第十四回東方SSこんぺ(絆)

愛と友情のボスリバーサル

2014/09/14 23:59:03
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 ★目次

§.第一章 いまどきの脅迫状
§.第二章 マッド・ティーパーティー
§.第三章 閻魔、再来
§.第四章 交渉前哨戦
§.第五章 愛がない
§.第六章 月は無慈悲な……
§.第七章 恋と正義と奇跡とが
§.第八章 それぞれの戦い
§.第九章 愛と友情のボスリバーサル
§.終章 それから










 ~~愛と友情のボスリバーサル~~





「死屍累々ね」


 博麗神社の境内に数多横たわる、激戦の果てに地に塗れた者たちの躯を見渡して、妖夢は深々と溜息をついた。
 ひどい有様である。
 敷石のそこかしこに散らばる呪符や刃物。玉砂利の上で苦痛を訴えて痙攣する肢体。零れ、流れてゆく命の雫。
 一帯の空気は鼻を突く異臭に汚染され、慣れない者であればこれを嗅いだだけで吐き気を催すだろうことは想像に難くない。

 勝利者などいない、凄惨な戦場。
 誰もが最初から予想していたはずだ。この地に降り立ったが最後、それ以外の未来などないのだと。
 だというのにまるで誘蛾灯に誘われる羽虫よろしく誰も彼もがこうやって挑み、笑い、そして倒れていく。
 これ以上の狂気など無いというのに、どうして。

 苦しむのは己だと、そうわかっているはずなのに、どうして。


「どうして、呑みすぎるのかしら」


 博麗神社の境内に数多横たわる、激戦の果てに地に塗れた者たちの躯を見渡して、妖夢は深々と溜息をついた。



 世の中には宴会を楽しめるものと楽しめないものの二種類がいて、魂魄妖夢は明らかに後者であった。
 酒が呑めないわけではない。人と会話をするのが苦手なわけでもない。旨い酒は好きだし、ほろ酔い気分で魔理沙や霊夢らと駄弁るのは結構好きだ。
 だが宴会となると話は別だ。

 まず第一に、どいつもこいつもタガを外して大暴れする。
 宴会の場に河童がいたら注意報、天狗がいたら警報発令。鬼が居たらもう九割九分九厘諦めるしかない。
 妖怪用の酒を呑んで呑まされ酔い酔わされ。アルコール度数はあくまで目安。
 酒気メーターは即座にレッドゾーンへ突入し、自制なんてモノを求めるのがそもそもの間違いというレベルへヒートアップする。

 そして第二に、どいつもこいつも後片付けをする気など毛頭ない。
 大概の連中が酒やつまみを持参するために準備が必要ないのはまぁ、結構なことだ。
 だが参加者に求められる配慮はそこまで。後片付けをしよう、なんて殊勝な心がけの持ち主なんてただの一人だっていやしない。

 一応補足すると単独で早苗や咲夜が参加している場合だけは例外だ。彼女たちはきちんと後片付けを手伝ってくれる。
 だがそれも神や悪魔が同伴していないときだけ。アレらがくっついてくると彼女たちもアレらの介抱で手一杯になってしまい、結局酔っ払ったアレらに肩を貸しつつ何もせず帰ってしまうのである。
 なに? 妖夢にも幽々子がいる? そんなものは放置しておけばよい。
 普通の人間より長命、故に幽々子との付き合いの長い妖夢は咲夜や早苗ほど過保護ではない。手を抜くところは抜くことをちゃんと心得ているのだ。

 さて、これらの理由を組み合わせると第三の理由が生まれる。すなわち酒が嫌いでないのに宴会で酒が呑めないわけだ。
 旨そうに舌鼓を打つ連中の中で一人麦茶をあおる哀れさを味わってみるがいい、とつくづく妖夢は思うのである。
 だがそう実際に口にすると帰ってくる言葉は、

「そんなこと気にせずに呑め」

 ……ふざけるのも大概にして欲しい。
 そうやって一緒になって酔っ払って、そして目を開けたときにはほら。目の前には一切片付いていない兵どもが夢の跡、だ。
 二日酔いの朦朧たる頭で一人黙々と後片付けをするのか、そう思うと酒なんぞ呑めるはずもない。

 あえて言おう。
 魂魄妖夢にとって宴会なんて糞っ喰らえだ。
 だがそう呪いの言葉をぶちまけたとて、現状は何一つ変わってくれはしない。
 おっと、第四の理由もあった。すなわち、

「なんで神社での宴会の後片付けを私がするのかしら」

 おかしい。
 色々とおかしい。
 何故この世は真面目な正直者が得をするようにできていないのか。

 流石に腹に据えかねて、賽銭箱にもたれかかって舟をこいでる霊夢に近寄ると、ゲインと足蹴。

「……んう?」
「博麗の山の秋風小夜ふけて。後片付けをするわよ」
「んー……面倒だからやっておいてよ。あんた掃除好きでしょ」

 ふざけるな。

「貴女には二つの選択肢がある。ここで眠り続けて明日の朝一人でここを片付けるか、それとも今私と一緒にここを片付けるかだ」
「あーはいはいわかったわかった。片付けるからガミガミ言わないで、頭に響くのよ……」

 説教はごめんだとばかりにひらひら手を振りながら立ち上がる霊夢を見ていると、妖夢のほうこそ頭が痛くなってくる。
 いや霊夢に限ったことではないのだが、この界隈の連中はどうしてこうも他人に迷惑をかけないと生きていけないのか。
 そんな妖夢の内心をよそに境内に転がる三十近い敗残兵を見回して、

「あーあ、派手にやったわね。どいつもこいつもまとめて屑篭にぶち込んでやりたいわ」

 霊夢はまるで我こそが被害者だといわんばかりの盛大な溜息をつく。

「そのうちの一人が偉そうに言うわ。……まずは食器と残飯集めから始めましょう」
「ん。悪いわね、手伝ってもらっちゃって」

 唐突。
 そんあそっけない一言で少しだけ胸の奥が軽くなるあたり、多分己は相当にチョロいんだろう。
 そう妖夢としては思わなくもないのだが。

―― 一人暮らし、か。

 それは魔理沙やアリスも同様ではある。しかし彼女らの家は勝手に宴会場として使われることなどまず無い。
 だから、やはり少しぐらいは助けてやろうと思うのはまぁ、チョロいうちには入らないだろう。

「別にいいわ。一人では大変でしょう?」
「私からすれば幽々子が一緒のほうが一人より大変そうに見えるけど」

 境内の隅。雑木にもたれかかって舟をこいでいる紫と、その膝の上で一升瓶を抱いて高らかにいびきをかいている幽々子。
 幻想郷の、そして冥界の主が。トップがあんなだから下々の私たちが苦労するのだ、と霊夢は言わんばかりの表情である。

――あんなに、可愛らしいのに。

「そんなことないわよ。この前の月見の時だって幽々子様が――」
「あーはいはい掃除始めましょ」

 めんどくさそうな表情の霊夢に続きを遮られた妖夢は僅かにへそを曲げた。

――少しぐらい付き合ってくれても、いいじゃない。

 皆が楽しそうに駄弁っている間、こちとらずっと酒も呑まずに配膳やら酌やらなにやらで働きづめだったのだ。
 ちょっと位は話し相手になってくれてもいい、いやなるべきだ。
 そう妖夢は憤慨するが、

「幽々子様が、以外から始まる話はないわけ?」
「……」

 途端に閉口。
 そんな妖夢を横目で見やった霊夢は石畳に転がる一升瓶を拾う手を止めて、重苦しい息を吐いた。

「呆れたやつ。あんた、幽々子がいなくなったらどうするの?」

 一瞬、妖夢の呼吸が止まる。
 そんなこと、考えたことなどなかった。
 だがよくよく考えれば考える必要がなかったのだ、と納得できる。

「幽々子様はいなくなったりしないわよ。もう死んでるから死なないし、冥界は幽々子様を必要としているし」
「蓬莱人以外に永遠なんて、存在しないわよ」
「知ってる。でもいなくなるなら多分幽々子様よりも私のほうが先だと思う」
「……ま、いいけどね」

 酒のせいで頭が重いのだろうか。
 妙に苦しげに眉を寄せている霊夢の口調もまた、どうにも重い。

「なんか、霊夢暗くない?」
「暗いっていうかね、なんというか、予感?」

 博麗霊夢という存在はあまりにもずぼらで、いい加減で、基本的にやる気が無くて、神性なんて微塵も感じられなくて。
 だから妖夢は時々――というか、常々霊夢が巫女であること忘れてしまっているような状態で。
 だから、

「なんかね、面倒なことになりそうな予感がするのよ」

 博麗霊夢がその実類稀なる才能を持ったシャーマンであって。
 その優れた霊感からなる予感はまったくの無からほとんど予知に近いほどの未来予想を引きずり出すことができるのだと。

 その時の魂魄妖夢はその事実を失念していたのである。




 §.Intermedium I




 ひどく、寒い。
 吐く息が白い靄となって揺蕩う室内の空気は凛と張り詰めていて、透明。

「ではこれより、予て提案されていた施策第1564案の是非を問う」

 者によっては息苦しさすら覚えるほどのそこに重々しい声が響き渡る。

「古よりの通例に基き、我ら十名の判断を以ってこれは絶対と成る。ゆめゆめ己が選択を覆すことなきように」

 物々しささえ感じさせる言い回し。堅苦しい定型文。
 ここにどこぞの死神でもいれば「ふぁーあ」なんてごろんと横になってしまいそうなそれを、しかし茶化すものなどありはしない。

 ここで定められるは神託、神勅。
 覆されざる絶対の理。
 ここは選択の場であり、同時に立戒の場でもある。
 どれだけの堅苦しさを伴ったとて、それを嘲笑しうる者など在るはずもない。

「本案の実行に賛同する者は右手にて挙手を願いたい」

 すっと、迷いなく、淀みなく。
 四本の手が頭頂より高く、天を指し示すようにその場に掲げられる。

「賛成、四。続いて本案の実行に反対するものは右手にて挙手を願いたい」

 これまた同様に迷いなく。
 三本の手が頭頂より高く、反逆の狼煙のようにその場に掲げられる。

「反対、三」

 故に、ここに意は示された。

「賛成四、反対三、棄権三により、施策第1564案の施行は可決された」

 それは、その響きは唯一人の声帯により揺るがされた唯の空気の振動にすぎない。
 だがそれを耳にする者たちにとっては圧倒的とも言える重圧と支配力を含む、波。
 逆らうことなど許されぬ、嵐の中で小船を玩ぶ怒涛の様相で以って全てを呑み込む波であった。



「それでは本施策の遂行者たる西行寺幽々子をここへ。彼女の召喚を以って第1564案を実行に移すものとする」




§.第一章 いまどきの脅迫状




「と、いうわけで幽々子様がこちらを訪れていないか検めさせてもらいたいの」
「そう言われてもねぇ……」

 私室へと通され、部屋の主に二本の刀を預けた来訪者の開口一番がそれである。悪魔のメイドは困ったように小首をかしげた。
 考えを纏める時間を確保するために、ティーテーブルの上。
 己が淹れた、カップの中で相対する相手の像を浮かべたニルギリの雫に手を伸ばして一口。
 うん、悪くない。

「それで、どうしてウチなのかしら」

 正直に言えば、咲夜は目の前の彼女のことは人間の中では――そう、二番目程度には信頼していたし、同時に信頼されているとも思っていたのだ。
 職務も、思考も同じような立場だったし、住む処は遠く離れていると言えど、宴会などでは何度も会話に花を咲かせた仲だ。
 そんな相手にあらぬ嫌疑をかけられたとあっては、表情はともかく内々では穏やかではいられないわけである。

 咲夜がソーサーに戻したカップが珍しくも僅かな音を立てたのに気がついて、彼女は恥じ入るように視線を伏せた。

「申し訳ないとは思っている。でも他に心当たりがないの」

 石造りの建物の中、古びたランプの炎が弱々しげに揺れる。
 その炎に照らされたる表情もまた、どこかしら――弱々しげと言うか苦々しげだ。

「幽々子様を連れ出せる相手なんてそう多くはない。幽々子様が本気で抵抗すれば……」

 そう、西行寺幽々子がひとたび本気になれば、後に残るは草木一本残らない荒野の大地のみ。
 死を操り、死に戯れ、死を玩び、死を慈しむ。
 あらゆる存在を甘美なる滅びへと誘う冥界の支配者に相対できるものなど、この幻想郷では片手の指で事足りる。

「そういう意味では永遠亭のほうがはるかに怪しいのではなくて?」

 永遠亭。
 その名のごとき悠久を二つその内に孕む、貴き伝説の住まう庵。
 完全なる不死に対しては、絶対死を操る力もなんらの意味を持ち得ない。
 だから元月人たちは幽々子の天敵である上に、しかもその片割れは月をも含めた全世界最高峰の知略の持ち主ときている。
 疑うならばまずそこではないか、と咲夜は思うのであるが、


「私のほうが彼女たちよりはるかに上手に和菓子を作れるわ」


 自信満々、かつ少し恥ずかしげにそう返されて一瞬呆気に取られてしまう。
 その言葉の意味を吟味して、思わずプッと噴き出す。

「……そう、そういうこと!」

 なるほど。西行寺幽々子を動かすならば餌で釣るのが一番手っ取り早い。
 堪らず声に出してクククと笑い始める咲夜を前に、妖夢はむっつり唇をへの字に曲げた。
 一応抗議はしておきたいところであるのだが、自分から言い出したことなのでどう返していいかわからないのだ。
 恥ずかしげににテーブルの下、膝の上の拳をぎゅうっと握る妖夢の前でひとしきり笑みを零し終えた後、咲夜は、

「ならアリスあたりも疑っては如何? 彼女も上手よ、洋菓子作り」

 半ば冗談、半ば本気でそう問い返してみるのだが、

「冥界は元々は転生待ちの霊のために神々が作り上げた世界よ。いかに優れた魔術師とて痕跡を残さずに進入することなんてできないわ」
「ふむ……」

 今度はやや真面目に返されて、笑顔をちょいと引き締める。
 なるほど。「気を使う」能力を持つ美鈴と違って、剣こそがすべての妖夢には幽々子に向かう危険を察知するような手段はない。
 だというのに白玉楼に侵入すると必ず階段前で妖夢にお目にかかることになるのにはそういう裏話があったということか。
 恐らく現在は是非曲直庁と名を改めている連中が冥界を作成したときに残した防衛機構。それがいまだ機能しているということだろう。
 と、すると、

「私はどうやら貴女に過大な評価をいただいているようね」
「……時空間を操る能力。それは幽々子様の死を操るそれと同じく、神にも比肩する力だから」

 俯き、表情を隠して妖夢はそう答える。
 嫉妬と、羨望と。そしてそれを抱かれることを咲夜が嫌悪しているのを知っているが故の恥辱。
 もっとも咲夜からすれば妖夢のその愚直さをこそ好ましく思っているわけであるので、その実この二人は微妙に噛み合わない状態でそれなりに組み合っているのであるが。

「私が、『ここに幽々子はいないし、お嬢様からはなにも伺っていない』と言うのでは納得できない?」
「貴女が幽々子様に口止めされていないという保証はないわ」
「私は一応、幽々子よりも貴方の要求を優先する心算なのだけど」

 咲夜からすれば宴会の後片付けや何やらでしばしば顔を合わせる友人より、普段は冥界白玉楼に引きこもっていてあまり面識のない幽々子を優先させる道理はない。

「だけど同時に、私たちは何よりも主の命を優先する」
「まぁ、ね」

 それに関しては咲夜も反論のしようもなかった。
 赤い悪魔が命とあらば――たとえ主の指示がただ娯楽を求めるがためのそれであっても――咲夜には逆らうという選択肢はない。
 だから子供っぽい性格の悪魔とぽわぽわ幽霊が一緒になって悪戯をたくらんでいる可能性がある場合、妖夢は咲夜を信用できない。
 これは咲夜と妖夢の立ち位置をそのままそっくり変えても同じ。従者という立場にある二人にとって、それは仕方のないことなのだ。

「それに」
「うん?」
「できれば、人を疑いたくはない」

 そんな遠まわしすぎる回答。常人なら詳細を掴みかねるそれの意味を正確に咲夜は理解した。
 紅魔館内を妖夢が捜索した結果として幽々子がいないと判断したなら、仮にその後に幽々子が紅魔館で見つかったとてそれは妖夢の失態だ。
 だが咲夜が「ここに幽々子はいない」と口にしたそれを信じて紅魔館を去り、そしてその後に幽々子が紅魔館にいたと露見したら、それは恨みへと変わりかねない。
 信頼していないわけではない。疑いたくないからこそ、咲夜に責任を負わせないためにも妖夢は自分で紅魔館を探索しなければならないのだ。

――本当、真面目一徹ね。

 深々と咲夜は溜息をついた。
 正直なところ、咲夜が隅々まで捜索したほうが勝手を知らぬ妖夢が漁るよりはるかに正確な解答を返せるのであるが。

「いいわ。お嬢様に許可を取って――来た。お嬢様の寝室以外の好きなところを探しなさい。もっとも、地下は止めておいたほうがいいと思うけど」
「そうも言ってられないからね。……その」
「何?」
「ありがとう」
「どういたしまして。何かを破損した場合にはきちんと修繕費をいただきますので」

 席を立った妖夢に預かっていた二本の刀を返却して、咲夜は微笑んだ。
 謝罪を滲ませるぎこちない笑みを返して、妖夢はするりとマホガニーの扉の向こうへと消えていった。
 残された咲夜は冷めた紅茶を啜りながら、テーブルの上に残された紙片に視線を向ける。

 妖夢が口を開く前に提示してきたそれ。
 恐らくは複数の紙面から一文字ずつ切り取られ、張り合わせされて文章と成ったそれ。



『西行寺幽ユ子ハ預かった。次ノ連絡を待て』



 と、切り貼りされた文字群で記された紙片。
 はたしてこれは。

「西行寺幽々子の冗談? それとも大事件?」

 大小様々な異変が日々氾濫する幻想郷においてこれは悪戯と片付けられるのか、それとも前例なき大騒動となるのか。
 この結末は正直、これまで幾多の苦難を乗り越えてきた咲夜にとっても現状では予測がつかなかったのである。


 ¶


「っ痛ぅ……疲れたぁ」

 冥界白玉楼に無数ある客間の一つ。
 自室として己にあてがわれている広さ十畳程度のそこに戻ってきた妖夢は、エプロンドレス姿のまま精根尽き果てたように畳へと突っ伏した。

 なにせ紅魔館地上部の捜索を終え、地下大図書館に足を踏み入れたら偶然鉢合わせした漆黒のシーフが、

「妖夢! 予定通り足止め頼むぜ!」

 なんて出鱈目を大声で口にしてくれちゃったせいで誤解した図書館の主にボコボコにされ。
 そして誤解であることを説明した後に更に地下深くへ降り立って、そこに住まう悪魔の妹に、

「暇してたのよ! 一緒に遊ぼう!?」

 じゃれ付かれて冥府の底を十度ほど覗き込むことになって。
 もう止めてください悪魔の臥所に迂闊に足を踏み入れた私が悪うござんした許してくだせぇと心の中で二十篇ほど唱えてようやく開放されたときにはもう、妖夢は薄い本の中で手篭めにされてしまった少女の如くにボロボロになっていたのである。

 それあるを予期して救急箱とエプロンドレス(!)片手に地下扉の外で待機していた咲夜の――趣味は置いておこう。贅沢は言えない。
 とりあえず咲夜のおかげであられもない姿を衆目に晒さずにすんだとはいえ、流石にもう心身ともに限界。
 帰り道でネタ大好きの天狗にエプロンドレス姿を二三枚写真に撮られたような気もしたが、それを追いかけて切り潰す余裕もなく。
 ただただ「私の部屋はまだですかそうですか」なんて言葉だけが支配している頭でふらふらと、ようやくここまでたどり着いたのである。

「おきて、じゅんびしないと」

 頭ではそれが理解できていても、体が言うことを聞いてくれない。
 炎獄の杖片手に舞い踊る鬼相手に丁々発止と切り結んだせいで、両腿は既に肉離れ寸前。手には握力が残っていなくてブルブルと勝手に震える始末。
 今の己ならば誰が相手でも勝てない自信がある。今なら何故か毎度毎度雑魚相手に手も足も出せないなんて矛盾バリバリな薄い本の中のヒロインになれる。
 貧乳は希少価値だ、ステータスだなんてどうでもよい方向にばかり思考が向いていく。
 そんな状態だから、

「妖夢はん、閻魔はんがお見えどすえ」
「おのれ来たか貧乳、私の宿敵」
「はい?」
「すみませんなんでもないです。おトメさん、申し訳ありませんがここまで来てもらえますかと閻魔様に伝えてもらえません?」

 接客担当の幽霊女中であるトメさんにそう返して、しかし妖夢はどうにも起き上がることができない。
 上司の上司、しかも今日はなぜか閻魔様直々の来訪である。無礼があってはいけない。寝っ転がって対応なんてもってのほか。
 そう理解していてもどうしようもないものはどうしようもないのだ。

「ふっ、口ではどうこう言っても身体は正直だな」
「……まぁ、疲れているのでしたら無理に身体を起こせとは言いません」
「ありがとうございます閻魔様」
「スカート捲くれてますよ」
「ドロワはいてるのでどうでもいいです」
「ガーターベルトに白のショーツ、と私には見えますが」
「言うな視姦魔。貴女がそう口にしなければこれはドロワだ私の下着はいつだってドロワだとそう思い込めたのに!」

 ドロワでなくてショーツを用意してくれやがった咲夜と心の中で切り結びながら、現実では身体をひねって何とか仰向けに。
 ちょいちょいとスカートの端を正して白い三角形の布キレを閻魔の弄るような視線からガードする。

「私を変態のように扱うのは止めてください」
「私がなにもしなくたって閻魔様は巨乳の部下にギルティ突きつける落伍者ですからご心配なく」
「人間疲れていると隠している素のキャラクターが出るって言いますね」
「事実を口にしたまでです。巨乳、憎いですよね?」
「憎いですとも」

 手を伸ばしてきた閻魔とガッツリ握手。
 己には手の届かぬたわわに実った果実を見せ付けられて日々苦しむ、持たざる者たちの同盟は今ここに成った。

「もっとも私はまだオコサマなだけで、閻魔様はもう未来無き大人の女性ですけどね」
「死刑こそが貴女には尤も最ももっともふさわしい」

 同盟は一夜にして瓦解した。

「さて、貴女が疲弊の極地にいることはよくわかりましたので用件を済ませてしまいましょう。今月の業務報告書を受け取りに参りました。西行寺幽々子はどちらに? 」
「そこら辺を遊び歩いていると思われます」

 妖夢は内心で頭を抱えていた。
 何故よりにもよって是非曲直庁職員の来訪する今日この日に幽々子はいなくなってしまったのか。
 今日でなければ正直、幽々子がどこで何をしてようがそんなことはどうでもよかったのだ。

 冥界の維持も、幽霊たちの転生待ち期間の把握も、期日が来て来世へと向かう幽霊をオーラロードへ誘導するのも全て妖夢がやっている。
 当然、業務報告書を作成するのも妖夢。幽々子の役目なんて最後に判を押すだけ。居ても居なくてもどうでもよい。
 だが形式上それらを全て取り仕切るのが幽々子である以上、業務報告書の授受は幽々子と是非曲直庁の間で取り交わされなければならないのである。

 それにしても、

「彼女が留守とは珍しいですね」

 そう四季映姫は小首をかしげた。
 休みとあらば皆に善行を積ませるためにそこかしこを飛び回っている四季映姫である。こう見えて顔はかなり広いほうなのだ。
 その彼女が閻魔に就任してから数百年、白玉楼以外の場所で四季映姫はほとんど幽々子と対面したことが無い。せいぜいが冥界拡張騒ぎの時くらいか。
 それくらい幽々子の引き篭もりは徹底しているというのに。

「直々に閻魔様が来るのも珍しいですが」
「私のほうはちょっと言伝があったもので。ま、ついでです」

 ついでであんたが来るな下っ端を寄越せコノヤロウと言ってやりたいが、当然そんな事は言えっこない。

「どうせ二三日もすれば帰って来るでしょう。申し訳ありませんが今回は勝手に持って行っていただけないでしょうか? モノは表座敷のちゃぶ台の上に用意してあります」
「……無用心ですね。泥棒に入られたらどうするのですか」
「冥界の進入者識別鳴子式は閻魔様がたが作られたのでしょうに。ご自身たちの力をお疑いですか?」
「油断大敵、とも古来より申すもの。システムを過信なさらぬように」

 呟いて四季映姫は妖夢にくるりと背を向ける。
 「今回限りですからね」なんて呟きを耳にして、ほっと妖夢は胸をなでおろした。
 とりあえず今日を凌げれば、あとはどうとでもなる。
 これであと一ヶ月猶予ができたのだ。流石に一ヶ月もあれば幽々子も帰ってくるだろう。
 ガラでもないキャラを作って自身もダメージを負うネタをも投入、どうでもいいか的空気を作り上げ煙に巻く作戦はどうやら功を奏したようだ。

 四季映姫が襖の前に立った気配を感じ取り、女中がスッと襖を開く。
 ここ一番を乗り切るためとはいえ、あまりに失礼を口にした。後で四季映姫には何かしらの謝罪はしなくてはなるまいと。
 そう考えていた妖夢の鼓膜を揺るがす、


「油断大敵。西行寺幽々子が害されることなど有り得ない、ゆめゆめそのような錯覚など抱かぬように」


 声。

「!? それは、どういう……」

 その問いに答えること無く、四季映姫はそのまま滑るような足運びで畳から板張りの廊下に足を移す。
 スッと、襖が閉じられて。

 疲労の局地にあった妖夢は四季映姫の後を追うことができなかった。




 §.Intermedium II




 ひどく、寒い。
 吐く息が白い靄となって揺蕩う室内の空気は凛と張り詰めていて、透明。

 目を覚ました彼女が呆とした頭を左右に振ると、辺りは漆黒の闇。
 もっとも自身が発した物音の反響音からして、そこは四畳間にも満たない狭い空間であることは辛うじて把握できた。

「お目覚めのようね」

 彼女が意識を取り戻したことに気がついたのだろう。鉄格子の向こう側から、突如としてそんな声が聞こえてくる。

――鉄格子?

 そう、それは檻。彼女が閉じ込められたのはまるで猛獣でも閉じ込めるかのような強固な檻だ。

「まったく、手間をかけさせてくれましたわね」

 鉄格子の向こう側に佇む金髪の女性は口元を扇で隠したまま、そのような呟きを口にする。
 そんな悠然とした態度に思わず頭に血が上り、相手に掴みかかって――
 それは鉄格子に易々と阻まれる。

「申し訳ないけれど、きちんと反省するまでそこから出してあげるわけにはいきませんの」

 一目で芝居とわかる、作り物の沈痛な面持ち。
 それは憐憫、憤怒。まごう事無き拒絶の意志。
 鉄格子を挟んで相対する両者は決してお互いを受け入れることのない敵対関係。

「貴女一人の幸せのために、大多数の存在が不幸になっていい道理はない」

 幻想郷の支配者。妖怪の賢者の筆頭。
 純白のドレスに大陸風の意匠をあしらった式服を重ねる、黄金の闇。
 八雲紫は敢然たる決意の篭った瞳で、闇の中にある彼女の真紅の両眼を睨みつけてくる。

「……幻想郷は、全てを受け入れるはずでは?」
「ええ、勿論。幻想郷は貴女を含め、幻想となった全ての存在を受け入れます」

 クスリ、と口だけで笑う八雲紫の目はしかし、これっぽっちも笑ってはいない。

「ですが同時にそれは私の意志をも受け入れるということよ」

 闇の中の彼女は皮肉気に口を歪めた。
 なるほど、正論だ。
 そして同時に馬鹿馬鹿しいほどの欺瞞に満ち満ちている。

「私の願いと貴方の願いが衝突するならばどちらかが敗れてどちらかが残る。これは仕方のないことでしょう?」

 笑わせる話だ。アンフェアな話だ。
 幻想郷の管理者が『自身に有利なように幻想郷を造って』いないと、どうして言える?
 最初からそこに平等なんてモノはない。全てを受け入れるだなんて口先だけの嘘八百だ。
 八雲紫の幸せのために対立する全てが不幸になるが道理であるのがこの幻想郷であろうに。

 だから、ほら。
 このように八雲紫の意にそぐわない彼女は今、このように檻の中に囚われていて。
 自由を奪われて、そして社会から黙殺されようとしている。

 白い肌。幽鬼のような青白い顔。怒りに染まっていてもなお血の気を感じさせぬ彼女に、八雲紫はくるりと背を向けた。

「しばらくそこで頭を冷やしなさいな。貴女が皆にとっての益となる選択をしてくれることを切に願いますわ」

 こつ、こつ、こつ、と。
 音と共に八雲紫の姿が鉄格子の向こう。光差す世界の中へと溶け込むように消えていって。
 そして、彼女は闇の中に一人取り残される。

 闇の中、一人手探りで己の状態を確認する。
 どうやら普段身につけているこの衣服以外の全てが奪われているようだ。
 無駄だと思いつつ霊力弾を生成して格子にぶつけてみれば、嬉しくない予想どおり。傷一つつけることができない。
 この牢の残り五面を構成する石壁も同様。霊力、腕力のどちらをもってしても破壊は難しいだろう。

 だからって、諦めきれるはずもないのだが。

「このままでは……」

 ギュッと、掌を強く握り締める。
 そう、このままでは。

「このままでは、終われない……終わるわけにはいかない。必ず……」




§.第二章 マッド・ティーパーティー




「ここにもいない、か」

 霜月の人里、午後三時。
 穏やかでほのかに暖かい冬の日差しが人里を優しく包み込む中を、魂魄妖夢がやや頼りない足取りで流れていく。
 背に負う太刀が行き交う人々の邪魔にならないように配慮できているだけマシといったその様相は、さながら果すべき命令を失ったゾンビのようだ。

 まずは、上白沢慧音に。
 そこで成果が得られなかったためにわざわざ稗田の屋敷にまで足を伸ばした、というのにである。

「私が知リうる限りでは、現在は命蓮寺が管理している共同墓地でそれらしき姿を見た、というのが最後の目撃情報ですね」

 己が見聞きしたあらゆる情報をその脳内に余すところなく蓄えておける、九代目の御阿礼。
 稗田阿求が口にしたそれは、この前のアマノジャク包囲網のときのお話だろう。残念なことにそれはもう一ヶ月も前の話。
 つまりそれ以降、幽々子は人里を訪れてはいないということになる。

 無論、求聞持の能力を持つとて人里の全てを把握しているわけではないだろうから、その回答が絶対ではないのは確かだ。
 だが幽々子が人里を訪れれば必ずやその目撃情報は口の端にのぼるはず。
 桜を煮詰めたかのような赤い唇と瞳、生気のない真っ白な肌。
 整った目鼻立ちに薄桃ががった白髪という容姿は――黙っていればという条件付きではあるものの――まるで後光を湛えて輝いているかのような神々しさすらある。
 その彼女が人里を訪れて噂にならないはずがない、と妖夢は身内びいきがそこに混入していることを認めつつも、そう確信している。

「どこ、行っちゃったんだろう……」

 先の閻魔の来訪、すなわち幽々子が姿をくらましてからもう二週間。
 最初に二つの神社を訪れた。命蓮寺も、霊夢を介して進入した神霊廟も確認したのだ。
 冥界の業務の合間を縫って少しずつ、少しずつ捜索範囲を伸ばしていっても幽々子の痕跡一つ掴むことができない。

 立ち止まって、チラリと周囲に目を走らせる。僅かな期待を込めて。
 稗田の館がある人里東地区はそれなりに裕福な者たちが集う、いわば高級住宅地だ。
 そこの大通りを歩く人影は妖夢とは異なり皆どこかしら華やいだ面立ちで、足取りもまた軽やかだ。ああうらめしや。
 見ろ、妖夢の大刀を物珍しげに眺めながら目の前を駆けてゆく男の子たちだって、あんなにも――

「あっ……」

 と、妖夢が声を上げたときには遅かった。
 よそ見しながら走っていた五人ほどの子供たちが足を絡ませ、もみくちゃになって将棋倒しに転倒してしまう。

「あーあ、よそ見してるから」

 見て見ぬフリをするのもなんだし、助け起こしてやるべきか。
 そんな妖夢の配慮はまったくの不要であったようで、倒れた子達は何事もなかったように立ち上がっていくが……。
 最後の一人。将棋倒しの一番下。
 結果的に皆のクッションになった一人だけは無傷とはいかなかったようだ。
 男の子だけあって泣き出したりはしないようだが、膝小僧に刻まれた砂と土が入り混じった擦り傷は見ていて痛々しい。

――私もよく、修練中にあんな傷を負ったよなぁ。

 懐かしい記憶。
 まだ妖夢には師たる祖父がいたころの話。妖夢ではなく彼こそが西行寺幽々子の剣指南役にして、白玉楼庭園の園丁だったころの話だ。
 師が口下手だったこともあって、習うより慣れろを主体とした指導は当然のように手合わせばかり。
 未熟だったころの妖夢は師の一撃を上手く受け流したりいなしたりすることができず、バランスを崩して無様に転倒してはあのように擦り傷を負ったものだ。

――おかげで守勢しか鍛えられなかったもんね。

 なかなか攻めの姿勢に移ることができないままで幾星霜。
 ようやく妖夢が師に打ち込めるようになったと思った直後に師は書き置き一つ残し、己の道を求めて旅立ってしまっていて。
 結局妖夢の剣は今も攻めるを知らぬ守りの型のままである。

――……お祖父様はいま、どこで何をやっているんだろう。

 冷静沈着にして巌の如し。その有様は内に怒気を孕んだ時ですら清流のように物静かで流麗。
 長年西行寺幽々子に影のように付き従い、幽々子に――多少持て余されども――絶対の信頼を置かれていた冥界一硬い刃。
 そして妖夢の、現存する唯一の肉親。彼が白玉楼にいてくれれば。

 そんな詮無きことを考えていた妖夢の耳に急に飛び込んできたのは、

「ありがと! 姉ぇちゃん!!」

 うん? 私なんかやったっけ? なんて改めて少年たちがいた場所を眺めて見れば、

「「あ」」

 目が合った。
 幽々子と同じ、真紅に染まった紅玉のような瞳。だが体躯が異なる。
 幽々子が女性的なふくよかさを帯びた肢体を幾重もの衣で隠しているのに対して、こちらはスポーツマンのように引き締まった四肢と近代的な装い。
 なにより彼女を彼女たらしめるのは頭上から天を刺……せずにぐねぐね伸びるへにょり耳。

 永遠亭の宅配薬売り、鈴仙・優曇華院・イナバは恥ずかしいところを見られたとばかりに顔を赤くして俯いてしまう。
 はて、と思って走り去る少年たちに視線を向ければ、先に転倒した少年の足には真新しい真っ白な包帯が。
 なるほど、

「手当てしてあげたんですね」

 そう話しかけながら近寄ると、鈴仙は手早く医療鞄を閉じてすくりと立ち上がる。
 相変わらず瞳は妖夢からそらしたままだ。

「……膿んでもアレだから」
「唾つけておけば治りますよ、あれくらい」
「そういう油断が症状の悪化を招くのよ」

 そうかもね、と妖夢は反論せずに頷いた。
 あの程度の怪我に包帯は大げさだ、と生傷を友として育った妖夢は内心では思ってはいるが、治療を施すことそれ自体は悪いことじゃない。
 それにどこかしら人と関わるのを避けているふしがあった鈴仙が子供の手当をしていたというのは、それはそれでよいことではないだろうか。
 ……と、

「そうだ。すこしお茶していきません?」

 相手だって精神年齢は年頃の女の子だ。
 甘いモノは嫌いじゃないだろうと声をかけてはみるものの、相手は悲しそうに首を振る。

「今月、あまり余裕がないの」
「奢りますよ。私は今月余裕がありますので」
「……白玉楼って年中無休でお給金無しじゃなかったっけ?」

 お給金はない。だが妖夢が冥界の書類作成を幽々子の代わりに行っている関係上、書類の操作が可能であるのだ。
 すなわち必要経費には定価を記載して、モノは割引品を安く仕入れることで妖夢の懐に幾許かの小銭を残すことができるのである。
 過剰に見積もっているわけではないし、妖夢の交渉術があればこそ安価な仕入れが可能となると考えればまぁそこまで悪質な手段ではあるまい。
 対人スキルに対して支払われる正当な報酬と妖夢自身はとらえている。閻魔がどう裁くかは裁判にかけてみなければわからないが。

「まぁ気にしないで。和菓子と洋菓子、どっちがいいですか?」
「……洋菓子」
「ん。たしか早苗がオススメしてた店は……なんだったかな」

 一つ頷いて妖夢が歩き出すと、鈴仙もまた静々と妖夢の後をつかず離れずでついてくる。
 重畳重畳、と妖夢は頷いた。
 永遠亭にも探りを入れておきたかったところである。
 相手は元軍人。やりにくいところもあるにはあるが、それでも月の頭脳や詐欺兎を相手取るよりかははるかに楽だ。
 幸運なめぐり合わせに感謝しながら、妖夢は外観ばかり洋風を装って立てられたカフェーの入口をそっと押し開いた。



 ¶



「西行寺幽々子? もうわりと長いこと見てないけど」

 視線を妖夢からそらしたまま鈴仙はどうでもよさそうにそう答える。
 たぶん、それは嘘ではないのだろう。実際、鈴仙はアマノジャク包囲網にも参加していなかったし、幽々子との接点は確かに少ない。
 妖夢と目をあわさない理由は目の前、洋卓の上。たっぷり蜂蜜と牛酪を落とした「ぱんけえき」に気を取られているからだ。
 いそいそとせわしなくナイフを動かしていた、

「ナイフが右手だって。早苗がそう言ってました」

 鈴仙の食事環境はその西洋風の装いに反して純東洋風である。
 赤く染まった顔を更に俯かせると、鈴仙はナイフとフォークを持ち替えて再度ぱんけえきと格闘を再開。
 二段重ねの円盤をそれぞれ綺麗に六等分し、その一切れを口に運んでゆっくりと咀嚼。緑茶で口腔内の蜂蜜を拭ってようやく鈴仙は妖夢に視線を向けてきた。

「で、幽々子がどうしたの?」
「この先は醜聞なんで秘密にして欲しいんですけど」
「履歴柄、機密保持には自信があるわ。奢ってもらってもいるしね」
「ん。じゃ、これ」

 はい、と妖夢は騒動の発端となった紙切れを洋卓の上に滑らせる。
 鈴仙が赤い目をぱちくりさせている間に妖夢は己の「もんぶらん」にすっとフォークを落として一口。
 なるほど、秋穣子様監修! なんて入り口に大々的に張り紙されてただけあって、栗の甘みと僅かなブランデーの香りが口いっぱいに広がってくるこれは、

「悪くない」
「え? 幽々子がいないことが?」
「あ、いや。洋菓子の話。で、心当たりがないかなぁと思いまして」
「……貴女、何でそんなに落ち着いていられるの?」
「八意永琳がそんな書置き残して行方不明になったら貴女はどう思います?」

 意を得たり。
 ぱんけえきにナイフを刺してもぐもぐごっくん。

「納得。でも万が一を想定して、って感じかしら?」
「うん、もう二週間も帰ってこないから……」

 ふむ、と鈴仙は妖夢のもんぶらんに食い入るような視線を落としたまま黙り込む。
 もしかして催促されているんだろうか。
 そう考え、少し分けてあげようかと妖夢が少し深めにもんぶらんにフォークを入れた時に、

「一番怪しい相手は疑ったの?」
「え?」
「スキマ妖怪」
「ああそれは当然真っ先に疑ったわよ」

 何かあったらとりあえず奴を疑え。怪しいことは全てあいつが裏で糸を引いている。
 ――とは守矢に端を発する騒動が増えた昨今では言えなくなってきたが、それでも彼女は未だにあらゆる胡散臭さの集合体として幻想郷に君臨し続けている。
 ましてやあのスキマは幽々子にとっての無二の親友でもあるのだ。疑わない道理はない。

「いの一番で尋ねたわ。ただ『残念ながら私はあの宴会以降幽々子を攫うどころか姿も見ておりません』って」
「嘘つかれてるんじゃない?」
「無論その可能性はあるんですけど……」

 とは言え、相手は主人の友人である。
 それに真面目な顔で『大事な幽々子のことですもの。何かあったら仰いな、手を貸しますわ』って返されてしまえばもう、妖夢としてはそれ以上詰め寄れるはずもない。

「ふーむ……」

 腕を組む鈴仙を前に、話に気を取られた妖夢はそのまま掬い上げたもんぶらんを己の口にひょいぱくり。
 一本気な少女なのだ。同時に二つ以上に意識が向けられず、もはや取り分けてやろうとしたことすら記憶の彼方である。
 そんな妖夢に鈴仙は含むような視線を向けて、

「で、次に疑わしいのは……ウチね」
「申し訳ないけど能力的にそうなるわね。動機はさっぱりなんだけど……」
「幻想郷の連中に動機を求めるのはそもそも間違い、か」

 ウチもけっこう幻想郷の流儀に染まってきたもんなぁ、と鈴仙は溜息をついた。
 ちなみに幻想郷の流儀というのは「楽しいことはやったもん勝ち、迷惑かけても謝罪はしない。何かあったら酒で誤魔化せ」である。
 ひどい話だ。

「私の知る限りでは、ウチにはいないわね」
「ん。一番最初に聞きましたからそれは疑ってません」

 鈴仙もまた永琳に従事する従者のような立場ではあるが、鈴仙は根がわりと臆病なので、こういう場合自己保身を優先しがちなのである。
 それゆえに元軍人でありながら――いや、あるからか。可能な限り戦闘や対立を避ける方針を採ることが多いのだ。
 加えて妖夢自身に匹敵するほど嘘や隠し事が下手というのもあって、現状では妖夢が鈴仙を疑う理由はない。

 もっとも咲夜とは異なり、鈴仙の上司は幽々子と同じで平然と部下を欺く性質なので油断は禁物である。
 信じられるのはあくまで鈴仙が幽々子を見ていないというところまでだ。

「一つ、気になることがあるとすれば」
「うん?」

 首を傾げる妖夢を前に、ぱんけえきをぺろりと平らげた鈴仙は卓の上に広げられた脅迫文をこんこん、と指で叩いてみせる。

「幻想郷ってこれまで紙、結構貴重だったじゃない?」
「え? ええ、そう伺っていますが」
「と、するとこんな風に他の紙から一文字一文字切り取って文章を作ったりって、一般的にはやらないんじゃないかしら」

 そういえば、と妖夢は眉をひそめる。
 物に不自由することがない冥界で暮らしていたから失念していたが、なるほど。言われてみればそうかもしれない。
 先の咲夜がそれに気がつけなかったのは、彼女が――彼女の過去はよく知らないが――幻想郷の『外』の感覚を引きずっていたためだろう。
 「ついでに言えばあの亡霊がこんな面倒くさいことやりそうには見えないけど」なんて続けられた鈴仙の呟きにもまた、確かにと頷かざるを得ない。

「犯人は、外からの人?」
「その可能性は若干高いわね、って話。もう『犯行』って決め付けたの?」

 茶化すような鈴仙の問いかけ。顔を赤らめた妖夢は誤魔化すようにお茶をすすった。
 ごく自然に「お代わりしてもいい?」と尋ねてくる鈴仙に興味なさげに頷き返す「ぃよっし!」
 と、妖夢はそのまま自身の思考へどっぷりと沈み込む。

――外の世界の、存在か。

 幸せそうにもんぶらんをつつく鈴仙とはまるで対照的。
 苦い顔をした妖夢は頬杖をついたまま、鈴仙が五つ目のケーキを食べ終えるまで延々と楽しくない思考を重ね続けていた。




 §.Intermedium III




 ひどく、寒い。
 吐く息が白い靄となって揺蕩う室内の空気は凛と張り詰めていて、透明。

 目を覚まし、そしてああと嘆息する。
 もうすっかり見慣れてしまったその天井はしかし、冥界白玉楼の寝室ではない。
 身体の自由こそ奪われてはいないものの、着替えも、行動の自由もないそこは牢獄。
 僅か数平米の範囲をハラハラと舞うことしかできない、彼女はいまや檻に囚われた一羽の蝶。

 もっとも代謝などとっくになくなっている体に加え、もとより白玉楼の外を出歩くことすら稀であったのだ。
 だから衣、住の制限それ自体がストレスになる、ということはほとんどないのであるが、

「何か、召し上がられますか?」

 そんな外からの問いかけに、力なく首を振り返す。

「いらないわ」
「わかりました。何かしら用意いたしましょう」
「だから、いらないってば」

 ふぅ、と。
 鳥籠の中の少女は不満げに、僅かに頬を膨らませた。
 こんな状況であっても空腹を覚えるのが当然。相手が己をそんな風に認識しているのは、流石に腹立たしい。

「それより私をここから出してはくれないの?」
「考えを改めていただけたのであれば」
「改めました」
「そうですか。それは何より」

 そう答えた気配はしかし、幽々子に背を向けて座したまま一向に立ち上がるそぶりもみせない。
 つまるところこの看守役は幽々子の返答などこれっぽっちも信じていないということだ。

 それも仕方ない、と言えば致し方ない話だ。
 かれこれもう千年来の付き合いである。これまで散々紫と一緒にオモチャにしてきたとあってはこれ、信じてもらえると思うほうが都合がよすぎるという話だろう。
 苦々しげに幽々子はほぞをかむが、腹水盆に帰らず。どうしようもあるまい。

 いや、どうしようもないということもないのだ。
 西行寺幽々子にはたった一つ、たった一つだけ打つ手がある。
 簡単な話だ。


『殺してしまえばいい』


 ただ、それだけ。
 たったそれだけで幽々子は自由を取り戻せる。
 本来、幽々子を繋ぎとめられるくびきなんてこの世にはほとんど存在しないのだ。
 死を操るという能力。それは幽々子の行く先を塞ぐありとあらゆる存在を躯へと変えられる、神にも等しき力なのだから。
 西行寺幽々子を止められるのは片手の指以下しかこの世に存在しない、真なる永遠を手に入れた蓬莱人のみなのだから。

 だから、手の平から己が死の象徴たる蝶を一つ生み出せば幽々子はまた一つ自由を手に入れることができる。

 誰かに、悲しみをもたらすことと引き換えに。

「――昔は、もっと自由に生きられたのにな」
「昔に帰ることも不可能ではないでしょう。……帰りたいですか?」

 帰る。
 昔に帰る。古に帰る。
 そう難しいことではない。
 気がついたら冥界白玉楼で一人、亡霊として佇んでいた。
 家族も、友人も無くただ一人。最初は一人だった。そこに帰ることはそう難しいことではない。

 殺し尽くせばいいのだ。
 行く手を遮る全てを、顔も見ず、名も聞かず。全て、全て蹂躙して進めばいい。
 そうすれば幽々子はたった一人の自由を謳歌することができる。たった一人で――

 でも、

「帰れないわ」

 もう、あまりに捨てられないものが多すぎる。捨てたくないものが多すぎる。
 失いたくないものが多すぎて、どうしようもない程にがんじがらめだ。

「だからこそ、ここにはいられない。ここから出して、お願い……」

 だから西行寺幽々子は力を振るえない。ただ、頼むことしかできない。
 己がもっとも最善と信じる道を、相手に理解してもらうために。


「なりません」


 だけど、相手はそれを受け入れてくれなくて。

「貴女が選ぶ手段はあまりにも死と滅びに傾斜しすぎている。死によって障害を排除する方法でしか、貴女は事態の解決を図れない。自由を許すわけにまいりません」
「……他に、どんな手があるというの?」
「信じるという手があります。信じて待つという手が。何故それを選ぶことができないのです」
「……」

 従者は息を吐いた。深く、深く。

「この人を信じたい。信じてもよいのだと。そう理解したからこそ千年前にこの身は従者となった。その思いは今も、変わりはしない」
「妖夢を、紫を危険にさらすわ。貴方はそれでもいいというの?」
「左様。紫様と、そして妖夢の望む未来がその先にあるというのであれば」

 その言葉に、幽々子は傷つけられたかのように形の良い眉を歪めた。

「……皆に負担を、苦痛を強いるのよ」
「理解しております。自分の手の内だけで問題を処理することのなんと気の楽なことか。他人の苦難の上に胡坐をかくことのなんと心苦しいことか。よく存じ上げております」
「……それでも、信じて待てというの?」
「左様。普段散々他人を不可解の靄に落とし込み楽しんでおられるのだ。たまには苦しむとよいでしょう」

 肩越しに、ニヤリと。
 狐のようなずるい笑顔。

「そろそろ、動き始めるでしょうな」

 そう肩越しに語りかけて、再び従者は正面に向き直る。
 幽々子に背を向けたその表情は烈火のごとく怒りに燃え上がっていて、しかしどこか美しい。
 愛を知ったものの心はこうも、こんなにもどうしようもない程に愚鈍で、狂おしく、そして苛烈だ。

 すっと、誰に見られているわけでもないのに口元を隠し、そして小さく呻く。

「……一方的に打ち据えることに慣れすぎたようだな。我等が庭に不用意に足を踏み入れたこと、せいぜい後悔するがいい」




§.第三章 閻魔、再来




「今月の業務報告書を受け取りに参りました。西行寺幽々子はどちらに? 」

 一ヶ月が経過するのはあっという間だった。
 再度の守矢神社をはじめとして、香霖堂や鈴奈庵、その他外来に関係あると思われる場所は全て回ったのだ。
 結果として得られたのはただのくたびれだけ、幽々子の足取り一つつかめぬまま、今日この日を迎えてしまった。

 館の入り口。軒先で硬い表情のまま要求を突きつけてくる閻魔を前に、妖夢には打つ手らしい手を打つこともできない。

「幽々子様はお出かけ中です。申し訳ありませんが今月も――」
「先月限り、と以前お伝えしたはずですが」

 ピシャリ、と予断を許さない断言。
 四季映姫の言葉は鋼の硬質さを以って妖夢の猶予を願う心を容赦なく打ち砕いた。
 白黒はっきりつけることにおいて他の追従を許さない閻魔である。容赦など、期待するだけ無駄だろう。
 故に妖夢は玄関に正座し、ありがたく四季映姫のお言葉を承る以外に何も出来やしない。

「西行寺幽々子は何をしているのです。正直に答えなさい」

 相手がポケットから手鏡を取り出したのを確認し、妖夢は最後の希望を破棄せざるを得なかった。
 それは化粧直しの道具のような可愛げのあるものではない。
 あらゆる嘘を暴いて真実を白日の下へと晒す、閻魔だけに所持が許された神秘の品だ。

「その前に一つ、教えていただけないでしょうか?」
「なんでしょうか?」

 だが相手の本気を前にしてなお、妖夢にもまた退けない疑問が存在している。

「この前の、幽々子様が云々はいったいどういう意味なんですか。貴女たちは幽々子様を害するつもりなのですか」

 あの時、あの状況でのあの発言。
 それはまるで閻魔が幽々子を害する、とでも言っているようなものではないか!?
 この閻魔こそ何かを知っていて、そして何かを黙っているのではないだろうか?

 そう息巻く妖夢に詰め寄られた四季映姫はしかし、若干の憐憫を込めて深く息を吐いた。

「西行寺幽々子は是非曲直庁に委任されて冥界の管理を行っている。これは理解していますね?」
「ええ、はい」
「では西行寺幽々子が冥界の管理を放棄して遊び歩いていては、我らとしてはこれを許容できない。それも理解できますね?」
「……はい」
「では西行寺幽々子が何の届出も無しにこれ以上職務放棄を続けるならば、我々は彼女を解雇せざるを得ない。それも理解できますね?」
「…………はい」
「冥界の主としての座を追われた西行寺幽々子の生活を私たちは保証しません。それだけの話です」

 ピシャリと四季映姫にそう言い切られて、妖夢は口を噤まざるを得なかった。
 何か含む裏があるのかと思いきや、待ち構えていたのはどうしようもないほどの正論を積み上げた壁であった。
 閻魔――是非曲直庁側の言い分には非難すべき点などない。向こうからしたら悪いのは一方的に行方をくらましている幽々子のほうであろう。

「ま、待ってください!」

 ここで、これ以上この問題を伏せておく意味もないだろう、とばかりに妖夢は先の脅迫文? を映姫の前に広げてみせる。
 その、文面。
 それに目を通した四季映姫が、

「これは、八雲紫の悪戯ではないのですか?」

 そんな、誰にとっても脊髄反射となる回答を寄越してきたのに妖夢は頷き、そしてはて? と疑念を抱いた。


――閻魔様って、こんな風に最初から特定の誰かを疑ってかかるお方だったっけ?


 四季映姫は地蔵からの成り上がり組とは言え、れっきとした閻魔の一人である。
 品行方正、公明正大。混じりっ気なしの――故に融通がまったく利かない――良心が服を着て歩いているようなのが彼女なのだ。
 偏見からの猜疑とはもっとも程遠い位置にいる彼女が、今回は珍しく犯人を決め付けかかっている。

「なぜ、紫様が犯人だと思うのですか?」
「なぜ、と言われても……八雲紫は西行寺幽々子の親友でしょう?」
「? 幽々子様の親友だと、どうして誘拐犯になるんです?」
「……貴女は、本気で西行寺幽々子が誘拐されたと思っているのですか?冥界の奥深くに位置する彼女を誰がどうやって何のために誘拐するというのです。とすればこれは彼女たちが協調して何かを企んでいると考えるのが普通でしょう」

 そう口にした閻魔の判断は、まったくもってその通りとしか言いようがない。
 実際、妖夢とて最初はこれっぽっちもこれが真に誘拐劇だなどとは思ってもいなかったのだ。
 幽々子の人となりと実力を知るものならばそう考えるほうが普通、いやそう考えないほうが異常だ。

 それが、ただの人や妖怪であるならば。

 彼女に、四季映姫にはそれは当てはまらない。
 白黒はっきりつける彼女は推測で物事を判定しない。
 白黒はっきりつけるとは是か非かの二つに物事を断定するということではない。
 事実と仮定とに命題をより分け、その上で正しい判断を下すのが閻魔たる四季映姫の正しいあり方であるのだから。

 だから、間違いなく。
 四季映姫は八雲紫の関与を疑わない何かを知っているのだ。

「魂魄妖夢。貴女はこの文をどう判断しているのですか?」
「わかりません。私には、何も」

 俯いたまま妖夢はただそれだけを答えた。
 何かを隠しているであろう四季映姫に腹が立ったのもあったが、結局それが妖夢にとっての真実であったからだ。
 手鏡を覗き込んだ四季映姫は小さく頷くと、敷居を越えて玄関に踏み込み、座する妖夢の脇に置かれていた業務報告書を手に取った。

「誘拐が虚偽にせよ真実にせよ、冥王の不在は好ましくない。いずれ何がしかで埋めなくてはいけません」
「……そうでしょうね」
「魂魄妖夢」
「はい」
「……西行寺幽々子は冥界の王であることに嫌気が差したから姿をくらました。そのような可能性もあるとは思いませんか」
「え!?」

 考えもしなかった可能性。
 弾かれたように面を上げた先にあったのは、やや憐憫を滲ませた労わるような閻魔の顔。

「今日が、また同じ明日と続くとは限らない。一度、貴女も己の身の振り方を考えてみるといいでしょう」

 小さく、そう呟いて。
 四季映姫は白玉楼の玄関を後にした。
 誰が敵で誰が味方かもよくわからなくなった魂魄妖夢を一人、その場に残して。




 §.Intermedium IV




 ひどく、寒い。
 吐く息が白い靄となって揺蕩う晩秋の空気は凛と張り詰めていて、透明。

 長鳴鶏のおはようが響き渡る二百由旬の庭を、見た目十歳ほどの道着姿の少女が気落ちした表情でとぼとぼと歩く。

 惨めなものだ。
 師の打ち込みをいなし、流すこと十余。余裕があった。目も、腕もついていける。
 舞い踊るかのような師の木刀の動きに、ついていけている。だから攻められる、と。

 誘った胴薙ぎを打ち落とし、勢いのままに踏み込んだ渾身の突きは至極あっさりと空を切った。
 慌てて踏み込んだ右足を捻って無理矢理体勢を立て直――すことすらできず、伸びきった腕を取られて宙を舞い、そしてとすんと背中から地面に落下する。
 もし師が本気だったら恐らく、

「投げられる前にあばらに肘、で、地に伏した後に首を踏み砕かれてあの世行きかな」

 そう反省を口にして、妖夢はちょっとおかしくなった。
 冥界白玉楼。最初からここはあの世の一丁目である。
 「最初から私はあの世にいるんだ。死んだりなんかするもんか」なんて無理矢理に明るい方向へ思考を持っていこうとして、失敗した。

「……はぁ」

 溜息。右足がジンジンと傷む。
 師が「今朝はこれまで」と、そう言って背を向けたときに「まだやれます!」と。
 そう返し、そしてそれが無視された理由がこれだ。悔しさに歯噛みして立ち上がり、去ってゆく師の背中を睨みつけている時には気がつけていなかった。
 自分の身体のことだというのに、何たる無様だろう。

「っ、っと」

 庭の裏手にある井戸屋形にたどり着き、つるべを井戸の底へと落とす。
 カラカラと、引き上げたつるべから冷たい水を手桶に移し、左膝を地面について草鞋を脱いだ右足をそこへ突っ込む。
 すぐにジワリと足袋に冷水が染みこんできて、痛む足首をひんやりと包み込んできた。
 あとはしばらくこのまま冷やしておくだけだ。

「はぁ……」

 腰を下ろし、本日二度目の溜息。
 はたして自分は強くなっているのか? 延々と頭の中を過ぎり続ける疑問。
 師が全力を出していないのはわかりきっている。手加減されているのは当たり前だ。それはいい。
 問題はどのように手加減されていたのか、だ。

 最初に師の動きに追従できたのは成長したから? 突きの瞬間に師がまた少しだけ本気を重ねた?
 それとも最初から師はわざといつもより手を抜いていて、突きの瞬間に普段通りに戻った?
 ……わからない。考えてなお、わからない。

 師に問うてみたことがある。「私は強くなっているのでしょうか?」と。
 答えは、「なぜ強くなりたいのか?」だった。
 そしてその答えに、妖夢は続きを返せなかった。
 「それがわからぬうちは答えを示せぬ」そうやって、妖夢の悩みは打ち切られた。

 焦燥のようなものがある。強くありたい。強くあらねば。何故?
 急ぐ必要はない。ここは冥界白玉楼。閻魔の捌きを受け、そして転生を許されたものだけが集う安寧の世界。
 ここには敵などいやしないし、脅威もない。
 それに仮に敵が襲ってきたとしても、師がここにはいるのだ。

 剣士、魂魄妖忌。
 死を操る西行寺幽々子をすら差し置いて冥界最強と謳われる、当代一の剣客。
 妖夢が一を切る間に十を切って捨てる、文字通り桁が違う圧倒的な実力。それに、

 憧れている? それはあるかもしれない。
 剣を手に取るものであれば、誰しもが一度は思う感情。極みを知りたい、そこに踏み込みたいと願う感情。
 そう願う感情もゼロではないのだろう。
 だが「なんとなくそれとは違う」と、そう妖夢は感じないでもないのだ。
 理由はわからないが、多分。

――上り詰めているはずのお祖父様が、そんなに楽しくはなさそうだから、かな。

 じゃあ、何で強くなりたいのか。そんな事を考えながら、足を桶から引き抜く。
 炎症部位を速やかに冷やすことは大事だが、冷やしすぎるは厳禁――と、妖夢は師から聞いている。
 軽く足首を回して痛みがひいているのを確認し、草鞋に足を通したところで耳に届く、

「ふぁぁあああーぁぁ、あふぅ……」

 間延びした、弛緩しきった声。
 チラリと視線を走られれば、寝ぼけ眼でこちらにやってくる、あられもない白の長襦袢姿。
 髪はボサボサ、長襦袢から覗く胸と太腿はそろそろ見えちゃマズイくらいまで露わで、まるで恥と外聞をお布団の中に忘れてきたような姿。
 ……でも、一応は主だ。無様なところを見せるわけにもいくまい、なんて

「……っつ!?」

 自らの足のことを忘れて即座に立ち上がったのが拙かった。
 冷えて感覚がなくなっているうえに痛めていて自由の利かない右足。それは当然のように妖夢の命令に反し、

「と、あら?」

 よろめいた妖夢の頭はぼふっと豊かな双丘の谷間へダイブイン。

「す、すみません」

 慌ててわたわたと佇まいを直し、と背筋を伸ばして顔を上げた妖夢は、

「あらあら、無理しないの。怪我してるんでしょう? 右足」

 すれ違い様に耳元にそう流されて、思わずギクリと硬直してしまう。
 まさか普段からふわふわとつかみどころのない彼女に捻挫を見抜かれるとは思ってもみなかったのだ。
 驚愕と羞恥のこもった目で凝視してくる妖夢をよそに、彼女は鼻歌を歌いながらつるべを井戸に落とし、カラカラと引っ張り上げて、

「ていっ」

 ざばーんと豪快に、頭っから冷水を引っ被っている。

――寒くないんだろうか……。

 多分目覚ましのつもりなのだろうが、季節は既に晩秋。しかもまだ気温も上がりきらぬ早朝である。
 よくもまぁあれで風邪を引かないものだ、なんて感心して、そして妖夢は思い出した。
 あまりに確と実体化しているせいで忘れそうになるが、彼女は亡霊なのだ。
 寒いと感じるかはさておき、風邪などひこうはずもない。

「んんー、気持ちいい。やっぱり目覚ましには水浴びよねぇ……」

 「ねぇ?」と続けられ、話しかけられていることに気づいた妖夢は慌てて頷き、そして即座に「イエイエ!」首を左右に大きく振った。
 その反応があと二秒遅ければ、妖夢は今頃完全に濡れ鼠だ。

 そう、と残念そうに幽々子が手桶の中の水を排水溝へ棄てるのを目にし、妖夢はホッと溜息をついた。
 多分これが己でなくて師であったら、幽々子は容赦なくその中の冷水を相手の顔面へ叩きつけていただろう。
 常日頃のはしたなき振舞いを悉く指摘指導されている腹いせなのか、幽々子はわりと妖忌に対しては遠慮も容赦もないのだ。
 逆に言えば妖夢はまだ幽々子に手加減される立ち位置にあって、はたしてそれは――まで考えて、

「じゃあ、はい」
「は?」

 幽々子が自分の目の前で背を向けてしゃがんでいる、その理由がわからず目を白黒させる。
 そんな妖夢に「鈍いわねぇ」なんて表情で語りながら、幽々子は右手でぴしゃぴしゃ、と己が左肩を叩いて、

「足、怪我してるんでしょう? おぶさりなさいな」

 ……なんて言われても妖夢としても困ってしまう。

「い、いえ、それは流石に」

 どないせいというのだ。
 相手は冥界の管理を閻魔に一任されている、この世界の王にして支配者にして頂点である。
 対して妖夢は住み込みの雇われ園丁の家族で今だ録を受け取っているわけでもない、一労働者の付属物にすぎない立場であって。
 これがどうして、「お願いします」なんて口にしてひょいとその背に負われるを選ぶことができる?

「んもう、恥ずかしがらないの。大の男だって片足を折れば他人の肩を借りるし、両足を折れば担架で運ばれるでしょう?」

 なるほど、そう語る幽々子の言は正論である。
 正論であるがぶっちゃけて言えば妖夢にはもう一つそれを拒絶したい理由があるのだ。

――あんたさっき頭っから井戸水被って全身びしょ濡れじゃないですか!

 妖夢は半人である。幽々子のように晩秋の寒空に冷水被ってキモチイイというわけにはいかないのだ。
 寒いんです。さっき足を浸していたのだって実はちょっと冷たかったんですこのうえあーたひんやり亡霊のびしょ濡れ背中に背負われろと?
 なんて妖夢の縋るような視線は相手には理解されなかったようだ。

「長引かせては修練だって滞るでしょう? もぅ……じゃ、当主命令です」

 当主命令。その言葉に妖夢は眉を曇らせた。
 それを口にされては、雇われの身である妖夢にそれを断ることなど出来やしない。

 ……わけでもないのだ。
 実のところ幽々子から禄を貰っているのは妖忌であって、幽々子は未だ妖夢の主でも雇い主でもなんでもない。
 古の奉公制度が続いてるわけじゃああるまいし、その命令に妖夢が従う必要はまったくなかったのであるが、

「はい……」

 それに気がつけなかった妖夢は諦めたようにかぶりを振ると、そのびしょ濡れの肩におずおずと手をかけるのであった。



 ¶



「♪~♪♪~~」

 妖夢を背負いながら鼻歌交じりに幽々子は白玉楼の敷石を進む。
 足取りは軽く、気分は上機嫌。ご機嫌のままにのびのび前進。

――はぁ。

 一方でその背に負ぶされた妖夢といえば、どうにもこうにも心安らかならぬ。

 一言に要約してしまえば、不快なのである。
 亡霊の背は人肌とは思えぬほどに冷たく、先の冷水とも相まって妖夢の道着を冷たく濡らし、その肢体を凍えさせる。
 加えて、冥界における頂点のその背に納まっているという事実。
 横紙破りな幽々子はなんとも思ってないのだろうが、常識をわきまえている妖夢にとっては心落ち着ける状況であるはずがない。

「あの」
「ん? なぁに?」
「やはり、自分で歩きます」
「ダーメ。怪我人は大人しくしていなさいな」
「いえ、足の怪我だけの話ではなくて……」

 「貴女、冷たいんです」と口にしそうになって、妖夢はすんでのところで無理やり口を閉ざした。
 事実ではある。事実ではあるが、一応相手は善意で妖夢を運んでくれているのだ。それを口にするのは失礼かも、とギリギリ思いとどまる。

「だけでなくて、なぁに?」
「あ、いえ、その」

 そうだ、まだ会話は続いていたのだ。
 さて、どう誤魔化したものかと二、三秒逡巡し、しかしよい機会だから妖夢は問うてみることにした。

「何故、私にこうも気を使ってくれるのでしょうか?」
「あらひどい。貴女には私が幼子にも怪我人にも優しくできない冷血漢に見えるのね?」

 よよよ、と泣き声を真似たかのような声。ふざけている声。
 それを耳にした瞬間、一度目の制止で忍耐力を使い果たしてしまったのだろう。妖夢の頭にカッと血の気がのぼった。

「いい加減にしてください! 私は貴方の玩具じゃありません!!」

 気づいた時には荒げた声で、妖夢はそう言い捨てていた。
 普段なら妖夢とてそんな幽々子のおふざけも容易く受け流せたはずだ。
 だが手痛い今朝の敗北と足首が訴えてくる苦痛に加えて、身体を芯から底冷えさせる冷気から来る不快感は妖夢から完全に余裕を奪っていた。
 そもそも妖夢は半霊ゆえに見た目より長く生きてるとは言え、未だ精神的にも肉体的にも十歳前後の少女である。成熟した対応を求めるのがそもそもの間違いなのだ。

 突如として怒りを顕にした妖夢の変化は幽々子には劇的なものに感じられただろう。
 だがその後の幽々子の変化もまた、妖夢にとっては劇的なものであった。

 一度、雷に撃たれたかのようにビクリと身体を震わせた幽々子は、辛うじて妖夢の耳に届く程度の声で小さく呟いた。

「……ごめんなさい。もう少し、もう少しだけ家族ごっこを続けさせて。いつか、いつの日かちゃんと一人で生きられるように成るから、それまでは」



 魂魄両名にあてがわれている離れに妖夢を送り届けた幽々子は、玄関を去るときにはもう普段の人を食ったような笑顔に戻っていた。
 けど、多分。
 その微笑みは、多分素顔を隠す仮面の微笑だ。
 それがわかる程度には妖夢は大人であって。
 そして謝罪を即座に口にできない程度には妖夢は未だ子供だった。

 その背中が見えているうちに口にできていれば、もうちょっと楽になれたのに。
 ぽつん、と。
 己ただ一人となった玄関にて、小さく、呟く。

「ごめんなさい、幽々子様」




§.第四章 交渉前哨戦




「御免なさいね、幽々子ではなくて」

 え、と寝ぼけた頭で妖夢はその言葉を反芻する。

「何のことですか?」
「貴女、ごめんなさいってずっとうわ言のように口にしていたから」

 そうか、寝言で……なんて考えて、途端に妖夢の頭は覚醒した。
 真上から響いてくる声。視界に飛び込んでくる黄金。頭の下の暖かな感触。
 夕食を用意する気も起きず、力なく客間にゴロンと横たわっていたはずの自分である。布団も枕も用意してなどいない。
 だから、この頭の下にある柔らかい感触は――

「ゆ……紫様?」
「目が覚めまして?」

 ずりずりと素早く畳の上を這って、柔らかに微笑む紫の膝の上から急いで頭を退去。
 そのままゴロゴロゴロンと畳を転がって距離をとり、慌てて佇まいを直し、なぜか正座して彼女と対面。

「……そんな蛇蝎でも見たかのように慌てて逃げなくてもいいじゃない」
「いい年して膝枕なんかされちゃっていた上に寝言まで聞かれた側の心境もちょっとは考えてください!?」
「あら、別に可愛かったからで子ども扱いしたいわけでは――いえ、していたのかもね。御免なさい」
「あ、いえ、こちらこそすみません」

 頭を垂れる紫を前に、慌てて三つ指をつきつつ妖夢もぺこり。
 頭を下げて、そしてさて、と思案を巡らせる。

 昼間の閻魔の来訪。
 仄めかされた――ワケではないが結果として知ることとなったスキマ妖怪の本件への関与。
 そしてそれを裏付けるかのようにこうして現れた八雲紫本人。
 さあ、ここから誰を疑い、誰を信じていけばよい?

「……そろそろ頭をあげてもよいのではないかしら?」
「はい、それでは」

 問うてみよう。
 もうまどろっこしく悩むのはやめだ。それは妖夢の生き方じゃない。
 わからないなら斬りこんでみればいい。斬れば判る。斬らねば判らぬ。至極簡単な世界の真理だ。

 屹と瞳を向けた先には、いつもと変わらぬ怪しい微笑。

「紫様」
「腹は決まった、と言わんばかりの顔ね」
「知っていることを全て教えてください」
「嫌だといったら?」
「力ずくでも」
「お断りするわ。私の知っている、私の全ての知識と記憶を転写したら貴女の脳はパンクしてしまうもの」
「くだらない揚げ足取りで誤魔化そうというのであれば結構」

 クスクスと、扇を広げて笑う紫を前にスラリと妖夢は立ち上がる。
 事前に放っておいた半霊が自室から回収してきた己が愛刀。白楼剣と楼観剣を抜き放ってそろりと一歩、体重を乗せて一歩を踏み出す。

「座りなさいな、妖夢。会話は刀でするものではなくてよ?」
「やかましい。そろそろいい加減に――」



「座れ」



――斬られた。

 全身を真っ二つに切り裂いて走り抜けた、氷のような灼熱の刃。
 そう錯覚するほどの凄まじい気迫。殺意。

 つう、と妖夢の背筋を冷や汗が流れる。
 目の前の黄金の闇は今も微動だにせず、微笑。

「お話をしましょう、と言っているの。戦って、全力を振り絞れれば勝敗を問わず充足を得られる。そんな武者の理論で誰が幸せになれて?」
「ならば……煙に巻くようなことを言うのをやめてください……」
「質問は正確に。私は貴女の言葉に真実を返しただけにすぎないわ。私がいつ嘘を言って? 貴女に冗談を返して? 要領を得ない質問を投げかけてきたのは貴女のほうでしょうに」

 ギリ、と妖夢は歯を食いしばった。
 悔しい。馬鹿にされたのは明らかだが、確かに紫は妖夢に対して「何一つ嘘も冗談も口にしていない」のだろう。
 納刀し、腰を下ろした妖夢に紫は出来の悪い弟子でも採点するような視線をむける。

「そう、それでいい。言葉と選択を間違えてはいけません。貴女たちはいつもそれを蔑ろにしてさっさと決闘を始めてしまう。困ったものね」

 スペルカードルールの弊害かしら? なんてわずかに苦笑し、そして再び表情を引き締める。

「誰もが貴女のルールに付き合ってくれるわけではなくてよ? 相手のルールの中でも戦えるようでなくては話になりません」
「……肝に銘じておきます」
「宜しい」

 パチン、と扇を閉じて。黄金の双眸が妖夢を見据える。

「私があなたに伝えたいことは三つだけ。それぞれに対して一つずつ、質問を許可します」

 つまり最大六つの情報を紫から引き出せるということか、そう理解して妖夢は小さく頷いた。
 どうせならケチケチせずに全部教えてくれよと言いたくなるが、たぶんそういうことじゃない。
 この程度の会話で望む答えを手にできないとあらばこの先などない。望む物を手にすることなどできないと。
 そう、試されているのだ。

「一応、手加減してあげましょう。質問は三つ全てこちらが語った後で構いませんわ」

 それの何が手加減なんだ、と返しそうになって慌てて口を噤む。
 一つに対して一つを返す、では後に紫が語ることに妖夢の問いが被ることもありえるわけだ。
 うっかり口にしていたら馬鹿にされていたな、なんて自省して拳をギュッと握り締める。
 そんな妖夢の内心を読んだかのようにちょっとだけ意地悪く微笑んで、

「一つ。本件における黒幕に対し、私は正面きって敵対することは出来ません」

 初っ端から良くも悪くもツッコミどころ満載だ。
 どこをつついても重要な答えが得られるだろうに、しかし妖夢が得られる答えは一つだけ。
 流石にやってくれる、と妖夢は忌々しげに眉根を寄せる。

「二つ。現状、そして未来においても幽々子の身体的安全はある程度保障されています」

 それを聞くことが出来て、ほっと一息。
 安堵の溜息をついた後に「身体的」「ある程度」と区切られていることに気がついて、途端に不安になる。

「三つ。これは主張のぶつかり合いです。一般的に悪と呼べるモノはこの案件には存在せず、どっちを向いても正義しかない。故に躊躇せず、貴女たちの欲するところをなさいな」

 三つ、語り終えた紫はすっと佇まいを直した。
 強い意志のこもった瞳を妖夢から隠すように目蓋を閉じて、おやすみ前の童女のような表情を浮かべる。
 枕元で語られる、御伽噺の続きを待つ少女のように。
 美しいお話が紡がれることを期待する、幼子のように。
 魂魄妖夢に、それを、求めている。

 さあ、何を返そう。何を返せばいい?
 魂魄妖夢が欲するところを成すために、何を知ればいい?
 いや、そもそも自分は何を望んでいるのか?

 この先の未来を予想してみる。
 この先、現状から何も変わらずに時間だけが経過した場合の未来だ。

 恐らく、幽々子は冥界の管理者としての地位を奪われる。
 西行寺家は――既に幽々子が死しているためそういう表現が適切かは不明だが――断絶となり、白玉楼には新たな管理者が赴任する。
 魂魄妖夢はどうなる?
 解雇されるかもしれないし、解雇されないかもしれない。
 ただ二百由旬の庭を管理する新たな庭師を用意する手間。それを考えると解雇されない可能性のほうが高いだろう。
 妖夢の生活は恐らく、何一つ変わらない。
 幻想郷の日常も何一つ変わらないだろう。
 幽々子の先行きは不透明だが、紫が断言した以上は幽々子の存在それ自体は守られるのだろう。
 つまるところ妖夢の世界から幽々子という存在が抜け落ちるだけで、それ以外の何も代わり映えのしない毎日だ。


 ただ西行寺幽々子だけが、魂魄妖夢の隣にいない。


「一つ」

 値踏みするかのように、妖夢は声を紡ぎだす。

「紫様は幽々子様のことを至上に考えていらっしゃいますか?」
「否。私がもっとも至上とするのは、幻想郷が幻想郷としてあり続けることです。幽々子は親友ではありますが、幻想郷を維持する阻害要因となるなら私は幽々子をも切り捨てます」

 ふっ、と妖夢は小さい笑みを浮かべた。
 なんだかんだで八雲紫は、魂魄妖夢に優しい。否の一言で片付けてしまっても良かったのに。

「二つ」

 胸の痛みを問いただすかのように、妖夢は声を紡ぎだす。

「幽々子様は私を至上に求めているでしょうか?」
「否。幽々子が至上に求めているのは――これは私の推測ではありますが――己の存在意義でしょう。貴女ではありません」

 なるほど、と妖夢は頷いた。
 意外にも、残念にも思わなかった。
 正直なところ、妖夢自身もそうであろうとは思っていたのだ。
 だから無駄な質問をした――わけではない。それは一つだけ、妖夢の自信となった。
 幽々子の心を己は正しく理解していたのだと、そう確信する理由に。

 まるで頭の中にかかっていた靄が一瞬にして吹き飛んだかのように思考がクリアになる。
 何でこれまでこんな簡単なことが判らなかったのだろう。そう自嘲したくなるほどに、すべてがストンと胃の腑に落ちた。
 黒幕と、そして今回の誘拐劇の首謀者。
 まだ理由はわからないけれど、その両者だけはなんとなく把握できた。
 理由という物を一切無視して、幽々子を攫うことが「可能か、不可能か」と、幽々子に干渉する「価値があるか、ないか」だけに絞ってみれば、それはそう難しい話ではなかったのだ。

 ならば、最後に妖夢が問わねばならないのは一つだけ。
 己たちが欲するところを行うために確認しておかねばならないこと。
 己の家族の居場所。家族の思い。
 それを確認するために、

「三つ」

 これは問いかけというか、要望になるのだろうが。

「私を、お祖父様に会わせて下さい」



 ¶



「来たか」

 ぐにゃり、と臓腑がたわむような無重力感ののちに投げ出されたそこは、見たこともない部屋だった。
 広さは六畳ほどだろうか? 白玉楼と似たような木造建築。窓ガラスも障子も張られていない、丸い窓の先には庭木。
 これあるを予想して事前に用意したのであろう、室内にはシュンシュンと湯気を上げる薬缶と茶器。二枚の座布団。
 妖夢にとっては居心地の良さを感じさせる六畳間。そこに、彼がいた。

 ぼうっと窓の外を眺めていた彼が、そっと背後に現れた妖夢へと振り向く。

「うむ、しばらく見ないうちに可憐になりおって」
「多分それは身内びいきですね。皆にはよく辻斬りに落ちた修羅とか言われます」

 先代白玉楼専属庭師にして祖父。妖夢にとって、剣士として、また庭師としての師。
 今の妖夢を形づくった原点となるものの一人。
 書置き一つ残して無頼の身となった、唯一の肉親。

「お祖父様」
「そこはほれ、もっと親しみと愛情を込めておじいちゃんと呼ばんか」
「軽くなりましたね」
「この身一つ以外、背負うものがなくなったのでな」
「心にもないことを仰るものです」

 微笑に調えられた白髭を揺らす祖父に、肩をすくめてみせる。
 なにが「背負うものがなくなった」だ。本当に背負うもの全てを放り投げたのであれば、こんな行動を取ったりはしない。


「お祖父様が、幽々子様を攫ったのですね」

「うむ、なかなかに骨が折れたわい」


 「猿轡をかませてぐるぐる巻きにして。なにやらイケナイことをしているみたいで少し楽しかったぞ?」なんて。
 莞爾と笑う祖父に、今度は恨みがましい視線を向ける。もっともその中には自戒の念も込められてはいたが。
 ちょっとよく考えてみればわかることだったのだ。

 一つに、冥界に敷設された防衛機構の裏をかけること。
 二つに、西行寺幽々子が殺そうにも殺せない相手。
 三つに、魂魄妖夢に白玉楼への侵入を気付かせないほどの手練。
 これらの条件を満たすものなどそう多くはない。そこから「八雲」と「蓬莱人」を引けば、後にはもうこの男ぐらいしか残らないではないか。

「何故、と問うてもよろしいでしょうか?」
「そのためにやってきたのであろう?」

 座れ、と手振りで示されて妖夢は用意されていた座布団の上に正座する。
 「硬いのう」なんて呟いた妖忌もまた、その対面にどっかと腰を下ろして胡坐をかいた。



「施策第1564案と、そう呼ばれておる」

 のんびりと二人分の宇治茶を淹れながら、妖忌はそう切り出してきた。

「是非曲直庁の業務内容は把握しておるな?」
「ええ。死者の審判と、輪廻転生の管理ですね」
「左様、その中には魂の『お迎え』もまた含まれておる」

 『お迎え』。
 そう呼ばれるものの実態は二つに内訳できる。
 一つは、天寿を全うした魂の回収を行うこと。これは一般に死神が担当することと公表されている。
 そしてもう一つは、定められたる寿命を不当に引き伸ばす輩へと差し向けられる刺客のことを指す。

「転生の輪は、きちんと紡がれねばならない。これは承知のことであろう?」

 ええ、と妖夢は頷いた。
 生と死は祝福だ。誰もが平等にこの地に生れ落ち、そして不平等に生き、そして平等に死んでいく。
 幸せに満ち足りた生も、苦難に満ち溢れた生も、等しく死を以ってしてその終わりを迎える。
 そうやって終わりを迎えた者が転生し、そして新たな命となるのだ。
 生がなければ死は訪れず、死がなければ新たな生もまた訪れない。

 仮初の永遠に手を伸ばすということは、あらゆる生命が繋いできた命のリレーをそこで止めてしまうということ。
 今の幸せを噛み締めているものが「自分だけは永遠に幸福でありたい」と、そう駄々をこねることだ。
 そもそも不幸な人間は、己の命を永らえさせようとしないのだから。

「人は死ぬのが正しい。だが殺すというのは苦しいものだ。それは人が背負えるような業ではない」
「だから閻魔や鬼、死神がその業を背負うのでしょう?」
「左様、もっとも人を裁くという業を背負っている閻魔もまた、その罪を購うために焼けた鉛を飲むとも言われておる。真実かどうかは定かではないがね」

 人の生と死に向かい合うのは易くはない。易いものではない。
 だからこそ、

「安穏と死を逃れる者を、放置するわけにはいかない」
「うむ。是非曲直庁の誇りにかけてな」

 寿命を無視すること。それは不平等の体現だ。
 誰にも等しく死が訪れる、そんな事実があるからこそ不条理に塗れ、願っても叶わぬ生に苦しむ者たちも茨の人生を死に向かって歩いていけるのだ。

「さて、『お迎え』であるが」

 話を最初に戻して、妖忌は湯気を上げる湯飲みにすっと手を伸ばす。

「最近の長命連中はなかなかに手強いようであるな」
「水鬼鬼神長が仕留めそこなったと、そう風の噂で聞きました」

 そう応じて、妖夢もまた己に用意された湯飲みへと手を伸ばす。

「左様、鬼ですら仕留め切れん、となるとそろそろ是非曲直庁も手詰まりの感が強い」

 不味そうに妖忌は自分で淹れたお茶をすする。
 ずずっ、と。まるで毒でも飲み干すかのように。


「切り札が欲しいな。できれば、そう。あっさりと『人を死に誘える』ような切り札が」


 ピタリと、お茶に口をつけようとしていた妖夢の手が止まる。

 止まった手は、即座に動き出した。
 小刻みに、震えるように。
 妖夢の意思とは、一切関係がなく。

「……それは」
「それが施策第1564案と、そう呼ばれておる」

 妖夢の手から、妖忌が湯飲みを奪い去った。
 そのままでは、畳に零れてしまいそうだったから。

「刺客を現地調達。毒は同じ毒を以って制す。合理的だとは思わんか?」
「ふざけるな!!」

 愛刀へ手を伸ばす。
 長年繰り返してきたその動作は震える手であってなお流麗な軌跡を描き、抜き放たれた白楼剣の切っ先が妖忌の喉下へと突きつけられた。
 妖忌は抵抗も、何もしなかった。
 突きつけられた刃もそのままに、妖夢の湯飲みを床の盆上へと戻す。

 ややあって、妖夢は震える手で凶刃を鞘の内へと戻した。
 刃を突きつける相手は師ではない。師はそれを善しとしていない。
 だからこそ魂魄妖忌は西行寺幽々子を誘拐したのだと、怒れる頭がようやくそれに気付けたからだ。

「失礼……しました」
「よい、と言いたいがまず刀に手を伸ばすのはいかんなぁ。それは敵対表明に他ならんぞ、ん?」
「肝に、銘じたはずだったのですが。瞬間的超高熱で蒸発してしまったようです」
「困ったものだ」

 最近のぼーるぺんじゃああるまいし。
 そんな非難の言葉とは裏腹、暖かな笑顔で妖忌はポンと妖夢の頭上に軽く手の平を落とす。
 昔は、大きく感じた手。今はそれが少しだけ、妖夢には小さく感じられた。

「お祖父様も、その施策には反対なのですよね?」
「無論。人を殺す業など人が負うべき物ではない。それは鬼の成せる業よ。本懐を忘れた剣士はそこに落ちやすい。己のようにな」

 故に、剣鬼と。
 そんな言葉は名誉でもなんでもない。殺し屋を先生と呼ぶのと同じ、人殺しという言葉を欺瞞で糊塗した恥ずべき二つ名だ。

「お祖父様は、鬼ではないと思います」
「うむ。かつて救っていただいた。その恩人の死を己は止められなんだがな」

 かつて満開の西行妖を目撃した、あの日、あの光景。
 その胸の痛みを思い出したかのように、老人は顔をくしゃりと歪めた。

「……幽々子様は、どうお考えなのでしょうか」
「さて。冥界の主に成りたての幽々子様であれば何一つ思い悩むことなくその任を引き受けたであろうな」

 ほう、という溜息をついて、老人はほどよく冷めたお茶に口をつける。

「幽々子様に限らず、人は己の存在意義を求めておる」

 意義、意味。生きていることの意味。ここにあることの意味。
 そんなものはどこにもありはしないという人もいる。
 ただ産まれてきたから生きているだけだという人もいる。
 だがそういった者たちは大概にして、そう口にしながらも死を選びはしない。

 死ぬのが苦しいから?
 否。そんな言葉はまやかしに過ぎない。
 苦しまず、楽に死ぬ手段なんていくらでもある。
 死ぬ必要がないから。面倒くさいから。
 そんな言葉もまやかしだ。生きるほうがよっぽど面倒くさい。

 では、何故生きるのか。
 答えは簡単だ。自分が生きることに意味を見出しているか、仮に今はないと思っていても、意味がないまま死にたくはないからだ。

 時に磨耗しきって死にたいとすら思わなくなることはあれど。
 自分に真に価値がないと思っている者は、やはり迷わず死を選択する。

「己と幽々子様は似ておるのだ。斬ることしか能がない己と、殺すことしか能がない幽々子様は」

 人を傷つけ、殺めることに特化した者たちにとっての生きる意味とはなにか?
 自分の存在が他人にとって害悪でしかないと知った者たちの生きる意義とは何か?

「魂魄妖夢」
「はい」
「此度の騒動において、幽々子様が選んだのは『自刃』だ」
「!」
「何故だかわかるか?」

 何故、何故だ。
 なぜそこで幽々子が死を選ぶ必要がある?
 冥界の管理者として、閻魔の命で寿命に逆らって生きる者たちをあるべき姿へ返すのは――正義だ。正しい行いだというのに。
 やはり人を殺すという、良心の呵責に耐えられなかったから?
 だが妖夢の知る限り、幽々子はさほど人の命を奪うことに躊躇いを覚えるほうではない。
 必要とあらば躊躇なく殺す。それが西行寺幽々子であったはずだ。

「何故、でしょうか。大義名分もあるし、幽々子様が施策を受け入れない理由がない」
「正義、とは言っても」

 人生経験豊富な老人はたしなめるような口調で、しかし独り言のように孫から視線を外してつぶやく。

「奪われる側の家族や友人からすれば、それは悪と捉えるであろうな」
「わかります。わかりますが、しかし、」
「彼らには彼らの正義がある。生きることが罪でないなら生を伸ばすのがなぜ罪なのか? 所詮我らは閻魔の手記に従って踊るだけの道化なのか? そう寿命を定める閻魔自身は死なないくせに、と。わからなくもない思考だ。これを一概に悪と責めるは、人には不可能だろう」
「しかし、お祖父様」
「誰かを幽々子様が殺したら、その誰かの周囲の者の怒りは幽々子様だけに向けられて終わるだろうか」

 その一言に、心臓を射竦められる。
 理解したのだ。
 西行寺幽々子が殺害を拒否した理由を。
 成した所業が、どのような弊害を残し、それがどのような可能性に繋がるかを。

「……私の、ためですか?」
「己のためであったらこの老いぼれ、狂喜乱舞して幽々子様を押し倒していたであろうがなぁ」

 すっ呆けた老人の冗句は、その場を和ませるなんらの効果も持たなかった。
 冷たい視線すら向けてもらえなかった老人はゴホンと咳をすると、真面目な顔で孫に向き直った。

「幽々子様を白玉楼には置いておけん。お前の愛刀楼観剣に幽々子様用の魂魄の剣など、霊を殺す武装には事欠かぬからな。なにより」

 唸る。

「……白玉楼には幽々子様の遺体が人知れず埋葬されておる。自身の遺体は亡霊にとっての必殺。決して墓を暴かれてはならん」
「だから、幽々子様を連れ去ったと?」
「左様。己にできるのはここまで。これがこの老体の精一杯よ」

 少しだけ寂しげにそう口にして、老人は孫の頭にそっと手を伸ばした。

「お祖父様は、これからどうするのです」
「そうさのう。幽々子様をどこかに逃がして白玉楼で墓守かな。この老体ではどこまで保つかわからぬが」

 ああ、と妖夢は悲鳴のような声を上げた。
 西行寺家は冥界に永住することが許されているとは言え、幽々子は既に寿命を終えた一人の死者である。
 幽々子にお迎えが来ないのは幽々子が冥界の管理を任されているからであって、その役目を降りれば当然、幽々子にも転生の輪が舞い戻る。
 そうなった幽々子が幽々子として在るためには、お迎えを迎え撃つしかないのだ。

「……微力ならがも、ご助力いたします」
「幽々子様と縁を切るか、己と共にかの亡骸を守るか、それとも幽々子様と共に世界を流れるか。このまま無策でいればせいぜいその程度しか選べぬだろうが」

 さらり、と老人の手が孫の生糸のような髪を撫でる。

「だが、挑めば妖夢は幽々子様の未来を守ることができるかもしれん」

 そんな師の言葉に妖夢の心拍数が跳ね上がる。
 喜び勇んだため、ではない。どちらかと言えばそれは怒りに因るものだ。

「……どうやって?」
「施策第うんちゃら案は十人の閻魔王によって賛成4、反対3、棄権3で採択されたそうだ」
「……それが?」
「賛成が反対を超えたために採択されるに至った。が、しかし棄権と反対が賛成を上回る場合は再審議の可能性が残されている」
「……だから、なんなんですか?」
「はっきり言わねばわからぬか?」

 わかるとも。
 皆まで言われずとも妖夢はわかっている。

「十王裁判に踏み込んで再審議にこぎつけろと、お祖父様はそう仰るのでしょう!?」
「その可能性が残されている、と言っておる」
「そんな可能性、あるわけないじゃないですか!?」

 そうとも。
 そんな可能性はありえない。ありえるはずがない!

「十王がどこに住んでいるか、お祖父様はご存知でしょう!?」
「うむ。一般の閻魔は新地獄に居を構えているが、十人の閻魔王は月に居を構えているな」

 そう。大量に雇われた閻魔たちとは格が違う。
 もとより仏神でもある彼ら閻魔王は新地獄を一般の閻魔や鬼神長たちに任せ、今は月の住人となっているのだ。
 並みの閻魔では捌ききれない裁判があるときのみ地獄へと降りてくるような連中と、そもそもどうやって対面しろというのか?

「月に踏み込んで、閻魔王に面会ができるとでも?」
「可能性はゼロではないなぁ」

 好々爺じみた笑顔で、妖忌は僅かに薄くなった己の頭髪をかき回す。

「紫様ですら月には正面から侵入することなどできないことぐらい、お祖父様だって良く知っているはずです」
「だが我らは半死ではないか。穢れなき我らならばやつらの目を欺けるかもしれんなぁ」

 呆けたような笑顔で、妖忌はぽんと己の膝を軽く叩く。

「ならばお祖父様にだって可能でしょうに!?」
「うむ。ためしに紫様とともにやってはみたのだが、どうにも警備が厳しゅうてなぁ。侵入できなんだわ」
「お祖父様ができないことが、どうして私にできるというのですか!!」

 片膝を立て今にも掴みかからんばかりの形相を浮かべる孫に、しかし妖忌は爛々と燃える瞳を向ける。

「これこれ、いつから魂魄妖夢は魂魄妖忌の劣化複製になったのだ?」
「そんな都合の良い台詞で煙に巻かないでください! 私とお祖父様の力量差は明らかだ。できるはずがない!」
「多様性だ、妖夢。冥界一硬い盾よ」

 妖忌は大きく首を横に振った。

「己は刃であった。斬り込むことしか出来ぬ、斬り捨てるが全てだ。だがその身は盾であろう。少なくとも己が知る魂魄妖夢はそうであった」
「……だから、なんなんですか」
「だから多様性だと言っておろうに」

 我が孫ながらなんと頭の悪い奴よ、とでも言いたげに妖忌はむすりと唇をへの字に曲げた。

「盾で斬ろうとして斬れるはずもなかろう? この老いぼれと同じやり方を通そうとすれば、『できるはずがない』になるのは当然。斬ることに関して盾が刃を越えるはずがない」
「……」
「刃は武器よ。恐怖で以って脅すことしかできぬ。だが盾は違う。防ぎ、安堵を与えることができる。守ることができるのだ」

 まぁ殴ることもできるがな、なんてちょっとばかし笑って妖忌は付け加えた。

「ただ、まぁ」

 顎をさする。
 これまでのことなど割とどうでもよいかのような表情で。

「一番重要なのは、魂魄妖夢の望みは何か、だ。それ以上に重要なことなど何一つありゃせんのだから。わかるな?」

 カチャリ。
 妖夢が先ほど下した白楼剣を手にとって、妖夢の前に突きつける。

「幽々子様はなるほど、お前に遺恨が残らぬように自刃を選んだのやもしれん。だが幽々子様にそれを選ばせたのは幽々子様の存在意義だ。それを阻止したのは己の存在意義だ」

 受け取れ、とばかりに目の前で揺れる黒い鞘。
 人の迷いを断つというそれ。
 かつて、師より譲り受けた愛刀。

「存在意義だ、妖夢よ。人は誰しもそれに従って生きておる。思うが侭にあるがいい。それが重なれば手が重なるし、それがぶつかれば拳がぶつかる。ただそれだけの話よ」




 §.Intermedium V




 ひどく、寒い。
 吐く息が白い靄となって揺蕩う室内の空気は凛と張り詰めていて、透明。

 そんな刺すような空気の中に突如としてコンコンと高らかに響き渡る、音。
 ありえない話だ。
 ここは幻想からすら見捨てられた者が幽閉される牢獄。ここにあるのはそんな哀れな囚人ただ一人だけ。
 だから彼女自身が出す以外の音が、そこに響き渡ることなどないはずなのに。

 なのに再び、コンコンと。

「あれ、寝てるの? せっかく助けに来たってのに」

 助けに来た?
 どこにそんなお人好しがいるのだろう。
 そんなふうにチラリと鉄格子の向こうに視線を向けて、ああと彼女は納得した。

 目の前のその、小さな体躯。
 なるほど、あまりにも純粋でバカ正直な彼女であれば、確かにその可能性もありうるだろう、と。

「なんだ、起きてんじゃん。だったら返事ぐらいしなよ」
「……何故?」
「ん? ああ、助けに来たこと? やっぱり幽閉ってのはやりすぎじゃない? ってね。こういうやり方は好きじゃないし」

 そう肩をすくめた少女はがさごそと懐をまさぐると、そこから一本の鍵を取り出してみせる。

「はい。どこへなりと好きなところへ行けば。まぁ普段から人に迷惑かけまくりなんだからさ、あまりバカはするんじゃないよ?」

 ぽい、と牢の中へ鍵を投げ込んで背を向けた、その背後で囚人は力なく笑った。
 なんにせよ、ここから出られるわけだ。
 どういうわけか看守役も今は席を外しているようだし、今なら自由を取り戻せるだろう。

 ガチャリと牢を開いて自由を取り戻し、そして、一つひらめいた。
 もう一つ、もう一つだけ彼女に協力してもらおう。それで、己の望みが叶う。

 そうとも、

「これで、終わり……フフ、フフフフ……」




§.第五章 愛がない




 ふらふらと、夜の人里をそぞろ歩く。
 白玉楼に一人でいる気分にはなれなかった。一人でいたら、暴れて何もかもを壊してしまいそうだったから。
 あてもなく進んでいたせいだろう。気がつけば、辺りは既に明かりの消えた低所得層の生活区。
 ぼうっと、闇を見通す幽霊の目で左右を見回せば、なにやら卑下た笑みを浮かべて近づいてくる二、三人の男。
 ふっと息を吐き、そろりと刀に手を伸ばせば途端に散開する気配。なるほど、相手が弱者か否か見分けるのには長けているようだ。
 散ってくれてよかった、と思う。もし近づいてきたら、本当に命を散らしてしまいそうだったから。

――平和で結構なことだ。

 腐っているな、と妖夢は思う。
 相手が、ではない。己の心がだ。
 溜息をついて踵を返し、未だ灯りのともる一画を目指す。
 陽気がほしかった。たとえそれが仮初のものでも。


 最近は妖怪相手の商売も増えてきたせいだろう。
 そろそろ夜も更けようというのに、まだ明かりと活気を宿した店がちらほらと。
 油代だって安くないだろうに、採算は取れているのだろうか。そんなことばかりが最初に頭をよぎる。
 根っからの苦労性。この性格はもう一生変わることはないだろう。

――それもこれも全て、幽々子様のせいだ。

 西行寺幽々子が働かないから妖夢はこんな性格になったのだ。
 いや、まったく働かないというわけでもない。西行寺幽々子には死霊を操れるという稀有な力がある。
 自我があるのかないのかもよくわからない低級霊たちを統率できるのはそんな幽々子だけ。そういう意味では立派に働いてはいる。
 だがそれ以外となるとノーサンキュー。金銭管理能力はゼロ。判断能力は高いが他人に展開はしないから実質ゼロ。
 ゼロには何をかけてもゼロだ。あるのは無駄な胸の脂肪ばかりだ。あれは無意味で無価値なものだ。いつか切り落としてやらねばならない。それが本人のためだ。

「あれ、妖夢さん? 珍しいですね」
「こんなところにも乳袋がいやがったか」
「父袋?」
「あ、いえ、こっちの話です。気にしないでください」

 はて、と理性を呼び戻して声のするほうを見やれば、はて?

「早苗さんに、星さん? 珍しい組み合わせですね」

 呑み処の軒先。そこから声をかけてきたのは酒が呑めないオコサマ神様に、五戒で飲酒を禁じられたはずの仏教徒。
 どこをどう考えてみてもその場にそぐわない組み合わせに、妖夢は胡散臭げな視線を向ける。

「貴女たちは敵対関係ではなかったのですか?」

 声をかけられた以上は無視するわけにはいかないだろう。
 そう判断して座談に加わった妖夢に、星は心外だとばかりに肩をすくめてみせる。

「信仰上の、という意味ではライバルですが。それは個人を嫌う理由にはなりませんよ。御仏はそんな狭量な存在ではありません」
「そうです。お酒を呑んじゃう破戒僧にもお目こぼししちゃう優しい神様なのです!」

 チラリ、と咎めるような星の視線を早苗は豊かな胸部装甲でばいんと弾き返す。

「ならそれは置いとくとしても、やっぱり意外な組み合わせだとは思います」

 そう首を傾げる妖夢に早苗はチッチッチとしたり顔で指を振ってみせる。

「妖夢さん。この数多の宗教がひしめく幻想郷で悲惨な宗教戦争が何故起きないと思います?」
「馬鹿しかいないからでしょう?」
「ノオ! 正解は我々のような穏健派が水面下で日々連絡を取り合っているからなのですよ!」
「つまり団子(カルテル)ですか。はっ、不当取引とはさすが神様は方便が御得意のようで」

 隠しきれない心の棘とささくれ。
 それはどうにも抑えようがなく、妖夢の口から溢れ出てしまう。
 恥ずべき、では、あるのだろう。
 だが思うが侭にあれというのであれば、それが妖夢の思うがままだ。

 神様なんて信用できない。
 神様はどこまでも正義のために冷徹だ。
 神様なんて、神様なんて……

「神様なんて、なんですか?」

 気付けば、声に漏れていたらしい。
 聞き捨てならないといった様相を浮かべる早苗と。
 そして、どこか悟ったような柔和な笑みを浮かべる星。

「独り言です。気にしないでください」
「気にしますよ。気にするな、というほうが無理な話です。妖夢さんは目の前で庭師なんて糞喰らえ、って言われて平静でいられますか?」
「糞喰らえとは言ってないでしょうに」
「じゃあなんて続けるつもりだったんですか」

 下手な誤魔化しなど許さない、と言わんばかりの表情で詰め寄った早苗が、ふいにあっと小さく声を上げる。

「もしかして、あの幽々子さんが行方不明というのと関係があるんですか?」
「……」
「そうなんですね?」
「……だったら、どうだっていうんですか? 貴女に何か関係があるとでも?」
「ありますよ!」
「何が!」
「言わせんな恥ずかしい!」
「何が恥ずかしいんですか!」


「友達だからですよ」


 はっと、弾かれたように妖夢は星の顔をまじまじと眺めやる。

「友達だからです。早苗さんが貴女を心配する理由としてはそれで十分なのではないでしょうか?」
「……あーた、よくもまあそんな恥ずかしいことを平然と口にできますね」
「人にとって困難なことを代替わりしてあげるのが神様の勤めですので」

 赤面し、萎縮し、もにょる早苗の前で悠然と星は御猪口を傾ける。

「我々に相談してはいただけませんか? 何かを成す前に『神様なんて』などと一括りにされては我々も悲しい。せめて願ってから無能だと判断して欲しい。そうでしょう? 早苗さん」
「……ええ、その通りです。守矢を舐めんな。仏教なんかよりよっぽどご利益を返せます」
「本音が出ましたね?」
「仲良くやりたいとは思っています。ですが仏教には負けるはずがない、ええ勿論そう思っていますので。星さんだってそうでしょう?」
「無論。狭い列島の土着神なんかに毘沙門天が負ける道理がない」

 ニヤリと笑う、ニタリと笑う。
 そんな二人を見ていると、ああ。

 妖夢の中には赫怒の嵐が吹き荒れてくるというのに。

「いいでしょう。ならば話してさしあげます」

 信仰。信仰、信仰! どいつもこいつも建前ばかり。
 助けられるというのであれば助けてみるがいい。水面下で諍いを回避する裏工作に手を染めている実利主義者どもめ。

 そんな呪いと共に、妖夢は口を開く。
 己が毒と怨嗟を、一切隠すことなしに。



 全てを語り終え、左右を見回した妖夢の目に映ったのは、ほれみろ。
 神妙な顔をして口を開くことも出来ない、似通った二つの顔。
 所詮、神様なんてそんなものだ。神仏習合なんて例を見てもそれは明らかだろう。
 神様は己が信仰を獲得するためならこれまでの信仰などなかったかのように、その在り方を容易に変えるのだ。

 神は神のためだけに存在し、決して人のために存在するのではない。
 それは責められることか? そう妖夢は己に問う。
 責められることでもないだろう。誰だって己のために生きてよい。半霊の妖夢はそう答えを返す。
 責められるべきことだろう。ならばなんで神には人に許されざる不老不死が許される? 半人の妖夢はそう答えを返す。

 笑うしかない。
 もう、笑うしかない。
 何が正しくて、何が間違っているのか。その一切合切がわからない。
 己を取り巻く、この環境全てが憎らしい。
 そしてこれが愛する物を奪われようとしているものの感情だ。
 正義とか、悪とか。そんな物関係なしに。
 ああ見ろ。十王によって家族を奪われようとしているものの理不尽を今、妖夢自身が体現しているのではないか!
 そこに悪など微塵も存在していないというのに妖夢はこうも、憎悪と害悪を撒き散らしている!

「現状は、理解しました」

 呑み所の、いまだ冷めやらぬ喧騒の中。
 早苗が真っ直ぐに妖夢を見つめてくる。

「それで?」
「それで、とは?」
「妖夢さんはどうしたいのですか。私たちはまだ、それを伺っていません」

 魂魄妖夢は何を求めているのか、か。
 そんな物、決まっている。
 そう、単純な答え。
 明日も、今日と変わらない日が来ますように。
 ただそれだけだ。

 だってここ数年の日常はなんだかんだで楽しくって。
 始まりはどこからだったか、そう、あれだ――春雪異変。
 などと偉そうにいえる立場ではないだろう。そもそもアレは妖夢が幻想郷中の春を集めたがために起こった異変なのだから。

 あの時、頭の横についている両耳は飾りですかそうですか、な人の話を聞かない赤、黒、紺の三馬鹿にボロボロにされて、ついでに幽明を分かつ結界までもボロボロにされて。
 なぜか紫がその結界をいつまで経っても修復してくれなくて。
 そこから妖夢の生活は一時として心安らかならぬものへと一変したのだ。

 宴会は死ね。掃除しないで帰るバカも死ね。
 接客なんて糞喰らえだ。
 人が丹精込めて造り上げた庭をなんだと思ってるんだ。

 玉砂利に弾幕ごっこで消し飛んだ波模様を再度描くのは誰だと思ってるんだ。
 それは私だ。
 弾幕格闘戦で倒壊した庭木を新しいものに変えるのは誰だと思ってるんだ。
 それも私だ。
 必要経費欄に「庭園の修繕費」と毎月のように書いて会計担当の死神に『お宅は恐竜でも飼ってるんですかぁあ?』なんて嫌味を言われるのは誰だと思ってるんだ。
 それも私だ!

 クソが、どっちを向いても道理のわからぬクソだらけだ。
 死ぬがよい。クソどもはとっとと死ね! ついでにブタは死ね!
 死んだ弾幕少女だけが良い弾幕少女だ!!
 この空と大地と白玉楼庭園の美しさのわからんやつは――生きる値打ちなどない!!

 畜生、畜生、畜生!
 雇われを舐めるな! 企業戦士を舐めるなフリーター共!
 いっつもいっつもやりたい放題やりやがって! こっちは! 官営で! 小間使いで! 二刀流なんだよ!

 ああ、この郷は本当にうるさくて、喧しくて、おもちゃ箱をひっくり返したかのようにしっちゃかめっちゃかで、
 そして、ほんとうに、


「明日も、今日と変わらない日が来ますように」


 もう、この郷を離れたいなんて微塵も思えなくなっている。

 だけど、一人で白玉楼に残ったとて。
 魂魄妖夢の横に、西行寺幽々子はいないのだ。


「幽々子様がいなければ、意味がない」

「行ってきます」と、笑顔で地上のバカ共を斬り潰しに行けるのは。
「おかえりなさい」と迎えてくれる人がいるからだ。

「幽々子さんじゃないと、駄目なんですか? 新たに来る人も、幽々子さんと同じくらいに優しいかもしれません」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか。幽々子様は優しくなんてないです。疲れて帰ってきた私に自分は寝る準備を済ませた上で、『お洗濯ものの取り込みお願いね』なんて言うんですよ」
「……幽々子さんの、どこがいいんですか?」
「いいところなんてありませんよ。取り柄なんて外見だけしかないぷっぷくぷーのぷーです」

 そうとも。いいところなんて何一つない。
 妖夢が梳かさなければ髪の毛だっていっつもボサボサの百舌の巣のままで。
 着付けだって一人でやらせておけば帯は適当襟首はゆるゆる。死者の癖して右前だ。
 掃除洗濯炊事なにをやらせても駄目。平安女房らしく礼儀作法は見事で裁縫は得意なんてかくし芸はあるが、その腕前を披露するつもりは一切なし。
 剣の修練を始めれば素振り一万回で腕が痛いと言い出すし、妖夢が真面目に打ち込んでもふわふわするりとやる気も見せない。
 作庭に関してはどうだ? 丹精込めて仕上げた桜の園を『綺麗ねぇ』の一言ですませやがって。冗談じゃない。綺麗なんじゃなくて、綺麗に見えるように妖夢が造ったのだアホが。

 チクショウ、チクショウ、酒が足りない。
 星の手から徳利をひったくってガブリとやり、空っぽになった徳利を頭上に高々と掲げて「おかわり、これ三本!!」

「いいところなんて外見以外、一つもないんですよ。性格だって、」

 のらりくらりと人の質問を躱し、ひどい時には聞いてすらいない。
 重要なことは一切説明せずそのときの気分で行動を開始して、「妖夢は何もわかっていないのね」。わかるほうが異常だ。
 かといって疑問を口にすれば「自分が知りたいことは自分で考えなさい」。馬鹿にするのもいい加減にしろ。
 ならばせめて少しでも賢くあろうと勉強していれば「勉学! 呆れたわ、つまんないの」。知るかてめぇの退屈なんぞ知ったことかボケェ!

 そうやって徹底的に人を振り回しておいて、玩具にしておいて、人に好かれるようなことなんて何一つやっちゃいないくせに。
 愛情が無条件で涌いてきて、自分は放っておいても誰かにお世話されるのだと疑っていないかのような他人への無頓着、自分勝手のくせに。
 いつも人を小馬鹿にするような、もしくは人を食ったようなふざけた微笑を他人に向けているくせに。


 あの女は一人で放置しておくと、散る間際の桜のような、何がしかの喪失を思わせる儚げな表情を浮かべているのだ。


「強情で、臆病で、そして三国一の卑怯者なんですよ、あいつは」
「……じゃあ、何で一緒にいるんですか」
「決まってるじゃないですか」

 運ばれてきたおかわりの徳利を、グビッと、飲み干して。

「べつに、嫌いじゃないからですよ」

――チョロいなぁ、私。


 あんな奴がたかが二ヶ月ばかりいないだけで、こんなにも普段通りでいられないなんて。


 私を笑っているだろう。そう思って二人の顔に視線を移してみれば、なぜか。
 なぜか、早苗も星もまるで陽だまりのような笑顔を妖夢に向けていて。

「妖夢さん」
「なんですか」
「変わらない明日を、取りに行きましょう」
「駄目ですよ」
「何故ですか」
「それを求めるから、人は寿命を延ばすんだ」

 今日という幸せを、明日もまた。
 そう願うから人は仙人を、不老不死を願うのだろうに。
 幸せはいつか消えてなくなるもの。そう語る妖夢に、星はそうではないと首を振る。

「いいえ、違います。それは違うのです」
「どう違うんですか」

 そう断言した星に妖夢は食って掛かるが、星はやんわりとその怒りを受け流す。

「かつて私は理不尽に聖を、一輪や村紗を失いました。私はそれを当然と受け入れることはできませんでした。妖夢さんはどう思われます? それを正しいと、受け入れるべきとそう思われますか?」
「そりゃあ、『奪われた』んだから正しいはずはないでしょう」
「そうですね。ですが聖らを封印した者たちは、それによって安堵と安らぎを得られたのですよ。妖怪の脅威を封じることができたのですから。封印を施した者たちにとって、そして寺の周囲で暮らす者たちにとっては間違いなく正義だったのです」
「……」
「正義というものの絶対的価値を数に求めてしまった場合、世界はただの弱肉強食になってしまいます。それでは原始時代へ逆戻りです」
「ですが、それが『法』というものじゃないですか」
「ええその通り。そして外の世界は現にそうなりつつある。法治国家、と言えば響きは良いですが、その実は明文化されたことが全てという文面の奴隷にすぎません。そんな世界にはあまりにも――」

「「愛がない」」

 クスリと、声をそろえた二柱が綻ぶような笑みを零す。

「行きましょう妖夢さん、月へ!」
「ここにだって正義はあります。古来より脈々と受け継がれし毘沙門天の神徳が!」
「何故です」
「なにがです?」
「何で貴女たちはそうも――」

 そう、なんと続けるつもりだったのだろう。
 そうも偽善者ぶって、というつもりもあったかもしれないし。
 そうも優しくしてくれるのか、という思いも確かにあった。
 様々な感情が渦巻いて、アルコールと一緒に撹拌されて、なにがなんだかもうよくわからない、感情が乱雑に放り込まれた皮袋のような状態になっている妖夢の前で、

「「神様ですから」」

 力強く、彼女たちは笑うのだ。

「努力しても、手を尽くしても。それでもやはりどうしようもない、人の手には負えないものに人がぶち当たった時にこそ助けとなるのが神様です」
「どれもこれも似たような顔して胡坐かいてる神様と一緒にしてもらっちゃあ困りますよ! こちとら新進気鋭の幻想の神様なんですから!」
「それ誰のこと言ってるんですかね?」
「嫌ですね別に私は仏様のことだなんて一度も口にしておりませんがなにか?」
「……貴女たち実は仲悪いんですかね?」
「「ただの商売敵です」」

 息がぴったり合った応答に思わず両者はまたも揃って憮然と表情を変える。
 そんな二人を見て、妖夢の口から掠れたような声が零れ落ちた。
 それが笑い声であると気がついたのは、御猪口に注いだ酒に映る顔が、今にも泣き出しそうに歪んでいたからだ。

 黙って、早苗と、星の御猪口にも酒を注ぐ。
 二人はそれをそっと、何も言わずに見守っていた。

 縋るように、希う。

「変わらない明日が欲しい。月に、行きたいんです。力を貸してください神様」
「「喜んで」」

 乾杯。
 御猪口をぶつけて、勝利の前祝いを。



 ¶



 木の葉もあらかた落ちきり庭木の瑞々しさも晩秋に奪われて久しいが、それでもなおその庭園はどこか侘寂を抱いて美しい。
 当然だ。主が不在だからとて魂魄妖夢が作庭の手を抜くことなどありえないのだから。
 そんな枯淡なる趣の苑路を二刀剣士は足取りも力強く突き進み、本殿中庭の縁側前にて足を止める。

「お帰りなさい、妖夢」
「留守番を押し付けてしまい申し訳ありませんでした」

 ぺこりと頭を下げる若輩に、「そうじゃないでしょ?」なんて縁側に座す女性がくすくすと笑う。

「まずはただいま、でしょうに」
「それは無事に帰還できましたら、改めて口にしたいと思います」
「腹は決まった、と言わんばかりの顔ね」
「ええ。もう迷いません。未熟なれど、全力を尽くします」

 そう、もう腹は決まった。
 もとよりこの身は盾である。主を失った盾などせいぜい壁に飾るが関の山。
 降りかかる火の粉から主を守ってこその、盾だ。

「私と妖忌ですら忍び込む隙間を見つけられなかった、今や要塞よ? あそこは」
「二人で駄目なら、それ以上で。明日にでも協力者を探してみます。もっとも、どれだけ助力を得られるかはわかりませんが」
「そう……」

 パタン、と口元を隠していた扇を閉じた紫の表情は、まるで愛娘を見る慈母のようで。
 なんて言ったら多分怒るだろうなぁ、なんて考えて妖夢は苦笑する。

「よろしい。では表側の月境界ギリギリまでは私が送りましょう。申し訳ないけどそこから先は貴女たちで何とかして頂戴」
「宜しいのですか?」
「幽々子の危機ですもの。致し方ありませんわ」

 憤懣やるかたなさ気にふうと溜息をつくが、多分その表情は作り物だ。
 胡散臭さの体現たる八雲紫はいつだってその顔で他人を欺くのだから。

「……ありがとうございます」
「それと、もう一つ。耳を貸しなさい」
「?」

 言われるがままに縁側に近寄ってその赤い唇に耳を近づけると、

「はむ」

 ムギュゥウ。
 耳たぶを噛まれた腹いせに、妖夢はその精緻なご尊顔に両手をかけて両頬を思いっきり引っ張る。

「ふぃふぁいふぃふぁい!」
「悪いことするのはこの口ですね、え?」
「……もう! 軽い冗談じゃない。ゆかりん泣いちゃう」
「今の私は酔っているのでわりと容赦ないです、で?」
「み、み★」

 はぁ、と溜息。
 言われるがままに再度耳を寄せてもにょもにょと一分ほどののち、

「……まじっすか」
「まじまじ」

 提案された内容に妖夢は流石に驚きを隠せなかった。
 よくもまぁ、この女は一つの行動に二手三手先を組み込めるものだと。

「……しかし、上手くいきますかね?」
「失敗した時は失敗した時。ま、相手のムラっ気も鑑みて成功率は恐らく三割程度。上手くいったら儲けモノ程度だと思っておいて頂戴」
「わかりました。……ですが、それでは紫様が……」
「大丈夫。貴女たちほどではないけれど、私たちだって結構なものですわ。貴女にはそうは見えないかしら?」

 自信満々。妖美な笑みを向けられて、妖夢は恥ずかしげに頭をかいた。
 そうだ、その通りだ。
 妖夢が心配する必要なんて、何一つないだろう。

「次の満月、明後日に勝負をかけるとしましょう」
「はい、紫様。……色々と、本当にありがとうございます」
「お夜食は月見うどんがいいわぁ。あ、きつねも悪くないわね」
「わかりました、両方ともすぐにご用意いたします」




 §.Intermedium VI




 縁側へと上がり、そのまま妖夢が台所へと消えていったのを確認して。
 八雲紫は縁側の縁に片膝を立てると、真円に近づきつつある天体を睨んでペッと庭に唾をはいた。

「よくも……よくも私の幽々子に手を出してくれたわね……! 今回という今回は流石に頭にきましてよ?」
「紫様」
「あら藍。主がはしたない行為をなしている時は気を利かせて隠れているものよ」
「融通のきかないもので」

 新たに現れた八雲紫の式。
 縁側の前に畏まった紫の手足たる式はしかし、主の様相に反してその表情に不安を湛えている。

「目標は?」
「マーカー、正常に動作中。目標捕捉を維持。それとなく情報も流しております」
「よろしい、次」
「萃香殿や紅魔館の吸血鬼、山の神らからは協力を取り付けました。現在バイパス回路の準備中」
「そう」

 その報告にホッと紫は胸をなでおろした。
 最大のネックが施術者の気まぐれと道具の動力源ではあったが、動力源のほうはどうやらクリアできそうだ。

「人徳、かしらね。白玉楼――いえ、妖夢の」
「真面目で裏表が無いだけで貴重、という現在の幻想郷は橙の教育環境としていささかの不安が残ります」
「……よくもまあこう変人ばかりが集まったものね」

 貴女が頂点ですから、という言葉をなんとか藍は呑み込んだ。
 危うくそんな事を口にしてしまいそうになったのは主を軽んじているからではない。軽口を叩かないと不安で仕方がないからだ。
 やや躊躇った、後、

「紫様」
「藍。施行時には貴女も十分気をつけなさいな。気を抜いたら死ねるわよ?」

 先回りして言葉を封じようとしてくる主に藍は苛立ちを隠せない。

「私なぞどうでもよいのです! ……やはりやめましょう。紫様の御身に何かあれば結局はこの郷は終わりではないですか」
「そこまでこの郷は脆くはないわ。誰か後を次いでくれるものさえいれば、十分に幻想郷は廻っていきます」
「しかし!」
「危険を冒さなくては手に入らないものだってあります。私は望むモノを得る為にはいつだって全力を尽くしてきた。貴女を式にしたときもそうだったわね」

 卑怯な言い方だ、と言われた方も言った方も同時に顔をしかめた。

「藍」
「はい」
「力を貸して頂戴。危険ではありますが、私たちならば無事――とまではいかないでしょうが、成し遂げられるはず」
「この身はいつでも御身の目的の為に」
「ありがとう」

 薄く微笑んだ後、紫はポンポンと己の横、縁側の床を叩いた。

「妖夢がおうどんを持ってきてくれるわ。少し、お夜食に付き合いなさい」
「きつねですか」
「きつねよ」

 満面の笑みを零して、藍が紫の横へ静々と腰を下ろす。
 その腰に紫はするりと手を伸ばすと、二人の間、僅かに空いた隙間を埋めるように、藍の腰をそっと抱き寄せる。
 並んで月を見上げると、背後の障子が開いて奥から出汁の効いたしょうゆベースの香りがふわりと。

「あ、藍さん来てたんですね。二人前用意しておいてよかったぁ。さ、暖かいうちにどうぞ」




§.第六章 月は無慈悲な……




「よう、来たぜ」
「来たわよ」

 月が真円を描く、霜月の夜。
 白玉楼正殿中庭に、ふわりと二色の蝶が舞い降りる。

「なんだ、咲夜も来てたのか」

 そう声をかけられた悪魔のメイドは先ほどから続けていた鴉の羽繕いを中断し、縁側からひょいと立ち上がる。

「お嬢様に恩を売って来いと言われましたので。高く買っていただけるのですよね?」
「……ええ、前向きに検討いたします」

 ニコリと微笑まれて、妖夢の唇が僅かに引きつった。
 悪魔との取引だ。赤字になるのは間違いないだろう。
 だろうが、それでもやはり手を貸してもらえるのはありがたい。
 かつて完膚なきまでの敗北を喫したというのに、それでも再び月に赴いて妖夢に手を貸してくれるというのだ。
 できる範囲で、お礼はしようと思う。

「……にしても冷えるわね。篝火ぐらい焚いといてよ」
「月明かりで十分視界は確保できるでしょうに……っていうか霊夢は何でそんな薄着なの?」
「ん? だって月は常春だったし……っと、ちょっとお花摘みに行ってくるわ」

 ん、と応じれば「んじゃ私も」なんて魔理沙もそのあとについて行く。
 どうにもこうにも緊張感がないやつらだと呆れもするが、肩に篭っていた余分な緊張感が抜けていくのも同時に実感できた。
 思わずクスリと笑みがこぼれる。
 変わらない毎日を取り返すために、変わらない毎日で挑むというのはどこかしら滑稽だった。


 その後更に集まってきた者たちと、また厠から戻ってきた霊夢たちを含めて役割分担等を確認していれば、時間はあっという間に正子。

「準備はよろしいようね」

 日付が変わる瞬間を狙い済ましていたかのように、グワリと闇が開く。
 これから妖夢たちを最も闇の――いや、最も光の濃い世界へと誘う入り口が。

「はい、紫様」
「先に述べたように、私が手伝えるのはあくまで転送まで。私が月の都を攻めて口実を与えたくはありませんので」
「せこいやつね」
「私が目をつけられるということは、幻想郷全体が目をつけられることと同義ですからね。それだけは避けねばなりません」

 納得したのか、しないのか。
 とりあえず叩いても仕方ない減らず口を飲み込んだ霊夢を一瞥し、八雲紫は瞳に一瞬だけ熱を浮かべる。

「それではこれより静かの海への道を開きます。そこから先は貴女たちだけが全て」

 閉じた愛用の日傘を白玉楼庭園の池に映った月に刺し込みスッと動かすと、傘を差し込んだ亀裂がそのまま月の上に残る。
 このままこの亀裂に身を投じれば月の海へと一直線だが、今日は流石に数が多すぎると考えたのだろう。
 パチン、と紫が指を鳴らすと、まるでその亀裂は怪物のあぎとのようにガバリと口を開いて――

「ご武運を」

 そこに集った一同を、まるで鯨がオキアミにそうするかのように一口で呑み込んだ。



 ¶



「紫、紫!!くそ、くそ、なにしてやがんだ! 早く帰り道を開けろ! 今すぐだ!!」

 耳に飛び込んできた悲鳴のような叫び声に、一息つきかけた紫はハッとその息を呑んだ。

「何事なの!?」
「チクショウ、囲まれてやがる! 五百――いや一千以上いるぞ!! 逃げ場がない!!」

 慌てて再び池の月に傘を差し込めば、その瞬間スキマから漏れ出し響き渡る、冗談みたいな剣幕の銃撃音。
 小銃や機関砲、更には迫撃砲まであるんじゃないかと思われるほどの、耳を塞ぎたくなるほどの轟音、爆音。
 読みの甘さに歯噛みしつつスキマを人間大まで開いて飛び込んだ、その先。

 なるほど、逃げ場がない。
 飛び込んだその先。静かの海の波打ち際すぐ近くの砂浜には足の踏み場もなかった。
 見渡す限り、兵、兵、兵と鋼の槍衾だ。
 即座に結界を展開して海岸からの砲撃を遮断すると、これまで結界で防御を担当していた霊夢が顔を真っ赤にして、

「紫、あんた――」

 最後まで文句を紡ぐこと無く、再度霊夢は背後に結界を展開。
 海中から伸びてきた艦対地ミサイルのような何かが霊夢の結界に命中して大爆発を起こす。

「文句は後です。いったん退きましょう! 紫様はさっさとスキマを開いてください!」
「……いいえ、次の機会はないわ」

 苦々しげに紫は唇を噛む。
 数多の武装した兵たちの垣根。
 練度の低い月兎たちの背後、鎧兜に身を包み光剣を構えた月の正規兵たちのその更に向こうに、奴がいる。

――綿月豊姫。

 彼女が妖夢たちをここに誘い込んだのだ。
 さしもの紫も月側の空間制御術師たる彼女に本気で邪魔されては、自由に月への経路を作ることなど出来はしない。
 だから紫が繋げられるのはもう恐らく、豊姫が意図的に許可している「ここ」だけ。
 何度スキマを開いたとてここに繋げられてしまうのであれば、ここで撤退することには何の意味もない。

――あなたたちの行動など、全てお見通しです。

 遠方で、豊姫が形の良い唇をそう動かして優雅に微笑む。
 そんな、態度。紫の額にビキリと青筋が浮かび上がった。

 お見通し?
 お見通しか、結構結構実に結構。ならば見ているがいい。
 単純な力押しでは勝ち目が無いのは百も承知。だが紫が裏をかこうとしてかけない相手ではないのは第二次月面戦争が証明済みだ。

「とりあえずこの兵たちは私が何とかします。貴女たちは予定通り突入を開始なさい。カウントダウン三秒前」
「さ、三秒前って紫様、どうするんですか!?」

 狼狽する妖夢には答えず、ズブリと足元の海に日傘を突き刺す。
 それを撤退と判断したのだろう。侮蔑するような哀れむような視線を向けてきた豊姫に、噛み付かんばかりの笑顔を向けて、

「『ここ』だけは自由な裁量を許したのが裏目に出たわね。さあ」

 海岸のあちこちに闇が花開く。空間を引き裂いた断裂はその数を瞬く間に二十四、四十八、九十六と数を増していき――
 そして八雲紫は絶叫する。

「お前たちがこっちに来い!!」




 §.Intermedium VII




「なるほど、それを選びましたか」

 八雲紫と一千近くの兵、そして綿月豊姫は白玉楼御前階段下、二百由旬の広さを持つ前庭にて対峙し、睨み合う。

「ええ、そうよ。今回の主役はあの子達だもの。あの子らがあっちに残ればそれで私の仕事はオシマイ」
「……理解が及びませんが、まぁいいでしょう。あの子らでは依姫に勝てないことは既に証明済みですし」
「そして貴女が私の罠に嵌ることもまた、証明済みですわね」
「安い挑発ね」
「そうかしら?」

 傲岸不遜に紫は笑う。
 状況は確かにあまり有利とはいえない。
 数千対一。数にしてあまりに不利。
 しかも敵は練度はともかく、威力に関しては申し分ない月の兵器で武装した数千である。
 流石の紫とて一筋縄ではいかないだろうが、

「『向こう』が貴女の世界であったように、『ここ』は私の世界です」

 冥界の月夜を埋め尽くすは、数え切れないほどの蝶型の魔弾。
 月の軍勢の中から驚愕とも悲鳴ともつかない声が上がる。

 黒死蝶。

 そう字される八雲紫の殺意の弾丸が、嵐となって白玉楼庭園に吹き荒れる。
 数限りない蝶の羽ばたき。避ける暇もなく、一瞬にして兵たちはその羽ばたきの中に飲み込まれる。
 が、

「……ふむ、流石に硬い」

 反撃とばかりに飛来する数々の銃弾砲弾を四重結界で防ぎつつ、紫はそう嘆息する。
 蝶弾が撃ち破ったのは防具らしい防具を身につけていない月兎の部隊のみ。
 倒れ付す月兎の向こう、防具に身を包んだ正規兵たちの大半はほぼ五体満足で今も紫に銃口を向けている。

「当たり前です。そう簡単に一掃できるとお思いかしら?」
「まさか。でも何も問題ありませんわ。貴女たちはここで私と遊んでいればよいのだから」
「さて、貴女は私たちを足止めしているつもりのようですが」

 ポン、と手の内の扇を手の平に打ち付けて笑う豊姫もまた、余裕ある態度を崩さない。

「足止めされているのは貴女のほうです」
「あら、なんで?」
「都に配備された兵は、ここの比ではありませんよ?」
「だから?」
「貴女が送り込んだ者たちが月の都に侵入できるはずが無いと言っているのですが、わからないのですか?」
「それで?」

 クックッと、人型をした闇が笑う。
 圧倒的に有利なはずなのに、なぜか豊姫の背中に悪寒が奔る。
 見落としは無い。無いはずなのに納まるどころか膨れ上がるこの言いようの無い不安は何だ?
 味方が目の前にいるというのに思わず広域破壊兵器を行使しそうになってしまい、慌ててそれをパチンと閉じる。
 そんな動作に相手の焦燥を読み取ったか、紫がことさらに顔をニンマリと歪めて笑う。

「わかってないのね、貴女。もう私の仕事はオシマイと言ったでしょう?」
「……彼女たちが目的を果せなくてもよい、とでも?」
「そうよ。これはあの子達の戦いなの。私はただの案内役。月に送り届け、そして万が一勝利するようであれば回収するだけが役目」

 幻巣、構築。
 自動生成される飛光虫を集中射出して一人、また一人と少しずつ確実に兵を打ち倒す八雲紫には微塵の不安も動揺も見受けられない。

「綿月豊姫、私たちの間に殺し合いは成立しない。穢れを嫌う貴女は殺害を好まないし、逆に私は貴女には力では敵わない」

 迫り来る銃弾と数名の勇者からなる光剣突撃を強固な四重結界で完全に防ぎ、笑う。

「故に私たちの戦の先にあるのは唯一つ。勝敗以外の陳腐な目的を果せるか、果せないか。それだけでしてよ?」

 月の兵たちが陣容を整える。
 止めこそ刺されないとは言え、一人、また一人と仲間が倒れていく中でも統制を失わない士気の高さ。ほう、と紫は彼らに感心したような視線を向けた。
 仲間の援護射撃を受けて再度突撃してくる兵たちと、そしてあらぬ方に一度視線を向けた紫は、再度四重結界を生成し――


 これまで鉄壁を誇ってきた四枚の結界が易々と打ち砕かれる様を目にして、紫は己が賭けに正しく勝ったことを知った。


「フォーカード。これでしくじったら許さないわよ、妖夢」

 こふ、と。吐血と共に。
 全身数箇所を光剣に串刺しにされた状態で。
 何故己がそれを突破できたのかと驚愕する兵たちの前で。
 八雲紫は満面の笑顔で小さく、そう呟いた。




§.第七章 恋と正義と奇跡とが




 かつて幻想郷には一時期、巨人が存在していたことがあった。
 誰の目にも留まることなく巨大な影のみを投影して現れ、かつ消えてを繰り返していたそれ。
 その正体を知る者はほとんどおらず、ただその外見と名前だけが人々の口の端にのぼるのみ。
 その目的も、存在理由もわからぬまま結局消えてしまったそれは、いつしか実態とはかけ離れた妖怪としての側面をも持つようになっていたのである。
 そう、製作者の意図とはまったく異なった方向で……。

 戦闘力など欠片も持たず、また確たる実体もまた持たない、妖怪としては最下層のそんな存在が、

「魔理沙さん」
「おう。八卦炉出力、問題ないぜ」
「星さん」
「レーザー砲塔全十二門、全て問題なし。あなたに、力を」
「いよっし、おっぱじめましょうか!」

 ただいま月面の海岸に降り立ちましたる、全長百メートル近い蒸気ロボ、

「いっきまっすよぉー! スター天則、発進!!」

 『非想天則』……もとい、月面、宇宙戦用にカスタマイズされた驚異の奇跡ロボ『スター天則』である。
 両目をギラリと光らせたそれは月の大地に仁王立ちすると、両腕を振り上げて口に当たる部分からブシューと盛大な蒸気を吹き上げる。
 諏訪の祟り神によるどこかセンスがおかしいレトロな外観。無数の誘導レーザー砲塔を搭載した近代的形状のバックパック。
 それらの組み合わさった異様な姿は「侵入? なにそれ美味しいの?」とばかりに目立ちまくっているが、何も問題はない。
 目立つことこそが彼女たちの仕事だからだ。

「さて、作戦の確認です」

 胸部に収納されたコックピット(そう仮称しておこう)中央に座する早苗は右の魔理沙、左の星と視線を移した後、全方位スクリーン(そう仮称しておこう)斜め後方にチラリと視線を向ける。

「私たちの役目はこのスター天則でなるべく敵の目をひきつけつつ、同時に背後の輝針城を守りきることです。

 なるほど、非想……もといスター天則の後方、静かの海上空には八雲紫のスキマから上半分を突き出した輝針城が位置している。

「現状、紫さんにはアレほど巨大なスキマを維持する力はありません。ですからあのスキマに挟まっている輝針城が引っこ抜けちゃった場合、あのスキマは自動的に閉じて我々は帰り道を失うことになるばかりか、あの穴から流れ込んでくる『反転』の影響もストップしてしまいます」
「そうなったらもう勝機も退路も失って、私たちは月の虜囚になっちまうってんだろ? わかってるって」
「そして同時に、月の都に侵入する妖夢さんが少しでも有利になるように牽制も行わねばならない、と」
「そうです。輝針城から離れすぎてはアウト。しかし月の都を攻撃しなければならない以上、後方に位置しすぎるのもアウトです」

 月の都と、早苗たちが降り立った静かの海の間にはそれなりの距離がある。
 だから早苗に与えられた任務を達成するためには超長距離砲撃に優れた人員が必要とされる。

「だから私たち、ってわけだな?」
「そうです。機体制御は私が行います。主砲を魔理沙さん、砲塔による遠隔攻撃は星さんで可能な限り遠距離から月の都を砲撃していきます!」

 言葉と同時に早苗はコンソール(そう仮称しておこう)を操作。平面ディスプレイ(そう仮称しておこう)に無数の光点が映し出される。

「こんなこともあろうかと搭載しておいたサファイアセンサー(そう仮称しておこう)です。可能な限り人的被害を抑えつつ、任務を達成しましょう!!」

 距離的に月の都の内部に無数に集まったその光点が意味するものは、恐らく人の命の光なのだろう。
 現在、その大量の光点に向かって数千程度の光点が移動していく様子が映し出されている。先ほど早苗たちに蹴散らされた、豊姫が用意しておいた第二波攻撃隊の挙動だ。

 第二回戦は双方被害者なしで早苗達の圧勝に終わった。
 その立役者たる寅丸星のレーザー砲塔は生物に対し一切の殺傷能力を持たない、兵器じゃない兵器だ。
 だがそのレーザーは命中したあらゆる無機物を「お宝」へと変えてしまう。
 武具や兵装を全て珊瑚や純金、真珠などの柔い素材へと変えられてしまえば、どんな高等な道具ももう用を成すことはない。
 兵器は優秀であればあるほど、それに比例する高い剛性が求められるのだから。

 改めて三人は、拡大スクリーンに映った月の都(倍率×20)に視線を向ける。

「さっきはやることがなかったからな。今度こそ私の番だ。いくぜ?」
「ええ魔理沙さん、お任せします」

 早苗が軽く指を動かすと機体内部の水蒸気が流動し、フレームと一体化したサーメットの一次装甲からなる巨体が一歩、また一歩と歩みを進める。

「よーしいいぞ微速前進。目標、月の都の朱塔玉座、月読の間。あと十歩で射程内。射撃秒読み開始、5、4、3、2、1、ブレストスパーク、発射!!」

 魔理沙の咆哮と同時。
 スター天則の胸部放熱板(そう仮称しておこう)、それが白熱すると同時に白い閃光が奔流となってあふれ出し、一直線に月の都に吸い込まれていって――
 そして、大爆発。
 いくら八卦炉を発熱源としているとはいえ、数kmの距離での減衰をものともしないその一撃はあまりにも強力無比。
 本来の魔理沙の全力を大幅に超えた圧倒的な火力である。

「いよっし、命中。早苗ぇ!」
「光点数に変化なし。流石ですね魔理沙さん」

 非想……もといスター天則は本来、蒸気を孕んで無想に揺れるだけのアドバルーンである。
 ただの水蒸気ロボに過ぎない、圧倒的弱者たるスター天則がこれほどまでの破壊力を持つのは何故か?
 豊姫が用意した第二陣を早苗たちがあっさりと迎撃できたのは何故か?
 答えは非常に簡単な話だ。

 いまこの宙域では、『あらゆる人、妖怪、神の力が完全に逆転してしまっている』からだ。
 弱い数字が強い数字となり、逆もまた然り。
 故に本来なら何の戦闘力も持ち得ないスター天則は、この瞬間においては神にも等しい力を誇る。

「ま、射撃ならまかせときな! っと?」

 全周囲レーダー(そう仮称しておこう)に視線を向けた魔理沙が首を傾げる。
 複数の反応が月の都からスター天則目指して接近するさまがレーダーに映し出されている。
 が、早苗の目の前にあるサファイアの光点には一切の反応がない。

「早苗、なんか来るぞ。だが命の光に反応がないな。なんだこりゃ?」
「おや、G-bitsのお出ましのようですね」
「ジービット?」
「知っているのか寅丸?」

 二人の視線を受け止めた星はうむ、と重々しく頷く。

「God's Bidding Intercept Transportee System(神による囚人迎撃システム)。外敵を自動的に排除してくれる、安全にして人道的な無人の迎撃ロボットです」
「無人兵器ですか。ならば今回の『反転』の影響は受けてないかもしれませんね」
「ケッ、無人で迎撃が人道的だと? 反吐が出るぜ」

 ペッ、と魔理沙がコクピット内に唾を吐く。

「馬鹿にすんな。ボタン一つで人を襲うのがなにが人道的だ。それは相手を自分と対等と認めてない証拠だろうが。相手を人間と認めるなら戦場に出て命をさらしやがれ!!」
「……魔理沙さん」
「ん? どうした?」
「私、魔理沙さんと友達になれてすごく嬉しいです」
「はぁ!? なんなんだいきなり! 恥ずかしい奴だなおい!!」

 顔を赤らめて憤慨する魔理沙を前に、二柱は顔を見合わせて笑う。

「当機はこれより無人――非人道兵器の粉砕に当たります。星さん、レーザー砲塔分離。可能な限り当機に近づくお人形さんを先制で撃ち落して下さい」
「了解です」
「主砲を使用するタイミングは魔理沙さんに任せます。輝針剣装備。近接格闘戦、用意!」
「機体制御、しくじるなよ?」
「このスター天則には美鈴さんのモーションパターンが組み込んでありますからね。格闘戦でもひけはとりませんよ!!」

 五つの星が一つになった奇跡のロボが「超おっきくなあれ」で過剰なまでに肥大化した鬼退治の宝剣をしかと握り締める。
 任務は陽動。そして退路の確保。
 己のため、信仰のため、そして魂魄妖夢の未来ため。
 友の明日を守るために立ち上がったスター天則が今、理不尽へと対抗するためにスチームパンクの咆哮を上げる!


「友情には友情を、信仰にはご利益を。恋と正義と奇跡の合体、とくとモニター越しにご覧あれ!!」




 §.Intermedium VIII




「クソ、クソクソ、馬鹿にしやがって!!」

 吠える白い影が、ボロ雑巾のようになった人影の顎をつま先で乱雑に蹴りあげて吠える。

 白玉楼庭園。
 先ほど数千近く展開していた月の兵たちは今や影も形もない。
 戦闘指揮官たる豊姫の命に従ってその全員が撤退してしまっている。
 豊姫たちの目的は八雲紫の討伐ではない。月の防衛が本来の役目である。
 ならば月が尋常ならざる状態へ陥ってしまった以上、いくら手傷を負った宿敵の首をあげる好機とて、そんな事をしている余裕はない。

 そして、

「よくもよくもよくも、この私を嵌めてくれやがったな、ええ?」

 そして、己の意に依らずしてそんな状況を作り出した張本人。
 鬼人正邪は己を陥れてくれた今や最弱たるスキマ妖怪を踏みにじり、怨嗟の煙を上げる。

「針妙丸、お前裏切ったんだな? 騙してたんだろ!?」

 猛る正邪とは対照的。再び人間大の身長を取り戻した(と言ってもまだ小柄ではあるが)少名針妙丸はニヤニヤと肩をすくめてみせた。

「騙した? そもそもあの異変で私を騙してたのはそっちじゃないの」

 そう叩きつけられる言葉を前に、正邪は勢いを削がれる。
 そうだ。他者の不幸が己の喜びたる天邪鬼が「騙された」なんて嘆いたところで滑稽なだけだろう。

「そもそもさ、あんたが脱獄して、それから何もしなけりゃあんたの勝ちで終われたのよ」

 いくら針妙丸が裏では紫と繋がっていたとは言え、だ。
 アマノジャク包囲網の末に捕らえられ、幽閉されていた正邪に鍵を渡した時点までは確かに針妙丸は正邪の味方であった。
 その後、幽閉された腹いせに再び小槌を利用しようとしたのは正邪だ。
 針妙丸に協力してもらい、小槌の力で己の能力を増幅して『あらゆる存在の力関係を逆転させた』のも正邪だ。
 針妙丸はそれに関して何一つ促したりはしていない。

 ただ、反対もしなかっただけだ。

「私言ったよね? あまりバカはするんじゃないよ? ってさ。それを守らなかったのは正邪のほうじゃない」
「くそっ!」

 足元に倒れ伏す血だらけの大妖怪を忌々しげに踏みつけるが、その内心に蠢く怒りはこれっぽっちも晴れることはない。
 なにせ正邪は最初から最後まで、今や格下と化した八雲紫の手の平で踊っていたに過ぎないのだから。

 復讐の為に、力量で劣る己が大妖怪に勝つために『あらゆる存在の力関係を逆転させる』ことを目論んだのも。
 八雲紫の横っ面をひっぱたくタイミングで小槌を発動させたのも。
 すべて紫が用意した見えないレールの上を喜び勇んで走り抜けていただけ。
 最初から最後まで己がただの道化であったことに一度気がついてしまえば、いくら無力化した相手に暴力を振るったとて何一つ楽しいことなどない。

「本当、お疲れ様。貴女はよくやってくれたわ」

 浮遊する余力もなく地べたにはいつくばっていても、八雲紫の表情はあまりにもいつも通り。

「畜生! 最初から最後まで人を上から目線で駒のように扱いやがって!」
「あら、今上から私を見下ろしているのは貴女のほうでしょうに」
「うるさい!」

 胸倉を掴んで引きずり起こす。抵抗するすべがない紫はされるがままだ。
 あらゆる存在の力量が逆転した今、妖怪の最高峰であった八雲紫の実力は今やそこらへんの野良妖怪にも劣る人間以下の存在だ。
 先ほど月の兵に負わされた光剣による刺し傷も塞ぐ事ができず、全身を自らの血で赤黒く染めあげ。
 いいように正邪に弄られながら一切の防御も回避も、ましてや反撃もできない最下層まで落ちながらしかし微笑を絶やさない様は、正邪を更に精神的に追い詰める。

「クソ。そうやって轟然と弱者を見下して楽しいか? この下衆め」
「その言葉、そっくりそのまま貴女にお返ししますわ、天邪鬼」

 先ほどから暴力を振るわれ続けても微笑を絶やさなかった紫が、初めて正邪を睨みつける。

「弱き者たちの革命? 笑わせるわ。強者とは誰のことかしら? この私? いいえ、私は所詮辺境の一地方をギリギリ統治しているだけの弱者にすぎませんわ」

 正邪を、そして僅かに己をも嘲るように紫は血が滲む唇をニィと歪める。

「本当の強者とは貴女、この日本からありとあらゆる闇を消し去り、私たち妖怪の生きる世界を奪ってしまった人間ではなくて? 貴女が反逆者だというならどうしてそれに挑まないの?」
「黙れ!」
「私は挑んだわ。そして幻想郷を、妖怪が生きのびられる世界を作り上げた。貴女はどうなの? 何に挑んだの? 私に勝ったとて、貴女が得られるものなんて何もない。――ああ御免なさい。貴女はそう、何も求めてなんかいない。ただ弱者をいたぶるのが楽しいだけの哀れな妖怪でしたものね。見当違いの説教をしてしまいましたわ」
「黙れといってるんだよ!」

 悶絶。
 光剣の刺し傷から内臓を指で抉られて、紫が苦悶の表情を浮かべる。

「……私が創り上げた、私の世界です。反逆者を気取りつつも真なる強者には挑めない哀れな天邪鬼。私の掌で躍るのが嫌だというならさっさと幻想郷から出て行きなさい!」
「お前の世界だ? 笑わせる!」

 叫びながら、鮮血に染まった腹部を蹴鞠のように蹴り飛ばす。
 骨が軋むような鈍い音と共に吹き飛ばされ、敷石の上を転がった紫はようやく口を閉ざした。

「ならお前の世界はここで終わりだ。強者とばかりつるんで力で皆を威圧してきた貴様に私を止める術があるか!? それとも」

 紫へと歩み寄る足を止め、正邪はちらりと背後を振り向く。

「邪魔するかい? 針妙丸」
「しないって。騙しあいとか化かしあいとか、そういうの私好きじゃないもん。勝手にやっててよ」
「と、いうわけだ。お前が正しい世界を作り上げてたなら、お前に弱者が協力しても良さそうなもんだけどな」

 弱者、と呼ばれてムッと顔をしかめた針妙丸に背を向けて、正邪はまるで普段の紫のような胡散臭い笑みを顔に浮かべる。
 その右手には既に、濃密な妖気を圧縮した殺意の砲弾がある。それを叩きつければ跡形もなく、八雲紫は消し飛ぶのだろう。

「なるほど、ああ。弱者の命を掌に載せるってのは気持ちのいいものだな。ばいばい、支配者」


「そうだね。それに虚しさを覚えるようになれば君は強者として更なる次を踏み出せる」


「……!」

 正邪が放った必殺の一撃。
 それを弾き飛ばしたのは正邪と紫の間に割って入った、黄金の毛並みを持つ影。

「申し訳ありません紫様。対小槌結界の動作確認完了。冥界外に効果が及んでいないことの裏付けに時間がかかってしまいまして」
「……ご苦労……様、藍」

 窮地に飛び込んできた八雲紫の式は恭しく主に頭を下げると、追撃を左手に蓄えた正邪に視線を向けて困ったように首を振った。
 九尾、八雲藍もまた普段は強者の立場に位置するものだ。現状ではそこいらの野良妖怪程度の実力しか持っていない。

「格好良く飛び込んできたのに申し訳ありません。私もさっきのでもういっぱいいっぱいのようです」
「なら主と一緒に仲良く消し飛ぶがいいさ!」

 放たれる、初撃を大幅に上回る威力の第二射。紫の前に立ちはだかり避けるそぶりも見せないまま、八雲藍は小さく微笑み、

「だからお前に任せよう。後は頼んだぞ、橙」
「はい、藍様」

 初めて強者と化した正邪が一歩を退いた。
 第二射をこともなげに粉砕し、右腕を叩きつけてきた影。
 その一撃を受け流すことができず、苦痛と共に怒りの声を絞り出す。

「狐の飼い猫風情が!」
「家族だよ」

 さらに、追撃。
 迫るのは赤い爪か、それともその言葉か。
 気圧されたかのようにさらに正邪が一歩をさがり、反吐をぶちまけるように顔を歪める。

「そんなものはおためごかしの言葉だ。自分が育てたものに恩を擦り付けて面倒を見させる、洗脳のための言葉だろうが!!」
「そうかもね。言葉なんて所詮いくらでも裏表があるものだから。暴力や罵倒の中で育ったなら、家族って言葉をそういう風にとらえるかも」

 頷きつつ橙は跳躍、敵が放つ弓矢の雨の悉くを回避する。

「でも、私にとってはそうじゃない」

 淡々と、黒猫は避けて、攻め続ける。
 主を守るために、己が信じる物を守るために。
 正邪が放つ矢を弾き妖弾を潰し、その腕をかいくぐって渾身のタックル。主たちから敵を更に引き剥がす。

「飼いならされ、反逆の志を忘れた愛玩動物が!」
「なにもかもさかしまにしか見れなくなった可哀想な捻くれ者に!!」

 二百由旬の庭を舞台に、二つの影が猛然と暴れまわる。
 多分、正義も悪もそこには存在していない。
 ただ、己の主張と生きる意味だけが、そこにあるのみだ。



「……ああ、ようやく……一息、つけそうね」
「いくら幽々子様のためとはいえあまりに無茶をなさいます。もう少しご自愛ください」

 敷石の上にしゃがみこみボロボロの身体を抱えあげた藍が、懐から取り出した手拭で血まみれの紫の顔を拭う。

「貴女も反逆してもよろしいのよ? 今の私なら薄い本のヒロインにだってなれるくらい無力だもの」
「そのようなお言葉は私の忠誠に対する侮辱です」
「……御免なさい。幽々子じゃないけどね、時々不安になるのよ。耳で聞かないと安心できないの」
「言葉もまた裏表があるものだ、と私の式が先ほど申しあげましたが」

 手早くフリルが鬱陶しい装束を捲り上げ、刺創を一つずつホッチキスで閉じて包帯でぐるぐる巻き。

「……ひどい手当てね」
「『あらゆる人妖の力関係を逆転させる』など、そう長くは維持できません。あと数刻生き延びれば大妖怪八雲紫の復活ですので」
「だからって……もうちょっと見かけの愛くらいは欲しいのよ」
「ツンデレですので。さて少名君、あとどれくらいかな?」

 そう藍に尋ねられた針妙丸はその手の内にある小槌を軽く振ってみて、ちょっと顔をしかめる。

「んー、多分あと二時間くらい? それくらいで回収モードに入らないとこの子、壊れちゃいそう」
「かなり無茶させてるからね。鬼の道具とはいえ、よく耐えてくれているものだ」

 正邪と針妙丸の力だけで小槌を発動させたとて、月の都に影響を及ぼす程の効果は得られない。
 強者の力を弱者に注ぎ込んで反転、だけならエネルギー消費は±ゼロだ。だがそれを行うためにこそ、別に莫大な力が必要になるからだ。
 妖夢が平身低頭して協力を依頼した萃香やレミリア、神奈子といった名だたる者たちの霊力魔力をこっそり一緒くたにぶち込んで発動させたそれは、針妙丸の手の中で禍々しいほどの光を湛えて脈動している。
 回収期にいったいどれだけの反動が来るのかは、ちょっと考えたくないところである。

「君は『反逆』しないのかい?」
「する相手がいないしね。今の日常のほうが楽しいもん。賢者様には馬車馬のように働いてもらって、死ぬまで平和を維持してもらったほうがよくない?」
「……言ってくださるのね」
「でも貴女、それを好きでやってるんでしょ?」

 針妙丸は肩をすくめて、未だ藍に抱かれたままの紫に飄々とした視線を向ける。

「じゃ、私ももう帰るね」
「神社へかい?」

 その問いかけに針妙丸は首を横に振って、肩越しに背後の空を指差してみせる。

「あそこも私の家だもん。家族は守らないとねぇ。じゃ、ね」

 下半分のみがこちらに覗いている輝針城目指して、ふわりと針妙丸が飛び去った後。
 安堵したように紫は藍の胸の中で大きく息を吐いた。

「ちょっと、疲れたわ。このまま眠ってもいいかしら」
「もう冬ですしね。ごゆっくりどうぞ。目が覚めたときには全てが元通りになっているでしょう」
「ん。あと、よろしくね、らん」

 すう、と小さな寝息を立て始めた紫をぎゅうと強く掻き抱いて、八雲藍の顔がいびつに歪んだ。
 意識を失った主の服の中に手を這わせ、チアノーゼで紫色になった唇をそっと、己が真紅に濡れそぼった唇で圧し拓く。

「ん……ふ…………んんっ……」

 潜り込ませた手できめ細やかな素肌を愛撫しつつ、主の歯茎を舐め回し舌を絡めとり血の味がする唾液を吸い上げる。

 こう、こうでなくてはならない。
 八雲紫が無防備に全てを委ねるのは、八雲藍でなくてはならない。
 八雲藍は八雲紫の幸福のために、そのためだけにここに在るのだ。
 八雲紫の願いの邪魔をする者はなんであろうと全て、全て、八雲藍とその式たる橙が粉砕する。
 だから八雲紫はただ安心して、八雲藍だけを見ていればいい……!

「……と、危ない危ない。まだ紫様が冬眠に入ったわけではないというに」

 十数秒ほど思う存分主の口腔内を味わってようやく、八雲藍は恍惚と上気した顔を上げた。
 ここは主の隠れ家ではない、冥界白玉楼の庭である。誰の目があったとておかしくないのだ。
 もっとも、そんな他人の目など気にするような九尾ではないのであるが。

「さ、あとは可愛い式の勝利をゆっくり見守るだけか。綱渡りではあったが、まぁまぁ我らにとっては悪くない結果かな」




§.第八章 それぞれの戦い




 すごいすごいと言われ続けて幾星霜。
 ついに開かれた扇の一振りが、彼女の眼前にある一切合切をまとめて消し飛ばす。

「布都!」
「なんとか!……しかし、我ら貧乏くじを引かされたようです、なっ!!」

 反撃。投擲された六枚の皿は当然のように相手に届くことなく、雲散霧消して霊子へと帰る。

「……いい加減、邪魔をやめなさい!」
「そうはいかない。私たちの役目は貴女の足止めだ。ここに留まっていてもらおうかご先祖様!」

 聖徳王が言葉と共に放ったレーザーもまた、塵芥のように敵の目の前で掻き消えた。
 妖力霊力が逆転したとて、どうやら今回は道具の性能は不変のようだ。
 ならば最強の武装を手にする綿月豊姫は最も厄介な相手。これの足止めは最優先である。

 だから月の都の門前に最強の戦力を後詰として配置するは、妖夢としてはごく当然の判断だった。

「んもう、うっ、っとおしい!」

 言葉と共に振るわれる扇。
 目に見えず迫る破壊の衝動を布都と神子は間一髪、仙界に飛び込んで回避する。
 あらゆる物を素粒子にまで分解するという武装といえど、この空間には存在せず、しかしどこにでも入り口を用意できるという仙界を持つ彼女たちなら相対できる。

「よし、っと!? うわっ!!」

 豊姫の背後に出口を開いたと思ったら、どうにも読まれていたらしい。
 振るわれる扇を回避すべく、再び神子は仙界を閉じる。

「ああもう、『聞く』ためにはあっちにいなきゃいけないし、あっちにいると分解されるし。困ったもんだね」

 相手の行動を先読みできる神子とて、相手の欲が聞けない状況ではそれはままならない。
 あっちに長くいれば扇でスプラッシャーされるし、かといって仙界に引き篭もっていては足止めにならない。
 つい、と仙界を開いた布都が皿を八枚投擲。結果は表情を見れば一発だ。

「駄目かい?」
「目眩ましにもなりませぬな。全て迎撃されます」
「いい身体能力をしているよ。霊夢の話じゃ鍛えてないって話だったが、所詮巫女の言葉なんて眉唾物だったか」

 はぁ、と神子は溜息をついた。白蓮といい目の前の相手といい、胸にあんな重りをぶら下げてるくせに何故ああも機敏に動けるのか。
 そんな事を考えられる程度には神子たちにはまだ、余裕があった。

 再度、布都が仙界を開いて皿を四枚投擲。これも迎撃されたが、何も問題はない。
 布都が投げつける皿は、その一枚一枚が簡素化された生贄を捧げる儀式の模倣だ。
 だから皿が一枚割られるたびに、布都の身には少しずつ力が溢れてくる。

 豊姫が神子たちを捕捉するのが早いか、それとも布都が全てを焼き払うほどの力を身につけるのが先か。
 これはそういう勝負だ。

「一回出るよ。ここは相手のホームだ。まめに聞いておいて、隠された退路とかがないかは把握しておかないと」
「は。では我は右から、太子様は左で」
「うん、せーのっ!!」

 月面へ帰還。
 それあるを予想していたかのように豊姫の扇が翻った。
 狙われたのは――布都のほうだ。
 慌てて布都が投擲しかけていた皿を投げ捨て仙界の奥へと引っ込んだが、

――不味いな。

 仙人として神子に劣る布都の制御は僅かに遅い。
 今ので仙界の扉が少し傷ついた。機能が失われていてはこの先長くはないだろう。
 ヘッドフォンを外して意識を集中。相手の望みを聞き取って、相手の挙動を脳内で解析する。

――私たちを一網打尽にできないことに相当苛立ってるね。

 そんな解析結果に神子は苦笑する。

「貴女たちに近い我らが貴女たち敵対している。そんな事実が腹立たしいかい? ご先祖様」

 そう、解析した結果を相手に問うてみる。
 時間稼ぎ、もしくは多少動揺を誘えればと思ってのことだったが、意外にも回答があった。

「彼女らは貴女たちが義理立てするほどの相手かしら? 貴女たちはよほど、私たちに近い考え方のはず」
「うんまあ、ね? でも私たちはまだほら、穢れを完全に棄て切れてはいないしね。冥王は味方にしておきたいからなぁ」

 隙を突いて振るわれる扇を、マントを犠牲にして何とか回避。開こうとした仙界の門が思うように動かなくなっているのだ。
 身代わりに使ったマントも消滅してしまったし、これからは先読みで何とかやっていくしかないだろう。

「では、月の住人にしてさし上げます、と私が言ったらどうかしら?」
「私に嘘は通らないよご先祖様。それに月の暮らしそのものには特に興味もないしね」

 そんな神子の回答に、やや気落ちしたように豊姫がかぶりを振った。

「所詮は貴女も混沌を娯楽と読み違える地上の民のようね」
「私はただ悩みのない世界がどうすれば構築できるのか、それが知りたいだけさ」
「それこそがこの、月面でしょうに」
「冗談じゃない。私の耳には苦悩が満ち溢れているよ。月兎がもらす苦難の声がね」

 振るわれる前に飛び退り、攻撃を回避。意外にもこれは成功した。
 なんとなく相手の武器がどういうものかが神子にも見えてきたからだ。

「貴女たちは月兎の苦難なんて意にも留めてないんだろうけど。それが聞こえてしまう私にはやはり苦痛なのさ」

 広範囲を一気に素粒子にまで分解してしまっては、その空間の大気もまた消えてしまうということ。
 あまり派手にやらかすと大気の分解で発生した真空による二次災害で、あっちもこっちも戦闘どころの騒ぎではない。
 だから分解されるのは狙いが定められたピンポイントの範囲。そこから移動してしまえるなら回避が可能。
 もっとも、相手がヤケを起こしてなりふり構わずになったらどうしようもないだろうが。

「そのような声に一々気を留めていては社会は機能しません。理想で世界は動かないわ」
「そのような声を無視していたから、私と馬子の政は滅びた。そして貴女たちも今、こうやって攻められている」

 コンコンと、こっそり仙界の扉を叩く。
 そろそろ先読みも限界に近い――というか、相手がキレて先が読めなくなってきている。
 「ぶっ殺す」という純粋な欲から行動の仔細を読み取るのは神子と言えども至難のわざだ。
 まだ仙界の扉が機能しているうちに、一か八かの勝負をかけるしかない。

「国を滅ぼすのはいつだってそんな驕りさ。統治者たるものには、あらゆる不満を潰しきるだけの技量が求められる!」

 腰の剣を抜き放って、ここで勝負どころと決める!


「詔を承けては必ず鎮め。なれば全てが鎮む言葉こそが唯一の詔! 貴女たちの言葉は、未だ詔には程遠い!」


 振りかざした光剣が光を吐き出して、豊姫の周囲一帯を包み込む。
 同時に仙界から飛び出してきた布都がそこに渾身の業火を重ねて叩き込んだ。

 眩暈がするほどの光と熱の柱。
 都の城門をも巻き込んで蒸発していくそれが消えるまでの十秒。
 固唾を呑んで見守っていた二人の表情はそれが晴れた時、一瞬にして明から闇へと変わった。

 その圧倒的熱量を前にしてなお、豊姫はまったくの無傷だ。

「まさか、あれすらも耐え切るとは……」
「耐えた、というよりは防ぎきった、というほうが正しそうだね」

 苦々しげに拳を握り締める布都に、ほら、と指し示してみせる。
 そう、周囲の地面は高熱でガラス化しているが、豊姫の足下周辺だけはそうなっていない。
 超高熱といえどそれは物質を通して伝わるものだ。それらを制御できる豊姫の前ではなんらの効果も発揮しないのだろう。

 憔悴して地面にペタンと腰を下ろした二人の前に悠然と豊姫が歩み寄る。

「ここまでのようですね。殺生は好みませんが、脚くらいは消し飛ばさせてもらいます。仙人なのですから後で再生は可能でしょう?」
「いやいや、それは間に合っているよ」

 苦笑して首を振る神子を、見苦しいとばかりに一瞥。

「やめろと言われて、やめると思っているのですか?」
「勘違いしてもらっては困る。私は『間に合っている』と言ったのさ」

 その言葉の意味を理解するより早く、豊姫がピタリと動きを止める。
 いや、動きを止めたのではない。背後から、止められたのだ。

「……いつの間に」
「気がつかなかったろう? 我が愛しき妻はいつだって穢れなき古のままだからね」
「防いでいた、というならば零距離の攻撃なら通るわけだな。やれ、屠自古」

 バチバチ、と、豊姫を羽交い絞めにしている腕に雷が奔る。
 密着して豊姫を押さえ込んでいるというその関係上、彼女――蘇我屠自古が放つ一撃は、

「私だって痛くないわけじゃないんでね。早めに気絶してくれると嬉しい」

 己をも巻き込む自爆攻撃だ。


「さあ、汝の雷を死に浴びせよ!!」


 閃光と共に大気が引き裂かれる。

――まったく、今日は厄日だわ。八雲なんかに馬鹿にされるし、もう散々!

 心の中で一つ溜息をついた後、綿月豊姫の意識はけたたましい轟音の中へと消えていった。



 ¶



 回廊の角で足を止める。
 そのまま先を覗き込むことなく、おもむろにピンを引っこ抜いたそれを3,2、と心の中でカウントして角の向こうへ放り投げる。
 周囲を照らす閃光と轟音。
 息をつくまもなく角の向こうへ飛び込んで、その先にいた月兎の「ごめん」意識を刈り取る。
 同様に後をついて踏み込んできた妖夢もまた同じくもう一人を気絶させて、状況は終了。

「お見事」
「どういたしまして」

 霊夢の呟きに、どうでも良さげを装って鈴仙・優曇華院・イナバはそっけない返事を返す。
 内心は結構複雑だ。何せ今気絶させたのはかつての同僚たち。
 そんな同胞たちを悉く打ち破ってここまで進んできたのだ。心安らかであるはずもない。
 それに加えてどいつもこいつも、

――まるで成長していない……。

 もともと月の兎は皆戦闘向きではない。加えて月の使者担当は肉体労働。そこへの配属は半ば懲罰的な意味もあるとあって、士気がとにかく低いのだ。
 だからいつまで経っても学ばないし、成長しないし、そしてやる気がない。
 攻める側として楽ではあるが、僅かに後ろ髪を引かれる点があるのも事実だ。

「どうしました?」

 妖夢にそう声をかけられて、頭を振ってごまかす。

「なんでもない。十王の居城はこの先の回廊を右よ。次が来る前に急ぎましょう」

 ん、と頷いて、一同は走り出す。
 月の都内部では空を飛ぶことが禁止されている。なんでも「道とは歩くもの」と定義されているために空を飛ぶことができなくなっているのだという。
 だから面倒でも徒歩で移動せざるを得ない。

――攻められたときの防衛、という意味もあるのかな。

 ふと、そんなふうに鈴仙は考える。
 城というのはそもそも守りを意識した設計になっているものだが、空が飛べてしまえばそれは何の意味もない。
 逆に相手に徒歩での移動を強いれるのであれば、防衛する側としての価値は薄れることはない。
 そこまで考えて、

「ごめん、先に行って」

 通路の角で、鈴仙は足を止める。
 外朝東側に位置する十王の区画まではこの先はしばらく一本道が続く。もし両側から挟み撃ちにされたら逃げ場がない。
 開けた場所での迎撃は不利だ。ならば、ここで足止めをしておく。

「敵襲?」
「まだ。でも来たら困るからここで対処する。……この先にいるであろう依姫様に会いたくないというのもあるかも」
「あー、そっか。まだあいつがいたわね……やーな思い出が蘇るわー」

 忌々しげに眉をひそめるさまからして、どうやら相当霊夢は依姫様に絞られたに違いない。
 そう予想できて、思わず鈴仙は小さく破顔してしまった。

「そうね。依姫様は霊夢に任せるわ。私はここで脱落」

 そう言って背を向けた鈴仙に果たして何を言うべきか迷っていたのだろう。
 二三秒、逡巡していた妖夢は結局、

「……ここまでありがとうございました!」

 そう一言だけ言い残して先へと進んでいく。
 霊夢もまた黙ってその後に続いた。



 回廊の角に身を潜めた鈴仙は一度、深く深呼吸をした。
 迷う心と状況分析とが交互に脳内を行き交う中、響いた足音に唐突に現実へと引き戻される。

「止まれ」

 角から身を出さずに、声だけを投げかける。
 その声でピタリと足音が止まった――までは、良かったのだが、

「何で貴女がここにいるんですか!?」

 相手は鈴仙の声に聞き覚えがあったのだろう。
 同時に鈴仙もまた相手の声に聞き覚えがあった。
 かつて地上に降り立ち、永遠亭を訪れた二匹目の月兎。同じ名前を持つもの。
 依姫の新たなる直属となった彼女。

「レイセンか」
「何で、何で貴女まで一緒になって!」

 言葉と共にいきなり発砲。
 何の狙いもつけず感情に任せるままに撃ち放たれた弾丸。
 それは当然のように角の向こうに隠れた鈴仙に届くはずもなく、一度だけ壁で跳弾してあらぬ方へと消えていった。

「ここから先へは行かせないわ。新人のお手並み拝見といきましょうか」
「質問に答えなさい!」

 言葉と共に、レイセンが再度発砲。
 今度は考えなしではないようだ。発射されたのは音響からして精密誘導弾。
 ミサイルとしての性能を9mmのサイズまで落とし込んだ、目標を自動追尾する高性能弾体だ。

「別に深い理由はないわ。ただ守りたいものがあったからよ」

 即座に波長を操作。
 自身の位相をずらして揺らぎの中に溶け込み、己の存在を不確かなものとする。
 当然のように角を曲がって飛来した弾頭も、流石に今の鈴仙を追尾することは不可能。
 弾頭が飛び去った後に位相固定。流石に180°回頭するほどの性能は弾丸サイズには落としこめていない。

「この月にはもう、貴女の守りたいものはないんですか!」
「なかったわ。何にも。だって考えてもご覧なさい。この月に住まう神々は皆、私たちより強いのよ?」

 そう、月の使者、防衛部隊などと銘打ったとて、所詮は最下層の月兎にすぎない。
 彼女たちにできることなんてたかが知れてるし、負けたとしたって何かを失うわけではない。
 彼女らが倒れた後に彼女らよりもはるかに強い存在が立ちはだかって、そして何事もなかったかのように世界は回る。
 「何も失われることがない」のが、月という世界なのだから。

 深く、己のうちに溜め込んだ澱を吐き出す時と場所を、鈴仙はこの瞬間と定めた。
 己の分身のような彼女こそが、恐らくはそれを語るにもっともふさわしい相手だ。

「月には守りたいものなんてなかった。でも、地上でお師匠様と共に薬売りをやっていて、気がついた」

 銃把を握る。
 拳銃嚢からマシンピストルを引き抜いて一瞬回廊の角から身を乗り出し、発砲。
 三点バースト機構が実装されたそれは一度の引き金で三発の銃弾を吐き出してくれる。

「地上では、助けてあげないとすぐ死んじゃうんだ、って。不浄なるものが、穢れが多すぎるから」

 先ほど発射した三発の銃弾は二発がレイセンが備えていたライアットシールドに阻まれ、一発が彼女の右腕を掠めた。
 僅かな擦過傷。だが雑菌溢れる地上では、それだけで死んでしまう可能性がある。月では、この程度ではなんてことはないが。

「幸せもね、同じ。守ってあげないと、あっさり零れ落ちてしまうんだ。師匠の、姫様の、てゐの」

 そしてそんなに深い付き合いでないとはいえ、お茶程度はする仲である妖夢の幸福も。

「私が守んなきゃ幸せが維持できない、ってんなら、私も戦うしかないじゃない」

 月では、戦う意味を見出せなかった。
 あらゆるものが容易く失われる地上に降りて初めて、鈴仙は戦うことの、武器を持つことの意味を知った。
 己がそこに存在することの意義を、人との繋がり、守っていかなきゃならないモノを初めて理解したのだ。

「依姫様はどうなんですか!!」

 身を潜めた鈴仙を叩く、悲鳴のような声。

「貴女がここに来れば依姫様の幸せが失われる、って。そうは思えなかったんですか!!」

 レイセンが発砲した。音響からして跳躍弾。
 鈴仙の能力と同じく位相をずらした状態で飛来するそれは、命中する瞬間まで揺らぎの中にいるから障害物を無視して一直線に鈴仙へ向けて飛来する。
 もしチューニングがあっていたら鈴仙が位相をずらしていても命中する。そんな危険な賭けは真っ平ごめんだ。

「貴女が来れば依姫様が悲しむ、って。そうは思えなかったんですか!!」

 弾体の進路から外れるように角から飛び出して発砲――したのは相手も同じだった。
 重なる発砲音の後、鈴仙の脇腹が、レイセンの右脚と右肩が赤く染まる。

「貴女がそう思えた、ってことは、貴女は依姫様と正しい関係を結べたのね。良かった」

 本心からの言葉。
 それだけは心残りだったが、レイセンがいるならばもう、何も心配する必要はないだろう。
 自分が月にいるころには結べなかったそれをレイセンが繋いでいると知れた。それはまぎれもなく鈴仙にとっての喜び。
 向けられる配慮も、労わりも。何一つ月にいたころの鈴仙は気づくことができなかったから。

「依姫様たちをお願い。これは雑じりっ気なしの私の本心」
「裏切り者ォオ!!」


 銃口を向け合い、再度発砲する。


 彼女たちが守らなければならないモノは、今や完全に分かたれたのだから。



 ¶



「まったく、貴女を以前そのまま返したのは失敗だったのかもしれません」
「よく言うわ。だったら脱獄できないように檻を強固にしておくべきだったわね」

 「迎撃なんて色気を出すから失敗するのよ」。そう笑われた依姫は一度だけ、ピクリと眉を動かした。

「なんにせよ、この先には何人たりとも進ませません」

 一本道を通せんぼするかのように立ちはだかっているのだ。
 そんなことは言われなくともわかっている、と返しそうになって、はてと霊夢は僅かに気になった。

「……あんたさ、私たちが何でここまで来たか、わかってるわけ?」
「事情は把握しているつもりですが、全ては把握していないかもしれません」

 問う霊夢に対する依姫の態度は、いつだって真面目で融通が利かない。

「ですが私の役目はこの都の防衛です。侵入者を捨て置くことなどできません」
「あんたって本当に無駄に固いわよね。まだ妖夢のほうが柔く見えてくるわ」
「それ、どういう意味?」
「真面目な人間の相手は疲れる、って話」

 憮然とする妖夢に空惚けたような視線を向けたのち、霊夢は懐から数枚の御札を取り出して依姫と相対する。

「なんにせよ、妖夢はこの先に行く。誰にも邪魔はさせない」
「何人たりとも進ませないと言ったはずです」
「なら半霊は通ってもいいわけね! 行け妖夢!」
「了解!」

 走りだす。
 スッと依姫が振り上げた刀を床へと突き刺そうとした瞬間、床と切っ先の間に霊夢の札が割り込んできた。
 展開された結界に弾かれた刀から依姫の両腕に鈍い衝撃が走る。

――流石に読まれたか。何度も見せたし、ね!

 舌打ちして刀を持ち替え、迫る相手を両断せんと刃を振るう。
 煌めく白刃があっさりと妖夢を真っ二つにし、

「!? しまった!」

 気がついた。それはまさに霊夢が口にした通りの事実。
 両断されたはずの妖夢が空に溶け込むように薄れていって、そのまま霊魂の形にもどる。
 両断したのは幽明二重の法で実体化していた半霊。では半人のほうはどこにいる?

「もう、遅いわ」

 慌てて追いすがろうとした依姫の背中に迫る声。
 ちっ、と舌打した依姫は背後からの襲撃者に対応せざるを得ない。

「……光学迷彩、ですか。してやられたようね」
「正解。もう半人妖夢はあんたのはるか後方よ。追いつきたければ私を倒すことね」

 己のあとを追って飛び去りゆく半霊をチラと一瞥して、依姫は意識を切り替えた。
 後を追っている余裕はない。この巫女は面倒な相手だ。放っておけば月の都に平然と穢れをばら撒くぐらいやってのけるのは、この前の戦で体験済み。
 後の被害を考えるなら、この女をこそ放置するわけにはいかない。

「いいでしょう。貴女を叩き潰して後を追うとします」
「それでいい、それならば」

 巫女の輪郭が不意に揺らぐ。

「そんな未来は、永劫訪れないんだから」

 転移術で背後に回った影へと斬りつけて、再度依姫は目を見開いた。
 ただの人間であるはずの霊夢がなぜ半霊のように刃をすり抜けられるのか。
 投擲された二枚の大札を斬り捨てて迫り、逆袈裟の切り上げ。
 やはり、これも霊夢の身体をすり抜ける。

「それが、貴女の本気というわけですか」
『今日は悪いのはそっちだし、悪びれず全力でやらせてもらうわよ』

 目の前にいるはずなのに、どこか木霊して聞こえる声。
 ものは試しと愛宕様の力をお借りして生み出した火球をぶつけてみるも、やはり素通り。
 ほう、と嘆息する。

「見事。格の上下に関わらず全ての干渉を無効化するか」

 それに霊夢は応えない。
 ただ何を考えているのかわからない半眼のまま、黙々とどこか定まらぬ所作で札を投げつけてくるのみ。

 夢想天生。
 ありとあらゆるものから宙に浮くが故に、あらゆる接触を遮断する霊夢の切り札。
 誰ともわけ隔てなく付き合い、誰とも深くは付き合わない。そんな霊夢の存在を体現したような最強の拒絶技。
 これを打ち破ったものは未だかつて一人としていない。

「けど、姿が見えるということはそこに『在る』ということ」

 放たれる符を火雷神の炎蛇で焼き払いながら、綿月依姫は一人ごちる。
 誰がどんな手、どんな技を用いて挑んでこようが依姫にとってはなんらの脅威にもならない。
 この世には一つとして完全なものなど存在しない。そこにそれが『在る』ならば必ず、そこには何らかの『穴』がある。

「吾雖悪事、而一言、雖善事、而一言、言離之神」

 薄ら笑い。
 八百万の手数を前にして弱点をさらけ出さずにいられるものなど、見れるものなら見てみたいくらいだ。
 まるで神が下々の民に神意を伝えるが如く、


「託宣する。『博麗霊夢は重力に惹かれる』」


 今度はそんな依姫の言葉を耳にした霊夢のほうが、驚愕に目をむいた。
 依姫が放ったその言葉、その内容に全く逆らえないという事実に。

 バランスを崩してぺたんと回廊の床に尻餅をついた霊夢の周囲には、さて。
 霊夢にとっては忌まわしき懐かしき、祇園様の剣。

「すごいじゃない。これを正面から打ち破ったのはあんたが初めてよ」

 剣の檻の中でモゾモゾと姿勢を直しながら褒め称える霊夢に、依姫は感情のこもらない視線を向ける。
 その表情はまるでこの程度など賞賛に値しないとでも言わんばかりだ。

「ありとあらゆるモノを拒絶しようと、貴女が博麗霊夢である事実には変わりはない。ならば一言さんの名指しの託宣に逆らえるはずもない」
「なんだ、それだけか」

 ふーん、とつまらなげに頷く霊夢を一度値踏みして、依姫はくるりと背を向ける。

「ちょっと、どこ行くのよ」
「もう決着はついたでしょう? 前にも言いましたが、祇園様の怒りに触れたくなければそこから動かないことです」
「じゃあ、まだ決着はついてないじゃない。よっ、と。……げ」

 「無理に動くとその刃が突き刺さりますよ?」
 そう忠告しようと振り向いて、依姫は一瞬息を呑み、次の瞬間には叫び声をあげていた。

「貴女、何やってるんですか!」

 何をやっているか、は見ればわかる。
 見ればわかるが、理解できるはずもない。

「何って……仕掛けた本人が何驚いてんのよ。空が飛べないんだからこうするしかないでしょ?」

 言っていることはわかる。それ自体は正しい。
 だが、まともな人間は歩けば串刺しにされる剣の檻を、血みどろになりながら無理矢理脱出しようとはしない。

 それは閉じ込めたモノを逃がすまいと形を変える刃の檻だ。一見して隙間だらけでも、虜囚が動けばその進路を塞ぐように刃が伸びる。
 それを気にせず進むから、右上腕に刃が食い込んでだらんと右腕が垂れ下がる。
 脇腹に伸びる刃を無視して進むから、切り裂かれたそこからボタボタと体液が零れて床を赤茶に濡らす。
 進む脚を避け様なく塞ぐ刃はどうしようもないから、ごりっと音がして大腿骨が切断され、鮮血が勢いよく噴出して止まらない。

 空を飛べなくなった博麗霊夢は、力技で祇園様の檻から脱出した。
 だが誰がどう見たって既にもう霊夢の怪我は致命傷、なにもかもが手遅れだ。
 そのあまりの惨状に依姫は迎撃も手当ても妖夢の追撃も忘れて、ただその場に立ち尽くすしかない。

「……死ぬ気ですか……」
「あんた、誰かに心からのお礼って、言われたことある?」

 一歩、また一歩と近づきながら。
 博麗霊夢は依姫の言葉を無視して、平然と言葉を紡ぐ。
 混乱して思考が定まらない依姫はああともうんとも返せない。

「そ。じゃああんた、誰かを幸せにしてあげたい、って思ったことある?」

 誰か? 幸せ?
 その言葉でふと、頭をよぎったのはブレザー姿の兎。
 その耳は大きかった? それともぐねぐねと曲がっていた? わからない。
 髪は長かった? それとも短髪? わからない。
 戦闘訓練の筋は良い? 悪い? わからない。

「そ。私はどっちもないわ」

 霊夢が依姫の胸元へ左手を伸ばし――しかし届かずしてぐらりとよろめいた。

「幸せって、よくわかんないし。誰には何してやれば喜ぶかとか、何で皆そんなのを当たり前みたいにわかってんのよ。私にはさっぱりわかんないわ」

 元々歩いていたのが奇跡のような状態だ。膝をつきかけ、しかし床と接吻はごめんだとばかりに仰向けに倒れこむ。
 みちゃり、と嫌な音を立てて、大腿骨が露出している左脚が変な角度に捻じ曲がった。

「でもどういう人間が幸せになるべきかは、多分私にもわかる」

 血溜りの中で天を仰いで、

「うざいのよ、あいつ。開口一番いつもいつも幽々子様幽々子様って、馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返して」

 目を閉じた霊夢のまぶたの裏で、はて。
 これが走馬灯という奴なのだろうか?
 そこに映った妖夢もやっぱり幽々子様と言っているような気がする。

「でも、そう言ってるときのあいつはなんだかんだで幸せそうに見えるような気もするし」

 苦笑する。
 結局あいつは最後まで幽々子様だったな、と。

「文句を言いながらも、掃除、手伝ってくれるしさ」

 だから、

「ああいう風に損得抜きで他人を助けられるような奴はね、幸せになんなきゃいけないのよ」

 だから、

「妖夢の邪魔は、させない。邪魔をするならここで死ね」

 切り札、発動。
 博麗霊夢が持てる全身全霊で以って、生涯最後となるだろう全力を振り絞る。




 血溜まりごと霊夢の姿が掻き消えた、と思った瞬間に依姫はその場から飛び退っていた。
 考えてのことではない。鍛え上げた戦士としてのカンに従ったゆえだが……。
 だが、周囲には何も起こらない。何も認識できない。
 なにやら得体の知れない悪寒に突き動かされて己が刀を手に取り――それを怖気とともに横一文字に振るう。

 手ごたえがあった。
 だが、何も見えないし何も出てこない。
 ただ、紙のような何かを切断したような感触があったのみ。

「何……? これは……」

 無論、大まかな依姫だって予想がついている。
 床に倒れ伏していた  が何かを仕掛けてきたのだ。
 背後から殺気。恐怖に駆られて振った刃が何かを打ち落とし、そして同時に腕に何かが刺さったかのような小さな穴が空いた。

「  、いや、貴女、何をしているの!?」
『あんたならもう、気がついているんじゃない?』

 そう、もう依姫はわかっている。
 さっき反射的に名前を呼ぼうとして、その名前が出てこなかったのだから。

『もともとこれ、こういう力なのよ。魔理沙が名前を付けてくれたから随分制御しやすい形に落ち着いてたけど』

 脇腹に衝撃。
 何か強い霊力を持つモノが弾けて、依姫の臓腑を激しく揺るがす。
 次の衝撃は頭にきた。脳をグラグラと揺すられて立っていることができず、回廊の壁に手をついて体重を支える。
   からの攻撃の正体がわからない。
 いや、わからないはずがないのだ。  の攻撃手段なんてせいぜい霊弾か針か札か陰陽球か。それぐらいしかないはずなのに。

 なのに着弾するまで、いや、着弾してからもなお、その正体に霞がかかっているかのように依姫の理解を阻む。
 もう、    に関するありとあらゆる物が一切の頚木鎖を引きちぎり、宙に浮いてしまっている。
 『ありとあらゆるものから浮く』。そんな能力を一切の制限無しで発動した彼女は今や、    という枠も、人間という枠をも飛び越えた。
 ただそれを行使した時の目的だけがその場に残った、もはやただの現象にすぎない。

 腰に何かが叩きつけられて依姫は思わず膝をつく。
     からの攻撃の正体がわからない。
 腕に痺れが走って、気付けば刀を取り落としていた。
     からの攻撃の正体がわからない。
 右脚に鋭い痛みが走って、ジワリと血が滲んでくる。
     からの攻撃の正体がわからない。

「こんな……こんな……!」

 こんな攻撃手段はありえない。あっていいはずがない。
 依姫が許せないから、ではなくいま攻勢に回っている  自身の安全の為に。

『妖夢の邪魔はさせない。これ以上は進ませない』
「やめなさい! これ以上続けたら本当に存在が消えてしまう。人として生きられなくなってもいいの!?」
『なに言ってんのよあんた、逆でしょ逆』

 苦笑するようなその口調は、ちょっと自慢げな誇らしさに満ちている。


『誰かの為にこうできるから「ああ、私もやっぱり人間だったんだ」って安心できるんじゃない』




 §.Intermedium IX




「妖夢たちが城に突入したようですな」

 この世に生きるうえで最も無力感を味わう瞬間とは、己が端を発した問題の解決に、己が何の影響を及ぼせないと知った瞬間だろう。

「妖忌……あなたはそれでいいの?」

 対岸の火事は無視できる。それは己に何も影響を及ぼさない、何も知らない他人の不幸だからだ。
 隣家の火事も無視できる。それで隣人が不幸に陥ったとて、己がそれに巻き込まれて不幸になる確率は低いからだ。
 だがまともな神経の持ち主なら、己が火種で起こった大火を拍手喝采で眺めることなどできはしない。

「その問いに対する回答は既に返したと思いましたが」
「妖夢が私の為に傷つく姿は見たくないの……見たくないのよ」

 俯き視線を膝の上の拳へと落とす幽々子に、妖忌は咎めるような視線を向ける。

「それは我が孫に対する侮辱と言うものですな。敗れると、そう決め付けるのはあまりに残念」
「貴方と紫ですら届かなかったのよ……。どうして妖夢が届くというの」
「やれやれ、幽々子様は昔っからそうですな。いつまでも妖夢を赤子扱いする。子供の成長は存外に早いものですぞ?」

 どこかしら白玉楼にも似た造りの六畳間で、両者は茶器を挟んで相対する。
 もう幽々子を閉じ込めておく必要もない。妖忌は現状を把握すべく手元の機械のツマミをいじくって周波数を調整。
 へっどふぉんから流れてくる音声に耳を傾ける。

「ふむ、どうやら妖夢は無事十王の元へとたどり着いたようです」
「嘘よ!」
「……だから、嘘ではありませんて」

 へっどふぉんを床に置くと、魂魄妖忌は先に座敷牢の奥へ自ら幽閉していた主へと向き直る。

「紫様以下、博麗の巫女や古の聖人に神の化身。様々な者たちが妖夢に力を貸してくれ申した。その結果として妖夢は今、十王と対峙しております」
「……」
「妖夢の力でしょう。ただ切り裂くだけの拙者とは違う、守り、繋いでいくことができる妖夢ならではの力」
「……」
「これほどの者たちが幽々子様が在られる為に力を貸してくれているというに、まだ御身は滅びを御望みか?」
「……」
「答えよ! 我が孫の尽力に対し沈黙を以って答えるならばこの老いぼれ、誰が相手とて容赦はせんぞ!!」
「もうやめて! 苦しいのよ!!」

 西行寺幽々子がまるで赤子のように頭を抱えてイヤイヤをする。

「もし私を助けるために誰かが犠牲になったら、私はこれからどうやって生きていけばいいの!?」
「……」
「そんなことになったらもう私は二度と笑えないわ、どの面さげて笑えばいいというの?」
「……」
「死んで欲しくない。私の生にそこまでの意味を見出せない。殺すことしかできない私は、やはり犠牲の上にしか生きられないと」
「……」
「そんな私に生きる意味があるとでも!? 答えなさい、妖忌!!」
「拙者もまだ、断言できるわけではないのですが」

 ゆっくりと、湯気を立てる宇治茶に手を伸ばし。
 魂魄妖忌が腹をすえたかのようにピンと背筋を伸ばして胡坐を正座に変える。

「どうやら生きる意味とは、己が一存だけで決まるものではないようです」

 人斬りであり、刃であり、しかし同時に冥界一硬い盾の育ての親でもある彼は、そう薫陶する。

「拙者には人を斬る事しかできませなんだ。ですが我が後を継いだ妖夢は十王に対峙できるほどまでに成長いたしました。自惚れも混じってはいますでしょうが、この成長に拙者が無関係であったはずはありませぬ」

 斬る事しか知らぬ彼だからこそ、斬らぬ尊さを妖夢に伝えられた。
 冥界一硬い盾は刃とずっと相対してきたからこそ、その強靭なる守りを手にできたのだと。
 それだけで斬る事しか知らぬ妖忌の生きる意味は確かにあった。
 そう考えるのは傲慢だろうか?

「なれば、御身が生きる意味もまたあり申そう。これまで、ではないのです。全てはこれから、そう考えられよ」
「でも、もし」

 もし、であって欲しいと。
 そう西行寺幽々子は祈りながら。

「もし私を助けるために、犠牲が出てしまったら?」
「そのときは」

 息をつく。

「その者の死を死ぬまで忘れぬことです。そのとき御身は、御身を助けようとしたものの命を背負ったということなのだから」

 妖夢のため、幽々子のために彼女らは集い、尽力し、戦っているのだ。
 二人を救うことに意味を見出さなかった者たちは誰一人として今、妖夢と共に月にいたりはしない。
 理由は様々であろうが、彼女たちは西行寺幽々子が在ることを求めたからこそ、月までやってきたのだ。

「御身が御身の命に価値がないと思っても、他者が価値を見出す場合もある。逆もまた然り。己に価値があると信じるものはその実、無価値かもしれませぬ」
「……ままならないものね」

 僅かに荷を降ろしたかのように、幽々子が肩を落とした。
 つい、と湯飲みを進められて、それを手に取る。
 久しぶりに口にしたかつての配下が淹れたお茶は、存外に甘く感じられた。
 昔は酷く濃くて、苦かったのだが。

「左様、ままならぬのです。答えを胸に秘めて生きられる者のほうが稀。誰もが皆、己が死すまでずっと、己の存在意義を求めて生きるのです」
「意味を求めることを中断するに、意味はないと?」
「左様。今は意味を見いだせなくとも。終わりの終わりに、判断を委ねましょう」

 ずずっ、と妖忌はお茶をすすり、傍らの機械の電源をOFFにした。
 これはもう、必要ないだろう。後はただ待つだけだ。

「冥界西行寺は西行寺と、魂魄と、かの桜にて三位一体。決して御身を一人にはいたしませぬ」
「……ずっと、家族が欲しかったの。西行寺家はもう、私しかいないから」
「それは幽々子様」

 ふむ、と湯飲みを床に戻した妖忌が姿勢を正す。

「なに?」
「それはぷろぽおずの言葉と、そう取ってもよろしいのでしょうか?」

 え? と幽々子は目をむき、己の言葉の意味をもう一度吟味しなおし。
 そして思わずぷっと噴きだした。

「フフッ、アハハハ! 確かにそうも取れるわね!」
「ふむ、やはり違うのですな。これは残念」

 にぃ、と笑って、妖忌は手早く己と幽々子の湯飲みを盆の上に戻した。
 もうそろそろ、ここを辞してもよい。そう判断したのだろう。
 妖夢ばりに馴れた手つきで家事を続ける男に、ふと興味本位で幽々子は尋ねてみたくなった。

「そういう妖忌はしたことあるの? プロポーズ」
「……あの、幽々子様。こう見えて拙者、孫のある身なのですが」
「え?」

 困ったような顔でそう返されて、ハッと気がついた。
 あまりに馬鹿なことを言ったものだ。魂魄妖忌は、魂魄妖夢の実の祖父なのだ。
 半人半霊が単体生殖で増える種族ではない限り、妖忌には当然のように配偶者がいたのである。

「あ、ああ、そうね。ごめんなさい。いや、妖忌ったら堅物で強面で女性と付き合っている姿なんて想像できないから……」
「失礼なことを仰る」

 苦笑いしつつ、茶器を片付ける手を止めぬまま、



「ちなみにぷろぽおずの相手は生前の幽々子様です」

「……え!?」



 はたしてそれは幽々子にとってここ最近で一番の大嵐であった。
 施策の内容を聞いた時の衝撃など比較になるまい。そんなものなんて瞬く間に霞と消えていってしまう。

「え、ええと妖忌」
「なんでしょうか」
「ええと、それ、本当?」
「可能性はゼロではありませぬなぁ」

 幽々子の背中を冷や汗が伝う。
 残念なことに生前の記憶がない幽々子には、それが真実か否かを判断することができない。

「あ、あのね? 妖忌。それが、その、真実だったとして、よ?」
「なんでしょうか」

 頼むからそこで背中を向けないで欲しい。いや向けるなジジイ。
 茶器の片付けなんて後でいいからこっちを向け。

「わ、私はそれ、受け入れたのかしら? 断ったのかしら?」

 嫌な予感がする。
 己が断ったとするなら傷心の妖忌がこれまで幽々子の従者を続けられただろうか?
 いやしかしその内心は巌のような男であるからして、これまで幽々子に忠誠以上の感情を微塵も覗かせなかったぐらいだから……

「そもそも、幽々子様は家族が欲しいと先に仰られたが」

 幽々子の問いに答えることなく、老人は背を向けたまま顎をさらりと撫でる。

「妖夢が既に幽々子様と血がつながっている、と考えたことはございませぬのか」
「え……ぁ……」

 立て続けの大嵐だ。
 危うく亡霊の癖に過呼吸に陥りそうになって、慌ててすうはあと息を整える。
 そうだ。よく考えたら己にも生前というものがあって、妖忌にも若い頃があって、その妖忌は満開の西行妖を見たことがあるらしくて。
 そして魂魄妖夢にも当然のように両親と祖父母がいて、半人半霊は人よりも長生きで。
 年代的に考えて――まったくありえない話ではない。

「……冗談、よね?」
「可能性はゼロではないという話ですな」
「妖忌!」
「普段妖夢が苛められておる仕返しですな。たまには煙に巻かれるがよろしかろう」

 ほっほっほ、と朗らかな笑いを向けられて幽々子はあまりの悔しさに歯噛みした。
 なるほど、この老人も人間であったのだ。あまりにも幽々子の前では言動が硬かったため、時々忘れそうになるが。

 だが、結局真実は闇の中、だ。
 妖忌に聞いてももう、何も答えはしないだろう。
 紫に聞いたら、多分あの胡散臭い顔で嘘と真実をごっちゃに語るだろう。
 藍に聞いたら、紫様に許可をいただけないことには語れませんと言うだろう。
 妖夢に聞いても、何も知らないだろう。

「ご心配召されるな幽々子様。血のつながり如何によらず、幽々子様と妖夢は家族でございましょう」

 そこに妖忌が己を含めなかった理由が、幽々子にはわからない。
 もしかしたらそれが、一つの回答なのかもしれないが。


「帰りましょう、幽々子様。白玉楼へ」
「……そうね。帰りましょう。我らが家へ」


――帰って、待ちましょう。家族の帰還を。




§.第九章 愛と友情のボスリバーサル




「お待ちしておりました、魂魄妖夢」

 目の前に現れた大扉の前。
 見慣れた顔、四季映姫・ヤマザナドゥが恭しく頭を垂れる。

「貴女が最後の壁ですか?」
「いえ。私はただの開閉役です。武器を手にしての入室は禁止されておりますので、私がここに」

 つまり、ここで刀を渡せば先へと通すし、拒否すれば相対すると。
 そういうことだろう。
 迷うことなく妖夢は二本の愛刀を手渡す。然り、と四季映姫は頷いた。

「問わないのですね」
「何がですか?」
「私が、どっちの立場にいるのか」

 施策に賛成なのか、反対なのか。
 それを問われると思っていた四季映姫は少し意外そうにそう口にしたが、

「それを聞いたとて、何の意味もないでしょう」

 結果を決めるのはお前ではないと。
 そう言いきられて四季映姫は苦笑した。どうやら相手もはや相当に、強く揺ぎ無い。

「十王様がお待ちです。どうぞ」

 二刀を扉の傍の小卓に置いた四季映姫がそっと扉に手を翳すと、数メートルはあろうかという大扉が軋むような音を立てて開かれていく。
 迷わず、歩みを進める。開かれたその先へ。決戦の場へ。
 皆がここまで己を連れてきてくれた。その事実がある限り、魂魄妖夢は決して迷わない。

「ご武運を」

 ゴォン、と。背後で扉が閉まる。
 逃げ場はない。逃げる気もない。
 もとよりこの身は盾である。
 主の危険を排する前に、盾がどうして逃げようか。



 ¶



 そこに生者が訪れることなど、まずないからであろう。
 ひどく、寒い。
 吐く息が白い靄となって揺蕩う室内の空気は凛と張り詰めていて、透明。

「ようこそ、十王の間へ」

 重々しい声が、室内に響き渡る。
 妖夢の目の前、一つ上の段には中央に四、左右にそれぞれ三の、十の人影。
 その誰もが四季映姫よりもやや大きな冠を被り、似通った、しかし色模様の異なる衣を身に纏っている。
 そして妖夢と同じ段、十王たちの前には筆を執る四人の死神の姿。

 腰まである柵の傍まで歩みを進めてくるりと見回し、想像よりも簡素だな、と思う。

「あくまでここは会議の場である故。荘厳を御求めとあれば形ばかりは繕ってもみるが」
「結構です」

 なるほど。まるで心を読んでいるかのごとき応答。流石は十王と言ったところか。

「自己紹介が必要かね?」
「結構です」

 そう返された十王の一人が、やや気落ちしたように笏を動かした。

「それでは強引なる来訪の目的を聞こうか、闖入者よ」
「施策第1564案撤回の嘆願に参りました。そのための場を設けていただき、真に感謝しております」

 とりあえずは皮肉を返しておく。
 嘆願に来ただけの己にあれだけ妨害を用意しておいてくれたのだ。それくらいは言ってやってもよいだろう。
 それを耳にした十王たちの間に僅かに苦笑の靄がかかった。
 案外に十王たちが威圧的でないのも、あくまでここが会議の場であって断罪の場ではないからか。それとも妖夢に配慮してのことか。

「汝の言い分を聞こう」

 だが場の空気が何であろうと、ここで定められたことは神意である。
 生者と死者の循環という観点から見たときの、それは絶対たる正義となるのだ。

「死がなければ新たな生命は生まれぬ」
「死を拒絶するは新たな生命の誕生の拒絶」
「生と死は不平等な命に対して等しくもたらされる平等」
「生誕を拒絶することはできぬ」
「死去を拒絶することはできぬ」
「限りがあるからこそ、命は輝きを増し」
「限りがあるからこそ、苦難に耐えうる」
「我らとて、未だ死から逃れること能わず」
「不当に死を逃れるは害悪、正さねばならぬ」
「魂魄妖夢よ、汝はなぜそれを非と判ずるに至った」

 一度、軽く深呼吸をする。
 「相手のルールの中でも戦えるようでなくては話になりません」。
 以前そう八雲紫はそう妖夢に指摘した。この勝負は最後に力で押し切るなんて「ごっこ」の正義は通用しない。
 正しく相手を説き伏せなくてはいけないし、また人と人との交渉と違って、「あらゆる嘘や誤魔化しは通用しない」。
 内心で舌を出しながら笑顔で握手をする、そんな『人間的外交』はまかり通らないのだ。

 事実だけで、相手を説き伏せねばならない。
 強く、それを意識しておかないと。

「死をもたらすこと、それ自体を拒絶するつもりはありません。ただ、幽々子様にそれはふさわしくないと、そう判断したのみです」
「人を死に至らしめる力を持つ彼女が、それにふさわしくないと?」
「ええ、そうです。それは死神や鬼にこそ可能な行いであるはずだ。人が、人を殺してはいけない」
「それが責任逃れでない、と判ずるに至った理由を聞こう」
「人の心は、そんなに強いものではないからです」

 言い切ってから、少し不安になる。
 二手三手先を意識して言葉を紡がねば、気付いたら袋小路に迷い込んでいる可能性があるのだ。
 いや、妖夢は幽々子や紫相手にはいつもいつもやり込められてばかりだ。はたして自分は勝てるのか、と今更ながらに怯えが走る。

「幸福に生きるものにとっての死はやはり、悲しみを伴うもの。迎えに来るのが死神や鬼という、『抗いようのないものの象徴』であるからこそ、人は諦めてそれを受け入れられるのです」

 無論、それにすら反逆する者たちもおりますがと、一応は付け加えておく。

「人が人を殺せば、そこには必ず憎しみがついて回ります。同格であるからこその嫉妬、猜疑、怨嗟、赫怒。不必要な諍い争いを生む火種となる。故に人が人を殺してはならない」
「故にそれを鬼や死神に押し付けると?」
「押し付ける? 鬼は喜々として人を攫うし、何より死神は――」

 皮肉気に唇を歪める。

「三途の川の渡し賃を集めるは正義と、そう説いていらっしゃるのは閻魔様でしょうに」
「適材適所、と言うのであれば」
「死をもたらす西行寺幽々子がそれに当たるのは何も問題ではなかろうに」
「彼女に死神としての立場」
「ないしは閻魔としての立場を与えればそれで解決となろう」
「いいえ、そうはなりません」
「何故?」
「幽々子様はただの人間であり、それ以上にもそれ以下にもなれないからです」

 思い出す。
 西行寺幽々子の素顔を。

「幽々子様は確かに他者に対して冷徹なところはあるかもしれません。ですが、」

 いつも人を小馬鹿にするような、もしくは人を食ったようなふざけた微笑を他人に向けているくせに。
 一人で放置しておくと、散る間際の桜のような、何がしかの喪失を思わせる儚げな表情を浮かべている彼女の顔を。

「近しいものに危機が迫れば嘆くし、孤独に怯えるし。そんなどこにでもいる世俗に塗れた、卑怯で、臆病で、弱い。一人の人間にすぎないからです」

 これをこそ、正しく伝えねばならないと、そう思う。
 冥界の主を長年務めてきたからこそ忘れそうになるが、西行寺幽々子はあくまで死が操れるだけの「ただの人間」なのだ、と。

「ただの人間が人間を殺すことを、閻魔王様は正しいと、そう御思いになりますか?」

 閻魔の認可があったとて、西行寺幽々子の心は人を殺すことの良心の呵責に耐えられるほど強くはない。

「それによって幽々子様が壊れてしまっても、貴方たちはそれが正義の代償だと、目を瞑るのですか?」
「なれば、汝に逆に問うが」

 静寂。周囲には記録をとる死神が筆を走らせる音だけが響いている。

「鬼や閻魔が苦痛を覚えぬと、汝はそう思われるか?」
「……それは」

 思ってもみなかったことだ。
 妖夢が知っている鬼や閻魔の数はさほど多くはない。
 大概酔っ払っているか、大概喧嘩を吹っかけてくるか、大概真面目な顔してお説教してくるか。
 せいぜいがこの程度だ。
 これら三名を基準にして考えていた、それが妖夢が気付いていなかった落とし穴だ。

「鬼や閻魔の中に心を病む者などおらぬと、そう決め付けておらぬか」
「誰かがやらねばならぬからやるのであるのだと、そうは思わぬのか」
「我らが苦しみには耳を貸さずに、己が苦痛のみを訴えるか」
「己だけよければよいのだと、汝の言い分はそうとしか聞こえぬが」
「鬼や閻魔が苦しむを是とし、人が苦しむを非とする理由を答えよ」

 すぐ傍にある、腰までしかない柵を妖夢は握り締める。
 反論の言葉が思いつかない。
 鬼、は、どうかは知らないが。閻魔の中には地蔵から望んで閻魔となったものも多いだろう。
 何を思って彼らは閻魔になりたいと思ったか。

 多分、恐らく。それは「より正しく人の為に在りたかったから」。
 地蔵菩薩とは異なるこの日本各地に設置されたお地蔵様は、基本的には道祖神としての意味合いが強い。
 手を合わせてくれるものがいれば多少なりともご利益を返せる。だが、ただ通り過ぎるだけの人までを救うことはできない。
 人通りが少ない地に在った地蔵が己の存在意義に悩んだ時に「閻魔になるか?」と問われたらやはり、やるのではないだろうか?

 だが閻魔になったとて、閻魔にできることは既に死した人間を裁くことだけだ。
 何かを施してやれるわけではない。誰かを救ってやれるわけでもない。
 ただ、人が良い行いをして生きますようにと、そう願うだけ。

「自分で望んでなったのだろう」と。そう斬り捨てることは容易い。
 地蔵は望み、幽々子は望まなかった。自分で選んだ、自分の責任だと。
 嫌ならやめればいいのだ。やめて、地蔵に戻ればいいのだ。それで解決する?本当に?
 しないだろう。
 周囲に迷惑をかけられないから、と。幽々子は自刃を選んだのではなかったか。

 ああ、でも、一つだけ。

「それでも、私はこう言うのです。『わたしは、ここまで来た』と」
「それに何の意味がある?」
「数多のものを巻き込み、汝はここまで来た」
「エゴを通すために」
「自分勝手を貫くために」
「他人の迷惑を顧みずにここまで来たのだ」
「他人を顧みなかったわけではありません。ただ、『言わねば伝わらぬ』から、ここまで来たのです」

 そりゃあ、波風立たない人生のほうがいい。敵を作りたくはないから。
 主義や主張なんて飲み込んだほうがいい。出る杭は打たれるのだから。

「『たとえためになることを数多く語るにしても、それを 実行しないならば、その人は怠っているのである』」
「それを引き合いに出すのはこの場合にはふさわしくない」
「……認めます。浅薄でした。ですが、是なるものは是、非なるものは非と。そう口に出して語らねばならない」

 自分が置かれた立場がおかしいと思うのなら、それを変える努力をしなくてはならない。
 それを声に出して世に示さない限りは、いつまで経っても何も変わらないのだと。

「なれば、西行寺幽々子ではなく汝がここにいることこそが過ち」
「それは、違う」
「何故に」
「弱い人間には抗う資格がないと、そう申されるならば、それはあまりに」

 くすりと、笑う。

「愛がない」

 笑ったはずなのに、涙が零れた。

「背中を押してくれた友人がいたからここまでこれた。彼女たちは私自身よりも私を信じてくれていた」

 こっちにだって正義はあると、そう力づけてくれる神様がいる。

「自分だけでは気付けないこともあって、ならば、だから他人に頼ったりもするし、それは悪いことではないと、そう思う」

 だから裁判だって被告には弁護士をつけることが許されるのではないか。
 一人でできることなんてたかが知れてるし、力が足りないならばそう訴えて補填するは正しいことではないか。

「施策第1564案の再審議を、お願いします」

 手を取り合って、ここまで来たのだ。

「賛成にも、反対にも文句はない。でも、もう棄権だけはやめてください」

 言うべきは、全て言ったはず。
 私が、ではなく、私たちがここまで来たことを、

「閻魔王なのでしょう? 正しく白黒はっきりつけていただきたい」




 僅かな沈黙の、後。

「そう、閻魔王に棄権は許されない。それが正解だ。魂魄妖夢」

 パチパチパチ、と三つの小さい拍手が耳に届いた。
 呆気にとられる妖夢の前で、ギロリと中央の四人が左側三人を咎めたてるように一瞥する。

「では、そろそろ棄権の理由を聞かせてもらえるということだな?」
「まあ、まて。ものには順序と言うものがあろう」

 妖夢から向かって左側。
 三人の十王がわずかに表情を崩して軽く妖夢に会釈する。

「平等王」
「都市王」
「五道転輪王」
「先の投票で棄権したのが我ら三名だ。以後お見知りおきを、魂魄君」
「は、はぁ……よろしくお願いします」

 どうにも自己主張の強い人だ、と妖夢は内心でちょっとばかり退いた。
 確かあれだ、今お見知りおきをと言った平等王は最初に「自己紹介が必要か?」と妖夢に尋ねてきたその人だったような。
 そんな妖夢にちらと残念そうな視線を向けてから、平等王は中央の四名へと向き直る。

「さて、閻魔王よ、話は大概この魂魄君が語ってくれたが、つまりはそういうことだ」
「発言は正しく、意味が通るように」
「こんな地上から遠く離れた彼方に座していては、地上の瑣末を判断することはできまい? 現場の声を聞く必要がある、そう判断したまでのこと」
「地上の、一民間人の声を聞いてなんとする?」

 杓をトン、と目の前の机において、平等王は腕を組んだ。

「それを言うなら我らは何故、三途の川を越せるか否かを死者が持つ金の多寡で判別しているのだ?」

 死者が持つ金とはすなわち、生前にその人の為に他人が使用した金銭そのものだ。

「つまるところ転生までの第一審を、我らは死者の近親縁者に任せているということであろうに」
「ならば自分から赴いて尋ねればよかろうに」

 中央右側、恐らく閻魔王なのだろう一人がやや呆れたように視線をそちらに向けるが、

「それでは意味がないのだ。先ほど魂魄君が口にしたであろう? ただ零れるだけの言葉には価値がない」
「そのためにこの騒ぎか」
「万難を排しやってきたからこそ、というのもわからぬではないが」
「いささか派手にやりすぎたのではないかね?」

 辟易したように右側三人の十王が肩をすくめる。

「なに。綿月姉妹にはきちんと後で謝罪しておくわ」
「我らが月読にも根回しはしておけよ?」
「わかっておるわかっておる」

 さて、と十王たちが一斉に佇まいを直す。

「ではこれより、改めて提案されていた施策第1564案の是非を問う。――ああ、魂魄君」
「……なんでしょうか?」

 何を言われるのか。妖夢はそう口を開いた平等王に恐る恐る問い返す。


「本案件が片付いたら一緒にお茶でもどうかね? 最近四季君がどうにも付き合いが悪くてねぇ」


 妖夢は胡乱な表情で深々と溜息をついた。

「結構です」



 ¶



「と、いうわけで偉大なる月読様には寛大なる処分をお願いする所存にございます」
「わかったわかった、好きにせい」

 崩壊した王の間にて、月面の王、月読は心底忌々しげに地上からの来訪者二名をねめつける。
 いや、その表現は正しくないだろう。
 確かに銀髪のメイドは地上の住人であるが、

「えっ? これだけ? 私いったい何しに来たの?」

 そう小首をかしげる八咫烏は地上ではなく、地底の住人であるのだから。

「ねえ、えーと――誰だっけ?」
「咲夜」
「ねえ咲夜。私何もしなくていいの? こう、このチョビ髭親父をボッと丸焼きにしたりとか、そういうことするために私を連れてきたんじゃないの?」
「いいのよ。ことは平和的に解決したのだから」
「なぁにが平和的だ。よぅ言うわ」

 そんな台詞は先ほど「手打ちにしないと八咫烏を介して姉の天照大神にあることないこと吹き込むぜへいベイベー(要約)」なんて口にしたメイドが言っていい台詞ではないだろう。
 平然とそんな事を突きつけてきての輝かんばかりの笑顔である。貴様の平和の定義とは何だ、と月読としては尋ねてみたいところではあるが、

「まぁ、死者が出ているわけでもないしな」

 第三陣以降の戦闘はスター天則と無人兵器の交戦だったし、城内の戦闘は、十王から正規兵を使うなと指示が出ていたため綿月姉妹とその配下のみ。
 月兎の被害など月読にとっては瑣末ですらないから、被害はある意味ほとんどない。
 後で若干の穢れを依姫に払わせれば、概ね終了である。


 月読の執務室が砲撃で全壊したこと以外は!


「寛大なる配慮に感謝致しますわ」
「うるさい。とっとと監獄へ帰れ」
「はい。それでは色々と失礼いたしました」
「あっ、と、し、失礼いたしました!」

 優雅に、そして拙く咲夜の真似をしてスカートを摘んで会釈。
 シッシッ、とそんな二人を追い払ってから月読は本日何度目になるかわからない溜息をついた。

「……これでよいのだろう?」
「えぇえ月読様、感謝いたしますわぁ」

 物陰から姿を現した一人の女性、そいつに月読は心安らかに相対できない。

「このシスコンが」
「あら、月読様程ではありませんよオホホ」

 木花知流比売。
 彼女が先だって「侵略者に咎なきよう」と懇願してきたから、渋々月読も無罪放免で帰したのだ。
 そうでなければ地上人の言うことなど聞き入れたりはしない。罪人の言うことに耳を傾けたりするはずがなかろうに。

「木花咲耶比売。あやつ、本当に神であるを忘れて人間なんぞをやっていたのだな。おかげで霊峰富士がゴミだらけではないか」
「本当、早く悪魔の犬なんかやめて私の元に帰ってくればいいのにねぇ」
「ドラゴンオーブかデスティニーストーンでも探して来たらどうかね? それで解決だ」
「……なんですの? それ」
「知らんのか。国民的遊戯だぞ? ま、どうでもいいが」

 重度のシスコンに背を向けて、月読は眼下、撤退していく侵略者たちに視線を向ける。

 鬱陶しいやつらだった。
 青臭い正義と理想を振りかざして、道理に合わぬことばかりする。
 感情のままに行動して、合理的とは程遠い手段ばかりをなぜか選択する。

 だが、そこにどうしようもない憧れのようなモノを抱いたのもまた、事実であった。
 それははたして、どう呼称すればいいモノなのか。

 こう、夏の日のもっとも熱い時間に貫頭衣一枚で友達たちと共に夏の河原に飛び込むような熱と言うか。
 はたまた寒い雪の日に目いっぱい狩りを楽しんだ後に、焚き火を囲んで盛り上がる宴のような。

「生きている、とは、どういうことであろうか?」
「十王に聞いたら、いつか死ぬことと答えるでしょうねぇ」
「知流比売ならばどう答える?」
「咲耶は流転と答えましたわ。月読様はどう答えますの?」
「わからぬから聞いておるのだが……そうだな」

 そう――いや、感傷に過ぎないが。

「月の神には穢れがないが、他人の手が不要なほどに個々が完成されすぎていて――すこし、孤独で、寂しい」
「答えになっていませんわ」

 月読は笑った。
 八意ならば、どう答えただろう?

「手に手をとって、ということかな。一時の気の迷いだ、忘れてくれ」




 §.Intermedium X




「全員揃ってますか? 家に帰るまでが戦争ですよ!!」

 大きく掲げた両手を振りながら、東風谷早苗が波打ち際でそう大声を張り上げる。

「じゃあはいかくにーん、バディ!」
「バディ?」
「えっ? あっ、すみません。臨海学校みたいでつい……」
「臨海学校?」
「いえ、なんでもないんです。とりあえず、みんないますね?」

 チラリ、恥ずかしげに頬を染めた早苗が視線を走らせた先。

 スター天則組の星と魔理沙。
 対豊姫組の神子と布都、そして屠自古。
 何やってたかわからない組の咲夜とおくう。
 そして突入組の鈴仙と妖夢。

 みんななんとか戻ってきているし、どうやら漏れはないようだ。

「ま、余分なのもいるがな」

 そう言って、魔理沙は傍らの依姫にどこか含むような視線を向ける。
 どうにも前回の敗北が少し尾を引いているのか、そんな魔理沙の態度はどこか棘棘しい。

「何でいるんだよ、お前」
「貴女たちが全員、きちんと帰還するか見張ってるんです!」
「あまりカリカリすると健康によくありませんよ? リラックスですリラックス」
「敵に回った神様は少し黙っていてください」

 ギロリ、とたしなめる星を睨みつける。
 依姫は依姫で今回も失態を犯したとあって、心穏やかではいられないようだ。

――まさか、手合わせすらすることなく相手を通してしまうなんて。

 とんでもない失態、と歯噛みして、気がつく。
 手合わせすることなく、通した?
 だとしたら何故己は負傷しているのか。

――いや、いや、違う。そうじゃない。そんなはずはない。

 そうだ。妖夢と切り結んで、祇園様の結界が突破されて、それで敗北して道を譲ったのだ。
 剣技だけでも勝てるなんて過信して負けるなんて恥もいいところ。
 自分の不甲斐なさのせいでイライラが止まらない。

「はいじゃーみんないるようですし、輝針城に帰還しましょう。みんな、お疲れ様でしたー!!」

 「お疲れ様」と声を掛け合って一人、また一人とスキマに挟まった輝針城へ向けて飛び去っていく。
 妖夢が帰還し、そして早苗も帰還し、そして、最後の一人が。

「洒落になんないだろ? あれ。流石に反則だよな」
「……何の話ですか?」
「なんだお前もトんじまってんのか。ああ、だからよくわかんなくてイライラしてるんだな、お前」
「何の話をしているのか、と聞いているのです!」

 霧雨魔理沙は依姫の怒りをさらりと受け流すと、軽やかに箒へと跨った。

「ま、私がまだ辛うじて知覚してるからさ、多分あいつは帰ってくるよ。そう心配なさんな」
「答えなさい!」

 いきり立つ依姫にヒュウと口笛一つ。帽子を浮かせて軽く挨拶。



「『見てくれている人がいるから、ここに在る』って話さ。『他人がいるから己がいる』でもいいぜ? 早苗風に言や漢字一文字か平仮名三文字だ。じゃ、長々お疲れさん!」





§.終章 それから




 冥界白玉楼は極楽のような場所、といわれることもあるが、月面とは異なるからきちんと四季はあるし、当然のように冬は寒い。
 早朝ともあればなおさらで、息白し――などと歌い出したくなるのは顕界も冥界も同じである。
 だから、あれである。
 こんなふうに井戸から組み上げた冷水をなみなみと蓄えた手桶を寝てる人の上で、

 ジャバー。

「おはようございます幽々子様、いい朝ですね」

 ぶちまけて起こすのは如何なものだろうか?

「……おはよう、妖夢」
「はい、おはようございます」

 ニコリと、曇りのない笑顔。

「……ねぇ、妖夢」
「申し訳ありませんが留守にしていた二か月分の業務がたまっているのであまり余裕がないのです。文句を言う暇があったらお布団から出てください」
「あのね妖夢。私はあくまで誘拐された被害者で――」
「お仕事はそんな話を聞いてはくれません。承認だけでもかなりの数が滞ってるんです。お布団から出ますか? 蹴り出されますか? お祖父様呼びますか?」

 流石にこれで出てくるだろう、と思いきや、なぜか幽々子は濡れた布団を頭から被りなおしてしまう。

「幽々子様、いいかげんに――」

 してください、と言い切る前に。

「ね、ねぇ、妖夢」
「あんですか?」
「貴女、お祖母様って見たことあるかしら? 妖忌の奥さん」

 恐々と布団の下から響いてくる、弱々しい声。

「は? いえ、どうにも私が生まれる前に死んでいたようなので、一度も。写真がある時代でもないですし。それが何か?」

 その問いかけにどういう意味があるのか。
 そう問おうとするとなぜか幽々子は更に布団の奥の奥に潜り込んでしまう。

「……あのですね。せっかくこれまでどおりの生活が帰ってきたんですから、いつも通りに戻ってください」

 あの後、施策は賛成4、反対7で否決された。
 結果として幽々子はこれまでどおり冥界の主を続けることとなり、事態は一件落着だ。
 魂魄妖忌は妖夢の頭をさらりと撫で、「見事」と清流のような微笑で褒め称えたのち、また一人白玉楼を去っていった。

 祖父がまた旅に出てしまったのは妖夢にとって残念だったが、それでも再び日常が戻ってきたのだ。
 後は溜まっている仕事さえ片付ければ、その後はいくらでも寝坊なんてしても構わないというのに、

「……無理よ、無理、無理。これまでどおりなんて……」

 この亡霊と来たらこれである。
 己がドンだけ心配したというのか。
 己がどれだけ苦労して、皆に迷惑をかけたと思っているのか。

 手助けの対価として、紅魔館の意向で二百由旬の庭の一部は広大なブドウ畑になった。面倒を見るのは誰だ?
 それは妖夢だ。
 永遠亭の希望で、幾ばくかの貴重な薬草を庭の一画で栽培することになった。枯れないように頑張るのは誰だ?
 それは妖夢だ。
 白玉楼で宴会をする際、必ず松茸の炊き込みご飯を用意することになった。誰が作るのだ?
 それも妖夢だ。

 それだけの苦労を払った、いや、現在進行形で抱え込むことになったというのにである。
 この亡霊は、

「ね、ねえ妖夢」
「なんですか?」
「貴女、私の遺体がどこにあるか、知らない?」

 妖夢はキレそうになった。
 妖夢はキレるべきだと思った。
 故に妖夢はまるで水が高みから低きへ流れるかのようにごく自然とキレた。

「あんたまた次に備えて自殺の準備ですか!? どれだけ人を信用してないんですか!」
「そ、そうじゃないの! あれよ、あれ! Dなんとか鑑定っていう――」
「知りません! 仮に幽々子様の遺体を見つけたとて、幽々子様には絶対に教えませんから!!」
「そ、そんな事言わないで。貴女だけが頼りなの!」
「そういう台詞はオビワンケノービにでも言ってください!」

 まったく以って噛み合わない会話に、妖夢は苛立ちを覚え、そして少しだけ懐かしさをも覚えた。
 よく考えれば幽々子と会話なんてこれまでも噛み合っていた事などないではないか。
 せいぜい幽々子が妙に赤面症になって、言ってることが更に支離滅裂になっただけだ。

――じゃあ、これもまぁいつも通りか。

 納得し、布団の上から幽々子を引っつかんで畳の上に移動させる。
 掛け布団はともかく、敷布団だけは干してしまわないと。

「朝餉の間に朝食を用意しております。三十分以内にいらっしゃらない場合は片付けますので」
「……」
「失礼します」

 敷布団を抱え、かかとで障子を閉じて主の部屋を退室。
 鼻歌交じりに妖夢は足取りも軽く廊下を進む。
 赤面の幽々子は掛け布団を剥がせない。



 なんだかんだで、白玉楼は今日もいつも通りだ。




 ――了――
 一人だけ登場していない五ボスがいます。それは誰でしょうか?
 と、言うわけでごめんよお燐。
白衣
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コメント



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1.10霽月削除
妖夢とその周辺の数人が頑張る話かと思っていたら、大規模な話になっていてびっくりさせられました。
日常の中での妖夢は幽々子しか見えていなかったけれど、彼女の自覚以上の絆があったというわけですね。

メインの妖夢だけでなく、他の人物たちの繋がりもさり気なく描かれていてよかったです。
2.2みすゞ削除
ボリュームの割に内容が薄いというか、あちこち欲張りすぎて本筋(妖夢と幽々子の話)が霞んでしまっている印象です。この物語にわざわざ舞台を月の都にしたことや妖夢とその仲間たちという要素は不要に思えます。それに随所に散りばめられた小ネタ(真面目も含む)などは、面白いというより空気感を損なう方に働いて、そのせいで物語に入り込む前に壁を感じてしまいました。後半のまとめ方にも不完全燃焼な感があります。
3.2ナルスフ削除
な、なんだこれ・・・。途中から完全に置いてきぼりにされた・・・。なんでこんな大事に・・・?
え、霊夢とか結局消えっぱなしなの? 本当にその存在をかけて依姫に挑んでたわけ? 妖夢のために?
霊夢が妖夢に入れ込む伏線が何もなかったのみならず、『誰ともわけ隔てなく付き合い、誰とも深くは付き合わない』性質を旨とする奥儀を持った霊夢が、特定個人のためにその技を振るう? 矛盾してない?
そのほかにも描写不足や動機不明瞭や超展開は枚挙に暇がなく、ありとあらゆる意味で「どうしてこうなった」としか言えない作品でした。
分量も多いし、色々とアイディアも詰め込まれた力作だとは思うんですけどね。それらが霞むくらいに違和感の方が大きかったです。残念。
4.4烏口泣鳴削除
挟まれる冷たいIntermediumが良いアクセントになっていて、第四章までは面白く読めました。
しかし第五章の妖夢の毒吐の部分にまでパロネタが出てきた為、他人の愚痴を聞かされている気分になって、没入感が失せてしまいました。
それまでは楽しめていたし、最後の幽々子も可愛らしかったので、途中から楽しめなくなったのはとても残念です。
5.9めるめるめるめ削除
 非常にスケールの大きな話で、楽しめました。また斬新なアイディアも沢山込められてい
て、それも良かったと思います。
 ただどうしても書き切れていない印象を受けたといいますか、感心はするけど感動までには
一歩足りなかったという印象です。妖夢を主役としたお話しで、前半はしっかり書けていたよう
に思えたんですが、クライマックスの十王たちとの謁見まで読んで、ここで心に響かないとい
けないはずが、惜しいけどちょっと足りなかったのかなと思いました。
 前半で妖夢と幽々子のなにげないけど掛け替えのない日常をもっとしつこいくらいに書く必
要があったのかもしれません。
 ラストシーンも少し物足りなさを覚えました。後半は豪勢で贅沢なオールスター戦で人数が
多いにも関わらず手抜かりも無く、読み応えがあったのはよかったのですが、主軸の妖夢と
幽々子の関係が(惜しいのですが)読者の印象に深く染み入っていないうえに、他のキャラの
活躍が印象深すぎたために、全体として散漫な印象になってしまった感もあります。(特に霊
夢の節なんて、それ単体で中編か長編を書けそうなネタですし)
 また、今のままでも不足というわけじゃないですけど、大勢のキャラクターたちが妖夢に共
感して力を貸してくれる下りが省かれていますので、もしそれが書けたら一層の重みが出た
んじゃないかと思います。
 コンペという限られた制約の中ですから難しいのでしょうけど、スケールがあまりにも大きすぎて書き切れていない、でもかなりいい線まで追い込んであると、全体としてはそんな印象で
した。
6.9u!冫ldwnd削除
良質なエンターテイメントでした。オールスター感のある王道の展開、無論、楽しく読むことが出来ました。文章も読みやすく、小ネタも交えつつの語りは長編を一息に読ませられるだけのものがあったと思います。
その長所のためか、緊張感という面では多少の弱さはあったかもしれません。最後は上手く行くと確信しつつも、手に汗握る緊張感。その点だけは足りなくも思えました。8章の戦いが、上手くいくという確信だけのある消化試合に見えるのは惜しさも。
それでも最後まで読ませる力は有ったと思えますし、話がうまく、よい方向に転がっていくことへの満足感はあります。
7.8名前がない程度の能力削除
幽冥主従が強固な縦糸で、妖夢周りが横糸ですか。いささか絡みの弱い糸もあったような気がしますが、
そこは妖夢が駆け回った結果、色々とこんがらがったということに。(その成果が棄権1、反対2+αなわけですし)

あ、あとお燐、美鈴、スターりんの冥福をお祈りしておきます。
8.10うるめ削除
熱い! これは見事な長編でした。そして大団円で終わるかと思ったら、ラストの幽々子様にニヤニヤさせられる。
9.10文鎮削除
うわああ、もうしてやられました。
みんな格好良かったし、本当に魅力的でした!
正邪と幽々子のシーンは見事にミスリードしてしまうし、早苗と星が仲が良いのは新鮮だと思ったし、
霊夢が良い感じにギーグ化してしまうし、妖夢と幽々子の血縁関係が匂わされてしまうし、
取り留めのない感想になってしまいましたが、すっごく楽しませていただきました。
ボリューム満点でしたけど、シリアスとギャグが程よく混ざっていて読みやすかったです。
何よりも見どころ満載で何かに操られるかのように次へ次へと読み進めてしまいました。
どこを読んでも楽しめる作品、という感想はいささかオーバーでしょうか?
何はともあれ素晴らしい作品をありがとうございました。
10.7きのせい削除
ボリュームたっぷりで、妖夢という主人公をブレさせなかった結果、本こんぺの中で、一番真っ向から『絆』というテーマに挑んだ作品ではないでしょうか。のびのびと書き切れる姿勢が素敵です。
ここまでやったのだから、終章のゆゆみょんも好きなだけ書いて良いのでは、と思ったのだけれど、それはそれで戦闘シーンの盛り上がりが削がれそうな気がする……
霊夢かっこいい。
11.7K.M削除
予測の付かない展開、ワクワクです。
12.8あめの削除
閻魔王が集まって何やら怪しい会話している時点で、何やら壮大な話になりそうだな、なんて思っていたら、想像していたよりもはるかに壮大な話でした。
何という熱さ。熱すぎる!
しかしこんな馬鹿みたい熱い話。
大好物です!

妖夢が酒を飲みながら早苗と星に愚痴こぼしているシーンは、なぜかこうじーんと来てしまった。
色々とつっこみを入れたい(良い意味で)気持ちはありますがそれはまた後日にしましょうか。咲夜さん大物過ぎじゃないですか? とかね。
何はともあれ、とても楽しめました。