第十四回東方SSこんぺ(絆)

マイナス26の彼女~とある付喪神の、ちっぽけなお話

2014/09/14 22:17:51
最終更新
サイズ
137.35KB
ページ数
1
閲覧数
107
評価数
15/15
POINT
113
Rate
1.73
「ねえ、マスター。本当に、生まれてきたものには何か意味があるのかな」
 知性あるものならば、きっと誰しもが思い悩むだろう、自分のレゾンデートル。
 哲学的ながらも、話題としてはきっとありふれたこと。
 この言葉も、人里のしゃれたカフェでなんとなしに言ったのであれば、どれだけよかっただろうか。
「ねえ、マスター。やっぱり存在しないほうがいいものってあるのかな。生まれてきちゃいけなかったものって、あるのかな」
 目の前の少女にかけられた言葉に、魔理沙は無言で俯くことしかできなかった。
 ただ一言。そんなことはないと、ただ一言言えれば、それでいいのに。
「……ますたあの、ウソツキ」
 あの日あの時の過ちで。
 魔理沙にはそれを言う資格が封じられてしまっていた。
 もし、もしも、あの時から。
 いや、彼女と初めて出会ったときからやり直せるとするならば、自分は、どうすべきだったのだろう。






「なぁ、頼むぜ。同じ魔女のよしみじゃないか」
 始まりは、そう、紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジにちょっとした頼みごとをしようとして、魔理沙がそんなことを言ったのだった。
「同じ、魔女ぉ?」
 するとパチュリーは、ものすごい形相で魔理沙を睨み付けたのである。
「ナマ言ってんじゃないわよこのグォッホ! グェッホオッホン!!」
「むせてて何いってんのかわかんねぇよ」
「ええと、『半人前のなんちゃって魔女のくせして、私と同列でいるような物言いをしないでくれる? 不愉快極まりないわ』とのことです」
 そばに控えていたパチュリーの使い魔である小悪魔が、即座にパチュリーの言わんとすることを通訳して見せた。
「なんだとてめえええええ!」
「私に掴み掛かられても!?」
 小悪魔の胸倉をつかみあげる魔理沙と、涙目の小悪魔。
 しかし魔理沙はサラっと素に戻ると小悪魔を下ろして、パチュリーに向き直った。
「まぁ冗談はおいておいてだ。確かに私は普通の職業魔法使いだが、そこまで言われるとさすがに心外だぜ。そもそもスペカ戦では何度も私が勝ってるじゃないか」
 魔理沙の反論に、パチュリーは更に怒り心頭といった表情を見せる。
「ゲホッゴホッ! ゲホゲホゲホゲホ!!! グォッホンホン!!!!」
「咳で会話すんな!!!」
「『それは私が喘息もちってハンデがあるからであって、本来あんたと私は格ってものが段違いなのよ! こうして相手をしてやってることに感謝していいレベルなの! わかったか、この使い魔のひとつも持ってないエセ魔法使いが!』とのことです。はいパチュリー様、吸入器をどうぞ」
「にゃにおー、使い魔がなんだってんだ」
 魔理沙の減らず口を聞きながら、パチュリーはスヒュースヒューと吸入器を吸う。
「げほげほ……使い魔の重要性も知らない。だからあんたはエセ魔法使いだと言ってるのよ。見てみなさい。幻想郷の魔法使いで使い魔を持ってないのなんて、あんたくらいのものよ」
「む……」
 言われてみればパチュリーには小悪魔がいるし、アリスには人形たちがいる。白蓮も、使い魔とはちょっと違うが、寺の連中がそれに相当するだろう。
「研究と研鑽が日課の魔法使いにとって、身の回りの些事を代行する使い魔の存在は必須。いわんや寿命の短い人の身においてをや。その点ウチの小悪魔を見なさい! 見事に図書館の管理はするし、紅茶を入れるのもうまいし、軽食のタイミングと味はばっちりで云々云々ゲホッグホッ! ゲボァ!!!」
「パチュリー様ああああああああ!」
「ちっ、なんだいなんだいこの親バカめ」
 悪態をつきながらも、なんだかんだで自分にもそういう使い魔がいれば便利なのかな、と、少しだけうらやましい気持ちになっていた。


「ただいまだぜー」
 腹いせにまた図書館の本をまた数冊死ぬまで借りてきた魔理沙は、今日もそうして元気よく自宅へと帰還した。
 もちろん出迎えてくれる声などない。
 確かに使い魔について一瞬うらやましく思ったこともあったが、やはり自分には気ままな一人暮らしが性にあっている。
「おかえりなさーい」
 だがそれでも帰宅の挨拶は、彼女にとっては欠かすことの出来ない儀式だ。
 自分の気持ちの切り替えのためでもあるし、家への礼儀という一応の理由も片隅に付け加わってはいるが、まぁ結局はただの慣習でしかない。
 一種の自己満足なのだ。
「ごはんにする? ライスにする? それともお・こ・め?」
「……うむ、誰だお前は」
 聞こえないフリにもいささか限界を感じてきたので、ついに魔理沙は覚悟を決めて、聞こえるはずのない声の主を見やった。
「ひどい、私のことを忘れちゃったの?」
 白いブラウスに赤いプリーツスカート。そしてとかく目を引く赤い三角帽子を被り、黒いつぶらな瞳で困ったようにこちらを見つめる少女を、魔理沙はやっぱり見たことがない。
 いくら記憶の底を浚ってみても、目の前の少女とは完膚なきまでに初対面だった。
「……知らん。お前なんか知らんぞ」
「ああ、なんてこと! 私を手に入れたときのあなたの嬉しそうな顔を、私ははっきりと覚えているのに!」
 苦悩の表現であるのか、頭を抱えてぐねぐねとツイストする少女の姿は魔理沙的にはなかなか面白かったが、別に面白かったからといってどうなるわけでもない。
 ただその意味深な言葉だけが気になった。
「だから、誰だお前は。なぜ私の家にいる。はっ、泥棒か! 泥棒は嘘つきの始まりなんだぜ!」
 魔理沙はそう言って、死ぬまで借りてきた本の入った唐草模様の風呂敷を背負いながら凄んだ。
「ど、どういうこと!? いやいやいや、私は泥棒なんかじゃないんだよ。ずぅーっと前からこの家にいたんだもの」
 少女の言い草に、魔理沙は怪訝な顔をする。
「だが私はお前なんか見たことないぜ」
「そんなはずはないわ。私は最初からここにいたの。ずーっとあの中で埋もれてたのよ」
 少女が指差した先は、まだ先の異変のキーアイテム、『打ち出の小槌』の魔力が抜け切らずにうごうごと蠢いている、魔理沙の蒐集癖の結晶とも言える、ガラクタの山。
 それを見て、魔理沙は得心するとともに、驚いた。
「なんだ、つまりお前は、付喪神か」
 逆さ城の異変。
 ちっぽけな天邪鬼がちっぽけな小人族を唆して起こしたちっぽけな異変から、さてどれくらい経っただろうか。
 彼女らの引き起こした異変はちっぽけなままに潰されてしまったけれど、その尾の引きっぷりだけは甚大なものがあった。
 具体的には付喪神とか、付喪神とか、付喪神とか。
「そうでーっす♪」
 ピシッとおどけたポーズを決める少女。
 小槌の魔力はそのうち抜けるからと、蠢く程度で実害はないから放っておいたアイテム群の中に、まさかこの段階で人型を取るまで成長するアイテムがあったとは。
 確かに元から多少なり魔力を持つものも多かったし、小槌の魔力がきっかけで付喪神化が促進したアイテムもあるのかもしれない。
「じゃあお前は、何のアイテムなんだ?」
「……何だっけ? 忘れちゃったー」
「はぁ?」
 その付喪神の放ったあまりに信じがたい言葉に、魔理沙は素で聞き返す。
「付喪神が自分が何の付喪神だか忘れたってのか?」
「だってだって長いこと使ってくれてなかったんだもん! どう使われてたのかすら思い出せないよ!」
 再びツイストを開始した少女だが、ふと思いついたようにその動きを止める。
「そうそう、長いこと使ってくれなかった無念でなんとかここまでの形になったんだよ私は! この無念、はらさでおくべきか!」
「つまり、私に復讐するってことか」
 それを宣戦布告と捉えた魔理沙は、箒とミニ八卦路を構えた。
 道具にとっての幸福とはただ、使われること。使われなかったという負の要素から付喪神になった道具が荒ぶるというのも、実に古典的な妖怪譚の一つだ。
 だが、それを見て少女はちっちっと指を振る。
「違うね、この無念を晴らす方法はただ一つ!」
「なに?」
「使われることに決まってるでしょ! つーわけで私を使え! はよ!!」
 魔理沙はきょとんと目を丸くした。
「いや、何の道具かもわからんのに使えと言われても」
「こうなったら使ってくれるなら何だっていいわ! ほらせっかくの人間体なんだし! 私にも穴はあるんだよ!」
「穴があったから何だってんだよ!?」
 この付喪神、結構ヤバいことを口走ってる気がする。あまり放置も好ましくないのではないか。
「いーからいーから、ともかく指示をくれマスター!」
「いつの間にかマスターにされとる」
 だが、待てよ、と魔理沙は思う。
(私に使われる気があるなら、使ってみても面白いかもしれん)
 紅魔館でのぱちゅりーとの会話が頭をよぎる。もしかしたら天の与えたチャンスなのかもしれない。
(付喪神の使い魔か……なかなか珍しいんじゃないか?)
 まぁ何でもしてやると言ってるようなもんなので、とりあえずやらせてみよう。
 そう判断した魔理沙はとにかく指令を与えてみることとする。
「じゃあ最初にライスとかお米とかよくわからんこと言ってたし、とりあえず飯でも作ってみてよ」
「あいさー!」
 少女は元気よく返事をすると、嬉しそうに台所の方へと走って行った。
 少し楽が出来るかな、などと考えていた魔理沙だが、ほどなくして台所から声が聞こえた。
「マスター! できたよマスター!」
「早くね?」
 首をかしげながら魔理沙が台所へと向かうと、そこには――
 ……テーブルの上の皿に未加工の米が盛られ、更にそこに未加工の野菜等が見事なオブジェのように突き立ち積み重なった謎の物体が!
 そしてそれを得意気に指し示す少女の姿も。
「何を作ってんだよ何を!?」
「とりあえず食材を使ってなんかすれば料理になるんじゃないの?」
「なるか! あとさりげなくミニ八卦炉とか生クリーム絞る奴とかサニーミルクさんとかをオブジェに組み込んでんじゃねえ! お前的には食材判定なのかよ!」
「ぐふっ……我が死は伏せよ……」
「サニーミルクさーん!!」
 そこらをうろついているうちに少女に捕まって調理されてしまったらしいサニーミルクを丁重に窓から放り出しながら、魔理沙はため息をついた。
 そりゃまあ、自分が何かも覚えてないような付喪神なりたてのイミフ妖怪。料理しろととだけ言って実行できるはずもない。
「……とりあえず米の炊き方から教えてやろう」
「あいさーマスター!」
 結局のところ、その日の夕食はいつもより面倒くさいものになった。
 でもまぁ、放り出す選択をしないあたりは、なんだかんだで世話焼きな魔理沙である。




「……というわけで、せっかくだから私の使い魔として仕込んでやろうと思って、今修行中なんだよ」
「へえ」
 数日の後、魔理沙は少女を連れて博麗神社を訪れていた。
 正直最初は使えないからパスしようと思っていたが、ここまで来ればせっかくだからの精神で、もうちょっと鍛えてみようと思うようになっていた。
 とりあえず、やっと米は炊けるようになったので。進歩はある、はず。
「……ま、確かに害意はないようね」
「あなたが霊夢さんっすか。よろしくおねがいしまーす!」
「ん。よろしく。でも小槌の魔力で付喪神化した奴なら、すぐにもとの道具に戻っちゃうんじゃないの? 使い魔には不適じゃない?」
 霊夢の疑問に、しかし魔理沙は余裕で答える。
「それなんだが、恐らく小槌の魔力はきっかけか何かで、もっと別の力が働いてるんじゃないかと思うぜ。何せ付喪神が元に戻っていってる段階で付喪神になってるんだから、むしろ小槌の方が関係ないかもしれない」
 少女が付喪神として現れたのはつい数日前である。少女の言葉を信じるなら彼女は魔理沙の家を出ていない。魔理沙としても長期間家を空けたこともないし、つまり魔力の回収期の真っ只中に付喪神化したわけで。単純に小槌の魔力だけの影響とは思いづらい時期だった。
 特に魔理沙は『沓頬(クツツラ)』を知っている。
 回収期の真っ只中ながら妖魔本の魔力の影響で存在を永らえ、妖魔本から解き放たれて以降は自らの逸話を再現することで本物の妖怪になろうとした付喪神。
 他にも拠り代を取り替えることで回収対象から脱した堀川雷鼓一派の存在が示すように、小槌にはいくつかの抜け道があるのは自明の理だ。
「しかし自分が何者かわからない付喪神なんて、かわってるねーっ」
 霊夢の頭からぴょこんと顔を出したのは、先の異変の黒幕の一人であり、打ち出の小槌の所有者である小人、少名針妙丸。
 異変後は神社にて霊夢の監視下に置かれているが、結構なじんでいるようである。
 ともかく針妙丸にそう言われて、少女はてへへと頭をかいた。
「いやぁ、それほどでも」
「別に褒めてないよ。しかし見た目からもさっぱりわかんないね。なんとなく洋風のカッコだけど、目立つのはその三角帽子くらい?」
「えへへ、かっこイーでしょ?」
「いや、単純に変」
「しょぼん」
「あんまりいじめてやりなさんな」
 落ち込む少女を見て、霊夢は針妙丸を指先で小突く。
 小突かれた針妙丸は「ふみゅう」と鳴いた。
「マスター、そんなにこの帽子変すか?」
 そうして針妙丸にへこまされた少女はくるりと魔理沙に向き直って、涙目で尋ねる。
「……変ってこたないが、まぁ首から下の服装がシンプルだから帽子だけ変に目立つんじゃないか。幽霊楽団の連中とか似たような三角帽子被ってるけど、大して気にならないしな」
「そか、ふぁっしょんってやつだね!」
「ん……?」
 霊夢は少女の背中、少女の着るブラウスの背中側にあしらわれた刺繍の模様に気づいた。
 その模様が示す図形を、霊夢はどこかで見たような気がしたが、結局どこで見たのかは思い出せなかった。
「まいっか。んで、魔理沙。この子の名前は?」
 霊夢の問いに、魔理沙は面食らったような顔になる。
「……そういえば、名前を考えてなかったな。家にいるときは『おまえ』で通してたし……なあ、おまえ」
「そうね、あなた」
「夫婦かよ」
 きゅっと腕を組む真似をする二人の姿に、針妙丸は呆れたようにツッコんだ。
「名前くらいつけてやんなさいよ」
「そうだな……」
 魔理沙は、少女の姿を上から下までじっくりと眺めた。
 そうして考えに考え抜いて出した結論は。
「帽子がとんがってるから……トンガリ!」
「と、トンガリ……!」
 どこかで聞いたようなハイセンスな命名に、少女と針妙丸は目を点にする。
「……じゃあその親分のあんたのあだ名は、ブタゴリラで決定ね」
「やっぱりもうちょっと考えてみるべきだな、うん」
 霊夢の一言に、魔理沙はとっさに前言を引っ込めた。
 さすがはみんなの霊夢さんである。
「しかしなー、そもそも何の付喪神かもわからないんじゃ、命名の仕様がないじゃないか?」
 魔理沙がそう愚痴ると、霊夢はぴんと人差し指を立てた。
「そういえば、ちょうどいい人がいるじゃない。道具の名前と使い道を調べるためには?」
「おっ」


「いや無理」
 事情を聞いたその男は、開口一番そう言って捨てた。
「何でだよせっかくこんなところまで足を運んでやったのに」
「こんなところで悪かったね」
 やれやれといったように肩をすくめる魔理沙に、香霖堂店主・森近霖之助はため息をついて答える。
 霊夢に言われるまで、道具の名前と用途を調べることに関しては一級品の知人の存在をすっかりと忘れていた。
 なのでこうして少女を連れて香霖堂へと足を運んだわけなのだが。
「なんだって無理なんだ香霖?」
「そりゃあもう付喪神化しているからねえ。自我が芽生えているから僕の能力における『道具』の範疇からは外れてしまうんだよ」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
「そういうものなんすかー」
 魔理沙と霖之助と少女は顔を突き合わせてしばし停止する。
「……じゃあ、香霖の道具知識でなんかこいつの正体に思い当たるものはないか?」
「さすがに見た目の情報だけじゃなんともいえないねえ。気に止まることといえば、やっぱりその三角帽子と、あとおっぱいがけっこうでかいことくらいだしね」
「おい」
「ぐぬっ」
 魔理沙の箒の柄によるツッコミがみぞおちに入り、霖之助はもだえた。
「べ、別にふざけて言ってるわけじゃないんだよ。女性のおっぱいというのは基本的に性的アピールのために発達するのだからね。子孫を残す必要のない、たとえば妖精なんかは皆幼い容姿をしてるだろう?」
「んなこと熱く語ってんじゃねえ」
「ぐぬっ」
 再び霖之助はもだえた。
「つ、つまり、おっぱいのサイズにも何かしら意味がある可能性があるということだ。まぁ、例外なんていくらでもいるから当てにはならないけどね!」
「散々語っといてそれかい」
「ぐぬっ」
「ま、マスター、さすがにこれ以上はヤバいよ!」
 少女がぼよよんと揺らしながら止めに入り、魔理沙はちょっと悔しそうにその手を止めた。
 三度みぞおちをどつかれた霖之助はその間によろよろと立ち上がる。
「ま、まぁともかく……色々と手広くやらせてみることじゃないかな。何かしら得意なことがあるはずだよ。そこから考えればいい」
「……まぁ、そうするしかないな。とりあえず台所系の道具じゃなさそうなのは確かだが」
 霖之助のアドバイスに、魔理沙はとりあえず納得して頷く。
「じゃあ、従来の方針通りだな! とりあえず私の立派な使い魔になるために、色々と修行していくぜ!」
「おー! 私がんばるよマスター!」
 やる気満々でこぶしを突き上げる魔理沙と少女。
 そのさまをほほえましく見ながら、霖之助はふと疑問を口にした。
「そういえば、結局名前はどうするんだい」
「あ゛っ」
 何も解決していない。
「香霖、何かいいアイディアはないか?」
「……じゃあ、帽子がとんがってるから、トンガr」
「それはもうやった」
 やれやれと魔理沙は頭をかく。
「じゃあ仕方ない。仮にでも何でも、私が名づけよう」
 そうして魔理沙はビシッと少女を指差した。
「ナナだ。名無しだから。どうだ? 響き的には悪くないと思うんだが」
「ナナ……」
 少女は反芻するように、その言葉を口に出す。
「ありがとう! その名前、いただくねマスター!」
「気に入ったか?」
「うーん……正直、なんだか『惜しい!』って感じもするんだけど。それでもただの名無しよりはずっといいよ、かわいいし!」
「ふぅん? もともとちゃんとした名前があったのかな? まぁそれを思い出せればそれでいいし、とりあえずよろしくな、ナナ」
「はいっ!」
 こうして、魔理沙は謎の付喪神・ナナとの生活を、本格的に始めることとなった。




 魔理沙とナナが一緒に暮らし始めてから更に数日。
 とりあえず使い魔として身の回りの世話を仕込まなければ始まらないのだが。
「こりゃー! ナナのアホめー!!」
「ぴゃー! ごめんなさーい!」
 のやり取りが幾度も繰り返されることからお察しのとおり、ナナには家事全般の適性があまりないらしかった。
 洗濯をさせればお気に入りの服が一着ダメになるし、掃除をさせれば研究中のアイテムや書類がどっかへ旅立つし、料理をさせれば一日一回はサニーミルクが食卓に上る。
「まぁ最後のは毎度性懲りもなくウチに忍び込んでるサニーミルクさんに問題があるんだが。てかサニーは姿を消せるんだが、なんでおまえは毎度こともなげに捕獲できてるんだ?」
「えー、でも丸見えだよ? いっつも『どーだこれで見つかるまい』みたいな顔してるけど」
「ふぅむ?」
 覚えている限り、サニーミルクの迷彩能力はかなり便利なものだった。
 音などは消せないので他の妖精と組んでこそ真の隠密性能を発揮するが、姿を消すことに関して言えばまず『丸見え』などと評せるものではないはず。
(もしかして、『見る』ことに特化した道具だった、とか?)
 だとすれば、それはそれで何かしら役に立つかもしれない。
「ともかく、『いっつも』ってくらいサニーを認識してるんなら、いい加減奴が食材じゃないことを理解してやれ」
「ウィース!」
 ナナはそう言って、いつものように笑顔で元気のいい返事を返した。
「まったく、返事だけは一級品なんだから」
 肩をすくめながら、魔理沙は苦笑する。
 それでも、少しずつは進歩している。
 ナナに家事を教え込むのは大変だし、前述のとおりいくつかの服やアイテムも犠牲になってきた。
 そして、いくら被害を被ろうとも魔理沙がナナを叩き出さずに面倒を見ている理由は、その笑顔にあると言ってよかった。
「……お前はいっつも楽しそうだな、ナナ」
「そうすか?」
 才能はないが、本当に楽しそうに、努力する。
 その姿を魔理沙は、自分自身に重ねていた。
 才能あふれる博麗の巫女に努力で食らいついてきた魔理沙にとって、ナナはかつての自分そのものと言ってもいい。
 だからこそ、誰にも負けない使い魔に仕上げてやりたかった。
 いつかきっとアリスの人形にも、パチュリーの小悪魔にも負けない、魔理沙だけの最高の使い魔に。
「まだまだお前はいろんなことを覚えなきゃいけない。さあ、食材と調理方法の勉強だぜ。ちゃんとメモ取れよ」
「あいさー!」
 屈託なく笑って、ナナは魔理沙の指導についていく。
 無条件で好意を向けられる心地よさも、魔理沙がナナを気に入っている理由のひとつではある。
 だが何より、そうして楽しげに努力ができるさまは、魔理沙が唯一羨む才能でもあった。




「ふんふーん♪」
 妖怪も苦手とする、胞子の立ち込める魔法の森を鼻歌交じりに闊歩できるのは、森に住まい、胞子にすっかり慣れ切った魔法使いたちだけだ。
 そういうわけで、魔法の森に住む魔法使いの一人、アリス・マーガトロイドは鼻歌交じりに魔法の森を飛び、そして魔理沙の家の前へと降り立った。
「おーい、魔理沙いるー?」
「誰すかー?」
 そうしてノックした結果現れたのは、エプロンをつけた胸のでかい三角帽子の少女。
「ウァアアアアアアアアアアアアーーーー!?」
「なにごと!? なにごと!?」
 アリスは気が動転するあまり、思わず人形を展開し、派手な弾幕で牽制してそちらに注意を向けつつ、少女の体を糸で絡めとり、最大威力のアリスキックをぶつけるという周到極まりない攻撃をしかけてしまうのだった。
「うわあああ! マスター!!」
「マスタースパーク!!」
「へぎゅ!」
 少女の助けを求める声に颯爽と魔理沙が姿を現し、凶賊を見事葬り去ったのだ。
「びえええええん怖かったよう」
「おおよしよし、しかし一体何だったん……なにしてんだ、アリス」
 魔理沙は泣きついてきたナナをあやしながら、黒焦げになった闖入者を見やって呆れ顔になる。
 そうしてその闖入者は、ちからなく片腕を挙げて挨拶した。
「は、はろう、魔理沙……」


「はぁー? 使い魔見習いィー?」
「そうだぜ」
 とりあえず落ち着いた一堂は、テーブルを囲みながら事情を話し合っていた。
「ど、どーも、ナナですー……」
 ナナはいつもの元気のよさが鳴りを潜めたように、魔理沙の後ろに隠れてしまっている。
「妙におどおどした奴ね」
「お前が出会い頭に攻撃したから怯えてんだよ……」
「し、仕方ないじゃない。魔理沙の家を訪ねたと思ったら、いきなり見たこともない奴が出迎えてくれたもんだから、また誰か女の子を手篭めにしたのかと思って……」
「またって何だよ! それにこいつを攻撃する理由になってねえよそれ!」
「えっ?」
「えっ」
「……それはともかく、自分が何者かも忘れた付喪神ねぇ……役に立つの? それ」
 微妙な空気になったのを察したアリスが話題を変えた。
「まぁ、今のところ特に立ってないな」
「ひ、ひどいよマスター!」
 正直すぎる魔理沙の感想に、ナナが涙目で抗議する。
「ま、何はともあれこれからって奴だ」
 にかっと笑ってぽんぽんとナナの頭を撫でる魔理沙を見て、アリスは口を尖らせた。
「ま、なんでもいいですけれどォー。んで、使い魔って言うからには契約とかは結んでるの?」
「いんや、特になんにも」
「んんー」
 あっけらかんとした魔理沙の返答に、アリスは眉根を寄せた。
「いかんのか?」
「いや、別に魔理沙がいいんなら別にいいんだけどさ、ちょっとそれは疎いんじゃない?」
 アリスはそう言いながらも、心配そうに言葉を続ける。
「たとえば私の使い魔はこの人形たち。自分で作った人形だから、契約なんかは要らないけれど、その代わりにこの『糸』がある」
 人形遣いたるアリスの真髄は、人形そのものというより人形と自身を繋ぐ、その操りの糸にあると言っても良い。
「私はこの糸を介して人形を操るとともに、感覚をつなげたり魔力を送ったりしているわけだけど、通常使い魔と交わす契約というのは、この糸とほとんど同じようなことなのよ」
 使い魔とは基本的には、主人が行うまでもない雑事を代行するための存在。
 第三の便利な腕というべきものでもあり、便利で忠実な駒でなくてはならない。
 そのための人形遣いの糸こそが、使い魔の契約である。
「どこにいるかもわかるし、視界を共有したりもできるし、魔力供給だってできる。普通に便利なものよ。ましてやそいつは記憶喪失の付喪神なわけでしょ。今は言うことを聞いているようだけど、記憶を取り戻した瞬間にあなたの敵と化すかもしれない」
「そ、そんなことないっすよ!」
「……」
 アリスの突きつけた可能性に、魔理沙は少し顔を伏せる。
 害意がない、とは、霊夢も太鼓判を押していた。
 負の付喪神とはいえ、放置された結果付喪神化したこと自体は覚えている。だからそれが原因で自分と敵対することはないはず。
 だが。
「『契約』は主人が使い魔を縛る絆なの。従順なうちに、つけておくに越したことはないわ」
「……そうかもしれんな。ま、考えておくぜ」
「……ま、いいけど」
 魔理沙の返答にアリスが苦笑して肩をすくめる中、ナナが状況をつかめずにおろおろと魔理沙に問いかけた。
「ま、マスター? 結局、契約ってのは……」
「ああ、今はとりあえず考えなくていいぜ」
 結局魔理沙は、この場において契約に踏み切るという選択肢を投げ捨てた。
 ナナを信用しない、と言っているのと同じと言うところを嫌ったのだろうか。ナナを家畜同然に鎖で縛ってしまうことを嫌ったのだろうか。
 魔理沙自身、よくわからない。
 まだまだ本物には届かない、『人間の魔法使い』ゆえの甘ったれた気持ちなのかもしれない。
 だけど、魔理沙は今のナナを、ひたむきに努力できる少女を縛り付けたくないと思った。
 自由を求めなければきっと前に進めなかった、かつての自分を思い起こして。
「そうっすかー……」
 ナナの返答は、ほっとしたようにも、残念がっているようにも思えた。
「時にアリス。お前は何だって私の家を訪ねてきたんだぜ?」
「おお!」
 魔理沙がふと思い出したことを尋ねると、アリスはぽん、と手を打ち、小さなバスケットをテーブルの上に置いた。
「暇つぶしにクッキーを焼いてたら作りすぎちゃってね! せっかくだから魔女仲間におすそ分けってわけよ。あくまで作りすぎただけなんだからね! 勘違いしないでよね!」
「消し炭になっとるようだが」
「だって魔理沙がマスパ撃つんだもん」
 魔理沙とアリスの共同作業は、悲しき産業廃棄物を生み出して終わったのだった。
「これがクッキーって言うんだね。ナナ覚えたよ!」
「忘れなさい!」
 ナナを激しく揺さぶって記憶を飛ばしながら、魔理沙はため息をつく。
「最近あんままともなもの食ってねえなあ……」
 まだまだナナの料理スキルが低いことや、それに付き合って指導しているうちに食材のストックを使いすぎたりと、ここ最近の魔理沙の食生活は恵まれているとは言いづらかった。魔理沙自身、料理のレパートリーはお世辞にも多いとは言えないし。
 ここに来て差し入れのクッキーまでこの始末とは、何かに呪われているとしか思えなくなる。
「……何だったら、食事作っていってあげようか?」
「お、いいのかアリス」
 アリスの申し出に、魔理沙はパッと顔をほころばせる。
「か、勘違いしないでよね。その不景気そうな顔を見てるとちょっと同情心が湧いただけなんだからね!」
「? あ、ああ、ありがたいぜ。そだ、せっかくだからナナの奴に料理を教えてやってくれないか? 別の視点から教えると何か違うかもしれんし」
「はぁ!? なんで私があんたの使い魔の面倒を見なきゃいけないのよ」
「私この人こわいよぅ」
 魔理沙の提案に、アリスとナナ双方から文句が上がる。
「まーまー、いいじゃないか。みんなで作ったほうが楽しいだろ? アリスは教え上手だからな。手伝ってくれると本当に助かるんだがな」
「ふ、まぁそこまで言われたら手伝ってあげないこともないわ!」
 魔理沙の説得に、アリスはまんざらでもなさげに了承した。ちょろい御仁である。
「ナナも、別にアリスは怖くないからな。私も一緒にいるし大丈夫。そもそも幻想郷じゃこんなことでいちいちビビッてちゃ心臓が持たないぜ。もっともっと他人に慣れなきゃな」
「ま、マスターがそう言うならがんばってみるよ!」
 返す刀でナナも説得し、その日は三人で台所に立つことになった。

「おお、こうすりゃいいのか。私も勉強になるぜ」
「もっと尊敬していいのよ」
 鼻を高くするアリスの横で、ナナが相変わらず悪戦苦闘している。
「えーとー、こうしてー、こうしてー……あ、ちょうどいいところにサニーミルクが。隠し味にしちゃえ!」
「やめたげてよお!」
 騒がしいナナを見ながら、アリスはふぅ、と息をつく。
「擬似家族プレイ……ま、アリかしらね?」
「何言ってんだアリス?」
「な、なななんでもないでござるよ?」
「はぁ(ござる?)」

 その後も、アリスはなんだかんだでたまに来て、ナナに稽古をつけてくれるようになった。
 ナナもアリスには慣れたようで、最初からは考えられないほど仲良くもなったし、ナナの炊事のレベルも飛躍的に上昇。
 なんと、サニーミルクが食卓に上る率が一週間に一回まで減少したのだ!
「……いや、サニーミルクさんに関してはもうわざとやってるだろ?」
「ばれちった?」
 忘れたころに食卓に上る分、余計にたちが悪い。




 悪魔の館、紅魔館。
 そしてその館内にある大図書館。
 そこは、もう一人の魔女が棲む場所だ。
「む、むきゅっ、むきゅうううー! ゲフンゴフッ! ゼヒュー! ぐきゅっぐばぁ!」
「パチュリー様ああああああああああ!!」
 今日も今日とて喘息日和。
 パチュリー・ノーレッジは激しく咳き込みながら己が使い魔である小悪魔に助けを求めた。
「ほらパチュリー様、吸入器ですよ。はい吸ってー」
「スヒュー、スヒュー……」
 小悪魔が永遠亭謹製の喘息用の薬の吸い口をパチュリーに咥えさせ、パチュリーは必死にそれを吸う。
 どことなくエロティックな光景である。
「けほ、ありがとう小悪魔。落ち着いたわ」
「いえいえ、主の力になることは使い魔としての務めですから!」
 息を整えながら礼を言うパチュリーに、小悪魔はぱたぱたと羽を羽ばたかせながら笑顔を見せた。
「ほら、あれが奴の使い魔としてのあり方だぜ」
「勉強になるっす」
「んで、お前らは何をやってんの」
 けほ、と一つ咳き込みながら、パチュリーはそのじとっとした視線を本棚の影からこちらの様子を伺っていたネズミどもへと向けた。
「よう、邪魔してるぜ」
「お邪魔してるっすー」
 本棚の影から悪びれずに手を振る二つの影は、例によって魔理沙とナナだった。
「また性懲りもなく不法侵入してきたのね」
「あれ、隣の人は誰です? 初めて見る気がしますけど」
 魔理沙の顔を見るなり呆れ顔でため息をつくパチュリー。そんな状態なので、魔理沙の隣にいるナナに気づいたのは小悪魔だった。
「ああ、そういや初対面だっけ。こいつはナナって言うんだ。私の使い魔見習いだぜ」
「むきゅっ!? あんたが使い魔を!? ゲホゲホ! グホッ!」
「パチュリー様あああああああ!」
 パチュリーは驚きのあまり咳き込み、小悪魔が慌てて背中を撫でさする。
 確かにあの時に色々と煽ったとはいえ、勝手気ままな一匹ネズミの自由人を気取っていた魔理沙が使い魔を取ろうとするのは、それなりに驚きだった。
 大体魔理沙が研究している魔法の分野は召喚とかそういうのとは遠いと思っていたのだが、一体どこで調達してきたと言うのだろう。
「どもー、ナナと言いまーす。お二人のお話はかねがね」
「けほ、どういうお話を聞いているんだか」
「えーと、研究用の資料を快く貸し出してくれる便利な親友だと」
「はっ倒すぞ」
 パチュリーは額に青筋を立てながら立ち上がった。
「おっと、とりあえずお目当てのものは集めたから、今日のところはお暇するとするぜー」
「うぃーす!」
 魔理沙が言いながら身を翻し、ナナも魔理沙から渡されたずだ袋を背負って一礼しながらその後に続く。
「まったく、いつもいつまでも便利な扱いされるだけのこの私だと思わないことね! 小悪魔!」
「はいです! ≪モード・プリズン≫起動!」
 小悪魔の指先に魔法陣が浮かび上がり、それとともに図書館内に幾重も魔力障壁が走り、館内の構造を変化させていく。
「うおっと、なんだこれは!?」
 円形に幾重にも展開した魔力障壁。魔理沙たちはその中心へと捕われている状況になった。
「むきゅきゅのきゅ! こっそりと図書館のセキュリティを強化していたのよ。だいぶ時間がかかったけど、やっとお披露目できるわ! ゲフンゲフ!」
 パチュリーの得意気な言葉とともに、本棚に紛れ込ませていた魔導書型の簡易使い魔がいくつも舞い上がり、弾幕を放ちながら魔理沙たちに迫る。
「げっ、パチュリーがこんな大掛かりな魔法を使ってくるとは……喘息の調子も悪そうなのに」
 パチュリーは図書館の要所に自分の魔力を注入した宝石を配置していた。喘息のせいで一度に大きな魔力を放出し続けることは困難なパチュリーだが、事前に外部にチャージしておけば、後は制御するだけで済む。
「ど、どーゆーことっすかマスター!?」
「どうやらあいつ、今日は虫の居所が悪かったらしいぜ。ともかく脱出しないと! てい!」
 魔理沙はマジックミサイルをばら撒き、迫る魔導書を狙い撃った。
 画一的に動く魔導書たちは避けようとする意思はないが、しかしそれぞれを障壁が保護しているらしく、マジックミサイルの破壊力では迎撃できない。
 このままでは障壁に追い詰められてしまう。
「ならば! これならどうだぜ、マスタースパーク!」
 ありったけのパワーを注いで、空間を隔てる魔力障壁へと自らの魔力の奔流を放つ。
 魔理沙のその攻撃は、見事に障壁を一つ貫通した。だが、二つ目の障壁に阻まれる。
「むきゅきゅ、あなたのパワーだけにはさすがにかなわないけど、そんな大出力、あんたのしょっぱい魔力容量で、何度も撃ちつづけられるものじゃないでしょう?」
 魔理沙とナナは障壁の穴から次の空間へと逃れたが、魔導書群もまだまだ迫ってくる。
 マスタースパーククラスの出力でやっと破れる障壁。
 魔導書群を迎撃するにせよ、防壁を突破して脱出するにせよ、マスタースパークを何度も撃たなければならない。
 パチュリーの指摘どおり、今の魔理沙にそんなことのできる魔力は備わっていない。
 さらに。
「すみませんが、お覚悟を!」
「ぐっ」
 魔導書たちに混ざって、小悪魔が攻めてくる。画一的な物量弾幕の中に紛れながら、確固とした自律的な動きを持って攻撃を仕掛けてくる小悪魔の存在は実に厄介だった。
「まずいな……」
「マスター、マスター」
 冷や汗を流す魔理沙の袖を、ナナがくいくいと引く。
「ど、どうしたんだぜナナ?」
「とりあえず、ここを脱出すればいいんすよね?」
「そうだが」
「じゃあ、私につかまっててください!」
 瞬間、ナナは有無を言わせぬすごい力で魔理沙をずだ袋の隣へと背負い上げた。
「おい、何を!?」
「っきゅーーーーーーーーーーん!!」
 魔理沙がようやく有無を問うたその瞬間には、ナナは気合一閃、空中へと舞い上がった。
「なっ、は、速い!!」
 その爆発的な加速力に、小悪魔とパチュリーは目を見張る。
「だ、だけど、いくら速くたって、所詮は籠の中の鳥なのだわ! ゲフンゲフッ! ゴハァ!!」
「パチュリー様アアアアアアアア!!!!」
「うう……スヒュースヒュー」
 吸入器を吸いつつ、パチュリーは魔理沙を乗せたナナを見据える。
 いくら機動力があろうと逃げ場はない。そして魔理沙譲りの爆発的な出力は認めるが、もちろんその出力がいつまでも持つわけはない。
 パチュリーは勝機をいまだ手中に収めているのだ。
「んーと、そこっすか!」
 そしてしばし空中に静止してあたりを見回していたナナが次にとった行動は、なんと障壁への突進だった。
「な、何やってんだぜナナ!?」
「狂ったの!?」
 魔理沙と小悪魔たちがあっけに取られるのも一瞬、ナナは先ほども見せた爆発的な加速でもって、魔力障壁を一枚、一気に突っ切ったのだ。
「うわあああああああ……あれ? なんかスルっと抜けれたぜ?」
 魔理沙が衝突の恐怖に叫んだが、予想した衝撃が来ずにきょとんと首をかしげる。
「しょ、障壁が抜けられた!?」
「よーし、どんどん行くっすよー!」
 パチュリーが驚愕している間にナナは縦横無尽に飛び回り、次々と障壁を突破していった。
「あいつ……障壁を構成する魔力の、一瞬の揺らぎを見切っているの!? ゲホ!」
 小悪魔たちが慌ててナナを追撃するが、素の機動力が違いすぎてまったく追いつけない。
 そうこうしているうちに、ナナはパチュリーの陣取る場所、そこにパチュリーを守る障壁一枚を隔てた場所まで肉薄していた。
「むきゅああ!? しょ、障壁強化! ゲホッゴホッ!」
 図書館内を区切る障壁は元々事前に仕込んだプログラムに従って展開されたものだが、パチュリーを囲んでいるものはパチュリーが自ら作り出したお手製。
 その障壁に魔力を割き、壁を分厚いものに作り変える。これなら多少の揺らぎで突破されることはない。
「ゲホッゲホァゴホァグオィ!」
「パチュリー様アアアアアアアア!!!!」
 だが、そこに魔力を費やしたことで、パチュリーの体力が割と限界になった。
「お、この様子ならいけるぜ? マスタースパークだ!!」
「むぎゅ!?」
 魔理沙はマスタースパークを、外壁の窓に向かって発射した。
 魔力を全体のコントロールから自分を守る障壁へと割いた上に、パチュリーの喘息の限界が到来した残りの障壁など、マスタースパークを持ってすれば貫くのはたやすい。
 一気に窓を打ち壊し、外へと続く一筋の道が完成する。
「し、しまった!」
「ナナ、あそこから外に出るんだ!」
「あいあいさー!! っきゅーーーーーーーーん!!」
 パチュリーたちが失策を悟る暇もなく、ナナと魔理沙は目にも留まらぬ速さで脱出していってしまった。
「……ちくしょう……ちくしょう……あんなやつの使い魔に……げふぁっ!」
「パチュリー様あああああああああ!」


「いよー……っと!」
 紅魔館を脱出してからしばらく飛んで、霧の湖のほとりへと降り立ったナナは、よっこらせとずだ袋と魔理沙を降ろした。
「大丈夫だったっすか、マスター?」
 小首を傾げて問いかけるナナに、魔理沙は興奮冷めやらぬといった顔でナナを称えた。
「おう、ぴんぴんだぜ。しっかしお前すごいんだな。障壁は抜けるし、メチャクチャ速いし……。文の奴より速いんじゃねーの?」
「えへへ、それほどでも」
 ナナは照れたように頭をかく。
 幻想郷最速を自称するかのカラス天狗に引けをとらない爆発的な加速力。
 そこももちろん驚くべきところではあるのだが、魔法使いとして気になるのは、やはりもうひとつの事象。
「しかしお前、どうやって障壁を抜けたんだ?」
「いや、一定の間隔でちっちゃな穴があいてるのが見えたから、これなら通り抜けられるかなーって」
「ふむぅ……?」
 サニーミルクの光学偽装を幾度も見破っていることから薄々思っていたが、やはりナナはかなり観測能力に長けた道具だったのだろう。
 自分はもしかしたらとんでもない拾い物をしたのかもしれない。魔理沙は心が躍った。
(待てよ。『契約』をしたらもしかすると……)

 ――視界を共有したりもできるし

 アリスの言葉を思い出す。
 ナナの見ている光景を、自分も見ることができるのかもしれない。
 魔理沙の好奇心が首をもたげる。『契約』してみても、いいかもしれない。
「いやー、しかしいきなりでびっくりしたけど、マスターのお役に立てて嬉しかったっすよ」
「む……」
「それに、マスターを乗せて飛ぶの、すっごい気持ちよかった! また私に乗って欲しいっすよ、マスター!」
「いや、それはちょっと、恥ずかしいかな」
「えーっ」
 無邪気に騒いでいるナナの姿を見ていると、やはりどことなく契約のはばかられてしまう魔理沙であった。




 あれからまた時は過ぎ。
 ナナは魔理沙の使い魔として、だいぶ板についてくるようになっていた。
 アリスの手助けもあって、家事もまずまずこなせるようになった。魔理沙も知らないような凝ったご飯をがんばって独力で完成させた折には、魔理沙もさすがに感激して褒め称え、使い魔の成長を思ってしみじみとご飯を食べたものである。
 ただ今でも忘れたころにサニーが来る。
 そして、トレジャーハントの相方としてもその観測力と速度で魔理沙の助けになっていた。以前にも増して無縁塚を安全に散策できるようになったし、何より妖怪の山に隠された未開の遺跡を探り当て、一気呵成に突破した一件は、二人にとって思い出深いものとなった。
 その晩に二人で打ち上げと称して庭でバーベキューしながら飲み明かしたのは実に楽しかった。胞子と酒のダブルパンチで二人して丸一日寝込んでアリスに呆れられたが。
 実験の助手としてはまだまだ知識不足だけれど、身の回りの世話を補う、という役割に関しては、果たせるようになってきたと言ってよい。
 ナナも魔理沙の使い魔……というかパートナーとして周囲に認知されてきた感がある。
 もはや十二分に絆は構築できた。魔理沙はその自負があった。
 わざわざお互いを縛る『契約』を使わなくてよかったと、そう思っていた。


 さてはて、今日のナナはアイテムの整理の任を負って、霧雨邸の周辺を駆けずり回っていた。
 部屋に散らかっていたアイテム類を一旦広い庭に出し、分かりやすく分類して蔵へと運ぶお仕事だ。
 だいぶ片付けも物をなくさずにしっかりとやれて来た故、今回は魔理沙の監督もない。というか出かけている。
 魔理沙の残した指令は部屋のアイテムを蔵へ運ぶことだけだったが、わかりやすく整理しようとしたのは、付喪神であるナナのこだわりである。
 そうすることで、省みてもらえる道具も増えるのではないか、と。
 もっとも方法自体は、アリスのアドバイスを参考にしたところが大きいのだが。
「こんにちは」
 そうしてがんばって働くナナの後ろから、ふと声が投げかけられた。
 びっくりして後ろを向いてみると、そこには日傘を差した綺麗な女の人が立っていた。
「魔理沙さんはご在宅?」
 思わず見入ってしまうほどの魅力のある女性。
 綺麗な金糸の髪を揺らせ、飲み込まれてしまうかと思うほどに深い紫色の瞳で、ナナを見据えていた。
「あっ、その、マスターは出かけてるっすけど」
「そう。まぁそれを狙ってきたのだけれど」
 在宅かどうか聞いた割にはよくわからない物言いだった。
「何しに来たんすか? 泥棒? 泥棒は嘘つきの始まりらしいっすよ?」
 ナナは首を傾げて問いかける。悪い人じゃなさそうな気がするけれど、胡散臭い人だったから、疑うに越したことはないだろう。
「いえいえ、別に。ちょっと顔を出しに来ただけだけど、どうやら大丈夫そうだから」
「はぇ?」
「いえいえ、こっちの話ですわ。それじゃ、お仕事がんばってね、ナナちゃん」
「あ、どもっす……」
 小さく手をかざしながら、背を向けて引き返していく女の人を、ナナは呆然と見送った。
 そしてその人が見えなくなったころ、ナナはふと我に返る。
「あれ、なんであの人私の名前を? まぁ誰かから聞いたのかな」
 ナナとしては見たこともない人だったけど、それなりに自己紹介はして回ってるし、さして気に留めることもなく作業を再開した。
 そうして再びせっせか働き、庭に敷いたシートに分類別に並べ終わったアイテム群を見て、ナナは満足そうに首肯する。
 後は蔵に運び入れるだけだ。
「いやー、しかし全部出してみると凄い量だなぁ。よく脱出できたもんだ、私」
 あの時は他の道具たちも半付喪神化していて、なんとなく動いてたからその隙間を縫って何とか外に出れたという思い出がよみがえる。
「……だぁれも動かなくなっちゃったね」
 すっかりと打ち出の小槌の魔力も抜け、動く道具は一つもなくなっていた。
 だからこそ、やっと整理整頓ができると言うことなのだが。
「私だけかぁ」
 人型になるに至ったのは自分だけ。しかも何もしていないのに付喪神としての存在を維持しているというのは、他にないことらしい。
 この収集品たちは、あくまで魔理沙に拾われただけの縁。
 きっと『収集品として拾われた』という事象にそれなりに満足していたせいで、完全な付喪神とはならなかったのだろう。ってアリスが言ってた。
「私って何なんだろうなぁ」
 おぼろげな感情を覚えている。
 自分を手に入れたときの、魔理沙の満足そうな顔を。
 自分を使ってくれたときの、驚きと感動を。
「うー、思い出したいよ。私本来の力で、マスターの役に立ちたいよ」
 魔理沙も自分も覚えていない、自分本来の姿と能力。
 どうして、どうして誰も覚えていないのだろう。
「むっ? おうわ!」
 唐突な、攻撃の気配。
 ナナが身を翻して避けた瞬間、ナナのいた場所に弾幕が突き刺さる。
「なにもの!」
 弾幕の飛んできた方角を見やると、それはほどなく発見できた。
 岩と木の後ろに隠れている、いつもの形状のヤツ。
「まったく性懲りもなく! っきゅーーーーん!」
 掛け声とともにナナは持ち前の高速移動を発揮し、一瞬でそいつの後ろへと回り込んだ。
「うげっ!」
 ナナは高らかに笑いながら、襲撃者の首根っこをつかんで摘み上げた。
「はーははー! 捕まえたぞ雪印!」
「誰が雪印だ! 私はメグじゃねえ! サニーだよ!」
 日の光の妖精、サニーミルク。最初に魔理沙の家に忍び込んでナナに調理されて以来、ステルスを見破られたのを根に持って、事あるごとにリベンジを挑んできていたのだ。
 その度にまた食卓に上らされていたのだが。
「久しぶりに調理してあげよか。ミルクの味噌漬けとかどぉ?」
「なにそれまずそう」
 そうしてナナがサニーに対して余裕で軽口を叩いていると、足元の土が突然盛り上がった。
「うぇっ!?」
「くらえー! 月光『サイレントストーム』!!」
 地面の下から現れたのは、サニーミルクの仲間である光の三妖精が一人、”静かなる月の光”ルナチャイルド。
「うわァー! 全然サイレントじゃねェー!!」
 彼女の放つ不意打ち弾幕に曝され、ナナは咄嗟に摘んでいたサニーを盾にする。
「ぎゃー!? 何をするやめろー!? おぼぼぼぼぼ!」
 ルナの弾幕はとりあえずサニーガードで防いだものの、
「えーい! 星光『PKスターストーム』!!」
「うわああああ!」
 更に背後から弾幕の急襲。
 段ボール箱を脱ぎ捨てて姿をあらわにしたのは、光の三妖精が一人、”降り注ぐ星の光”スターサファイア。
 ナナはたまらずサニーを放り上げると、地面に伏せて弾を回避した。
「ぎゃー!」
 左右から来る二つの嵐の弾幕の間に生じる圧倒的破壊空間に巻き込まれ、サニーは犠牲になったのだ。
「まさか伏兵がいるとは……」
 攻撃が終わったと見るや、ナナはすぐに身を起こして距離をとった。
「ふふふ、やっぱり思ったとおり。姿を消すような偽装はすぐに見破れるのに、単純に体を何かで覆うような偽装方法には弱い!」
「ふふふ、何度かこっそり試した甲斐があったわね」
 してやったりというスターとルナはハイタッチを交わした。
「ま、まさかそんなことで見破れなくなるなんて」
 ナナが感知していたのは空間の中にある『形状』だった。
 姿を消しただけではナナにとっては消えていないのと同じことだが、土に埋まられるとただの土と見分けがつかない。
 もっとも、段ボール程度では隙間があるので中まで感知できるのだが、スターが被っていた段ボール自体が隠密の加護のある伝説の段ボールだったので、なんとか事なきをえていたことは誰も知らない。
「ふ……ふふ……私の犠牲は無駄じゃなかったのよ……」
 ボロッボロのサニーがよろよろと立ち上がる。
 精一杯ににやりと笑うその姿は、ある種の無駄な執念が感じられた。
 しかしナナは、そこに一つの疑問を呈する。
「確かに多少ダメージは食らったけど、そこまでの犠牲を払った割りに討ち取れてないんだから、あんたの犠牲、無駄じゃね……?」
「ゴフッ」
「サニーっ!」
「サニーさんが血を吐いた! 謝れ! サニーに謝れ!」
「なんでだよ! っていうか機会を生かせなかったのも結果的にサニーをボコボコにしたのもあんたらなんだから、あんたらが謝りなよ!」
 ナナのもっともな指摘を受けて、ぐう、と一瞬押し黙るルナとスター。
 しかしすぐに開き直って腕組みし、強がるように台詞を吐く。
「うるさいうるさい!」
「これでもくらえ! 拾った爆弾!」
「あんたまたそんなもん拾ってたの!?」
 ルナがドン引きする中、スターはどこからともなく取り出したステレオタイプな爆弾を、着火してブン投げた。
「なんだよそんなもの!」
 ナナは身をかわす……が、彼女は爆弾がどういうものかイマイチよくわかっていなかった。
 ナナが先ほどまで立っていた場所に着弾した爆弾はけたたましい音を立てて爆発し、その爆風に煽られてナナは吹き飛ばされて近くの木に頭をぶつけた。
「よっしゃ!」
「ほんとサニー無駄死にだなこれ」
 ガッツポーズするスターと、吐血して倒れたサニーに同情の念を禁じえないルナ。
 ともあれそのままうずくまってしまったナナに、二人は意気揚々と接近する。
「うふふ、妖精だと思って甘くて見たわね。びっくりした?」
「……あれ?」
 スターがにやにやしながらナナに近づくが、ルナが異常に気づいて声を上げる。
「スター待って! なんかおかしいよ?」
「え?」
「なんというか、めっちゃ振動してる」
「がたがたがたがぶるぶるぶるぶる」
 ルナの言葉でスターが改めてナナを見ると、確かにナナは自らの腕を抱いて、歯をガチガチ鳴らす勢いで、震えていた。
「おーい、どうしたんだよー」
「爆発……こ、こわ……がたがたぶるぶる」
 震える声の端から聞き取れたのは、爆発への恐怖だった。
「そんなに爆弾が怖かったのかな?」
「でもあれ、生身の人間がまともに食らっても無事なくらいの破壊力しかないよ?」
 ここまで戦意喪失されると逆にどうしていいかわからなくなって、ルナとスターが立ち尽くしていると。
「こら、あんたたち何やってんの!」
 先ほどまでこの場にいなかったはずの、ピシッとした声が響いた。
 家の主が戻ってきたのかと思い、ルナたちは後ろを振り返ったが、そこにいたのは。
「うわ!」
「あ、アリスさん!?」
 魔理沙宅の様子を見に来た、アリス・マーガトロイドだった。
 今来たアリスにしてみれば、三妖精たちがナナを寄ってたかっていじめているように見えないこともない。
「ナナちゃんに悪戯してるんじゃないわよ!」
「ご、ごめんなさーい!」
 ルナとスターはサニーをかついで、一目散に逃げていった。
「ふぅ、どうしたのよナナ。いくらなんでも妖精にいいようにされるなんて……」
 妖精が去ったのを確認し、そうして小走りでナナのそばに歩み寄ってきたアリスだが、彼女もほどなくナナの異常に気づく。
「がたがた、ぶるぶる……」
「ほ、ほんとどうしたのよ一体。ナナ! ちょっと、ナナ!」
 蒼白な顔で震えるナナに、さすがのアリスも何事かと慌てた。
 とりあえずぺちぺちとナナのほっぺたを叩くと、彼女ははっとしたように顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。
「あ、あれ、アリスさん……?」


「いやー、申し訳なかったっす。手伝ってもらって……」
「別に礼を言われることじゃないわ」
 あとは運搬だけだった整理作業。多数の人形を操ることができるアリスの力を持ってすれば、ほとんど時間をかけることなく終わらせることができた。
「そんなことより一体、何があったのよ」
 もちろんアリスがそこまで手を貸したのは、ナナの憔悴振りを見たからに他ならない。
 勝手知ったる人の家、とばかりに魔理沙宅に運び入れ、とりあえず暖かいミルクティーを飲ませてやると、だいぶ落ち着いたようだった。
「いやー、実は……」
 ナナは三妖精たちとの顛末を話した。
「爆発が怖かった?」
「そうなんすよ。なんでかわからないんですけど……」
「ふぅーん? アーティフルサクリファイス」

 ぼんっ

「ぴいいいいい!?」
「本当ね」
「おどがざないでぐだざいよお゛お゛ぉ゛お゛!!!」
「アーティフル」
「!!!」
「……うふ」
 素振りを見せただけでびびくんと震えるナナを見て、アリスは湧き起こる何らかの情動のままに、怪しい笑いを浮かべた。
「お前は何をやっとるんだ」
 その後頭部にずびしといい衝撃が入った。
 今度はアリスがびびくんと震える番。
「ま、魔理沙!? いつの間にお帰りに!?」
「いやまぁもう既に結構な時間なわけなんだが。しかしどういう状況かねこれ」
 帰宅した魔理沙が、首をかしげながら室内の惨状を見渡していた。


「ふぅーむ、忘れてた記憶と何か関係があるのかも知れんな」
 とりあえず経緯を聞いた魔理沙は、腕組みをしてうむうむと頷いた。
 あんまりよくわかってないけどわかった感を醸し出したいときの仕草である。
「反射的になんかこう、『死にたくない!』って思っちゃうんすよね……」
 ちょんちょんと人差し指同士を突き合わせながら、ナナは申し訳なさそうに言う。
 それを聞いてアリスもうーんと唸った。
「爆発にトラウマのある道具ねえ? でも爆発になんて曝されたら、たいていの道具は壊れてしまって付喪神になるどころじゃないと思うけど」
「爆発に弱い道具っていう線も……まぁ以下同文だな」
 結局のところ、よくわからないで落ち着いてしまうのだが。
「でもまぁ、この幻想郷で『爆発が怖い』っていうのはちょっと拙いんじゃないかしら」
 とりあえず、その事実が起こすもうひとつの問題点にアリスは着目する。
「弾幕飛び交う幻想郷。私だって見てのとおり爆発系の技を使うし、マスターの魔理沙に至っては爆発のオーソリティーみたいなもんだし……」
「変な称号をつけるな」
 などと漫才をする魔理沙とアリスを見て、ナナは嫌な予感に駆られる。
「あのー、まさか、さっきみたいに……?」
 アリスはにやりと笑って火薬入り人形……はもったいないので、中身の火薬だけ取り出しながらナナにびしりと指を突きつけた。
「そう、それは克服しなければいけないトラウマよ! とにかくショック療法! 習うより慣れよ!」
「おおう、治療はパワーだぜ!」
「ひーん! やっぱりー!」
 その日、魔理沙の家からはひっきりなしに爆発音と悲鳴が聞こえる惨憺たる有様だったという。


 なお、さほど改善しなかった上に、翌日は三人総出で魔理沙宅の再建に勤しむ羽目になった模様。




 またそれから時は経ち、魔理沙とナナは揃って人里へと出かけてきていた。
「マスター、今日は何をすればいいっすか?」
 わくわくとした顔で意気込むナナに、魔理沙は苦笑で返した。
「なに、そんなに気合を入れて望むことじゃない。肩の力を抜いてリラックスしな」
「わかったっす! はあああああああリラックス!!」
「私の知ってるリラックスと違うな……」
 呆れながらも、魔理沙はナナに諭す。
「今日は遊びに来たんだよ。今までなんというか、修行とか仕事ばっかでさ、のんびりまったりするような時間がなかっただろ。だからさ、今日は服を買ったり、デザートを食べたりだな、まぁ労をねぎらうというか、親睦を深めるとか、そんな感じなんだ」
「マスター……」
 照れくさそうに言う魔理沙に、ナナはきゅんと胸が高鳴る思いがした。
「私はマスターの道具っすから、使い倒されてるだけで十分幸せなんすけど、でも、その……ありがとうっす!」
 自然に浮かんだ咲くような笑顔を見て、魔理沙もうれしそうに笑った。


「どだ? これなんか結構似合うんじゃないか?」
「そ、そうっすかねー? ふりふりしすぎなんじゃ……?」
「あー、お前元がシンプル志向だからなぁ」
 付喪神や一部の妖怪が『人間態』を取るに至るとき、服飾もワンセットで具現することが多い。
 ナナも最初からその服とトンガリ帽子で現れたわけであるし。
 言ってみればその服も、その妖怪としての存在の一部。トンガリ帽子があって初めて完璧なナナといえるわけだ。
 別に一生着替えられないということはないし、普通にイメチェンも可能なわけだが、嗜好としては最初に着ていたのと同系統の服を好むことが多いようだ。
「お前の服で凝ってるところといえばその帽子と、背中の刺繍くらいか。面白い模様してるよな」
「そっすかねー?」
 などと和気藹々としながら、魔理沙とナナは人里の店を巡っていく。
「あらナナちゃんじゃない。今日はお友達とお出かけ?」
 そんな二人にそう言って気さくに話しかけてきたのは、八百屋のおばちゃんだ。
 ナナは食料の買出し任務の際によくお世話になり、親しくなった間柄だった。
 ナナは帽子が目立つため、存在を覚えられやすい。人里には知り合いになった人間もそれなりに多かった。
「いえいえ、ウチのマスターっすよ」
「ありゃそうなのかい。ずいぶんと若いんだねえ」
 おばちゃんは目を丸くして魔理沙を見つめた。
「ま、友達みたいなもんでも差し支えはないぜ」
 魔理沙はそう言いながら、魔女帽子を深くかぶった。
「ま、ナナちゃんをよろしくねえ。あんまり無理させるんじゃないよ」
「モチのロンだぜ」
 ともに暮らしてきた使い魔が、自分の知らないところで親しい人を作っていて、人脈を持っている。
 それを思うと魔理沙は少し誇らしげな気分にもなり、少し妬ましい気分にもなった。


 二人はそれからも人里を歩き続けた。
 その姿は八百屋のおばちゃんが見たとおりに、主と使い魔には到底見えない二人組であったが。
 そして日も傾いてきたころ、二人は人里に最近できたという、元外来人が始めたという触れ込みのしゃれたカフェでデザートをつついていた。
『Autumn Night』。
 なんでも店主の名前から取った名前らしいが、変な名前の店主もいるものだと魔理沙は思った。
「おいちー! こんな味初めてっすよ!」
「ま、こういう甘味とは縁のない森暮らしだしなぁ」
 ナナの無邪気な反応を見るたびに、魔理沙はもう少しこういうことも教えてやるべきだったなぁ、という親心のような何かを疼かせてしまうのである。
「ま、今教えられたからいっか。とりあえずナナ。これからもよろしく頼むぜ。私の妹分としてな」
「使い魔じゃなくてっすか?」
 魔理沙の言葉に、ナナはきょとんとした感じで答えた。
 ちょっと予想外な反応に戸惑いつつも、魔理沙は口を尖らせて答えた。
「うーむ、やっぱりなんというか、しっくりこなくてな。そっちの呼び方の方があってる気がする」
 若くして家を飛び出し、ただ一人で生き抜いてきた魔理沙ゆえに、誰かと一緒に生活を共にする、という経験はとても大きなものだった。
 妹分、と濁したものの、実際に魔理沙はナナと暮らすうち、妹が出来たような気分になっていたのは確かだったのだ。
 魔理沙にとってナナの存在は、久しく忘れていた家族の温もりを思い出すに足る存在となっていた。
 いまさら使い魔、とよそよそしく呼ぶことも、なんとなく憚られる。
「だからマスターは、使い魔の契約をしてくれなかったんすか」
 するとナナは得心が行ったように手を打った。
「ん、なんだ。契約がしたかったのか?」
「いや、なんていうか、結局あれからずっと何もなしだったから。何か足りないのかなーって……ちょっと不安だったんす」
 おどおどとした笑顔を浮かべて、ナナは漠然と抱えていた不安を打ち明ける。
「やっぱり私が付喪神として生まれてきたのはいけなかったことだったのかなって、迷惑だったのかなって……」
 魔理沙が気恥ずかしさから言及を避けていたせいで、ナナがずっと不安に思っていたことを知り、魔理沙は三度恥じ入った。
「いや、すまんなナナ。そんなつもりは毛頭なかった。なぁに、生まれてこないほうが良い物なんて何もないさ。生まれたからには、きっと何か意味がある。そしてナナはきっちり生まれてきた意味を果たしてるさ。ナナといると、私は楽しいからな」
 どん、と魔理沙はそう言いながら、ナナを元気付けるように胸をたたいた。
「アリスも言ってたじゃないか。契約は絆だってな。本来は使い魔を逆らわないように縛り付けておくものらしいが、やっぱりなんかそんなのはイヤだ。私たちには私たち流の絆があると思う」
 にっと笑って、魔理沙は言った。
「ここでの乾杯が、私ら流の契約だ。それじゃダメかい?」
 魔理沙の言葉に、ナナは少しあっけに取られた顔をしていたけれど。
「いいえ、喜んで。……マスター(お姉ちゃん)!!」
 格式なんて何もない。ただの甘いジュースに満たされたコップでの乾杯。
 それでも二人はこのとき、契約を交わして。
 家族となったのだ。




 何のために、生まれたのだろう。
 役に立つことが嬉しい。それは道具として当たり前の感情。
 もっと役に立ちたい。もっと必要とされたい。当然純粋に彼女はそう願っていた。
 主人は自分に道具としてよりも、家族としてのあり方を願った。
 別にそれはそれでいい。
 付喪神として再誕した今、ただの道具とは違う生き方も出来るのだから。
 彼女はとても幸せだった。
 しかし、結局私は何のために、付喪神になろうとしたのだろう。
 記憶をなくした付喪神は、何の答えも見出せずに、まぶたを閉じた。




 その日の夕方、ナナはいつものように人里へと買出しに来ていた。
 あの日契約を交わしたからといって、特になにが変わるわけでもなく、今までどおりの日々が過ぎていた。
 お姉ちゃん呼びもなんとなくしっくりこなかったので、結局マスター呼びに戻ったりもした。
 そんな今までどおりの日常でも、あの契約があればこそ、また違うように思える。
 どこか華やいだような錯覚の中、浮かれた気分で駆けてゆくナナには。
 人里が見せるいつもと違ったざわつきに、違和感を覚えることはできなかった。


「おばちゃーん、こんにちはー」
「あ、ああ、こんにちは。ナナちゃん……」
 行きつけの八百屋で、馴染みのおばちゃんに声をかける。
 そこで彼女が見せた不審さに、ナナはやっと違和感を覚えた。
「おばちゃん、どしたんすか? 具合悪いの?」
「いや、何でもないんだよ。そうさ、そんなわけないよ。こんないい子がね。うん……」
「なに一人でブツブツ――てっ!?」
 突然ナナの側頭部に鈍い痛みが走る。
 よろめいた時に視界の端に転がった手のひら大の石が、それが自分にぶつけられたものだと物語っていた。
「な……に? だれ……?」
 ナナが呆然と目をやると、そこには人間の小さな男の子が三人。一様に怯えながらも怒った顔をしており、手には石が握られている。
 中央の一人はまだ投擲の構えを解いていなかった。
「え、どうして……」
「知ってるぞ! お前が『居るだけで災厄を招く妖怪』だってこと!」
 左側の子供が放った言葉に、ナナは驚きに目を見開いた。
「え、なにそれ……」
「とぼけるなよ! みんな言ってるぞ! 赤いとんがり帽子の妖怪は、災いをまき続けるわるい妖怪だって!」
「そうだそうだ!」
 中央の子供がナナを指差して糾弾し、右の子供が同調する。
「ちょっと、あんたたち……」
「なんだよおばさん、悪い妖怪の味方すんのかよ!」
 ナナをかばおうとした八百屋のおばさんも、子供の言葉に何も言えなくなった。
 彼女も噂を聞いていたからだ。
「里から出て行けよ!」
「そうだそうだ!」
 子供たちの投石を、ナナは反射的にかわす。
 だが、いくら石をよけられても、彼女に投げかけられる言葉は、確実に彼女の耳に届いていく。
「そ、そうだ、出て行け!」
「おい、怒らせていいのか!? 汚染されるかも知れんぞ!?」
「里に居るのを認めたらどっちにしろ同じことだろ!」
「出て行け!」
「出て行け!」
 いつしか近くに居た大人たちすらその罵倒の渦に加わっていく。
「え……え……」
 ナナはわけもわからず、救いを求めるように八百屋のおばちゃんの姿を探したが、彼女は逃げるように店の中に引っ込んでしまっていた。
「出て行け!」
「出て行け!」
「出て行けぇ!」
「あ……ひっ……!」
 終わらない馬騰の嵐に晒され、ナナは恐怖に駆られて顔を引きつらせる。
 そうして次の瞬間にはたまらず飛翔し、目にも留まらぬ速度で人里から逃げ去った。


 ナナはふらふらと空を飛んでいた。
 意味がわからないうちに集団で悪意を叩きつけられ、かなり精神的にまいっていたからだ。
 一刻も早く帰りたい。帰ってマスターに話を聞いてもらって、慰めてもらいたい。
 そう焦れば焦るほどにナナの足取りは進まず、ついには夜の帳が下りた。
 そうして闇が彼女の恐怖をあおる中。
 彼女の前に一つの影が立ちふさがった。
「どうも、いつぞやは我が友人が世話になったようね」
 小柄な体躯に似つかわしくない、強大な存在感。
 一対の悪魔の翼を広げて夜を舞う、幼きデーモンロード。
 レミリア・スカーレットだった。
「今、この郷で最も恐怖を集めている存在よ。果たしてあなたにそれほどの力があるのかしら……ね?」
 ナナはただその雄姿を、呆然と見つめていた。


「どういうことだ、文っ!!」
 魔法の森の霧雨邸。
 その中では珍しい客人が、家の主によって胸倉をつかまれ、壁に押し付けられていた。
「と、突然なんなんですか……。聞きたいのはこちらだというのに」
 天狗の新聞記者、射命丸文は、魔理沙のあまりの剣幕に思わず驚きの感情を出してしまっていた。
 だがすぐに平静を取り戻すと、咳払いをして再度説明を試みる。
「だからですね。あのとんがり帽子の付喪神。今結構大変な噂になってましてね? 調べてみるとあなたの使い魔だというから、なんだってあんなもんを使い魔にしたのか取材しに来たんですよ」
「だから、あんなもんってどういうことなんだよ!」
 その魔理沙の様子に、文は魔理沙が何もわかっていなかったことを理解した。
 ふぅ、と呆れたように息を吐く。
「知らなかったんですか。あの付喪神は、幻想郷を滅ぼす力を秘めているんですよ?」
「なに……?」
 文の言葉に魔理沙が目を丸くした瞬間。
 ――宵闇に、閃光が走った。
 次いで大気を振るわせるほどの、轟音。叩きつける衝撃波で窓ガラスにびしびしと亀裂が走った。
「な、なんだ!?」
 魔理沙は慌てて外に出た。
 そして見たのは、はるかの空に浮かぶ、太陽と見まがう火球だった。
「なんだ、ありゃ……」
 その火球は一瞬で消えたが、魔理沙は湧き上がる嫌な予感に駆られ、箒にまたがるとその火球の方角を目指して飛び立った。
「ちょっと、待ってくださいよ! 私も行きます!」
 それを見た文も、慌ててその後を追った。


 火球があった場所はすぐにわかった。
 上空での爆発だったのにもかかわらず、その直下は地面が窪んだようにこそぎ取られていたからだ。
「これはすごいですね」
「何があったんだ、これは……」
 魔理沙と文はその場所に降下して、何か手がかりがないか探し始めた。
「……そこにいるのは魔理沙か」
 捜索を始めてまもなくだった。
 唐突に聞き覚えのある声が聞こえて、魔理沙は声のしたほうに顔を向ける。
「何やってんだレミリ……あ?」
 だが、そこには誰も居なかった。
「確かに声が聞こえたと思ったんだがな」
「下だよ、下」
「ん?」
 声にしたがって足元を見る。
「うぇっ!?」
 そこに転がっている物を見て、魔理沙は目をむいて後ずさった。
「どうしたんですか? ……ありゃまあ」
 魔理沙の声に何事かと寄ってきた文は驚きつつ、それを持ち上げる。
 レミリア・スカーレットの生首。しかも左半分が消し飛んでいるという、実に目に優しくない有様であった。
「恥ずかしながらほとんど持っていかれてしまったわ……とんでもないものを飼っていたものね、霧雨魔理沙」
 レミリアのルックスに衝撃を受けていた魔理沙だが、その言葉に我に帰る。
「な、ナナなのか。ナナがやったっていうのか!?」
「ああ、あのとんがり帽子の付喪神に、確かにやられたわ」
 レミリアの肯定を受け、魔理沙はぺたりと座り込んだ。
 もう、何がどうなっているのかわからない。
「その様子だと、やっぱりあんたが何かを企んでいたわけじゃなさそうね。命拾いした、というべきかしら」
「ナナは、ナナはどこに行ったんだ。まさか……?」
 ふぅ、と息をつくレミリアに、魔理沙ははっとしたようにナナの所在を問う。
「さぁ……。まぁ死んではいないんじゃない? あいつが死んでたら、たぶんこの程度じゃすまなかったろうから」
 レミリアの言い回しがよくわからず、口を開こうとする魔理沙だったが、レミリアがそれを制した。
「さて、悪いけど、うちにつれて帰ってくれない? 話の続きはそれからよ」


 再び訪れた悪魔の館、紅魔館。
 門番にレミリアを見せるなり、地獄の釜をひっくり返したような大騒ぎが巻き起こった。
 魔理沙と文もいろいろと苦労させられたが、最終的に咲夜がえらく取り乱しながらも、レミリアの首に保存用の生き血のワインを浴びるほどぶっかけたことによって、レミリアは肉体的にはなんとか再生できたのである。
「さて、待たせたわね」
 客間で待っていた魔理沙と文の前に、最低限の身づくろいを終えたレミリアが姿を現す。
「いったい何があったんだ。いい加減教えてくれ」
 早速の魔理沙の催促に、レミリアはそうね、と記憶をたどる。
「咲夜が人里で聞いてきた噂があったのよ。『赤いとんがり帽子の妖怪は、皆が気づかぬうちに周りのものを汚染していく忌まわしい妖怪だ』と」
「馬鹿な! ずっと一緒に暮らしてるが、何もおかしいことなんて起こらなかったぜ!」
 レミリアのもたらした情報に、魔理沙は抗議の声を上げた。
「でもね、うちの妖精メイドたちの間では、別の噂が流れていたの。曰く『赤いとんがり帽子の妖怪は、幻想郷を滅ぼすくらいの力を持った妖怪だ』って」
「あ、あいつは速度はあったが、そんなに危険な付喪神じゃなかったぞ。どちらかといえば探査に長けていた非戦闘員だった」
「私もパチュリーに、以前の戦いのことを聞いている。だから確かめてみようと思ってちょっかいをかけてみたんだが、その結果がこれだ」
 レミリアは自らの体を指し示す。
 見た目こそ回復してはいたが、それが内包する力は魔理沙にもわかるくらいに弱々しい。
 本調子を取り戻すには、まだ長い時間がかかるだろう。
「さて、ここで気になるのは、人里と妖精たちの間で別個の噂が流れていた点だが、あんたは何か知ってるんじゃないのか、天狗のブン屋さん?」
 そこでレミリアは顎で文を指し示した。
 文はしばらくレミリアを見返していたが、ふぅ、と息をついて話し始めた。
「……おそらく発端は守矢神社の風祝でしょう」
 文の口から出てきた予想外の人物に、魔理沙が驚きの声を上げる。
「なんで早苗が出てくるんだ?」
 文はゆっくりと、噂の発端について話し始めた。
「あの人が気づいてしまったからですよ。ナナさんの正体にね」




 ナナと早苗が出会ったのは、魔理沙とナナがかなり親密になってからのこと。
 妖怪の山で開かれた宴会に、二人してこっそりお邪魔していた際の話だ。
「おや、魔理沙さんじゃないですか。こんなところまで混ざりにくるなんて」
「暇だったからな」
 悪びれもせず笑う魔理沙に、早苗も釣られて笑みを返す。
「ところで、そばに居る方は?」
「ああ、そういえば会うの初めてだっけ。こいつはナナ。付喪神だが、私の使い魔というか、妹分というか、まぁそんな感じのやつだ」
「初めましてー! よろしくお願いするっすよー」
「あ、どうも初めまして。へぇ、魔理沙さんのパートナーねえ。付喪神って、何の付喪神なんです?」
「それが、自分でも忘れてしまったらしいんだ」
「へぇー、奇妙なこともあるものですね」
 そうして他愛のない話を交わした後、魔理沙は別のところに行くからと手を上げた。
 それに応えてナナは、早苗に一礼してから背中を向けて、魔理沙の元へと駆けていった。
 その時。
 その時早苗は、ナナの背中の刺繍の意味に気づいてしまったのである。


?
――放射能標識――


(ほ、ほ、ほ、放射能マークっ……!?)
 外来人であったがゆえに知っていた、放射能汚染の警告を示すハザードシンボル。
 それを見て、今一度ナナの姿を見て、そして早苗はわかってしまった。
 その服装が何を意味しているのか。

 白いブラウスは胴体。赤いプリーツスカートは尾翼。そして三角帽子は、弾頭。

 わかってしまった。
 ナナという少女が、『核ミサイル』の付喪神であるということに。




「か、『核ミサイル』? なんだそれは……?」
 聞きなれない単語に、魔理沙が首をかしげる。
「よくはわかりません。が、早苗さんは宴会が終わった後、守矢神社で神奈子さんと諏訪子さんにだいたいこんな感じのことを漏らしていました」

『魔理沙の使い魔は核ミサイルという兵器の付喪神だ。付喪神となった後の特性は不明で、性格的には攻撃的でもなさそうだけれど、まかり間違って爆発でもしたら、幻想郷が壊滅する可能性がある』

『放射能標識が意匠として記されている以上、そばにいるだけで放射能汚染が起こる可能性がある。放射能は外界で恐れられている呪いのようなもので、長く曝されると体が破壊される恐れがあり、土地にも残留する上に解呪も困難な厄介なものである』

『存在するだけでリスクがある存在なのは明白。更に核物質の危険性が、もしも自分たちの勧める「核融合」の概念と混同されて広まってしまった場合、自分たちの立場まで危うくなってしまう。なんとか手遅れになる前に手を打てないか』

「私はそれをこっそり聞いていたんですよ。時が来たらこのネタで記事が書けないかと思って調べることにしたんですが……」
 文は宴会のとき、早苗の様子に落ち着きがないことに気づいて、宴会後にこっそりあとを尾け、その話を聞いたのである。
「そうか、ナナのやつが爆発を怖がっていたのは、無意識に誘爆を恐れていたからだったんだな……」
「あの付喪神は人里に行ってたんでしょ? 蔓延していた噂のせいでひと悶着あって、なんかのスイッチが入ってしまったのかもしれないわね」
 レミリアが思い返せば、先ほど出会ったナナはかなり憔悴している雰囲気があったように思える。もう少し慎重に対応するべきだったと反省の気持ちが浮かんでいた。
「つまり、お前が記事にしたせいって事か?」
「違いますよ。私はまだ記事にしてません。私が記事にする前から噂になってしまっていたんです」
 魔理沙の詰問に、文は首を振る。それを聞いて、レミリアが笑いながら言った。
「むしろそのブン屋が先に記事にしておけばよかったのにね。いつものガセネタだろうって思われて終わりだったろうから」
「し、失礼な!!」
 レミリアの茶々に、文は抗議の声を上げる。
 実際に出所の不明な『噂』という形で広まったのが、逆に情報が信用される原因となってしまったのだろうが。
「その話を立ち聞きしてたのはお前だけなんだろ? やっぱりお前が情報を漏らしちまったんじゃないのか?」
「私を誰だと思ってるんですか。そんな迂闊なことはしませんよ! ……レミリアさんが、人里の噂とは別に、屋敷の妖精の間にも噂が広がってるっていいましたよね? だとしたら、たぶんあの場で妖精が立ち聞きしてたんだと思いますよ」
「そうか……妖精はどこにでも居る上に、結構噂好きだからな……」
 もっとも、物覚えが悪いので情報は基本的にろくな伝わり方をしないのだが。大本の情報から二系統の噂に分かれてしまっていたのも、伝えたのが主に妖精だったからだろう。
「ま、噂はともあれ、実際危険なことには変わりはないんじゃない? 爆発一つでこのレミリア様がこの調子だし……」
「何もつつかなければそんなことにはならなかったはずなんだ。今まで暮らしてきて何も起こらなかったし、大体、そんなに危険なら霊夢と紫がここまで放っておくはずがないだろ」
 魔理沙の言葉に、レミリアと文はたしかに、と頷いた。
「だけど、そういう噂が広まり、ナナさんが畏怖を集めてしまっている今。本当にナナさんが破壊と汚染の権能を備えてしまう可能性もあるわけで」
 しかし文が現状への懸念を口にする。
「その状況で野放しにするのは少し拙いわね」
 レミリアも頷き、そして思いついたように魔理沙を見る。
「魔理沙、あんたの使い魔なら、今居る場所くらいすぐにわかるでしょ?」
 その言葉に、魔理沙は顔をこわばらせた。

――『契約』は主人が使い魔を縛る絆なの。従順なうちに、つけておくに越したことはないわ。
――どこにいるかもわかるし、視界を共有したりもできるし、魔力供給だってできる。普通に便利なものよ。ましてやそいつは記憶喪失の付喪神なわけでしょ。

 アリスの忠告を無視したことを、ここに来て後悔するとは思わなかった。
 そんな契約、必要ないと思っていたのに。




 それから魔理沙は、入れ違いで家に帰っているかもしれないという希望に賭けて一旦レミリアたちと別れて家へと帰った。
 だけど、ナナは帰っていなかったし、帰ってきた形跡もなかった。
 一晩待ったけど、ナナは帰らなかった。
 次の日、魔理沙は書置きを残してナナを探しに行った。
 人里に行けば魔理沙も石を投げられる有様だった。
 文が合流して協力してくれて、二人は手分けをして幻想郷中を探し回ったが、手がかり一つ見つからなかった。
 家に帰ってみても、ナナは帰っていなかった。
 ナナは、帰ってこなかった。




「うんしょ、うんしょ……」
 今日は豊作。死体を山盛り。
 火焔猫燐はほくほくと猫車を押して、地霊殿を通り抜けて灼熱地獄跡へと向かっていた。
「待ちなさい、お燐」
 彼女の快進撃に待ったをかけたのは、彼女たちの主、古明地さとりの一声だった。
「あれさとり様。いったいどうしたんです?」
「死体じゃないのが一個まじってる」
「まじすか」
 燐はがさごそと死体の山に頭を突っ込んで中を探っていたが、不意にピン、と尻尾を立てた。
「ああほんとだ。あたいとしたことがー」
 燐が呻いて、そして勢いよくその体を死体の山から引っこ抜く。
 彼女がつかんで一緒に引き出したそれは、どさりとさとりの前に転がった。
「パーティーの最中に爆発でも起きたのかしら……なんて、そんなわけはないわよね」
 さとりは第三の目で、その少女を眺めていた。
 黒焦げになったとんがり帽子の付喪神を、眺めていた。


「ここ……は?」
 ナナが意識を取り戻したとき、目に入ったのは知らない天井だった。
 慌てて起き上がると、視界の隅に見慣れない人影が映る。
「あれ、え、どなたっすか?」
 自分の寝ていたベッドの傍らで看病をする――でもなく、椅子に座って黙々と本を読んでいた紫色の髪をした小柄な少女は、静かに視線をナナに向けた。
「ああ、気づきましたか。おはようございます。“――”さん」
「っ……!?」
 自分に向けられた、決して『ナナ』ではないその呼びかけに、ナナは背筋を凍りつかせた。
「な、なんで……名前……いや、え……?」
「私は心を読めますゆえ。何がどうしてこうなったのか、何も語る必要はありませんよ。“――”さん」
 ナナはしばし目を瞬かせていたが、不意に力が抜けたように、俯く。
「そっか……そりゃ便利でいいねぇ……」
 どう話していいのかなんてわからないし、話したくもなかったのに。
「そっかぁ……私、そうだったね……私の名前は、ナナじゃなくて……」
 突如現れた吸血鬼に追い詰められ、『触れてはいけない』と無意識的に思っていた自分の力の一部を解き放ったとき、全てを思い出した。
 自分がどこから来て、どうして魔理沙の家で埋もれていて、そしてどうして付喪神になったのかを。
「……それで、あなたは?」
「私は古明地さとり。地底にある地霊殿の主です」
「地底……?」
 ナナが聞き返すと、さとりは、「ええ」と頷いた。
「歓迎しますよ。ようこそ、嫌われ者たちの楽園へ、ね」
 その歓迎の言葉を受けて、ナナははは、と力なく笑った。


「さてどうします? 地上に戻りますか?」
 さとりの言葉に、ナナは首を振った。
 地上に行っても、また人々に追い出されるだろう。それに、魔理沙にも迷惑をかけてしまっている。
 きっと自分と一緒に居たことで、とばっちりを受けているに違いない。
 いまさら戻るよりも、このまま姿を消してしまったほうが、彼女のほとぼりも冷めるだろう。
 何より、自分が居るとそれだけで魔理沙の命を削ってしまうのだ。
 所詮自分は破壊兵器の付喪神。あの人の役に立つことなんて、出来るはずがなかったんだ、と。
 さとりは不自然といえるほどに、そんなナナの世話を焼いてくれた。
 怪我の治療に始まり、地霊殿の部屋の一室を提供して住まわせてくれたり、側近のペットたちに次ぐような対応で遇してくれた。
「なんでこんなに……親切にしてくれるんすか?」
「私は嫌われ者の中の嫌われ者ですからね。嫌われ者には優しいですよ?」
 そうしてさとりは小さく笑い、言葉を継いだ。
「それに付喪神はペット上がりの妖獣と似たようなものです。自分の本分にだけ忠実で、余計なことを考えませんからね。そういうのが好きなんです。私は」
「……馬鹿にされてるんすかね?」
「いやいや、そんなことはないですよ」
 にやにやとさとりは意味ありげな笑みを浮かべる。
 胸元の第三の目で、自分の全てを見透かしているのだろう。だけど確かに、ナナにとってはそんなことはどうでもよかった。
「私の全てがわかってるんなら、私が居るだけで体によくない存在だって言うのもわかってるんでしょ? 怖くないんすか?」
「あくまで人間に対しての怪異でしょうに。精神的存在である妖怪に、そんなものは効きませんよ、たぶん」
「……そうっすか」
 自分が何者かを思い出したとはいえ、ナナ自身、自分の特性を正確に把握しているわけじゃない。
 元来彼女は、目標まで到達して爆発し、その存在を終えるだけのものだったのだから。
 それ以外のことなんて、考える意味はなかった。
「それにウチにも、似たような核娘がいるので」
「え?」
「会ってみますか?」


「うにゅうっ!」
「規模が小さいよ! もっと大きなパワーで!」
「うにゅううーー!!」
「ぜんっぜん熱が伝わってこない! もう一回!!」
「うにゅううううううううーーーーーー!!!」
「ハイ燃えた! 今燃料の死体全部燃えたよ!」
 暑苦しい灼熱地獄跡で、暑苦しいやりとりを交わす、二匹のペット。
 先ほどの火焔猫燐と、その相方の霊烏路空である。
「何やってんすか」
「いつものことです」
 少し離れたところから、さとりとナナが冷めた目線で彼女らを見つめていた。
 そして、ひと段落ついたところを見計らって、さとりがパンパンと手を叩く。
「はいお燐、お空。ちょっとこっちいらっしゃい」
「なにー? さとりさまー」
「あれ、さっきの死体モドキじゃん」
「誰が死体モドキだ」
 駆け寄ってきた二人のペットを指して、さとりが紹介する。
「こっちが火車のお燐。あなたを死体と勘違いして、ここまで連れて来ちゃった張本人。そしてこっちが地獄烏のおくう。どっかから『核融合』の力を拾ってきた困ったちゃんよ」
「核融合……」
 それはナナとしても、どこかで聞いたことのある響きだった。
「んで、こちらが『核ミサイルの付喪神』ナナさん。核同士、仲良くしてあげなさい」
「ひゃっほい! フュージョンしましょ!」
「うわわわ」
 紹介するや否や早速熱烈なスキンシップを図る空に、さすがのナナもたじたじになる。
「おくう、ナナさんにあなたの力を見せてあげなさい」
「いえす! さとりさま!」
 空は身を離して敬礼を決めると、制御棒に力を集中。そしてその先端を広大な灼熱地獄に向け、火球を放った。
 着弾と同時に強烈な爆発が起こり、熱風が空気を振動させる。
「うわわわわわわ、爆発だ!!」
「落ち着きなさい。誘爆したりしませんから」
 強烈な爆発を目の当たりにしてパニックに陥りそうになるナナを、さとりが落ち着かせる。
「人間態の付喪神になってるんです。そうなった以上権能以前に生命体として成立するのが第一義なんですから、あなた自身が爆発するような機構は消滅しているはずですよ」
「で、でも……」
 渋るナナに、さとりはそんなことを気にしている場合じゃないと、強く念を押した。
「ともかく今は、自分の力の使い方を覚えなさい。そうじゃないと、またいざというときにわけもわからず暴発させる羽目になりますよ」
「……」
 さとりの言わんとすることがいまいちつかめず、ナナは呆けた顔で彼女を見返す。
「たとえ本当に世界を滅ぼす力があるとしても、たとえ本当に居るだけで周りを蝕む毒を持っているとしても、所詮それは自分の力なのでしょう? あなたの願いをかなえるには、避けては通れない道だと思いますが」
「……あっ」
 さとりには全てがお見通しなのだと、ナナは改めて思い知った。
「……がんばるっす」
 もしも自分の力を見極めて、制御が出来るようになれば。
 大手を振って魔理沙のところに帰れるのかもしれない。
 ナナは小さな希望の火を、その胸に点らせていた。


「ま、それを制御できないのが、私たちなんですがね」
 その場を去り際に小さくつぶやいたさとりの言葉に、ナナが気づくことはなかった。




「……どうしたもんかしらね」
 連日、ナナの手がかりさえ見つからないことに、魔理沙はついに心が折れて寝込んでしまっていた。
 そんな静かな霧雨邸の前で顔を突き合わせているのは、霊夢とアリス、そして早苗と文だった。
 霊夢はあの時のナナに大した脅威がないことは、直感でわかっていた。だからこそ、魔理沙をなんとか元気付けて立ち直らせたいと思い、この場を訪ねた。
 アリスも魔理沙とナナ、二人の共通の友人として、なんとか問題を解決したいと思い、この場を訪ねた。
 早苗は一連のごたごたの中で魔理沙に泣かれ、霊夢に諭されて恥じ入っていた。そうして魔理沙とナナがこうなってしまった噂の、その発端を作ってしまったことに罪悪感を感じ、何か力になれればと思い、この場を訪ねた。
 文は乗りかかった船でもあるし、解決の暁にはネタに出来ることもあるだろうと思い、この場を訪ねた。
 そうして集結した四人。
 だが、霧雨邸は硬く閉ざされ、呼びかけに応える声もない。
「なんとか、希望を見つけるべきだと思うのよね。ナナの居場所を突き止めるとか、噂を治めるとか、何か上向いたことがないと」
 アリスがとにかく何かやるべきだと提案するも、文が難しげな顔で唸った。
「でも、それが出来なかったから苦労しているわけであって」
「ともかく、噂の経路をはっきりさせるべきじゃないですか? 噂が流れた発端が見つかれば、退治するなり、新しい噂を流させるなりで改善できるはずです」
 噂に関しては、やはりそっちの問題を解決させてやりたい早苗が案を出す。しかしこれも文が難しげな顔で唸った。
「しかしですねえ。妖精ではないか、というくらいの情報しかないんですよ。それにあの時、草むらとか物陰には何も潜んでいる感じはしなかったのですがね」
「じゃ、草むらとか物陰には潜んでなかったんじゃない?」
 霊夢の言葉に、一同が首をかしげる。
「どういうことです?」
「つまり、そいつらは物陰にこっそりと潜んでたんじゃなくて、“その場に堂々と”潜んでたんじゃないかってこと」
 アリスが霊夢の言わんとすることに気づいて、あっと声を上げた。
「光の三妖精! あいつらならわざわざ物陰に潜む必要ないもの!!」
「あいつらの棲家は知ってるから、私が話をつけてくるわ」
 霊夢がどん、と胸を叩く。
「では私は人里での噂の経路でも探ってみましょうかねぇ」
「私も行きます!」
 文と早苗が、人里での情報収集に名乗りを上げた。
「うーん、それじゃ私は、ダメ元でナナの行方を追ってみるわ……」
 残ったアリスはもう一つの案件に取り掛かることにした。
 あらかた文と魔理沙が当たったと思うが、自分が調べることで何かしら手がかりが見つかるかもしれない。
「それじゃ、夕方までにまたここに集合で」
「はーい!」


 三妖精の棲家については、霊夢は誰よりもよく知っている。
 神社の裏にあるミズナラの大木。そこがあのお騒がせな妖精どもの拠点だ。
「おーい、でてこーい!」
 霊夢に代わって、その頭からぴょこんと出た針妙丸が呼びかけると、やや時間が空いて、おずおずと幹の中から三妖精が姿を現した。
「な、何の御用でしょうか……?」
 霊夢がぴりぴりしているせいか、サニーミルクがおっかなびっくり、霊夢に声をかける。
「あんたたち、妖怪の山のてっぺんの神社で、話をこっそり聞いてなかった?」
 霊夢の問いに、三妖精は困惑したように顔を見合わせる。
「ええと、そんなことあったっけ……」
「そういえばちょっと前に妖怪の山に行ったような……」
「話って何の話だっけ……?」
「ま、妖精なんてこんなもんだよねー」
 大真面目に悩む三妖精を見て、針妙丸がきゃたきゃたと面白そうに茶化す。まぁ、実際妖精なんて所詮こんなもんである。
 霊夢はやれやれといったようにこめかみに指を当てながら、わかりやすく簡潔に言い直した。
「とんがり帽子の付喪神、ナナに関しての噂を広めたのは、あんたたちかしら?」
「あっ! その話か!」
「そういえばそんな話してた!」
 サニーたちは得心がいったと言うように、うれしそうに騒いでいる。一体何がうれしいというのか。
「のんきに騒いでんじゃない!」
「ひいい!」
 霊夢の一喝に、三妖精たちはおどろきすくみあがった。
「まったくもう、あんたたちがそれを話しちゃったおかげで、結構めんどくさいことになってるんだから」
 そうして霊夢は、三妖精たちに事のあらましを聞かせてやった。
 こいつらの頭でちゃんと理解できるのかどうか怪しかったが、自分たちがかかわった話だからか、存外に真面目に聞いてくれた。
「そっか、あいつ最近見かけないと思ったら……」
 サニーミルクが少し沈んだ顔を見せる。
「あれ、意外な表情」
 以前に魔理沙やアリスから話を聞いていた限りでは、サニーミルクはナナにかなり手ひどい目に合わせられていたらしい。
 だから針妙丸が言うとおり、恨み心頭で噂を広めたのだと思っていたのだが。
「それじゃあんたたち、なんだってあの話を広めたのよ」
「えーっと、それは……」
 言いよどむサニーの横から、ルナとスターが口を出した。
「そりゃあ、あいつが凄い妖怪だって話をしてたからー」
「そいつをビビらせた私たちって凄いんだぞーって言いたくてー」
「……なるほど、自慢目的か……」
「なーるほどー、わかるわかる」
 霊夢と針妙丸は得心の声を上げた。
 しかし純粋な悪意ではなくてほっとしたというか、逆にむかついたと言うか。
「ま、とりあえず、あんたたちには責任を取ってほしいのよ」
「ええと、お、お嫁に行けばいいんですか?」
「お前は何を言っているんだ」
 サニーのなぜか大真面目な発言に、霊夢は呆れたように眉間を押さえた。
「え、でも責任を取るってのは結婚するって事だって前に魔理沙さんが」
「あんにゃろう……あんたのために動いてやってんのに……」
「いなくても迷惑、さすが魔理沙だねー……ひゃん!?」
 要所要所で茶々を入れる針妙丸を腹いせに指先で小突きながら、霊夢は改めてわかりやすいように言い直す。
「私たちはこの噂を収めたいのよ。その協力をしてほしいってこと」
「わかったよ。私だってナナの奴がいないのは張り合いがないしね!」
 俄然生き生きとして、サニーミルクはない胸を叩く。
「それで、具体的には何をすればいいの?」
 スターの質問に、霊夢は「う」と詰まった。
 具体的にどうするのかはまだ何も決まっていないし。
「まだ細かいところは煮詰まってないそうだから、また時が来たら声をかけるよ。それまで待機!」
「らじゃー!」
 詰まった霊夢の代わりに、針妙丸が号令をかけて、三妖精も元気よく拳を突き上げてそれに応じた。
「……でいいんだよね、霊夢?」
「ん、ありがと針妙丸」
 霊夢は指先で針妙丸を撫ぜた。
「えへへー♪」
 実際に噂を流しなおさせるのか、別の方策を取るのかはわからないが、三妖精の能力はなんだかんだで便利だ。
 協力を取り付けておけば、何かしらは役に立つだろう。
「さて、他の奴らはどんな調子かしら」


 早苗と文は、人里で噂の聞き込みを行っていた。
 噂の経路を調べる常套手段といえば、誰にその話を聞いたかを尋ね、どんどんと遡っていくことだ。
 しかしこれが錯綜していて、なかなか進まない。
 だが、流通している噂を調べるうちに、早苗はあることに気づいた。
「文さん、人里で流れている噂、どうも正確すぎませんか?」
「そうですか? ばっちり尾ひれがついているように見えますが」
 文がいぶかしげに聞き返す。
 末端の噂になると、黒死病もびっくりのハイスペック伝染病にされていたくらいだ。
「いやまぁ、それはそうなんですけど」
 早苗も苦笑しながら言葉を続ける。
「実はですね、妖怪の山近辺でもそれとなく噂を聞き込みしていたんですが、『ホウシャノウ』の名前くらいは伝わってるんですけど、基本的に『壊滅レベルの攻撃力』だけがクローズアップされて伝えられてるんですよ」
「そういえばレミリアさんも、メイドたちの噂と人里の噂は全然別物だって言ってましたっけ」
 言われてみれば妙だった。
 恐らくは妖精が主な伝播経路だったはず。妖精はあまり難しいことが覚えられないので、噂は伝えられるに従って単純化していくのが常だ。
 つまり紅魔館の妖精メイドの言っていた、『幻想郷を滅ぼすくらい強い妖怪』というのが噂の最終形態としては妥当。
 だが、人里では攻撃力の噂は鳴りを潜め、もっぱら『放射能という恐ろしい呪いを持つ妖怪』という造形が出来上がっている。
 噂の出発点であろう妖怪の山の時点で、そういう噂は消えかけていたはずなのに。
「なるほど、そう思えば確かに、『正確すぎる』……とすると」
 そこまで考えが至り、文も早苗の言わんとすることがわかった。
「ええ、人里に伝わったときに、噂が変わったんですよ。恐らく、『ホウシャノウ』という文字列から、正確な情報を引き出せる人物がいた」
「でも、そんな人いるんですかね? 早苗さんみたいな外来人なら知っているのかもしれませんけど、最近定着した外来人なんて……」
 そこまで言って、文はあっ、と声を上げた。
「ええ、いるでしょ?」


 『Autumn Night』。
 人里で最近話題になっているこのお店。
 『元外来人』が始めたという触れ込みの、しゃれたカフェである。
「……さて、巫女様と天狗様が、一体何の御用で?」
 忙しくない時間帯を狙った甲斐あり、早苗と文は奥のスタッフルームに通されていた。
 もちろん、山の風祝と天狗様の訪問ということで、特例と言うことであったが。
 そうして早苗たちの前に座ったのは、店長である男。
 『御小松秋夜(ごこまつしゅうや)』と名乗ったその男は、その名前の気取りっぷりからはかけ離れているような、二十台半ばの冴えない青年だった。
「ええ、いや、お忙しいところ申し訳ございません。あなたにとってはくだらない質問かもしれませんが、ひとつ答えていただきたい質問があるのですよ」
 文が胡散臭い笑みを浮かべて、前置きの言葉を慇懃に投げかける。そうして、早苗がその後を継いで言った。
「とんがり帽子の妖怪の噂はご存知でしょう? その噂の放射能の部分に注釈をつけた人物を探しているんですが、心当たりはありませんか?」
 早苗の質問に、秋夜は怪訝な顔で問い返した。
「なぜそんなことを調べているんだ? 噂を詳しく調べて、退治でもしてくれるっていうんですかね?」
「退治? 噂を根絶すると言う点では確かに退治と言えるかもしれません。とんがり帽子の妖怪は、私の友人にとって大切な人でした。しかし、この噂のせいで彼女たちは苦境に立たされているんです」
 早苗は懸命に説得せんとしたが、秋夜は更に明確に疑念の篭った表情を浮かべる。
「つまり巫女様は、あの危険な妖怪の肩を持たれるということかい? ……ああ、そういえば、常温核融合とか胡散臭いことをやってたのもあんたらだったな?」 
 最初に懸念していたところに斬り込んで来られて、早苗が言葉に詰まった。
 その様子を見て、秋夜は察したようにせせら笑う。
「なるほど、つまりグルってわけか。てめえの不祥事の収束にきたっつーことだな? こりゃまたご苦労なこって」
「ち、ちが……」
 瞬間、どん、と文が強烈に机を叩いた。
「ひっ」
 拳の生み出す風圧……正確には文が能力でそう見せかけたものに前髪を揺らされ、秋夜は気おされて押し黙った。
「私が同行している意味がわからんか? 身の程を知れよ、人間」
 秋夜の態度にムカついたのだろうが、いつも飄々としている文が見せた怒りは、早苗も驚くほどだった。
「……し、失礼、いたしました」
 秋夜は縮こまりながら詫びる。
 とりあえず文に感謝しつつ、早苗はこほん、と話を続けた。
「私も最初はあなたと同じ懸念を抱いていました。とんがり帽子の妖怪は危険だと。というか、この噂の発生源は私なんですよ。だから、ある意味不祥事の収束と言えばその通りなんです」
 早苗の言葉に、秋夜は驚いたように顔を上げる。
「でも、あの妖怪……ナナちゃんという付喪神には、さほどの危険性はなかったんですよ。博麗の巫女も太鼓判を押していますし、魔理沙さんも、ずっと一緒に暮らしているのに何の不調もなかったんですから」
 早苗はナナの無害さを訴えたが、秋夜の視線はいまだ疑念に満ちていた。
 その様子を見て、文はやれやれというように肩をすくめる。
「ま、本当に危険な妖怪になっちゃうかもね? 妖怪は人間の恐怖が糧。これだけ過剰な噂が流れて怖がられていたら、本当にそういう妖怪になっちゃうかもしれない。誰かさんのせいでね?」
「な……」
 文の鋭い視線に射すくめられ、秋夜は再び縮こまる。
 そこに、早苗が再度嘆願した。
「外来人のあなたにはピンと来ないかもしれませんが、幻想郷ではそういうことが起こりえます。噂が本当に事実を捻じ曲げることが。……でも逆に言えば、噂で誰かを救うこともできるはずです。だから、何か知ってることがあれば、教えていただけませんか」
 早苗はそう、真剣に願った。
 自分とナナは、ほとんど会ったこともないし、さほど親しくもない存在だったが、それでも自分のせいで誰かが不幸になることは嫌だった。
 きっと目の前の御小松秋夜も、事情を知れば同じ気持ちになってくれる。そう信じての言葉。
 そして秋夜は、早苗の真剣な眼差しを受けて、つい、と顔を逸らして言った。
「……最初は、ウチの従業員が『妖精が話しているのを聞いた』と言って持ってきた話だった。そのときの噂は、確か『赤いとんがり帽子の妖怪は、ホウシャノーという名前の、幻想郷を滅ぼせるくらい凄い力を持っている』だったか」
「なるほど……」
 なんとも絶妙に混ざってしまった情報だ。
 これを外来人が聞けば、きっと攻撃力のことだとは思わない。
「それを聞いて俺は面食らったな。そして慌てて詳しく話を聞いて、『放射能』の恐怖を熱く語ってしまったわけなんだが……」
 そしてその従業員が、どんどん噂を広めていったのだろう。
 わが意を得たりとばかりに、文はうなずいた。
「やっぱり人里の噂はここで補強されたものだったってわけですね」
「それじゃ、ここでちゃんと危険はなかったっていう噂を流してもらえば……」
「……いや、そんな簡単なことじゃないだろう」
 希望に目を輝かせる早苗の言葉に、しかし秋夜は冷静に釘を刺した。
「どういうことです?」
 文の問いに、秋夜はすこし体を震わせながらも、しっかりとしゃべり始めた。
「一旦こうだと信じ込んだ情報を覆すのは、並大抵の労力じゃない。さっきのあんたたちと俺のやり取りを思い返せばわかるだろう? 俺自身、まだ信じ切ったわけじゃない。あいつが安全だと言う確たる証拠があるわけでもないだろ?」
「ですから、博麗の巫女がちゃんと言ってるし、魔理沙さんの実体験も……」
「博麗の巫女は確かに有名な妖怪退治屋だが、言うことすべてが正しいとは限らないだろ。その魔理沙に至っては、あの妖怪の飼い主なんだろう? 信用には値しないよ」
「それは……」
 言われてみれば、言い返せない。
 そしてどの道、これほど説明しづらいことが噂として流れるのは、かなり絶望的だということもわかる。
「一体どうやったら証明できるんでしょう……」
「……それなんだが、なんであのナナっていう付喪神は、石を投げられたんだと思う?」
 話が飛んだようにも思える秋夜の言葉に、早苗と文は首をかしげる。
「それは、一応妖怪からの保護が確約されている人里で、『呪いを撒いた』と誤認されたからでは?」
「確かにそれが直接的な原因だが、本当に人里に危害を及ぼすような恐ろしい妖怪がいたとして、果たしてそれに石を投げようと思うか?」
「うーん……」
 自分は妖怪を退治する側の人間だからいまいちピンと来ていなかったが、言われてみればそれは相当に度胸が要ることのように思える。
 しかし人間の集団心理と言うものもあるし。
 早苗が唸っていると、その隣で文が一言、口を出した。
「ナナさんが弱いと思われていたから、ですか?」
「そうだ。強さの噂は俺が呪いの噂に置き換えてしまったからな。そして元々人里でも結構見かけて馴染んでいた存在だった。だから『手出ししたって大したことない』と思われてるんだ。……実際、どうなんだ?」
「超強いですよ。あの赤い館の吸血鬼を一撃で半死半生に追い込むくらい、強力な妖怪です。もし石を投げられたときに暴発してたら、人里が吹っ飛んでいたでしょうね」
 あれが果たしてコンスタントに出せる強さなのかは知らないが、レミリアを殺しかけたのは紛れもない事実だ。
 文の証言を受けて、秋夜は再び身を震わせた。
「……そうか。そりゃ危ないところだった。だが、それくらい力があるなら、どうにかなるかも知れないぜ」
「どういうことですか?」
「噂をどうにかしたいんなら、正しいことを証明するのは無意味だ。説明すれば説明するだけ、嘘くさく見られてしまう。つまらない真実よりも、センセーショナルな虚構のほうに人は飛びつく。……つまり、正しいことを言う必要はまったくない」
「一理ある」
「文さん……」
 秋夜の言論に頷く新聞記者に呆れつつ、早苗は秋夜に話の続きを促す。
「誰かを動かすのは、いつだって理屈じゃなくて実感なんだ。つまり――『ちゃんと異変を起こしてもらって、そして退治されてもらえばいい』」
「ええっ!?」
「……そうか。その手が」
 早苗の驚きの横で、文は頷いた。
 元々、幻想郷で起こる異変は、新参者のパフォーマンスと言う一面も確かに持っている。
 実力者が異変を起こし、その力を広く知らしめ、恐れを集める。そうして、最後には退治屋に退治をしてもらって、幻想郷という世界の枠組みに収まる。
 そういう儀式でもあるのだ。
 実際に異変を起こした者の多くは、排斥されることもなく受け入れられている。
「というか早苗さんもその一人でしょう?」
「いや、私そんな人里に喧嘩売るような異変起こしたわけじゃないですし……」
 文の指摘に、早苗は苦笑して返す。
「それくらいの力があるなら、呪いの印象なんて吹っ飛ぶくらいの衝撃をみんなに与えることができるはずだ。その上で博麗の巫女にでも退治してもらって、こいつはもう安全だとでも言ってやれば、それで信じるだろう。そしてそいつの力も知らしめられるわけだから、それ以後は軽んじられることもあるまい」
 そう言って締めた秋夜の言葉に、文も大きく頷いた。
「噂の出所を確かめに来ただけでしたが、結構いい案を出してくれたじゃないですか。褒めてやりますよ、人間」
 文が尊大に賞賛の言葉をかけてやると、秋夜は苦笑しながら「へへぇ」と頭をたれていた。


 店を出るとき、早苗はふと気になったことを秋夜に尋ねた。
「そういえば秋夜さん、幻想郷に来て日が浅いのに、すごく詳しいですよね」
「日が浅いと言っても二年は暮らしてる。それに、『地元だからこそ知らない』ってこともあるよな」
 秋夜の返答に、早苗は苦笑した。
「ああ、地元民が知らない名物、的な?」
「まぁ……そんなもんかな。俺はここに馴染むために、慧音先生に歴史を教わったから。その知識に外来人なりの視点を当ててみれば、わかることもある」
 幻想郷に元々住まうものとしては、妖怪の異変や巫女の存在は、『そういうもの、そこにあるもの』として深く考えない傾向がある。
 しかし秋夜は外来人としての知識と、一歩引いたよそ者の立場ゆえに、現在の異変にまつわるシステムの一端に感づいていた。
「それでも、ナナちゃんのこと、一生懸命考えていただいて、ありがとうございます」
 早苗がにこっと笑ってお礼を言うと、秋夜は再び照れくさそうに顔を背けた。
「……外界にいたころは、俺も誰にも必要とされない存在だった」
 ぼそっと、秋夜は自分の過去を漏らす。
「手に職つけりゃどんなになっても生きていけると思ったんだがな。運が悪かった。あんたも外来人なら、痴漢冤罪ってわかるだろ」
「あ……」
「本当に真実なのかどうかなんて関係ない。噂に殺されたのは俺も一緒だ。だのに、あんたの話を聞いて、結局俺もあの女と同じことをしちまったのかと思うと、実に恥ずかしくてな……」
 しばらく、過去を苦くかみ締めるように虚空を見上げていた秋夜だが、ふと早苗のほうに向き直る。
「ああ、そういえばあんたにも失礼なことを言ったな……。本当に、申し訳なかった」
「いえ、いいんですよ」
 頭を下げる秋夜に、早苗はやさしく声をかける。
「元々噂の種を撒いてしまったのは私なんです。それに、あなたに言われたとおり、私たちは私たちの核融合事業が、ナナちゃんのせいで一緒くたにされることを恐れた、駄目な現人神です。むしろ指摘してくれて、気が楽になりました」
「……そうかぃ。それなら、そういうことで、いいか」
 秋夜は頭を上げ、早苗を真剣に見据えた。
「……あの付喪神が、俺の店に来たことを覚えている。あの魔理沙っていう魔女と、仲良く話しながらデザートを食べてた。実に幸福そうな顔をしながらな」
 店を持つのは、秋夜の夢だった。
 そこで幸せな時間を過ごしてもらえるような、大事な話をする場所に選んでもらえて、そうして最後には笑顔になっていられるような、そんな店を持つことが。
 ナナは自分の夢を叶えてくれた一人だと言うのに、ただ不信と恐怖から、ナナを追い出すような噂を作り出してしまった。
 ただ単に強力な妖怪というだけなら、あんなことにはならなかったはずなのに。
「俺はこの世界で生を拾って、何とかうまくやっていけてる。だが外界にゃあ、守ってくれる仲間はいなかった。……だがあいつにはあんたらがいる。なんとか助けてやってくれ」
「……はい」
 秋夜の言葉に、早苗は力強く頷いた。
 元々、早苗もナナとさほどの面識はない。ただ後ろめたさと義務感のみで、ここに立っていたはずだった。
 だけど今は違う。
 こうして託された思いに応えるためにも、自分は自分のやるべきことをやらねばならないのだと。


「ふあ……おっと、お話は終わりましたか?」
 離れた場所で待機していた文が、秋夜と別れて駆け寄ってきた早苗を迎える。
「ええ、魔理沙さんの家に戻りましょう」
「そうですね……魔理沙さん、休んで少しは立ち直ってくれているといいのですが」


 鬱蒼とした魔法の森は、昼であっても薄暗い。
 そして室内であるなら、なおさらのこと。
 霧雨魔理沙は、死んだように動かず、ただベッドに突っ伏していた。
 数日前までは、何かに突き動かされるように幻想郷中を駆けずり回っていたのだが。今の様子はまさに糸が切れたよう、と形容するのが相応しいだろう。
(レミリアは、ナナは死んでないと言ったが、あれは、正しいのか……?)
 毎日毎日、空を切る作業。
(生きているとしたら、どうしてここに戻ってきてくれないんだ……?)
 手がかりひとつ見つからない。
(自分が何なのか、思い出してしまったからなのか……? それとも単純に、私が愛想を尽かされたのか……?)
 家に帰っても、帰りを待ってくれている人はいない。
 ご飯を作ってくれる人はいない。
 それは、長く長く続けてきたはずの、慣れきった生活に、戻っただけのはずだのに。
(ナナぁ……)
 ナナと過ごした思い出が、鎖のように自分の心を締め付ける。
 まるで千切れた絆に、絡めとられてゆくかのように。
「いや、しかしひどい部屋だね」
「んおっ!?」
 突如、聞こえるはずのない声が響いて、眩しい明かりが魔理沙の部屋を照らした。
「薄暗いし、掃除も行き届いていないし、空気がよどんでいる。とても女の子の……いや、人間の住む場所じゃないな」
 魔理沙は飛び起きて、声のするほうに顔を向けた。
「ななななな、なんでお前がここにいるんだ!?」
「こないだかっぱらっていった『空気清浄機』は、役に立ってないのかい? 魔理沙?」
「香霖!?」
 そこにいたのはランプをたずさえた、香霖堂店主、森近霖之助の姿だった。
「乙女の部屋に忍び込むとはいい度胸だぜ!? いや、どうやって入ったんだ!? 鍵は閉めたし、簡易的だが魔術的な封印もしてあるんだぜ!? 霊夢やアリスあたりが強行突破でもしなきゃ、入ってこれないはずだ!」
 音もなくそこに立っている霖之助には、不可解な点が多数ある。
「それに関しては、一言で説明できる。僕は紫さんの使いで来たんだよ」
「ゆ、紫だと!? 確かにあいつならスキマでどうとでもできるだろうが、なんでお前なんだ!? 藍とかじゃなくて!?」
「まったく、迷惑な話だよね。この本を贈り先に届けるついでに、解説と伝言をしろだとさ。まぁ、珍しくお買い上げいただいたんだから、別にいいが」
「本だと?」
 霖之助がそう言って机の上にどさどさと置いたのは、数冊の書籍。
「こ、これは……!?」
 その一冊の表紙に書いてあるMissile(ミサイル)の文言。
 そう、もしかしなくてもこの書籍は、ミサイルに関する文献だった。
「いや、ミサイルとは驚いたよね。僕はあの出で立ちを見て、もしかしたらロケットの付喪神かなとは思ってたんだが」
「あ、そうか。ロケットに関しては前に一度調べたもんな」
 霖之助の言葉に、魔理沙は納得の言葉を返す。
 以前、月の都に侵攻した際に、レミリアたちがロケットを作成した。その際ロケットの参考資料として、香霖堂から文献を調達したことがある。
「いや、僕は以前に、『おっぱいのサイズにも何かしら意味がある可能性がある』と言ったろう? 調べてみると、外界では大きい乳房のことを『ロケットおっぱい』と呼称するらしい。つまりそういうことなんじゃないかとぐぬっ」
「死ね」
 魔理沙はグーパンで霖之助のみぞおちを突いた。
「だ、だが後の調査で、外界には『おっぱいミサイル』という単語が存在することも判明したんだ。つまり僕の予測は当たらずとも遠からずだったというわけで」
「滅びろ」
「ぐぬっ」
 再びのグーパンに、霖之助はくずおれた。
「……と、ともかくだ。それがうちにあった分と、紫さんから預かったミサイルに関する文献の全てだ。これを読んで、彼女への理解を深めてみるがいい」
 霖之助の言葉に、魔理沙は再び、机の上に置かれた本に目をやった。
 魔理沙もマジックミサイルに代表されるように、ミサイルと言う単語は知っているし、技としても持っている。
 だが、言葉として知っているだけで、魔理沙も詳しい知識を持っているわけではない。
 そもそもマジックミサイルの形は、魔理沙が勝手に思い描いた形状で、本来のミサイルとはなんら関係ない。
 魔理沙はナナのことを、何も知らなかったのだ。
「ここにナナの本来の姿が、あるのか……しかし、なんだって紫が……いや、ある意味当然か」
 何はともあれ、ナナは幻想郷を滅亡させるだけの力を持つ『核ミサイル』なのだ。
 問題は、紫が気にする段階まで来ている。
「しかし、この本をわざわざ届けてくれたってことは……」
 魔理沙がそう言って霖之助を見ると、霖之助も察したように頷いた。
「ナナさんは生きているし、その解決を今は君に委ねるということだ」
「そうか……! ということは、この本の中に、手がかりがあるんだな!?」
 言うが早いか、魔理沙はさっそく机にかじりつき、本を熟読し始めた。
 霖之助は机の上にランプを置くと、台所のほうへと歩いていった。




『ミサイルとは、広義には投射体全般を指すが、一般に誘導ミサイルの省略形である。すなわち目標に向かって誘導を受けるか自立誘導によって自ら進路を変えながら、やはり自らの推進装置によって飛翔していく軍事兵器のことである』

『誘導ミサイルには誘導装置と索敵装置が備え付けられている。誘導装置は目標を追跡し、目標の現在位置とミサイル自身の進行方向とのずれを随時計算して操縦装置へ進路補正を指示する。いわゆるホーミングシステムである。対して索敵装置は誘導すべき目標を捜索、発見・識別するシステム。索敵装置にはレーダー、ソナーなどの捜索システムと、発見した目標の識別を行う敵味方識別装置が含まれる』

「そうか、ナナの探査能力の高さは、これに由来するものだったんだな」

『核ミサイルは、核弾頭(核兵器)を搭載したミサイルのこと。核兵器とは、核分裂の連鎖反応、または核融合反応で放出される膨大なエネルギーを利用して、爆風、熱放射や放射線効果などの作用を破壊に用いる兵器の総称である』

『核兵器は通常兵器と比較して威力が極めて大きい。核分裂反応を利用した「原子爆弾」は、日本に投下された際、一瞬にして数万人以上の人々の命を奪い、更にその際にばら撒かれた放射性物質が原因で亡くなった人は十万人以上に上るとも言われる。核融合反応を利用した「水素爆弾」は実戦で使用されたことはないが、核出力は原子爆弾をはるかに上回るものである』

「な、なんだこりゃ……桁違いじゃないか……。マジで幻想郷くらい一瞬で吹き飛ぶな、これ……。そんなすげえ力を持ってたのか、ナナって……。しかし……核融合って地底の馬鹿カラスも持ってた能力だろ? それなりに制限されてたのかね……まったく、怖い怖い……」

『放射性物質とは、放射能を持つ物質の総称である。主に、ウラン、プルトニウム、トリウムのような核燃料物質、放射性元素もしくは放射性同位体、中性子を吸収又は核反応を起こして生成された放射化物質を指す』

『放射能とは、放射性同位元素が放射性崩壊を起こして別の元素に変化する性質(能力)を言う。放射性崩壊とは、構成の不安定性を持つ原子核が、放射線を出すことにより他の安定な原子核に変化する現象の事を言う。放射性物質が放射線を出す原因はこの放射性崩壊である』

『放射線とは、基本的には生体に害を及ぼす電磁波である。人体が放射線にさらされることを被曝という。被爆することにより、さまざまな健康障害が引き起こされることがわかっており、極めて危険な事象と言える。但し、放射線は正しく利用すれば、医療に役立つものでもある』

『放射能標識とは、放射線が発生している場所に表示される標識である。中央に黒い丸があり、それを囲むように台形に近い形の三つの葉があしらわれている。中央の丸が原子核を表し、三つの葉が放射線の放出を示している』

「人里に流れてた噂の原因はこれか……。確かにあの背中の刺繍はこの標識に一致するが、私はずっと一緒にいたのに、何の影響も受けていない。それは確かなんだ」

『ミサイルの中でも代表的なものは弾道ミサイルである。大気圏を突き抜け、宇宙空間を通過して地上の目標に至る対地ミサイルである。ミサイルの中でも圧倒的な射程を誇り、その中でも最大級である大陸間弾道ミサイル(ICBM)に至っては、射程5,500km以上の弾道ミサイルと規定されている』

「IC……B……M……?」




「あっ、ああっ、ああっ!?」
 ICBM。
 その単語を認識した瞬間、魔理沙の頭の中で、何か閉じられていた扉が開いた感覚があった。
 まるで、その言葉が鍵であるというかのように。
「ミ、ミミちゃんだ! ナナは、ミミちゃんだったんだ!!」
 魔理沙の頭の中によみがえった記憶。
 かつて幻想郷に、岡崎夢美という奇妙な科学使いが現れたという事実。
 魔理沙は夢美らに勝利し、科学世界の武器を貰う、という願いをきいてもらった。
 そうして貰ったのが、ICBMのミミちゃんだった。
 しかし、魔理沙はその使い方がわからず、専ら乗り物として使用していたのだが。
「あいつら、そんなヤバいものを渡してやがったのか……。いや、そうじゃない、そういうことじゃない。わかった! なんでナナが私の収集品だったのかわかった! で、でも、でもなんで忘れていたんだ!?」
 頭を抱えて混乱する魔理沙の横に、コト、と音を鳴らして、コーヒーとサンドイッチが置かれる。
「む、香霖?」
「やぁ、何かを思い出したみたいだね」
「何か知っているのか?」
 魔理沙は驚いて、霖之助を見上げた。
「いや。何も知らない。ただ紫さんは、君が何か思い出したら、この手紙を渡してくれと言っていた」
 そうして霖之助が取り出した手紙を、魔理沙はひったくる。
 封を切って机に広げてみると、それは紫からの手紙らしかった。

『前略ハァイ魔理沙。八雲紫です。
 私は万が一に備えてスタンバってなきゃならないので、書面で失礼致しますね。
 さて、色々と混乱してるだろうから、順を追って説明します。
 まず岡崎夢美に関する記憶が消えていたのは、現在の幻想郷の形成において、彼女の存在と彼女の残したものがかなりまずいものだったので、彼女の訪問は『なかったこと』にしたのです。
 『ミミちゃん』も存在を封印して、あなたの収集品の奥底に隠させてもらいました。だからあなたもその存在を忘れていたのです。
 このたび彼女の封印が解けたのは、薄々感づいているでしょうが、先の逆さ城異変のせいです。蔓延した下克上の願いが、一時的に彼女の力を強め、そして封印の力を弱めた。ゆえに、彼女は積年の想念とともに、一気に付喪神として這い出てきたのです。
 最も、封印破りは完璧ではなかった。ご存知のとおり記憶のほとんどと、彼女の持つ危険な権能においては、封印がなされたままでした。だからこそ、私は彼女を見逃していたのですが。
 ああ、ひとつ言っておくならば、彼女には元々放射線の権能はありません。放射能標識がついていたのは、岡崎夢美が『核→放射能標識→ロマン』という迷惑な三段論法に取り憑かれていたから。彼女自身は平行世界のイカれた科学技術の粋を尽くした、反物質をふんだんに利用した至極理想的な純粋水爆の弾頭で、そこまでするならもう普通に反物質爆弾作れよと言いたくなる物でしたが……まぁ、こんな話はどうでもいいですね。
 どうせ戦争目的ではなく、趣味で作った兵器なんです。そうでなきゃ、あんなアホみたいな高性能レーダー取り付ける必要なんてない。
 ただしまあ、懸念されているとおり、放射能という恐怖が蔓延すれば、彼女自身にその権能が付け加えられる、もしくは新しく放射能の怪異が生まれる可能性も無きにしも非ずですが。
 まぁ、とりあえず現在は、爆発の権能の暴発だけが主な懸念事項でしょうね。そして、それをどうにかする手段は、きっとあなたになら用意できるでしょう。
 全ての手がかりは、あなたが外に出れば手に入れられるはず。さぁ、今こそ扉を開けるとき。
 失敗すればまた封印するだけの話ですが、私の手に拠らずに解決できるなら、それが一番望ましい。
 一応、期待しています。
 草々』

「な、なんじゃこりゃ……」
 紫の手紙を読み終わった魔理沙は、力が抜けたように机に突っ伏した。
「変なことでも書いてあったのかい?」
「変なことしか書いてなかったぜ……」
 しかし、一つ安心はあった。
 やはりナナには人里で騒がれているような危険性はなかったのだ。
 確かに万の人間を殺せる殺人兵器には違いないのかもしれないが、だからといって、ナナにそれしか能がないなんて絶対に言わせない。
「よし」
 行こう。
 紫は外に出れば全ての手がかりが手に入ると書いていた。
「……っとと」
 急に立ち上がった魔理沙は、足元をふら付かせてよろめき、霖之助に抱きとめられる。
「今までろくに食事もとらずに寝込んでたくせに、急に動こうとするからだ。まずは軽くでも腹ごしらえをしろ。無理をしてたら、上手くいくものもいかないぞ」
「あ、ああ。すまん香霖……」
 霖之助は魔理沙を椅子に座らせると、先ほど置いたサンドイッチとコーヒーを指し示した。
「ほら、コーヒーが冷めてしまう。せっかく作ったんだから」
「いただきます……。結構器用だな、香霖」
「一人暮らしだからね。それなりのことはできるさ」
「一人暮らしか……」
 サンドイッチをぱくつき、コーヒーをすする。
 ごくんと一度飲み込んだ後、魔理沙は霖之助を見上げた。
「やっぱり人の作った飯はいいな、香霖」
「そうか。僕も縁があれば、また味わってみたいものだね」
 魔理沙は残りを平らげ、口の端をぺろりと舐め上げながら、「うし」と気合を入れて立ち上がった。
「そういうわけで、ちょっと行ってくるぜ。私の食生活を取り戻しにな」
「ああ、いっといで」
 見送りの言葉をかける霖之助に、魔理沙はにかっと笑顔を見せる。
「ああ、ありがとな香霖!」
 どたばたと玄関に駆けていき、封印と鍵を解除し始める魔理沙を見送りながら、霖之助はふぅ、とため息をついた。
「親父さんも今回の事件には結構肝を潰していたんだがね。ま、せいぜい安心させてやってくれ。結局帰ってこなかった、親不孝な娘さんよ」


 魔理沙がドアを開け放つと、あたりはかなり薄暗くなっていた。
 魔法の森だから薄暗いのは元々だが、どうやら日が傾くような時間帯になっていたらしい。引きこもっている間はまったく時間の感覚がなかったので、少し驚いた。
 驚いたと言えばもうひとつ。ドアを開けた魔理沙を驚いたように見つめる、六つの眼。
「何やってんだ、お前ら?」
「いや……あんたこそ。もう落ち着いたの?」
 霊夢が少し呆れたような顔で言う。
「ああ、まぁな。しかし、早苗と文まで?」
 魔理沙は残りの二人に目を向けた。
「あの時は申し訳ありませんでした、魔理沙さん」
 目が合うなり、早苗はびしっと頭を下げた。
 驚く魔理沙に、文はウインクをかけて、早苗の言葉を継ぐ。
「侘びと言ってはなんですが、あの噂をどうにかする案を持ってきましたよ」
「本当か?」
 そうして、それぞれがしてきたことについて、意見交換が行われる。
 霊夢が噂を口外した元凶である三妖精を抑えたこと。そして早苗たちが調べた里の噂の変遷と、それを抑えるための異変を起こす案。
 そして、魔理沙からは紫がこの状況を静観していることと、ナナには放射能の危険性はないというお墨付きを伝えた。
 岡崎夢美の件に関しては、説明がめんどくさい上に、余計な混乱を招くだけだと思ったので伏せておいたが。
「なるほど、一度わかりやすい異変に押し上げて、退治と言うデモンストレーションをする。いい案だけど」
 異変案に関しては博麗の巫女である霊夢が頷いた。しかし。
「とりあえずナナを見つけないことにはどうしようもないな。ナナの場所の手がかりはないのか?」
 魔理沙はその情報を一番求めていた。紫の手紙では全ての手がかりが手に入ると言っていたが。
「そっちはアリスさんが一応調べてみるって言ってましたけど……」
 と早苗が言った瞬間。
「帰ったわよー! って、魔理沙?」
 早苗の言葉に誘われたように、そこにアリスが戻ってきた。
 すっと着地して、すばやく魔理沙に駆け寄ってくる。
「大丈夫だった? 心配したんだから。ちゃんとご飯食べてた? お風呂にも入ってたの?」
「あんたはお母さんか。まぁ、心配かけたな」
「うん、でもよかった」
 ばつの悪そうな魔理沙の謝罪を聞いて、アリスはにこっと微笑む。
「はいはい、そういうのはいいですから。アリスさんの首尾はどうだったんですか?」
 雰囲気を切るように、文が後ろからアリスの肩に手を置き、成果を催促した。
「あ、ああ。ごめんごめん。とりあえず手がかりは見つかったわよ」
「なに、私があれだけ駆けずり回っても何も見つからなかったのに」
 あっさりとしたアリスの言葉に、魔理沙は少しショックを受けた。
「魔理沙は探し方が悪いのよ。といっても、私も別に確定情報ってわけじゃないんだけどね」
 そう前置きして、アリスが話し始める。
「ナナちゃんとレミリアが戦ってた近くでね、火車を見たって言う妖怪が何人かいたのよ」
「火車? っていうと、地底の……はっ、地底か!」
 魔理沙はぽんと手を打つ。
「そういえば地底に関しては調べていませんでしたね」
 地底への入り口は限られているし、ナナにそれを教えたこともない。好き好んで行く場所でもないと思って最初から考慮に入れていなかったが、燐が拾って連れて行ったと考えれば、ナナが地底にいても何らおかしくはない。
「よしわかった。ナナを迎えに行ってくるぜ」
 言うが早いか、魔理沙は箒を構え、またがった。
「私たちも行くわよ」
 アリスたちの申し出に、魔理沙は首を振る。
「いや、みんなにも迷惑をかけたみたいだしな。ここは私が一人で行く。それに、そうしなきゃならん気がするんだ」
 魔理沙の真剣なまなざしに、あえて反論しようと思う者もいなかった。
「わかったわ。行ってらっしゃい。かならず連れ帰ってくるのよ」
 やれやれといったように投げかけられた霊夢の見送りの言葉に、魔理沙はにっと笑って箒をつかむ力を強め――
「ちょーーっと待ちなさい!」
 ずっこけた。
「誰だ! 肝心なところで横槍を入れたやつは!」
「ごめんごめん」
 そんな緊張感のない謝罪とともに。
 夕闇から現れ、魔理沙のほど近くに降り立った姿は、見慣れた悪魔とその親友。
 レミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジだった。そしてパチュリーの後方には小悪魔も控えている。
「なんだお前ら。何の用だ」
「そう邪険にしないでよ」
 唐突な登場をいぶかしがる魔理沙に、レミリアがくつくつと笑いながら不敵に返す。
 だが、不満があるのは傍らの魔女も同じようだった。
「まったく、なんで私がこんなところまでつき合わされなきゃいけないの……げほごほっ」
 根っからのインドア派のパチュリーが出歩くのも珍しいことだと思われたが、レミリアに強引に引っ張ってこられたらしい。
「まだまだ私も本調子じゃないし、お供の一人くらいは必要でしょ」
「なら咲夜を連れてくればいいじゃない」
「それじゃあ駄目なワケがある。これはある種の運命なんだよ。なぁ魔理沙」
「いや、こっちに振られてもわけがわからん」
 相変わらず妙に飄々とした口調で話すレミリアに、魔理沙はじとっとした視線を向けた。
 早く地底に行かなければならないのに。
「今更焦ってもしょうがないことよ。魔理沙。さて、私もこの状況を作り出した犯人の一人だ。そこで一人だけ何もしないのは癪なので、ここはひとつ私なりの忠告を贈ってみようと思う」
「なに?」
 怪訝に聞き返す魔理沙に、レミリアはぴんと指を立てて、言った。
「あなたの行く先に、もうひとつだけ大きな困難が見えるわ」
 鋭く細められたレミリアの眼光。
 そして彼女の言葉の持つ意味に、魔理沙はごくりと息を飲んだ。
「その事実に対してひとつだけアドバイスを贈るとするならば、『臆するな。決して折れるな。そうすれば、必ず最後に答えは見つかる』。うん、これに尽きる」
「……言われなくても、魔理沙さんに後退の二文字はないぜ?」
 レミリアの言葉に、魔理沙は強がりの混ざった笑顔を返す。
 最初からやることは決まっている。たとえ何があろうとも、ナナを迎えにいくだけだ。
「そうかな? 『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばす。ここでの会話も、きっと意味があると思うよ。運命的にね」
 レミリアはそう言うと、ちらりと傍らの親友の方を見やる。
「さぁ、あなたからも何か言葉をかけてあげなさい」
「はぁ!? げほっ! 何で私がぐほっ! こんなのに言葉を贈らなきゃいけないのよ。ゲッホゲホゲホ!!」
「パ、パチュリー様。吸入器を」
「スヒュースヒュー」
 小悪魔から吸入器を渡され、パチュリーはそれを吸いながら喘息を落ち着かせる。
 その主従の様子を見ていると、やっぱり魔理沙はうらやましかった。自分たちもそういう、なんでもないような関係でいられたら。なんでもないような関係に、戻れたら。
「元々、魔理沙に使い魔を持つことを焚きつけたのはあなたでしょ? 運命の歯車を最初に回した。そういうよしみなのよ」
「ぜはー、ぜはー……どういうよしみだか」
「何だっていいのよ。別に無理に見送ろうとしなくたっていい。いっそ単なる悪態でも別にいい」
「なんじゃそら、私はよくないぜ」
 レミリアのめちゃくちゃな物言いに困惑する魔理沙だが、何かパチュリーはやる気になったようで。
「ふん、困難だかなんだか知らないけど、今まで半人前の癖にやりたい放題やってきた報いが来たってことよ。いい気味だわ」
 そうしてパチュリーはいい笑顔を浮かべながら、本当にただの悪態をつき始めた。
「大体、あの使い魔はあんたには過ぎたものだったのよ。なんであんたみたいな半人前がマスターなのにあんなに能力高いのかと思ったら、契約もつけずに放し飼いとかほんとにないわー。なさすぎて引くわー」
「う、うるさいな」
 それにしてもこのパチュリー、ノリノリである。
「人間と道具は違う。ものには必ず適した絆がある。あんた自身のものさしでしか計れないから、あんたはいつまでもひよっ子なのよ。ま、せいぜいこの騒動の責任でも取ってきなさい。ううっ! ゲホゲホゲホ! ガハァ!!!」
「パチュリー様ああああああああああああ!」
 あまりにもノリノリすぎて長台詞を吐いてしまい、さすがに限界が来て激しくむせ込むパチュリー。
 魔理沙は思わず笑っちまいそうになったが、パチュリーもパチュリーなりに気にしてくれていたのだと思って、とりあえず堪えることにした。
「わかったわかった。……なんだか知らんが、私らの問題のためにここまで人が来てくれてるって凄いことだよな」
「別にあんたのためにきたわけじゃゲホッゴホッ!」
「そういう茶々はいいから」
 そんなパチュリーとレミリアの姿に今度こそ苦笑を浮かべながら、魔理沙は言葉を続けた。
「いろんな意味で、無駄にはできんからな。それじゃ、取り戻してくるぜ。私らの日常をな!」
 そう言って手を振り、魔理沙は今度こそ箒にまたがって飛翔すると、地底の入り口へと向けて勢いよく飛び去っていった。


「……で、結局何しにきたのよあんたら」
 魔理沙を見送ると、霊夢が改めてレミリアたちに目を向ける。とりあえず空気を読んで黙っていたのだが、唐突に現れた割には、ちょっとした言葉をかけただけ。
 それに確かにちょっかいを出したレミリアが悪いとはいえ、ナナに半死半生に追い込まれたのは事実。レミリアならばむしろ怒るのが当然だろうに、ここで塩を贈るような真似をするのも、霊夢としては不思議だった。
「でも、パチュリーさんを連れてきて罵詈雑言を浴びせさせたのは単なる嫌がらせなんじゃないですか?」
「ああ、あと運命だとかごちゃごちゃ言って混乱させようって言う陰湿な魂胆……?」
「人聞きの悪い! 紅魔館の吸血鬼ともあろうものが、そんなしょっぱい真似をするわけないでしょ!」
 早苗と文の勘ぐりに、レミリアはぷんすかと怒りをあらわにした。
「まったく……なに、単純に、私はちょっと面白い運命には甘いと言うだけの話。それに私とパチェも多少なりと関わっているんでね。袖振り合うも多少の縁と言うじゃない」
「それ多生な」
 霊夢から非情なツッコミが入るが、しかしレミリア、意外にもこれをスルー。
「細かいとことはいい。私はたぶん必要になる材料を持ってきただけの話」
「やっぱりよくわからんわ、あんた」
 相変わらず何を言っているのかわからないレミリアを見て、霊夢はもう考えるのをやめた。
 そしてそんな霊夢から少し離れたところでは。
「パチュリー! 黙って聞いてりゃあんた言いすぎよ! 魔理沙だってがんばってるし色々とショックだったんだから、もうちょっと気を使いなさいよ!」
「むきゅーッ! あんたは魔理沙に甘すぎなのよアリス! 半人前を甘やかしてどうするっつーのよ! 大体あいつはあんたの忠告を無視したせいでこんな状況を招いたんだからもっと怒りなさい! ゲホゴホガホ!! グェェェェッホン!!!」
「うわあ! 唾を飛ばさないでよきちゃない!!」
 魔女同士の言い争いをため息をつきながら遠目に見つつ、霊夢は魔理沙の飛び去った空を見つめていた。
 その隣で早苗もそれに倣う。
「魔理沙さん、大丈夫ですかね。私もちゃんとナナさんに謝らなきゃいけませんし……」
「まぁ、連れ帰るだけなんだから、たいしたことはないと思うけど。……レミリアに言わせれば、何かあるみたいだけどね」
 霊夢に視線を向けられたレミリアは、ぱちりとウインクして返した。
「そんなに心配するようなことでもない。運命に立ち向かえるかどうかは、まぁあいつしだいと言うことよ」




 旧地獄。
 地上とは相互不可侵が結ばれて隔絶されていた地下の世界。
 地上を追われた、あるいは自ら地上から去った、嫌われ者たちの住む世界である。
 もっとも、隔絶からかなりの時間が経過した上に、間欠泉の異変によって隔絶状態でもなくなっている今、嫌われ者であり続けている者も少なくなっているだ。
 少なくとも魔理沙は、地下の連中は地上の妖怪たちと大差ないように思っている。
「……雰囲気が妙だな」
 前にも来たことのある場所。
 手早く縦穴を抜けて、鬼が築いた地下都市、旧都のほうへと飛んでいく。
 だが、以前は豪快な気質のものが多い鬼の都市だけに、地底でありながらカラッとした活気に満ちた町だったが、今はどことなくぴりぴりとしているように感じる。
 旧都のやや上空を飛行していた魔理沙だが、ふと地上に見た顔を見つけて近くまで降下していった。
「おお、いつぞやの鬼の大将じゃないか」
「ん、いつぞやの人間か。久しいな」
 数人の鬼たちに囲まれて話をしていた一本角の鬼、星熊勇儀。彼女は話を止めて魔理沙のほうを見上げる。
 勇儀は四天王と呼ばれる鬼の一角で、旧都のまとめ役を担っているボス格の鬼だ。
 彼女なら何か知っているだろう。
「なんだか旧都が騒がしいようだが、何かあったのか?」
「いや、格別に何か起こったというわけではないんだがな」
 勇儀は困ったように頭をかいた。
「しばらく前から、奇妙な存在感を感じるようになってな。一部の鬼からは何か嫌な感じがするという訴えもある。かくいう私もそれを感じていてな。少々殺気立っているんだ」
「奇妙な存在感だと?」
 おそらくナナだ。魔理沙はそう思う。
 勇儀は本気になれば文字通り一騎当千の実力を持つ怪力乱神の鬼神だが、ナナは十万もの人間を死に至らせる力を秘めた軍事兵器。
 敏感な鬼ならば、存在感のみで本質的な脅威を読み取ってもおかしくはない。
 しかし、旧都の鬼にまでナナの存在感が伝わっているということは。
「勇儀。その存在感はどこから伝わってくるのかわかるか?」
「……方角的には、地霊殿のほうだが」
「……そうか、やっぱり」
 火車がいたという話から、地霊殿に居るのではないかというあたりはついていたが、しかしこれでいよいよ間違いはなさそうだ。
「さんきゅ、礼を言うぜ」
「まさか地霊殿に向かうつもりか? やめとけ、いくらお前でも、ただの人間が近づいたらまずい。そんな予感がする」
 勇儀が忠告をくれたが、魔理沙は笑い飛ばした。
「たとえそうでも、私は行かなきゃならないんだ。後ろを向いちゃいけないんだよ」
 言って、魔理沙は再び舞い上がり、地霊殿へと一直線に、彗星のように飛んでいった。
 何もいえないままそれを見送った勇儀は、ぽりぽりと頭をかく。
「……やれやれ、見上げた勇気というべきか?」
「向こう見ずの勇気は、ただ蛮勇というのです」
 勇儀と話をしていたうちの一人、眼鏡をかけた鬼がぼそりと呟く。
「蛮勇か。ああ、蛮勇だな」
 勇儀はそう繰り返しながら、魔理沙の去った空を見ていた。


 旧都を突っ切り、ほどなくして地霊殿が見えてくる。
「んん?」
 見れば、地霊殿の入り口の前には、たくさんの動物がいたのである。
 おそらく地霊殿で飼われているペットであろうが、なぜ外に出てきているのだろう。
 魔理沙は更に速度を速め、その動物の集団へと近づいていった。
「ひーふーみっと、二匹足りないねえ……」
「何をやってんだお前らは」
「うわっ! びっくりした!」
 入り口の扉のほど近くで、ペットたちの点呼作業をしていたと思われる燐を発見。
 魔理沙が上空から近づいて声をかけると、燐はびっくりして上を見上げた。
「なんだお姉さんか。やっと来たんだね」
「なんだとはなんだ」
 買い言葉で応じる魔理沙に、燐はだるそうに返答する。
「今は忙しいんだから、後にしておくれよ」
「忙しいって、一体何をやっているんだ?」
「ペットたちの一時避難、というところですかね」
 ふと響く、底冷えのするような迫力を持った、静かな声。
 地霊殿の扉が開き、二匹の猫を摘んださとりが姿を現した。
「おー! これで全員無事避難完了だよ! さすがさとり様!」
 大喜びで飛びついた燐に猫を預け、さとりは静かに魔理沙を見上げる。
「ずいぶんと遅かったですね」
「なんだと? どういうことだ? ナナは中に居るのか?」
 魔理沙はすとっと着地し、さとりの意味深な言葉に食らいつく。
「居ますよ。もっとも、あなたからすれば、既に手遅れというやつなんでしょうが」
「なに?」
 困惑する魔理沙に、さとりは薄笑いを浮かべた。
「間に合わなかったんですよ。あなたも、あの子も。ああ、やはり人間とは愚かしい! 恐れれば恐れるほど、その恐怖は具体的な形を持っていくというのに!」
「おい、まさか」
 さとりの物言いに、魔理沙の中の恐怖も、具体的な像を結んでいく。
「呪毒『放射能』が、発現しました」
 魔理沙の恐怖をそのまま、さとりは取り出し、言葉にして返す。
 地上に蔓延した恐れの感情。そしてそれにより上昇した存在感に更に誘発された、旧都での恐れの感情。全てを一身に集めてしまったナナは。
 ついに、呪われた力を備えさせてしまったのだ。
「ほう、やはり彼女には元々そんな権能はなかったんですか。それで安心していましたか? 脅威がないなら、自分は彼女と一緒に暮らせると。それは残念ですねぇー」
「……おい」
「逆に言えば、脅威が発現したならば、ともに生きることは不可能と。彼女を見捨てて帰る言い訳が立ちますしねえ。死んじゃうんじゃしょうがない。恨むならおろかな民衆を恨むがいいですよ」
「おいっ!!」
 こんな状況だというのに、せせら笑うように魔理沙の感情を逆なでするさとりに、魔理沙は思わず掴み掛かった。
「だから人間は嫌いなんですよ。いつだって労せずして、理不尽な、都合のいいエンディングを望んでいる。寝ているうちに誰かが解決してくれる! 都合の悪いことは切り捨てても、仕方のない事情があるなら仕方ない! 単純明快、そうすればいいじゃないですか。これまでもそうしてきた! そう、あなたは何も悪くない。ねえ? そうでしょ?」
「仕方ないわけがあるか!」
 魔理沙は気丈に言い返すが、さとりはその奥に渦巻く葛藤を見て、ただほくそ笑むだけだった。
「ふふふ、その点あの子は健気でしたよ。なんとか力を使いこなそうと、灼熱地獄跡の奥に篭りましたが……」


「……止まらない、止まらないよ。力が、抑えきれない……、扱いきれないッ……!」
 灼熱地獄跡の奥深く。ただただ、ナナは苦しみ、うなだれていた。
 あの時、さとりに力の使い方を覚えろといわれて、灼熱地獄跡で修行を始めたときに確かにあった希望の火は、とうに消えうせていた。
 ただただ、自らの強すぎる力に振り回され、逆に無力感に打ちひしがれるのみ。
「ああ、やっぱり私は、生まれてきちゃ、いけなかったのかな……」
 泣きそうな顔で、ナナはそう呟いた。
「そう思うなら、あなたも目を閉じてみる?」
 いつの間にか、隣に女の子が座っていた。
「誰っすか……? いつの間に……?」
 ナナは困惑してその少女を見つめていたが、やがてはっとして声をかける。
「ダメだよ、こんなところにいちゃ! ここらへんには放射線って毒電波がいっぱいでてるんだから! 死んじゃうよ!」
 慌てるナナの言葉に、少女は慌てる様子もなく、にこっと笑いかけた。
「効かないよそんなの。お姉ちゃんも言ってたでしょ? 私たちは精神寄りの妖怪だから、そんなものは効かないのだ。まぁ、肉体寄りのお燐とか、ペットたちはさすがに避難しなきゃだけどねー」
「……もしかして、こいしちゃん?」
 その口ぶりに、ナナはかつてさとりから聞かされていた、彼女の妹のことを思い出した。
 心を閉ざし、無意識の中に生きている妖怪。
「はーい、こいしちゃんですよ。サトリの能力に絶望して、目を閉じちゃった、よわーい妖怪なの」
 そうして、こいしはころころと笑う。
 そんなこいしの言葉を聞いて、自分と同じだと、ナナは思った。
 さとりはこの地底を嫌われ者の楽園といっていた。
 きっと自分みたいに、自分の生まれに、自分の能力に苦しんでいた者は、ずっと昔から居たんだ。
 そう思うことに、ほんのちょっぴりの安心感が生まれる。ただ、その安心感は果てしなく後ろ暗いもの。
「いいじゃない。嫌なら逃げちゃえば。嫌なことには目をつぶって、何も考えずに生きていくの。それもそれでたのしいよ?」
「はは……それもいいかもね……でも私は、目をつぶったってどうしようもないんだ。何も考えずにいられたら、本当に楽なのに……」
 言っていて、ふと気づいた。
 それは、かつての自分なのだ。
「そうだ……何も考えずに目標に至り、爆発して、そうしてその身の消滅をもって存在意義を達成する。私はそういう存在だった。そういう存在であればよかったのに」
 それでも自分はいまだその存在意義を達成することなく、付喪神になってまでここで蹲っている。
 なぜ、なぜ自分はただの兵器のままで居られなかったのだろう?
「そうか。そうだった。私は最後まで、本来の使い方をしてもらえなかった。そういう道具だったんだ」
 使い捨ての道具のはずなのに。
 付喪神になるほどに想念を溜め込んだ。その原因はひとえに一つ。
「マスター……!」
 ただただ、魔理沙が初めて自分を使ったときのことを思い起こす。
 あのときの驚きを。あの後の幸せを。
 そうして二度と会うことのかなわない主人への激情のままに。
「マスタァアアアアアアアア!!!」
 ナナはただ泣き叫ぶ。
 返事など返ってこないとわかっていても。
 それでも、彼女を呼ばずにはいられなかった。
「呼んだか? ナナ」
「……え?」
 響いてはいけないはずの声。
 居てはならないはずの人間。
 それでも確かに。霧雨魔理沙はそこに居た。

 ――『臆するな。決して折れるな。そうすれば、必ず最後に答えは見つかる』

「どう……して!?」
 いつの間にか、古明地こいしは消えていた。
 灼熱地獄跡の奥深く。ナナと魔理沙は向かい合う。
「どうしてここにいるんすか、マスター!」
「なんだ、お前が呼んだくせに文句を言うなよ」
 余裕そうに笑っているが、魔理沙にはびっしりと汗がにじんでいる。
 それは、灼熱地獄跡の熱のせいだけではないことは、ナナにはわかる。
「私の能力のこと、聞かずに来たわけじゃないでしょ!? 死んじゃうよマスター! 早く帰って!」
「ところがそうもいかん。臆するな、退くな媚びるな省みるなと悪魔嬢からのお達しでな」
「何をわけのわからんことを言ってるんすか! 私が何だかわかってるのっ!?」
 心の奥底では待ち望んでやまなかったはずのマスター。
 だけれども、実際に魔理沙が現れた今、ナナの胸中は怒りで満ちていた。
 マスターは自分にマスター自身まで殺させる気なのかと。
 マスターは自分の心なんて、何もわかっていないと。
「わかってるさ、『ミミちゃん』」
 しかし、魔理沙が口にしたその名に、ナナには怒りを忘れるほどの動揺と歓喜が湧き上がった。
「っ! マスター! その名は!? 私を、思い出したの!?」
 魔理沙は、こくりと頷く。
「ああ、全部な。すまなかった。今まで忘れていて。それを謝らないことには、死んでも死に切れん」
 その言葉に、再びナナに焦燥の感情が宿る。
「ありがとう、だけどマスター! それを伝えたかっただけなら早く帰って! マスターは私と違う! 生まれてくるべきだった存在なんだから!」
「違うぜミミ。言ったろ。生まれてこないほうが良い物なんてないさ。生まれたからには、きっと何か意味がある。だから、お前を見捨てない」
 こんな状況になってまで、そんな台詞を言う。
 うれしいやら呆れるやらで、ナナはもう涙を流すしかなかった。
「魔理沙ァ!」
 だが、その一瞬の静寂を割くように、声が響く。
 見れば、おくうに抱きかかえられたさとりが、魔理沙を追跡してここまで来ていた。
「さとり……さん?」
 その登場に、ナナは驚きと困惑を現した。だが、さとりはただただ魔理沙へと叫んだ。
「恐怖を堪えながらもここまで入ってきた蛮勇は賞賛するわ。だけど、その言葉だけは看過しない! それはお前が吐いていい台詞じゃないッ!」
 怒りを顔に表しながら、さとりはその感情を吐き出していく。
「いいところなのに邪魔すんなよ! 何が気に入らないんだ!」
「うるさい! あんたに嫌われ者の気持ちがわかるもんか! 何が『生まれてこないほうが良い物なんてない』だ! 退治屋のあんたが! 『沓頬(クツツラ)』を殺したあんたが! その言葉をのうのうと口にするのだけは看過しない!!!」
「ッ……!」
 さとりの言葉に、魔理沙はひるむ。
『沓頬(クツツラ)』
 今まで記憶の端にしかなかった存在。業とすら認識していなかったちっぽけな付喪神が。
 今、魔理沙の足元を掬った。
「沓頬って、なんすか、マスター……?」
 状況に困惑するナナに、さとりが畳み掛けるように言葉を継ぐ。
「沓頬はただ妖怪として生まれたかっただけの付喪神! それを人里に余計な心配を与えないという大義名分を振りかざして、無残に蹴り潰したあんたに! そんなことを言う資格があるもんですか!! この、欺瞞にまみれた人間め! あんたみたいな人間が! 私は一番大嫌いなんですよっ!!!」
 いつの間にか、記憶の端にあったそれを、読まれていたのだろう。
 だからさとりは憤った。
 『都合の悪いことは切り捨てても、仕方のない事情があるなら仕方ない』
 その言葉に、一体自分はなんと返したのだ?
「……ねえ、マスター」
 ぼそりと、再びナナが呟いた。
 びくりとして、魔理沙は後ろを振り返る。
「本当に、生まれてきたものには何か意味が、あるのかな」
 知性あるものならば、きっと誰しもが思い悩むだろう、自分のレゾンデートル。
 哲学的ながらも、話題としてはきっとありふれたこと。
 この言葉も、人里のしゃれたカフェでなんとなしに言ったのであれば、どれだけよかっただろうか。
「ねえ、マスター。やっぱり存在しないほうがいいものってあるのかな。生まれてきちゃいけなかったものって、あるのかな」
 目の前の少女にかけられた言葉に、魔理沙は無言で俯くことしかできなかった。
 ただ一言。そんなことはないと、ただ一言言えれば、それでいいのに。
「……ますたあの、ウソツキ」
 ナナのその一言で、既に気力だけで保っていた魔理沙の足が力を失い、へたり込んだ。
「……いいんすよ。マスターが気に病む必要なんてない。最初から、わかってたんすから」
 魔理沙を気遣いながらも、絶望に染まった声色が、更に魔理沙の心をえぐっていく。
「さとりさん。マスターをどうかここから出してあげてください。今なら、命くらいは助かるはず……」
 そうナナが言いかけた瞬間、灼熱地獄跡に豪快な爆音が響き渡った。
「な、なに?」
 ナナも空もここにいるのに、これほどの破壊音を出せるやつは他にはいないはず。
 そう思ったさとりが目を凝らして音のしたほうを見ると、またしても信じがたい珍客がそこにいた。
「よーう、なかなか禍々しい気に満ちてるなぁ! そんで、だいぶやばそうじゃねえか、いつぞやの人間! 人の忠告を聞かないからだぞ」
「星熊勇儀!? なんでここに!?」
 それは旧都をまとめる鬼のリーダーの姿であった。怪力乱神の鬼神が、なぜこのタイミングで乱入するのか。
「元々正体不明の存在感を気にはしていた。さすがの私でもやばそうだと感じたから二の足を踏んでいたんだが、鬼が蛮勇で人間に負けたとあっては示しがつかないんでな! はっはっは!!」
 豪快に笑いながら、勇儀はのっしのっしと歩いて魔理沙の前にやってくる。
「状況は大体わかってる。地獄暮らしだからか、なかなかの地獄耳でなぁ! はははははは! ……せいっ!」
 勇儀は大振りの拳撃を魔理沙に向けて放ち、そうして寸止めで留めた。
 余波の風圧が、魔理沙の髪をなびかせる。
「……ん? はっ、勇儀!? 何でここに!?」
「気がついたか。やはりな。見たところ、本体の破壊力だけは本物のようだが、こっちは所詮人の恐怖が作り出した後付けの呪毒。私の怪力乱神の敵じゃあないようだ」
 その様子を見て、さとりは何をしたかを察し、驚愕した。
「ほ、放射線を吹き飛ばしたというの!? 力技で!? そんな馬鹿な!」
「おいおいさとり、私の心を読んでないのか? 放射線がなんだかは知らんが、おそらくお前らの考えている毒とこの毒はぜんぜん別物だと思うぞ?」
「なんだと?」
 勇儀の物言いに、魔理沙が怪訝な顔を浮かべる。
「これは人間の恐怖が作り出した、ただの抽象的な呪毒だ。まぁそれでも、忌まわしくて厄介なことには変わりないがな」
「! そうか」
 勇儀の言葉に魔理沙は納得した。そもそも放射線がどういうものか、完全に正しい知識を持っている人間は限られている。
 実際に外来人である早苗や秋夜でさえ、『なんとなくの恐ろしさ』だけは知っていても、その詳細までは知らないだろう。だから、放射線の完全再現などはありえない。
 科学的な電磁波であるなら、いかに勇儀でも太刀打ちできなかったかもしれないが、ただの魔的な呪毒であるなら、勇儀なら力技でどうにかできる。
「さて、少し楽になったところで、一つ文句を言わせてくれ」
 勇儀はそうして、威嚇するように辺りを見回した。
「おい魔理沙。私に向かって後ろを向いてはいけないなどと大言壮語しておきながら、そのざまはなんだ?」
「ぐ……」
「耳当たりのいいことを言おうとするからそういうことになるんだ。違うだろう。こういう場に必要なのは。たとえ身勝手なわがままだろうとも、伝えるべきは気持ちじゃないのか! ええ!?」
 鬼の四天王らしい、豪放な叱咤。
 その勢いのいい言葉が耳から入り、脳を痺れさせ、そうして通り過ぎていくころには。
 魔理沙の目には、再び光が宿っていた。
「ははは……そうかもな。ありがとうよ、勇儀」
 勇儀の言葉を受けて、魔理沙はゆらりと立ち上がる。
 臆するな。決して折れるな。レミリアもそう言っていた。
 そうだ、自分はまだ、覚悟が足りていなかった。自分の気持ちをそのままぶつけることを、どこかまだ、恐れていた。
 だが、覚悟が足りないというのなら、いくらでも覚悟をしなおしてやる。
 『覚悟』が『絶望』を、吹き飛ばすのならば!
「確かに私はウソツキだった! 生まれた以上は意味があるなんて、綺麗ごとで自分の気持ちを誤魔化した大バカ野郎だ! そうさ! 生まれなきゃよかったやつなんていくらでもいる! 生まれた意味とか知ったことか!」
「ま、マスター!?」
 魔理沙はそう、開き直って、ナナに向き直る。
 その顔は、相手を労わり、気遣い、励ますような優しさなど微塵もない、しかし、ただただ真剣なもの。
「私にとっては! 私に大して関わらない有象無象の生き死になんて、まったくどうでもいいことだ! 都合の悪いものなんていくらでも切り捨ててやる! だけどな! 私にとって大事な存在なら! 決して生まれた意味を否定させたりなんてしない!」
 それは、ただの魔理沙の気持ち。
 ナナのために考えられた言葉ではない、ナナへと向けた言葉。だからこそ、その言葉は誰にも否定しえない力を持つ。
 そうして魔理沙は、力強く、ナナを指差した。
「ミミちゃん、否さ、ナナ! 私のかわいい使い魔! お前のことは命を投げ打ってでもどうにか助けたい! なぜなら、お前が必要だからだ! 悪いか、チクショー!!」
「マス、ター……」
 ナナは、今度こそ涙を止めることなく、その場にくずおれた。
 魔理沙は上空のさとりを睨み付ける。
「欺瞞と笑うなら笑えさとり! だが、その覚悟だけは、私は確かに持っているぞ!」
 魔理沙の力強い開き直りを受けて、さとりは少しだけ不愉快そうに、舌打ちした。
「……ちぇっ。これだから人間は、嫌いよ」
「……さとりさま」
「わかってるわよ、おくう」
 二人はそうやりとりすると、もう関わらないという意思を示すかのように、更に上空へと浮かび上がっていった。
 それを見届けると、魔理沙は再びナナに顔を向ける。
「……以上が私の気持ち。私の、わがままだ。さて、次はお前のわがままを聞こう」
「私の、わがまま……?」
 自分は何も考えることがなかった兵器であり、そうして今はただ魔理沙に使われることだけを熱望するもの。
 それ以外のわがままなど。
「記憶は戻ってるんだろう? お前は付喪神になってまで、なにがやりたかったんだ?」
「――っ!」
 自分が付喪神になった理由。
 それは、ひとえに。

「――あなたを乗せて、空を、飛びたかった」

「私を乗せて?」
 きょとんとする魔理沙に、ナナは、今まで堪えていた全てをぶつけていく。
「私は、使われる幸せを知るはずのない道具だった。私はその消滅をもって、その存在意義を達成する。付喪神になんかなるはずのない道具だった……!」
 岡崎夢美はただの研究目的でミミちゃんを作り上げた。軍事行動で消えることはないにしても、それは本来の使用目的が達成されないのと同じこと。
 だが、そのころのミミちゃんは、そんな虚しさを感じる能力すらなかった。
「でも、私は夢美様から、マスターに譲渡された。でも、マスターは私の使い方なんてわからなかった。だから、私にまたがって」
「ただ、空を飛んだ」
 魔理沙が継いだ言葉に、ナナはこくりと頷く。
「あの驚きが、『私』の抱いた最初の感情。私をそんな使い方する!? そういった驚きと、もう一つ」
 ナナは、涙の溢れた顔で、魔理沙を一心に見つめた。
「絶対に知るはずのなかった『使われる喜び』を、あなたは私に教えてくれたんだ。たとえそれが間違った使い方だったとしても! 私は、私は、すごく! ……うれしかったんだよ」
 しかし、ナナは紫に危険視され、封印された。
 魔理沙の部屋のガラクタの最下層で、ただただ、もう一度魔理沙を乗せる日を夢見ていた。
「だから、図書館でのあの時も、すごくうれしそうだったんだな」
「うん。そうだよマスター。あの時はなんとなくって感覚だったけど。私の夢は……叶っていたんだ!」
 ナナの言葉に、魔理沙は胸が締め付けられる思いだった。
 ナナが、あのミミちゃんが、そんなことを考えて自分に乗られていたなんて。
 そしてナナはもう一つ。秘めていた気持ちを告げる。
「マスターが妹として扱ってくれたとき、私はうれしかったけど、どこかで違和感を感じてたんだ。マスターとそういう絆で繋がれるのもうれしい。だけど、私は使い魔としての、道具としての絆が欲しかった」
 その言葉に、魔理沙は驚いた。
「やっぱり私は、マスターの道具でいたい。もう一つ言うなら、それが、私のわがままかな」
「……そう、だったのか」

『人間と道具は違う。ものには必ず適した絆がある。あんた自身のものさしでしか計れないから、あんたはいつまでもひよっ子なのよ』

 魔理沙は、パチュリーの言葉を思い出していた。
 あれはそういうことだったんだ。
 なんとなく、道具として扱うのはしっくりとこない。そんな感情で逆にナナを困らせていたのは、魔法使いとして半人前な、自分自身だったのだ。

『大体、あの使い魔はあんたには過ぎたものだったのよ。なんであんたみたいな半人前がマスターなのにあんなに能力高いのかと思ったら、契約もつけずに放し飼いとか――』

 そして先ほどの言葉に連想され、もう一つのパチュリーの言葉を思い出す。
 そこにももう一つ、重要な手がかりが隠されていることに、魔理沙はやっと気づいた。
(最後に答えは見つかる、か。レミリアめ、ほんとにお前、運命が見えてたんだな!)
 そう思って、魔理沙は笑う。
「でもマスター。あくまでそれは私のわがまま。いくら本物の放射線じゃないといっても、この呪毒体質じゃ、もうあなたの傍にはいられない」
「噂を消す算段はある」
「たとえ本当に噂が消せても、一度ついた能力は消えないっすよ、マスター」
「そうだな」
 ずっと勇儀に消し続けてもらうわけにもいかないし、勇儀クラスの鬼神が力技でどうにかしなきゃいけないレベルの呪毒なら、キャンセル手段を確立するにも百年単位でかかるかもしれない。
 噂が消えれば、多少は弱体化するかもしれないが……。
「それに、呪毒だけじゃない。単純に、私の力が大きくなりすぎて、とても扱いきれない。爆発のほうも、いつ暴発するか……」
「……ならば、この手しかないな!」
 そうして、魔理沙はナナに手を差し出した。
「……マスター?」
 きょとんとするナナに、魔理沙はにこっと笑いかけた。
「契約をしよう。私の使い魔になってくれ。ナナ」
 まるで結婚でも申し込むかのように。
 魔理沙の言葉には力が篭り、その眼差しはナナの頬を赤く染め上げる。
「ま、ままマスター!? 契約したところで、何が……!?」
「大丈夫だ。本物の使い魔ってのは、契約によって力が制限されるはずだ。私以下の力になれば、爆発も、呪毒も、怖くはない!」
 今まで使い魔に興味を持ってこなかった魔理沙は、使い魔契約について深くは知らない。
 通り一遍の知識だけはアリスに教わったが、ただそれだけだった。
 基本的に、主人より強力な使い魔は居ない。
 それは実力が上の相手をわざわざ契約で従えられる例がほとんどないので当然なのだが、実際は実力が上の相手と契約すると、その実力が主人レベル以下まで限定されてしまう。
 それは使い魔に契約という絶対遵守の絆をつけるために、使い魔の力の由来が主人の魔力へと変更されるから。
 実力を保ったまま従えるには、かなり複雑な儀式準備が必要になる。
 パチュリーはそのことを知っていて、それがあの悪態に繋がった。
 そしてその悪態から、魔理沙は契約の本質を読み解いたのだ。
「ほ、本当っすか? マスター?」
「大丈夫だ。私を信じろ。私はお前の、マスターなんだろ!?」
 魔理沙の言葉に、はっとするようにナナは前を見る。
 そうだ。目の前にいるのは。自分がずっと求め続けた、ずっと思い続けた――
「さあ、手を出してくれ、ナナ! もう一度私の元に戻ってきてくれ! 頼む!」
「ますたあっ!!」
 いとしき主人が呼んでくれているというのに、何を恐れることがあるだろう。
「私がマスターの元に戻れるなら。私は、私はっ! こんなに、嬉しいことはないですっ……!!」
 そうしてナナは力強く、魔理沙の手を握りしめた。

「お願いしますマスター! 私を、マスターの使い魔にしてください!!」
「ああ、改めて頼むぜナナ! 私の使い魔は、お前以外にはありえない!!」


 そうして、契約の魔法が発動する。
 二人は光に包まれてゆく。



 ――あたたかい。これが、私と、マスターの
 ――私と、ナナの


 ――本当の、絆なんだ。






◇Interlude◇


 博麗神社の物置は、魔理沙の部屋並みには煩雑であった。
 その通気窓から、針妙丸は顔をのぞかせる。
「魔理沙の部屋のガラクタの中から付喪神が現れたというなら、もしかして」
 などと言いながら、針妙丸は通気窓から中をうかがったが、やがてがっかりしたようにため息をついた。
「なーんて、ね。やっぱりとっくにもう、全部魔力は抜けきってる。打ち出の小槌がこんなに近くにあるんだ」
 針妙丸がそう呟いて、物置を去った後。
 ごそごそと物置の中で動く音がした。
「あーあ、あの子には振られちゃったよー」
 舞い散る埃や積み上げられた古道具の山などまるで意に介さず、物音の主、古明地こいしは伸びをした。
「希望があるならそれでいいよね。私が一度はつかんだそれは、まやかしのようなものだったけど。それでも、いつかは」
 少しさびしそうな表情を浮かべながら、誰に言うともなくひとりごちていた。
 しかしこいしはふと今まで考えていたことを忘れ去ったかのように、ころりと表情を変える。
「あなたはどうなの? 満足してたのかな? 物足りないのかな? それともいっそ、私と一緒に、無意識の旅にでも出てみるかい?」
 そうしてこいしはころころと笑いながら、隣に座っている、大きな人形に問いかけた。
 人形はついぞ何も答えはしなかったが、こいしはその隣でいつまでも笑っていた。












「あー、検診面倒だなぁー」
「ダメっすよマスター。あの時あんなに無茶したんすから」
 魔理沙を背中に乗せながら、ナナはにこにこ笑顔で永遠亭に向かう。
 途中から勇儀に払ってもらったとはいえ、人間の恐怖が実体化したハイスペック呪毒をまともに食らった魔理沙は、それなりに深刻なダメージが残っていた。
 もっとも、永遠亭に住まう月の頭脳にかかれば、時間はかかるが完治は可能であるらしい。
「ま、そうだな。ナナのためにも長生きしなきゃいかんからな。そのうち真面目に種族を魔法使いに変えることも検討しなきゃならん」
「ええー、でも、マスターが強くなったら、私もまた強くなっちゃうんじゃないっすか?」
「そこらへんは研究でどうにかする。そもそも契約の絆っていうのは結構無茶な命令でも通せるからな……。どうにかはなるはずだぜ」
 魔理沙とナナの契約は成功し、二人は晴れて正式な主従となった。
 ナナの力も大幅に弱体化し、破壊力も軽い爆発が出せる程度、自慢のスピードもかなり減じたが、それでも箒よりは十分に乗り心地がいい。
 レーダーはさほど魔力に依存していないのか、超高感度は健在で、相変わらずサニーミルクを泣かせている。
 もっとも、全体的にかなり弱体化してしまったので、当初の異変デモンストレーション案の実施が危ぶまれたのだが、霊夢、アリス、早苗、文の協力に加え、紅魔館や光の三妖精、そして地底から勇儀や地霊殿組まで出向してきて、総出で演出をがんばった結果、どうにかなった。
 とりあえずナナは悪気はなかったけど、力が暴走してえらいことになってた。でも博麗の巫女に激闘の末に倒され、力を封印する札を貼ったからもう安心だよ、ということになっている。
 結果、なんとか人々の恐怖と噂は消え、契約で弱まっていた呪毒の権能も更に弱まった。
 今はほぼ無害といえるレベルだと、パチュリーや永琳ら、専門家のお墨付きも出ている。
 多少のしがらみは残りはしたが、ナナと魔理沙は再び、人里を歩くことが出来るようになったのだ。
「しかしあの異変劇のときにさとりが来たのはびっくりしたな。正直肝を潰したぜ」
 ナナを迎えにいったときのあの苛烈なまでの悪意が記憶に新しい魔理沙は、全部台無しにされるのではないかと恐怖した。
『その恐怖。現実にしてあげましょうか?』
 と脅されたのも深く記憶に残っている。
「そんなに嫌わなくても、さとりさんはいい人っすよ?」
「そりゃ、ナナは好かれてるみたいだからな……」
「そうじゃなくて、勇儀さんも言ってたじゃないですか。『さとりもお前が人間の中でもまっすぐな方だってのは、ちゃんとわかってるさ。ただ、お前の過去に対しての覚悟が見たかっただけなんだよ』って」
「そう言われてもなぁ……」
 それでもやっぱり、苦手なものは苦手だった。
 だけど、さとりもいなければ、最後にちゃんと契約して幸せな、『都合のいいエンディング』を迎えられてたかどうかわからない。
 魔理沙にとって、さとりももちろんどうでもいい有象無象ではなく、一応ちゃんとした仲間としては認識している。のだが。
「ま、それより、今日の検診の後はパーティーじゃないっすか。めんどくさい過去よりも、目先の楽しいことに目を向けましょうよ」
「その言い方はどうよ。……しかし、あの店がね」
 だいたい落ち着いてきたので、この事件に関わったメンバーで、打ち上げパーティーをすることになっている。
 その場所が他でもない。
 魔理沙がナナと姉妹の契りを交わしたあの店、『Autumn Night』だ。
 人里におけるの噂の元凶があの店だったと知ったときは驚いたものだ。
「なんというか、その目先の楽しいことがある店こそが、私らの失敗が詰まった黒い過去って気がするんだが」
「まーまー、失敗あっての私らということで、これからいい思い出にしていけばいいじゃないっすか」
「……ほんっと楽しそうだな、お前」
 自分以上に楽天的なナナを見て、魔理沙は苦笑した。
「だって幸せなんですもん。今まさに、マスターを背中に乗せてるんっすから」
 臆面もなく言われて、魔理沙はその顔を朱に染める。
「な、なんか恥ずかしいなあ」
「なんすか、契約のとき、もっと恥ずかしいこと言ってたくせに」
「わ、忘れろ!」
「『ナナ! 私のかわいい使い魔!』『私の使い魔になってくれ。ナナ』『私の使い魔は、お前以外にはありえない!』『うふ、うふ、うふふふふふふふ』」
「やめろー! やめてくれー!! てか最後のは違うだろ! 確かにお前はまさにその時代の生き証人だけども!」
 顔を真っ赤にしながらツイストして悶える魔理沙に、ナナはきゃたきゃたと嬉しそうに笑う。
 だけれど、最後にまじめな顔で、でも嬉しそうに、幸せそうに囁いた。
「絶対に忘れませんよ、マスター」
「う、うむ……」
 そんな顔でそう言われると、魔理沙としてもそう言うしかない。
 そんなむずがゆい空気の中。
「ますたあ」
「ん?」
「ずっと、お傍においてくださいね。ずっと私を使ってくださいね。もう、忘れないでくださいね」
 ナナの言葉に、魔理沙はくいっと帽子を深くかぶりなおした。
「……当たり前だ。それに忘れてたのはお互い様だろ」
「あはは、そうっすね」
 一瞬の静寂の後。
「心配すんな。これからずっと、壊れるくらいに使って(あいして)やるよ」
「まぁ、嬉しい」
 そんな軽口を言い合いながら、二人は飛んでいった。
 どこまでもどこまでも、飛んでいった。

 最高の主人と、最高の道具。
 永劫に続く、二人の絆を靡かせるように。


 ――fin
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.10絶望を司る程度の能力削除
こういうの、大好きです。
2.10霽月削除
元がロマンの塊なら、これ以上暴走することはなさそうですね。
(暴走からの鎮圧で平穏が訪れるという流れもロマンですし)
真っ直ぐな二人には今後も幸せになってほしいものです。

後書きを見て、タイトルはそういうことか、と。
26に何か意味があるのか、単純に7を導き出すためだけの数字なのかというのは悩んでいますが。
9月26日が「国連核兵器廃絶国際デー」らしいですが・・・、偶然でしょうか。
3.9si削除
綺麗事だけでは人の心は動かせませんよね。
良かったと思います。
4.5みすゞ削除
文句なし。面白かったです。色々な伏線が張り巡らされて驚きました。ナナの正体にも納得だし、後半は興奮しっぱなしです。喘息のパチュリー様もいいキャラしてました。
ただ、あとがきと表題にある「マイナス26」の意味がわからなかったです。33(ミミ)が7(ナナ)になったことまではわかったんですが……悔しい。
5.6がま口削除
あとがきをしばらく眺めて、ようやく意味が分かって「おお!」と思わずうなりました。
ICBMのミミちゃんがヒロインとは驚きです。ストーリーも正統派で安心して読めました。
ただ、文章が何となく冗長な印象を受けました。
核心の部分をさっぱりコンパクトに描写していただけると、なお良いと思いました。
6.5烏口泣鳴削除
冒頭が効いていて、序盤はわくわくしました。特に魔理沙との共同生活が始まる辺り。
ただ解決の辺りは、どうにも各人の心の動きについていけなかったので、白々しく感じてしまいました。
7.10u!冫ldwnd削除
この作品の魅力の一つは、タイトルの意味を理解できたとき――ナナがミミちゃんだとわかった時ではないかと思います。
その上であえて言えば、早苗がナナ=核ミサイルと気が付くのはあまりに察しがよすぎるのではないかということでした。ミミちゃんという紅白の可愛いICBMを知っている我々でも、最初のナナの服装描写だけでナナ=ミミちゃん=ICBMと想像できるかというと(私の感覚では)即座には出てこないように思えます。
ましてやミミちゃんを知らない早苗が放射能マークやプリーツスカート(私には尾翼と即座には連想できない)で核ミサイルと思えるのだろうかとは感じました。
話の転換点であり、騒動の根と思えば、無理矢理進めた気もします。
それは減点材料に思えましたが、10点でも足りないと思えたので10点の評価以外は付けようがありません。
とにかくナナのキャラがいい。半オリキャラのナナが魅力に溢れていればもう勝ったも同然と思えます。それが半ば黒歴史になった破壊兵器でもあれば二度美味しい。いや、原作ではもう扱えないだろうミミちゃんの今を感じられて三度美味しい。
ナナがここにいて欲しいと思わせる魅力に溢れていますし、登場人物もストーリーもそれに合わせて転がっていく。永劫に続く絆という終わりであれば読後の満足感もこの上ないものです。
この作品を読めただけでも今回のコンペの読み手になってよかったと思えます。本当に素晴らしい作品でした。
8.9このはずし削除
まさかのミミちゃん! そして核ミサイルの付喪神! 
なるほど! すげぇ! 不意突かれた! 
と読んでて驚きでした。後書きを見るまで名前の意味にも気づかず……。
発想に乾杯(完敗)ですw
9.8めるめるめるめ削除
 容量に見合ったスケールの大きい話で楽しめました。楽しい雰囲気で纏まりもよく、盛り上
がりもあったのですが。
 少しだけどうだろうと思ったのが、魔理沙の犯された放射能を勇儀が力業で払ってしまったこと。
 噂が蔓延することにより本来は無かったはずの放射能の能力を得てしまうというギミック
は、原作の設定を上手く利用した素晴らしい発想だと感心しましたし、異変を起こしてそれを
収めるという解決法も成る程と膝を打つものです。契約により力を制約するも妥当性はある
と。
 そうするとあのシーンでの、勇儀が(謎の)力業で解決、だけが妙に手抜きに思えてしまい、
そこだけ説得力が薄いと感じました。もう一捻り欲しかったなと。
 実際このシチュエーションはミステリにおける凝った密室のようなもので、解決が困難である
分だけどうするんだろうと期待は持てるのですが、それは同時に作者の首も絞めるというか、
登場人物にとって解決が困難な物は作者にとっても解決が困難だったりとか……。
10.4うるめ削除
ド直球! な物語であるのは良かったのですが、良い意味で裏切ってくれる展開がもっと欲しかった……。
11.5きのせい削除
ミミちゃんがこんな長編の主役を張るなんて、なかなか無いんじゃないでしょうか。
正体が分からない間は、どうも感情移入が難しかったです。正体にばかり気を取られてしまって、キャラクターとして見られなかったというか。
12.8あめの削除
まさかのミミちゃんSS。
しかしながら内容の方は王道的ストーリーで実に熱い!
魔理沙とナナが交流を深めていく様子は読んでいてほっこり。ナナの「~~っす」という口調が何とも良い感じでした。
ナナの正体の秘密については「そう来たか!」と驚かされ、中盤以降の熱い展開には「そうそうこれを待ってたんだよ!」と思わされました。人の怖れによって実際に「そういう」能力を備え付けてしまうなど、東方の世界観を生かしてうまくお話を作り上げている印象です。

十分満足できるほどに面白かったのですが、一つ気になった点を上げるとしたら、終盤での魔理沙とミミのやり取り。ストーリー的に一番盛り上がるシーンですが、欲を言えばもう一つ何か欲しかった。魔理沙とミミがお互いボロボロになって、もう絶対元のようには戻れない絶望的な状況に落とされて、誰もがこれは無理だもうあきらめるしかない、と思うほどの状況にまで行ってからの、大逆転劇! そこまで書けていたら文句なしの10点でした。と言ってもこうやって指摘するのと実際に書くのではまったく労力が違いますが……。

何はともあれ面白かったです。ミミちゃんでここまで書けるか! と唸らされる作品でした。
13.6名前がない程度の能力削除
捨てる神あれば拾う神あり。そして拾われた先では、捨てられる前とは全く異なることが求められることもある、と。
まぁそこまで命脈尽きなければの話ですか。
14.10文鎮削除
どことなく旧作を彷彿とさせるノリの良さ、私は大好きです。
かなりの長さがありましたがこのノリのお陰なのか楽しく、さくっと読めてしまいました。
最初の方でナナの正体がミミちゃんであることに感づいてしまいましたが、
問題なく楽しむことができました。
魔理沙と出会って兵器以外の道を進むようになったミミちゃんの生き方は、
世界初のICBMであるR-7と少し重なるような気がしました。
R-7の改良型は核弾頭の代わり世界初の人工衛星と宇宙飛行士を打ち上げ、現在でも直系の子孫たちが宇宙へ飛び立っています。
兵器として生まれたICBMだって使い方次第なんでしょうね。
主人公である魔理沙とナナはもちろん、他の登場人物も負けず劣らず素敵でした。
思う存分楽しませていただきました!
15.8K.M削除
最初の暗い雰囲気と、そのすぐ下から始まる明るい雰囲気の楽さが心地よい。とりあえずサニーミルクに黙祷を捧げたい。