第十四回東方SSこんぺ(絆)

赤藍の絆し

2014/09/11 18:38:49
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 最近、寂しいと思うことが多くなった。
 一人で部屋にいるとき、誰もいない廊下を歩いているとき、布団にくるまったとき。ふとした瞬間に、私の中に寂しいという感情が湧いて出てきて、外へと溢れ出しそうになってしまう。
 でも、私はそれを内へと押し込める。この不意に去来する寂しさを除けば、私は幸せなのだ。これ以上を望むのは我が侭以外の何物でもない。
 だからそう、私はいつだって寂しさを胸の内へと隠し通して微笑み返すのだ。
 楽しそうに地上のことを話す無色透明だった妹へと。





 朝がやってくる。
 時間以外での昼夜の概念があやふやな地底に長年住んでいる私の身体は、正確にそれを捉える。
 いつもなら、このまま身体を起こして欠伸の一つでもしているところだろう。でも、今日は横になって目を開けたまま固まってしまう。
 同じ布団の中にこいしがいた。
 私が唯一、次の行動を読むことができないのがこの子だ。でも、何百年とここでの暮らしを続けてきて、一度もこんなことはなかった。一人で寝て、一人で起きるというのが私の日常だった。偶にペットが食事の催促をしてくることもあるけれど、部屋の中に私一人と言うことは変わらない。
 だからこその驚きだった。少し時間が経てば、すぐに落ち着いてしまう程度の。
 間近にあるこいしの表情は、とても安らかだった。静かに一定周期で繰り返される呼吸は、この子が深く寝入っているということを示している。まるで、私へと全幅の信頼を寄せているかのようだ。
 私は思わずこいしの頭へと手を伸ばして、癖のある翡翠混じりの銀髪を撫でてしまう。露骨に避けられたりしているわけではないけれど、なんとなく距離があったせいで生まれた寂しさのせいにしておく。
 しばらく髪の感触を堪能した後、起きようとしていたことを思い出す。いつまたこうすることが出来るか分からないから、非常に名残惜しいけれど、ずっとこうしていたら、ペットの誰かが朝食の催促に来てしまうだろう。私を主従の主だと思っているのはほんの一部で、大部分は従だと思っている。ペットなんてそんなものだ。
 指に絡まる翡翠混じりの銀糸に私の名残惜しさを重ね合わせながら、手を離す。そのときの寂しさを振り払えなくて、少しの間寝顔を見つめてしまう。
 でも、このまま起きるまで待って、朝食が出来上がるまでお腹を空かせたこいしを待たせてしまうのも忍びない。そう思えば、物臭な私も頑張って動こうという気になる。
 というわけで、ベッドから起き上がり、クローゼットを目指そうとした。でも、一歩踏み出したところで、何かに引っ張られるような、もしくは引っかかったかのような感覚に捕まる。
 眠っているこいしが服の裾でも握ったのだろうかと、そんな微笑ましい想像をしながら振り返る。でも現実は、お節介にも奇妙なものを用意してくれていた。
 一言で言ってしまえば、管が絡まっていた。心を暴く私の第三の目から伸びる赤紫色の管と、何をも映さないこいしの第三の目から伸びる藍色の管とが、まるで一体化しているかのようになっている。
 何かの間違いだろうと思って、そのままこいしから距離を取ろうとするけれど、こいしの身体がこちらの動きに合わせて動く。私の認識が間違っていないということをわざわざ証明してくれる。

 これは、何事なのだろうか。





 サトリの象徴と言って思い浮かべられるのは、胸の辺りに浮く第三の目だろう。そして、人によってはそこから伸びる管を思い浮かべる人がいるかもしれない。少なくとも、管は目に比べれば印象は薄い。
 誰もがサトリの象徴とみなす第三の目は、私たちの意志に関係なくいつでも実体化したままだ。でも、印象の深さがまちまちな管の方は、私たちの意志で実体を操ることができる。そのおかげで、服を着替えるのに苦労することもない。
 だから本来、サトリの管が絡まることなどありえないのだ。寝ている間に実体化させてしまって、そうなってしまったのだとしても、実体をなくしてしまえば、簡単に外れるはずだ。
 だというのに、私たちを繋ぐ枷は一向に外れる気配を見せてはくれない。ごちゃごちゃと絡み合ったままで、複雑にお互いを離れられなくしている。

「これやってるのお姉ちゃん?」
「違うわよ。こいしこそ違うの?」

 市松模様の床が延びる廊下を並んで歩いていると、こいしがそんなことを言ってきた。私としては、こいしが何かをしたのではないだろうかと思っているので、同じ問いを返す。
 いくらか頑張って外そうとしてみたものの、解ける気配も離れる気配も一切見せてくれなかった。幸い、完全に実体化しているというわけではないようで、着替えは問題なく行えたし、自由に身体を動かすこともできる。できないのは、こいしから離れるという一点のみ。どう動こうと、私たちの間には、赤紫と藍色の前衛芸術めいた鎖が浮かぶ。

「違う。四六時中お姉ちゃんといたいなんて思ってないもん」

 濡れ衣だとでも言うように、不満そうに頬を膨らませている。
 そういう否定をされると、私のせいなのではないかと思ってしまう。どうにかすべきだとは思っているけれど、それはこいしのためにだ。私自身の考えとしては、このままでもいいのではないだろうかと思ってしまっている。
 とはいえ、こいしの行動を縛ってまで一緒にいたいという願望はないはずだ。……ないはずだろう。こいしの心はさっぱり分からないけれど、自分自身の心もよく分からない。

「そう言えば、こいしはどうして――」
「あっ、お燐。おはよー」

 ――私のベッドに潜り込んでいたのか。そう聞こうとしたところで引っ張られてしまう。突然だったので、踏ん張る暇もない。

「おっと、危ない」

 こいしにひらりとかわされてしまい、一人で床の上に倒れてしまう。とっさに腕を延ばしはしたけれど、そこへの負荷が思いの外大きくて、腕を抱えて声もなく悶える。

「大丈夫、ですか?」

 お燐が事態を把握できていないながらも、心配をしてくれる。なんだかこいしが邪険だから、それだけの優しさでも泣きそうになる。

「ええ、大丈夫、よ」

 ずっと倒れていたら、余計な心配までさせてしまいそうなので、腕の痛みを堪えながら立ち上がる。慰めてくれないかなぁと思いながらこいしの方へとちらちらと視線を向けてみるけれど、無反応だ。虚しい。

「ええっと、それで、何があったんですか? こいし様が何かやらかしたんですか?」
「あ、お燐までひどい。私こそ被害者なのに」
「さとり様が何かやらかしたんですか?」

 まさかそんなはずはと思いながら、でもありえそうだなぁなんて思っている。そんなに私はこいしのことになると暴走するように見えるだろうか。今まで一度だってそうしたことはないはずなのに。

「私のせいでもないわよ。朝起きて気づいたらこうなってたのよ」

 心当たりはなさそうなので、何も聞かない。

「そうなんですか。じゃあ、何が原因なんでしょうかね」
「さあ……、分からないわ。こいしは何か心当たりはない?」
「全然」

 そう言えば、こいしにそのことを聞いていなかったなと思ったけれど、首を横に振られたことで、進展の芽は一瞬で潰れてしまう。これは一筋縄ではいかなさそうだ。

「そんなことより、私はお腹が空いた」
「ん、そうね。すぐに用意するわ。お燐、手伝って貰っていい?」
「いいですけど……。お二人とも落ち着いてますね」

 若干呆れられてしまっている。でも、お燐が危機感を持ちすぎなのではないだろうかと思う。離れることが出来ない以外には、特に問題はないのだ。

「騒ぐ理由がないもの」
「うん。面倒だなぁとは思うけど、お姉ちゃんなら別に良いかなぁって。いざとなれば、引き擦ればいいし」

 私の扱いがぞんざいだ。大雑把なだけなのか、私のことが気に入らないのか……。きっと、前者だろう、……きっと。
 なんにせよ、こいしとしては、この状況をどうにかしたいようだ。確かに、家の中にいるのが好きな私と外に出るのが好きなこいしが、一切離れられなくなるというのは問題になりそうだ。必ずどちらかが、我慢をしなくてはならない。
 そう思うと、この管が解けて欲しいという思いが芽生えてくるけれど、複雑にもつれ合ったままだ。潜在的な欲求が自覚以上に強いのか、そもそも精神論ではどうしようもないのか。それさえ分からない。

「まあ、確かに知らない他人と繋がれてるのでなければ、焦る必要なんてないのかもしれませんね。では、いったんこの話は置いといて、朝食の準備をしましょう。今日はこいし様も手伝ってくれるんですか?」
「やだめんどくさい」

 返答は一瞬だった。お燐は最初から期待はしていなかったけれど、期待を抱いていた私は、落胆してしまう。
 それでも、実際に台所に立てば、こいしのために美味しいものを作ろうと、やる気が出てくるのだった。




「これで、さとり様が寂しがることがなくなりますね!」

 私たちの状況を把握したお空の第一声がそれだった。お空の視界の中の私は、こいしの隣で非常に楽しそうにしている。隣のこいしも同じ様子だ。なんというか、きらきらと輝いている。そうやって、私たちを見ながら、頭の中には、見るからに寂しげな様子で独り読書をしている私を思い浮かべている。他のペットたちにも、よくよく寂しそうだと思われていたから、そっちはいい。
 自分の目で隣のこいしを見てみるけれど、喜んでいる様子も嫌がっている様子も見せずに淡泊としている。私の視線に気づいたこいしは「何?」とでも言うように、首を傾げる。私は「何でもない」と言う代わりに首を横に振って、お燐へと視線を向ける。お燐の視界の中では、私だけが嬉しそうだ。

「私、そんなに嬉しそうに見える?」
「はい。長年さとり様と暮らしていますが、らしくない明るい表情だなと」

 そう言いつつお燐が思い浮かべているのは、私の陰気臭い表情ばかりだ。

「やっぱり、お姉ちゃんのせいなんじゃない?」
「いやいや、違うわよ。確かにこいしといられるのは嬉しいと思ってるけど、縛り付けてまでそうしたいなんて思ってないわよ」
「ほんとう? ……怪しい」

 じっとりとした視線をこちらに向けてくる。若干身を守るようにしているのは、冗談の一種なのだと思いたい。

「どうして私をそこまで疑うのよ」
「だって、お姉ちゃんの愛ってちょっと重いんだもん。無意識に他人を縛り付けることくらい平気でやらかしそう」
「お、重い……?」
「うん、重い。漬け物石として使ったら、入れ物が壊れそうなくらいには重い」

 その例えはどう受け止めればいいのだろうか。確かにかなり重そうな印象は受けるけれども。
 それにしても、重い、か。そんなに言われるほど、こいしへの愛を表に出すことができていただろうか。いつもどこかへと出て行っていて、知らない間に帰ってきているかと思えば、気が付ばまたいなくなってしまっている。そんな擦れ違いのような関わりばかりだったから、むしろ私の内側にばかり溜まり続けているだけのような気がする。ああ、だからこそ、偶に表に出す機会が訪れたときに、過剰になってしまって、重いと思わせてしまうのかもしれない。

「このまま話してても埒が明きませんので、朝食にしません?」
「うん、そうだね。駄弁っててもお腹は膨れないしね」
「私もお腹空いたー。さとり様、早く食べましょう!」

 お燐が提案をして、こいしが同意して、お空が私を促す。気が付けば、皆が私に注目している。なんだかんだと私が中心にいることに、今なお不思議な感慨を抱く。

「ええ、そうしましょうか」

 問題は棚に上げる。どうせ、何も出来ないのだから。





 朝食の片付けが終わった後に出てきたのは、どちらが主体となって動くのかという問題だった。私は家の中に居たくて、こいしは外へと出かけたい。二人の望みを同時に叶えるのは不可能である。

「じゃあ、じゃんけんで決めよう。勝った方が、好きなように動けるってことで」
「え? 別にこいしの好きにしてくれていいわよ」

 出来れば外に出たくはないけれど、こいしが出たいというのなら止めるつもりはなかった。読んでいる途中の本があるけれど、我が侭を押し通してまで読みたいとも思っていない。仕事は、まあ何日か放っておいても大丈夫だろう。最悪、灼熱地獄跡が吹き飛びさえしなければいい。

「そういう情けはいや。私の欲しいものは、私の努力で手に入れたい」

 可愛らしく握り拳を作って、私へと臨んでくる。絡まった管のせいで近すぎるけれど。
 これは、私と遊んでくれていると判断していいのだろうか。よく分からない。でも、何にせよ、この勝負を受けなければ納得してくれなさそうだ。

「分かったわよ。それで、何本勝負?」
「言い訳も泣き言もなしの一本勝負。じゃあ、いくよ。じゃんけん――」

 わざと負けるため、こいしの手の動きに集中する。出来る限り自然に負けたいところだけれど、多少後出しとなってしまっていいだろう。反則負けでも、私の願ったとおりの結果だ。

「――ぽんっ」

 誰も動かなかった。
 私たちの間にはもつれ合った管があるだけで、勝敗を分かつものは何一つとしてない。これは仕切り直しだろうかと思ってこいしの方を見てみれば、「出さないの?」とでも言うように首を傾げられる。
 見つめ合っていても仕方がないので、気の抜けた手のひらを出す。それに続いたのは、じゃんけんをすると言ってから一度も変わっていない、小さな握り拳だった。





 こいしの部屋から自室に椅子を運んできて、並んで座る。私の手には、読みかけの本があるけれど、こいしは何も持っていない。好きな本を読んで良いと言ったのだけれど、「興味ない」と一蹴されてしまった。こいしが本を読んでいる姿は、見たことがない。
 二人して不正を働いたじゃんけんの結果は、そのまま出された手が有効となった。だから、私はこいしに外に連れ出して貰おうとした。でも、こいしに「弱者への情けは必要ない!」と言われて、強引に部屋の中で大人しくしていることを決定させられてしまった。結局どちらに決定権があったのか、よく分からなくなってしまっていた。
 それにしても、こいしも私のことを考えてくれていたようだ。私はそれに勝つことが出来ず、こんな情けない結果となってしまった。気遣いは嬉しいけれど、これは反省しなければいけない。妹に気を遣わせてしまったあげく、それで我慢をさせてしまったとなれば、姉として失格だ。

「読まないの?」

 本の表紙を見つめたまま考え込んでいたら、こいしが覗き込んできた。翡翠色の瞳の中から、何かの感情が読み取れるということはない。

「私だけが読む物を用意していて、こいしにだけ座らせているだけだなんて出来ないわ。だから、私も座ったまま何もしない」

 そうだ。こいしにだけ我慢を強要させるわけにはいかない。だったら、私もやりたいことは脇に置いておくことにしよう。こいしの頭の下で、本の上へと手を乗せる。

「それじゃあ、わざわざ勝ち負けを決めた意味がないじゃん。勝者はしっかりと勝者としての勤めを果たさないと。ほらほら、胸張って、偉そうにして」

 こいしが立ち上がって、私の腰と胸元の辺りを押して胸を張らせようとする。猫背気味の背中が伸ばされる。本が私から離れる。

「この格好、本を読むには辛いんだけど」
「そう? じゃあ、好きな格好でいいや。とにかく、お姉ちゃんは私のことなんて気にしないで好きなことして。私、ぼんやりしてるの好きだから」

 嫌がる様子の一切ない笑顔でそう言われてしまうと、返す言葉を失ってしまう。本当に、私は駄目な姉だ。

「……分かったわ。でも、私が外に出たいというのは本当よ。だから、つまらなくなったら、いつでも引っ張ってちょうだい」
「あっはっは、お姉ちゃんは嘘が下手だねぇ。第三の目にばっかり頼ってるから、そういうことになるんだよ?」

 私の気遣いは笑って流されてしまう。これでは、どちらが姉だか分かったものではなかった。




 静かな空間の中へと、また一つ頁の捲られる音が刻まれる。そこで、私の集中は途切れる。
 最初の方は、一行読み進める度にこいしの顔を窺っていた。でも、一度だけ「うざい」と笑顔で言われてからは、渋々と手元に意識を向けていた。それでも、読んでいれば集中してしまうもので、気が付けば十何頁と読み進めてしまっていた。
 今度は怒られるかもなぁ、と思いながらこいしの方へと視線を向けてみようとする。こいしの退屈さを紛らわすことが出来るなら、それでも構わなかった。

「……あ」

 こいしの姿を見て、思わずそんな声が漏れ出てきてしまう。
 こいしの顔には、何一つとして表情が浮かんでいなかった。身動きは一切なく、瞳は中空を捉えて動かない。呼吸さえも止めてしまっているかのように見えて、整った顔の作りと合わせて、人形にしか見えなかった。
 それは、心を閉ざしたばかりのこいしそのものだった。
 気が付けば私はこいしを抱きしめていた。こいしのためではなく、自分自身のために。こいしを失ってしまうかもしれないという恐怖がありありと甦って、こうして縋りついていなければ、自分自身を見失ってしまいそうだった。
 そして同時に、こいしが今でも先ほどのような様子になっているということに愕然とした。いつでもどこでも、どこか一歩引いたような態度を取りながらも、楽しそうにしているのだとそう信じていたから。
 きっとこれは、今のような異常状態でしか分かり得なかったこと。こんなときだからこそ、こいしがどんな状態だろうと、意識に捉えることが出来る。
 この状態を引き起こしているのは果たして誰なのだろうか。

「……ん? お姉ちゃん? なんで私に抱きついてるの?」

 夢から覚めた直後のような声とともに首を傾げたのか、頭が触れ合う。

「……こいし、何処かに出掛けましょう? 読んでいた本がね、思っていたよりもずっと悲しい話だったの。だから、気分転換をしたいわ」
「よくわかんないけど、落ち着いてからの方がいいんじゃない? 今のまま出掛けたら、お姉ちゃんの部屋から出る前に転んじゃいそう」
「……ごめんなさい、すぐに落ち着くから」
「ふふ、お姉ちゃんの方が妹みたい。……ほら、だいじょうぶ。私がここにいる。落ち着いて、落ち着いて」

 こいしが私を抱き返して、あやすように私の背中を叩いてくれる。その温かさも、感触も、優しい声も言葉も幻なんかではない。
 そのことに安堵をしながら、こいしは私の嘘に気が付いているのだろうかと、そんなことを考えた。





 久々の地上は、地獄よりも地獄らしかった。灼熱地獄跡は、ちりちりと肌を焼くような熱さではあるけれど、距離を取ればその熱から逃れることは出来る。でも、地上の肌に纏わりついてくる嫌な暑さは、逃げ場がない。一応、地底は涼しいけれど、そっちに逃げては意味がない。

「お姉ちゃん、今にも死にそうな顔してる」

 私の顔を可笑しそうに覗き込んでくるこいしは、炎天下でもけろりとしている。鍔広帽子のおかげというわけでもないだろう。地上の熱は、日陰だろうと殺しに来ている。

「こいしは平気そうね。熱を避ける方法でもあるのかしら?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し! 暑い暑いって思ってるから、余計に暑くなっちゃうんだよ。考えるのやめちゃえば?」
「そういう無茶は、身体に悪そうだわ……。こいし、無理して倒れたりしたら駄目よ?」
「へーき、へーき。そういうのは、意識を曖昧模糊に溶かしながら、身体に覚えさせたから」
「……こいし、あんまり私を心配させるようなことをしないでちょうだい」
「お姉ちゃん、ものすっごく情けない顔してる。だいじょうぶ、生存本能は捨ててないから、死にはしないって」

 笑顔とともに告げられた言葉の根拠は、私を安心させるにはあまりにも弱かった。でも、信じるしかないのだろう。無意識の部分に関しては、私よりもこいしの方がずっと詳しい。私はその辺りに関して、知識としてはある程度理解しているけれど、こいしのように感覚で捉えることは出来ていない。
 そう理屈付けしようとはするけれど――

「それでもやっぱり、自分を粗末にするようなことはしないで欲しいわ」

 こいしが消えてしまうかもしれないという不安と併さって、そう簡単に払拭することは出来ない。かといって、私に出来るのは縋るようにお願いすることだけだ。

「ふむ……。じゃあ、涼しいとこ行こっか」

 こいしが私の腕を握って引っ張り始める。私の言葉を本当に聞き入れてくれたのかは分からないけれど、少なくとも目の前で約束を破り捨てるつもりはないようだ。そのことには、安堵する。
 そうして私は、紐を結ばれた犬のようにこいしに先導されていく。
 向かう先の道は、熱に揺らめいていた。





 従順な犬のようにしてこいしに連れられて来たのは、大きな湖の畔だった。辺りは霧に覆われているけれど、陰気な様子はない。それくらい、太陽の自己主張は激しい。
 纏わりつくような暑さは相変わらずだけれど、ここまでの道中に比べれば随分と涼しいような気がする。身体に溜まった熱を吐き出すように、大きく溜め息を吐く。そして、肺の中へと霧混じりの空気を取り込む。身体の温度が下がった、ように感じた。

「準備完了?」
「なんのよ」

 嫌な予感がするので、足に力を込める。私たちを繋ぐ拘束がなければ、止めるためにこいしの肩を掴んでいたかもしれない。

「湖遊泳。まあ、お姉ちゃんが泳げるとは思えないから、浅いところで水遊びが関の山かな? なんにせよ、夏における大悪である熱を湖に捨てないと」
「こいしって泳げたのね。じゃなくて! そんなの、反対に決まってるじゃない! 着替えもないのよ!?」

 ここで私の主張が通らなければ、水の中へと引きずり込まれかねないから必死だった。溺れさせられることはないだろうけれど、濡れ鼠になりたいとも思わない。

「だいじょうぶ。こんな暑い日ならすぐ乾くだろうし、あわよくば着替えを貸してもらえるだろうし」
「この辺りに、知り合いでもいるの?」
「お互い顔を知ってるって程度だけど、湖の中心の方に立派なお屋敷があるよ。私たちに着替えを貸すくらいの余裕はありそうなね」
「図々しいわね……」
「ほら、ノブレス・オブリージュって言葉があるし」
「それは他人に強要して良い言葉じゃないわよっ!?」

 いつの間に私の妹はこんなにも自分勝手になってしまったのだろうか。無意識の赴くままに動いていると言われてしまえば、それまでなのだけれど。

「富める者が弱者に施しを与えるのは義務ですよ。お姉ちゃんだって、ペットたくさん飼ってるでしょ?」

 別に余裕があるから飼っているわけではなく、こいしが動物好きだから元々灼熱地獄にいたのや迷い込んできたのを飼っているというだけだ。名目上は、地底で動物が好き勝手しないようにということで、是非曲直庁から必要なものは出してもらっているけれども。
 まあ、それはそれとして。

「その理屈だと、私たちが授かる側に行くのは駄目じゃない?」

 そう返すと、こいしの動きが固まった。反論が浮かんでこないということなのだろうけれど、勝てたとは思えない。嫌な予感しかしない。話をしている間に力が抜けていた足に、再度力を込める。

「さあ、湖が私たちを呼んでる! さあ行こう! 今すぐ行こう!」

 大体考えていた通り、強硬手段に出てきた。

「ちょっとこいし! 止まりなさ――、って、いたたっ!」

 その場に踏ん張りながら、駆け出す背中を呼び止める。でも、もつれ合う管がぴんと伸びた瞬間に、第三の目が痛み出して怯んでしまう。そして、その場に留まっているだけの気概を失った足腰は、こいしを追いかけるために前のめりに動き出す。
 痛みに、身体の体勢に、こいしを止める方法に、突然考えるべきことが多くなりすぎて、私の思考はぐちゃぐちゃとなる。夏の暑さもそれをより一層加速させていたかもしれない。

「もう、いやあぁぁ……っ!」

 湖に足を踏み入れると同時に、この先の展開だけがはっきりと脳裏に映し出されて、悲鳴を上げることしかできない。
 水に足を取られて、元々どうしようもないくらいに不安定となっていた体勢は、完全に崩壊する。こいしを巻き込んで、水の中へと飛び込む。
 思っていた以上に冷たい水が、思考を押し固める。でも、こいしが私の下敷きになっていることに気が付いて、結局瓦解した。
 じたばたと無意味に暴れて、口から空気の泡が逃げ出す。視界の端を上がっていく水泡が、一層私の冷静さを奪い去っていく。
 これが、温かいお湯であれば、もっと冷静でいられたのかもしれない。身を浸すことが出来るほどの冷たい水なんてものには慣れていない。
 頭の仮定を作り出す部分と状況を判断する部分だけが冷静で、それ以外はまともに機能していない。このまま溺れ死んでしまうのではないだろうかと、絶望的な未来を思い描いてしまったとき、俯せになっていたこいしがこちらを向いた。私を安心させるように、水の中で揺らめいていても分かるくらい華やかな笑みを浮かべたかと思うと、こちらに顔を近づけてきて――

 ――口を重ねられた。

 同時に、私の時間を奪われる。思考だけがその場で動き続けて、身体は完全に停止してしまう。
 こいしは顔を離すと、大人しくなった私の身体を押し上げる。そして、水上へと顔が出た途端に、私は盛大に噎せながら、みっともなく水を吐き出す。その水はこいしの背中へとかかっている。

「うわ、汚い」

 そう言いながらも、こいしは微動だにせず私を支えてくれている。謝ろうにも、身体が水を追い出そうとしながら空気を求めているせいで、声を出すような余裕なんてない。

「……ごめんなさい、こいし」

 しばらく咳を繰り返しながら、ゆっくりと呼吸を行うことでようやく落ち着いてきた。こいしは私を支えるのをやめて、湖の中へと座らせる。湖底に座っても、胸元よりも少し低いくらいの水位しかない。桶の中の水でも溺れることが出来ると言うけれど、この浅瀬で溺れた今となっては、それも理屈を越えた実感として真実だと思うことが出来る。

「ううん。私もちょっと調子に乗りすぎてたかもって、反省してるところ。……だいじょうぶ?」

 水の滴り落ちる翡翠混じりの銀髪を揺らしながら首を傾げる。相変わらず、表情からは宿っている感情が読み取れないけれど、心配はしてくれているのだろう。

「大丈夫よ。……でも、どうしてあんなことをしたのかしら?」

 妹に唇を奪われたという事実は、非常に微妙な感情を芽生えさせる。何気ない一幕でそんなことをされたら、否定の感情があったかもしれないけれど、あの場面では非常に効果的だったからこそ、受け止め方を決めきれない。

「あんなこと? 前のめりな感情が、水を求めてたから?」
「そっちじゃなくて、……口付けしたこと」
「ああ、そっち。お姉ちゃんを大人しくさせるには、あれが一番かなと。誰か取っときたい相手とかいた?」

 無邪気に首を傾げているのを見ると、他意はないんだろうなと思える。それは、安心できる部分だ。ただ、

「……なんで初めてなのを知ってるのよ」
「なんとなく?」

 まあ、考えてみれば、こいしが目を閉じる前のことは何もかも知られてしまっているし、こいしが目を閉じた後は、ほとんど誰とも関わることがなくなった。こいしが昔のことをしっかりと覚えていなくとも、朧気でも記憶が残っていれば、なんとなくで正解に辿り着くこともあるだろう。

「それで、どうなの?」
「いないわよ」

 そもそも他人というものに全く興味を抱けなくなってしまっている。それに、他人への興味を失う前は、心を食らうための対象としてしか見ていなかった。生まれつき、そうした感情とは縁がなかったのだろう。妖怪らしいと言えばらしいのかもしれない。

「こいしこそどうなのよ。初めてだったのかどうかも知らないけど」

 受け入れ難くはあるけど、私とは違って外によく出るし、元々他人と関わることが好きだった。私とは比べられないくらいの機会があるはずだし、私よりもずっとそうした感情は抱きやすいだろう。

「どっちだと思う? まあ、初めてがお姉ちゃんだとしても、気にしないとだけ言っとこう」

 それは、それだけ私に心を許してくれているということなのか、はたまた――
 余計なことを考えてしまう前に、首を振って思考を振り払う。こいしの前で、姉らしからぬ態度を取ってしまうのも考え物だろう。そういうことは、実際に問題に直面してから考えることにする。一度無邪気に首を傾げているのを見て、安堵したことでもあるし。

 ばしゃっ。

 不意に、水飛沫をぶつけられる。犯人は、こいしだ。

「こいし、何をするのよ」
「頭から水飛ばしてくるから、開戦の合図かと思ったんだけど違うんだ。まあいいや、さっきのが合図ってことで。えい、えいっ」

 ばしゃばしゃと水を浴びせてくる。今更、何を言ったとしても止まることはなさそうだ。
 だったら、私も騒ぐとしよう。上から下まで万遍なく濡れたことで、もはや濡れることに対する忌避は、流れていってしまっている。自暴自棄になってしまっているだけとも言う。

「水のある場所で私に喧嘩を売るとは良い度胸ねっ! 一人お風呂で鍛えた水鉄砲の餌食にしてあげるわ!」
「えっ、何それ寂し――」
「だったら、こいしが一緒に入ってくれればいいのよ!」

 なかなか直接言う機会のない言葉を水とともに飛ばす。水は見事口元に命中し、地味に痛い一言を言い切られる前に封殺する。

「お、お姉ちゃんがなかなか強い……っ! だったら、私も本気で行くよ!」

 こいしが更なるやる気を見せてくる。手だけでなく、帽子も使って今までとは比較にならない量の水を飛ばしてくる。

「ちょっと、それは反則よ!」
「問答無用! 出し惜しみしないのが私のやり方!」

 そして、気が付けば滅茶苦茶に水を掛け合うだけとなってしまう。
 ここまで騒がしくこいしと遊ぶのは、初めてのことだった。




「鼠が二匹、何の用かしら?」

 着替えを求めて、湖の中心の島にある紅い館の玄関扉を開いて出てきたメイドに少し待っていて欲しいと言われて出てきた咲夜というメイド長の第一声がそれだった。心配やら気遣いやらを実際の行動だけでなく、心の中でも見せていた門番とは正反対の対応だ。
 言葉だけを切り取れば、全く歓迎されていないかのようだけど、その心を見てみれば、どちらでもないようだった。主にとって、不利益となる行動を取らなければ、どうでもいいと考えている。
 ちなみに、こいしは未だに服の裾から水を滴らせているけれど、私はある程度水を落としておいた。脱いで絞るというわけにもいかないから、ぴったりと張り付いて、動き難いやら気持ち悪いやらは変わらない。

「ちょっと暑さに参っちゃって、思わず湖に飛び込んじゃったから、着替えを貸してもらえないかなぁ、と。いいでしょ?」
「いいわよ。貴女たちに貸せそうなのは、メイド服くらいしかないけど」
「うん。それでいいよ」

 こいしが勝手に話を進めてしまう。選択肢としては、咲夜さんが私たちと同じくらいの背格好として思い浮かべていた、パチュリーという人物に、直接交渉しに行くという物もあった。着る物にそこまで拘りがあるわけではないから、別にいいのだけれど。

「じゃあ、取りあえず水が滴らない程度に、服を絞ってから上がってちょうだい」
「湖の涼しさをお裾分け」

 こいしが水の足跡を残しながら入って行こうとするので、首根っこを掴んでその足を止めさせる。咲夜さんもこいしが足を踏み入れよう物なら、立ちはだかるつもりでいた。

「お姉ちゃん、何するの」
「平然と他人様に迷惑をかけようとする妹を止めてるのよ」
「余計なお世話と一過性の迷惑を振りまくのが私の生き甲斐なんだから、止めないで」
「そんなものを生き甲斐にするんじゃありません。もっと有意義な物にしなさい」
「えーやだ。無駄こそ最大の贅沢にして娯楽だよ? ほらほら、お姉ちゃんも一緒にやろ?」
「ねえ、他人の家の玄関でじゃれつくなら帰ってくれる?」

 引っ張るこいしとそれに抵抗する私とに声がかけられる。呆れている感情が、こちらへと多大に向けられている。

「あ、すみません。今すぐ終わらせてきますので、少し待っていてください」
「あーれー」

 間延びした声を上げるこいしを玄関の横まで引っ張って、こいしの服に纏わりつく水を払い落としていく。その間、目立った抵抗をすることはなかった。遊ばれているんだろうかと思ったけれど、基本的に放置されているばかりの身としては、それでも嬉しいだなんて思ってしまうのだった。




「お嬢様が貴女たちとのお茶会をご所望よ。来なさい」

 お風呂を使っても良いと言われたので、軽く身体を洗ってから着替えを済ませて脱衣所を出たところで、咲夜さんに命令口調でそう言われた。どうやら、彼女の主が暑さで外に出たくないけれど、することもないので暇を持て余しているらしい。断る理由はないけれど、断ったとしても無理やり連れ去られそうな雰囲気がある。
 そして、私たちの返事を聞くことなく、背中を向けて歩き出す。無防備というわけではなく、しっかりとこちらが歩き出すかどうかに意識を向けている。
 こいしと顔を見合わせようとしたら、既に咲夜さんの腰で揺れる白いリボンを追いかけていた。蝶を追いかける猫だか犬だかの姿を連想しながら、引っ張られてしまう前に私も歩き出す。こいしは気にしていなかったようだけれど、私は管を引っ張られたときの痛みが嫌だったのだ。

「メイド採用試験?」

 こいしが今着ている服を指してかそんな冗談を口にする。ちなみに、用意されていたのは、エプロン部分が白でそれ以外は黒という簡素な作りのものだ。咲夜さんや途中ですれ違った妖精メイドたちの物と比べると、随分と落ち着いた色合いだ。

「それも悪くないわね。お嬢様に忠誠を誓うというなら歓迎するわよ」
「興味ない。仕事も面倒くさそうだし」
「それは残念ね。じゃあ、貴女はどう?」
「私も興味はありませんね」

 もともと期待はしていないようなので、こいしと同様に簡潔に断る。

「そう」
「そんなことより、今日のお茶菓子は?」
「甘夏のゼリーよ。こんな暑い日にはぴったりでしょう?」
「うん、美味しそう。楽しみ」

 こいしは何気なく世間話を始めて、楽しそうに会話を進めていく。なんとなく疎外感。
 どうにも普通の会話というのは苦手だ。心を読むことで大体のことは分かってしまうから、私との会話は大抵一問一答で終わってしまうし、相手がどんな言葉を返してくれるのだろうかという楽しみもない。下手に高い地位にいるから、余計なことを言ってしまわないかと気を遣うばかりだ。
 そう言う意味では、私が気兼ねなく楽しみながら話をすることができるのはこいしだけだけれど、まともに話をする機会はほとんどない。
 長い時間を暮らしてきたはずなのに、私たちを何をしていたんだろうか。疎外の中でそんなことを考えてしまって、一人落ち込んでしまうのだった。




 咲夜さんに案内されたのは、溜め息を吐きたくなるほどに綺麗に整えられたテラスだった。高級そうな真っ白な丸テーブル、非常に座り心地の良さそうな木彫りの椅子、高貴な出で立ちながらも傘下にあるものを守るかのような薄紅色の大きな日傘。そして、夏の澄んだ青空を背景に佇む漆黒の大きな翼をこちらに向けた小さな貴婦人。
 まるで、絵画のように完成された光景にしばし目を奪われてしまう。私がここにいるのは場違いではないだろうか。

「お嬢様、客人を連れてきました。私はお茶会の用意をしてきますので、ごゆっくりとどうぞ」

 咲夜さんの声に反応して、この空間の主が振り向く。

「ええ、ありがとう、咲夜」

 咲夜さんは小さな主の微笑みに見惚れながら、姿を消す。

「こいしは神社でよく見かけるけれど、貴女は初めてね。はじめまして、レミリア・スカーレットよ。今日は私の暇潰しに付き合ってくれるみたいで嬉しいわ」
「はじめまして。こいしの姉の古明地さとりです。本日はこのような場に招いてくださり――」
「あー、はいはい。そんな堅っ苦しい挨拶なんていらないわ。ただでさえ暇だってのに、そこにつまらないのまで混じってきたら、暑さとあいまってキレるわよ」

 紅い双眸でこちらを睨んでくる。まだ怒っていないというのが分かっているので、怯えるようなことはないけれど、不機嫌なのは確かだ。あまり不用意な発言は出来ないけれど、そうした一歩引いた態度が不評を買ってしまっているようだから、どう振る舞えばいいのか非常に困る。

「暑い時は湖に飛び込めばいいよ。余分な熱を簡単に捨てられちゃうから」

 そう思っていると、こいしがレミリアさんへと話しかけた。私への意識は一端引っ込んで、手すりの向こう側に見える霧のかかった湖へと意識が向かう。私への興味は相変わらず健在だ。好奇心の強い性格なのだろう。

「吸血鬼じゃなければそうしたいところね。水を忌避しなくてもいいっていうのは羨ましい限りだわ。そう言えば、貴女たちは着替えを借りるためにここに来たって聞いてたけど、湖に入ってたのかしら?」
「そうそう。お姉ちゃんと水の掛け合いをして楽しかったよ」
「へえ、意外ね。なんとなくだけど、そういうことしなさそうな雰囲気なのに。猫を被ってるんなら、さっさと脱ぎ捨てた方がいいわよ? 熱がこもるんじゃない?」

 会話はこいしに任せてしまおうと思って、いつの間にか現れていたアイスティーを飲んでいたらこちらに話題を振られた。機会を窺っていたのは分かっていたから、驚くようなことはなかったけれど、どれくらいの親しみを持って返すべきなのかと考えてしまう。

「……こいしに無理やり湖に引き擦り込まれてずぶ濡れになってしまったので、自棄になっていただけですよ。家の中で大人しくしている方が、性に合ってます」

 結局、敬語で話すことにする。このくらいの距離感なら大丈夫なようで、不機嫌とはならない。あまり親しくないのを相手にするなら、こちらの方が喋りやすいから、このままでいかせてもらうとしよう。というか、こいしとペット以外で、敬語を使わないような相手がいない。

「うちの妹みたいな事を言うのね」

 笑いながら彼女が思い浮かべるのは、薄暗い部屋の中で黙々と本を読み続ける少女だった。金色の髪は一切揺れておらず、その代わりのように宝石のような羽が垂れ下がった翼がゆったりと揺れている。そして、レミリアさんと同じ色の瞳が忙しなく動いている。
 確かに性質は似ているかもしれない。そしてだからこそ、もし顔を合わせたとしても、会話は弾まないものとなってしまいそうだ。

「私も何かの紐で結んだら、連れ出せるようになるのかしらね。まあ、物理的なものだと簡単に逃げられてしまうんでしょうけど。そういえば、そのごちゃっとしたのは、こいしがやらかしたのかしら?」
「む……、誰も彼もが私を犯人にしたがる。お姉ちゃんの方がよっぽど怪しいでしょ?」

 なんだか、また二人だけで会話が進んでいきそうだから、今度は小さなスプーンを持って、一口分のゼリーを掬う。淡黄色のそれを口の中へと運んでみると、爽やかな甘酸っぱさと共に、冷たさが広がる。これは確かに夏向きの菓子だ。

「でしょ? と言われても、今日会ったばかりだから分かんないわよ。貴女が結構な行動派で、色々とやらかしてるってことは知ってるけれど」
「先入観による差別反対!」
「はいはい。それにしても、厄介そうね、それ。強固に繋がってるけれど、悪い感じは全くしないのよね。だからこそ、そう簡単には外れなさそうな気がするんだけど」

 そして、レミリアさんは考え込んで何かを視る。彼女はそれを運命と呼んでいるけれど、私には何が何やらさっぱりだった。いくら心が読めても、私の頭の中にない概念は理解することが出来ない。例えば、神様の力を使うときのお空の頭の中もさっぱりだ。分かるのは、それによって何をしようとしているのかということくらいだ。

「意外とマイペースな貴女が頑張れば、良い結果が出てくるような気がするわ」

 私一人でお茶やらそれに付随する菓子やらを口にしていることをわざわざ指しながらそんなことを言ってくる。
 少しばかりの居心地の悪さから姿勢を正しながら、彼女が言ったことについて考えてみる。彼女の言葉は、何も知らない人からしてみれば、眉唾物だ。でも、心を読むことの出来る私にとっては違う。嘘を言っていないというのは分かるし、気が触れているという様子もないと思う。だから、信じても大丈夫だろう。
 ちなみに、彼女の目には、私たちの間にある管はお互いを縛る鎖に見えている。それは、相手を服従させるためのものではなく、相手に引き擦られても良いから傍にいたいというそんなものだ。

「……ええと、もう少し具体的なことは分かりませんか?」

 信じることは出来るけれど、現時点までのレミリアさんの言葉だけでは、何をすればいいのかが何も分からない。

「残念ながらさっぱり分からないわね。貴女自身に何か引っかかることがないなら、私の言ったことはただの戯れ言だったと思って気にしなくて良いわよ。外因的なものならもう少し詳しく分かるんだけど、内因的なものはよく分からないのよね」

 どうやらレミリアさんの力は、万能というわけでもないようだ。まあ、現実とはいつだってなかなか上手くいかないものだ。幻想郷ではほとんど布教されていない、一神教の宗教に出てくる創造主くらいしか、未来の出来事を予知することは出来ないのかもしれない。

「役に立たない力だね」

 こいしは容赦がなかった。でも、レミリアさん自身も予測の手助けをするものくらいとしてしか認識しておらず、こいしの言葉は気にしていない。

「いいのよ、それで。あんまり詳しく見えちゃうと、自分の目で確かめに行く楽しみが減っちゃうでしょう?」
「既にわかってる結果を滅茶苦茶にするのも楽しくない?」
「向こうにいたころなら、楽しい楽しくないは別としてそれくらいできればいいと望んでたわね。でもやっぱり、これくらいでちょうど良いわ。面倒なことよりも、面白いことの方が多い。そもそも弄る必要がないのなら、見えすぎない方が楽しいでしょう?」
「ふーん?」
「ま、理解できないならできないで構わないけどね。で、そっちの黙りっぱなしなのはどう思ってるのかしら?」

 またこちらに話題を振られる。私を気遣っているのではなく、関わるのが多ければ多いほど楽しいというそんな思考に則ってのものだ。

「そうですね……。全てのものを見たいとは思いませんが、一部のものは見えれば良いと思います」

 こいしの心だとか、行く末だとか。一緒に暮らしていて何も見えてこないから、強くそれを望む。特にこいしがこれから幸せなのか、それをとても知りたい。

「三者三様の答えね。面白い結果だわ」

 レミリアさんは満足そうな笑みを浮かべて頷いている。これくらいのことでも楽しめる辺り、そうしたものを見つけだすのが上手なのかもしれない。何事もそうだと思いながら見ていなければ、見落としてしまうものだ。
 私には、固定観念にとらわれているせいで、何か見落としてしまっていることはないだろうか。

「お姉ちゃんの見たいものって何?」
「え? それは、こいしがこれから幸せになれるかどうかということよ」
「ふぅん」

 感情の読み取れない頷きが返ってくる。どうでもいいのか、鬱陶しいと思っているのか、それともまた何か別の感情を抱いているのか。
 興味がなくなったのか、私から視線を逸らしてゼリーを掬い取る。
 レミリアさんは、そんな私たちの運命をじぃっと見つめ続けている。興味深げに、楽しげに。





 低くなり始めた太陽に照らされる道をぼんやりと歩く。レミリアさんからは、もう少し前から解放されていたけれど、こいしが散歩をしたいと言い出したのだ。今は霧の湖から離れた場所にいるけれど、若干暑さは和らいだように思う。そうであって欲しいという願望がそう思わせているだけかもしれないけれど。
 それにしても、離れることが出来ないほどに管を絡ませて、メイド服を身に纏ったサトリの姉妹は端から見てどう写るんだろうか。咲夜さんは全く気にしていなかったし、レミリアさんは管とそれにまつわる運命ばかりに意識を向けていた。そして、こんなにも暑い日は誰も出歩きたがらないのか、人間や妖怪はおろか、動物とさえも擦れ違っていない。虫が視界を横切ったり、遠くで蝉がやかましく鳴いているくらいだった。

「ねえ、こいしは今の状況をどう思う?」

 今は取り留めのないことを考えているけれど、歩いている間のほとんどは、レミリアさんから見た私たちの現状を考えていた。でも、自分自身のことはわかっても、こいしの方のことはさっぱり分からなかった。だから、こうして直接聞いてみるしかない。

「んー……。いつまでも、お姉ちゃんに付きまとわれてるのは鬱陶しい」
「付き纏いたくて、付き纏ってるわけじゃないのよ……?」
「私がまだ喋ってる途中だから、後にして」
「あ、ごめんなさい……」

 謝って縮こまる。怒っているような調子を込められた声だったというわけではないけれど、こいしに諫められたというただそのことが私を萎縮させた。本当にどちらが姉なのだか分かったものではない。

「後、気配を消せないのも不便だし、あんまり自由に動けないのも面倒。でも、お姉ちゃんと思いっきり遊ぶなんてことがなかったら、それは楽しかった。こんなことでもないと、一緒に出てきたりなんてしてくれないだろうしね」

 こいしがこちらに華やかな笑顔を向ける。それは、あの溺れたときと全く同一の表情で、私は思わず顔を背けてしまう。しばらくは、あの出来事がこいしの笑顔に付き纏ってきそうだ。

「お姉ちゃんが意外と純情だって分かったって収穫もあるかな」
「……妹にキスされて、平静でいられる方がおかしいのよ」
「それは、私がおかしいってこと?」
「……そんなことは思っていないけど……、単なる言葉の綾よ」
「いいよいいよ取り繕わなくて。私がおかしいのは分かり切ってることでしょ?」
「そんなことはないわ」
「お姉ちゃんのそういう卑怯な優しさは嫌い」

 こいしが無表情に断ずる。私の言葉には嘘が紛れているから、その態度は間違っていない。
 そう、私の中にこいしが異常だという意識は確かにある。それは、サトリとしてもそうだし、一人の意思を持つ存在としてもそうだ。こいしの在り方は正常ではない。でも、そこに否定的な感情は同居していない。だから、普通に接することが出来ている。
 それにしても、そうした自覚があるということが意外だった。普段の態度からは、全くそれを感じさせることがなかった。ふわふわと刹那的に漂って、楽しい面白いことばかりを拾い上げて、それ以外には全く目を向けていないものだと思っていた。

「まあ、お姉ちゃんのずるさはどうでもいいや。お姉ちゃんこそ、紐付き首輪を巻いた二匹の犬をくっつけたような状態をどう思ってるの?」
「私はこのままでも良いと思ってるわ。こいしはどうにかしたいみたいだから、いつまでもこのままで良いとは思わないけれどね」
「ふうん? じゃあ、私がこのままでいたいって言えば、この問題は解決?」
「そういうことに、なるのかしら、ね……?」

 断言してしまうことに抵抗があった。引っかかるのは、レミリアさんが思い浮かべていたことだ。あの人の視界の中では、私だけではなくこいしの方からも絡み付いていっていた。それが今回の問題の原因であれば、放置してしまうわけにもいかない。

「何その微妙な返事」
「んー……。ねえ、こいしは何か困ってることとか嫌なこととか不安なこととか自分一人で抱えてられないようなこととかない?」
「お姉ちゃんが唐突に意図の見えない質問をしてくること」
「それは、気にしないで欲しいわ」
「お姉ちゃんと離れられないこと」
「それ以外では?」
「別にないよ。強いて言えば、今後お姉ちゃんが私の心のプライバシーまで侵してきそうで怖いこと」

 若干距離を空けられてしまう。このまま追求を続けていたら、管が解けたときに相手をされなくなってしまいそうだ。……このくらいで口にしてくれるなら、最初から隠そうともしないか。
 内心溜め息を吐きながら、これ以上を聞くのはやめる。次はもっと重大なことに気づいてからにしよう。

「気を悪くしたのならごめんなさい」
「まったく、お姉ちゃんはレミリアのことを信じすぎ。お姉ちゃんの目からしてみれば、嘘は吐いてないのかもしれないけど、単に狂ってるだけで全く見当違いなことを見せられてたかもしれないんだよ? ほんとはお姉ちゃんだけが悪いのに」
「そうかもしれないわね」

 けれども、こいしの言葉が本心からのものなのか、真実から目を逸らさせるためのものなのかも分からない。今の私には、どちらも信じる根拠がない。見える分だけ、レミリアさんの方を信じているといった感じだ。
 なんにせよ、私自身にだけではなく、こいしにも意識を向けているべきなのだろう。

「そうに決まってる」

 そうしてやけに念押しをしてくるから、私はどうしてもこいしを信じきれなくなってしまうのだ。





「ふぅ……」

 ベッドに座り込むと同時に、溜め息が漏れてくる。お風呂から上がって一心地ついたというのもあるけれど、どっと出てきた疲れが、その主な原因だった。
 普段外に出て遊ぶようなことがなかったというのもあるし、メイド服を着ていたことによって悪目立ちをしてしまったというのも一因だった。元から嫌われ者だということも相俟って、普段以上にろくでもない思考ばかりだった。それが私だけに向くならともかく、こいしにまで向けられていて、何度思考の発生源を壊そうと思ったか分かったものではない。ここで手を出したら、面倒なことになるという理性だけで抑えつけていたから、もの凄く疲れた。後、お燐にからかわられたりしたけれど、そんなのは可愛らしいものだ。

「幸せ逃がしちゃってるけど、私が貰っちゃっていいの?」

 いつの間にか傍らに座っていたこいしが、両手で器を作るようにしながらそう聞いてくる。

「ええ、どうぞ。色々あって擦り切れちゃってるかもしれないけれど」

 そもそも溜め息なんて吐く時点で、幸せも何もあったものではないと思う。それをわざわざ口にするような無粋は犯さないけれど。

「ではでは、いただきます」

 私が吐き出した幸せを掬ったらしい器に口を付けて傾ける。幸せというのは、そういうものなのだろうか。いやまあ、見えも触れも出来ないものだから、個々人で好きなように形容すればいいとは思う。

「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」

 何にせよ、不幸でも幸せでもない私の幸福の絞りかすには相応しい言葉だろう。価値なんて、ありはしない。
 不意に、こいしがベッドの上へと身体を投げ出す。疲れているのか、単純に座っているのが面倒くさくなったのかは良く分からない。
 私のベッドにこいしが横になっている姿を見ていて、ふと今朝こいしがベッドに潜り込んでいたことを思い出す。

「そういえば、こいしは今朝、私のベッドにいたけど、どうして?」

 そう聞いてみたけれど、返事はない。身体を捻ってこいしの顔を見てみると、寝入っているようだった。とても演技には見えない、安らかな寝顔が見える。
 無意識を操る力は、自らの睡眠状態さえも操ることが出来るのだろうか。何であれ、逃げられてしまったということに代わりはない。聞かれて、何か不都合な理由でもあるのだろうか。
 寝ている姿を見つめていても仕方がない。こいしをベッドに真っ直ぐになるように移動させて、その隣に横たわる。

「おやすみなさい、こいし」

 湿り気を帯びたままの頭を撫でて、そっと瞼を下ろした。





 今日もまた、殺人的暑さの地上を歩く。行き先は、紅魔館。手には、二人分のメイド服が折り畳んで入れられた袋がある。洗濯もしたし、ちゃんと乾かしてある。灼熱地獄跡を利用すれば、半日もかからず乾かすことが出来る。

「お姉ちゃん、今日も遊ぶ?」

 霧に覆われた湖の湖面が見えてきた辺りで、こいしがそんな提案をしてきた。昨日の反省は忘れていないようで、大人しく私の言葉を待っている。

「遊ばないわよ。もしかして気に入ったの?」
「むしろ、こんな暑いのに気に入らない理由の方がなくない?」
「分からなくはないけど、とにかく今日は駄目よ。また明日にでも、ちゃんと用意をしてからにしましょう?」

 諭すようにそう言う。でも、実際に用意をするとして、どうすればいいのだろうか。着替えの用意はいいけれど、着替える場所がない。暑さのせいか、割と妖怪が集まっている場所で着替えたくはない。
 紅魔館で更衣室を貸して貰うというのが思い浮かびはしたけど、それは厚かましいだろう。お燐やお空を連れてきて、隠して貰おうか。

「しょうがない、我慢してあげよう。じゃあ、服返した後は何するの?」
「え? こいしがどこかに連れて行ってくれるんじゃないの? 何をすると聞かれても困るんだけど」

 私が自主的にできる行動は、読書と家事とペットの世話くらいしかない。だから、見知らぬ場所に出て来て、好きなようにしろと言われても、何をすればいいのかさっぱり分からない。

「さすが生粋の引きこもり。外に出ると何にもできなくなるんだ」
「ええ。だから、こいしが楽しめる場所に連れて行ってくれると嬉しいわ」
「ふふ、まっかせて! さてさてそれじゃあ、どこ行こっかなー」
「ちょ、ちょっと、こいし。落ち着きなさい。服を返しに行くのが先でしょう?」

 紅魔館とは全く関係ない方へと進んでいくこいしを制止させる。張り切ってくれるのは嬉しいけれど、昨日のように暴走するのではないだろうかと冷や冷やしてしまう。さっきの行動を見る限り、無茶はしないと思うけれど、不安だ。

「おっと、そうだったそうだった。あ、紅魔館で美味しいお菓子を要求してみるのもいいかもね。あそこ、中々食べれない物も出してくれるし」
「こいし、あんまり図々しいのは――」
「ほらほら、立ち止まってないで、早く行こ?」

 私の言葉を遮り、腕を掴んで浮かび上がる。私の言葉を無視したというよりは、はしゃいでいるせいで聞こえていないといった様子だ。
 そんな様子に呆れながらも、笑顔が眩しく見えて目を細める。そうしながら、私も浮かび上がって引っ張られるようにして、紅い館を目指すのだった。





「こんにちは、昨日に引き続き歓迎するわ。妹ともどもね」
「……勝手に歓迎してることにしないで」

 昨日と同じテラス。そこには、レミリアさんに加えて、不機嫌そうにレミリアさんをじっとりと見つめるレミリアさんの妹――フランドール・スカーレットさんがいた。二人は向かい合うように座っている。
 どうやらフランドールさんは、二人きりのお茶会を邪魔されたことが気に入らないようだ。それに対して、レミリアさんは来客を喜んでいる。対極な反応を示している姉妹だ。

「二人だけのお茶会じゃなかったの? 咲夜には最初から来客があることを伝えてたみたいだし」
「さっきまでは、言ったとおり二人きりだったじゃない。私は一度として、最後までとは言ってないわよ」
「屁理屈」
「はいはい。文句は後で聞いてあげるから、とりあえず挨拶だけでもしときなさい」
「……しっかりみっちりと聞いて貰うからね」
「お手柔らかに頼むわね」

 フランドールさんは、暖簾に腕押しと言った態度のレミリアさんに対して溜め息を吐く。割と高頻度で、こういったやり取りをしているようだ。

「はじめまして。私はフランドール・スカーレット」

 人見知りをするというわけではないようだけれど、他人の前に出ることにはあまり乗り気ではないようだ。私たちに歩み寄ろうともせず、挨拶は簡潔だった。私たちと仲良くなろうという気もないようである。
 私も他人と仲良くするのは苦手なので、無理に関わろうとは思わない。顔を合わせたからには、最低限に関わりはするけれど。

「初めまして。私は古明地さとりです。こっちが妹の――」
「古明地こいし。よろしくねっ、フラン」
「え? あ、うん。よろしく……」

 こいしがフランドールさんの方へと跳ねるように近寄って、手を握り笑顔を向ける。フランドールさんは、いきなり近寄られたり、手を握られたり、愛称で呼ばれたりしたことに困惑しながら、ぎこちなく頷く。
 ちなみにこれは、フランドールさんの視点から見たものだ。私はこいしに引っ張られて転ばされて、目が発する痛みに耐えていて前を見ている余裕なんてない。今回はこいしを巻き込まずにすんで良かった。……良かった、のだろうか?

「結構な勢いで倒れたけど、大丈夫かしら?」

 レミリアさんが傍に近づいてきてしゃがみ込む。自分では何が起きたのか正確には把握できていなかったけれど、レミリアさんの記憶の中での私は、確かに盛大に転んでいた。目の痛みばかりに意識が行っていたけれど、今更ながらに身体の前面が痛くなってくる。

「……はい、なんとか」

 とはいえ、いつまでも横になっているわけにはいかないので、起き上がって床の上に座り込む。こいしはフランドールさんの方に集中しているようで、私のことは見てくれていない。まあ、こいしが楽しそうならそれでいいのだけれど。

「なら良かったわ。それにしても、そう簡単には千切れたりしないのね、これ。って、触れないわね」

 レミリアさんの手が、管を掴もうとして宙を掴む。かと思えば、目の方に手を伸ばして、そちらは触れることが出来ることに驚いたりする。この人の行動は、落ち着いているのか子供っぽいのか良く分からない。心を見る限りでは、自身の好奇心に忠実といった感じだけれど。

「普段は実体化させないようにしてるんですよ。色々なところに引っかかったり、着替えるのに邪魔になったりしますから」
「へぇ、便利なのね。私の翼は実体化しっぱなしだから、着替えるのが面倒くさいのよね。あ、立てるかしら?」

 自然と伸ばされた手を反射的に掴むと、軽々と立ち上がらせてくれる。見た目からは全く想像できないくらい力強かった。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。さてと、妹たちは仲良くやってるみたいだけど、混ぜて貰いましょうか。それとも、私たちは私たちで仲良くやる?」

 仲良くと言っているが、実際はこいしが一方的に話しかけて、フランドールさんはそれに困惑を返している。レミリアさんもそれは分かっていて、あえて言っているのだけれど。

「どちらでもいいですけど、……レミリアさんと知り合ったときのこいしも、あんな感じでしたか?」

 こいしのあの態度は、フランドールさんのことを特別気に入ったからなのか、それとも普段からあんな感じなのか。家の中にいるこいししか知らない私には、全く分からない。

「そうね。やたらと明るく話しかけてきて、始終楽しそうにしていたわね。しばらくしてからは、昨日みたいな落ち着いた感じになってたけど。なんとなくだけど、近寄りすぎないようにしているように見えるのよね」
「そうなんですか……」

 そうした態度の遷移にどういった心情が関与しているのか正確には分からない。でも、どうせ楽しくない物なのだろうと思って、気分が沈む。どんなに世界が平和でも、それを信じられなければ意味はないようだ。

「貴女は妹のことばかりが気になってるみたいだから、二人のところに混ぜて貰いましょうか」

 そう言って、私を引っ張る。抵抗もせず大人しくされるがままとなりながら、受動か能動であるかの差は、要求に応えるだけでいいペットの主か、期待に応えなければならない従者の主かであるかの違いなのだろうかなんてことを思った。




 二組の姉妹によるお茶会は、こいしを中心に進んでいった。こいしがフランドールさんへと質問をして、レミリアさんがそこに混じりつつ私にも話題を振ると言った感じだ。私はいなくてもいいのではないだろうかと思ってしまう。とはいえ、現時点では物理的に離れることができないから、どうしようもない。

「お姉様を捕らえておくには、どんな紐が良いかな」

 会話の切れ目に、フランドールさんがそんな話題を投げ込んできた。私としてはついにかという感じだったし、レミリアさんも同じように思っていたようで、驚きは見当たらない。こいしも驚いてはいないようだ。今までの会話を思い返してみれば、さほど意外と思うこともないのかもしれない。彼女のこいしへの質問の返答は、大抵レミリアさんへと向いているようなものだった。

「霊夢の札とか混ぜ込んでみればいいんじゃない?」

 こいしは楽しげな様子で答えている。悪戯好きとしての性質が疼いているのかもしれない。何かの気紛れで私を捕まえたりしないよう願うばかりだ。現時点だと、お互いに捕まっている状態だから、心配する意味はないけれど。
 フランドールさんは、冗談の類とは全く考えておらず、心を読まずとも本気の色が見え隠れしている。

「それだと、札が使えなくなったときに自分でどうしようもないからだめ」
「じゃあ、霊夢の技を盗み取るとか」
「それも無理。一度興味が湧いて、霊夢の力について調べたりしてみたんだけど、魔法とは全然違うみたいで、私にはどうしようもない」
「へぇ、フランって魔法使えるんだ。だったら、そういう感じの魔法を探し出せばいいんじゃない?」
「うん、私もそう思ってるんだけど、中々見つけられないんだよね。お姉様、結構無茶苦茶やるから中途半端なのだとすぐ逃げられそうだし、あんまり強力すぎると、近づいたときに私も動けなくなっちゃう。まあ、二人で動けなくなっちゃうのもいいと思うけどね」

 幸せそうに弛緩した笑みを浮かべる。現時点では本気ではないものの、何かの拍子に行動へと移ってしまいそうだ。表面上は大人しいけれど、危険な方向へと振れやすいというのが、これまでの会話の中で得たフランドールさんの印象だ。外からは落ち着きなく見えるけれど、内面は冷静なレミリアさんとは正反対だ。
 それにしても、私たちを繋ぐものが目視できる上に、物理的な距離を制限しているからか、力業ばかりが挙がっている。私ならこうする、というのがあるけれど、わざわざ言ってレミリアさんの負担を増やす必要もないだろう。紅茶に口を付けて、会話の成り行きを見守るのに徹する。

「良くないわよ。一切外に出ないで、部屋の中の空気ばかり吸ってるなんて不健全だわ。私と一緒にいたいなら、一緒に出てくればいいのよ。別に止めたりしないわよ」
「外出たら私以外に意識を向けるようになるからいや」
「外に出て、家の中で見れるものを見てても仕方ないじゃない。外に出たんなら、そこにあるものを見て触れて関わって、想いや空気を共有すべきよ」
「うん、私もそう思う。大切な人と出掛けるのって楽しいよ? 家の中では見られない顔も見れたりしてお得だし。ねっ?」

 レミリアさんの言葉に同調していたこいしが、こちらに笑顔を向けて同意を促してくる。
 大切な人というのは私のことなのだろうか。普段はそうした態度が見えないから、私のことだと思い難いけれど、家の中でと言っているので私のことなのだろう。ペットたちと出掛けている様子もないようだし。
 そう納得が出来てしまうと、気恥ずかしさが芽生えてくる。こいしが目を閉ざして以来、この手の感情をこちらに向けられるようなことはなかったのだ。

「……そうね。滅多に外に出ていないと、外に出るだけで疲れますが、大切な人とはしゃぐことが出来ればそんなことも気にならなくなりますね。それに、例えこちらに意識が向いていないのだとしても、楽しそうにしている姿を見て、幸せを感じるという楽しみ方もありますよ」

 遠回しではあったけれど、折角言葉にしてくれたのだから、私も同じようにして言葉を返す。ちゃんと届いたかは分からないけれど、こうしたやりとりはしっかりとお互いに通じ合っているようで、なんだかこそばゆい。

「ふふ、どうやら形勢はこちらの方が有利なようね。さあ、大人しく諦めて、その引きこもり思考を捨てるのよ!」
「絶っ対に、いや!」

 そのまま私たちを無視して、言い合いを始めてしまう。フランドールさんは何とかしてレミリアさんの考え方を改めようと必死になっているけれど、レミリアさんは言い合いそのものを楽しむことに意識を向けることにしたようだ。随分と余裕に差がある。
 でも、どちらの意識の持ち方にしても、お互いの言いたいことをぶつけ合うことを楽しんでいる。もしかすると、この姉妹なりのじゃれ合いなのかなと思う。

「仲良さそうだよね。あの二人」
「ええ、そうね」

 こいしの声にはどことなく羨ましそうな響きが込められていた。
 そういえば、私たちの間で言い合いをするようなことなんてあっただろうか。こいしが目を閉ざす前は、そんなことをする必要なんてなかった。閉ざした後は、なんとなく距離が開いて、私の方が遠慮しているような状態だ。かといって、こいしの方から明確に何かを言われたということもない。いつも何かを示唆するような言い回しばかりを用いて、迂遠に伝えてくるばかりだ。
 思い返してみれば、私たちが真っ正面からぶつかるようなことはなかったのだ。それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないけれども、現状では少なくとも本音で話し合うことさえも出来ていないように思う、

「ねえ、こいし。何か言いたいことがあったら、遠慮なく言っていいのよ?」
「別に言いたいことなんてない。お姉ちゃんこそ、いっつも一歩引いてばっかりだから、何かあるんじゃない?」
「特にないわよ」
「そう」

 どうでもいいことなら長く話せるくせに、本音で話そうとしたら簡潔で淡泊となってしまう。もしかしたら、私の無意識はこの関係を改善したいと思って、こいしを縛り付けたのかもしれない。そして、こいしも同じように思っているのではないだろうかと思う。
 そう思い至っても、私は受け身にこいしからの働きかけを待つことしかできない。自分から言いたいことをぶつけてしまってもいいのだろうかと遠慮してしまう。
 動けない自身に不甲斐無さを感じると、余計に紅い姉妹のやりとりが眩しいものに見えてくるのだった。





 その後、二組の姉妹によるお茶会は恙無く終了した。館を出てからは、こいしに引かれて適当にうろうろとしていたものの、私が暑さに参ってしまったため、早めに帰ることとなった。その際、こいしが心配していたのは、明日も出かけられるのかということだった。
 その不安を抑えるためではないけれど、夕食の席で明日は霧の湖に出掛けようということを提案した。

「さとり様って、水着とか持ってましたっけ?」

 やることの候補として水遊びが挙がってきたところで、お燐がそんなことを聞いてきた。

「ないわよ、そんなもの。でも、泳ぐわけじゃないんだから、適当に動きやすい服を着てれば十分よ。着替えもちゃんと持って行くし」
「服が肌に張り付いてるのって、結構えろいですよ? 注目浴びますよ?」
「……何を考えてるのよ」

 不埒なことを考えているお燐を睨みつける。そうしながら、スカートはやめて、生地は厚めのものにしようと決める。それで取りあえず、お燐が考えているような事態は避けられる。お燐が勝手に買ってきてくれる服があるので、選択の幅は結構広い。

「それに、貴女が考えているような格好にならないような服を選べば問題はないわ」
「えー。折角水辺で遊ぶのにそんなの野暮ったいですよ。こいし様からも何とか言ってやってください」
「何か言うも何も、そもそも水着って何? 話の流れと名前の雰囲気で何となくはわかるけど」

 言われてみれば、幻想郷において水着は一般的なものではない。元々海で泳ぐ際に着るものらしいし、泳げるほどの水があると言えば温泉くらいしかない地底では、地上以上に縁遠いものだ。私は偶に手に入る外の世界の本から、知識だけは得ている。
 お燐はどこでその知識を仕入れてきたんだろうか。知識自体は間違っていないから、そういかがわしいところではないとは思うけれど。

「一言で言ってしまえば、濡れても大丈夫な服と言ったところね。水に濡れても動き難くなることもないし、透けることもないらしいわよ。でもまあ、多少動きづらくなっても問題はないし、透けない生地の服を着ればいいから、無理して用意する必要はないわね」
「ふーん。で、お燐はなんで必死になってるの?」
「水着の特徴の一つとして、露出度が高いというのがあるわ。まあ、露出が低いのもあるけど、そっちは身体にぴったりとくっつくような着心地だから、身体のラインがはっきり出てくるというのもあるわ。要するに、お燐は煩悩を暴走させているというだけね」

 鳥籠の中の鳥というわけでもないので、正直に答える。ついでに、お燐への攻撃もする。
 それにしても、昔のお燐はまさに猫といった感じでクールだったのに、何を間違えてこんな子になってしまったのやら。私を元気づけるためというのは分かっているけれど、何もこんな形でなくともいいだろう。

「ちょっとさとり様、淡々と解説するの止めてください。死にたくなります」
「じゃあ、自分の欲望に忠実になるのをやめなさい」
「だってさとり様もこいし様もだぼっとした感じの服しか着ないじゃないですか。この機会を逃す手はないでしょう!」

 陥落しそうだと思っていたのに、開き直ることで立ち直った。更には小癪なことまで思いついている。非常に面倒くさい。

「そう言えば、まだこいし様の意見を聞いてません。どうですか、こいし様。着てみたいですよね?」
「んー……、どっちでもいいと言えばどっちでもいい。でもまあ、折角特別なことするなら、異常に身を浸してみるのも悪くないかなと」
「異常とか言わないでください……。でも、何にせよ、乗り気ではあるんですね。ほらほら、さとり様。渋ってると、こいし様をがっかりさせることになりますよ!」

 お手本のようなしたり顔が鬱陶しい。とはいえ、お燐の行動は正しくて、こいしが望むことであれば明確な理由がなければ断りづらい。恥ずかしいから着たくないという、それくらいの理由しかないのだ。

「着たいの?」

 まだ明確に着たいと答えたわけではないこいしに、簡潔な問いを向ける。

「うん」
「……分かったわ」

 この質問に頷かれてしまうと、もう反対のしようがない。これでこいしが喜んでくれるというのなら、それで構わない。でも、お燐のはしゃぎっぷりが伝わってくると、溜め息を吐きたくなってくる。
 一人会話について来れず首を傾げているお空を見ていると、いつまでもそのままでいて欲しいと思うのだった。





 今日もまた、霧の湖へとやってきた。これで三日連続だ。縁があるわけではなく、気まぐれで一度訪れてから、ここへやってくる予定が継続しているだけだ。
 湖ではしゃいで紅魔館で服を借りて、返しに行く途中でこいしがまた遊びたいと言ったので予定を立てて、そして予定通りに訪れて。さすがにこれ以上続かないとは思うけれど、どうなのだろうか。
 そう考えながら、簡易の更衣室から出る。これは、お燐が知り合いから借りてきた屋台用のテントを簡単に改造したものだ。若干下に隙間があるのが気になるけれど、見張りがいるから大丈夫だろう。思考はアレだけれど、仕事はしっかりとこなしてくれるから、信用はしている。

「ほう」

 外に出た途端、見張りをしていたお燐が私たちの姿を見ながらそんな声を漏らした。からかっているわけではなく、本当に感心をしているのだから良く分からない。心が読めても、いつだって理解できるとは限らないのだ。まあ、掘り下げていけば分かるだろうけれど、そうしようという気には全くならない。

「買ったときは何つまんない選択してるんですかと思いましたが、実際に着ている姿を見てみるとなかなかいいですね。ひん剥いて無理やり着替えさせる必要もなさそうです」

 私もペットに新たなトラウマを刻みつける必要はなさそうだと思いながら、ほとんど下着にしか見えない水着を持つお燐をじっとりと睨む。
 お燐の視界の中には相変わらず赤紫と藍の管が絡み合って離れることの出来ない私たち姉妹の水着姿が映っている。
 私が着ているのは、薄い紫色のワンピース型のもので、胸元にレースがあしらわれ、腰の辺りには飾り役割しか果たしてないもの凄く短いスカートが付いている。足をここまで出すようなことがなかったから、これでもかなりの抵抗がある。
 こいしが着ているのは、飾りは同じような雰囲気の薄緑色の水着だ。私のと違うのは、上下が分かれていてお腹の辺りが露出しているところだ。白い肌が白日の下に晒され、いつも以上に無防備な雰囲気が強まっている。出来れば人目に触れさせたくない。この辺りは視界が悪いから、神経質になってしまう必要もないのだろうけれど。

「貴女もすぐに着替えてきたらどう?」
「おっと、そうですね。では、見張りをお願いします!」

 お燐は上機嫌に二本の尻尾を揺らしながら、更衣室の中へと入っていく。
 私は内心で溜め息を吐きながら、湖の方へと視線を向ける。そこでは、真っ先に着替えて飛び出していったお空が、背中の翼を水に浸けてばさばさと動かしている。動物だった頃の習性が、今も残っているのだろう。お風呂に入ったときにもそうしているようだ。
 こちらに気づいたお空が翼を止めて、両手をぶんすか振り回す。外だといっそう元気な子だなぁと思いながら、小さく手を振り返す。私の中に、あそこまでの純粋さは残されていない。まあ、元々そんな物を持ち合わせていたのかという疑問はある。純粋さとはほとんど無縁なのが、サトリというものだ。稀に純粋なまま獲物を陥れることが出来るのや、純粋さ故に全く獲物を襲うことが出来ないのもいるけれど。

「ね、お姉ちゃん」
「ん?」

 純粋さについて考えていると、後者の方であるこいしが手首を掴んで引っ張ってきた。

「お燐のせいで聞きそびれちゃったけど、どうかな?」

 こいしの方へと視線を向けてみると、若干両手を広げるようにしているのが見えた。何か期待しているのか、単に気まぐれで聞いてきたのか。無表情からは読み取れない。でも、どちらにせよ、答えは決まりきっている。

「まあ、可愛いと思うわよ」
「まあ?」
「無防備すぎるのよ。姉としては、見ているとすごく不安になるわ」
「お姉ちゃんは心配性だねぇ。そんなんじゃ、折角の特別も異常も楽しめないんじゃない?」
「……異常は楽しむものじゃないわよ」
「ああ、そっかそっか。緩すぎるから受け入れちゃってた。何にせよ、怯えすぎてたら、何にもなんないよ?」
「……かもしれないわね」

 まだ何も起きてはいないし、予兆も見えない。それに、何か起きそうになっても私たちであれば、問題なく阻止できるだろう。そう考えれば、堂々とまでは行かずとも、危険については警戒する必要もないのかもしれない。

「あ、そうだ。言い忘れてたけど、お姉ちゃんも可愛いと思うよ。おどおどしてるのも、悪戯好きとしてはいい感じのスパイスになってる。今のお姉ちゃん見てると虐めたくなる」
「ちょっとこいし! 何を言ってるのよ!」

 今の私はどうあがいてもこいしから放れることは出来ないから必死だ。必死に喚いている。それでどうなるわけでもないけれど。

「ふふ、なんて冗談冗談。今日の目的は、お姉ちゃんで遊ぶことじゃなくて、お姉ちゃんと遊ぶことだから」
「……あんまり冗談になってないわよ」
「ありゃ、言われてみればそうかも。まあ、なんだっていいよ。早く遊びたいな。お燐ー、まだー?」

 遊びたい欲求が増して待ちきれなくなってきたのか、テントの中のお燐へと呼びかける。実は、少し前に着替え終わっていたりする。出てこないのは、私たちの邪魔をしたくないと思っていたからだ。私の方から声をかければ良かったのだろうけど、丁度良いタイミングがなくてそのままにしてしまっていた。

「あっ、はい! もう既に着替え終わってますよ! お待たせしました!」

 こいしに呼びかけられると思っていなかったお燐が、慌てて飛び出してくる。ちなみに、お燐が着ているのは、私に着せようとしていたものだ。若干お燐の方が背が高いくらいだから、服の使い回しが利く。好みの違いで、そうすることはほとんどないけれども。

「よしじゃあ、行こっか。お姉ちゃん、今日は転ばないように気をつけてね」
「転ばないように気を付けてくれると嬉しいんだけど」

 前回のような目に遭うのはこりごりだ。

「まあ、善処はする」
「ええー……」

 不安しか残らない約束とともに、湖を目指すのだった。




「こんにちは。騒がしさに誘われて遊びに来たんだけれど……、中々過酷なことになってるわね。大丈夫?」

 湖の畔、草地の上でこいしに膝枕をしてもらって横たわっていると、ここ数日の間ですっかり聞き慣れた声が聞こえてきた。声の方へと視線を向けてみると、小さな体格と比べるとアンバランスなほどに大きな日傘を広げて、こちらを呆れたように見下ろすレミリアさんが立っていた。

「こんにちは……。なんとか、大丈夫と言ったところ、ですかね……。というか、そんなに、酷いですか……」

 若干、朦朧としている意識でそう答える。
 今現在、私は高温多湿に参ってしまっていた。それを発生させたのは、お空だ。最初は、普通に水の掛け合いなんかをして遊んでいたのだけれど、ふとお空が水を蒸発させる遊びを思い付いてしまい、調子に乗ってしまった結果、酷いことになってしまった。
 一応、涼しいところまで避難したつもりだったのだけれど、まだ不十分だったようだ。レミリアさんが、纏わりついてくる空気に不快を示している。

「全然大丈夫そうに聞こえないし、この辺かなり暑いわよ。無理してこんなところにいないで涼しいところに移動すればいいじゃない? こんなところにいたら、いつまで経っても調子悪いままよ」
「一応、逃げてきたつもり、なんですけどね……」

 そう答えてから、一端大きく息を吐いて身体を起こす。身体中に気怠さが満ちていて、あまり動きたくないと思ってしまう。ただ、それはここがそれだけ私にとって危険な場所ということでもあるから、いつまでもだらけてないで立ち上が――ろうとして、バランスを崩して前のめりに倒れる。なんだか最近、こんなのばかりだ。

「お姉ちゃん、一昨日から転んでばっかりだよね? ドジっ娘?」
「昨日と一昨日は、貴女に引っ張られて、今日は、暑さに体力を、取られてる、だけよ」
「ああ、薄幸の方か」
「そう思う前に、自分の行いを、反省してちょうだい……」

 絶対数は少ないけれど、半分以上はこいしのせいだ。

「それは難しい。まあ、立ち上がるの手伝ってあげるから、それで許して?」

 肩越しに背後を見てみると、こいしが笑顔を浮かべて手を差し伸べてくれていた。ここで叱ることが出来ないから、駄目なんだろうなと思いながら、身体を反転させて再度起き上がり、こいしの手を掴む。

「よっ――とぉっ?」

 掛け声とともに引っ張り上げてくれたかと思ったら、そのままこちらに倒れ込んできた。こいしの体重とともに地面に背中を叩きつけられて、呼吸が止まりそうなくらいの衝撃に襲われる。もうやだ。

「何をやってるのよ。ほら、引っ張ってあげるから、掴みなさい。こいしもちゃんとさとりに掴まっておくのよ?」

 痛みにいじけそうになっているところに、今度はレミリアさんが手を差し伸べてくれる。私たち二人を同時に立ち上がらせるつもりのようだ。それも片手で。横着しすぎではないだろうか。

「……レミリアさんまで、倒れてきたり、しませんよね?」
「しないわよ」

 思考を見る限りでは、強がりだとかではなさそうだ。こいしは準備が出来ているようだし、長々と考えるのも面倒くさいので、レミリアさんの手を掴んでしまう。もうどうにでもなれと自棄になる。
 腕に力が掛かって、それを引っ張り返すと自然と直立の格好となる。おお、と感心するのも束の間、思いの外足に力が入らず、レミリアさんの方へと倒れ込んでしまう。

「おっと、この様子だと、歩くための肩を貸す必要もあるかしら?」

 でも、レミリアさんが軽々と受け止めてくれた。

「大丈夫です、と言いたいところですが、これ以上転びたくないので、よろしくお願いします。って、あ、こいしっ!? ごめんなさい、大丈夫?」

 レミリアさんの思考によって、私とレミリアさんに挟まれる形でこいしがいることを思い出す。慌てて自立して、レミリアさんから少し距離を取る。さすがにそのまま後ろに倒れるようなことはしない。

「お姉ちゃんの胸が薄くて助かった……」
「……何ともないみたいで良かったわ」

 そこまで気にしているわけではないけれど、指摘されると微妙な感情が湧き出てくる。

「それにしてもあれだよね。手触りは明らかに布って感じなのに、柔らかさは素肌と全く同じだよね」
「な、何を言ってるのよ! というか、何で知ってるような素振りなのよ!」

 私の記憶ではこいしに直接触れられたことがある部分なんて、手か腕かそこらくらいだ。

「さあてね。何でだと思う?」

 こいしが悪戯に笑う。その意味深長な発言に、私はただただ取り乱すことしかできない。
 そんな私たちの間へと、呆れが割り込んでくる。

「こんな所であんまり興奮すると倒れるわよ? まあ、館は近いし、妖怪ならそう簡単には死なないでしょうから、倒れたければ好きにしてくれてもいいけど」

 蚊帳の外で冷静なレミリアさんの思考は、私を落ち着かせるには十分なものだった。確かに、早くここから離れないとまずいような気がする。

「いえ、早く移動しましょう。肩を貸していただけますか?」
「ええ、どうぞ。多少ふらついたとしても、どうとでもなるから安心して良いわよ」

 そんな頼もしさに、素直に甘えさせてもらうのだった。




 ぱちゃぱちゃと水が踊る。隣に座るこいしの足の動きに合わせて、涼やかな音が暑さを誤魔化そうとしてくれている。
 高温高湿という地獄から抜け出して、湖に足だけを浸けてぼんやりとしていた。足を浸けるのに丁度いい場所があったのだ。
 ちなみに、レミリアさんも私の横に座って、足を浸けてゆったりと揺らしている。本当は水を蹴り上げたいようだけれど、吸血鬼だからそこまでは出来ないようだ。

「そういえば、そのごちゃっとした奴、何か進展はあったかしら?」

 黙ってぼんやりしているのに飽きたレミリアさんがそう聞いてくる。疑問が浮かんだのと実際に口にした時間との差はほとんどなかった。決して短絡的な思考の持ち主というわけではないけれど、偶にこちらが知覚するよりも早く、言動として現れてくるのは、行動力の高さの現れなのだろうか。

「何も進んでないですね。いえ、別にこのままでいいと思ってるわけではありませんよ」

 解決する気はあるのだろうかという思考が混じっていたので、そちらにも答える。そうしながら、本当にそうしようという気はあるのだろうかと、自分の答えに疑問を抱く。
 もともと私自身はこのままでも良いと思っている。こいしが多少嫌がっているようだからなんとかしようと思っていたけれど、ここのところの様子を見る限りは、むしろ楽しんでいるような気がする。
 こいしが何か問題を抱いている可能性は残っているけれど、足がかりさえ見つからず、何もすることが出来ない。

「ふうん? その割には暢気な様子ね」

 心を読まなくても分かるくらいに、私の言葉は信じてもらえていなかった。

「いやまあ、具体的に何をすればいいのか分からないので、取りあえずこいしのやりたいようにやらせているんです」
「ふうん。確かに、無闇に突き進んでも仕方がないわね。でも、だからって他人の意思に従順になるのもどうかと思うわ。貴女自身は何かやりたいことはないの?」
「私のやりたいこと、ですか?」

 私の答えを気にするかのように、こいしの足の動きが止まる。関心を持たれても困る。
 私に何かをしたいという願望はない。ただ、こいしがこうして欲しいだとか、こうなってほしいだとか、そんな願いばかりだ。

「ないですね」
「面白味のない答えね。こいしもそう思わない?」
「うん。お姉ちゃんの生き方そのものみたい」

 なんだかこいしが辛辣だ。嫌われてはいないはずだけど、何か嫌がることをしてしまっただろうか。心当たりがない。
 それより、レミリアさんは、こいしが私のために何かをしたいと思っていると考えているけれど、私はそう思うことが出来ない。私が受け身の体勢になっているからというのもあるだろうけれど、こいしは自由気ままに私のことを引っ張っているような気がする。そこに、私のために何かしたいという意識は見えてこない。
 でも、そういえば、こんな状態になってしまったその初日、こいしはわざとなのか素なのかは分からないけれど、主導権を決めるじゃんけんで後出しをして負けた。あれがわざとのものだとすれば、最初から私の意思を尊重してくれようとしていたのだと考えられる。
 じゃあ、無理にでも何か言ってあげればいいのだろうかと思うけれど、卑怯な優しさが嫌いと言われた手前、嘘をでっち上げるということは出来ない。

「おー、悩んでるわね。でも、やりたいことってそんなに思い浮かばないことかしらね?」
「変化しないものの中に埋もれて満足してるから、それ以上何も求めようとしないんだよ」

 暇を持て余しているらしい二人が、私を間に挟んで会話を始める。

「フランは変化を求めないタイプだけど、自分の欲求は結構言ってくるわよ?」
「そういえばそうだったね。じゃあ、なんだろ。姉か妹かの違い? お姉ちゃんと同じ立場のレミリアとしては、どう思う?」
「どう思うって聞かれてもねぇ。私はやりたいことがある側だし。でも、そうね。私のやりたいことっていうのは、フランに関わることが多いわね。単純に楽しめればいいっていうのと、あの子が幸せに近づけるようにするためのものと半々くらいで。もし、さとりが貴女の幸せを願ってて、でも何をすればいいのか分からないって言うなら、やりたいことが一つもないっていうのは納得できるわ」

 出会って片手で事足りるほどの日数しか経っていないはずなのに、私自身でさえ漠然としていた部分を埋めてくれるかのような言葉だった。これが、妹を理解出来ている姉と出来ていない姉の違いなのだろうか。それとも単純に、元の性質が違うというだけなのか。

「ああ、お姉ちゃんが情けないってこと」
「さあ、どうなのかしらね? さとりの察しが悪いのか、貴女があまりにも自分のことを喋っていなさすぎるのか。可能性の幅を広げて色々と類推することは出来るわね。貴女たちのことは全く知らないから、何の根拠も付随させることは出来ないけれどね」
「お姉ちゃんが悪いに決まってる。私は色んなこと話してるから」
「そんな主張されても、普段の貴女たちの会話を知らないから何とも言えないわ。それより、さとりはこっちの会話に集中してるみたいだけど、何か思い浮かんだ?」

 レミリアさんが上体を前へと乗り出すようにして、私の顔を覗き込んでくる。見かけ相応の行動は、まさに好奇心旺盛な子供といった様子だけれど、紅い瞳に宿る強い意思だけが子供っぽさから浮いていた。

「あー、いえ、何かが思い浮かんだというわけではないんですけれど、興味深い話をしていたのでつい」
「ま、思い浮かばないなら考えるだけ無駄よ。受け身なのは気に入らないけど、それを気にしすぎて身動きが出来なくなるのは論外ね。というわけで、元気になったみたいだし、また遊んできたらどう? 無意味に悩み続けてるよりは、ずっと有意義なはずよ」
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 気遣うのは無意味で、誘おうにもそこには種族の壁がある。だから、私がレミリアさんへと言うことが出来るのはお礼くらいだ。

「意味の分からないお礼ね。あ、そう言えば、水遊び用の道具があったわね。取ってくるから、適当に遊んでなさい」

 照れ隠しとかでも何でもなく、本当に今この瞬間にその道具の存在を思い出して、足も拭かずに靴を履くと大急ぎで館へと向かって飛び立って行ってしまった。更に、彼女の思考の中には私たちと遊ぶ情景が混じっていたけれど、大丈夫なのだろうか。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ああ、うん、なんでもないわ」

 問題がありそうなら、そのときに止めることにしよう。レミリアさんは、私が持つ知識の中の吸血鬼とはいくらかの違いがあるみたいだから、根拠なしに心配しても余計なお世話以外の何物でもないだろう。

「そう? まあいいや。とりあえずほら、お姉ちゃん、立ってたって」
「え、あ、うん」

 唐突な言葉に従って、こいしと共に立ち上がる。ずっとばてていた私に付き合っていたから、暇で暇で仕方がなかったのかも知れない。これは、申し訳ないことをしてしまった。

「よし、じゃあここから跳ぶよ」
「え、危ないんじゃ――」
「三、二、一、ジャンプっ!」

 私の制止を全く聞こうともせずに、カウントダウンを始めて跳んでしまう。散々引っ張られて転び続けていた私は、反射的にこいしの言葉に従ってしまっていた。
 着水をしながら、このままではこいしの言葉に逆らえなくなる時が来るのではないだろうかと、少しだけ不安になるのだった。




 それからしばらくして、レミリアさんが色々と背負って戻ってきた。頭の中に、私たちと一緒に遊ぶ方法を携えて。

「基本的なルールは、この四つのボールを相手にぶつけるだけ。細かい部分は、私に当てれば五点、お空とお燐がそれぞれ二点で、こいしとさとりは一点ね。チームは私一人と貴女たち四人。私も気兼ねなく水に浸かれるなら、均等に分けてもよかったんだけどね。で、お互いの制約は、貴女たちは水から上がらない。私は高く飛びすぎない、同じ相手を狙わない。この際、こいしとさとりは一纏めとして扱うわ」

 レミリアさんが、友人からの助言を貰いながら考えたというルールを説明してくれる。
 レミリアさんは日傘を持っているけれど、それを蝙蝠化させた自分の一部で支えることも出来るようだ。それでも、自由自在に動くことは出来ないはずだけれど、レミリアさんの自信が過剰なものでないなら、妥当なルールだと思う。それ以前に、私がまた溺れてしまわないだろうかという不安がある。深くても腰の辺りくらいまでしかないから、焦らなければ問題ないのだろうけれど、冷静でいられる自信はない。

「じゃあパチェ。お願い」
「はいはい、分かったわ」

 レミリアさんの友人であり背負われて来た物の一つである、パチュリー・ノーレッジさんが頷くと、私たちを囲うように大きな障壁が現れる。声には面倒くささが滲んでいるものの、心の方はレミリアさんに頼られて喜んでいる。素直になるのが苦手なタイプのようだ。
 でも、もともと自己完結する性格でもあるようで、本を広げてあっさりと自分の世界へと入ってしまう。
 読んでいる本の内容は、さっぱり理解が出来ない。魔法に関する書物だということくらいは、思考から読み取れはするけれど。

「準備はいいかしら? 話し合うなら少しは待つわよ」

 向こうは一人で、こちらは四人ということを考慮してそう言ってくれる。むしろ、出来るだけ考えて楽しませて欲しいとさえ思っている。遊びではあるけれど、適当にやるのは許してくれなさそうだ。

「さとり様、どうします?」
「ルール的には、貴女たちが私たちを守る利点はないから、私たちのことは気にせずに動いてちょうだい。攻撃役は、とりあえずお燐とお空に任せるわ。こいしは始まってすぐはレミリアさんを狙って、その中で作戦を明確に決めるわ。いいわね?」

 即興で思いつくのはこれくらいだ。身体能力の高い二人に攻撃を任せて、レミリアさんへの有効度が未知数のこいしは、とりあえず様子見をする。そして、私はチームをまとめることに徹する。どうせ私が投げたとしても当たることは絶対にないだろう。どう動くかを読むことが出来ても、それに対して有効な動きが可能とは限らない。

「了解です!」

 お燐とお空の声が重なる。この二人は大丈夫そうだ。
 で、問題は私たちだ。

「お姉ちゃん、もし溺れてもちゃんと助けてあげるから、安心して転んでね」

 こいしの方へと視線を向けてみると、そんなことを言われた。こいしの中では転ぶことが前提となっているのだろうか。

「……転ばないよう気を付けてくれると嬉しいわ」
「ちゃんと避けようとしてくれるなら、がんばって合わせるけど、そうじゃなかったら知らない」
「それは、確かにそうね。こいしを信じて、出来る限り動くようにするわ」

 頷いてから思ったけれど、本来なら私がこいしのように言うべきなのではないだろうか。でも、こいしに合わせられる自信はないわけで……。
 頑張って合わせると言うことのできるこいしは、私のことをどれだけ理解しているのだろうか。それともそれは、こいしの持つ能力が可能にさせていることなのか。私にはそれを判別することが出来ない。

「うん。下手に立ち止まったりしたら、引っ張り倒すから」

 笑顔でそんなことを言ってくる。スパルタなのか扱いが雑なのか分からないけれど、どちらだろうとも若干泣きたくなる。まあ、こいしの前だし、レミリアさんも待たせているので、心の中だけで済ませる。

「レミリアさん、こちらの準備は出来ました。いつでも始めてください」
「分かったわ。じゃあ、始めっ!」

 レミリアさんが開始の合図とともに、四つのボールを放り投げる。レミリアさんは意識していないけれど、私たちが先制のようだ。ルール的には、最初に攻撃できたからといって、大した利点はないけれど。
 一つ近くに落ちてきたので触れてみると、柔らかい感触が返ってきた。これなら当たっても痛くなさそうだと思ったけれど、衝撃で破裂しないように魔法を施しているという思考があったのを思い出す。無事に終わればいいのだけれど……。

「お空! あたいの後に全力で投げて!」
「あいあいさー!」

 お空が了解するのを受けて、お燐がレミリアさんへと向けて、ボールを投げる。そして、それに続くのは、お空の一直線に飛ぶボールだ。
 レミリアさんは最小限の動きで、お空のボールをかわしながら、お燐のボールを両手で受け止める。そして、ほとんど間を置かずにこちらに投げてきた。
 そうすることは分かっていたけれど、どこを狙っているのか分からないから勘で避けるしかない。
 水に行動を妨げられながら、右に飛ぶ。こいしもちゃんと付いてきてくれているようで、引っ張られることはなかった。
 近くで大きな音がするとともに、全身が濡れるほどの水飛沫が上がる。なんとか避けることが出来たのだと安堵することは出来ず、冷や汗が流れる。あの柔らかさのボールからあれほどの威力が出るなんて、どんな速度が出ているのだろうか。
 これまでの間、お燐とお空は次に投げるボールを確保しにいっており、私たちの近くにもボールは二つある。レミリアさんは拾いに行っても間に合わないと判断して、私たちの攻撃を待っている。

「お姉ちゃん、今度は私たちが仕掛けようか」
「いやいや、私は全然当てられる気がしないわ」

 あらぬ方向に飛んでいくか、軽々と受け止められるかのどちらかだろう。普段物を投げるようなことなんてしないし、力業でなんとかできるような種族でもない。

「やる前から諦めるなんてだらしない。遊びなんだから、失敗したところで取り返しのつかないことにはなんないんだし、萎縮されてる方がつまんない」

 妹に諭されてしまう。でもまあ、確かにそうだ。遊びだからと不真面目になるのもそうだけど、遊びなのに身構えすぎるというのもそれはそれで間違っているのだろう。

「分かったわよ。やるだけ――」
「あ! お燐とお空が投げた! 私たちも早く続かないとっ!」
「えっ? ええっ」

 こいしの声に急かされて、適当にボールを放る。私の投げたボールはレミリアさんの下を抜けていき、お空の手へ、こいしが投げた物は、レミリアさんとは全く関係ないところへと飛んでいき、お燐の手へと渡る。お燐とお空が投げた物は、一つはレミリアさんが受け止め、一つは避けられて障壁にぶつかっていた。
 そして、レミリアさんがこちらにボールを投げてきて、お燐とお空がその隙を狙う。
 私は展開の早さに付いて行けず、身を守るように頭の前で腕を組むことしかできない。
 そして、ばしぃっ、と水に当たったのとは明らかに違う音が聞こえてくる。でも、私に痛みはない。

「いつつ……。もう、これ、人間だったら痕が残るんじゃない?」

 暢気な声が聞こえてきて、顔を上げてみると私の前に立ちふさがるようにこいしが立っていた。顔を顰めているのが映る。遠くから、お燐とお空の嬉しそうな声と、レミリアさんの悔しそうな感情が伝わってくる。

「まったく、ちゃんと避けようとしてって言ったよね?」
「え、でも、こいしは引っ張るって」
「さてさてどうだったっけ。忘れちゃった。そんなことより、今はいいけど、このまま突っ立ってたら、また狙われるよ?」

 忘れたという言葉は、どこかわざとらしく優しく響いていた。

「……ありがとう、こいし」
「お礼なんてどうでもいいから、動いて動いて。次は沈めるよ?」
「え、ええ。分かったわ」

 こいしに引かれて再び動き出す。
 次は確実に避けようと。それが無理なら、せめてこいしを守る位置に動けるようにしようと考えながら。





「三十五対三十三で、地霊殿組の勝ち。惜しかったわね、レミィ」

 パチュリーさんが魔法で集計していた点を淡々と発表する。本を読んでいた間は、全く意識していなかったというのだから、その集中力の高さに驚かされる。自動的に処理されているとはいえ、その動向が気になってしまうのが普通の精神の持ち主だというのに。

「おー! やった! 勝てたっ!」

 お空が元気よく喜んで、お燐、こいしと順にハイタッチしていく。私もそれに応えようとするけれど、高く手を挙げたり、飛んだりするだけの元気はなかった。ついでに、上半身が所々痛い。ボールがトラウマの対象になってしまいそうだ。

「……さとり様?」
「……疲れてるだけだから、心配しなくて、いいわよ」

 下がってきた手を叩いて、笑顔を見せる。

「うにゅ……」

 でも、明らかに元気のない姿はお空を心配させるばかりで、安心させるのには全く足りていない。
 そして、お空は親に助けを求める子の感情でもって、私が駄目になっているときの親担当であるお燐の方を見る。実際はお燐の方がしっかりとしているけれど、私の優先度が下がったことはない。

「疲れてるって言ってるんだから、休ませてあげるしかできないだろうさ。心配するのもいいけど、とっとと着替えさせて、背負って帰るのが一番だよ」
「良かったら、うちで休んでってもいいわよ? 時間も時間だし、ついでに夕食も食べていったら?」

 レミリアさんが私へと向けて提案してくれる。
 例によって、社交辞令だとか礼儀として言っているわけではなく、本気で彼女自身がそうしたいと考えている。お燐とお空は、紅魔館の食事に興味があるようだ。ここまででは、わざわざ断る理由は見つからない。

「こいしは、どうしたい?」
「どっちでもいいよ。お姉ちゃんの好きにして」

 丸投げだった。なら、素直に提案を呑ませてもらおう。私は出来るだけ早く落ち着ける場所でゆっくりとしたい。

「では、お言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」
「もちろんよ。着替えはどうする? うちで着替えてもいいし、ここで着替えてもいいし」
「では、ここで」

 今の格好であの館の中に入るというのは、あまりにも場違いすぎると思う。レミリアさんは気にしないだろうけれど、私が気にする。主に変に目立って注目を浴びてしまうという点で。

「ん、分かったわ。パチェ、ちょっと待っててくれる? 先に帰りたかったら、帰っててもいいけど」
「待ってるわ」

 レミリアさんは私たちに付いてくるようだ。見張ってくれる人がいれば、一度に全員で着替えることが出来るから、ありがたい。
 そんなわけで、こいしに支えてもらいながら更衣小屋を目指す。情けない限りだけれど、自力で歩くのが辛いのだ。





 気が付くと、私は柔らかな布団に包まれていた。身体中の気怠さに意識が再び呑まれそうになりながら、薄暗い部屋の中で首を左右へと動かしてみる。
 隣には、こいしの寝顔がある。まだ見慣れてはいないけれど、こんな状態になってからは、当たり前となっていた。こいしは、私よりも寝るのが早く、起きるのが遅い。
 反対側へと首を動かしてみる。そこには、落ち着いた色合いの調度品が綺麗に並べられている。安物ですませているうちとは大違いだ。多分、ここは紅魔館の一室だろう。
 自身の身体を見下ろしてみると、チェック模様の寝間着を着せられていた。暗さのせいで、色はよく分からない。こいしも同様の模様で色違いらしい物を着ているのが見える。
 そして、意識が途切れる前の記憶が甦ってくる。
 着替えを済ませて、自力で飛ぶ余力がなかったから、お空に背負ってもらっていた。確かその途中、お空の暖かさに勝てず、そのまま眠ってしまったような気がする。
 部屋の様子からすると、陽は完全に落ちてしまっているようだ。お燐やお空はどうしたのだろうかとか、こいしはちゃんと夕食を食べることが出来たのだろうかとか、確認したいことが色々と浮かんでくる。でも、そのためにこいしを起こしてしまうのも忍びない。

「あ、お姉ちゃん、起きた?」

 なんて思って、再び眠りにつこうと思ったら、こいしから声を掛けられた。

「あ、ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」
「ううん、だいじょうぶ。あんまり寝付けなかったから」
「そうなの……?」

 いつも寝付きがいいから、それはそれで心配になる。

「どうしたの? 具合が悪い?」

 妖怪だから、風邪を引いたりするようなことはないけれど、調子がいい日、悪い日というのはあるし、無茶をすればそれが体調不良という形で出てくることもある。今日は結構動いていたから、そうした可能性は十分考えられる。

「全然そんなことないよ。飛び回ってこいって言われたら、今すぐ行ってこれるよ。行ってこようか?」
「いえ、元気そうなのは十分伝わってきたから、やめてちょうだい」

 私が引き擦られる、最低でも床に叩き付けられる未来しか見えてこない。

「そっか、残念」

 私の不安そうな表情が面白かったのか、悪戯っぽい笑みを浮かべてそんなことを言う。

「そういえば、こいし。夕食はちゃんと食べた?」
「うん、美味しかったよ。それに、すっごい豪華だった。お姉ちゃん、食べられなくて――」

 そこに、誰かのお腹の音が混じった。私のではないと思う。まだ身体が寝ているからか、空腹感はない。代わりのように、睡魔が抜け目なく意識を刈り取ろうと狙っている。
 となると、こいしのものということになる。もしかして、寝付きが悪いのは、そのせいなのだろうか。

「こいし?」
「お姉ちゃん。お腹がいっぱいの時も、お腹は鳴るらしいよ」
「それは知っているけれど、食後という雰囲気が全然ないわね」

 私がここに寝かされているということは、こいしはここで食事を摂ることになるはずだ。だというのに、食べ物の香りはしない。だから、仮に食べていたのだとしても、とっくに満腹状態ではなくなっているはずだ。

「真っ暗闇の中、黙々と食べて、今さっきベッドに入り込んだのです」
「それにしては、料理の匂いがしないわ」
「無臭でしたから」
「……どうして敬語?」
「なんとなく」

 素直に食べていないと言う気はないらしい。そんなに私は気を遣うような存在だろうか。
 なんにせよ、私も素直にそうなのかと納得するわけにはいかない。妹に不当な我慢を強いる姉がいていいはずがない。そのためには、多少図々しくもなろう。

「こいし、ちょっと、台所に行ってみましょう?」
「だから、さっき食べたばっかりだって言ってるじゃん」
「私はお腹が空いているのよ」
「そう。でも、私は食べないからね」

 頑なに、空腹ではないと訴える。ここまで徹底していると、余計にこいしが嘘を吐いているという確信を強める一方だ。

「それならそれでもいいわ。さあ、行きましょう」

 そう言って、ベッドから出て立ち上がろうとして、ふらついた。昼間の疲労は、自覚以上に私の身体を蝕んでいるようだ。それとも、ただ単に変な時間に寝て、変な時間に起きたから寝呆けているだけなのか。

「お姉ちゃんは軟弱者だねぇ。支えてあげようか?」
「……お願いするわ」

 変な自尊心を振りかざして無様に転ぶか途中で動けなくなって結局頼ることになるのと、最初から妹に甘えるのとどちらがいいかを考えて、後者を選んだ。

「ふふん、まっかせて」

 得意げにそう言って、私に肩を貸してくれる。
 部屋を出てから確認した私たちの寝間着は、赤いチェックの薄紅色の物と、藍色のチェックの水色の物だった。




 こいしから聞くところによると、あの二人は先に地霊殿へと帰ったらしい。あの二人が帰ったのなら、最低限の仕事は片付けてくれるだろう。
 そんな安堵をしたのは少し前。今は、別の不安が浮かんできている。

「……こいし? いつになったら付くのかしら?」
「え? お姉ちゃんが道知ってるんじゃないの?」
「え……、私はこいしが案内してくれる物と思って足を動かしてたんだけど……」
「そうなの? やけに自信満々だから、それに付いていけばいいかなぁって思ってたんだけど」

 どうやら、二人して相手の動きを盲信してしまっていたようだ。不安は明確にかたどられてしまったようだ。
 とにもかくにも、迷子である。道を聞こうにも、誰もいないので聞きようがない。妖精メイドは昼間しかいないようだ。
 というか、館の外見に不釣り合いなほど広くないだろうか。道に迷ったことによる錯覚か、それとも館の誰かが何か細工を仕掛けてるのか。後者だとすれば、自力では元の場所に戻れないかもしれない。

「このまま死ぬまで出れなかったり」
「……朗らかに言わないでちょうだい」

 冗談ですまされない可能性があるだけに。
 かといって、重苦しく言われると絶望してしまいそうだ。

「それで、どうするの?」
「どうするも、歩くしかないでしょうね。ここで大人しくしていても、見つけてもらえる保証はないのだし」
「死にそうな顔してるけど、だいじょうぶ?」
「元からよ」

 多少ましになってきたとは言え、若干辛い。やっぱり、私のなけなしの体力は昼間の間に使い切ってしまったようだ。
 それでも、こいしの前なので強がる。

「ふぅん? お姉ちゃんくらいなら担ぐよ?」
「いや、そこまで甘えるわけにはいかないわ」

 流石にそれは、絵面としても情けなさすぎる。
 そんなことを思っていると、近くの扉から心の声が聞こえてきた。一度見たことのある心だとは思うけれど、誰だろうか。どんな本を借りようかとか、そんなことを考えている。

「あ……」

 扉を開けた人物が私たちの姿を見て、声を漏らす。驚きに見開いていた紅い瞳に不機嫌を宿らせるのは、フランドールさんだった。どうやら、夕食の時にレミリアさんたちが昼間遊んだことを思いっきり楽しそうに話したようで、フランドールさんはそれに対して嫉妬を抱いているようだ。私たちへ不満を浮かべるくらいで、実際に何かをしようと思っている様子はない。

「何してるの」
「こんばんは、フラン! 道に迷っちゃったんだけど、私たちの部屋か台所まで案内してくれない?」

 こいしが声を弾ませて話しかける。そういえば、レミリアさんがこいしはそのうち溝を作って関わるようになると言っていたけれど、それはどのくらい親しくなってからのことなのだろうか。現時点では、距離なんて作らず、積極的に関わっていこうとしているように見える。

「……あなたたちの部屋がどこなのかは知らないけど、台所ならいいよ。こっち、付いてきて」

 フランドールさんはこいしの相変わらずな明るさに困惑しながら、扉の向こう側から出てくる。そして、私たちを先導するような位置へと立つと、真っ直ぐに歩き出す。虹色に輝く宝石を垂らしたような翼が伸びる背中が頼もしい。
 私たちはそれを追って歩き始める。

「ありがとうフラン。これで生き延びられる!」
「大げさ」

 こいしの懐っこさとは対象に、フランドールさんは素っ気ない。嫉妬以前に、私たちに興味がないようだ。それにも関わらず、自然と手を差し伸べてくれる辺り、心根は優しいのだと思う。

「そんなことないよ。ねえ、お姉ちゃん?」
「そうね。フランドールさんがいなければ、私たちは咲夜さんに助けてもらえるということも分かりませんでした。感覚的には、まさに生死を分けるような所で助けて貰ったようなものですよ。ありがとうございます」
「……どういたしまして」

 ここまで感謝されることがなかったようで、フランドールさんは私たちの言葉に照れていた。




「あの奥が台所。じゃあ、私はこれで」

 フランドールさんは案内が終わるなり、そそくさと立ち去って行ってしまった。こいしが遠慮なく話しかけるせいで、苦手意識を抱いてしまっているようだった。

「……なんだか、避けられてる?」

 こいしが私の方を見る。でも、すぐに視線を逸らして床を見つめてしまう。私に何を求めているのかは、すぐに分かった。そして、同時にあまり聞きたくないと思っているということも。
 嘘を吐くのは簡単だ。今この場で、こいしを安心させることが出来るという効用もある。でも、その嘘に従って行動してしまった結果、必要以上に大きな傷を負ってしまう可能性もある。
 かといって、正直に言ってしまえば、こいしが傷ついたり、萎縮してしまう可能性もある。サトリとして誰かの心情を語るというのは、かなりの重さを伴うのだ。
 じゃあ、黙っているのがいいのかと思ったけれど、沈黙の分だけこいしが重大に捉えてしまう気がする。

「……大丈夫よ。積極的なのがちょっと苦手なだけで、こいしのことを嫌ってるわけじゃないから。仲良くしたいなら、もう少し大人しくしているのがいいかもしれないわ。いえ、別にこいしの元気の良さが悪いと言ってるわけじゃないのよ。それも、こいしの良さだとは思うわ。でも――」
「お姉ちゃん、長い、うざい」
「……ごめんなさい」

 正直に言ってしまうのがこいしの為になるだろうと結論づけて、出来る限りの擁護はしようと思っていたら、途中で遮られてしまった。うんざりしたような表情も向けられてしまう。

「そんなことより、お姉ちゃんは何作るつもりなの」
「え? うん、何があるか分からないから決めてないわ。フランドールさんがレミリアさんを呼んできてくれるみたいだから、それまで待ってるわ」

 私の言葉によって、こいしの心情がどう変わったのかは分からない。だからといって、わざわざ掘り返すようなことでもないだろう。鬱陶しがられてしまいそうだけれど、気にしているようなら、後で擁護し直しておこう。私の中には、吐き出すことが出来なかった言葉たちが残っている。

「ふーん。勝手に拝借するのかと思ってた」
「そこまで非常識じゃないわよ」
「客人なのに、寝間着姿で他人の家の中を勝手にうろうろする程度には、非常識だと」
「ま、まあ、そうね」

 言われてみれば確かにそうだ。でも、今回は妹の空腹という非常事態だったので、仕方がないということにする。
 そんなふうに無駄話をしていると、寝間着姿のレミリアさんが現れた。大きく肩が露出させ、裾の短い服を着たその姿は、何者をも魅了しかねない色気を放っている。こういうのも、種族特権なのかなぁと考えてしまう。
 その後ろには、フランドールさんが立っている。進んでこの場にいる気はないようだけれど、レミリアさんに誘われて、断りきれなかったようだ。

「こんばんは。悪かったわね、朝まで寝ているものだと思っていたから、何も用意してなかったわ」

 レミリアさんの思考を見る限り、こいしも夕食を摂っていないということで間違いないようだ。

「いえ、こちらこそ、このような時間に起こしてしまって申し訳ありません」
「気にしなくていいわ。暇だから寝てるだけで、何かするというなら大歓迎よ」

 上機嫌に翼を揺らす。どうやら、夜間を中心に活動する妖怪のように、ただ騒ぎ散らすだけというのは嫌なようだ。私もただ騒がしいだけというのは嫌いだ。かといって、昼間のような騒ぎ方は肉体的に辛い。見ている分には、楽しいのだけれど。

「さとりは、料理できるのかしら?」
「はい。元々は、台所と食材を貸していただこうかと思っていましたし」

 でも、レミリアさんが思い付いた提案は良さそうだと思った。本当に何でも楽しむ方向へと持って行く人だ。

「じゃあ、一緒に作りましょう? そっちの方が楽しくなりそうだわ」
「いいですよ」
「よし、決まりね。じゃあ、フラン、行くわよ」

 レミリアさんが適当な席に座ろうとしていたフランドールさんの腕を掴んで引っ張って行く。フランドールさんは抵抗の素振りを見せながらも、背中を追いかけている。

「えっ、私、付いてくだけって――」
「待ってるだけってのもつまらないでしょう?」
「待つのには慣れてる」
「そう。じゃあ、何だっていいわ。手伝いなさい」
「え、ええー……」

 スカーレット姉妹が台所へと消えていく。相変わらず距離も溝もなく仲が良さそうだ。

「お姉ちゃん、行かないの?」
「そうね、行きましょうか。こいしは、手伝ってくれるわよね?」

 一度も料理を手伝って貰ったことはないけれど、こんな時くらいは手伝ってくれるだろうと、そう聞いてみる。

「さあ、どうしよっかなぁ。あっ、味見なら積極的に手伝うよ」
「それ、完成まで何もしないってことじゃない」
「でもほら、画竜点睛を欠くって言うじゃん。ものっすごく大切な部分だよ?」
「横から出て来て、瞳だけ描いて行かれても納得できないわ」
「もー、お姉ちゃんは文句が多いなぁ」
「えー」

 なんだか理不尽な怒り方だった。でもまあ、本気で怒っているわけではなさそうだから、こんなやりとりも別にいいかなと思ってしまうのだった。




「これは作りすぎ、でしょうかね?」
「まあ、残ったら誰かが食べるわよ」

 私たち四人が座る丸テーブルには、三つの大皿が並べられている。それぞれの前には、取り皿とレミリアさんが淹れた紅茶が注がれたティーカップが置かれている。
 大皿に並べられているのは、サンドイッチだ。私とレミリアさんで話し合った結果、それぞれで別の物を作ろうということになったのだ。
 私が作ったのは、照り焼き風の鶏肉を小さく切って、微塵切りのキャベツと一緒に挟んだものだ。一応、七輪なんかも置いてあったけれど、後片づけが面倒くさすぎるので、フライパンで作った。だから、照り焼き『風』だ。
 レミリアさんが作ったのは、炒めた厚めのベーコンを小さく千切ったレタスと輪切りのトマトと挟んだものだ。パンには焼き色が付けられていて、一層美味しそうに見える。心を読む限り、料理が出来るらしいというのは分かっていたけれど、実際に出来た場面を見るまで、失礼ながら本当に出来るのか、なんてことを思ってしまっていた。
 そして最後は、こいしとフランドールさんが協力して作った卵サンドだ。一応、私とレミリアさんも手順を教えるという形で協力はしたけれど、直接手を出したりはしていない。パンの切り口が少し歪だとか、卵がはみ出してしまっているだとか、不格好な部分は見受けられるけれど、初めての料理だということを加味すると、そこには微笑ましさが伴う。ちなみに、フランドールさんが並べた部分は綺麗に整列しているのだけれど、こいしが並べた部分は雑然としている。我が妹は、雑なようだ。

「じゃあ、頂きましょうか」
「はい」

 レミリアさんの言葉を号令にして、各々がサンドイッチへと手を伸ばす。私は卵サンドでレミリアさんも同様の物、こいしは照り焼き風サンドでフランドールさんはベーコンサンド。ある意味分かりやすい構図ではあるけれど、こいしが私の物へと手を伸ばしてくれたというのは、無性に嬉しかった。
 卵サンドを一口食べてみる。味は丁度良く、偏りもない。調味料を入れすぎそうになっているこいしをフランドールさんが止めて、控えめに混ぜるフランドールさんをこいしが焚きつけていたなと思い出す。こいしが他の人たちとどういう関わりをしているかは知らないけれど、二人の相性は良さそうに見えた。

「美味しいわ。初めて作ったということを抜きにしても上出来ね」

 レミリアさんがそんな感想を口にする。私もそれには同意だ。
 フランドールさんは、その感想を聞いて、複雑な心境に陥っているようだった。自分だけの手柄ではないから、心の底からは喜びにくいようだ。でも、彼女なら一人でも上手く作ることが出来るのではないだろうか。

「お姉ちゃんの感想は?」
「レミリアさんと同じ感想で、美味しいわよ。後、こいしとフランドールさんは仲良く出来そうね。二人で足りない部分を補い合うことが出来そうな気がするわ」
「フラン、私たちのコンビネーション、最強だったって」

 こいしが、フランドールさんへと嬉しそうに言う。
 私の言葉を気にしているのか、こいしのフランドールさんに対する態度は、少し大人しいものとなっていた。そのことと一緒に作業したことによってか、フランドールさんのこいしへの苦手意識は薄れていた。これで、こいしは安心してフランドールさんに接することが出来るようになったのではないかと思う。

「……たぶん、お世辞。私は別に大したことしてないから」

 レミリアさん以外に親しい相手がいないからか、どう受け止めていいのか分からなくなっている。

「照れてるの?」
「照れてない」

 こいしはフランドールさんに睨まれても、けらけらと笑うだけで全然堪えていない。そんなこいしの様子に、すぐさまフランドールさんの方が折れて、呆れたような笑みを浮かべている。フランドールさんの方が苦労しそうだけれど、やっぱり相性は良さそうな気がする。

「ふふ、あの二人は仲良くやってるみたいね」

 いつの間にやら、手に持つサンドイッチが私の作ったものになっているレミリアさんが、若干声を弾ませながら話しかけてくる。フランドールさんが、外部の者と楽しそうにしているのが嬉しいようだ。

「そう、ですね」

 レミリアさんの求めているものは分かるけれど、それに応えるのは少々抵抗があった。別にレミリアさんのことが気に入らないというわけではないけれど、相手を懐に入れるという行為に抵抗があるのだ。多分、そうして身を滅ぼしてきたのを多く目にしてきたからだと思う。お燐やお空のように長い時間を共に暮らしていればそうでもないのだけれど、レミリアさんとはまだ数日程度の付き合いしかない。
 レミリアさんは、私の対応に不機嫌を浮かべる。でも、それを表に出すことなく口を開く。聞かずともその内容は伝わっているけれど、何も言わなかった。何と返せばいいのか、分からなかったのだ。

「貴女たち姉妹は、相手と距離を取るという点では、すごく似てるわね。貴女は中々近づこうとしない、こいしは一気に詰めるだけ詰めて結局離れていくという違いはあるけれどね。どっちも私としては気に入らないけど、まだこいしの方が好感が持てるわ。信頼しろとは言わないけど、心が読めてるのに、その好意を疑われるのは寂しいわ。どうしても私のことが気に入らないと言うなら諦めるけど、そういうわけではないんでしょう?」
「……そうですね」
「なら、もっと気安く接してほしいわ。友人からそんな態度を取られるのは嫌だもの」

 心の底からそう思ってくれていた。表情も少し翳りを帯びた笑みとなっている。
 どうして面白味も何もない私に対して、そんなことを思うことが出来るだろうか。打算も何もないから、心の表面を覗いただけでは分からない。
 とまあ、冷静さを取り繕っているけれど、真っ正面からそんなことを言われたことがなかったから、結構取り乱している。何か返さないとと思いながらも、言葉が形を取ってくれない。

「なんかお姉ちゃんが珍しく、私以外の言動で目を白黒させてる」

 こいしが興味深そうに私の顔を覗き込んでくる。そんな顔をしげしげと眺めようとしないでほしい。

「……ここまで真っ直ぐ友達だなんて言う人がいなかったから、どうしていいのか分からないのよ」
「常識のないお姉ちゃんに教えてあげよう。こういうときは、よろしくね、って言うんだよ」

 こいしが助け船を出してくれる。未知の中に溺れかかっている私は、迷うことなくそれに掴まる。

「そう、そうなのね。分かったわ。え、ええと、よ、よろしく、お願いします」
「く、くく……、結局、そうなるのね。ま、まあ、いいけど」

 笑いを堪えていたレミリアさんがそこまで言って、大笑いし出してしまう。そんな理由で笑われるとは心外だ。

「あっはは、全く愉快だわ! 心が読めるくせに、そんなことで慌てるのね! ふふ、いいわよ。気分がいいから待ってあげる。貴女の方からも私を友人だと認められるようになるまでね!」

 なんだかもう、呆れてしまうくらいに真っ直ぐだ。どこから溢れてきているのかさっぱり分からない希望や自信に満ち満ちている。そしてだからこそ、私なんかを友達にしてしまっていいのだろうかと思う。まあ、相応しくなければ、自然とその他大勢の中に沈んでしまうのだろうけれど。

「貴女たちを縛る枷は面白い縁を運んでくれるのものなのかもしれないわね。友人が一人もいないという理由で取り乱す貴女を私と繋いで、友人が一人もいなかったフランをこいしと繋いだ。ま、貴女たちからしてみたら、そんなことも言ってられないんでしょうけれどね」

 そう言い切って、レミリアさんが突然立ち上がる。気分が高揚しすぎて、お酒が呑みたくなったらしい。昼間の疲れがまだ残っているから、出来れば早く寝たい。

「こいしは、お酒大丈夫?」
「大丈夫だけど、どしたの突然。……もしかして、レミリア、ワイン取りに行ったの? ここのワイン美味しいから楽しみ」

 でも、こいしは楽しみにしているようだから、もう少し頑張ることにする。倒れないようには気を付けよう。
 フランドールさんはお酒があまり得意ではないようだけれど、私と同じように考えてこの場に残ることを決めていた。
 フランドールさんがこちらを見たかと思うと、同類に向けるような微妙な笑みを浮かべる。私も同じ笑みを浮かべている。
 話をすれば、すぐに仲良くなれるような気がした。どちらにもその気がないから、近づくことは決してないのだろうけれど。





「軟弱者」

 ベッドから身体を起こそうとして、身体が動かないと報告したところ、こいしに一言でそう評された。

「そうは言っても、辛い物は、辛いのよ」

 昼間の疲労を引き擦ったまま、最後までレミリアさんに付き合って、片付けまでした部分は褒めてほしいくらいだ。よく途中で倒れなかったものだと思う。

「それで、私はどうすればいいの」
「……引き擦っていく、というわけには、いかないわよね」
「当然。そんな面倒なことしたくない」

 昨夜は担いでくれると言ってくれていたけれど、あれは廊下のど真ん中だったからだろう。

「……じゃあ、どうしましょうか」

 こいしに朝食を抜けとは言えないし、誰かを呼ぶことも出来ない。

「そういえば、レミリアが咲夜を呼んだらすぐに出てくるから、呼べば出てくるんじゃない?」
「そんなことしなくても出てくるわよ」

 突然、部屋の中に咲夜さんが現れる。レミリアさんの命令しか聞かないと思っていたから、かなり驚いてしまう。でも、彼女の心を読んですぐに納得する。

「なら、もうちょっと早く出てくればいいのに」
「お嬢様にどうするのか確認をしていたのよ。二つ返事で、最高の待遇で接しろと言われたわ。知らない間に随分と気に入られてるわね。はい、どうぞ」

 まるで中空から取り出したように見せかけながら、朝食の乗ったトレイを持ってきて、いつの間にか私たちの傍に移動させていたテーブルの上に置く。それらを不自然に見せかけないようにこなしているのだから、かなり器用なのだということが窺い知れる。流石に、心の方が一続きではないから、そちらには違和感が出来てしまっている。そこまで操ることが出来たなら、もはや人間ではないだろう。

「じゃあ、用があれば呼んでちょうだい」

 そして、準備が終わるなり姿を消してしまう。主であるレミリアさんとは対照的に、非常に冷めていた。私としては、こうした態度の方がありがたい。別段、レミリアさんがこちらに向けてくる感情が疎ましいわけではないけれど。

「いただきます」

 こいしが一人で食べ始める。私は身体が動かないのでどうしようもない。一応腕は動くけれど、この体勢で食べるのは無茶と言うものだろう。
 こいしに起こして貰っても、その後ずっと支えて貰っている必要がある。ベッドは中央の方に置かれているから、支えとなる壁はない。

「ねえ、こいし。食べ終わってでいいから、食事の間身体を支えてくれない?」
「支えてるだけっていうのも暇だから、食べさせてあげようか?」
「……難しくないかしら?」

 朝食は館の雰囲気とは剥離した純和風の物となっている。ご飯に味噌汁に冷や奴、法蓮草のお浸しに納豆という組み合わせだ。他人に食べさせることに慣れているならともかく、そうでなければなかなか難しいのではないかと思う。

「だいじょうぶだいじょうぶ。仮にこぼれても、私には被害はないから」
「え、ええー……」

 不安にしかならない前向きさ加減だった。とはいえ、あまり抵抗して何もしてくれないということになっても困るから、覚悟をして受け入れるしかない。
 ぼんやりとしながら、こいしが食べ終わるのを待つ。今にも寝てしまいそうだけれど、起きたばかりだから我慢は出来る程度だ。

「ごちそうさまでした。よしじゃあ、お姉ちゃん。覚悟はできた?」
「いやいや、どうしてそんな不穏な言い方になるのよ」

 逃げられないけれど、逃げたくなってくる。

「だって、動けない相手なんて、悪戯しろって言ってるようなものだからね。仕方ない」
「……出来れば自重して欲しいのだけれど」
「お姉ちゃんの反応次第」

 そう言いながら、こちらに手を伸ばしてくる。私は、思わず目を閉じて身を固くしてしまう。
 でも、こいしは私を抱き起こすだけで、それ以外には何もしてくることはなかった。

「ふふ、お姉ちゃん怯えすぎ」

 笑われてしまう。でも、あんなことを言われた手前、そう易々と力を抜くことは出来ない。身構えて、身構えて……、どうしろというのだろうか。何も出来ないのに。

「ひゃうっ!?」

 突然耳元に息を吹きかけられた。普段出てこないような声が出て来て、今度は羞恥から身体を縮こまらせてしまう。

「お姉ちゃん、結構可愛い声出せるんだね」
「……こいし、あんまりやると……、泣くわよ」

 何も思い浮かばなくて、そんなことしか言えなかった。現状だと怒ったところで迫力も何もないし、嫌うのは論外だ。そうなると、それくらいしか出来ない。自尊心も何もあったものではないけれど、泣きたくなるくらいこいしに好き勝手にされてしまっている時点で、ないのと同じようなものだろう。

「そう? じゃあやめる。えーっと、どうやったら楽かな」

 あっさりと私の言葉を聞き入れて、ああでもない、こうでもないと私の身体を動かし始める。こいしは、何を望んでいたのだろうか。

「……こいし? どうしようもなかったら、自分で食べるわよ?」

 中々体勢が決まりそうにないので、そう言ってみる。

「ダメ。お姉ちゃんは、私を暇で殺す気?」

 そこまで言われてしまうと、黙ることしかできない。今すぐ食べなければ死んでしまうというわけではないから別にいいか。
 しばらくの間、私はこいしにされるがままとなる。時折見えてくる表情は真剣そのもので、悪戯したくなるのは仕方がないと言っていたとは、とても思うことが出来ない。

 こんこんこん。

 一向に据わりのいい体勢が見つからなくて、こいしの表情に不機嫌が混じり始めた頃、扉を叩く音が響いた。訪問者はレミリアさんで、咲夜さんから今の私たちの状況を聞いて、助けに来てくれたようだ。

「どうぞ、レミリアさん」

 こいしが応える様子を見せなかったから、私が扉の向こう側に届くかどうかわからないような声で応える。一応届いたようで、レミリアさんが扉を開けて、部屋に入ってくる。

「おはよう、二人とも。さとり、悪かったわね、昨夜は無理に付き合わせるような形になっちゃって」
「いえ、構いませんよ。楽しかったですから」
「なら、それなりの態度を見せて欲しいわね。で、私はどうすればいいかしら?」
「私が食べさせるから、レミリアはお姉ちゃんが倒れないように支えて」
「分かったわ」

 レミリアさんは、ベッドに上がり込んで後ろから私を支える。こいしは、私の前へと椅子を運んできて、そこに座ると朝食の乗ったトレイを腿の上に乗せる。そして、納豆をかき混ぜ始める。

「にしても、あの程度で動けなくなるなんて軟弱ね。鍛え方が足りないんじゃない?」
「やっぱりレミリアもそう思う? 絶対にお姉ちゃんはもっと外に出るべきだよ。これからは、毎日引き擦り出してあげようか?」
「一応やるべきこともあるから、毎日は困るわ。後、せめて引っ張るくらいにしてちょうだい」
「その辺りは、お姉ちゃんの抵抗具合次第。徹底抗戦するって言うなら、掴んだ家具の一部をはぎ取ってでも連れてくから」

 なんだか随分と恐ろしいことを言っている。でも、そこまで言うということは、ここ数日私といて楽しかったと思ってくれていると考えてもいいのだろうか。そうであるなら、こいしの強引さも悪くはないと思える。
 それに、私もこいしといられる時間は楽しい。こいしが毎日楽しそうにしているのならそれで十分だと思っていたけれど、一緒に楽しみたいという欲求が芽生えてきている。

「じゃあ、お姉ちゃん、口開けて」

 納豆を乗せたご飯をこちらに突き出してそう言ってくる。なんでわざわざ難しそうなのから始めるんだろうかと疑問に思いながらも、大人しく口を開ける。
 あれこれと言われて不安になっていたけれど、真剣な表情が私に大丈夫かなと思わせてくれるのだった。




 目が覚めると視界に入ってきたのはこいしの寝顔だった。
 特に何事もなく朝食を終えて、まだ眠気が残っているし動きたくないからと寝ていたのだけれど、何も出来ないこいしも一緒に寝ていたようだ。
 何気なくこいしの頭を撫でてみる。前までは、こんなこと出来るのだろうかという思いがあって、こいしに触れるときはいくらかの躊躇があった。
 でも、ここの所はずっとこいしといて、その存在を間近で感じ続けていた。そのおかげか、ふとしたときに消えてしまうかもしれないという漠然とした恐怖は消えていた。こいしは確かにここにいて、私の隣で楽しそうにしていて、真剣に私の世話をしてくれる。そんな当たり前のことを今の今まで全く実感することが出来ていなかった。
 そして、こいしを捕らえていたのは私なのだと理解する。私の不安が現実となることを恐れて、無自覚の内に離れられなくしてしまっていたのだろう。
 自分の中にある物を明らかに出来た上に、気が付けばその問題はほぼ解消されていた。だからか、私の胸中を埋めるのは爽やかな気分だ。これで全てが終っていれば、大団円といったところだろう。
 でも、布団を少し捲って見て映ったのは、相変わらずごちゃごちゃと絡み合った管だった。いや、なんとなくだけど、私の側へと寄っているような気がする。まるで、私のは元の位置に戻ったのに、こいしの方から私を手繰り寄せようとしているかのように。
 どうやら、レミリアさんの力は正確に私たちの現状を表していたようだ。
 このままでいいと思っていたけれど、私と同じように負の感情によってこうなってしまっているのなら、それは確実に解決すべきだ。そもそも、一緒にいたいのならいればいいのだから、こんな煩わしい物の必要はないのだ。今になってようやくそのことに気が付いたわけだけれど。

「ん……、お姉ちゃん……」

 不意に名前を呼んだかと思うと、こちらに腕が伸びてきた。そして、抱き寄せられる。実際の状況なんて一切考えていない行動だから、顔がかなり近くなる。
 いつかのことを思い出してしまうけれど、表情が穏やかだから取り乱すようなことはなかった。
 もしかして、私に甘えたいのだろうかと思うけれど、それだけでは足りないような気もする。

「……ねえ、こいし。貴女は何を望んでいるの?」

 寝言でもいいから答えてくれないだろうかと思ったけれど、そんな都合の良いことが起こるはずがないのだった。




 次に目を覚ましたとき、こいしがじぃっと私の顔を見つめていた。起きたときに離れてしまったようで、こいしは抱き付いてはいない。

「ええっと……、面白い?」
「ううん」

 首を横に振って、再び私を見つめ始める。まあ、こいしがそうしたいと思ってそうしているのなら、別にいいか。私も特にすることがないので、ぼんやりと見返す。こいしが私と居たがる理由はなんだろうかと考えながら。

「お姉ちゃん、何考えてるの?」
「ん、うん、ちょっと……、今の状態についてね」
「なんで私たちが見つめ合ってるのか、とかそんな感じのこと?」
「そうじゃなくて、私たちが離れられなくなってる状態のこと。私のどういう心情が関係しているのか分かったような気がするのよ」

 こいしへの追求やら何やら後回しにして、まずは私の想いを聞いて欲しかった。それで何になるわけでもないけれど、またこんなことが起きてしまわないように、こいしには知っていて欲しかった。

「ふぅん? じゃあ、なんともなってないのはなんで?」
「それも、大凡の予想は出来ているわ。でも、それを話す前に、私の話を聞いてくれる?」
「いいよ。どうせ時間は有り余ってるしね」

 興味ないと言われたらどうしようかと思ったけれど、聞く気はあるようでよかった。
 私は、一度深呼吸をする。これまでどれだけの感情を見てきたかは分からないけれど、自分の感情を吐露するのには不慣れだ。それも、どちらかと言えば後ろ向きな感情だ。話そうと思っていても、いざその場面になれば緊張もする。

「……私はね、こいしがいつか消えてしまうんじゃないかと思って怖かったのよ。いつも、気が付けばそこにいたりいなかったり、手が届きそうで届かないくらいの場所にいたり、その在り方が幻みたいだって思ってた。そうした想いが貴女を捕らえてしまっていたんでしょうね」

 こいしはじぃっとこちらを見て話を聞いてくれている。何を考えているのかは相変わらず分からない。でも今は、私のことを話しているのだから、それでも構わないのかも知れない。

「でも、ここ何日かこいしと過ごしたおかげか、そんな不安は消えてなくなっていた。こいしは幻なんかではない。確かに私の目の前にいて、私の手を引いて知らない場所へと連れて行ってくれて、私以外の誰かにも笑いかけている。こいしは確かにここにいて、私の見ている幻覚ではないと分かった。もう、私は貴女を捕らえている理由はないの。でもその代わり、一緒に居られる時間を増やしたいわ。この何日か一緒に遊んだようにね」

 鏡で確認は出来ないけれど、最後は微笑むことが出来たと思う。私は自身の問題が片づいたのだと、次は貴女の番だと告げるように。

「……お姉ちゃんは、私が原因だって言いたいの?」
「そうね。最初は私たちが原因だった。でも、今はこいしがこの状態を維持しているんだと思っているわ」

 こいしのこの反応は、どう受け止めればいいのだろうか。心外だと思っているのか、暴かれたくないと思っているのか。あからさまな心情なら心が読めなくても分かるけれど、曖昧だとさっぱり分からない。力に頼りすぎてきた代償だろうか。
 ない物は仕方がない。今の私に出来る限りのことをするしかない。

「何か証拠でもあるの?」
「ええ、そうね。私たちを繋いでいるものだけれど、中心が私の方に寄っていると思わない? 今の状態は、まるでこいしの方から私にくっついてきているようだわ」

 私の言葉を確認するためか、こいしが布団を捲って視線を下に向ける。

「まあ、確かにそんなふうに見えなくもないけど、お姉ちゃんの方から引き寄せてるって見方もできない?」
「む……、言われてみれば確かにそうね」

 でも、今の私の心情的にそれはありえないはずだ。本当にこれが私たちの精神的な問題が引き起こしたものであればだけれど。でも、変化の瞬間を見たわけではないけれど、あのタイミングで変化に気付いたのだから、無関係だとも思い難い。
 何か他になかっただろうかと、こいしの言動を思い返してみる。

「ほら、私は被害者なんだから、この話はやめやめ」
「……なら、最初にこの状態に気付いた日、貴女が私のベッドに入り込んでいたのはどうして?」

 あれが全ての始まりだったと言っても過言ではないだろう。普段の私たちの距離では、触れ合うことさえ稀だ。本当に私だけが原因なのだとしても、その時のこいしの心情の原因は取り除くべきものだ。夏場である今、心情的な問題以外で他人のベッドに入り込む理由なんて考えられない。

「それは……、……お姉ちゃんには関係ない」

 何かを答えようとしていたけれど、途中でやめて、逃げるように背中を向けられてしまう。

「そう……。……言いたくないなら、それでもいいわ。でも、こいしが不安になってるなら、それを取り除いてあげたいのよ。そのためならなんでもしてあげるから、遠慮しないで言ってちょうだい」
「……口では何とでも言える」
「そう、よね……。……ごめんなさい。頼れるなら、最初から頼ってくれてるわよね」

 私は一度、こいしを護りきることが出来なかった。だから、信頼がなくても仕方ないのだろう。でも、それにも関わらずこいしは傍にいてくれるのだから、私のことを見捨ててはいないということなのだろうか。だから、なんだという話ではあるけれど。
 何にせよ、私ではこいしを救うことはできない。こいしがそこにいるだけで救われる私ほど単純ではないようだ。
 私は無力感に打ちひしがれていることしかできなかった。





「レミリアさん、お世話になりました。ありがとうございます」

 玄関先で、レミリアさんへと頭を下げる。
 あの後、気が付けばまた寝てしまっていて、起きたのは昼過ぎだった。動けるようになっていたので、レミリアさんと一緒に昼食を摂って、今に至る。
 こいしとの距離は良い意味で悪い意味でも元のままだった。背を向けたときのような雰囲気は全くなくなっていて、話しかければ普通に返してくれるようになってくれている。だからといって、不用意に同様の話題を出そうとは思わない。

「友人を休ませるくらい当然のことよ。それより、次があればそんなつまらないことを言わないようになっていて欲しいわね」
「ええと、善処します」
「誰から聞いたかは忘れたけど、それって実際にはやる気がないって言うのと同義らしいわね」
「そんなことはないですよ」

 実際にそういう意味で使っていたので、視線を逸らしてしまう。

「筋金入りねぇ。まあ、焦っても仕方ないから、のんびりと慣れていってもらうわ。気が向いたら……って言っても来そうにないから、こいし、偶にでもいいから、さとりをここに連れてきてちょうだい」
「任せて。縄でふん縛ってでも連れてくるから」
「ふふ、頼もしいわね。頼んだわよ」

 物騒なことを言って笑い合っている。仲が良さそうな結構だけれど、そういうことを本人の前で和やかに話さないで欲しい。

「そういえば、貴女たちはこれからどうするの?」
「そうですね。折角地上に出てきたので、こいしに引っ張られてどこかに行こうかと」

 本当の所は地霊殿に帰りたいのだけれど、レミリアさんが寄り道すべきだという運命を視たようなので、それに従ってみることにする。ここの所、仕事もせずに放置しているけれど、元々やることはそれほどないから大丈夫だろう。

「……お姉ちゃんの変態」

 突然、若干引き気味なこいしからそんなことを言われてしまう。心当たりは当然ない。

「え、ええー……。どうしてそうなったのよ」
「だってお姉ちゃんらしくないから。レミリアの心を見て、余計な情報でも手に入れたんでしょ?」
「それはその通りだけど……」
「じゃあ、間違ってないでしょ。まあでも、お姉ちゃんが私に引っ張られたいって言うなら、引き擦り回してあげる。覚悟は、もうできてるよね?」
「覚悟は必要ない程度にしてくれると――」
「じゃあね、レミリア。気が向いたら、また来るから」
「ええ、いつでもいらっしゃい。私もフランを引き擦り出しておくわね」

 私の腕を掴んで走り出したこいしを追いかける私には、挨拶をしている余裕なんてものはなかった。そして、同じ立場故に、この場にいないフランドールさんへと同情するのだった。




「……一生分、走った気が、するわ」

 はしたなさなんて気にする余裕もないほどに、なけなしの体力を使い切った私は、路傍に座り込んで呼吸を整える。暑さもあいまって、汗も止まらない。

「お姉ちゃん、どれだけ、走るの、嫌なの」

 隣に座ったこいしも呼吸が乱れている。私よりは体力があるとはいえ、サトリの体力なんてものは、人間のものとそう変わらない。
 ただ、汗はそれほど浮かべていない。でも、頬は上気しているので、なんともないというわけでもないようだ。

「……最後に、走ったのが、いつだったか、忘れるくらいには、嫌い、だわ」

 地霊殿にいれば、走る必要性なんてものは皆無だ。多少ペットたちの餌の催促が騒がしくとも、マイペースに進めても問題はない。

「ダメ妖怪」
「……満たされていれば、勝ち組よ」

 今までも十分だとは思っていたけれど、なんとなく足りないと思うようなことがあった。でも、今日そのなんとなくの部分を埋める方法が分かった。きっと私はより一層、満たされて幸せになることだろう。こいしが私を縛る理由さえ取り除くことができれば。

「余計にダメっぽい」
「じゃあ、どうすれば、ダメじゃない、勝ち組なのかしら」
「そういう話だっけ?」
「……さあ?」

 考えずに適当に話しているから、話の前後がよく分からなくなっている。暑さと疲労に蕩けた脳は、わずかの意識を混入させながら、無意識の指令を送るばかりだ。

「まあいいや。取り敢えず適当に条件を並べてみるけど、まずは引きこもりじゃないこと」
「うん」
「何か一つのものだけ満たされてて十分だなんて思わない」
「……うん」
「走ることが嫌いじゃないこと」
「……うん?」
「ちょっと走ったくらいで一生分走ったなんて言わないこと」
「……遠回しに特定人物を批判していないかしら?」
「気にしすぎじゃないかな」

 笑顔を浮かべて受け流されてしまう。やっぱり私に対しては、少しの棘を向けているような気がする。
 でも、こいしから見て、私がたった一つのものだけで満たされていると思われているということを知ることができた。そして、それは間違っていない。
 いつだったか愛が重いとも言っていたし、私の想いが伝わっていないということもないのだろう。この辺りが関係しているのだろうかと思ったけれど、これならむしろ逃げられてしまいそうな気がする。さりげない会話から見つけ出すというのも、そう簡単には上手くいかないようだ。

「さて、休むのも飽きたし、そろそろ第二ラウンドに行く?」
「いや、歩きでお願いしたいわ。明日もまた動けなくなるなんて嫌だし」
「軟弱者ー。でもまあ、動けなくなったら私が担いで帰らないといけなくなるから、勘弁してあげよう。よっと」

 こいしが跳ねるように立ち上がる。その元気が羨ましい。

「立てる?」

 なかなか立ち上がらない私を見てそう聞いてくる。

「……不本意ながら、手を貸してもらえると助かるわ」
「はい、どうぞ」

 こいしが伸ばしてくれた手を握って、立ち上がるのを手伝ってもらう。そして、その手を握ったままにする。

「お姉ちゃん?」
「そういえば、こいしに引っ張られてる時って、手首とか腕とかばっかり握られてたような気がするのよね。やっぱり、手を握ってる方が一緒に歩くという意味ではそれらしくないかしら?」
「わざわざそれらしさを求めるのは、結局不自然な気がする」
「そうかもしれないわね。じゃあ、私がそうしたいということにしておいてちょうだい」

 こいしと手を握って歩く機会なんて滅多にないのだし。いやでも、これから出かける機会を増やすと決めたのだから、そういった場面も増えてくるのだろうか。

「お姉ちゃんは甘えん坊だなぁ」
「え? そういう風に取られるの?」
「そうじゃないの?」
「ええ。他意はなかったわ」

 でも、もしかしたらそういった部分はあるのかもしれない。例えば、今握ったこの手を振り払わないのは、私のことが嫌いではないからと安心していたりとか。

「こうすると、自然と横に並べるわね。うん、こっちの方が一緒という感じが増すわ」

 ずっとこいしを主体にして、私がおまけという感じだったけれど、これならそうした感覚も薄れる。こいしの影の中へと溶け込んでいってしまいそうな上に、それでもいいと思う私だったけれど、願いを新たにした私にしてみれば、それは正しくないことだ。

「ふーん」

 もの凄く興味のなさそうな反応だった。私一人だけで盛り上がっているような雰囲気は感じ取っていたけれど、そうあからさまな態度を取られると寂しい。

「ま、まあ、いいわ。こいし、行きましょう?」

 少し腕を上げて、こいしに先導してくれるよう促す。

「引っ張られたくないなら、お姉ちゃんが先に歩けば?」
「どこに行き着くか分からないわよ?」
「どうせ、どこに行くか決めてないんだから、それでいいんじゃない?」
「む、そう。分かったわ。じゃあ、行きましょうか」
「うん」

 こいしが頷くのを見て歩き出す。ほんの少しだけ、こいしの手に力が込められたのは、気のせいだったのだろうか。




 日が傾き、世界が赤く染められる。そろそろ帰るべきだろうかと思うけれど、レミリアさんの言った分岐点は見当たらない。
 間違いだったのか、知らない間に通り過ぎてしまったのか。どの程度今後に影響するかは分からないけれど、こいしに関することだから、やたらと不安になってきてしまう。もうすっぱり諦めてしまった方がいいのだろうか。

「お姉ちゃん、もう帰ろうなんて思ってる?」
「え? ええ、そろそろ暗くなりそうだし、皆も心配しているだろうし」

 レミリアさんの言っていたことを気にしすぎても仕方がない。帰る途中で何もなければ、それで諦めてしまおうと決める。後は、私自身の力でなんとかするしかない。それで駄目なら、またレミリアさんに頼ってしまいそうだけれど。

「ふーん。もったいない。ずっと地底にいたお姉ちゃんは、星を見る機会なんてなかったでしょ? 折角こんな時間まで外にいるんだから、見て行こうよ」
「星……。そうね、地底に来て以来星空なんて見てないわね。どんなものだったのかも、忘れてしまったわ」

 今の私の記憶にあるのは、本に描かれた星空だけだ。外の世界の本も偶に手に入るけれど、それにしたって、載っているのは四角く切り取られた小さなものだ。空を覆い尽くす星がどんなものだったのかなんて、分からなくなってしまっている。
 普段なら、連絡もなしに遅く帰ることなんて出来ない、また今度にしようと言っていただろう。でも、レミリアさんの言葉がある。今日くらいは、そのときの気分で動いてしまってもいいだろう。私がお燐に怒られるくらいで済むのだから、安いものだ。

「じゃあ、星空を見に行くことにしましょうか。こいし、星を見るのに良い場所があれば、教えて欲しいわ」
「ん、わかった。付いてきて」

 こいしが元来た道を戻り始める。私の適当な先導でもこいしは、今いる位置が分かるようだ。こいしは、どれくらい幻想郷の地理に詳しいのだろうか。私の地理は、地霊殿に住むようになってから、何一つとして広がっていないと言うのに。
 でも、それを広げるのは今からでも遅くはないだろう。今のように、こいしに引っ張られながら、広げていくのは楽しそうだ。

「ねえ、こいし」
「んー?」
「これからも、こいしの知ってる世界を見せてくれると嬉しいわ」
「……まっかせて」

 風の中に消えてしまいそうな声には、いじらしいほどの嬉しさが込められているように聞こえた。




 移動している間にすっかり陽は沈んでしまって、辺りは暗くなっていた。他の妖怪ほど夜目が利かないから、見えるのは隣のこいしと足下と木々の影くらいだ。今は道を外れて、草地の上を歩いている。ここで見てしまうのは勿体ないような気がして、空は見ないようにしている。

「お姉ちゃん、怖くない?」
「え? 大丈夫よ?」

 夜目が利かないとは言え、昔の私は夜を主な活動時間としていた。夜の方が圧倒的に恐怖を引き擦りやすくなるのだ。だから、昔を思い出して少し気分が高揚してしまいこそすれど、怖いと思うようなことはない。
 でも、昔のこいしは夜を怖がっていたな、と思い出す。闇そのものを恐れ、人の心を食らう私を恐れていた。

「いえ、やっぱり怖いわね。こいし、手をもう少し強く握ってくれる?」

 私の方から少し力を込めると、ぎゅっと握り返された。

「ふふ、……お姉ちゃんは、情けないね」

 ああ、これはばれてしまっているなと分かってしまう。でも、あれだけ不自然なら当然か。そういう意味では、本当に情けない。
 それにしても、なんだか今のこいしは何を考えているのか分かりやすくなっているような気がする。

「そうね」

 頷きながら、こいしとの距離を詰める。そうすると、こいしの方からも私の方へと寄り添ってきた。
 歩き難さなんて気にせず、夏の暑さなんて気にせず、無言で歩く。私たちの間には、無為な言葉はいくらでもあったけれど、今はただそれら全てを捨て去って、間をなくしてしまいたかった。

「ついたよ」

 しばらくそのまま歩いていると、こいしが足を止めた。
 そっと視線を上げてみると、満天の星空が目に入ってきた。数え切れないほどの星々が輝いている。

「むぅ……」

 でも、私の口から漏れてきたのは不満だった。本に載っていたものなんかに比べると、明らかに星の数がまばらなのだ。

「どうしたの?」
「こう、心の全てを塗り潰すくらいのものが見れるかと思っていたのだけれど、なんだか物足りないわね。綺麗だとは思うけれど」
「そういうのはちゃんと時期を選ばないと。ちょっと特別なことしただけで、最高の場面に出会えると思うなんて本の読みすぎだと思う」
「いやまあ、確かにそうなんだけれどね」

 少しくらい夢見てもいいではないかと思う。
 でも、自分の目で星を見るのも久々だから、普通の空で丁度良いのかもしれない。なんだかんだと言いながら、物珍しさにぼんやりと見惚れる。

「首痛くなるから、横になった方がいいよ」
「ええ、そうね」

 というわけで、草地の上へと横になる。こいしとは手を繋いだままで、出来るだけ傍に寄っている。

「ちょっと文句言ってた割に、見惚れたりするんだね」
「期待以下だったというだけで、魅力自体は十分だもの。ぼんやりと見てると、吸い込まれていきそうな気がするわよね」
「よくわかんない。お姉ちゃんって意外にロマンチスト?」
「さあ。どうなのかしらね」

 自分の考え方の方向性というのは考えたことがない。種族的なもので、相手のことは分析しようとするけれど、それを自分自身に向けたことはなかった。

「こいしは逆にリアリストなのね」

 突飛な言動が目立つけれど、現実離れしているようなことを言っているのは聞いたことがないように思う。

「夢見たって仕方ないからね。現実だって結構楽しいよ?」

 それは、強がりなのか本心からなのか。見分ける術は持たないけれど、一緒にいたときのこいしの姿から、後者なのだろうと思う。そうであって欲しい。楽しい振りをしているだけだなんて、あまりにも悲しいから。

「そうね。こいしに一緒にいるとその通りだと思うわ」

 本心から同意を返す。
 そしてそれは、こいしが現実であるということに収束する。これでは、たった一つのことを満たされて満足しているだなんて思われても仕方がない。でも、それで何か不都合だろうかと考えてみて、特に何も思い浮かばないのだから、それでいいのだと思う。こいしとしては、私にもっと色々なものを見て欲しいようだけれど。
 気が付けば、無言が辺りを覆っている。こいしは何か考えているのか、ただ星空に見惚れているのか。

「ねえ、お姉ちゃん。もしあの星の中の一つが私だったとして、見つけ出せる?」
「……見つけ出せる自信はないわ。でも、見つけるまで探し続けると思う。何年、何十年、何百年とかかろうともね」

 突然の問いに、少し考えてからそう返した。こいしの声の中に必死さを見つけて、どう答えるべきかを思案してしまったのだ。でも結局、正直に答えることにしてしまう。もしこいしがいなくなったとして、探し出せる自信なんてない。でも、いつまでもいつまでも探し求め続けることにはなるだろう。

「ふぅ、ん」
「私はこいしがいないと駄目なのよ。地霊殿を維持しているのはこいしのため、ペットたちの世話をしているのもこいしのため、明日も頑張ろうって思えるのもこいしのため。だから、貴女がいなくなってしまうと、探すことしかできないのよ。こんな事言うから、重いだとか言われてしまうんでしょうね」
「やっぱりお姉ちゃんはちゃんと外に出るべき」

 呆れ混じりに諫められてしまう。

「ええ、だからお願いしてるじゃない。こいしに外に連れ出して欲しいって。それに、一緒に迷子になってしまえば、探さなくても良くなるわ」

 多分、こいしの不安に辿り着くことは出来た。合っているという自信はないから、情けないことに答え合わせを求めてしまう。

「こいしが怖がっているのは、帰って来れなくなることでしょう? 一緒にいたら、帰れないのは変わらないけれど、その不安を少しは減らしてあげられるかもしれないわ」
「残念でした。外れです。……でも、全くの見当違いってわけでもないよ」

 おどけたような口調で、私の推測の不一致を指摘したかと思うと、抱きついてきた。

「私は、いつか消えてしまうかもしれない。精神が先か肉体が先かはわかんないけどね。なんにせよ、私は自意識を失って、失っていって、その果てに、その途中に、廃人に、死人になるかもしれない。そうなっていく最中に、帰らなくなるんだと思う。帰るべき場所を忘れちゃって。結局、私の自意識が家を求めて、無意識がそれに応えてくれてるだけだからね」

 他人事のように、事実を突きつけるように淡々と言う。聞いている側としては、それをあっさりと受け入れてしまうのではないだろうかと不安になってしまう。でも、

「私はそれが嫌。お姉ちゃんを忘れたくないし、ペットたちのことだってそう。……でも、それを避けるために目を開けるのもイヤ。だから、私がどこか遠くに飛んでいかないようにお姉ちゃんが重石になってくれればって思った。ここ最近は、特にその想いも強くなってて、度々お姉ちゃんのベッドに潜り込んでたりしてた。絶対に気付かれないようにしてね。でもまさか、こんなことになっちゃうなんてね」

 声に不安が滲み出てくる。最後には笑っていたけれど、それは安堵だったのだろうか。

「多分、この状況を引き起こしたのは私だよ。お姉ちゃんはただ巻き込まれただけ。私がお姉ちゃんにもそう思っていて欲しいって思っちゃってたから、元々お姉ちゃんの中にあったものを強めちゃったんだと思う」

 それから、少し黙る。私の反応を窺っているのだろうか。安心させてあげるために、頭を撫でてあげる。こいしに近い方の腕は動かせないから、不格好なものとなってしまったけれど。

「……ごめん、お姉ちゃん。私は今の状態をどうやって解消すればいいかわかんない」

 今にも泣きそうなその声は、人間の女の子のそれでしかなかった。妖怪にとっては致命的なそれは、私には愛すべき部分の一つだった。目を閉ざしてしまってからは、すっかり鳴りを潜めてしまっていた部分でもある。

「そういうことなら、無理して離れなくてもいいわよ?」
「……あんまり甘やかすと、離れなくなるなるよ?」
「何か問題があるかしら?」

 精神的な問題がないのならという前提で、私は最初から徹底してこのままでも構わないと思っているのだ。こいしの問題が解決出来ているのが理想ではあるけれど、こういうことなら現状維持でも構わないだろう。一日二日で解決できるようなことだとは思えない。

「……お姉ちゃんが予想以上にダメだった」
「え? ええと、あ、そうね。抱きしめてあげてなかったわね」

 というわけで、こいしを抱きしめようとするけれど、抱きつかれている状態では体勢を変えられない。

「そういうことじゃないんだけど……。変な方向に振り切れてるお姉ちゃんは、大人しく星を見てて」
「え? ええ」

 先ほどまでの泣き出しそうな様子は引っ込んでしまって、私の言動に呆れてしまっているようだった。何かおかしなことをしてしまっただろうか。

「なんか真面目に話してるのがバカバカしくなってきた」
「私も十分真面目にやってるつもりなんだけれど……」
「だから始末が悪い」

 気が付けば、いつも通りのなんとなく辛辣なこいしに戻ってしまっていた。何が悪いのかわからないけれど、私が不甲斐無いばかりに……。

「ここまで言われるなら、私もがんばってどっかに行かないようにしないといけないじゃん」
「だから、このままでもいいって――」
「そしたら、下調べしてお姉ちゃんを驚かせられなくなる」

 私は今見ているような星空のようなものでも、こいしと共有することが出来るなら十分だと思っているけれど、こいしには拘りがあるようだ。もしかしたら、それは悪戯っ娘としての衿持なのかも知れない。でも、そのために無理もさせられない。

「なら、どんな素敵な場所に連れて行ってくれるか楽しみにしているわ」
「そうやって私に重圧を掛けてくのは、わざと?」
「あ、確かにそうね。ええっとそれじゃあ、楽しみにはしてるけれど、期待はあまりしないようにするわ。とは言っても、こいしがつまらない場所を見つけてくるとは思っていないわよ。時々どこに行ったか話してくれるけど――」
「今度はくどい」

 途中で一蹴されてしまう。心が読めないから、加減が分からなくて過剰となってしまう。

「……はあ、お姉ちゃんと話してるとどんどん離れられなくなりそう」
「私は歓迎よ?」
「ダメ姉」

 行動範囲だけでなく、交友関係も引きこもりな私にはよくわからないけれど、社交的なこいしとしては、特定の誰かばかりと関わるのは駄目だと言うことなのだろうか。その辺りは個人の趣向に依る所が大きいから、言及はしない。
 とにかく、こいしが欲しいのは、私から離れても帰ってくることが出来るという安心なのだろう。

「じゃあ、駄目なりに貴女を安心させる方法を考えたのだけれど、聞いてくれる?」

 肯定の言葉はないけれど、否定もない。だったら、私の意志を尊重してくれるということで、話させてもらおう。

「私は、もしこいしがあの星の中に紛れたとしても探し続けると言ったわよね。その執着は嘘ではないわ。でも、こいしはそんな精神論だけでは信じられないのよね。
 だから、こいしとの思い出をたくさん積み重ねるのよ。もし、こいしが帰れなくなっても、無意識の中にはそうした場所が一つは残ってるはず。そういう場所を虱潰しにしていけば、そのうち貴女に辿り着くわ」
「……結局精神論じゃない?」
「貴女は家に帰るとき、道順を考えて歩いてる?」

 ちなみに今の私は考えていないと帰れない。地霊殿に移り住む前は、全く関係のないことを考えながらでも、住処に帰ることは出来ていたけれども。

「帰りたいなぁって思って気付いたら家の中にいるけど」
「それと同じよ。もしこいしが何か大切なことを忘れてしまっても、それに関することを一つでも覚えていれば、自然とそこに行くはずだわ。後は、こいしが帰ってこれなくなったときに探しに行けばいいだけよ」
「私が帰れなくなってるなんてどうやって知るの」
「これからは、一日姿を見なかったら、帰れなくなったと思うことにするわ」
「……お姉ちゃんの私に対する執着が怖い」

 引かれてしまった。でも、離れてはいないから、冗談の類なんだろう。きっと。

「……まあ、でも、そこまで言ってくれるなら、何とかしてくれるんじゃないかなって思える、かも」
「何とかしてみせるわ。だから、お姉ちゃんを信じてちょうだい」
「……うん」

 根拠もなくそんなことを言ってしまうのは私らしくないなと思いながらも、こいしに頼られていると思うと自然とそう言ってしまえるのだった。




「そろそろ帰る?」

 しばらくの間、星を眺めているとこいしがそう言ってきた。時間が経って落ち着いたのか、私から離れて横になっていた。手は繋いだままで、身体は出来る限り寄せ合っている。

「ん、そうね」

 頷いて、立ち上がる。なんとなしに、私たちの管に視線を向けてみたけれど、変わらず絡みついたままだ。私の抱えてたものと違って、そう簡単に覆るものでもないから仕方がないか。そんなことを思ってから、ふと気が付いたことがある。

「そう言えば、私が不安に思ってることを言ったわよね?」
「うん。私がいつか消えそうで怖いとかなんとかって……」

 こいしも何か気付いたようだ。

「ええ、その通り。でも、私はもうそんなことはないと思っているとも言ったわよね。私がそう思うことが出来るってことは、こいしが消えてしまうようなことはないんじゃないかしら」

 私たちの不安は結局同じことに対するものだ。どうして今の今まで気が付かなかったのだろうか。

「……でも、これのおかげかもしれない」

 そう言って、こいしは自分の藍色の管に触れる。

「じゃあ、私の不安も解決できていなかったということ?」

 こいしは私の方を見返すだけで、何も言ってくれない。確かに答えを求められても困るだろうけれど、私も元の木阿弥となってしまうというのは受け入れ難い。
 いやでも、お互いの不安を知ることが出来たという前進はあったのだから、悲観することでもないか。今までそうしたことを話すことさえなかったのだから。

「まあ、それならそれでもいいわ。目標は同じということは分かったんだから、一緒に頑張りましょう? そうして最後は幸せに笑い合うのよ」
「お姉ちゃんってそんなに前向きだったっけ」
「前に進んだ分だけは、顔を上げられるみたいだわ。立ち止まると、ぐるぐると悩んじゃうみたいだけど」
「ふぅん。……ちょっと頼もしい、かも」

 断言してくれていない上に、ちょっとと付いているのが気になるところではあるけれど、頼もしいと言ってもらえて嬉しい。

「取り敢えず、帰りましょう? 後のことはまた考えていけばいいわ」
「うん」

 一緒に歩き出す。
 これからは、並んでいけるのだろうと思うと、多少の障害はどうということもないと思うことが出来た。





 意識が覚醒して、周りの状況を認識し始める。私の周りには誰もいない。

「こいしっ!」

 慌てて起き上がる。布団を捲ってみても、こいしの姿はない。
 昨日、あんな会話をした後だから、不安ばかりが沸き上がってくる。一人で起きているときに、余計なことを考えすぎて押し潰されてしまったのではないだろうかと思ってしまう。
 暢気にぼんやりとしていられるほどの余裕はなくて、ベッドから飛び降りると一直線にクローゼットを目指す。適当に服を選んで、一瞬で着替えを済ませる。ここまで機敏に動いたのは初めてかもしれない。
 足早に食堂を目指す。単に私の思い過ごしであればいいと願いながら。




 そして、結論だけ言うと、本当にただの思い過ごしだった。こいしの姿はあっさりと見つかってしまう。

「あ、お姉ちゃん、おはよう。まだ掛かりそうだから、しばらく待ってて」

 でも、予想さえしていなかった姿だったから、呆けてこいしを見詰めてしまう。
 こいしは料理をしていた。少し危なっかしい手つきで包丁を動かしている。その隣にはお燐がいて、彼女がこいしに料理を教えているようだ。

「え、うん。おはよう、こいし。えっと……、何か手伝った方がいい?」

 私が言葉を捻り出してなんとかそう言うと、こいしの視線がお燐の方へと向く。多分、お燐に言われるままやっているから、何を頼めばいいのか分からないのだなと思う。そして、少なくとも私と一緒に作業をしたいようだ。

「そうですね……、じゃあ、あたいの代わりにこいし様に料理を教えてあげてくれますか? お二人としてもそっちの方がいいですよね。では、あたいは向こうで待ってますので」

 思考越しに何を作っているかを教えてくれつつ、こちらが何かを言う前に食堂へと姿を消してしまう。姉妹水入らずだなんて気にしなくてもいいのに。でも、折角作ってくれた機会なのだから、存分に使わせてもらおうか。
 自分用のエプロンを棚から取ってきて、それを身に付けながらこいしの隣に並ぶ。

「外れたのね、この管」
「うん。先に目が覚めちゃって、この前のことを思い出したらお姉ちゃんのために朝食を作りたいなって思ってたら離れちゃった」
「なんだか、拍子抜けするくらい簡単に解決しちゃったわね」
「ほんとにそう思う?」

 悪戯っぽく笑ったかと思うと、私の方へと寄ってくる。そうすると、こいしの方から管が伸びてきて、私のものへと絡まってきた。

「……これは?」
「私はただ、お姉ちゃんのために動きたいって思ったから離れることができただけで、その理由がなくなっちゃえば、やっぱりこうやって一緒にいたいって思っちゃう。それに、今までずっとお姉ちゃんと一緒にいたから寂しくなっちゃった」

 本当に寂しかったのか、口調はなんとなく甘えてくるような感じとなっている。

「そう……。私も起きてみたらこいしがいなくなっていて、不安になっていたわ」
「ふふ、この様子だといつまで経っても解決できそうにないね」

 嬉しそうにそんなことを言っているけれど、根っこの部分にあるのが不安だというのだから、素直には喜べない。
 でもまあ、こうして一緒に立っていることが自然なことになれば、それも解消されてくれるだろう。だから、悲観する必要なんてない。

「かもしれないわね。そんなことより、手を動かさないと料理は完成しないわよ」
「お姉ちゃんから話しかけたくせに何その言いぐさ」
「それはまあ、悪いと思っているけれど……。ほら、私も手伝うから」
「何がほらなのかわかんないけど、お願い」

 こいしに包丁の持ち方や材料の切り方を教えながら、私も包丁を握って材料を刻んでいく。

 今の私たちはお互いに絆すことでしか安心することが出来ない。
 でも、いつかきっとそれが見えない絆へと変わってくれるだろうと、穏やかに思うことが出来た。
 お題の発表前に読んでた本でまさに絆をテーマにしていたという運命的な執筆始めでした。
 ちなみに、その本の話はバッドエンドでしたが。
紅雨 霽月
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コメント



0.簡易評価なし
1.無評価みすゞ削除
湖遊泳までは読みました。
2.7ナルスフ削除
さとり様マジへタレ。
ふわふわとしたかわいらしい作品で、100kb超にかかわらずなんとなくふわーっと読めてしまう。
ただ、ここまでふわーっと引っ張った割に、結論もなんかふわーっとしてたんでちょっとなんだかなーって思いました。まぁそれも含めてこの作品の味なのかも。
さとりさんもこいしちゃんもスカーレット姉妹もかわいかったけど、個人的に一番この作品でかわいかったのはぱっちぇさんです。
荷物みたいに登場しちゃうのかわいい。普段のあのそっけない態度で、心の中では喜んでるとかまじかわいい。そのあとあっさりと本の世界に没入しちゃうのもまたかわいい。
3.4烏口泣鳴削除
二人の関係性が良かったです。特にさとりが自分の問題に気が付いた後の、二人の会話とか。
ただちょっと容量が多すぎた様に思います。
4.10名前が無い程度の能力削除
やたらと邪険なこいし、かっこよくてかわいいレミリア、いじらしいフラン、そして色々とダメダメなさとり。
四者四様で皆が生き生きとしていてよかったです。
5.7このはずし削除
まったりと過ぎる姉妹の日常に癒されました。

>>ちなみに、その本の話はバッドエンドでしたが。
この流れでバッドエンドになっていたらどうなっていたことか……でもちょっと興味が湧く自分も
6.9めるめるめるめ削除
 淡々としていながらもさとりの心情が魅力的で面白く読めました。
 さとり一人称とすることで他のキャラの心情も描けるという仕組みも素晴らしい発想だと思い
ます。
 ただ物語に起伏が無いので、読んでいてどうしてもダレ気味になってしまいまして、そこは
少し残念に思いました。
 レミフラと絡める構成は上手いし、その組み合わせに暗示的もしくは作為的な意味(テーマ
を際立たせるためのわざとらしさ)が無くて、四人のそれぞれの自然な個性が立っているだけ
だった点が素敵だと思いました。
 全体に自然体を貫いている不思議な雰囲気だけど魅力的。反面、物語的なわかりやすさ
(悪く言えばわざとらしさ)が無いので、盛り上がらずにすっと終わってしまった感じで、それが
この物語らしい感じではあるのですが、ちょっと欲求不満にも思いました。
7.5うるめ削除
姉妹の絆というテーマがよく出ていたと思います。
8.6きのせい削除
じゃんけんのシーンがお気に入りです。馬の合った姉妹だなあしかし。
最初がインパクトあっただけに、管の解除があっさりしすぎていたように感じてしまいました。
9.3あめの削除
さとりとこいしが繋がってしまうという面白い設定があるのに、ストーリーの方はちょっと地味と言いますか、あんまり盛り上がる場面がなかったように思われます。その設定の方も、この内容だとちょっと活かし切れていないかな、とも思いました。読んでいてしばしば二人が繋がっているという事を忘れてしまいました。
それと個人的に気になったのが、地の文。キャラの動作や心理を書き込み過ぎだったように感じました。もっとシンプルに書いても良かったと思います。この辺は好みの別れる所でしょうか。
10.6名前がない程度の能力削除
第三の目から伸びる蔓は心綺楼では大活躍していましたが、無意識で動く彼女のほんのささいな感情表現になってくれていれば素敵ですな。
11.9文鎮削除
メイド服に水着に寝間着古明地姉妹…素晴らしい。
サードアイが絡み合ってしまうという発想や、絆の使い方もなるほど、と思いました。
また、穏やかに進んでいく物語やさとりとこいしの掛け合いが実に素敵でした。
登場人物たちのキャラクターや心の距離なども絶妙だったと思います。
古明地姉妹の良さを十二分に堪能させていただきました。
ごちそうさまでした。
12.5u!冫ldwnd削除
劇的な展開で変わるのが上で、一つの事柄をじっくり書くのが下と言うことは勿論ありません。
それでも、長編を読み進ませる原動力という点で弱いと個人的には感じました。
姉妹達の描写から魅力は感じられましたし、不満を感じさせる作品ではないのですが。
13.8K.M削除
姉妹の繋がり(物理)。妹に物理的にも振り回されるおねえちゃん可愛い。