第十四回東方SSこんぺ(絆)

まさにお前は大迷惑

2014/09/14 23:45:54
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 がさり、という安紙の音が、どうにもそぐわぬ部屋の中に響いた。
織り目揃ったイ草の見た目も鮮やかな畳。質素ながらも格調の高さを伺わせる調度品の数々。
そして綺羅びやかな黒髪を持つ美少女が掛けるその空間において、灰色をした新聞紙がたてる音と言うのはあまりに安っぽい。

 とは言え、当の本人達は特にそれを気にしておらず、むしろあえてその歪みを楽しんでいるような素振りすら見えた。
ここは永遠亭。月の姫と薬師の従者に脱走兵、そして数多の地上の兎たちが住む、竹林の診療屋敷である。

「あらイナバ。何か面白いニュースでもあった?」
「あ、いえ」

 普段生活用品カゴに直行する天狗の新聞をわざわざ広げるなど、日常には無い光景である。
天狗が投げ込む新聞の用途の多くは掃除・カス入れ・咄嗟の雑巾代わりであり、後は暇で仕方がない診療待ちの人間が仕方なく目を通す程度のものだ。
月の脱走兵こと鈴仙・優曇華院・イナバのちょっとした変化に、退屈潰しに暇がない屋敷の主はさっそく目を光らせる。

「昨日、一角獣が出たと聞いたんですよ。里の住人も襲われて怪我をしたとかで。
 耳聡い天狗達なら、何かしら新聞にでも煽り立てて居るんじゃないかと思って……あ、これですこれ」
「ふーん、どれ」

 なるほど、白い肌に白い鬣、白馬のような姿に螺旋角を持った獣の目撃証言が、裏面にひっそりと記されていた。
ただちょっと襲われてけが人が出た程度では、大したネタにもならぬと思われたのだろう。
目撃場所の情報と僅かな注意喚起だけが載せられて、いかにも紙面埋めですと言わんばかりの風体でそこにある。

 だがまぁ、日常を紛らわせるにはこれでも十分か。

「場所は霧の湖……記者は、ああ、射命丸文ね」

 にんまりと口角を吊り上げる主――蓬莱山輝夜を前にして、鈴仙は「あれ、まずったかな」と今更ながらに思うのであった。




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         ―― まさにお前は大迷惑 ――

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「では、インタビューさせて頂きますけども」

 ペンをマイクのように向けられた程度で、輝夜の余裕は崩れる事は無い。
むしろあどけない童女のように――それでいてかつ、「子供じみた」などと取られないように――しなやかに胸をはり、微笑をもって肯定を返す。
手帖に筆を走らせる射命丸文の背中は興奮したもので、今回のネタに対する意気込みが見て取れるようだった。

「ユニコーンと言えば、やはり純潔の象徴。そしてその角はあらゆる病毒に効く万能薬とされているわね。
 しかし、彼の気性は人を突き殺す事もあるほどに荒いもの。放っておいてはいつ人里に被害が出るかも分からない……
 で有るなら、彼を絆す場所として永遠亭以上に相応しい場所なんて無いのではなくて?
 なに、うちには人参の在庫も一杯あるし、何よりこの私が居るのだもの。きっと気に入って貰えると確信しているわ」

 軽く笑いながら口元を隠す仕草は完璧で、もし男ならばそれだけで惚れ込んでもおかしく無いと思わせるほど。
相も変わらず外面は芸術品の主に感心しながら、鈴仙は薄靄のかかった森の中を見渡した。
新聞のネタを提供するのと引き換えに、射命丸文にはユニコーンの住処まで案内させる手筈である。
隣には姫の付き人兼鈴仙の師匠の八意永琳。もう一人の同僚、因幡てゐは諸事情で留守番だ。
鈴仙としては、正直少し、いやかなり羨ましかった。

「一角獣と言いますと、角が薬になるのもそうですが……やはり、処女を好むと言う逸話も有名ですよね」

 文はここで声を潜め。

「そのう、てゐさんが居ないのは、やはりその関係で……?」
「何がやはりかはともかくとして、まぁそうね。あの子もそれなりに、生きてて長いもの。
 そういう事くらい有っても不思議じゃ無いんじゃない? そういう記者さんはどうなのかしら?」
「あはは……まぁ、そうですねぇ。若気の至りと言うか……全くないと言うのも、まぁ、ねえ?」

 照れ笑いで話の筋を濁し、文のペンを握る指に力が入るのが、なんとなく分かった。
恐らくここからが本題なのだろう。それも、一度前置きをしなければ尋ねにくい類の。

「それにしては自信満々と言うことは……つまり、輝夜さんは、処女なのですか?」
「あら、意外かしら?」
「ええまぁ、やはりかぐや姫と言えば五人の貴族の心を射止め、更には帝まで誑かし、とそういう系の逸話の印象が強いので」

 ははは、と笑って誤魔化してはいるが。
これには、さすがの輝夜も苦笑いで返す。それすらも、なんとも優美なものであるとはいえ。

「いい機会だから教えてあげるわ。男を夢中にさせるにはね、障子戸の向こうで髪でもかきあげてやれば十分なの。
 閨事にまで持ち込まなければ男の一人も落とせないなんて、三下もいいとこだわ。
 まぁ、私の域にまで達するにはやはり閨事の修練も必要では有るんだけど」
「おぉ……いいですねいいですね、剣の達人にとっては"抜かず"が一番の武器とか、そういう感じですかね」
「ふふ、そうね。武器を見せびらかすようでは、一流とは言えないわね。
 と言うわけで私は処女よ。斬るに値する殿方がいらっしゃるまでは、このままね」

 露出度の低い衣装に身を包み、楚々として微笑む姫君。
そのくるぶしやうなじが放つ色気は、確かに日々見せびらかしているようでは使えないものかも知れない。
私には足を出させるのになぁ、と膝丈に揃えられたスカートを着る鈴仙は、何処か納得の行かない気持ちで考えた。

「では、ひょっとして永琳先生も?」
「いいえ、私はそういう訳では有りませんよ。
 ただ万が一の事があっては大変なので、念のため同行しているのです。
 近づいたら暴れられてしまうから、見つかった際には遠くで待機ですね」
「ふむ、輝夜さんなら心配無さそうですが、世の中何が有るかわかりませんからね。
 気性の荒い獣らしいですし、まぁお気持ちは分かりますよ」

 にこにこと笑顔を見せる永琳に、文は笑って返す。
彼女は知らないのだ。「万が一」とはつまり、失敗した場合の風説の流布を危惧してである事を。
場合によっては、狂気の赤眼と薬矢のコンビネーションが、口さがない鴉を確実にシメるであろう事を。

 永琳の瞳が、スッと鈴仙へ流された。鈴仙は目をそらした。

「いやあ、しかし有り難い事もあったものですねえ。
 紙面の穴を埋めるためなんとはなしに入れておいた記事が、こんな大ネタを用意してくれるとは」
「あら、うちのイナバも居るけれど、この広い湖畔で一匹の獣を探すには記者さんの情報が頼りなんですもの。
 見つからなかったらネタにも何にもならないのだから、しっかり探してちょうだいね」
「ええ、ええ、勿論ですよ」

 そうとは露知らず、上機嫌な鴉天狗は僅かに草が茂る道を進む。
数十メートル先にも白く靄がかかる景色を眺め、鈴仙は本当にこんな中で真っ白なシルエットを探せるのかと首を傾げる。
結論から言えば、それは全くの杞憂であったが。

「あ、居ましたよ。あそこですね」

 白い霧の中で、日も浴びずになお輝く肢体。
なるほど、凶暴だ何だと言われている割にモチーフとして人気がある理由が良く分かる。
角を抜きにしたとしても、彼はその佇まいだけで美しい白馬であった。へえ、と感心するような声が上がる。

「いいわね、うん。思ってたよりも欲しくなったわ」

 なんやかんや、珍品逸品にも目がない輝夜である。
長生きの秘訣は多趣味だとは言うが、どうやらあの生物は彼女のお眼鏡に叶ったようであった。
野性の高貴さにあてられてか、纏う雰囲気が数段引き締まる。それだけで、珠なる美姫はこの世に顕現した。

「さぁ、いらっしゃい」

 優美な足取り。心を弾ませる微笑み。男も女も関係なく、飴色に蕩かすような声。
カメラを構えた天狗が、隣で生唾を飲む音が聞こえた。それは決して、ネタに対するものだけでは無い。
ああそうだ。こんな物は、障子戸越しで十分なのだ。こんな物を正面から直視してしまえば、きっと惚れるどころでは済まず。

 ユニコーンもまた、幽玄とした仕草で草を食んでいた顔を上げる。
夢中になって足を進ませ、美しき姫との会合へと向かっていく。





 「ええ、そうよ。そのままいらっしゃぽぅっ」

 ――そして一切足を止める事のないまま、その角を輝夜の腹部に突き刺した。


 ▲▼▲


 結末を確認した瞬間、すでに鴉天狗は駆け出していた。
頭を落とすが如く体勢を低く、身体をひねった勢いで地を蹴り助走を付けて、空へ。
永琳はその動きを正しく認識していた。弓を取り出し、矢をつがえ、弦を引く。
が、いかな天才でも、動作数から来る準備時間をゼロには出来ない。ましてや、つい先程まで"呑まれて"いた者は。

「優曇華ッ!」
「えっ、あっ」

 呆気に取られていた鈴仙が振り返る頃には、文は既に射程外へと舞い上がっていた。
仕方なしに、永琳は文へと矢を放つ。狙いすました切っ先は、文の身体に届く前に巻き起こった風に吹き飛ばされた。

「わはっ、わはははは! 甘ェんですよ、そうやすやすと由緒正しい幻想ブン屋を出し抜けると思っちゃあ!
 幾ら永琳先生のガードが硬くても、お弟子さんの殺気が隠しきれてなきゃね!」

 まさしく天狗となった鴉の嬌笑が、上空から響く。
仮にも幻想郷最速の女、今から飛翔して追いつけるかと言えば、少し厳しいか。

「ひゃああ、スクープじゃ、スクープじゃあ!
 題して『竹林の奥に潜む闇! 男を誑かす美姫の爛れた性活環境』で……きま……」

 だがそれも、追いつく必要があればの話。
カメラのロールを巻き直しながら飛ぶ文が、身体の違和感に顔をしかめた。
指先が、思うように動かない。いや舌先も、足も、そして翼も。

「お、おおお……」

 石のように硬直した身体を訝しむ暇も無く、重力に引かれて地面へと落ちて行く。
衝撃と顔に纏わり付く草の感覚の向こう、死が迫る足音が聞こえた。

「嗅ぐだけで効果の有る、即刻性の硬直薬よ。頑張って無味無臭に仕上げてみたの」
「お弟子さん要らないじゃ無いですかあ……」
「風で散らすのでは無く、ただ避けられていたら危なかったわ。
 賭けは嫌いなのよ、外れるかも知れないから」

 うごごごご、と諦め悪く藻掻くブン屋を縛り付け、永琳は主の元へ戻る。
お気に入りに穴を開けられた輝夜が、ぷりぷりと怒っていた。腹を貫通した傷は、既に治癒している。

「くっそー、どういう事よ! 私のどの辺が美しく清らかな乙女じゃないってーの!?」
「知らない内に大人の階段を登られていたのですね、姫様。まさか私にも悟らせないなんて、成長が喜ばしいですわ」
「んな訳あるか! 幾ら私でも、貫通済みだったらこんな自信満々で来やしないわよ。
 あいつの好みがおかしいんじゃないかしら? じゃなきゃ伝承が間違ってるとか……」

 どうあれ自分に非があるとは思わないんだなぁ、と。
諦めが半分入った形で、鈴仙は曖昧にユニコーンへと視線を移す。
姫の腹を貫いた際の荒々しさは何処へやら、我関せずと行った形で昼食に戻っていたが。


「はーっはっはっは! ざまぁ無いわね、永遠亭の!」


 霧の中に闖入者の高笑いが鳴り響き、うどん鍋に諦めのもう半分が投入された。

「この声は……誰、誰なの?」
「クックック、分からぬようなら教えてやろう。
 スカーレットデビル、永遠に紅い幼き月、カリスマの権化……貴様らに名乗る名は無い!」
「レミ……あれ、教えてくれるんじゃなかった!?」

 当人達にしか分からぬやりとりを終え、レミリアはそそくさと逆光煌めく木の上から下り、指を輝夜へと突き出す。
ついでにその隣には、メイド長・十六夜咲夜が日傘を持って控えて居た。

「いやぁ、毎回楽しそうですね」

 聞かなかったことに。

「そのユニコーンは我々紅魔館によって絆されるべき生物。まぁ、私が手を下すまでも無かったみたいだけど」
「なるほど……来るかなとは思っていたけれど、やはり来たわね。
 一角獣という珍獣を、珍しいもの好きのあなたがやすやすと見逃すはずは無いか。でも紅くないわよ?」
「確かに紅は最高の色……けれど、どんな色であれそれ一色となってしまっては、最高もクソも無いわ。
 私に咲夜が居るように、王者を引き立てるものと言うのは常に必要なのよ。その点、紅白は最高ね。おめでたいし」

 おめでたいのはこいつらの頭だよなぁと言う言葉を、鈴仙はどうにか飲み込んだ。
ともあれ、紅魔館陣営もユニコーン捕獲にチャレンジするつもりらしい。
これは面白くなってきたぞ、と草に包まれた文の目が輝く。薬の効き目で、まだ立ち上がれないようであったが。

「ふーん。でもこのユニコーン、一筋縄では行かないわよ。
 なにせ私の本気を持ってしても跳ね除けられた位だもの。ちょっとやそっとの清らかさで靡くとは思えないわね」
「どうせ一夏の思い出でも作ったのを、波打ち際に埋めたまま置き忘れてしまったんだろ? 長生きしてるとコレだから。
 その点、咲夜は違うぞ。なにせ処女の血にはちょっとうるさい"吸血鬼(わたしたち)"が認める一品物だ。
 品質保証の安心感が違う!」

 レミリアが言うには、処女にうるさい幻想生物ランク、一位が吸血鬼であり二位がユニコーンらしい。
まぁまずまともに取り合う必要が無い情報だとは思うが、そこまで言うなら咲夜が処女だと言うのは確かなのだろう。
不承不承といった体で、輝夜はユニコーンに向かう道を譲る。咲夜が、ユニコーンへと近づいていく。



「うわっ」

 そして普通に襲われたので、咲夜はひらりと身を翻した。


 ▲▼▲


「しゃしゃしゃしゃくやあああ!? どゆこと!?」
「輝夜さんに続き咲夜さんまで!? あぁっ、次々と明らかにされていく幻想少女達の性の実態!」

「いえその、落ち着いてくださいお二人とも」

 瞬く間に大わらわとなった空間を、メイド長が制止した。
もちろんおざなりな声掛けで止まるはずも無く、レミリアは胸ぐらを掴み上げる勢いで咲夜に詰め寄るのだが。

「ど、どこに落ち着ける理由があるってのよ! 一体誰とそんな事になってたの!? 優しくしてもらえたの!?」
「多分、お嬢様です」
「お嬢様!? どこのお嬢様だ、白玉楼か! あるいは稗田家!?
 確かにあいつの咲夜を見る目は何処かおかしいと前々から……」
「いえ、ですから」

 ぐい、と襟元を引き、メイド服の下から滑らかなうなじを露出させ。

「牙がメタファーで有るならば、最初に私の身体に傷を付けたのはお嬢様でしょう?
 ユニコーンが好むのは"処女"とも言えますが、本質的には"純潔"ですから。
 既にお嬢様のもので有る私では、駄目なのでは無いかなーと薄々思ってましたの」

 あー、と感心と呆れが入り混じった空気がその場に流れた。
確かに潔癖なユニコーンが悪魔のお手つきに手を出すかというと、どうにも考え辛い物がある。
最初からメイド長にいまいちやる気が感じられなかったのは、これが原因であったか。

「なんだ、それじゃ当たり前過ぎてあまり面白く有りませんね……
 『桃魔館24時! 夜な夜な悪魔の館で行われる淫らなサバト』の記事はボツにしましょう」
「そう、良かったわね。命拾い出来て」
「射命丸死しても報道は死にません。常に正しい情報を百倍に希釈して広めるのが我々の使命です。
 命を拾おうがネタが拾えなければ意味が無いんですよ!」

 そんな碌でもない主張を繰り広げているブン屋はさておくとして。

「これはチャンスよ、イナバ」
「えっ」
「どうやら向こうは咲夜以上の手札が無いらしいわ。
 レミリアはおぼこでしょうけど、毒婦(ヴァンプ)にユニコーンが靡くとも思えないし」
「いや、あの」

 口をもごもごとさせる鈴仙を無視し、輝夜はいざゆけと指をさす。
幻想郷に一角獣が現れたと言うのは、別に独占情報な訳では無い。
これ以上時間をかけていては、またレミリアのような闖入者が現れないとも限らない。

「そうなる前に、どうしたってあのユニコーンを絆さなければならないのよ。
 さぁ行きなさいイナバ! 大丈夫、処女は友達よ。恥ずべき事じゃ無いわ」
「いえ、ですから、ちょっと待って下さい」
「どうしたのよ。月のフニャチン共に、あんたに手を出す気概のある奴なんか居なかったでしょ?
 地上のイナバと子作りしてる所なんか見たこと無いし、浮いた話があるとしたら薬の行商を始めたここ最近くらい……」

 そこまで言って、輝夜ははたと気付いた。
そう、目を離すタイミングが無いわけでは無いのだ。
仕事中、それも全くこちらに気取らせないようにではあるが。可能性としては、ゼロでは無い。

「……まさか、イナバ」

 気まずそうに逸らされた兎の目が、何よりも雄弁に物語っている。

「だ、誰と! どうなって!」
「……最初の頃、まだあまりうちの薬が売れなくてへこんでた時に、初めてお客さんになってくれた人が居るんです。
 病気のお母様の為に、怪しくても安い薬が欲しかったらしいんですけど」
「その先!」
「看病もむなしく、お母様が亡くなってしまって。
 恨まれてもおかしく無いのに、『おふくろが笑顔で逝けたのはアンタ達のおかげだ、ありがとう』って感謝されて。
 その時、こう、お母様の代わりにはなれないけど、甘えさせてあげるくらいは出来るんじゃないかな……と」
「そう……いいえ、ハッキリさせましょう」

 目が笑ってない美人はとても怖いのだ、と言うことを今更ながらに鈴仙は思い知っていた。
今頃てゐ達は、仕事に一段落をつけてキャロットジュースでも飲んでいる頃だろうか。
羨ましいな、そっちに行きたいなと念じてみる。タイを掴まれたままで行けるはずも無いが。
形の良い、輝夜の桜色の唇が跳ねた。決定的な質問が鈴仙へと。


「ヤったのね?」
「……さ、先っちょだけ」


「そう言って本当に先っちょだけで済ませる男が居るなら、いっそ標本にでもしてやるわよッ!!」

 霧の中に輝夜の怒声が響き、葉を震わせて音を立てた。
レミリア達の視線がこちらに向いたのを感じる。ユニコーンは我関せずと水を飲んでいる。

「ああ、やっぱり。前一回、避妊薬が一つだけ足りないなーと思ったけど、あなたが飲んでたのね」
「ご、ごめんなさい」
「別に良いけど、あれは行為の一時間前に飲んでおくタイプだから、後になって飲んでもあんまり意味ないわよ」
「えっ」

 永琳師匠の言葉に、思わず真顔になった鈴仙が指折り数え始めた。
ひー、ふー、みーまで立てたその指を、輝夜がはたき落とす。乾いたいい音が響いた。

「しかも生か! 後のせ生ファックかッ!
 お前仕事中にそんな事してたんか、この発情のりこねウサギッ!」
「ぐええ、ひ、必要とされたかったんですぅ~……」
「それ完全に細くて長い男ぶら下げて満足しちゃうダメな女ルートじゃないのッ!
 まったく……別に永遠亭は恋愛禁止とか、そういう事は言わないわ。
 でもあんた、避妊と仕事はきっちりやりなさい。それは守るべき社会のルールよ。オーケィ?」
「お、おーけー……」

 一枚天井すらぶん投げる握力から繰り出されるアイアンクローに、半泣きになりながらも鈴仙は答えた。
「念のため、妊娠検査薬用意しとくわね」という師匠の気遣いが、有り難くも突き刺さるように痛い。
だから来たくなかったんだとしみじみと思う。新聞まで持ちだして調べたのも、あまり会いたくなかったからなのに。

「ねぇ咲夜、本当にあなたヤって無いのよね?」
「勿論です。お嬢様になら毎週処女検査をされたって構いません」
「それはそれでかなり引く発言ですねぇ」

 こちらの騒ぎを見て、多少なり危機感を感じたのだろうか。
血の味で分かると豪語していた割には、微妙にチキンな吸血鬼である。

 そしてまた一人。

「おいおい、なんだ。やけに賑やかじゃない」
「こーのー声は……」

 霧に映る影の向こうから、新たな人物の声がする。輝夜の懸念は、果たして大当たりであった。
声の主に心当たりがあるのだろう。彼女にしては珍しく、ひと目でわかりやすい程に表情が歪む。

「目当ては一角獣の美しさか、あるいは角か。なんにせよ、必要でも無いくせに。
 まったく、ヒトの持つ浅ましさはどこにいっても変わらないわね」

 目を向けた先には、蓬莱の人の形、藤原妹紅が不死鳥を従え立っていた。


 ▲▼▲


 ぶつかり合った視線が火花を散らす、と言うのは比喩でも何でも無い。
普段の輝夜であればもう少し余裕を持って返すし、それにより妹紅がまた逆上するのが常のはずだが。

「へぇ? 今日はご機嫌じゃないの、輝夜。手ひどく振られでもした?」

 今回ばかりはどうも、立場が逆転しているようであった。
蓬莱の薬の効果で傷は跡形も残っていないが、服まではそうも行かない。
丸く突き破られた腹の跡を見て、妹紅の目が愉快そうに細められる。

「これで良いのよ、欲しいと思った物は一回や二回袖にされるくらいじゃないとつまらないもの。
 何もかも金の力でどうにかなると思い込む方が恥ずかしいと思わない?」
「おう、言うねぇ。人の親を持ちだしたんだ、今日はもう朝まで付き合ってくれるってことで良いんだよなぁ!」

 妹紅を中心に熱気が爆ぜる。一面の霧が蒸発し、急に日差しを当てられたレミリアが焦げ始めた。
ブレイクダンスを始めた紅魔の主従を背景に、輝夜と妹紅が睨み合う。
ある意味では日常的な光景が、まさに火蓋を切られようとする。

「駄目ですよ、妹紅さん」

 それもまぁ、視線の間に割って入れるような剛の者が居なければであるが。

「先程、輝夜さんもおっしゃられていたでしょう。
 乳繰り合うなら、仕事が終わった後にして下さい。お金払ってるんですから」
「あら阿求。あんたも来たのね」
「あと、私も居るがな」

 稗田阿求に上白沢慧音。雇い主に静止され、渋々と妹紅も引き下がった。
やれ、人里の名家に守護者がこんな所まで来ていいのかと言うと。

「被害者は里の人間でしたからね。とは言え、軽傷で済んだ以上巫女に退治させるのも惜しい。
 ユニコーンの角があれば、いざと言う時に救える命があるかも知れませんから」
「なによ、あんたのご主人様こそ、ご利益目的なんじゃないの」
「阿求は私達と違って病弱なんだ。備えの一つくらいしてもおかしくないでしょ」
「はいはい、ワンワンワーン」
「……ちっ」

 まぁ、輝夜達と同じ様にユニコーンの話を聞き、絆そうというつもりらしい。
つまりは、ニューチャレンジャーというわけだ。そして永遠亭も紅魔館も挑戦権を失っている。
輝夜の瞳が、面白く無さそうにそっぽを向いた。

「まぁ、永琳先生がいらっしゃるなら私までは必要なかったかも知れないがね」
「妹紅さんと二人っきりでは、流石に止めきれませんでしたよ。
 慧音先生が居らっしゃるから、妹紅さんも自重したんだと思います」
「ふ、ふん! とは言え、あなた達にそう上手く絆せるかしら。
 なにせ、私の魅力でも落とし切れなかったんだから。ただ乙女なら良いって訳じゃないのよ」
「……あん? お前、処女だったの?」

 心底意外そうに妹紅が言う。
親を誑かされた(と認識している)彼女からすれば、もっと女の武器を活用しているイメージが強いのだろうか。
対して、輝夜は特に恥ずかしがる事も無く。

「当たり前じゃない。
 一晩を共にしたのに、身も心も全て私に捧げるのが生きがいにならない男性なんて居るはずないもの。
 死霊になっても私の為に働くような存在がまだ居ないのだから、自ずと処女だって分かるでしょう?」

 などと言うものだから、流石の妹紅も呆れて物も言えないのであった。

「だから不思議なんだけど、一体私の何処に不満が有るってのかしら。生意気な畜生ね」
「お前ってさぁ、意外とアホだよな」
「あんだと!?」
「考えてもみなさいよ。蓬莱の薬を飲み不老不死になった時点で、どんなに外面を取り繕おうと私達は穢れに満ちてるんだろ?
 幾ら何でも腹の中がヘドロの塊じゃあ、獣にゃ中身がバレるってものよ」
「……おぉ」

 確かに言われてみればその通りで、輝夜としても言い返す言葉が無い。
まぁ腹が立つ事は立つのだが、先に手を出すと言うのはプライドにも反するので。

「永琳、あなた気づかなかったの?」
「うわぁ、人に押し付けだした」
「黙りなさいイナバ。それでどうなのよ、あなたらしくも無い」
「……すみません、姫様。あまり確実な手段を考えますと、どうも不愉快な回答になりそうだったので」

 不愉快? 煮え切らない回答に輝夜は首をひねった。
どうにも、永琳にしては珍しい濁らせ方ではあるのだが、意味する所は語らないのだろう。
そうなってしまっては、輝夜としても口を割らせるのは難しい。
ずいと一歩前に出て、阿求が薄い胸を張る。

「何にせよ、お二方と違って私は正真正銘の清らかなる乙女と言うわけです。
 これ以上一角獣が人里を騒がす前に絆そうと思ったものの、人里に厩などなかなか有りませんのでね。
 それこそ、稗田のお屋敷くらいしか」
「まぁ、私達からは手の出しようも無いけれど……大丈夫なんでしょうね?」
「なぁに、この体は間違いなく処女ですよ。完全記憶能力を持つ私が言うんですから間違いありません。
 どれ、帰ったらお赤飯でも炊くとしましょうか。幻想郷縁起の項目も増やさなければなりませんね」
「さくやー、私運命が見える気がするわ」
「ははは、稗田阿求大勝利の運命ですか?
 まぁ見ててくださいよ、清純な乙女に加えて薄幸の令嬢属性、ここまでやってイチコロじゃない男性なんて居ません」

 山吹色の着物をしゃなりと揺蕩わせ、稗田阿求がユニコーンの元へと向かっていく。
妹紅も慧音も、その瞬間だけは近寄らぬようにしている風だが。

「最近は湖畔でビーチフラッグがブームなんですかねぇ」

 やっと薬が抜けてきた射命丸文が、身体を地面に横たえたままどうにか言葉を紡いだ。


 ▲▼▲


「阿求ー! 死ぬなー!」
「角、インジャリー……ぐふっ」

 まぁなんというか、大方の予想を裏切らない光景であった。
木の葉のように薙ぎ払われた稗田阿求は、今まさに目をゆっくりと閉じゆく途中にある。
虚空へと伸ばされた手が、ぽとりと落ちる。顎に手を当てて、慧音が呟いた。

「やはり『この身体は』の部分がまずかったのだろうか……」
「そんな事より、あの子死ぬわよ」
「大体の場合死神が慌てて魂を差し戻しに来るんだがな。永琳先生、治療してやってくれ」
「仕方ないわね」

 命に危機感が足りない世界だと、つくづくと思う。
やはり亡霊達の主の性格が影響しているのだろうか。それとも、幽冥の結界が無い作用か。
レミリアが細い腕を組み、難しい顔で唸った。

「それにしても、稗田乙女でも駄目とはね。
 いったいどんな乙女なら納得すると言うのかしら」

 湖畔に悠然と佇むユニコーンを眺めながら、溜息一つ。
近づきさえしなければ、霧の中でなお白金に輝く美しい光景なのだが……
これは処女にうるさい幻想生物ナンバーワンの座を返上しなければならない時も近いか?

「うーん、本当にアイツが気に入る処女なんか居るのかしら」
「おいおい何だ、そうそうたるメンバーが雁首揃えてずいぶん弱気だな。
 そんなんじゃまた、この私が全部もらって行っちまうぜ?」
「フッ、そうだったわね、私とした事がらしくない……って、魔理沙!」

 いやはや、こうして新たな闖入者が現れる事態にも慣れてきた。
星屑の筋を残し飛行する箒から降り立った霧雨魔理沙が、黒白の魔女帽のつばを引き上げる。

「ちょっと魔理沙、先に行かないでよ……うわ、また先客が一杯居るわね」
「アリスまで来たのか。全く、馬一頭相手に大したお祭り騒ぎね」
「先に来てた奴らに言われる筋合いは無いんだがなぁ。
 やれやれ、あちこち探しまわってやーっと見つけたぜ。どうにか間に合ったようで何よりだ」

 場に広がる惨状を見てもなお、魔理沙には自信が有る様子。
やや不安げな顔であたりを見回すアリス・マーガトロイドとは対照的に、その表情には不敵な笑みが満ちている。

「なんだ、アリスは参加しないのか?」
「遠慮しておくわ。どっちに転がったって恥ずかしいじゃないの。
 私はユニコーンをひと目見ておきたかっただけ。魔理沙だって止めたければ止めていいのよ?」

 都会派の魔法使いは、幻想処女決定戦と化してきたこの争いがお気に召さないらしい。
早々に不戦敗を表明すると、観戦側へと回る。

「ふむ……咲夜と阿求が膝をついた今、確かに魔理沙は本命だな。
 なまじ男っぽいしゃべり方をするものだから余計に処女臭さを醸し出している」
「ええ、朴念仁な年上に惹かれてるは良いものの本人もどっちかというと奥手だから、
 状況が全く進展しなくてやきもきしてそうな顔をしていますわね」

 紅魔主従の率直な感想に、がくりと魔理沙の肩が傾いた。
その騒ぎによって他の者達も魔理沙の乱入に気がついたのだろう。口々に警戒を掲げあう。

「魔理沙!? なんてことなの、好きな人が居眠りしているのを見つけてキスしてしまえと頭に声がよぎるのだけど、
 十五分くらい迷った挙句結局おでことかに妥協していそう!」
「魔理沙か……なるほど、お前ならやってくれそうだな。
 周囲の友人が自分より二歩三歩先の話をしはじめて必死に知ったかぶって話を合わせてそうだ」
「宴会の酔っぱらい連中に大事にとっておいたファーストキスを奪われてマジ泣きしてそう」

「お前らの中で私はどういうイメージなんだよッ!?」

 周囲のあんまりな言い様に、ついには魔理沙もマジおこ。ちなみに彼女のファーストキスの相手は幽々子である。
アルコールの波に流され、お互いに覚えていないが。

「どんなって言われてもねえ」
「勇気を持ってアプローチしたつもりがガンスルーされてそう」
「ポエムとかオリジナルのおまじないを書き溜めてそう」
「グリンピース食べられ無さそう」
「かわいそう」

「だぁ~から……おい誰だ今かわいそうっつった奴! それもうイメージでも何でもないだろうが!」

 サッと皆の目が伏せられる。霧雨魔理沙、豆ご飯はちょっと苦手。

 ともかく、ここまできた理由を果たさなければならない。
ギャラリーの数に若干ヒいたのか、アリスが「ねぇ、やっぱ止めない?」などと言ってくるが、ああまで言われて引くような回路を魔理沙は持っていないのだ。
割りとヤケっぱちなのは否定しない。

「ほら、こっちこい。なに、痛くしないからさ」

 手を広げ、警戒させないようにゆっくりとなんて悠長な真似はしない。
まるで友人に声をかけるような気安さで一息に近づいていく霧雨魔理沙は、股から掬い上げられ宙を舞った。
見る者に感嘆の息を漏らさせる、それはそれは見事な車田落ちであったという。


 ▲▼▲


「いやはや、死屍累々ですねぇ」
「あなたもさっきまでその一部でしたけどね」

 赤毛の死神に慌てて追い返されたのか、どうにかこうにか死の淵より蘇生した阿求が現状を見つめて呟いた。
それに答える天狗も、倒れ伏す者達の中に居たのだが。

「魔理沙さんは記事にしないのですか?」
「うーん、まぁしたいかしたくないかで言えばしたいのは山々なんですが」

 そう言って射命丸文は、頭から垂直に落ちた霧雨魔理沙を見る。
永琳の迅速な手当のお陰か、脳震盪などを起こす事もなく身体はピンピンとしているとはいえ。
だが、光も灯さぬ目で視点も虚ろ。

「嘘だろ……? いったいいつ……」

 などと両手を見ながらぶつぶつ呟いてる様は、とても健全とは言いがたいもので。

「ぶっちゃけガチ凹み過ぎてネタにもし辛いと言いますか」
「困っちゃいますよねぇ、軟弱で」

 文とて、一応は一人の女である。魔理沙の気持ちも分からないでもない。
むしろ阿求が精神的にタフすぎる気がするのだが、やはり破瓜も八回経験すれば慣れるものなのだろうか。ハカだけに。

「そう言う訳じゃ有りませんけど」

 相変わらず一定距離に近づかなければ我関せずの顔を貫く一角獣へ、稗田阿求は視線を向けた。
逆に言えば一定距離に入れば乙女以外を無差別に攻撃しだすと言う事なので、このまま放置出来るほど安全でも無いが。

「どうにも、セックスしたしない以外の条件が絡んでそうではないですか」
「あのう……記事にするにもですね、もうちょっと言い方が」
「あんなピンクポルノ紛いの記事を載せようと言う割に、何を恐れているというのですかね。
 色事、子作り、陰陽合一、言い換えた所で結局はセックスですよ。
 我々はいよいよセックスの話から逃がれられない所にまで追い詰められたのです」

 人差し指と中指の間に親指を差し込んだ拳を、阿求は天高く突き上げた。
小柄な身体の背一杯に、抑圧に負けぬ心が満ち満ちる。
追い詰めたのは誰か。それは勿論、霧の湖一帯を我が物顔で練り歩く、あの角の生えた白馬である。

「走馬灯を見ながら思い返して居ましたが、やはり今代の私にはセックスした記憶がございません。
 誰にも認識されず女性の膣に抜き差し出来る怪人でも居なければ、肉体的には清らかなままでしょうね」
「そんな、春画本でも無いんだから」
「分かりませんよ、少なくとも幻想としては一定の人口に膾炙しているのですし」

 なお、透明になったり豆粒大ほどになった男が色事を覗き見て回る、と言う話は江戸時代の頃には既に定番のネタであった。
幻想入りしてないとすれば、それは彼らがまだまだ人の想像から忘れ去られる事が無い証なのであろう。
それはともかく。

「魔理沙さんも、セックスなされた覚えはないと」
「当たり前だろ!?」
「と言うか、それを言うなら私や咲夜だってそうよ。
 まぁ、咲夜は悪魔の牙で貫かれてるし、私は蓬莱の薬がその代替だと言えるのかも知れないけど」

 輝夜が言うのは、つまり「穢れる」行為がどのようなものかである。
穢れとは何も、セックスだけの話では無い。死ぬ話、生まれる話にはどうしたって付き物になる。
八意永琳が押し黙ってしまったのは、どうにかユニコーンを絆さなければならない側からすると痛い話だ。
極論を言えば、紅魔館や永遠亭の者達には、飽き飽きして帰る選択肢も許されているのだから。

「やはり、一度情報を整理する必要がありそうですね」

 ユニコーンが何を求めていて、何を求めていないのか。
一同解散となってしまった後に、改めて話を聞いて回るのはかなりの骨だ。

「咲夜さんと輝夜さんは先ほど仰られた通り。
 私もまぁ、転生の契約がそうであると言えなくも無いかもしれません。
 しかし魔理沙さん、あなただけは代わりになる『何か』が思い当たらないのですよ」
「セッ……はしてないぞ……」
「そう赤くならずとも分かっています。
 魔理沙さんにあの森の中へ男を連れ込んでばっこんばっこんぬっぷぬっぷする気概があるなら、
 幻想郷はまたもう少し違った世界になっていたでしょうし」

 蝶の羽ばたきが風を吹かせて葬儀屋とカツラ屋を儲けさせるのであれば、腰の上下運動が巫女の有り様を変える可能性だってゼロでは無いだろう。
博霊の巫女が変わると言うことは、幻想郷が変わると言うことだ。それは、起こり得た幻想の話。
阿求が高尚な仮説を語っているのに、何故か魔理沙の表情は歪んだ。

「何でも良いのですよ、何か思い当たる事は有りませんか。
 里の男が供したお茶を飲んだら突然眠気が襲いかかったとか、
 里の男に博麗神社で売っていた札を貼られたとか、
 里の人気を集める為にマイクロビキニを着させられたとか」
「お前は春画本の読み過ぎだぜ」

 自分が住んでいる場所の男どもに、なにか思う所でも有るのだろうか。
ひょっとしたら幻想郷縁起を八雲紫が編纂していると言うのも、行き過ぎた欲望を食い止める為なのでは無かろうか。
がんばれ紫、と魔理沙は心の中でエールを送った。幻想郷の記録はお前の手に掛かっている。

「そうは言ってもな……私は毎日、夢日記だってちゃんと付けてるんだぜ?
 魔法使いにとっちゃ夢だって大事なリソースだからな」
「うわ、乙女だ」
「夢見る乙女だ」
「そんなだからグリンピース食べれないのよ」
「食えるよ! グリンピース馬鹿にすんなよ! 誰なんだよさっきからグリンピース推しの奴ッ!」

 咲夜だった。

「あ……でも待てよ、里の男にじゃないが、そう言えば一回紅茶を飲んだ後やけに早く眠くなった時が……」
「ほうっ! それは一体!?」
「食い付き過ぎなんだよ下がれよ」

 顔を近寄らせてくる阿求の肩を突き放し、魔理沙はポリポリと頬をかく。

「でもまぁ、あん時はお互い研究に行き詰まってて疲れてたし……
 ちょっと一息入れた後眠くなっても別に不思議じゃないんだよな。
 私が寝入っちまった後ずいぶん研究が進んだみたいで、お前はクマの付いた目で晴れやかな笑顔してたけどさ。
 なぁ、アリス」
「ほほほ、そうよね」

 同意を求めて視線を渡したが、向こうから帰ってくる事はなかった。
代わりに戻ってきたのは突きでた唇から出る吹けてない口笛の音だけであり、つまりは全力で胡散臭さを露呈していた。
そっ、と鈴仙が退路を塞ぐ。この際、道連れが居るに越したことは無い。

「ところでアリス。あの日お前んちに忘れてった靴下、どうしたっけ?」
「え? 身ぐるみは全部完璧に着させ直したはずなんだけど」


 ▲▼▲


「ごめんね魔理沙。そろそろ言わなきゃなーとは思ってはいたの」

 一段低くなった頭の位置から、謝罪の言葉が漏れて溢れた。
後ろ手に縛られた状態で、尖った砂利の転がる地面と脛を平行に合わせ。
そのままぴんと背筋を伸ばし、膝の上に手頃なサイズの石を乗せれば、自然の趣あふれるジャパニーズISHIDAKIの完成である。

「そうだなアリス。私は悲しい。だが、嬉しくもあるんだ。
 お前が本気で隠し通す気だったら、そもそもこんな所まで着いて来なかった。
 馬鹿みたいな誘導尋問に引っかかったのも、お前の心に僅かな友情が残っていたからだ。そうだろ?」
「そうね魔理沙。友人としてせめて石をどけてくれると嬉しいんだけど」
「そいつは今後の答え次第だな」

 故人曰く、友情とは誠実さが最も大切だと言う。
特に何も調べてないが、これだけ人類がいれば誰か一人くらいは同じような事を言っているだろう。
何にせよ、沙汰はここからの誠実さによって決まるのだ。
正直にいこう。心の中でそう唱えて、アリスはじっと魔理沙の目を見つめた。

「勘違いしないで欲しいのは、決して私が魔理沙に友情以上の感情を抱いているわけでは無いと言うことよ」
「ほう。だとしたら、何が目的だったんだ?」
「欲しかったのはあなたの心じゃない。処女膜だったの」

 ずしり。
膝に増した罪の重さを抱え、アリスは黄昏れる。
正直は美徳である。だが、この世には言い方というものがあった。

「さよならだアリス。変態と絆を交わす事は不可能だった。
 本来いるべき次元へと帰るがいい。君の仲間達がそこで待っている」
「違うのよ魔理沙。私は決して処女膜に性的興奮を覚える変態でも無いわ。
 ただ、煮詰まった研究を打破する為には新しい視点からの素材が必要だった。
 言わば私も、徹夜明けのテンションに踊らされた被害者の一人に過ぎないのよ」
「イナバ君、もう一枚持ってきてくれ」
「私が悪かったです魔理沙ぁ!」

 既に脛のライフポイントは限界に近い。
これ以上の無理を重ねればアリス・マーガトロイドの脚部パーツは改装を余儀なくされ、足なんて飾りですよと嘯かざるを得なくなるだろう。
ローキックは飾りではない。数々の幻想少女を地に沈めてきた、立派な凶器の一つだ。

「それで? 何を作ったんだよ、私のそれで」
「おや、理解を示してしまうのですか?」
「そりゃ、私だって魔道の端くれさ。時にはそういうのが、強いパワーを生み出す事だって知ってはいるよ。
 まさか私が使われる側になるとは思わなかったが」

 魔女とは本来そういうものだ。
あのパチュリー・ノーレッジとて、どうしてもそれしか無いとあれば奪う事を躊躇しないだろう。
世界のどの場所においても、処女信仰は根強い。ましてや、その証ともなれば。
アリスはこくりと頷いて、覚悟を決めたのか滔々と語りだした。

「あの頃は、新しい人形の開発が難航してたの。魂の母体となる者が私だけでは、パターンの広がりが限界に近づきつつあった。
 特に、ごく自然な"遊び"を取り入れる事が私を母体とした人形たちには不可能と言って良かったわ。
 マザーが必要だったのよ。不完全で、非効率的で、けれど力に溢れた人間の……」
「……待て。それは、まさか」

 目を伏せるアリスの背中から、一体の人形が顔を出す。
ドジっ子・エモーション搭載型人形第一号。死の茄子色ぷわぷわキューティクル。通称、大江戸爆薬からくり人形である。


「そう……あなたの子よ」
「オカーサーン」


 大江戸は母娘の感動の再会へと駆け出そうとし、足をもつれさせて爆発した。





「ううむ、結局分かった事は魔理沙さんにもそれらしい理由はある、と言う事実だけですか」

 爆発の後、とっさに妹紅の影に身を潜めていた稗田阿求がポツリと言った。
唯一、防ぎようも無く黒焦げになったアリスの遺体に手を合わせ、蓬莱山輝夜は考える。
まぁ彼女も妖怪なので数刻もすれば息を吹き返す事だろう。アフロで。

「ねぇ、魔理沙も駄目だった訳だけど。他に誰か挑戦してみる奴は居ないの?」

 あたりを見回してみても、新たな闖入者が来る様子はなかった。
単純に一角獣の噂を聞いて集まってきたのは、魔理沙達で最後と言う事だろうか。
こんな爆発が起きてなお、ユニコーンは悠然と湖畔の散歩を続けている。
水場に集まっていた他の動物達を押しのけて、我こそが獣の王だと言わんばかり。

「慧音先生とかどうなんですか? コメント、有りませんでしたけど」

 とにかく自分以外にも切り込み先が欲しい鈴仙が、まだ何も言っていない者へ切っ先を向ける。

「私か……私は生まれも育ちも幻想郷だったからな。
 半妖の子とは言え、そうあからさまに石を投げられていた訳でも無いんだよ」
「羨ましい話ね。それで?」
「普通に育っていれば、普通に恋愛もしたさ。妖の血のせいか、美人と評判だったしな。
 だが、結局はただの人間と半妖だ。どうなったかくらい言わずとも分かるだろう?」

 それは、時を隔てば隔てるほどに深くなっていく命の溝だ。
片や老い、片や若さを保ったまま活き活きと動き続ける。死別まで行かなくとも、どのような結末を迎えるかなど自明の理であり。

「だってさ、イナバ」
「……」

 見事にブーメランが突き刺さった形になる鈴仙の後頭部を、輝夜は軽くはたいた。

「ま、それ以前に男と女でもあったんだがな。私の場合は、そう言う事だ」

 何となく重くなった空気を振り払うように、慧音は手を叩く。
だが吸血鬼と人間。不老不死と妖怪。そして、稗田乙女。
いずれ決定的になる溝を覚悟して手を取った者達は、誰しも。

「……潮時、のようね」

 ずっと沈黙を保っていた永琳が、そろそろ傾きつつある天を見上げて言った。
草木は抉れ、美しかった景観と数名の友情に多大な傷跡を残し、得られた情報はほんの僅か。
挑戦者達は皆、すっかり顔を伏せてしまっている。唯一阿求だけは、こちらを見上げる元気があるようだが。

「しかし、それでは人里は」
「幻想郷でのルールを説いてもどうにもならないようであれば、博麗の巫女がどうにかするでしょう。
 それまでの間が問題と言うなら、不肖の弟子に傷薬を多く持たせておきます。
 角が惜しいのであれば、諦めなさい。必須の品と言うわけでもないでしょう?」
「それは……そうですが」

 稗田阿求に力は無い。知識はあるとしても、力不足をカバーできるだけの知恵もなかった。

「でも師匠、師匠には答えが解ってるんですよね?」
「けれどそれを教える事は、何も姫様の得にはならないわ。
 損になるわけでもないけれど、ご機嫌は損ねられてしまうでしょう。
 であるならば、私からは何も言わないわ」

 鈴仙・優曇華院・イナバにもまた、閂をかけられた口を割らせるだけの道理は無く。

「ま、そーね。ちょっとは楽しかったかな」
「うーん、色々納得行かない部分はあるけど、暇つぶしにはなったかしら」

 輝夜とレミリアの二人の主も、必要と言うよりは物見遊山。

「『――かくして、乙女の尊厳を賭けた戦いは幕を閉じたのであった』
 うーん、終わりとしては中途半端だけど、繋ぎにはそこそこ使えるかしら」

 射命丸文は最初から、経過だけに価値を見出しており。

「処女を求める聖獣かー……。
 見方によっちゃ、これほど迷惑な妖怪も早々居ないですよねー。女の子的に」

 かくして、少女達の挑戦は終わりを告げるのか。



 ――否。否否。



「待てよ」

 見に覚えのない娘と対面させられて、その数秒後に娘が爆発四散する惨劇から、霧雨魔理沙がすっくと立ち上がった。

「本当に良いのか、お前ら。こんな所で諦めちまってよ」

 笑みは不敵に、四肢は力に。ああ、全く不合理で、何の益も無い事だけれど。

「考えても見ろ。お前のお気に入りが、お前自身が、私ら纏めてビッチ扱いされたんだぞ?
 あのちょっと外見が良いだけの馬面野郎にだ」

 ユニコーンは純潔を好む。
ならば純潔で無ければ、女に価値は無いのだろうか。
ふざけるな、女の敵め。そう言ってやる資格すら、無いのだろうか。

「私は嫌だね。奴は絶対に、幻想郷(ここ)の女に絆させてやる」

 ああ、これは闘いだ。血飛沫が飛ぶようなものではなく、弾幕を散らすようなものでも無いが。
間違いなくこれは闘いなのだ。少なくとも、霧雨魔理沙にとってはそうだった。
そして、この言葉を聞いてる者達にとっても。自薦であれ他薦であれ、面白くないのは変わらないのだから。


「何か考えがあるのですか」
「あるには、ある。どう転ぶかは分からないけどな。とりあえず、人里に戻って場所を確保しといてくれないか。
 いくら何でも、ここじゃ他の奴らを来させるには遠すぎるからな。
 私の考えが上手く行けば、里までユニコーンを連れてこれる」

 連れてこれる。あの気難しいユニコーンをか。

「魔理沙さんは、どうするんです?」
「私か。私は、とりあえず」

 愉しそうな、けれど苦虫を噛み潰したような顔をして、一拍。


「とりあえず、一角獣以上に気難しい専門家を連れてこなきゃ行けないんだよな」


 なんとも複雑な表情をして、そう呟いた。


 ▲▼▲


 霧を抜け、人里に戻ってみれば、良く晴れた青い空である。
はてレミリアは大丈夫かとも思ったが、不意打ちでなければ問題は無いらしい。
従者にレースの日傘を持たせ、得意気に翼をピンと立たせていた。
広場の中心にある龍神像を覗いてみる。しばらく、雨は降りそうにない。
暖簾を掲げた蕎麦屋の向こうから、醤油と酒の混じった「かえし」を温め直す匂いがした。

「戻ってこれますかね、魔理沙さんは」

 既に昼。めいめいに団子や握り飯などをつまみながら、文がぽつりと呟く。
笹すし――川魚を炙って解し、酢飯と共に笹の葉で包んだもの――を喉奥に飲み込み、阿求は唇を少し舐めた。

「まぁ、駄目にしろ戻ってこない事は無いと思いますが」
「どうせ暇つぶしだし、私としてはどっちでも良いんだけどね。
 ただアイツは時折すごく面白い事をする時が有るから、パチェさえ怒らせなければ嫌いじゃないんだけど」

 レミリアはわざわざパラソルのついたテーブルを広げさせ、一人優雅にティータイムを楽しんでいる。
なんとまぁ協調性の無い昼休みだ、と言うには今更過ぎるかも知れないが、ただ咲夜が供するスコーンの香りは乙女の別腹に悪い。

「ま、そうねー。折角だし、永琳が解ってるらしい"答え"を考えてみるのも一興かしら」

 結局、この場に残る誰も彼もが、あの黒白の魔法使いに多少なり期待しているのだ。
霧雨魔理沙はいつだって言いにくい事を言ってのけ、己の力でやってみせようとする。
その在り方は、長く生きた者にとっては実に眩しい。今回の問題が、安々と照らして良い事かどうかは別枠として。

「案外、『実はメスでしたー』とかそういうオチだったり」

 鈴仙が呟いた一言に、ピシリと空間が凍った。

「あ、いや、えーっと……思いついただけですよ?」
「有り得なくは無いわね。唯でさえ幻想郷、女が多いし」
「待ってくれ。うぶな少年を用意すれば良いとして、その場合童貞と処女のどちらが尊重されるんだ?」
「慧音、下がって」

 音を立て立ち上がる慧音を、妹紅が制止する。
主の側で控える咲夜が、口元に手を当てて神妙な顔で言葉を返す。

「……精通前、と言うのもアリなのでは」
「!! そうか、その手が……」
「慧音、座ろう。でなければ私は、普段あなたが寺子屋で何をしているのか問いたださなければいけなくなる」
「さくやー、今日はお風呂一緒に入らないでね」

 崩れ落ちた従者を一瞥し、文は温かい茶を一口啜った。
紅魔館主従のゴシップなど日常茶飯事である。今更ネタにした所で、米で米を食う程度の変化でしかない。
ただ、記者の立場としてはあまり安易なオチが付かない方が有り難くはある。
事実を元に記事を書くとはいえ、ダイナミックな方が読者にはウケるのだ。
脚色をせずに面白い記事が書けるならば、それに越した事はない。


「どうも、その心配は必要無さそうですが」


 まるで文の心を読んだかのような一言が、晴天の下にちらつく紫髪の主から発せられた。

「あぁ、魔理沙さんの言う専門家とはあなたでしたか」
「……こんにちは。古明地、さとりです」

 永遠亭の住人達から「こいつ誰?」といった視線が彼女に対して注がれる。
仕方あるまい、霊夢や魔理沙達と付き合いが多ければ話を聞く事も有っただろうが、そうでなければ地底に住む妖怪と会う機会なんてそうそう無いはずだ。
阿求が覚り妖怪だと説明してやると、ああ、と得心したようであった。

「そうか、お前が古明地の姉の方か」

 ふぅん、とそう大して興味も無さそうな声でレミリアが言う。

「同じく妹に手を焼かされている身としては、一方的な共感があるがね」
「へぇ……? 家人には、あなたの方が手の掛かる人物と思われているようですが」
「当然だよ。私の方が偉いのだから」

 そして紅魔館の主は、ククク、と含み笑いを漏らしながら紅茶に口を付けた。
勢力のトップも数人集まっているだけあり、覚り妖怪への表面的な恐れは薄い。あからさまに嫌な顔をするのはあの兎くらいかと、さとりはつまらなさそうに嘆息する。
あの骨灰色の蓬莱人など、良い想起が取れそうなのだが……まぁ、虎の尾の上でタップダンスする趣味は無い。
怖い医者も居る事だし、さっさと用事を済ませてしまうべきだろう。

「それで、その心配は無いとはどういう」
「どうもこうもそのままですよ。こちらに来る前に見ておきましたが、彼はれっきとしたオスでした」
「と言う事は、結局私達の処女性を疑われていると。困りましたね」

 さして困ってもいない風に、阿求が肩を上げる。

「あ、ひょっとしてさとりさんに懐きました? 見るからに処女臭いですもんね、うん」
「『セックスする相手が居るならもう少し寝癖とかに気を使うでしょうし』、ですか。
 思念でも発言でも相変わらず失礼ですね、あなたは」
「稗田だしなぁ」
「あいつ、阿礼の頃からあんな感じだったわ」

 少し遠くで、古事記編纂の頃に関わっていた二人が囁き合う。
多少生まれ変わった程度では、根本的な性格は変わらないという事か。
さもありなん。さとりはげんなりと息を吐き、視線を後方に向ける。

「残念ですが、私にも懐いてくれませんでしたよ。
 『死臭がキツすぎる』と言われたのは流石に初めてなので、ちょっと落ち込んでるんですが」
「あぁ、灼熱地獄では怨霊の煙に燻されたハムのようなものですもんね。いや、ベーコンかな」
「どうあっても豚肉の加工食品な所に悪意が見え隠れしますね、稗田阿求。この鰹節」
「はっはっは、脂肪分ゼロですか。はっはっは」

 バチバチと火花を散らし合う二人をさて置いて。
いや、話の筋は未ださとりが握っているのでさて置けないのであった。仕方なく慧音が割って入る。

「ランプ」
「カルビ」
「二人共、人の胸や尻を指さして肉の部位を呼ぶのはやめよう。
 それより、魔理沙はどうしたんだ? てっきり、一緒に来るものだと思っていたんだが」
「あぁ、魔理沙さんでしたら、もうそろそろ着くかと」

 その返答に合わせたかのように、パカラ、パカラと蹄の音が人々のどよめきを切り分けた。
王者の風格を漂わせる白馬を先導し、霧雨魔理沙が星屑の跡を残して広場に降り立つ。

「ようよう、待たせたな」
「魔理沙! あなた、ユニコーンを手懐けられたの?」
「いいや? 手懐けてはいないぜ。ちょいとさとりに交渉してもらって、足を運ぶよう"お願い"しただけだ。
 幻想郷のルールや、博霊の巫女についても軽く話をしておいた。
 これで一応、見境無しに人間を傷つける事はしないはずだぜ」

 もっとも、警告を受けた上で近づく場合はその限りでも無いのだろうが。
とは言えこれで人里に入っても問題ない程度には分別が付いた、と言えない事もない。
気になるのは、交渉の内容であるが。

「さとりに対しては、私の蔵書から何冊か渡す事で合意してもらったよ」
「あら、まさかウチの図書館から持っていった本じゃないでしょうね」
「いくら私でもそこまではしないさ。厄介な本は向こうがお断りだろうしな。
 そんでユニコーンに関してだが……本人も、あまり良く分かっていないらしい。
 乙女を求めるのは、判断というより本能だからな。考えとしてまとまらなければ、流石のさとりにもどうしようもなかった。

 ただ、この『幻想郷の人妖』の誰かにに強く惹かれたのは間違いないみたいだぜ。
 そいつを見つけてくれるなら、角の一本くらいはくれてやるってさ」

 白銀の鬣をたなびかせ、一角獣は深く頷いた。鋭く尖った角先が、動きに合わせて真っ直ぐに風を切る。

「まぁ、詳しいことはさとりに聞いてくれ。実際に会話できるのはこいつだし」
「なるべくなら手早く済ませて欲しいですけどね。一度頷いてしまった以上、仕事は最後までこなしますよ」
「それじゃあ、早速なんだけど」

 はい、と永遠亭の姫から手が上がる。

「あなたに纏わり付く怨霊の匂いもそうだけど、私が拒否られた理由って本当に蓬莱の薬のせい?
 一応、ハッキリとさせておきたいのよね」
「ふむ、では……ほうほう、なるほど」

 輝夜の問いに対し、さとりはユニコーンへ耳をそばだててもっともらしく頷いた。近寄れないので、遠くから。
なお、数人の心から「お前が使うのは目だろ」という意見が上がったが、敢えてスルーする。
世の中、わかりやすいパフォーマンスも大切なのだ。

「『蓬莱の薬と言うのは知らないが、確かにお前は体内から穢れの臭いがする。
 だがそれ以上に、お前たち全員は女としての禁忌を犯している』……だそうですよ」

 禁忌とは。ずいぶん厳しい言葉が出てきたものだと、輝夜は唇を尖らせた。
分かっていた事だが、やはり直接言葉にされるようになるといっそう面白くない。

「あのう、姫様。何か怒ってませんか」
「怒ってる? いいえ、そんな事は無いわ。
 でも、禁忌を犯していない、この私よりもキレイな女とやらに興味はある。
 新難題『清純なる乙女』ね。あろうことか、この私に難題を持ちかけるなんて」

 こうも言われ放題となると、確かに魔理沙の言う通り、ギャフンと言わせてやろうという気持ちにもなってくる。
この幻想郷で最もキレイな女とは、どんな存在なのだろうか。
それは果たして、知ってる顔だろうか。一度くらいは顔を合わせた事がありそうだが。

「ふふふ、面白くなってきたじゃないの。
 確かにこの面白さは、永琳に答えを言ってもらったのでは味わえないわね。
 ところでユニコーン。あなたの自慢の角は、当然見つけた人物に贈呈されると思っていいのよね?」
「あ、おいおい、それは」
「『私としては、運命の彼女が見つかるならばなんでも構わない。
 競争の方が早く見つかるというなら、そうしよう』……だそうです」
「だってさ。これは魔理沙より早く見つけ出さなきゃ行けないわね、イナバ」
「って、私ですかぁ?」

 半ば「そうなるんだろうな」と思いつつも、鈴仙はトホホと溜息をついた。
留守番の名目で好き勝手に罠を仕掛けているだろうてゐの事が、本当に恨めしい。
どうせ、その罠にかかるのも全部自分なのだ。そして勿論、姫様はこの場から動かずにあんみつでもお召し上がりになるのだ。

「あら、競争だと言うならウチ以上に早い陣営はそう無いわよ。ねえ? 咲夜」
「お嬢様が仰られるのであれば、誇りにかけて」
「くっそー、そりゃあんまりだぜ。さとりを連れてきたのは私なのによ」
「ふふん、甘いわね魔理沙。世の中、勝ったもん勝ちなのよ」
「そのまんまでございます、お嬢様」

 多分「勝った者が正義」か「やったもん勝ち」が言いたかったのだろう。
頭を抱えしゃがみ込んだお嬢様の事は生温かくスルーして、咲夜は特有のエフェクトを残し姿を消した。
続けて、自身の主に尻を蹴飛ばされ不憫キャラの兎が走りだす。
常日頃からこの扱いでは、自分を頼ってくれる男に傾倒するのもむべなるかな。
幻想郷にホストクラブなどが出来た際、嵌まり込まないかが心配である。
魔理沙も慌てて、再び星屑の軌跡を残し飛翔した。遠巻きに見守る野次馬達が、一角獣の雄姿を見ようと次第に集まってくる。

「それで、私達はどうすれば良いんだ」
「一応、人里の心当たりくらいは当たってみましょうか。一角獣の見張りは、慧音先生と妹紅さんに任せます」
「ふーむ、それでは私は……おっと、良い事を思いつきましたよ」
「……ほうほう、それは面白いですね。それならば、こうした方が良いのでは……」

 ギャラリーを見ながら、射命丸文は何か思いついたらしい。
思念を読める古明地さとりとこそこそ何やら談合しあい、お互いにいやらしい笑みを浮かべる。

「どいつもこいつも、ロクな事をする気がしないんだよなぁ」

 この世は自分だけが頼りだと、妹紅は自身の膝の上に頬杖をついた。


 ▲▼▲


「あら……?」

 時を止め、他の誰よりも早く戻ってきた十六夜咲夜は、広場の野次馬達に違和感を覚え首を傾げた。
なんというか、熱気の質が違う。つい先程は怯えの混じった怖いもの見たさが含まれていたのに、今は下卑た……と言うと言葉が悪いが、如何にもな「野次馬」なのである。

「これは、少し悪いことをしてしまったかしら」

 静止した空間の中で、肩に担いだ"荷物"の事を思い咲夜は少し唇を尖らせる。
とは言え、お嬢様の言う事は絶対だ。まぁ、張り合う相手が居なければしばしばお茶目な事をしている自覚もあるが、他陣営との競争であるならそうも行かぬ。
気分は少し山賊風。ニンニクを効かせた、お嬢様には食べさせられない一品である。

「まぁ、遅かれ早かれ、皆この騒動に巻き込まれるわよね」

 閻魔様が居れば説教の一つでも行うのであろうが、あいにくこの身は悪魔の犬だ。
人垣の頭上を軽やかに飛び越えて、咲夜は時間の停止を解除した。



「やぁやぁ紳士淑女の皆様! 我こそはと思う人、いやさ他薦でも構いません! ぜひ前に前に――」
「ただいま」
「うわっ! ……っとっと、咲夜さんでしたか。さすが、一番乗りですね」

 かかった時間としては数分程度だろうか。
人里を見て回るだけとは言え、常に時間を止め続けられる訳でもなし。聞き込み等もしていれば、その位には針は過ぎる。

「……あいたっ! えっ? 何? どこ?」

 肩に抱えてきた荷物が、ずり落ちて目を白黒とさせた。
空間を広げる要領と一緒で、時間さえ止めていれば重さは気にせずに済むのだが。
能力を解除するとなると、流石に一人分の体重はこの細腕では支えきれない。まぁ知った相手だ、受け身くらい勝手に取るだろうし。

「ははあ、なるほど。妖夢さんで来ましたか」
「えぇ、丁度その辺に居ましたので」
「文さん? 咲夜さん? あの、ちょっと説明を……」

 緑衣に身を包んだ半人半霊の剣士が、状況を掴めずに視線を右へ左へと動かした。
まぁ、ここに至るまでのすったもんだを丁寧に話してやることも無いだろう。結局、物事は一言で済むのだから。

「処女を探してますの」
「……」

 なんという事でしょう、子犬のように首を回していた半人前が、牙剥く猛犬へと早変わり。
警戒心を目一杯に浮かべ、二刀を抜き構えた状態で、妖夢はじりじりと距離を取る。
自分、そんなにレズっぽいだろうかと、咲夜が首をかしげ。

「いえいえ、私達が、じゃ無いですよ? 彼を大人しくさせられる者を探しているんです」

 慌てて割り込んできた文が、飼葉を毟る一角獣を指さした。
相も変わらず、周囲に人を近寄らせない円を描き、傲岸不遜な顔付きで陽光を浴びて煌めいている。

「彼のお気に召す女の子を探している、と言う訳でして。
 どうですかね、解説のレミリアさん。妖夢さんの処女力は」
「『おしゃれにうつつを抜かす暇なんて有りませんし』と言わんばかりのおかっぱ頭に、女主人と白玉ばかりの労働環境。
 毎日の激務で出会いの機会も少なく、仮に有っても剣士としてのプライドが邪魔をする。
 そうこうしている内に十年過ぎ二十年過ぎ、あれこれひょっとしてヤバいんじゃないのと焦り出す未来が見えてくるような……
 ふふ、流石は咲夜だわ、納得のチョイスね」
「光栄ですわ、お嬢様」
「碌でもないなぁ、もう!」

 どういう訳か、周囲の人混みからレミリアに向かってパチパチと軽い拍手が送られた。
なぜ自分は、いきなり拉致られた上にディスられているのだろう。妖夢は理不尽を苦々しく噛み締め、頭を抱えた。
付き合ってられんとばかりに腰を上げ、元いた場所に戻ろうと踵を返す。
唯でさえ今日は貴重な休日なのだ。こんなくだらぬ催し物に関わって、疲れている暇など無い。

「いいえ、私はそうは思わないわね」

 その背中を、凛とした声が打つ。
目を伏せ、人のざわめきと言う水面に石を投げ込んだのは、果たして蓬莱山輝夜であった。

「それはどういう事でしょう、解説の輝夜さん」
「解説二人も居るのかよ……」

 文に集音器を向けられて、永遠の姫が立ち上がる。長い黒髪が、晴天の下で揺らめく。

「あの子をよく見てみなさい。確かに胸は無いけれど、腰や太ももといったつくべき場所に肉はついている。
 幼児体型とは訳が違うの。顔も美人系だし、異性として好みだと言う殿方も居るでしょうね。
 それに、銀の混じった髪は傷んでるとひと目で分かるわ。なのにサラッとしてて、実に触り心地が良さそうじゃない。
 無骨に切り揃えられてはいるけれど、トリートメント自体は真面目にやっているんじゃない?」

 ピタリ、と妖夢の足が止まった。
ああ、髪は女の命、と言う言葉くらい自分だって知っている。
主が手櫛を入れる際、つっかかったりしないようにマメに手入れしている事も、確かに事実だ。

「鞘に添えられた花の枝にも、彼女なりのおしゃれがにじみ出ているわ。
 おしゃれに興味が無いんじゃない、やり方が分からないんじゃないかしら? 中々いじらしいじゃないの」

 それもまた、図星。あまり言及される機会の無い分、少し嬉しくも有ったり。
折を見ては、女の子らしくしろ女の子らしくしろと言われる家中の事を思い出す。
そう、自分は決して、興味を持てない訳では無いのだ。ただ、フリフリとかはちょっと趣味じゃないだけで。

「つまり……一言でまとめるなら?」

 文の微かに震えた声が、輝夜の発言の先を促す。
輝夜は一度、優美な動作で髪を掻き分けて、ビシリと緑衣の剣士を指さした。

「魂魄妖夢――既に、色を知る歳ね!」

「でもその結論は違いますからねッ!!」

 おおお、と野次馬から歓声が上がる。立ち去ろうとしていた妖夢が、赤ら顔で振り返って叫んだ。
仮におしゃれをするとしても、別に男性の気を引くためでも無いし。
少しばかり、女の子として健全な羨望があるだけだ。そこまで言われる謂れは無い。

「確かにあなた、一時期髪型を変えていた事が有ったわね……
 あれが言わば妖夢mkⅡ、男を知った妖夢と言う事だったのかしら」
「咲夜さんまで」

 真顔で逡巡する咲夜へと、妖夢はげんなり振り向いた。

「ちなみにその場合、相手は誰になるんです?」
「さあ? でも色情霊とか言われるのも居るんだし、ちんこついてる霊の一つや二つくらい居るんじゃないかしら」
「ほう、つまり職場恋愛であると」
「こっちもこっちで好き勝手な風聞が広がっていく~」

 ギギギと歯を軋ませ、妖夢は必死に崩れ落ちそうになる膝を支える。
そう、見ろあのブン屋の目を。ここでムキになっては思う壺だ。
「否定したかったら一角獣を手懐けてみせろ」とでも言ってくるつもりなのだろう。

「さぁさぁ、それでは妖夢さん。あまりお時間は取らせませんので……」
「付き合いませんからね。結局、どっちに転んだって恥ずかしいじゃないですか。
 人の噂も七十五日、どうぞ好きなように考えてくださって構いませんから」

 ふん、と鼻を鳴らして、妖夢は人垣の外へ飛翔しようとした。

「……賞品、米十俵」

 今にも飛び立とうとしていた足が、ぴくりと固まる。

「さらに副賞として、紅魔ブランドのビンテージワイン1樽を」

 妖夢が耳をそばだてるのを、文の目は決して見逃さない。
そっと震える肩に手をおき、髪が触れ合うほどに近くで囁いた。

「今なら参加賞で、永遠亭のおみやげとして売っている月まんじゅうも付いてきますが」
「くっ……殺せ……!」

 必死に折れぬよう力を込めていた膝が、ついに屈する。
白玉楼で働くものにとって、甘味ほど貴重な物はない。なぜなら主が全部食べてしまうから。
彼らが甘味を口にするには、人里に繰り出してその場で食べるしか無いのである。
月まんじゅう。ふわふわの黄色い生地とカスタードクリームを月に見立てた、乙女垂涎のひと品。
ちなみに、他は幽霊なので食物を摂るのは妖夢のみなのだが。

「ところで、いつの間に副賞をお出しになられたのですか?」
「いや、ブン屋から『連れて来られた人にもメリットがないと』って言われて……駄目だった?」

 裏でこそこそと耳打ちしあってる紅魔の主従は置いておくとして。

「……良いでしょう。これも試練と言うのなら、この剣で乗り越えてみせましょう」

 改めて、悠々と佇むユニコーンの方を向き、妖夢は白楼剣を抜きはなった。
まさかの抜刀に、周辺に居た人達も一歩後ずさる。

「いや、ちょっ……妖夢さん?」
「大丈夫です、分かっています。要は処女が大人しくさせれば良いんでしょう?
 相手も獣です。獣なら強さには素直なはずです」
「ダメだこの人、肝心の部分が何も分かっちゃいねえ!」

 あちゃあ、と文が額に手を当てた。
その合間にも、妖夢は双刀を構えてジリジリと間合いを詰めていく。
剣呑な雰囲気を感じ取ったか、流石のユニコーンも角先を妖夢に向かせ、やや警戒態勢を取る。

(油断の出来ない手合だ)

 実のところ、魂魄妖夢は刀を抜いた瞬間から焦げ付くような剣気を感じ取っていた。
そもそも力ずくでどうにかなるのであれば、わざわざ処女を用意してやる必要もない。
西洋にだって、何事もそうやって済ませようとする手合が一定数居ただろう。名誉の為に、己の力だけで事を為そうとした狩人も居ただろう。
だが、角を掠め取る事は出来ても一角獣の亡骸を殺して連れ帰った者の名は聞かない。……それが、答え。

(お爺様も喜ぶかもしれない)

 ――時間が鈍化する。完全に、一人と一匹の間で、空気は停止していた。
安全だと勘違いしたのか、雀が一匹、間に割って入りながら米俵へと飛んでいく。
黒々とした眼が、ほんの一瞬、雀が飛ぶ先にむけられる。

「白玉楼庭師、魂魄妖夢――参ぷぎゅっ!」

 白刃一閃、神速の踏み込みで駆け出した妖夢は、その勢いのままに顔に馬蹄形のスタンプを刻み、仰向けに転がった。


 ▲▼▲


 広場に敷かれたござの上、「退場者」と書かれた看板の側に、三角座りで口元をもそもそと動かす人物の影がある。
まぁ、魂魄妖夢であった。近寄りがたいオーラを漂わせ、膝で赤く痣の付いた顔を隠す。
そんなキノコでも生えて来そうな一角はさて置き。

「いやぁー、という訳で、妖夢さんもまさかの退場な訳ですが……
 ちょっと先にユニコーンさんの方に話を聞いてみましょうか、通訳のさとりさん?」
「はい、通訳担当のさとりです……ふむふむ。
 『素早い踏み込みだった、もう一歩深く切りこまれて居れば、どうなっていたかは分からなかった』と」
「あ、いえ勝利者インタビューじゃないんで。女の子としてどう思ったかを」
「『半霊はちょっと無いなー』だそうです」
「ですよねー」

 文の大げさなエモーションに合わせ、ござの上の暗さが三割ほど増した気がした。
今にも腹を切るんじゃないかと心配になるような声で、膝越しに声が掛けられる。

「あの、私もう帰っていいですか。さっきまで友人と一緒に居たんですよ」
「へぇー、あんた一緒に遊ぶような友達居たんだ。
 何よ咲夜、その子も一緒に連れてくればよかったじゃない」
「ええ、そうしても良かったのですが」

 混じりっけない感心の言葉がレミリアから発せられ、妖夢は更に沈み込んだ。
敬愛するお嬢様のお言葉ではあるが、咲夜はそっけなく首を振る。

「早苗さんでしたので」
「そっか、早苗じゃ仕方ないわね」
「それは無理そうね」

 隣に座る輝夜を含めた三人が無事合意を形成し、妖夢の隣にエア早苗が置かれる事となった。
乳のデカい巫女に清純さを期待するなど、泥棒に金庫の鍵を預けるような物ではないか。
かつての幻想郷縁起にもそう書かれていたと伝えられ、つまり幻想郷においては間違えようもなく事実である。

「って、ちょっと待ったー!」

 なんてことだ、野性のエア早苗が襲いかかってきた。

「エアじゃ無いです! 流石にその扱いは酷すぎませんか? 私の話、巨乳じゃ仕方ないだけで終了ですか!?」
「だってあなた、神ガー&マニーのビッチっぽい方じゃない」
「清純派アイドル並の清純具合よね」
「違います! ビッチでも派でも無いですから!」
「じゃあ清純なの?」
「……ともかく!」

 息を切らせて飛び込んできた東風谷早苗が、話をチョップで両断する。
茶屋で甘味でもと話していた内に、いきなり目の前で消え失せた妖夢を探しここまで飛翔してきたらしい。
早苗はビシリと親指で自分を指し示し、米俵に使われている稲わらに興味を惹かれたらしいユニコーンへ向かう。

「私だって、神に仕える身の上です。相手が処女厨ならばこの清廉な身体でおぷばっ」
「はい、次の人ー」

 ああ、早苗が往く。後ろ蹴りが腹部に当たり、うずくまったまま永琳に引きずられ。
もちろん馬の脚力は馬鹿にならないので、モロに食らうと内蔵までやられる可能性がある。
顎を打たれた時なんかはもう悲惨だ、気を付けよう。早苗には二柱の加護があるから、まあ大丈夫であろうが。


「……おや、流石は時を止める程度の能力。この程度の距離でも先を越されましたか」


 そこへ、鈴の鳴るような声が一つ。

「わぁー、すごい、本物のユニコーンだわ。尻尾の毛で筆とか作れないかしら」
「うーん、折角の純白の毛を墨で染めてしまうのももったいないと思うけど。流石小鈴、目の付け所が違うわね」

 本居小鈴を連れ立って、稗田阿求が戻ってくる。
小さな足音がペタペタと響き、顔見知りらしい野次馬の何人かが驚いた顔を作った。
そうとも知らず、小鈴は無邪気に喜びながら阿求に手を引かれていく。人の輪の、中へ。

「凄いじゃない阿求! これ、あなたが絆したの?」
「え? まだ誰も手懐けていないわよ?」
「えっ」

 興奮気味に駆け寄ろうとしていた小鈴の笑顔が、瞬間冷凍される。

「だから、もし上手く絆すことが出来たらあなたの功績よ。頑張ってね、小鈴」
「いやいやいやいや」

 表情を凍りつかせたままにすり足で後ずさった背が、人の誰かにぶつかった。
ああ、輪になった野次馬達が、剣闘士を囲むリングにすら見える。
そうとは知らぬ内に、いつの間にか土俵に上げられていたのだと、小鈴はこの時になって初めて気付いた。

「え? でもほら、凶暴だって言うよね?」
「永琳先生が居るから大丈夫よ。傷跡一つ残らないわ」
「傷がつく前提じゃないやだー!」

 この親友はなぜ偶にあっさりと無茶を行い、そしてそれを他人にも要求する事が出来るのだろう。
そしてなぜ、自分はそれに巻き込まれているのだろう。てゆーかなんでこいつと友人なんだっけ。小鈴は首を傾げた。

「……なんて、冗談よ。見境なく暴れるようなら、幾らなんでも人里に立ち入らせなんてしないわ。
 こっちから近づかなければ危害を加えられる事も無いから、とりあえず認識される所まで行って来なさい」

 ドンッと、件の自称親友は笑顔で背中を蹴り出してくれる。
いつかあいつの歯磨き粉を乾燥わさびと入れ替えてやろうと決意して、小鈴は一人獣の王の前に立つ。

「ぴぃぃ」
「……阿求さん、あの子は?」
「貸本屋の本居小鈴ですよ。まぁ、目立った能力を持つ子では有りませんが」
「ふーむ。とりあえず若くて柔らかくて、それなりに旨そうではある」
「でもなーんか態度が引っかかるのよねー。あの年齢だし、別に処女だとしてもおかしくないんだけど。
 あなた自身、どこか期待してない感じがするわ、阿求」
「おや、流石に分かりますか?」

 恐る恐る近づいて行く小鈴には聞こえない程度の声で、阿求は輝夜の問いかけへと返した。
ユニコーンもようやく米俵から目を離し、近づいてくる両結びの少女を認識したらしい。
黒々とした瞳に見据えられ、がちがちに固まっている。

「実は、一つ仮説が有るのですよ。それを確かめるのにうってつけだったので」
「……友達は大切にしなさいよ」
「いやはや、実感のこもった言葉です。羨ましいですね、多少乱暴に扱っても壊れない友人と言うのは」

 眉をしかめて、輝夜が阿求の頭を軽くはたく。

「とにかく、見てて下さいな」

 そっ、と小鈴が更に一歩踏みだそうとした所で、ユニコーンが大きく嘶いた。
俵に集まっていた雀達が一目散に離散していく。それと同じように、小鈴の姿もあった。

「だめだめ。だめっぽい」
「よしよし、よく頑張ったわ。まぁ私と同じように生死の境目を彷徨わなくて良かったわね」
「あなた、また死にかけてたの!?」
「大丈夫よ、死神には追い返されるから」

 小鈴の範疇でそれは大丈夫とは言わないが、稗田乙女にとっては違うらしい。
友人としてもそのような危険な事は控えて欲しいのだが、あまり聞き入れられた試しもなかった。
知己を置いて"いく"事に慣れ過ぎているのだ、この友人は。
たまに見える――本当に、極僅かな幅の――けれど決定的な溝が、本居小鈴の胸を締め付ける。

 そんな事とは全く関係なく下世話な話が進むのであるが。

「でもこれで、小鈴も清純で無い事が実証されてしまったのね」
「えっ!?」
「よよよ、悲しいわ。一体どこで大人の遊びを覚えてきたのかしら」
「ちょ、ちょっと、あの……」

 ざわざわ、ざわざわと。
小鈴と顔見知りらしい者達を中心に、ざわめきか広がっていく。
子供らしさを残したぷくりと柔らかな頬が、林檎のように赤く染まっていった。
袖で口元を隠して、阿求は笑っている。仕方がないかと、輝夜が一つ溜息を吐いた。

「阿求」
「なんでしょう?」
「あなた、知ってたでしょう」

 姫の声は、そこまで大きくはない。
けれどその声は、まるで紅が水を染め上げるが如く周囲に染み渡る不思議な音色である。
やがて、ざわめきもしんと収まった。稗田阿求は、答えなかった。

「さて? とにかくユニコーン殿の言い分を聞いてみなくては。
 もしもし、かがみよかがみよかがみさん?」
「さとりです。……ふむ、そうですか。やはり彼女でも、禁忌を犯していると」
「禁忌、また禁忌ですよ。ほう」

 梟のように一つ。含みのある声である。

「彼の言う禁忌って何でしょうね?」
「さあねぇ。永琳は分かってるみたいだけど、言うつもりは無いようだし。
 一つ分かっているのは、男性との性交や、それに値する何かって事よね」
「セックスです」
「……閨事のような」
「セックスですよ」

 どうにもこの稗田は、周囲がぼかした言い方をするのが気に入らないらしい。
呆れ顔で首を振る輝夜の顔が、仄かに赤らむ。仲間内だけならばともかく、公衆の面前なのだ。

「いえいえ、私とて何も趣味だけで口にしてる訳では有りません。こう言わなければ分かり辛い事が多々あるんですよ。
 セックスには頭がつきます。オーラルセックス、アナルセックス。もちろん、ホモセックスやレズセックスでも」
「私はいい加減、この話のレーティングが気になってきたわ」
「駄目ですよ、目を逸らしては。そこで話題を避けるから、分かりにくくなるんです」

 阿求の菖蒲色の眼が、油を垂らしたようにギラついていた。
小鈴が「ちょっと、阿求」と袖を引く。それでも、藤の花の数すら覚えきる目が、永遠の姫を見つめ続けていた。

「例えば、妹紅さんの話をしましょうか」
「……なんでそこで妹紅が出てくるのよ」
「他意もありますけど。まぁ、聞いて下さいな。
 妹紅さんが男の権兵衛と恋に落ち、来る日も来る日も肉欲に溺れている。
 それこそ、あなたとの殺し合いですら興が乗らぬほどに。どうです? 面白くないでしょう?」

 ぐ、と輝夜は言葉につまった。あの妹紅が知らぬ男に熱を上げ、こちらが如何に挑発してもナシの礫。
あるいは愉快かとも思ったが、想像するだに胆には暗い苦味が渦巻いた。永琳が目を伏せる。

「では、仮に女同士であったなら? 後ろの穴ならセーフ? 口淫ばっかりしてて実はまだ処女?
 もしくは、そのお相手が既に故人だったなら――
 さて、さてさて。どうでしょう。果たして"そういう問題"ですかね?」

 何までは許容して、何からは許さぬか。その線引は、法ではなく個人の範疇にあり。
だからこそ許さぬとなればどこまでも許されぬのだと、阿求は言う。

「永琳先生ならあるいは許容出来たかも知れない。永劫の時間が、いつか彼女をあなたの手元に返すでしょうから。

 でも、藤原妹紅だけは駄目だ。

 彼女だけはいつだってどこだって、互いが求めたら互いの肉体を燃やし尽くして潰し尽くして気を晴らす関係で無ければ駄目だ。
 不死の穢れとか、正直些事ですよ。そういう関係の相手が居る時点で、あなた達は彼の"対象外"なのではないでしょうか」

 もちろん、私に馬の気持ちが分かる訳は有りませんが、と阿求は肩をすくめた。
蓬莱山輝夜に答えはない。もし八意永琳が同じ問いに解答を出したのなら、面白いはずが無いと分かっているからだ。
彼女が自分から認める訳が無いと、理解しているからだ。

 だって彼女は、月の姫が本気で惚れさせた唯一の……。

「断言しますが、小鈴は処女です。処女膜だって、しっかりと存在しています。
 けれど、彼はきっとこう思ったのでしょう。『――だから何?』と。
 彼は許容しない。本能レベルで妥協が出来ない。未来過去現在、自分だけを愛してくれる可能性を求めている。
 穢れ無き女ではなく、穢れ無き愛、穢れ無き絆を。それが私の仮説なのですが……さて、どうでしょうね」

 永遠の姫さえ飲み込んで、阿礼乙女がくすりと笑う。
帳のように閉じられた、奇妙な沈黙を焼き払ったのは不死鳥が上げた一言であった。


 ▲▼▲


「阿求、ちょっと良いか」
「ふむ、何か穴でもありましたか。ああ穴と言っても」
「言わんでいい。それよりだな」

 妹紅は頬を掻く。そのまま少し言い難い事を口にする時のように、唇を二、三動かした。

「お前の言い方だと、小鈴がレズセックスかましたのをお前がよく把握しているように聞こえるんだが」
「誰でしょうね。鉄棒ぬらぬら先生の著作を片手に顔を赤くしながら行為の意味を聞きに来た小鈴にムラっときて、
 つい手とり腰とり教えてしまった馬鹿は」
「慧音、犯人確保」

 子供の道を文字通り叩き直すと評判の教師が後ろの脇から手を回し、小柄な身体を担ぎ上げる。
牛乳(うしちち)に後頭部を圧迫されながら、阿求は不平の声を漏らした。

「待って下さい、これは違います」
「何がどう違うんだ?」
「実は私も、徹夜明けのテンションに踊らされた被害者の一人に過ぎないのです」
「分かった、天丼は自費で食え」
「聞きましたか皆さん! 里では幼い子供に飯も与えぬような過酷な取り調べが日夜行われています!
 構造的改革を! 我々に海老を! 今こそ、政権交代の時――……」

 革命を求める虚しい声を響かせながら、稗田阿求の姿が路地裏へと消えていく。
その後、路地から石が頭蓋骨を打ち鳴らしたかの如き凄まじい音が聞こえ、上白沢慧音だけが戻ってきた。
憎まれ口を叩き合う気も削がれているのだろう。ややげんなりとした表情で、妹紅は輝夜に声を掛ける。

「……まぁ、なんだ。あいつの言う事はそんな気にしちゃ駄目よ」
「むしろその言葉は小鈴にこそかけてあげるべきじゃない?」
「それもそうだな」

 凄惨な自爆テロにより、群衆の真っ只中でちょっとエッチな事への興味を暴露された小鈴は、もはや路上で完全にうずくまったトマトと化していた。
ならば声を掛けた所で聞こえはしないだろう。せめてもの情けとして、ござの上へと動かしてやった。

「まだ続くのかねぇ、この限りなく何も産み出さない戦いは」

 増えていく三角座りの小山を眺め、暗澹とした気持ちで妹紅が言う。

「でも、やっぱり減るのよ。女の尊厳って」
「そうかも知れないけど」

 尊厳を失うというのなら、今の状況こそ尊厳をドブ川で洗い流しているような状況だと思うのだが。

「私としては、メシが旨い気持ちで一杯ですよ?」
「まぁ、あんたはそうよね」

 いつの間にか近くに寄って来ていた、紫髪の頭を軽く叩きつつ妹紅は溜息を吐く。
なんと言うか、切実に煙草が欲しい。寺子屋をやっている慧音に煙の臭いを移すわけにも行かず、折角吸う機会も少なくなっていったと言うのに。
だが今、妹紅は辛味のある燻煙をたっぷり口腔に流し込み、苦々しさとともに吐き出してやりたい気分であった。

「しなびた顔してるな」
「せめて、疲れたって言って欲しいもんだわ。そういうお前はいつ頃戻ってきてたんだい、魔理沙」
「そこの姫様がやり込められてる時だぜ?」

 広場の中央からは気付かなかっただけで、既に魔理沙は戻ってきていたらしい。
その割には手ぶらである事を指摘すると、「用事を済ませてから来るので少し遅れる」という伝言を受け取らされた。
それでは困ると、文が言う。

「あまり遅くなっては話が切れてしまいます」
「よろしい、貸してみなさいブン屋。このレミリア・スカーレットが直々に場を繋いであげようじゃない。
 下々の立場で私の芸が見れること、後方宙返りして喜びなさい?」
「了解しました。お嬢様お得意のヴァンパイアのものまねですね」
「ぶん殴るぞ咲夜」

 会場の方は、紅魔の主従がコントで繋いでくれるから良しとして。
はーいと、退場席の方から手が上がる。巫女の方の緑であった。

「時間あるのでしたら、名誉挽回の機会が欲しいです。ちょっと待って下さい、いま諏訪子様を顕現させますから」
「だからどうしてそこで『鉄! 暴力! セックス!』の方を呼ぶんだよ。せめて神奈子の方だろ」
「あっちはあっちで人妻だとか言うけどね。諦めなさい、日本神話勢」

 おいおい、オイラのタワーがお前のホールにピッタリだぜ! ワーオ本当、早速パイルダーオンですわ! = 列島創世。
とりあえず、神々はケモナー属性が有るのか無いのかからハッキリさせるべきである。

 閑話休題。

「まぁお前ら、少しは大人しく待ってろよ。
 あの人が仕事終えたら飛んで来るって言ってんだ、直に来るだろうさ」

 油断するとすぐ盤面をひっくり返す面々に、呆れ気味で帽子の鍔を弄りながら魔理沙が呟く。
などと言っている内に、昼下がりの里にスッと影が一つ差した。空を見上げてみても、雲一つ見当たらない。

「……いや、もう来たぜ」
「あん? どこに?」

 口を開けて視線を彷徨わせるレミリアを置き、魔理沙は一歩後ずさる。
直後、空気を割って落ちてきた物体が、砂埃を巻き上げて衝撃波を産んだ。
吹き飛んだ帽子の下、レミリアのやや巻いた髪の毛が日に焼け出され、ちりちりと煙を立てた。

「ぎゃー! ハゲる!」
「いけません、お嬢様! これを!」
「ナイスよ咲夜! ……虫眼鏡でどうしろってんだよバカ! 全部ハゲるよりは十円ハゲで勘弁しろってかバカメイド!」
「あらあら」

 紅魔の主が虫眼鏡を地面に叩きつけるのと同時、砂煙の奥、ふわりと広がったシルエットが、グッとガッツポーズを作る。
その瞬間、衝撃波で吹き飛ばされたあらゆる物が、砂粒一つまで逆回しのように元の位置へと戻り始めていく。

「すみません、私ったら。はしたなくて」

 姿を覆い隠していた埃の奥に、照れ顔で頬に手を当てる尼僧が居た。


 ▲▼▲


 正体不明の衝撃にしばらく慄いていた民衆達も、その正体さえ掴めればやがては大人しくなる。
恐らく、魔術か、法術か。まぁ、何事かしたのだろうと野次馬達のざわめきも収まっていった。
風を纏って砂を防いでいた文が、怪訝な顔で眉を歪める。

「白蓮さん、ですか? これはまた、意外というか」
「西洋の伝説には詳しく有りませんが、お話は聞いてますよ。
 なんでも、生娘を生け贄に求める経立の妖怪が出たとか」
「……生娘を勝手に生け贄に仕立てあげる妖怪小娘なら今しがた退治された所なんじゃ……」

 阿求の消えた路地裏に目をやりながら、魔理沙が独りごちる。

「正直私達がやってる事もそう変わらないと思うけどね」
「しっ、黙っておくのよ」

 その後ろで、輝夜とレミリアがこっそりと耳打ちをしあっていた。
今、話をややこしくされても困るのだろう。文がパンパンと手を打つ音が、甲高く響く。

「それより、こうして絆すのに挑戦すると言う事は、白蓮さんも資格アリ、と」
「資格ですか?」
「処女なんですよね? いやぁ、意外と言えば意外と言うか。
 封印されていたとはいえ、一度一歩手前まで人生をまっとうしかけていた訳ですから」

 笑いながらも、念を押すような声で文は言う。
命蓮寺の聖白蓮と言えば、里でも人気のある勢力の顔の一人。
浮いた話一つ無いとなれば、それはそれで一つの記事にはなるだろう。
同じ妖怪の住処でも、妖怪寺と妖怪神社で随分差が付いたものだ等と言うと、紅白の巫女にしばかれる事は間違い無いであろうが。

 だが、聖白蓮はさっぱりと首を振った。

「いえ、お恥ずかしながら、私は処女では有りません」
「……じゃあ何しに来たんですか、あなた」
「もちろん、暴れる一角獣を鎮めるためです。皆、分かるまで話せば分かってくれると信じてますから」
「分かってねぇのはあんただよ」

 新たな分かってない勢の登場に、司会者である文が頭を抱える。
分かるまで話せば分かってくれるって何だ。穴が開くまで殴れば壊れるのとどう違うと言うのだ。

「何のつもりでこんな人連れてきたんですか、魔理沙さんは」
「そりゃあ勿論、ユニコーンを絆させるためさ」
「でももう、処女じゃないって自己申告きちゃったんですが」

 チ、チ、チと唇の前で魔理沙が指を振った。

「まぁ、尼なんだし三割くらいは本当に純潔じゃないかと期待してたがな。
 そうじゃないってんならそれはそれで、やりようは有るさ。要は暴れても押さえ込めれば良いんだ」
「一角獣は生け捕り出来ても飼い馴らすことはできず、激しい逆上の中自殺してしまうと言われていますが?」
「"生け捕り"にするからだろ? 聖白蓮がするのは対話と説法さ。
 ただ、そこに至るまでに力も必要、とそういう話だ。実際、妖夢もやられちまったそうじゃないか」

 まぁ、魂魄妖夢はスピードファイターだ。
二刀流を含め、意図的に殺さず押さえ付けるのには向いていないと言えばそうであろうが。

「阿求の話は聞いてたが、要は愛が重要なんだろ?
 だったら、基本自分大好きな連中ばかりの幻想郷の中で、白蓮以上に向いてる奴は居ないんじゃ無いかね。
 処女じゃ無いならパワーでカバーすれば良いのさ」
「初めて聞きましたよそんな理論。解説のお二方はどう思います?」
「瞬間速度では尼公。けれど、小回りでは獣の肉体の方が勝るわね。それがどう勝敗に響いてくるか」
「真正面からの激突になるかどうか。これがキモね。二人が交差する刹那の攻防は見逃せないわ」
「もう完全に拳闘でも見る時のノリですねお二方。ありがとうございました」

 脳筋と言うわけでは無いのだが、面倒くさくなったら正面突破を選ぶ輩が多いのも幻想郷の特徴である。
果たして、処女でも無いのにユニコーンを絆す事が出来るのか。
少なくとも本人は、やってみる価値はあると考えているようだが。

「さぁ、一角獣殿、少しで構わないのです。私の話に耳を傾けてくれませんか?」

 少しずつ、聖白蓮がユニコーンに向かって歩を進めていく。
対するユニコーンは、完全に知らんぷりでほぐした稲藁を食んでいる。
さとりの翻訳を聞くには、言葉を理解しているはずなのだが。

「私の愛は、確かにあなたの望む形では無いかも知れません。
 けれどそれが、分かり合えないことの決定的な理由になるでしょうか」

 語りかけながらも、なお前へ。
「なんだこいつ」とでも言うような訝しげな目が、聖を睨んだ。
それでも、尼公の歩みは止まらない。ユニコーンが威嚇するように大きく嘶く。

「……やはり、まずは力を示すしか有りませんか」

 獣の王もまた、聖の纏う空気が変わったのを掴んだのだろう。
前足でしきりに土を掻き、見て分かるほどに一触即発の状態へと移っていた。
周囲の野次馬達が、息を深く吸って拳を握り込む。
光の下、微笑みを揺蕩わせていた聖の姿が、突如陽炎のように消えた。

「ああっ!」
「や、やったか!」

 二人のお嬢様が大袈裟に叫ぶ声の先、聖と一角獣ががぷりと組み合う。
角で貫こうと首を八方に振り回して暴れるユニコーンを、聖が己の強化魔術で組み伏せようとしていた。
だが、ユニコーンも倒れない。獣が四足である利点がここにあると言わんばかりに、踏ん張りを効かせている。

「み、見えましたか、今の」
「角の横腹を手の甲ではじき、そのまま低めのタックルで流れるように首を狙いに行ったわね」
「頭から脇にかけて持ち上げるように密着すれば、角でも前足でも衝撃を加えにくい。
 けれどここからどう持っていくつもりかしら? ただ倒せば解決するとも思えないけれど」

 確かに、その懸念は最もだ。体勢的にはやや白蓮有利と言えるかも知れないが、彼女の最終目的は決して勝利ではない。
あるいは獣ならば一度ひっくり返せば強弱を覚えるのかとも思ったが、ユニコーン相手にそういう道理が通じるとも思えぬ。

「……なるほど、確かにあなたはお強い方です」

 見れば僧侶の額からも、珠のような汗が溢れていた。
水晶細工のようなユニコーンの身体の内には、強靭な筋肉が秘められている。取り押さえるのに、どれ程重い力が要るのか。
お互いにそう激しい動きではないが、それでも拮抗しあう力の波動が見て取れる。

「怒りも有るでしょう、苦しみも有るでしょう。
 けれど、己の身を焼きつくすような感情を制御する賢さもまた、あなたには有るはず」

 かのように逼迫した状態ながらも、聖白蓮は声をかけることを止めはしなかった。
押さえ込みながらも僅かずつ体勢を変え、やがて腕をユニコーンの背へ。

「ふ、触れたっ! 誰も触れられなかった鬣を、今、白蓮さんが!」
「……いやまぁ、その気になれば私達だって触れる位余裕だけどね?」
「そうそう、でもそれじゃああまりに品が無いって言うかー、カリスマじゃない的な?」
「なに急に対抗意識燃やし始めてるんですか、あんたらは」

 首を抱えながら、純白の毛並みを優しく撫でる様は、その一瞬だけを写真機で切り取れば聖母と聖獣の会合にすら見える。
そしてその絵は、実際に実現へと向かっているように思えるのだ。

「己すら、何故求めるかも分からないような渇愛に対抗する術を、お釈迦様は悟りて開きました。
 人は、いいえ獣もみな、救われる為の道理があると。どうか未熟な私にも、それを語らせては貰えませんか」
「お、おお……あれだけ暴れていた一角獣の動きが、段々と緩く……」
「ほーら見ろ。やっぱり愛もパワーだぜ」

 体躯の全てに力を込めている事の証として、振り乱されていた獅子の如き尾。尼公が鬣を一撫でするごとに、その動きが弱々しくなっていく。
それはまさに、聖の愛にユニコーンが折れかけている一つの証左であった。魔理沙の笑みが深くなる。


『むかーしむかしー……信濃国に法師がいたという……』


 しかしその時、小さな、けれどおどろおどろしく響き渡る声が、何処からともなく語りかけてきた。

『どうにか東大寺で戒法を受け……されど元の国には帰らず……
 西南に見えた山の奥で、厳しい修行をつみながら暮らしていましたとさ……以下中略』

 声に反応してか、ピクリと白蓮の動きが止まる。
野次馬達が不思議そうに見渡しても、声の持ち主は見当たらぬ。くぐもった、死者が地の底から這い出してくるような声。

『法師の姉もまた、受戒しようと都に上ったまま音沙汰の無い弟を心配し、都へと上りました……。
 だが長い年月の向こう、誰も弟の行方など知らず、途方に暮れて大仏様の元でうたた寝した後
 なんやかんやあって弟と再会出来ましためでたしめでたし』
「途中から明らかに端折りだしたぞ」

 聞く者の多くにハテナマークを浮かべさせながら、語りは続く。
尼公だけが、何かを堪えるようにプルプルと震え。

『さて……では何故こんなにも弟の事を思ってくれる姉が居るのに、法師は受戒した後国元に帰らなかったのでしょう?
 一説では、姉があまりに性的な目を向けてくるのでこのままでは危険がアブないと煩悩を切り離し「南無三ッ」あべし』

 皆の意識が離れた僅かな時間。白蓮の姿が刹那消えたかと思うと、路地の向こうから打撲音を響かせ再びその場に現れた。
そしてまた、ニコニコとした笑顔で白馬の鬣を撫で擦る。一角獣の尾が垂れているのが、先程とは全く違う理由のような気がした。

「あら……どうかしましたか? 皆さん」

 そのままの笑顔で、白蓮は周囲をぐるりと見回す。
誰もが何かを口にしたいまま何も言えず、レミリアと輝夜ですら、高速でアイコンタクトを交わしながら黙りこくっていた。

「天狗、ほら、命よりネタを拾いたいんでしょ? 行きなさいよ」
「馬鹿野郎なに言ってるんですか。命は力ですよ、この幻想郷を支えている源ですよ?
 ノーライフ・ノーネーム、命を大切にしない奴なんて大っ嫌いだ」
「うわぁこのブン屋」

 いったい何時から、自分達は一歩間違えたら即死の地雷地帯に飛び込んでしまったのだろう。
固まる群衆の中、唯一動かす事の出来る視線が元凶を連れてきた魔理沙へと集中する。
多くの目を向けられた魔理沙が、泣きそうな顔で視線をぐるりと彷徨わせた後、おずおずと聖へと話しかけた。

「な、なぁ……白蓮……さん」
「何か用ですか?」
「い、いやーしかしさぞかし素敵な弟さんだったんだろうな! 私も会ってみたかったぜ!」
「ば、バカ!」
「あらいやだ、何を言ってるんですか、魔理沙。件の法師の名前も、姉の名前も、少しも出てきて居ませんよ?」
「あ、あぁ、そうだったな! あはははは……」

 笑顔に威圧され、一歩後ずさる。

「あらあら、変な魔理沙ね。ふふっ、もしかして幽霊の声みたいで怖かった?
 大丈夫、雨どいから声を伝わせていただけよ。幽霊の正体見たり枯れ尾花……と言うと、妖夢さんに悪いかしら」
「あぁいえ私もうセリフ無いですしホントお気になさらずにその」

 三角座りを維持したままで、半人前がぶんぶか首を振った。
怖いのは幽霊ではないとすら言えず、魔理沙の半笑いの頬に熱いものが伝う。
とにかく、かわいそうなこの状況を打破するためにも、話の矛先を誰か別の者にすり替えねばなるまい。

「あ、あぁ、ところで今こいしの姉も来ていてな。ほら、心を読む妖怪の」
「シャアッ!」
「何処からともなく取り出した蜜柑の皮を躊躇なく自分に向けて絞りやがったッ!?
 そんなんでどうにかなるのか、第三の目ッ!」
「あらあら、うふふ」

 柑橘汁の痛みでのたうち回る事よりも、この尼僧の心の方が恐ろしかったのだろうか。
とにかく、標的を他に押し付ける作戦も上手く行かなかった以上、独力で何とかせねばならない訳で。
魔理沙がそう覚悟を決めた時、件の雨どいから新たな声が発せられた。

『弟のおらぬ寂しさに姉は飛倉の破片から作った観音像を下のお口に加え込み
 "あぁッ、ダメよ命蓮! 私も飛ぶっ、飛んじゃ――「破ァッ!!」』

「……」

 件の法師の姉と、聖白蓮の間に何の関係性も見られないのだ。
またも一瞬で目の前から消えた白蓮と、路地の裏から聞こえてくる水音混じりの打撃音にも何の関係も無いのだろう。
きっと、魔理沙だけではなく、この場に居る誰もがそう考えていたに違いない。

 幽霊の、正体見たり枯れ尾花。
けれどもう、二度と"枯れ尾花"に会う事は無いだろうと思うと、不思議と涙がこぼれていた。

「あー、ところで、ユニコーンさんのご感想は……」
「『1-3-4のトリプルプレー』という所ですかね」
「ピッチャー返しですか、妥当ですね」

 主に一歩間違えれば大惨事な所が、である。


 ▲▼▲


「はーっはっはっは! ざまぁ無いな、聖白蓮!」

 ようやく凍結した空気も溶け始めた人里に、町の向こうまで通りそうな高笑いが鳴り響く。

「なにこのデジャヴ……」

 ほんの数刻前に同じ光景を見たような気がして、永遠の姫は目元を強く揉んだ。
掛け声とともに飛翔した影は広場の中心に音も無く着地を決めると、俗にお姫様抱っこと言われる状態で気を失っている鈴仙を輝夜の元に差し出した。

「あらイナバ。こんなにみすぼらしい状態で」
「うむ、彼女に関しては真に申し訳ない。布都も芳香も悪い子では無いのだが」

 服のところどころが焼け焦げ、その下に痛々しく歯型の付いた鈴仙は、男衆に見せるには少し刺激の強すぎる格好である。
まぁ、うんうん「せ、せめてタタキは嫌……」と魘される彼女を相手におかしな気が起こるかどうかは定かでは無いが。

「だが、彼女の欲から凡その所は読み取れました。何でも清く美しい女性を一角獣が求めていると」
「あらあら、悩める僧の夢の中に現れて『性欲で苦しい? 女の姿になって私がセックスしてあげるよ!』
 とお告げになられた聖徳太子様では無いですか。何か御用ですか?」
「おまけに『皆も連れてきていいよ、極楽に連れてってあげる!』とだけ言うと完全にビッチの所業よね、やーい夢ビッチ」
「はっはっは、はっはっはっは」

 一部だけ切り取ると非常にアレだが、女犯の夢告と呼ばれるちゃんとした逸話である。
何にせよ、宙を切り現れたのは豊聡耳神子であった。いつものお供はどうやら留守番らしい。

「まぁ、邪仙に亡霊、僵尸に布都……ウチがあまり、そういうイメージじゃ無いのは認めよう、うん」

 ばさり、と無駄にマントをはためかせながら神子は苦笑する。キラキラ輝く原理は不明。
さり気なく個人名で呼ばれた童子のイメージが青空に浮かんでウインクをした。
腹は黒いがそれ以上に阿呆なので実害は無いともっぱらの噂であった。

「だが、決して人材がゼロと言うわけではない。見たまえ、彼女が私の最終兵器だ!」

 一直線にピンと手を伸ばした先に、三つの面を漂わせて佇む少女が居た。
神子が注目を浴びている内に、いつの間にかやってきて居たのだろう。相変わらず演出過多な道士である。

「彼女、秦こころこそ、いま幻想郷で最も純真で無垢な少女だろう? 生まれたばかりの魂に、感情。
 まさしく彼――ユニコーンが求めているものに、ピッタリじゃ無いか」
「こら! 勝手に神霊廟に所属させるんじゃありません!」
「聞こえないな! 先に言った方の勝ちなんだ、こういうのは!」

 鳴り物入りで指名されたこころであるが、その姿勢はどうにもやる気のある姿勢ではない。
とても宗教家の言葉とは思えない言い争いを背景に、憂嘆の面をかぶり斜め下に俯いている。

「ん? どうした、こころ。……こころちゃん?」
「とても聖徳太子と思えない頭の回転の遅さに思わず溜息。見て、これが憂いの表情」
「んなっ!」

 元・太子の烙印でも押されそうな勢いでの失望に、流石の神子も表情が固まった。

「まぁ、この人なんでも知ってるようで案外人生経験薄いから仕方ないのかも。
 質屋とか、絶対入ったことも無いだろうし」
「う、薄い……」

 首を振りながらの追撃に、気分はもう真っ青。バロメーター役の彼らも総着席である。
だが、他の誰よりも早くこころの言わんとする事に気付いたのは、意外な事に藤原妹紅であった。

「質屋? ……あぁ、なるほど」
「え、何? なんか分かったの、もこたん」
「もこたん呼ぶな。ま、あれだよ。付喪神だの面霊気だのってのは、そもそも使ってた道具に魂が宿るわけだろ?
 私もまぁ、お前ぶっ殺す為に旅してる間はそう裕福でも無かったからな。幾つか実家から持ってきた物を売ったりしたよ」

 金の話と言うのは、お嬢様や時の摂政には縁遠い話だろうか。それもさもありなんである。

「そういう所でな、"誰かが使った道具"ってのはなんて呼ばれるか知ってるか?」
「……あ!」

 貸本屋を営む本居小鈴も、話の筋に気付いたようであった。
周辺を囲む野次馬の視線の何割かが、憐憫の混じった物に変わる。こころはなんともむず痒そうに、身体を振るった。

「そう、私は面霊気。秦こころ(中古品)」
「(中古品)……!」

 中古。少女に向けられるその称号の、なんと無残な事だろう。
無論、中古品がおしなべて質の悪いと言う意味ではない。同じ値段でより良い物が買える事も、当然ある。
メーカーとしてはその都度新しい物を買って欲しいのが本音であっても、リサイクルや物を大事にする精神は立派な事だ。
けれどそれがひと度女性に向けられた時、とても暴力的な言葉に聞こえてしまうのは間違いだろうか。
新しければ、無垢であれば良いという物ではない。だが残念な事に、この場ではそれが価値観の軸となっていた。

「こ……こころが中古だと!? 誰だ! 誰がいったい彼女を傷物に!」
「お前の側近だよ」
「おのれ河勝! あいつも女体化してへそ出しローライズだったと広めてやる」
「やめてやれよ」

 娘のように可愛がっていた面霊気が中古だと言う事実に、自分が渡した事も忘れて道士が大いに動揺する。
草葉の陰の河勝氏も浮かばれない事だろう。妹紅の生まれは微妙に時期が違う為直接の面識は無いが、幼少から話だけは聞いていた身としてはなんかもう、色々と辛い。

「と言うかそもそも、付喪神になる時点で恨みにしろ恩にしろ元の持ち主に抱いているのが必然。
 そして恨みも恩も、元は愛。みてみて、これが愛を語る時の表情」
「無表情だけどね」

 とにかく、付喪神や面霊気と言った面々でも駄目らしい。
だとしたら一体、誰ならば当てはまるのだろう。当てはめられるのだろう、この小さな枠の中に。
一瞬、つまらない結末が頭によぎり――輝夜は、ごまかすように首を振った。

(それに、まだ"あれ"が来てないし)

 どのような問題であれ、幻想郷で起こった事に変わりはない。
ならば、あの紅白の巫女が出はってくれば、自然と収束に向かうのではないだろうか。
分かりきった解答ではなく、他の決着を見つける事が出来なかったのは、やや残念でもあるが。

「……それは、どうでしょうね」
「ん?」

 ポツリ、と。墨を一滴垂らすが如く、古明地さとりが呟いた。
いつの間にか、近くに来ていたのか。視線をやると、目を逸らされる。どうやら答えなおす気は無いらしい。
その言葉は、どのような意味を持つのだろう。輝夜が消化するよりも、新たな声が現れる方が少しだけ早く。

「こらーッ! 人里でなに群がってるのかと思えば、またあんた達!?」

「うわっと……おや、博麗の。『また』とは何かね全く、心外だぞ? じゃあ私はこれで」
「あらやだ霊夢ったら奇遇じゃない。咲夜のクッキーでお茶しましょ?」
「ええい寄るな逃げるな! 順番にしばき上げてやるから大人しく待ってなさいバカ共!」

 突如町中で声を張り上げた霊夢に対し、人ならざる物達の反応は二分である。
すなわち、急に用事を思い出し逃走を図るか、逆に親しげに擦り寄っていくか。
そのどちらもが、彼女にとっては迷惑千万である事に変わりはない。

「ったく、一体何だっての……ん?」

 そうこうしている内に、白尾輝く気高き獣と視線が合ったらしい。
双眸を細めて、霊夢は見慣れない新参者を測るかの如くガンを付け。

「なに? こいつ」
「あら、ユニコーンですよ。知りませんか?」
「あぁ、名前位は聞いたこと有るわね……ふーん、なんでこんな人里の広場に」

 面白く無さそうに鼻を鳴らし、半目のままで辺りを見回す。
人に化けた妖怪だったのだろうか、何人かの野次馬がそそくさとその場を離れていった。

「角が薬になるけど処女の生き肝を食らうんだっけ? まぁ、退治ね」
「いや待て霊夢。それは流石に間違ってるから」

 ペシンとお祓い棒を鳴らし、意気揚々と陰陽玉を投げつけようとする霊夢を流石に放っては置けないか。
慌てて後ろに回った霧雨魔理沙が、じたばた暴れる巫女を羽交い締めにしつつ此処に至るまでの状況説明を行う。

「かくかくしかじかでな、どうにかこいつの恋の相手を探し出せないか考えてるんだ」
「はぁ……米十俵ねえ。うーん、報酬は魅力的だけど」

 "清らかな乙女"を探して居ると告げられて、霊夢は唇を尖らせた。
頭にクエスチョンマークを浮かべながら、ようやっと治療が終わった鈴仙が霊夢に尋ねる。

「え? 巫女なんだし、霊夢さんが貰っちゃえば良いじゃないですか。
 霊夢さんに浮いた噂なんてあったら、一瞬で拡散する筈ですし」
「まさか霊夢処女じゃないの!? やだー! ちょっと血液狙ってたのに!」
「もしそうなった時は、ハメ撮り画像が流出する前に幻想郷の天狗と言う天狗を根絶やしにしてやるわよ。
 あとちゃんと処女だからレミリアは人聞きの悪い事言わないで。咲夜も睨まないで」
「あはは、ちょっと物騒な冗談は勘弁して下さいよ……霊夢さん? 冗談ですよね?」

 巫女と言っても千差があり、仕える神によっては清い身体しか認められない所もあれば産めよ増やせよを奨励している所もある。
まぁ、博麗神社の神がどちらを求めているのか、そもそも存在しているのかはともかく、博麗霊夢の肉体は今のところ清いままだ。
震える天狗を脇に押しのけながら、霊夢は一角獣と向かい合う。その表情には、苦々しい物も含まれている。

「さてねぇ、お気に召すかどうか」
「……」
「……まさか。冗談言わないでよ、霊夢。あなたでも駄目だったら、本当にもう候補になり得る人妖なんて……」

 さとりの先の一言を反芻しながら、輝夜が霊夢へと声を掛けた。
その声が僅かに淀んでいるのは、自分でも否定しきれない。
何か。何かが引っかかる。阿求の論説、さとりの言葉。魔理沙は何故、最初から霊夢を連れて来なかったのか。
横目で魔理沙を見る。未だ、難しい顔で沈黙を保っている。

 そうこうしている内に、霊夢は一歩、二歩とユニコーンへの距離を詰めていった。
足取りには、まるで乱れも重みも感じられない。警戒や、恐怖といったものも。
ただ表情だけが険しいまま、ついには岩をも貫く角にすぐ触れられそうな位置にまで近づく。

「どうよ、さとり」
「さて、銀か金か」
「くだんない事は良いから。こいつ、私と仲良くなる気有る?」

 さとりの第三の目玉が、ギョロリと回った。
前足が出されない程度の遠くから、古明地さとりはユニコーンの観察を続ける。

「『臭いが感じられない』だそうです」
「ふーん、ならオッケーって事?」

 あくまで軽い口調のまま腰に手を当てる霊夢に対し、さとりは冷たく首を振る。
怪しくギラつく第三の目に代わり、頭に付いた両の目は半目のままに曇っていた。

「『禁忌を犯しているかどうかも分からない。嫌な臭いがしない代わり、清らかな乙女の、あの甘く擽るような香りも無い』」

 ユニコーンの、びいどろで出来たような黒い目が、一直線に霊夢を射抜く。
獣の顔だ。何を考えているかなど、読めるはずも無い。古明地さとり以外、痛いほどの沈黙が続く。

「『端的に言えば、この娘を――』」

 粛々と言葉を伝えていたさとりの紫眼が、帳のように閉じられて。


「『――"女"だとは思えない』」


 湿った唇から、言葉が発せられた。


 ▲▼▲


「……ほら、ね」

 肩をすくめて首を振る。さとりの、いやユニコーンの言葉は、霊夢よりもむしろ周囲に与える衝撃の方が大きかったかも知れぬ。

「いや、でも、女だとは思えないって……」
「……要は、"愛"が基準なんですよ。いかに聖獣だろうと獣は獣です。彼らからすれば、人間は人間だ」

 流石に、言葉が足りぬと思ったのだろう。
少しずつ言の葉を選びながら、さとりがユニコーンの言を補足する。

「大体、ただ無垢なる愛を求めるなら生まれたばかりの赤子が一番適していると思いませんか。
 光源氏では無いけれど、それこそ自分好みに育ててしまえばいい」

 けれど、それは光り輝く一角獣の本意ではないとさとりは言う。
ユニコーンは象徴であり、聖獣であり、そして間違いなく悪魔の一つであると。

「ユニコーンが美しく清純な乙女を好むとされるのは、あくまでそこに付加価値があるからでは無いでしょうか。
 妖怪にとって、徳の高い坊主の肝が力の象徴になるように。
 大きさと純度を両立する宝石は、そう無いが故に有難がれるように。
 "美しく"それでいて"清らか"である女の無垢な愛を、ユニコーンは求めているのでは無いですか?」

「……単に、『貴重』であるから?」

 それは。もし、本当にさとりの言葉が正しいのなら。
美しさの価値も、貞潔の意味も、この一角獣は分かっていないと言う事だ。
愛が手に入らないのならば、幾ら相手が美しく清らかであろうと意味が無いと。そう言う話になる。

「ま、そーゆー事よ。言っちゃなんだけど、私が誰か一人だけを特別扱いするのって、絶対に無いから。
 その日の気分で贔屓にする事位はあるかも知れないけどね」
「だから……自分に決して愛を向ける事が無いとわかるから、『女とは思えない』って?」

 だとすれば、なんとも不愉快な話だ。
今なら魔理沙が『何様のつもりだ』と腹を立てて居た理由も分かる気がする。
女を、女として生まれて磨いてきた物を、何だと思っているのか。
広場の周辺に暗い怒りが立ち込めようとした時、わざとらしく咳払いをする音が響いた。レミリアであった。

「えー、コホン! まったく、なに暗い顔してんのよアンタ達。」
「レミリア。あなたは何も思うところは無いの?」
「同じ野菜なら美味しい上に無農薬。ステーキなら黒毛で和牛で霜降りが素敵。
 悪いとは思わないわよ? 私達は所詮、処女という存在にたかる気高き夜の一族だもの」
「所詮と気高きがつながって無いんじゃ」
「『何様のつもり』? 悪魔様よ、私達は。
 まあ、私なら愛して貰えない程度で霊夢の事諦めたりなんかしないんだけど。
 やっぱり、処女に一家言ある妖怪代表は吸血鬼ね。霊夢のツンを理解せぬ一角獣如きにこの座は渡せないわ」
「やだ、玉座ごと夢想封印したい」
「ふふっ、コレよコレ。分かる?」

 分からない。

 レミリアの貴族的趣味は放っておくとして、仄暗い空気は既に、どこかに行ってしまったようであった。
古明地さとりが少しだけつまらなそうに、だが概ね満足といった心地で莞爾とした笑みを作っている。
こいつもこいつで、やはり油断出来ぬ存在なのだ。輝夜は先程とは違った意味で、眉根を寄せた。

「……ま、私はこいつの考えてる事もちょっとは分かるけれど。
 結局、考え方が違うんだからそこをとやかく言うのは美しく無いわよね」

 やはり、吐いた言葉を負け犬の遠吠えにしたくないならば、まずはユニコーンが恋焦がれる相手を連れて来るのが先か。
その為にも、禁忌を犯してない女の正体を知らなければならないのだが。

「でも……霊夢も駄目で、他に候補なんて……」
「あれ? そういや霊夢は『禁忌の臭いがする』って言われて無いのよね」
「『禁忌を犯しているかどうかわからない』じゃ有りませんでしたっけ?」
「そんな変わんないんじゃない? どっちにしろ、唯一の手がかりなんだし」

 ふと気付いたように、妹紅が言った。
会話に乗ってきた文と合わせて、臭いとやらについて頭を巡らせる。
つまり、ここまで散々出てきた連中の内、霊夢のみが行ってる事、あるいは行ってない事が有るわけだ。

「なんでしょうねぇ。アイドルはウンコしない的な?」
「いや、私だって普通にウンコくらいするわよ。飯食ったら出すって人類の基本でしょ」
「相変わらずひっでぇ会話だなぁ……」

 端から聞いていると、むしろシモの話題で顔を赤らめる魔理沙の方が余程清純そうに見えるのだが。

「と言うか、そんなに変わった事じゃ無いんじゃないか?
 仮に妖怪退治や異変解決とかが関わってたとして、記録に残ってる『処女』はその位全員こなしてたって事か?」
「そんな訳……無いですよねぇ。ううん」

 むしろ、普通の人間が普通に行っている事で無ければおかしいと魔理沙は言う。

「じゃあ、最近慣習化した事だったりするんじゃないですか?
 実在するユニコーンについての記述って、基本的には大分前なんでしょう?」
「まぁ、中世あたりの現物が残ってるユニコーンの角は、殆どイッカクと言う動物の角だったらしいが」
「でも、そうなると千年以上昔の話にならない? 色々有り過ぎて判断出来ないわよ」

 幻想郷でも有数の人間、妖怪たちが首を突き合わせ、あーでもないこーでもないと言い合う様はある意味滑稽でもある。
もっとも八意永琳が先程から黙して語ろうとしないため、本当にトップクラスの知識人は現在不参加なのだが。

「境内の掃除とかどうだ? 向こうじゃ毎週決まった曜日に神の家に行ったりするんだろ?」
「でも、早苗アウトだったじゃない」

 信仰心の問題かとも思ったが、それでは東風谷早苗が弾かれていた理屈が付かぬ。
そこで鈴仙が何かに気付いたように顔を上げ、ポンと手を打った。

「じゃあもっと単純に、宗教の問題とか。神道、仏教、道教と試して全部駄目だったんですし」
「……確かに、ユニコーンと言えば西洋に伝わる伝説だが……」

 キリスト教。幻想郷では馴染みが薄いが、神の存在が薄れた現代でも世界中に信者が存在する大宗教だ。
ユニコーンとて、自ら惹かれて来るのでなければまだまだ幻想入りするには程遠いメジャーな存在だろう。
しかし、先程レミリアも言った通りユニコーンは聖獣であると同時に、悪魔でもある。
であれば、異教徒だ何だと騒ぎ立てるのもなんだかおかしな話であるのではないか?

「いえ、その方向性は間違ってないと思いますよ」

 再び話が暗中模索へ戻ろうとした時、路地の影から顔を出す者が居た。
誰であろう、まぁ他に居るわけも無いのだが稗田阿求である。

「阿求! 生きてたのか」
「死神には会ってきましたよ。流石に日に二回もお邪魔したのは初めてなので、酷く面倒くさそうな顔をされました。
 顔は覚えましたからね、私が閻魔の書記官になった時は覚悟しておくことです」
「……まぁ、なんだ、ご愁傷様。それより、なんでそう思うんだよ」

 謂れのない逆恨みで給料カットの憂き目に合いそうな死神に同情しつつ、魔理沙は阿求の弁を促す。
この郷でキリスト教と深く関わった事があるのはレミリア達くらいだろうし、それだって穏当な付き合いだったとは思えない。
日本にキリスト教が伝来してきた時もしっかりと筆を握っていたであろう阿求の証言は、ユニコーンを理解するのに貴重な意味を持つのだ。

「確かに、人間が神の子を信じてようが覚者を信じてようが、ユニコーンにとってはどうでも良い事でしょう。
 ですが、"ユニコーンもまた縛られている"とすれば?
 ルーツ故に『ユニコーンは処女を好む』と言う伝承に縛られているのならば、
 彼もまた自身もわからぬまま『処女』の示す言葉の絆に縛り付けられて居るのでは?」
「言葉の、絆か……」

 そもそも、ユニコーンが好む娘が「美しく清らかな乙女」という認識も、言語の壁を超えて訳したものである。
無論、非常に近い存在である事は間違いない。だが、完全に一致しているという保証も無い。
言葉の壁を乗り越えた際に取り落とした僅か。その中に、禁忌の真髄が混じっていたとしたら。

「んー、つっても、祈りの捧げ方とかはともかく、人としてやっちゃいけない事ってそんな違わなかったと思うんだけど……
 あぁでも、そう言えば快楽に耽る事に関してはこっちよりずっと厳しかったかな。
 一応他の宗教もお題目としては掲げたりしてるんだけど、ちょっと徹底しすぎと言うか」

 唯一、生のキリスト教圏で暮らしていたレミリアが、遠い記憶を掘り起こす。

「女をすっぽり麻袋に入れてなるべく迅速に膣内射精だけしろとかさー、濡れてないっつの。痛いっつの。
 そうやってガチガチに縛り付けた挙句修道院がレズの温床になるんだから、ホント人間って馬鹿よねぇ?
 押さえ付ければ欲求が消せるとか、本気で信じてたのかしら。『中出し以外は禁止ですぅ~』なんて、春画本じゃないんだから」

 当時の事を思い出したのか、笑いを堪えつつ肩をすくめ。

「退廃の都は、硫黄と火によって滅ぼされた」
「そうそう。同性は駄目、外出しは駄目、アナルなんて以ての外。
 つまんないわよね? そんなんじゃ、直ぐマンネリが来るわ。人と娯楽、娯楽と性が切り離せるわけも無いのに。
 オナニーだって男はまだしも生理現象として認められてたかも知れないけど、女じゃどうだか……」

 言いながら、レミリアの表情もまた、はたと気付いたように変わっていった。
禁忌。清らかでないもの。現代の日本では、当然とは言わないまでも暗黙の了解として認められている行為。



「「「……それかっ!?」」」



 示し合わせたように、皆の声が重なった。


 ▲▼▲


 一通り驚愕による硬直から戻ると、次に始まったのは腹の探り合いであった。
誰が誰に声をかけるのか。どの立ち位置に居れば話を振られずに済むか。あるいは、どう話を振るのが一番面白いのか。
それぞれがそれぞれの視線を読み、表情を伺い、そして思考する。その結果、ポカンと穴が開いたように沈黙が生まれた。
そして、そのような場に置いてアドバンテージを得る事の出来る人物が今ここに二人ほど居る。

 一人は、他者の思考を読める古明地さとり。もう一人は――

「へー、じゃあ皆ちゃんとオナニーとかしてたんだ。ちょっと意外ね」

 今や台風の目となった博麗霊夢、その人である。

「ん? 何よ、今まで散々そういう話してたんじゃないの? 良いじゃない、私にもちょっとぐらい聞かせてくれたって」
「そういうのはちゃんとテーブルに乗せられる札がある奴の台詞だぜ!
 一方的に聞こうとするのはズルいと思うんだよ、霊夢」
「えー? 面倒臭いわねぇ……」

 野次馬が居るのも気にしてないかのように、あっさりと霊夢は会話に油を注ぎ込む。
"博麗"らしからぬ少女じみた好奇心の発露ではあるが、時と場所をまるで気にしてないのが何と言うか。

「と、言ってもさあ、開けっ放しの日本家屋に神出鬼没のスキマ妖怪と
 体中霧に出来る鬼がたむろしてるんだから、そういう事したくても出来ないじゃない?」
「そりゃあ、そうかも知れないけど」
「だから結構、どんな風になるのかとか興味はあるのよね。
 そりゃ一応性教育はちゃんとされたけどさ、紫の言葉じゃなんか無味乾燥なんだもん。
 てっきり、妖夢も私と似たようなもんだと思ってたのに。それが一番意外だわ」
「えっ」

 ござの上からぼんやりと見守っていた半霊の剣士が、目を丸くして振り向いた。
まさか飛び火してくるとは思わなかったのだろう。この半人前、さっきからそんな役回りばかりである。

「四六時中幽々子と同じ屋敷いるのに、よく一人の時間作れるわね。どうやってるの?」
「……ひ、人違いでゴザル。拙者流浪の剣士ハンレイマンと申す者。
 魂魄妖夢などと言うガールは聞いたことナッシングでござる。スシー、テンプーラ、フジヤーマ」
「キャラがぶれぶれだぞ大丈夫かお前!」

 無論、大丈夫な訳も無く。唯でさえアドリブ力の無い所に、巫女の無軌道なナックルボールは危険球が過ぎた。
とは言え、一度口走ってしまった以上、口を閉じれば次は詰問に答えざるを得なくなる。
妖夢に出来る事はもはや、この訳の分からないキャラクターに身を任せこの場を離脱する事のみ。

「しからばアディオス! 拙者、ちょっと用がASAPゆえ!」
「『――気が付けば剣士は、薄布一枚越しに己の身体を木刀に擦りつけていた。
 桜の木陰に、誰も気が付かない事を祈りながら。先程までの素振りのせいか、身体が火照っている――』」
「ハラキーリ!」
「妖夢ゥー――ッ!?」

 ダッシュスライディングからのダイナミック割腹を行い、妖夢はこてんと地に倒れた。
まぁ、肉体の方に白楼剣を突き刺したので大事には至らないだろう。組み合わせが違えば大惨事だが。
それよりも、この場の大勢の視線は、まるで小説を読み上げるかのように語りだした声へと向けられる。
第三の目を持つ、古明地さとりへと。

「……おや、どうかしましたか、皆さん? そのような剣呑な目で」
「どうかしましたかって、あなたねぇ……」
「『面倒くさいのがこの場に居るな』、と。いやはや、何のことでしょう?
 私はただ、暫く彼の思念を読む必要も無さそうなので次の小説に使う構想を練って居ただけですよ?」

 あくまで口に出てしまっただと言い張られては、それ以上詰め寄れる証拠も無い。
しかし、ここに来て厄介者を見つけたかのような視線にさとりは身を震わせた。
舞台装置めいて雌伏していた甲斐もあった。そう安々と仲良く出来るなどと思われては、覚り妖怪の名折れ。

 この場に居る面々と一対一であれば勝てる要素も無いが、この場には既に大勢が集まっている。
それが逆に、さとりにとって付け入る隙となるのだ。そう、自分がやらなくても、誰かがやってくれるならば……
そんな躊躇が、さとりに話のアドバンテージを握らせる。

「――と、言う風に考えているのであれば、筋違いですわ」

 ほくそ笑むさとりの首筋に、ヒヤリとした刃筋が当てられた。

「この身、既に悪魔の狗。お嬢様がお命じになられるならば、どのような羞恥プレイにも喜んで尻尾を振りますの」
「ククッ、そういう事だよ、地霊殿の。ところで咲夜、もうちょっと格好いい言い方出来ない?」

 舌打ち一つ、さとりは胡乱な目で銀のナイフを持つ指に視線を這わせると、大人しく両手を上げる。
無論、それで何が変わるわけでもないが、いわゆる一つの意思表示である。

「……分かりました、分かりましたよ。それで、どうなさるつもりですか?」
「おおっと、殊勝な態度には騙されないわよ。
 まぁ、週に二度は可愛がってあげてるもの。咲夜に秘め事なんて、ある訳無いけどね!」
「えっ」
「えっ?」

 主従間の空気が、僅かに凍りついた。その隙に、第三の目をギョロつかせる。

「……ははぁ、なるほど。主が最後まで満足させてくれなくて欲求不満と」
「えっ、そんな訳……だって何時もあんなに声上げて……ねぇ、さ、咲夜?」
「私はお嬢様の道具ですから」
「それフォローになってないんだけどさくやぁー――!!」

 二人の意識が僅かに覚り妖怪から離れ、さとりは素早く身を翻す。
その前を、目眩ましの光が覆った。目を瞬かせるさとりの前に、一人の女が躍り出る。

「あらあら、やんちゃのしすぎはいけませんよ?」
「くっ、聖白蓮……」
「――ならば、彼女の相手は任せてもらおう」

 超人の肉体がさとりを捕まえようとするほんの刹那、二人の間に割り込んだ手が白蓮を弾き飛ばした。
影は周囲に青く光る仮面を浮かべ、薙刀を構えて歌舞く。

「皆が浮かべる強い感情……これは、我々が知らぬ思い。
 宗教家の語りでは決して得られないこの感情の源泉を、止めようと言うなら相手になるぞ。やあやあ、秦こころ此処にあり」
「もう、こころってば……悪徳道士の教育が、こんな所で」
「なんだね、君。私のせいにする以前に、自分の姿勢を見直すべきだと思うが」
「ふん、二人まとめてやってやるわ! 最強の座を賭けて私と戦え!」

 少々早い反抗期の面霊気が、道士と尼公を巻き込み乱戦を始めた。
もはや会話どころでは無い状況に、ほうほうの体で群衆の一部が逃げ出し始める。

「んー、私なんかまずい事言った?」
「まぁ、わりと。やっぱり霊夢さんって"女でなし"ですよねー」
「何か今、酷いこと言われた気がするわ。とりあえず殴ってだいたい大人しくさせるから、そこ退きなさい早苗」
「やーでーすー。中々面白い状況じゃないですか。皆ヨゴレになってしまえば良いんだ」
「卑屈ねぇ」
「さぁ、行きますよ文さん。もうビッチなんて言わせない!」
「ちょっと、巻き込まないで!? 私まで同じように言われてるみたいじゃないですか」
「言われてるんです。私とあなたで今夜はダブルビッチ」
「ご無体な……」

 さらにその混乱は、あちこちに伝播してゆき。

「あわわ、羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹」
「イナバ? そんな慌てて別の事考えたって意味無いわよ?
 それより、ほら。楽しそうだから色々な人の秘密を暴いてもらいましょうよ。皆で渡れば怖くないわ、ねぇもこたん?」
「チッ、もこたん言うな。お前がそうするってんなら私は逆の方につくよ。
 ここまで聞かせるのは、ちと子供達の教育にも悪い」
「まぁ待て妹紅。どうせ話が分かるような悪童どもだろう?
 ここは少年の夢を一つ一つ打ち砕いてやるのも大人の仕事だと思わないか」
「慧音。お前どっちの味方だ」
「子供達から『せんせー、セックスってなあに?』と聞かれるのはもううんざりなんだよ!
 お父さんお母さんも丸投げして誤魔化すな! ならば手とり足とり教えてくれるわ!」
「うきゃー、慧音先生が壊れた。 ちょ、ちょっと阿求どこ? 一般人を置いてかないでー」

 火のないところに煙は立たぬと言うが、煙を火種に燃え広がったこの惨状はなんと言えばいいのだろうか。
既に事態はさとりの手すら離れて、収拾のつかぬ方向へ進んでしまっていた。
人の波に紛れて、さとりの手が引かれる。にんまりと言った様子で阿求が笑う。

「いい感じに沸騰しましたね、状況が」
「あなたは……いいえ、何が望みなんです?」
「ユニコーンについてはもういいので、まぁついでに色々見せてもらおうかな、と。
 あなただってそうなんでしょう? 古明地さとりさん」
「もういい?」

 流石に、人が多いからだろうか。あちこちの思念に紛れて、阿礼乙女の考えて居る事がすぐには読めない。
黙っていろと言う風に、そっと指が唇に触れた。悪戯っぽく微笑む。

「おおっと、ネタバレはいけませんよ。それよりも読むべき、面白い事があるでしょう?

 ……えー、皆さん!」

 小柄な身体のどこから、そんなに声が張り上げられるのだろう。
そう不思議がってもおかしく無いほどに、阿求の声は高く響いた。
幻想少女たちの取っ組み合いも、慌ただしく離れようとる喧騒も、ピタリと止まる。

「人里であまり騒がしくしないで下さい。彼も……ああいえ、我関せずで生米噛み潰してますけど。
 新たな仮説が生まれたからといって、私達の目的は変わっていないでしょう?」
「……いやしかし、元はと言えばそこの覚り妖怪が」

 出かけた反論は、コホンと小さな咳払いで遮られた。

「では全員分の"そういう"話を聞けば満足ですか?
 彼女には、私から言い含めておきました。それではいけませんか。
 ちなみに私は筆のお尻を擦りつけたりとかそんな感じです。これでよろしい?」

 相変わらずのデリカシーも糞も無い言葉に、何人かが口を閉じる。
ただ、阿求の言う事も必ずしも間違いではない。ユニコーンを絆す、あるいは絆せる人物を探しだす。
ここまで来れば皆、同じ船に乗り込んだような物だ。決着くらいは見ていかなければ、恥を雪ぐことも出来ない。

「そう、我々のやるべき事は最初から変わっていませんでした。
 こうなったら手当たり次第に引っ立てて、意地でもあの一角獣のお眼鏡に適う少女を見つけてやりましょう。
 ユニコーンに嫌われるのは確かにいっときの恥ではありますが、どうせ皆がやっている事です。
 皆がやっているならば、さして特別でもない、恥ずかしくもない事だと証明してしまえるんです」

 淡々とした語り口の裏に、いつの間にか握り拳が出来る。

「それとも、このまま恥を忍んで息を潜めますか。
 恥ずべきことをしたと認めて、自分は乙女の失格者だと背を丸めて生きていきますか!」

 稗田阿求の突き上げた拳は、それでも大人の男の背よりも小さいものだった。
しかしその威容は、東風谷早苗に、鈴仙・優曇華院・イナバに、本居小鈴に前へ向かせ、背を叩くのに十分なもの。

「立てよ、少女たち! エッチな事に興味があって何が悪い!
 男の夢をぶち壊し、処女幻想をゴミ箱に叩き込み、あとなんかユニコーンの問題をいい感じにどうにかする時は、まさに今!
 我々は、セックスをする生き物なのです。オナニーくらい、皆しているのです! 恥じる必要がどこにありますか!」

 阿求の演説は、概ねの拍手でもって受け入れられた。わああ、と人の輪から歓声が上がる。
何人かの諦めの溜息、また肩身の狭そうな野次馬の中の男性――人垣の中の人数比で言えば、むしろ女性の方が多い――もちらほらと見えるが、止めようと言う気はないらしい。

「それでは改めて、これぞと思う者をここへ!」

 号令一喝。
己の役目を果たそうと、あるいは誰かを同じ沼の中に引きずり込もうと、空を飛べる少女達のうち何名かが飛翔を開始する。
阿求は満足気に手を下ろすと、再び静かにさとりへと話しかけた。

「さとりさんの能力に関しては、むしろ頭を下げてでも使って欲しいくらいです。
 何せ、幻想郷中の女性に『あなたはオナニーしていますか?』と聞いてくる訳にもいきませんから」

 それもまた、事実の一面だ。
聞いた所で教えてくれる筈もないし、教えてくれたとしても嘘をつかない保証も無い。
そして一旦恥をかいてしまえば、今ここにいる仲間達の同志になりうるのだ。
普段ならいちいち意識から掘り出してくるのも手間がかかるだろうが、ユニコーンを前にすれば自分から「思い出して」くれるとなれば。

「……何かもう、ほうぼうに大迷惑だよなぁ……」
「おやおや、妹紅さんがこんな事言ってますよ」
「ふむ、流石普段から人付き合いを避けている人は違いますね。
 その分ふとした事で人とのつながりを認識すると、急にムラっと来るようですが」
「あらやだ、やーらしーい」
「ええい、意気投合をするな」

 なんで私はこいつの護衛なんぞ引き受けたのかと、つい昨日の自分に向かって妹紅は罵声を飛ばした。


 ▲▼▲


 そして、ぐるりと時計が回り出す。
高く昇っていた日も暮れ始め、空を僅かに赤く染める。折良く登り始めた半月が、儚げに白く天に浮かんでいた。

 ――少女達の戦いは、熾烈を極めたと言う。

「姫海棠はたてさんを連れてきましたよ!」
「引きこもりにオナニー以上の娯楽を見つけろとか鬼ですか」
「やっぱ基本アッパー系なんだよな、早苗は」

 ある者は、自室でゆっくりとしていた所を巫女に襲撃され。

「獣として長生きしてんだから発情期も交尾も済ませてるに決まってるじゃないですか。なに期待してたの?」
「あぁっ! 藍さんが死んだ!」
「この人でなし!」

 ある者は、妖獣達の見た目の幼さに釣られ撃沈し。

「ふふん、サイキョーのあたいが力になってやるわ」
「妖精がこんなに素直に言う事を聞くなんて……太子! これは一体!」
「醍醐の力だよ」

 ある者は、ならばと妖精を菓子で釣り尼僧に連行され。

「輝夜! 風見幽香が暴れだしたぞ!」
「わかっていたでしょうにねぇ、レミリア。あの風見幽香に己を辱める生物など認められるものか」
「いいから止めるの手伝えよ」

 ある者は、興味本意で禁忌に手を出した報いを受け。

「天は引き締まった仕事態度……地は全て寝所から手の届く所に配置された部屋……
 そして無論、魔とは深夜以降の唐揚げとビールを差す!
 分かりますか閻魔様、これが貴方をも超える千二百万独身パワーです」
「永江衣玖……くっ、まさか天界にこれほどの使い手が居ようとは……」
「ちょっと誰ですかこの人達連れてきたのー!」

 そうして、多くの者を晒し、三角座りの山を築き上げながらも少女たちは探し抜いた。
誰も彼もが性を知り、性に触れながら生きているのだと証明するために。
確かにこれは忌みかも知れない。悪かも知れない。だが、恥では無いのだと訴えるかのように。

 ――しかしその「正しさ」が毒に変わらないなどと、誰が保証してくれたのだろう。

 とっぷりと日が暮れる頃には、三角座りの山はとうに五十を超えていた。
晒しあげられた者達もまた、やがては熱病に浮かされた屍鬼の如く新たな犠牲者を求め始める。

 妖精が、天狗が、火車が、河童が、人狼が、夜雀が。
否定される度に、落ち込み、励まされ、やがてギラついた目に変わり。

 山彦を、天人を、魔女を、土蜘蛛を、唐傘を、人魚を。
貪り、騙し討ち、もしくは本当に確かめる為に連れてきて肩を落とす。

 夜になり、やがて人里の広場では許容しきれない数になって、騒ぎは領域の境界線上に移された。
普段なら戸を閉めて寝るか、やむを得ない理由で足早に帰る誰そ彼の道に、人と妖がひしめき合う。

 まるで祭りか、でなければ坩堝のようであった。

 聖性を否定され、普段ならとても口に出せないような事を暴露し、受け入れてもらうまでの一種の儀式はさながら酒精の如く集団に浸透し、価値観を麻痺させる。
一角獣を発端とした"問い掛け"はやがて幻想郷の少女たちの身に返り、グズグズに溶けた仲間意識の中で問題を先送りにさせた。

 自分じゃなくとも、誰かが答えてくれるだろうと。

 誰かが答えを見つけるだろうと。

 誰かが。



 ……誰が?



「……もう、やめようぜ」

 魔理沙が膝をついた時、雪だるま式に増えた人妖はそろそろ百を数えようかと話に登る程であった。

「もう沢山だ! 私は、私はこんな光景が……見たいわけじゃなかった」
「何ですか、今更になって」

 いざ盛り上がると言う時に水を差された形になった、阿求が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「あなただって、散々誰かを蒐めてきたのでしょうに」
「それは、そうなんだが」
「どうしたのよ魔理沙、幻想郷中を飛び回ってお腹でも空いた? 商売に目ざとい類の輩が何人か、弁当を売り始めてるけど」
「そんなんじゃない!」

 輝夜が不思議そうに問いかけるも、駄々っ子のように首を振る魔理沙を見て、ざわざわ、ざわざわと人の波で紋が揺れた。
戸惑いは次第に呆れに、消極的な排他の意思へと変わり、霧雨魔理沙をじっとりとした空気が蝕んでいく。

「あなたが最初に『気に入らないだろう』と言い出したのでは無いですか。
 ええ、その通り。処女性こそ一番の価値観だと勘違いしている常識に物申すのです。違いますか?」
「違わないけどさ」

 阿求の苛立ちは、既に目に見える程となっていた。
最初に立ち上がったのも、古明地さとりを説得して連れ出したのも、全てこの霧雨魔理沙だと言うのに。
何故、今になって急にはしごを外すような真似をするのか。

「私達は一丸とならねばならないのです。
 私達が訴えたいのは、本当はユニコーンでも無ければ男衆でも無い。
 本当はお互いがお互いに"きつな"を噛ませ、首に輪をかけているんだ。一斉に断ち切るしかない」
「一斉に、か」

 どうして稗田阿求がこうもはらわたを煮えくり返らせているのか。
分かっているのはきっと、反則じみた覚り妖怪を除けば魔理沙だけだったのだろう。
僅かに星が瞬く空の下で、魔理沙は目を閉じた。すっと上を向き、帽子越しに額を押さえ、そして口を開いた。

「じゃあお前ら、何で嗤ってるんだよ」
「……何を」
「どうして受け入れたふりして『ああ、こいつより私はマシだ』みたいな顔して安心してるのか、って聞いてるんだ」

 辺りは静謐を保っている。より狭い円の内側に、いつの間にか阿求と魔理沙だけが取り残されていた。
ユニコーンが凝り固まった体をほぐすように嘶く。彼だけは徹頭徹尾、少女達の空気を読まない。

「何が分かりますか」
「分かるさ! 私だってそうだった。
 霊夢の聖性が否定された時、『ああ、ユニコーンに見初められるのがこいつじゃなくて良かった』って思っちまったよ
 あの霊夢が完璧な"少女"じゃなくて良かったと。これ以上差が広がらなくて安心したと。友達、なのにな」

 魔理沙は、罪を告白する虜囚のように頭を下げた。
霊夢は、それを見ながら沢蟹の唐揚げを頬張っていた。ボリボリと響く音に周囲が迷惑そうな顔をする。
訂正しよう。空気を読まないのは一角獣と巫女だ。

「……まぁ、あんな奴だからさ」
「大変っすね」
「わりと慣れだよ。ああ、何が言いたかったかって言うとだ」

 変な方向に間延びした空気を入れ替えるかのように、吸って、吐く。
いつの間にか、魔理沙の口元には不敵な笑みが戻ってきていた。博麗の巫女に並び立とうと豪語する者が浮かべる、あの笑みが。

「私だってそうだったんだ。お前らにだけ、そうじゃなかっただなんて言わせない」
「それはまた、傲慢な」
「ああそうさ、傲慢だ。お前は断ち切ると言ったがな、私にはお互い新たな"きつな"を掛けあってるようにしか見えねえよ。
 嫌な臭いだ。獣なら鼻を曲げるだろう、バニラで腐臭を誤魔化したような臭いだ。
 それ以上続けるってんなら、私は傲慢にもこの集まりをぶっ壊すよ。気に入らないって理由でな」
「あなたが奮起し、あなたが整えたこの祭りをですか」
「そしてお前に掻っ攫われた、な。なぁ阿求」

 砲口が、藤色の髪を持つ小柄な稗田乙女へと向けられる。妹紅や慧音の体が僅かに前へ傾く。
肝心の阿求だけは、身をよじりもしなかった。

「やっぱさ、ショックだったろ。ユニコーンに、処女性を否定された時」
「……ッ」
「じゃなきゃ、後悔してるのか。知識だけあるからって、調子に乗って小鈴を汚しちまった事でも」
「そんな、事は」

 言い淀んで、目を逸らし、阿求は最前列で莞爾とした笑みを浮かべるくせっ毛の女を見た。
甘くとろける蜜を下に乗せられた女のように、微笑みながら第三の目をさすっていた。

「……くっ」
「いいじゃないか。私、阿求の事が好きだよ」
「な、なんです急に」

 不意に懐へ打ち込んでくる魔理沙の一撃に、阿求の体が僅かに傾いた。

「お前が好きだ。一人で重い荷物背負い込んで、だけど誰にも弱音を吐かないで。
 たとえ自分の存在意義を疑ったとしても飄々とした態度を崩さないお前を尊敬してる。
 私は、逃げたよ。『家』と『役目』を、私は背負いきれなかった」

「……色んな人に言ってるんでしょう。そういう事」

「どうだったかな。だがまぁ、お前だけじゃ無いのは確かだぜ。
 気まぐれでお子ちゃまだが『居場所を守る』と言う事を誰よりも分かってるレミリアが好きだ。
 何だかんだ色々な話に付き合ってくれて、『教養』の真髄を理解してる輝夜が好きだ。
 向こうにゃ便利な道具が有るだろうに、この幻想郷を美しいって言ってくれる早苗が好きだ。
 そしてやっぱり、私は霊夢が好きで堪らない。好きでも無い奴を、この霧雨魔理沙様が参考にする訳が無い!」

 ドン、と魔理沙の構える八卦炉の砲口が火を吹いた。
直前に上向きに修正された砲弾は、高く上がった所で爆発し闇夜に千の星を散らす。

「私は好きだ。幻想郷が好きだ。
 ユニコーンが否定した時、そりゃあ、分かってないって思ったさ。
 こんなにいい女があちこちに居るのに、何言ってんだって言ってやりたかった。
 だけどよ、こりゃちょっとあんまりだ。"男"に見せる有り様じゃ無いぜ」

 これが、これこそが私達の決めたルールだと言うように、美しくあれと魔理沙は弾をバラ撒いた。
花火のように散る星を、阿求は黙って見上げた。霧雨のようなサァァという音を立て、流れ星が落ちる。


「確かにそりゃあ、本当に綺麗な奴なんてそう居ないかもしれない。
 でも、『綺麗になろう』って思いまで捨てちまったら、"私達"はおしまいだろう!?」


 魔理沙の怒号は、弾を撃つ音にも掻き消されず、帳の落ちた空間に正しく響いた。
かつて、"少女同士のお遊び"を行い始めたのは何故だったろう。きっと、考えるまでも無い事だった。
弾幕よ、美しくあれ。己の能力と、根源と、美意識に沿って。

「"女の子"かぁ……女の子ってこう、基本的に自分が一番綺麗って思ってますよね」
「早苗さん?」
「うーん、幻想郷じゃあんまりそういうの無かったかなー? でも、あっちじゃそうだったんです。
 いえ、勿論『もうちょっと鼻が高かったら』とか、『このグループの中なら』とか、そういうたらればを含んでですけど」

 感傷に浸っている内に、外での出来事も思い出してきたのだろう。
片側に垂らした毛先をくるくると指で巻きながら、早苗は感慨深そうに頷いた。

「とにかく私的には、女の子というのは少なくとも何らかの条件下に置いて自分が一番と思ってるし、
 逆に言えばそう思えない状況下ではストレスがかかる生態が有るわけです。
 そういう意味じゃ、こっちに来たばかりの頃は衝撃が凄かったですよ。まぁー皆さんスッピンの癖して綺麗ですこと。
 霊夢さんとか、顔は石鹸と水洗いだけで乳液も使ってなさそうな癖して肌はもちもちプルプルで……」
「乳液? 牛乳なら飲んでるけど」
「あっ腹立ってきた」

 やや青筋を浮かべながら、早苗自身向こうじゃトップレベルだという自負があっただけにそれはもう酷かったと語る。
諏訪子ではないが、まさに井の中の蛙であった。むしろ情報量的には、海から井戸に飛び込んだ先がえらくハイレベルだったという感じなのだが。

「でも、うん、そうでしたね。
 当たり前過ぎて忘れちゃいましたけど、私、幻想郷が好きだったんですよ。
 不便だけど、神秘的な景色が一杯で……とても、綺麗だなって。今思い出しました」

 無論そこには、無意識に好きになろうとしていた努力もあっただろう。
景色は、いつでもそこに有る。けれど感動はいつしか、日常の中であって当然と受け止めている内に忘れてしまっていた。

「ねぇ、阿求さん」
「……なんでしょう?」
「もし、あのままユニコーンの求める"純潔の乙女"が見つかったとして……
 私達、それを素直に祝えたと思います?」

 それは、と。答えようとして、阿求は返答に詰まる。

「勿論、阿求さん以外の方でも構いません。輝夜さんでも、レミリアさんでも、魔理沙さんでも」
「ん、私? ……うーん、どうかしら、ね。私でも絆せなかったユニコーンを落とす奴に、興味はあるけど」
「私自身は、多分無理だったと思います。そんな"綺麗"な人が居るとなったら嫉妬して、認められなくて……
 きっと、内心で馬鹿にしてた。『ああ、この人は汚れも知らないほどお子ちゃまなんだな』って」

 早苗の告解に、即座に応えられる者はこの場には居なかった。
誰しもが、思うところがあったのだろう。多かれ少なかれ、早苗の言った事に追随するような内容が。

「今なら、許せると?」
「はい。心の底から『綺麗だ』って感じた時の事、思い出したから。だから、信じてみようと思います。
 魔理沙さんが言っていた通りに、ユニコーンが幻想郷を見直してくれるような、そんな人を」
「早苗……」

 僅かに鼻をすすり上げた魔理沙が、ほんの一回だけ目元を袖で拭う。
その魔理沙を中心にして、肩を叩いたり尻を揉んだりと、好き放題しながら人妖が集まって行く。

「しょうがないわねー。本当はそんな義理無いんだけど、付き合ってあげようじゃない」
「お嬢様がそう仰られるのであれば、私に否はございません」
「お祭りは終わるものよねー。ま、今日はそこそこ楽しかったわ」
「ったく、脳天気でいいよなぁ……正直こっちはもうヘトヘトだっての」
「君子は和して同ぜず。ふむ、やっぱり仙人の修行をしてみないか、魔理沙」
「いえいえ、仏法の道も良いものですよ? 魔法使いとしても教えられる事はまだまだありますし」

「お前ら……いや待て、今スカートめくり上げたの誰だ! あんだよ人が感心してたのに!」

 魔理沙の怒鳴り声に合わせてケラケラと、けして不快ではない笑い声が上がった。
魔理沙自身も、憤りながらどこかホッとした、楽しそうな気配を身に纏っている。

「ほら、阿求も」

 じっと拳を握りしめる阿求の手に、そっと掌が重ねられ。

「小鈴……ですが、私は、あなたに」
「……まぁ驚いたし、ちょっとお父さんに申し訳ない気持ちもあるけど……別に、後悔はしてないわ」

 白い手を合わせ、指の一つ一つを絡めるように握る。
そして小鈴は、魔理沙が揉みくちゃにされている輪の中へ、阿求の手を引いていく。

「……あら、あなたも行くの?」

 古明地さとりの問いかけに、ユニコーンはブルル、と鼻を鳴らし答えた。
人垣を掻き分けて入っていく彼は、驚きと概ねの好意をもって迎えられる。
連れて来られた者達の間にも、いつの間にか穏やかな空気が流れていた。先程までの生暖かい迎合ではなく、春の風のような、芽吹きの色が。

 その中で、東風谷早苗が一際大きく声をあげた。

「それでは、皆さんご一緒に!」

 祓串が、八卦炉が、魔力で織られた紅の槍が、少女たちによって腕を突き上げて掲げられる。
その様子を見て、周囲もなんとなく何をしようとしているか察したのだろう。思い思いの獲物が、天を向く。
ここから撃ち出される物など、自分たちの"美しさ"以外に何があろうや。



「「「ユニコーンに相応しいお相手が、見つかりますよーにぃー――ッ!!」」」



 声と同時に発射された光条が、魔弾が、一斉に撃ち出された様々な物が、綱のように絡まって一直線に駆け上がっていった。
そして花開き種類豊かな意匠の弾幕が四方八方に散っていくのを見て、一角獣は自慢の角を掲げ大きく嘶いた。
不意に、誰かが笑い出す。神頼みにしてもあまりに適当な、それでいて真摯な「お祈り」に、ふと可笑しみを抱いたのだ。
笑いは、極自然に周囲へと伝播していった。少女たちの笑い声が、夜空の下に響く。









「ちょっと誰ッ!? こんなとこで結界が揺るぎかねないエネルギーぶっぱなしたの!」



 その時、スパーンと音を立てて虚空が開き、血相を変えて一人の女が宙から身を乗り出した。

「あ、藍? ちょっと、出かけるんだったらご飯くらい用意して……え、何、この数」

 己の式を見つけ次第、妙に家庭的な理由で怒りだしたその女へ、周りの人妖は呆然と視線を合わせた。
女の方も、今更になって自分に向けられる膨大な視線の数に気付いたのだろう。
彼女にしては珍しいことに、事態が把握しきれずにキョトンと目を丸くしている。

「あのぅ、紫様。 そのお姿のまま……?」

 各所の装飾がない被っただけの衣服はどことなく割烹着じみており、寝起きのまま梳かしても居ない金の髪は、なんかもう色々と言い訳がつかない状態だった。
己の式に指摘され、八雲紫も自身の状態に気付いたのだろう。びくり、と体を強張らせ、扇で口元を隠す。

「あ、あら嫌だわ、私としたことが。ホホホ……」
「まぁまぁ、良いじゃないか八雲の。聞きたい事もあるんだろう?」

 そのまま再度スキマに潜って無かったことにしようとする紫の襟首を、レミリアが持ち前の素早さでがちりと掴んだ。
ぐえ、と鴨が喉をつまらせたような声を出してスキマから紫の半身が転げ落ちる。
普段身に纏っている胡散の香りが剥げた八雲紫は、なるほど案外霊夢達と同年代と言われても納得できる姿であった。

「このタイミング……はっ、まさかその時奇跡が発動した?」
「えぇっ? いや……でも……紫様ですよ?」

 口を開いてガッツポーズを作る早苗に対し、妖夢が疑わしそうな声を上げる。
普段のイメージがイメージなだけに、周囲の人妖からも懐疑的なざわつきが多い。

「面倒ねぇ。とにかく、やってみれば分かるじゃない」
「ねえちょっと、何の話?」

 戸惑う八雲紫という非常に珍しい生物を、霊夢は袖を引き一角獣の前へ押しやった。
黒々とした馬の目が、正面に躍り出てたふわりとした金髪の少女を射抜く。

「あら、珍しい。こんな所に……」
「誰もそいつを大人しくさせられなくて困ってんのよ。この際紫も判定してみれば良いわ」
「え゙っ」

 状況を分析しながらもされるがままになっていた紫の足が、ピタリと止まる。
いつもと違い、ヒールの無い靴だからだろうか。霊夢よりも僅かに高い程度の背丈でいやいやと首を振る。

「だ、だめ。無理よ霊夢。私ほら、アレだし」
「駄目で元々よ。どうせここにいる奴ら、全員駄目だったんだから」

 霊夢の言葉に合わせて、微かに紫は瞬いた。

「全員? それは……流石に、まさか」
「阿求が言うにはキリスト教だから自慰も禁止なんだってさ。それで愛して欲しいってんだから、贅沢よねえ」
「そんな文献見たこと無い……」

 ユニコーンは、ただじっと八雲紫の事を眺め続けている。
彼の白目の無い瞳からは、何を考えているのかの感情が読み取り辛い。それこそ、覚り妖怪でも無い限り。
そしてついに、周囲の人数を改めて認識しぐずる紫へと一歩を踏み出した。

「おいおい、まさか本当に?」
「いえ、ここから角で突き上げられて落とされる展開も沢山有りましたよ」
「自分で無理って言ってるんだから無理なんじゃないか?」
「でも彼女、ここまでの話を知らないしねぇ」

 なにせ、あの八雲紫である。
白玉楼の主と怪しい関係だとか、いやあの九尾の狐を手篭めにしているのだとか、はたまた外界に現地妻が居るなどの好き勝手に流れる噂を、一切否定しない八雲紫なのだ。
誰も彼もが自然と候補から外していた彼女であるが、ひょっとしてひょっとしたりするのだろうか。

「は、離して、霊夢」
「嫌よ。離したらあなた直ぐ逃げちゃいそうだもの」

 その八雲紫は、霊夢に羽交い締めされている影響でどうやら抜け出せないらしい。
十字架に貼り付けられた聖者のような格好のまま、視線だけは鋭くユニコーンを睨み返している。
そしてついに、ユニコーンが軽く頭を下げた。捻れた角の切っ先が、紫の腹部を示す。

「危ない」

 誰かがそう呟いて、息を呑む音が聞こえた。


 ……

 …………


 ――衝撃が。

 トサリという衝撃が、八雲紫の下腹部に当たり、じんわりと温かい熱がそこを中心に広がっていく。
顔の側面でぐりぐりと肢体を撫でさすり、ユニコーンは満足そうに目を細めていた。

「おぉー……」

 ここに至るまでの四苦八苦を知る鈴仙が、じゃれつく一角獣の姿に思わず感心の声をあげた。

「"処女"だ」

 そう認められる存在の貴重性を嫌というほど思い知らされた魔理沙が、目の前の出来事を信じられぬかのように瞬く。

「純潔の乙女、ですか」
「本当に居たのか……」
「ここまで来ると、乙女なんて誰も居ないんじゃないかとか疑ってたものねぇ」

 他の陣営のトップ達からも、次々と感嘆の声が上がる。
熱に流されてうだうだと酒を飲んでいた彼女らだが、やはり誰か一人くらいは上手くいって欲しいと期待していたのだ。
なにせ、彼女たちも幻想郷と言う大きな枠の一員であるのだから。知り合いや友人に軍配が上がるのも何となく嫌だが、幻想郷全体が駄目となるとそれはそれで沽券に係る。
直前の早苗の後押しも有り、外野からの歓声の殆どは心の奥底からにじみ出る喜ばしさで溢れている。

 例外は、俯いてどこかプルプルと震えている八雲紫くらいだろうか。

「ふーん、もしかしてとは思ってたけど、本当にそうだったのね」
「……ち、違うし……」
「何が違うのよ……ま、良いけど。大事なのはあんたがどうかじゃ無くて、ユニコーンが絆されるかどうかだもの」

 未だ、どこかしら強張っていた体が、諦めたのだろう――己の身に嬉しそうに顔を擦り寄らせるユニコーンの姿を見て、がくりと力を失った。

「性教育の時だけ妙に無駄話少なかったのって、そういう事だったのかしら」
「それは、まだ幼い霊夢に余計な負担を掛けないためであって……」
「幼いったって、もうお赤飯も炊いてたわよ。ま、今更恋愛しろって言われても困るから良いけどさ」

 羽交い締めにしたまま口を耳元に寄せた霊夢が、周りに聞こえぬ程度の声で囁く。
もはや離しても問題ないと考えたのだろうか。霊夢が脇から入れていた手を抜き数歩距離を取ると、紫は一角獣の頭を抱きしめる形でうなだれる。

「いやー、絵になりますね。どれ、一枚パチリと」

 文の言うとおり、艶やかなウェーブを描く金髪の美少女が月夜の下で神々しく輝く白馬を抱きとめる図は、それだけで一枚の絵画になりえる構図であった。
それが例え胡散の塊の如き妖怪と散々好みに五月蝿かった性獣であっても、アルコールの勢いもあり人々は大いに盛り上がる。

「感動しましたよ、紫さん! やっぱり幻想郷の象徴は少女だったんですね!」
「違うの……」

 おまけに早苗が邪気の無い顔でしきりに歓声を上げるものだから、紫としても真っ赤な顔で曖昧な笑顔を浮かべるしか無い。
ユニコーンの鼻息がやけにハスハスと、腹部に生暖かい感触を広げるのでそれも合わせて何だかとても恥ずかしい。

「いよっ、幻想少女!」
「少女ー!」
「少女! 少女!」

 悪気が無いのは分かる。が、それにしてもこの百近い酔っぱらい集団の熱気は何なのであろうか。
この場に至るまでの悪戦苦闘など知る由もない紫は、言われるがままにポーズを取りながら赤い顔でプルプルと震えるのみ。

「「「しょ・う・じょ! しょ・う・じょ! しょ・う・じょ! しょ・う・じょ!」」」

 万雷の拍手と、汲めども尽きぬ少女コールの中。訳も分からずに涙目のスキマ妖怪だけが、夜の空気に取り残されていた――


 ▲▼▲


 ヴィィィンと、朝の静けさには不釣り合いな回転音が広々とした畳の間に響いた。
回転する刃に彫られた銘は、無論「カシナート」である。
人里離れた道具屋に置いてあったのをすかさず買い付けた一品だが、あの店主はこれらの商品をどこで仕入れているのだろうか。
案外、倉庫の奥に不思議っぽいダンジョンへ続く階段でもあるのかしらと思いながら、輝夜は手に持った瓦版を開いた。

「姫様、キャロットジュースが出来ましたよ」
「ん、ありがと、永琳」

 ちょうど、朝餉の準備も出来た所らしい。
純和風造りの永遠亭であるが、朝は皆野菜ジュースを飲む事も有り、朝食にはパンを用意している。
ほのかに焼き色がついた白パンに挟んだタマゴサンドが、今日の朝食であるようだ。
プリッとした白身の感触と、マヨネーズと黄身を和えた滑らかな舌触りを楽しみながら、天狗の新聞に目を通す。

「行儀悪いわよ、輝夜」
「まぁいいじゃない。あなたと私の仲なんだし。ほら見て、昨日の写真、一面に使われてるわ」

 灰色の新聞紙に大写しになった泣き笑いの八雲紫を指差し、輝夜はふふんと鼻を鳴らした。
本来は自分がこの場所に居るはずであったのだが、まぁ、アレはアレで良い結末だったと思える。

「それで、永琳には昨日の結末が最初から分かってたのかしら? 途中からずっと黙りこくってたけどさ」
「……ええ、まぁ。姫様がお気を悪くしない結果となったのは、私以外の功績が大きいですが」

 永琳の言葉に対して、輝夜は素直に頷いた。
何だかんだ、皆で右往左往していたからこそ結果的には良い暇つぶしになったのだ。
確かに最初から八雲紫が答えだと知っていれば、嫉妬心も湧くし面白くなかったであろう。

「とは言え、どう言う思考回路であなたは八雲紫を導き出したのかしら?
 魔理沙や阿求の言葉が無駄だったとは思わないけれど、あなたが辿った"最短ルート"には興味があるわ」

 それは、蓬莱山輝夜としての性だろうか。
通してみれば楽しい一日であっただけに、それをしゃぶり尽くしたいと言う欲望。
言ってしまえばそれも、不老不死を隅々まで楽しみ抜く為のコレクター魂の一部である。

「そんなに難しい事では有りませんよ。
 『処女性』とはそもそも何かを考えれば、自ずと行き着く所でした」
「処女性とは何か?」

 眉根を寄せ、オウム返しで聞き返すと、永琳は静々と頷いた。

「人類は何故、本能から理性を作るに従って『処女こそが最も清い状態だ』と定義したのだと思いますか?
 生まれたての赤ん坊を見れば、『人は穢れの中から生まれ、子を為した時が最も清い』と定義してもおかしく無いのに」
「それは……」

 もちろん、世の中にはそう言った観点を持つ人々も居るのだろうが。
だが世の中に広く受け入れられた宗教では、やはり神性から性経験を遠ざけた教義が大半だと言えるだろう。
舌でペロリと唇を舐め取り、輝夜は口を僅かに突き出した。

「んー……閨事がたやすく政治的腐敗につながるから?」
「確かに、そう言った不平不満はあったかも知れませんね。ですがもっと、原始的な欲求であったと私は思いますよ」
「じゃあ、そうね。それまでに相手が居ないのなら、間違いなく自分の子だと確信できるから……かしら」

 実際に胎を痛める女と違い、男には確実に自分の子だと断言するための手段が中々ない。
だが他に子を仕込めるような相手がいないならば、まず自分の子だと安心することが出来るだろう。
嫉妬が本能に基づく「必要な機能」だとするならば、それは間違いなく自らの血をつなげる為の物であるはずだ。

「良い線行ってると思います」
「あら、その言い方だと他に考えがあるのかしら」
「近親姦の繰り返しによる遺伝子の劣化、という本能的忌避もあったのではないかと。
 常に同じ人物が祖となってしまっては、種としての多様性が保てませんから」
「ははぁ、なるほどね」

 近親姦をなるべく防ぐ為の遺伝的細工は、最近になって確認出来るようになった物も多い。
聞く所によると、親の臭いを強く嫌な物として感じるのも遺伝子が行う小細工の一つだそう。
故に、初物を尊ぶのも子を為すために多種多様な遺伝子を使おうとさせる本能の工夫だったのかも知れない。

「……で、それが八雲紫とどう関係するのかしら?」
「妖怪や神も、人の意識の中から生まれた以上、人の行う定義から無縁ではいられません。
 ユニコーンが、キリスト教的観点からあまり離れられないように、
 日ノ本で生まれた以上、カミですら『男』と『女』の区別が有るのです」

 でなければ、器物から生まれた妖怪でも幻想郷では少女の姿として現れ、女の機能を持つ理由がつかないのだと言う。
正直、元から姫である輝夜にはあまり縁の無い話であったが、まぁ分からなくもないか。

「しかし、八雲紫……いえ、スキマ妖怪だけは未だに『男のスキマ妖怪』と言う存在が確認されて居ません。
 種として彼女は孤立しており、それでいて確かに『女』なのです。
 だからこそ、本能的定義から離れて『処女』と言う言葉だけに固執するユニコーンにとっては、垂涎の的だったのですよ」
「八雲紫が種として唯一であり、決して汚される事の無い女だから、か……」

 個人にして単一の、オスの居ない種族。思えば、博麗霊夢が暴露した紫の性への感心の薄さもそこに起因するのかも知れない。
まぁ半人半妖という存在もそこそこ居るのだが、紫の場合は便宜的に妖怪という言葉を使っているものの、そもそも妖怪と言えるかどうかも怪しい所があるし。

「あれ、それじゃ途中さんざんやったレズセックスだのオナニーだのの話も要らなかったんじゃ……」
「楽しかったのでしょう? なら良いじゃありませんか」

 優しげに微笑む永琳につられて、輝夜はキャロットジュースに口を付けた。
繊維質の残ったほのかな甘みが、なんだか健康に良い感じがする。

「……ま、そうね」

 一息に飲み干したグラスを卓上に置き、うーんと背筋を伸ばす。
それよりも、今日の暇つぶしだ。一面よりも小さめに乗せられたもう一枚の写真には、マヨヒガにて絆を付けられ小屋に入れられたユニコーンの写真が乗っていた。
なんなら、覗きにいっても良いかもしれない。
何せこの身は不老不死。日々を楽しめないようになれば、あっという間に地獄の始まりであるのだから……。





 なお、八雲紫は三ヶ月ほど式の前にすら姿を表さなかったという。

街の外れでシャバダバドゥ
はまちや
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コメント



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1.9個人的な感想しか書けないマン削除
掛け値なしに面白かったです…が、あまりにもあけすけな表現が多く人を選ぶ内容でしたので-1点させていただきました。
しかし、TOPに出て来た頃よりユニコーンの性質は女性にとってなんて悪質なセクハラなんだろうと思ってましたが、まさかこいつを持ってきてこう落とすとは…。
紫と魔理沙と鈴仙は可愛いかったですが、アリスと阿求は乙女の大敵ですねぇ。
2.10taku1531削除
素晴らしいコメディでした。ババア結婚してくれ。
3.10dai削除
こんな正直な幻想郷初めて
4.2みすゞ削除
読みやすく面白かったのですが、問題が全然進展しないので途中で飽きてしまいました。この半分くらいの長さにしてもらった方が好みです。
5.8ナルスフ削除
これはひどいwwwwww
こんな長さのギャグでありながら、勢いのままに突き進めた。言い回しにいちいちウィットがきいててうまいなぁ。
『鉄! 暴力! セックス!』の方呼ばわりの諏訪子さんカワイソス
女の好みにはうるさいけれど、なんだかんだで真面目に武人なユニコーンさんが楽しい。
そんで、結局禁忌って何だったんです? 結構インパクトあって気になる単語だったのに、結局それに触れられないまま終わったような。別の同種族の男性になびくという可能性?
それにしても珍しく純粋にかわいらしい紫様が見れて満足ではあります。
ところで中古品のこころちゃんはどこで買えるんですかね。
6.10名前が無い程度の能力削除
これは凄い……とんでもない作品だ。
ぼくもゆかりんはしょうじょだとおもいます。
7.10がま口削除
直球だな、作者殿。直球だな。いささかビビりました。
もう処女のあたりで「大丈夫か……」と思っていたのに、真ん中あたりで「あ、これが許されるなら大丈夫か!」と全く大丈夫じゃないのに清々しさすら感じました。
しかしオチはしっかりストーリーはきっちり。ただのサカリついた中学生の悪ふざけではない、高尚な創作性を読むことができました。
規則の当落線上を反復横跳びして賛否両論ありそうな作品ですが、自分の感情はごまかせないので満点です。
8.9烏口泣鳴削除
タイトルと後書きに惹かれました。
途中少しだれましたが、最初から最後まで大騒ぎしている様子が楽しかったです。
9.4u!冫ldwnd削除
場面一つ一つを見れば掛け合いとネタで読ませる物はあるのですが、この分量を通して読むとなると流石に食傷気味な感はありました。
可能な限り多くのキャラを使うことが必要だとはわかりますが、それでも話の進んでいかない印象と単調さが感じられてしまったのは確かです。
10.7めるめるめるめ削除
 話に引きこむ手腕の巧さは凄いと思いました。130kbという長さにも関わらず飽きずに読め
ましたし。
 所々何が言いたいのかよくわからないネタがあったことと、誰の言った台詞なのかよくわか
らない場面があったことは残念ですけど。
 話自体はとことん下品に感じましたけど、よく練られていて説得力は高いですし、下品だけ
ど巧くて、悔しいけど面白い、そんな感じです。
11.8うるめ削除
際どい! 際どすぎる! 単品としては物凄く面白いのですが、こんぺで採点するとなるととても迷う……。果たしてこれが許されるのか。
12.8あめの削除
まず最初に言っておきます。
幻想郷の少女はみんな処女なんです! 幻想郷の少女はみんな清らかなんです!

ともあれ、よくもまあこんな…………。
こういうぶっ飛んだSSが出てくるのもコンペの魅了なのでしょう。ええ、堪能しましたよ。実に面白かったです。阿求がここまで「セックス」って叫ぶSSもなかなかないでしょう。

うん。感想がうまく出てこない。私にとって一番の大迷惑なのがこれを書いた作者さんです。時間ないのに全然書けない。

というわけで、最後に一言。ゆかりんは少女!
13.9きのせい削除
一度として話題に上がらなかった華扇ちゃんが最もユニコーンから遠く、真にえっちってことですかね。淫ピパねえな。
レベルの高いコメディ舞台を見ている気分でした。お題の消化も完璧で、散々ギャグを振り回しておきながら最後にちょっと真面目になる展開も素晴らしい。最初から最後まで目が離せませんでした。凄いわ本当。
一番笑ったのが膜を搭載したからくり人形のくだりです。
14.7名前がない程度の能力削除
求聞史紀31頁に一人一種族の妖怪もいる、とありますが、これだとスキマ妖怪以外にも"処女"がいるような。

阿求の存在感がすごい。まぁ長い転生人生の中で、何割かはオヤジ入ってるからああなっちゃったんでしょうけど。
てか、8回もうりをやぶってないでしょ…まさか他人のもカウントしとるのか!?
15.10文鎮削除
これは酷い、もとい最高です。
ここまであけすけに話が進むとかえってエロくないし、清々しささえ感じます。
もう最初から最後まで腹を抱えて笑わせていただきました。
処女性だの潔癖症だのは度が過ぎると害にしかなりませんね。
ただ、妖精が駄目だったのは少し意外でした。
あと、枯れ尾花の正体は阿求ですか?何故か聖のことを嫌っていますし。
16.7K.M削除
R-18………・ではないか、これくらいなら。