第十四回東方SSこんぺ(絆)

バンドやろうよ!

2014/09/14 21:13:27
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 スタジオ、と呼ぶのは上等すぎるかもしれない。それでも、鳥獣伎楽の四人はここを「スタジオ」と呼んでいた。
 外観は不気味と呼べるほどに荒れ果てていて、中もやはり、古めかしい。日々使われ、掃除も――早苗だけが真面目に行う――行き届いているから、外観に比べればかなりまともではあったが。
 廃屋に近い小屋には、古びた機材が並んでいる。壁には、ミスティアのギター。今はベースを弾くミスティアは、久しく触れていない。
 その下には、ドラムに、アンプ。どれも、どれほどの年代物なのかは、四人の誰にもわからないほどだった。。

「う~ん。機械が壊れたときは、頭を斜め四十五度で叩くといいって聞いてたんだけど」

 響子は顔をしかめていた。先刻から、ギターアンプはその活動を停止していた。二度、三度、と叩いてみるが、音が出る気配は無い。

「誰情報よ」

 カン、カン、と霊夢はスティックで叩いてみる。やはり、音はでない。

「紫」
「眉唾……せめて、狐を傘で殴ってないことを祈るわ」

 少し離れた場所から、ミスティアが言った。

「響子、そんな生やさしい事じゃ無理よ。ライブまであと一月はあるけど、こういう時だからこそ厳しく教え込まなきゃ!」

 言うや否や、大きく助走を付けた。それから、ベースを掲げ、アンプに向かって――。

「本当に壊れちゃいますよ!!!」
「ふげぐわら!」

 早苗は羽を引っ張る。アンプの命脈は辛うじて保たれた。背中と首が曲がってはいけない角度で曲がったミスティアは、崩れ落ちた。口から泡を吹いて倒れている。

「真空管が壊れているんです。たぶん……ちょっと待ってください。ねじ回し、持ってますから」

 早苗は、ギターケースを開けて、ドライバーを取り出した。
「ミスティア! しっかり! しっかり!」そんな叫びが聞こえた。「ああ、神が……あれはシドよ、雷神でもバレットでもない……ヴィシャスが……」そんな呻き声も、聞こえた。
 それを後ろに、アンプの蓋を開けていく。

「こんなこともあろうかと、河童から真空管を調達しておきました。ライブも近いんで、いい加減機材も見てあげないとと思って」

 誇らしげな声で、真空管を取り外す。

「それにしたって。外の世界じゃ真空管なんて誰も使わないのに。こっちじゃ貴重品なんですよねえ」
「私が小さい頃は、真空管すら無かったわよ。ラジオすら無かったもんね」

 真空管を外す早苗を、霊夢は、感心したように見つめていた。もっとも、霊夢の関心に見合うほどには、流暢な手つきではなかった。外の世界にいた頃、機械を分解したことがあった。その程度だ。それでも、霊夢から見れば、特殊技能にも見えた。

「ミスティア! 生き返って!」

 響子が言っていたが、真空管に夢中で、早苗の耳には入らない。

「ああ、あそこにいるのはジョー・ストラマー。こっちにいるのはカート・コバーン、あれは――」
 
 黒く、厳めしいこのアンプの名前は"JTM45"と言う。もっとも、誰一人、その名を知らなかったが。
 外観も酷く痛んでいた。"Marshall"と記されたロゴは黄ばんでいて、頑丈な図体には凹みが見えて、焦げ跡すら付いていた。

「よし、これで使え……ミスティアさん!? どうしたんですか!?」
「ああ、大きな星が点いたり消えたりしている。はは、大きい……彗星かな。いや、違う、違うな。彗星はもっとパンクだもんね」
「どうしたも何も、早苗、あんたが引っ張ったから。おかげでアンプは生き延びたからいいんだけどね。妖怪なんてのは丈夫なんだから――」

 霊夢はミスティアに近づき、身体を引っ張った。前方向に、人間であれば曲げてはいけない角度で。

「ふわらば!」

 叫び声が聞こえ、それから後ろに吹き飛ぶ。後方には響子。「危ないわよ!」と突き飛ばす。そうすると、反動でヘッドバッドの体勢になった。

「うぎゃああああ」

 霊夢の悲鳴が聞こえたが、それが契機か、偶然か。 

「はっ。私は何を」

 ミスティアは意識を取り戻した。昂揚したかのように、ミスティアは声をあげる。

「私は神を見たわ。神の啓示を受けた。ミスティア、汝パンクを極めよと。よし、元気百倍。みんな、もりもり練習するわよ!」

 気を失っている間に、大量の脳内麻薬でも出ていたのだろうか。ともあれ、ミスティアは髪を見たのだ。

「霊夢さん! 霊夢さん! 生きてますか?」
「…………」

 早苗は霊夢を揺り起こそうとするが、反応は見えなかった。

「今なら完璧なサウンドが出せる気がする。ほら、霊夢、寝てないで練習するわよ」

 白いベース――プレジション・ベース――をアンプに差し込み、電源を入れる。もっとも、電源を入れればすぐに音がさせるわけではない。

「とっとと起きなさいって」

 真空管が暖まり、音を出せるようになるには、些かの時間がかかる。アンプに背を向け、霊夢を見やる。
 そして、今か、今か、と真空管の暖まる時を待つ。
 真空管は、暖まっただろうか。ぼん、と言う音が響いていたが、ミスティアの耳には届いていなかった。
 
「もう! 眠いなら私の爆音で起こしてやるわ!」

 ミスティアは"STAND BY"と書かれたスイッチを上げた。ボリュームを調整して、イコライザーを回す。音を出す準備は、整った。 

「よし、いっちょたたき起こしてやるわ」

 自信満々に言うミスティアだったが、早苗はあんぐりと口を開けていた。
 埃に引火したのか。オンボロアンプは漏電でも起こしていたのか。ともあれ、ミスティアは燃えていた。アンプは燃えていて、幻想郷も燃えていた。 

「ちょ、ミスティアさん、火、火、火が!」

 金切り声に近い声音で、叫ぶ。

「火? いいわね。幻想郷は燃えている! まさにパンクじゃない」
「アンプから火があああああああ」

 奇声にも似た叫びは、ベースの爆音に消され、届かなかったようだ。
 ミスティアは炎の中でベースを奏で始めた。

「炎の出るような早弾きでもしろって? それはメタルであってパンクではないから――」
「羽が! 羽が燃えてますって!」
「ついにオーラで羽が……ええと、うん。あたやたやたやたちゃたやあ!!!」

 鳥頭の神経にも、羽の熱が至ったようだった。炎と共に、転げ回っている。ベースを担いだままに。
 それが良くなかった。

「み、ミスティア……よくも頭突きを……ぶぎゃ!」
 
 ようやくに意識を取り戻した霊夢の脳天に、ベースがヒットする。
 目から火が飛び出るように思えた。
 何の因果か、妖怪バンドに加わることにはなった。しかし、この瞬間の彼女には、目の前の蛾は退治すべき敵に見えた。

「こ、こうなれば夢想天生を使うことにも躊躇は無いわよ!」

 炎も目に入らない。霊夢の心は、炎より熱い憤怒に燃えていた。

「霊夢さん! そんな事よりも火があああああ! 響子さんも止めて! 消して」
「ああ……今度こそ破門される。放火じゃあもう。ううん。これこそが諸行無常なんだ。白蓮。私、わかったよ。仏の教え」

 にっこりと笑う響子。目からはハイライトが消えていた。ミスティアは羽に火が付いたままに、走り回っている。
 たぶん、鳥獣伎楽の日常だ。早苗がバンドに入ってからだって、騒ぎと騒ぎと騒音で、退屈する余裕なんて無かった。

 ♪

 奇跡は、早苗がいれば必然なのかもしれない。ともあれ、奇跡的に鎮火し、ベースアンプも一命を取り留めた。"Ampeg"と書かれたロゴが、焦げて黒ずんではいたが……それもまたパンクだと、ミスティアは思う。

「なるほど、引火はパンクね」

 しみじみ、とミスティアは呟いた。
 万物はパンクであるか、パンクでないか。この二つで解決が付くとミスティアは信じている。
 
「よし、気を取り直し、練習再開よ」
「もう疲れた……だいたい、なんで私はこんなことやってるのかしらね」
「ロックの神の導きよ」
「信仰、こんなので本当に集まるのかなあ。口車に乗った気がしてならないわ」

 霊夢は、ドラムの上に上半身を投げ出している。シンバルはかけていて、ドラムヘッドはたわんでいた。
 室内の荒れ方は激しい。八坂の神風が吹き荒れ、八方龍殺陣でどうにか炎を押さえ込み、アンプリファイドエコーに効果はあったが耳鳴りがしそうだ。毒蛾の鱗粉には意味が無かったがくしゃみが出た。

「私を信じなさい。だいたい、疲れた疲れたと。若者が何言ってるのよ。疲れはパンクじゃないわ」
「あんたって幾つよ」
「六十までは数えた。後は忘れた」
「この鳥頭め」
「忘れるのは悪いことじゃ無い。目がなんで前に付いているか知ってる?」
「後ろに付いていたら、髪の毛が邪魔じゃない」
「前を見るために、目は前に有るのよ!」
 
 霊夢の冷静な言葉を聞き流し、ベースを奏で始めた。重々しいリズムが白いベース、プレジション・ベースとよばれるそれから放たれる。
 塗装は至る所が剥げていて、傷だらけだった。ミスティアのせいも少なからずあるが……元より、傷だらけだった。相当な年代物でもあった。
 史上初のエレクトリック・ベースでもあるその機種は、極めてシンプルなベースだ。。 スイッチも何もかも、最低限しか付いていない。それはパンクだと、ミスティアは思う。
 
 ミスティアの奏でていた曲は、外の世界の曲だった。"Guns of Brixton"と言う名。ベースの音は暗く、重々しく、ダウナーな響きがあった。
 それもまた、パンクだとミスティアは感じる。ミスティアが、鳥獣伎楽が奏でるのは、ほぼ全てが、外の世界の曲だった。「オリジナルをやりたい」とミスティアは頭を悩ますが、未だ、納得いく曲は生まれていない。
 その曲は、全て広い物のipodに納められていた。「あら、これは流行の品ですわね」香霖堂に流れ着いたipodを見て、紫が言ったのは何年前の話だろう? 
 ipodなんてものは、とうに時代遅れだ。音楽は全てスマートフォンに入っている。容量が足りなければ、クラウドで聞けばいい。そんな時代と合っては。

 外の世界の流行遅れと、守矢のもたらした電気が、夜雀を変えた。
 ipodに詰め込まれた外の世界の音楽は、ミスティアの世界を変えた。
 パンク・ロック。彼女の世界は、それを軸にして回るようになった。

 ベースがうねっている。
 早苗は、ミスティアに合わせ、ギターを引いていく。チャ、チャ、と軽い音色で、重々しいベースに色を加えていく。
 丸みを帯びた形の、茶色のギター。そこから放たれる音は朧で、リズムは不安定だったが。

「最近聞いたんだけどさ」

 ミスティアが話しかけていた。弾きながらの問いかけ。到底、早苗には答える余裕など無い。

「レスポールが、外の世界じゃ大流行なんだって。美少女御用達だって聞いたよ。早苗もその一端に入るのか」
「何を言っているんですか……」

 答えれば、指が止まった。

「小鈴情報さ。レスポールを持てば大人気でもてもてだって」
「小鈴ちゃんはどうも耳年増ですね。ていうか、もてもてって表現がどうにも」
「どうせなら、その美少女ぶりに磨きをかけるべく、スカートをもっと短く」
「しません」
「スカートが短いのはパンクさ」

 ミニスカートでがなり立て、引き倒し、騒ぎまくるのが鳥獣伎楽オリジナルメンバーの二人だが、早苗にはまだその域に達する余裕は無い。
 スカートの話は受け流し、早苗は問いかけた。
 
「しかし、なんでレスポールが美少女なんですか?」
 
 レスポール。世界でもっとも有名なギターと言っても、決して過言ではないだろう。丸みを帯びたその形は、ロックの代名詞だ。
 ある意味、女性的な形に見えなくも無いかもしれない。グラマラスな美女を連想する者もいるかもしれない。

「……ぶっちゃけ、これ持つのけっこうきついんですよね」

 グラマラスと言うには、些か重すぎるかもしれないが。
 ギターを抱えたままに、肩を回す。5キロを超える重さ。米袋を担ぐような重みは、少女の体には些かならず厳しい物がある。

「そういう漫画があるんだってさ。『けいおん!』って。知らない?」
「あいにく。私が来てから流行ったのかな」

 掲げたギターを。見下ろしてみる。レスポール・プロフェッショナル。自分の相棒を。茶色一色の姿は、どちらかと言えば地味に見えるかもしれない。
 ただ、エレクトリック・ギターのエレクトリックたるパーツは、仰々しいほどに乗せられていた。
 音を拾う磁石――ピックアップは二つ。斜めに取り付けられていた。その上に、ピックアップを切り替えるレバーがある。
 ピックアップの下には、"Phase Switch""Tone Selector"二つのレバーが付けられていた。その下には、4つのノブがあり、ボリュームとトーンを調整できるようになっている。
 どの部品も、早苗には到底使いこなせてはいなかったが。

「そもそも、これパチ物ですよ」

 もっとも、レスポールと呼ぶべきかは、微妙だった。
 真にレスポールであるなら、ギターの頭には"Gibson"とブランドの名が書かれているべきだ。だが、早苗の手元のそれには、"Greco"と書かれていた。

「登録商標レスポールだから、レスポールですら無いんですよね」

 本来のレスポールならば、ヘッドとボディは、がっちりとはめ込まれているはずだ。
 しかし、早苗の物は、ネジではめ込まれている。幾らでも取り替えのきくネジ止めは、安物の工業製品という感も有った。
 不人気なギターの、コピーモデル。まさしく珍品で、まがい物だった。
 本物など、到底手が出なかったが。スタジオの機材の中で、唯一拾い物でないのは、このギターだ。早苗が、外の世界から持ち込んだ品だ。

「ガンダムが売ってないから、しょうがなくガンガルとかガルダンを買っちゃったようなものですし。ほんと、コレジャナイロボ」
「ガンダムは知ってるけど……何、ガンガルって」

 ミスティアの問い。早苗の頭には、ガンガルに関しての無数の言葉が思い浮かんだ。ロボットにはうるさいのが。東風谷さんだ。

「……羽が生えてドリルの付いた、だっさい偽ガンダムですよ」

 しかし、その程度に止めたのは、彼女も大人になってきた証かもしれない。
 
「うーん。やっぱりクラッシュはパンクオブパンクだね」

 満足したように、ベースを引く手を止めた。"The Clash"外の世界のパンクバンド。先刻の曲の、オリジナル。ミスティアの、一際お気に入りのバンドだ。
 早苗は、よく知らない。一曲だけ、知っていた。何かのCMで聞いた記憶があった。"I fought the law"と言う曲名を知ったのは、この世界に来てからだったが。それが、カバーであったことも。
 ミスティアに言わせれば「外の世界で生まれたのにクラッシュも知らないなんて」となるが、元来、音楽に興味が有る質ではなかった。ギターを買ったのは、奇跡だったかもしれない。
 気まぐれと憧れで買ったそれも、長いこと埃を被っていた。

 この世界でクラッシュを聞いて、メッセージ性の高いバンドだとはわかった。ミスティアに、解説されてからではあっても。

 ――騒音としか思えないノイズたっぷりの爆音、メッセージ性の高い歌詞と音程を無視したシャウト系の音楽。
 
 射命丸の評の内、「メッセージ性が高い」という部分は、クラッシュの影響なのだろうか。と思う。曲はコピーだが、歌詞はオリジナルだった。それを「替え歌」と呼ぶことも出来るだろうが、ともあれ、メッセージはあった。
 政治や社会への批判を歌うクラッシュに比べれば、個人的でこぢんまりとはしていたかもしれないが。

「ま、練習しますか」

 響子の声が聞こえた。

「みんな、準備はいい?」

 響子の声に、「もちろん!」「まあ」「いいですよ」と返事が飛ぶ。「よし」と呟いた瞬間、凄まじい大声で轟いた。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」
 
 叫びが終わった瞬間、合奏が始まる。
 曲名は"White Riot"クラッシュの一曲。"白い暴動"というタイトルそのままの荒々しいサウンドが、少女の集う廃屋に響き渡る。 
 イントロは、ほんの二十秒ほど。霊夢のドラムは軽快で、ミスティアのベースも、ぐいぐいと引っ張っていく。早苗の手つきは覚束ない。音ももちろん、怪しげだ。
 十秒ほど過ぎれば、ギターの独壇場だ。弦を勢いよくあげ――チョーキングで――うねった、ロックな音を刻んでいく。はずだ。
 早苗の音は、到底その域には無い。しかし、早苗には興奮しかなかった。響子ががなり立てていく。凄まじい音量だ。
 響子の声は生音だった。ライブ会場ならまだしも、室内ではハウリングが酷く、マイクを使うのは適わない。
 そもそも、マイクすら必要がないかもしれなかった。その生声は、ドラムにも、アンプにも負けない力と音量があった。
 ミスティアだって、負けてはいない。小柄な背丈からは想像できない……平生の服装なら、愛らしい子供にも見える体から、建物が揺れるほどの声で、コーラスを重ねていく。ベースを弾きながらに。

 早苗は、必死にギターを奏でる。
 電気で増幅された音。歪んだ音色。本能を刺激するようだった。
 霊夢とミスティアが、早苗を導いていく。スピード溢れるリズムが、早苗を乗せていく。
 自分の音が、自分で無いように思える……実際、それがバンドなのだと思えた。四人の音色が、一つの音になる。一人では、決して生み出せない一つの世界。
 この世界に来てから、協力なんて事をしたことがあるだろうか? 無い、と早苗は思う。どんな異変だろうが、少女たちは一人で立ち向かう。一人で解決し、皆で酒を飲み交わす。
 単独の行動と、誰もが集まる宴会、それが、全てだった。

 この世界に不満があったわけではない。しかし、協力するという事柄は、それだけで心が弾むような物だった。その人生で、何度有ったかわからないことは。
 ギターソロだ。ほんの一瞬のソロだ。何も、難しいことがあるわけではない。とにかく全力で弾けばいい、感情の赴くままに、チョーキングすればいい。土台は、リズム隊――ドラムとベースの二人が支えてくれる。

 ソロの時間は、十秒にも満たない。短い間に、何処までも高く弾む昂揚を、全霊で叩きつけていく。心底から、バンドが楽しく思えた。
 その思いを、勢いのままに吐き出していく。
 
 響子が、がなり立てる。ソロの後の勢いを引き継ぎ、響子が捲し立てる。早苗も、声をあげた。コーラスの声を。
 上出来なコーラスではない。歌が上手いわけでもない、リズム感も良くはない。それでも、早苗は叫ぶ。
 霊夢も、ミスティアも、叫んでいた。霊夢は少し恥ずかしそうに叫んでいた。
 四人の声が鳴り響き、いつしかアウトロへ。
 曲が終われば、矢継ぎ早に響子は叫ぶ。

「I Fought the law!」

 ドラムで始まる曲。霊夢がドラムロールを叩いていく。地鳴りのようなサウンド。

「あ……」

 霊夢は、微かに声を漏らした。段々と音量を上げていく入りのはずなのに、最初から全開だった。
 ミスティアは、満面の笑みだった。それこそがパンクだ、といわんばかりに。
 こうなればやけだ、と言わんばかりに、霊夢は全力でスネアドラムを叩く。音量だけは見事だった。ロールが終わり、ドン! と言う音を叩く。
 それを合図に、早苗とミスティアが入っていく。

 ミスティアは完璧な入り。早苗は、一瞬遅れた。それでも、ままよ、とばかりに、音を奏でていく。指を滑らせる。勢いよくスライドしていく。勢いよく音が上がっていく。昂揚を感じさせる音だった。
 スライドの場面が終われば、三人のユニゾンだ。三つの楽器が、一体になった音を奏でる場面だ。
 ……客観的に見れば、ずれていた。三人一体の勢い、重み、それは無かった。早苗が、今度は走っていた、早まっていた。
 それは、早苗にもわかった。でも、それで何が悪いのさ? と思えた。
 ずれてはいても、三人で、一つの音を奏でていた。心底から、心地よかった、陶酔するほどに。人生で、感じたことはあるのだろうかという程の快感だった。

 横目で、ミスティアを見やる。笑みだった。全身を動かしながら、リズムを刻んでいた。響子が叫んでいた。タイトルそのままのリフレイン。早苗は全霊で叫んだ。
 もう、頭は真っ白で、それでも曲は進んでいく。音は、振動だ。空気の振動だ。実感できた。ヘッドホンや、安物のスピーカーで聴いていた頃には、理解できなかった事が、この廃屋では、実感できた。
 ドラムの響き、ベースの響き。体を震わせる。自分を、動かしてくれる。真っ白な頭は、リズム隊の音に導かれる。
 リズムに身を委ねていると、実感する。ギターはおまけだと。
 CD越しの音では考えられなかったことが、生の音の前ではわかる。髪が震え、服が揺れる。リズム隊の音は、暴力的な程だ。
 外の世界にいた自分。ただの女の子にはわからなかった世界。
 ギターはおまけだ。だが、心地よいのだ。リズムの上を疾走していくギターが。三人の音と一体になる自分が、心地よいのだ。

 曲が終わった。響子は矢継ぎ早に曲名を叫ぶ。

「Should I Stay or Should I Go!」

 留まるべきか、進むべきか。そんなタイトル。早苗の考えは決まっている。"Should I Go"と。
 幾つものバンドの、幾つもの曲が鳴り響き、矢継ぎ早に次が始まる。
 その繰り返し。
 時間にすれば数十分だろう。霊夢の息は上がっていて、早苗もふらつきそうだった。
 ミスティアは暴れ回り、弾き倒し、叫ぶ。響子はもちろん、叫び続けていく。
 うだるような暑さだった。扇風機は回っているが、意味を成しているのかもわからない。湯気が経つほどの暑さが、部屋の中に籠もっている。

「パーフェクト!」

 最後に、最大の声量でミスティアが叫んだ。ふう、と息を整え、霊夢は答えた。

「いや、駄目でしょ。私は最初からしてとちったし……早苗は慌てすぎ、走りすぎ」

 霊夢は言った。息は上がっていた。ほんの二曲、叩いただけなのに。

「それは……その……すいません」

 早苗は頭を下げ、口ごもる。お世辞にも上出来な演奏ではないと、自分が一番承知していた。

「細かい事よ」
「けっこう、大きいと思うけど」
「霊夢はまだパンク魂が足りないわね」

 ミスティアは、ひょい、とドラムに飛び乗った。バスドラムの上で、三人を見下ろしながら、

「そもそも、演奏力なんてのは後から付いてくるの。ま、私は上手いけど」

 胸に手を当てて、ミスティアは言った。
 間違いではないだろう。どれだけ暴れ回っても、ミスティアは決してリズムを崩すことはなかった。音も、本当に力強く、快活な響きだった。

「じゃあ、何が大事なんでしょう、はい、響子さん。配点百点!」
「お説教されないように演奏するのは大事ね」
「パンク要素が微塵も感じられないんですが」
「早苗は白蓮の鉄拳をわかっていない。命あっての物種だから……」

 ぶるり、と響子は体を震わせ、耳はひくついていた。しかし、震える体でも、気丈に響子は叫んだ。


「でも、だから私は寺を辞めてやったわ!」
「破門されたんじゃなかったっけ?」

 霊夢は言った。響子は寺を追い出されていた。

「私から破門してやったのよ!」

 どちらが破門したかはさておき、寺よりも、鳥獣伎楽を選んだというのは確かな事だ。「騒音だから辞めなさい」という白蓮を切ったのだ。

「だから私は歌うの、仏教ファック! 座禅ファック! 阿弥陀仏ファックの心意気で!」
「そう、響子、それがパンク。私は存外仏教はパンクだと思うけどね、釈迦とか絶対脳内麻薬でいってたわ。法悦とかもうトリップしてるでしょ。ドラッギーな感じはパンクだわ」
「流石に問題発言ではないでしょうか」
「心頭滅却すれば葛根湯もドラッグだから平気よ。私は風邪なんてひいたこと無いけど」
「馬鹿は風邪をひかないと言うのは真実ね」

 霊夢は意識的に頷いた。ミスティアは聞き流し、

「要は、やる気よ、やる気。私たちはバンドをやるんだ、やってやるんだという意気。それさえあれば、後は全部付いてくるわ」

 大声で演説を続ける。

「じゃあ、なんでバンドをやるかというのは、私たちには言いたいことがあるからなの。こう、体がくわー! って熱くなって、ぶひゃー! って昂揚する感じ。うひょー! ってそれを音にするあれがあれ!」
「高度過ぎて理解しがたいわ」

 霊夢は首を傾げるが、ミスティアは目もくれない。

「それを、私たちは共有できてたわ。バンドってのは、運命共同体なの。それが出来ているなら、それはパーフェクトでしょう?」

 得意げに、ドラム上からの演説。
 霊夢は首を傾げていた。響子は聞き飽きた意見なのか、聞き流していた。
 しかし、早苗は聞き入っていた。目に、潤みすら見せていた。

「ミスティアさん……」

 万感が胸に詰まって、それ以上の言葉が出てこない。
 ミスティアは満面の笑みを、早苗に送った。

「また人の心を動かしてしまった。でも、言葉で動かすのは三流。玄人は音で動かすの。さあ、豆乳でも飲んだらまた練習よ!」

 にっこりと笑いかけ、ミスティアは飛び降りた。
 それが良くなかった。飛び降りた振動の性か、乗り物ではないドラムはイナバ物置の百分の一の耐久性も無かったか。根本的に古すぎたのか。

「ちょっと、ドラムが――」

 霊夢の声かけなど間に合うわけもなく、ドラムは崩れ落ちた。チャイナ・シンバルが脳天にヒット、スネアが背骨にダイブ。

「ミスティア!? 大丈夫!?」

 駆け寄る響子、バスドラムが倒れ、足がかかった。転んで、跳ねて、ダイビングヘッドバットの大勢で突っ込む。

「……バンドって、こんなに体を痛めつける物なの?」

 霊夢は問いかける。

「プロレスでもここまでは……」

 泡を吹く二匹を前に、バンドの恐ろしさを実感する人間たちだった。
  
 ♪

 うつら、うつら、と。痛飲、と言うほどでは無いが、酒を飲めば眠くなる。他の面々はともあれ、早苗はいつもそうだ。
 
「おいこら早苗! 何を寝てるのよ! 私の酒がそんなに不味いって言うの!!!!」

 うつらとした頭に、爆音が刺さった。耳鳴りがしそうなほどの大声だった。

「響子、そういうのはアルハラっていうのよ」

 助け船を出したのは霊夢だった。その言葉が意外で、思わず目が覚めてしまった。

「何か……悪い物でも食べたんですか?」
「人がせっかく反省したというのに酷い言いざまね……」

 呟き、霊夢は早苗の側に近づいた。

「ああ、じゃあ言ってやるわよ。早苗? あんた、私の酒が飲めないっての? 幻想郷を救った私のこの酒が!」

 首を腕に巻き付け、升を早苗の口元に。いつかの――道具が暴れ回っていた直後のような絡み方だったが、口元は笑っていた。

「……ま、華扇にも言われたし、ちょっとは反省したわよ」
「霊夢も口を動かす前に酒を――」

 響子が絡むや否や、霊夢は札を床に投げつける。八方鬼縛陣。響子は瞬時に意識を失った。

「……ストレスが溜まっているんでしょうか」
「寺も辞めたそうだしね」

 早苗は呟き、霊夢は頷いていた。
 早苗は一升瓶を取った。もう少し、飲んでみたい気分だった。

「それが、パンクの原動力になるのよ」

 ミスティアは言うと同時に、一升瓶に手を伸ばし、空の升に注いだ。

「手酌は良くないわよ」
「ありがとうございます」

 早苗は升を取って、口を付ける。文字通り舐めるように、酒を口に含んでいく。「ふう」と息が出る。中々に、上等の酒だった。香りは華やかで、舌に残る余韻は、甘く芳醇だった。酒の味は嫌いではないのだ。体が、それほど耐えてはくれないだけで。

「不思議な気もします」
「何が?」

 問いかけたミスティアの升は、殆ど残っていなかった。早苗は一升瓶を持って、注いでいく。「ありがと」と言う言葉と共に、にこやかな笑みが返ってきた。
 幻想郷縁起に記された様とは、随分と違う。人間友好度――悪と記され、定期的に退治しようと記された蛾の印象とは。
 
「ほんの、一月か少し前までは、ミスティアさんはよくわからない人でした」
「人というか、蛾ね」

 霊夢は突っ込むが、その顔は笑ったままだった。上機嫌に、酒を飲んでいた。

「あまり、と言うか殆ど、宴会にもいませんでしたし」
「こいつは、いそうでいないのよ。ま、宴会の主役は焼き鳥だし。鳥じゃね」
「蛾じゃなかったんですか」
「蛾も雀も大差ないわよ」

 言いながら、霊夢は泥鰌を突いていた。甘辛く煮付けられた泥鰌は美味だった。

「そういやさ、結局屋台はもうやめたの?」
「私は人生をパンクに捧げるって決めたの。屋台はもうさよならよ。いつかの酉の市で店を出したのが最後かな」
「詐欺紛いの商売よりはなんぼかましだろうけどね。……遺憾ながらも、最近は人間もこいつらにお熱だし」

 鳥獣伎楽の人気は、妖精や妖怪に留まらない。里の若者にも、人気を博していた。

「こいつら、じゃないわよ。私は鳥獣伎楽、あなたも鳥獣伎楽。鳥獣伎楽は愉快だな」
「ああ……そうか、実感無いなあ」 

 霊夢は呟き、酒を飲んでいく。

「今でも、鳥獣伎楽というと、あんたら二人ってイメージがある」
「まだ、ライブもやってないからね。ライブをやれば変わるよ。一週間や二週間の練習で実感を持てってのも、確かに難しいかなあ」
「本当に、信仰に繋がるのかしらねえ」
「金魚鉢を置くよりはましだと思うけど?」
「あれは、本当は凄い石に入ってたのよ……」

 蕩々と、霊夢は魚石の価値を説く。もっとも、覆水盆に返らず。ただの愚痴に過ぎなかった。
 しかし、愚痴を言いたくもなる。昨日今日に始まったことではないが……参拝客の少なさ、霊夢には、常に頭痛の種だった。
 はあ、と嘆息の音が響いた。

「幾ら私が頑張っても、誰も評価しちゃくれないわ。精々が、酒をたかりに来る妖怪が増えるくらい」

 ちぇっ、と口を尖らせ、霊夢はぼやく。

「世の中、おかしいのよ。参道で馬鹿騒ぎする連中は人だらけ。でも、誰も神社まで来ないって」
「そりゃ、みんなライブを見に来てるんだし」
「だから……私がライブで宣伝すれば、参拝客も増えると……信じておくわよ」
「霊夢が頑張れば、人気者になれるのは保証するよ。私たち鳥獣伎楽は、人気者だからね」
「信じるわ。溺れる者の藁だとしても」

 霊夢は升に口を付け、酒を飲み干す。ミスティアは、すぐに酒を注いだ。

「ありがと」
「霊夢には期待してるよ。なんだかんだで、バンドって言う体裁も整ったしね。こんな短い間で、よくここまで叩けるようになった。霊夢をスカウトした私の目に、狂いはなかった」
「目の前の物を叩くだけだし」

 ぶっきらぼうに、霊夢は言った。照れ隠しのように、早苗には見えた。

 ――Youドラムやれば伸びるよ。

 ミスティアの勧誘を簡潔にまとめれば、そのようになるだろう。定期的に開かれるゲリラライブは参道で行われている。その集客力は確かだった。
 同時に、一部からは騒音との苦情もあった。
 利害の一致はあった。ある意味、お目付役という気分もあった。
 霊夢に利があるかは、まだわからない。ライブも未だこなしていない、新生鳥獣伎楽には。
 鳥獣伎楽の音に利をもたらしたのは確かだ。何事でも、霊夢は器用にこなす。修行もまともにこなさずに、何者よりも強い力を持つ少女。ドラムとて、その例外ではない。

「霊夢さん、ちゃんと練習してますか?」

 早苗は問いかけた。

「してなくはないけど……家にドラムなんてないし、ここまで来るのも面倒くさいし、雷鼓でも掴まえて叩くしかないんじゃ、ちょっと手間よね。座布団は叩いてるわ。とりあえず」

 霊夢の流暢なドラムを思い出す。自分は、毎日必死に練習してもため息しか出ないのに……思ったが、口には出さなかった。

「霊夢さんに誘われて、私は怖かったんですよね」

 ギターを持っている。そのことを、霊夢は知っていた。霊夢は、ミスティアに言った。「早苗を入れてもいいんじゃない?」と。
 それは、親しい者を足そうという感覚だったのかもしれない。あるいは、人間がもう一人欲しかったのか……。
 いずれにしても、ミスティアはベースに回ることも、早苗を入れることにも、異存は言わなかった。
 早苗には、嬉しかった。誰かに請われる感覚が。だから、二つ返事のように「やります」と言った。
 その後に襲ってきたのは、恐怖や焦燥感だったが。
 
 今日の練習を思う。ミスティアと響子は見事な物だった。二人は年期が違う。でも、霊夢は? 確かに、ミスはあった。段々と上がっていくはずのドラムロールが、最初から全力だった。
 しかし、その程度かもしれない。

「やっぱり、今も怖いんですよ。自分の失敗は、みんなの失敗だから」

 それが、バンドという物だろう。同時に、こんな恐れを三人は抱いていないだろう。早苗には思える。

「でも、本当に愉快です」

 早苗は笑った。本音だった。
 今、この瞬間のように音から離れていれば、不安も襲ってくる。
 しかし、音の中で感じた高揚は、確かな物だった。

「楽しいのは、いいことだと思う――」

 ミスティアは言った。

「――でも、バンドをやって、楽しいとか、お金が儲かるとか、人気が出るとか色々あるんだろうけれど、一番大事なのは、パンクであることだと思うんだ」
「パンク、ですか」

 抽象的かつ哲学的で、早苗には意味を計りかねた。「メタルバンドはどうなのか」という真っ当な返答で返すべきとは思えなかった。

「うん。パンクは、衝動で、発散で、爆発だ」
「爆発ですか」
「爆発はパンクだね」

 しみじみ、とした口調で言って、ミスティアは酒に口を付けた。

「早苗を入れようと言われた時、正直私はどっちでもいいと思ったんだ……その方が霊夢がやりやすいとはわかったけど。結局、早苗がパンクかは見てみないとわからなかったし」
「私がパンク」
「……早苗はパンクさ、なら、それでいいと思う」

 パンク発言の連発に、霊夢はしびれを切らすように言った。

「パンクって言えば解決すると思ってない?」

 霊夢の突っ込みに、ミスティアは大きく頷く。

「霊夢。世の中の事は、たった二つで説明が付くわ。パンクか、パンクじゃないかで」
「その発言はパンクなわけね」
「もちろん」
「イナゴの佃煮はパンク?」
「あれはパンクじゃないわね。一々足を取るっていうちまちましたところがパンクじゃない」
「神社はパンク?」
「宗教はパンクじゃないわね。感情を平定するというのがもう駄目、セックス、ドラッグ、ロックンロールにサーチ&デストロイの精神がパンクなわけで」
「なら何故あんたらは参道でライブをしたがるのか」
「あそこは、誰でも簡単に来られるでしょう? そういうのは、パンク」

 霊夢は、はあ、とため息を作る。

「近所迷惑と安眠妨害はパンクかも知れないわ」
「つっても里の方にはあんまり届かない位置でやることにしてるじゃない。寺に届くと響子の命が危ういし、神社はまあ。誰もいないし」
「私が寝てるでしょうが」
「だから引き込んだ」

 くすくす、とミスティアは笑った。

「ほんと、口車に乗った気がしてならないわ。『若者に人気だから信仰も集まる』『霊夢がいればお目付役にもなるでしょ』なんて」
「じゃあ、辞めるの?」

 う~ん。と音を漏らし、何かを言い返そうとして、

「……ドラムを叩きつけるのが快感で有ることが否定しがたい」
「暴力巫女の面目躍如ね」
「今なんて言った」
「なんにも言ってないわよ、さあ飲んだ飲んだ」

 そんな会話を見ながら、早苗は酒を舐める。頭が、とろんと。それでも酒は美味だった。
 自分はギターを弾いていて……楽しいんだろうか。どうなんだろうか。
 一人家で弾いていて、一度たりとも思ったことはない。苦痛しかない。焦りしかない。素人の自分がここにいていいのだろうか……毎日思っている。

「初めて、音を合わせたとき思ったんですよ、こんなにも快感なことってあるのかって。自分の音が自分の音じゃなくて……みんなで一つの音になって、みんなで一つの物になって……」

 言って、酒を飲んだ。喉を突き抜け、胃が熱くなる。頭は、一層朧に。
 初めてバンドで音を出したとき、そうだった。
 自分一人では意味のわからない何かが、バンドになったときハーモニーになった。ドラムが叩かれ、ベースは鳴って、自分のギター。
 三つの音が同時に鳴って――客観的に言えば自分の音が遅れていたけれど――一体となった決め所。
 その上を、響子のボーカルが泳いでいく。三人で、支えていく。
 陶酔だった。どれだけ言葉を交わした相手よりも、一体になれるように思えた。
 
「ならもっと酒を飲め!」

 気が付けば、響子は蘇っていた。早苗に首を回し、絡み酒を挑まんとする。

「あ、あっちに白蓮さんが」

 響子は大慌てで振り向く。
 それが良くなかった。
 早苗の頭はヘッドロックの体勢で固められていて、響子の振り向きに合わせ、ぐぎり、と回った。

「さ、早苗、息を確かに!」

 言ったのは、霊夢だったかミスティアだったか、唱和だったか。
 薄らいでいく意識の中では、釈然としなかった。
 快感はあった。それがヘッドロックのせいなのかは、わからなかった。



「品揃えが悪いわねえ」

 霊夢は口を尖らせていたが、香霖堂は古道具屋であって、楽器屋ではない。

「ここは、楽器屋ではないよ」

 と言う霖之助の言は正論だった。

「ドラムなら、里でも売っているだろう?」
「高いのよ、手が出ないわ。木魚や小太鼓くらいなら買えるけど……」

 ポクポクポクポク、と木魚を叩く霊夢を思って、早苗は思わず吹き出してしまった。

「むしろそのくらい変わっていた方がパンクかも知れませんね」
「人ごとだと思って」
「ギターなら、少し前に入ったよ。見てみるかい?」
「必要なのはドラムよ、ドラム。シンバルはかけちゃってるし、タムの音はおかしいし、ドラムヘッドも革がボロボロだからいつ穴が開くかと不安で……こうなれば付喪神でも襲って引っぺがすしかないのかなあ」

 物騒な言葉を聞き流し、早苗は「見せてください」と言った。

「早苗にはまともなのがあるじゃない」
「どうせなら、どんな物か見てみたいじゃないですか」
「掘り出し物だよ。状態もいい」

 霖之助は奧に向かう。霊夢は退屈そうに店内を物色していた。そんな霊夢を横目に、早苗も店内を見回している。

「あら」
「何か面白い物でもあったの?」
「ええ、このエフェクター。ああ、エフェクターと言うのは……」

 霖之助が、ギターを抱えて戻ってきた。そのボディは、深い赤――バーガンディレッドで塗られていた。
 その上に付いた白いピックガード。赤と白のコントラストは、霊夢も気に入ったのだろうか。

「ちょっと、ミスティアのベースっぽいかも、でも、中々格好いいわね」
 
 好感と共に、言った。
 もっとも、霊夢が思ったほどには、似ていなかったかも知れない。とはいえ、流線型のその形状は、早苗のレスポールよりは、ミスティアのプレジションベースに近い形をしていた。

「ストラトですか」

 早苗は思わず呟いた。洗練された、流線型のデザイン。その姿を見て、ストラトだと思った。フェンダー・ストラトキャスター。レスポールと並ぶ、著名なギターだ。

「いや……ええと、ヴィクトリーという名前だね」
「ヴィクトリー?」

 と言う名前は聞いたことがなかった。

「こんなのもあるんですねえ」

 ヘッドには、片面に6つのペグが付けられている。ストラトと同じ意匠だった。だが、そのつまみの下には"Gibson"と言うデカールが貼られていた。

「これ、ギブソンのなんですね。ギブソンは……私のギターの本物を作っているところ、高級なギターですよ、きっと。そしてきっと」
「不人気なギターね」
「断言は出来ませんが……」

 もっとも、この郷に流れ着いた品だ。誰からも必要とされない、忘れ去られた品であることは想像に難くはなかった。

「どうせ不人気よ。しかも、エレキなんて誰も使わないでしょ? 霖之助さん、家のお饅頭と交換しない?」
「最近は、幺樂団以外にもぽつぽつと電気楽器を使うミュージシャンがいるからね。あの付喪神姉妹も、ドラムを迎えて派手にやっているそうだし。ニーズも生まれてきている。それなりの値段を付けても、罰は当たらないだろう? もちろん、勉強はさせて貰うつもりだけれど」

 霖之助の言った値段は、霊夢は勿論、早苗にも決して安いとは思えない物だった。

「ちょっと、私には手が出ないわね。早苗はどう?」
「う~ん。思いっきりストラトのパチ物ですしねえ」

 あのギブソンが作った品だ。それでも品はいいのだろうと思えた。

「でも、ギブソンってちょっと憧れなんです。ずっと前に……外の世界にいた頃、ギターを買ったとき、高くて買えなかったから……それっぽいので、安いのを買ったんですよ」

 実質を思えば小遣い、と言ってもいいかもしれないが、少なくとも名目上は給金という形で、神奈子より月々の給金を受け取っている。
 貯金も幾らかはあった。買えない額ではない。どうしよう? と早苗は思う。外の世界にいた頃には手のでなかった品、この世界では見られないと思っていた品が、目の前にある。
 労働で受け取ったお金で、手にいれることが出来る。それ自体は、魅力的に思えた。

「そうですねえ……でも、今のところはいいです。それよりも、霖之助さん。あれが……ビッグマフが気になって」
 
 ビッグマフ? と霖之助は一瞬考え込んだ。

「ああ、あれです。あの箱です」

 と早苗は指を刺す。その先には、弁当箱のような形状と大きさの、ブリキ製の箱が有った。

「ええと、ああ。そうだね。ビッグマフという名前だった。気になるなら、見てもいいよ。それなら安くしておくから」

 霖之助はギターを置きに戻る。早苗は、ビッグマフを手に取った。外見とその名から想像されるよりは、軽く感じられた。内部は、殆ど空洞なのだろうか。
 それでも、それなりの重さはある。

「これ、絶対重しに使ってたわね」

 下には、薄手のはぎれが重ねられていた。風で飛ばないように、ビッグマフを重しにしていたのは図星だった。
 重しか否かは、早苗には関係のないことだった。ビッグマフを手にとって、懐かしそうな顔で見つめている。

「友達が、持ってたんです」

 友達が、と言ったときに、その表現で良かったのだろうかと思った。だけれど、殆どの相手は「友達」という言葉で紹介できるのだと言い直す。

「これはエフェクター……ギターに繋ぐと音が変わる道具です」
「そんなのもあるのね」
「でも、けっこう違うな……古い奴なんですかね」
「古道具屋だしね」

 金属そのままの色には、擦れた文字が書かれている。早苗の知っていたビッグマフは、中央に大きく"Big Muff π"と書かれていて、黒地のと無地のコントラストで塗られていた。
 目の前の箱には、"Big Muff π"と書かれている、それは同じだが、全てが金属そのままの色で、黒の塗装は無かった。
 古びたビッグマフを、霊夢に手渡す。

「メイドインUSA、なるほど、外の世界の道具ね」

 下方には"electro-harmonix"とメーカーの名が記され、その横には"Made in U.S.A"と記されている。外の世界の品だと、雄弁に主張していた。

「どうだい? 興味が有るなら、それなら安くしておくつもりだけれど」
「重しにしてたぽんこつだものね」
「……重しにもなるね。一風変わった文鎮にも、お薦めだ」
「これ、なんに使う道具なの?」

 早苗に目配せをして、霊夢は問いかけた。それからビッグマフを霖之助に手渡した。

「楽器さ」
「それはわかるけど、どういう楽器なの?」

 ビッグマフを手に取れば、その名と用途が理解できる。道具の記憶を辿り、霖之助は口ごもる。

「…………」

 少し間を開け、

「酷い音を出す道具だ」

 真顔で、霖之助は答える。

「商売をする気、あるの?」
「僕の力がそう伝えてくるんだから仕方ないだろう……」

 早苗はそんな話を聞いて、それはそれで正鵠を射ているのかもしれないと思った。
 もちろん、早苗はビッグマフが何であるかを知っている。ディストーション――音を歪ませるための機材であると。
 歪んだ音こそが、ロックをロックと感じさせる音色だ。とはいえ、歪んだ音はオーディオから見れば「酷い音」と言ってもおかしくない。音を毎回歪ませる蓄音機など、不良品だ。

「幾らです?」
「値段か……正直考えてなかったな」

 霖之助は腕を組み。

「いいさ、あげよう。君は霊夢と違っていつも真っ当に買い物をしてくれるからね。サービスさ」
「いいんですか?」
「損して得取れとも言う」

 霖之助は笑った。早苗も「ありがとうございます」と笑った。

「私にも、もっとサービスしてくれてもいいと思うんだけど」
「ツケを払い終えたらその後に考えよう」
「無利子無期限無返済くらいの心構えでツケ払いは受け付けろってね」

 悪びれる素振りも見せずに、霊夢も笑った。
 彼女は彼女で、金銭こそ払わぬが何かと手助けはしているが、金銭面で貢献しているとは言い難い。

「私も新しいドラムが欲しいなあ。今のはゴミよ、ゴミ。あいつらがどっかから拾ってきたのを組み合わせて無理矢理使ってるの」
「ドラムの在庫はないんだから仕方ない……それにしても、随分やる気があるね。どういう心境だい? 君が妖怪と一緒にバンドをやるなんて聞いた時は、面食らった物だが」
「成り行きよ」

 霊夢は言った。

「もっとも、君には人を引きつける力はあるからね。芸事も向いているのかもしれない」
「そんな力、片付けもしないやつが花見に乗り込んでくる程度じゃない」

 霊夢は少し口を尖らせた。
 本音だったかもしれないが、照れ隠しのようにも、早苗には見えた。

「ドラムが欲しいなんてほどやる気があるのは、いいことですよ」

 早苗は笑う。

「別に、やる気があると言う程でもないけど、壊れかけの道具を使い続けるのはなんかあれね……お茶でも淹れてくるわ。そのくらいはサービスしても罰が当たらないでしょう?」
「まあいいが……棚の奧のお茶は使わないでくれよ。特別な日に飲むためのお茶なんだから」
「毎日が特別な日だって、いつも思うんだけどね」

 霊夢は言って、奧に向かった。
 早苗は、ビッグマフを愛おしそうに見つめている。

「米国製と書いてある。外の世界の道具だが、使ったことでもあるのかな?」
「使ったことはないんですけど……友達が持ってたんです。ちょっと、憧れでした」
「ちなみに……外の世界では、これは幾らくらいするんだろう」
「ううん……一万円じゃあ足りないかな。一万何千円くらいだった気がします」
「ふむ……」

 霖之助は短く呟く。一円は高い。射命丸がそうぼやく貨幣価値の前では、実感が沸かない額だった。

「一万円もあったら、一生遊んで暮らせるわね」

 言いながら、霊夢が茶を運んできた。

「一万円札なら、家にありますよ。聖徳太子が書かれている一万円札」
「ここじゃ、紙くずよ。あの道士連中の顔はお面でお腹いっぱいだけど」

 霖之助の机の上に、三つの湯呑みを置いた。 

「それにしても、成り行きとは言ったが、どうして君がバンドなんてやろうと思ったんだい?」
「やろうと思ったわけじゃ無いわ。誘われたから、やっただけ」
「それにしたって、妖怪と一緒にやるなんてね。前の君だったら『妖怪と一緒にいるだけで評判が落ちるのにやるか!』なんて言っていたと思うんだが」
「……攻めの姿勢も必要かなあって。妖怪でも何でも、使えるものは使う。そういう姿勢が今後は必要かもって思ったの」
「その姿勢で痛い目も見たようですが……」

 管狐や雷獣の騒動を思い出し、早苗は苦笑した。もっとも、今回は自分も当事者である。「私もいるんで大丈夫ですよ」と慌てて付け加える。

「稗田のお嬢さんなんかはお気に入りみたいだが、鳥獣伎楽は賛否両論でもあるね」
「お目付役って気分もあるわ。参道で毎回騒がれても迷惑だし。だいたい定期的にやるゲリライブってなんなのよ。日本語がおかしいわ」
「ゲリラライブは英語ではないでしょうか」

 早苗の冷静な突っ込みを聞き流し、霊夢は言った。

「あとは……ちょっとね、憧れたの。ステージの上に立つって。前に、あの面霊気が家で舞っていたじゃない」
「ああ」

 霖之助の言葉に、霊夢は微かに弾んだ声で答えた。

「……歓声が飛んでね。みんなが、こころを見てたわ。ああ、ああいうのっていいなあって思った。あいつらもそこそこ人気はあるしね、私もバンドやれば、目立てるのかなあって。異変解決しても殆ど知れ渡らないし、決闘も普通は内輪しか見てないし」
「そう、ですね」 
「早苗に絡み酒なんてのも、ストレス溜まってたのかなあ」
「その時は私も……気にしないでくださいね」
「まんまと騙されたわけだし、おあいこよ」

 くすくす、と霊夢は笑い、湯呑みを口に運んだ。早苗も、微かな笑みで答えた。

「いずれにしても、僕はいいことだと思うよ。まあ、パンクというのはよくわからないし、騒音という苦情はさておき……里の若者たちも見に来ていたそうじゃないか」
「らしいわね。私たちが入ってからまだライブをしていないけれど、来るんじゃないかな」
「僕も半分は妖怪だ」

 微笑みながら、霖之助は言った。軽い口ぶりだった。

「どうしても、里は暮らしにくくてね」

 その先を続けはしなかったが、若々しい姿を保つ彼の姿が、少なからぬ数の人間に不快感や恐怖を与えている。その点は承知していた。

「小鈴に、あの化け狸がちょっかいを出しているの。霖之助さんは、マミゾウを見たこと有るかなあ」
「幻想郷縁起では見たが、会ったことはない」
「あの狸が、人間に化けて、里をふらついているのね」
「ふむ。しかし、ちょっかいを出すとは? 何か化かしてでもいるのかね」
「いや……手助け?」
「何も、悪いことをしているようには思えないが」

 霖之助は言った。霊夢は「う~ん」と首を傾げてから、続ける。

「手助けするのがからかいなんでしょ。で、質が悪いのが、小鈴がマミゾウを大尊敬なのよ。『マミゾウさん格好いいです!』みたいに」
「人間の姿のマミゾウさんって、どうとでも見える感じですよね」
「どうとでもって?」
「美女にも、美青年にも見える感じ。中性的って言うのかな」
「その発想は無かったけど」

 ううむ、と霊夢は考え込み。

「ホの字?」
「今の時代にその表現はどうかと思いますが……まあ、そう言うことです」

 お茶を飲み、お茶を飲み。

「有りうるかもしれない……まあ、この話はやめておきましょう。方向性と展開によっては小鈴が泣いちゃう。初恋の人が女の人でした! なんて」
「その方面のニーズも昨今はあるようですが、やめておきましょう」
「そんなことより、どうしたものかなあって思ったり」

 霊夢は、難しい顔を浮かべている。

「小鈴に、『あいつは化け狸で妖怪だ!』って言うのは簡単よ。でも、そうすると鈴奈庵に悪評が立つでしょう? 妖怪と仲良くするなんて……って。私ならもう慣れてるけど、小鈴は商売人だし、ううんって思ったり」
「ここは、人と妖怪の世界の中間だ」

 香霖堂は、森の入り口にある。森の先は、妖の世界だ。森の先には、人の世界が続いている。半妖の営む古道具屋は、人の世界と妖の世界の間に立っている。 

「妖怪と言う者に対しての反応を、僕はこの身で知っているよ。だけれど、霧雨の親父さんのように良くしてくれた人も多くいたし、彼女が能楽を舞っていたときや、あの宗教大戦の時のように、妖怪に人々が喝采を送るときも知っている」

 霖之助は茶を飲む。いくらか温くなっていた。

「こう言うと、どうも気恥ずかしい言葉になるんだが、君たちがそのような架け橋になればいいと思うよ。それは確かなことだ」
「なんだか高尚な事に思えてきたわね……別に、たいそれた事を考えていた訳じゃないわよ。ミスティアが『Youドラムやれば伸びるよ』とか言って、しつこく勧誘してくるから根負けしたって話。ま、バンドで人気が出れば私も脚光を浴びるし、お賽銭も増えるかなあって」
「ジャニーさんですか」

 早苗の言葉に、霊夢は首を傾げた。頭上に巨大な「?」マークが浮かぶような顔だった。「なんでもないです。続けてください」と早苗は早口で。

「……架け橋とか言われると気恥ずかしいわね。ってそれだけよ」
「別に意識することではないさ。結果的にそうであればいいし、そうでなくても、君たちが楽しく出来ていれば、それに勝ることはないだろう」
「そうですね」

 早苗は頷きつつ言った。
 実際、楽しく出来ればいいのだろうとは思えた。パンクであることと言うよりは、余程わかりやすかった。
 今は楽しく出来ていて、それだけで、早苗には十分だった。

 ♪
 
 シールドケーブルを、ギターストラップに通し固定する。ジャックからビッグマフに。もう一本のシールドを、ビッグマフからアンプに。
 耳に音叉を当てる。440khzの音を出す金属の棒。音叉の音と5弦の音を合わせて、あとは5弦を基準に各弦を合わせていく。
 言うは容易いが、行うのは難儀だ。まだ、十分には慣れていない。音叉と合わせるだけでも、かなりの時間がかかった。他の弦を合わせる時間は、どれほどかかったのだろう。
 ミスティアがいれば、一瞬で合わせてくれるのにと思えた。
 絶対音感でもあるのだろう。ミスティアはいつも、音叉も無しにチューニングを終えていた。あるべき音を、楽器から出していた。

 スタジオには、自分一人だ。練習の予定日ではない。個人的にアンプを鳴らしに来たのでは、当然だった。
 どうにか、合わせることは出来た。そのままに、アンプに腕を伸ばす。「TREBLE」「MIDDLE」「BASS」と書かれたつまみを、早苗は右に回す。高音、中音、低音。イコライザーの全てを全開にした。
 足下のビッグマフのつまみも、全て右に回す。"volume""tone""sustain"と書かれた全てを、全開にした。
 ビッグマフのスイッチを踏みつけ、右手にはピックを。勢いよく叩きつける。酷い音が鳴った。電気により全力で歪まされた音は、和音の響きを聞き取るのも難しいほどに、濁った響きを奏でていた。アンプからの音で、シンバルが揺れていた。ドラムヘッドが共鳴し、シャラシャラ、と音を立てている。
 アンプからは、ひたすらに濁った音が流れ続ける。早苗は、ひたすらに右手を叩きつけ、覚束ない手つきで左手を動かす。

 鳥獣伎楽が激しさが売りのパンクバンドとは言っても、使い物にはならないような音だった。
 快感を感じられる音ではあったが。自分一人にとっては。
 半ば暴れるようにして、早苗はギターをかき鳴らす。
 どれほど続いたのだろうか。濁りきった音の中に、声が響いた。
   
「おや、私以外がいるとは珍しい」

 バタン、と立て付けの悪いドアが開き、ミスティアの姿が横目に映った。左手には、ハードケースに入ったベースを抱えていた。

「あ……」

 気が付き、早苗の音が止まった。暴れ回っていた動きも。何処か恥ずかしそうに、

「お疲れ様です」
「私はまだ何も疲れてないけどね。早苗はお疲れさん」

 ミスティアは、紙パックを投げた。いちご豆乳だった。

「最近、豆乳にはまってるんだ。飲みなよ」
「ありがとうございます」

 パンクとは縁遠い可愛らしさだったが、笑顔で受け取った。
 喉が渇いていた。なんであれ、水分が欲しかったのは確かだ。
 レスポールを置いて、いちご豆乳にストローを刺した。

「いちご豆乳って、パンクだと思わない?」

 ピンク色のパックには、愛らしいキャラが描かれている。愛らしいけれど、少し以上に古いセンスだ。のらくろ君とかの時代ね。と早苗は思う。

「どうでしょう」

 パンクかはわからないが、甘い飲物が体を癒してくれる。
 ミスティアは、ベースケースを床に置いた。ずしん、と床が揺れるようだった。固いケースに詰められたベースは、かなりの重さだ。
 片手で軽々と持っていた彼女を思い、なるほど、妖怪なのだと思えた。

「ビッグマフかあ」

 ミスティアは、興味津々と言ったように、早苗の足下のビッグマフを見やった。

「ええ。知ってます?」
「もちろん」

 もちろん、と言う返事が、少し嬉しかった。自分が知っている者を相手も知っていると言うのは、それだけで嬉しいことだった。

「ラムズヘッドかあ。レア物だね」

 続けられた言葉の意味は、よくわからなかったが。

「ラムズヘッド?」
「ビッグマフにも色んな種類がある……らしいよ。ソースは世界のエフェクター大図鑑」
「世の中にはニッチな本もあるもので……なるほど、この端っこのマークが羊さんみたいかも」

 見直してみれば、確かに、羊の顔にも見えるマークが右下に書かれている。

「もっとも、私には音の違いもわからないけどね。本から音が聞こえてくるわけじゃ無し。ビッグマフだって、もちろん初めて見たよ」

 興味深げに見つめるミスティアに、

「使って見ます?」
「いいの?」
「もちろん」
「えへへ」

 目尻を垂らすようにして、無邪気な笑みを浮かべる。羽をひくひくとひくつかせて、体中で喜びを見せて、ミスティアはギターを取った。

「おおう」

 全てを全開にされたビッグマフが、爆音を流す。流石のミスティアも面食らったかのように、

「こいつはあまりにパンクだ」

 呟いて、足下のつまみと、アンプのつまみを回していく。幾たびか音を鳴らし、音を調整していく。「うん」とミスティアが頷くと、アンプからは太く歪んだ音が鳴り響いた。 心底から心地よさそうな笑みでギターをかき鳴らしていく。その表情は、まさしく音を楽しんでいると思えた。
 本当は、こういう使い方をする機材なんだろうと、早苗は思った。
 自分と全く同じ道具を使っているのに、先刻までの尖った汚い音とは対照的な、太くクリーミーな音色が出ていることは、少し不思議だった。

 音色だけで、快感を感じられる音が響いている。
 酷い音がする楽器。霖之助は言っていた。
 酷い音とはなんだろう? と思えた。
 先ほどまで早苗が出していた音は……殆どの人間は嫌悪する音ではあるんだろうけれど。

「貸してもらっていいですか?」

 早苗はベースを指さし、問いかけた。「もちろん」という返事と共に、ベースを肩にかけた。
 シールドを差し込み、アンプを温め、二本指でビートを刻んでいく。行きたかった。
 ミスティアは殆どの場合ピックを使って弾いていたが、指で弾いていく姿の方が格好いいな。早苗は思っていた。

「ううむ……」

 程なくして、渋い表情に渋い声。到底、ビートどころではない。音の粒はバラバラだったし、音はもたもたと、覚束なかった。何より、吊りそうになった。人差し指と親指の間に、突っ張るような感覚。指はすぐに疲れ果てて、弾き続けるのも辛い。
 早苗は早々に、指で弾くことを諦めた。ピックを取って、ベースを弾いていく。ミスティアに合わせてみたいけれど、到底ついて行けない。
 リズムは乱れ、何より、音の粒が全く揃っていない。
 自分でも、気持ち悪く思える音だった。もし、酷い音があるとすれば、これはそれに最も近い音だと感じられた。
 不揃いのリズムに、音の粒。ギターでコードを間違えたときよりも、余程気持ちが悪く感じた。ベースがバンドの屋台骨だと言うことが、理解できた。

「ミスティアさんみたいに、もっと綺麗に音を出したいんですけど」
「ふうむ」

 と、ミスティアは早苗を見やった。
 視線を感じつつ、少し緊張した気分で、早苗は引き続けた。

「ピックが斜めになりすぎなんじゃない? もっと水平にしないと、音が安定しないよ。それに、肩が固すぎ、もっとリラックスしなきゃ」

 ミスティアは言った。

「なるほど」

 存外に真っ当なアドバイスだった。あれほど暴れ、叫び回っている妖怪の言葉とは思えない。

「どれだけ暴れ回っても、腕は力を抜かなきゃね」

 そんな言葉を聞いて、案外ミスティアも考えているのだなと思った。

「そうですね」

 もっとも、理解できても、実践できるかとなれば、また話は違うのだが。しばらくの間、早苗はベースを弾き続けていた。廃屋に、二人の音色が木霊していた。

「やっぱり、上手いですね」

 感嘆したように、早苗は言った。ずっと、感嘆しかなかった。
 ミスティアのギターは、自分より何十、何百倍も上手いと思えた。

「年期が違うさ」

 ミスティアの顔は得意げだった。

「でも、やっぱり今はベースの方が性に合うな。あっちの方が体にずんずんくるし、屋台骨ってのも、嫌いじゃない」

 早苗がいなくても、ベースに回るつもりだった。以前に、ミスティアはそう言っていた。
 ギターを響子に弾かせて、自分はベースを弾く。霊夢をドラムに入れる。
 ギターボーカルにベースにドラム。珍しくもない編成で、正しくバンドだ。
 それを思い出して、自分がいなくてもなんとかなる。早苗が思ってしまったのは確かだった。

「ビッグマフって、外の世界から持ってきたの?」

 ミスティアが問いかける。

「いえ、香霖堂で売ってたんです。文鎮代わりになっていましたが……」
「見る目が無い店主だ」

 ミスティアは苦笑して、

「でも、そんなものかもしれないね。パンクもエレキも、ここには外の世界から来た物しかないんだよ。最近は、ちょっとは河童連中も作ってる。私たちも、パンクを広めてる。……でも、まがい物なんだ。私には、真似ることしか出来ないしさ」

 呟いた。
 早苗は何かを答えようとしたが、それより先に、ミスティアが口を開いていた。

「早苗って、向こうでどのくらいやってたの? 思えば、よく知らないな」

 誤魔化すようにして、話題を逸らす。

「初心者ですよ」
「それは見ればわかるさ」 

 言うまでも無いことではあった。早苗は肩を竦め、

「バンドも、初めてですね」
「じゃあ、ずっと一人で練習してたの?」
「ずっと……じゃないですね。高校生の時、ギターにちょっと憧れたんです――」

 大切な記憶や、愛しい思い出、と言うほどでは無い。

「学校のお祭りで、友達がバンドをやってました。たいして上手くも無かったんでしょうけど……ああ、いいなあ、憧れるなあって」

 はっきりと、覚えていられた。体育館に昇って、制服姿でライブをする彼女たちが、神様のように輝いていたことを。

「ステージの上って、凄いんでしょうね。みんなの目も、耳も、そこにあって……いつもは平凡な誰かでも、そこでは他でもない誰かになれる。特別な誰かになれる。そんな気がしたんです」

 楽器を鳴らし、歌を歌い、感情の発露を音にしていく。観客達は、喝采を送る。
 魔法のように思えた。ただの人間を……シンデレラにするような魔法だと。
 早苗には得意なことも、やりたいことも、何か特別な事が有ったわけではない。世の中の殆どの人間は、そうかもしれないが。
 そんな自分でも、ステージに立てば、特別な誰かになれるように思えた。
 衝動的に、ギターを買った。上手くなったら、バンドをやろうと思った。そうでなくても、誰かが誘ってくれればやってみたいなと思った。
 
 そんな時は来ないままに、彼女は思いを通さない境界を越えたけれど。

「どうだろうね」

 ミスティアは答えた。

「その……なんだろうな。ステージってのは、確かに特別な物が有ると思うよ。それはよくわかる。私もそれなりにやってきているし、芸事ってものは、きっとそう」

 それから、少し口ごもった。言葉を探すようにしている。

「でも……特別になりたい、それだけなら、きっと一回ライブをすれば、それで終わっちゃう気がする。もちろん、あの感覚を味わいたいってのがあるかもしれない、だからもう一回やりたい、もう一回やりたい、ってのがあるかもしれないけれど……新しい物はもうなくて、段々と飽きて終わってしまうんじゃないかなって」
「そう、かもしれませんね」

 ミスティアの言葉は、正しくは聞こえた。場数をこなしてきた重みを感じられた。

「でも……一回でいいから、ああやって、特別な誰かになってみたい。そう思って、始めたと思います」
「それもいいと思う。一回やってからが本番、練習は、何処まで行っても練習さ」

 ミスティアはアンプのスイッチを切って、シールドを抜く。

「借りすぎてたね」

 それからギターを取って、手渡した。

「いいですよ」

 と早苗は答える。「あっ」とミスティアは呟き、ハードケースの方に向かった。

「早苗に渡そうと思っていた物があってさ」

 ハードケースの中から、プラスチック製の小箱を取り出す。
 笑顔と共に、短いケーブルと、小箱を手渡した。
 早苗は受け取る。黒いプラスチックは軽く、全身で安っぽさを示していた。
 中心にはピンク色のプラスチックがはめ込まれていて、何が品がないように感じられた。"TUBULATOR"とピンクの上に書かれていた。 

「チューブ……ツブレーター?」
「そう、ツブレーター」

 何かの冗談みたいな名前だった。裏を見れば、"Made in Sri Lanka"の文字。スリランカのイメージと言えば、精々が紅茶。何か、不思議な気分すら覚えた。スリランカ製のエフェクターが、手元にあることが。

「きっと安物だけど、ブースターにするといい音がするんだ。私も、ずっと使ってた。ミスティアさんのお墨付き」
「ブースターって、なんでしたっけ?」
「歪みをゼロにして、ボリュームだけ上げておいて踏む」

 ミスティアは、ツブレーターのつまみを差しながら言った。

「そうすると音はそのまま、音量だけ上がる」
「なるほど」
「ソロで踏むといい。本番じゃあ特に、埋もれちゃうし」
「ありがとうございます。ありがたく、借りますね」
「あげるよ。どうせ私はベースだ。もう使わないもの」
「でも、エフェクターなんてそうそう手に入る物じゃないし……お金で買える物じゃないですからね」 

 半ば特注のようにして、ケーブル程度は手に入るが……エフェクターとなれば、何処にも無い。作れないというほどでは無いが、誰も買わない。それは確かだ。

「まあ、貸すでもいいよ。鳥獣伎楽のために必要な物で、早苗の足下に必要なんだから」
「ええ」

 早苗は笑って、頭を下げた。

「そこまで感謝されるほどじゃ無い」
 
 ミスティアも笑っていた。
  
 シールドを繋ぎ直して、JMT45のイコライザーを動かしていく。音とにらみ合う。何が正しいのかはわからない。何が正しいのかも、存在しない。でも、しっくり来るはずの音は何処かにある。
 キリが無い作業を、ミスティアが見つめている。僅かに、焦るような気分も抱いた。
 馬力が足りない、コクがない、脆弱だ。抽象的な言葉が頭の中に浮かんでくる。ギターを見下ろし、斜めに付けられたピックアップを見やる。
 パワーのないピックアップだと思えた。安物のコピーモデル。木材だって、お世辞にも良質とは言いがたい物だのだろう。
 ヴィクトリーだったら、もっと上質な音が出るのだろうか。まがい物のギターを、たった一つの相棒を見やりながら、思った。

「いい感じじゃない?」

 ミスティアから声が飛んできた。どうなのだろう? と早苗は思う。自分では、納得仕切れたとは思えなかった。
 それでも、ミスティアの判断ならば、正しいと思えた。自分とは、経験も実力も違う。

「そうですね」
「せっかくだし、ちょっと合わせる?」
「ええ」

 早苗が答えた瞬間に、ミスティアが口でカウントを始めた。待ちきれない、という調子だった。
 早苗は、合わせていく。ベースの時と同じだった。ミスティアに、合わせられない、ついて行けない。
 才能を感じてしまう。ミスティアは年期が違うと言っていたが……それだけではないと、思ってしまった。
 歌を歌うために生まれたような妖怪と、素人の人間、太刀打ち出来る気がしない。二人きりで、自分の音が目だつ分、一層強く感じた。
 四人いたときならば、ギターなどおまけだ。失敗しても本人以外よくわからないだろう。とすら思えていたのに。

 一応は覚えている、と言う曲は、10曲と少しだろうか。初心者がさほど長くない間に覚えた数としては、上々と言っていいだろう。一回のライブを乗り切るにも、どうにか足りる数でもあった。
 ミスティアは、立て続けに10曲を弾いていた。疲労も戸惑いも、欠片程も見せなかった。ミスティアとしては控えめに――余人から見れば、練習とは思えぬ大暴れ。体中でリズムを取り、全身でベースを奏でていく。
 早苗は、縮こまって弾くだけだ。肩は強ばっていて、五曲も弾いた頃には、右腕を動かすのも辛かった。視線は、指板に固定されたまま。左手に神経を集中して、正しい音が出るように、神経をすり減らす。右腕、それが刻むリズムなど、いつしか頭から抜けていた。
 ミスティアの存在を、二人きりの空間を意識すると、そうなってしまった。

「そんなこぢんまりと弾いてないで、きゅっとしてどかーんって感じでやろうよ!」

 ミスティアが言ったが、耳には届いていたか。
 考える余裕は無かった。10曲が終わった頃には、もう頭は真っ白だった。達成感も爽快感もありはしない。疲労感だけが体を包み込んでいた。こんなにも疲れたことは、これまでになかった。
 早苗はギターを置くと、よろよろと椅子に座った。いちご豆乳は飲み干していた。残しておけばよかったと思った。外の世界のスタジオなら、きっと自動販売機でもあるだろうにと思った。

「ああ、ベースケースの中にコーラ豆乳が残ってるよ、私が飲もうと思ってたけど、あげる」
「ありがとうございます……」

 コーラに豆乳。混ぜてはいけない組み合わせに思えたが、贅沢は言えない状況だった。
 豆乳の箱に、ストローを刺す。温く、前衛的な味だったが、甘い水分を取れば、幾らかは疲労が和らぐように思えた。
 到底、ミスティアの元気には敵わないが。
 一人で、ベースを弾き続けている。その小柄な体には、無尽蔵に動くダイナモが入っているかのように思えた。
 いつしか、体全体の動きは小さくなっていた。小刻みに首を振りながら、リズムに乗っている。ピックは置かれていて、四本の指でベースを鳴らしている。
 まるで、歌を歌うように軽やかに、メロディアスに、ベースを鳴らしている。
 ベースというのは、こんなにも表現力のある楽器なのだと思えた。

 ――あれでも自分に合わせようとしてくれていたのかも知れない。

 早苗は感じた。私なんかじゃあ釣り合わないと、思えてしまった。
 首を振って、その思いを消そうとする。釣り合わなければならないのだと、思い直す。

「なんて、曲なんですか?」

 流石のミスティアも、弾きながら答えるとはいかなかったようだ。無言のままに、ベースを弾き続けていた。引き続けていたといっても、十秒程度だっただろうか。
 一瞬、早苗は無視されたように思った。勿論、そんなことはない。

「ドナ・リー」

 とミスティアは呟き、また演奏に戻る。
 ドナ・リー。人名のようなそれが、曲名なのか元の演奏者なのかはわからなかった。どちらであろうが、早苗の知るものではなかったし、実際の所、それがなんという曲かにもあまり関心はなかった。
 ただ、ミスティアに圧倒されただけだった。羨望と、同時に何かを込めた目で、ミスティアを見つめ続けている。「ふう」とミスティアは息を付いた。

「ちょっと、頑張っちゃったね」

 早苗も含めた言葉なのか、自分にたいして向けた言葉なのか、わからなかった。「ええ」と早苗は曖昧な返事を返した。

「流石に甘いものが欲しいな……」

 ベースを床に置きつつ、ミスティアは呟く。

「何か、買ってきましょうか?」

 早苗は言った。幾ら辺鄙な場所に有ろうが、この世界は狭い。飛んでいけば、里までは十分か少しだろう。歩いて行けば、それより遙かに長い時間がかかるにしても。

「いいよ、私も行く。キンキンに冷えたラムネ豆乳が飲みたいから……マンゴー豆乳もいいな」
「何故そんなに豆乳推しなのですか」
「ラムネ豆乳って字面がもうパンクじゃん」

 混ぜてはいけない物を混ぜ合わせる精神、単品ならば美味であろう物を掛け合わせてしまう姿勢。なるほど、パンクなのかも知れない。反体制のスタンスがあるかもしれない。

「早苗は何豆乳を買う? 暑いし、バニラアイス豆乳はお勧めなんだけど」
「ラムネを買います」
「ラムネ豆乳もいいね」
「豆乳抜きのラムネを買います」
「杏仁豆腐豆乳も好きなんだけど」
「ラムネを飲みます。固体のアイスも買いますけど」

 豆乳を飲みたくはなかったし、毅然として拒否していく。
 でも、と早苗は思う。
 まるで部活のようね。と内心で思い、愉快だった。スタジオという空間は、愛おしかった。

 ♪

 時計を見やれば、日が回っていた。外の世界にいた頃は、起きていても珍しくない時間だったが、この世界に来てからは、殆どの場合は眠りに付いていた時間だ。
 守矢神社の中は静かだった。神奈子は、今日も出かけているらしい。ロープウェイ建設の交渉でもしているのだろう。諏訪子は、何をやっているのだろう。
 欠伸が出た。草臥れていた。数時間のスタジオ。行く前も、朝早くから一人練習をしていたのだ。疲労が、全身にのしかかってくるようだった。
 疲れてはいたが、寝床に付く気はしなかった。生音のままに、ギターを弾き続ける。耳にはイヤホン。古ぼけたipodには、充電器をさしたまま。電気が幾らでもあるのは、有り難かった。
 iPodには、アルバムのジャケットが写されている。"London Calling" クラッシュのアルバムだ、ベースを叩きつけ、へし折る姿は、いかにもパンクに見えた。

 一週間。ライブまでの時間。光陰矢の如しという言葉を実感する。
 先日、ミスティアと二人でスタジオに入ってから、三週間。その前のスタジオ練習が、一番楽しかった時期に思えた。
 ギターを弾く度に、スタジオに入る度に、自分の拙さを感じてしまう。
 ミスティアと二人で弾いて、力の差をまざまざと認識してしまったからだろうか。それとも、音を出す興奮より、本番の緊張が大きくなってしまったのだろうか。

 はあ、とため息を付いた。いずれにしても、上手くならなければならない。それだけだった。「このままではお荷物だ」と強く感じられていた。

 何故、上手くやれないのだろうと自問する。残りの三人が、自分より練習していると言うことは無いだろう。今だって、三人は朗らかに酒を飲んでいるのだろう。
 霊夢も、酒を飲んでいるはずだ。 
 僅か数週間の間だが、霊夢の上達ぶりは、目を見張るほどだった。それも、胸に刺さる。仲間が上手くなっているのは喜ぶべき事だ……わかってはいるけれど。

 スタジオで酒盛りをしているのでなければ、夜中であっても飛んでいってアンプに繋ぎたかった。生音では音の強弱も、細かなミスも捉えにくい。そうでなくても、爆音があれば少しは気が貼れる気がした。
 自分の顔は、きっとどんよりとしているのだろうと思えた。気は滅入っていた。疲れてもいた。朗らかな顔とは縁遠いだろう。

「わかってるけどさ」

 独りごち、今日のスタジオを思い出す。
 数限りない注意が、早苗には飛んでいた。
 ライブの日取りが近づくにつれて、ミスティアの苦言は増えていった。別段、辛辣な言葉を言っていたわけではない。口調は穏やかだったし、内容も、当然のことだった。「早苗がずれてる」「そこは音が間違ってる」そんな、具合のことだった。
 言われて当然だ。自覚できてもいた。
 ミスティアの声音が荒くなるのは、早苗の沈んだ顔を見たときだ。

「もう、早苗はなんでそんな暗い顔なのよ! こっちまで気が沈んで音が沈んじゃうわ!」

 ミスティアが口を尖らすようにして言っていた。「あなたに散々注意されたから落ち込みました」というのは容易だったし、事実思ってはいたが、口に出すわけもない。悪いのは自分だとわかっていたからだ。
 無言のままに、作り笑いを浮かべるしか出来なかった。
 霊夢は早苗の心情をわかってもいたのだろう。何か、取りなすような事を言っていた気がする。響子も、何か励ましの言葉を言っていただろうか。言っていた気がするが、まったく耳には入ってこなかった。 

「元気が有れば何でも出来る! 元気が有れば何でも出来る! 偉い人は言いました。パンクイズアティチュードと。よし、響子、もういっちょ行くわよ! みんなスタンバイ! 霊夢はカウント!」

 チッチッチ、と霊夢はスティックを叩き、カウントを送る。三人揃ってのイントロが始まる。曲は"Anarchy in the U.K"と言う。オリジナルは、Sex Pistols。曲もバンドも、永遠に、パンクの代名詞だ。
 そんな曲の技巧が高度なわけもない。左手を左に滑らせて行くだけのイントロ。
 しかし、早苗は、内心で「やっちゃった……」と独語した。明らかに、入るのが早かった。

「アイアムアアンチブッディスト!」

 全身全霊を込めて、響子は叫んだ。
 響子の歌を、シンプルなフレーズが支えていく……支えなければ、ならない。
 早苗はギターを鳴らす。これ以上ないほど簡単なリフレインを刻んでいく。
 人差し指を5弦に。付けて、離して。その繰り返しが生み出す音は何処までも単純だが、それ故の勢いが有った。
 しかし、早苗に勢いが生み出せていたとは言い難い。こぢんまりとしているのが自覚できるほどに、小さい演奏だった。「鳴らすべきではない弦が鳴ってしまう」そんなことばかりが、頭の中で回っている。
 バンドは難しいと思えた。やっと、わかったのかもしれない。
 全く弾けていないわけではなかった。ただ、勢いがないのだ。それこそが、もっとも肝要だ。その程度は、もう早苗にもわかっていた。

 四人が一つの曲を奏でるのがバンドだ。コードの切り替わりがずれれば、それは即ち不協和音になる。揃った音が生み出す厚みは、薄っぺらな音の羅列になる。三人が一体に決め所であれば、尚更だ。
 今、この瞬間に出ていた物はまさしくそれだ。シャン! というシンバルの音も、ベースの音も、ぴったりだった。
 早苗のギターだけは、遅れていたが。
 失敗したという思いと共に、早苗は霊夢の方を見やった。また、決め所だ。霊夢を見て……視覚に合わせて……一層、ずれてしまった。

 響子は気だるげで、だけれど迫力満点の歌を叫んでいる。霊夢は、淡々と、だけれど正確にリズムを刻んでいる。ミスティアは、暴れている。   
 自分は? さあ? 
 少なくとも、レベルが違うところに、一人だけいるのだとは理解できた。
 数段低い位置に、自分がいるのだとわかった。

 ……思い出すだけで、気が滅入ってくる。
 ギターを置いて、ベッドに身を投げ出した。
 蛍光灯の明かりに照らされた自室で、天井を見上げる。
 シャワーは浴びていなかったし、着替えもしていない。それでも、このまま寝てしまいたかった。ギターを手放せば、一気に気力がしぼんでしまう。

 霖之助のいっていた言葉が、わかるように思えた。「人間は妖怪を恐れる」と。「いつまでも若い半妖を疎む」と。
 その通りだ。あの二匹は、自分みたいな悩みを抱いたことはないだろう。音を、手足を操るようにしている存在……音に纏わる妖怪。
 プリズムリバー姉妹も、九十九姉妹も、雷鼓だってそうだろう。

「ひどいな、私」

 嫉妬の混じった感情を理解し、一人ごつ。それでも、ミスティアの朗らかな顔が疎ましい気分が、心の何処かに残っていた。響子が、自信満々に叫ぶ様に、霊夢が、一瞬で見事なドラムを覚えたことも、棘のように刺さっている。

「私なんか」

 静かに呟く。
 私なんか。その言葉が全てだと思えた。私なんかじゃ釣り合わない、私なんかじゃ、迷惑になるだけ。私なんか、いらない。
 響子にギターを弾かせれば、多分上手く弾けるのだろう。三人のバンドなんて、幾らでもある。
 自分が、何故鳥獣伎楽に必要なのだろう。
 わからない。でも、ミスティアと響子が、自分を受け入れてくれた事だけは確かな事だった。

 心中で呟き、ギターを再び手に取った。
 練習をする。それしかないのはわかっている。バンドもライブも忘れて、逃げ出してしまえば楽なんだろうなと思えた。
 学園祭で見たバンド。彼女たちも、こんな気分だったんだろうか?
 違うとは思えた。バンドでも何でも、いくらでも組める、やり直せる。電気に溢れ、人が空を飛ばないあの世界なら。そう思えた。
 もう、決して確認できないことだが。

 早苗はギターを置いて、立ち上がった。一人、悶々と考えているのは駄目だと思った。
 
「諏訪子様」

 ドアを開け、早苗は言った。

「やあ」

 諏訪子は寝転んで、漫画を読んでいた。神の威厳は微塵も感じられなかったが、もう慣れたことだった。

「座りなよ」

 薦めながら、ぴょい、と跳ねるようにして、座る姿勢を取る。

「はい」

 早苗は座布団に腰を下ろし、諏訪子は問いかけた。

「どうしたんだい」
「もし、私が外の世界に帰りたいと言ったら、どうしますか?」
「時期によるねえ。今ならいいと思う。姿を消して七年経つと失踪宣告が適用されるから、資産も何も無くなってしまう。お金も無しに生きていくのは辛いよ?」
「そこまでリアリティを持った返答が欲しかったわけではないのですが……」
「お金は大事さ」

 諏訪子は声を出して笑った。

「ま、帰りたいなら帰ればいいだろう。そんなのは、普段からの霊夢の仕事だ。ここは牢獄じゃない。楽園でもないかもしれないけど……」
「ええ」
「私には、早苗を止める権利も、力もない。まあ、高校出ては失踪して、両親もいない、コネも何も無い女の子が、今更社会に混ざるのはちと辛そうだ。そういう助言は出来るけど」
「だからそこまでリアルに考えてもらっても……」

 はあ、と早苗は息を付く。

「別に、本当に帰ろうと思ったわけじゃ無いですよ? 未練も、ゼロではないにしても、そうあるわけではないし」
「私は人間じゃないからよくわからないけどさ、『自分の意思で幻想郷に入り、定住した例は少ない』なんて幻想郷縁起にもあるし、早苗みたいな奴は特別な方なんだろう」
「まあ……」
「誘った張本人が言うのもなんだが、全部を捨てて別の世界に行くなんてのは、大英断も大英断だね――」

 二柱の神は、早苗を誘った。早苗から積極的に動いたわけではない。受動的に、導かれただけだ。早苗の人生は、殆どがそんな調子だった。世の中の人間の大半は、そうかもしれない。

「――漫画ならいいよ。剣と魔法の生活で大暴れに心を浮かすのは。でも、これは現実だ、早苗の人生だ」
「……だって」

 早苗は呟き、口ごもる。息を吐いて、「今更言うまでもありませんが」と前置きをした。

「お父さんもお母さんも、私にはとっくにいないわけで。もし、私にも家族が居れば違ったと思えますが……まあ、そういうことですよね」
「そういうことで流せるほど簡単でも無いんじゃないかな」
「……神様が見えると言い張る不思議ちゃんで生きるよりも、空が飛べる方が素敵でしょう?」
「さあ」

 諏訪子は微笑んだ。

「ま、別にこの辺をとやかく突っ込む気もないよ。今更の話だし、早苗は別に外の世界にそこまで執着がなかった。それだけだろう?」
「諏訪子様」

 早苗は強い口調で言った。

「私は、今考えると逃げ出したんでしょうか?」
「引っ越しを逃げるというなら、そうかもしれない。でも、他人にはわからないことだな」

 諏訪子は相変わらずの微笑。

「私は気楽な質だからね。別に、その場がつまらないなら離れてもいいと思うし、気が向けば戻ればいい。その程度だと思うよ」 
「私には……そうは思えないんです。どうやっても手放しちゃいけない物があると思えて」
「なんとなく察することは出来るよ。毎日毎日夜中まで練習して、でも、上手くいかないって具合だろう?」
「……ええ」

 肩を落としつつ、疲れた顔の早苗を見て、

「最初から単刀直入に言えばいいのに」

 諏訪子は軽い調子で言った。

「まあ……次が無いなんて思い詰めると、人間疲れるよ。昨日無くした希望は明日また拾え、そんな調子のほうがいいと、私は思う」
「……そう、ですね」
「苦労は買ってでもしろという。いい経験だと思うことも悪くない」
「ええ」
「ま、上っ面な意見だけど」

 ふざける様に言う諏訪子を見て、早苗は「もう」と口を尖らせた。

「他人事だからしょうがない。でも……一つ言えることは、私はいつでも早苗の味方さ。辛くなったら、私の胸のなかでわんわん泣くといい」

 ほら、ほら、と促すように諏訪子は手を出した。

「遠慮しておきます」

 早苗は立ち上がりながら、言った。

「辛いことから逃げるのは、別に悪いことじゃ無い。人間、向き不向きはある」
「でも……」
「でも、やりたいというなら、頑張りな。私は応援する。でも、それで逃げても、私は攻めやしない」

 ここまでは、ずっと軽薄な調子だった。一瞬だけ諏訪子は言葉を止め、

「というか、逃げることを他人は、攻めはしないよ」
 
 続けた。

「無理に留まっても、自分も周りも辛いだけだってわかってるからね」

 実感があるように、早苗には思えた。神社自体外の世界から逃げてきたのだ……そんなことを、思いもした。

「問題は、自分が逃げることに耐えられるかだ。逃げることの方が、案外辛いときもある」
「……どうでしょう」

 早苗は、口ごもるようにしていった。

「逃げたくないな、ってことは思います。こういう仲間がいたってことは、今まで無かった気がするんで」

 続けた言葉は、はっきりしていた。
 やるしかないと思い直す。

「ありがとうございました」

 諏訪子に言って、部屋を後にする。特別な存在になりたい。楽しくやりたい。それが叶うのかはわからない。 
 でも、そうするためには、練習をしないといけない。
 そう考えるだけで、肩が軽くなる気はした。

 ♪

 練習の甲斐があったのかは、よくわからない。それでも、諏訪子と話して、少しはリラックスできるようになったのだろうか。多少は、早苗の演奏もまともになったかもしれない。
 最後の練習が終わった。

「まあ、形にはなったわね」

 ミスティアの言葉は、大満足とは言わないまでも、納得した調子だった。
 革の衣装に身を包んでいる。外は真昼だ、暑苦しい姿にも見えた。

「あと本番マジックでどうなるか、ってとこか」

 同じくステージ衣装の響子は呟き、水を呷った。体が火照っているようだった。汗をかいているのが見て取れる。

「なんかさあ。ボーカルってオイルを飲むといいらしいわよ、大量にオイルを飲むと声が良くなるって」

 そう言った霊夢も、じんわりと汗をかいている。脇の開いたいつもの巫女服なのが救いだろうか。ドラムやボーカルは、体力勝負だ。

「メタボになりそう……」
「その分運動でもすればいいんじゃない? 猫はこたつで丸くなっても、犬は駆け回るってのが相場じゃない」
「山彦は犬ではないというのに」

 犬耳をひくつかせる響子を見て、「冗談よ、冗談。ごめん」と、霊夢は慌てたように言った。

「もう本番か。思えば早い物かも……色々有ったけど、一緒にやるわけだし、頑張りましょう」

 霊夢は穏やかに微笑み、響子に握手を求めようとするほどだった。

「霊夢が実に温厚なことを、何か変な物でも食べた?」
「あんたは一体どういうイメージで私を見ているのか」
「そりゃ鬼とか暴力巫女とか」
「その言葉通りの対応をしてあげましょうか?」

 瞬間、羅刹のような表情になり、決闘でも挑まんとするかのように、響子に睨むような視線を送る。
 そんな二人を見て、早苗は微かに笑った。足下にはブーツ。私服姿だった。風祝の服は違う気がした。かといって、革の衣装をまとうのも、どうも気恥ずかしかった。
 二人を見やりながらも、練習を、自分の演奏を反芻している。ミスは、殆ど無かったと思えた。合わせるところも、完璧とは言わずとも……問題は少なかったはずだ。
 
「ほら、もっと気楽にならなきゃ」

 ぽん、とミスティアが肩を叩く。誰の目から見ても、早苗が緊張しているとは理解できるような表情ではあった。
 諏訪子と話して、少しは楽になった気はした。しかし、本番が近いとあれば、緊張は隠しきれない。

「でも……緊張しますよ、むしろミスティアさんはしないんですか?」
「どうかな。慣れてるしね。上手く行くことも、失敗することも」
「慣れれば、緊張しなくなるんですかね……」
「人それぞれだろうけど。響子は緊張する素振りを見せたこともないし、霊夢も……しなさそう」
 
 二人はじゃれついているようにも、言い争いをしているようにも見えた。緊張とは無縁だとは、理解できた。

「ま、別にこれが最後じゃないし、目標でもない。もっと気楽にならないと駄目よ、体が固まってちゃ音はまともに出ないわ。ボーカルは勿論だけど、私たち弦楽器だってそう。固い肩で、ピックを強ばって持ってちゃね」 

 それから、ミスティアは背を叩いた。

「ほら、みんな、ちゃっちゃと行くわよ! 片付けて、ご飯食べて、後は参道に殴り込むだけ!」
「殴り込まない。あそこは道であって神聖な感じだし、参拝客が使う道だから――」

 霊夢の抗議を聞き流し、ミスティアは機材をしまい込む。早苗も、同じく。

「あ、取りに来ました」

 妖精達が群れを成して表れた。まとめ役のような、大妖精がいた。名前はなんと言ったか、早苗には思い出せなかった。湖畔に住む妖精の中でも一際強力な妖精ではあったはずだが。

「お、今回もよろしく」

 荷物など無い響子が答え、妖精達は輪になるようにして、ドラムやアンプを担いでいく。機材と、妖精が消えた。大妖精のテレポート能力を見て、「無駄に凄い」という感想を早苗は抱いた。
 
「昔は、全部二人でやってた物よ。準備も何もかもね」

 ミスティアの言葉は、しみじみとしていた。

「ずっとやってきて、妖精達にもファンが出来て、だいぶん楽になった。継続は力なりよ――さ、行きましょ。私たちも」
「ええ」

 早苗は頷き、四人は小屋を出た。ギターケースを肩にかければ、ずしりとした重みがある。ミスティアの持つハードケースは、それ以上に重い。

「ああ、荷物がないのは幸せね」

 霊夢はスティックケースだけを持ち、ふわり、と浮かび上がる。三人は、後を追って飛んでいく。

「そう言えば、この間面白い漫画を読んだんだ。レミリアに借りてさ」

 響子は、先日読んだ漫画がいかに面白かったかと言うことを、楽しそうに話していた。

「でも、パチュリーの頭の固いこと。『漫画なんて読むと白痴になる』なんて具合。あれはもう私も怒る。レミリアも怒る。それで――」

 そのフラストレーションを歌詞にしたのさ、と響子は言っていた。
 霊夢が苦笑するほどに、下らない話だった。早苗も、「そうですね」と適当な相づちを打つしかできない。

「もっと社会的な事を歌うのが、パンクなんじゃない? よくわかんないけど、漫画を馬鹿にされたなんてどうでもいいし」
「霊夢はまだわかってないなあ。私たちも頭の固い連中には雑音とか言われてたの、ああいうの、カチンとくるじゃん」
「否定は未だしかねるよのね」
「そういう事を言ってちゃ、ここでバンドが空中分解になるわよ」
「空を飛んでるときに空中分解? あんまり上手くないわね」

 響子は霊夢にしがみつくように向かっていった。

「ちょ、危ないって」

 霊夢はひらりと身をかわす。
 重い楽器を担いだ二人は、苦笑して顔を見合わせた。

「何食べようか?」
「なんでもいいですけどね」
「私もなんでもいいけど……焼き鳥以外なら」

 ぱた、ぱた、と羽を動かすミスティア。揚力を生み出せているのかはよくわからない。気にしたら負けだという程度には、この世界の常識を早苗は手にいれている。

「焼き鳥食べたいなあ……麦酒でも飲みながら、日本酒も飲みながら、焼き鳥を突きたい気分」

 響子を振り切り、気だるげに霊夢は呟いた。

「終わってからよ、あと焼き鳥は断固として拒否するわ」
「はいはい。焼き豚でもいいかな」

 晩酌指向の霊夢は、高度を下げていく。眼下には、もう里が見えていた。
 里の門を出た辺りには、屋台が軒を連ねている。昼間だが、それなりの賑わいがあった。
 霊夢の降下を合図に、屋台で食べていこう、という気分に三人もなった。
 鯛焼きを売る屋台に、ベビーカステラを売る屋台が見えた。

「カステラが食べたくないです?」
「悪くないけど、おやつかなあ」

 響子は言って、屋台を見回していた。「サービスしておくよ」という声や「久しぶりじゃないか」という声が飛んできた。ミスティアに向けた声だった。
 八目鰻を売っていていた頃の顔見知りだ。概ねは人間であったが、河童や天狗の姿も見えた。彼や彼女に、ミスティアは愛想良く返事をしていた。

「こう見ると、改めてですがミスティアさんはリーダー向けなんですかね」
「顔が広くなるタイプかもね」

 響子は呟き、くんくんと鼻を動かしている。匂いを頼りに、何をしようと考えている。

「焼きそば。焼きそば。焼きそば食べたくない?」
「悪くはないわね」

 やや消極的ながら、霊夢としても、焼きそばに異存があったわけでも無かった。

「あの焼きそばは美味しいわね。具は殆ど入ってないけど」

 ミスティアもお墨付きを与えていた。
 響子を先頭に、屋台に足を進めていく。「いらっしゃい」と景気のいい声が飛んできた。 メニューは焼きそばしかない。四人横になれば一杯の長いすに座る。響子を先頭に、早苗、霊夢、ミスティアと座っていた。四人分の焼きそばを頼むと、霊夢がぼやくように言った。

「羽が背中に当たって邪魔ね……」
「私自慢のキュートな羽になんたる言いざま」
 
 羽を動かし、霊夢の首を羽でさすっていく。

「ちょっと、いや、くすぐったいから、うひゃ! やめなさいって!」
「霊夢が謝るまで撫でるのをやめない!」
「ひゃうあ! だか、ら、やめ……」

 とろり、とした息を漏らす霊夢を横目に、早苗は笑っていた。響子も同じように。
 屋台の向こうに、里が見える。微かに、寺の姿も見えた。
 屋台なら、焼きそばが出てくるのはすぐだ。四人分の皿が並べられ、四人は箸を伸ばしていく。
 ミスティアも、羽で霊夢を弄ぶのを辞めて、焼きそばを食べていた。
 満足そうな表情だった。確かに美味だった。具は申し訳程度にキャベツと小間切れが入っている程度だったが、ソースの香ばしい匂いが食欲を誘った。

 屋台の向こうに、寺が見えた。里の側なら、当然ではあったが。
 響子の目にも見えているのだろう。何を思っているのかはわからない。問う気も、今は無かった。
 焼きそばは美味しかった。左手に座る響子も、美味しそうに食べている。量は少し物足りなかったが……ライブ前の軽食と思えば、十分だった。「ごちそうさまです」と早苗は言って、周囲を軽く見回した。
 人がいて、妖怪がいた。人妖の境目。
 この長椅子にも、二人の人間がいて、二匹の妖怪がいた。ミスティアの羽と、響子の耳は、彼女たちが人間ではないと、雄弁に示している。
 四人は立ち上がり、会計を済ませる。

「頑張りましょうね」

 早苗は言った。 
 
「もちろん」

 ミスティアの声に、霊夢と響子も続いた。
 もうすぐ、ライブ。本番。再認識して、早苗の心臓は締め付けられそうになる。足は震えそうに感じた。
 今でさえこれなのだ。本番になれば、どうなるのだろう? 想像も付かない。
 でも、やり遂げないといけないんだと早苗は思う。
 ここにいるのが、仲間だと思うから。三人に恥をかかせないように、やらなきゃ。
 早苗は改めて思い、飛び上がる。外の世界では絶対に持てない力で、参道を目指す。

 ♪

 リハーサルをこなす。とはいえ、音を見る程度ではあった。
 軽く音を鳴らし、音を調整して、四人は楽屋で本番を待っていた。
 それにしても、と早苗は思う。

「きっと、とてもこった作りなんでしょうが」
「木に大穴を開けて……」

 霊夢はため息を付くが、一種、感嘆したような響きでもあった。
 控え室は匠の技が振るわれていた。
 匠の技というのすら、生やさしいのかもしれない。時空が明らかにねじ曲がっていた。
 人一人分ほどの太さの木。穴を潜れば、四人が入るに足りる部屋があった。
 紅魔館と同じ仕組みなのかも知れない。空間をねじ曲げ、広げているのだろう。

「そりゃあ、三匹でも木のうろに住めるわ」

 呆れ半分、賞賛半分に、霊夢は言った。
 パンクも、ロックも、外の世界も殆ど知らない霊夢ですら、その部屋がロックのパブリック・イメージを体現しているとわかった。
 壁はヤニで汚れ、黄ばんでいた。サインが有ったが、どこの誰のものかはわからない。
 ソファーは茶色で、所々、合皮で作られた表面が禿げて白くなっていた。座り心地は悪い。どこまでも沈んでいくそれに座り続けていると、肩がこりそうだった。
 鉄パイプの足を持つテーブルは、少し傾いていて、豆乳が不安定に立っていた。同じく鉄パイプで作られたラックには、数週間前の漫画雑誌が並べられていた。

「あいつらに言わせれば、渾身の力作ってところだそうよ」

 ミスティアは豆乳を取りながら言った。豆乳コーラを見ながら、「うへ」と霊夢は顔をしかめる。
 妖精達の作り上げた控え室は、渾身のエイジングが施されていた。

「実際、外の世界のライブハウスとかってどうなんだろうね? あいつらは、本を参考に作ったそうだけど」

 響子の問いかけに、早苗は首を傾げる。
 
「どうなんでしょう」

 そもそも、ライブハウスなんて場所に行ったことはない。テレビで見るような控え室は……広々としていて、綺麗で、豪勢なケータリングが並んでいた。大鏡が有って、出番を待つアイドルがメイクを施されていた。
 自分たちがいる世界が、それとは遙かに違う場所にいるとは、思えた。

 ぶおおおん、と発電機の音が聞こえる。次第に、がや、がやと言う声が聞こえてきた。
 妖精達が、準備をしているのだろう。さび付いたドアを開けて、少し外を見てみた。
 実にがらの悪い妖精の姿が見えた。鋲の付いた革のジャケットを纏い、瓶ごとにバーボンを呷っていた。

 ――とっつかまりそうになったよ。そうしたら『ふええええ』って泣くんだ。はは、チョロいもんだね。人間達は『もう悪戯なんてしないように』と困り顔で去っていくんだ。で、こちとらお酒をいただきよ。胸が大ちゃんには定評があるからね、そこに隠すのさ。

 先刻の大妖精だった。「最近の妖精は」と早苗は嘆息した。
 
「それにしても」
「何?」
「けっこう、人がいますね」
「そんなものよ」

 慣れた調子で、ミスティアは言った。外の人混みか、それともミスティアにか。気圧された調子のままに、早苗はドアを閉じた。
 時計を見やる。まだ、本番までには少し時間がある。早苗はギターを取って、チューニングを済ませ、スタンドに立てかけた。

「終わったら温泉でも行きたくない?」
「あんたはそんな革を来てるから暑いのよ」

 そんな風に、響子と霊夢が、さして意味の無い会話をしていた。

「豆乳は沢山あるから、飲んでいいよ。運んでおいたんだ」

 ミスティアに豆乳を求めるものはいなかった。
 四人だけの空間で、早苗は忙しなく指を動かしている。ストレッチのつもりだったが、意味があるのかは当人にもよくわからない。そうしていないと、落ち着かなかった。
 三人は談笑をしていた。気楽な調子に、気楽な会話をしていた。
 早苗は指を動かし、指を動かし、頭の中で曲を鳴らしている。全部覚えている。大丈夫だ。と自分に言い聞かせる。

 ――MCはしないことにしてる。

 響子は言っていた。「言いたいことは曲で言う。その方がパンクでしょ?」とはミスティアの弁。パンクなのかはわからないが、立て続けに曲を飛ばし続けるライブにはなるのだろう。
 本番通りに曲を通したこともある。同じようにやるだけだ、と早苗は思う。
 足が、震えそうだった。いや、実際震えていた。緊張で息が詰まる。
 時計の針が動いていく。かちり、かちり、かちり。
 霊夢はストレッチをしていた。響子は、発声練習をしていた。
 その姿は、もう早苗の目に入らない。外のざわめきは一層大きくなっていたが、何も聞こえない。
 無意識に指を動かしながら、時計を見上げ続けた。本番の時間が迫ることは恐ろしかった。そのくせ、早く針が動いて欲しいとも思った。待ち続ける時間が、緊張が何よりも恐ろしかったから。

「焦ってるね」

 そんな早苗を見て、ミスティアが声をかけた。一瞬、耳に入ってもいない様子だったが、

「緊張は、しょうがないさ」

 言葉を続けられて、はた、と気が付いた様子だった。声を出す所までは頭が回らないのか、一瞬は、無言だったが。
 ようやく口にした言葉は、なんだったのだろう。「ええ」とかそんな調子だったのだろうか。自分の言った言葉すら頭に入っていなかった。

「別に、これはゴールでも目標でもないんだよ……始まり」

 ミスティアの言葉は、緊張をほぐすための言葉だったのだろうか。そう思えたが、「最初だからこそ失敗できない」早苗の頭には、そんな言葉しかなかった。
 相変わらず「ええ」というような相づちを、考えぬままに発してはいた。

「でも、早苗は緊張しすぎよ。別に、たかだか出し物じゃない。上手く行こうが、失敗しようが、世の中何も変わらないわ」

 霊夢の言葉に、

「ロック全否定――」

 響子は苦笑混じりに答えた。

「――まあ、私も音楽で世界を変えようとか、そういう小難しいことは考えてないけどね。私は、叫べればいいの。私には、騒がしてくれる場があればいいの。私の声に、誰かの声が返ってくればそれだけでいい」
「逆じゃない? 山彦的に?」
「そろそろ、自分から攻めに言ってもいい年頃さ」

 からから、と笑う響子。

「響子は、それでいいのさ。その為に、私たちが支えるの。なんだかんだ、ボーカルは花形だからね」
「荷物もいらないし、難しいことも覚えなくていい、気楽な稼業さ」

 また、響子は笑った。快活な笑いだった。
 早苗は、何度も口を開こうとした。

 ――みんなに迷惑をかけるのが怖い。

 全てが、そこに帰結していた。
 仲間がいることは、とても愉快な事だった。
 だからこそ、歯が震えそうに怖かった。皆に迷惑をかけることが、仲間を失うことが。
 
「私たちは、バンド、四人で一つ。よし、円陣でも組みましょうか」
「サッカーじゃあるまいし」

 霊夢は言ったが、その首を掴まえるようにして、ミスティアは霊夢を引き寄せた。

「早苗も!」

 響子はとっくに円陣の中に、早苗は慌ててミスティアの肩を取った。

「よし」

 肩を組んで、四人が輪になる。
 早苗は、目が潤みそうになった。
 四人だけの世界。誰も立ち入れない、共同体。
 薄汚れた控え室が、秘密基地の様に思えた、あの感覚。

 秘密基地。そんな例えの子供っぽさに内心で気が付き、苦笑したくなった。でも、秘密基地。そんな例えが、本当にしっくりくると思った。
 友達。と言う言葉は、とても広いと思う。一度もメールを送ったことがないアドレスを知っている相手でも、教室を出れば会話をしたことのない相手でも、きっと人間は友達という。
 仲間という言葉は、それよりもずっと狭いと思う。みんなで、同じ所を目指す共同体は。

 友達はたくさんいたかもしれない。
 仲間は、いたことがないかもしれない。
 そもそも、仲間を持ったことがある人なんて、案外少ないのかもしれない。

 だからこそ、恐ろしかった。「次」なんて、もう無いと思えた。次のライブではない、次の機会は、次に、仲間を掴めるチャンスは。
 もし「次」があっても、この空間と、仲間は、もういない。
 恐ろしかった。それでも、やるしかないと決心する。

「頑張るわよ!!!!!」
「おー!」

 ミスティアのかけ声に、三人が合わせた。響子は大声で、早苗は声を振り絞って、霊夢は、少し気恥ずかしそうに、でも、確かに声を出していた。

「あ、そろそろ時間ですよ、準備してください」

 見計らったようなタイミングで……実際、円陣が終わるのを待っていたのかもしれないが、一匹の妖精が声をかけてきた。
 四人は、己の獲物を手にとって、ドアを潜る。ステージに向かう。
 歓声が飛んできた。
 早苗は、心臓が飛び出しそうだった。写真で見ていた時。確かに人混みだった。
 一団高い壇上から見下ろせば人混みという感覚を超えていた。百は超えている数が、浜の砂子のように思えた。
 外の世界のバンドなら、もしかすると慣れている数かも知れない。慣れられる数かも知れない。
 でも、ここは幻想郷で、彼女たちはたった一つのパンクバンド。早苗には、初めてのライブ。

「玉のように思うのさ、手のひらで操れる、ピンポン球のように、それがコツだよ、飲まれないためのね」

 ミスティアが小声で耳打ちをしてきた。理解できない例えだった、何かを問いたくなったけれど、ミスティアはもう向こう側だ、反対側の、ベースアンプの前だ。
 霊夢はドラムセットに座り、響子は無言のままに、マイクスタンドの前に立っている。
 アンプは暖まっていた。ビッグマフとツブレーターを足下に置いて、シールドを繋ぐ。リハーサル通りにつまみを合わせ、スタンバイスイッチをオンに。
 ギターを鳴らす。爆音が響いた。耳鳴りがしそうなほどの音。予定通りの音。
 ドン、ドン、とドラムの音が聞こえる。うねるようなベースの音が聞こえる。
 背中のアンプから、ジー、ジー、とノイズが聞こえる。早苗はボリュームノブを回して、ゼロに。ノイズは消えた。
 鳥獣伎楽と書かれた巨大な垂れ幕が、四人を見下ろしている。四人は、ステージの下を見下ろしている。
 
 鳴り響いていた歓声は、しん、と静まりかえっている。早苗は、吐き気がしそうな心境だった。
 横目で、響子を見やる。彼女が叫んだ瞬間、ライブが始まる。間を計っているのか、じらしているのか、両手でマイクスタンドを掴み、視線は真下に置いて、微動だにせず沈黙している。
 鈴仙の姿が見えた。正確に言えば、兎耳が見えた。顔は、人混みに埋まってわからない。特徴的な兎耳で判別したのみだ。
 大妖精が見えた。最前列で、鳥獣伎楽を見上げている。
 自分たちを見つめる人々の姿に、目を逸らしたくなるほどだった。ピンポン球のように思え? 出来るものか、思いながら、早苗は下を見ている。俯くようにして、レスポールを見ている。

「新生鳥獣伎楽! 今日もぶっ飛ばして行くわよ!」

 唐突に思えるタイミングで、響子が叫んだ。

「ワンツースリーフォー!」

 一曲目はWhite riot。何度も、何度も、何度も、練習をしてきた曲だ。
 すっかり頭にたたき込んでいた。体にも、染みつくほどに。
 三人揃ってのリフで畳みかけていく。
 そんな曲のはずだが――音が鳴っているのは、二人だけだった。
 早苗の背には無音しかなかった。困惑だけが頭の中を回っている。
 シールドが刺さってない? そんなことはない、さっきは音が出ていた。真空管が焼け飛んだ? よりによってこんな時に? 足下のビッグマフやツブレーターが壊れたのだろうか、いや、電池が切れたのだろうか?
 早苗は背を向いた、アンプのランプは付いていた。正常に電気が流れていることを示していた。いや、ランプが付いていても壊れているのかもしれない……。
 はた、と気が付いた。ギターのボリュームがゼロになっていることに気が付いた。
 その頃には、短いイントロは終わっていた。出だしの出だしで、最大の失敗だ。

 逃げ出したい気分で一杯だった。
 それでも、曲は続いていく。霊夢もミスティアも、己の仕事をこなしている。二人が紡ぐリズムの上を、響子の叫びが泳いでいく。痙攣するかのように体を動かし、飛びはね、叫んでいる。
 必死に気を取り直して、リフを刻んでいく。眼前にはマイクスタンドがある。視線は100%指板に合わせて、頭の中は押さえる位置で一杯で、そうすれば、右手は意識が回らない。コーラス? 回るものか。
 霊夢のサウンドはソリッドだった。ボロボロのドラムでは、作り手に企図された音は望みがたい。しかし、スティックの動きで、時には手を当てて、弛んだ音を引き締めていく。
 それは殆どが無意識の行為だった。まさしく、天賦の才だろう。別段、ドラムに限ったことではない。彼女に取っては、万事がそうなのだ。

 短い曲は、すぐに次のコーラスがやってくる。
 ミスティアは、全身全霊でコーラスを重ねていた。マイクスタンドは彼女の頭より高い位置にあって、下向きのマイクを見上げながら叫んでいる。
 もちろん、早苗が失敗したことはわかっている。しかし、何も助けることは出来ない。10メートルも無い二人の距離は、助けるには余りに遠い。例え一メートル先にいても、何も助けることは出来ない。
 二人は、一つなのだから。四人で、一つなのだから。早苗の失敗もまた、曲の一部に飲み込まれる。転がり始めた石を止めることは出来ない。始まった曲を止めることは出来ない。
 ソロが始まった。霊夢はシンバルを叩きつけ、直後に手で止める。抑制された響きが、緊張を孕んだリズムを刻んでいく。ひり付くような、刺さるような緊張感。
 ミスティアのベースが、早苗のソロの土台を作っていく。
 響子には、見守るしかできない。スタンドを持って、暴れ回り、観客を煽っていく。

 ソロの入り出しは、悪くなかった。ただ、簡素ながらもメロディアスな響きの前半から、チョーキングで暴れていく後半に流れるにつれて、早苗の音は気後れしたような響きを帯びていった。
 ドラムもベースもシンプルになり、ギターが主役で暴れる数秒間。ほんの数秒の時間。数秒でも、客に落胆を抱かせるには足りた。
 どんな言葉よりも雄弁に、音は感情を伝える。空気に飲まれ、困惑のまま、弱気に、おどおどと。早苗の心持ちを、数秒のソロがはっきりと伝えていた。

 また、コーラス。早苗も、声は出していた。体をちぢこませ、フレットを凝視しながら。
 それじゃ駄目だ。早苗には重々承知だった。だが、本番に飲み込まれ、体が言うことを効かない。後戻りの出来ない恐怖が、早苗を締め付ける。
 曲は終わった。霊夢にも、早苗の心境は捉えられた。
 でも、何も出来ることはない。三人の誰にも、助けることは出来ない。
 I fought the law。ドラムロールを霊夢が叩いていく。段々とボリュームを上げていくドラムロールは、瞬時、客の落胆を追い払うに足りた。
 ドコドン、とスネアを叩いて、ロールが終わる。早苗のギターが、スライドを始める。指を滑らせ、滑らかに音を奏でるはずの所。滑らかな動きが、スムーズなリズムとなり、音楽だけが生み出せる、本能に訴える陶酔を与えねばならぬ所。
 ごつごつ、ごつごつ。瞬時に流れるはずの音は、小間切れの三つの音になった。つっかえ、つっかえ、つっかえ。
 リズム隊のフレーズとは縁遠い、ごつごつとした音。
 その拙さは、早苗自身が最も理解していた。どうして、この瞬間にだけ、最悪の展開がやってくるのだろう。何かを呪詛するような気分だった。

 曲は流れていく。曲は止まることがない。
 バラバラだ、早苗は感じる。仲間だと思っていた三人が、酷く遠く思えた。先を走っていく存在に思えた。
 大きく思えた。自分とは異質な存在に思えた。音という波を、軽やかに乗りこなしていく三人に、必死に食らいつこうとしている。
 食らいつく、それは対等な感情ではない。だが、食らいつかなければ、早苗の頭にはただそれだけ。

 ソロが始まる。ツブレーターに足を伸ばす。
 鳴り響いたのは、ブースターで増幅された音ではなかった。
 ノイズ、正しくノイズ。アンプが吹き飛ぶのではないかという程の音量で、不快なだけのノイズが発せられていた。
 ノイズが鳴ったのは一瞬だ。もう、アンプは音を発しない。

 何が起きたのか、今度はよくわかった。踏みつけようとしたツブレーターが、ステージの下に転げ落ちていた。ビッグマフも、転げ落ちていた。
 蹴飛ばしたのだ。蹴飛ばしたのはビッグマフかもしれない。重みにつられて、ツブレーターも一緒に落ちたのかもしれない。
 どちらであろうが、さして意味があることではない。壇上から落ちたエフェクター。シールドケーブルは抜けて、音は出ない。

 早苗は大慌てで拾いに行こうとした。妖精が、やはり慌てて拾いに向かい、早苗に手渡した。
 ほんの、十秒か二十秒のことだった。しかし、早苗にはどこまでも引き延ばされた時間のように思えた。羞恥を絵に描いたような一瞬が、時間を引き延ばす。
 曲は続く、止まらない。止まるわけもない。
 孤独という言葉が、早苗を支配していた。三人は何事も無かったかのように曲を続ける――それは、当然のことだ。早苗と一緒に慌てるよりは、早苗が戻るまで曲を保つことの方が遙かに意味のあることだ。
 そんなこと、早苗にも理屈ではわかる。だが、自分を抜きにして、自分を置いて、進んでいく曲――三人が、恐ろしく残酷に思えた。

 早苗は、手早くシールドを刺し直す。また爆音だ。シールドを差し込むノイズが、つんざくように刺さる。気を払う余裕も無かった。これから先に待つ曲達、ライブの時間。
 途方も無く長い物に思えた。あと、自分は何回失敗するのだろう? 何回、恥をかくのだろう? 震えてしまう。

 曲は終わっていたらしい。自分が弾いていたのか、それとも呆然と立ち尽くしてたのか、それすらもよくわからなかった。
 次の曲が始まるまでに、少し間があった。無言と無音が続いていた。四人の間にも、客席にも。
 曲が終わった後に客が黙り込むライブ……早苗ならずとも、絶望的な気分は覚える。
 
 二人だった頃の鳥獣伎楽なら、冗談に落とし込んで、先に進めたのだろうか。
 ミスティアだって、響子だって、勿論無数の失敗を重ねてきたのだ。場慣れした二人は、冗談に紛らわせ、無かったこととして、先を進めることも出来ていた。
 ミスティアは、霊夢に目配せをした。霊夢は小さく頷き、スティックを叩く。その音を合図に、曲が始まる。

 何という曲で――何を伝えたい曲なのか。もう、早苗にはよくわからなかった。考えられない。体は動いてくれていた。練習で繰り返した曲。たたき込んだ流れ。練習は裏切らない。
 早苗は、無難に弾いていた。半ば無意識に、半ばの意識は、この時間が一刻も早く終わることを願い、あるいは、もう失敗しないように、と体を強ばらせていた。
 そんな存在がパンクと縁遠いのは、静けさに包まれた客席を見れば、一目瞭然だった。
 三曲目が終わり、四曲目が終わり、五曲目が終わる。
 一応は客が残っていることが、奇跡に思えるほどだった。三人と、一人の置物を乗せたバンドが生み出した物は、落胆だけだった。

 早苗は、何も見ないようにして、何も聞かないようにして、黙々と弾いている。立て直したい、という気分が無かったわけではない。立て直したい。そう思ったからこそ、俯きつつ、縮こまった演奏を続けていたのだ。せめて、邪魔だけはしないように、と。
 いつしか、客席から歓声が飛んでいた。横目で、早苗は三人の方を見やった。
 ミスティアが暴れていた。激しく動き回りつつ、大半がアドリブの超絶技巧を見せていく。パンクなのかはよくわからない。少なくとも、バンドではなかった。一人芝居の大道芸。そう呼ぶのが、相応しいかもしれない。
 大道芸は、二人になった。響子の声は歌とも、ボイスパーカッションとも取れた。最低限、元の曲はわかったが、バンドでやる意味は、微塵も無かった。
 それでも、霊夢はどうにか二人の大道芸を支えていた。流石に、二人の大道芸に対抗することは出来なかったが、支えるには足りた。

 ライブは、どうにか盛り返したようだった。少なくとも娯楽としては最高の物を提供したのだ、三人に向けての歓声が飛び、観客達は揺れて、飛び跳ねていた。
 不意に、早苗は冷静になれた。二、三、失敗をした。何も気に病まなかった。自分の存在意義が微塵も無いとわかったからだ。
 ミスティアのスタンドプレーは正しいと思った。おかげで、自分と言う荷物を載せてでも、ライブは上々になってきていたと思えたからだ。
 切り捨てられたことに、怨みはなかった。感謝こそあれ、怨むわけもないと思えた。
 思えたことのもう一つは……羨望だった。
 自分とは違う世界に生きる三人は、ステージを沸かせていた。自分は、それを見上げていた。手元にはギターがあって、後ろにはアンプがあって、自分は鳥獣伎楽。
 それでも、あの頃と全く同じだ。体育館で、バンドを見上げていたあの時と。

 気が付けば、曲は最後の曲だった。Anarchy in the U.K。いや、アナーキーインザ幻想郷。
 今までで一番良く弾けたように思えた。六弦は、さほど鳴らさずに済んだ。ソロで、しっかりとツブレーターを踏んだ。おかしな音も出さなかった。
 誰も、聞いてはいなかっただろう。早苗自身すら。

 ♪

 ライブが見せ物ならば、終わりよければ全てよしというなら、ライブの出来は悪くなかった。完璧には何処までも遠いが、客の半分以上は満足して帰っただろう。
 きっと、次のライブにも、足を運んでくれるだろう。そこに早苗がいるのかいないのかはわからないが、早苗がいないとしても、見せ物としては十分に及第点を出せるのが、鳥獣伎楽だ。

 ライブの時は、終わった瞬間に「辞めます」と言おうと思っていた。
 終わった後には、それを言う気力も無かった。声をかけるだけの力も無かった。
 三人に、何かを言っていたはずだ。何を言ったのかは、もうわからない。
 詫びてはいたのだろう。言い訳はしていなかったと思う。
 返ってきた言葉は、労いや励ましだったように思える。怒りが飛んできたわけではなかったはずだ。罵倒を投げられてもいなかったはずだ。
 そう言われた方が、よほど楽だと感じたことだけは覚えている。

 気が付けば、守矢神社の上にいた。降り立てば、諏訪子の姿が有った。

「やあ、お帰り、どうだった?」
「失敗しちゃいました」

 笑顔で、早苗は答えた。気楽な様を繕って。

「そう言うときもあるね」

 諏訪子も、気楽な調子で答えていた。

「夜は食べたんだろう?」
「ええ」
「私も、もう食べたよ。神奈子もいないしね、相変わらず忙しいことで」
「そんな、人ごとみたいに」

 答えて、早苗は部屋に向かった。ギターケースを置いて、灯りとクーラーを付けた。クーラーの風が吹き付ける中で、汗だくの体に気が付く。どれだけ小さく演奏していても、照明の灯りの下では、汗塗れになることは避けられなかった。
 汗塗れの体では、クーラーの風は寒いほどだった。シャワーを浴びて、寝間着に着替える。眠気が襲ってくる中で、早苗はビールを取りに行った。 
 少し、空腹を感じた。屋台の焼きそばを何時間も前に食べただけでは、当然だったかもしれない。
 寝間着姿に、クーラーの効いた自室。紛れもなく日常で、自分の時間だった。
 一人だけの時間。仲間はいない。自分に、仲間である資格はない。
 
 三人は、何をしているんだろう? 打ち上げをしているんだろう。
 元々、その予定はあった。ある程度の盛り上がりはあったと、早苗にもわかっていた。酒好きの三人は、酒を飲んで、つまみでも食べているのだろう。
 反省会でも始まっているのだろうか、次のライブに備えているのだろうか。

 ビールの栓を抜いた。グラスに注いで、飲んでいく。一杯目のグラスのビールは美味しい。最近は、ビールの美味しさも、少しはわかってきたと思う。一息に飲み干して、二杯目を。二杯目も、それなりに美味だった。少し時間をかけて二杯目を開けた。三杯目へ。まだ、飲めなくもなかった。時間をかけて、何口も使って飲んでいく。
 四杯目を入れたときは、少し温くなっていた。瓶は空になっていた。空の瓶を見ながら、四杯目を無理矢理に飲み干す。もう、美味しくもなんともなかった。

 初めて、バンドで音を合わせたときのことを思い出した。快感だった。世の中にはこんなにも気分のいいことはないんじゃないか。そう思えるほどに、恍惚を覚えた。
 ドラムの上を、ベースが泳いでいく。二人の土台の上を、自分の音が走っていく。その音は分厚かった。テレビのスピーカーから流れてくる音や、ヘッドホンから聞こえるMp3の音とは、全く違う世界だった。
 音には上下があって、音は、振動だった。一つとなったサウンドが、全身を包み込んでいた。それは、生の音に接すればわかることかもしれない。観客にだって、感じられたかもしれない。
 だが、自分一人で練習していたときはなんの魅力も感じ無い音が――バンドになって、溶け合って、曲となった瞬間。
 それは、魔法だった。どれだけ拙い演奏だって、バンドには魔法をかける力が有った。

 冷蔵庫から、瓶ビールをもう一つ。美味しくもなんともないビールを、少し、少しと飲んでいく。一杯目は美味しかった。だんだんと不味くなっていく。自分が下戸だとかそれ以前に、膨れた腹が美味しさを感じさせない。
 無理矢理に飲み干して、また注いだ。見ただけで胸がむかついてくる。それほど、酔っている気分はなかった。ただ、気分が悪いだけだ。ビールの炭酸は、酔っぱらうことを許してもくれないらしい。
 ギターケースを開けて、ギターを取り出した。チューニングは狂っていたが、気にはしなかった。弾き慣れたリフを奏でていく。
 初めに比べれば随分と上手くなったとは思う。上手くなるにつれて、どうしてバンドが気だるい物に思え始めたのだろう。どうして、魔法を感じられなくなったのだろう。

 あれだけの興奮を与えてくれたのは、仲間だった。自分は、仲間に何を与えられたのだろう。
 何も無い。あるとすれば、失敗と恥だけだ。

 無意識に、ギターを取っていた。ライブ後にケースに詰めたのだ、チューニングは狂っていた。 
 チューニングの狂ったギターをかき鳴らす。早苗は全力で右手を叩きつける。 生音は貧弱で、どれだけ力を込めようが、蚊の鳴くような音色にしかならない。それでも、レスポールに右腕をぶつけていく、全力で。
 レスポール。過去も未来も、ロックという物が存在するなら、永遠にロックギターの代名詞。世界で一番求められているエレキギター。野太く、荒々しく鳴り響くその音は、ロックその物だ。
 プロフェッショナルは例外だ。どこまでもクリーンな音が出せるように、幅広い音を出せるように考え抜かれたプロフェッショナルは、誰からも求められなかった。
 レスポールに人々が望む音は、そんな物ではなかったのだから。そんな音は、ロックと思われなかったのだから。

 早苗の鳴らすリフは、彼女の知らないものだった。オリジナルという程上等なものでは無い。当てずっぽうに音を鳴らし、気持ちの悪いコードの流れを生み出していただけだった。
 それでも、次第に規則性を帯びたコード進行となっていった。ほんの一瞬、早苗は平静さを取り戻す。音叉を取り、チューニングをした。
 ライブは、辛いことしかなかった。特別な存在にも、なれなかった。じゃあ、もう未練も意味もないのだろうか?

 わからなかった。チューニングを終え、ギターをかき鳴らす。その曲は、何かを示しているように思えた。自分の心情を正しく表現していると思えた。
 その心情を、なんという言葉で言えばいいのかはわからない。絶望、羨望、諦念、苦悩、そんな言葉を全部交ぜて、ミキサーにかけたような何か。それを示す言葉があるのかは、わからなかった。
 ミキサーにかけた何かは、手元の音の中にあるような気がした。早苗には、そう感じられた。
 その心情は、他人には決してわからないだろう。そう思えて、涙が浮かんだ。
 放り投げるようにして、ギターを置いた。
 
 辞めよう。そう決意した。自分がいることが邪魔者でしかないと、今日一日で十二分に理解できた。身の程知らずにも程があった。
 でも、まだ自分たちはバンドなのだ。この瞬間は、仲間なのだ。仲間だから、足を引っ張るのだ。
 早苗はギターをケースに詰めた。手にとって、外へと駆けだしていく、飛び上がる。
 少し飛んで、自分が寝間着姿だと言うことに気が付いた。
 気にしないことにした。なにより、辞めるというなら、今日しかないのだ、この瞬間しかないのだ。

 もし、ここが外の世界なら、携帯電話でもあったなら。いつでも伝えられる。「辞めます」とメールを書いて、三人の名前を差出人に入れればいい。
 でも、ここにはそんな便利な道具はない。三人一緒に伝えるなら、三人が打ち上げをしているだろう、今しかないのだ。
 次のスタジオで伝える……出来るかもしれないけれど、今よりずっと最悪のタイミングで、一層の邪魔者だ。

 月夜の下を飛んでいく。逃げ出すために、逃げ出すことを伝えるために。
 涙は溢れ続けていた。声も漏れていた。遙かな空の上では、誰にも聞こえはしない、

「私だって! こんなのは嫌だ!」

 何も無い空で叫んだ空は、瞬時に消え去っていく。

「どこまで行っても何も変わらない! どこまで行っても私は無能で、役立たず!」

 内燃機関も揚力もない体が、空を舞う。この世界では日常で、外の世界では妄想ともならない事柄。
 人が空を飛び回る世界でも、空を飛べない世界でも、自分が卑小な存在だと思えた。

「わかってるよ、私だってわかってるよ! 何度だってやればいいって! でも、もう耐えられない! あいつらにだって私の気持ちなんてわかるわけない!」

 逃げ出した自分に! 最後は、内心で独語した。
 ぜえ、ぜえ、と息を吐きつつ、飛んでいく。

「でも、叶った。もう、それで十分」

 バンドで楽しい時間を過ごした……失敗したけれど、ステージに立てた。それで、十分だと。自分に言い聞かせる。
 答えのわかったことを問いかけ、自分で答え、納得したと思い込む。無為な行為。
 早苗だって愚かではない。それなりの時間も生きてきた。そんなことは、嫌と言う程わかっている。
 
 眼下に、小屋が見えた。鳥獣伎楽のスタジオ。この瞬間になって、不意に怖くなった。 誰もいなかったならばどうしよう? と。打ち上げをする予定ではあったが、、解散していてもおかしくはない。
 ……いなくなった早苗を思い、盛り下がった空気のまま打ち上げもせず解散していても。
 急に、焦燥感が襲ってきた。急降下して、小屋の前へと舞い降りる。
 
 がや、がや、と音が聞こえる。早苗は安堵を覚えた。三人がいるとわかったからだ。隙間だらけのボロ屋。仲間だけが立ち入れる秘密基地。中で話している声すらわかった。
 早苗はドアを開けた。まだ、彼女にはその資格がある。

「お疲れ様です」

 その挨拶の言葉が相応しかったか、よくわからなかった。言葉が相応しいかはどうでもよかった。
 自分はまだ、鳥獣伎楽なのだから。自分はまだ、仲間なのだから。
 きょとん、としたような視線が飛んできた。自分がそこにいることに対して飛んできたのだろうか、それとも、寝間着姿でギターを担いでいることにだろうか……。
 それもまた、どうでもいいことだった。
 霊夢が近づいてきた。顔は少し赤らんでいる。酒をかなり飲んではいたのだろう。愉快に飲んでいたかどうかは、早苗にはわからない。

「早苗……まあ、お酒でも……お酒でもって無理に進めちゃよくないか、まあ、座ってよ」

 霊夢が、ソファーを指さした。霊夢の後を追うようにして、早苗はソファーに腰を下ろす。

「一杯くらい、ください」

 霊夢は、酒を升に注いだ。

「乾杯、しましょう。みなさん、今日は本当にお疲れ様でした」

 まったくもって時期を逸した乾杯の音頭。響子も、ミスティアも、杯を上げた。四人は、杯を重ねた。
 早苗は酒に口を付ける。心底から美味しそうに、飲んでいく。鳥獣伎楽である最後の瞬間を、仲間達と同じ酒を、味わっていく。
 無言のままに、四人は酒を飲んでいた。当然だよな、と早苗は思う。気まずいにも程があるだろう。大失敗をした張本人が、いまさらのこのこと顔を出して。
 励ましの声をかけても嘘になるし、叱っても、一層空気が悪くなる。
 それでも、早苗は美味しそうに、慈しむように、酒を飲んでいく。苦手なアルコールを流し込んでいく。

「……辞めようと思います」

 意を決して、口調は弱く、早苗は言った。

「今日はすいません。本当に迷惑をかけて」

 頭を下げ、最後の瞬間を迎えた。

「そんなことないって」

 霊夢は、一瞬困惑したような顔を浮かべ、それから笑い顔を作った。

「最初じゃない。気にしすぎよ。一回や二回失敗したって、別にどうってことないわよ」
「うん、まあ、早苗が失敗したのは確かだけど、事故だからね。エフェクターを落としたり、そういうのはさ。むしろライブ感があるくらい」

 響子もにこやかに続けた。早苗に近づき、肩を叩く。和やかに、にこやかに。

「いいえ……そういうことじゃないんです。自分がお荷物だって、よくわかりました」

 契機は、事故だろう。始まるや否や、音が出なかった。エフェクターは、転げ落ちた。
 そういうことじゃないんだ。早苗は思う。ずっと、思っていた結果の帰結なのだと思う。
 自分は、三人を見上げていたから。ずっとずっと見上げていたから。自信満々に音楽を楽しむ三人を、見上げていたから。
 そんな相手は、仲間ではない。なら、ここにいることは苦痛しかない。思えた。

「……早苗は、自分がお荷物だと思うんだね」

 ミスティアが問いかけた。静かに、でもはっきりとした声音で。

「……ええ」
「うん、私もそう思ってた……いいや、思ってたわけじゃないか。でも、今日は思ったよ、心底から思ったよ。早苗はお荷物だ、邪魔者だってね」
「ミスティア!」

 響子が叫んだ。咎めるような口ぶりだった。ミスティアに近づき、口から泡を吹くような大声で叫んだ。霊夢も、同じようにして叫ぶ。

「ちょっと、ミスティア。その言い方はないでしょう? 早苗だって頑張ってるのよ? 一回二回失敗したからって何よ!?」
「うるさい! あんたたち、本当に心底からそう思ってるの? そう思うならあんたたちなんて首よ、いや、私から辞めてやる! 早苗はお荷物、どう考えてもお荷物。ああ、私が唯一間違ってたとしたら――」

 早苗は、次に飛んでくる言葉は、当然それだろうと予期していた。

 ――早苗を入れたことが間違いだった。

 と。
 自分自身、そう思っていた。身の程知らずで、馬鹿げていたと、十二分に承知できていた。

「――はっきりそれを言わなかったこと。ライブが終わった瞬間に言うべきだった。早苗、あなたはお荷物で邪魔者で役立たずだってね! あんなのはパンクじゃない! あんな置物はいらない!」

 早苗は、俯くようにして返事を聞いていた。想像していた言葉とは少し違っていた、しかし、大方大差ない。自分が入って以来、迷惑をかけこそあれ、役にたったことはないだろう。
 いや、これまでも関係ない。今日という日。ライブの瞬間。そこで役立たずなら、正しく何一つ意味は無いのだ。

「響子はずっと一緒にやってきたし。私たちには上手く行ったこともあれば、上手く行かなかったこともあった。鳥獣伎楽も、それなりに長くやってきたよ。私にも責任みたいな物は感じられるようになってきた。だから、今日みたいにどうにか客を沸かせることは出来る。どうにか、ライブを盛り上げて終えることは出来る。響子、あなたは頑張った」
「……」

 刺々しい口調のミスティアに、響子は返事を返せない。自分を褒めてはいたが……同時にあなた"は"と言う言葉が、即答を許さなかった。

「霊夢も頑張ったよ、でも、早苗は本当に邪魔者だった。早苗、何をしに来たの? 突っ立って、適当にやって」

 どうにか返事を返す。

「適当になんてやってないでしょう。早苗だって、きっちり仕事をこなしたじゃない」
「どこが? 私は頑張ったわ。盛り上げるために全霊を尽くした。それなりに頑張ったし、それなりに盛り上がったわね。早苗がいなければ、もっとやれたけど」
「言い方って物が有るでしょうに……」
 
 ミスティアの言葉に、眉間に皺を寄せつつ霊夢は返した。

「だから言ったじゃない! 私ははっきり言わなかったことが後悔だって! だいたい、自分で言ってたじゃない! 自分なんてお荷物だって、だから私ははっきり言うわ。早苗はお荷物、邪魔なだけのお荷物だって」

 ミスティアの罵倒は、どこか心地よかった。少なくとも、下手に慰められるよりは、よほど気が楽だった。自分で重々承知していることともなれば、他人に言われるのは気が楽になるだけだった。
 霊夢や響子が、口を挟んでいた。諫める、と言うよりは咎める調子だった。

「あんなのは、バンドじゃない。ましてや、パンクじゃない」

 ミスティアは言った。声は、落ち着いた調子だった。沈んだ声音だった。早苗の顔も、陰鬱だった。
 自分が罵倒されるのは、微塵も気にならなかった。だが、自分のせいで広まった険悪な空気に耐えられなかった。
 とりなすようなことを言うべきなのだろうか? と思った。「全部私が悪いんですから喧嘩は辞めてください」とでも。
 馬鹿馬鹿しい、と思った。事実にしても、それを言って何になるのだろう? 当事者が言うべきではなかった。

 ミスティアはもう口を噤んでいて、二人も、口を閉ざしていた。沈黙が広がる空間が、重く重くのし掛かる。
 自分が来る前は、それなりに楽しくやっていたと見えたのに……いや、薄氷を踏むようにして笑っていたのだろうか。
 
「みなさん」

 沈黙を破ったのは、早苗だ。ギターケースに向かいながら、言った。

「一回だけ……最後に一回だけ、一緒にやらせてください」
 
 返事を聞くよりも早くギターを取って、アンプに向かった。コンセントを差し込んで、スイッチをオン。真空管を温める。アンプの角で音叉を叩いて、チューニングを始める。
 有無を言わせないようにして、早苗は準備を始めた。実際、三人が乗らなかったら一人でも弾くつもりだった。

 霊夢が後を追ってきた。そのすぐ後ろを、二人が。

「何をやる?」

 霊夢の問いかけに、

「本当に無茶な話なんですが……」

 チューニングをしながら早苗は答えた。

「さっき、曲を作ってたんです。たぶん、最初で最後の、私だけの曲。一緒に、やってくれませんか?」

 霊夢は困惑したような顔を浮かべていた。咄嗟に、聞いた事も無い新曲をやろうと言われても、当然、まともに出来るわけもない。それでも、霊夢はまだいいだろう。8ビートを叩いて、それらしいところでフィルインを入れる――手数の多いドラムを入れれば、一応は形になる。
 響子は、そもそも自分が何をすればいいのかもわからない、歌詞どころか、メロディすら聴いていないのだ。
 ミスティアは、二人の困惑とは無縁だった。
 
「いいよ。やろう。早苗、どんな曲か聞かせて」

 言うと同時に、ベースを掴む。

「ええ」

 短い返事と共に、早苗はスタンバイスイッチを上げた。瞬時に、轟音が鳴り響く。耳をつんざくような爆音。それでいて、平坦な音だった。全力で右腕を叩きつけるだけの音には、抑揚の欠片も無い。電気で増幅された音は、生音では気が付かない荒を、全力で拡大していく。
 そして、ギターだけのサウンドは、単調で退屈だった。

 ミスティアは、じっと早苗を見ていた。顔は、仏頂面と言うべき無表情。
 数分間。ほんの数分間、早苗はギターをかき鳴らす。ライブの時の、どこよりも堂々とした様で。

「ほんのちょっとは、わかった」

 終わると同時に、ミスティアが呟いた。ベースアンプのスイッチを入れる。ぶおん、と音が鳴る。何度か、ペグを回した。一瞬で終えたチューニング。

「コード進行って、こういう感じ?」

 ミスティアが音を奏で、「ええ」と早苗は言った。

「じゃあ、やろうか、みんな。鳥獣伎楽の、新曲を」

 鳥獣伎楽、と言う言葉を言ってくれたことが、心底嬉しかった。最後の一曲。自分は確かにそう言っていた。なら、まだ自分は鳥獣伎楽なのだ。まだ、仲間なのだ。
 
「誰から入るの?」

 霊夢が問いかけた。

「霊夢さんからやってください」

 早苗の返事を受けて、半ばはやけになったような顔を浮かべ、霊夢は両手を伸ばした。スティックを掴みつつ、ストレッチ。
 タムを叩いて、リズムカルに鳴らしていく。

「こんな感じで――」
「ニューウェーブっぽいドラム」

 霊夢の声を聞き終えるより早く、ミスティアは、単調なベースを鳴らし始めた。オクターブ違いを交互に……低い音と、高い音を交互に。バスドラムのリズムに合わせて。
 歌ともエフェクトとも付かぬ、不安げな声が響子の口から漏れた。
 試しに叩いた音は、いつの間にか曲の始まりになっていた。

「嫌いじゃない」

 ミスティアは呟き、単調なフレーズを続けていく。響子の不穏な声と単調なベースが入り交じり、どこか倦怠感と浮遊感のあるサウンドが生まれていた。
 慌てるようにして、早苗もギターを鳴らす。先刻はパワーコードで押さえていた和音は、単音の連なりになっていた。分散和音、アルペジオに。
 アルペジオと言う程、上等なものでもない、左手でコードを押さえて、右手はバラバラに。そこに狙いや目的や意志はなかった。短音の連なりは、か細く頼りない音だった。ある程度は、曲に似つかわしかったが。
 長いイントロだった。イントロなのか否かも釈然としない。この曲の真っ当な構成など、誰も知らないのだから。世界中の誰も。

 少なくともコード進行だけはわかっているのだから、ジャム・セッションのような物と言っていいのかもしれない。
 どこまでも続くようなイントロの果てに、霊夢はシンバルを打ち鳴らした。シャン、シャン、シャンシャン。タムとバスドラムで形作られていたリズムに紛れ込んだシンバルの音。抑制されたシンバルの金属音が、次の展開を示す。
 メロディも歌詞もアドリブの歌が聞こえてくる。
 ミスティアのベースは相変わらず単調だった。左手には、技巧の欠片も見られない。もっとも、右腕が生み出す音には、確かな業があった。二本指が、くぐもった音色を生み出していた。それが、一種の浮遊感を生み出していた。
 曲全体の色彩は、明らかにミスティアに引きずられていた。だが、ミスティアだけが生み出した色彩ではない。早苗が持ってきた曲に、霊夢がイントロを付けた。ミスティアは、それに合わせて奏でていたのだ。
 響子は歌っている。どこかユーモラスな調子だった。ボーカルなんておまけさ。という調子に。ある意味、添え物かもしれない。歌詞という言葉を操れるのは何よりも強い花形だけれど、こういう場面では、常に後手後手だ。

 後手後手、と言えば早苗もそうだろう。ギターは常に一歩遅れていて、リズム隊の後ろをあたふたと付いていくという調子だった。そうなるのはわかりきっていた。その場勝負で渡り合うなど、元より出来はしないと承知だった。
 それでも、早苗の顔はほころんでいた。また、バンドの魔法を感じられたと思ったからだ。生まれたての……いや、今となっては生まれる途中の曲は、三人の音を重ねられ、早苗自身にも考えられない色合いを見せていた。
 客観的に見れば、他人に聞かせせられる代物ではないだろう。一寸先も見えない荒野に、道を作りつつ歩んでいくような作業だ。不安定で、不格好で、まとまりはない。
 それでも、道は作られていく。早苗が一人で考え、作り出していた頃とは全く違う色彩を帯びた道が。
 目的地がどこにあるのかはわからない。目的地すら、歩きながら決めていくような作業だ。それでも、四人は一つの道を、連なりながら歩んでいく。

 辞めよう。早苗は思った。心底から思った。もう、悔いは無いと思えた。
 自分がリフを思いついた時の思いは、全てかき消えていた。ミスティアと霊夢に、かき消された。山彦は、二人の思いを反響していく。
 気が付けば、三人が前を歩いているように思えた。
 自分は、彼女たちには追いつけない。自分は、彼女たちとはわかちあえない。
 そんな関係は、仲間や同志という関係ではないだろう。

 自分が生み出した曲。何かを乗せたかった曲。
 もう、乗せたかった物はわからない。三人の技に、かき消された。
 辞めよう。
 本当に決心できた。
 
 いつまでも続くと思われる曲に、早苗は終止符を打った。
 ギターを全力でかき鳴らす。あるのかも定かではない曲の展開も、三人が作り出していた空気も無視して、パワーコードをかき鳴らしていた。
 霊夢は、一瞬困惑したような顔を浮かべ、それからいかにも曲の終わりというような……派手なソロを叩きならした。ミスティアはベースを掲げ、早苗同様かき鳴らす。響子は、ハイトーンのボイスで叫んだ。
 曲は、終わった。自分は、もうこの瞬間からみんなの仲間じゃない。早苗は思った。

「ありがとうございました」

 早苗は満面の笑みで言った。晴れやかな気分すら感じていた。これでもう、終わりだと思えれば、晴れやかな気分の方が強かった。
 そんな早苗を見て、霊夢は早苗が思い直したと思ったのだろうか。

「また、次にやるなら、そろそろオリジナルで新曲ってのもいいかもね」

 言いながら、微笑んだ。
 次なんて、もうない。と早苗は思う。

「いいえ、さっき言ったように……辞めます。ごめんなさい。迷惑ばっかりで、今日も楽しくお酒を飲んでいたのに、諍いを持ち込んで」

 先ほどまでは馬鹿馬鹿しいと思えていた詫びの言葉が、するりと出てきた。

「一度や二度、失敗しただけで、そんなにしょげかえることもないじゃない……楽しくやれれば、それでいいと思うし」

 霊夢の言葉を聞いて、少し苛立ちに似た思いを抱いた。霊夢は、楽しくやれているのだろう。何事も上手くこなせる彼女に、自分の気分はわからないのだろうと。

「私もそう思うな」

 頷いた響子にも、苛立ちを感じた。
 でも、普通はそうやって返すんだろうと思う。楽しくやれればそれでいい。それもきっと間違ってはいない。早苗だって、三人に対抗できるほど上手くて……楽しく出来ていれば、それで良かった。
 それが叶わないのが、辛い。

「これまでの、殆どがそうでした。私は、いてもいなくても良いんです。ミスティアさんの言うとおり、お荷物ですよ……こういうと、凄く自虐的で構ってちゃんな言葉。嫌な言い方ですね」

 早苗は苦笑した。心底からの本音だったけれど、それを言葉にするのは、本当に難しかった。
 楽しく過ごせる友達では、これまでもあったし、これからもあっていきたい。
 でも、その先を目指せる「仲間」には、なれなかった。

「ねえ、霊夢さん。私は、霊夢さんが友達でいてくれれば嬉しいと思います……いつかお酒を飲んだときのように、喧嘩することもあるかもしれませんが、それでも、友達でありたいなって思います。ミスティアさんも、響子さんも、そう」

 早苗は、ギターを降ろした。両手でネックを掴む。
 それから、一息に降り降ろした。床に穴が開くかのような勢いで、叩きつけた。
 ロンドン・コーリングのジャケットのように。その振る舞いは、パンクのパブリックイメージを体現していた。
 瞬時に、凄まじいほどの後悔が襲ってきた。無言で連れ添ってくれた相棒を……物言わぬ道具をへし折ったことに。

「やっぱり、私はパンクスにはなれないな」

 目に、涙が浮かんできた。

「私たちの考えじゃ、道具にも魂があるわけですし」

 叩きつけた仕草のまま、立ち尽くす。
 ネックの中心に、大きなひびが走っていた。分厚く重いボディを壊すには至らなかったが、演奏を出来ない程度にたたき壊すことは出来た。
 折れかけたネックは、弦を張らせることは出来ない。弦は、力なくつり下がっていた。弦楽器としての機能は、もはや残っていない。
 壊れたギターを抱えながら、立ち尽くす。

「私の人生って、きっと、ずっと受け身だったと思うんです。外の世界の人生は全部そうで、この世界に来たのもそう。妖怪を退治しよう、異変を解決しよう。なんてのも、諏訪子様の仰るとおりに……」

 呟きながら、ギターだったゴミを足下に置いた。 
 物言わぬ道具を、自分がたたき壊した道具を見つめると、どうしようもないほどの罪悪感が沸いてきた。自分と共に有った相棒、物言えぬ相棒は、もうなんの機能も果たさない。
 こんなにも、愛着を持っていたんだ。今更になって気が付き、嗚咽に近い音が漏れた。
 大きく息を吸って、息を整え、はっきりと声を出す。

「バンドも、受け身です。練習も受け身で、ライブも受け身でした。何か合っても、誰かが引っ張ってくれる。導いてくれる。そう思っていました。だから、私は辞めます。私には……少なくとも今の私には、みんなを引っ張っていく力も、みんなに付いていく力も無いんです。引っ張られるのを待つだけの、本当にお荷物」 
 
 ギターを壊したことに、不思議と悔いは無かった。それが、自分の選択だと理解できていたから。自分の意志で、未練を断ち切ろうとしたと思えていたから。
 正しい選択ではなかったかもしれない。でも、自分から選んだ行動なのだ。だから、悔いは無かった。

「……私は、自分から進んで辞めます。褒めてくれ、なんてことは言いませんけど、許してくれれば幸いです。私が選んだ行動を」

 早苗は、ギターのなれの果てを再び掴み、ケースに詰め込んだ。その姿に、ミスティアが問いかける。

「早苗は、バンドってなんだと思う? ……違うな、どうして、早苗はバンドがやりたいの? 答えなんて無い。楽しくやりたいでも、お金が稼ぎたいでも、誰かに褒められたいでも、なんでもいい」
「…………」

 何故だろう、と思えた。楽しくやりたい。褒められたい。それは確かだった。しかし、それが目的だったのだろうか? 答えなのだろうか?

「答えられるほどはっきりした物が、必ず有るわけじゃ無い。霊夢や響子にはないかもしれないし、でも、私は二人には何も言わないよ」
「…………」
「でも、早苗には無くちゃ駄目なんだ。無ければ、早苗はただのお荷物だ」

 最後に、ミスティアが差し伸べてくれた手なのだろうか。救いの手かもしれない。しかし、早苗には言葉が出てこなかった。「楽しくやりたい」そんなのは、表層的だと思えた。

「…………」

 ミスティアは、静かに早苗を見つめている。「仲間が欲しい?」それもまた、違う気がした。正しいけれど、それが全部ではない……。この瞬間になって、そう思えた。

「ごめんなさい。わかりません。あるのか無いのかも……何を答えても、それは私の本心じゃなくて、とって付けた何かになると思うんです」
「わかった」

 ミスティアは言った。
 それが、終わりだったのだろう。ミスティアの顔には、もう険しさも何も無い。早苗のことは、他人事だ。
 早苗は、頭を下げた。
 それで、もう終わりだと思えた。ギターケースを手に取る。

「ありがとうございました」

 早苗は言って、跳ねるようにしてドアに向かい、空に浮かび上がった。
 それで、終わりだ。

 ♪

 何もしていないとしても時間だけは流れ続け、何かに追われていても、時間は流れ続ける。
 
「まじか」

 早苗は絶望的な表情で呟いた。外の世界から持ち込んだデニム。上ボタンが閉まらない。無理矢理にジッパーを上げて、必死に生地を伸ばしてみても、みしみしという音が返ってくるだけで、最後の一センチがどうしても埋まらない。
 肥えた。己の体の変化を認識せざるをえなかった。デニムを履くのを諦め、着慣れたスカートを身につける。
 そのまま、腹筋を始めた。

 腹筋は、随分と辛かった。二十回もこなす頃には、腹筋が痙攣するように思えた。
 ひょっとすると、外の世界にいた頃よりも体力がないのでは……と感じた。そもそも、歩くことすら希有になった。殆どの場合、彼女は空を飛んで、行動している。
 ぜえ、ぜえ、となりつつ三十回目の腹筋をこなし、体をベッドの弾力に預ける。
 視界に、カレンダーが映った。先月のカレンダーが、貼られたままだった。そこに幾つもの丸が付けられていて、その中の一つは二重丸だった。丸は、練習の日取り、二重丸は、ライブの日取り。
 終わったことだ。カレンダーを破り、ゴミ箱に捨てた。まっさらなカレンダーが、姿を現した。
 
 鳥獣伎楽が終わったわけではない。今度も、またライブと聞いた。
ギターは響子が弾くらしい。細かくは知らない。響子もきっと、霊夢やミスティアのように軽々と弾きこなすことだろうとは想像していた。少なくとも、自分よりはよほど。
 いずれにしても、もう早苗には関係のないことだった。何も書かれていない九月を見やり、欠伸を書いた。

 関係ないとはわかっているが……ミスティアの問いが気になってしまう。

 ――どうして、早苗はバンドがやりたいの?
 
 と。答えは幾つも思いついて、どれもしっくりと来なかった。
 部屋の端にある、ガラス戸の棚を見やる。ツブレーターが見えた。返し忘れていた。返さねば、とは思うが、気は重い。
 ツブレーターが未練の象徴に見えて、見ていると気が滅入りそうだった。
 
 バンドを辞めても、バンドをやらない以外は、何も変わらない。それなりに忙しく、それなりに楽しい毎日。博麗神社に行っても、もう気を使わなくなれていた。

「あら」

 早苗は小さく声を出した。窓の向こうに、響子の姿が見えたからだ。
 彼女の部屋は境内の一角にあるのだから、誰かが訪れるのは珍しくもない。ただ、響子の姿を見た記憶はなかった。
 一応は仏門の身だったからには、山まで参拝に訪れることもなかったからだ。

 早苗は腰を上げて、シャツを羽織った。もう九月だ。ましてや山の中腹となれば、カットソー一つではいささか心許ない。
 サンダル……と言うよりは草履と言っていいそれを履くのは、些かの妥協だった。
 スカート姿にサンダルでは、少し風が冷たかった。
 玄関を出れば、少し向こうに犬耳が見える。

「珍しいですね」

 早足に近づいて、早苗は言った。

「やあ」

 響子は振り向き、微笑みながら答えた。

「ギターの調子はどうですか?」
「ぼちぼち。まあ、私のギターなんておまけさ。とりあえず、音は出てるし、それだけで私には十分」
「ギターでボーカルなんて、花形も花形ですよ」

 早苗にとっては、深く話す気がしない話題だった。たぶん、響子にもそうなのだろう。

「山の神社って、初めて来たよ」

 特に続けることもなく、神社を見回している。

「私は毎日ですけどね……何か、願い事でもあるのですか?」
「願い事はそりゃあ沢山あるけど、この神社って、なんの御利益があるの?」
「主には勝負事や出世に……あとは、子孫繁栄に効果があるのかな。でも、他にも希望が有るなら善処はします。諏訪子様や、神奈子様がなんとかしてくれる……かはわからないですけど、前向きに善処することを検討するべく言ってみますから」
「期待出来なそう……」

 響子は肩を竦めて、早苗も、同じように肩を竦めた。苦笑を浮かべながら。

「早苗だって神様でしょ? 早苗にはなんの御利益があるの?」
「それは検討しているのですが……いかんせん、信仰がないので、何もやりようがないですね」
「奇跡を起こせるって触れ込みなのに」
「奇跡は起こせます。奇跡も魔法もあるんです。でも……そんなに虫がいい話ではないですからねえ」
  
 はあ、と嘆息して、早苗は続けた。

「ここだけの話……いつのまにか太っていて。そういう方面の神様にでもなれればいいんですが。他の誰でもなく、自分のために……」
「ダイエットの奇跡は起こせない」
「う~ん。もしかすると出来るかもしれませんが、きっと三日三晩飲まず食わずの不眠不休で詠唱しないと無理だと思いますよ」
「それだけやれば願いとは関係なくげっそりやせ細るだろうねえ……」
「神様や奇跡なんてそんなものです……でも、お賽銭はいつでも歓迎ですから。信仰が集まると、守矢の地位が上がります。そうすると、山の天狗達相手にも発言権が生まれますしね」
「宗教の世界も世知辛い」

 響子は早苗に背を向けて、賽銭箱の方に向かった。がま口を開けて、ちゃりん、と小銭を投げ入れた。

「守矢は、電気的な意味でパンクで、お世話になっているから」

 電気的な意味でパンクというのはいかなる意味かよくわからなかったが、賽銭はなんであれありがたい。

「ありがとうございます」

 早苗は微笑みかけた。
 それにしても、電気的な意味でパンクか。全く意味がわからなかった。もし、ミスティアが言っていたら、何となくは納得できたのだろうか。

「響子さんって、元々パンクが好きだったんですか?」

 ふと、早苗は問いかけた。

「どうかな。好きとか嫌いという以前に、ミスティアに聞かされるまでは、パンクなんて知らないし聞いた事も無かったよ」
「考えてみれば――」

 思えば、考えたことはなかった。気にしたこともないかもしれない。
 どうして、二人はバンドなんて始めたのだろうと。
 早苗が二人とまともに関わった頃には、とっくに鳥獣伎楽はあったからだ。夜になれば月が浮かび、朝になれば太陽が昇る。
 二人が鳥獣伎楽であるということは、それほどに当然のことに感じられていた。

「――結成秘話、という程でもないんでしょうが、どういういきさつでバンドを始めたんです?」
「ミスティアもいるときの方がいいんだろうけど……別にたいしたことは無いよ。私が山で叫んでいたら。『バンドをやるわよ!』ってミスティアに拉致された。どっかから拾ってきたipodから流れる音で洗脳されて、今にいたる。それだけ」
「シンプルな物で」
「ま、自慢じゃないけど、私より大声を出せる奴はそうはいないさ。歌うのは好き。と言うか、叫ぶのは本能だからね。いいところに目を付けたと思う」

 いい加減で、有り体で、だけれど響子はバンドに満足しているんだろう。それは重々伝わってきた。
 早苗は「でも」と思った。じゃあ、どうして、ミスティアはバンドなんて始めようと思ったのだろう? どうして、彼女はパンクが好きになったんだろう? どうして、楽器を持つことにしたのだろう?
 そもそも、ミスティアは問いかけていた。「どうして」と、ミスティア自身はどうなのだろう? どうして、バンドをやるのだろう。

 疑問が、頭を埋め尽くしている。知りたかった。
 あれ以来、ミスティアには一度も会っていないが。
 知りたい、と思う以上に、ミスティアに会うのが気まずく思えた。

「……そういえば、今思い出したんですが」

 早苗は言った。それは、全く持って「今思い出したこと」ではなかった。

「ミスティアさんに、エフェクターを借りたままだったんですよね」

 ギターをへし折って、帰ってきた瞬間、気が付いた。ツブレーターを持ったままであることに。
 それ以来、返さなきゃ、は後回しだ。

「すいませんけど、ミスティアさんに返してくれませんか? 響子さんの方が練習なりで会うでしょうし……今度、またライブですよね?」

 早苗は、今思い出したというように装って、言った。
 
「うん、練習の時に渡せるだろうけど」
「そもそも、響子さんも必要なんじゃないですか? ビッグマフも、必要ならあげますよ」
「私にはいいや。声を使って手も使って、更に足とかもう面倒でごめんだもの」
「いずれにしても――」

 早苗が言いかけて、

「エフェクターは今すぐ必要なわけでもないし、その内早苗が返せばいいさ」
「そう、ですね」

 響子の声を被せられた。無理に押しつける気にもなれない。

「それにしても、山も変わったなあ。私が住んでいた頃は、もっともっと閉鎖的だったのにね」
「どうでしょうね。神奈子様は『天狗は頭が固くて閉鎖的で話にならない』とかいつもぼやいてますが。実際、家も参拝客はほとんどありませんよ。分社の方にはそこそこいますが」
「それでも、だいぶんましになったんじゃない?」

 ましになった、と言われればそうなのかもしれない。

「山には早苗という人間が住んでる。この世界も、やっぱり変わっていくからね。寺も出来たし、道士たちは物好きに崇敬されている」
「まあ」
「天狗が閉鎖的で参拝客が来られないというんだったら……聖に言うといいかもね。きっと、手助けしてくれると思うよ」
「商売敵ではありますが」
「なに、『山を開放的にすることが人間と妖怪の調和した光り輝く世界への一助となるのです』なんて言えば、きっと協力してくれるよ。『本地垂迹』と言えば、商売敵というのも気にしないんじゃないかな。そもそも、聖は商売敵とか気にしないと思う」
「確かに、神奈子様も他の宗教と争っても参拝客は増えないと仰ってましたけどね」
「私もそう思うよ」

 白蓮と大げんかをして飛び出てきた……聞いていただけに、随分と好意的な言葉が出てくるのは意外だった。

「まだ、神社には戻ってないんですか?」
「戻るわけがないよ。パンクを騒音だのバンドは迷惑だからやめろだの、誰が戻るかって。土下座しても私は戻らない」

 問いかければ、辛辣な言葉が返ってきたが。

「とりあえず。白蓮に交渉させれば、悪くないと思うよ」

 だが、白蓮への評価は揺るがぬようだった。

「そうですねえ……あまり詳しくは知りませんが、仏教ってとても論理的な印象がありますし、説法で話にもなれてるでしょうから、交渉事には向いているのかもしれませんね」
「それもあるけど……」

 響子は顔をしかめ、世にも恐ろしい物を見たかのように体を震わせていた。

「白蓮の筋肉交渉術をなめない方がいい。その気になれば、天魔だろうがなんだろうがすり潰せるよ、きっと」

 ぶるり、と体を震わせる姿は生々しく。「すり潰せるは比喩じゃないから」と続けた言葉は、実感が籠もっているように聞こえた。
 早苗は、かつて魔界にて垣間見た白蓮の動きを――超人「聖白蓮」の凄まじい動きを思い出す。

「殺生はしないという点は信じていますが」

 体を震わせ、頷いた。物理法則がねじ曲がったような凄まじい速度、動き。肉体強化に特化した魔法使いの本気という物は、想像するだに恐ろしく思えた。まさしく脱兎の如く、早苗は逃げ出した物だった。

「そこだけは大丈夫だろうけど」
 
 それ以外は、どこまで大丈夫なのだろう。山の形が変わるくらいは、あり得るのだろうか。
 白蓮がその身体能力を全開にした時を思えば、心まで恐怖で冷めていくように思えた。
 
「ここだけの話。最近の地震の内いくつかはガルーダの爪の練習で起きたんだ」
「まさか」

 口には出したが、三割程度は「あり得るかもしれない」と感じてしまった。

「あまり聖をなめない方がいい」

 響子は声を上げ笑う。早苗も、つられ笑いを浮かべた。

「おっと、賽銭だけ投げ込んだんじゃただの喜捨だ」

 響子は、柏手を打ち、頭を下げた。何を願ったのか、その心中は早苗にわかるわけもない。
 頭を上げると、鈴を鳴らす。そんな姿を見て「順序が違う」と早苗は思った。賽銭を入れ、鈴を鳴らし、それから柏手を打つのが作法なのだから。
 わざわざ、指摘する気にはならなかったが。「最近は神もフランクな方が受ける」という神奈子が、そんなことを気にするとも思えなかった。
 響子は賽銭箱に背を向け、境内の中を歩き回る。その横を、早苗も付いていった。
 これまで、神社に来たことなど無かったのだろうか。神社の中の事物を指さしては「あれは何?」などと問いかけてくる。

「あれは、宝物庫です」
「ああ、あれが外の世界の品が封印されていると言う」
「でも、がらくた置き場ですよ。使い道が無かったり、そもそも使いようのない物をまとめて放り込んであるだけですから。ギターも、あそこから持ってきてたんです」
「へえ」

 短く呟き、響子は宝物庫の前から離れた。ぶらり、ぶらり、と宝物庫の前を歩き回っている。
 神社の中の事柄は概ね聞き終えたのだろう。特に質問することもなく、ゆっくりとした足どりで、木々や空を見やっていた。
 響子が口を開かないと、早苗からするような話は殆ど無かった。決して重い空気ではないが、無言が二人の間に広がっていた。
 何かを話そうと思ったけれど、話す話題が見あたらなかった。
 自分が鳥獣伎楽だった頃、山ほど顔を合わせて、話していた相手なのに。
 でも、と早苗は思った。考えてみれば、話すことはバンドのことばかりだった。バンドという絆が途切れた今は、話すことが見あたらなかった。
 神社の中のことは話し終えた。寺の話も、先ほど話していた。
 少し、寂しい気分になる。他に、取り立てて話したい話題が……話すべき事も、見あたらなかったからだ。

 二、三の話を振ってみても、振られても、あまり広がる感覚は抱けなかった。
 話すことがない。思っていると、

「ミスティアのこと、怒ってる?」

 響子が問いかけてきた。不意を突かれたような気分になる。

「……いいえ」

 早苗は首を振り、答えた。考えるよりも早く、声が飛び出てきた。
 まさしく、本心ではあった。怒ってはいない、憎しみもない。それは、間違いのないことだった。

「エフェクターを返し忘れたって嘘でしょ? 几帳面な早苗が、貸し借りを忘れるわけがないもの。霊夢ならさておき」
「…………」

 図星の言葉を受けて、早苗は狼狽した。
 嘘を見抜かれていたのもそうだったが、あからさまな嘘を感じながら、響子が傍らに居続けたことに、酷く恥ずかしい気分を抱いた。

「怒ってはいないんです。本当に。でも……顔を合わせにくいと思ったのは本当の話です。だって――」

 だって、なんなのだろう。

「――やっぱり喧嘩をしたと思うし、そうすると、なんだか」

 自分が嘘を付いていると、はっきりわかった。喧嘩をした。お荷物と呼ばれた。それも皆無ではないのかもしれない。
 でも、それは同意でもあった。言われれば、清々しい気分すら覚えたのだ。
 
「私もさあ。聖に怒ってはいないんだよ、きっと。聖が嫌いなわけじゃない……でも、気まずいね。それに、聖はパンクなんてやるなと言うだろう。そいつは嫌だ」
「難しいですね」

 早苗はありきたりで中身の無い返事を返す。話の内容は、さほど気にしていなかった。自分が嘘を付いたと、今回は思われていないはずだ。安堵していた。

「エフェクターは、いつか早苗が返せばいいと思うよ」
「ええ」

 早苗は頷く。いつか、返しにいかなければとは思う。それがいつなのかは、考えもしない。

「今度、豆乳でも持って返しにいきます」
「豆乳が増えると私たち薦めだすから……無くても薦めるけどさ。ミスティアの豆乳愛はどこから出てくるのか不思議でならないね」
「不穏な味が足されていない豆乳なら私は構わないんですが。ダイエットにもよさそうだし」 

 豆乳のことを少し話せば、また話すことが見あたらなくなった。神社の中を見るにも、十二分な時間が過ぎていた。
 それでいて、どこか人寂しい気分を早苗は覚えていた。
 やはり、鳥獣伎楽であった頃を思い出してしまったのかもしれない。
 戻る気は無いけれど、別に、友達が欲しいならば、バンドでなくてもいいのだ。

 くしゅん、と鼻が出た。やはり、九月にもなれば山は寒い。肌寒さを感じ始めていた。

「お茶――」 
「お茶でも飲みに行かない? 温かいお茶を」
 
 二人は、殆ど同じタイミングで言った。

「ええ。いいですよ、どうせ暇です。響子さんが忙しくないのならもちろん、構いません」

 お茶を飲むくらい、仲間でなくても問題は無い。

 ♪

「いつから家は喫茶店になったの?」

 お茶をくれ、と言う響子にそう返しはしたが、霊夢は奧に向かった。
 二人は境内に座り、茶を待つ。

「下まで来ると、まだ熱いですね」

 早苗はカーディガンを羽織っていた。カーディガンを脱いで、カットソーだけの姿になる。

「なんだか、よそ行きみたいな格好ね。Tシャツ姿なんて、見たこと無いわ」

 盆に、三つの湯呑みを載せて、霊夢が戻ってきた。お茶請けのような物はなかったが、そこまでの贅沢は言わない。

「たまには、私服を着たくなるときも」
「私はそんなのないからなあ」

 両手で湯呑みを持ちつつ、霊夢は呟いた。

「三番茶ならまだまだいけるわね」

 そう続けるのでは、霖之助の繕う巫女服以外は、確かに厳しいかもしれない。
 お茶の色はかなり薄い黄色だったが、少なくとも霊夢には問題が無いようだった。

「最近、太ってちゃって……外の世界から持ってきた服が入らなくて、なんだか何もかも嫌になって……」

 早苗は嘆息しつつ言った。

「……わからなくはないわ。そんなに食べてはいないし。お酒は飲んでるけど、なんか来ている気がするのよねえ」

 霊夢も、暗い声で同意した。早苗の目からは、特別に太ったとは見えなかったが、こと、体重となれば、些細な事でも気になるとは、よくわかる。

「でも、お酒のカロリーは太らないんでしょ?」
「エンプティカロリーでしたか。ただ、お酒だけでカロリーをまかなえば食べ物のカロリーが体に溜まって太ります」
「なるほどねえ。でも、ドラムで体を使ってる気はするのに」
「それ以上に練習が終わった後に飲んでいるのでは」
「終わった後のビールが美味しいのよ」

 しみじみ、と体重を思う乙女達を、響子は不思議な物を見るようにして見つめていた。

「太るだの太らないだの、人間は大変だねえ」
「霞とか驚きとか血を食べる奴らはともかく、妖怪だってメタボになる奴はメタボになるでしょ。前に、紫がジョギングしてたわ。『冬眠開けは太って困りますわ』と。二の腕をたぷたぷさせては」
「私には無縁さ。歌って、体を使ってるからね。腹式呼吸ってダイエットにいいんでしょ? 二人も山で叫ぶといい。他の山彦も喜ぶよ」
「山登り自体がダイエットになるかしらねえ。歩いて、天狗を追っ払えば……でもだるいなあ……」
「煎餅でもないの? ダイエットの邪魔にならないように私が処分してあげるから」
「そんな贅沢品は常備してないわ」

 煎餅が贅沢品かは見解がわかれるが、ともあれ三人は三番茶を飲み干した。
 
「四回くらいは出るかな……ちょっといいお茶だし」

 と呟く霊夢を、

「私が入れてきますよ」

 早苗は制す。四番茶はもはやお茶と読んではいけないという確信があった。もし、千利休が霊夢の茶を見れば、わびさびの心も忘れ、やかんで殴りつけるに違いあるまい。
 台所に向かう道すがら、霊夢の部屋の前を通った。襖は開けられたままだった。

 ――開けっ放しで、だらしないなあ。

 思い、襖を閉めようとする。
 瞬間、ギターケースが見えた。早苗の持っていたソフトケースよりも、遙かに上等な物だった。"Gibson"と書かれたケース。ほんの一瞬見ただけでも、高価で頑丈だとわかる。
 様々なことが脳裏に過ぎり、だが、足は台所に向かっていた。
 台所の薪には、火がくべられたままだった。やかんを置いて、湯を沸かす。

 霊夢がギターを使うことはないだろうから、響子の物だろうか。ライブはいつも参道で行われる。まったくゲリラではない、ゲリラライブを。
 響子が買い求めることも、おかしくはなかった。ミスティアの持っていたギターは、ボロボロだったからだ。ボディにひびの入る程に酷使されたギターを使い続けるよりは、買い求める方を選ぶだろう。
 
 いずれにしても、あのヴィクトリーは売れてしまったのだ。もし、売れ残っていたとしても、自分が買いに行くことはなかっただろうし、もう、ギターを弾くことも無い。
 それなのに、無性に寂しい気分が襲ってきた。今更になって、欲しくなった。
 
 シュー、シュー、とやかんが湯気を立てている。早苗は慌ててやかんを取った。

「あちゃ!」

 と手を離し、雑巾を取った。雑巾で取っ手を掴むと、鍋敷きの上に置いた。
 湯を冷ます間に、急須からお茶を捨てる。水で洗って、新しくお茶を入れた。
 未練だな。と思いつつ、湯が冷めるのを待った。ギターケースを見て一瞬かき乱れた心を、落ち着かせる。その間に湯も冷めていて、急須に注ぐ。
 手早く湯呑みに注いで、縁側に戻った。

「まるで別の飲物みたい」

 響子は感嘆したように呟いた。深く、それでいて澄んだ緑色。鼻に抜ける香気。満足そうに飲む顔が、味を示している。 
 平凡だが愉快な話を、三人はしていた。霊夢がいれば、早苗の口も軽くなる。もう、長い付き合いだ。すっかり気心はしれていたし、バンドなどなくとも、話すことは幾らでもあった。話すべき話題は無くても、口から言葉が流れてくる。

 響子とも、そうなれる気がした。友達なら、簡単になることができる。
 喚いて、ギターをへし折って、ミスティアからは散々に言われ、バンドを逃げ出した身だが、今は、忘れられていた。このまま、忘れられるのだろうと、友人のまま、愉快に過ごせるのだろうと思えた。
 ミスティアとも、もう気楽に会える気がした。諍いを起こす必要など、もうないのだから。
 何より、最後に見たミスティアの顔は、穏やかな物だった。

「ねえ、早苗」

 響子が口を開く。湯呑みは空になっていた。お茶でもお代わりするのだろうかと考えつつ、早苗は返した。

「はい」
「音を楽しむ、と書いて音楽と言うじゃない」
「ええ」
「早苗は、ライブの時は確かに大慌てだったけれど……練習をやっているときは、楽しかった?」

 どうだろう? と早苗は口をつぐむ。ライブが近づくに連れて襲ってきた焦燥感、緊張感。ライブの時は頭が真っ白で、三人に、嫉妬や羨望を覚えていた。
 それは楽しいとは縁遠い言葉だったかもしれない。

「もちろん、楽しかったですよ。なんだかんだあっても、いい思い出です。最初に音をみんなで出したときは、本当に快感でしたね。あんなに気分がいいことってあるのかってくらい」

 それでも、最初の時に感じた気持ちは、確かに愉快なことだった。音を出すのは、本能的な快感があった。
 それだけでもない。仲間と共に目標に向かうことは、何よりも尊い記憶に思えた。
 四人で練習をして、終われば酒を飲んで。
 それが楽しくなかったとは、口が裂けても言えないことだった。

「早苗、また一緒にやろうよ。私も、早苗とやって楽しかったよ。霊夢もそうでしょう?」
「ええ」

 口裏を合わせての話では無いようだった。霊夢の顔には唐突な言葉だという色が浮かんでいたし、返事も極めて短い物だった。しかし、同意だった。
 短さが、本心だと感じさせた。最後を忘れさせるには十分だった。

「私も、楽しかったわ。別に……霖之助さんの言っていたような高尚なことを思ってやるのは難しいし」
「難しいことって?」
「その……人間と妖怪が協力してやるのはいいことだね、みたいな。ちょっと臭いけど、霖之助さんは半妖だし、そういうのはわかるわ」
「聖も、そんな感じかあ。人と妖怪が手を取り合う光り輝く世界。……私も、そこまで深く考えてはいないよ、単純に、音楽なんだから、楽しく出来ればいいよねって話」 

 にこりと笑って、響子は言った。人なつこい笑みだった。
 その呼びかけは、本当に嬉しい物だった。

「……ありがとうございます」

 早苗の人生は、いつも待ち続け、待ち続け、受動的な物だった。
 ならば、呼びかけられることは――誘われ、手を差し伸べられることは何よりも望んでいたものだった。
 初めて霊夢に誘われたときは、嬉しかった。バンドが何かも、よくわからないままだった。それでも、誘われたことは嬉しかった。
 自分が、輪の中に入れることは。

「こないだも言ったけれど、別に、一回や二回くらい失敗してもいいじゃない。ミスティアはお荷物なんて言ったけれど……それなら、私たちで引っ張ってやるってのがバンドじゃない? 一人でやるんじゃないだもん。私たち、四人でやるんだから」
「珍しくいいことを言うわね」
「聖が聞いたら泣いて喜ぶ?」
「かもね」

 霊夢は微笑み、響子は得意そうな顔だった。
 早苗も笑っていた。心底から嬉しかった。目が、少し滲んでいた。嬉し泣きを浮かべ、

「ありがとうございます」

 同じ言葉を繰り返す。
 嬉しかった。それは確かだ。でも、嬉しいの意味は違うように思えた。
 誘われた事よりも、気遣いが嬉しい、という気がした。

「……やっぱり、ずっと気になってたんだ。あんな最後って嫌だなって。霊夢も、きっとそうでしょう?」
「……うん。後味は、よくないわよね」
「ミスティアだって、きっとそうだよ。ミスティアには言ってないし……今、思いつきで言ったんだけど、ミスティアとは付き合いも長いから、あいつのことはわかってる。一度二度の失敗でどうこう言うほど狭量ではないし、喧嘩したことをねちねちと引きずるような奴じゃあない」
「それは、パンクじゃないわね」
「なんでも、パンクと言えば解決が付くねえ」

 早苗は、小さく首を振っていた。その姿は、二人には見えていなかったようだった、不確かで、小さい首の振り方では、感情など伝わらないのだろう。意味の無い、ごまかしのための作り笑いのように。

「喧嘩じゃ、ないです」

 何を口にすればいいのかわからなかった。
 
「まあ、ライブの後の反省でもいいけど」

 喧嘩じゃない。喧嘩なんて物よりも、もっと深く、濃密なことだと思えた。友達を相手にすれば、絶対に口にしないような言葉。
 だけれど、それは真に自分を思い、理解しようとしていたと思えた。誰よりも、ミスティアこそが。
 いや、目の前の二人が、自分を思っていないわけではない。

「……私も、いつ渡そうかと思ってたんだけど」

 霊夢は立ち上がり、奧に向かった。ややあって、戻ってきた。

「売れてしまったら嫌だから、買ったの」

 手には、ギターケース。

「もちろん、ツケだけどね」

 開ければ、ヴィクトリーが収められていた。
 霊夢は照れくさそうな笑みで言った。

「他の人が持つよりも、早苗が持つのがいいと思ったの。バンドをもう一度やろうと思って買ったわけじゃなくて……やっぱり、感情的になって壊すのはなんかなあって。私も感情的になることはあるけど」
「よく、あるじゃない? それが鬼巫女でしょ」
「なんか言った?」
「いや、何も」

 ふう、と付いた息と、睨み付ける目で、響子の茶々を黙らせる。

「でも……やっぱり、心のどこかでは、そう思ってたのかな。どこかじゃない、殆どかも。私にとっては、バンドは四人でやっていたものだし、早苗に戻ってきて欲しいって、また、一緒にやりたいって……うん、思ってたな」

 言葉の一つ一つが、心底から嬉しかった。響子も霊夢も、本当に友達思いなのだと思えた。そんな彼女たちと知り合えた自分は、本当に幸福なのだと思えた。

「受け取れません」

 なのに、早苗は首を縦に振ることが出来ない。
 霊夢は少し慌てたようにして言った。

「……別に、値段とかそう言うのは気にしなくてもいいわ。負けに負けさせたし。なんなら、貸してあげてもいいわ。ミスティアにもエフェクターを借りてたじゃない。どうせバンドに必要なら、誰が持ってても同じでしょ? 同じ音を出すために、いるんだから」

 早苗が、心底から嬉しかったのは確かだ。
 同時に、絶望にも似た気分を覚える。

「そういうことじゃ、ないんです」

 ミスティアがどうなのかはわからない。もし。仮定の話として、ミスティアを抜きにしてバンドをやるとして。
 二人は同じように接するだろう。愉快に、朗らかに音楽を楽しむだろう。
 早苗だって。ずっとそうしたいと思っていた。それは、憧れだった。
 だけれど、もう、そんなことは憧れではない。

 自分の思いを理解できない友達思いを見て、早苗はわかった気がした。
 バンドをやる理由。いや、音楽を奏でる理由かもしれない。
 前からわかっていたのかもしれない。
 だから、本当に辞めようと思えたのだと、思い出せた。

「……音を楽しむのも音楽だと思います。でも、それだけじゃない。私は、気が付いたんです。ミスティアさんもきっとそうだと思います」

 二人は、当惑したような顔を浮かべる。早苗の言葉を掴みかねているようだった。
 当然の反応だと早苗は思う。まったくもって要領を得ない説明。他人にわかるものか。
 
「霊夢さん。響子さん。二人は、どうしてバンドをやるんでしょう? 楽しいからですか? それとも、喝采を浴びたいからでしょうか――」

 ミスティアと同じ問いを、早苗は口にした。
 自分の感情を、どうやって言葉にすればいいのか、よくわからない。
 だからこそ。そう、だからこそ、音楽があるのだと感じた。
 今、この瞬間に自覚したこと。だけれど、ずっと前から感じていた気がした。少なくとも、曲を作った瞬間から……わかっていたと思えた。

「私は、そうでした。スタジオは秘密基地みたいで、みんなでライブに向けて練習するのは素敵でした。そういう仲間に、私は憧れてたんです」

 バンドをやらなければ、バンドを知らなければ、それで代替出来た。
 バンドでなくても、よかったのだろう。サッカーに誘われれば、それでもよかった。野球でもラグビーでも他でも。

「それと、やっぱり、ステージの上に立つのは憧れでした。みんなの視線を集めて、ヒーローになるのは。……こっちは、失敗しちゃいましたけどね」
「今まで、意識したことはなかったけれど」

 霊夢が答える。

「そうね……異変だのなんだのあるけれど、私の人生で協力することなんて殆ど無かった。精々が、紫にこきつかわれるくらい。……それもそれで楽しかったし、バンドで、みんなで一緒にやるのは、それよりずっと気分がよかった。喝采というのも、そうかな。こころの舞とか、憧れたのは確かね」
「私は、叫べればそれで満足だね。後ろにみんながいれば、一層の爆音になる。もちろん、私の叫びに返してくれれば嬉しいさ。山彦とは逆だけど、それって、嬉しいことでしょう? だから、山彦は大声で声を返すんだし」

 二人の言葉は、いつかの、早苗の考えと同じだった。
 早苗が、ずっと夢見て、憧れていたことだった。
 そのための舞台は、すぐそこにあるのだ。一度は投げ捨てたそこに、二人は誘ってくれようとしている。
 
「二人の考えは、よくわかります。私もそう思っていたから」  
 
 だが、早苗はその手を取る気になれなかった。
 自分勝手な物言いだとは自覚していた。

「でも……違うんです。私は、そんなことがやりたいんじゃない。仲良くやろうとか、楽しくやろうとか、そんなことなら……バンドなんてやらなくっていい」

 だが、自分に対する嫌悪感は無かった。

「霊夢さんにも、響子さんにも、私の気持ちなんてわからない」

 その声は、落ち着いていた。胸の奥では、感情が渦巻いていて、それでいて頭ははっきりとしていた。

「私は、みんなが羨ましかった。私は……世の中の殆どの人がそうかもしれませんが、平凡か、無能なんです。私が歯を食いしばって、必死になって壁を昇っているときに、貴方たちは軽々とその後ろを飛び越えていって、追いつけない。仲良くしようなんて、私にはできません。楽しくなんてのも、できません」
 
 二人は押し黙って、早苗の言葉を聞いていた。二人の目を見据えて、早苗は続ける。

「私は、自分がお荷物だとわかってしまったから。引っ張り上げるなんてのは、引っ張り上げるだけの力がある人に出来ること。他人を抱えられるくらい、余裕がある人が出来ること……自分一人も支えられない私の気持ちなんて、わかりはしない」

 自分が酷い言葉を吐いているという自覚はあった。それでも、自分が言えていることは、誇らしさに似た感覚があった。

「ごめんなさい。私がとても酷いことを言っているのはわかるんです。自分が、好意を踏みにじっているのはわかるんです。でも、今の私と、今の二人が、一緒にやっても意味が無いと思えます」

 霊夢が、口を開こうとした。しかし、音は漏れなかった。「そんなことはないわよ」という形に動いていた。その言葉は軽薄だ。その程度は、霊夢にもわかった。

「でも……だからこそ……私は、音楽をやりたいと思った。ようやく、思えました。私には、吐き出したいことがあって、形にしたいことがあって、それは最低で無能な私から生まれているんです。こんな私にしかできない物が、きっとあるはずなんです」

 言い終えて、早苗は大きく息を付いた。
 バンドをやる理由が、わかった。
 自分には、どうしようもなく吐き出したい思いがある。衝動がある。自覚できていた。
 もしかすると、バンドを辞めると決めたときに、ようやく生まれた理由かもしれない。
 でも、それは確かなことだと思えた。
 自分は無能で、拙い。だからこそ生み出せる物があると思えた。
 バンドは、それを芸術に昇華してくれるだろう。 

 昇華するためのひな形……それがあれば、自分にも武器が手に入ると思えた。
  
「……ごめんなさい。どう考えても、今の私にはみんなと一緒には出来ないんです。そんなのは、辛すぎるって思えるから」

 しかし、それを伝える相手は、認めされる相手は、きっとミスティアだと思えた。何よりも、彼女だと思えた。
 早苗は二人に背を向け、浮かび上がる。
 
「ごめんなさい。私は、ミスティアさんに渡さないといけないものがあるんです」

 もう、二人の姿は見えない。何か、声が聞こえて、聞き流した。
 得難い友人を失うことに、恐れは無かった。軽蔑されたとしても、呆れられたとしても、受け入れられた。
 それは、自分の選択なのだから。でも、まだケリを付けられたわけではない。
 早苗は全力で飛んでいく。歌を歌わぬ夜雀の元に向かって。



 当たり前の話。それでも、一生抜けない感覚なのだろう。
 携帯電話が無いことがもどかしかった。携帯電話で連絡をとる。そんな感覚を覚えてしまった身には、一生抜けないもどかしさだった。
 顔を合わせることを避け続けていた。それでも、今は誰よりも会いたかった。今、この瞬間に合わなければ、気勢が削がれてしまいそうだった。
 早苗の決意も自信も、その程度だ。それでも、この瞬間は本当の決意だった。

「久しぶり」

 最初の選択で、ミスティアに出会えたのは幸運だった。家に行くか、スタジオに行くか、迷っていたからだ。
 ミスティアは、ギターを持っていた。練習でもしていたのか、暇つぶしか。いずれにしても、安堵を覚えていた。そもそも、前もって約束でもしていない限りは、どこにいるかもわからない。それが、当然のことだ。この世界では。

「お久しぶりです」

 笑顔で、有り触れた挨拶を言った。ミスティアも、親しげに笑みを返した。
 ライブ後のことを引きずっているようには見えなかった。同時に、さして関心を向けたようにも見えなかった。
 笑みを投げかけると、ミスティアはギターを見やり続け、早苗の方を向きはしない。
 別段、声をかけられることを拒絶しているわけではないだろう。声を出せば指が止まる早苗とは違うのだから。
 ギターを弾きながら話すことは、早苗が歩きながら話すのと、同じ程度のことだ。

「その、忘れ物がいくつかあったんです。ツブレーターを借りっぱなしだから、返さないとと」
「ああ。まあ、今すぐ必要ってわけじゃないけど、早苗にも、もう必要ないからね。その辺に置いておいて」

 早苗はツブレーターを床に置いた。
 もう必要ない。その言葉が、胸に刺さるように思えた。
 スタジオの中は相変わらず物が多く、汚く、埃っぽかった。彼女が鳥獣伎楽であった頃と、何も変わらなかった。

 初めてビッグマフを繋いだ日を、思い出す。
 あの時も、二人だけでスタジオにいた。音楽の話をして、少しだけ他の話をして、二人で音を出していた。二人で、一つの曲を奏でていた。
 今も、ここには二人がいる。
 ミスティアは、淡々とギターを鳴らしていた。壁にはベースがかけられていた。
 一人で、一つの曲を弾いていた。

「前から思ってたんですけど、それって、左利き用なんですか?」
 
 ミスティアのギターは、ボディとネックを繋ぐ部分が、上下共に大きく抉られている。下半分の角が大きく伸びている。
 異常な形だ。重心を上に向けるのが、真っ当なギター。重心を下に置けば、ヘッドが垂れてしまう。
 
「ボディは、そうだろうね。逆さまだもの」

 左利きを、無理矢理逆さまに持っていると言うことは、一目瞭然だった。

「ニコイチなんだ。ボディだけ拾ってて、しばらくしてからネックだけ使えるギターを拾って、付けたの」

 ネックには"Burns"と書かれていた。早苗には、聞いた事も無いメーカーだった。それでも、ずっとバーンズというところのギターだと思っていた。しかし、それは半分だけらしい。どこのギターなのかは、もう永遠に謎だ。

「弾きにくく無いですか?」
「持てばわかるよ」

 ミスティアはギターを外して、早苗に手渡した。
 予想以上に弾きにくかった。根本的にバランスがおかしい。ボディが左利き用という事はあるだろう。
 それだけではない、ネックとボディの重量配分もおかしかった。無理矢理に付けたのだと、よくわかる。

「よく、こんなので弾いてましたね」
「他にはなかったもの。しょうがないさ。エレキギターなんて、手に入っただけ奇跡だったしね」
「その割には扱いが荒かったような……」
「その方がパンクだから」

 ミスティアは苦笑した。
 一応、整備はされているようで、調整できる部分は及第点というところではあった。アンプは殴って直す。というミスティアの整備がいかな物であったかはともかく。
 幾つかのフレーズを、早苗は鳴らす。鳥獣伎楽でおなじみの曲だ。
 ミスティアがベースを持つことはなかった。合わせないといけない曲など、もう、二人には無い。

 口を開き、いいあぐね。大きく息を吸って。早苗は言った。

「霊夢さんがギターを買ったそうですよ」

 ミスティアは、無言だった。その意味合いを察したのだろうか。早苗には、そう思えた。
 ギターをたたき壊し、喧嘩別れをした自分のための、施しをした。ミスティアは、そう気が付いていると。

「響子さんが持てば、ライブも楽になるでしょうね」
「響子が持ってもしょうがないさ。響子は別に拘りとか私以上にないだろうし、歌を支えるために、とりあえず音を出さなきゃ。それだけだもの」

 どこか、腹の探り合いのような会話に思えた。その雰囲気は、早苗には嫌悪感を感じるものだった。
 まだるっこしくて、上っ面。

「……霊夢さんに、言われました。また、一緒にやろうって。響子さんにも、言われました」
「私はそんな話は聞いてないけど……」

 ミスティアは首を振る。

「……でも、ここにギターも持たずにいるってことは、早苗は断ったんでしょう?」
「はい」

 早苗は、ギターを外し、スタンドにかけた。滑り落ちるギターを抱えながら話せるほども、早苗は器用でも達者でもない。

「だって、私がここにいる意味を見つけられなかったんです。じゃあ、一緒にやっても意味は無い」

 早苗は首を振った。

「また、一生にやろうと響子さんが最初に言ってくれて……霊夢さんも言ってくれて……それは、本当に嬉しかった。でも、今の私がここにいても、お荷物で意味が無い存在だと思えたんです。だから、一緒にやろうとは思えませんでした」
「これは本当に自分勝手な話だとわかってるけど」

 ミスティアは、早苗の方に足を近づけた。小柄な体で、少し見上げるようにして、早苗を見据えた。

「もし、早苗が、もっと上手くなれたなら、響子や霊夢の代わりにはなるかもしれない」
「代わり?」

 静かな声での問いかけだった。しかし、口に出した瞬間、怒りに似たような思いがわき上がる。

「代わりって。その言い方は酷いでしょう。一緒にやってる二人じゃないですか。代わりが効くとか……私は、バンドってそんなものじゃないと思います。だいたい、ミスティアさんだって言ってたじゃないですか。『バンドは運命共同体』だって。なにそれ、代わりの効く人が、運命を共同だとか」

 半ば以上に声を荒げ、早苗は言った。
 自分が立ち入れない空間。互いを認め会える存在だけが踏み入れる、濃密な空間。
 バンドとは、そうでなければならないと思えていた。代わりの効かないほどに、重要な相手と行う世界だと。
 だからこそ、自分の何歩も先を行って、自分に手を差し伸べてくれる余裕がある二人とは、バンドは出来ないと思えていた。

「……ごめん」

 早苗の荒だった声を聞いて、ミスティアは弱々しい言葉を言った。顔も、沈んだ色を見せていた。
 珍しい……初めてかもしれない。彼女の、そんな姿を見たのは。

「……でも、私はバンドはそれでいいんだと思う。酷い言い方かもしれない。人情味も何も無い言い方かもしれない。それで気を悪くしたなら謝るのはいい――」

 その弱さは、瞬時に消え失せた。確信を持ったかの表情で、ミスティアは言った。

「――バンドってのは、きっと一つの生き物なんだよ。どこかがすげ変わっても、同じ生き物なんだ。一つの曲を鳴らす、一つの生き物。だったら、代わりが効かないなんて意固地な方が、私は冒涜だと思う。バンドって物の意志や言葉は、一人の言葉よりもずっと強いと信じてるから」

 見上げる形になりながらも、ミスティアは早苗の目を見据えている。明確な意志を感じる視線。

「ミスティアさん。どうして、貴方はバンドをやりたいんですか?」

 強い視線に向けて、早苗は言葉を投げかける。

「私のやりたいことは、私一人じゃ出来ないから。だから、私にはバンドが必要なんだ。バンドでないと駄目なんだ」

 ミスティアの返事は素早かった。明確な意志を感じさせるに足りる速さ。

「私には、何かを作りたい。私にだって、吐き出したい。私みたいな鳥頭には、分不相応な憧れかもしれないよ。でも、それが私の夢なんだ。だから、私にはバンドという道具が必要。私は、バンドの一部にならなきゃいけない」

 言い終えて、口を開き、歌を歌う。
 
 ――人形一家だ、スーズランラン♪  

 早苗に取っては実に耳馴染みのあるメロディだった。急に聞こえてきた歌は間が抜けていて、思わず吹き出しそうになる。
 なんとも、場違いに感じられた。

「早苗なら、この歌を知っているんじゃない?」

 対照的に、ミスティアは真顔だった。

「ええと……まあ……天才的に馬鹿なボンボンの歌ですね」
「私はよく知らないけど、そうみたい」

 早苗には、替え歌にしか聞こえなかった。

「替え歌なんだと思う。もっとも、それもよくわからないよ。私の拾ったipodには入ってなかったし、私は、結界を超えたこともない」

 幾つかの歌を、ミスティアは歌う。「あっかるーい、なっしょなー♪ 地球の光~、レーザーの光~♪」「巫女巫女レイムッ 巫女巫女レイム~♪」例えば、そんな歌を。
 早苗には耳馴染みがある曲もあれば、そうでない曲もあった。

「歌を歌うのはいいね」
「リリンの生み出した文化の極みですか」

 ミスティアが首を傾げる姿を見て、慌てて早苗は咳払いをする。特に気にすることもなく、ミスティアは続けた。

「昔の話さ。早苗がここに来るよりもずっと昔の話。あの、花が咲き乱れた異変。知ってる?」
「話は聞いていますが」

 六十の周期で咲き乱れる花。紫の花。その異変は聞き及んでいた。

「その頃にさ、私は言われたんだ。『貴方の歌う歌は、貴方の内から出るのではなく、幽かな声を歌にしているだけ』って。その時は、『何をー?』って思ったさ。『これは私の作った歌よ』と思ってたからね」

 ミスティアは、寂しげに首を振った。

「今なら、わかるさ。私には、何も作れないんだ。何も生み出せないんだ。あの頃、閻魔様にお説教されてね。私にもちょいと思うことがあったのさ。柄にもない歌を……鎮魂歌でも歌おうかと思った。で、曲を作ってね『あの桜はアルカリ』というんだけど」
「何をどうしたらそんなタイトルが出てくるんですか」

 ミスティアの寂しげな姿も目に入らず、早苗は全力で突っ込みを入れた。

「天の声かな」
「天の声って」
「誰の声かは知らない。幽霊の声かもね。外の世界から溢れてきたのかも。……そんなのはいいんだ。私は、私だけの曲を歌おうとしてたんだよ。でも、いつか気づいたんだ。私の曲は、私の曲じゃない。幽香の言ったとおりさ、私の曲は、私の内から出るもんじゃない。そもそも、私には吐き出したいような内なんてなかったんだと思う。毎日、愉快に気楽に、何十年も何百年も生きてきたんだ。そうもなるさ」

 ミスティアの顔には、笑みが戻っていた。自嘲気な笑みだと、早苗には見えた。

「だから、私は歌うのを辞めた。ギターを拾ったから、これからは楽器でやっていこうと思ったのさ。昔は自分が歌うときに歌われるのが嫌で……でも、ギターを持つと変わったなあ。私が、誰かを支えようと思えた。そんな時に響子を見つけてね。これは是非仲間にせねばと思った。あいつは声がでかい。どうせやるなら、私より声がでかくて、ノリのいい奴じゃないと物足りないからね。それが、鳥獣伎楽の始まり始まり」
「響子さんは、期待通りでしたか?」

 問いかけたが、「否」という答えが返ってくる予感は有った。
 嫌な質問をしたと思った。

「半分は。響子は期待以上に声がでかかったし、何かとフラストレーションも溜まってたからね。その辺りを歌うと、私たちはあっという間に人気者になった。毎日がラストワードなくらい人気者……でも、何も変わらないね。私たちは替え歌を歌って、みんなの喝采を浴びている。やっぱり、替え歌しか出来ない。響子も私も、作るのは苦手だよ」

 鳥獣伎楽はコピーバンドだった。誰かの曲に、自分の思いを重ねる、コピーバンドだった。

「霊夢や響子は、私みたいな考えでバンドをやってるわけじゃないだろうね。それはそれでいい。音だけで支えてくれたって、いい。でも……早苗は、そうじゃないだろう」
「自分でも、残念ですけどね」

 早苗はため息を付く。自分の技術は、どう転んでも誇れるような物ではない。それはわかっている。

「早苗は、パンクってなんだと思う?」

 パンクとは何かなんて、考えたことも無い。パンクが何かなんて。どうでもいい。
 それでも、早苗には言いたいことがあった。伝えたいことがあった。

「……言いたいことがある」

 ぼそり、と早苗は言った。抽象的な言葉。
 初めて曲を作ったあの時、自分の中の感情を吐き出したくて、止まらなかった。
 それは、きっとパンクなのだと思う。パンクの意味はわからないけれど、それがあれば、ミスティアの側にいられると思えた。ミスティアの側にいられるなら、きっとパンクだ。
 
「私もそうだと思う。パンクは衝動だ。腕も何もついてこなくても、言いたいことがあって、それを出さないと死んでしまう。そんな渇望こそがパンクなんだ」

 己の曖昧な言葉を、ミスティアは捉えてくれた。思えて、嬉しかった。

「私とは近いようで、反対だった。私には言いたいこともないし、とりあえず歌っていれば毎日が幸せ。パンクは怒りで、衝動で、魂の叫び。だからこそ、私は憧れるんだよ。ああなりたい、ああならなきゃ。それこそがパンクで、だから私はバンドをやるの。私だけじゃなんにも作れない。でも、バンドなら違うんだよ、そう信じているんだよ。バンドって言う生き物が、空っぽな私にも作らせてくれると思うんだ。空っぽな私でも、助けになれると思うんだ」

 ミスティアの言葉は熱っぽく、まさしく魂の叫びなのだと、早苗には感じられた。

「不思議」

 だから、そんな言葉が溢れてくる。

「ミスティアさんは、言いましたよね。『私は空っぽだ』とか『私の内には何も無い』なんて」
「……うん。駄目なんだよ。私が思いつく物は、どこかに有る物の何番煎じ。幽香の言うとおり、私の歌は、私の内から出てきている物じゃ無い」
「じゃあ、出せばいいじゃないですか。こんなにからっぽからっぽと話して。じゃあ、あるじゃないですか。からっぽで辛いって、曲にすればいいじゃないですか」
「何も作れない苦しみを曲にする」

 矛盾だ。とミスティアは笑った。声を出して笑った。

「でも、それしか無いでしょう?」

 早苗は言った。
 ミスティアは息を付く。そっと、ため息を。

「それしかないから、私はバンドをやるのかな。私が私だけじゃなくて、バンドの一部が私なら、空っぽも曲になるのかな」
「さあ……」

 早苗は言った。

「やってみなければ、わかりません」
「パンクな言葉」

 ミスティアは苦笑する。

「……酷い言い方だけどさ、早苗が入ると言ったとき、別に誰でもよかった。私以外なら、誰でもよかった。人間がいいとは思ったけどね。私たち妖怪は年も取らないし、人間みたいにあくせくしてないからね。のんびりゆるりまったりと生きてる。私たちには作れない何かを作ってくれると思った。私はそいつにおぶさって、何かを作れると思った」
「私も、誰でも構いませんでした」

 早苗に取っても、誰でもよかった。パンクであろうがなんだろうが、何者が誘おうが、関係があることではなかった。
 バンドという特別な仲間。ステージという特別な空間。望みはその程度だったのだから。
 
「私が鳥獣伎楽で有った頃は、ずっと」

 彼女が鳥獣伎楽で有った頃は、それしかなかった。

「私は、仲間が欲しかったんです。私は、ステージで脚光を浴びたかった。それは、駄目でしたね。最後はもう、せめて仲間でいられるように、迷惑をかけないように。それで精一杯。わかります。それはお荷物ですね。そんな人間がいても、みんなは前に進んでいくんですから。だから私は除け者で、じゃあ辞めるしかないと思いました」

 辞めた今、もっと大きな望みを理解できた。

「ねえ、ミスティアさん。私は、思うんです。友達と仲間は違うって――」

 早苗が話しかけた中で、ドアの開く音が聞こえた。立て付けの悪いドアの音は、ギイギイとけたたましい音をあげていた。

「ああ、よかったよかった。ここにいたんだね」

 ドアの音と共に、見慣れた犬耳が見えた。響子の姿だった。
 
「ああ、重い!」

 その後ろに、霊夢の姿も見えた。ハードケースを重そうに抱えている。

「飛び回っちゃったわよ。ミスティアの家に飛んで、山に行って。本当、重いな……」

 ずしん、と床に置く。古びた床には、凹みが付きそうな程だった。

「早苗。別に、無理に一緒にやろうと言う程じゃないわ。でも、ギターをたたき壊して、もう弾かない、なんてのは寂しいと思う」

 霊夢の気遣いは、重々承知だった。

「私もそう思うな。ギターを持って、暇なときに弾いて、気が向いたらセッションなんてのは、悪くない趣味だと思う」

 響子の言葉は、有りがたかった。

「友達と仲間ってのは、きっと違うと思うんです」

 だけど、そんな物は先ほども散々感じていた。後ろ足で泥をかけるような行動をした自分を、追いかけてくれたのは嬉しかった。
 同時に、妬みを感じた。二人には自分には無い余裕が有って、心の広さを持てている……逆恨みで、酷いことだ。
 友達になら、思ってはいけないこと。

「一緒にいて楽しい人は、みんな友達。でも、仲間ってのは、もっと厳しくて、どこか打算的な気がします。霊夢さん、響子さん、そしてミスティアさん。私は、貴方たちが羨ましい。妬ましい」

 しかし、それが本心だ。

「でも、友達であるなら、そんな気持ちはすぐに消えてしまうと思います。皆さんがバンドで活躍して大成功しても、我がことのように嬉しいと感じられる気がします」

 諦めてしまえば、自分とは違う世界だと割り切ってしまえば、きっと妬みは忘れられると思う。友情が、覆い隠してくれると思う。
 難しいことではないと思えた。外の世界を捨てたときのように、「自分には向いていない」「自分のいるべき場所ではない」と思うことが出来たならば、きっと出来るはずだ。「向いてない」と投げ捨てることも、簡単だ。
 逃げ出しても、誰も攻めはしないと、諏訪子は言っていた。その通りだ、攻めるのは、自分だけだ。

 早苗の目に、アンプの灯りが見えた。スタンバイスイッチの灯り。
 今しかないのだと、早苗は思う。それが近視眼的な考えだとしても、早苗に取っては、確信だった。
 灯りの灯ったアンプ。ギターを繋ぎ、スイッチを上げれば、今すぐにも音が出せる。

「ミスティアさん。ギターを貸してくれませんか」
「……え、ああ、いいよ」

 不意を突かれたかのような返事だった。霊夢と響子も、答えあぐねたような、早苗の言葉の続きを待つかのような表情だった。
 その表情を背に、早苗はアンプのスイッチを入れる。音を鳴らす。
 弾きにくいギターは、チューニングも怪しかった。

「響子さん、言ってましたよね。音楽は音を楽しむ物だって」
「よくある言葉だけどさ」
「でも、それは正しいんだと思います。なんだって、楽しい方が素敵に決まってますしね」

 自分にとっては、感じられない世界。

「私がバンドをやっても、音楽を続けても、多分辛いことばかりな気がするんですよ」

 だからこそ、紡げる物がある。だからこそ、手元にはギターがある。
 早苗はギターをかき鳴らした。緩んだチューニングでかき鳴らすオープンコード。微かに、不協和音に似た響きがあった。
 それでも、曲はわかった。ギターから始まるサウンド。何度も、バンドで奏でてきた曲。
 "Should I Stay or Should I Go"――留まるべきか、進むべきか。
 反語だ。突き進むのが、パンクだ。
 突き進まねばと思った。自分にはどうしようもないほどに吐き出したいことがあったから。
 劣等感、妬み、そんな思いを抱いていくのは、辛いことだ。
 しかし、だからこそ、自分にしか生み出せない音があるのだと思えた。

 名曲だと思えた。当然だ、何十年もの間、聞かれ続けて来た曲。いいや、パンクという音楽が存在する限りは、未来永劫、聞かれ続ける曲。地球の至る所で、心を振るわせ続ける、前向きなメッセージ。
 ギターだけで描かれるサウンドは、未完成の四分の一だ。それでも、早苗の心の、九割九分を示してくれるようにも思えた。何百、何千万人にも、クラッシュは同じことを思わせたのだろう。
 しかし、コピーだ。他人の曲だ。自分には、まだ残り一分の、吐き出したいことがある。
 
「みなさん」

 言って、言葉を続けるのに戸惑った。
 自分は進むべきだ、進みたいのだ。自分の意志で、前へと。
 それは、鳥獣伎楽に留まるべきなのか、それとも、留まらざるべきなのか。
 わからない。何が正解かなど、わかるわけがない。
 言葉が、頭の中を流れ続ける。何を言っても、伝えきれないと思えた。
 口だけが動き続けて、繰り返し、声を放った。
 精一杯の大声で。彼女には似合わぬ口調で。

「バンドやろうよ!」

 直感のままに。衝動のままに。
 バンドになった瞬間、四人は一つになる。一つに必要の無い存在は切り捨てられる。もしくは、去っていく。仲間では、いられない。
 仲間。それは友達よりも、もっとドライで打算的で、それでもずっとずっと深い絆。
 一つ所を目指し、一つの曲を奏でる、運命共同体。

「早苗」

 ミスティアは言った。アンプを目指して、ベースを目指して。

「早苗の演奏はやっぱり酷いし、霊夢や響子みたいに、演奏を信用できるかって言うと、正直怪しいんだ」

 ベースを取って、アンプに差し込む。霊夢や響子も、各々の位置を目指していた。

「でも……早苗が曲を持ってきたときだけは、貴方が羨ましかったな」

 ミスティアは、確かな羨望を込めて、言った。

「今なら、私は私は早苗を信じるよ。お荷物にならないって」
「保証は出来ません」
「だったら、今度は私から首にしてあげる」
「首にされたら、鳥獣伎楽よりもっと凄いバンドを作って見せます」

 早苗が笑った背で、ドコドン、と音が聞こえた。

「いい加減、ドラムを買い換えてよ。ロータムよりもハイタムの音が低いっておかしいでしょう……革が伸びてるってレベルじゃないわよ」
「先立つものがない」

 響子は、マイクスタンドの長さを変えている。

「ミスティア。スタンドが止まらないんだけど」
「気合いで固定するの」

 ミスティアも、マイクスタンドを準備している。頭の上に、高く上げて。

「ミスティアは怖くないの?」

 いつ落ちてきてもおかしくなさそうなスタンドを見て、響子はあきれ顔で問いかける。

「マイクを上げるのはシャム69みたいで格好いいから、気合いで我慢するわ」

 霊夢は、ため息に似た息をつく。

「それなりにお客さんもいたのに、なんで私たちはこんな貧乏バンドをやっているかしらね」
「妖精連中が金を持っていると思う?」
「妖精しかいないわけじゃないでしょ」
「ゲリラライブでどうやって入場料を取れと」

 二人の掛け合いは微笑ましかった。聞いていて、愉快になれた。

「Should I Stay or Should I Goをやりましょう」

 早苗は言った。皆は頷く。愉快な時は終わる。
 声と、愉快さを切り裂いて、ギターの音が鳴り響く。
 ギターだけの始まり、一人だけの音。一人だけで描く世界。
 フレーズとフレーズの間。僅かな間、無音がある。せいぜいが、ギターの残響だけが鳴り響く世界。
 チッチッチ。閉じたハイハットの音色が聞こえた。
 早苗のリズムを反芻している。「そんな所にドラムなんてあったっけ?」と一瞬思う。そんな所に、ドラムはなかった。ipodで聞いてきた曲には。
 ベースの音が流れる。程なくして、イントロは終わる。響子のボーカルが始まっていた。もう、自分だけの世界には戻れない。

 愉快で、痛快で、快感だった。
 音を出すという原始的な興奮。四人で紡ぐ音は、一人では決して生み出せないほどに鮮やかで、分厚く、時に軽快でもあった。
 それだけで、自分はここに留まりたいと思える。久しぶりに音を出した瞬間、妬みも何もかもが霧散していた。ベースとギターが一つの和音を重ね、ドラムの上を泳いでいく。ボーカルが暴れていく。

 曲がいいのは当然だ、演奏が快感なのも当然だ。それだけの曲だからこそ、カバーするのだから。無数にある他人の曲から、選んで。
 でも――。ここに留まることは、もう出来ないと思えた。進むべきだと、思えた。
 きっと、曲が終わった瞬間に、自分は、また渇望に捕らわれるのだろう。妬みに襲われるのだろう。霊夢のように、淡々と自分の仕事をこなすことも出来ない。ミスティアや響子のように、暴れることも出来ない。

 今の自分は、どうにかが、誰かの作った音をなぞるだけ。敷かれたレールの上を、必死に、外れないように。もどかしかった。
 安住できれば、ここに居続けてもいい。留まり続けてもいい。いつまでも、愉快にいられる。
 真っ平後免だと思えた。自分だけの思いがあって、自分たちの歌にしたかった。

 曲が終わる。
 霊夢は間髪入れずに、ドラムを叩き始めた。I Fought the Law。ドラムが駆け抜け、走り去っていく。早苗は、追いかけていく、軽快なスライドで。ミスティアが入り、追いついた。三人一体の音が鳴り響いた。響子の声が降ってくる。
 何曲続いても、弾き続けられるように思えた。何曲でも、引き続けたいと思えた。
 そんな時間は続かない。曲は、必ず終わる。終われば、次の曲が始まる。
 無限にあるわけではない。次の曲を作り続けていかねば、永遠に同じことの繰り返しだ。
 
 響子の叫び声が轟いた。Anaechy In The U.Kをやれ。意味を理解し、早苗はギターを鳴らす。
 いつの間にか、ギターソロだ。「ツブレーターを置いておくべきだった」と思った。鳥獣伎楽の物であるなら、また、自分の物でもあるのだから。
 ブースターを通さない単音は、バンドの音色にかき消されそうだった。ツブレーター無しでは、ギターの細い弦から生まれる音は脆弱だった。
 それでも、早苗は愛おしむように弾いていく。
 きっと、今日が終わりなのだと思えたから。人の曲を借りて、愉快に楽しめる音楽は。
 バンドに、自分をかき消され、バンドで、誰も知らない曲を作り出していく。
 辛いことだけの日々に、乗り出していく。
 進んでいく。

 ♪

「どうよ?」
「正直しっくりこないですね……」

 ミスティアの問いに、早苗は渋い顔を浮かべる。スタジオに持ち込み、アンプに繋いでは見たが、生音よりも違和感が増していた。弾いた感覚も、しっくりと来ない。
 それをレスポールと呼ぶべきかはわからなかった。勿論、レスポールではなく、レスポールを模したモデルではあったが。

 本来のレスポールは、セットネック。がっちりとはめ込まれたネックとボディを離すことは出来ない。ヴィクトリーもそうだ。ギブソンのギターならば、値段分、音のために贅沢な作りをしているのだから。
 早苗のギターは、ネジで留められている。替えの聞くように、作られている。

「角度がおかしいのかな……長さも、よく考えると違うのかも」

 ネックには"Burns"の文字。見慣れた"Greco"の文字はもうない。へし折れたネックは、二度と音を紡ぐことはない。
 ミスティアのギターからネックを取り外し、付けた。見た目はさほど問題が無かったが、音も弾いた感じも、問題に溢れていた。

「ネジも上手く締まらないんですよね。リューターでも無いと無理かなあ」

 リューター、と言う単語が、ミスティアにはよくわからないようだった。少し、首を傾げている。

「ああ、このネジ、滅茶苦茶固いんですよ。人間の手じゃまともに止められないかもってくらい」

 霊夢がドラム越しに声を投げかけてきた。

「いっそ、どこかの鬼にでも頼めば?」
「粉砕されそうですよ。それに、力任せだけでも駄目なのかな。角度とかなんかおかしくて……ネジで留めればいいと思ったけど、上手くはいかないですね」

 壁には、ヴィクトリーがかけられている。
 本当は、ヴィクトリーを使うべきなのだろう。少し触った程度だが、状態は悪くなかった。流石にネックは幾らか反っていたが、その程度だ。早苗の整備でも、すぐに使えるようにすることはできるだろう。

 もっとも、レスポールも、どうにか音は出るし、使うことも出来る。その点は変わらない。
 軽く、音を出してみる。しっかりとチューニングはしたはずだが、高音になるとどうも音痴な音に聞こえた。

「オクターブチューニングが狂ってるね。たぶん、私のギターのネックの方が長いんだよ」

 オクターブチューニングという物は、よくわからなかった。なんとなく、聞いたことが有る気はしたが。
 そもそも、叩きつけたのだ。見た目はともかく、どこかが歪んでいたりと、何かがおかしくなっていても不思議ではない。

「でも……使いたいんです。あと一度だけ、このレスポールでライブをしたいんです」
「反対はしないよ。みんなで頑張って調整すれば、なんとかなるかもしれないし」

 ミスティアは言って、

「早苗がやりたいならそれでいいんじゃない?」

 霊夢も続けた。

「ありがとうございます……次のライブが終わったら供養してもいいんですが、どうしても、あと一回は」
「まあ、響子はいないけど、あいつも文句は言わないだろうさ」
「無事に戻ってこれるのかしらね? 遅いわ」

 霊夢の声は、心配そうな言葉とは裏腹の、欠伸混じりの調子だった。
 響子は戻ってこない。「聖に話が有るんだ」と言い残し、寺に向かっていた。その姿は、まだ、見えない。

「豆乳でも飲んで、のんびり待つ?」
「豆乳はいらないわ」
「私も遠慮しておきます」

 ちぇっ。と言う舌打ちが飛んだ。

「なんでみんな、そんなに豆乳を嫌うのかねえ」
「普通の豆乳ならいいけど、コーラ味とかラムネ味とかプリン味とか、下手物ばっかりじゃない。誰が買うのよ、あんなの」
「私が買ってる」

 正論に似た言葉に、霊夢は口を閉ざす。それからまた、欠伸の音が漏れた。
 特に意味の無い時間が流れ、霊夢は口を開いた。早苗のギターを見やりながら。

「そのギターを見てるとまるで――」
「私も曲を作らなきゃなあ。豆乳を広める歌。早苗ばかりが曲を持ってきても、リーダーとして――」

 霊夢の声は、ミスティアの曲にかき消された。
 豆乳礼賛よりは、霊夢の言葉が重要だったのだろうか。

「ああ、ごめんごめん。まるで、何?」

 霊夢の方を向き、問いかける。

「なんでもないわよ」

 そっぽを向き、霊夢は答えた。

「まるで、なんなんですか?」

 早苗も問いかける。
 早苗には、霊夢の言いたいことがわかる気がした。
 このアンバランスなギターを作ったのは早苗自身なのだから。レスポールの残骸と、ミスティアのつぎはぎを組み合わせて生み出した。新しいつぎはぎ。 
 霊夢はそっぽを向いたまま、無言だった。
 そんな霊夢を見て、早苗は笑った。

「私がこのギターを作ったのは、やっぱり一度は、私の曲を、私たちの曲をやらせてあげたかったからです。ずっと相棒だったし……私が初めて何かを作ろうと思えたのは、まがい物のレスポールがあったから」
「その愛着で百年ほど使えば、恩返しに来てくれそうね。大国主みたいなイケメン……かはわからないけど」

 トコトン、と霊夢はドラムを叩く。「ドラム妖怪はもういるからいらないかな」と呟きつつ。

「今のところは、しっくりきません。元々別の物をつなぎ合わせたんじゃ、しょうがないですよね」

 ギターソロの真似事を弾いてみる。やはり、少しずれた音が聞こえた。

「調整でなんとかなればいいんですけど……でも、それでも音は出るし、きっと、ヴィクトリーを使うよりも、今の私にはいい演奏が出来る気がするんですよ」
「そういう気分的なノリは、あるね」
「ええ、なんとも精神的な話ですが」
「何事も気合いよ」

 ミスティアがベースを鳴らす。
 親指で弦を弾くようにして、打楽器のようにリズミカルな音を奏でていく。
 なんという曲の一節なのか、早苗は知らない。曲ではないのかもしれない。手癖で、適当に弾いたフレーズだったのかもしれない。あまり、パンクらしくはなかった。
 耳を頼りに、ギターの音を重ねてみる。あまりいい出来映えではなかった。ちぐはぐな音になった。
 そんな物だと思う。自分がミスティアに演奏でついて行くには、余りにその背中は遠かった。

「このギターは、まるで私たちみたいだと思いました。別々の物を無理矢理につなぎ合わせて。でも、音は出るし、一つの物。思ったのは、直してからですけどね。霊夢さんは、そう思いません?」
「どうかな」

 ミスティアのベースは鳴り続けていて、霊夢は気だるげに答えた。

「霖之助さんが聞いたら、喜びそうな言葉」

 霊夢はどう思っていたのだろう? 何を言おうとしていたのだろう? 早苗にはわからない。推し量ることしかできない。「照れ隠し」と思うことにした。

「まあ、無理に使い続けようとも思いませんが……駄目なら、潔くヴィクトリーを使いますよ」
「そのギターは私たちみたい。で、駄目ならさっさとヴィクトリーにする。そうすると、私たちも駄目ならポイ捨て小悪魔かあ」

 ミスティアの突っ込みに、

「そういうつもりでは……」

 頭をかく早苗。くつくつ、と言う声が、ミスティアから漏れていた。
 その後ろで、霊夢のドラムが響く。気だるげなドラムに釣られ、音は次第に倦怠的な色を帯びてきた。早苗もその色に合わせようと、音を刻んでいく。
 
「お待たせ!」

 相変わらず立て付けの悪いドアの音はけたたましく、響子の声はそれ以上に騒がしかった。
 霊夢はドラムを止め、「ふわあああ」と大あくびをもらした。

「待ちくたびれたわ。もう眠くて眠くて」
「なんでそんなに眠いのさ? 練習でもしてた?」

 響子の問いかけに、霊夢は首を振る。

「まさか。近所迷惑よ」
「近くに家なんてないじゃない」
「鬼に悪霊。騒霊に妖精。小人にロボット。許可してない同居人がいたり、気が付けばいなかったりなの。亀やぱちぱち魔法使いは出ていったけど」

 ため息を付きつつ、霊夢は呟いた。

「顔が広いのは何よりさ、人が集まる」

 ミスティアの声にも、霊夢は肩を竦めるばかりだった。

「針妙丸なんかが来たらぺちゃんこよ」
「ちょいとばかり、パンクは過激だからねえ」

 くすくす、とミスティアは笑い、続けた。

「ああ、響子。どうして白蓮に会いに行ってたの? 果たし状でも渡しに行った? パンクVS仏教。中々胸の高鳴る黄金カードだ」
「何をして決着を付ける気なんですか」
「そりゃあ勿論、どっちがパンクかだよ」
「100%のホームグラウンドですね……」

 何をしてパンクというのかも、全てはミスティア基準ではあるんだろう。思いつつ、僅かなあきれ顔を早苗は浮かべる。

「少し、集客をしてきただけ」

 響子は短く、呟いた。

「白蓮達を?」

 霊夢の問いかけに、響子は頷いた。

「聖に、来てくれって言ってみた。まあ、騒音だの迷惑だの言われても癪じゃない? ちゃんと聞いてみて、判断してくれてもいいだろうとは思うし。私たちも観客も、パンクっていうところくらいしか繋がりはないかもしれない。何もかもバラバラな人たちがさ、愉快にやってるんだ」
「お寺に比べると私たちは少しばかりうるさいかもしれませんが……」
 
 早苗には、高邁な理想があるわけではない。吐き出したい思いがあって、出来るなら共感して欲しいと思う。その為には、仲間が必要で、その程度。

「白蓮さんの言っている良いことと同じくらいには、良いことをやっている気がしますよ……で、みんな揃いました。練習を、しましょう」

 早苗の言葉に、三人は頷き、各々の持ち場へと向かう。「何からやる」という問いかけはなかった。曲は決めていた。どれだけ決意をしたところで、早苗は拙く、鳥獣伎楽の誰一人、物を生み出す経験には長けていない。
 それでも、一曲はあった。早苗の持ち込んだ曲が。バンドをやると決めてから、僅かな時間の中で、必死に考えた曲が。

「みなさん、ちゃんと構成や進行は覚えてますか?」

 早苗は言った。「もちろん」とミスティア。「なんとなく」とは霊夢。「これから考える」と言ったのは響子だった。

「むしろ、早苗はちゃんと覚えているの?」
「自分で作った曲ですよ?」

 ミスティアの声に、早苗は口を尖らせてみる。

「さて、どれだけ保証になるのか」

 ミスティアは笑った。挑発的にも見えた。少なくとも、早苗の目には。
 実際、早苗だって不安に溢れている。体が覚えているという域にはほど遠い。いや、自分が何をするべきかも、ろくにわかっていない。生まれたての曲は、まだ早苗の生み出した欠片。練習とライブを繰り返し、一つの固まりになる日は、まだ遠いだろう。
 準備を整え終えると、霊夢は言った。

「ちゃっちゃとやっちゃいましょう」

 スティックを叩く。
 名前も無い曲の、始まりだ。
 早苗のギターからは、寂しさを漂わせる音が聞こえてきた。もっとも、一人だけではそれ以上のことはない。C#mのコードをただ鳴らしただけ、短調の侘びしさは聞こえれど、それ以上ではない。
 ドン、ドン、ドン、ドン、とバスドラムのリズムは単調な物だった。
 世界を支えるのは、ミスティアのベースだ。ルート音を鳴らすだけの左手には、殆ど動きが見られない。ただただ、同じ場所を押さえるのみ。
 それでいて、右手の動きは抑制されつつも、細かい物だった。侘びしさだけの和音に、切迫感に似た色を与えていく。
  G#m――A――F#mと和音は移り変わり、繰り返され、色は抑制された切望だった。
 繰り返しの果てに、マシンガンのような勢いで、霊夢がフィルインを刻んだ、それを合図に、響子の声が入った。
 歌詞もまだ朧な歌は、まだまだ未完成だ。メロディーだけが、世界を彩っていく。儚げなメロディーだった。
 早苗の頭の中で鳴っていたはずのメロディーとは違う。
 霊夢のドラムは、少し風変わりだった。ハイハットを使わずに、ほとんどスネアドラムだけでリズムを刻んでいく。
 バスドラム、ハイハット、スネアドラム。三つの取り合わせでリズムを刻んでいくのが、ドラムの基本だ。
 それから見れば、基本からは外れていたかもしれない。ハイハットの金属音を極力廃し、力任せに叩くようなドラムは、何よりも目だっていた。
 それもまた、早苗のイメージしていたドラムとは違っていた。

 でも。と思う。
 それはきっと、自分で考えていた物よりも、ずっと素晴らしいと思えた。四人で紡ぐ、一つの曲だと感じられた。
 同時に、また羨望が頭をもたげてくる。自分の演奏だけが、何も生み出せていないと思えた。弾けない、というより前に、三人に拮抗できる音を、思いつくことも出来ない。
 悔しかった。それでも、早苗は歯を食いしばり、抗っていく。
 悔しくかった。だが。誇りもあった。根底となる曲を生み出したのは自分だという思い。そして、こんなにも素晴らしい曲を奏でる鳥獣伎楽、その一員だという誇り。
 
 無数の思いが去来し、曲が止まることはない。終わった瞬間、

「まだまだだね」

 ミスティアの第一声はそれだった。異論はなかった。名も無き曲は、自分の手を離れ、鳥獣伎楽の物となって、成長し、形となっていくのだろう。
 今はまだ、よちよち歩きのような曲。

「だいたい、響子はもっと歌詞を真面目に考えてきなさいよ。ステンレスステンレンレスステンテンテン。って調子じゃない。スキャットやってるんじゃないんだから」
「忙しかったし、まだ、ヴィジョンが掴みきれて無くてねえ」
「言い訳はいいの、白い物を精神力で黒と見るのがパンク。気合いでヴィジョンを掴むのよ」

 精神論を熱く語るミスティア。ドラム越しに、霊夢は言った。

「ライブももうすぐだし、まだまだと言っててもしょうがないけど……でも、私のドラムはいい感じだったんじゃないかなあ……自分では、そう思ってるけど」

 霊夢の表情は、いつになく満足そうな物だった。

「そうですね」

 早苗は頷く。

「私がなんとなく考えていたドラムとは違うんですが……いいなあ、って思えたんです。ミスティアさんのベースもよかった」
「私はちょっと迷いどころ。もっと音を動かしてもいい気はするし、暴れた方がライブ映えする気もね」

 ミスティアは、思案顔で言った。

「あくまで私の意見ですが……でも、私はさっきの感じで好きです。なんだろう。凄く切迫感がある感じで。だけど、私だけならなっちゃいそうな後ろ向きとかねっちこくて暗いとかもなくて。うん、あれだけ普段脳天気っぽいミスティアさんでも、ベースがあればこうなるんだなと思いました」
「脳天気とか一言多い」
 
 早苗の方へと近づき、小突くような仕草と共に、ミスティアは言った。
 微笑ましい仕草だろう。響子が、おかしそうに笑っていた。

「脳天気が服を着て歩いてるのがミスティアさ」
「響子も一言多い。人を茶化す前に歌詞を練る」

 ミスティアは頬を膨らませていた。小柄な背丈と、あどけない顔立ち。その仕草と姿だけを見れば、なんとも子供っぽく見えた。

「響子さん」
「なに?」
「イメージの助けかはわからないんですが……題名が思いつきました」
「思えば、曲名すら無かったね」

 直感だった。それが、最も相応しいのかは、わからなかった。

「信仰は儚き人間の為に。そんなタイトルがいいんじゃないかなあって」

 響子の顔は、絶賛とはほど遠かった。

「イマイチ、ぴんと来ないな」
「私たちは、そもそも人間じゃないし。宗教ってパンクっぽくないし」

 妖怪二匹の反応は芳しくない。しかし、早苗は変える気を持たなかった。

「でも、私は、きっとこれが素敵だと思うんです」

 自分の直感と、短い言葉。二人の音とも張り合えると思った。根拠は何も無い、でも、自信と確信があった。

「ま、いいさ。人の声を跳ね返すのが山彦だからね。早苗のイメージを、何倍にもして跳ね返して見せるよ」
「保留かな」

 響子のあっさりとした反応に比べれば、ミスティアの返事には渋る色が有った。

「今のところは、まだ賛成するほどじゃ無いけど……みんなの音が、そう思わせてくれたなら、採用するのはやぶさかでもない」
「ですって、霊夢さん」
「私は信仰ってのはお賽銭を入れてくれる人のためにあると思ってるけど……ミスティアには代案はあるの?」
「無論」

 ミスティアは、誇らしげに胸を張り答える。

「豆乳コーラVSナショナル電池。OK牧場の決闘」
「無いな……」

 そう返したのは誰だろうか、少なくとも、三人の心は一つだったし、声は唱和していた。

「いやいや、そこまで即座に否定するのはおかしいでしょう!? まだ、パンクのなんたるかがわかりきってない」
「確かに、そこまで意味不明な題名を思いつけるのは凄いわね」

 狂気すら感じるほどの意味不明なタイトルに、霊夢は半ば賞賛するように言った。

「まあ、ミスティの歌詞センスを思えば、微塵ほども期待はしてなかったよ」

 結成以来の盟友も匙を投げ出し、ミスティアの抗議は歌で受け流す。

「おなかが空いたらメイドさん~♪ 略してメイド~♪」
「相変わらず、酷い歌詞」

 霊夢は笑う。

「いったい、何を略したんですか?」

 早苗も、笑いながら言った。 
 これだって、いつもの鳥獣伎楽の光景だ。

 ♪ 

 昨日までの練習で、自分の中のベストは尽くせたはずだ。
 そんな思いと共に、ソフトケースにギターを詰める。ケースのポケットには、シールドに、ビッグマフに、ツブレーター。音叉も忘れずに。
 荷物で膨らんだケースを担ぎ、早苗は靴箱を開く。

「じゃあ、出かけてきます」
「ああ」

 諏訪子の返事は、少し遠くから聞こえてきた。
 ブーツに足を入れて、紐を結んでいく。私服姿だったのは、少しだけ久しぶりな気がした。
 
「夜はいらないんだろう?」
「ええ」

 片足分の紐を結び終えた頃、諏訪子の姿が見えた。

「今日はゆっくり帰ってこられるといいね」

 諏訪子の言葉の意味を、一瞬計りかねた。
 ああ、と理解して、早苗は笑った。

「大丈夫ですよ、今日は……上手くいくか、失敗するかは神様でもわかりませんが、でも、上手く行かなくても、逃げ出したり、落ち込んだりはしません」

 ライブの後に早々に戻ってきた――打ち上げも何も顔を見せずに帰ってきたことの意味合いを、諏訪子はわかっていたのだろう。今になればそう思えるが、

「でも、諏訪子様も人が悪い」
「私は神様だからね。人じゃあないしその批判はあたらないよ」
「神が悪いでもいいですが」
「苦しいときは神頼みのくせに、何かあったら神のせいにする。人間は身勝手だねえ。いいよ、受け入れよう。全部神が悪い。税金が上がるのも、ご飯のたき具合がイマイチなのも、早苗が相も変わらず独り身なのも、神のせいだ」
「面倒くさいなあ」

 いう間にも、早苗はブーツの紐を結んでいる。

「じゃあ、行ってきます。改めて」
「たまーには私も真面目な話をしたくなるときもあるんだが」
「一万歩譲ってそうだとしてもどういうタイミングの時に、そうなるんですか?」
「早苗が、『ああ、こいつ面倒くさいな、私が忙しいのに無駄話をするなよ』なんて思う頃」
「そんなことは、まあ思ってますが」
「ああ、早苗がぐれてしまった、やっぱりロックは社会悪なのかねえ……これじゃあ、神奈子に立つ瀬もないよ」
「はい、そう思うならもっと交渉事なりを手伝ったりしましょう。ではもう行きますね」

 ブーツの紐を、もう一度締め付け、早苗は立ち上がった。

「早苗、私たちは家族みたいなものさ……いや、家族だ。何十、何百代と離れていても、私たちの血は繋がっている」

 諏訪子は、早苗の肩を叩く。優しい手つきで、後を押すようにして。

「家族ってのは、いつだって味方だよ。ましてや私は神様さ、どんな人や願いだって、聞いてあげる。『諏訪子様愛してます結婚してください』『諏訪子様のように可憐な娘が生まれますように』『富くじが当たりますように』なんてね。叶えると保証はしないが」
「そんな願い事は実在したのですか?」
「その辺は守秘義務もあるからイメージ願いと言うことで」
「はあ」

 言いつつ、早苗は向き直る。

「私は家族としても、神としても、早苗を見守る。……だからさ、前にも行ったように、私はいつでも早苗の味方だ。失敗しようがなんだろうが、気にすることは無い、神社はいつでも早苗の家で、味方」
「……ありがとうございます」
「ありがたいけれど、世の中、そればかりじゃちょいとつまらないね。ぬるま湯で、毎日が日曜日。みんなが早苗を持てはやしてくれて、同意してくれて、頷いてくれる。そんな生活は、楽だけど面白くない」
「そう……ですね」

 誰からも羨望を集める、ステージの主役……憧れていた、今だって、そうであって欲しいと思う。
 でも、バンドというもっとぶつかり合う関係だって、それと同じくらい尊いと思えた。

「何事も経験さ。私は早苗よりちょいとばかり長く生きてる」
「何千年をちょいとというのですか?」
「何千年で済むと思うかい?」
「さあ……そもそも、生きてるという言葉がどうなのか」
「ともあれ、幾らかは長く生きてきた。さて、無駄話はおしまい。外でぶつかり合って、たたき合って、罵られてきなよ。そいつも早苗の糧だ。艱難汝を玉にする。逃げたくなったら私が抱きしめてあげる。まとめ」
「玉じゃなくたって、いいんです」

 早苗は笑った。

「私は、パンクスだから。玉になるのを待ってたらおばあちゃんになっちゃいます。そういうのはパンクっぽくないし、汚くてごつごつの石ころにしか、伝えられないこともあるでしょう? それじゃあ不格好すぎるって言うなら、みんながほどほどに磨いてくれますよ」 
「磨く前に、捨てられるかもね」
「それならそれで、転がり続けて削れてやります」
「にっちもさっちも行かなくなったら、由来をでっち上げて御神体にしてやるさ。イワシの頭だろうが石ころだろうが、何事も信心」
 
 早苗は笑ったままに、肩を竦める。

「今度こそ、本当に行きます。このままじゃ遅刻しちゃいますよ」
「客を待たせてこそ一流だ」
「でも、人としては終わってるから……では、諏訪子様」
 
 早苗は再び諏訪子に背を向け、参道を目指す。
 この世界は狭い。それでも、一望できない程度の広さはある。
 会場の側で降り立てば、ぽつ、ぽつ、と妖精の姿が見えた。何か気恥ずかしくなって、早苗は駆けるようにして木のうろに入った。
 相変わらず時空はねじ曲がっていて、匠の技は、前回よりも冴え渡っていた。三人の姿が見えた。

「お待たせしました」
「まだ、本番までには時間があるさ」
 
 ミスティアの言うとおり、時間にはまだ余裕が有った。
 ギターを置いて、ソファーに腰を下ろす。数多の時間を経たかのようなレリック加工には、確かなロックを感じられる。ささくれ立った合皮のリアリティは、外の世界の先端技術でもなし得ない技だった。

「ふぎゃ!」

 それはもはや布切れに近い、弾性などを限界まで捨て去った存在で有った。バネやクッションがもたらす何かは微塵も無く、深く深く沈み込む様は、背もたれに後頭部を殴打させるに足りた。

「なんでこういつもいつも頭を痛めるのか……それがパンクなんですか?」
「さあ……」

 霊夢は持ち込んだ座布団に腰を下ろしつつ、呟いた。
 賢い姿を見やりながら、人のいる空間をヴィンテージ加工してはならぬ。強く思う早苗であった。
 左端の、少し中心より。そこに斜め気味に座るのが、かろうじて椅子としての体裁を保っているラインのようだった。立っている方が楽とも思われる姿勢で、早苗はリハーサルの時を待つ。
 ドアから顔を出し、引っ込め、再び出し。響子は、落ち着かない調子だった。

「まだリハもしてないし、誰も入れないよ」

 ミスティアは言った。

「わかってるけど」

 響子は答え、また顔を出した。白蓮達が本当に来るのか――気にしているのは一目瞭然だった。白蓮が約束を違えるわけがない。と早苗は気にもしていなかったが、響子のそわついた姿を見るのは珍しかった。

「慌てたって、しょうがないですよ」

 余裕を持った口ぶりで、早苗は言った。
 他人事のみにはそうも言えるが、ライブを目前に控えた緊張は、三人の誰よりも重くのし掛かっていた。
 早苗の体は、先刻からそわそわ、そわそわと。

「設営は問題無いか」

 ステージを見て、ミスティアは呟く。

「リハだけ、ちゃっちゃとやっちゃおうか。別に、開場を早めて悪いってこともないし」
「やりたいなら、いいわよ」

 霊夢は背伸びをしつつ、呟いた。軽くストレッチ。霊夢の仕事も、緊張も、その程度だった。
 リハーサル自体は、特別な事もない。何度と繰り返してきた練習。その再現程度。
 音を鳴らし、機材に問題が無ければ、それで足りた。

 思うことがあるとすれば、リハーサルを終えてから、観客が入ってきてからだ。
 四人は、客席を見ながらめいめいに感じる。
 響子は、安堵の様子を浮かべていた。白蓮達の姿が見えたからだ。

「雨が降ったら困るわねえ。野外だし」

 霊夢は眉をひそめるようにして、言った。

「機材の上に幕くらいはあるけど……雨なんて降らないでしょ? そんな雲、ちっとも見えない」
「雲はないけど、引きこもりが見えたわ」

 霊夢の視線の先に、一際背丈の高い男が見えた。眼鏡姿の半妖を指さし、霊夢はドアに背を向ける。ひそめた眉は消え、破顔と共に。
 
「こんなものかな」

 ミスティアは笑っていた。だが、苦笑に近い笑みだった。
 客の姿は、少なくはなかった。湖畔の妖精の姿が有る。テレポートで、今日も機材を運んでいた。
 とはいえ、これまでの鳥獣伎楽からすれば、明らかに少なかった。例えば、鈴仙の姿がなかった。もちろん、一人一人を見れば、事情もあるだろう、誰もが、毎回来られるわけではない。
 
「六割か、良くて七割ってとこか」

 開演に向けて増えるだろうが、それでも、前回と比べればその程度の客入りが関の山だろう

「ライブでやらかして、半分以上も来れば上等かな。まあ……半分くらいは前回も満足していただろうし」

 ちらり、と早苗の方を見たような気がした。 
 前回のライブを思えば、自責の念も襲ってきた。それ以上の恐れや、緊張も。

「私は」

 それを押さえつけるようにして、早苗は言った。

「一人でも聞いてくれる人がいれば、それでいいんです」
「どうだろうね」

 ミスティアは、確かに早苗の方を見て、言った。

「私もそう思うときはあるし、でも、それじゃあどうにも物足りないし、独りよがりな気もする。ま、客がいないよりはいた方がいい、そいつだけは確かかな」
「ええ」

 早苗は頷く。

「……私に出来ることは、自分に出来ることを――自分にしかできないことをやるだけです。それを出来る限りは、私はここにいてもいいって思えるし、ここにいるべきだって思えるから。過ぎたことは振り返らない……自分勝手な言い方ですが」

 ミスティアの言葉を、思い出す。それは、いい言葉だと思えていた。

「でも、ミスティアさんは言ってましたしね。目は何故前に付いているのか、それは振り返らないためだって」
「記憶にないな」

 ミスティアの言葉は即答で、早苗は落胆した調子だった。

「相変わらずの鳥頭」

 からかうように霊夢が言うと、

「何をー!」

 といきり立つミスティアであった。
 早苗は賑やかな二人を背に、チューニングを始めた。それほどの時間はかからない。
 チューニングを終え、一人、頭の中で曲を流し続ける。流れのままに、頭の中で早送りの曲を流し続ける。忘れないように、失敗しないように、確認する。
 やっぱり、震えてしまいそうになる。それは、永遠に変わらないかもしれない。

「まだ、歌詞を決めてないんですか?」

 響子が、ペンをメモ帳に走らせている姿が見えた。

「リハでちょっとインスピレーションが浮かんでね」

 泰然とした響子の様が、羨ましかった。自分には、到底そんな余裕はない。永遠にそうかもしれない。
 それでいいのだと、早苗には思えた。それこそが自分だ。別に、ライブの瞬発力に任せて、物を作る必要は無いのだ。生きることの全てが、吐き出したいことと、生み出したいことで溢れているように思える。これまでの流されてきた人生分、溜まってきたことが。

 妖精が呼びに来た。
 時間だ。

「さあ、今日も頑張りますか」

 ミスティアの声音は、とても軽い物だった。緊張という単語は、夜雀の辞書には存在しないのかもしれない。
 誰とも無く集まり、四人は円陣を組んだ。
 終われば、バラバラだ。離れた位置で、自分の仕事を行うだけだ。もう、誰にも手助けは出来ない世界。
 響子と霊夢は、身軽な体で一足先に外へ。早苗とミスティアは、楽器を手に取る。

「相変わらず、どうにも見つからなくてね」
 
 ベースを肩にかけながら、ミスティアは言った。

「もしかしたら、見つかってるかもしれないけど……曲に出来ない。早苗が、羨ましいよ」

 一瞬、早苗は「そんなことは」などと謙遜しようと思った。しかし、すぐに思い直す。

「負けられませんから」
 
 謙遜などする必要は無いのだ。仲間であるためには、互角以上の存在でいなければならないのだから。

「私も、負けないさ。ま、ライブじゃ響子もみんなも食ってやる。今回は、早苗もぼっちで泣かないように頑張らなきゃ」
「暴走しすぎて、怪我してもしりませんよ」

 二人は、笑いあった。
 そうすれば、本当に後は一人だけの戦いだ。
 ギターを担ぎ、外へ。
 前回より人は少ないはずだが、早苗には人の洪水に見えた。
 心臓が飛び出そうな気分になる。

 温められたアンプに、シールドを差し込む。エフェクターに繋ぎ、エフェクターからギターへ。ボリュームとイコライザを回し、いつでも音が出せる体勢に。ギターのボリュームはゼロへ。
 チリチリ、という音が微かに聞こえる。アンプは、今か、今か、と吠える日を待っている。
 屋外は、開放感に溢れていた。夜空には星が瞬いている。背中を見やる。霊夢が控えていて、巨大な垂れ幕は、今日も。
 所々から歓声が聞こえた。
 四人は、始まる瞬間を無言で待つ。もう、手の決して届かない距離で、一つの音を生み出す瞬間を待っている。
 すう、と息を吸う音が聞こえた。

「鳥獣伎楽! 今日も参上! 今日もぶっ飛ばして行くわよ!」

 木々を振るわせ、星さえも振るわせるような叫び声。

「一曲目はついに私たちも作ったオリジナル! 早苗入魂のニューナンバー! 信仰は儚き人間の為に仮称!」

 ギターのボリュームを全開に。カン、カン、カン、カン。スティックのカウント。
 スタート。もう、互いの声すらも決して届かない爆音。
 ギターをかき鳴らす。音を出すのに必要な動きより、何十倍も大きな動きで、早苗はストロークする。コードをかき鳴らす。
 腕だけではない、体を全身に使って、足を振り回すように。
 頭の中を、陶酔が駆け抜けていく。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、心臓の高鳴りが、聞こえてきそうだった。
 もう、後戻りは出来ない。曲は始まり、流れ続け、何があろうが追いすがっていかねばならない。

 自分の曲が、自分たちだけの曲が流れていて、眼下では、観客達の波。
 伝えたい相手が、うねっている。
 無数の思いが去来した。自分の過去との決別。人妖の調和。例えば、そんなこと。
 
 いつの間にか、全て消えていた。音だけが、早苗の感覚の全てを支配していた。
 果てしないほどの一体感。吐き出しかった思いは、一つの音となり、何処までも広がっていく。

 ――二度と、離れる事なんて出来はしない。

 頭は、真っ白だった。自分という物が、どこまでも卑小に思えた。
 四人で作り上げる一つに比べれば、自分は、とても小さく、しかし、巨大な音は、どこまでも自分だった。
 全身全霊で、ギターをかき鳴らす。
 何よりも力強く、脆く、愛おしい絆を、手放さないように。
No Mystia,No Life
Pumpkin
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コメント



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1.10卯月晃星削除
早苗の懊悩っぷりに悶々とさせられながらも、最後は爽やかな終わりでよかったです。
主人公が自身の技術のなさに挫けて、それでもやりたいことがあるからと立ち上がるのはバンド物の王道ですね。

それにしても、全編通してミスティアが格好良かったです。
早苗とは正反対の位置にいて、根っこが同じだからこそあそこまで言えたのかなとも思いますが。
あと、鳥獣伎楽の結成理由、そういうふうに結び付けられるんだなぁと感心もさせられました。
2.9taku1531削除
最高にパンクだぜクソッタレー!
3.無評価みすゞ削除
阿弥陀仏ファックの心意気で、というところまでは読みました。最初から置いてけぼりを食らったような空気感で物語に没入できず、あとの容量を考えるともう読む気力が無くなってしまいました。バンドものはメンバー集めからが基本だと思います。
4.8ナルスフ削除
初っ端から飛ばすなぁ。最初からあまりにも状況が出来上がりすぎててついていけず困惑しました。詳しくないとわからない固有名詞も盛りだくさんで、おそらくこんぺでなければ読み進められなかったと思います。
でも、そこを超えてからの早苗の苦悩はすごく描きこまれていたし、ライブ失敗シーンなんかは本当に感情移入して見れた。
このまま早苗さんが諦めたままエンディングを迎えても許せるくらい感情移入してた。
それだけに、早苗さんが復帰したくだりが急すぎてよくわからない。なぜそこでバンドやろうよって声が出せるのか、自分にはよくわからなかった。
苦悩の描写がすごかった割りに、復帰の伏線があっさりし過ぎてたかなぁ・・・。
と、若干納得のいかない感情を抱えての読み終わりでしたが、それでもこの作品は面白かったです。
それぞれのメンバーの思いが描きこまれており、仲間っていいな、と思えました。ありがとうございました。
そして大ちゃんwwwww
5.8烏口泣鳴削除
早苗が煩悶しながら周りと関わっていく様子が面白かったです。
短く切って独特のリズムを持った文体も良い。
ただ最初の音楽用語の氾濫と、早苗が立ち直ってから終わりまで長かった事に、少し盛り上がりを削がれました。
6.10めるめるめるめ削除
 音楽を文章で表すのは難しいと常々思っていますが、この作品は演奏者の目線から、バン
ドで音楽をやってる時の気持ちがしっかりと描かれていたので、やっぱりこういう方向しかない
よなぁとか巧いこと書けてるよなとか、バンド経験ある人なんだろうなぁとか、でもバンドやった
こと無い人でも楽しめそうだしいいよなぁとか暢気に読んでいました。冒頭までは。
 飽くまでも僕が感じたことですが、飾りとか形振りとか計算とか全てかな繰り捨てて、ここま
で作者が裸になっている作品を僕は東方二次では、いままで見たことがありません。僕が感
じたことなんで作者が本当に裸になってるかは知りませんが。
 少なくとも僕には作者さんの内側を、怖いくらいダイレクトに吐き出した作品に見えました。 
 そういう意味で衝撃的でしたし、自分にそれが出来るだろうか。もし出来たとしてもこれほど素敵な話にはならないだろうな等と考えてしまい、落ち込むしかありませんでした。
 作中のミスティアと、ちょっと似た心境です。
7.5うるめ削除
熱量という意味では、今こんぺ随一の作品だと思います。突き抜けたミスティアのキャラも面白いのですが、やはりちょっと長過ぎた感がありました。
8.7きのせい削除
早苗ぇ……良い仲間を持ったなぁ……
音楽をやると、どうしても実力や方向性で衝突が起こってしまいますよね。その上で居場所を見つけられた早苗が羨ましい。
四人のメンバーの立ち位置がはっきりしていて、それぞれの関係性の描写が素敵だと思いました。
9.7あめの削除
濃密な音楽描写!
演奏しているときの描写は本当に素敵で、読んでいて熱くなって来ます。
ストーリーの方も早苗を中心にキャラの葛藤がしっかりと描かれていて、とても良かったと思います。
190kbを越えているにもかかわらず一気に読ませられました。個人的には大満足なお話です。

ただ、ものすごくもったいないと思ったのが話の入り方。正直、序盤はもう少し何とかならなかったのかなと思います。最初の30kbくらいでしょうか。音楽関連のうんちくにキャラ同士のドタバタ。それが繰り返されて物語が進む気配がないので、途中で切ろうかとも思いました。
せっかくこれだけ面白いのだから、序盤で読み手をもっとがっつり食いつかせるような入り方にして欲しかったというのが私の意見です。

最後に一言。面白かった!
10.10名前がない程度の能力削除
やけに茨ネタが多いと思ったら、配役が最新の出張版なんですね(霊夢以外)。
あと劇中の新曲、楽器の関係上からすると天則版なのでしょうか。

なんでこのキャラの話少ないねん、とかの欲求不満が創作の原動力となりうるということですかね。
そして正義なき力と力なき正義、手をとりあえばカッコイイ気がする、というか実際カッコイイ。
11.10文鎮削除
いやぁ、こういうのを青春と呼ぶのでしょうねぇ…少なくとも私はそう思います。
仲間と一緒になって音楽をやる一方で深刻な悩みを抱えたり、羨ましいです。
主人公の早苗に対しては幻想郷に住んでて空も飛べるし弾幕ごっこできる、
恵まれてるのに何を言ってるんだともどかしく感じることもありましたが、
やっぱり共感してしまうんですよね、彼女の悩みに。
なので、満点の答えがない問いに対して、このような終わり方をしてくれてほっとしました。
かなりのボリュームがありましたが、あっという間に読めてしまいましたし、途中で飽きることもなかったです。
素晴らしい作品をありがとうございました。
12.7K.M削除
パンクというものが何だったのか、わかっていたような気がするのにわからなくなってきた。 ♪ガチでカシマシ(以下略