしく表ばかり取り繕って、申し訳なさそうな顔を見たいわけではなかった。ただ、乗り越える姿が見たかったのだ。
 弱い人間なら傷つき、また、その傷が癒えるのに時間がかかるのは致し方のないこと。子供ならばいっそう傷は深かろう。それが他人の目には見えない、心の傷であっても。
 それは、しかし、紫の言う通り、いずれは癒えるものだと信じていたかった。
「気分転換に、外に行きましょう」
 私は彼を外へ連れ出すことにした。
「カバン持っていてくれる?」
 そう言って私は右手に日傘を差し、少年を左の小脇に抱え、ふわりと人里まで飛んだ。
 慌てふためく彼に対して、私は「空から眺める、ひまわり畑も素敵でしょう?」と声をかけた。
 少年は、震えているようだった。
「怖いの? 何が怖いの? 高いところが怖い?」
 それは何に対する恐怖だったのか、私は知りたかったので、問いかけた。
「な……何で? 何で飛んでるの?」
 逆に彼が問いかけてきた。
 それは彼にとって、理解の埒外の現象を体験させられた驚愕だったのだろうか。
「質問に質問で返しても答えないわよ」
 ほんの少し意地悪に答えてみせたら、彼は騒ぐのを止めて黙りこくってしまった。
 そうこうしているうちに、人里に着いた。私は真っ先に寺子屋へと向かった。
「いい? 今から会う人には、きちんと『はじめまして』の挨拶をしなきゃダメよ。じゃないと嫌われちゃうわよ」
 噛んで含めるように私は念を押した。少年は、「子供扱いして」と言わんばかりに、むすっとした表情で頷いた。
 寺子屋で教鞭を取っている青白い髪の女性は、私と少年の姿を認めると、それらを見比べながら「おや、珍しいお客だな」とひとりごちた。
 私がとんと背中を押すと、少年はうやうやしく相手に挨拶をした。
「はい、はじめまして。私は上白沢慧音。寺子屋で教師をやっている。よろしくな」
 思った通り、少年の態度がきちんとしているから、慧音は上機嫌になって、私に対しても若干饒舌にまくし立てた。
「なあ、幽香? どうしたんだね、この坊やは。人間にしては珍しい髪の色だな。もっとも、私や幽香に言われる筋合いはないんだが……」
「外の世界の迷子なんだけど、故あって今は私が預かっているのよ」
「ふむ、なるほど。それは大変だっただろう。私に力になれることは、何かあるかね?」
「差し当たって、寺子屋を見学させてもらえるかしら?」
「お安いご用だ」
 さっそく私たちは教室の中に通された。
「あっ、お花の妖怪のお姉さん!」
 出入口に最も近いところに着席している花屋の娘が気さくに声をかけてきた。
 里の花屋には、花を卸しにちょくちょく出向いていたし、顔見知りだった。
 その声を皮切りに、教室の中は私たちをすんなり自然と受け入れる空気に満ちていた。
「わあ! 綺麗な髪!」
「珍しい!」
 話題が少年の髪色に移ったのだけど、慧音がさっき言った通りで、子供たちは私たち人外の髪の色を見慣れているから、誰も何の違和感も覚えることはなかった。
「こらぁ! 授業を再開するぞ!」
 慧音がしかつめらしく教壇に立つが、少年の金髪はまだ、子供たちに揉みくちゃにされていた。特に女の子が強い興味を持った様子で、「髪さらさらじゃない!」「本当、さらさら!」と触りまくっていた。
「おいおい! 参ったねぇ! この転入生、モテモテだぜ」
 蓮っ葉な言葉で道具屋の娘にからかわれながら、自然と、彼は弾けるように笑っていた。それはいつもの、完璧な美しさの少年らしさを装った笑みではなく、心からの破顔だったと思う。



  4

「ふーん、順調ですこと。とうに私の出る幕はありませんわね」
 野次馬根性の旺盛な管理者は、フルーツフレーバーの紅茶をすすりながら、私の相談に、実につまらなさそうに答えた。
「それで何をお話したいのです、この期に及んで?」
「彼が空を飛び始めたの」
「空を……?」
 少年は、幾度となく空を飛ぶ練習を繰り返していた。
 私に抱えられ、空を飛んだ際の衝撃が忘れられなかったのだと言った。
 初めてそれに成功した日、得意げに彼は空を飛ぶ様子を私に見せつけてきた。
「あると言うのですか? 霊力……あるいは魔力の才能でも……」
 当然、ただの人間にできる芸当ではないものだった。
「知らないけど」
 私はそっけなく答えた。そうだとしても、そんなことに興味はさらさらなかった。
「幻想郷に来て、その才能が開花したのだとすれば……本当に、私の言っていた、彼が『奇貨』だとするならば……あなたは……幽香……」
 紫は、身を乗り出してきた。
「あなたは彼をどうしたいのです?」
「私?」
 引っかかる気持ちがない、悲しくない、寂しくないと言えば、嘘だった。
 だけど、彼は人間で、私は妖怪だ。
 普通の人間として生きるにせよ、特別な能力を持っているにせよ、私と彼はいずれにしても袂を分かつ運命にあった。
「彼にどうこうして欲しいなんて希望は私にはない。ただ……」
 私は言った。本当に。初めから。そう、初めから。
「ただ?」
「彼の好きなように、したいようにさせてあげて」
「それで?」
 紫は苦笑して、「彼はどうしたいと言うのです?」と問いかけてきた。
「もうちょっとだけ、待ってちょうだい」
 里での普通の暮らしを、彼は望んでいた。
 寺子屋から帰ってくると、彼は日々の出来事を報告してきた。
 嬉々として。実に無邪気に。
 寺子屋の授業のこと。先生のこと。友達のこと。
 特に仲良しな、男っぽい口調で喋る道具屋の娘のこと。
「幽香さん、僕ね……」
 寺子屋を出た後、彼は道具屋の店子として働くのだと言った。
「……ふうん、いいんじゃない?」
 いかにも、さしたる関心もなさ気に、私は答えた。
 草茫々の庭を取り繕うことも、私にはもう必要なかった。



  5

 四年ぶりに再会した少年は、幼さを残しながら美しい顔立ちはそのままに、随分と背も高く伸びて、大人の風格を漂わせつつあった。
「紫さんに会いましたよ」
「何を話したの?」
「僕に郷の巫女になる気はないかと言われました。冗談キツいですよね。僕は一介の道具屋の住み込み店員だって言うのに。そもそも、それ以前に僕は、男ですし……」
 と彼は笑った。
 くすくすと私も笑う。
 たくさんの魂が幻想郷を花で満たす、六十年に一度の、異変の年だった。



  6

 あっと言う間に彼らの時間は、過ぎて行く。
 時は、流れていく。飛んでいく。軽く、音もなく。

 彼は道具店を息子に譲り、家の前庭を芝ではなくたんぽぽの花で満たしていた。まるであの少年の日の意趣返しのように。
 何十年ぶりかに会った少年は、もはや少年ではなかった。輝くような金髪は、真っ白に色あせていた。まるで、たんぽぽの綿毛のようだった。

 彼は、孫娘を抱いて少年のように眠っていた。

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コメント



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1.7アメリカ探索者削除
アメリカ人の来訪からの幻想入り。
幽香さんの複雑な思いがいいですね。
2.6名無し削除
最後の結末までの持って行き方、最後まで読んで分かるタイトルの意味。良い構成力でした。でも、祖父が魔法に理解を持ってるこの流れだと魔理沙が実家から勘当される理由は何になってしまうのだろう?
3.6削除
たんぽぽと髪の色の対比が綺麗でした。
4.8百円玉削除
花を愛する幽香のちょっとした気まぐれ。道端の名も無い花に手を伸ばしたお話、でしたね。
まず好きなのが幽香が少年に手を伸ばした理由です。「珍花の標本のように」と少し突き放しつつ、「たとえ名もなき花であろうとも~」のところでグッと引き寄せる多面性が幽香らしいなと思いました。
お題が『アメリカ』、少年をたんぽぽと見立てたところを鑑みるに、セイヨウタンポポ、でしょうか。そういった意味でも道具屋への奉公、孫娘の存在が活きてきますね。あちらは侵略的外来種ワースト100のようですが。
最後のシーン、幽香の情緒を描写せず、淡々とした流れが逆に彼女の想いを饒舌に語っているようでした。素敵ですね。
5.7烏口泣鳴削除
魔理沙の出自は成程と思った。
幽香と少年の関わりがもう少しあって欲しかった。
6.8エーリング削除
きれいにまとまっているお話でした。こんな過去設定があっても良いなと思います。話の落とし所には、張られていく伏線の数々から読めてしまったところもありますが、それでもこれ以外ない結末と思えました。
7.3みすゞ【5点満点】削除
魔理沙(?)が金髪なのにはこんな理由が……。発想が面白かったです。ただ状況の説明にわかりづらさを感じました。いまひとつ洗練されていないというか、飽きてくる要因になっていたと思います。盛り上がることなくそのまま終わってしまったようなので加点もしにくかったです。
8.7みく削除
「魔理沙はなぜ金髪なのか」という疑問に対する解釈も含めて、主題は好みでした。
芝生の話をもっと膨らませて、ストーリーに絡ませられたらもっと良かったと思います。
9.6あらつき削除
物語6段落の切り替えしが非常に良い。
一方で、中盤がだれてしまった印象。
10.6deso削除
物足りないというかもったいないというか。
少年と幽香の交流がただそれだけで終わっちゃうのかっていう。
話としてはもう少し何かを期待したかったです。
11.6ナルスフ削除
・・・ああ! こいつ魔理沙の祖父か!!(読後しばらくして気づいた)
なるほど、魔理沙の外国人っぽい容姿がどこから来たのかの一つの答えですねえ。
幽香が関わっているのはマスタースパークの源流だからだろうか。でもそれ旧作ネタだし、旧作絡めるならこのころの幽香は夢幻館暮らしでしょうし、単に草花がテーマだからってことでいいんですかね。
しかし後半がなんか駆け足でしたよね。
奇癖の件とかも、冒頭で印象的に描写された割にはいつの間にか片付いてましたし。
投稿もギリギリですし、時間がなかったのかな。
12.5文鎮削除
魔理沙の髪はたんぽぽの花の色なんですねぇ。
霧雨魔理沙という名前と彼女の容姿のギャップを埋めるのにアメリカというお題を使うのは面白かったです。
欲を言えば、もっと魔理沙と彼女の祖父母を結びつける描写があると、より想像を膨らませる幅が広がったでしょうか。
13.5あめの削除
面白かったかどうかと言われるとちょっと困ってしまうけれど、何か印象に残る作品でした。
特に少年が庭のタンポポを必死にむしり取る行動は良かった。最初は単純に父親のことが影響しているのかと思ったのですが、後々にこの話が少年とたんぽぽを対比させているのだと気付いて、もしかしたら芝生の中に生えるタンポポの姿に、日本人の中に混じる異質な自分の姿とを重ね合わせていたのかと思うとなかなか悲しく思えます。ラストシーンでは逆に庭にたくさんのたんぽぽが咲いていると書かれているわけですが、それが前半と良い対比になっていて、綺麗な終わり方ですね。

後はもっと少年に感情移入できる具体的なエピソードがあれば良かったかな、と。幽香に拾われるわけですが、あまりこの二人の交流が描かれていないので、もう少し何かあって欲しかったと思います。
14.5めるめるめるめ削除
少年の内面や他の人物との交流をもっと厚く書けたらよかったと思います。
15.7がま口削除
もしかして、少年は魔理沙のおじいちゃん?
戦争と緑の芝生というエピソードから、童謡のグリーン・グリーンを連想しました。
結局パパは帰ってこなかったけど、新天地で幸せに過ごせてよかったねぇ。
やや傍観気味の幽香さんも、いい意味でらしいなぁ、と感じました。
16.8ito削除
いいなあ。素敵な話だ。
たんぽぽの使い方が上手くて、ため息が出ました。
少年の金髪と老人の髪、幽香の花に対する関心、裕福な家の芝生、全てを一本に結ぶ見事な表現でした。
さらに話の構成も素晴らしいです。
謎を提起することから始まり、読者の少年に対する関心もどんどん高められるように書かれていると思う。魔理沙の祖父というラストも上手く決まっている。
いい小説を読んだなあ、という幸せな読後感でした。
しかもこの内容で20kbを切っているのだから驚き。
17.4がいすと削除
あああああああ!?これ容量で苦しんでるな!?
という典型的な一本だったように思います。
途中までドキドキと雰囲気があったのにあっという間にすぎさってしまう5以降が惜しい限りなく惜しい・・・・・・
18.5このはずし削除
最後まで読んで「なぁるほど」と納得しました。
孫娘は髪の色だけじゃなく、性格もなんとなくアメリカっぽいようなw
19.5名前無し削除
取り急ぎ、点数のみで失礼します。
20.4K.M削除
アメリカ成分が薄く感じられたのでこの点数で。