第十四回東方SSこんぺ(絆)

足を無くした毒人形と、裏庭の好きな人形使いのお話

2014/09/14 21:02:14
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 ぽかぽかと陽気な、春らしい日の出来事です。
 風に乗った綿毛のようにふわふわと、風見幽香が鈴蘭畑にやってきました。
 幽香が鈴蘭畑に降り立つと、鈴蘭たちがまるで喜んでいるみたいに、白く小さな花を涼しげにそよそよと揺らします。
「あらあら」
 悪戯っ子に呆れるかのように、思わず幽香はそう呟きました。
 朝から鈴蘭たちが騒がしかったので、様子を見に来てみれば、いつもの毒人形が仰向けに寝転がって、うんうんと唸っているのです。
「どうしたの、おチビちゃん」
「あ、幽香」
 幽香に声をかけられたメディスンは、嬉しそうに目を輝かせて、ぱっと上体を起こしました。
「病人ごっこ?」
「ごっこじゃないけど。でも病人とも違うかな」
 心配そうにメディスンを見守っていた鈴蘭の妖精が、幽香に異常を知らせようと、急に忙しなく飛びまわります。
 小さな妖精の示すところ、メディスンの右足を見ると、ヒビの入ったそれは今にも折れそうで、ぷらぷらと頼りない様子なのでした。
「あらあら」
「石に躓いちゃって」
 メディスンは照れくさそうに言いました。
 春の陽気が心地良くて踊っていたら、大きな石に躓いて転んでしまったのだそうです。
「大丈夫なのかしら」
「うーん、足なんて飾りなのです」
 メディスンはふわりと飛び上がると、鈴蘭畑に立とうとします。そして転びます。
 折れそうな足では、やっぱりうまく体を支えることができません。
「幽香ぁ、痛いよぉ」
「無理するから」
 痛い痛いと、メディスンは目の端に涙を浮かべます。
 幽香はしゃがみ込んでメディスンの右足の様子を調べました。陶器でできているのでしょうか。まだ辛うじて繋がってはいるものの大きなヒビが入ってしまっていて、足としての役目を果たすのはやっぱり無理なようです。
「ねぇ幽香、直るかなぁ」
「うーん、どうなんだろう」
 少なくとも自分には直すことができないと、幽香はそう思いました。花の妖怪でしかないのですから、陶器の人形を直すだなんてこと無理です。陶器をどうやって作るのかすら知りませんから。
 里に行って糊を調達してくれば、ひょっとしたら直るのかもしれません。でもきっとヒビは残ってしまうでしょう。メディスンの白くて細い足にヒビを残したままだなんて、流石に可哀想だと幽香は思います。
「私には直せないわね」
「そっか、うーん困ったなぁ」
「いっそのこと取っちゃいましょうか」
「えぇ!?」
 意地悪そうに微笑む幽香に、メディスンはお尻で後退ります。
「冗談よ」
 幽香はからからと笑って、メディスンの小さな頭を撫でます。
「私は直せないんだけど、ひょっとしたら直せるかもしれない奴を知ってる。これからそいつの所に行きましょうか」
「本当? 直るの!?」
「大丈夫よ。あいつが直せないっていっても直させるから」
 春の陽気のように朗らかに、幽香は微笑みました。

       ♪

 ぽかぽかと暖かい空を、幽香とメディスンはゆっくりと飛んでいきます。
 足が折れていても飛ぶことには支障はありません。それでも、飛ぶうちに足が取れてしまわないかと心配で、メディスンはおっかなびっくりです。
 幽香は慌てることもなく、メディスンの飛ぶペースに合わせてのんびり飛んでいきます。
 やがて鬱蒼と茂る魔法の森に入ると、その奥の方、青い屋根の白いお家に着きました。
 幽香は立てないメディスンを抱っこしてやると、玄関のドアをコンコンとノックします。
 家の中から「はーい」と、綺麗に澄んだ声で返事がありました。続いてぱたぱたと足音が聞こえて、ガチャリと扉が開きました。
「なんだ、あんたか」
 アリス・マーガトロイドは幽香の顔を認めると、扉を開けた姿勢のまま、澄まし顔をつまらなさそうに歪めます。
「あら、私じゃ不満だったかしら」
「別にそういう訳じゃないけど」
 言葉とは裏腹に、アリスは不満そうに口を尖らせます。
「あんたが私のところに来る時って、大抵面倒なこと押しつけに来るじゃない」
「そうかしら? じゃあ次からは何の用事も無いときに、お茶だけ御馳走に立ち寄ることにするわ」
「そうしてくれると助かるわ。で、今日はなに?」
「面倒なことを押しつけに来たのよ」
 そう言いながら、幽香は抱っこしたメディスンをアリスに向けます。
 でもメディスンは不機嫌そうに仏頂面を浮かべて、アリスと目を合わせようとすらしません。
「幽香、こいつ悪い奴だよ」
「悪い奴?」
「うん、私知ってるもん。こいつは人形をこき使って劇をやって、自分だけボロ儲けしてる悪い奴なんだ。人形の敵だよ」
 不機嫌を露わにするメディスンの様子に何事かと近寄ってきた上海人形を、メディスンはうるさそうに手で追い払います。
「私、こいつ嫌だよ」
「それは困ったわね、でもメディの足を直せそうなのってアリスくらいしか思いつかないし、アリスにだったら私も安心してメディを預けられるんだけど」
「でも……」
 優しく諭す幽香に、メディスンは口籠もります。
 黙って様子を覗っていたアリスが、溜息をひとつ吐いて。
「つまり、その人形が壊れちゃったから私に直してほしいって、そういうこと?」
「ええ、そういうこと。直せるわよね」
 にこやかな微笑みで高圧的な幽香に、アリスは一瞬渋い顔をします。
「とりあえず入って。その人形の状態を見てみないことには話もできないわ」
 幽香とメディスンは、促されるままアリスの家に入ります。上海と鈴蘭の妖精がそれに続きます。
 アリスの家は沢山の人形と魔道書、それに家財道具などが整理されて置かれていて、家主のきちんとした性格が窺えるようでした。
 桃色の花の飾られたテーブルに、幽香はメディスンをちょこんと座らせます。
「転んで足が折れちゃったみたいなの」
「そうみたいね」
 ヒビが入って痛々しいメディスンの足を曲げたり伸ばしたりと、アリスが手にとって調べます。
「一品物のビスクドールね。球体関節の精度は申し分ないけど、年代物なのが難しいところかしら」
「痛い、痛い!」
「はぁ? 人形が痛いわけないじゃない」
 ゲンコツをつくってアリスがメディスンの頭をポカリと叩きました。
「まだ痛い?」
「痛……くないです」
 メディスンは両手で頭を押さえて、情けない声を上げます。
「幽香ぁ、やっぱりこいつ嫌いー」
「あらあら、アリスも随分乱暴ね」
 アリスはふん、と鼻を鳴らしました。
「勘違いしてるかもしれないけど、人形が痛いわけがないのよ。そもそも痛みを感じられるように作られていないんだから。この子が痛がっているのは人間や妖怪の真似をしてるだけ。怪我をしたら痛がるって覚えてて、その真似をしてるだけなのよ」
 そう言いながら、アリスはメディスンの右足の膝から下を、すっぽりと抜いてしまいました。
「うわぁ!」
 咄嗟のことにびっくりしてしまったメディスンでしたが、思い出したように「痛い、痛い」と訴え出します。
「本当に痛いんだったら、足を抜かれてそんな平気なわけないじゃない」
「……はい」
 アリスの指摘に、メディスンはしゅん、と大人しくなってしまいました。
 その様子に満足して、アリスは幽香に向き直ります。
「残念だけどこの足はもう使えないわ。無理に直しても歪になるだけだし、作り直したほうが手っ取り早く、綺麗に直せるわ」
 年代物だから捨てるのは勿体ないんだけどね、と続けるアリスに、幽香が問い質しました。
「時間は、どのくらいかかりそう?」
「けっこうかかるわよ。サイズや材質の合う部品があったら楽だったんだろうけど、この子は上海たちより随分大きいし、上海たちは陶器じゃなくて木製だしね。だから粘土を掘るところから始めなきゃならないんだけど」
 アリスは指折り数えます。
「一週間あれば直せると思う」
「一週間ね。じゃあ任せたわよアリス」
「ええ」
 傘を手に持ち立ち去ろうとする幽香に、メディスンが情けない声をあげます。
「幽香、行っちゃヤダ!」
 幽香はふっと立ち止まって静かに微笑むと、メディスンの頭を優しく撫でました。
「一週間経ったら迎えに来てあげるから、いい子にしてるのよ」
「でも……」
 心細そうなメディスンに小さく手を振って、幽香はアリスの家から出ていってしまうのでした。

       ♪

「さて、と」
 メディスンは所在なさげにテーブルに座っています。アリスは椅子を引いて、メディスンの正面に座りました。
「自己紹介がまだだったわね。私はアリス・マーガトロイド。魔法使いで人形使い。アリスって呼んでね。この子は上海」
 アリスの傍らで漂っていた上海が、自己紹介のつもりなのでしょう。ぴょこっと手を上げて「シャンハーイ」と元気よく喋りました。
 メディスンはあいかわらず、むすっと仏頂面のままです。
「ねぇ、あなたの名前は?」
 アリスに訊かれて、メディスンはぷいっと顔を背けました。
「あなたの名前はメディスン・メランコリー、鈴蘭畑に住む人形ね」
「えっ、なんで!?」
「阿求の本に載っていたわ」
 アリスが自分のことを知っていたので、メディスンは驚いてしまいました。
 阿求という人間のことは覚えていました。いつだったかふらりとやって来て、根掘り葉掘りと自分のことを訊いていった人間の名前が、たしかそんなだったようなとメディスンは思い出します。
 でもメディスンは本を読まないので、自分のことが本に載っているだなんて勿論知りませんでした。
「捨てられた人形ですってね。まぁ気持ちは分からないでも無いわ。私だってもし神綺様に捨てられちゃったら、どうしていいかわからなくなっちゃうだろうし、捨てられたことで人間が信用できなくなっちゃっても不思議じゃ無い」
 しみじみとアリスの語ることは、メディスンにとって胸をちくちくと射すようなことです。
「だから私のことは、人形をこき使って儲けている悪い奴だって思ってても構わない。でも、あなたの足だけは私が、文句の付けようが無いくらいしっかりと直すから、そこだけは信用して欲しいな」
 笑いかけるアリスにも、メディスンは不機嫌そうに顔を背けます。
 アリスはやれやれと肩を竦めて、部屋から出て行ってしまいました。
 どのくらい時間が経ったのでしょう。
 再び戻ってきたアリスは、白いふわふわした布のような物をメディスンに手渡しました。
「あなた、その服着っぱなしでしょう。汚れてるし痛んでいるわ。洗濯してあげるから、それに着替えて」
 アリスの持ってきたものは、白くてフリルの付いた、可愛らしいワンピースでした。
「あなたに合いそうなサイズのがあったから、ちょっと直してみたの。たぶんぴったりだと思うけど」
 手渡されてしまった以上、無視してしまうのも居心地が悪くてたまりません。メディスンは仕方なく、アリスの用意した白いワンピースに着替えました。
「あら、可愛いじゃない。似合ってるわよ」
「……」
 声を弾ませるアリスに、メディスンはどうしていいのか分からなくなってしまいます。
 胸の奥をくすぐられたように、ちょっとだけ気恥ずかしい気持ちになりました。
 アリスのワンピースはさらさらと軽くて心地良くて、春のお日様のような、いい匂いがしました。
 メディスンはちょっとだけ嬉しくなってしまうのですが、それを認めるのが悔しいので、つい押し黙ってしまうのでした。

       ♪

 メディスンが着替えて一段落つくと、アリスはなにやら出掛けていってしまいました。
 メディスンの陶器の足を作るには粘土が必要で、粘土は地面から掘ってこなければなりません。アリスが出掛けたのはこの粘土を掘るためでした。
「じゃあ上海、お留守番お願いね」
「シャンハーイ」
 アリスの後に、沢山の人形たちが行列をつくって続きました。粘土を掘るために人手は多い方がいいのでしょう。
 アリスたちが行ってしまうと、なんだか家の中が急に寂しくなってしまったように感じます。
 しーんと静まり返った部屋の中、メディスンは何気なく、鈴蘭の妖精と目を合わせました。
「ねぇスーさん、私の足、ちゃんと直るのかなぁ」
 スーさんと呼ばれた鈴蘭の妖精は、目をぱちくりさせて首を傾げます。
「あいつ人形をこき使う悪い奴だもん、信用できないよ。今だって粘土を掘りに行くって出てったけど、きっと粘土を掘るのは人形にやらせて、自分は日陰でのんびりしてるのに違いないわ」
 その粘土が必要になったのは、そもそも自分の足が壊れてしまったからだと、メディスンにも分かってはいるのですが。
 分かってはいても、つい文句が口をついてしまいます。
「……帰っちゃおうかしら」
「シャンハイ!」
 メディスンの言葉に、上海人形が両手を挙げて激しく抗議しました。
 上海はアリスに命じられたのだから、この家の留守を守らなければなりません。
 アリスが留守のうちにメディスンが帰ってしまったら、きっとアリスはひどく心配することでしょう。それでは留守を守ったことにはなりません。
 だからアリスを心配させないためにも、上海はメディスンを帰らせるわけにはいかないのです。
「あんた、あんな奴の言いなりになって、平気なの?」
「?」
 メディスンのじっとりとした視線に、上海はよくわからないと首を傾げます。
「あいつは何でも人形にやらせて、自分は楽してるのよ。人形として情けなくないの? 何であいつの言うことをきくのよ」
 メディスンの言葉に上海はしばらく考え込みます。しばらく考えて、ぱっと手を上げました。
「アリス、スキ、スキ」
 そして踊り出しながら、こう言うのです。
「アリス、ヤサシイ。ダーイスキ」
 可愛らしく踊る上海を、メディスンは呆れながら見つめます。
「でも今は優しくっても、きっと飽きたら捨てられちゃうのよ。都合良く使うだけ使って、あとは、ぽーい、って知らんぷり」
 楽しそうに踊っていた上海が、ぴたり、と動きを止めます。
「人間なんてそんなもん。人形の気持ちなんて考えていないんだから」
 上海はぴくりと肩を震わせると、額が触れそうなほど、メディスンにずずっと顔を近づけました。
「アリス、ニンギョウ、ステナイ」
「な、なによ」
 上海の気迫に、メディスンは思わず気圧されてしまいます。
「アリスニ、ステラレタリ、シナイ。ワタシタチ、シンジテル」
 自信に満ちた上海の言葉に、メディスンはついムキになってしまうのです。
「っ、そんなの分からないじゃない! 人間は人形の都合なんて知った事じゃなんだからっ! さっき出て行ったアリスだって、必ず帰ってくるとは限らない、もう二度と帰ってこないかもしれないのよ。帰ってこなかったら、あんたどうするのさ!」
「マツ。ズット、ズット。アリスガ、カエッテクルマデ、マツ」
 胸を張って言い切る上海に、メディスンは思わず後退りしてしまいます。
 何なんだろう、この人形は。何でそこまでアリスのことを信じられるんだろう。
 人間なんて自分勝手で、信じたって碌な目に遭わないはずなのに。……そのはずなのに。
 頑なな上海の姿に、メディスンの心はひどく戸惑ってしまいました。
「ただいまー」
 歌うような声とともに、アリスが帰ってきました。
 ぞろぞろと部屋に入ってくるアリスと人形たち。土で汚れているのは人形たちばかりで、アリスは少しも汚れていません。
 やっぱり思った通りだ。とメディスンは確信します。
「あら、仲良しさんね」
 アリスに微笑みかけられて、メディスンは自分が上海と寄り添うように座っていることに気づきました。
 メディスンも上海も、慌ててぷいっと顔を背けます。
「うん? そうでもなかったか」
 アリスは思わず苦笑いを浮かべるのでした。

       ♪

 やがて夜になりました。
 ご飯も食べてお風呂も入って、あとはみんな寝るだけです。
 メディスンとアリスの関係は、あいかわらずギクシャクしたままでしたが。
 白い寝間着に着替えたアリスは、鏡台の前に座って、人形たちの髪を順番に梳かしていました。
 こわれ物を扱うように丁寧で優しい手つきで、髪を梳かれるたびに、人形たちは自然とうっとりとした表情を浮かべています。
 メディスンはそれを見るでも無く見ながら、ソファーにごろんと寝転んで、あいかわらずふて腐れていました。
「わっわっ、な、何!?」
 不意に、体がふわりと持ち上げられて、メディスンは驚きの声を上げます。
 気がつくと、アリスの膝の上に抱かれて、鏡台の前にいました。
「あなた、髪の毛ぼさぼさじゃない。梳いてあげるわ」
「い、いいよぉ」
「いいから、じっとしてなさい」
 居心地悪そうにむずむずと動いていたメディスンでしたが、アリスにコツンと頭を叩かれて、仕方なく大人しくしていることにしました。
 アリスの細い指が、柔らかく髪を撫でていくのを感じます。
「知らないんでしょうけど、あなたって本当は物凄い高級品なのよ。もっと身だしなみに気を使わないと勿体ないわ」
「えっ、私って高級品なの!?」
「ええ、掛け値無しのね。おそらく作られたのは百年ほど前、ドイツの個人工房の作品でしょうね。当時の工房の知識は私もよく分からないんだけど、職人さんも相当な腕前みたいだし、きっと名のある工房で、普通の人形みたいな大量生産とは別に、たとえば特注品か記念品とか、そういう特別に作られた物だと思う」
 アリスの櫛がさらさらと髪を流れていく感触が心地良くて、メディスンは肩の力が抜けていくのを感じます。
「もちろん普通の家庭じゃ、そんな人形買えっこない。ドイツかその近くの国の貴族じゃないと無理ね。どこぞの貴族の溺愛された一人娘とかに贈られて、娘から孫へと代々引き継がれる、そういうとても立派な人形なのよ、あなたは」
「でっ、でも……」
 そんな立派な人形なのに、私は捨てられた。
 メディスンはその疑問を口にすることができませんでした。
「これは、私の想像でしかないんだけど」
 アリスは櫛を置いて、メディスンの小さな両肩に手を添えます。
「あなた、本当に捨てられたのかしら?」
「え、だって!」
 メディスンがメディスンとして生まれた時には、持ち主のいない人形として、無名の丘の鈴蘭畑にうち捨てられていました。
「あなた、捨てられたこと覚えてる? あなたを捨てた持ち主のことは?」
「それは覚えてないけど……」
 覚えてはいなくても、メディスンが捨てられていたということだけは事実なのです。
「あなたは持ち主が飽きたから捨てられたって思っているけど、私は違うと思うな。あなたみたいな特別な人形を捨てるだなんて、考えられないわ。捨てられたんじゃなくて、はぐれただけなんじゃないかと思うの」
「だったら、はぐれただけだったら、私のことを捜しに来てもいいじゃない! 私のことを捜してる人間なんて、ひとりもいなかったよ」
 メディスンはちょっとだけ悲しくなって、涙ぐみそうになりました。
 アリスの細い手が、メディスンの髪を優しく撫でてくれます。
「ドイツで。あなたの生まれたドイツで、大きな戦争があったのは知ってる?」
 メディスンは小さく首を振ります。
「七十年くらい昔のこと。世界中を巻き込む戦争だったそうなんだけど、とにかくその戦争では沢山の人たちが死んだ。軍人さんも軍人じゃ無い普通の人も、沢山の人が。家が壊されて住めなくなっちゃった人もいただろうし。ひょっとしたら、あなたの持ち主もその戦争に巻き込まれてしまって、捜したくてもあなたを捜せなかったんじゃないかなって、そう思うの」
 戦争というものがメディスンにはよく分かりませんでした。
 沢山の人が争って殺し合いをするという知識だけはあるのですけど、メディスンには縁の遠すぎることで、まるで想像がつきません。
 だけど、それは物凄く悲しいことなのだと、それだけはメディスンにも分かりました。
「七十年も昔だから、あなたの持ち主がもし生きていても、よぼよぼのお婆ちゃんだろうしね。まぁ私が言いたいのは」
 アリスはメディスンのほっぺたを、くすぐるように撫でます。
「あなたは飽きて捨てられたんじゃなくて、ちゃんと持ち主に愛されていたってこと。だってあなたみたいな可愛い人形、手放すだなんて考えられないもの」
 にっこりと微笑んで、アリスはメディスンを抱き上げました。
 元のソファーまで運ぶと、毛布を掛けてくれます。
「おやすみなさい」
「……うん」
 ソファーに横になっても、メディスンは落ち着かない気持ちでした。
 遠目に眺めていると、アリスが古くてくたびれた人形を抱き上げて、鏡台に座っている姿が見えました。
 今にも壊れてしまいそうな人形を、アリスはとても丁寧に、だけど何故か楽しそうに、ゆっくりと髪を梳いています。
「アリス、ニンギョウ、ステナイ」
 昼間の上海の言葉を、メディスンは思い出していました。

       ♪

 ソファで毛布にくるまっても、メディスンはなかなか寝付くことができません。
 アリスに言われたことが気に掛かって、なんだか落ち着かない気分なのです。
 落ち着かずに悶々としているうちに、メディスンはなんだかとても寂しくなってきてしまいました。
 アリスの家は灯りが落とされていて、周りはどこも真っ暗です。
 メディスンはソファーから出て、ふよふよと当てもなく飛んでいきました。
 微かな灯りのあるほうに進んで行くと、アリスの寝室に辿り着きました。
 アリスはベッドに腰掛けて本を読んでいます。心細そうにメディスンが寝室に入っていくと、「どうしたの」と不思議そうに声をかけてくれました。
「……眠れないの」
「そう。じゃあ一緒に寝ましょうか。こっちにいらっしゃい」
 メディスンは小さく頷くと、アリスの布団にごそごそと潜り込みます。
 アリスも灯りを消して、一緒に横になります。
 アリスの隣は、桃のような、とても落ち着くいい匂いがしました。
「……ねぇ」
「ん、なに?」
「アリスは幽香のこと、好き?」
「うーん、どうなんだろう」
 アリスは思わず苦笑いを浮かべます。
「最初は、大っ嫌いだった。私がまだ小さい頃なんだけど、あいつ私の住んでた魔界にやって来て、我が物顔で暴れ回ってたの。頭にきて、懲らしめてやろうってしたんだけど、私の魔法じゃ全然歯が立たなかった」
「……幽香のこと嫌いなら、なんで私の足を直してくれるの?」
 アリスは、くすりと笑いました。
「あいつに負けてから、私、悔しくて一生懸命魔法を勉強したの。それで見返してやろうって、あいつのいる幻想郷に来た。でも、なんにも考えてなかったから、住むところとかなくて、仕方なくあいつの家で一緒に暮らすことになったの。間抜けでしょ」
「うん」
 素直に頷くメディスンの頭を、アリスはこつんと叩きました。
「一緒に暮らすとね、いろんなことが分かってきたの。あいつ、ぶっきらぼうで乱暴なだけかと思ってたら、意外と面倒見がよかったり、根は優しかったりね。そういうのに気付くうちに、魔法で負けたことなんて、どうでもよくなっちゃった」
「幽香は優しいよ」
「……そうね。この家もね、あいつが用意してくれたの。あなたは今日からここで暮らしなさいって。でもそこまでしてもらうのも申し訳無いし、私は遠慮したの。そうしたらあいつ、あなたが私の家にいると狭くて息が詰まって仕方ないって、照れながら言うのよ。あの顔は可笑しかったわ」
 アリスの笑顔につられて、メディスンの顔にも笑顔が浮かびました。
「だから、今はたぶん、好きなのかな。なんであいつがそこまでしてくれるのか、ちょっと不思議だったんだけど、今なら分かる気がする」
「……なんで?」
「あいつもきっと、私のことを気に入ってくれていたのよ。好きな人が困っていたら、放っておけないじゃない。だから、私があなたの足を直すのも、きっとそんな理由なんだと思う」
「……」
「あなたは、幽香のこと好き?」
「うん、好き。幽香は優しい」
「きっと幽香も、あなたのことが好きよ」
「……うん」
 アリスのベッドの中で、メディスンはぽかぽかと、温かくて心地良い気持ちに包まれているのでした。

       ♪

 すやすやと寝息をたてて、メディスンは夢の中にいます。
 夢の中でのメディスンは、妖怪では無い、動くことも喋ることもできないただの人形でした。
 見たことも無い女の子がメディスンを抱き上げ、嬉しそうに頬ずりします。見たことは無いのですけど、この子が自分の持ち主なんだなと、メディスンには自然とそれがわかりました。
 女の子の部屋はとても綺麗で、驚くほど広くて、いつでもお日様の光がさんさんと輝いていました。アリスの言うとおり、この子はとても裕福な家の娘なのだとわかりました。
 女の子はメディスンをとても可愛がって、一緒にままごとをして遊んだり、優しく抱き上げて髪を梳いてくれたり、一緒の布団で抱きしめて寝てくれたりしました。
 夢の中でのメディスンは妖怪では無いのですから、難しいことを考えることはできませんでした。体が動かなかったり喋れなかったりすることも不思議に思いませんでしたし、初めて会う女の子に違和感を覚えることもありません。
 夢の中でのメディスンは、女の子のつけてくれた別の名前で呼ばれているのですが、それが何という名前なのかすら、メディスンには分からなかったのです。自分が呼ばれているということはわかっても、自分の名前はちっとも覚えられないのでした。
 当たり前のように、女の子の名前もわかりません。
 でもメディスンは、自分がとても大切にされている、とても愛されているということだけは、何となくですが感じることができました。
 女の子と一緒に過ごす時間は、日だまりのようにとても幸せに満ちていて、いつまでもこんな時間が続けばいいなと、メディスンは思っていました。

 夢の中のメディスンは、どこか不気味で薄暗い場所にいました。
 女の子がメディスンを必死に抱きしめています。女の子は酷く怯えていて、ガタガタと肩を震わせて、メディスンに縋るかのように強く抱きしめていました。
 遠くの方から銃を撃つような音や、なにかが爆発するような音が聞こえてきました。
 女の子のお父さんもお母さんも、どこにも見当たりませんでした。
 暗くて狭い、ここは屋根裏部屋なんだと、それも女の子の広くて綺麗な家とは別の、とても小さな家の屋根裏部屋なんだと、メディスンは唐突に理解します。そして、外では戦争をやっているんだということも。
 女の子は屋根裏部屋に一人で隠れていて、隠れているということは誰かに見つかりたくないということで、見つかったらどうなってしまうのか……きっと想像もつかない、恐ろしいことになってしまうのでしょう。
 銃を撃つ音や爆発の音は、いつのまにか止んでいました。ほっとする間もなく、誰かがこの家に入ってくる音が聞こえてきました。
 とても騒がしい音と、とても騒がしい話し声が階下に聞こえてきます。箪笥を倒したりベッドを壊したり、まるで何かを必死に捜しているみたいだとメディスンは思いました。
 音がするたびに女の子は怯えて、すすり泣いて、メディスンを抱く腕に力を込めるのです。
 やがて、音がすぐ近くまでやってきて、突然のように屋根裏部屋の一画が壊されてしまいました。
 そこから顔を出したのは大きな男の人で、きっと兵隊さんなんだと思います。兵隊は女の子を見つけると何事か大声で叫んで、屋根裏部屋に這い上がってきました。
 女の子は痛々しい悲鳴をあげて抵抗するのですけど、大人の男の人に敵うはずもありませんでした。女の子が抗って暴れたので、メディスンは屋根裏部屋に取り落とされてしまいます。
 泣き叫ぶ女の子は、兵隊に引き摺られるように連れて行かれてしまいました。
 屋根裏部屋に一人残されたメディスンは、動くことも喋ることもできないので、ただそこに力なく横たわっていることしかできないのでした。

 夢の中のメディスンは、どこかの古びたお店の棚に座っていました。
 よろず屋かもしくは古道具屋か、とても寂れたお店でした。
 古びた柱時計が時を刻む音だけが、コツコツとさみしく響いています。
 お客さんは滅多に来ませんし、来たとしてもちょっとした雑貨品を買って、すぐに帰ってしまいます。
 メディスンのような人形に目をくれる人なんて、いるはずがありません。
 年老いた店の主人はメディスンを棚に置いたきり、すっかりそのことを忘れてしまったようです。
 誰からも忘れられてしまって、メディスンはただ無意味に過ぎていくだけの時間を過ごしています。
 動けないし喋れないのですから、メディスンには考えることしかできません。その考えることも、どうやら上手くいかないようです。
 なにかを考えようとすると、メディスンはいつも、女の子のことを思い出してしまいます。
 兵隊に連れて行かれる女の子の、最後の悲痛な叫びだけは、メディスンにはどうやっても忘れることができないのでした。

       ♪

 目を覚ましたメディスンは、自分が泣いていることに気づきました。
 夢の中のことは朧気にしか覚えていませんが、とにかく悲しくて、寂しくて、どうにも堪らない気分で、メディスンはしゃくり上げてしまいます。
「……どうしたの?」
 隣で寝ていたアリスが、心配そうにメディスンを見つめています。
 メディスンはアリスに抱きついて、アリスの胸に顔を埋めました。
「怖い夢を見たのね」
 アリスはメディスンを優しく撫でてくれました。
 メディスンはアリスの胸の中で、いつまでもすすり泣いていました。

       ♪

 夜が明けて、清々しい朝がやって来ました。
 窓から射し込む朝日に起こされたメディスンは、隣に寝ていたアリスがいないことに気づきます。
 布団からずるずると這い出ると、寝ぼけ眼に大あくびのまま、ふわふわとアリスを捜して飛んでいくのでした。
「おはよう、気分はどう?」
「ふにゃ、おはよう」
 裏庭にアリスの姿はありました。
 鬱蒼とした森に囲まれているアリスの家ですが、裏庭は少し開けた場所で、よく手入れされた花壇には色とりどりの花が植えられていました。
 傍らの切り株にアリスは腰掛けていて、裏庭を飛びまわる人形たちの様子を眺めています。
 人形たちは花壇の草むしりをしたり花に水をあげたり、裏庭の芝刈りをしたり。どうやら庭の手入れをしているようです。
 メディスンはふらふらとアリスのところまで飛んでいって、同じように切り株にぺたんと腰掛けます。
「よく眠れた?」
「ん……うん」
 まだ眠そうに目を擦りながら、メディスンは生返事で応えます。
「庭の手入れ?」
「ええ、そうよ。この庭けっこう気に入ってるから。だから毎朝手入れしないとね」
「ふーん」
 メディスンの反応にアリスは悪戯っぽく笑いました。
「人形にばかり働かせて、ずるい! って言わないんだ」
「アリスは、ひょっとしたら悪い奴じゃないのかもしれないって思うの」
「あら、そうかしら」
 メディスンの視線の先では、人形たちが花壇でじゃれ合うように、草むしりを頑張っていました。
「むりやり働かせてるんなら、そりゃ悪い奴だろうけど。でも昨日、上海と喋って分かったの。上海はアリスのこと好きだって言ってた」
「それは光栄ね」
「アリスのことが好きだから、上海たちはアリスのために働きたいんだって、分かったの」
「うーん、半分は正解、かな」
 それなりに自信があっただけに、メディスンはアリスの返答によくわからなくなってしまって、目をぱちくりさせます。
「あの子たちね、半分しか自律していないのよ。少しは自分でも考えたりできるんだけど、まだまだ不十分。完全に自律した人形、そう、あなたみたいにね。そんな人形を作るのが私の目標なんだけど、なかなか上手くいかない。だからあの子たちの根本は、私のために働く道具なの。好きだって思われてるのは素直に嬉しいけどね」
 なんだか難しい話で、メディスンにはよく理解できませんでした。
 難しい顔で首を捻っているメディスンの頭を、アリスが優しく撫でます。
「ハサミは、自分が紙を切る道具であることに疑問を持たないでしょ? 紙を切りたくないだなんて考えないわよね?」
「……うん」
 もう一度、花壇でじゃれ合っている人形たちをメディスンは見つめます。その光景に、先程とは違う感情をメディスンは抱きました。
 アリスの作った、アリスのために働く、道具。
 同じ人形だからでしょうか。そんな上海たちが、とても寂しい存在のように思えてしまって、メディスンは肩を落として俯いてしまいました。
「アリスはいい奴かもしれないって思ってたけど……分からなくなった」
「どうなのかしらね。でも、私はこう思うの」
 アリスはメディスンに、にこやかに微笑みます。
「道具にとって一番幸せなのは、道具としてしっかり使ってもらうことなんじゃないかなって。折角の道具なのに使って貰えずに埃を被ってたら、何のために存在するんだか分からなくなっちゃうもの。だから私は自分で作った人形たちを、道具としてしっかり役立ててあげるし、しっかりと手入れしてあげる。それがあの子たちにとっての幸せなんじゃないかなって」
 アリスの言葉に、メディスンは夢で見た光景を思い出しました。
 寂れた古道具屋で、誰からも忘れられて、いつまでもいつまでもただじっと座っているだけの、果てしない時間。  
 それは決して幸せではなかった筈です。
「なーんて、私が勝手に思ってるだけなんだけどね」
 悪戯っぽく、ぺろりと舌を出すアリスに、メディスンは首を振って応えます。
「上海たちは、幸せなんだと思うよ」
「そうね、そうだといいわね」
 そっと微笑みながら、メディスンはふと考えます。
 上海はアリスの人形で、アリスの役に立つ、アリスのための道具だ。
 私は、じゃあ同じ人形の私は、あの女の子のための人形だった私は、あの子のために何が出来ていたのだろうか?
 夢の中での、兵隊に引き摺られていく女の子の姿。それを思い出してしまい、メディスンの気持ちはどんよりと沈んでしまうのでした。

       ♪

 午後になって、アリスはメディスンの新しい足の制作に取り掛かりました。
 粘土を捏ねて形を整え、じっくり乾燥させた後に、石窯で焼き上げれば完成です。
「足を作ること自体はたいして時間かからないのよ。でもどうしても乾燥に時間がかかってね。だから一週間もかかるってわけ」
「ふーん」
 粘土を捏ねているアリスの姿を、メディスンが興味深そうに眺めています。
 ヒビの入った元々の足を丹念に調べながら、アリスは繊細な手つきで粘土の形を整えていくのでした。
「自分の足を作るところを見てるなんて、なんだか気持ち悪くならない?」
「うーん、たしかにちょっと複雑な気分だけど」
 アリスの横では、上海が小さな粘土の塊を一生懸命捏ねていました。
 ああでもない、こうでもないとがんばって捏ねているのですが、いくら上海ががんばっても、粘土はいつまで経ってもよくわからない形のものでしかありませんでした。
 やがてなにかに満足したのか、上海はうんうんと頷くと、やり切った者の表情でどこかに行ってしまいます。テーブルの上には名状しがたき粘土の塊だけが残されていました。
 それはともかく。
 慣れた手つきでアリスが粘土に指を滑らせるにつれて、なめらかな曲線が形作られていきます。
 少しずつ、少しずつ優しく撫でるように。徐々に粘土は足の形に近づいていきました。
 メディスンは驚きの表情でアリスの不思議な手先を見つめています。
「あ、ねぇアリス」
「ん?」
「どうせ足を作るんだから、前より長くて格好いい足を作ってよ」
「片足だけ長くても仕方ないでしょ」
「じゃあ、じゃあ折角だから左足も作ってよ」
「足だけ不自然に長いと、腕が短くて気持ち悪いわよ」
 そう言われてメディスンは思わず想像してしまいます。
 すらりと伸びたカモシカのような美しい足と、釣り合わないモグラのような短い腕。なんだか物凄く残念です。
「……生意気いって済みません普通でいいです」
 うえー、と渋い顔をしているメディスン。アリスはその表情を見て、思わず笑い出してしまいます。
「心配しなくても、お姉さんに任せなさい。みんなに自慢したくなるような綺麗な足を作ってあげるから」
「うん、お願いね」
 小一時間ほどで、メディスンの新しい足は出来上がりました。
 それは前の足と寸分違わぬ、でも前の足よりも表面は滑らかで仕上げも整っている、とても素敵な足でした。
 あとは乾燥させて色を塗って、石窯で焼くだけ。
 メディスンは自分の新しい足を眺めて、期待で心が踊るのを抑えきれませんでした。

       ♪

 メディスンの足はしばらくの間、物置にしまって乾燥しなければなりません。
 足と粘土を片付けたアリスは、かわりにクローゼットから小さな服を持ってきました。
 メディスンがいつも着ている、ここに来るまで着ていた、赤いドレスです。
「洗濯はしたんだけど、だいぶ痛んでるからね。自分で直せるように私が裁縫、教えてあげるわ」
「え、えぇー? そんな無理だよ。私なんかに服なんて直せないよ」
「大丈夫だって。なんせ先生が優秀なんだから。キミにも出来る!」
 たしかにアリスが先生なら、申し分無いことでしょう。
 上海たちの着ている、小さいのに過剰に凝ったドレスを見るだけで、アリスの服飾の腕前は疑う余地もありません。
 でも、針や糸を触ったことすらないメディスンに、はたして裁縫なんてできるのでしょうか?
 メディスンは眉根を寄せて、難しい顔で首を捻ってしまいます。
「そんなに難しく考えることないわよ。別に布地からドレスを作れって言ってるわけじゃないんだから。ただ、ちょっとした繕い物くらいは自分でできるほうが便利でしょ」
「……で、でもぉ」
「大体あなた、年がら年中、野原で飛んだり跳ねたりしてるんでしょ。このドレス元はすごい上物なのに、ほら、ここんとこ破れちゃってるし、ここもほつれてる。ここも、ほらここも!」
「う、うぅ……」
「服が破れるたびに新しいの買ってたら、あっという間に破産ね」
「わかりました、やります。自分で直します」
 渋々といった様子ですが、メディスンはアリスに教わりながらドレスを直すことになりました。
 幸い、アリスの家には布も糸も十分にあります。
「こうやって、ひょいひょいってリズムよく。簡単でしょ」
「うん」
 見ているだけならば簡単そうなのですが。
「あ、あれ? こう? あれ。痛っ!」
 指に針を刺してしまい、思わず指をしゃぶってしまいます。
 メディスンのその仕草に、アリスは笑いを浮かべます。
「いやいや、血なんて出ないから。人形なんだから」
「なんか、つい癖で」
「ついでに絆創膏も貼る?」
 それでも、最初こそは縫い跡が蛇行するような拙い様子だったものの、メディスンの飲み込みが早いのかアリスの教え方がよいのか、見る見るうちにメディスンの裁縫の腕前は上達していったのです。
 コツが分かって順調に縫えるようになってくると、段々と楽しくなってくるものです。
 最初にぐずっていたのがまるで嘘のように、メディスンは笑顔を浮かべ裁縫を楽しんでいました。
「アリスの言うとおり、慣れちゃえば簡単だね。この分だとすぐに私もドレス縫えるようになっちゃうかも!」
「順調すぎてつまらないわ」
「えぇ-、それひどい」
「ふふっ、冗談よ」
 軽口を叩きながら、のんびりとした裁縫の時間。
 それでも日が暮れかける頃には、メディスンのドレスは綺麗に仕上がっていました。
 アリスに教わりながらではあるけれど、メディスンが自分で直したドレスです。アリスが洗濯してくれたこともあり、それはまるで仕立てられたばかりのように見違えるほど綺麗で、メディスンは飽きること無く、うっとりとドレスを眺めていました。
「なんだか、着るのが勿体ない」
「汚れたら洗えばいいし、痛んだら縫えばいいし、着るためのドレスなんだからちゃんと着てあげないと」
「うん、そうだね」
 そう元気に頷いて、メディスンは気持ちのいい笑顔をアリスに見せました。
「ありがとうねアリス」
「どういたしまして」
 メディスンの眩しい笑顔に、アリスも嬉しそうな微笑みで返すのです。

       ♪

 慣れない裁縫で疲れてしまったのでしょうか。
 ソファでくつろいでいたメディスンは、いつのまにかウトウトしていたようです。
 ちょんちょんと服を引っ張られて寝ぼけた頭を上げると、目の前に上海がふよふよ浮いていました。
「メディ、オハヨー」
「ん、おはよう」
 ぼーっとする頭で周りを見回しますが、どうやらアリスの姿は見えないようです。
「ツイテキテ」
 手招きしてふよふよと飛んでいく上海。促されるままにメディスンも飛んで、後を付いていきます。
 上海はそのまま家の外に出て行ってしまいました。メディスンも続いて外に出ると、どこか上の方から声が聞こえてきました。
「おーい。こっちよ、こっち」
 見上げると、屋根の上にアリスが座っていました。
 上海はアリスの下へ飛んでいき、メディスンを指差してうんうんと頷くと、家の中へ戻っていきます。
 鈴蘭の妖精も上海を追うように、眠そうな目で家の中に戻ります。
 メディスンは屋根まで上がり、アリスの隣にちょこんと腰掛けました。
「どうしたのアリス?」
「ん? 星が綺麗だったから。お月見とはちょっと違うけど、ほら見て」
 空を見上げたメディスンは、驚きの声を上げました。
 鬱蒼と茂る森の中、アリスの家の真上だけがぽっかりと開いていて、そこに宝石のように、きらきらと輝く星空が写し出されています。
 まるで、額縁に飾られた一枚の絵のようで。星空を独り占めしているかのようで。
「綺麗!」
「なかなか洒落てるでしょ。私ね、ここから見る星空がけっこう気に入ってて、たまにこうやって一人で眺めてたりするの」
「うん、わかる。とっても素敵」
「私専用の星空って感じで、贅沢よね」
「うんうん、贅沢で気持ちいいよ」
 二人で顔を見合わせて、静かに微笑みあいます。
 空には星と、月明かりしかありません。
 今日の森は静かで、とても静かで。耳を澄ませば、星の瞬く音さえも聞こえてきそうです。
 メディスンとアリス。二人だけの、静かでゆっくりとした時間が過ぎていきました。
「ねぇアリス、あのね」
「ん?」
「私ね、きのう夢を見たの」
「怖い夢? 随分うなされてたわね」
「うん、怖い夢。でも夢じゃ無かったのかもしれない」
 メディスンは少し俯いて、低い声で呟きました。
「あれは夢じゃなくって、まだ妖怪になる前の、ただの人形だった頃の、私の記憶だったのかもしれない」
「人形に記憶、か。どんな夢かしら」
「うん。寝る前にアリスに言われたとおりだった。私の持ち主の女の子は、とてもお金持ちみたいで、すごく豪勢な部屋で暮らしてた」
「まぁ、誰でも買えるってわけじゃないからね。あなたみたいな高級品は」
「何の不自由も無い生活だったんだろうけど、アリスが言ってたように、そのうち戦争になった。あの子はどこかの屋根裏で、可哀想なくらい怯えてた」
「……そう」
「兵隊が来て、あの子は捕まっちゃって。でも私は動けないただの人形だから、あの子を助けてあげられなかった。妖怪じゃ無いから、助けてあげられなかった。兵隊に連れて行かれるあの子の、怖がってる顔が、叫び声が。私、どうしても忘れられないの」
 夜の森の静寂が、二人を包み込んでいました。
 アリスは、肩を震わせるメディスンの小さな頭に手を乗せると、その頭をぐしゃぐしゃと掻き回すように撫でました。
「やだ。髪の毛くしゃくしゃになっちゃうよ」
「いいよ、後で梳いてあげる」
「私……あの子を助けてあげたかった」
「そんなのただの人形じゃ無理よ」
「それはわかるんだけど、でもね」
 メディスンは掠れる声で、言いました。
「上海たちは、アリスの役に立ってるじゃん。私も人形なのに、あの子の役に立てなかった。そりゃ兵隊から助けることは無理なんだけど。私、あの子の役に立ってたのかなぁって思っちゃって……」
 アリスはメディスンをそっと抱き上げると、自分の膝の上に座らせました。
 そして後ろから、柔らかく抱きしめます。
「あなたは考えなくてもいいことを考えすぎてるし、悩まなくてもいいことで悩んでるよ」
「そうかなぁ」
「もっと人形らしくてもいいよ」
「……ねぇ」
「ん?」
「アリスはどう思う? 私、あの子の役に立ててたと思う?」
 メディスンの目を見つめて、アリスは何かを言いかけました。
 言いかけましたが口籠もってしまい、代わりにメディスンの頭をコツンと叩きました。
「悩んでるのは人形らしくないわ。もっと気楽でいたほうが、あなたらしいと思う。それが私の意見ね」
 アリスに叩かれた頭を、メディスンはそっとさすっていました。

       ♪

 それからの日々は、のんびりと穏やかに過ぎていきました。
「もうすぐ出来るわよ。メディ、テーブルをかたづけてサラダを運んどいて」
「アイサー。任せて」
 アリスとも、アリスの人形たちとも、メディスンはかなり打ち解けることができました。
 まるで昔からの友達みたいだと、思わずそう錯覚してしまいそうなほどに。
「アリスの料理、おいしいね」
「ありがと。そう言ってくれる人がいると、腕の振るい甲斐があるわ」
 足は相変わらず取れたままですけど、メディスンは飛べるので生活で困ることはありませんでした。
 でもメディスンは、アリスの作ってくれた新しい足の完成を、待ち遠しく思っていました。
 アリスの作ってくれた、前よりも綺麗な足。それはきっと素敵なものに違いなくて、きっとメディスンにとって宝物になるはずだって。そう思えたのです。
「アリス、明日には新しい足ができるのよね」
「ええ、あとは焼くだけだから。きっとご期待に沿える仕上がりになると思うわ」
「うん。早く明日にならないかなぁ」
 そわそわと浮き足立つメディスンを、アリスは和やかに見つめていました。

       ♪

 そして翌日になりました。
 アリスの家の裏には石窯があります。普段は気が向いた時にピザやパイを焼くための窯なのですが、陶器の人形や食器を作る時にも使える優れものです。
 石窯は朝から薪がくべられて高温を保っています。窯の中ではメディスンの足が焼かれている最中。
 メディスンは石窯の前にぺたんと座り込んで、今か今かと足の完成を待ち侘びていました。
「そろそろね」
 家の中から出てきたアリスがそう呟くと、メディスンは目を輝かせます。
「やっと完成!?」
「窯から出しても、まだ冷まさないといけないけど。メディは中でお茶でも飲んで待ってなさい」
「はーい」
 元気よく応えて、メディスンは家の中に飛んでいきました。
 足の完成品を持ってアリスが帰ってくるまで、そう長くはかかりませんでした。
 出来上がった足は、ほっそりと白くてとても綺麗で、メディスンは思わず感嘆の声をあげてしまいました。
「じゃ、そこ座って」
「うん!」
 テーブルに腰掛けたメディスンの球体をした右膝に、アリスが新しい足をあてがって、慣れた手つきで取り付けていきます。
 新しい足は、元々の足と同じようにぴったりと嵌まって、古い左足と見比べても違和感がありません。
「動かしてみて」
「こう?」
 ゆっくりと膝を曲げ伸ばしします。足首も、足の指も、そっと動かしてみます。
「どう、調子は?」
「凄い。前と比べても全然変な感じしないし、前より軽くなった気がする!」
「うん、よさそうね」
 アリスは新しい右足に靴下と靴を履かせてあげて、そっとメディスンを床に下ろしてあげました。
「もう歩けるわよ」
「うん、うん!」
 久しぶりに感じる足の感触に興奮しながら、メディスンは嬉しそうに、とことこと駆け出しました。
 部屋の中を喜んで駆け回っているうちに、こてんと転んでしまいます。
「大丈夫!?」
「えへっ、走るの久しぶりだったから」
 照れ笑いを浮かべて、メディスンはぴょこんと元気に起き上がりました。
「すごく調子いいよ。アリスありがとう」
「どういたしまして」
「こんなに素敵な足を作ってくれたんだから、お返ししないといけないよね」
「ええ、そんなの別にいいわよ」
 なんだか照れ隠しに笑ってしまうアリスでしたが。
 メディスンが新しい足にはしゃいでいると、こんこん、と玄関をノックする音が聞こえてきました。
「あら、お迎えじゃないかしら」
「お迎え? じゃあ幽香?」
 メディスンは嬉しそうに玄関まで駆けていきました。
 ドアノブにぴょんと飛びつくと、がんばって扉を開けます。
 元気に跳ね回るメディスンに、幽香が可笑しそうに微笑みました。
「元気そうね」
「うん。ほら見て、アリスが作ってくれたの」
 メディスンは幽香に見えるよう、足を持ち上げます。
「綺麗に出来てるわね。流石アリス。人形だけは一流だわ」
「人形だけ、ってどういうことかしら」
 アリスが苦笑いを浮かべながら、話に加わりました。
「魔法は二流。家事だって私が仕込まなかったら、なーんにも出来なかったしね」
「ああ、こいつむかつく」
「裁縫ができなくてわんわん泣き出したり、あれは実に鬱陶しかったわね」
「……あんたの頼みなんて聞くんじゃなかったわ」
 喧嘩してるようでも本当はこの二人、すごく仲がいいんだって、今のメディスンにはちゃんと分かるのでした。
「ねぇ幽香、あのね」
「なにかしら」
 幽香の耳元に飛んでいって、メディスンはひそひそと耳打ちします。
「そうね、いいわ。お安い御用よ」

       ♪

「ちょっと、え、何?」
「いいから、いいから」
 メディスンに手を牽かれて、アリスは何が何だかわからないまま裏庭に連れてこられてしまいました。
 アリスが人形を使って毎朝手入れをしている、アリスお気に入りの裏庭です。
 その裏庭の真ん中に、幽香が立っていました。
「メディが、どうしても足のお礼がしたいって言うから。だからこれは、メディに頼まれてやるんだからね」
 少し照れながら、幽香はそう言いました。
 そして、幽香は裏庭の真ん中で、踊るようにくるりと回って。
 パッと日傘を開いて、指を打ち鳴らします。
 それが合図であったかのように、アリスの裏庭は。
 瞬く間に、無数の花たちで埋め尽くされてしまいました。
「あ、わぁー」
「幽香、凄ーい!」
 スミレにレンゲに胡蝶蘭。紫陽花に野菊にチューリップ。もちろん鈴蘭もありますし、桜や梅などの樹木さえもあります。
 種類も季節も様々な花たちが、裏庭に溢れんばかりに、幽香を取り囲んで一斉に咲き乱れているのです。
「どうアリス、気に入ってもらえたかしら?」
「ええ、とっても綺麗。ちょっと感激しちゃったわ」
「花の妖怪ですから、このくらい朝飯前」
 幽香は花たちの間を縫って、アリスの前に立ちました。
「私からも礼を言うわ。あの子の痛々しい姿を見てたら、放っておけなかったから」
「そりゃまぁわかるけど。でもあんた、私が断れないって分かってて、私のところに来たんでしょ」
「ええ、そうよ」
「……意地悪」
 アリスの家は幽香が用意してくれたもの。それに幻想郷に来てすぐの頃、アリスの面倒を見てくれたのも幽香なのです。
 返しきれないほどの借りができてしまったアリスは、そうそうのことでは幽香の頼みを断ることができません。
 花で溢れかえった裏庭では、メディスンと上海、それに鈴蘭の妖精が、元気に駆けたり踊ったりと、はしゃぎ回っています。
「折角だから、お茶にしましょうか。時間はよかった?」
「特に用事も無いわ」
 アリスの指示で、人形たちがテーブルと椅子を運んできました。
 お茶の用意もつつがなく終わると、駆け回っていたメディスンも席に着きました。
「それでね、アリスが裁縫を教えてくれたの」
「まぁ、それはアリスのくせに生意気ね」
「ちょっと。そんな言い方無いでしょ!」
 お茶会の話題は、この一週間のアリスとメディスンの暮らしぶりでした。
 綺麗な花に囲まれて、楽しい話題は尽きることなく、メディスンと幽香、そしてアリスは、しばし和やかな時間を堪能するのでした。

       ♪

「じゃ、そろそろお暇しましょうか」
 ひとしきり談笑したところで、幽香がそっと腰を上げました。
 メディスンはそれで、急に寂しさが込み上げてくるのです。
 一週間もアリスと一緒に過ごしたけれど、ここはメディスンの家ではありません。だから帰らなければなりません。
 最初こそギクシャクしていましたが、アリスと過ごす時間はメディスンにとって、とても楽しい、掛け替えのない時間となっていたのです。
「うん、あのね幽香、ちょっと待ってて」
 メディスンはアリスのところに飛んでいくと、ぎゅっと抱きつきました。
「アリス、足を作ってくれて、ありがとう」
「ええ」
「あと、髪を梳いてくれたり、裁縫を教えてくれたり、ありがとう。とっても嬉しかったよ」
「どういたしまして」
 アリスはメディスンを抱き寄せて、小さな頭を優しく撫でました。
「私も、あなたがいてくれて嬉しかったし、とっても幸せだったよ」
 心からの微笑みを浮かべるアリス。
 メディスンはそのアリスの微笑みに、思わず息を呑んでしまいました。
 その笑顔は、メディスンには夢の中の女の子の笑顔と重なって見えてしまい、その言葉は女の子の言葉のように思えてしまったのです。
 心の中で、足りなかったなにかがぴったりと収まったような、そんな気持ちをメディスンは感じました。
「アリス……私、わかったよ。私、ちゃんとあの子の役に立ってたんだ!」
 アリスは柔らかく頷くと、メディスンを下ろして、そっと頭を叩きました。
「夢の中の子が、なんで捕まる間際まであなたを抱いていたのか。他の人形じゃなくて、なんであなただったのか。あなたは、あの子にとってそういう存在だったのよ」
「うん!」
 兵隊に捕まってしまった悲しい記憶ばかりに囚われていたメディスンには、見えなかった、いえ、忘れてしまっていたのです。
 戦争が起こる前の穏やかで楽しい日々を。メディスンと遊んで、メディスンに頬ずりをして、ベッドでメディスンを抱きしめて眠る、あの子の眩しい笑顔を、忘れてしまっていたのです。
 人形の役割は、庭の手入れをすることでも美味しい紅茶を淹れることでも、ましてや持ち主のために戦うことでもありません。
 人形の役割は、まわりを、そして持ち主を幸せにすること。
 持ち主にとって特別な存在であること。
 もう今のメディスンは、兵隊に引き摺られる悲しそうな女の子に囚われてはいませんでした。
 悲しい出来事も、忘れてはいけない大切な思い出ですが、メディスンは同時に、女の子の喜びに満ちた笑顔も思い出すことができます。
 その喜びが、自分と過ごすことで得られたものなんだって、今のメディスンには確信することができます。
「じゃあ、またね、アリス」
「ええ、いつでも遊びにいらっしゃい。あなたなら歓迎するわ」
「あら、じゃあ私は」
 横から悪戯っぽく幽香が言いました。
 そんな幽香にアリスは「あなたは微妙、かな」と苦笑いを浮かべるのでした。

       ♪

 どこまでも続く気持ちのよい青空の中を、メディスンと幽香は仲良く並んで、ふわふわと飛んでいきます。
 どこに向かっているのか、メディスンは考えていません。幽香と一緒ならメディスンはどこでも構わないのだし、風の向くまま気の向くままというのも、悪くないのでしょう。
 今はただ、春の空の心地よさを存分に楽しんでいたい、そんな気分なのでした。
「ねぇねぇ幽香、あのね」
「なにかしら?」
「私ね、やりたいことができたの」
 にこやかに胸を張るメディスンの様子に、幽香は柔らかく微笑みます。
「あなたのやりたいこと……人形の地位向上だったかしら」
「違うよ。それもいつかはやるんだけど、新しくやりたいことが出来たんだ」
「へぇ、何かしら」
 メディスンは、嬉しさが堪えきれないかのように、満面の笑みを浮かべました。
「あーとーで。後でね、教えてあげる」
「そう、じゃあ楽しみにしてるわ」
 いつか、いつになるのか、わからないけれども。
 でもきっと、いつか。あの子と一緒に幸せな時間を過ごした、あの家に行ってみたい。
 あの家に行って、あの子が私といて幸せだったんだって、本当に幸せだったんだって確かめたい。
 それが、メディスンの新しくできた、やりたいことでした。
 あの子はひょっとしたら、もうこの世界のどこにもいないのかもしれないけれど。
 でも、それでもきっと、あの子が幸せだったんだって、そう信じられる証を、私は見つけることができるんだと思う。
 なんでそんなこと言い切れるのかって、幽香は訊くかなぁ。
 もし訊かれたら、私はこう答えよう。
 あの子と私は今でも、不思議な何かで繋がっている。私にはそう思えるの。
 って。


――了
 それからのことを、少しだけ。

 新しい目標のできたメディスンでしたが、それを達成するには自分があまりにも無知なのだと、すぐに気付きます。
 なにしろ、アリスの言っていたドイツという場所がどこにあるのかすら知らないのですから。
 でもメディスンは諦めません。知らないのなら、これから知っていけばいいのですから。
 アリスはメディスンに会う前から、メディスンのことを知っていました。
 それはアリスが阿求の本を読んでいたからなのです。
 つまり、物を知るためには本を読めばいいのだと、メディスンはそう気付きました。
 字の読めないメディスンには本を読むこともできませんでしたが、でも大丈夫。読めないのなら読めるように、誰かに教わればいいのです。
 幽香に相談をすると、にっこり笑顔で、先生になってくれることを請け負ってくれました。
 もちろん簡単なことでは無かったのですけど、それでもメディスンの飲み込みは早くて、すぐに日本語の本を読めるようになりました。
 続いて英語、そしてドイツ語の本も、読めるようになりました。

 今では人里の貸本屋で、赤いお屋敷の図書館で、森の入り口の古道具屋で。
 楽しそうに読書をする小さな毒人形の姿が、時折見かけるようになったそうです。
めるめるめるめ
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コメント



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1.10卯月晃星削除
絵本のような優しい雰囲気がよかったです。

最終的にメディスンは、紫辺りと話をつけて外の世界へと出ていくのかなーと。
もし、続きが読めるような機会があれば読んでみたいものです。
あなたの書く文体と雰囲気が気に入ってしまったので。
2.3みすゞ削除
ほっこりしました。語りかけるように進んでいく物語が好みです。
3.5ナルスフ削除
うああああああ、浄化されるぅぅぅぅ
丁寧口調の地の文からして、童話チックでただただ暖かい。違うんだ、幻想郷ってのはもうちょっと殺伐としてて・・・とかいうのは野暮か。
でもその先入観を差っ引いても、登場人物が全員いい人過ぎて違和感。
メディの毒人形感がまったくないし。もう少しアリスとひと悶着あってもよかったのでは。
大体そういう心温まる経歴なのに、何がどうなって人間を恨むまでになったのか。単に忘れてただけじゃちょっとなぁ・・・。
そしてメディに直接取材に来る阿求さんバイタリティありすぎやで。下手したら毒撒かれて死ぬのに。
そして毒を撒くでもなく取材にもちゃんと答えてくれたであろう毒人形に『友好度:悪』判定はひどいと思います。
4.10がま口削除
これは素晴らしい。正統派のほのぼのとした筆運びに、思わず頬がゆるみます。
たっぷりと書き込まれた会話文に、各登場人物のキャラクターだけでなく周りの情景まで読み取れるのがすごいなぁ、と思いました。
しかし粘土から陶器まで作れるとは、アリスさんは器用ですな。
5.7烏口泣鳴削除
出てくるみんな可愛いですね。
全てがほのぼのとしていて良かったです。
6.6u!冫ldwnd削除
劇的な展開とは縁遠いのでしょうが、それゆえの柔らかい雰囲気と展開には満足出来るものがありました。
7.4うるめ削除
絵本のような優しい雰囲気が良かったです。
8.5きのせい削除
タイトルから結構暗い話を想像していたのですが、暖かい読後感で安心しました。
9.6あめの削除
絵本のように優しげな雰囲気が何とも心地良いです。
メディスン、幽香、アリス、それに上海も含め、登場人物全てが可愛らしく描けているのが良かったです。
キャラ同士の会話もすごく自然ですね。読み終わって心温まる素敵なお話でした。
10.5名前がない程度の能力削除
外力によって無理矢理引き千切られていたとしたら、ですか。あまり見ない解釈だったので新鮮でした。
新しく得た足で歩もうとする姿は見ていて気持ちのいいものですなぁ。

裏庭…裏庭は、その…。
11.7文鎮削除
アリス、ニンギョウ、バクハスル…まあ、人形爆弾だって用途通りに大切に使ってあげているということなのでしょうね。
温かいお話で思わず頬が緩んでしまいました。
メディスンの過去についての解釈も面白かったです。
12.6K.M削除
幽香さんまじナイスなお姉さん。