第十四回東方SSこんぺ(絆)

選んで良いのはどちらか一人の咲夜だけなんて、私にはどうしたって選べない!

2014/09/14 23:59:07
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「好い加減、告白したらどうだ?」
 人形の魔理沙がそんな事を言うので私は危うく噛み締めていたオレンジチェリーを吹き出しそうになった。咳き込んだ喉を、ワームウッドのハーブティで潤し、険のこめて人形の魔理沙を睨みつける。
「一体、何の話をしているの?」
「つまり、心優しい親友として、迷えるアリスちゃんにアドバイスをしてあげている訳だ。傍から見ててやきもきするからさっさと咲夜に告白しろってな」
「何で私が咲夜と」
 咲夜の姿を頭に浮かべ頭を振る。確かに咲夜は綺麗だ。同姓から見てもはっとする事がある。それは認めよう。家事は何でも出来て、良く気がつくし、ちょっと冷たい時もあるけど何だかんだで優しいし、話していて楽しい。素晴らしい人だ。一緒に居られたら良いなと思う。それは認めよう。だからと言って、告白だなんて話が違う。そりゃ友達としていつも一緒に居られたら嬉しいかもしれないけれど、咲夜と自分は同性同士。恋愛なんてあり得ない。
 私は人形の魔理沙を強く睨みつけ、はっきりと言った。
「女同士なんだから、付き合うなんて」
「でも好きなんだろ? 傍から見てて丸分かりだぜ。なあ、パチュリー」
 人形の魔理沙が隣りに座った人形のパチュリーに同意を促すと、人形のパチュリーは読んでいた本を閉じて頷いた。
「あんた、紅魔館に来た時真っ先に咲夜に会いに行くじゃない」
「それは! 紅魔館なんて知り合い居ないし! 行くとしたら咲夜と会う用事しかないから!」
 人形のパチュリーが己の顔を指さした。
「私は?」
「あ、ごめん。いや、その」
 別に友達じゃないなんて思っていない。ただこうして集まるし、わざわざパチュリーと会う為に紅魔館に行く気はしない。
 何だか気不味くなってハーブティで唇を湿らせた。
 人形のパチュリーが小さく息を吐いて本をテーブルの上に置いた。
「まあ、良いけど、見え見えなのよ。あなたの意図が。というより、あけすけすぎて、牽制しているのかと思っていた」
「は? 牽制?」
「咲夜は私が狙っているんだから、手を出すなって」
 ハーブティが口から吹き出した。
「そんな風に見られていたの?」
「そんな風に見られていてもおかしくはないわよ」
 眩暈がした。
「そんな、どうすれば」
「だから、告白すれば良いじゃない。ほら丁度来た訳だし」
 顔を上げた瞬間、扉が開いて、人形の咲夜が入ってきた。
「こんにちはって、どうした? 息を乱して」
「何でもない何でもない!」
 慌てて口元を拭い、布巾を取ってテーブルの上を拭く。格好悪いところを見せられない。
「手伝いましょうか?」
 人形の咲夜が訝しみつつも手を差し伸べてくれたが、恥ずかしくて仕方無い。
「結構!」
 思わず強く言ってしまって、はっとして顔をあげると、人形の咲夜は肩を竦め椅子に腰掛けた。嫌われてしまったのかと怖くなる。
 そこへ人形の魔理沙が身を乗り出す。
「で、話を戻すけど、咲夜、アリスの事どう思う?」
 丁度用の済んだ布巾を人形の魔理沙の顔に投げつけた。人形の魔理沙は慌てて布巾を引き剥がし、唾を吐きながら、こちらへ投げ返してくる。
「何すんだよ!」
「それはこっちの台詞よ!」
 それを見ていた人形の咲夜が呆れた様に溜息を吐いた。
「一体、何の話をしていたのよ」
 人形の魔理沙が口の端を持ち上げる。
「そりゃナニの話だぜ」
「だから何の?」
「いやだから、ナニの」
「どういう事?」
「いや……何でもないです」
 人形の咲夜は人形の魔理沙が消沈するのを冷たく眺めてから、私へ微笑をくれた。
「もしかして私、何かしちゃった?」
「まさか!」
 否定したのに、横から人形の魔理沙が口を出す。
「まあ、ある意味ではしたかもな」
 人形の魔理沙が笑うのを睨みつけるとおどけた様に肩を竦めた。
「ま、それはそれとしてさ、結局どうなんだよ、咲夜。アリスの事、好きか嫌いか」
「そりゃあ、好きか嫌いかで言ったら」
「でもこいつ根暗だぜ。こんな森の中で人形と一緒に一人で引き篭もって」
 人形の魔理沙が私の事を不躾に指さしてきた。何だか苛立って言い返す。
「あんただって、一人で茸と戯れてるじゃない」
「おい、下ネタは止めろ」
「下ネタじゃないわよ!」
 何を言っているのか分からない。
 すぐそこには人形の咲夜が居るのに。
 私の評判を下げて何がしたいのか。
 私が怒鳴っても、人形の魔理沙は笑うばかり。
 人形の魔理沙はテーブルを指で叩きながら、人形の咲夜に意地の悪い笑みを向けた。
「しかもその人形が実際に生きていると来た。糸が切れ、夜な夜な動き出す生き人形。人から恐れられる怪談だ。まあ私が言えた事じゃないけど」
 それを聞いた人形の咲夜は芝居がかった仕草で手を打った。
「そう言えば気になっていたけど、本当に生きているの?」
「多分な。ま、命の定義なんて知らないけど。少なくとも、糸も無く、アリスの意から離れて動いているんだから生きているんだろ」
 人形の咲夜は考え込む様に頬杖をつく。
「まるで人間ね」
「それを嫌悪するか?」
「嫌悪? どうして急にそんな事を聞くの?」
「何故なら、こちらに居るアリスさんは、人形と人間を区別していないから。そういう価値観の不一致は支障を来たすだろう。なあ、アリス?」
 人形の魔理沙が私へ向いた。まだ告白するだの何だのという話題を諦めて居ないらしい。
「あのね、流石に私だって人形と人間の区別位つくわ。ただ、だからと言って、人形だからどうとか、人間だからどうとか、差別したくないだけよ」
 人間も人形も、生きているのであれば、それは私の友達だ。
 人形の魔理沙が笑う。
「と、まあ、こういった具合で頭がおかしいからな。こいつと結婚すると苦労すると思うぜ」
 単なる悪口になっている。
 何でそこまで言われなきゃいけないんだ。
 私が言い返そうとすると、急に人形の魔理沙に手を握られた。
「最近のお前は本当に、家に篭って人形と遊んでばっかで、明らかにおかしいぜ。割りと本気で心配しているんだ、こう見えても。人形にばっかり構うから、みんなお前から離れていっているだろ。このままじゃ、誰も近寄らなくなる」
 急に人形の魔理沙が真面目な顔つきになったので、面食らって何も言えなかった。
 人形の魔理沙の言っている事は自分でも自覚がある。周りから変に思われている事も知っている。けど、それでも私には人形と人間を区別して、一方を下に見るだなんて出来無い。人形達はずっと私の事を支えてきてくれたのだ。
 人形の魔理沙はしばらく真剣に見つめてきたが、やがてふっと息を吐いて、元の軽薄な笑みに戻った。
「そんな訳で、まずは咲夜と一緒に暮らしてみてはいかがかなと、そう思っている訳だ」
 私は思わず人形の咲夜を見て目が合い、何だか恥ずかしくなって人形の魔理沙をぶっ叩いた。
「何すんだ!」
「こっちの台詞! 真面目な雰囲気になるから何かと思ったら、やっぱりそういう話に持っていく!」
「えー、良いじゃん別に。私は純粋に友達として応援を」
 何が友達だ。どう見ても、私が恥ずかしがっている姿が楽しいから面白がってやっている。
 人形の魔理沙がテーブルに体をもたれて、人形の咲夜へ視線をやった。
「な、咲夜もさ、アリスがずっと引き篭もってちゃまずいと思うだろ? 協力してやろうぜ。デートに誘うとかさ」
 まだ言うかと、私が立ち上がって人形の魔理沙に詰め寄ろうとした時、人形の咲夜がくすくすと笑った。
「じゃあ、今度妖怪の山にでもピクニックに行きましょうか?」
「え? 良いの?」
 私が聞き返すと、人形の咲夜はにこりと微笑んだ。
「今日は駄目だけど。明日、明日なら大丈夫だから、お弁当でも持って。どう?」
「勿論良いわ! 良いに決まってる!」
 人形の咲夜と一緒に出掛けると聞いた瞬間、数多の幸せな光景が思い浮かぶ。
 それを遮る様に、人形の魔理沙の口笛が響いた。
「羨ましいなぁ、二人っきりのデートなんて。なあ、パチュリー?」
「え? ああ、そうね」
 人形の魔理沙が茶茶を入れて人形のパチュリーに話を振ったが、人形のパチュリーは本に夢中な様で、上の空な返答をした。
 私は人形の魔理沙の言葉に驚いていた。
 てっきりみんなでピクニックに行くのだと思っていたが、二人は行かないらしい。
「魔理沙達は行かないの?」
「ああ、後は若い者に任せてって奴だな」
 意味が分からない。
「どういう奴よ」
「二人で楽しんできなさいってこった」
 まあ、それは願ったり叶ったりだけれど。
「私だけじゃ不満?」
 いつの間にか人形の咲夜が私の傍に立っていた。私も慌てて立ち上がる。
「そんな事無い。嬉しいわ!」
「いつも魔理沙やパチュリーと一緒でしょう? 特に最近は。だから新鮮な空気を吹き込んだ方が良いって、魔理沙が。私もアリスの事心配してたし。汗でも掻けばきっと気持ちも晴れると思って」
「そうなんだ」
 急に気持ちが萎み込んだ。何だか人形の咲夜は同情で私に付き合ってくれているだけみたいだ。
「という事で、二人きりのデート楽しみましょう?」
「うん」
 人形の咲夜がそう言って顔を寄せてきた。
 気持ちが萎んだばかりだというのに、早速顔が火照ってしまった。そんな現金な自分が情けない。例え相手に同情の気持ちがあろうと、一緒に遊びに行けるのはやっぱり楽しくて。
 ああちくしょう、と心の中で悪態をついた。
 やっぱり大好きだ。
 それはどうしたって誤魔化せない。


「そんで明日咲夜とデートしに行くのかよ」
 話を聞くなり、魔理沙が思いっきり笑い出した。何でそんなに笑うんだと抗議を目に込めると、魔理沙が体を揺すりながら手を振った。
「いや、悪い悪い。ただ想像すると面白くてさ」
 そう言いつつ、魔理沙はハーブティの入ったティーカップを持ち上げた。
「まあ、それよりもその前の話の答えが気になるな」
「前の話?」
 魔理沙はカップを受け皿に置くと、幾分険の篭った目付きで睨んできた。
「つまり人形と人間どっちを選ぶかって話だよ」
「だからそれは人間も人形も一緒で」
 魔理沙が笑って手を振った。
「いや、分かってるぜ。結局それは定義の問題で、個人の中の問題だろうからな。私達からすれば、アリスがどう思っていようが、私個人に対する態度が変わらないならそれで良いさ」
「じゃあ、問題無いじゃない」
 私は人形だとか人間だとかという違いで態度を変えるつもりは無い。
 それで問題無いだろう。
 魔理沙も肯定する。
「まあな」
 魔理沙はオレンジチェリーのビスケットを一つ摘み上げた。
「だけど咲夜の事は違うだろう?」
「え?」
「人形だとか人間だとか関係無い。要は、咲夜と別の咲夜が居て、どっちを選ぶかって話だ」
「どっちって」
「私の見る限り、お前は向こうの咲夜だけじゃなくてこっちの咲夜も好きなんだろ? お前にとっては、二人共同じ様な存在かもしれないけど、二人からすれば自分達は別別の存在だと思っている。同じ咲夜だから二人と付き合いますは通じないと思うぜ」
 いや意外と咲夜は変わり者だから受け入れるかもなぁと、魔理沙が首を捻り始めた。
 魔理沙が黙ったかと思うと、今度はパチュリーが口を開く。
「心が強ければ二股を掛けるっていう選択肢もあるのかもしれないけれど」
「しないわよ!」
「そうでしょうね。あなたにそんな度胸は無い」
 度胸云云の話でも無い気がするけれど。
 パチュリーは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「度胸の問題よ。倫理は臆病の言い訳に過ぎないわ」
「そうかしら?」
「そうよ。臆病者のあなたには二股を掛ける事も、どちらか一方を選ぶ事も出来ずに、ずるずると今の関係を続けるでしょう。人間の咲夜が寿命で死ぬまでね。あ、でもそうしたら自動的に人形の咲夜を選ぶのか」
「冗談が過ぎるわよ」
「なら選べるの?」
 私は言い返せない。確かにどちらかを選べと言われたって、私には無理だ。だってそんな事をすれば、人形と人間にははっきりと区別をつける事になってしまう。そんな事出来無い。
「選べないでしょう? だってあなたは人形と人間の区別をつける訳にはいかないもの。元元あなたは臆病で、本当の自分を見せたくないから優しさで取り繕っていたけれど、段段と交友関係が広がって、取り繕うのに限界が来た。普通ならそれでも人の世界に立ち向かう様に努力するんでしょうけど、あなたは臆病だからそれが出来なくて、こうして人形の家に引きこもり、人形がくれる自分の欲しい言葉だけに満足している」
 パチュリーが身を捻って、辺りを見回した。
 辺りは白塗りの壁に囲まれている。本棚に囲まれ観葉植物が茂り、煉瓦づくりの暖炉の上にお母さんの描いた絵画が掛かり、みんなと撮った写真もある。壁には上海達が掛かっている。見慣れた私の部屋だ。私にとって普通の家だ。けれど他の者達にはそうでないらしい。壁にかかった上海達を見て、以前誰かが気持ち悪いと言った。こんなに人形が居るなんて気持ちが悪いと。私はその人の前では必死に取り繕っていたけれど、その人が帰った後に泣いた覚えがある。他にも、初めの内は喜んでくれたのに、段段人形と居る私を怖がる様になった過去は、多々在った。
 嫌な事を思い出して胸が苦しくなった。胸を押さえつつ開放感を求めて、窓に目をやった。窓からは蝉の鳴き声が聞こえてきた。窓を見つめれば見つめる程、蝉の鳴き声が聞こえてくる。まるで窓に蝉の鳴き声が塗りたくられているみたいで、閉塞感を覚えて目を逸らした。
 するとパチュリーと目があった。パチュリーは、そして、と言いながらティーカップを持ち上げる。
「あなたはその滑稽さを認めたくないから、人形と人間は同じだと宣っている。傍から見ればあなたのやっている事は一人芝居。自分の操る人形に自分を慰めさせている様にしかみえない。けれどあなたはそんな滑稽さを認めたくないから、人形が自立的に動いていると言うし、人形と人間を区別しない、つまり人形達の言葉には人間達の吐く言葉と同じだけの価値があると思い込もうとしている。それどころかそれが行き過ぎて、あなたの中では人形と人間の比重が逆転している節すらある」
 私は思わずテーブルを叩いた。だが悲しみで喉が詰まって言い返せなかった。まさか目の前の存在に、信じていたパチュリーにそんな酷い事を言われるなんて思っていなくて。悲しみが胸に沸き上がってきた。
 それでも涙のせり上がってくる喉を抑えながら、辛うじて言葉を発する。
「人形は本当に生きている」
「でも周りはそう思っていない。生きている事の根拠は、あなたが意思とは無関係に動いているという事だけでしょう? それは言葉の上だけの事で、周りからすれば分からないし、あなた自身も気がついていないだけであなたの無意識が勝手に動かしている可能性もある」
 パチュリーはティーカップを置いた。静まった部屋に、陶器の打ち合う音がいやに大きく響いた。
「と、こういう事を人間に言われたら辛いから、今のあなたはこんな所で寂しく暮らしているんでしょう? まあ、私は人間じゃないけど。私にだってこんな事を言われたら苦しいでしょう? ごめんなさいね。別にあなたを傷付けたくてこんな事を言っているんじゃない。少なくとも私にあなたを責める権利は無い。私だってあなたと同じ穴蔵に引き篭もっているんですもの」
 涙を堪えて何も言えないでいると、私の震える手にパチュリーの手が重なった。
「私が言いたいのは、さっきも言った通り、少なくとも咲夜の事に関して言えば、どちらかを選ばないといけない。けどそのどちらかを選ぶという事は、多分あなたにとってどちらの世界で生きるのかっていう事に結び付くと思う。あなたが人形の世界に引き篭もるのか、人間の世界を出て行くのか。あなたがどちらの咲夜を選ぶのかで決まる」
 魔理沙の手も重なった。
「なんつーか、お前が人形の世界を大事にしている事は、良い事だと思うけど、やっぱり人間の世界で暮らすのが一番だと思うぜ。こんな所で閉じこもっているよりさ、外で遊んだ方が何倍も楽しいだろ」
 その時、扉が開いて咲夜が入ってきた。
「こんにちは。どうしたの、手を握り合って、仲良さそうに」
「ああ、いや」
 魔理沙達が慌てて手を離した。咲夜の前にティーカップを置き、自分達の席に戻る。
「どうしたんだよ、こんな時間に。珍しいな」
「もう少し動いてみようかと思って」
 咲夜がおどけた様子で手を挙げた。
 魔理沙がそれに笑いで答える。
「さよけ。まあ、良い事じゃん。さっきアリスにも言ったけど、ずっと日の当たらない所に居るのもな」
「そうね。それにあんまりアリスの傍から離れていると、もう一人の私に奪われそうだからね」
 咲夜が不敵な笑みを見せる。
 魔理沙が椅子に凭れ掛かって頭の後ろで両手を組んだ。
「なんだ、聞いてたのかよ。盗み聞きなんて趣味が悪いぜ」
「別に盗み聞いてた訳じゃないわ。声が聞こえてきただけよ」
 魔理沙が肩を竦める。
 咲夜は時計を見た。
「さて、私、ちょっとアリスと話したい事があるんだけど」
「私達は邪魔って事か?」
「端的に言うとね」
 分かったぜと言って、魔理沙はパチュリーを連れて出て行った。
 二人が出て行くと、咲夜がこちらに朗らかな笑みを向けた。
「アリス、あなたがどちらを選ぼうとしているのかは分からない」
 どうやらさっきの話の続きらしい。咲夜は全て聞いていた様だ。
 咲夜の口調は優しくて、甘えたい気持ちが沸き上がってきた。
「私達の絆は一度切れてしまったけど、私はまたやり直せるって信じている」
 咲夜が近寄ってきた。それだけで私の心が高鳴ってしまう。
「もう一度私の事を信じて欲しい。失ってしまった絆はまた取り戻せる。私は向こうの世界にあなたを奪われたくなんかない。あなたとずっと一緒に生きていきたいの」
 咲夜の手が私の頬に触れた。それが柔らかな快感となって、世界が咲夜で染まっていく。世界から咲夜以外が消えていく。咲夜の手が私の髪を掻き上げる。泣きだしたくなる様な切ない嬉しさが胸の中に満ちていく。
「私はあなたを愛しているから」
 私は気が付くと目を閉じていた。
 咲夜の顔が近付いて来るのが分かる。
 暗闇の中、咲夜を受け入れようとして、ふと脳裏にもう一人の咲夜が思い浮かんだ。
「どうして泣いているの?」
 咲夜から問われて私は目を開けた。目元を拭うと濡れていた。どうして泣いているのか自分でも分からない。目元を拭った手が震えていた。逆の手も震えながらスカートを握りしめていた。どうして震えているのか自分でも分からない。
「アリス」
 私ははっとして顔をあげる。
 咲夜は残念そうな、呆れた様な顔をしていた。
 愛を告げてくれた咲夜に申し訳無くて、何て言おうか迷う。
 だが咲夜は笑顔になって、私の手を握りしめてくれた。
「そうだ。明日何処かへ出掛けましょう」
「え?」
「きっと私達にはもう少し話し合い。だから二人だけの時間を作ってゆっくり語らいましょう」
 思わず受け入れそうになったが、明日はもう一人の咲夜との約束がある事を思い出した。私が言い淀んでいると、咲夜が心配そうな顔で覗きこんできた。
「嫌?」
 私は頬が照るのを感じながら、首を横に振る。
「嫌じゃない。けど明日は用事があって」
「用事? 何の」
 咲夜がはっとした顔になる。
「もしかしてもう一人の私と?」
 私が頷くと、咲夜は俯いた。
 もしかして怒らせたかなと思っていると、急に肩を掴まれた。
「なら私も一緒に行く」
「え?」
「会わせて。もう一人の私と。それで、話し合いたいの」
「だ、駄目よ」
「どうして? 別に良いじゃない」
 どうして?
 どうしてって。
 何故だろう。
「話し合うべきよ。三人で。今のままじゃ何も解決しない。そうでしょう? 大丈夫。人形と人間の違いがあるとはいえ、相手は私なんだから。ちゃんと収まるべき所に収まるわ」
 確かに今のこの靄が掛かった心を晴らすのなら、二人を交えて話し合い、私達にとって一番良いかを決めるべきだ。
 そうするべきの筈だ。
 それが、何故駄目なんだろう。
 何か嫌な予感があった。
 無視出来ない嫌な予感が。
 その原因を考えると、もしかしたら私は咲夜を失う事を恐れているのかもしれないと思った。
 きっと話し合いになれば、二人と付き合う事にはならない。どちから一人、あるいは両方共が離れていくかもしれない。
 それが怖いのだろうか。
 だから嫌な予感を覚えてならないのだろうか。
 だとすれば、それは私のエゴだ。二人の気持ちや幸せを無視して、私の事だけを考えている。
 私は考えて考えて、結局二人を引き合わせる事にした。それが三人の幸せになると思えた。
 だから私は意を決して、二人を引き合わせると約束する事にした。
 それは正しい事の筈だ。
 それなのに胸の中から嫌な予感は消えなかった。


 その時、部屋の外から声が聞こえた。
「アリス、居る?」
 人形の咲夜の声だった。
「咲夜! 待って、今は」
 追い返そうとしたのに、横の咲夜が声を荒らげた。
「入ってきて! 私も居るわ!」
 扉の向こうから息を呑む様な音が聞こえ、かと思うと扉が開いて人形の咲夜が入ってきた。居たたまれない様な表情で苦笑い浮かべている。
「ごめんなさい。ピクニックの話で、その、お弁当を作るから、苦手な物とか好きな物を教えてもらおうと思って」
 人形の咲夜は私の隣に居る咲夜へちらちら視線を送りながら恥ずかしげに言った。私はそれにお礼を言おうとしたが、隣の咲夜が私の目の前に手を翳したので驚いて口を閉ざした。
「そんな事は良いから、ちょっと話しましょう」
 人形の咲夜が困った様な視線を送ってきた。明らかに話し合う事を嫌がっていたが、私はテーブルへ目配せした。
 何だか重苦しい雰囲気に呼吸が苦しくなる。
「ちょっと座ってて。紅茶を淹れてくるから」
 私はお茶を淹れに行く。淹れている間、自分はどちらを選びたいんだろうと考えたが、答えは出なかった。いつの間にかすっかりと日が暮れて、辺りが暗くなったので、火を灯したランプと一緒にお茶を運ぶと、部屋の中で座っている二人の咲夜は無言で向かい合っていた。
 私が部屋に入るなり、二人の視線が私を向いて、咲夜は攻撃的な目付き、人形の咲夜は困惑した目付きを向けてきた。
 重苦しい雰囲気が肌に痛い。
 二人にお茶を配り、テーブルにランプを置いて座っても、誰も一言も喋らない。
 次第に夕日も落ちて、いよいよ暗くなってきた頃に、咲夜が口を開いた。
「明日、ピクニックに行くんだったかしら?」
 私と人形の咲夜はお互い見つめ合い、咲夜に向かって頷いた。
「へえ、で、あなたはアリスをどうしたい訳?」
 咲夜が挑発的な態度で人形の咲夜に向かってふんぞり返る。一方、人形の咲夜は、咲夜の言っている事が分からなかった様で、益益混乱していた。
 人形の咲夜が理解していない事に腹立ったのか、咲夜はテーブルの上に強く肘を突いた。音が立ち、その音に驚いて人形の咲夜が体を震わせた。
「アリスは私の物よ。手を引きなさいって言ってんの」
「手を引く?」
「そう! 金輪際アリスと関わるのを止めて、大人しくしてなさい」
 人形の咲夜の目が細まった。
「意味が分からない。そもそも物って何? アリスはあなたの物じゃないでしょう? アリスが誰と関わろうと、私やあなたに止める権利は無い筈よ」
「権利がどうこうなんて言ってない。気持ちの問題よ。アリスを他の誰かに盗られたら嫌。それが愛ってものでしょう? あなたにはそういう気持ちが無いの?」
「私は誰かを束縛したいとは思わない。大切な人が幸せで居てくれればそれで良い」
 咲夜が笑う。凶悪な笑みを見せる。
「じゃあ、身を引いてよ。私はアリスを愛している。一生幸せにするわ」
「駄目ね。あなたじゃ、アリスを幸せには出来無い」
 人形の咲夜が呆れた様子でそう言った瞬間、咲夜がテーブルを思いっきり叩いた。凄まじい音がしてテーブルにひびが入り、ランプが飛び上がる。倒れそうになったランプを、口出しできないで居た私は慌てて掴み、テーブルの上に置いた。
 殺意すら滲ませた咲夜の視線に、人形の咲夜は冷笑を返す。
「アリスは人間と人形の世界、両方を大事にしている。その片方にだけ縛り付けようとするあなたじゃアリスを幸せにする事なんて出来ないわ。人間と人形どちらとも暮らしていける様に助けてあげる。本当に大切に思っているならそうするべきでしょう? 利己だけを考えて、口では幸せを望むと言いながら、自分の都合の良い様に縛り付けようとする。最悪のタイプね。あなたこそ、引っ込んでなさい」
 人形の咲夜の強い口調に、咲夜は怯んだ様子で押し黙った。
 重苦しい嫌な沈黙が辺りに満ちる。
 咲夜も人形の咲夜も私の事を大切に考えてくれている事が良く分かった。二人の言い合いは優しさから来ている事が良く分かった。だからこそ、そんな優しい二人が私の所為で争う事が辛かった。
 何とか二人を止めたいが、私にはどうすれば二人を止められるのか分からない。
 どうして良いのか困惑していると、不意に、咲夜から笑い声が漏れだした。
 それが次第に大きくなる。
 咲夜がくつくつと笑いながら、人形の咲夜を指さした。
「分かった。あなた怖いんでしょ。アリスを私に盗られると思って。そうだ。そういう事ね。まあ、そうでしょうねぇ、私の方がずっとずっとアリスの事を愛しているんだから。誰かに奪われたって良いなんて思ってる程度のあなたなんかよりもずっと」
「別に奪われたって良いなんて言ってない」
「だからあなたは、耳触りの良い事を言って、アリスの気を引こうとしているんでしょう。人形と人間の世界両方で暮らしていくだなんて。そんな無理な事」
「無理じゃない」
「無理でしょ。だってそれが無理だから、今アリスは人形と一緒に引き篭もっているんだもの。人形と暮らしていれば、浅い関係の内は良いけれど、いずれ人間に疎んじられる。過去がそうだったから、今アリスはこんな森の奥に住んでいるんじゃない」
「そうかもしれないけど、周りの人達が支えてあげれば」
 咲夜が大声で笑い出した。
 人形の咲夜が驚いて口を閉ざす。
「さ、さ、え、る、ねえ。ご立派な言葉だけど、あなた本当にそれが出来るの? 金品を与えるとか、同情して優しい言葉をかけるとか、そんなのはアリスを支える内に入らない。アリスに必要なのは傍に居て、その精神的主柱になる事。あなたに出来る? 魔理沙や他の者達でも出来なかったのに」
 人形の咲夜が初めて言い淀んだ。
 確かに、社会から拒絶された時、魔理沙達に慰められても聞き入れずに引き篭もっていた時期もあった。人形達だけが慰めだった時が。
 でも今は随分立ち直る事が出来た。
 それは人間と人形両方が私を支えてくれたから。
 生を持った人形達は私を親身に励ましてくれた。魔理沙達も私の家に足繁く通ってくれた。人間と人形両方が支えてくれたから、今私は立ち直れている。
 人間と人形、二人の咲夜の言葉を聞く内に、人間と人形両方共大事だという思いが益益強くなる。
 どちらかの咲夜を選ぶなんて出来そうに無い。
 気が付くと涙が溢れていた。
 目を拭っていると、咲夜の嬉しそうな声が響き渡った。
「黙ったって事は自信が無いんでしょう? あれだけ偉そうに講釈たれてた癖に滑稽ね。私には自信ある! アリスを幸せにするっていう自信が! アリスと私の間には確かに絆があったんだから、私はきっとアリスを支えてみせる。昔アリスがそうしてくれていた様に」
 高らかに謳う咲夜に対して、人形の咲夜が吹き出した。
「あった? じゃあ、今はその絆は無いの? 絆を失う様なあなたが本当にアリスを支えられるの?」
 咲夜の表情が一瞬で抜け落ちた。
 冷笑を浮かべる人形の咲夜を、能面の様な表情でぼんやりとまるで人形の様に見つめるばかりで、何も言い返さない。何だか異常な様子に、私は止めに入ろうとしたが、その前に人形の咲夜が言った。
「あなたはさっきから全部一人でやろうとしているみたいだけど、そんなの無理。誰にもね。私だって一人で支えられるとは思ってない。でもアリスの周りには人形も人間も沢山居るんだからみんなで支えてあげれば良い。それは別にアリスだけに限った事じゃなくて、私だってアリスやみんなに支えられている。それが社会ってものでしょ? さっきからあなたの言葉は子供みたい。もう少し周りに自分以外の存在が居る事を知った方が良いわよ。そうじゃないと、周りから疎外される」
 その瞬間、咲夜が立ち上がった。
 驚いて見上げると、咲夜が泣きそうな表情で笑っていた。
「良いわよ、別に。嫌いなら嫌えば良い。みんな私の事を避けて、嫌っているみたいだし。認めるわ。私は疎外されているって。良く知ってたわね。でもそれで良い。私は構わない。アリスさえ居ればそれで」
 咲夜がテーブルを回って、人形の咲夜の前に立った。
「だから私にはアリスだけなの。それを奪わないで」
「だから奪うも何も」
「どうして? 言ったじゃない。あなたには他にも居るんでしょ? あなたを支えてくれるのが。でも私にはアリスだけなの。アリスが居ないと私は駄目なの」
「人の話を」
「私はアリスを幸せにする。絶対に幸せにする。だからあなた達はどっかに行って。私とアリスの間に入ってこないで。出てって! 出てってよ!」
 突然咲夜が人形の咲夜に掴みかかった。
 咄嗟の事に反応出来なかったのか、掴まれた人形の咲夜はそのままテーブルにぶつかりつつ押し倒され、そのまま取っ組み合いの喧嘩になる。衝撃でテーブルが大きく揺れ、載っていたランプがテーブルの外まで弾かれて、絨毯の上に落ちた。零れたオイルを吸った絨毯に瞬く間に炎が燃え移り、燃え盛る。
 二人の喧嘩とランプの落下に呆然としている内に、最早炎は簡単には消火出来ない程大きくなってしまった。
 それなのに、咲夜達は組み合っている。
「二人共! 大変なの、逃げないと」
 私の言葉に反応して、二人の動きは一瞬止まったが、人形の咲夜が咲夜を蹴り剥がして立ち上がると、今度は立った状態で掴み合いになった。
「お願い、止めて!」
 何とか二人を止めないとと考えて、人形で二人を拘束しようと辺りを見回したが、操れそうな人形が何処にも無い。
 気が付くと、火勢は更に強くなり、最早消火は不可能になっていた。
 手段は選んでいられない。
「お願いだから、喧嘩を止めてって言ってるでしょ!」
 私は二人に向かって突進し、思いっきり押し飛ばした。
 組み合っていた二人はバランスを崩し、近くの棚にぶつかりつつ床に倒れ込んだ。
 少少荒荒しかったが喧嘩を止める為には仕方無い。
「ほら、行きましょう!」
 倒れた二人にそう言ったが、二人から返事が無かった。
「二人共?」
 二人共目を瞑ったまま倒れていて、起き上がる様子が無い。
「冗談でしょ。ねえ、ちょっと。火が大きくなってるの」
 慌てて二人の傍に屈み込んで頬を叩いてみたが、頭でも打ったのか二人共意識を取り戻す気配が無い。
 どうしよう。
 そう考える時間すら無い。
 もう熱気はすぐそこまで迫っている。
 即席で今の状況を打開する魔術も持っていない。私は何とか二人を運ぼうとしたが、流石に人形も無しに一人で二人を運ぶなんて出来無い。
 もしも運ぶとしても、それが出来るのはどちらか一人。
 嘘でしょと呟くのをまるで自分の事で無い様に上の空で聞いた。
 自分がしでかした事なのに神を呪いたくなった。
 運べるのは一人。
 どちらか一人を選ばないといけない。
 選んだ方は助けられる。
 けれど選ばなかった方は、無理だろう、この火勢では戻って助けだすなんて出来無い。炎に呑まれて死んでしまう。
 涙が溢れてきた。胸が詰まって苦しい。どうしてこんな残酷な事をしなくちゃいけないのか。
 どちらか片方を見捨てなければならない。
 倒れた咲夜の内のどちらか片方を選ばなければいけない。
 さっきまであれだけ考えて、それでも選べなかったのに。
 今ここで、考える時間も無く、どちらかを選べだなんて。
 こんな最悪の形で。
 どちらを助ければ良い。
 どちらを見捨てれば良い。
 人形の咲夜か。
 人間の咲夜か。
 人形の世界か。
 人間の世界か。
 選ばなくちゃいけないと分かっていても、選ぶ事なんて出来そうに無い。
 その時、背後から迫ってきた炎が私の踵をなめ上げた。
 飛び上がり、痛みに堪えつつ、更に溢れ出る涙。泣き声を上げても、誰も助けに来てくれない。
 もう時間は無い。
 選ぶしか無い。
 人形か。
 人間か。
 涙と煙で滲む視界の中、私は凄まじい罪悪感に耐えながら、片方の咲夜の手を取った。


 必死の思いで咲夜を抱えて外に出た私は、火の届かないところまで、辿り着いた瞬間、吐き気を堪え切れずに、胃の中の物を吐き出した。咲夜を降ろし振り返ると、炎は私の家を完全に飲み込んでしまっていた。もう戻っても助けられない。私は再び吐き気を催して屈み、中の物を粗方吐き出して、それでもえづいていると、何処からか詠唱が聞こえきた。
 その聞き慣れた声に顔をあげると、突然空から夥しい量の水が降り注ぎ、あれだけ盛っていた炎を一瞬で鎮火してしまった。
 顔をあげると、人形の魔理沙と人形の霊夢が慌てた様子で、黒化した家に飛び込んでいくのが見えた。近くから足音が聞こえ、顔を向けると人形のパチュリーが魔導書を携えて歩いてきた。
「今のはパチュリーの?」
「ええ。魔理沙達と月見酒をしていたら煙が見えてね」
「そう。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
 人形のパチュリーがいつになく冷たい目で、私の傍に倒れた咲夜を見た。
「結局、そちらを選んだ訳ね」
「うん」
 結局、私は迷った末に、人形の咲夜を見捨て、咲夜を選んだ。どうしてそう決めたのかは覚えていないが、とにかく私は人形の咲夜を、人形の世界を捨てた。
 人形のパチュリーの冷たい目は納得出来る。人形のパチュリーからすれば人形の咲夜を捨てた私は許せないだろう。
「別に責める気は無いわ」
 意外な言葉に驚いた。
「自分を愛する者を愛す。至極当然の事でしょう? あなたの選択を責める気は無い。ましてどちらか片方だけを選んだ事だって、どういう状況かは知らないけど、仕方の無い事だったんでしょう」
 人形のパチュリーの優しい言葉に、また泣きそうになった。
 お礼を言おうとしたが、人形のパチュリーは背を向けて黒化した家へと歩き出したので、機を逸してしまった。
 黒化した家からは、人形の魔理沙達の叫び声が聞こえてくる。
 人形のパチュリーはそれへ向かって歩きながら、残念そうに言った。
「あなたの選択を責める気は無い。けれどあなたがそれを選んだという事は、私達と袂を分かつという事。最後まであなたの傍に残ろうとした者達も、これでみんな居なくなるでしょう」
 覚悟はしていた。
 だから後悔も無い。
 ただ悲しみだけが上ってくる。
「さようなら。もう会う事は無いでしょう。その咲夜と仲良くね」
「うん、さようなら」
 去っていく人形のパチュリーから目を逸し、私は倒れた咲夜を撫でた。
 咲夜から呻き声が上がり、ゆっくりと目が開かれた。


 その後、人形の魔理沙から聞いた話だけれど、人形の咲夜は大火傷を負ったものの一命を取り留めたそうで、永遠亭の薬があれば跡も殆ど残らないらしい。
 それを聞いて、私の最後まで抱いていた心残りが解けた。
 あれから即席で作った寝床から新居に移住してしばらく経ったけれど、以前やって来ていた人形達も私の家に来なくなった。人形の魔理沙だけは偶に来てくれるけど、お互い、以前の様に接する事は出来ずに、余所余所しさを感じる事が多い。それでも来てくれるだけありがたいけれど。一方、魔理沙達も私の家に訪れる事は無くなった。
 今ではもう咲夜だけが私の全てと言って良い。
 それで問題も無い。
 初めの内は人が途絶えて寂しく思う気持ちもあったけど、慣れた今ではそういった悲しみを感じなくなって、ただ咲夜との平穏な日日を楽しむ事が出来ている。咲夜は料理も何でも家事全般が上手で、むしろ一人で暮らしていた頃よりずっと楽だ。伴侶との生活には満たされたものを感じる。
 本を読みながら考え事をしていると、夕飯が出来たという咲夜の声が聞こてきた。私は急いでダイニングに向かう。二人で過ごすからと少し広めの家を作ったが、過ごしてみると元の家の広さで十分だった気がしないでもない。元の家に居たみんなが居なくなったから、想像した以上の広さを感じる。
 ダイニングに行くと今日も豪勢な料理が並んでいた。私が食べている間、いつも咲夜はにこにこと、私の食べる姿を、幸せそうに見つめている。それが何だか気恥ずかしく照れくさく、でも確かな幸せを覚える。
 食べ終わったので食後の紅茶を淹れる事にした。いつもは咲夜が淹れているが、さっきまでかつての事に思いを馳せていたからか、今日は何となく私が淹れたくなった。
 ワームウッドのハーブティに、お茶菓子としてオレンジチェリー。自分で言うのも何だが、久しぶりに淹れた割に咲夜に匹敵する位の出来栄えだ。
 持って行くと、咲夜はとても喜んでくれた。素晴らしい出来だとしきりに褒めて、やっぱりいつもの様に、私の味わう姿を幸せそうに見つめてくる。
 しばらくして、咲夜が言った。
「ねえ、アリス、私、今幸せよ」
 思わず頬が熱くなった。
 こうして直截思いを伝えてくる咲夜の言葉には未だに慣れない。恥ずかしく思ってしまう。けれど嬉しく思う事は確かだ。
 いつもその言葉に応えようとするのだが、どうしても恥ずかしくて口に出せない。
 けれど今日は何とか伝えようと勇気を振り絞り、散散逡巡した挙句、辛うじて言葉が出てきた。
「私も、愛しているわ」
 その瞬間、咲夜がぱっと顔を輝かせて、テーブルを回って傍に来た。
「嬉しい。私も愛している」
 そうして咲夜が後ろから抱き締めてきた。
 不意に何か糸の様な物が首の辺りに触れた。
 何だろうと気になったが、咲夜の沈んだ声に遮られた。
「多分、アリスには寂しい思いをさせてると思う。私の所為で、みんなと疎遠になって」
「良いのよ」
 本当に。
 咲夜と一緒に居られるだけで、幸せだから。
「アリス、私とあなたの間には確かな絆がある。私はあなたを愛している。だから絶対に、あなたを幸せにするから」
「うん」
 私が咲夜に頬を寄せると、咲夜の唇がそっと触れた。
 充足感を覚えながらも、首に絡まった糸が気になった。
 そして気が付いた。
 気が付いた事で私の中に更なる喜びが満ちる。

 他でも無い。
 これは咲夜にんぎょうと私を繋げるくりいとなのだ。
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コメント



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1.3個人的な感想しか書けないマン削除
そもそも繋がりの薄いこの二人がどうやって絆を結んだかなど背景が不透明で、あまり入り込めませんでした。
2.2みすゞ削除
全体的に説明不足だと思います。アリスは咲夜が好き、咲夜もアリスが好き、というのを、何の説明もないまま前提条件としているので、置いてけぼりを食らったまま進められた印象でした。あと、咲夜人形とか魔理沙人形とかもサイズがよくわからないので情景がうまくイメージ出来なかったです。
3.無評価ナルスフ削除
きっとこのお話の前に、私の知らない第一話があるんだろうなと思いました。
4.6がま口削除
これは……色々な意味でホラーですね。
人形と暮らすアリスさんといい、切実な叫びを訴えるアリスさんといい、キャラクターにマッチしすぎる黒い面が怖かったです。
5.6めるめるめるめ削除
 人形をアンドロイドと置き換えればSFの古典的なテーマとなりそうで、なるほどそういう発想
もありだよなぁと気付かされる思いです。もう少しこの発想で突き詰めた物も読んでみたくなり
ます。
 作品自体はシチュエーションの巧さもあってか終始興味深く読むことができましたが、設定
面でのもう少し踏み込んだ説明が欲しいなとも思いました。
 どちらかの咲夜を選ぶ契機が偶発的すぎたことが非常に残念です。あそこで偶々火事が起
きて、偶々二人とも気を失ってしまい、偶々どちらか一人しか選べないとなると、ちょっと苦い
かなと。
6.6名前がない程度の能力削除
…ああ! メイド秘技『』

一度断ち切られたアリスと人間社会との糸…一体何があったんだろう?
7.7あめの削除
このタイトルからして、内容の方はギャグ的な話だろうと誰もが思いますよ。
それで実際に読んでみたら、これだよ!
読後感のすっきりはまったくなし! 心にモヤモヤとしたものがヘドロのように残る! ハーレムものエロゲーでこんな展開されたらPCごと窓から投げ捨てるわ!
まったくこの設定で良くこんな話になったなと感心します。しかし面白かったので満足な作品でもありました。オチは残念ながらよくわかりませんでしたが、それでも楽しめました。
8.5うるめ削除
咲アリだ! かなり百合色の濃い目な作品なので、好みが分かれそう。
9.5文鎮削除
ホ、ホラーですね…
アリスの中では人間と人形の区別がごっちゃになっていたということでしょうか。
馬鹿馬鹿しいと一笑に伏してしまいところなのに、アリスならありえるかも、という思いが拭えません。
10.5K.M削除
タイトルでライトなノリかと思いきや、なかなかどうして。
11.4きのせい削除
正直に言います。ネタが被っていないか心配すぎて最初平静に読めませんでした。
タイトルの時点でテーマを提供している為、先を読みたくさせる力が効果的に働いていましたね。
12.1u!冫ldwnd削除
最初の人形は自律しているのか、そもそも語り手のアリスは人形なのか否か。それが見えるまでに時間のかかる立ち上がりを、半ば読み飛ばし気味に進めてしまったのは確かです。
通して、再読をした後でも、含み気味の言葉を考えるための前提や状況を上手く捉えられませんでした。